モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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月刊誌『文藝ラプラス』 一日密着『ドラゴンつかい・ワタル編』

『彼ら』がポケモンリーグに参戦した時、私はまだ青臭く記者を志しているだけの大学生であり、おおよそ取材網と言える人脈はなく、かと言って今のように情報が電子化しているとは言い難く、デマと尾ひれで作られた『彼ら』の情報から、好んでいたポケモンリーグという機構が崩壊するのではないかと畏れ慄いた記憶がある。尤も、経験を重ね、人脈を持ち、電子化された情報の中からデマと尾ひれを取り除く能力を会得した今では、むしろ勇猛果敢であったとされるかつてのリーグトレーナー達の品格が、決してポジティブな言葉だけで片付けられるものではないことが理解できているのだが。

 

 そして、蓋を開けてみればそれは杞憂であった。『彼ら』はポケモンリーグのどんなトレーナーよりも誇り高く、品格と強さを持ってポケモンリーグを支配した。『強いから』という理由だけで粗暴さを勇猛さと混合されていた旧時代のトレーナーたちは『弱いくせに吠える意気地なし』と揶揄されるようになり、その中でも確かな誇りを持ってバトルに向き合っていた数少ないトレーナー達は、変わらぬ尊敬を勝ち得ていた。

 

『レッド・シゲル事変』を変化のターニングポイントとして考える人間は多い。たしかに、私もその意見そのものを否定するつもりはないし、これほどの衝撃を持つことはもう無いかもしれない。

 だが『彼ら』の参戦こそが『変わりの始まり』であったのでは無いかと私は思わずにはいられない。強いトレーナーが現れることはいつでも起こりうる。だが、歴史と伝統、そして幻想と吹聴、それらを兼ね備えた概念が、果てしない現実であるはずのポケモンリーグに降り立つ事が、果たしてこの先に起こり得るのだろうか。

 

『彼ら』が参戦してから随分と日が経った。今でもポケモンリーグを覗けば『彼ら』の姿を確認することができるし、書籍や広告、プロデューサーが苦心すればバラエティ番組などでも『彼ら』を目にすることができるだろう。

 すでに『彼ら』は幻想と吹聴の存在ではない、その文化の本拠地であるフスベシティにはジムが設立され、現代型の対戦場も作られている。『彼ら』がかつて畏怖を持たれていた概念であることを知らない世代も増えつつあり、少なくとも『彼ら』に対する幻想と吹聴は、匿名性のSNSという井戸端会議でしか目にしなくなりつつある。

 だが、それでも私が『彼ら』に対して緊張感を持ってしまうのは、彼らが『龍』を扱う存在であるということをより知っているからか、それとも、未だにポケモンリーグで強者である続ける『彼ら』を本能的に恐れているからだろうか。

 

 

 

 

 カントー・ジョウトAリーガー、そして、現役でありながらその実績を評価され殿堂入りトレーナーでもある『彼ら』は、待ち合わせの二十分前に現れた。場末の喫茶店にふさわしくない背筋の伸びた美丈夫が、私に微笑む。

 気を抜き、ワイシャツの上のいくつかのボタンを外し、短くなったタバコをみみっちく咥えていた私は、すぐさま背筋を伸ばした。

 

ーー急かしてしまったようで申し訳ありません

 

「構いませんよ、少し早くつきました」

 

『ドラゴンつかい』ワタル。

 今更説明する程のないビッグネームだ。

 だが、爽やかに現れた彼は、ベージュのチノパン、ポロシャツにライダースウェアと、リーグで見せるようなコテコテの『ドラゴンつかい』の衣装とは真逆のラフな服装であった。

 だが、決してそれに違和感があるわけではない。残念ながら私はファッションに疎く、そのブランドを特定できる眼力も、それを問う勇気もなかったわけだが。アスリートらしく引き締まった肉体に、その飾りげのない衣装は映えて見える。

 

ーーさっぱりとした服装ですね。失礼ですが、マントを羽織ってくるのかと

 

「ははは、あれは伝統衣装みたいなものですからね。こだわりのあるものは日常着にしていますが、私の場合は、ほら、あまり目立ちすぎても、ね」

 

 十数年もの間、カントーリーグの顔であり続けた彼は、皮肉にも彼の敗北によってその知名度を爆発的に広めた。未だにその人気は衰えず、目立つ格好をしていればサインを求められることもあるだろう。

 

ーー早速意外な顔ですね、私はてっきり、貴方は伝統を重視するタイプだと思っていました

 

「人よりかはそうかも知れませんが。まあ、マントがなくとも私は私なので」

 

 微笑みながら、なんでもないようにそう答えた彼に、私は背筋を震わせるようにもう一つ伸ばした。ある意味で、その強烈な自我は、彼が彼である証明でもあるのだろう。

 そして、私に対するサービスがないことこそが、真摯な人間である彼のサービスなのだろう。少なくともこの『一日密着』において、演出された彼の姿ばかりを見ることはなさそうだ。

 

 ふと、彼がメニューを手に取った。

 少し、時間良いですか、と、私に許可を取ってから、彼は店員を呼んで、フルーツパフェを注文した。

 

ーーパフェですか

 

「ええ、最近はまってて」

 

ーーだから早めに

 

「そうですそうです」

 

 驚くと共に感心した。

 別に他人の趣味趣向に口を出そうというわけではない。だが、私のような、悪い言い方をすれば他人の情報で飯を食っているような人間を前にして、大の大人がパフェを注文するという行為を、こうもハッキリとできるだろうか。

 負けてはならぬと、私も気になっていたポケモンの顔が描かれたホットケーキを恥ずかしがらないように努めながら追加注文した。

 

 

 彼が健啖にパフェを食べ終わり、私が胸焼けに後悔しながら最後のホイップクリームを口に放り込んだその瞬間、まるで図ったかのように彼のポケギアが鳴った。

 彼は私に一言了解を得てからそれを取った。

 しばらく話した後に、彼は目尻を下げながら私に「申し訳ないのですが」と続ける。

 

「急用が入ってしまいました」

 

 私はそれを意外に思わなかったし、戸惑うこともなかった。ましてや、怒りを覚えるなど言語道断。

 彼の活動はリーグトレーナーに留まらない。

 彼は自らの『強さ』に並々ならぬ『責任』を感じているトレーナーの一人である。

 ポケモンレンジャーと連携し、あるいは警察組織と連携し、彼が解決した『トラブル』は、それこそ本が書けてしまうほどにあるであろうし、世にあふれる『ポケモンGメン』もののエンターテイメントは、殆どがその骨子に彼がモデルとしてあると断言しても良い。

 故に、ここで密着が終了となったとしても私はそれでいいと思っていた。密着取材ができぬほどに忙しいのが彼というトレーナーなのであるということを伝えるだけでも、その価値はあるだろう。

 だが、そこで一つ伺いを立てるのが我々の自我でもある。

 

ーー私もついていっていいでしょうか

 

「ええ、構いませんよ」

 

 意外にもあっさりと、彼はそう答えた。

 

 

 

 

 競技者なわけではないので。

 カイリューに飛び乗る前に、彼は気恥ずかしそうにそう漏らしていたが、彼とカイリューは、私とピジョットとの距離をグングンと離していった。一応、私とピジョットは『そらをとぶ』ライセンスを所持しているし、スピード第一のこの稼業、怠けていたつもりもないのだが。とにかく、彼がそれを察してカイリューのスピードを目に見えて落とすことがなければ、たちまちのうちに私は彼らを見失っていただろう。

 だが、この経験においてわかったことがある。

 目に見えて手を抜かれるという経験は、怒りや悔しさよりも先に、悲しさを覚えるようだ。あるいはそれは、ポケモンリーグを引退するトレーナーたちが、感じ続けていることなのかもしれない。

 

 

 

 

 彼らが降り立ったのは、イワヤマトンネル麓のポケモンセンターであった。

 彼を待っていたのは、そこを警備するレンジャーのリーダーとその手持ちのカイリキーであり、一匹のポケモンをその側に従えている。

 それは、あまり馴染みのないポケモンであった、小さな四足のポケモンであり、黒い体毛が顔を覆っている。

 モノズだ。と、彼はそのポケモンを一目見るなりにそう言った。

 モノズ、とは、悪タイプを複合しているドラゴンタイプのポケモンである。その最終進化系のサザンドラが、カリン氏の手持ちとしてチャンピオン就任の原動力となったことは、ポケモンリーグのファンならば記憶に新しいだろう。

 あれほど凶暴な強さを見せるサザンドラにも、当然幼生の頃は存在し、それがこのモノズなのだという。

 自己弁明をしておくが、私は決して勉強不足な訳では無い。カリン氏の新たな手持ちとしてサザンドラがいることは当然として、その進化前のポケモンだって一応知識としては持っている。それでも一瞬そのポケモンがモノズであると見抜けなかったのは、そのポケモンが、決してイワヤマトンネルには生息していないという知識を、当然のように持ち得ていたからである。

 だが、彼とレンジャーはその理由に心あたりがあるようであったし、私も、少し考えればその理由には当たりがつく。

 

 ポケモンの不法な『にがす』問題。

 天才プログラマー、マサキの提唱するポケモン通信、転送はその誕生以来急速なペースで普及した。それによって我々は、その気になればイッシュやガラルのような遠く離れた地方のポケモンも手にすることができる。

 だが、それを手放す際の段取りについては、急速な技術の進化に法の成立が追いついていない現状にあり、トレーナーの倫理観に委ねられている状況だ。

 そのポケモンが海外から転送され、何らかの理由でイワヤマトンネルに逃された事は想像に難くない。そして、恐らくその理由は、手がつけられなくなったからに違いないだろう。

 ポケモンリーグの影響力拡大に伴い、人々がドラゴンポケモンを目にする機会は増えてきている。そして、ブラウン管、あるいは液晶モニター越しに見る彼らは、人間であるトレーナーに従っているようにみえるだろう。それ故に、まるで彼らが愛玩ポケモンのように人に懐くのではないかと勘違いするのも不思議ではない。

 並より力が強く、並より大食らいで、並よりプライドが高い、それがドラゴンポケモンだ。ポケモンの扱いに長けているはずの、八つ持ちリーグトレーナーが、ドラゴンポケモンに腕を食いちぎられかけたのは記憶に新しい。

 

「近隣の育て屋に連絡は?」

「地域向けに迷いポケモンの連絡は?」

「トレーナーからの避難要請は?」

 

 彼はそれらの選択肢を問うたが、リーダーはその全てに首を横に振った、彼は優れたプロである。それらの可能性を総ざらいし、最後の手段としてエキスパートであるワタルを頼ったのだろう。

 

 聞けば、そのモノズはイワヤマトンネル内で衰弱しているところを発見されたという。

 それを意外に思う人間もいるだろう、あれだけ強いサザンドラの幼生が、何故イワヤマトンネルのような、比較的優しいとされる山で衰弱しているのか。

 だがイメージしてほしい、突然に異国の地に放たれ、全く未知の環境の中で仲間もいないそして、在来のポケモンたちには守るべき縄張りがあり、彼らからすれば自らが敵であるというシチュエーション。発見があと一時間遅ければ、命はなかったかもしれないとレンジャーは言っている。

 

「モノズは、ただでさえ噛みつくことでコミュニケーションをとるポケモンですからね」

 

 そっと差し出されたカイリューの腕に噛みつくモノズを眺めながら、彼は少し悲しそうな表情をしていた。

 

ーーどうするんです?

 

「ひとまずは、彼に預かってもらって数日様子を見ます。持ち主が名乗り出なかった場合、私達のコミュニティに迎え入れましょう」

 

 その決断に、私は思わず現状の法システムに愚痴を漏らした。だが、それは彼とレンジャーにすぐに窘められる事になる。

 

「今でも最寄りのポケモンセンターに相談すれば、生態系に影響なくポケモンを手放す手続きはできるはずです」

 

 法に疎くそれには驚いたが、なるほど確かによく考えてみれば、海外から送られるということは、海外に送るということも簡単なはずだ。

 ならば何故、今日このようなことが起こるのか。

 密着終了後に私が取材したところ、それには『手間と不法問題』が関係しているようだ。

 例えばポケモンセンターに相談するとすれば、そこには何枚かの書かねばならない書類があるだろうし、場合によっては手数料を払わなければならないこともある。担当の役員と何度も顔を合わせなければならないかもしれないし、あるいはそのポケモンと出会った経緯も問われるかもしれない。

 それらを一つずつクリアすることと、こっそりとイワヤマトンネルにポケモンを『逃がす』ことと、果たしてどちらが楽であろうか。

 更にそこに『プライド』の問題が関係してくる。ポケモンを手懐けられないトレーナーであると誰かに認知されることを恐れるあまり、そのような行動をとるトレーナーの声を、私はいくつか聞いた。

 

「何かをしなければならないと思っているんです」

 

 モノズとコミュニケーションを取り、センターを後にしようとした彼は、目を伏せながら私にそう言った。

 

「ただ、何をすることが最短距離なのか、これがわからない」

 

 彼は、他人を否定しない男だ。かのロケット団事件以降、彼は物事を一遍からのみ見ることを嫌っている。

 彼は『逃された』ポケモンたちに心を痛めているし、かと言って、強くなろうとそれらのポケモンを手懐けようとする愚かなトレーナーを断罪はしきれない。尤も、大した技術なくそれを成そうとする育て屋紛いには怒りを覚えているようだが。

 

 

 

 

 急用のため、我々は簡素な昼食を済ませ、彼の故郷であるフスベシティに『そらをとぶ』で向かった。

 到着したのは昼を少し跨いだ頃である。公共交通機関を使うより抜群に早いが、それらを数えるほどしか使ったことがない彼はそれにはピンときてはいないようだった。

 フスベシティは、彼がその知名度を増すに比例して現代化が進んでいるようだった、だか立派なのは、それらを受け入れつつも、伝統を崩さぬところであると思う。

 リーグ公認のフスベジムはかつてドラゴンつかい達が鍛錬を積んでいたという道場を改修したものであるし、対戦場もフスベの雰囲気を壊さぬ簡素な作りとなっている。

 現代化を受け入れつつ、伝統を残す。と、私は表現した、それは、私がフスベシティに抱いていた純粋な感情であったし、世間が持つそれと同じだろう。

 だが、それは勘違いであると、私はハッキリとここに記録しておく。

 フスベシティは、ドラゴンつかいは、彼は、近代化を受け入れつつ伝統を残しているのではない。

 彼らは『伝統の中に近代化を取り込んでいる』のだ。

 

 

 

 

 彼が立ち寄ったのは、フスベシティの公民館であった。未だにそこは近代化の必要がないと考えられているのか、くすんだ石壁に入るヒビが、その歴史をと日々を感じさせる。

 

ーーここでなにを?

 

「部屋を予約していたんですよ」

 

 彼の言う通り、部屋の予約状況を示すホワイトボードの一角には『ワタル、DVD』との文字と、タイムテーブルを示す矢印が記入されている。

 だが、それは一時間後であった。

 しかし、運のいいことにその部屋はそれ以外の予約は入っていないようだった。

 『入室』とマジックで描かれたボロボロのマグネットを貼り付けながら、彼は受付に向かった。

 

 

 

 

 二階のプロジェクター付きの会議室。カントー・ジョウトAリーガーにして殿堂入りトレーナーである彼は、慣れた手付きでプロジェクターをセッティングし、ボロボロのパイプ椅子を並べた。

 

ーー一人ではないんですか?

 

「今からもう少し増えると思いますよ、増えると良いんですがね」

 

 彼が言う通りそれから少しして、ポツポツと入室者が増え始めてきた。

 入室者達はその殆どが彼よりも若く見える。その中にはマントを羽織ったものいたし、その真逆に全くラフな格好のものもいる。

 だが、彼らはすべて一律にワタルに対しての尊敬の念を抱いていた。

 

ーー彼らは?

 

「皆フスベのトレーナーです。ドラゴンつかいのものもいれば、そうでないものもいる」

 

 彼は短く挨拶をすると、プロジェクターを操作してDVDを再生した。

 映し出されたのは海外リーグ、具体的にはガラルリーグのチャンピオン決定戦、ダンデ対キバナの一戦、それも実況中継の音声をオフにされ、対戦場の音声だけのものだ。

 対戦そのものは特に珍しいものではなかった。天候を操るキバナに対し、ダンデが腕力で押し返した試合だ。途中ダイマックスというカントー・ジョウトにはない駆け引きはあったものの、参考にするには十分だろう。

 再生終了後、彼は若手のトレーナーたちに意見を求め、それらの意見を一切否定することなく受け入れ、最後に彼自身が思うポイントをいくつか解説した後に、解散の挨拶をした。

 流石にプロジェクターの撤去は若手のトレーナーたちが行い、我々二人だけが部屋に残った。

 私は素直に感じていたことを質問する。

 

ーーこれは研究会だったのですか?

 

「ええ、そうですよ」

 

 彼はそう答えるが、私は少し納得がいかなかった。

 ダンデ対キバナ、そしてカントー・ジョウトAリーガーであるワタル。彼らの試合に意見を上げるには、申し訳ないが彼らの実力では若干力不足のように思えた。

 だが、彼はそれを明確に否定する。

 

「若手の感性は馬鹿になりません。凝り固まった伝統の壁を破壊するのはいつも彼らですよ。私が言うのですから、間違いないでしょう」

 

ーーしかし、公民館でなくとももっといい場所がありそうなものですが

 

「いや、こここそがベストです。道場や私の家では敷居が高く感じてしまう。ここならば、どんなトレーナーでも参加することができる。最低限のマナーさえあれば、誰でも参加して良いことにしているんです。本当はもっと増えてくれても良いんですが」

 

 それは難しい話だろう。気軽に参加するには、彼そのものに格がありすぎる。

 私は、その話から思ったことを問うことにした。

 

ーーそれは、フスベのトレーナーたちのレベルを上げる目的がありますか?

 

 不躾な質問だったが、それが私の仕事だ。

 最強のトレーナー集団とされる『ドラゴンつかい』だが、実はカントー・ジョウトリーグにおいては、彼の次となるトレーナーが現れていないのが現状である。それはBリーグやCリーグに所属しているフスベ出身のトレーナーに対する差別的な意識ではなく、そもそもフスベ出身のリーグトレーナーが極端に少ないのが現状なのだ。そして、その理由はハッキリとしていない。

 私の質問に、彼は答えてくれた。

 

 

「勿論それはありますし、興味を持ってもらいたいという思いもあります」

 

 彼そのものが、かつてのリーグチャンピオンであったキクコ氏の強烈なラブコールによりリーグ参戦を決めたエピソードは彼の著書『共に生きろ、と言われて』からもあるように有名である。

 それは、彼なりの、フスベのトレーナーに対する義務感なのであろうか。

 この話題はそれで打ち切り。私はもう一つの疑問を問いかける。

 

ーー今回の試合は『すなあらし』とドラゴンの対決でしたね。

 

 ガラルリーグチャンピオン決定戦、ダンデ対キバナ。

 天候『すなあらし』を操るキバナ側のパーティに対し、ガラルリーグ不世出の天才であるダンデがオノノクスやドラパルトのようなドラゴンポケモンを操って勝利した。

『不世出の天才』そして『すなあらし』と聞けば、私のようにポケモンリーグを追う人間には思い当たることがある。

 今季Bリーグより昇格してくるクロセ、モモナリ、その両者を意識したと言われても仕方のない映像だった。

 だが、彼はそれに首を振った。

 

「確かに言われてみればそうでしたが、あまりそこは意識してませんよ。たしかにキバナ君は『すなあらし』を使っていましたが。彼のそれは戦局を有利に進めるために理にかなったものですが、モモナリくんの『すなあらし』は、理屈で図れるものではない」

 

 それにと、彼は続けた。

 

「クロセ君の対策は、自分の家で一人でやりますよ。それこそレッドやシゲルとの戦いを思い返しながらね」

 

 

 

 

『ドラゴンつかい』の中には、当然ワタルのポケモンリーグ参戦を快く思わない層も存在しているという。否、実際のところ、一族に限れば、それを快く思わない人間のほうが多いと聞く。

 それに対して我々は、伝統を重んじるが故、大衆と交わることを良しとしない精神であるとか、あるいはその活動によってそれなりの収入を得ていることに対しての、『老害』達の嫉妬であるとか、そのようなところを考えるだろう。

 だが、その実際は、我々の想像に及ばぬ、ドラゴンつかい達の概念の確立から続く深い、深い思いがあった。

 

 

 

 

 マントを羽織った彼の姿に、私は思わず生唾を飲み込まざるを得なかった。

 ドラゴンつかいの正装とされるその姿、この距離で目のあたりにできるのは、彼と戦う権利を得ることのできた人間だけかも知れない。あるいは彼がきまぐれにその姿を披露すればあり得るかもしれないが、それこそは、今だ。

 

「くれぐれも、失礼の無いように」

 

 真剣な面持ちで、彼は私に念を押した。

 私はそれに頷くより無かった、幸いなことに最低限の礼儀はあるつもりだ。尤も、それをすべて発揮することだけが記者としてのスキルではないことを理解しているが、少なくとも今使うべきスキルではないだろう。

 取材のこの日と、彼が一族の有力者と食事をともにする日が被ったことは、私の記者人生の中でも一、二を争う幸運であっただろう。

 

 

 

 

 フスベジムそばの一等地、それでいて、その屋敷は古き様式を崩さぬ土間の存在する間取りであった。その屋敷を見れば、フスベシティの伝統が作り出す異様な雰囲気というものがわかるだろう。

 冗談のようだが、私と、おそらくは有力者のお付きであろう若いトレーナーを含め、囲炉裏を四人の男で囲っている。

 長老と呼ばれるドラゴンつかいの有力者は、年齢にして私のいくつか上であろうか、だが、彼はドラゴンつかいのマントを無理なく着こなし、囲炉裏の炎が照らすその表情は、私の存在そのものが非礼に値するのではないかと身構えてしまうようだった。むしろ、それだけの有力者が、いくら不出世の天才であるワタルの願いとは言え、私の存在を許しているのが不思議なくらいだ。

 

 ワタルは、いくつかの連絡事項を長老に伝えたーー勿論それは、私が聞いても問題のない範囲であったのだろうがーー。殿堂入りトレーナーにして、カントー・ジョウトAリーガーである彼が、まるで部下であるかのように見えるその光景が、ここがドラゴンつかいの土地であり、我々里の人間の理屈が通じぬ場所であることを強烈に表している。

 そして、有力者はワタルと私とを見比べた後に言ったのだ。

 

「ワタルよ、いつまでやるつもりだ」

 

 それが、ポケモンリーグ参戦についてを問うていることは、彼の心を読まずとも理解できた。そして私は、やはり彼のポケモンリーグ参戦は、ドラゴンつかいの有力者達から疎まれているのだと感じたのだ。その次の言葉を聞くまでは。

 

「お前は、もう我々に、里の人間に、十分すぎるほどに尽くした」

 

 それに、私は思わず、え、と、声を上げてしまった。

 有力者は一瞬だけ私に視線を向けたが、すぐさまに彼に視線を戻す。

 囲炉裏の炎による間接照明でハッキリとは見えなかったが、先入観を除いてみれば、その目は、彼を非難するような目線ではなかった。

 

「歴代の長老たちの悲願であった『里との融和』は、すでに十分に成されている。里の人間は我々を人間として認め、恐れず、フスベの人間も、里をある程度は受け入れている。これ以上何を望む、これ以上、お前が身を削る必要が、一体どこにある。違うか、息子よ」

 

 私は、今とんでもない場所で、とんでもない話を聞いているのだと、そのときになってようやく理解した。

 後の取材にて、ドラゴンつかいたちと、我々里の人間との関係性というものが、先入観と風潮によって作られていたものであったことを知った。

 我々は、ドラゴンつかいの人々が自らの意思で我々との関係を絶ったのだと思っていただろう。強力なポケモンとの関係に選民的な思想を持ち、我々を下等な人間として扱っているのだと、思っていたのではないだろうか。

 事実、私は思っていた。否、それは、彼らが強烈な選民思想を持っているのだという確信ではなかった。だが、彼らのことを、我々と変わらぬただの人間なのだとは思っていなかったのではないだろうか。

 だからこそ、私は彼がポケモンリーグに参戦するのだと知ったときに恐れ慄いたのではないのか。

 そのような『恐れ』が、我々と彼らを分かち合った原因の一つではないのだろうか。

 そう考えたときに、有力者が私を見たことを思い出した。

 そうだ、彼はこれを私に聞かせたのだ。

 それは、意地の悪いように考えれば、有力者の老獪な政治的戦略であっただろう。

 それを私に聞かせてしまえば、私はそれを記事にせざるを得なくなる。あるいはワタルがそれを止めるかもしれないが、それでも、外部の人間にそれを聞かせた事は、大きな影響を持つだろう。

 有力者は、私を利用して、彼の置かれている状況というものを、世間に発信しようとしているのだ。

 そして、私はその心意気に乗ろうと思った。ドラゴンつかいが持たれている偏見を、恐れの一部だけでも取り除くことができれば、記者として生まれた甲斐があったというもの。

 

 私がそう考えていると、ワタルが一つ咳払いして、私の方をちらりと見やってから言ったのだ。

 

「確かに『里との融和』は十分すぎるほどに成されたでしょう、そして、私が三度負けたことにより、我々は人に成った。ですが、負けたトレーナーの心境を考えたことはありますか」

 

 彼は私をもう一度見やった後に続ける。

 

「私は勝ちたい。そう思うのはいけないことですか。父さん」

 

 参った。

 私はこの親子にまんまと利用されたのだ。

 父には、息子を説得するための道具として、そして、息子には、彼の中にある煮えたぎる闘争心を、世間にアピールするための拡声器として。

 呆れ返った私は、その場で礼を言った後に取材を終了した。決して彼ら親子の時間を尊重したとか、私がいないほうが話せるであろう話題のためだとか、そんな事は決してないのだ。決して。

 

 

 

 

 彼は、伝統を重んじるドラゴンつかいの不世出の天才だ。

 だが、一日の密着で、彼が欲望に忠実で、甘いものにハマっている好青年であることがわかった。

 彼は自らの強さによって起きたかもしれないポケモンたちの不幸について心を痛め、自らの無力に悩む等身大の青年でもあった。

 彼は地元のトレーナー達の助けになりたいと願い、場を提供しているが、自らの立場から思い通りに事を進めることができない少し不器用な青年でもあった。

 だがその本質は、やはり自らの欲望に忠実で、三度奪われた『最強』の称号を、押し付けられるのではなく、自らの手で奪還することを望む、熱きトレーナーであった。

 

 日の落ちたフスベシティ、宿に続く道を歩きながら、私は自動販売機や電灯が照らす白色の光と、松明の炎が作り出す朱色の光がちょうど重なっている場所を目にした。

 恐らくそこは、二つの光によってあまりにも眩しく、そして熱いのだろう。

 

 彼はそこに立っている、なんでも無いことのように。




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