モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 189-彼がキレた日 ④

「悪かったな」

 

 ピジョットを撫で、ボールに戻しながら、キリューは遠くで跳ねるアズマオウを眺めてモモナリに言った。

 

「何がだい」と、キズぐすりで回復させたポケモンたちをボールに戻し終えたモモナリは、同じく遠くの水面に跳ねるアズマオウを眺めながら答える。

 

「巻き込んだ、お前を」

「よくわからないな」

 

 首を傾げるモモナリに、キリューはため息を付いた。バトルの時に見せる冴えを、なぜ日常生活では使えないのか。

 

「腹が立って仕方がなかった」

 

 仕方なく、観念して、彼は自らの心の内を吐露する。

 都合のいいことに、ハナダ郊外のそこには、彼ら以外の人影はない。

 

「自分が情けなかった。望むこと一つできず、可愛い弟弟子達に気を使われ、それでも醜態を晒すわけには行かないという現状に腹が立って仕方なかった。だから、たまたま画面に写ってたお前を利用した」

 

 その言葉にモモナリはしばらく考え「ああ」と、答える。

 

「やっぱり、怒ってなかったんだ」

「なんだ、わかってたのか」

「まあ、なんとなくね」

 

 彼はボールを撫でながら続ける。

 

「我を忘れているような戦い方じゃなかった。いつものように、戦略的で、思い切りが良くて、ある程度の想定外やミスは許容するような、いつものキリューだった」

 

 それにキリューは鼻を鳴らす。

 

「まあ、遠慮がねえなとは思ったけどさ、今更お前相手にそんなことで本気で怒りゃしねえよ。堪忍袋がいくつあっても足りやしねえ」

 

 モモナリはそれに笑った。

 堪忍袋がいくつあっても足りないだって、誰からの影響かあまりにもわかりやすい古臭い言い回しだが、わかりやすい。今度使おう。

 

「別に怒ったっていいじゃないか」と、モモナリは言う。

 

「そりゃお前はそうかも知れないがなあ」

 

 キリューは頭を振って続ける。

 

「仮にも先生の一番弟子が、負けを理由に怒るようなことがあっちゃあ業界に示しがつかんよ」

 

 その言葉には嘘があった。

 確かに、それも理由の一つかもしれない。

 だが、キクコ一門の最古参である自分が怒りを顕にしてしまえば、歪になってしまうパワーバランスがあるかもしれないことを、彼は理解していた。

 

「怒ることも、人だよ」とモモナリが続ける。

 

「ワゴー君のようにね」

「ああ、ありゃあ怒ってたな」

 

 キリューは遠くを眺めながら続ける。

 

「ああなるから、俺は気楽に怒れない」

「君が来てから少ししてからグンと良くなった。それまではコントロールしやすかったんだけどね」

「何が起きたと思う?」

「覚悟決めたんだろうね」

 

 モモナリは指先で宙を撫でながら続ける。

 

「突然、自分が群れのリーダーになるんだって覚悟で突っ込んできた。ワゴー君ほどのトレーナーがそれをやって、キリューがサポートに回られたら、そりゃあしんどい」

「なるほど」

 

 キリューはその言葉にホッと胸をなでおろした。

 

「あんなだが、俺達に我を見せない奴でなあ」

「ああ、わかるよ」

「父親がな、居ないんだよ」

 

 その言葉に、モモナリは一瞬返答が遅れる。

 

「それは僕が聞いていい話なのかい?」

「有名さ、少し調べりゃすぐに分かる」

「そんなこと調べて何になるんだか」

 

 呆れるモモナリにキリューが言う。

 

「ウチに来てからは俺が世話役だった。父役とまでは言わないが、兄役くらいはこなしたつもりだし、あいつも俺に懐いてた」

 

 彼は下を向いて続ける。

 

「だからこそ、あいつは俺を見切らなきゃならなかった。落ち目の俺を目印にしちゃああいつに未来はない」

 

「ああ」と、モモナリはそれに納得したように頷いた。

 

「だから、君に遠慮してたのか」

 

 それが先程のバトルのことを指していることをキリューは理解していたが、同時に、それを理解できるモモナリの能力に、彼がそのような人間であることをこの世の誰よりも知っている人間の一人でありながらも新鮮に驚く。

 タッグバトルにおいて、その人間関係が戦局に反映されることは容易に考えられることだろう。事実、ワゴーは途中までキリューに対して遠慮があった。それはキリューでも理解できる。

 だが、それはキリューがワゴーの生い立ちや人間性を深く理解しているからだ。人間の感情を知るからこそ、それがバトルに及ぼす影響を理解できる。

 しかし、モモナリはその逆、バトルの戦局から、その人間の感情を細かに読み取っている。

 

「そこまで考えて彼を僕に」

「まあ、なにかきっかけになればとは思ったさ、そういう意味じゃ、お前に感謝だな」

「そりゃどうも」

「考えて俺に電話してきたわけじゃないだろう?」

「まさか、カウンセラーじゃあるまいし」

「だろうな、そういう奴だよ、お前は」

 

 そこからしばらく、彼らは沈黙して水面を眺めていた。

 遠くでは、ヴェールのように美しい尾びれを持ったトサキントが、考えられない高さにまで跳ね上がって水面に落下していた。十中八九、モモナリのアズマオウとの遊びだろう。

 

「どうするんだい」と、モモナリがぼうっと投げかけた。

 

 長い付き合いだ、それが自らの進退についての問いだということをキリューは理解している。

 

「状況は厳しい」

 

 モモナリの沈黙を確認してから続ける。

 

「予想より早かったが、体は衰えてきている。今からそれに戦略を合わせていくのは難しい。ましてや溺れるガーディを叩くようなBリーグだ、戦略を模索しながら昇格枠に入るのは簡単なことじゃない」

 

 戦略のアップデートは可能だが、肉体のアップデートは現実的ではない、かつてのチャンピオン経験者であるキシが身体のケアを重視し始めたのは兄弟子の苦労を目にしているからかもしれない。

 

「ましてや、俺はキクコ一門の古参だ。あまり惨めな姿を見せると業界に示しがつかない。俺がいることでBリーグのパワーバランスが歪んでしまう可能性だって十分に考えられる」

 

 モモナリはそれにも沈黙を返す。何も言うべきことがない、まっとうな分析のように聞こえる。

 

「だが」と、キリューは続ける。

 

「それ以上に、俺はリーグが好きなんだ」

 

 その言葉に目線を上げたモモナリに、キリューは更に続ける。

 

「まだまだ辞めやしないさ。Aリーグから落ちたから、勝てないから、弱くなったから、悔しいから、辛いから、恥をかきたくないから。そんなもんはリーグを辞める理由にはなりやしない。誰かが迷惑を被ろうが、俺を軽蔑しようが、そんなことは関係ねえよ」

 

 はは、と、モモナリは笑顔を見せる。

 

「随分とわがままだね」

「ああ、取り繕っても、俺はトレーナーだ。好きに生きるさ、一先ずの目標は、四天王在籍年齢で先生を越えることだな」

「良いじゃないか、目線は遠いほうが良い」

「お前は、歓迎するか?」

「さあ、僕には君の進退を決める権利はないし、君がどんな決断をしようが、それに口をだすつもりはない」

 

「だけど」と、彼は再び遠くの水面を眺め、照れくさそうに言った。

 

「嬉しいね」

「ああ、なら良かった」

 

 鼻をすする音が聞こえる。

 緊張が溶けた。

 彼はAリーガーでも、兄弟子でもなく。ただ一人のトレーナーとしてそこに立っていた。目の前の友人は、自分が一角の人間ではなくとも、戦いを続ける限り自らを一人の人間として認めるであろう。そんな単純な人間であった。

 そうなった時、突然に、それまで一角の人物として堪えることができていたものが、溢れてきたのだ。

 

「ああ、悔しい。悔しいなあ、なんで落ちちゃったかなあ。もっとできたと思うんだけどなあ」

 

 キリューのその声は、わずかに震えているように聞こえる。

 モモナリにとって、それは珍しいものではなかった。彼が感情豊かな人間であることを、彼は知っている。

 それこそが、今溢れているものこそが、彼が最も弟弟子達に見せたくなかったものなのだろう。

 モモナリはキリューの方を見なかった。それこそが礼儀なのだと、彼は僅かな社会性から思った。




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