モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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キャラクター紹介
・スグリ(原作キャラクター)
 碧の円盤~キビキビパニック終了後少ししたくらいの時間軸。友人との関係は修復し、復学も果たしたがたったそれだけで学園での元の生活を取り戻せるはずもなく、まだ若干浮いている。
 暴君として振る舞うことで保ってきた自己肯定感は失っており、若干ではあるが心のバランスを崩していると想像できる。

・ゼイユ(原作キャラクター)
 スグリにとって最も近い人物ではあるが、今章ではブライアと共にまた別の研究に行くために出張している

・モモナリ(オリジナルキャラクター)
 一応主人公、ネモの推薦によりブルーベリー学園特別講師として招かれる。かつてイッシュ地方で大暴れしていたためイッシュ出身者からの知名度はある方。
 関係者から偶然スグリの存在を聞いており、再び戦えるのを楽しみにしている。
 前年のリーグ戦でBリーグ降格している。ファンの間では『衰えた派』と『レーティング的にすぐに上がってくるだろ派』が血で血を洗うレスバトルを展開しているが、古参のファンはその争い自体が無駄だと理解している。


セキエイに続く日常 238-鬼 ①

 新たに、そして、再び友を得たその後、彼はゆっくり、だがしかし確実に、日常を取り戻しつつあった。

 だが、彼の通う学園の生徒達はまだそれを疑っている様子だ。以前のように廊下ですれ違えば「スグリ」と友好的に名前を呼ぶことは、まだない。

 仕方のないことだ、と彼は思う。一時期、彼はあまりにも、自らのペースを盲信していたのだから。むしろそれが苛烈な敵意となっていないことに感謝すべきことだとすら思っていた。

 

 薄っすらと『太陽の光のようなもの』がカーテン越しに部屋に差し込み始めた頃、彼はそれがけたたましくベル音を鳴り響かせるよりも先に、その古臭い目覚まし時計のスイッチを叩いた。

 枕元の照明リモコンに手を伸ばし、スイッチを入れる。電子音と共に優しくゆっくりと照明が光を強め、その部屋を乳白色に照らした。

 彼は部屋の壁に目を向ける。まず目に入るのは技のタイプ相性を記した表だ。その次に、よく目にするポケモン達の特徴を簡潔に表したプリントがいくつか貼ってあって。そして、いくつかの技の効果とその対処法が書かれたプリントに目を落とす。

 それは、取り戻した日常には必要のないルーチンのはずだった。少なくとも今、それらの反復の成果を発揮する機会は、無い。

 だが、彼はまだそれらを片付ける気にはなれないでいる。それはかつての自分への戒めだろうか、それとも、それを忘れないようにするためだろうか、自分にも、わからない。

 一つ、確かなことは、早く起きすぎてしまったがために、時間を持て余しているということだった。

 

「掃除でも、するべか」

 

 決心するようにそうつぶやいて、彼はベッドから腰をあげた。

 だが、ティーンエイジャーの一人暮らしだ、その部屋が多少広く作られたワンルームであったとしても、毎日毎日掃除をしているとあっては、そう簡単に時間は潰せないだろう。

 あるいは横暴な彼の姉がいれば「じゃ、あたしの分の洗濯物もやっといてよ」と時間を潰せたかもしれないが、残念ながら彼女は研究のため学外に出張していた。

 

 

 

 

 

 なんとか時間を潰したスグリは、テレビのリモコンを手に取った。

 映し出された画面には、もうすぐ放送が始まる旨のテロップが流れている。

 イッシュ地方、ブルーベリー学園。

 大部分が海中に沈んでいる人工島というとんでもない立地であるそこは、イッシュが誇る最新鋭の学術機関だ。当然それは八百年の歴史を誇るパルデアのアカデミーや彼の故郷であるキタカミ地方とは違い、近代的な運営方針となっている。

 インターネット放送を利用した全校朝礼もその一つだろう。創始者であり校長の「一箇所に集まるって非効率的じゃないかな」というスワンナの一声により取り入れられたそれは、今のところ生徒たちには好評だ。だがその分、聞きそびれることは自己責任になるという部分もはらんではいたが。

 

 画面が切り替わり、よく見知った顔が現れる。

 

『生徒の諸君、おはようねー』

 

 創始者であり、校長でもあるシアノは、カメラに向かって手を振った。スグリよりも早く起きたのだろうか、服はいつもどおりのスーツであるし、髪型はセットされていた。

 

『みんなは元気かな、僕はねー、色々楽しいこともあったんだけど、まあ僕のこと言っても仕方がないから、さっそく本題に入るねー』

 

 いつも通りだ、適当に振る舞ってはいるが、どうやら研究筋では一角の人物らしい、ということしかスグリは知らない。彼はあまり生徒と関わりを持つタイプでは無かった。

 

『今日からですね、新しい特別講師が来ますよ』

 

 それは特別珍しいことではなかった。ここ最近はある人脈を通じてパルデア地方の人材を特別講師として招いているらしい。

 

『今回の先生は、ネモさんからの推薦で来ていただきました。イッシュやカントー地方から来ている生徒さんは、もしかしたら知っているかもしれませんね』

 

 一瞬、スグリはその言葉に首をひねった。

 イッシュ、そしてカントーという地方が彼の中で繋がらなかった。普通カントー地方で有名ならば、その次に続くのはジョウトやホウエンだろう。

 

『それでは紹介しましょう。カントー・ジョウト、えーっと何位だっけ、忘れちゃった。とにかく、プロのリーグトレーナー、モモナリ=マナブくんです』

 

 画面の中に、その男が現れる。シアノと比べれば、これと言った特徴のない男だった。

 だが、その名前に、スグリは電気を通されたかのように背筋を跳ね上げた。

 よく、知った名前であった。

 

『どうも、カントー・ジョウトBクラスのモモナリです』

 

 彼の周りに、スマホロトムが浮遊していた。

 

『あれえ、Aリーガーじゃなかったっけ』

『つい最近落ちたんですよ、シバタくんにやられちゃって』

『あれそうだったの、あんなに強いのに。それは悪いこと聞いちゃったねえ』

『まあまあ、大したことじゃないんでね』

 

 カメラに目線を向けぬままシアノと言葉をかわすそれに、緊張感は見られない。

 シアノが再びカメラ目線になって続ける。

 

『とにかく、彼はプロのリーグトレーナーで、ええっと、ああそうだ、プロのエッセイストでもあるんだよー。みんなも特にバトルのこと、聞いてみてね』

 

 違う違う違う、と、スグリは小さく首を振ってシアノの言葉を否定する。

 かつて、彼はモモナリと出会ったことがある。

 だが、それ以上に、モモナリを語るのであれば『天気変更戦術』に対する言及を忘れてはいけないだろう。

 ダブルバトルが主流のブルーベリー学園において、天気を変更することは場を支配する重要なコマンドである。

 それを研究する中で、その男、モモナリ=マナブが使用した『アンチ雨戦術』は、かなりの傍流ではあるが目にすることができるものであった。本質の思想に無茶があり、自身が使おうとも思わなかったし、使われたこともなかったが。

 

『実は僕も少しバトルについて話をしてねー、いやー楽しかったなあ』

『あれは僕も楽しかったですよ、貴重な時間でした』

『ああ、そうだ。生徒達にも是非とも体験してほしいなー』

『それはいいですね、僕も興味があるんですよ』

『それなら、モモナリ先生の授業は『モモナリ先生を倒す』ことにしよう』

 

 シアノはぽんと手を叩いて続けた。

 

『特にイッシュから来てる子は、もうモモナリくんを倒したくてウズウズしてるんじゃないのかなー』

『あーなるほど、あの頃も楽しかったですねえ』

 

 スグリはそのあたりのことはよくわからないが、彼は研究と思い出の中からモモナリの異常性をある程度理解していたので、なんとなくだが、イッシュで何かをしたのだろうなと思った。

 

『良いですよ』と、モモナリはうなづく。

 

『妙な遠慮はいらない。いつでも、どこでも、かかってきてくれて結構。ご飯を食べてるときでもいいし、寝てるときでもいい。まあそうなると、寝ぼけた僕と戦うことになるけど』

『はっはっは、それはいいが、ここは海中ですからね。あまり狭い場所でバトルをされると困る』

『それなら、僕は基本的に広いところにいるようにしましょう。テラリウムドーム、でしたっけ。あそこなら野生のポケモンもいるしバトルしたっていいでしょう』

『そうだそうだね、どうせならレギュレーションはそっちに合わせてシングルにしよう』

『良いんですか。僕はダブルでも良いんですけど』

『まあまあ、どうせならシングルにしようよ』

『まあ、校長がそういうのなら。逆らう事はできないですし』

『楽しいねえ、そうだ、僕からも一つ提案だ』

 

 シアノは一歩カメラに近づいてから画面の向こうの生徒たちを指さして続ける。

 

『一番最初にモモナリくんに勝利した生徒には、私から百万ブルーベリーポイントを贈呈しよう。これでモモナリくんは賞金首ということだ』

 

 スグリはシアノの提案に驚きながらも、同時に呆れ返った。相変わらずめちゃくちゃなことをする。こういう事は一度や二度ではない、スグリはシアノのことを嫌いではなかったが、あまりにも見切り発車なところがあることは理解していた。

 それにしても百万ブルーベリーポイントとは高級だ。それを目当てに対戦を望む生徒もいるかも知れない。

 

『それでは、素晴らしい講義も決まったところで、最後に、モモナリ先生に挨拶をしてもらおうかな』

 

 そう言って画角の中心から一歩下がったシアノの立ち位置に、恐らく床に貼られているであろうガムテープを目印にモモナリが歩み寄った。

 そして彼は、懐からメモを取り出し、一切の遠慮を見せずにそれに目線を向ける。

 

『えー』と、一つ声を出してから、それを読み上げた。

 

『皆さん、はじめまして。カントー・ジョウトリーグBリーガーのモモナリ=マナブです。今日から数日、ブルベリ学園にお世話になります』

 

 それだけ言ってメモを握りつぶしてポケットに戻し、今度はカメラ目線になって微笑んで続ける。

 

『正直、ここに来てびっくりしました。僕は内陸のハナダという町出身で、十歳を越える頃まで海というものを見たことがありませんでした。ところが、この学園の君達は、海の中を学び舎としています。僕もこの年齢になって『経験』というものの重みを、よく理解できるようになりました』

 

 うんうん、と一人で頷き、続ける。

 

『一つ、頭の片隅においておいてほしいのは『君達は今貴重な経験の最中にある』ということです。多分ですが、君達は何にだってなれるでしょう。少なくとも僕が君達くらいの年齢であった頃に比べれば、君達はありとあらゆる可能性に満ち溢れているように思います』

 

 最後に、モモナリはぐっと目線を変えた。

 スグリは、まるで自分と目が合ったように感じ、そんな必要は無いはずなのに半歩引き下がる。

 だが、モモナリは言葉を止めなかった。

 

『だから必ずしも『君達はバトルを生業にする必要なんて無い』ということを、忘れないでください。この学園の方針は知っていますが、だからこそ、忘れないでください』

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けたあ!」

 

 ブルーベリー学園、ポケモンリーグ部。部室。

 ブルーベリー学園生徒にしてブルベリーグ四天王、アカマツは、リーグ部の部室に入り、一直線に席につくやいなや、そう叫んで机に突っ伏した。

 

「負けたって、あの特別講師にかい」

 

 同じくだらりと机に身を預けていたカキツバタは、突っ伏すアカマツに問うた。

 今、このブルーベリー学園で勝った負けたの話題となれば、大体がその特別講師、モモナリであった。

 

「そう」と、アカマツは身を起こすと、置いてあった菓子に手を伸ばす。

 

「途中まで良いところもあったと思うんだけど」

 

 剥いた包装を何故か持ち歩いているフライパンに放り込みながら、アカマツは首をひねった。

 

「ちょっとずつ、向こうのペースになっていったんだよなあ」

 

 そもそも、ダブルバトルのほうが得意な彼がそうできることは特筆すべきことであるのだが。

 菓子を口に放り込み、静かになった彼に変わって、そばに立っていた少女がそれについて口を開く。

 

「ネリネは、感心しません」

 

 小さく規則的に首を横に振ってから、その少女、ネリネは続ける。

 

「生徒に対して、射幸心を煽るやり方」

 

 それが、モモナリに賭けられた百万ブルーベリーポイントのことを指していることは、その場にいる誰もが理解していた。

 それはブルーベリー学園内でのみ使用できる独自の通貨だが、そのレートはそれぞれの出身地の通貨と比べてもほとんど遜色のないもの、彼ら学生からしてみれば、とてつもない金額のはずだ。

 

「わたしもネリネさんに賛成です」

 

 もう一人、机についていた少女、ブルベリーグ四天王のタロが声を上げる。

 

「そもそも『モモナリさんを倒す』が授業だなんて意味不明です。そもそもどうすれば出席したことになるのかわかりませんし。ああいうの、良くないと思います」

 

 両手でバッテンを作って力説するタロに、ネリネもうなづいた。

 

「はるばるカントーからきた先生に対し、失礼」

 

 それは一般的な感覚の理屈であるように思えたが、タロはそれに首を振った。

 

「いや、そういうことではないですけど」

「まあまあ、仕方ないんじゃないですかねえ」

 

 カキツバタが額を掻いて続ける。

 

「カントーリーグのモモナリといやあ、良くも悪くもイッシュじゃちょっと知れた名だしい。案外本人も悪い気はしてないかもよ」

 

 そこでようやく菓子を飲み込んだアカマツが「それに」と付け加える。

 

「プロと戦えるなんてめったにないことだしさ」

 

 意見が割れたが、彼らはそれを特に気にはしなかった。

 個性の強い集団だ、意見が割れたくらいでいちいち喧嘩していては持たない。

 だが、カキツバタはその場にいたもう一人に意見を問うた。ちょうど彼の意見で多数決が決まるからであろうか、否、彼がそこまで考えているとは考えにくいだろう。

 

「それで『元チャンピオン』はどう考えているわけなんですかねい」

 

 テーブルの端、タロに借りたノートを写していたスグリは、カキツバタのその問いにわずかに反応すると、不安げに顔を上げて呟く。

 

「そういう、人だべ」

 

「おっ」と、カキツバタはそれに意外そうな反応を見せた。

 

「珍しいじゃないの」

 

 元々のスグリの性格を考えると、その様に何かを断定するような発言は珍しかった。ここ最近はそうでもなかったが、休学後は段々と元のスグリに戻ってきつつある。

 

「やっぱりキタカミのほうじゃこっちより有名なのかねえ」

 

 彼らの故郷であるイッシュよりも、スグリの生まれであるキタカミのほうが、モモナリの活動地であるカントーに近い。

 だが、スグリはそれに首を振った。

 

「いや」

 

 彼はノートを閉じて、少し何かを思い出すようにゆっくりとした瞬きをしてから答える。

 

「あの人とは、一度、キタカミで会った事がある」

 

 その言葉に、リーグ部の面々は声を上げた。それは、モモナリが特別講師としてこの学園に招かれてから初めて知った情報であった。

 

「とりあえず」と、スグリが続ける。

 

「姉ちゃんが居なくて良かったべ」

 

 部室内に小さいが暖かい笑い声が響いた。確かに、あの男とゼイユの相性は悪そうだった。

 

 部室の誰かがスグリにそれ以上のことを聞こうとした時、不意に、部室の扉が開いた。

 最初、それを正面に捉えていなかったスグリたちはそれをさして気に留めなかった。リーグ部の部員は多い、誰かが入ってくることもあるだろう。

 だが、ひとりそれを正面に捉えていたカキツバタは、その姿を見て若干表情を固めた。

 

「やあどうも」

 

 その聞き覚えのある声に、スグリは一瞬、振り返ろうとした。

 しかし、それは出来ない。

 それに振り返るために必要なゼンマイが切れているからだ。

 

「人探しをしてるんだけど」と、その声は、ひとまず目に入ったカキツバタを捉えて続ける。

 

「スグリくんがここにいると聞いてきたんだ」

 

 カキツバタは、それに言葉を返さなかった。

 だが、それが不自然に思われることはなかっただろう。

 それが不自然に間になるより先に、スグリがようやく振り返って「モモナリさん」と声を上げたからだ。

 

「おお」と、モモナリはスグリを見て嬉しげに口角を上げる。

 

「久しぶり、久しぶりだなあ」

 

 彼はつかつかと無遠慮に歩み寄りながら続ける。

 

「背が伸びたし、少し逞しくなったね。後はそうだな、髪型も変えたのかな」

 

 そして、彼はようやくその周りを見る余裕ができた。

 

「ああ、アカマツくんじゃないか」

 

 微笑みと共に右手を差し出したモモナリは、戸惑いながらもそれを握るアカマツに続ける。

 

「さっきも言ったけど、いい試合だったよ。君には才能がある。シングルに慣れればもっと、もっと良くなるよ」

 

 その言葉にスグリが僅かに反応したことに、モモナリ以外すべての人間が気づいていた。

 

「ありがとうございます」と、やはり戸惑いながらそう答えたアカマツは、ちらりとスグリを見やる。

 

 スグリはモモナリの足元を眺めるように目を伏せ、その唇はわずかに震えているように見えた。

 

「それじゃあ、スグリくん」と、モモナリは彼の肩をぽんと叩いた。

 

「行こうか」

 

 それはあまりにも自然で、一欠片の疑問も持ち合わせては居ないような言葉だった。モモナリは微笑みを崩していなかったし、その声は、恐ろしいほどに穏やかだった。

 その場にいる人間すべてが、否、カキツバタ以外のすべての人間は、一瞬、それが当然であることのように思えた。モモナリとスグリが何らかの約束をしていた、そうとしか思えないような言葉だった。

 しかし、それを受け取るスグリの表情が、あるいは絶望を含めているように見えて、彼らはその見解をすぐさまに消し去る。

 

「ちょっと、ちょっと待ってください!」と、タロが机から立ち上がり、モモナリの手を掴んだ。

 

「なにか、スグリくんと約束を?」

 

 その問いに、モモナリは首を傾げながら答える。

 

「いいや、何にも」

「じゃあ、どうして」

「どうしてってそりゃあ」

 

 モモナリは部員達をぐるりと見やって続ける。

 

「戦うから、スグリくんと」

 

 それも、いかにも当然といった風に答えた。

 

「強くなったらしいじゃないか」と、あくまでモモナリは、嬉しげな微笑みを崩さない。

 

「聞いたよ、この学園で一番強かったって」

 

 まずい、と、部員達は思った。

 意識してか、あるいは無意識のものか、モモナリにどのような意図があるかはわからないが、この男は、スグリの心の傷を抉ろうとしている。

 真っ先にそれに反応したのは、カキツバタだった。

 

「悪いんですがねえ『先生』、今日は先約があるんで」

 

 それに、モモナリはゆっくりとカキツバタに視線を向ける。

 

「先約?」

「ええ、スグリには溜まった宿題を手伝ってもらおうと思って」

 

 なあ、と、カキツバタはスグリに目配せしたが、スグリはそれに反応を見せない。

 ふうん、と、モモナリはそれに鼻を鳴らした。

 

「感心しないな、宿題は自分でやらないと」

「お叱りはごもっとも、他の先生からもそう言われたんですが、もうそういう段階は過ぎてましてねえ」

 

 それはある意味では、フェイクではなかった。嘘ではないから、嘘とは言えない。

 モモナリも、彼の言葉からそのようなフェイクのなさを感じたのだろうか、それの真偽は問わない。

 だが、彼はそれよりも質悪く、苦笑いでカキツバタに言った。

 

「それって、今日じゃないと駄目かな」

 

 カキツバタがそれにすぐに答えぬことを確認して、彼はわずかに噛み締めて続けた。

 

「僕は、今日戦いたいんだけど」

 

 アカマツは、信じられないようなものを見る目でモモナリを眺めていた。

 自分と戦ったときのような、あの爽やかな表情、雰囲気とはまるで別であった。

 モモナリは、自分達を脅している。

 それは彼が一応『特別講師』であるという立場からか、それとも、単純に自分達より年齢が上である『大人』という立場からか、それともスポンサーから報酬を得る『プロ』としての立場からか。

 否、そうではない、彼は自らの『腕力』ただそれのみで自らの希望を叶えようとしているのだ。あくまで口調は穏やかで、砕けたように言ってはいるが、その言葉の裏にあるのは『腕力』だ。

 アカマツはタロやネリネに比べれば決して成績の良い方ではないかも知れないが、感覚的にそういう事がわかる。匂いでわかる。焦げ付いた油のような不快な匂いを感じることができる。

 

 なんとかしなければならない、と、アカマツを含む部員たちは思っていた。

 その男とスグリとの関係はまだわからない、だが、これは明らかに普通の、対等な関係ではないように思える。

 タロは、カキツバタに合わせるように何か理由を作ろうとした。

 だが、果たしてそれで、目の前の男が納得するだろうか。

 

「モモナリ、さん」

 

 口を開いたのは、スグリであった。

 彼はやはり目を伏せながら、続ける。

 

「ごめんなさい、おれ、モモナリさんと戦うの、無理だべ」

 

 そう呟いた後、部室の中を沈黙が支配する。

 モモナリは、彼の肩から、ゆっくりと、その手を離した。

 そして、その手をぐっと握りしめ、それでもなんとか笑顔を作ろうと試みながら、沈黙を破る。

 

「どうしてだい」

 

 スグリは、小さな声でそれに答えた。

 

「おれ、弱いから。きっと、勝てないべ」

「それは、関係ないだろう」

 

 スグリを正面に捉えるように移動し、続ける。

 

「少なくとも、あの日キタカミで戦った頃に比べれば、遥かに強くなったはずだ」

 

 それに、と続ける。

 

「これまで戦った学生達は、間違いなく君のことを強いと語っていたよ。ここにいるアカマツくんだって、そうだ」

 

 それは事実だろう。この学園でかつてのスグリを知るものであれば、それを否定することは出来ない。

 

「それでも」と、スグリは首をふる。

 

「おれは『元チャンピオン』だし、モモナリさんと戦うレベルには無いべ」

 

 そんなことはない、と、部員たちは一様に思っていた。

 あの頃のスグリを知っていれば、彼がプロと戦うにふさわしくないなどと言えるはずがない。

 だが、スグリの中では、それは通らない理屈であった。

 敗戦、そして、パルデアの大穴での醜態。

 キタカミでの騒動を解決し、表面上の傷は癒えているように見えるかも知れない、だが、薄皮一枚めくれば、そこにはまだ裂けた肉も、痛みもある。

 僅かではあるが、スグリは、モモナリというトレーナーを、男を、人間を知っている。

 なんでもないような顔をしてキタカミの冬山を闊歩し、自分より強い人間がいることを笑って歓迎し、凶暴なはずの池の主に怯むことなく、何より最強の姉に勝利した。たった数日の付き合いであるはずなのに、スグリはモモナリのそのような『生態』を知っている。

 まだ古傷に痛みを持つ自分が、到底立ち向かえる相手ではない。

 

「何をワケのわからないことを言っているんだい」

 

 モモナリは彼なりに言葉を荒げぬように細心の注意をはらいながら、続ける。

 

「今のチャンピオンが誰かは知らないが、君が弱いかどうかを他人が決める筋合いはないはずだ。それを決めるのは学生たちでも、君でもない。僕だよ」

 

 その言葉にすら傲慢を潜ませ、更に続ける。

 

「数年前、僕は君に才能を感じた。そりゃあもちろんあの時は僕が勝ったさ。でもそれはその時の話だろう。今どうなるかなんて、誰にもわからない」

 

 それは正論だろう。だが、正論というものは、必ずしもその状況における正解とは限らない。

 何より、彼の正論が必ずしも人に届くとも限らないのだ。

 

 スグリは、それに答えない。否、答える必要がなかった。それに答えないことこそが、彼の返答であるのだから。

 

「モモナリさん」と、アカマツが彼にしては珍しく恐る恐る声を上げた。

 

 はっ、と、モモナリはスグリから視線を切る。

 そして、わずかに沈黙を作ってから、悲しげに告げる。

 

「今日のところは失礼しよう。どうやら『宿題』があるらしいからね」

 

 彼は名残惜しげにスグリの背に視線を投げてから、部室を後にする。

 部員たちはそれにそれぞれの感情を持ちながらモモナリを眺めていたが、ただ一人ネリネは、彼女なりに睨みつけるような視線で、誰よりも長くモモナリの背を追っていた。

 

 

 

 

 

 

 ブルーベリー学園、テラリウムドーム、キャニオンエリア。

 お誂え向きに削られているようにも見える岩に腰掛けながら、モモナリは目の前の光景を眺めて、一つ、息を吐いた。

 

「自然、ねえ」

 

 岩山だ。

 誰もが、そう思うだろう。

 むき出しの岩盤に、生える場所を選ぶ草花。

 そこをポケモンたちが闊歩している姿は、地方出身者ならば馴染みがあるかも知れない。

 だが、モモナリはそれを受け入れることは出来ないでいた。

 単純な話だ、海の中に、こんな自然があるはずがないのだから。それを許容できるだけの柔軟性と若さは、『最後のチャンピオンロード世代』である彼は持ち合わせていないだろう。

 

「良く出来てる、とは思うけど」

 

 一つ大きく背伸びをしてから。彼は大きな欠伸をした。

 緊張感の欠片もなかった。

『野生』のポケモン達はたしかに強力かもしれないし、それなりに『野性味』を感じることのできる瞬間もある。その点においては、よくやっているとは思う。

 肝心なのは、トレーナーの方だ。

 

 最初の方は良かった。アカマツを筆頭にイキの良い学生達が何人か挑戦してきたし、それらと楽しく戦うことも出来た。

 だが、少し経てば、それらは無くなった。

 慣れぬシングルへの忌避か、あるいは、アカマツを含む優秀な学生達が敗北したことへの恐怖か、とにかく、バトルに力を入れているとは思えない。

 尤も、誰彼構わず戦いをふっかけることがバトルへの愛そのものではないことを、モモナリは理解だけはしているが。

 

「ダブルも、解禁するかな」

 

 手にしていた缶ジュースのプルタブをあえてゆっくりと開けながら、一つ、呟く。

 流石にアルコールは販売していなかった。

 吹き出ることのない炭酸は、少なくとも彼がそれを購入してから激しい運動はしていないことを証明していた。

 その時であった、彼に投げかけられる声。

 

「モモナリ、先生」

 

 躊躇うように付け足された「先生」の意味を考えることなく、モモナリはそれに視線を向ける。

 警戒の必要はなかった、少なくとも、彼の感性はそう思っていた。

 

「ああ、君か」

 

 のそりと立ち上がって「リーグ部に居たね」と続ける。

 直接言葉を介したわけでもないのに彼がそれを覚えているのは、彼女のインパクトのある見た目が要因だろうか。否、おそらくは違うだろう。

 戦えればいいなと、彼は彼女に対して思っていただろうから。

 

「ネリネです」と、彼女は一つ礼をして、もう一歩二歩、モモナリに歩み寄る。

 

「妙だね」

 

 モモナリは首をひねり、ほほ笑みを浮かべながら彼女に言う。

 

「バトルをしに来たのかな、と思ったけど、どうやらそうじゃないらしい」

「ネリネは、あなたとの、対話を、求めている」

 

 特徴的なイントネーションであったが、それは、特に気にするべきものではないだろう。

 

「対話ねえ」と、モモナリは腰掛けていた岩の上に缶ジュースを置いた。

 

「苦手だよ」

「申し訳ありません、ですが、これこそが、尤も良好」

「ああ、そう」

 

 頷くことでそれを受け入れたモモナリに、ネリネが、普段の彼女から考えれば珍しく、わかりやすく、きっぱりと本題から伝えた。

 

「ネリネは、先生に、スグリへの接触を、控えてほしい」

 

 少し意外だったのだろうか、モモナリはそれに「ん」と一つ、首をひねった。

 

「そりゃあ、どういうことだい」

「そのままの意味、スグリは、あなたとの接触を求めていない」

 

 彼は再び首をひねり、それに返す。

 

「それは、直接本人に聞いたわけ」

「そうではない、しかし、見ればわかる」

「見ればわかるって、それじゃ見たことしかわからないよ」

 

 その問答において、常識的に考えればネリネの言い分のほうが正しいと思われるだろう。

 スグリがモモナリに見せた態度は明らかに普通ではなかったからだ。

 だが、モモナリはその言葉に怯まない。

 故にネリネは、それに続く根拠を伝える。

 

「ゼイユとは、友達」

 

 この場に居ないその名前に、モモナリ「ははあ、なるほど」と苦笑いを更に苦くした。

 

「あなたのことを相談すると、怒っていた」

「いつも怒っているタイプだろう」

「いつもより、怒っていた。あなたに対する礼もあったけれど」

 

 ううんと鼻を鳴らした彼に、ネリネは更に「何をしたのです」と問うた。

 

「あなたは、スグリに、何をしたのですか」

 

「何もしちゃいないさ」と、モモナリは一切悪びれることなく手を振った。

 

「昔、キタカミで彼に会った。少しばかり彼の好きなものの話をして、別れ際に戦った。それだけだよ、揉めた記憶なんて無い。お姉さんの方とは結構揉めたけど」

 

 それにネリネが答えるより先に、モモナリが「それよりも」と、彼女を制して続ける。

 

「僕も聞きたいんだ」

 

 ネリネが質問した後だ、それを咎める権利は彼女にないだろう。

 彼女の沈黙を確認してから、モモナリが問うた。

 

「スグリくんに、何があったんだい」

 

 ネリネは、その問いにわずかに表情を固まらせる。

 

「まだ僕の中で整理ができていないんだ。彼はこの学園で一番強かった。それは間違いないはずなんだ。だったら、僕とのバトルを拒む理由が、僕にはわからない」

「スグリは、優しい人、むやみなバトル、好まない」

「そういう風には見えなかったけどね」

 

 彼はネリネから目線を切って、缶ジュースを手に取り一口含んでから続ける。

 

「僕はね、一応リーグトレーナーだから。『心が折れた人』はすぐに分かるんだよ。あれはね、心が折れてるよ」

 

 もう一度、ぐいと缶を傾ける。

 

「君もそれがわからないわけじゃないだろう」

 

 ぐっ、ネリネは押し黙る。

 図星であった。

 彼の心が折れていること、それは、この学園で彼に近ければ近いほど理解できる。

 だが、それがわかっているのならば。

 

「ならば、やはり、あなたは近づくべきでは無い」

「どうして」

「必要のない刺激、スグリが、かわいそう」

「かわいそう、だって」

 

 モモナリは、思わず半歩、ネリネに踏み込んだ。

 

「君は、彼があのままでいいと思っている、ということかい」

「違う、そんなことは、思っていない」

「だろう。そりゃ僕だってそうだよ」

 

 彼は空き缶を潰して続けた。

 

「確かにスグリくんは優しいトレーナーだろう、それはその通りだ。だが、僕が彼とあったあの日、彼は優しかったが、少なくとも心は折れていなかった。僕はね、彼と戦いたかった、この学園で一番強くなった彼と、本気でね」

「しかし、やりかたというものが、ある」

 

 ネリネは食い下がる。だが、モモナリは手を振ってそれを制した。

 

「やめたほうがいい、この話、話し合いじゃ決着はつかない。僕は本気のスグリくんと戦いたい。君は、僕とスグリくんを近づけたくない。そして、どっちも、譲る気はない」

「あなたは、おかしい、ネリネは、認めない」

「それで結構、よくあることさ」

 

 ネリネは感情の動きをコントロールできないでいた。

 スグリを救いたいと、誰よりも思っているはずだった。その感情が何なのかはわからない、だが、彼を救いたいと考えたときに覚える胸の苦しみは、感情の通ったものである筈だ。

 

 モモナリは、ぐっと何かをこらえているネリネを眺め一つ鼻を鳴らすと、潰した空き缶を足元に放り投げ、モンスターボールを手に取った。

 

「それなら、チャンスをあげよう」

 

 ネリネの視界にそれが間違いなく入るように揺らしながら、続ける。

 

「バトルだ。君が勝てば、君の願い通り、僕はスグリくんに近づくのをやめる」

 

 苦笑いして続ける。

 

「というより、君が勝てば僕にその権利は無くなるだろうね。君のほうが、強いんだから、それに従う。一言の文句もなく」

 

 ネリネにとって、それはあまりスマートな方法ではなかった。力で相手を押さえつけるそのままの方法だったから。

 だが、彼の言う通り、そうしなければ、それしかスグリを守る方法はないように思えた。

 

「ネリネが、負ければ」と、彼女は問うた。

 

 目の前の男がそれを求めてくることは容易に想像できた。

 

「何かが欲しいという訳じゃないんだけど」と、モモナリは肩をすくめた。

 

「それなら、この学園でスグリくんに何があったのか、それを知りたい。君にとっても都合がいいはずだ。少なくとも、僕が彼にそれを直接問うことは無くなる」

 

 応えるより、無さそうだった。

 

「ただ」と、モモナリは続ける。

 

「負ける気はない、いつだってね」




進捗は現在2万字程度。ブルベリ学園編は3~4万字くらいかなと思っていますので恐らく来週辺りにはまた投稿できると思います。

後書きによる作品語りは

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