モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 238-鬼 ③

 カーテンを締め切っていた。それは当然人工の光を遮り、部屋を暗く保っている。

 故に、息を荒くしながら目を覚ましたスグリの姿を確認したものは、彼自身を含めても存在しなかった。

 粘ついたものが喉に張り付いていることに気づいたときには、すでに肺がそれを吐き出すように激しく動き始めており、呼気と吸気のバランスの崩れが、激しい咳となって暗闇に響いている。

 習慣通りの目覚めから無理矢理に二度寝をしたからだろうか、寝間着には不快な温もりが纏わりついており、それでいて背中にはじっとりとした汗が張り付いている。

 夢を見ていた。

 否、それは夢とは言えないだろう。夢を幻と定義するのであれば、それは紛れもない現実だったからだ。

 あの日だ。

 憧れが自らの手を拒否したあの日から、希望すらも自らの手からこぼれ落ちたあの日まで、それらの日々が、断片的に脳裏に浮かんでいった。

 布団をめくり、ベッドに腰掛ける。

 すでに咳は治まり、喉の痛みだけとなっている。

 だが、カーテンを開ける気にはならなかった。もう少し、考え事をしたかった。

 

「わからないべ」

 

 彼は枕元に置いていたモンスターボールを指先で叩いた。

 すると、ボールから聞き慣れた鳴き声と共に相棒が飛び出してくる。

 かつてオタチであった相棒は、とうの昔にオオタチになっていた。

 彼は暗い部屋に戸惑うことなく、スグリの膝に飛び乗る。

 相棒で間違いないはずだった。パーティから外したとしても、相棒のはずだった。

 彼の顎をくすぐりながら、スグリはそれを考える。

 悩みがあり、後悔があった。

 だが、もし、それが間違っていなかったのだとしたら。

 

「わからない」

 

 悪夢だと思っていた。今まで、その夢は悪夢だと思っていた。

 周りもそう言うだろう、自分自身ですら、そう思っている。

 だが、突然、それは悪夢ではないと語る男が現れた。そして、その男はかつて自分を救った男でもあった。

 その手を取れば、救われるのだろうか。

 

 彼は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 ブルーベリー学園、リーグ部。

 いつものメンツが集まっているが、どこか彼らの会話はぎこちなく、沈黙が多い。

 それは彼らが、その話題を避けているからだった。

 ところが、つい先程来たばかりのアカマツは、良くも悪くも、そんな事を理解はしていないようだった。

 

「結局、誰もモモナリさんには勝てなかったんだよなあ」

 

 ギシギシとパイプ椅子を傾けながら彼は呟く。

 彼にとってはそれはなんでもない話題であった。

 実際に、未だ誰もモモナリに勝利したという噂はない。

 何と言っても百万ブル-ベリーポイントである。誰かがそれを手にすれば凄まじい豪遊を見ることができるだろう。

 

「そりゃあ、相手は『プロ』だからねい」と、カキツバタはだらりと上体を机に預けながら言った。

 

「学生風情じゃあ、敵いっこない」

 

 それは当然の理屈ではあるのだが、それを受け入れられない部員も居た。

 

「ネリネは、情けない、自分が」

「私も、です」

 

 ネリネ、そしてタロは、絞り出すようにそう言って、屈辱を表現していた。

 アカマツはそれに首をひねった。

 彼は彼女らのその言葉からモモナリに敗北したことは理解できただろうが、それが何を意味し、何を賭けていたのかは当然知らない。

 

「ネリネ達は、なんのためにバトルをしているのでしょうか」

 

 何を言っているんだろうと、アカマツは反射的にそれに返そうとした。

 だが、彼はすぐさまにネリネのただならぬ雰囲気に気づき、それを飲み込んだ。

 

「そりゃあ、どういうことだい」と、カキツバタはそれを飲み込まずに問う。

 

 ネリネは、少し顔を伏せながら答えた。

 

「私達の目標は『強くあること』であったはず。ならば、スグリが強くなったことを、歓迎すべきだったのでは」

 

 それに、思わずアカマツが反応する。

 

「そんなわけ無いだろ、あれが良いはずはないじゃんか」

 

 それに、ネリネとタロはハッとした表情を見せる。

 

「そうだよね、ありがとう、アカマツくん」

「感謝、見失っていた、大切なこと」

「ふたりとも今日はちょっと変だよ」

 

 アカマツが、更に彼女らに声を続けようとしたとき、不意に床を椅子が擦る音。

 見れば、カキツバタがゆっくりと立ち上がっていた。

 

「ちょおっと、厠行ってくるねえ」

 

 

 

 

 

 

 ブルーベリー学園、テラリウムドーム、ポーラエリア。

 人工的に作られた吹雪は、人間の思うままに強くなり、地面に落ちて溶けるより先にそれに重なり初めている。

 だが、モモナリはいつも通りの、平凡な服装のまま、何かを考えるでもなくぼーっと過ごしていた。

 挑戦者は訪れない。そりゃそうだ、リーグ部四天王、ネリネとタロに勝利したとなれば、それに挑戦する非効率的な真似はしたくないだろう。

 

「学校、ねえ」

 

 食堂からくすねたカップを揺らし、カラカラと中身が転がる音と共に風に消える湯気を眺める。その中身を口にすると、口の中にはわずかに砂利の風味が残った。

 

「向いてないんだろうなあ」

 

 ふと、自分の考えを整理するためにそう呟いた。

 そして彼は、首をひねって目線を変える。

 僅かだが、新たに積もった雪を踏む音がしたからだ。尤も、それが例えば凶悪な、礼儀を知らぬタイプの猛獣であったのならば、モモナリのポケモンが繰り出されていただろうが。

 

「来たね」と、モモナリはそれに微笑んだ。だがそれは、あくまで慈愛に満ちたもの。

 

「モモナリさん」と、歩みを進めるスグリは、それでも、モモナリの足元に目線を向けながら言った。

 

「俺は、あなたに聞きたいことがあるべ」

 

 距離を取った。彼の手が届く範囲には近づきたくはなかった。

 

「ああ。構わないよ」と、モモナリはカップをひっくり返してその中身を地面に蒔く。

 

 それから現れた小石は、随分と熱せられていたはずなのに、雪をわずかに溶かしただけで、すぐに風に冷やされる。

 

「僕に答えられる事なら、何でも答えよう。バトルじゃないのは残念だけどね」

 

 その言葉に、スグリは一瞬たじろいだ。

 モモナリがバトルを求めていることは知っている。当然。

 だが、それに踏み込む勇気は無い。

 なぜならば。

 

「俺は『鬼さま』に会った」

「へえ、良かったじゃないか」

「だけど『鬼さま』を手に入れることはできなかった。俺は弱かったから」

 

 彼は、ぐっと食いしばる。

 

「だから、俺は強くなりたかった。めちゃくちゃ勉強して、めちゃくちゃ頑張って、相棒をパーティから外して、俺は強くなった。だけど、やっぱり、俺は弱かったべ」

 

 頭を振って、続ける。

 

「勝てなかった。絶対に勝たなきゃいけない相手に勝てなかった。結局、おれは、弱かった」

 

 一拍置いて、続ける。

 

「だけど、だけどあなたは、モモナリさんは、俺のこと強いって、才能あるって言ってくれる。おれには、おれにはわからない、自分が、もう、わからない。俺は、おれは一体、なんなんだべ」

 

 そう言ったきり、下を向いた。

 モモナリは、わずかに視線に怒りを込めて、彼のその様子を眺めている。

 だがそれは、スグリに向けての怒りでは、断じて無い。

 彼は徹底的に彼の『味方』として、それに答えた。

 

「この間も言ったけど、僕は君に才能があると思うし、努力で強さを得たことに関しては欠片も否定されるべきではないと思ってる。だが、それでも手に入れられないものなんていくらでもある」

 

 一歩、彼に歩み寄って続ける。

 

「僕はヴァイオリンを弾けないし、サーフボードにも乗れない、弟子を何人も取ることも出来ないし、会社を経営したり株を買ったりしてお金を儲けることも出来ない。化石はまあ、ちょっと掘れるけど」

 

 だけど、と続ける。

 

「僕達は強い。間違いなく」

 

 彼は苦笑いして、更に一歩、スグリに近づく。

 

「サンプルは少ないが、この学校のバトルのレベルそのものは、まあ、悪くはない。その中で、誰にも文句を言わせないチャンピオンであった当時の君は、間違いなく強かっただろうと思ってる。それは、今でも」

 

 もう一歩。

 

「『強かった頃の君』の唯一の不幸は、その強さを発揮したのが、この学園であったことだと思ってる」

 

 スグリは、その言葉にはっと表情を上げた。

 すでに、モモナリは彼の目前にまで迫っている。

 

「誰も、君を称賛していない。部の空気を悪くしたとか、不摂生だとか、そんなつまらないことで『強かった頃の君』を否定しようとする」

 

 彼が歩みを止めた。

 すでに、彼はスグリの真正面に立っている。

 

「僕と一緒に、カントーに来ないか」

 

 手を、差し伸ばされた。

 

「君はキタカミの出身だ、ある意味ではここよりもカントーやジョウトのほうが落ち着くはず」

 

 スグリは、その手を信じられないような表情で眺める。

 夢のような提案だった。

 もちろん、非現実的だという意味で。

 

「そんな、俺なんて」

「君がどう思おうが大丈夫、君は僕を信じれば良い。君を信じた、僕をね」

「卒業してからだって良いべ」

「残念だが、時間が惜しい」

 

 モモナリは首を振って、続ける。

 

「バトルで身を立てたいのならば、残念ながら君達は回り道をしている。僕が君の年齢の頃、僕はすでにバトルで飯を食っていた」

 

 あまりにも、急な提案であった。

 まだ、スグリはそれを現実として受け入れられていない。

 だが、彼には思うところがあった。

 

「モモナリさんは『あの頃の俺』を褒めてくれる」

「当然だ、君は努力して強くなった。僕のような人間ならともかく、君のようなトレーナーの強さは尊重されるべきだと僕は思う」

「でも、あの頃の俺は」

 

 スグリがその先を告げるより前に、モモナリがそれを遮る。

 

「気にしないで良い、何も言われないし、何も言わせない。君は『あの頃の君』でいい」

 

 モモナリは、徹底的に彼の味方であった。今のスグリを案じているし『あの頃のスグリ』を否定しない。

 だから、スグリは、どうしても言わなければならなかった。

 

「モモナリさん。俺は」

 

 吹雪に乾いた唇を舐め、彼は少しだけ顔を上げ、恐る恐るモモナリと目を合わせて続けた。

 

「おれは、『あの頃の俺』は、間違っていた、と、思うべ」

 

 しっかりと、そう言い切った。

 今度は、モモナリが面食らう番だ。

 

「どうして」と、モモナリは思わずスグリの瞳を覗き込みながら問うた。

 

「君は強くなった。強くなった君が思うままに振る舞うことになんの問題がある。周りがそれを嫌うなら、君に勝てばいいだけの話だった」

 

 彼は意識していないだろうが、その瞳孔は鋭く写っているだろう。

 思わず、スグリはそれから視線を外そうとした。無理もないことだ、モモナリのホームであるカントーのリーグトレーナーだって、その瞳孔からは目を逸らしたいだろう。

 だが、スグリは目を逸らさなかった。

 それから目を逸らし、逃げてしまえば、また元に戻ってしまうから。

 彼は小さく、しかし、しっかりと首を横に振って答えた。

 

「でも、あの時、おれは一人だった」

 

 それは、あの時、ぐちゃぐちゃに壊れた感情の中で唯一、ただ一つ、彼が確信を持って断言できる事であった。

 なぜならば、彼はそれをひしひしと感じながらも、それこそが、孤独であることこそが強さなのだと、自らの後ろに誰もいないことこそが強さなのだと、それを誇りに思うことで目を逸らし続けてきたからだ。

 故に、たった一つの敗北によって、たった一つ『最強』の称号を失ったことで、彼はそれを強烈に意識するに至った。

 

「『友達』が、いなかった」

 

 ようやく彼はモモナリから目を伏せた。

 彼はそれを恥だと思っていた。

 

「モモナリさんがおれを誘ってくれたことは、わやうれしいし、すごいことだと思う」

 

「だけど」と、続ける。

 

「おれ、またみんなと『ゼロ』から友達になれたところだから。行けない、カントーには、行けない、です」

 

 吹雪が、一段階強くなった。

 うつむくスグリを、モモナリはどのような目で眺めているだろうか。

 もし彼が支配的な男であるのならば、その視線に怒りを纏わせるべきだった。彼に差し伸べられたはずの手を、払いのけられたのだから。

 もし彼が優れた倫理観の持ち主であるのならば、その視線に慈愛を含ませるべきだった。どのような形であれ、目の前の悩める少年が、一つの道を見つけたのだから。

 だが恐らく、彼の目は、そのどちらでもないだろう。

 空に伸ばされた右手の小指が、ピクリと動いた。

 その時である。

 

「やあやあ先生。こんなところにいたんですねい」

 

 スグリにとって、それは聞き慣れた声であった。

 だがその声は、いつもに比べて、わずかによく通る気がする。空気を切り裂く吹雪に負けぬ声であった。

 

「カキツバタ」

 

 スグリはそれに振り返った。

 あいも変わらず飄々とした雰囲気をまとってはいるが、それでも、カキツバタは一度スグリに目配せすると、すぐにモモナリと目を合わせる。

 

「先生、実は『指導』をお願いしたくて」

 

 スグリは、それに戸惑った。

 カキツバタがわざわざ『指導』を求めることも、こんなところまで人を探しに来ることも、めったに、否、ほとんど考えられないことだった。

 

「君か」と、モモナリは差し出された右手を何事もなく下ろし、わずかに鼻を鳴らした後に、カキツバタに続ける。

 

「それは、今必要なことなのかな」

「ええまあ、おいらどうも壁にぶち当たってるみたいでねい」

 

 そのまま彼は歩みを進め、スグリの横に、否、モモナリと彼の間に割って入る。

 

「それに、百万ポイントがあれば、だいぶん生活が楽になりますし」

「『宿題』は、終わったのかな」

「そりゃまあ、うまいことやりますよ」

「そうかい」

 

 そう言ってモモナリが距離を取ろうと背を向けた時「ああ、いやいや」と、カキツバタが首を振った。

 

「実はまだ『宿題』は終わってなくて」

 

 モモナリはそれにわずかに振り返った、吹雪とあいまい、その表情は見えないが。

 

「このバトルに勝ったら、ちょっとばかしこの『元チャンピオン』を借りたくてねえ」

「そりゃあ、何時まで」

「そうですねえ、かなり溜まってるんで」

 

 彼はスグリをぐいと引き寄せて、続ける。

 

「あんたが、帰る頃まで」

 

 モモナリは、その言葉に鼻を鳴らした。

 それが、あまりにも露骨に挑発を含んでいることは、さすがの彼にも理解ができる。

 

「まあ、いいよ。何がかかっていようが、僕が手を抜くことはない」

 

 そのまま背を向け、無防備に、彼はカキツバタとの距離を取った。

 

「大丈夫さ、元チャンピオン」と、カキツバタはモモナリから目を離さぬままに言った。

 

「どうにか、なるからねい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、傍から見れば一進一退の攻防に見えたであろう。

 モモナリの猛攻に対し、カキツバタは上手くいなしていたように見えた。なぜならばモモナリは彼らを圧倒することはなく、あくまでジリジリとアドバンテージを稼いでいったように見えたからだ。

 

「終わりだね」と、モモナリはゴルダックをボールに戻した。

 

 吹雪は未だ吹きやまず。観戦していたスグリの故郷を思い出させる。

 違う、と、スグリは吹雪によるものではないものから寒さを感じながら、それを否定した。

 確かに、内容と結果を漠然と眺めていれば、それは一進一退の攻防に見えたかも知れない。

 だが、違う。知識を身に着けたスグリにはわかる。

 いなしていた。

 この試合、猛攻を仕掛けていたのはカキツバタの方であった。

 無理もない、パートナーのポテンシャルを考えるのならば、それを押し付けるのが単純だが確実な理だ。

 だがそれは、冷静な押し引きがあってのもの。

 モモナリはそれを利用した。あえてカキツバタの目的に手が届きそうな立ち回りをし、彼の猛攻を引き出し、それに対するカウンターを打った。

 一度アドバンテージが開けば、後はプロの手のひらの上だ。それを取り戻すための猛攻を、再びカウンターし、開いたアドバンテージを利用しもっと露骨な罠を張る。

 逃げ道を用意する、人間の心の弱みを的確に突くスタイルであった。

 

 恐ろしいのは、あの状況で冷酷にその戦術を選択したモモナリの戦略感だ。

 まだ若いスグリにはわからないだろう。一人の大人が、それもバトルで飯を食うプロが、たかが学生のあのような挑発をされた。並の精神を持っている大人であれば、プライドを傷つけられたことに、多少の怒りは覚えるはずだ。目にもの見せてやろうと、少しは思うはずだ。

 だが、モモナリはバトルの主導権をカキツバタに惜しげもなく放り投げた。

 そのほうがリスクなく勝てると、相手に主導権を渡し、群れの意思統一の分断をつけば勝てると瞬時に判断したのだ。

 

「『壁にぶち当たってる』と言ったね」

 

 やはり無防備にカキツバタと距離を詰めながら、モモナリは数度頷いた。

 それは、カキツバタの挑発に対する意趣返しではないだろう。

 彼はあくまでも、カキツバタの言葉を素直に受けとり、それに対する返答を行おうとしている。

 あれしきの挑発で怒り狂うような人生は送ってはいない。

 

「端的に言うと、君には足りないものがある」

 

 無言のまま手持ちをボールに戻したカキツバタは、それでもスグリの前に立っている。

 だが、モモナリは一切の遠慮無く彼の前に立つと、続ける。

 

「ドラゴンつかいの一族とはね、何度も何度も戦っている」

 

 それは、モモナリの立場を知るものであれば誰も否定することの出来ない事実だろう。

 そして、カキツバタの立場というものも、この学園にいれば誰だって知ることができるだろう。

 

「彼らの強さは単純なポケモンのポテンシャルだけではない『誇り』だ、誇りなんだよ」

 

 その言葉にカキツバタが僅かに表情を歪ませたことを、モモナリは表情から、そして、スグリはわずかに震えた背中から理解する。

 だが、モモナリはその『助言』を止めない。

 

「あるものは一族を代表しているという自負、あるものは持ち得た才覚への自信、またあるものは、パートナーとの絆」

 

 目を細めながら指折りそう語るモモナリの脳裏には、それを持つドラゴン使いのトレーナーたちが鮮明に浮かんでいる。

 

「『誇り』を持つことに疑問を覚えないことは、彼らの強さの一つだ、信じられるものを持っている群れは強い」

 

 吹雪はますます勢いを増し、彼らに襲いかかっていた。

 それは、人工的に作られたものにしては強すぎるような気もする。

 カキツバタが何も答え無いのを確認して「だが、君はどうだ」と、続ける。

 

「君のパートナーにはポテンシャルを感じる、そして、君も才能がないわけじゃないだろう。だが、どうだ、君の戦いからは『誇り』を感じない」

 

 カキツバタは、その言葉に顔を上げた。かつて、誰かにそのようなことを言われた記憶があったからだろうか。

 

「『精神論』ですねい。一度負けただけでそんなことまで言われる筋合いは」

 

 彼は、一瞬その先を言い淀んだ。

 それを見逃さず、モモナリは言葉を重ねる。

 

「わかるさ、戦いは人生だから。少なくとも僕はそこに確信を持ってる。僕がこれまで戦ってきたドラゴン使いと比べて、君は」

 

 彼はその先を続けようとしていた。

 当然だ、どういう形であれ『指導』を求めたのはカキツバタの方であるのだから、モモナリが指導をすることに問題がないどころか、生徒に対して真摯な対応をする教師であるとすら言える。

 何より、モモナリにはこれ以上にも語れることがあった。男、女。有名、無名。強豪、弱小。本流、傍流。人生の中で、ありとあらゆるドラゴン使いの対面に立ち、戦ってきた。カキツバタの現状を語るのに十分すぎるサンプルを持っている。

 だが、これ以上は、明らかに彼のためにはならない。ありえないほどの現実をぶつけるだけになるだろう。

『彼』は、それを許せなかった。

 何故だろうか。それはわからない。

 否、本当はわかっている。感覚でそれを理解してる。

 ただ、それを言語化することが、小っ恥ずかしいだけで。

 

『彼』は一歩踏み出した。

 そのまま声を上げることも出来ないカキツバタの前に立ち、モモナリを見上げる。

 モモナリは、スグリに言った。

 

「まだ『指導』の途中なんだけどな」

「これ以上は、止めるべ」

 

 右手を広げ、カキツバタとモモナリを遮り、スグリはモモナリと目を合わせた。

 だが、それはまだ『睨みつける』とまではいってない。

 まだ、モモナリに対する遠慮があった。『味方』に対する遠慮があった。

 しかし、その『味方』は、自らの対面に立つスグリに対し、苦いものを含んではいたが、確かに口角を釣り上げた。

 

「やめろと言ってもねえ、これは僕の仕事だからねえ」

 

 それは、彼にとってはこれ以上無いほどの理由であった。

 

「おい、やめろ。スグリ、こいつに構うなって」

 

 少し、震えているようにも聞こえるカキツバタの声を、彼らは意に介さなかった。

 そのどちらも言葉にこそしないが、いまここで、この状況で、この概念で、彼に発言権がないのは明らかだった。

 それを感じるまでもなく理解している男は、その次を続け、スグリに問う。

 

「どうすればいいと思う、どうすればいいと思うかな。僕にこの『指導』をやめさせるには、どうしたら良いと思う」

 

 その答えは明らかだ、たった一つしか無い。

 轟々と、信じられないほどに雪が舞う、彼らを包み込むように真っ白、真っ白く。

 スグリは、自らを見下ろす視線にたじろぎながら、もはやこれしか無いだろうと、その他選択肢を考えることなく、それに手を伸ばそうとした。

 

「おい」と、カキツバタがその手を掴んだ。

 

 スグリは、それを振り払えない。

 だが、それによって、間に合った。

 

「スグリ!」と、吹雪の向こうがわから、彼を呼ぶ少年の声。

 

 その声は、モモナリの視線をそちらに向けるのに十分な強さがあり。

 そして、自然であることを宿命付けられている自然にしては珍しく、不自然に、吹雪が弱まった。

 その向こう側から現れたのは、リーグ部の面々だ。

 

「何やってんだよ!」と、足早に彼らに近づくのはアカマツだ。

 

 そして、その後ろからネリネ、タロと続く。

 

 彼らは、カキツバタとスグリの前に立とうとした。

 だが、それを察知したモモナリが右手をボールにやり、言った。

 

「まあ、何度でも挑戦することだ」

 

 吹雪は弱まり、その戦闘態勢のモモナリの姿を子どもたちに見せつける。

 思わず足が止まった彼らに、モモナリは続けた。

 

「何度でも構わない、何度でも何度でも何度でもかかってきなさい。僕は構わない、全く以て構わない」

 

 彼らの足が止まった。それらはスグリと並んだが、その前に行くまでにはならない。

 一度の敗北が、彼らにのしかかっている。

 無論、彼らの実力、そして考え方であれば、普通であれば一度の敗北で腰が引けるということはないだろう。

 だが、相手は大人であった。カントー・ジョウトBリーガーにして、錚々たるメンツの並ぶシルフトーナメント優勝者。

 否、もし彼らがそれを知らなかったとしても、その足はすくんでいたかも知れない。

 彼らの足を止めたのは肩書ではない。そのバトルの中で、そして短くとも共に過ごした生活の中で理解できたその男の理解できぬ『本質』

 底が見えぬ訳では無い、むしろ底は浅い。

 だが、その浅さこそが恐ろしいのだ。

 尖り尖った底石が剥き出しになっているそこが、あまりにも露骨に見えてる。

 それに飛び込んでいく蛮勇を持つには、彼らはあまりにも若く、聡明であった。

 何より、そんなものに飛び込まずとも得るものを得てきた、そういう世代だ。

 あまりにも底の浅い、それでいて確かな実力を持つ大人が、恐ろしい。

 

「さあ、誰から来る、誰から来るのかな」

 

 モモナリは彼らにそう言いながら、ちらりとスグリを見やった。

 その視線に、スグリは背筋を震わせる。

 

 その視線には、まだ自分とのバトルに対する期待があった。

 

「やめるべ!」と、スグリはリーグ部の面々を守るように両手を広げた。

 

 やりかねない、と思った。

 この男なら、やりかねない。

 倒し、倒し、倒し、とことん倒し、それでも逆らうのならばそれでも倒し、倒し、倒し、徹底的に倒し、誰もいなくなった学園で、スグリへの期待を持ちかねない。

 それは決して、考えすぎではないはずだ。

 

 あの日を、スグリは思い出す。

 

 たった一人と一匹で、雪山に飛び込んだ日だ。

 今思えば、無茶苦茶なことをした。

 そりゃあ姉にも怒られるし、キタカミの大人たちにも怒られるはずだ。

『鬼に逢う』ただそれだけのことで。

 だが、あの日『もう一人いた』のだ。

『鬼に逢う』ために雪山に分け入った無茶苦茶なトレーナーが、もう一人いる。

 目の前の男だ。

 目の前の男は、無茶苦茶なことをやりかねない。

 そうであれば、そうであるのならば。

 

 戦うしか無い。

 

 先ほどとは違う、その選択肢しか思い浮かばないから、消極的にそれを選ぶわけではない。

 自らの意思で、目の前の男から友人達を守るために、その選択肢に自ら手を伸ばす。

 戦って、追いやる。鬼を。

 

「モモナリさん。俺と、戦え」

 

 その言葉に、リーグ部の面々はスグリを止めようとした。

 だが、それをカキツバタが制した。

 彼は、先程スグリが消極的に戦いに手を伸ばしそうになったことを知っている。その時の、彼の心の震えを知っている。

 だからこそ、今回のこれを止めることは出来なかった。

 

「へえ、ようやく」と、モモナリは右手をボールから離す。

 

「君が戦うというのならば、僕がそれを断る理由はない、さて今すぐかな、ここでかな、それとも、もう、始まっているのかな」

 

 挑発めいた物言いに、スグリが返した。

 

「ポケモンを回復させるべ、言い訳つかないように」

 

 カキツバタとの戦いで、それなりの数が戦闘不能になっていることをスグリは知っていた。そして、それが不服であった。

 

「そりゃあありがたい。恥ずかしい話だが、今の状況で君の相手をするのは、骨が折れるからね」

 

 いつの間に地面に放られていたカップを無防備に腰を曲げて手に取り、堂々と彼らの横を通り過ぎながら、モモナリはスグリに耳打ちした。

 

「良い『友達』だね、君を護ってる」

 

 それにスグリが何も返さないのを確認してから、もう数言、繋げる。

 

「僕が君の年齢の頃、僕にはこんな『友達』は居なかった」

 

 スグリは、思わずモモナリと目を合わせる。

 その声には、あまりにも感情がなく、そして、その目も、驚くほどに何も見ていなかった。

 それが、自身に対する煽りであるのか、それとも、羨望であるのか、全くわからなかった。

 ただただ、その場にある事実だけを発言しただけのように思えるほどに。

 

「どうせなら、もっと良いところで戦おう」と、モモナリは背筋を伸ばすように姿勢を正していった。

 

「『空の下』で待ってるよ」

 

 

 

 

「すまねえな、元チャンピオン」

 

 鬼が去ったポーラエリアにて、カキツバタはらしくなく頭を垂れてスグリに言った。

 何より無様であった。友人を助けるために戦い、手のひらの上であしらわれた。

 だが、集まったリーグ部の面々は、そして、スグリは、間違ってもそうは思ってはいないだろう。

 それだけのことができる相手であった、スグリに対する思いを一方的に蹂躙できる『強さ』を持った相手だった。

 

「いや」と、スグリはカキツバタを含むリーグ部を見回して頭を下げる。

 

「みんなは悪くないべ、おれが、弱いから、弱かったから、みんなに迷惑をかけた」

 

「でも、どうすんだよ」と、アカマツが不安げに問う。

 

「もし、負けちまったら」

 

 それは、別段心配することではないように思えた。モモナリの目的は『スグリと戦うこと』だ、勝とうが負けようが、失うものはない。

 だが、それ以上に、彼らのバトルに賭けられているなにかがあることを、彼らは感覚的に理解していた。

 

「そんなことは、負けてから考える」

 

 その不安がないわけではない。

 だが、その震えすら滾りにしなければならないと、スグリは理解していた。




続きは書け次第

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