モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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・モモナリ(オリジナルキャラクター)
 本作主人公、この時十九歳
 まだまだ元気いっぱいで地方で行われる中小規模の大会を荒らしている

・サイダ(オリジナルキャラクター)
 カントー・ジョウトリーグCリーガー
 珍しいポケモンをエースに据えている
 モモナリより三つ年上で彼を気にかけていた


セキエイに続く日常 42-その言葉は呪いでもあり ①

 とある地方であった。

 優秀なトレーナーが生まれるほど人口はなく、それを補えるほどの優秀な育成機関があるわけでもなく、住民もそれを望んでいるわけではない。

 だが、娯楽もなく、伝統的な文化はすでに跡継ぎなく瓦解している。そして、地元のメディアには新たな文化を作る影響力に欠け、放映するエンタメはカントーのものを少し狭めた程度のもの。

 そんなとある地方において、カントー・ジョウトリーグの対戦興行は数少ない売れる興行であった。当然、経済的にも恵まれているわけではないその地方に、チャンピオンやAリーガーは滅多に招待されないだろう。地元の灯を閉ざさぬと気を吐く中堅企業からなるなけなしのスポンサーは、BリーグやCリーグの上位トレーナーを満足させる賞金を出すことで手一杯だ。

 故に、モモナリのような中堅Bリーガーがそのような興行に招待されるのは、何の不思議もない。

 かつて世間を賑わせた早熟の『元天才』知名度の割に安く招待することのできる、中小地方の興行主の理想のような選手であった。

 

 

 

 

 古く、建て替えも行われていないその対戦場は、モモナリのカバルドンが生み出す『すなあらし』に揺れ、軋み、観客を不安がらせる。

 備え付けの中継施設では『すなあらし』の内部を明瞭には映し出すことができていない。バトルの本場であるカントーの中継機能でも追うことが難しいモモナリの『すなあらし』だ、経年劣化激しい地方都市の寂れた技術が追えるわけがない。

 だが、観客達は砂嵐の向こう側に少しだけ映し出されるポケモンの影や激しい対戦の音色に心躍らせていた。今日を逃せば次に生でプロのバトルを見ることができるのは一年後だ。エンタメへの飢えが違う。

 まともな人間の感性を持っているならば、そのようなファンの前ではせめて『すなあらし』などの天気変更戦術はやめようとか、多少はエンタメに触れるようなバトルをしようとか思うものである。だが、残念ながらモモナリはまともな人間の感性を持っているとはお世辞にも言えなかった。

 

 

 

 砂塵を吸い込まぬように、モモナリは器用に微笑みを浮かべている。

 『すなあらし』を作り出したカバルドンは目を凝らし、相手を迎撃する構えだ。

 選択肢としては『ステルスロック』などで場の状況を作る方法もあるだろう。だが、モモナリはそのような猶予はないと判断した。

 

「『ねこだまし』!」

 

 少し高い、女の声。

 ノイズの向こう側から、そのポケモンが現れる。

 カバルドンは一瞬右側に影を見たが、次の瞬間に左側から聞こえた足音に気を取られる。

 

「正面!」と、モモナリが叫んだ。

 

 モモナリも、その影は見ているし、その足音も聞いている。

 だが、彼はそのどちらも信用しなかった。

 モモナリは、相手のポケモンを知っている。

 砂塵の向こう側にいる群れの強さを知っている。

 その気になれば、影も、足音も、ノイズの中に隠すことのできる相手だということを知っている。

 故に、それはフェイク。

 あえての正面突破、裏の裏は表。

 だが、砂煙が巻き上がったのは右側。裏の裏の裏、右側。

 現れたそのポケモンは、目にも留まらぬ一瞬の早業でカバルドンの鼻を叩く。

 不意の刺激によりひるんで目に涙の滲んだカバルドンは、そのしなやかな体を捻りながら死角に潜り込む相手に気づかない。

 

「『ふきとばし』!」と、モモナリはひとまず指示をした。

 

 安定的な選択肢だ。体力に自身のあるカバルドンがどっしりと技を受け『ふきとばし』によって迎撃する。『バトンタッチ』によって能力を引き上げている相手にとって、それは致命的なはずだ。

 しかし、相手はその上を行く。

 

「『かみなり』!」

 

 一瞬の衝撃だ。

 死角から放たれたその電撃に、地面タイプであるはずのカバルドンは地に響くような悲鳴を上げた。

 だが、それに動揺することはない。

 必要なのは前提ではない、目の前で起きていることだ。

 そのポケモンの『かみなり』によって、カバルドンは戦闘不能となった。その結果から考えを逆算すれば、自ずとその理由も絞れるというもの。

 

「いいぞ、いいぞ、いいぞ」

 

 彼は頷きながらそうつぶやき、カバルドンをボールに戻す。

 理想的な展開とは言えなかった。

 相手を考えるのならば、カバルドンの『すなおこし』はもう一度ほど使いたかった。

 あるいは『ねこだまし』の読み合いで一歩遅れなければそれは成せていただろう。

 否、そうではない。

 モモナリ本人すら気づいていないが、ミスはそこではない。

 本来『すなあらし』状況下での突発的な対応は、モモナリの最も得意とするもの。

 それを、相手は『あえて痕跡を残す』ことで、突発的な反射神経の世界から、読み合いの世界へとモモナリを引きずり下ろしたのだ。

 もちろんそれは、相手が優れたトレーナーであるとモモナリに認識されている必要があるだろう。格下のトレーナーであるならば、そもそもモモナリは頭を使った戦いをしないだろうから。

 その相手は、モモナリの実力と性格を理解しながら、その鏡に自らがどう写っているのかすら理解しているようだ。

 

「おもしろい、おもしろい、おもしろい」

 

 その相手とのバトルは面白い。嘘偽りなく、モモナリはそう思う。

 

「さあ、どうするよ!」

 

 モモナリが砂嵐の中に繰り出したのは、かっちゅうポケモン、アーマルドであった。

 

「『シザークロス』」

 

 相手のポケモンにアーマルドの爪が襲いかかる。

 だが、相手は逆にアーマルドに踏み込むと、前足で爪の軌道を逸らし攻撃から身を『まもる』

 攻撃が空振り、スキが生まれたアーマルドの鎧をトンと踏み台にし、そのポケモンは砂塵に身を隠さんとする。

 まずい、と、モモナリは「『アクアジェット』!」と叫んだ。

 ジェット水流によって推進力を得たアーマルドが、その影に向かって攻撃を行う。

 その攻撃自体には手応えがあった。

 だが、それは相手も同じである。

 伸ばした前足に走った鋭い痛みに、アーマルドが声を上げる。

 そして、それはモモナリに届いた。

 

「猛毒かよ」

 

 恐らくその攻撃は『どくどく』

 そのポケモンが本能的に覚えることはできない技だが、恐らく何かを仕込んだか。

 

「『じしん』!」

 

 アーマルドは相手を踏み潰さんとするが、再び己の体を壁代わりに離れられる。

 ただ逃げるだけ、時間を稼いで自らの身を『まもる』だけの行動に思えたが、モモナリはその行動の意味を理解しているし、今、自分が相手の思い通りに動かされていることにも気づいている。微笑みが、笑みになる程度には。

 タイムリミットだ。

 

 観客達は、対戦場の軋みが弱くなっていることに気がついた。

 同時に、先程までは影しか見えなかった『すなあらし』も薄くなっていることに気がついている。

 彼等はまず、対戦場中央に仁王立ちするアーマルドに目をやる。そして、今度はその対面にいるポケモン。

 ワッ、と、彼等は声を上げた。

 お目当てのポケモンだった。

 その対面にいたのは、おすましポケモンのエネコロロであった。

 モモナリの対戦相手であるサイダの相棒にしてエースだ。

 ただそれを目にするだけで満足してしまった観客は、彼女らのあまりにも細やかな戦略感にまでは気づかない。

 

 エネコロロの特性である『ノーマルスキン』は、彼女が放つ技をノーマルタイプにするという特殊な仕組みだ。故にカバルドンが『かみなり』に倒されるのも道理である。

 モモナリはそのような戦略にすぐに気づいていた、サイダとは長い付き合いであったし、そのエースであるエネコロロの能力も判っている。

 だからこそアーマルドであった。

 ノーマルタイプの攻撃が今ひとつである岩タイプであり、『すなあらし』の状況下では『かみなり』のような特殊な攻撃に耐性ができる。短時間であまりにも正しい判断だが、前回サイダと対戦した時にも使用した連携であった。

 だが、サイダはその上を行った。

 レパルダスによる『わるだくみ』からの『バトンタッチ』によって『すなあらし』起動役であるカバルドンをきっちりと処理し、その後に現れるアーマルドに対しては『すなあらし』の時間切れを狙いながら『どくどく』を打ち込んで『かみなり』の圧力を強める。

 

 才能だけでこの世界を生き抜くモモナリを相手に、確かな戦略とアイディアで渡り合って、否、この瞬間だけを見れば上回ってすらいるだろう。

 サイダという女は、間違いなく強いトレーナーであった。

 

 モモナリの指示を待たず、アーマルドがエネコロロに踏み込んだ。

 暴走か。

 だがモモナリはそれに驚かない。

 その判断は正しい。

 猛毒での体力の減少を考えれば、ここは速攻で勝負を決めるのが正しい判断だろう。

 むしろモモナリのそのような発想を、群れの中で高いレベルで共有できている。

 もちろん、サイダは迎撃の体勢。

 

「『かみなり』!」

 

 その戦略の最後の仕上げと言わんばかりに、エネコロロの『かみなり』がアーマルドに直撃した。

 猛毒状態による体力の低下を考えれば、一撃での決着も十分に考えられた。

 しかし、アーマルドの突進は止まらない。

 耐えきった。

 急所を守る彼の『カブトアーマー』は、間違いを起こさない。

 

「『ばかぢから』」

 

 技を打ち終わりスキのあるエネコロロに、彼の全身全霊のタックルが炸裂した。

 その激しい攻撃を、エネコロロが耐えられるはずがない。

 同時に、アーマルドもまた前のめりに倒れる。

 猛毒による戦闘不能だ。

 観客たちはどっと湧く。

 エネコロロが、アーマルドと相打ちとなったのだ。見た目だけならば、それは快挙のように思える。

 だが、モモナリとサイダの考えは違う。

 モモナリは手持ち二体と引き換えに、相手の絶対的なエースを倒し、サイダは『バトンタッチ』までしてお膳立てしたエースが、たった二体しか抜くことができず倒れたのだ。

 

 エネコロロを失ったサイダは、まるで集中の糸が切れたかのように、それ以降はズルズルといたずらに手持ちを失うだけのような敗北を喫した。

 

 

 

 

 

 

「よう、少年!」

 

 寂れているのに繁華街と矛盾した道を歩むモモナリに、かけられる声があった。彼にとっては聞き覚えのある声だ。

 彼は気まずそうに「いやあ、どうも」と振り返る。

 対戦場以来だ。

 

 その女性トレーナー、サイダは、意地悪っぽく笑みを浮かべながらモモナリの肩を叩く。

 

「今までどこで何してた?」

「ええと」

 

 彼は苦笑したまま続ける。

 

「晩御飯を食べてました」

「ほう、どこで?」

「えーと」

 

 彼はやはり戸惑い、サイダから目を逸らしながらよく知るファーストフードチェーン店の名を口にする。

 だが、彼女は「はい残念」と、モモナリ少年の頬をつねった。

 

「この辺にその店はありません、二駅隣りにあります」

 

 パッ、と頬を離し、痛そうにそれを擦るモモナリを眺める。

 それなりに力を入れてつねった筈であるのに、その赤みは目立ってはいなかった。

 なぜならば。

 

「また呑んだでしょ」

 

 彼はそれに少しだけバツが悪そうに沈黙した後に「はい」と答える。

 だが、その肯定を聞かずとも丸わかりだ。

 見るからに健康体の明るい肌は、露骨に赤く火照っている。

 モモナリは内臓は強いかもしれないが、その健康な血管はわかり易く紅葉していた。

 

「モモナリくん、あなたはいくつですか?」

 

 その質問にやはり少し沈黙してから「十九です」と答える。

 

「君ねえ」と、サイダは短くカットされた髪をかく。

 

「クロサワさんもこんなことばっかり教えるんだから」

「いいじゃないですか別に、もう十九ですよ」

「まだ十九なのよ。折角の若い内臓になんてことしてんの」

「そういうサイダさんだって呑んだんでしょ?」

「そりゃ飲むわよ、あたしは大人で、負けてるの」

「そりゃあ悪かったですね」

「ほんとよ」

 

 これまでを大体見て分かる通り、サイダという女は、モモナリにとっては口うるさい姉のような存在であった。

 年齢はモモナリの三つ上だが、リーグトレーナーとしては同期、危なっかし人生を歩む彼を心配する人間の一人である。

 

「今日はいけると思ったんだけどね」

 

 飲み屋街からモモナリを引き剥がすように、光から離れるように道を歩くサイダは、ポツリとそう漏らした。

 

「良かったですよ」

 

 それが今日のバトルについてだと疑うこともないモモナリは、彼女のその言葉にすぐさまに反応した。

 

「一瞬やばいと思いました」

「一瞬かあ」

 

 新人戦にて、モモナリの溢れんばかりの才能を肌で知っている彼女はその言葉の価値を知るが、世間はそうではない。

 また、サイダが勝てなかったというのがおおよその世間の評価だろう。

 エネコロロをエースに据える変わった女性トレーナー。

 エネコロロというポケモンのビジュアル的な印象も相まって、彼女らはリーグトレーナーとしては人気であった。解説に呼ばれればチケットは売れるし、バラエティ番組に出ればそれなりに視聴率が上がる。

 だが、リーグトレーナーとして結果を出せているのかと言えば、そんなことはない。惜しい年が無いわけではなかったが、彼女らはリーグ参戦以降Cリーグを抜け出せていない。

 

「あの『かみなり』でアーマルドが落ちていれば、全然わからなかった」

「そうね、あたしとしては落とせる計算だったんだけど」

「アーマルドの一歩目が早かった。もう少し遅かったら猛毒で落ちていたかも」

「想定してた?」

「まさか、『どくどく』までは想定外ですよ」

「じゃあ咄嗟の判断だったわけ?」

「判断というより、アーマルドの動きにこっちが合わせた感じですよ」

「へえ、やっぱ違うわ」

「でもそれくらいなら、サイダさんとエネコロロだってできるでしょ?」

「まあね」

 

 そう言ったきり、二人はしばらく歩いた。どこか目的地があるわけではなかった。ただ、分かれるには遅く、眠るには早い時間だったのだ。

 

 やがて、サイダがモモナリの袖をつまんでいった。

 

「ねえ、飲み直さない?」

 

 えっ、と、モモナリは微笑み半分驚き半分で言った。

 

「いいんですか? 未成年ですよ、俺は」

「まあ、そういう気分のときもあるわよ」

 

 彼女は大分暗くなった周りを見回して続ける。

 

「ただ、やっぱり最近は協会がうるさいから、二人きりになれる場所で飲みましょう」

「そりゃいいや、サイダさんとだったらいくらでも喋りたいことがある」

「ええ、あたしも」




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