モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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17-『生命賛美』のオグラさん

 僕とオグラ君は僕の行きつけの店に向かった。その店は常識的な大きさなら一匹だけポケモンと一緒に食事をすることが出来る店で、僕はゴルダック、彼はキノガッサを従えて席に座った。

「しかし意外だね、君に登山の趣味があったなんて」

 オグラ君は僕に酒の種類を聞きながら、そこそこ強い酒を注文した。

「いえ、登山をするのは初めてだったんですよ。いやー登山グッズってのは結構値が張りますね~」

「初めて? そんなに日に焼けてるのに?」

「ああ、これは釣りとサーフィンのせいですよ」

 サーフィン。

 聞きましたか皆さん、サーフィンですよサーフィン。

「意外だね、君にサーフィンの趣味があったなんて」

「ええ、半年ほど前に始めたんですが、中々奥が深いんですよ。板の切れっ端に乗っかってるだけじゃないかと思ってたんですがね」

 彼はガツガツ肉を食う、かと思えばガツガツ野菜も食う。

「いやーしかし、随分と変わったね」

「ええ、自分でも少々驚いてます」

「アウトドア派の彼女でも出来たの?」

 彼は箸を止め、顔を赤らめた。

「いえ、そういうわけでは、まだ早いですよ」

 ああ、そういうとこは変わってないのか。

「じゃあ何があったの?」

 彼は運ばれてきた酒を傾け、しみじみと「やっぱり、シバさんとの対戦以来ですねえ」と言った。

 ほほうなるほど、と思った僕は、これはネタになるぞと思って、彼に酒を進めた、人間酔うと口が滑らかになるようにできているのである。

 

「モモナリさん、僕はねえ、勝てればいいと思っていたんですねえ」

 彼は意外と早く口を割った。思えば、喋りたくてたまらなかったんだろうと思う。

「僕はねえ、負けるのが嫌いでねえ。負けると、自分を否定されたような気持ちになって、もう何も手につかなくなるんですよ。次の対戦が怖くて怖くて、もう何もかも投げ出してしまおうかと思ってしまうんですねえ」

「僕はねえ、どうやったら勝てるのかを必死に考えたんですねえ。そして、僕はポケモンを数字として考えることにしたんですねえ、ゲームみたいに」

「僕はゲームが得意でねえ、こうやってリーグトレーナーにもなれましたし、でもなんだか頭打ちみたいになりまして」

 その件については僕もよく知っていた。オグラ君は若手らしく無く、伸びしろがないと思われていたのだ。

「そこであのシバさんとの対戦でしょう? そりゃあもう凹みましたよ」

「でもねえ、僕なりに、敗因を探っていくとねえ、わかっちゃったんですよ。これはゲームじゃないって」

 そう言って、彼は料理を口に運んだ、まるでそれが、これ以上ない楽しみのように彼は笑顔を作った。

「僕の敗因は、僕が人間だったからなんですよ。絶対に不利なのに、絶対に相性が悪いのに恐れず諦めず突っ込んでくるシバさんとそのポケモンに、僕は、僕は感動してしまったんですよ」

「感動しなきゃ僕が勝ってたかもしれませんがねえ、それは土台無理な話なんですよ。一時的に感情を無くすなんて、僕には無理なんですよ。だから僕はねえ、もう感情があるということをねえ、生きてるということを受け入れようと思ったんですねえ」

「モモナリさん、生きてるって素晴らしいですよ」

 この頃には僕も酒で感極まっていて「そうだよそうだよ、オグラ君は間違ってないよ」と言ってた気がする。

「僕が持ってるポケモン達ともねえ、これを期に向き合ってみようって思ったんですよ。皆生きてますから、数字じゃありませんでしたから」

 オグラ君はキノガッサの顔をなでる、キノガッサも心よさ気な鳴き声でそれに答えていた。

「結局のところ? 君は生き方そのものも変えたわけ?」

「さあ、どうなんでしょうかねえ。でも前に比べて、やりたいと思ったことは取り敢えずやってみることにしましたよ。そうして新しい発見があれば、素晴らしいじゃないですか」

 もう潰れる寸前だったオグラ君は、そう言って笑って、突っ伏した。

 僕の行きつけの飲み屋のいいところは、酔いつぶれた客を、店長のゴーリキーが優しく介抱してくれるところだ。

 しかし、彼のキノガッサがゴーリキーを制し、主人であるオグラ君を介抱するのを見て僕は思った。彼が出した結論は真理の一つであると。




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