モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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・モモナリ(オリジナルキャラクター)
 本編主人公、Aリーグ所属
 作中では30代前半、Aリーグ在籍の盤石のものにしつつある
 よく喋ることを心がけているが、よく喋ることしか心がけていない
 裸眼で砂嵐戦術を使いこなしながらも視力が悪化しない驚異の身体能力の持ち主

・キリュー(オリジナルキャラクター)
 リーグトレーナー、モモナリの友人の一人
 キクコの弟子の一人であり最古参、兄として弟子からの信頼は厚い

・ワゴー(オリジナルキャラクター)
 リーグトレーナー、作中ではBリーグからAリーグへの昇格を決めている
 十代半ば、キクコの弟子の中では若手だが才能豊かであり将来のチャンピオンのライバル候補と言われている

・ヨシダ(オリジナルキャラクター)
 Bリーグトレーナー、キクコの弟子の中では中堅どころ
 初登場だが意外と最初期の構想から存在したキャラクター


セキエイに続く日常 189-彼がキレた日 ①

 コガネシティ、コガネスタジアム。

 カントー・ジョウトAリーグ最終節、日付が変わる寸前まで行われていたその試合で、最後まで立ち続けていたのは、モモナリとそのパートナーであるガブリアスであった。

 疲労感を伴った歓声の中、モモナリはウズウズしながら横に並ぶガブリアスの喉元を鱗に逆らわないように撫で、頬を赤くしながら一つ息を吐いた。

 緊張感のある戦いだった。

 一つ気を抜いてしまえば、心臓に手を突っ込まれ、そのまま引き抜かれてしまいそうな。鼓動を早くさせ、喉を乾かせ、思わず息を荒くしてしまいそうな。そのような、明確な戦いへの熱意を、濃い『すなあらし』の向こう側から感じることのできる戦いだった。

 

「流石だな」

 

 彼はガブリアスをボールに戻し、対戦場中央、センターサークルに歩みを進める。

 すでにそこに歩みつつあった対戦相手は、とても敗者とは思えないほどに背筋を伸ばし、見上げるようにモモナリと目を合わせている。

 

「いい試合だった」

 

 その男、キリューは、一つ二つ頷きながらモモナリに右手を差し出す。

 

「ああ」と、モモナリはそれを握った。

 

「こういう結果で、良かったと思う」

 

 キリューはぐるりと観客席を見回しながら言った。

 モモナリは気づかないが、その歓声の中には、ただその試合に対する賞賛だけではないものが含まれている。

 奇妙なめぐり合わせであった。

 かつて直接対決にてモモナリを打ち負かし、Aリーグ昇格を決めたキリューは、同じく直接対決にてモモナリに打ち負け、三勝六敗の成績となってリーグを降格する。

 対するモモナリはこの勝利で五勝四敗。二度目の昇格以来、陥落無くAリーグを住処としている。

 

「この後の予定は」と、モモナリは握手の力を強めながら問うた。

 

「いや、駄目だ」と、キリューはその手をほどきながらそれに返す。

 

「今日は一門の連中が詰めかけてるだろうからな」

 

 一門、というものが、カントー殿堂入りトレーナー、キクコの弟子を中心とする集まりであることは、モモナリのみならず、多少ポケモンリーグというものを知っている人間ならば理解できるだろう。

 キクコの一番弟子であるキリューのリーグ最終節だ、彼を兄と慕う弟弟子達が集まるのは不思議なことではない。

 

 モモナリは少しばかり沈黙してから「そうか」と、目を伏せて返した。

 

「悪いな、埋め合わせは必ず」

「ああ」

 

 モモナリに背を向け、対戦場を後にしようとしたキリューに、モモナリは何かを伝えようと口を動かしたが、それは歓声にかき消された。

 モモナリほどの人間オンチにも、彼の立場は理解できている。

 

 キクコの一番弟子にして、長年Aリーグに所属し、チャンピオン決定戦にも出場した。

 キシ、そして、今季Aリーグ昇格を決定しているワゴーと後続にも恵まれ、なにより、すでにキリューには全盛期の力がない。

 元々、反射神経と深い読みに支えられたサイクル戦を得意としていたトレーナーだ。三十代後半に差し掛かり、目が、頭が、経験が、かつてのそれを鈍らせている。そうなれば、彼を彼たらしめていた感覚にほころびが出るのも無理はない話だ。

 Bリーグに降格となったこのタイミング、引退という形で跡を濁さぬ選択肢は、十分に考えられるものだった。

 

 

 

 

 

 

 キリュー側控室。

 彼の予想通り、そこには彼の弟弟子達が集まっていた。

 だが、キクコ一門とその関係者と比べると僅かな数である。

 彼らは一門の中でも現役のカントー・ジョウトリーグトレーナー達だ。最も、Aリーガーであるキシは同日にアサギシティでのリーグ戦を行ったため、そこにいたのはB、Cリーグトレーナーたちだ。

 

「キリ兄」

 

 まだ声質に少年のそれが僅かに残っている若いトレーナー、ワゴーは、キリューが控室に戻るやいなやソファーから立ち上がり彼に駆け寄った。

 

「ああ、遅くまで悪かったな」

 

 駆け寄ったは良いものの、兄弟子に対してなんと声をかければ分かってはいない少年の肩を叩き、さらにその後ろからキリューに向けて複雑な表情を向ける弟弟子達にキリューが呟く。

 ふと、彼はその控室の雰囲気に似合わぬ明るい声が小さく聞こえていることに気がついた。

 その方を見ると、弟弟子が彼の視線を感じて一歩後ろに下がり視界を広げる。

 そこにあったのは、控室据え置きのワイドなテレビであった。

 僅かに聞き取れる司会の女性アナウンサーのよく通る声は、キリューとモモナリの試合の解説を求めている。

 

「消しますよ」

「いやいい、構わんさ」

 

 リモコンを手に取ろうとした弟弟子、Bリーガーのヨシダをキリューは声で制する。

 

「キシはどうなった?」

「一時間ほど前に勝利しています」

「そうか、勝ち越したな」

 

 キリューは僅かに首を動かして続ける。

 

「大したもんだ、あのガリ勉のおかげで、なんとか先生の顔に泥を塗らずに済んだ」

 

 わずかにユーモアを含んだ『ガリ勉』という言葉に、弟弟子達は震え上がった。

 キシと言えば、キクコ一門初のチャンピオンとなったトレーナーである。同じ一門にありながら雲の上の存在であり、とてもではないが『ガリ勉』などとからかうことなど出来ない。

 それを隠すわけでもなく、それを何気なくからかうその姿に、彼らはキリューという人間の一門での立ち位置を再確認したのだ。

 

「いやしかし申し訳ない。皆に見せるような試合ではなかった」

 

 やはりおどけたようなその口調に、弟弟子達はやはり何も言えない。

 それは、何よりも厳しい現実を控室に突きつけていた。

 笑いながらそれを否定できるような試合ではなかった。

 年々求められる技術と知識の水準が高くなりつつあるカントー・ジョウトリーグにおいて、今日のキリューが見せた動きは、少なくともチャンピオンを争うようなトレーナーのそれではない。

 一門の重鎮としてキリューを知る彼らだからこそ、その衰えを誰よりも理解できているのだ。

 更にキリューはワゴーの方を向いて続ける。

 

「お前にも悪かった、楽しみにしてたのにな」

 

 それが何を意味している言葉なのか、少なくとも控室のトレーナーたちは理解している。

 一門の中でもまだまだ若い方のトレーナーであるワゴーは、それでいてCリーグを一期で抜けてしまうほどの才能を持った少年でもあった。破竹の勢いでチャンピオンとなったクロセに迫るトレーナーとして、業界からの注目度も高い。

 今期、彼はBリーグ一位の成績を残し、来期からのAリーグ昇格を決めていた。

 キリューがAリーグに残留していれば、来期は彼らの対戦があったはずであり、ワゴーがそれを楽しみにしていたことを、彼は知っていた。

 

 ワゴーはそれに対して、あまりにも真っ直ぐにキリューを見つめながら答える。

 

「キリ兄、俺はずっと待ってます」

 

 若手トレーナーのその言葉を、控室はやはり悲しく迎え入れた。

 彼は若いから、物事の道理というものを知らないのだ、と、彼らは思っていた。

 リーグトレーナーの夢舞台であるAリーグ、その登竜門となるBリーグは、所属年数が長くなるほどに飢えの増す魔境である。とてもではないが、スキを見せるほど衰えたベテランが生き残れる場所ではない。

 キリューが再度昇格を果たすのは難しいだろう。

 それを、ワゴーは理解できない。

 否、心の奥底ではそれを理解しているのかもしれない。

 だが彼は、兄と言うには年齢の離れすぎた兄弟子は、自らのような若人が想像もできないほどの底力を持っているに違いないのだと、あまりにも若々しい希望を抱いている。

 ベテラン勢を時代遅れだと吐き捨てる彼ですら、一門の情にそれを適応は出来ない。

 最もそれは、彼の生まれ、育ちが影響しているかもしれなかったが。

 

 ふと、キリューは聞き馴染みのある声の波長が耳に届いていることに気がついた。その声は、あまりにも重苦しいこの控室に似合わぬ、楽しげで、戦いを苦しいだなんて欠片も思っていないような、そんな。

 キリューの視線の先には、控室据え置きのワイドなテレビがあった。

 弟弟子たちも彼の視線に釣られるようにそれを見ると、そこに写っていたのは、この日キリューと戦ったリーグトレーナー、モモナリであった。

 

「いや、消さなくていい」

 

 リモコンに手を伸ばそうとしたヨシダを再び制して、逆に「音量を上げてくれ」と、彼は何気なく指示した。

 自らを打ち負かしたモモナリのインタビューを、兄弟子が聞きたいと言っている。

 控室の緊張感がぐーんと上がるのを感じながら、ヨシダはそれに従った。

 

『ええまあ、ガブリアスを温存できたことが大きかったんじゃないですかね』

 

 スピーカを通して聞こえるモモナリの声に、キリューは僅かに口角を上げる。

 大きい、なんてものではなかった。

 対策が進み、全盛期ほどの使用率ではないものの、未だにガブリアスの対面性能は高い。戦略でごまかそうと、根本的なポテンシャルの高さが落ちるわけではないのだ。

 それを落としたい時に落とせず、落としたくない時に落とさなかった。それがそのまま勝敗に直結するのは当然だ。

 もう一つ二つ、モモナリのインタビューが続いたが、キリューはそれに特に何かを思うわけではなく、不気味に静まり返る控室に、何故かそこにいないはずのモモナリの声が響いている。

 そろそろ自分も、記者の元に向かわなければならないだろう、と、彼が、視線をテレビから外そうとしたときだった。

 

『対戦相手のキリュー選手は、降格を機に引退の噂がありますが、モモナリ選手からなにか一言あれば』

 

 なんてことのない質問。というわけではなかった。

 それは、キリューを敗北させたモモナリに対して投げかけるには強い質問のように思える。

 あるいはその男性アナウンサーが、あるいはその背後にいるプロデューサーが、ディレクターが手柄を欲したか。もしくは、特になんの考えもなく「いやあ、彼ならまだまだやれると思いますけどね」というあまりにもありきたりでぬるい返答を求めたか。

 ただ、一つ間違いないのは。

 まずい。

 弟弟子たちが、より一層緊張感を強める。

 否、すでにそれは緊張感という言葉で片付けられるものではない。まるで自分たち全員が、キリューに生殺与奪権を握られているような幻覚を覚えるような、彼の機嫌次第で、自分達の人生が決まってしまうかのような恐れ、恐怖を覚えている。

 誰でもいい、ヨシダからリモコン奪って切っちまえよ。

 控室の殆どの人間が、そう思っていた。

 リモコンを所持しているヨシダですら、そうしてくれと思っていた。

 自分はキリューに「音量を上げてくれ」と指示された身なのだ、電源を切るという、それを反故するような行動を取れるはずがない。

 唯一、ワゴーだけはそれを成そうと一歩右足を踏み出していた。

 だが、わずかに自らに振られたキリューの視線は、彼の気遣いをやんわりと拒否していた。

 テレビの向こう側にいるモモナリは、それにわずかに沈黙を作った。

 

『それを僕に聞いてどうするんです?』

 

 質問に、質問で返した。

 わずかに彼の雰囲気が変わったことに気づいたのだろう、アナウンサーは自らの発言を失言だと理解して謝罪しようとした。

 だが、モモナリはそれよりも先に言葉を続ける。喋りすぎろという先輩からの助言に対して、彼は忠実だった。

 

『辞めたいなら辞めれば良いんですよ。Aリーグから落ちたから、勝てないから、弱くなったから、悔しいから、辛いから、恥をかきたくないから。別に理由は何でもいい、辞めてそれが解決されるのならば辞めればいい、ただそれだけの話でしょ。それに僕がどうこういう権利は無いし、言ったところで何かが変わるわけでもない』

 

 そう捲し立てるモモナリに、アナウンサーは冷や汗が止まらない。なんてことはない、彼はただただ、地元の雄であるキリューに対し『辞めるなんてもったいない』と声をかけて欲しかっただけなのだ。

 ふと、彼はモモナリの腰元を見る。あのボールには、まだポケモンがいる。

 だが、その反面、彼の背後にいるテレビ局の人間はガッツポーズをしているだろう。

 話題に事欠かなさそうな発言だ。業界の重鎮の進退と、それに対する批判的な意見、その裏に潜む真意などどうでもいい、何より、自分たちに責任がない。

 モモナリは更に一言付け加える。

 

『弱くなって疲れた、だから辞める。それで結構、無理やり頑張ってしがみつくような場所じゃないでしょ、ここは』

 

 モモナリが踵を返したそのタイミングで、テレビ画面はスタジオの女子アナウンサーと解説者に移り変わった。

 

『はい、やはりトレーナーの皆様からすれば、その進退にはそれぞれ意見があるようで』

 

 やや引きつった声でそれ以上を続けようとするアナウンサーは、すぐさまに真っ黒な画面へと変貌する。

 我慢できなくなったワゴーが歩を進めてヨシダからリモコンをひったくり、その電源を切ったのだ。

 

「あの野郎」

 

 ワゴーが怒りを吐き出すようにつぶやいたその言葉が、モモナリに向けられていることは誰もが理解できるだろう。

 だが、ワゴーのその怒りに対して、助かったと思った者もいた。

 彼の若さ溢れる怒りに対して、兄弟子は冷静になるだろう。

 いつもそうだった。

 キクコの一番弟子としていわれなき批判をされた時も、セキエイ高原でのチャンピオン決定戦に敗北したときも、キリューは常に周りからの声に怒ることはなかった。その小さな体でそれらすべてを受け止める、彼はそういう男だった。

 代わりにキシのような弟弟子が苦言を呈し、彼はそれをなだめる。

 そうやって保ってきたバランスだった。

 だから、今回もそうなるだろうと、誰もが思っていた。

 

「キリ兄」

 

 怒り混じりにワゴーは彼の名を呼んだ。

 納得できなかった。

 十数年に及びカントー・ジョウトAリーグを死守してきた、キクコ一門の最重鎮、彼の世話になったトレーナーは数しれず、チャンピオン経験者のキシですら一歩下がる彼に対して、業界になんの貢献もない、ただただ乱雑に生きてきた『最後のチャンピオンロード世代』が、その人生になんのリスペクトもないことが納得できなかった。

 

 あまりにも青臭い怒りだった。

 そして、キリューはそれをなだめるだろう。誰もが、そう思っている。

 そして、彼が呟いた。

 

「連れてこい」

 

 小さな声だったが、静まり返った控室に、それはよく響いた。

 そして、彼は唐突に声を荒げる。

 

「連れてこい!」

 

 控室に響き渡るそれに、ワゴーを含む弟弟子達は、驚くことも忘れていた。

 彼が声を荒げるなど、弟弟子たちには経験がなかった。

 彼らの戸惑いを気にかけること無く、キリューは吐き捨てる。

 

「モモナリのクソバカアホボケノータリンクズへなちょこ野郎を、俺の前に連れてこい!」

 

 まだ、ワゴーを含む弟弟子達はその現実を受け入れられてはいないだろう。

 だが、彼らの中で一つ、共有することのできる感覚がある。

 モモナリは、絶対に怒らせてはならない人間を怒らせたのだ。




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