モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。 作:rairaibou(風)
リーグトレーナーを対象にした育て屋を生業とする男。能力は高く業界最大手。
かつてはリーグトレーナーであったが、ある同期との才能の差に絶望して廃業した過去がある
初登場はセキエイに続く日常 64-空を支配した男
小規模なジュニアバトル大会を制したユズとサンダースは、その付近にあった小さなカフェを訪れていた。
勿論彼女らのみではない、その日は彼女の父親が付き添っていた。保守的なその地方では珍しく、彼ら夫婦はお互いのプライベートな時間をそれぞれ分け合う事ができるようだ。
頑張ったご褒美として目の前に出されたパフェをユズとサンダースが分け合っている光景を眺めた父は、対面に座るスーツ姿の男に視線を向ける。
「では改めまして、私『Aクラスファーム』の代表を努めております。キシ・トモヒロです」
その男は、それなりの価値がありそうな名刺ケースから取り出したそれを、父親の前に差し出した。
彼はそれを一度手にとって確認し、その男と自分とを仲介したボランティアの人間から聞いた名前と間違いがないことをしっかりと理解してから、それを机の端に置く。
「今日は貴重な時間を割いていただきありがとうございます」
「いえ、それは別にいいのですが」
父はまだほんの少しその男への警戒を抱きながら続ける。
「『育て屋』さんが我々に用というのが、イマイチわからなくて」
自分達とサンダースとを引き合わせてくれたボランティア団体からの紹介だ、怪しい人物だとは思っていない。
だが、彼の言う通り『育て屋』という職業が自分たちに興味を持つ意味が、彼には理解できなかった。
「ええ、まあ、そうかも知れませんね」と、トモヒロは頷いて身を乗り出す。
「率直に申し上げれば、私達はあなた達のご家族の一人であるサンダースに興味があるのです」
彼は傍らのビジネスバッグから何冊かのパンフレットを取り出した。
「『育て屋』がリーグトレーナーのポケモンを管理していることはご存知でしょうか」
「まあそれは」
「ええ、ええ。そして、最近では我々が『孵化』『育成』を行い、リーグトレーナーのニーズに応えられるようにビジネスを拡大しています」
トモヒロはそこで一拍呼吸をおいて、微笑みを作りながら続ける。
「カントー・ジョウトリーグチャンピオン。キシ・タケヒロはご存知ですか」
「ええ、名前だけなら」
その名前は、妻と同じくポケモンリーグの知識をさほど有していない彼にも理解できるものだった。
大規模リーグ、カントー・ジョウトリーグにおいて、ドラゴンつかいであるワタルを下して新たなチャンピオンとなった若き新星だ。あまりにもセンセーショナルなニュースを、当然彼も目にしていた。
そして、同じ『キシ』であるトモヒロがその名前を出したことにより、まさか、と、考えを巡らせる。
答え合わせはすぐだった。
「タケヒロは私の弟です。そして、彼のパーティの一員であるメタグロスとローブシン、そしてオノノクスは、我々が一から『孵化』『育成』を行っています」
新たに父の目の前に置かれたパンフレットには、たしかにチャンピオン決定戦を勝利したキシと、その横に並ぶポケモンたちが写っている。
カントー・ジョウトリーグチャンピオンのポケモンを管理、育成している。
それは、育て屋としてトモヒロの誇りでもあり、絶対的な実績でもあった。
「なるほど」と、父は唸るしかなかった。業界に明るくなくとも、その名前を出されてしまえば圧倒されざるを得ない。たとえそれが、トモヒロひいては『Aクラスファーム』の狙いだとしてもだ。
「それで、サンダースにどのような要件でしょうか」
「率直に申し上げると、彼女を少しの期間だけ、我々に預からせてほしいのです」
その言葉に、ユズとサンダースはスイーツを楽しむ動きを止めてトモヒロの方に視線を向けた。父も同じように視線を向けるが、そこには若干の不信が再び湧き上がっている。
「勿論、謝礼金はお支払いします」
「話が見えません、どういう事なんです?」
「我々はですね」
トモヒロは父に向けて声を絞る。
「サンダースのタマゴが欲しいのです」
それに、父は一瞬沈黙した、そしてユズに視線を移し、彼女が再びスイーツに意識を向け始めていることを確認してから続ける。
「一体どうして」
「人間にも個性があるように、ポケモンにも個性があることはなんとなく理解できるでしょう?」
「そりゃまあ」
「そして、人間の個性は時折子供に遺伝する事もおわかりですね」
「ええ」
「我々はサンダースの子供を『育成』したいのです」
「なるほど」
父は一つ背筋を伸ばした。ようやく状況を理解できたようだ。
だがそれでもまだ腑に落ちないことがある。
「どうしてウチのサンちゃんなんです? 確かに頭は良いでしょうし、優しいですよ。ですがそんなに強いポケモンであるならば」
そう言って、父は口をつぐんだ。当然ながら、サンダースの過去について、ユズは詳しくは知らないだろう。
だが、トモヒロはその言葉の続きを想像できているようだ。
「彼女の過去については、我々も理解しています。彼女が引退した頃は、まだポケモンの個性や遺伝についての知識が曖昧だった。それを加味したとしても、彼女の能力に気づかなかったのは信じられませんが」
一拍おいて続ける。
「少なくとも我々は、サンちゃんのポテンシャルを最大限に評価しています」
父は少し考えてからそれに答える。
「残念ですが、すぐに答えの出せる話ではありません」
「当然です。我々もすぐに答えが出せるとは思っていません」
「いくつか、質問してもよろしいですか」
「勿論、何でもどうぞ」
「タマゴを作るということは、つまり、その、相手がいるという事ですよね」
「ええ、そうです」
「候補とかはいるんですか」
「今のところは、私の手持ちであるライチュウを考えています」
そう言うと、トモヒロはモンスターボールを手にとった。
「繰り出しても」と、彼は父に了承を取ってから、それを放る。
現れたライチュウは、しっぽをピンと立てながら、ユズとサンダースに頭を下げて挨拶した。
「ライチュウ!」と、ユズはそれに楽しげな声を上げた。ユズらの住む地方に、ピカチュウは生息していない。それらを家族の一員に迎え入れているような知り合いもいなかった。図鑑やテレビ以外で見るのは初めての経験だった。
サンダースは、彼をひと目見てひらりと床に降り立った。彼女らは一瞬視線を合わせるが、やがてフイとサンダースがそれを外してユズの足元に伏せた。
「なに、最初からうまくいくとは思っていません」と、トモヒロは苦笑いしてみせる。
「ですが、これまでの経験から言うと、悪くはない感触でしょう」
トモヒロのボールに戻るライチュウを目で追いながら、父は彼のテクニックに感心した。
ある程度は、それが仕事であるという意識はあるだろう。
だが、ライチュウはガッつかなかった。贔屓目抜きにして器量よしであろうサンダースを相手に。
駆け引きができている、手練だ、と、彼は思った。父親という生物は、それがよく分かるものだ。
「ライチュウ、強そうだったね」
ユズが、少し興奮したような様子でそうトモヒロに言った。
年端も行かぬ少女の言葉であったが、父はその言葉を信用し、先程のライチュウが強いポケモンであることを確信する。一人娘が、少なくともポケモンに関しては自分たちよりもはるかに優れた感覚を持っているということを、彼はあまりにも知りすぎている。
「もちろん」と、トモヒロがそれに答える。
「彼が居なければ、私はバッジをコンプリート出来ていません」
その言葉に、単語に、父が反応した。
「バッジをコンプリートしたんですか」
「ええ、カントーリーグでね」
その真偽を問うより先に、トモヒロは内ポケットからそれを取り出した。
見るからに、貴重品が入っているといいたげなケースであった。
父とユズの目の前でそれを開くと、その中には八つのジムバッジ。
「ポケモンリーグにも参加していたんですよ」
トモヒロは誇らしげにそう言ったが、すぐさまに目を伏せて続ける。
「すぐに廃業しましたがね。同期に化け物がいたもので」
彼はそれを再びポケットに収めてから続ける。
「ライチュウの実力は私が保証します。打たれ弱いところがありましたが、瞬発力と電撃攻撃の威力は同族と比べてもトップクラスでした。私にもっと才能というものがあれば、必ずチャンピオンのパートナーになることも出来たでしょう」
トモヒロはカバンから何枚かの書類の入ったクリアファイルを取り出し、机の上に置く。
「悪い話ではないと思っています。パートナーと離れたくなければ、こちらのライチュウをそちらに送ることも可能です。私のライチュウとサンダースのポテンシャルが組み合わさったイーブイが生まれれば、間違いなくリーグを席巻するでしょう。あるいは、サンダースの子供が、ユズちゃんのパートナーとして活躍することだって十分に考えられます」
もし、と、彼が続ける。
「彼女がリーグに参戦することがあれば、是非とも我々にご一報を、どんなポケモンでもご用意してみせますよ」
ユズは、サンダースをギュッと引き寄せてその言葉を聞いていた。
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マシュマロ
また、現在連載している『ノマルは二部だが愛がある』もよろしくおねがいします!
また、暫定版ではありますがこの作品の年表を作成しました。なにか矛盾などあれば遠慮なくコメントよろしくおねがいします
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