モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 189-彼がキレた日 ②

「どう思ってますか?」

 

 一夜明けたハナダシティ。

 カントー・ジョウトBリーガーのヨシダは、その隣でわずかに憤りを身にまとわせている少年、ワゴーに問うた。

 

「何がです?」

 

 扉に背を向けながら、ワゴーが礼儀の中にぶっきらぼうさを付け加えながら答える。

 扉の向こうに、目的の人物は居なかった。

 

「そりゃあ、モモナリさんの発言ですよ」

 

 一歩一歩とその家から離れながら、ヨシダは身振り手振りにそう言った。

 

「もう少しわかりやすくしてくださいよ」

 

 ワゴーはため息まじりに言った。このヨシダという兄弟子は、本来ならば人間が持つべきはずの緊張感というものが僅かに欠落しているタイプの人間だった。一門の中でも古参でありながらBリーグの中上位を行き来し、十近く年齢の離れた弟弟子にリーグ順位を抜かれようと特に思うところがなさそうなところがその証拠。

 

「いやね、キリューさんがあんなに怒っているところなんて始めて見ましたよ。あのキリューさんがですよ」

「ええ」

「あんなにも怒りをあらわにして、一人の人間を名指しにして『連れてこい』だなんて。怖かったですよ。ええ、怖かった。アナタもそうだったでしょう?」

 

 その言葉に、ワゴーは沈黙をもって肯定を表現する。

 一門の古参であるヨシダですら見たことがないというのだから、当然ワゴーも同じ。特に彼にとってキリューは良い兄であったから、その衝撃は大きい。

 

「だからこそ、でしょ」と、ワゴーが沈黙を破った。

 

「だからこそ、絶対にあの男に詫びを入れさせなきゃならない」

「本当にそう思っていますか」

「あんた、それ本気で言ってんですか?」

 

 ワゴーは睨みつけるようにヨシダを見る。

 

「キリ兄を舐めるってことは、俺達を舐めるってことですよ。あんただって、キリ兄は世話になってるはずだ」

「そりゃあもちろん、あの人には足を向けて寝られませんよ」

「だったら、どうして」

「いやね、そりゃ自分だって思わないことがないわけじゃないですよ。モモナリさんの言葉は、キリューさんに投げかけるには強すぎる。ですがね、どうもね」

 

 ヨシダは歩みを止め、一つ考えて首を捻る。

 

「自分の知る限り、キリューさんってもっと酷いこと言われてたんですけどねえ」

 

 その言葉に、それまでヨシダの意見をすべてに反発しようとしていたワゴーの思考が僅かに止まる。

 ポケモンリーグの重鎮であるキクコの一番弟子という立場は、重い。

 ポケモンリーグにおける彼女の影響力は決して小さなものではない、噂によれば、ポケモンリーグ協会の会長ですら彼女には頭が上がらないと言うし、何よりそれが噂ではないことは一門である彼らもよく知るところである。

 故に、その寵愛を一身に受けていると考えられるキリューに対し、無責任な方向からの意見があることは想像に難くない。

 だが、ワゴーは一つ息を吐いてから答える。

 

「だからついに切れたってことでしょ? 何も不思議じゃない」

「積み重ね積み重ねで、ついにモモナリさんの言葉に怒ったと」

「それ以外どう考えるんです」

「だったら、モモナリさんだけがその怒りを一身に受けるのって、なんか可愛そうじゃないですか?」

 

 それをワゴーは鼻で笑う。

 

「欠片も思いませんよそんなこと、あの言葉にキリ兄に対するリスペクトはない。キリ兄がそれに怒ることは当然の権利だし、キリ兄を馬鹿にされた俺が怒るのだって当然でしょ」

 

 それとも、と、彼は続ける。

 

「あんたは怒りを感じないのかよ。やりたい放題やってる奴にキリ兄が馬鹿にされてさ、あんたは腹立たないのかよ」

 

 その直線的な感情に、ヨシダは一瞬言葉をつまらせる。

 ワゴーは彼をあざ笑うかのように鼻を鳴らして続けた。

 

「まあ、いいよ。あんたが何も思わないならそれでいい。ビビってここにこなかったCリーグの連中が何思わないでもそれでいい。ただ、俺は俺が思うように動く。キリ兄が怒ってなくとも、俺はいつかこうなると思ってた」

 

「帰りたいなら、帰ってもいいぜヨシダさん」と、彼は一歩ヨシダの前に出た。

 

 

 

 

 

 

 ハナダシティ、ハナダの岬。

 彼らのターゲットであった男、カントー・ジョウトAリーグトレーナー、モモナリは、一つ飛び跳ねてから水面に消えたアズマオウを眺めていた。

 

「やあ、どうも」

 

 相変わらず、緊張感のない男だ。と、ワゴーは苛立った。

 兄弟子のヨシダが僅かに緊張感が欠落している男だとするのならば、目の前の男は緊張感そのものが欠落している男だろう。尤も、それこそが時代遅れのこの男を未だにAリーガーという立場に押し上げている要因の一つ何かもしれないと彼は思っているが。

 

「手持ちの休養ですか」と、ヨシダはモモナリに対する怒りの感情無く問う。僅かな観察から、いま水面の中に消えていったアズマオウがモモナリの手持ちであることを見抜いていたのは流石と言ったところ。

 

「ええまあ、たまに兄弟たちと会いたがるんですよ」

 

 ところで、と、モモナリはヨシダとワゴーをそれぞれ見やる。

 

「何の用かな」

 

 微笑みながら彼らに問う。

 

「あんたを迎えに来たんだ」

 

 ヨシダが口を開くよりも先に、ワゴーが早口に言った。

 

「キリューさんがあんたを呼んでる」

 

 キリ兄、と喉元まで出かかっていたのだろう。彼はそれを飲み込んでからその名を呼んだが、身内の人間は敬称を略するものだというところまでは気が回らなかった。尤も、その常識を知っていたとして、彼がキリューを呼び捨てにできたかどうかはわからないが。

 

「へえ、そりゃ珍しい」

 

 ちらりと、彼は二人の腰元を見やった。当然、そこにはモンスターボールがあるだろう。

 

「理由は?」

「心当たりはないのかい」

 

 ワゴーの物言いはひどくぶっきらぼうであったが、モモナリはそれを気にすること無く首をひねる。

 

「どれだ、と言われると困るね」

 

 悪びれる風のないモモナリに、ワゴーは鼻を鳴らして答える。

 

「昨日は随分と舐めた言いようだった『辞めたいなら辞めろ』だって?」

 

 それを聞いて、彼にしては察しよくそれに気づいたのだろう。モモナリは苦笑いした。

 

「いやあ、アレは意地の悪い質問だったからね」

 

 そう気の抜けた返答に、ワゴーが言葉を連ねようとするより先に、ヨシダがそれに割って入る。ワゴーに比べれば、彼は持つべき社会性を持っている方の人間だった。

 

「モモナリさんとしてはなんてことのない言葉だったかもしれませんが。とにかくそれがウチのキリューの気に触ったようで」

 

 そこで僅かな沈黙を挟み、モモナリがそれに不満を覚えていないことをなんとなく確認してから続ける。

 

「一つ、お二人で話をしていただければと」

「話? 話って何だい」

 

 モモナリは一つ背筋を伸ばして続ける。

 

「全くわからない。何をすればいい?」

「謝れってんだよ」

 

 今度はしびれを切らしたワゴーが割って入った。

 

「あの言葉を取り消し、謝れってんだ」

「謝る?」

 

 モモナリは首をひねった。

 

「話が見えてこないな」

「あんたの舐めた言葉にキリューさんが怒ってんだよ」

「へえ、またかい」

「事態を重く考えたほうがいい、あんたは俺たちを敵に回してる」

「ふうん」

 

 モモナリは再びワゴーとヨシダを見比べ、その背後にまで視線を合わせた。

 

「キシくんは?」

「こんな子供の使いにキシさんが出てくるわけ無いだろうが」

「そうかい」

 

 モモナリは一つ頷いてから続ける。

 

「そりゃあ、残念だ」

 

 彼は頬をかいて続ける。

 

「そんなに酷いことを言ったかなあ」

「言ったさ、だからこそキリューさんが怒り狂ってる」

「ふうん、そうかい」

 

 モモナリはワゴーと目線を合わせて問うた。

 

「君は、どう思う?」

 

 突然の質問に沈黙したワゴーに続ける。

 

「あのインタビューすべてを覚えているわけではないが、僕は確かに『辞めたいなら辞めろ』と言ったんだろう。普段から思っていることだからね。それで、君はどう思うんだい? そう言われたキリューが怒って当然だと思うのかい?」

 

 ワゴーは沈黙を続けた。沈黙を続けて思考した。

 モモナリの言葉は自分を試しているように思える。

 その言葉は無慈悲で、冷酷なものに聞こえるかもしれない。だが、それはリーグトレーナーならば肯定しなければならない理屈のように思える。

 だが、やはり。

 

「少なくとも、キリューさんにかけていい言葉じゃねえよ」

「それはどうして?」

「あんただって知らねえわけじゃねえだろう、あの人はこの業界に貢献してるし、俺達の世話も焼いてくれたし、何より、ずっと強かった。キリ兄の進退を他人がどうこう言う筋合いはねえ。あの人ほど頑張ってる人を、俺は知らねえよ」

 

 その言葉が、身内贔屓、そして、モモナリにすべての責任があるわけではないことをワゴーは理解している。

 キリューの業界への、一門への貢献など、モモナリの知るところではない。

 さらに言えば『辞めたければ辞めればいい』という言葉自体も、彼が進んで言ったわけではないのだ。

 

「なるほど」と、モモナリはため息を付いた。

 

「皆、頑張っているんだよ。キリューも頑張っているだろう、君たちも頑張っているだろう。僕も頑張っているし、皆頑張っている。そこに貴賤はない」

「モモナリさん」

 

 モモナリの主張を遮るようにヨシダが声を上げる。

 

「あなたの言うことにも一理あると私は思いますよ。だが、現にあなたの言葉でキリューは怒り、我々が使わされている。これは理屈ではない、事実です」

「まあ、だろうね」

「この際、本心でなくともいいんです。一言、キリューに謝ってくれればいい。それで全ては丸く収まる。あなたにも信念はあるだろうが、意地を張れば、我々一門はあなたを『軽蔑』せざるを得ません。同情はしますが、譲歩するつもりはない」

 

 感情にまみれたワゴーの意見よりも、ヨシダのそれは理にかなっているように思えた。

 理屈はどうでもいいのだ、事実として、キリューが怒っている。モモナリの理屈でそれが収まるわけではないだろう。

 

 ふう、とモモナリはため息をつき、胸ポケットからポケギアを取り出した。

 誰にかけるのか、ワゴーらが考えるわけもない。

 漏れ出す着信音を耳に当てながら、やがてそれが消えた。

 

「もしもし、キリューか」

 

 モモナリは微笑んでいる、緊張感の欠片もない。

 

「ああ、そうそう、今ワゴーくんとヨシダくんが来てるよ」

 

 一拍、沈黙する。

 

「キシくんはどうした。ああそう、残念だ。ああ、話は大体聞いたよ」

 

 更に一拍、少し長めにモモナリが沈黙。

 

「ああ、その話なんだけど」と、モモナリが眉をひそめる。

 

「お前の都合にワゴーくんとヨシダくんを巻き込むのはどうなの?」

 

 その瞬間、ワゴーとヨシダは同様の緊張感を持った。

 馬鹿なことを言っている。

 

「彼らも暇なわけじゃないんだからさあ、巻き込んじゃ駄目だよ」

 

 馬鹿野郎、やめろやめろ。と、ワゴーはそれを取り上げてしまおうかどうかと悩んだ。

 だが、それを実行するよりも先に、モモナリが最後の句を告げた。

 

「言いたいことがあるならお前が来いよ」

 

 そう言って、モモナリはポケギアの電源を切った。

 ワゴーは、スピーカーの向こう側からこれまで聞いたことがないような怒号が聞こえているような気がした。

 

「あんた何やってんだ!」

 

 同じく、ワゴーも怒号をあげた。ここがハナダの郊外ではなければそれなりの注目を浴びていただろう。

 無鉄砲なチャンピオンロード世代だと馬鹿にしながらも、最低限、通すべき筋はある人間だろうと思っていた。

 だがまさか、ここまでの阿呆だとは誰が予測しただろう。

 自分の兄弟子であるキリューをそこまで軽んずるモモナリに対し、呆然とした感情と、ふつふつと再び湧き上がり始めた怒りがあった。

 

「いや、なんか君たちが可愛そうだなと思って」と、モモナリはポケギアを胸ポケットに収めながら答える。

 

「さて」と、モモナリは二人を見据えて続ける。

 

「どうする?」

 

「は?」と、ワゴーはその言葉に抗議に似た困惑を上げた。

 

 ヨシダはモモナリから目を離さず、彼にしては珍しく舌打ちをしながらモモナリに言った。

 

「モモナリさん、これはもう見逃せない。あなたは我々への敬意を欠いた」

「まあ、そうなるだろうね」

「この先、カントーだろうが、ジョウトだろうが、ホウエンだろうが、シンオウだろうが、あるいは、未だリーグのない地方においても、我々一門の影響がある限り、あなたは『軽蔑』されるでしょう」

 

 ワゴーはモモナリへの困惑と怒りを維持しながらも、ヨシダのその言葉に驚いていた。

 彼らしくない、相手に緊張感を直接ぶつけるような口ぶりだった。

 だが、モモナリはそれをなんとも思っていないようで、口元に手をやり小さく息を吐くように鼻で笑う。

 

「この先、だって」

 

 二人に問うようなニュアンスの言葉であった。

 

「随分と、鈍いんだねえ」

 

 ワゴーと目線を合わせる。

 

「君はまだ若いから仕方ないけど」

 

 今度はヨシダに視線を投げる。

 

「君はわからないわけじゃないだろう」

「おい、何が言いたい」

 

 ワゴーにとって、好ましい投げかけではなかった。

 年齢という、覆しようのない事実を根本とした説教。

 モモナリに対し、ますます怒りが募る。

 だが、その腕が動くことはない。

 

「いいかい」と、モモナリが人差し指で宙をかく。

 

「キリューは怒った。だから僕に謝罪させるために、君たちを使わせた」

 

 背後で革靴が砂を擦る音が聞こえたが、ワゴーはそれをとるに足らないことだとモモナリの言葉に集中する。

 

「君たちは僕を連れていきたい、そして僕は、謝る気も連れて行かれる気もない。その先にあるのは」

 

 風が吹いた。

 ワゴーがそう思ったのは、自らの耳元を掠めたものがあったからだ。

 だが、そのすぐさま後に、それは風ではなかったことを知る。

 爪が金属をひっかく不快な金切り音、破裂のような小さな電撃音。火花。

 モモナリの正面に陣取るジバコイルは、その相手を見据えて電撃をほとばしらせている。

 その目は、不意に現れたマニューラを睨みつけていた。

 

「モモナリさん」と、ヨシダがため息交じりにその名を呼ぶ。

 

「もう、そういうのは時代遅れですよ」

 

 ワゴーは、それに気づかなかった。

 自らの耳を掠めたそれは、ヨシダが音もなく繰り出したマニューラだったのである。

 嘘だろ、と、ワゴーはそれを理解する。

 私闘だ、これは、私闘。

 自らの我を通すためにポケモンを繰り出すバトル。

 倫理的に許されているはずもない。それをしないことがリーグトレーナーとしての倫理観なのだと、ありとあらゆる大人達から、うんざりするほどに聞かされていた。

 故に、ワゴーにその選択肢はない。

 否、まったくなかったわけではないだろう。

 兄弟子への侮辱、チャンピオンロード世代への敵対心、気に入らなければ野良試合でわからせることも怒りの中の選択肢になかったわけではない。

 だが、怒りに身を任せなければ生まれなかったであろうその選択肢を、まさかモモナリがあそこまで涼しい顔をしながら選択するとは思っていなかったのだ。

 話には聞いていた、かつて無茶をしていた『最後のチャンピオンロード世代』だと、しかし、まさかこの時代においてもその感覚を、恥ずかしげもなく披露するなどと誰が思えようか。

 

「時代遅れだって」と、モモナリは口元に手をやって笑う。

 

「それをやれと言ってきたのは、キリューのほうじゃないのかい」

「ワゴウ!」

 

 背後から、ヨシダの怒号が飛んでくる。

 振り返れば、緊張感を欠いているはずであったヨシダが、目を吊り上げモモナリを睨みつけながら、その視界の中にわずかに自分を捉えている。

 

「ぼけっとしてると、死ぬど!」

 

 その言葉で、ようやく彼は我に返る。ヨシダの変貌など、一先ず思考の角に置く。

 

「『ラスターカノン』」

 

 僅か程の躊躇もなく放たれるその鈍いきらめきの光線は、ヨシダのマニューラを吹き飛ばす。

 ヨシダが自分に気を向けなければその直撃は防げただろうか。

 ワゴーの若く豊かな感性は、目の前のことに動揺しながらも冷静にそれを分析している。

 そして、彼は順応を始めた。

 

「『かえんボール』!」

 

 叩きつけられるようにして繰り出されたエースバーンは、瞬く間に塵を発火させ形作った炎の、エネルギーの塊を、一つフェイントを挟みながらジバコイルに打ち出す。

 大技を放ったスキに対し、同じく炎の大技、更にそれは、はがねタイプであるジバコイルに対して効果が抜群である。

 瞬間的に、彼はこの状況における正解を、感覚的に、本能的に繰り出した。それは、彼の才能が豊かであることの証明であろう。

 だが、その感性は、あくまでも対戦場で培われたものであった。

 不意に、彼らの視界を塞ぐ毒色の体格。

 

「『まもる』」

 

 Bリーグトレーナーですら対処に手こずっていたその『かえんボール』は、アーボックが広げた首で受け、その軌道をそらしていた。

 しなやかな彼女の体格は、それによるダメージをほとんど受けていないようだった。あるいは迎撃が目的として正面からそれを受ければ無視のできないダメージになっていただろうが、ジバコイルを攻撃から守るための最小限の受けだった。

 胸の模様を広げながら自分たちを威圧するアーボックに、ワゴーは思考を巡らせる。

 

 威圧による萎縮。

 弱点攻撃である『しねんのずつき』でも落とせるかどうか。

 相手はメジャーなポケモンではなく、自分の中でその戦略がアップデートされていない。

 だが、かつてそのポケモンが『じしん』を撃っていたことは知っている。

 エースバーンというポケモンの能力は秀でているが、この対面は五分から不利であるかもしれない。

 するべき行動は。

 

 そこまで考え、彼はようやく胸の模様の向う側にあるモモナリの視線に気を向ける。

 彼は、ワゴーの方を向いてはいなかった。

 

「『ムーンフォース』」

 

 その目線の先には、ヨシダと、マニューラだ。

 いつの間にかジバコイルと入れ替えられていたピクシーが、起き上がったマニューラに『ムーンフォース』を撃ち込んでいる。

 ジバコイルの『ラスターカノン』によってすでに大ダメージを負っていたはずだ、それに耐えられる耐久を持つポケモンではない。

 遅れた。と、ワゴーは優れた感性からそれに気づいてしまう。

 状況的に、モモナリも二体目を繰り出す可能性は考えられた。

 否、むしろ、相手はなんでもありの『チャンピオンロード世代』そのくらいは考えていなければならなかった。たとえそれが、過去を知らぬ自分たちに対する、苦し紛れのホラだと思っていたとしてもだ。

 

「クソがっ!」

 

 思わず漏れたその言葉は、果たしてモモナリに届いただろうか。

 モモナリはその言葉に反応すること無く、二歩三歩と砂を擦って、ヨシダとワゴーを正面に捉えることのできる体勢を取り始めた。

 感覚的に、ワゴーはそれをまずいこととして攻撃の指示を出そうとする。

 だが、エースバーンの動きが鈍い。

 それがアーボックの『へびにらみ』によるものだと気づいたのと、エースバーンが『まひ』しながらも『しねんのずつき』を繰り出さんと動き始めたのはほとんど同時であった。

 そして、モモナリも動く。

 

「『じしん』」

 

 アーボックが動く。

 だが、それはワゴーに向かってではない。

 彼女は次のポケモンを繰り出さんとしていたヨシダに向かった。

 ヨシダが繰り出したドクロッグに、彼女の尾から放たれる『じしん』の衝撃。

 少ないダメージ、というわけには行かないだろう。

 

「『まもる』」

 

 代わりにエースバーンの『しねんのずつき』を受けたのは、先程までマニューラを攻撃していたピクシーだ。

 だが、それも迎撃を目的にしたものではない、その険しい目つきに似合わぬしなやかな体の使い方でダメージを最小限に押さえる受け。

 ヨシダのドクロッグのダメージが深そうであることを確認すると、モモナリはちらりとワゴーを見やり、そして、わずかに微笑んだ。

 その微笑みを肌で感じて、ワゴーはその男に抱いていた怒りの感情が更に沸き立つと同時に、彼の戦略感の深さにわずかに恐れを覚えた。

 まるで、学生の不勉強をからかうような微笑みだった。親しみと、僅かばかりの呆れを抱いた、それでいて、その結果どうなろうと知ったこっちゃないよという突き放しのような感情のある微笑みだった。

 親身な人間ほど、不勉強を叱るものだと、ワゴーは心の底から学んでいる。

 

『まあ、こういうのは慣れてないよね』と、その男の声が聞こえるようだった。

 

 良いか悪いか、ワゴーはその男が見せた戦略の意味を、僅かな時間で理解するに至った。

 目標は、最初からヨシダであった。

 ジバコイルとピクシーでヨシダのエースであるマニューラを揺さぶりながら、ピクシーに対して繰り出されるであろうドクロッグに先手を取って『じしん』を撃ち込む。

 否、ドクロッグを繰り出すのだと確信があったわけではないだろう。腐ってもBリーガーであるヨシダが、自らに向けられているピクシーという選択肢に対してどのような行動をとり得るか、モモナリは正確に読み切り、それに対する的確な反撃をすでに放っていたということ。

 たとえ繰り出されたのが毒タイプであろうと鋼タイプであろうと、アーボックは的確に反撃したのだろう。

 

「戻れ!」

 

 ピクシーが攻撃の姿勢を取った。

 危険だ、ピクシーには『みずのはどう』があり得る。

 ワゴーはエースバーンをボールに戻し、代わりのポケモンを繰り出す。

 

「ひきつけろ!」

 

 新たに繰り出されたルカリオは、両手のガードをあげ迎撃の姿勢を取った。

 ピクシーを懐まで引き込み『バレットパンチ』でカウンターを取る算段だ。

 だが、その考えは失敗に終わる。

 ピクシーはエースバーンがボールに戻ったことを確認するとすぐさまにバックステップで距離を取り、戦いのペースをスローダウンさせた。

 

「ここでかよ」

 

 思わずつぶやくワゴーを尻目に、アーボックはヨシダが新たに繰り出したポケモンとスピーディな戦闘を繰り広げ、モモナリの視線もそちらに集中している。

 ここに来て、彼は考え方を改める決心をした。

 競技者である関係上、ワゴーはダブルバトルの経験は少ない、知識としてセオリーや戦略は知っているだろうが、それを反映したことはないだろう。

 尤も、競技者であることはモモナリも同じであろうが、これが『チャンピオンロード世代』というものなのだろうか。

 一人と二匹で二つの戦局を管理しながら、それぞれの試合を自らの力でコントロールもしている。

 こちらは二人と二匹であるはずなのに、むしろそれがウィークポイントであるかのようにそれぞれが弄ばれている。

 ワゴーは認めざるを得なかった。

 この戦い方ならば、モモナリのほうが自分よりも遥かに経験値がある。

 ヨシダの戦局を見やる、うまく抵抗しているが、劣勢のように見える。

 スピーディな展開を押し付けられることにより本能的な対応を繰り返し、それを的確に刈り取られる。それを鑑みる時間も修正する時間も与えず、全てを失った後にそれに気づかせるような戦い方だ。

 

「クソっ!」

 

 それの救援に向かおうとは当然考えている。

 だが、スペースを開けた状態で自分たちを睨みつけるピクシーの圧に、無造作に駆けるということはできない状態だ。

 ピクシーにスキはなく、動けばタダではすまないだろう。

 しかし、睨み合いを続ければ続けるほどにモモナリの思うつぼであることも理解はできている。

 ピクシーと、こちらに目線を向けぬモモナリとを交互にみやりながら、ヨシダのポケモンが戦闘不能になる様子を感じるしかできなかった。




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