モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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キシ(オリジナルキャラクター)
 ワタルに勝利しカントー・ジョウトリーグチャンピオンとなった情報化若手トレーナー。データを重視する理論派であり対戦相手に合わせてパーティを組み替える戦略を得意としている。
 本作の時系列ではカリンに敗北しチャンピオンを陥落して少し経った時。
 主な登場作品
セキエイに続く日常 100-節目
セキエイに続く日常 107-キッサキは決意の地
セキエイに続く日常 135-彼が神を信じた日①


月刊誌『文藝ラプラス』 一日密着『エリートトレーナー・キシ編』

『一人のトレーナーが手持ちに出来るポケモンは六体まで』

 この『常識』は、恐らくポケモンリーグ設立から近日に至るまで、誰もが疑うことがなかったものだ。事実、六匹以上のポケモンを当たり前のように扱うトレーナーはこれまで現れていなかった。

 素人考えでは、扱えるポケモンの数が多ければ多いほどバトルには有利なように思える。だが、実際には近代リーグのベースである六対六のバトルですらトレーナーの負担が大きいと考えられているようだ。ベテランのリーグトレーナーなどは、リーグ戦の次の日は全く動けなくなると語る者もいる。

 だが、新たな世代としてポケモンリーグを制覇した『情報化トレーナー』は、すでにそのような常識を過去のものにしつつある。

 稀代の天才であるマサキが開発した『ポケモン通信』、『ポケモン図鑑』に代表される携帯獣学問の整備、そして『育て屋』という新たなトレーナーとしての生き方。

 それらは、トレーナーの限界を大きく引き上げた。

 すでにポケモンバトルは『神に選ばれたものだけの嗜み』では無く、理屈と常識によって積み上げられた学問に近しい存在になりつつあるのかもしれない。

 彼らにとって、手持ちの上限は六匹ではない。彼らの手持ちは『この世に存在するポケモンすべて』であった。

 

 

 そのトレーナーが初めてAリーグに登場した時、我々古いファンは、そのポケモンバトルの新たな可能性を、全面的に肯定していたとは言い難いだろう。

 彼ら『情報化トレーナー』は、古いファンがリーグトレーナーという生き物に抱いていた『無頼』というイメージから真っ向から対立する存在であった。

 その中でも、特に彼は『無頼』とは程遠いように見えた。

 スラリとした長身と細く長い手足は、申し訳ないながらも『無頼』と言うよりかは『ひ弱』『軟弱』な印象を受けたし、かの有名な『キクコ一門』出身者であるという事実も『育成されたエリート』と表現できたし、何よりデータ主義であるという情報も、それを悪しきものと捉えてしまう我々のような『思考オンチ』からは、なにか冷たい印象を受けたのだ。 あるいは彼の兄弟子であるキリューが、キクコの意思を継ぐ本格派としての評価を受けていたことも、その対比として大きかったかもしれない。

 

 だが、彼はそのような声に戸惑うこと無くAリーグの面々を攻略し、最終的にワタルに勝利することで、カントー・ジョウトリーグチャンピオンとなった。

 それもまた、手放しに称賛された勝利では無かった。ワタルのパーティを徹底的に対策した手持ちと戦略は、かつてトレーナーの美学とされていた『絶対的な強さ』に反しているように見えた。それこそが新たな時代の始まりであることを、過去の人間は受け入れたくなかったのかもしれない。

 しかし、彼がそれを成したことは事実だ。否定しようのない。

 

 

 

 

 ヤマブキシティ〇〇区〇〇公園。

 ずいぶんと暖かくはなってきているが、それでも朝日が出て少ししか経っていないそこはまだまだ寒さが残っており、吐く息は白く、むき出しの皮膚に痛みを覚える。

 そのAリーグトレーナーとの待ち合わせ時間二十分前に到着した私は、温かい缶コーヒーをカイロ代わりにしながら、自らの眠気に嫌気が差していた。尤も、それは己の不摂生がすべての原因であるのだが。

 白い息を吐きながら、視界の中でランニングをしている健康的な人々を異星人のように眺める。平日であった。彼らはこの後仕事に向かうのだろうか、疲れる前に疲れる気持ちというものが、私にはわからない。

 その中で、一人のランナーが公園に誂えられたコースから外れてこちらに向かってきている事に気づいた。彼はスラリと背が高く、そのフォームは素人の私でも分かるほどしっかりと洗練されていた。故に、私は自分がなにか粗相をしているのではないかと焦りもした。

 だが、そのランナーの表情がキャップのつばからちらりと見えたときに、私の中で焦りよりも驚きが上回った。

 

ーーランニングをされているんですか。

 

 そのランナーは、今回の協力者であるカントー・ジョウトAリーガー、キシであった。

 軽い挨拶の日に、私はその驚きを、戸惑いをストレートに言葉にした。

 今思えば、それは非礼なことであったかもしれないが、彼はそれになんでも無いことのように返してくれた。

 

「ええ、体力は大事ですからね」

 

 タオルで額の汗を拭く彼のその姿からは、デビュー時にあった『ひ弱』な印象はなかった。長身であるがゆえに分かりづらいが、Tシャツから覗く二の腕は隆起しているようにみえる。

 

ーー失礼ですが、意外でした。

 

 これは、大半の読者も同じような印象だろう。これまでの彼の経歴や、メディア媒体から伝わるイメージは、部屋に閉じこもりっぱなしの研究肌というものだろうから。

 

「フィジカル面の強化は一年前から始めています。遅いかもしれませんが、やらないよりはマシでしょう」

 

 耳が痛い言葉だ。彼の年齢でそれを遅いというのならば、私などはすでに手遅れだろう。それを言い訳に運動を回避するこの性根が悪いのかもしれないが。

 

ーーなにかきっかけがあったのですか?

 

「お恥ずかしながら、野生のポケモンと戦っている時に体力の無さを実感することがありました。昨今のロクロク対戦の長時間化も踏まえ、健康でいることの重要性は無視できません」

 

 短い言葉に、彼の理屈が詰まっていた。

 確かに、最近のリーグ環境は長時間化が進んでいる。要因はいくつかあるが、相手のポケモンの攻撃を『受ける』ことの重要性の再評価と『じこさいせい』『はねやすめ』や『さいせいりょく』などの体力を回復する技や特性の流行。彼ら情報化トレーナーを中心とする『パーティの厚み』そのものを重視する思想も要因の一つだろう。

 それに、私のように古いファンでも、トレーナーが健康であることの重要性を感覚的に理解できる資質はあるだろう。ワタルを含むかつての四天王面々が少なくとも酒タバコギャンブル方面の噂を聞かないことは有名であるし、キクコが腰の持病から成績を落としたことも知っている。何より、将来を嘱望された『無頼』のトレーナーが、酒タバコギャンブル女でその能力を最大限に発揮できなかったことを、我々は知りすぎている。

 

「もう少し、走ってこようと思っているんですが。よかったら一緒にどうです?」

 

 屈託のないその提案を、私は革靴を理由にお断りさせていただいた。そんな性根で何が『一日密着』だとお怒りの声をいただくかもしれないが、私が倒れてはせっかく協力して頂いてるキシに申し訳がないだろう。申し訳がないのだ。

 

 

 

 

 早朝から朝になった頃、彼はある会議室を訪れた。

 そこに居合わせた数人の男女、そのうちの一人に、私は見覚えがあった。

 

ーーお兄さんですね。

 

 そう、彼らと机を囲んだうちの一人は、彼の兄であるキシ=トモヒロであった。ご存じない読者の方のために説明すると、キシ=トモヒロはかつてカントー・ジョウトリーグに所属していたが、若くして廃業し、現在はカントーを拠点とする育て屋『Aクラスファーム』のボスである。

 古いファンとして、彼のことはよく覚えている。

『大物世代』と表現するものもいれば『谷間世代』と表現するものもいるクセのある世代の中で、彼は基本に忠実な若手だった。特にライチュウとのコンビネーションは若手らしくない味のあるもので、コミュニケーションの深さを感じさせていた。

 早い引退は残念だったが、新天地での活躍を嬉しく思っていたトレーナーの一人だった。

 

「もちろん、兄がいる意味を今更説明する必要はないでしょう?」

 

 いたずらっぽく笑う彼に、私は頷いた。

 彼の兄、キシ=トモヒロがポケモンリーグにもたらした影響は、もしかすれば『大物世代』の中でも一番かもしれなかった。

 彼が、彼こそが、ポケモントレーナーの手持ちを六匹から『この世に存在するポケモン全て』にアップデートさせた要素の一人であると言える。

『Aクラスファーム』が提供するポケモン達は、トレーナーが変わってもその献身性を失わず、その強さと役割がブレない。少なくとも、バッジをコンプリートすることの出来る実力者ならば、まず手こずらない。

 本来ならば一人のトレーナーが一生をかけて構築するはずの関係性を、彼らは肩代わりするのだ。その是非はともかくとして、それはそのまま選択肢の広がりを意味している。

 

ーー他の方々は?

 

「この人達はカントー・ジョウトのリーグトレーナーたちのスコアリングを担当しています」

 

 スコアリング、と言うと難しく聞こえるかもしれないが。要は偵察隊だ。それに、つい私は唸ってしまった。

 元々、キシが研究、対策派のトレーナーであったことは有名だった。彼の持つ『キシノート』にはリーグトレーナーの詳細と対策がびっしりと書き込まれCリーガーが手にすれば昇格は確実であるという噂が都市伝説的に広まったことすらある。尤も、兄弟子であるキリューが「見たことあるけど意味わからん」と発言したように、それの理解には相当な知識が必要であるようだった。

 だが意外であるのは、彼のようなタイプが、トレーナーの対策において人の手を頼ることであった。

 私のそれは浅はかな思想であったのだろう。その証拠に、彼は私がそれを口にするよりも先に、その意図を説明したのだ。

 

「自分の考え方のみに固執するのは楽ですがリスクがあります。様々な観点から戦略を見つめることで、リスクを減らします」

 

 人間にもタイプがある。と、彼は続けた。

 なるほど、そう考えるのならば、これは自然なことであるのかもしれないと私は思った。

 トレーナーがポケモンのタイプや戦略を中心にパーティを組むことは、今更説明するまでもない。そして、それならば、人間も、そのタイプや才能を組み合わせることも可能である。

 彼は人間でパーティを組んでいるのだ。

 

 残念な報告をしなければならないが、彼らの『ミーティング』の内容をここに書き記すことはできない。

 もちろんそれは、彼らの共有情報を公開することの遠慮も当然あるのだが、それ以上に、それを書き記すには私に許された文字数はあまりにも少なく。そして、私の知識が追いつかないのだ。

 スコアリングされ尽くしたポケモンたちの能力は、すでに彼らの中で『数字』として共通言語となっており、既存の戦略や強力な組み合わせなどは、それらを短く一つの概念としてまとめる造語となって飛び交っている。言葉の一つ一つは理解できるが、その意味を理解することができない。若者との会話のようなギャップを強く感じた。

 ただ一つ印象深かったのは、彼は兄やスコアラーと意見が食い違ったとしてもそれを否定せず、冷静にメモを取っていたことだった。

 

ーー収穫はありましたか?

 

「特に目新しいものはありませんでした」

 

 そう言いながらも彼は微笑んでいた。

 

 

 

 

 進化を続けているのは、ポケモンだけでも、トレーナーだけでもない。

 ポケモンバトルが進化を続けるのであれば、それに関わる人間たちも、当然進化を続けなければならないだろう。

 だが、我々記者というものは進化できているだろうか。

 

 

 

 

ーーイーブイですか。

 

 ミーティング後『Aクラスファーム』を訪れた彼に、兄であるキシ=トモヒロは一匹のイーブイを見せていた。

 少なくとも私には、それはただ可愛らしいだけのイーブイに見えた。生まれたばかりなのか好奇心旺盛で、見知らぬおじさんであるはずの私にも躊躇なく頬を擦り寄せてくる。

 だが、少なくとも彼らにとって、そのイーブイは可愛いだけの存在ではないようだった。

 

「これは、ただのイーブイではないですね」

 

 一目見てそう漏らした彼に、彼の兄は満足気に頷いていた。

 聞けば、そのイーブイは今季最高の資質にして、最高の仕上がりらしい。

 その証拠にと、彼は適当に立てられたデコイに向かって『めざめるパワー』と指示を出した。

 放たれる波動、倒れるデコイ。

 我々が確認すると、デコイには僅かに霜がついているように見えた。

 それを見て「なるほど」と、彼は少し声を上ずらせて感嘆の声を上げた。

 

「これは、すごい」

 

 正直、私はその時の場の雰囲気で同じようにそれに感嘆するしか無かったのだが、それがどのような意味を持つのか、その半分も理解できていなかった。

 だが、もう半分の凄まじさは理解できる。

 あるトレーナーが『めざめるパワー』を実戦投入して以来、それはポケモンバトルの可能性を広げる最も重要な要素の一つとして研究が進んでいた。だが、それを実践に投入できたトレーナーは数少なく、その技術はまだ広まっていなかったのだ。

 それを育て屋である『Aクラスファーム』が成し得たとなると、これはリーグの勢力図が大きく変わりかねないと、素人の私ですら思った。

 

 聞けば、そのイーブイは将来サンダースに進化させることを予定にしているらしい。

 なるほど、そこまで聞いて、ようやく私はもう半分の意味を僅かに理解することができた。

 電気タイプのサンダースにとって、地面タイプへの対策は絶対に必要な部分であった。そして、近年では『じしん』を打つことの出来るじめんタイプは環境の中心と言っても過言ではない。

 それまでは他のポケモンとの組み合わせや戦略によってその対策を行っていたサンダースが、一匹でじめんタイプに圧力をかけることが出来るとなれば、近年重視されている対面性能が一段と上がるということになるだろう。

 さらにこおりタイプならば、ドラゴンタイプへの牽制にもなり、近年最強ドラゴンであるガブリアスをしっかりとケアできる。

 考えれば考えるほどよく出来たシステムだ。

 

「助けられてばかりですね」

 

 そのイーブイを撫でながら、彼は微笑んでいた。

 

 

 

 

 彼のバトルに関する姿勢には恐れ入るばかりであった。すでに私は、彼を『なんかひょろひょろしてて無頼っぽくないから』と表現していたことを後悔している。ここまで真摯に、そして執念深くバトルと向き合うトレーナーが、果たして古い時代にどれだけいたであろうか。アプローチが違うだけで、彼も立派なトレーナーであることは疑うことすら無い。

 その執念と、そして、そうなるに至る彼の思いは、彼のフリーな時間である程度見えるようになった。

 

 

 

 

『Aクラスファーム』でのミーティングは、日が落ちるまで続けられた。

 解散後、本当に軽く夕食を食べた彼は、そのまま少し値の張る個室制のネットカフェを訪れた。

 

「普段は来ないんです。いつもは家なんですが、散らかってて人を呼ぶわけには」

 

 別にそれで取材に支障が出るわけでもない。

 

ーーネットサーフィンが趣味なのですか?

 

「いえ、せっかく時間が空いたので、研究でもしようかなと」

 

 驚いた。更に研究を続けるつもりなのか。

 だが、彼がカバンから取り出したDVDを確認し、私は本当に、殆ど呆れるような驚嘆をした。

 何とそれに映し出されていたのは、ある地方の学生同士のバトルを録画したものであったのだ。

 バトル、と言っても、我々がよく見るようなロクロクのものでもなければ、一定数のレベルがあるものでもない。彼らが行っているのは一対一の、それもある程度統一されたレベルがあるものでもない。殆ど部活として楽しむようなものだ。

 

ーーこれは?

 

「〇〇地方の学生ポケモンバトル地区大会です。一人が一匹のポケモンしか使えない団体戦で、学生の大会では基本的なルールですね」

 

 私は頭が痛くなった。流石に意味がわからなかったのだ。

 レベルの低い戦いを見るにしても、例えば一つ目、二つ目のジムバッジ挑戦を行っているチャレンジャーの動画ならば分かる。彼らはいずれリーグトレーナーとして彼の前に立つ可能性も無いわけではないからだ。

 だが、学生の部活の動画を真面目に研究する意味がわからない。彼らはリーグトレーナーを目指してはいないだろう。あくまでも学業を本分とし、その一環としてポケモンバトルを行っているにすぎないはずだ。

 

ーー何が得られるのですか?

 

 思わず、私はそう問うてしまった。もちろんそれが、彼や今画面の中で戦っている学生たちに失礼であることは理解している、理解できる。だがそれを聞かずにはいられなかった。

 だが、彼はそれに涼しい顔をしながら、優しく答える。

 

「結構勉強になりますよ。彼らのバトルはシンプルですけど、たまにいいアイデアがあったりするんです。彼らの技術では実現できなかったけど、僕達の技術なら実現可能かもしれない。そういうアイデアがあるんです」

 

ーー実際にリーグで使用したことは?

 

「それはまだないですね」

 

ーーいつ頃から学生の研究を?

 

「三年くらい前からですね。ここ数年はぐっとレベルが上ってて楽しいですよ」

 

 驚くべきことだ。彼は自らのフリーな時間すらも、このような一見意味のなさそうな研究に費やしている。

 私は、彼にその質問を投げかけたくなった。否、その質問を投げかけることを決意した。

 誰もが、それを彼に聞きたかっただろう。誰もが、その事実を確認したかったはずだ。

 そして、私は記者だ、それを聞く義務があるだろう。

 

ーーどうして、そんなに勝つことに拘るんです?

 

 一見、それはあまりにもバカバカしい質問のように思えるだろう。チャンピオンを目指すリーグトレーナーが勝ちたくないわけがない。だが、彼のそれは常軌を逸しているように思える。

 趣味を持たぬリーグトレーナーは少ないはずだ。誰もがバトルとバトルの合間に己の人生を楽しんでいるはず、勝つことによって得た利益と名声を、自らの人生をより豊かにするために使うことは何も不自然ではない。

 だが、彼はそうではない。彼は余暇も、名声も、利益も、そのすべてをバトルに勝利するために使っているように見えた。その情熱は、どこから現れるというのか。一度はチャンピオンとしてすべてのリーグトレーナーの頂点を極めたとも言っていい彼が、どうして。

 

 その質問は、彼にとって聞こえのいいものではなかったはずだ。彼がAリーグに昇格した頃から、彼がチャンピオン決定戦に駒を進めた時も、彼がチャンピオンになった時も、同じような質問、あるいは罵倒を、彼は受けてきたはずだ。

 だが、彼は快くその質問に答えてくれた。あるいは彼は、この取材を承諾したその時から、その覚悟を決めていたのかもしれない。

 

「僕は、才能もなければ、個性もないんです」

 

 動画を一時停止し、彼は続ける。

 

「僕には歴史がありません。超能力もなければ、子供の頃から注目されるような飛び抜けた才能もありません。弟弟子たちから尊敬されながら戦うこともできないし、地面に這いつくばりながら湿った泥を口から吐き出して戦うような根性もないんです」

 

 そんなことは、無いのではないかと私は思う。

 確かに、彼にワタルのような歴史はないかもしれないし、超能力も持っていないかもしれない。だが、本来ならばそんな歴史を持つことがイレギュラーなのだ。そして、キクコ一門である彼に才能がないとは考えられない、チャンピオン経験者である彼は一門の弟弟子から尊敬を集めているだろうし、今彼が見せている勝利への執念こそが、泥を吐き出すような根性ではないのか。

 だが、それはあくまでも我々のような素人が思うだけにすぎないのかもしれない。才能のすべてが集結すると言っても過言ではないポケモンリーグである、彼のような人間でも劣等感を覚えるような出来事があったのかもしれない。

 

ーーですが、あなたはチャンピオンになりました。

 

「ええ、そうです。研究して勝つこと、それこそが僕の個性なんですよ」

 

 悲観的なように思えた。だが、それを強く否定することもできなかった。

 個性、もしくは強み、彼というトレーナーから『勝利』『研究』以外のものは思い浮かびにくい。

 

「運良く、いい環境に恵まれました」

 

 彼はそう笑った。

 

 

 

 

 不思議な一日であった。

 今日、取材に協力して頂いた彼は、間違いなくカントー・ジョウトリーグに名を残す殿堂入りトレーナーであろう。

 だが、そうであるにも関わらず。彼からは成功者の余裕を感じなかった。

 むしろ、貪欲に貪欲に、さらなる勝利を積み重ねようと、執念の研究を続けている。

 ストイックと言えばそれまでなのだろうが、私にはなにか焦りのようなものがあるように思えた。

 

 最後に、私が何気なく飛ばした質問と、それに対する彼の返答で、終わりたいと思う。

 これは、解散する寸前に、雑談の中で現れたものである。

 

ーーあなたのことを『野生とのバトルはできない』と揶揄する声もありますよね。

 

「そうですね。もうそれに僕がどう答えようとも、それを証明することはできない」

 

 彼は誇らしげに、不思議なことに、その日最も誇らしげな表情を私に見せながら、その後を続けた。

 

「自分自身がその答えを知っていれば、それで良いんですよ」

 

 なぜ彼は、誇らしげだったのだろう。




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