モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 128-三人の大人達 ④

 ユズと両親は、その大会での優勝を思い出に帰路につこうとしていたところだった。

 だが、それを背後から呼び止めた男が一名。

 

「ああ、いやいや、これは困ったな」

 

 男は、苦笑いを浮かべながら頬を掻いている。

 そして、その先に続けようとした言葉を、彼女の唸り声が遮った。

 男とユズ達家族を遮るように立ちふさがるサンダースは、一瞬たりともその男から目を離さず、ユズたちには見せたこともない牙を見せている。

 だが、むしろその様子に恐怖しているのはユズ達の方であった。彼女らはサンダースが初めて見せたであろうその姿に戸惑い、そして、彼女がその姿を見せている相手を、逆算して恐れている。

 娘の危機に、母親の機転は早い。

 素早く携帯端末を取り出した彼女は、最近登録された番号に連絡する。

 当然父親だって、ボケっとそれを眺めていたわけでは無い。

 彼は娘と妻を守るために、その男との間に割って入ろうとした。

 だが、一歩足を踏み出したその瞬間に、サンダースが自らに唸り声を上げたのを感じた。

 それは、余計なことをするなと、否、安心しろと言っているように聞こえた。

 サンダースは、自分たちを守っている。

 そして、父親は相手をじっと眺める。それなりに整った服装をしてはいるが、その男の腰元にはいくつかのモンスターボール、トレーナーだ。

 なるほど、と、父親はそれを悔しく思った。どうやら自分がどうこうできる相手ではないらしい。

 ユズは、その状況にただ戸惑うのみであった。

 それだけ警戒されているというのに、その対面の男は、本当に苦々しく苦笑するのみであり、ポケモンを繰り出すこともなければ、サンダースに不快感を示すわけでもない。

 

「今日はそういうつもりじゃなかったんだよ、本当だよ。ただ一言、挨拶をしたかっただけなんだ」

 

 彼は一歩、サンダースたちに歩み寄る。そこに恐れはなく、ただわずかばかりの気まずさのみがあった。

 

「喧嘩はよそう、お互いにとって不毛だ」

 

 そして彼は、サンダースに微笑みかけながら続ける。

 

「『君だけ』じゃ勝負にならないのはわかってるだろう?」

 

 それを聞いた者は誰もが、それを挑発と受け取るだろう。

 だが、その男にとってはそれは、ただただ、何気なく、真実を提示しただけに過ぎなかった。

 

「『君』がその気になれば話は別だけどね」

 

 自らに合わせられた視線に、ユズは答えることが出来ない。

 だが、その男の視線から、彼女は敵意を感じなかった。

 

「サンちゃん」と、ユズは声を上げる。

 

 それを合図に、サンダースは男の手元に視線を向けたまま、それでも牙を隠し、一歩後ろに引く。

 

「やあどうも」

 

 その男は更にもう一歩足を踏み出すと、ユズに向かって右手を差し出そうとした。

 その時だった。

 

「何を、やっている」

 

 新たな男の声。

 だがその声は、少なくともユズと母親にとっては聞き覚えのあるものだった。

 

「イツキさん」と、母親は携帯端末を握りしめながら、振り絞るように助けを求める。

 

 背後からの声に振り返ったその男は、それが顔見知りであることがわかると、気軽に声を上げた。

 

「これはどうも、珍しいじゃないですか、こんなところで」

「それはこっちのセリフだよ。君こそ、何が目的で」

 

 と、そこまで言いかけ、イツキはユズと彼とを見比べる。

 

「いや、目的はわかるが」

 

 そしてイツキは、この状況について説明を始めようとした母親を右手で制して「いや、大丈夫、大体状況は理解できています」と、ひとまず彼女を安心させた。

 

「しかし、この人は一体誰なんです」

 

 父親から出てきたその質問は、至極まっとうなものだろう。

 そして、それに対しては、彼らの背後から、更に新しい男の声が答える。

 

「『化け物』ですよ」

 

 それは、ユズと父親にとっては聞き覚えのある声。

 彼らが振り返れば、そこにはトモヒロがいた。

 彼はユズ達家族を自らの後ろに下がらせながら続ける。

 

「リーグトレーナー、モモナリ=マナブ。私の知る限り、気性の穏やかなタイプではない。自分の力を誇示するのに躊躇しない、そういうタイプです」

「酷いことを言うなあ」

 

 モモナリはため息をついた。彼はトモヒロを知らぬ訳では無い。かつての『友人』をしっかりと覚えている。

 

「相変わらず我慢ができない質のようだ。そんなんじゃ『友達』減るぞ」

「参ったね、どうも」

 

 彼は肩をすくめた。

 

「戦いたいんですよ」と、トモヒロはユズら家族に向かってそう言う。

 

「そういう奴なんです。見境が無い」

「そんなことはないよ。誰でもいいってわけじゃない」

 

 モモナリは手を振ってそれを否定した。

 

「その点『この子達』は最高だね」

 

 そう言ってサンダースに目を向けるモモナリに、イツキが距離を詰めて声をかける。

 

「モモナリ君、君が戦うにはまだ『早い』だろう」

 

 流石に彼をよく知るだけあって、イツキは彼の欲望から、それに対する説得を試みた。

 

「トレーナーを志すのならば、彼女は必ず大成する。戦うのはそれからでも遅くないだろう。若い対戦相手がほしいのならば、どうだろう、ジョウトの若いのと手を合わせてもらっても良い。無鉄砲でいきの良いのが揃ってる」

 

 トモヒロはそれを最もな理屈であると思った。

 だが同時に、それでは止まらないであろうとも思った。最もな理屈ではあるが、この『化け物』は理屈で止まる生き物ではないことを彼はよく知っている。

 彼の想像通り、モモナリはその提案を鼻で笑った。

 

「本気で言ってます?」

 

 話の通じないその男に、トモヒロが助け舟を出す。

 

「戦力的にもお前の相手じゃないだろう。たしかに昔はリーグトレーナーの手持ちだったが。サンダース一匹でお前が満足するとも思えん」

 

 だが、それもまた、理屈の世界の提案であった。

 それらの言葉に、モモナリは露骨にため息をつく。

 

「鈍い人たちだなあ」

 

 彼はそれぞれ二人を見やって続けた。

 

「僕はねえ、この子の未来にも、サンダースの過去にも興味なんてないんですよ。僕が欲しいのはこの子達の『今』」

 

 更にモモナリは、ユズに視線を向けて続ける。

 

「大したものだ。ポケモンの弱点をまるで無いものであるかのように扱う」

 

 駄目だ、と、イツキとトモヒロはその続きを言わせまいとそれぞれ一歩モモナリに踏み込んだ。それを知らせるには、ユズはまだ年齢が低すぎると配慮していたことを、この男は台無しにしようとしている。

 だが、彼らの歩みは一歩で止まった。モモナリが視線でそれらを牽制したからだ。それは、自らがこの先続けようとした言葉を封じられることを嫌ったからではない、ただ単に、彼が、彼自身の自由に干渉されることを拒絶しただけだ。

 

「それだけ『足の遅いサンダース』で、あそこまで戦うとはね」

 

 言った。言い放った。

 その言葉に、ユズの両親は戸惑った。

 サンダースの足が遅い、という感覚を、彼らは理解することが出来ない。彼らの知るサンダースというポケモンは、いざバトルとなれば目にも留まらぬスピードで相手を翻弄するポケモンであったから、もちろんそれは、家族であるサンちゃんも変わらない。故に、彼らからすれば的はずれに聞こえるその意見は、その、モモナリというトレーナーの異常性を担保する要因の一つにしか聞こえない。

 だが、イツキとトモヒロからすれば、それはモモナリというトレーナーの鋭さを再認識する要因であった。尤も、自分たちが気づいているのだ、その男が気づかないはずがない、という歪な信頼はあったが。

 だが、それをあえて、相棒であるユズの前で指摘するという行為、その倫理観は、彼らからすれば非道であった。

 

「ワザワザ言う必要ないだろうが」

 

 トモヒロの言葉に、モモナリは首を傾げた。

 

「誉めてるんだよ?」

 

 それは、嘘でも皮肉でもない。

『足の遅いサンダース』にスピードを与えている。

 モモナリにとって、それはこれ以上無いほどに素直な賞賛だった。

 未来のことを、その男は考えない。

 

「モモナリくん」と、イツキが至極落ち着きながら声を上げた。

 

「わからないわけじゃないだろう、君の常識が世界の常識ではない。自らの相棒のウィークポイントを指摘されて、良い気がするトレーナーは少ないよ」

 

 モモナリは、その言葉に沈黙した。お前は違うのだと真正面から否定されることに対する答えを、彼は持っていない。

 

「あの」と、ユズの父親が沈黙を破る。

 

「サンダースの足が遅いというのは、本当なんですか」

 

 バトルに理解のない彼ら夫婦には、やはりどうしても飲み込めない理屈であった。

 そして、その事実は、サンダースの能力を買っていたというトモヒロの言葉と矛盾するようにも思える。

 そりゃそうだ、金銭的な構想の不一致を咎めたいのならばともかく、信頼を売るセールストークでそんなことをする必要はない。

 何より、その足の遅さは、ライチュウとの組み合わせによってカバーできる部分でもあるのだ。

 知っていることをあえて言わない後ろめたさはあった。だが、それはビジネスに持ち込む必要のないものだった。だからこそ彼は、それに対する言い訳を今から考えようとしていた。

 だが。

 

「知ってるよ」と、小さな声が聞こえた。

 

 大人たちすべての視線が、その少女に集中する。

 声の主、ポケモントレーナーのユズは、相棒のサンダース、サンちゃんを撫でながら、続ける。

 

「サンちゃんが足遅いの、知ってる」

 

 少し、不貞腐れていた。

 大切な相棒をいじめるような大人たちの視線に、不貞腐れていた。

 

「だからあたし、相手のポケモンをよく見るの」

 

 イツキとトモヒロは、彼女の言葉に驚いていた。

 もちろん、才能のあるトレーナーだとは思っていた。若く、経験が無いゆえに、持ち得る才能を全面的に使いながら戦うトレーナーだとは思っていた。

 だが、彼女がそこまで気づいているとは思っていなかったのだ。まだまだ『自らのポケモンこそが最強だ』という幻想のど真ん中にいてもおかしくはない年齢だから。

 

 しかし、それに驚かず、動揺もしない大人が一人。

 

「そうだろう、そうだろう」

 

 モモナリは、その顔に満面の笑みを蓄えながら頷いている。

 

「そういう動きだった。それを知っていなければやらないだろう動きがあった。君は目が良い。頭も良い。そして、それについてくるサンダースも見事だ」

 

 一歩、二歩後ろに下がって続ける。

 

「今『俺達』に必要なのは『君達』のような相手との経験だ」

 

 そして彼は、腰元のボールをポンと宙に放り投げ、両手を後ろ手に組んだ。

 ボールから繰り出されたのは、ほらあなポケモン、ガバイトだった。

 イツキとトモヒロは、それにわずかに反応する。

 業界では有名なポケモンだった。トレーナーであるモモナリの腕に噛みつき、流血沙汰を起こした。加減を知らないタイプのポケモン。

 当然、ユズとその両親はそのポケモンのそのようなバックボーンを知るはずもない。

 だが、初めて直で初めて目の当たりにするドラゴンポケモン、その牙、その爪、その尻尾は彼らがトモヒロとイツキと同じ緊張感を持つのに十分な危うさだった。

 当のガバイトは、キョロキョロと周りを見回して、少ししてからユズとサンダースに目線を合わせた。それでもその視線には緊張感がなく、唸り声を上げるわけでもない。

 

「まだまだ子供でね」と、彼は未だに相手を絞りきれないガバイトにため息を付きながら続ける。

 

「経験で言えば、君達のほうが長いと思う」

 

 彼の言う通り、ガバイトはまだ進化して日が浅い。

 使うつもりなのか、と、トモヒロとイツキは戸惑う。

 間違いなく強力なポケモンだ、最新の対戦環境でのトップメタ、今を勝とうと思えばまずそのポケモンの存在から考えるべきなのが今の『情報』だ。

 そんなポケモンを、相当な戦略が無い限り、凡庸なトレーナーがリーグで勝ちたいのならば、『今を生きる』ならば、絶対に使った方がいいポケモンを。

 使うのか、相当な戦略を持ち、リーグでのバトルに執念を見せない、ある意味で非凡な才能を持つ、『最後のチャンピオンロード世代』が、共に戦うというのか。

 しかもそれは、文字通り、トレーナーの手を噛んだポケモンだというのに。

 

「いつかまた会おう。『今』のうちに」

 

 モモナリはガバイトをボールに戻し、一歩二歩ユズに歩み寄り、その右手を差し出す。

 サンダースは、それに小さな電撃攻撃を放たんとした。だが、その動きに気づいたユズがそれを制し、モモナリの右手を握る。

 

「それじゃ」とだけ言い残し、モモナリは彼らに背を向けた。

 

 説明をしなければならないだろう、と、トモヒロとイツキは、それぞれの立場の違いを鑑みることなく目を合わせた。

 何が起きたのかということを、少なくともユズの両親には理解させなければならない。

 そして、それこそが、それこそが。

 それこそが『人より強い』ということそのものなのだということを。




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