モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。 作:rairaibou(風)
ブルーベリー学園、エントランスロビー。
そこには、人が集まりつつあった。
理由はわかりやすい、特別講師であるモモナリが対戦場に陣取っていたからだ。
それは、明らかに彼が対戦者を待っている様子であった。
すでに、モモナリのシングルの強さはほとんどすべての学生が理解しているところである。その相手が誰であろうが、勇気、あるいは無謀なことであると学生たちは思っていた。
空は一面の晴天だ。潮風がロビーに吹き込み。不快にはならない程度の海の香りが漂っている。
「お」と、モモナリは対面に現れた少年に嬉しげに声を上げる。
生徒達は、それに驚いた。
リーグ部の元チャンピオン、スグリは、その後ろにリーグ部の面々を引き連れてはいたが、誰とも横に並ぶことなく、一人でモモナリの対面に立った。
あの敗戦、そして、休校以来、彼のバトルを見たものは学園にはいない。
それは、当然のことだろうと生徒達は思っていた。
孤独と引き換えに手に入れた強さ、強さを武器に手にしていた傲慢。そのどちらもが、たった一度の敗戦によって無となった。彼が戦いを拒むのも、リーグ部を退部するのも当然だ。その精神的な痛みを想像することができる。
故に、彼がモモナリの前に立ったことは意外でもあったし、わずかばかりにそれを案ずる感情もあった。
だが、モモナリはいかにもそれが当然といった風に一歩、二歩とスグリに歩みよって、語りかける。
「やっぱり、本物の空がいいねえ」
まるで、世間話だ。
つい先程まで怒りの感情を向けられていたことなど、欠片も気に留めていない様子であった。
「所詮、人間の作った『自然』は、人間の想像の範疇を超えないんだ」
微笑むモモナリの声が聞こえているのか、スグリはポケットの中からベルトにある六つのものとは別のモンスターボールを取り出し、それを自らの傍に放り投げる。
それから現れたどうながポケモン、オオタチは、嬉しげな鳴き声を上げてスグリの足元に纏わりついたが、それと同時にモモナリを睨みつけるように見上げ、小さな唸り声と共に同じく小さな牙を見せつけた。
だが、モモナリはそれにかけらも怯む様子なく「ほう」と、声を上げる。
「久しぶりだね、相変わらず、良いパートナーだ」
彼は、それがかつてスグリを護ったオタチであるということを疑いもしていない様子だった。
そして同時に、彼がポケットの中のモンスターボールから繰り出されたということの意味。それも、否、それは厳しい勝負に身を置く彼だからこそ、すぐに理解できた。
だが、彼がそれを指摘するより先に、スグリが懺悔するように唇を噛みながら言った。
「モモナリさんと対戦するなら、こいつと戦わないといけない気がしたべ」
だけど、と続ける。
「出来なかった。どうしても、こいつと一緒に勝つイメージが出来なかった。おれは、弱い」
それは、目の前の相手がモモナリであるからこそ語れる弱音だ。
モモナリが幼少期からの付き合いであるゴルダックを未だに手持ちにしていることを彼は知っていたし、それは尊い事だと思っていたからだ。
そして、オオタチを手持ちから外したことは、スグリにとって、強くなるためにかなぐり捨てた『友情』の一つであった。
スグリは、腰をかがめてオオタチの頭を撫で数言指示した。
オオタチはそれに短く鳴いて答えると、ぴょんぴょんとはねて対戦場のラインを越え、ちょうどカキツバタの横に陣取って小さくはねてスグリを応援する。
「おれは、勝つべ」と、スグリはモモナリを見上げて言った。
「あいつのためにも、おれは、勝つ」
それは、捨てた『友情』に対する決心であった。
だが、モモナリはその決心に対して首を横に振る。
「僕も、君くらいのときには、同じように考えていた。出会ったポケモンと、仲の良いポケモンと、すべてを理解しているパートナーと共に戦うべきだと思っていた」
彼はボールを撫でながら続ける。
「だが、それは違う。君ほどのトレーナーが、努力、葛藤の後に、あの子を勝つためのパーティーから外した。それこそが『パートナーをより理解している』ということにも成り得る。この点に関して、君は間違えてない」
やはり、モモナリはどこまで行ってもスグリの『味方』なのだろうか。
否、彼は首を横に振っている。
「だが、君は一つ間違えている」
一歩、モモナリはスグリを見据えたままに右足を下げた。
「彼のために勝つ余裕なんて、君にはありはしないよ」
もう一歩、もう一歩。
「君のために、ただただ君のために戦いなさい。僕のために戦う僕と同じように」
そのまま、スグリの瞳をまっすぐに見据えて続けた。
「過去の君を認める俺と、過去の君を認めない君と」
ラインを踏み越える。それを確認せずとも、モモナリはスグリと目を合わせたまま叫んだ。
「決着を、つけよう!」
特別講師の モモナリ が 勝負を 仕掛けてきた!
お互いの一体目は、モモナリがアーボック、スグリがニョロトノ。
当然、ニョロトノの『あめふらし』によって、ロビーに『あめ』を振らせ、アーボックの『いかく』はニョロトノに踏み込みを躊躇させていた。
「『いかく』」と、戦局を理解するために呟くスグリは、状況を的確に処理している。
だが、やはり、この状況に不安もあった。
眺めているだけの学生たちは知らないだろうが、モモナリというトレーナーは、かつてカントー・ジョウトリーグを席巻した『天気変更戦術』に対して目の覚めるようなカウンターを用意した男だ。今でも『あめ』を研究すれば、参考書の隅っこに外れ値として注釈がつくほどに、彼は『空を支配した男』だ。
そんな男に『あめ』で挑む。無謀なようにも見えるが仕方がない。この『あめ』こそが、スグリ自身がトレーナーとしての生き様であるからだ。
マイナーなポケモンではあるが、アーボックの生態はおぼろげに覚えている。恐らくニョロトノよりも早く動けるだろう。
そして、そのような状態でありながらモモナリ側が動かないということは、こちらの行動に合わせるつもりだということだろう。主導権をこちらに投げている。
一瞬の切れ味よりも知識中心の立ち回りをするスグリには、時間はあればあるほど良い、モモナリがそれを理解しないわけがないだろう。
手痛いカウンターを用意されていると考えるのが自然。
状況を整理する。
まず、可能ならばニョロトノは引っ込めたい。モモナリは『すなあらし』を得意とする上に、始動役のカバルドン以外にも『すなあらし』を巻き起こせるメンツが揃う。
空を手に入れるためには、ニョロトノは必要だろう。
だがニョロトノは『クイックターン』や『とんぼかえり』のような交代技を使えるわけではない。交代するなら引っ込めるしか無い。
しかし、この交代は見え見えだ。
今自身が考えたこと、当然モモナリも勘づくだろう、ただでさえ、感性で戦ってきたトレーナーだ。
交代のスキに動いてくる可能性は十分すぎるほどにある。
逆に居座るならどのような選択肢がある。
シンプルな打ち合いならどうだろうか。
あちらの攻撃を受ける前提で『ハイドロポンプ』あるいは『だいちのちから』でダメージを与える。居座ることでダメージを受けるデメリットを越えるメリットがあるだろうか。
否、それは考えにくい。
最悪なのはゴルダックの『クイックターン』だ
もちろん、それそのものは大した威力にはならないだろう。だが、厄介なのは交代先だ。
モモナリの手持ちには『よびみず』をもつユレイドルがいる。もし『ハイドロポンプ』がユレイドルに吸収されることがあれば最悪。
かろうじて『だいちのちから』があり得るだろうか。
そこまで考えたところで、スグリが動いた。
彼はニョロトノに指示を出し、彼が動く。
そして、それに合わせてモモナリ陣営が動いたところで、具体的に動いた。
「もどれ」
彼はニョロトノをボールに戻し、次のポケモンを繰り出す。
モモナリが攻撃を選択していれば、そのポケモンに攻撃が行くが。
「『みがわり』」
そこまで単純ではない。
アーボックは自身の薄皮を脱皮し、それを壁にするような立ち位置を取る。
次の瞬間にスグリの場に現れたのはドラゴンポケモンのカイリュー。
タフなポケモンだ。『マルチスケイル』による打たれ強さを持ち『しんそく』を初めとする器用なコマンドがある。安定した交代先である。
だが、モモナリはその交代を読み『みがわり』による一度の行動保証を得た。
一筋縄ではいかない相手であった。
バトルは時間をかけていたが、お互いのポケモンの数が減りつつ、ようやく中盤戦と言った雰囲気だ。
モモナリは立ち回りで、スグリはポケモンのポテンシャルを押し付けながら安定した選択肢によってお互いを消耗させているが、現状ではスグリが若干有利といったところ。
対戦場は『あめ』、未だ『すなあらし』は吹き荒れていない。
だが、それもそれまでのようだ。
戦闘不能となったポケモンをボールに戻したモモナリは、相変わらず手元の見えない最小限の動きで次のポケモンを繰り出す。
現れたじゅうりょうポケモン、カバルドンは、背中の空気孔から『すなおこし』し、ロビーに『すなあらし』を巻き起こす。
わずかに、湿った泥が宙を待ったが、すぐさまに乾いた泥が吹き荒れる。
学生達はその『すなあらし』の濃さに驚いた。
とてもではないが、戦局の確認など出来ない。
スグリは、モモナリの『すなあらし』が自分達の視界を奪う目的であることを知っていた
だが、それを知っていたとしても、この濃さは想定外だ。
目はいいほうだ、幼少の頃から緑を見すぎている。
しかし、それでも、本当に、本当に自分達とわずかその先しか見えない。
まず自身を支配したのは不安だった。
だが、それを押し殺して指示する。
「『冷凍ビーム』!」
だが、それより先に向こうが動いている。
何故か、向こう側の影が消えた。
それが交代であることに気づいたスグリとポリゴンZは、次に現れるポケモンに標準を合わせる。そのくらいの意思統一は出来ている。
現れた影に『冷凍ビーム』が炸裂した。
しかし、詳しくは見えないがその影が大きくぐらつく様子はない。
やられた、と、スグリは舌打ちした。
恐らく繰り出されたのはいわタイプ、ユレイドルかアーマルドだろう。
『すなあらし』によって特殊な攻撃の威力を弱めたか。
だが、それより先を考えることは出来なかった。
その影が、再び消えたからである。
しかも、ただ消えただけではない。
あまりにも濃い『すなあらし』その向こう側に、スグリは確かに、恐ろしいほどに見覚えのある煌めきを見たからだ。
テラスタルであった。
なんとモモナリは『すなあらし』によってどの手持ちがテラスタルしたのかスグリに理解させない戦略を取ったのである。
まずい、と、スグリはすぐさまにポリゴンZを手持ちに戻した。
すぐに、それを確認しなければならない。それを知らないままに手持ちを失うのは、あまりにも失うアドバンテージが大きい。
新たに繰り出されたニョロトノが『あめふらし』によって『すなあらし』を晴らす。
泥を含んだ『あめ』がお互いとポケモンを泥に濡らした。
向こう側に見えたのは、頭に燭台のようなテラスタルジュエルを乗せたゴルダックであった。
「え」と、それにたじろいだスグリに、ゴルダックが襲いかかる。
考えろ。
される攻撃は何だ。
みずタイプはない。
一撃でやられるのか。
『めざめるパワー』?
否、返しの攻撃で倒せる、炎テラスタル。
天候は『あめ』だからみずタイプの攻撃で。
あ、いや『ノーてんき』。
それでも、行けるか。
「『なみのり』」
「『くさむすび』」
一歩動こうとしたニョロトノが地面から生えていた草に足を取られてバランスを崩す。
無視できないダメージであった。
そして、スグリの指示が一瞬遅れた故、ニョロトノは『なみのり』を敢行できない。
スグリ達がそれに気づくよりも先に、追撃が来る。
「『クイックターン』」
水流での推進力を勢いにゴルダックがニョロトノに激突し、美しいフォームでモモナリの手持ちに戻る。
威力は小さいが、それは『くさむすび』で体力を大きく削られていたニョロトノを戦闘不能にするのに十分だった。
スグリはその一連の流れに胸が締め付けられるような衝撃を覚えながら、ニョロトノをボールに戻して次を繰り出す。
モモナリもそれを確認してから新たにカバルドンを繰り出した。
再びロビーを『すなあらし』が支配する。
「『ステルスロック』」
これまでのゆっくりとした展開に相反して、今度はスピーディな展開を仕掛けている。
今の一連の流れと同じである。
モモナリは、瞬時には処理できない情報量を一気にスグリに流し込むことで、戦局を優位に進めようとしている。
そしてそれは、座学では身につきにくい能力。座学とは真反対に存在する能力、才能を求められる。
モモナリが、腕力で勝利をつかもうとしていた。
学生達は『すなあらし』で向こう側の見えないそのバトルに釘付けになっていた。
すでに試合は終盤だろう。
『すなあらし』の向こう側から現れたゴルダックの『アクアジェット』によって、ガオガエンは倒れた。
それを手持ちに戻しながら、スグリの冷や汗が泥となる。
『すなあらし』以降モモナリの速攻は更に苛烈なものとなり、ついに、数的な有利を奪われた。
すでにスグリはモモナリの意図を理解している。そして、それが自身のウィークポイントを的確に突いていることも理解している。
自分を信じなければならない。
自分を信じなければ、このスピードにはついていけないだろう。
わかってる、それはわかってる。ずっとずっと、わかってる。
だが、自分の何を信じれば良いのか、わからなかった。ずっとずっとわからなかった。
だからこそ『強さ』にすがった。それを信じた。
それを失った今、何を信じれば良いのか。
「頼む」と、スグリは最後の一匹をフィールドに繰り出す。
現れたりんごオロチポケモン、カミツオロチは。堂々と対戦場に登場した。
スグリのエースだ。キタカミにいた頃からの。
体に食い込む『ステルスロック』はもう気にしない。
ごうごううるさい『すなあらし』の外から、わずかにだが、オオタチの鳴き声が聞こえた気がした。
だが、それを感慨深く思う時間を、モモナリは作ってくれないだろう。
スグリはテラスタルオーブを構え、カミツオロチを戻す。
そりゃあもちろん、不安だ。
だが、もう、信じるしか無い。
テラスタルしたカミツオロチを再び対戦場に繰り出しながら、すぐさまに指示を出す。
しかし、そのときにはすでに、ゴルダックが目の前にあらわれていた。
「『サイコキネシス』」
あてがわれた右手から、念動力で攻撃される。
かくとうテラスタルで格闘タイプになっているカミツオロチにとって、それは効果が抜群の攻撃だ。
驚くべきことは、この期に及んで的確な攻撃を選択したモモナリの感性だ。
如何にしてそれを理解したのか、ドラゴンとくさタイプのカミツオロチの弱点を補完することを予測していたのか。
だが、そんな事を考えている暇はない。そういうものだ、と思うしかない。そういう人間だって、たまにはいる。
今考えるべきは、倒すべき相手が『すなあらし』から飛び出しているということ一点のみ。
「『きまぐレーザー』!」
それは、カミツオロチの口からほとんどゼロ距離でゴルダックに打ち込まれた。
彼はそれをモロに喰らい、吹き飛び『すなあらし』の中に消える。
ガオガエンにもらったダメージもある。戦闘不能は明らかだ。
だが、一息つく暇などはない。
戦闘不能になったポケモンを素早く手持ちに戻し、次のポケモンを間髪入れずに繰り出す技術など、少なくともブルーベリー学園では習わない。
だが、相手はそれを持っている
まとわりつく『すなあらし』を切り裂きながら、モモナリのラスト、ガブリアスが右に左にとフェイントを入れながら現れる。
だが、もとよりスグリとカミツオロチは迎撃の構え。速さはない、だが、忍耐力はある、それを信じる。
「『げきりん』!」
向こう側から聞こえたその指示は、誰もが予測できるものであった。
振り下ろされた爪が、カミツオロチの首を捕らえた。
ゴルダックの『サイコキネシス』、そしてガブリアスの『げきりん』。
戦闘不能になるには十分な攻撃だっただろう。
だが、バトル中に負けたあとのことを考えて何になる。
信じるしか無い。
ポケモンを信じるしか無い、自分を信じるしか無い。これまでの人生を、自分達の歩みを、信じて、信じて、信じ抜くしか無い。
カミツオロチの首が、わずかに動いた。
「『きまぐレーザー』!!!」
その指示に、カミツオロチの巣壺の中から新たに六体のドラゴンが現れ、心を合わせ、『すなあらし』に逃げ込まんとするガブリアスに標準を合わせる。
カミツオロチは、本気を出した。
先ほどとは桁違いの光線が、ガブリアスに突き刺さり、彼女を『すなあらし』の向こう側に消し飛ばす。
悲鳴が、ロビーに響き渡る。
それは、勝負が決したと判断するのに十分だった。
「はあ、はあ」と、スグリは鼓動が早くなるのを感じている。
一つ、息をつく。
「『げきりん』」
だが、ポケモンを信じぬいているのは彼らだけではない。
いつの間にか、カミツオロチの側面に回り込んでいたガブリアスが、擦られ傷だらけの体を晒しながら、怒りの勢いそのままに襲いかかる。
持ち前のタフネスで、彼女はあの攻撃を耐え抜いた。そして驚くことに『げきりん』の状況下でありながら、スグリらの油断を誘うため音もなく移動し、その機を待った。
そして、同じくガブリアスが戦闘不能になっているとは微塵も考えていなかったモモナリは、恐らくスグリが一息をつくであろうタイミングを、彼が最も油断するであろうチャンスを待った。
結果として、それは成功した。
死角から振り下ろされるガブリアスの爪に、スグリは何を思っただろうか。
もし彼が、連戦連勝、負けることなど考えられない超エリートのトレーナーだったであればどうだろう。
恐らく、それを食らうだろう。苦しみ苦しみ、ようやく通した攻撃に、疑問を持つことはないだろう。
だが、スグリは超エリートのトレーナーだろうか。
否、そうではない。
彼は敗北し、打ちひしがれ、友情を袖にし、また敗北し、すべてを失った。そんなトレーナーである
バトルが思い通りにはいかないことを、文字通りその身を以て知っているトレーナーである。
「『ふいうち』!!!」
それは、彼が超エリートでは無かったからこそ反応できた攻撃であった。
カミツオロチ等の頭突き攻撃がガブリアスの推進力を止めたのは、彼女の爪が首に突き刺さる寸前であった。
彼女の足から力が抜け、カミツオロチに凭れるように倒れかかる。
彼らは、彼女らをゆっくりと地面におろした。そうするに値する相手だと、彼らは思っていた。
『すなあらし』が晴れた。
学生たちが見たのは、対戦場に立つカミツオロチとその傍に倒れるガブリアス。
そして、モモナリが彼女をボールに戻し、自らラインを割った事で、その勝敗が、明らかとなった。
ロビーは爆発した。
学生たちの歓声、拍手、指笛。
その理由はなんだろう。
プロのトレーナーに勝ったからだろうか、百万ポイントを手にしたからだろうか、鬼を、退治したからだろうか。あるいは、スグリという一人のトレーナーが再び立ち上がったからだろうか。
それはわからないが、確実なのは彼らはスグリの勝利を歓迎していた。
未だ呆然とするスグリの背中に、聞き慣れた鳴き声と共に重みが加わる
気づけば、肩に乗ったオオタチが、久しぶりに聞くような高い声でキュイキュイと彼の髪の毛をいじくっていた。
「やったなスグリ! お前すげーよ、感動した! ほとんど見えなかったけど、感動した!」
次にスグリの肩を抱いたのはアカマツであった。彼は全力で彼に駆け寄ることに欠片も躊躇しなかったからだ。
それに続いて、リーグ部の面々もスグリを取り囲む。
「スグリ、良かった、ネリネは安心した」
「スグリくん凄いです! 勝っちゃうなんて」
「こりゃあ、おいらの立場の危ぶまれるってもんだねえ」
だが、すぐさまに彼らは一点を見つめてその喜びを止める。
モモナリだ。
敗北したモモナリが、スグリの前に立っていた。
「モモナリ、さん」
スグリは、一歩前に踏み出して彼と視線を合わせる。
不思議と、それに恐怖は無かった。
それは、まだ傍にカミツオロチがいるからだろうか、モモナリがすでに手持ちを失っているからだろうか、スグリが、自信を得ているからだろうか。
否、そうではない。
すでにモモナリは、それまでの雰囲気を変えていた。憑き物が落ちたとはこういうものを言うのだろうか。
モモナリは、スグリの前に右手を差し出した。
スグリは「ありがとうございました」と、疑問を持たずそれを握る。
「君は証明した」と、モモナリは彼に笑顔を見せる。
「優れた才能があり、勇気があり、素晴らしい友人を持ち、僕に勝てるほどバトルが強い。それは一片の疑いもないし、今の君が間違ってない事を証明している」
だけど、と続ける。
「今の君があるのは『あの頃の君』があったからだ。『あの頃の君』がいたからこそ、今日、君は僕に勝った」
それを、スグリは否定できなかった。
戦った自分だからこそわかる。あの時、自分達を突き進めたものには『あの頃の自分』が培ったものもあった。
「周りが認めなくてもいい。あの時の君が身に着けたものは、誰のものでもない、君だけのものなんだ。それだけは、覚えておいてほしい」
それだけ言って、彼はスグリから手を離し、彼らに背を向ける。
「じゃあ、また」
再び盛り上がり始めたスグリとその友人達にモモナリが再び目を向けることはなかった。
☆
「モモナリくん」
併設されているポケモン回復設備で一人作業を行っていたモモナリの背後から、彼に声を掛ける者があった。
「ああ、シアノさんですか」
その男、ブルーベリ学園校長のシアノは、相変わらず笑顔を浮かべながらモモナリに語りかける。
「見事な試合だったねー。僕も久しぶりに興奮したよ」
モモナリは回復したポケモンたちをベルトにセットしてそれに答えた。
「そうは言っても、あれじゃ殆ど見えなかったでしょ」
事実、あの試合は濃い『すなあらし』がロビーに吹き荒れていた時間が多く、リーグの放映をするような設備がなければ詳細はわからないだろう。
「いいやあ、ロビーには最新鋭の撮影機材があるからねえ。僕はしっかりと見てたよー」
「ああ、そうなんですか」
「いずれ編集して授業に使おうと思ってるんだけどいいよねー」
「まあ、スグリくんが良いなら」
「ありがとねー」
モモナリは手慣れた動きでボールの位置を入れ替え、しばらく沈黙してからシアノに問う。
「先生、この学園は何を『目標』にしてるんですかねえ」
彼にしては珍しく、経営の本質をつくような質問だった。
当然、その質問だけでは彼の意図は読めない。
真摯に答えるため、シアノは意図を問う。
「それは、どういう意味かなー」
「この学校は『バトル』に力を入れてると聞いてたんですけど、どうも、あまりそんな雰囲気を感じなかった」
一瞬そこで口ごもり、続ける。
「本当にバトルで食っていくなら、そもそも学校にいる時間が、無駄ですし」
それは、ある意味シアノの思想すべてを否定するような言葉であったが、彼はそれに憤ることなく答える。
「モモナリくんの言いたいことはわかるよー、だけどね、バトルが好きな人全員がリーグに入れるわけじゃないでしょ」
「そりゃまあ、そうですけど」
「だからねー、僕はバトルを通じて色んなことに興味を持ってほしいんだよねえ。だってバトルが好きってことはポケモンが好きってことだから。それがこうじてポケモンの研究に興味を持ってもいいし、野生とのバトルが好きならゼイユくんのように研究者の補佐をしても良い。仮にそうならなかったとしても、友達との交流で社会性を磨いたって良いしね」
「ああ、なるほど」
モモナリは唸った。
彼は『バトルに力を入れてる』という話を聞いてから、てっきりここの学生たちすべてが、あるいは『強さで飯を食う』事を目標にしていると思ったからだ。
しかし、シアノの言葉を受け入れるのならば。
「良い、学校ですね。『友達』も出来ますし」
「そうだろうそうだろう」
うなづくシアノを眺めながら、モモナリがポツリと呟く。
「僕の席は、無さそうですけど」
シアノは、少し目を伏せたモモナリに、少し考えてから言う。
「モモナリくん、君とスグリくんのバトルを見てちょっと興奮しちゃったからさあ、もう一度、僕と戦ってくれないかなあ」
それに、モモナリはぱっと顔を上げて、表情を明るくした。
以上で「セキエイに続く日常 238-鬼」は終了です。ありがとうございました。
碧の円盤~キビキビパニックをプレイして、その後二次創作を少し回った後に思ったことは、スグリの努力があまりにも尊重されていないということでした。
確かに作中においてスグリの傲慢さや思慮の浅さは批判されるべきではあると思いますが、元々気弱で姉に抑圧されていた少年が体調を崩すほどの努力を重ねてジムリーダー関係者二人より強くなってリーグ部チャンピオンになった経歴は、少なくとも尊重されるべきだと思いました。故に、この章ではスグリの『努力』を認める誰かを出そうと思いました。
ただ同時に意識していたことは『暴君時代のスグリを全肯定することは良くない』という部分です。人間は社会性を持っている生き物です。その中で強いからと言ってスグリのような態度をとると、それこそ社会は崩壊しています。作中においてモモナリは暴君時代のスグリを『強いんだから何やったって良い』と評価し、感想でもそれを認める読者の方も居ましたが、これはある意味社会性から外れてるモモナリの意見として『ヒール』としての意味あいがあるので、正直私達みたいな市民が持つのはしんどいと思います。
作中での勝敗関係としてはスグリが勝利するのは前提として書いていました。ただキャラクターの格としてカキツバタがプロに勝つのは難しいかなと思ったのでリーグ部の生徒たちはモモナリに負けるようにしました。このへんの描写が気に食わなかった方には申し訳ありません。
また、ブルーベリー学園の制度的にダブルバトルで対戦する方向も考えたのですが、今作においてスグリはモモナリに言い訳の出来ない勝利をしてほしいと思ったのでシングルにしました。
この章においてスグリがモモナリに勝つのは決まっていたのでスグリ側の要素として『友情、努力、勝利』を設定しました。スグリは少年漫画適性高いと思います。
対するモモナリの要素は初期から『孤独、才能、敗北』を徹底しているので、むしろこの章でのヒール役としてはものすごく運用しやすかったです。
スグリの話を書くときにはゼイユの存在が必ずあるとは思うのですが、今回は『友情』がテーマの一つであり、ゼイユは『家族愛』の要素が入っているので、今回は登場させませんでした。ブライア先生との関係がめちゃくちゃ退場させやすい要素でしたね。
今回は書き始めるまでは長かったのですが、vsカキツバタあたりから脳汁ドバドバ出てました。楽しかったです。
モモナリへの質問など大変有難うございます。
全てに答えていきたいところですが世界観的に答えにくい質問などもあり答えられないこともあります。大変申し訳ありません
感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。
ぜひとも評価の方よろしくおねがいします。
ここすき機能もご利用ください!
マシュマロ
後書きによる作品語りは
-
いる
-
いらない