モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。 作:rairaibou(風)
ブルーベリー学園、学生食堂。
昼食代わりに学園オリジナルのシェーキを食べようとそこに訪れたスグリは、それが乗せられた盆を手に、固まっていた。
昼時の最繁時、いつもは学生達がひしめき合うというのに、飲食スペースには、ポッカリと、空いたスペースがあった。
尤もそれは、客足が遠のいたからではない、栄養に偏りはあるが若者の胃袋を掴むメニューに変化があるわけではないからだ。
それに、その空いたスペースの周りには、所狭しと学生達がひしめき合っている。
その原因は、誰の目にも明らかだった。
そして、その原因は、手を上げてスグリに手を振っている。
スペースの中心に追いやられた男、特別講師のモモナリは、まるでそれを気にする様子なく、彼なりにスグリに敵意を向けられぬように微笑みを作りながら、今度は手の動きを手招きに変えている。
当然、スグリは最初それを避けようとした。
だが、優しい彼はそれが出来ずにいた。
彼はモモナリに対して苦手意識を持ってしまっているが、その実、彼に対して接触を露骨に避けるほどの憎しみはない事を自身で理解している。
そして何より、モモナリの周りをざっと見回したときに、自身の居場所もそこにはないと、直感的に思ってしまったからだ。
明らかに、この学園における自分の立ち位置は、周りの学生達よりも彼のほうに近しいと、思ってしまってる。
そのままシェーキを部屋に持って帰るわけにもいかず、そして、モモナリの好意を無下にできるほどの辛辣さもない。何より彼には恩がある。
「別にバトルをしようという訳じゃないんだ、したいけど。少しだけ、話をしたくてね」
彼にしては珍しく、そう宣言した。
スグリはそれに驚いたが、本当はそれは、もっともっと驚くべきことであった。
「話、だべか」
彼と向き合うように席に付きながら、スグリは小さく呟く。
「そうそう、まあ、食べながら聞いてよ」
見れば、モモナリの手元にはコーヒーカップがある。
「君のことをね、色々聞いたんだ。どうも、色々あったらしいじゃないか」
少し、それに言葉をつまらせて、スグリはそれを悟られぬようにシェーキを口に運んだ。
否定される、と、思っていた。
力に溺れ、周りより偉いと勘違いし、自らの理想を周りに押し付けた。暴君のように振る舞うことを許されていると考え、リーグ部の雰囲気を張り詰めたものにした。
それは当然、是正されるべきものであったのだろうと、スグリは思っている。彼自身、あるいはそう振る舞うことが、あの時強者であった自らの力を誇示する表現の一つだと思っていただろうから。
それを、いい大人、立場ある人間である彼が許すはずもないだろう。
「正直ね」と、モモナリはカップを傾け、ぬるくなったそれをすすって続ける。
「僕には、それの何が悪いのか、全くわからないんだ」
え、と、スグリは思わず声を上げた。手にしていたスプーンが止まる。
彼のその反応を予測していたのかどうかはわからないが「だってそうだろう」と、モモナリは手を振って続ける。
「君は強くなり、この学園のトップになった。そんな君が自由に振る舞うことに、なんの問題がある」
至極シンプルに、そう言い切った。
それは、彼を肯定する言葉であった。それも、これまで彼が受けたことのないほどの。
だが、スグリはそれに戸惑い以外の感情を覚えなかった。
自らですら、おかしいと思っていたのだ。
しかし、彼は沈黙をもって、モモナリの次の言葉を求めてしまった。
その言葉を否定する事は、自らの過去を否定することは、並大抵の人間ができることではない。
「人より強いんだ。人よりワガママに振る舞う権利がある」
「でも、俺は、負けたべ」
その言葉は否定することが出来た、過去では無い、今に続く現実であるからだ。
ブルベリーグチャンピオンとして君臨していたスグリに、待ったをかけたトレーナーがいた。彼はそのトレーナーとチャンピオンの座をかけて戦い、敗北した。
「だから、俺は、強くなんか」
例えばスグリの対面に座る男が、ただの雇われの、目の前の生徒よりも自らの研究を優先するタイプであったり、その人間の性格すらもその人間の実力だと考える自己責任論者であったりすれば、ここまで話をしないから、あるいはこの時点で話を切り上げたかも知れない。
ただこの男、モモナリは、厄介なことに目の前の人間の助けになりたいという願望を、そういう部分の社会性を、薄っすらと持って、あるいはそういうものに憧れている人間であった。
「君は勘違いしているね」
モモナリはスグリの今に続く現実を、当然知っている。その情報を、勝ち取っている。
「たとえ君がたった一人に負けたとしても、だからといって君が弱いということにはならないだろう」
一拍置いて、続ける。
「例えば僕はどうだ、『素晴らしいこと』に、カントー・ジョウトリーグには僕よりも強いトレーナーが十三人もいるらしい、十三人もだよ」
それを、嬉しげに息を荒げて、左手を開き、右手は薬指と小指を曲げて十三を形作りながら語るモモナリは、はたから見れば異常に見えるだろう。
だが、スグリは、彼が『自分より強い人間がいることが嫌ではない』事を、すでに思い出になっている記憶から拾い思い出した。
「それでも、僕が強いことに変わりはない。不機嫌に町を歩けば誰にも声をかけられず、少しでも僕のことを知っている人間は、僕に軽口を聞かない。残念なことに」
彼はぐるりと周りを見回し「こんな風にね」と、苦笑いしてみせた。
すでに彼がこの学園内においても『強者』であることは、未だに誰も彼から百万ポイントを奪っていないことからも明らかだろう。
「君も同じさ」と、モモナリはトントンと、テーブルを指で叩く。
「僕と同じテーブルにいる」
それに、スグリはどきりとした。
周りの、学生たちの喧騒の中に居場所がないと思ったのは、紛れもない真実であったからだ。
「相当な努力だったとは聞いてるよ、僕の友達にも、そういうタイプが居てね。だけど、努力が実るかどうか、それもまた才能なんだ。そして、それほどの努力をして手に入れた強さは、そう簡単には」
そこまで言って、彼は「いや」と、頭を振って、続ける。
「隠せない、強いことは。弱いことを誤魔化すことはできるかも知れないけれど、強いことを隠すのは、無理さ。才能を隠す事はできない」
トントン、と、更に叩く。
「こっち側さ、君は」
シェーキのアイス部分が、溶け始めている。
だが、スグリはグラスを伝うそれを掬う気にはなれなかった。
かわりに、彼は問う。
「モモナリ、さんは、俺のどこに、才能を感じたんだべ」
理解できぬところであった。
あの日、少なくとも自分は、モモナリの足元にも及んでは居なかった。
姉ならともかく、あの日の自分に価値があるとは、思えなかった。
だが、モモナリはケロリとした表情でそれに答える。
「『勘』だよ」
小さく笑って、それに付け加える。
「だけど、あえて言うのならば。あの日君は、自分の憧れに近づくために、たった一人、たった一人で雪山に乗り込んだ」
それが、何時の、そして、何に対してのことであるのか、スグリは理解できている。あの日の雪山だ。
「周りの大人達からは怒られただろうが、僕は君のそういう無鉄砲なところが一つの才能だと思った。どういう形であれ、君はあの時、得体の知れぬ物に立ち向かう勇気があった。ある意味では、君のお姉さんもそうだけど」
ふう、と、ため息を付く。
「ところが、今は君は勝っても負けてもどうなるわけでもないバトルを拒む、なぜだろうね」
彼が冷めきったカップを傾けようとしたその時「モモナリ先生」と、彼を呼ぶ声があった。モモナリは顔を上げ、それに視線を合わせる。
スグリにとって、それは知った声であった。彼はぐっと後ろに振り返る。
「こちらにいらしたんですね」
声の主、リーグ部四天王、タロは、微笑みをたたえたまま、臆することなくそのテーブルに歩み寄った。
「ああ、リーグ部の子だね」
彼は少し目を細めた。
タロはちらりとスグリを見やり、そして、彼のシェーキが溶けていることに気づくと、モモナリに向かって言う。
「少し、バトルに付き合っていただきたくて」
「ああ、構わないよ、嬉しいな、ちょっと挑戦者が途絶えててね」
すでにその場を離れつつあったタロの背中を追うように席を立ち上がった彼は「ああ、そういえば」と、スグリを見やる。
「『鬼様』とは、会えたのかな」
彼にとって、それは、何気ない質問だったのかも知れない、否、むしろ、それはスグリとの思い出を共有する微笑ましいものであったのかも知れない。
彼は、知らない。
「あ、いや」と、スグリはすぐにそれに答えることは出来なかった。
モモナリがそれに疑問を覚えるより先に「先生、こちらです」と、微笑みをたたえたタロの言葉が届いた。
☆
「ネリネさんから、話は聞いてます」
テラリウムドーム、コーストエリアはコーストスクエア。
長々とそこにモモナリを案内したタロに、黙ってそれについて来たモモナリ。あるいはタロを付け狙う不審者のようにも見えるかも知れない。
だがその実、ある意味では、似たりよったりなメンタリティなのかも知れない。
「随分と、強引なやり方をするんですね」
振り返りながら、モモナリにそう微笑んだタロに、彼も同じ様に微笑んで答える。
「強引なつもりはなかったよ、彼女が困っていたから、一番わかり易い解決策を提案した」
あくまで悪びれぬモモナリに、タロはため息をついた。
それは明らかに、話の通じぬ後輩に取るような、呆れの意味が強いものであった。
そして彼女は、ジェスチャーでそれを表す。
「そういうの、良くないと思います」
ふん、と、モモナリはそれに鼻を鳴らした。
「なら、どうすればよかったのかな。一緒にうんうん唸って、日が暮れるのを待つとかかい、どうせ僕らは交わらないのに」
タロは挑発のようにも聞こえるであろうその言葉に動揺を見せず、彼に問うた。
「モモナリ先生は、どうしてスグリくんをいじめるんですか」
その言葉に、モモナリは一瞬驚いたように背筋を伸ばした。
それは、彼がかけらも想定していなかった言葉であったからだ。
「いじめるだって、僕がかい」
「ええ、少なくとも、私にはそう見えます」
「どういうところがだい」
「どうって、スグリくんは明らかに先生を避けているのに、先生はスグリくんにつきまとうじゃないですか」
モモナリはそれに感情的な言葉を打ち出すことはなかったが、口元に手を当てながらしばしの沈黙を作った。
言葉を選んでいるようだった、なんとか誤解を生まぬように、自らの考えをまとめているように見える。
少なくともそれは、いじめを自覚しているようには見えなかった。
タロは、モモナリが見せたその姿に驚いていた。
核心をついたと彼女は思っていたのだ。勇気を持って、友人を蝕むものを弄ぶ元凶にその怒りをぶつけた、あるいはぶつけようとしているつもりだったのだ。少なくとも、彼がスグリに対する悪意を持っていることは間違いがないと、確実な前提としていたのだ。
尤も、いじめというものは加害者側に悪意がないこともあり得るだろうが。
「そんなつもりは、無かったんだけどなあ」
ようやく、モモナリはひねり出す。
「僕はただ、彼と戦いたかっただけで」
目の前にいる人間は、紛いなりにも特別講師のはずであろう。
タロは、呆れながらモモナリに言った。
「スグリくんは今、そういうことができる状況ではありません。彼から手を引いてください」
そう言えば止まるだろうと、彼女は思っていた。どういう立場であれ、相手は大人だ。
だが、モモナリはそれに首を振った。
「いや、それはできない。僕はね、彼の助けになりたいんだ」
それは、力強くはっきりと言った。
そして、タロがそれに反論するよりも先に、彼は続ける。
「実は、僕も一つ聞きたいんだ」
彼はタロの反応を待たずに続ける。
「君達リーグ部は、どうしてスグリくんを助けてあげないんだい」
「は」と、タロは思わず口に出してしまった。
その言葉の、意味がわからなかった。
例えばそれを、数か月前に言われたのであれば、悔しいが理解は出来た。
間違えた道に歩みつつあった友人を救えず、眺めているしか無かった自分達に投げかけられたのであれば、それは当然であろう。
だが、なぜ今、なぜ今それを言われる必要がある。
「どういう意味ですか」
そう問うたタロに、今度はモモナリが驚く番であった。
「どういう意味って、その通りの意味だよ」
少し身振り手振りを大きくしながら、彼は続ける。
「スグリくんは、この学園で一番強かったんだろう。それが、あそこまで心が折れて、僕と戦うことすら拒否してる。君達は、なぜそれを見ているだけなんだ。どうして、彼を元に戻してあげようとしないんだい」
タロは、彼の理屈を理解するのに時間を要した。
彼の言う、スグリの『元』とは一体何なのか。
そして、まさか、まさかとは思うが、問うた。
「それってつまり、チャンピオンだった頃のスグリくんに、戻したほうが良いということですか」
モモナリは、いかにもそれが当然といった風に頷いた。
「そうだよ」
「ありえない、ありえません」
タロは彼女にしては珍しく、可愛くなく、声を大きくした。
「あの頃のスグリくんに戻るなんて、絶対に、良くない」
「どうしてだい」
「どうしてって」
理由は、いくらでもあるように思える。そして、いくらでも告げることができる。
「あの頃、学園とリーグ部の雰囲気は最悪でした。何より、スグリくん本人もつらそうでした」
もっと、理由はあるだろう。
だが、今、タロが言葉で表現できるものでもっと大きな理由はその二つであった。
そして何より、その二つの理由だけでも十分すぎるだろうと、彼女は思っていた。
しかし、モモナリはそれには一旦うなづきながら、反論する。
「確かに、そういう面はあったのかも知れないね。強くなることで、そうなるトレーナーを何人かみたことがある」
だけど、と、彼は続けた。
「それは、彼が強くなることを否定するに十分な理由なのかい」
また、言葉の意味がわからず。タロは沈黙する。
これまで、一欠片も考えたことのないことであった。
「どういう理由であれ、彼は強くなるための努力をした。素晴らしいことだ、尊いことだ、とてもではないが、僕には出来ないし、この学園にいる誰もができることではないだろう」
彼は頭を振って続ける。
「だがどうだ、この学園の人々は、その誰もが、その尊い努力を褒めてはいないし、尊重もしていない。だれもが、本当に誰もが、それを悪い事のように言う。前の彼に戻ってほしいとね」
鼻を鳴らすようにため息をついた。
「ここは、バトル特化の学校だと聞いていたんだけどね。まるで僕には、この学園の生徒達が、彼に、スグリくんに弱くなってほしいと言っているように思えてならないんだ」
そこまで聞いて、タロは、ようやく目の前の男の立場、考え方のスタンスを理解するに至った。
基本的に、彼はスグリの『味方』であるのだ。故に彼はスグリをいじめている自覚など無いし、むしろ彼を助けようとしている。
だが、そのものの見方は、あまりにも歪なように思えた。
しかし、タロは、彼のそのスタンスを全否定することができないでいる。
スグリの強さが尊重されるべきだということを、考えたこともなかったからだ。優しい彼の変化に戸惑い、嬉しそうにバトルをすることをやめ、彼の目の下で濃くなっていくクマに心を痛めてばかりだった。それを彼の強さとポジティブに受け止めることは、恐らくスグリ自身もしていなかっただろう。
だからこそ、不意に現れた、スグリの、スグリ以上の理解者の言葉を受け入れられないでいる。
だが、本当は、それを否定しても良いのだ。友情の名のもとに、なりふり構わずそれを否定したって、それは悪いことではない。大っぴらにそれを言うと嘘っぽくなるだけで。
「『強くなること』を否定はできないだろう、何より、君が」
自らの家族を見据えた言葉だった。当然だ、モモナリはイッシュで活動していたこともある。
だが彼は、自らの父の名をだしたところで怯みはしないだろう。否、むしろ、それを理由に戦いを求める可能性すらあった。
タロは、手持ちを失った。
「どうする」と、モモナリはゆっくりとモンスターボールを手に取りながら問うた。
「お話が終わったのなら、そろそろ、バトルでも」
それは、自らに逆らうタロに対する報復を意味しているように聞こえるだろうか。
否、そうではない。
そもそも、コーヒーブレイクの途中に、彼にバトルに付き合うように誘ったのはタロの方だ。
モモナリは、ただただ真摯に、教員としてそれを受け入れ、自らの行為をいじめだと断定されても声を荒げることなくそれを冷静に受け止め、弁明し、その上で、ある一人の生徒について案じただけなのだ。
それを拒否する権利は限りなくないだろうことを、タロは理解していた。
そして、あるいは。
同じくボールを手に取りながら、タロが問う。
「もし、私が勝ったら、スグリくんを私達に任せてもらえますか」
モモナリはそれに頷いた。
「もちろん、君が勝てば、僕はそれに逆らえない」
続きは書け次第
後書きによる作品語りは
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