モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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超外伝 もしもモモナリのポケモンが擬人化してしまったら ⑥

「今回はこれでよろしく頼むよ」

 

 モモナリ家。

 銀髪を二つにまとめたその人間は、目の前に二つ並べられたステンレス製のボウルを見比べ、そのうちの一つを指差してそう言った。

 指差された方は、反面は自らの顔がそのまま歪んで映り込んでしまいそうになるほどピカピカに磨かれていた、俗に言う鏡面加工というやつだろう。

 その対面は、光を反射するほどに磨かれてはいたが、周りの景色を写しはしない。一つのボウルに二つの磨かれ方が取り入れられている。

 

「珍しいな」と、その人間の横に座る男、モモナリは呟いた。

 

「いつもはこっちだったのに」

 

 そう言いながら彼が手に取った、選ばれなかった方のステンレスボウルは、もう片方と同じように鏡面加工とそうでないものが施されていたが、その手法に違いがあった。

 選ばれなかった方は、鏡面加工とそうでない方の『境目』が、グラデーション加工により目立たなくされている。

 

 それは、今は人間となっているジバコイルが自らのメイクとして気に入っていたはずの加工であった。

 

「我々ポケモンにも『気分』というものがあるということだよ、まあ、我々は人間ほど気分屋ではないがね」

 

 ジバコイルはもう一つのボウルを撫でながら続ける。それはグラデーションを施されておらず、境目がはっきりとしている。

 

「我々ポケモンを画一化した存在としてみるのは人間の悪い習性だ。君はマシな方だったが、もし君もそのような人間になるのだとすれば、私も野生に帰ることを考えなければならないな」

 

 呆れたように笑いながら、ジバコイルはそれをモモナリに手渡し、机の上においてあったそれに目線をやった。

 それはチープな方位磁石であった。トレーナーズスクールの実習後に雑にプレゼントされるようなそれは、これまた雑に装着されていたであろうプラスチック製の蓋を取り外され、針がむき出しになっている。

 細長い指でそれを突くと、当然針は力の加えられた方向にぐいんと揺らぐが、やがてそれは自身が指すべき方向にゆっくりと戻っていった。

 なんの不思議も無い、それを知るものならば飽き飽きするような光景であったが。ジバコイルはそれが面白いようで「ふふっ」と、意識無い声を漏らす。

 

「だがまあ、君はまだ良くわかっている方だ。もう少しならば、付き合ってやってもいいと思っているよ」

「そうかい、そりゃあ良かった」

 

 ジバコイルは、モモナリのパーティの中では『ビジネスパートナー』という意識が強い方のポケモンであったし、モモナリもそう認識している。甘える方ではないし、手のかかる方でもない。

 だがそれ故に、モモナリとの相性は良い。

 

「ところで、君にはわからないだろうが。私にはもう一つ希望がある。この体には慣れないが、円滑なコミュニケーションを行えることは数少ない利点だな」

 

 ジバコイルがステンレスボウルを指さし続けようとしたところに、モモナリが先に声を上げる。

 

「これだろ」

 

 そう言って彼が机の上においたそれに、ジバコイルは釘付けとなった。

 それは、シールであった。子供がモンスターボールを飾りつけるときに使うような。

 

「なんだなんだ」と、驚きの声を上げる。

 

「どうしてわかったんだ。これまで一度もそれをせがんだことはないだろう」

「あれだろ、イベントで学校に行ったときの」

 

 モモナリはそれを覚えていた。

 協会からの斡旋で、あるスクールに安全対策についての講義を行ったときだ。そこの生徒の一人はずいぶんとこだわりがある方で、モンスターボールにシールを貼っていた。

 それにジバコイルが視線を合わせていたことを、彼は見逃していなかった。

 

「なるほど」と、ジバコイルは口元に手をやってニヤけた。

 

「冴えてるじゃないか」

「そりゃどうも」

 

 いくつかのパッケージを開きながら、モモナリはそれらを取り出す。

 とてもではないが中年男性が自らのモンスターボールに貼り付けるような絵柄ではなかったが、ジバコイルは小さく頷きながらそれを眺めている。

 

「どれがいい?」

「ボールには煙をつけよう。スモークの中から登場する私、良いじゃないか」

「クラッカーもいるだろ」

「当然だ。煙にはクラッカーだ」

「あとファンファーレな」

「ああ、いいじゃないかいいじゃないか!」

 

 さらにジバコイルは、自らパッケージを開封しながら、それを手に取った。

 

「そして、これだ!」

 

 手にしているのは、子供用らしくデフォルメされたピカチュウであった。

 

「これは私の体に貼ってくれ!」

 

 ジバコイルはモモナリからステンレスボウルを奪い取るように受け取り、鏡面仕上げとそうではない部分の境目にそれを当てる。

 

「キュートだ、素晴らしい! もう片方はこれだ!」

 

 取り出したのは、同じくデフォルメされたルカリオのシールだ。

 それをもう反対側に当てながら続ける。

 

「こっちはクールだ! 素晴らしい!」

 

 更にパッケージからシールを取り出し、時折思い出したように方位磁石を突いている。

 

「俄然、次のバトルが楽しみになってきたぞ!」

 

 興奮冷めやらぬジバコイルに対し、モモナリは苦笑いした。

 果たして公式戦は、シールを使っても良かっただろうか。

 だがまあ、その心配は少ないだろう。

 この様子だと、多分一回やったら飽きるだろうから。

 

 

 

 

「髪綺麗ねー」

 

 その少女、人間の姿となっているガブリアスは、解いたジバコイルの銀髪を手のひらで撫でながらそう呟いた。

 彼女はガバイトの頃から光るものが好きであったし、それはジバコイルの艷やかな鋼のボディに対してもそうであった。そして同じく、そのボディが反映されているかのように艶やかなジバコイルの銀髪も、彼女の嗜好に合致したようだった。

 

「そうだろう、そうだろう」

 

 撫でられているジバコイルは上機嫌であった。もし、それを行っているのがモモナリや他の人間であればもう少し違った反応であったかもしれない。

 ジバコイルにとって、ガブリアスというのはあまりにも年齢の離れた後輩、兄妹と言うには若干離れすぎ、いわば娘と言っても良いような関係であった。

 

「私の節制によるものであることは言うまでもないが、まあ、モモナリの手際が良かったことも大きいだろうな」

「ブラッシングもしてみるか」

 

 同じテーブルでノート型の端末を弄っていたモモナリは、うっとりとそれを眺めていたガブリアスに、ブラシを手渡した。

 

「いいの!」と、ガブリアスは飛び上がるように喜んでそれを手に取った。

 

 そして、それを見よう見まねで銀髪に当て、恐る恐る上下に動かす。

 何度かそれを受け入れた後に、ジバコイルが口を開く。

 

「ううん、それも悪くはないが、もっとアンテナの方からやってくれてもいいぞ」

 

「アンテナ?」と首を傾げたガブリアスに、ジバコイルは「ああ」と声を漏らした。

 

「そうか、今はないのか、ここだよ、ここ」

 

 頭のテッペン、つむじのあたりを指差す。

 

「せっかくならば付け根からやってくれ」

「痛くないの?」

「痛いことなんかあるものか、私の防御力をなめてもらっては困る」

 

 そう言われ、ガブリアスは指示通りにジバコイルのつむじのあたりからブラッシングする。

 

「やあ、これはいい気持ちだ。君は上手だなあ」

 

 そう褒められ、ガブリアスは気が良くなった。

 

「お父ちゃんよりも!?」

「んう、それは困った質問だなあ」

 

 ジバコイルは苦笑しながら続ける。

 

「残念ながら今ならモモナリの方がうまいなあ」

 

 そこはお世辞でもガブリアスのほうが上だと言っておけばいいのに、とモモナリですらもそう思ったが、当のガブリアスは「そっかあ」と嬉しげである。

 

「だが、出会った頃に比べれば格段に君のほうがうまいぞ」

「本当!?」

「そりゃあもちろん、モモナリと出会った頃なんて酷かったぞ」

 

 ジバコイルは横目でモモナリをみやりながらに続ける。

 

「この男、私の体を石鹸水で磨こうとしたんだ」

 

 ガブリアスは、それが果たして良いことなのか悪いことなのかの区別ができなかった。石鹸水で体を洗われることは、彼女にとって別に苦痛ではなかったからだ。

 だが、それがなんとなくモモナリに批判的なニュアンスがあることを理解しているガブリアスは、ちらりとモモナリをみやった。

 モモナリは端末をいじる手を止め、一つため息を付いて答えた。

 

「子供の頃の話じゃないか。それにだな、はがねタイプのポケモンに石鹸水は言うほど悪い選択肢じゃないんだぞ」

「またそれだ、ポケモンを画一化した目線で見るな」

「だからすぐに辞めただろう」

「まあ、それはそうだな」

 

 ふふん、と、続ける。

 

「もう二日それが続いていれば、野生に帰っていたところだったぞ」

「はいはい」

 

 呆れ気味にそう返事をして、モモナリは作業に戻った。

 

「ジバ兄は、野生に帰りたいの?」

 

 心配げにそう問うガブリアスに、ジバコイルは答える。

 

「それもまた、難しい質問だね」

 

 鼻を鳴らして続ける。

 

「帰りたいわけじゃないが、価値観の合わない人間と共にいる義理もないということだよ。もとより私は、ゴム手袋で頭をひんづかまれて無理やり連れてこられた立場でもある」

「よく言うよ」

 

 作業を中止したモモナリがそれに口を挟む。

 

「俺達がいなけりゃ、あのままやられていただろう」

「そうとも、だから逃げていないだろう。これからも頼りにしているということだ。その代わりに、存分に頼ってくれ」

「初めましてのときに、何かあったの?」

 

 目を輝かせながらそう問うガブリアスに、ジバコイルは大きく頷きながら答える。

 

「ああ、あった、あったとも」

 

 ジバコイルはモモナリと窓際にいる青年、ゴルダックを視線に入れながら続ける。

 

「それでは教えてあげよう。私達の冒険を」

 

 やれやれ始まった。と言わんばかりに、窓際のゴルダックは首をふるのだった。

 

 

 

 

 

 

「はい! 出来ましたよ!」

 

 散々に語り終えたジバコイルがアズマオウとピクシーに目をつけられて庭先へと連行されて少しして、割烹着に身を包んだ女性、モモナリの手持ちであるユレイドルは、いくつかのスイーツが乗せられたトレイを手に持ち、ウキウキとした感情を隠すこと無くそれを机の上に置きながら座り込んだ。

 

「わーい!」と、ガブリアスは方位磁石から目を離した。先程から漂っていた香りにソワソワと落ち着きがなかったことはそれを見ていた誰もが理解している。

 

「ゴルダックさんもどうぞ!」

 

 屈託なく投げかけられたその言葉に、ゴルダックは一瞬ピクリと体を反応させた。そして、しばらく沈黙をもった後に、一つ唸りを上げてからその腰を上げ、気まずそうにテーブルの前に座り込んだ。

 

「ささ、リーダーも」

 

 そう呼ばれたモモナリは、端末で編集してたデータを一旦保存し、それを片付ける。

 その目の前に、皿に切り分けられたケーキが置かれた。

 

「自信作です!」

 

 割烹着のユレイドルは、ウンウンと頷きながら大皿に乗っているケーキを切り分ける。

 

「はいどうぞ、さあどうぞ!」

 

 素早く彼らの前に置かれるケーキに、彼らがそれを拒む理由がない。

 

「いただきます!」

 

 フォーク片手に手を合わせたガブリアスは、やはり素早くそれを切り分けて一口放り込む。

 

「美味しい!」

 

 そして、その感想も素早い。

 

「わー嬉しい! ありがとうねえ!」

 

 ユレイドルは大げさに両手を叩きそれを喜んだ。

 

「ああ、美味いな」

 

 少し甘すぎるかな、とモモナリは思ったが、ワザワザ伝える程のことでもないだろう。それに、甘いものが好きなガブリアスは喜んでいる。

 同じことを思っているのであろうか、ゴルダックも頷きながらそれを食べている。

 いや、同じことは思っていないだろうなあ、と、モモナリは思った。ゴルダックも、甘いものが嫌いなわけではない。

 

「それで」と、モモナリはフォークを持ったままユレイドルに問う。

 

「どのくらい『やり終えた』んだ?」

 

 その問いに、ユレイドルは「はい!」と元気よく返事をし、ポケットから一枚のメモを取り出した。

 

「これで『お菓子を作る』を終えたので」

 

 そう言いながら、同じく取り出したボールペンを数度カチカチと鳴らした後に線を引く。

 

「大体八割くらい終わりましたね」

 

 それは、彼女が考案した『人間になったときにやることリスト』であった。

 

『ベッドで寝る』『カーテンを洗う』『辛いものを食べる』等様々書かれていたが、彼女の言う通り、その殆どはすでに線を引かれている。

 

「しかし、人間というものは本当に便利なものを生み出しているんですねえ」

 

 彼女は頷きながらケーキを指差す。

 

「こんなに美味しいものを自分たちで作れるなら、そりゃあぼんぐり食べませんよね」

 

 化石から復元された当初、ぼんぐりは彼女の大好物の一つであった。モモナリも当初はなぜそのようなものを食べるのだろうかと疑問に思っていたが、きのみやポケモンフーズ、スイーツを食べていくうちに、次第にその志向は無くなっていったのだ。

 

「やっぱり人間は『推せますね』!」

 

 よく考えれば当然のことであるのだが、彼女が『人間』という種族を知ったのは化石から復元された後のことであった。

 不意に現れた『二本足で立つ毛のない生物』に最初こそ戸惑いしたが、次第に彼らの知性と社会構造に興味を示した。人間よりもポケモンの機微に敏感なモモナリがパートナーであったことも幸運だっただろう。

 何より、よほどのことがなければ理不尽な力による捕食の心配がないことが、彼女にとっては驚くべきことであった。

 

「人間であるうちにもっと色々経験したいですねえ!」

 

 モモナリは、そう笑う彼女のメモをちらりとみやった。

 すると、その一番上の項目に線が引かれていないことに気づく。

 

「一番上のやつは、まだやってないのか」

「ああ、朝に声をかけ忘れましてね」

 

 彼女がその後を続けようとした時、ゴルダックの視線が窓の外に向かった。

 モモナリらもそれにつられて窓の外を見ると、水辺から上がったアーマルドが、器用に爪で窓を開けようとしているところであった。

 一足先にポケモンの姿に戻ったアーマルドは、ピクシーの代わりにお月見山の警備に向かっていたのだ。

 

「ああ、帰ってきましたね!」

 

 ユレイドルはそれに跳ね上がると、パタパタとスリッパを鳴らしながら洗面所に消える。そしてすぐさまに戻ってきた彼女の手にあるのは、洗面器、ブラシ、石鹸。

 

「さあ、爪を綺麗にしましょう!」

 

 ズイズイと距離を詰めてくるユレイドルに、アーマルドは少し体を内に入れながら、モモナリに視線を向けた。

 だが、モモナリはあえてそれから目を逸らす。

 ちょうどよく、対面のガブリアスが空になった皿をいじりながら目を伏せていた。

 モモナリは何も言わずに目の前にあった皿をすっと彼女の前に滑らせた。まだ一口しか食べていないが、彼にそれは甘すぎる。

 ぱあっと表情を明るくさせるガブリアスを視界に捉えながら、その隅に、観念したようにその場に座り込むアーマルドを捉える。

 まあ、仕方がない。

 どちらを優先させるべきかというのは明白だ。

 モモナリは机の上に放置されていたユレイドルのメモを伏せる。

 その一番上には『アーマルドさんの爪を綺麗にする』と書かれていた。




ユレイドルは結構キャラが濃くなりました

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