モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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・モモナリ(オリジナルキャラクター)
 本編主人公、このとき十代前半
 Cリーグ参戦一年目だがすでに圧倒的な実力を見せている

・クロサワ(オリジナルキャラクター)
 カントー・ジョウトAリーガー。後にモモナリの教育係となる。
 自身の実力とは別の部分で評価されることが何よりも嫌い


セキエイに続く日常 6-優しすぎた男

 夢を見る。

 背中の夢だ。

 背中を追う夢を見る。

 追って追って、どこまでも背中を追う夢だ。

 その背中は、小さくはならない。

 一定の距離を保ちながら、どんどん追っていく。

 気分は高揚している、その背中を追うことが楽しくある。

 だが、その背中は突如としてその場から消える。

 いつも着ていた黒いスーツを残して、すっと、その背中は視界から消える。

 慌てふためく、周りを見回しながら、追うべき背中を探す。

 だが、背中はなく、トボトボと、恐る恐る、落ちていたスーツを拾う。

 そのスーツにはあのマークが有る。

 叫び声すら上がらない、胸が苦しくなる。

 どうして、連れて行ってくれなかった。

 そして、目が覚める。

 

 

 

 

 

 

 タマムシシティは、そろそろ夜が深くなろうとしている頃であった。

 カントー・ジョウトAリーガー、クロサワは、一人なんの未練も見せずに対戦場を後にしていた。

 特に気分が高揚しているとか、落ち込んでいるとか、そういうことは一切無かった。彼が思っていた以上に、つまらない試合だったから。

 自分の機嫌を損ねぬようにと、気を使われながら戦われている気分だった。よっぽど強いポケモンを連れているのに、何も怖さがなかった。何だかかったるくなった試合中盤に、少し『怖さ』を見せただけで、相手はポッキリと折れた。後はズルズルだらだらと流れるだけ。

 

「カスが」

 

 舌打ちし、首を傾げながら彼はそう呟いた。おそらく彼は、対戦相手が目の前に居たとしてもそう言っただろう。言いたいことを言わないように教育されたわけではないし、そうする義理もない。

 確かに、対戦相手は若かった。Bリーグから昇格して一年目であるし、チャンピオン決定戦の経験もあるクロサワとは十分すぎる格の差がある。 

 だが、それらが相手に負けていい理由にはならない。

 年齢差も、格の差も、あるいは対戦相手の背景も、勝とうが負けようが変わるわけではないのだから。

 勝たなければならないのだ。

 恐れているのならば、勝たなければならない、戦わなければならない。

 そういうことをきっちりとできる人間達こそが、Aリーグで生き残るのだ。

 

「死んでしまえ」

 

 そういうトレーナーは、少なくともリーグにいるべきではない。彼は本心からそう思っている。

 未だタマムシシティには声がやまず、人工的な光によってどこまでも明るい。

 見ろよ、こんなにも生きる場所があるんだ。

 そう考えるとひどくつまらない気分になった彼は、頭を振って歩く方向を変えようとした。

 そこに「クロサワさん!」と、彼にかかる声があった。

 彼は一つため息をつきながら、それでいて少し微笑みながらそれに答える。

 

「何だ、モモナリ」

 

 その声には聞き覚えがあった。

 モモナリマナブ、新入りのCリーガーだ。

 とは言っても、『普通』のCリーガーとはすでに一線を画している。

 伝説に迫る勢いでのバッジコンプリート、封鎖されたチャンピオンロードを勝手に制覇し、新人戦では圧倒的な力で優勝。是非はともかくとして、突き抜けた存在であることは間違いない。

 そんな彼は、何故かクロサワに懐いていた。

 

「見ましたよ、今日の試合」

「そうかい、時間を無駄にしたな」

「残念でしたねえ」

 

 笑顔で放たれたその言葉に、クロサワは一瞬表情を固めた。

 クロサワはその試合で勝利しているのだ。確かにチャンピオン決定戦に歩を進めるには勝利数が足りないが、それはこの試合の問題ではない。

 モモナリの意図が読めなかった。

 

「そりゃあ、どういうことだ」

 

 分からなかったから、彼はそれを問うた。それを遠慮するような人生ではない。

 

「え、だって、相手の人全然本気じゃなかったじゃないですか」

 

 クロサワは歩みを止めた。そして、道の隅におあつらえ向きに公共の灰皿があったから、そこに立ちよる。

 ポケットからくしゃくしゃのタバコを取り出し、一本咥えながら問う。

 

「どうしてそう思う」

「どうしてと言われると難しいですけど、ちょっと遠慮してましたよね」

 

 大げさな音を立てながらタバコに火をつける。

 

「そう見えたかい」

「ええ、本当はもっと出来たと思いますよ、彼らなら」

「へえ」

 

 一つ煙を肺に吸い込んでから、クロサワは意地悪く笑う。

 

「意外と小心者なんだな、研究するほど他人に興味があるとはね」

「研究、ですか」

「そりゃあそうだろう。本当は出来た。だなんて、奴らの本当の実力知ってなきゃわからねえ。知り合いか」

 

 そう問うクロサワに、モモナリは首を傾げた。

 

「いや全然、今日初めて見ましたよ」

 

 その言葉に、クロサワは動揺を悟られぬように「ふうん」と、鼻を鳴らして煙を吹く。

 

「じゃあなんであいつの実力がわかるんだよ、あまり適当言うなよ」

「わかりますよそりゃ、指示やポケモンの動きが明らかに窮屈でしたもん。クロサワさんだってそれはわかってるでしょ?」

 

 そりゃあ、わかる。

 自分は、先程までそれに憤っていたのだから。

 だが、それは、あくまで対面で戦っていた自分だからこそわかることだと思っていた。

 自分たちがやりたいこと、そして、本来ならばそれに対して相手が行わなければならないこと、そして、実際に相手が行ったこと。この三つを理解していなければ、その結論は出ないはずだ。

 目の前の少年は、ただ見ていただけでそれらを理解していたというのか。

 

 クロサワはもう一息肺を煙たくしてから言った。

 

「お前なあ、言葉が足りねえよ。誰も彼もがお前を理解するわけじゃねえ」

 

 喋れる相手だ。

 少なくとも自分とバトルに関してのアレヤコレヤを同次元で語れる相手だ。ただ、言葉を知らないだけで。

 

「もっともっと、喋りすぎるくらいが良い。そうしなきゃ、グズはお前についてこれねえ」

 

 灰を落とす。

 

「たしかにそうだな、残念だった。ああいう気概のないカスが、何の因果かポケモンリーグに潜り込んじまった。お前も、Cではそんな奴らと戦ってきたはずだ」

「まあ、まあ」

 

 モモナリはここまでCリーグ全勝で経過している。

 そりゃあそうだろう。現役Aリーガーとここまで『語れる』トレーナーが、Cリーグで苦労するはずがない。

 

「だがなあ、彼奴等が恐れてたのは俺達じゃねえ『俺』そのものなんだよ」

「どう違うんです」

 

 その疑問の意図を、再びクロサワは追えない。

 自分がここまで言っているのに、この少年はそれに気づかないのだろうか。

 

「本当にわからないのか」

 

 その問いに、モモナリは少し困ったように眉をひそませる。

 

「ええまあ、クロサワさんの実力ってことじゃないですよね」

 

 やれやれ、クロサワは頭を振った。

 珍しく気概のある若手に懐かれていることに悪い気はしないが、部分部分で察しの悪いこの少年の性格には若干疲れを感じている。

 今度はこちらが『喋りすぎる』番だった。

 

「つまりだな、奴等が怖いのは俺じゃねえ」

 

 一つ息を吐いて続ける。

 

「奴等が怖いのは『ロケット団』なんだよ」

「ええ?」

 

 それに、モモナリは大げさに首を捻った。

 

「わけわからないですよ。クロサワさん『ロケット団』じゃないでしょ」

「ああそうだよ、そうさ、そうだよ」

 

 クロサワは少し苛立って続ける。

 

「お前、俺の師匠が誰か知らねえのか?」

「やだなあ、知ってますよそのくらい」

 

 モモナリはケラケラ笑いながら答える。

 

「『サカキ』さんでしょ」

「お前なあ」

 

 クロサワはため息をつきながら、まだ半分ほど残っているタバコを灰皿に捨てた。

 それを知ってりゃ、普通つながるだろうがよ、と、彼は思った。

 どうやら全部言わなければならないらしい。

 

「つまりだ、奴は俺が師匠が『サカキ』だから、俺が実は『ロケット団』残党なんじゃないかと疑ってたんだよ」

 

 それは、並の人間であれば容易に想像できることであった。

 シオンタウン出身のクロサワ、彼はトキワジムトレーナーを経てリーグトレーナーとなった経歴を持つ。

 その経歴自体は珍しいものではない、バッジをコンプリートしたとしても、しばらくジムトレーナーとしての業務を行った後にリーグに挑戦するトレーナーは珍しくない。 

 だが、彼の場合は所属していたジムがまずかった。

 

 カントーポケモンリーグ創設以来最大の不祥事。

 最難関、トキワジムのリーダーであったサカキが、反社会的勢力『ロケット団』の首魁であったこと。そして『ロケット団』構成員の中には、彼が直接指導していたジムトレーナーがいたという事実。それはあまりも壮絶すぎるスキャンダルであった。

 更には記憶に新しいラジオ塔占拠事件。それらを行っていたロケット団幹部の一部もまた、トキワジムトレーナーであったという。

 そうなれば、トキワジムトレーナーであったクロサワに疑惑の目が向くのも当然ではあった。

 むしろ、それを直接結び付けられないモモナリがおかしいのだ。

 

 だが「んな馬鹿な」と、モモナリはそれを鼻で笑う。

 

「ワタルさんがトップの団体ですよ」

「ああ、そうだな」

 

 そう答えたクロサワは、自虐的に笑いながら続ける。

 

「だがまあ、俺はそのワタルに打ち勝とうとしたんだ。よく考えてみりゃ奇妙な話だな」

「そんなこと言っても、リーグトレーナーがそれをしなきゃなにするんだって話ですし」

 

 彼らは少しばかり沈黙を作った。

 そして、タバコの灰を落としてから「大体よ」と、モモナリに告げる。

 

「お前が俺につきまとってるのも、それが目当てだろ」

 

 うふふ、と、モモナリはそれに笑って返す。

 

「よく分かりましたね。でも半分半分ですよ」

「ほう」

「半分は合ってます。もしサカキさんの技術を持ってるのならば、是非とも戦ってみたい」

「もう半分は?」

「そりゃもちろん、クロサワさんと戦ってみたいからですよ」

 

 はっ、と、クロサワは大きく鼻を鳴らした。

 

「それなら、さっさと上がってくることだ」

「僕は野良でも良いんですが」

「馬鹿言っちゃいけねえ、まずは証明しな」

 

 そう窘める。初対面の時にふっかけられてから、彼はそうやってその少年をいなしていたし。何故かその少年も、それを受け入れていた。いずれ戦えるだろうという安心感が、彼から焦りを消していたのだろうか。

 まだ半分ほど残っているタバコを、やはり灰皿に放り込み。彼は足早に繁華街に消えようとする。

 だが「あ、待ってくださいよ」と、モモナリはそれを追う。

 

「おいおい、ガキは帰る時間だ。余り品のない場所に行く」

「あーあ、サイダさんみたいなことを言う」

 

 その名前が出たことに、クロサワは少し苦い顔をした。

 モモナリと同期のCリーガーだ、エネコロロと戦う珍しいトレーナーだが、リーグを勝ち上がれるだけの力はないだろうというのが彼の見解だった。多少できる動きを見せるときはあるが、それを成すには細腕すぎる。

 そのくせ、モモナリを含む同期の世話を焼こうとするところなど、まるで友人の姉を見ているようでなんとなく苦手だった。

 

「あんなのとつるむな、弱くなるぞ」

「ええ、サイダさんは強いですよ」

 

 そこまで言って、モモナリはニヤリと笑った。

 

「ああ、じゃあクロサワさんとつるむとしますか」

「勝手にしろ」

 

 クロサワは諦めた。言って聞きそうではないし、それを腕力で説き伏せるには、おそらく先程の試合よりも疲労することになるだろう。夜が更けつつあるタマムシの喧騒が、それに耐えられるとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 そこは、タマムシの一等地であった。

 品のない賑やかさを抜け、少し緊張感のある通りを抜け、僅かなネオンライトのみの店の扉を叩く。

 現れた大柄のタキシードは、クロサワをひと目見て、緊張感を持って彼を通した。

 だが、その後ろから当然の権利のようについてくるモモナリは、流石に止められた。

 

「へえ」と、モモナリがタキシードの腰元を確認した。ボールは三つ。

 

「おいおい、やめときな」

 

 クロサワはモモナリとタキシードの間に割って入った。

 そして、タキシードに向かって言う。

 

「連れだ」

「困ります」

「まあそう言うな」

 

 彼はタキシードの胸ポケットに何枚かの紙幣をねじ込みながら続ける。

 

「仕事熱心なのは良いことだがよ、お前じゃ無理だよ」

 

 親指でモモナリの腰にある六つのボールを指した。

 タキシードは、そこでようやくその少年がポケモントレーナーであることを理解したようだった。

 

「Cリーガーだ、とびっきりのな。俺の首を狙ってやがるんだ」

 

 おどけて言ったが、タキシードはそれに冷や汗を流す。

 クロサワの首を狙うCリーガー。たしかに、時給ごときで雇われている自分の手に負える存在ではない。もっと上の存在に任せるべきだろう。

 

「俺は責任取らねえからな」と、クロサワは背中越しにモモナリに言う。

 

「自分の身は自分で守るこった」

 

 

 

 

 

 

 クロサワが通されたのは、薄暗いその店の最も奥。

 あしらえられたソファーに我が物顔で腰を下ろしながら、彼はその横に密着して座る女達を不自然に思わない。

 

「嬢の中に弟持ちはいるか」

 

 横の女が何人か心あたりがあることを伝えると「こいつの相手をするように言え」と、モモナリを指さした。

 

「プロの女だ。触るくらいは良いだろうが、酒は飲むなよ」

 

 モモナリがそれに頷くのをしっかりと確認してから。彼は嬢の好みの酒を聞いた。

 

 

 

 

 しばらくは、ぼうっとした時間が続いた。

 クロサワは自分で火を起こすことはなかったし、自分で酒を注ぐことはない、なんなら自分で注文することすらない。ただただこの場を楽しむように嬢との会話を楽しんでいる。

 モモナリもまた、自らの経歴を熱心に褒めてくれる肌の露出の多いプロの女相手に、つまらなさそうに相槌を打っていた。その分、彼が注文した炭酸飲料の減りは早かったが。

 

 場が動いたのは一時間ほど経ってから、不自然なほどに客が減り、彼らの席だけが氷とグラスの音色を奏でるようになってからだった。

 

「クロサワさん、お待ちしていましたよ」

 

 そう言って店のさらに奥から現れたのは、一人の長身で痩せぎすの男だ。

 そして、彼の後ろには、薄暗いこの店に紛れるように真っ黒のスーツを着た一人の中年の男。腰には六つのモンスターボール。

 

「随分と待たせたな」

「ええ、少し業務が立て込みまして」

「へえ、それは俺を待たせるほど大事な業務なのかい」

「あまりいじめないでくださいよ」

 

 嘘っぽく笑う男を指さしながら「こいつは俺の腐れ縁でね」と、クロサワはモモナリに説明する。

 

「初めまして、この店のオーナーをやっておりますホッタです。リーグトレーナーのモモナリさんですよね。お噂はかねがね」

 

 明らかな年下であるモモナリに腰を低く挨拶したホッタの右手を、モモナリは興味なさげに握った。

 その目線の先には、背後の男が映っている。

 それに気づいたホッタは、少し苦笑いしながらその男を紹介する。

 

「彼は私のボディガードでね。元リーグトレーナーなんですよ」

「へえ」

 

 彼はその男を眺め続ける。横の女はモモナリの手を握っているというのに。

 

「お前のツケで飲んでる、連れの分は払うぜ」

「いえいえまさか、クロサワさんのお連れ様からお代はいただけませんよ」

 

 立ったまま、彼は続ける。

 

「クロサワさん、立て込んだ話はもっと奥で話しませんか。客は払いましたが、万が一ということもある」

「お前が呼びつけたんだ。それが目的だろう?」

「流石、話が早い」

 

 立ち上がるクロサワに、モモナリもそれに続こうとしたが。いつの間にか両脇に座っていた二人の女に手を引かれてソファーに沈む。

 

「申し訳ありませんが、クロサワさんをお借りします。友人同士込み入った話もありますので、同席はご遠慮ください」

「そういうこった。流石のお前も、わかってくれるよな」

 

 からかうように窘める言葉に、モモナリは渋々頷く。

 

「申し訳ありません。代わりと言ってはなんですが、お好きなものを注文して構いません。ジュースでも、料理でも、アルコールも、多少は見逃しますよ」

「いや、いやいや駄目だ。酒はだめだからな」

 

 二人はそのまま店の奥、ポスターの貼られた壁の前まで近づく。

 そして、ホッタがそのポスターを剥がし、そこにあったスイッチを押すと、静かな音と共に、隠し階段が現れた。

 

 

 

 

 

 

「リーグは、どこまで行ったんです?」

 

 残された空間で、モモナリは自らと向き合うように立つ黒服の男に問うた。

 両脇の女が肩に手をかけているが、彼にとってそんなことはどうでもいいようだった。

 

「Aまでは行った」

「へえ、じゃあ、キクコさんと戦ったことは」

「当然あるぜ」

「強かったですか」

「いいや、所詮は女だ。勝ちは譲ったが強いと思ったことはねえ」

「ふうん」

 

 そこまで会話を続けて、男は懐からタバコを取り出し、それを口に加えた。

 

「いつも思っていたんですけど」と、モモナリはそれを指さしながら続ける。

 

「それって美味しいんですか?」

 

 男はそれに火をつけ一息吸い込んでそれに答える。

 

「ああ、うめえよ」

「そうかあ、楽しみだなあ」

 

 モモナリの少年らしい発言に女がくすくす笑ったが、彼はそれを気にせず続ける。

 

「どうして辞めたんです?」

「あ?」

「リーグトレーナー、どうして辞めたんです」

 

 恐れることのないその質問に、男は笑いながら答える。

 

「退屈になったのさ」

「へえ」

「時代の流れがな、ポケモンバトルをスポーツにしちまったのさ。俺達の頃は、ポケモンバトルってのは生きるか死ぬかさ。リーグですらそういう事故と隣り合わせだった。それがどうだい、お前らの時代じゃチャンピオンロードは廃止されるわゆるいスケジュールになるわで緊張感がねえじゃねえか、俺の求める戦いってのは、もうあそこにはないのさ」

「ふうん」

 

 そう鼻を鳴らして、モモナリは笑った。

 

「何がおかしい」と僅かに凄む男に、彼はあっけらかんと返す。

 

「いや、急に口数が増えたと思って」

 

 その指摘に、男は固まり、場は静まり返った。

 それを壊したのは、男の乾いた笑い。

 

「ああ、そうだな。俺らしくなかったよ」

 

 男はタバコを肺に入れ込む。

 そうして、彼はそれをモモナリの顔めがけて指で弾いた。

 モモナリの両端には女、肩をつかんでいる。

 男が腰のボールに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

「なるほどな」

 

 隠し階段を降り、扉を開けば、そこには明るい一つの部屋があった。

 一つの机と、四つのソファー。

 地下らしく窓はないが、空調は効いている。

 

「ここが、今のお前の城ってことか」

「ええその通り」

 

 ホッタはクロサワにソファーを薦めながら、自らは扉から最も遠いソファーに座った。

 

「特に防音に力を入れましてね。ここで何が起ころうとも、外には漏れない」

「後ろ暗いことをやるにゃあうってつけって訳だ。なるほど、お前らしい」

 

 かつての彼を思い浮かべながら、続ける。

 

「場所だけ提供し、責任から逃れ、情報は手に入れる。大した小悪党だよお前は」

「褒め言葉ですよ、それはね」

「サカキさんが一番嫌うタイプさ。だからこそ『ロケット団』には関われなかった、商品交換所の店長が精々さ」

 

 彼の言葉通り、ホッタはかつてタマムシゲームコーナー、商品交換所の店長であった。そして、そこはゲームコーナーの地下にロケット団のアジトが存在していたことは今更説明するまでもなく、ゲームコーナーの関係者も一斉検挙されていたが、商品交換所を運営していた彼はロケット団の関与を否定し、その証拠も現れなかった。

 当然だ、メダルを交換するだけの場所を任されてることと、ロケット団との関与は直接的には無い。

 

「だからこそ、私はうまく立ち回った」

「逃れたんじゃねえ、サカキさんの信用に値しなかったのさ」

「それは、お互い様でしょう」

 

 ニヤリと笑うホッタに、クロサワは言い返せない。

 何故ならば、彼の言葉通りだったからだ。

 トキワジムトレーナー、クロサワ。

 彼はサカキを師とする立場でありながら、全く不自然なほどロケット団に関わりがない。

 彼はサカキをボスと呼んだことがない、ただの一度も。

 どれだけ調べようが、彼がロケット団員であった証拠が出てくるはずがないのだ、なぜならば彼はロケット団員ではないから。

 それを「私と同じようにお前もサカキに信用されていなかったのだ」と言われてしまえば返す言葉もない。

 意外にも、それを否定したのはホッタだった。

 

「とは言え、私も不思議だと思っていますよ。ボスはあなたを可愛がっていたし、あなたもボスを慕っていた。私はてっきり、知らされていないだけであなたは幹部級なのかと思っていました」

「お前ごときがサカキさんをボスと呼ぶな。殺すぞ」

「ですが、私にとってはボスなものでね」

 

 ニヤリとした笑いを崩さないまま、彼は続ける。

 

「名誉挽回のチャンスに興味は?」

「ああ?」

 

 その提案に、クロサワは威圧するように唸った。

 

「ボスの意思を継ぐ気はあるのかと聞いているのです」

「何が言いてえ」

「私は、ロケット団を再興させようと考えています」

 

 前のめりになってそう発言したホッタに、クロサワは舌打ちしてそれを否定する。

 

「バカ言え、ばあか言え。ロケット団の再興だと」

 

 彼は足を組み直しして続ける。

 

「お前ごときが何言ってやがる、夢見るのも大概にしとけよ」

 

 やがて、その声は防音室に響き始めるほど大きなものとなる。

 

「大幹部とやらが揃い揃ってもサカキさんは戻ってこなかったんだろうが、それを、それを今更お前のような小物のためにもどってくるわけがねえだろうが」

 

 Aリーガーの怒号であった。普通ならば気圧されてもおかしくない。

 だが、ホッタは至極冷静にそれに答えた。

 

「ええ、でしょうね。そうでしょう。そのくらい私もわかっている」

 

 彼は立ち上がったクロサワを見上げながら続ける。

 

「だからこそ、あなたが必要なのですよ。クロサワさん。金もある、情報もある。そして、あなたこそが、ロケット団再興のための最後のピース」

「俺が」

「ええ、あなたは信じられないほど潔白だ。あなたの実力を慕うボスのシンパは多い。そしてあなたはボスのお気に入りでもあった。あなたがロケット団の顔になれば、ボスは戻ってくるでしょう。否、戻ってこなくとも、そうなるだけでロケット団の運営には十分」

 

 彼は立ち上がって更に続けた。

 

「あなたこそが、ボスの寵愛を最も受けたあなたこそが、ボスの意思を継ぐべきなんだ。それが道理ですよ、クロサワさん」

 

 クロサワは、その言葉に一瞬何も返さなかった、何も考えられなかった。

 しばらく、彼は沈黙していた。

 筋は通っているように思えた。理屈は通っているように思えた。そうすれば、今度こそサカキさんに、師に認められるような気がした。

 彼は腰にあるボールを撫でた。それは震えている。

 ただ、震えているだけだ。

 だが、彼はその意図が理解できる。

 

「フフ」と、クロサワは笑った。

 

 小さく、彼は笑い続ける。触れたボールの震えと同じように。

 そして、彼はツカツカとホッタに近づくと、その襟元を力任せに掴んだ。

 

「人に乗っからなきゃ野望も語れねえ小物が、適当なこと抜かしやがる」

 

 信じられない力で、彼はホッタを振り回す。いくら彼が痩せぎすだろうと、怒りがなければそれは出来ないだろう。

 

「サカキさんの意思だと? サカキさんが俺を誘わなかったことこそが、サカキさんの意思なんだよ」

 

 そのままホッタをソファーに放り投げ、見下ろして続ける。

 

「俺がロケット団だって? それこそ、あの人の意思を踏みにじることになる。トキワジムトレーナーとして、ジムリーダーサカキの弟子として、サカキの技術でチャンピオンに泡吹かせてこいってのが、あの人の意思だろうがよ」

 

 更にもう一度襟元を掴み、覗き込むように彼を引き込んで、その目をしっかりと見つめながら続ける。

 

「おめえと俺は一緒じゃねえよ、俺はあの人の意思を継いだんだ。継いで、継いで、俺は負けたんだよ、ぶつけられるもん全部ぶつけて、俺は負けたんだ。何もしてねえお前と一緒にすんな、殺すぞ小悪党が」

 

 ぶつけるように、彼をソファーに叩きつける。

 額に脂汗を浮かせながら、それでも余裕を保ちつつ、ホッタはスーツを整えながら立ち上がる。

 

「いやあ参った。決意は固いようだ。あなたを誘えるのは、どうやら」

 

 その続きに「ボス」と続けようとして、クロサワがあまりにも尖すぎる視線を向けている事に気づいたホッタは、顔をひきつらせながら「あの人しかいないらしい」と続けた。

 クロサワは、それを否定はしなかった。

 今でも考えることだった。もしサカキが直接それを言ってきたとすれば、彼は共に堕ちただろう、どこまでも、どこまでも。

 だが、その男はもう居ない。その真意は、ロケット団と共に消えた。

 

「気分が悪い、帰るぞ」

「ええどうぞ、こちらとしても、あなたが誘いにのらないのは想定内です」

「残念だったな、小悪党らしくせせこましく小銭稼いでろ」

「いえ、私は必ずロケット団を再興させますよ」

「好きにしろ、好きに死ね」

「必ず、あなたを引き込む」

「ああ?」

 

 威圧するクロサワに、ホッタはまたもニヤニヤ笑いながら続ける。

 

「あなたの弱点はね、非情になりきれない所だ。殺すとは言うが殺さない」

「だからなんだ」

「この機会をね、待っていたんですよ。どういう形であれ、あなたが、気を許した相手を連れてこの店に来る機会をね」

 

 そこまで聞いて、クロサワは表情を変える。

 

「おいまさか」

「卑怯もね、いきすぎれば立派な強みだ。女で油断させ、腕利きのボディガードに攻撃させれば、若手は脆いと聞いてますよ」

 

 そこまで聞いて、クロサワは足早にその部屋を後にしようとする。

 その後に、ホッタが続く。

 

「走らなくて良いんですか?」

「馬鹿だよ、お前は」

「馬鹿で結構、あなたはぬるい」

 

 

 

 

 

 

 凄惨な光景であった。

 氷とグラスは砕け散り、床にばらまかれどちらがどちらであるのかの判別が難しい。

 ソファーはひっくり返り、革は裂けている。

 机などひどいものだ、ガラス製のものは無様に砕け散り、木製のものは真っ二つになってもいる。

 そして、聞き慣れぬ声があった。

 若い、少年の、肺から何かを吐き出そうと力一杯、必死に咳き込んでいるその声があった。

 

「モモナリ」

 

 クロサワはそう叫んで足早に彼に歩み寄る。

 不思議なことに、それを咎めるものはいなかった。

 

「クロサワさん」と、涙目になる少年。

 

「何馬鹿なことやってんだ」

 

 彼は、そんなモモナリ少年の右手から、火の付いたタバコをひったくった。

 

「何って」と、モモナリは咳き込んで煙を吐き出しながら続ける。

 

「皆あまりにも美味しそうに吸ってるから」

「お前みたいなのがこんなもん使うんじゃねえよ、これはな、カッコいいふりしたい馬鹿が吸うもんだ」

 

 ひったくったそれを咥え、そのあまりの刺激のなさに顔をしかめながら、クロサワは周りを見回した。

 すでに誰もいない、我が物顔でソファーに座るモモナリ以外。

 その光景に顔面蒼白になっているのは、後からついてきたホッタの方だった。

 

「何が」

 

 彼はそう呟いて、周りを見回す。

 だれもいないのだ。女も、男も、ボディガードも。

 

「何が、起きた」

 

 目の前の光景を、いまだに信じられないでいた。

 

「おいおい、計画したのはお前だろうがよ」

 

 足元の酒浸しに刺激のないタバコを放りながら、彼はホッタと肩を組んだ。

 

「生まれはシンオウだろ? 悪いことは言わねえから引退してシンオウに帰れ。お前にゃツキが向いてない」

 

 彼がそれに何も答えないのを確認してから続ける。

 

「見りゃわかるだろう。お前の思惑通り、あのロートルがモモナリ襲って、返り討ちにあって、逃げたのさ、みいんな逃げたんだよ。誰もお前のために命を張っちゃいねえ」

 

 彼はモモナリの方に振り返り「『すなあらし』は使ったのか」と問うが、モモナリはその質問に鼻を鳴らして答える。

 

「まさか」

「だ、そうだ」

 

 ポンポンと肩を叩く。

 

「ちょうどいい理由になったろ、幸いお前さん小金を稼ぐセンスはある。シンオウで雑貨屋でもやれば金には困らねえよ」

 

 その先、彼がビジネスの提案を続けようとしたとき、ホッタは素早く胸ポケットに手を差し込んだ。

 だが、それが抜かれることはない。

 ニドキングの角が、彼の首筋に突き立てられていたからだ、ニドキングがもう一歩踏み込めば、それは血管を貫くだろう。

 

「あーあ、馬鹿なことはやめようや」

 

 そのニドキングは、二メートル弱の体格を持つ、種族的に考えればかなりの巨大さである。

 そして、じめんタイプを含む彼は、クロサワのエースでもあった。

 

「その手を抜いたら、本当にお前を殺さないといけなくなる。やだろ、そんなの」

 

 もう、打つ手がなかった。

 その手を抜かない代わりに、ホッタの瞳から大粒の涙がこぼれ始める。

 

「何が、何が違うってんだ。俺と、あんたと、何が違って、ボスはあんたを気に入ったんだ。何が違うんだ」

 

 それにクロサワが答えるよりも先に、モモナリが声を上げた。

 それはそれに対する答えではなかったが、限りなく近いものではあった。

 

「おっさん、どうしてポケモンを繰り出さなかったんだ」

 

 モモナリは、ホッタの腰元を指差す。

 そこには、たしかに一つ、モンスターボールがあった。

 彼は言葉を止めない、喋りすぎるくらいがちょうどいいと言われたからだ。

 

「よくわからないけど、おっさん今、俺達を攻撃したかったんだろ? じゃあどうしてポケットなんかに手を突っ込んだんだ? その胸ポケットにあるものは、ポケモンよりも信用できるものだったのか?」

 

 その言葉に、ホッタは唸り声を上げながら膝から崩れ落ちる。

 胸ポケットから手は抜けるが、それは何も掴んではいない、そして、それはボールにも伸びない。

 

「そういうことだ」と、クロサワは言った。そこには、僅かばかりの同情があった。

 

「考え方が、サカキさんとは合わなかったのさ」

 

 

 

 

 

 

 後の始末は簡単だった。

 警察が来て、喧嘩があったと説明して、そのまま解散

 勿論、未成年であるモモナリがその場にいたことを咎められもしたが、仕方がない、それを縛る法はない。ジュンサーがモモナリの肺の中まで調べればあるいは違ったかもしれないが。

 

「うまく立ち回ったな」

 

 流石に静寂も強くなり始めた繁華街、横を歩くモモナリにクロサワが言った。

 

「相手は手段を選ばなかったろ。怖くなかったか?」

「まさか」

 

 モモナリはいかにも呆れたといった風に答える。

 

「手段を選ばない時点でね、弱いんですよ」

「へえ」

「『負けそうになったら相手を殺せばいい』なんて考え方はねあまりにも弱い」

「面白いことを言う、チャンピオンロードを抜けて出した結論がそれか?」

「ええ、野生のポケモンはね、負けそうになったら逃げますもん。そりゃあ命を狙われることもあるが、大抵は最初だけ、相手がこっちの力量を見誤っているときだけ」

 

 つまり、と続ける。

 

「最初っから負けることを考えてるんですよ。そんな奴に負けるわけ無いでしょ」

 

 ほお、と、クロサワは感心した。奇しくも、それは彼がかつてサカキに言われたことと似通っているような気がした。

 

 しばらく、彼らは無言で歩いた。

 そして、意を決したように、クロサワは口を開く。

 

「なあ」

 

 それに目線を向けたモモナリの目を見ながら、問う。

 

「サカキさんはさ、なんで俺をロケット団に誘わなかったんだろうな」

 

 それは、考えても考えても出てこない問題だった。

 だが「簡単ですよ」と、モモナリは答える。

 

「そういうことをするには、クロサワさんは強すぎるし、優しすぎる」

 

 なんでも無いように紡がれたその言葉に、クロサワはタールで薄汚れた自らの肺が、すっと洗い流されるような気分を覚えた。

 

「そうだな」と、彼はモモナリの肩を抱いて引き寄せる。

 

「そうかもしれねえ」

 

 人々が眠り始めたタマムシシティに、ようやく目覚めた男が一人だけいた。

 




 これで、リーグトレーナークロサワのキャラ掘りはほぼ完結と言っていいと思います。
 彼の経歴自体は割りと初期あたりからあった設定ではありました、手持ちにニドキング(どく、じめん)があるのはこのバックボーン(じめん)とシオンタウンの生まれ(どく)という要素で構成されていたと思います
 そして今回はカッコいいモモナリ回でした。如何だったでしょうか。カッコいいモモナリの需要が高いことは理解しているんですが、どうしても世界観やキャラクター的には控えても行きたいところなので難しいですね

モモナリへの質問など大変有難うございます。
全てに答えていきたいところですが世界観的に答えにくい質問などもあり答えられないこともあります。大変申し訳ありません

感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。
ぜひとも評価の方よろしくおねがいします。
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