モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 75-ラジオ局ホラーツアー ③

「なんだ、これは?」

 

 ラジオ局、屋上。

 それはわかりやすかった、おそらくは月明かりのおかげだろう、屋上は室内よりも明るい。

 屋上の中心に置かれていたのは、一つの、極めて不快な匂いを放つドラム缶だった。

 

「これは、なんですか?」

 

 袖で鼻元を抑えながら、ハイツカが問うた。流石にそれを覗き込む勇気は無かった。

 

「エサですよ、エサ」

 

 モモナリはなんでもない事の様にそれを覗き込んで、その臭さに苦笑いしながら続ける。

 

「ヘドロだな、ヘドロと甘い蜜をうまいこと混ぜ込んで発酵させてる。何日も前からあったっぽいけど、臭いが上に登るから、下にはバレにくい」

「なんの意味があるんです?」

「そりゃあ、ゴースやらゴーストやらを呼び込むためですよ」

 

 モモナリは再びハイツカのそばに戻りながら続ける。

 

「あのポケモン達の本質は『ガス』だ。だからこそ、ガスのある場所に集まる。山、廃墟、死体」

 

 彼はコンドーを視界に捉え続けながら付け加える。

 

「不思議だと思ったんだ、あのジムトレーナーのこの言う通り、こんな場所にゴースやらゴーストやらは来ない、所詮は野生のポケモン、人間の集団は怖いはずだ」

「つまり、彼らは誘い込まれたと」

「そういうことだよ。ここに誘い込んで、コントロール下に支配する。後は彼らを操ってそれらしいことをすれば『呪い』の完成ってわけだ」

「これは、狂言だったわけですか?」

「まあね、野生のポケモン脅かしてお化け屋敷やってただけの話」

 

 彼はつまらなさそうに欠伸をして、ハイツカの肩を叩く。

 

「じゃあ、戻りましょうや。これで解決だ。『呪い』なんて無いってこと」

 

 それにコンドーが返す。

 

「けしからん事です。必ず、対策を」

 

 ハイツカは、それについて行きつつ、首をひねった。彼女の中でいくつか考えなければならないことがあった。

 

 

 

 

 

 

「コンドーさん」

 

 屋上から五階に続く階段の踊り場。

 扉を締めたコンドーに、ハイツカが問うた。

 自然に、モモナリは彼女の背後に陣取る。すぐ後ろには階段だ。

 

「何でしょう」と、コンドーは振り返りながらそれに答える。まだ少し怯えがあるように思えたが、それでもだいぶん冷静さを取り戻している

 

「一つ、お伺いしたいのですが」

 

 その返答を待たず、続ける。

 

「屋上への立入禁止を決めたのはいつ頃からですか?」

「だいぶん昔からですよ」

「そうですか」

 

 否、それは彼女の記憶と矛盾する。

 

「実は私、五年ほど前に、祖父とこの屋上で遊んだことがあります。その時は職員の皆様も自由に使えていたはずなのですが」

 

 彼女はそれをよく覚えている、そこから眺めることのできるシオンの光景は祖父の自慢であったからだ。

 

「その頃は大丈夫だったのでしょう」

「いつからなのです。もし詳細がわからないのならば、管理部の方にも伺おうと思っているのですが」

 

 その言葉に、コンドーは少し首をひねって答える。

 

「ああ、本格的に立ち入りを禁止したのは、ここ数ヶ月頃からです」

 

 今度はモモナリが首をひねる番であった。その質問の意図もわからなければ返答を急に変えた理由もわからない。

 だが、ハイツカは更に疑問をぶつける。

 

「数ヶ月前ということは、その頃の警備主任はコンドーさんでよろしいですね?」

「ええ、もちろん」

「立ち入りの禁止を決めたのはコンドーさんですか?」

「ええまあ、部下からの要請があったものですから」

「その方と、話はできますか?」

「難しいかもしれませんね、そのすぐ後に心を病んで、地元に帰ったとのことなので」

 

 気の毒だなとモモナリは思った。

 

「わかりました」と、ハイツカは一旦理解しながらも更に質問を重ねる。

 

「今日、昼間『対処』したとの話ですが、その時、もちろん屋上も探索なさったのですよね」

「そりゃあ、もちろん」

「屋上は、どなたが担当されたのですか?」

 

 その質問に、コンドーは押し黙って口ごもる。

 

「これは警備の方に後から聞けば良いのですが」と前置きし、ハイツカが続ける。

 

「まさか、コンドーさん、あなたではありませんか?」

 

 不自然だった。

 警備主任であるという立場でありながら屋上の探索を拒む。

 否、それだけではない。

 あのドラム缶は何日か前からあったのだとモモナリは言う。

 ということは、何日も前から、あれを見逃し続けた人間が存在するのだ。

 それはつまり、その人間が意図してゴーストポケモンを呼び込んでいたということ。

 

「ああ、なるほど」と、モモナリが手を打つ。

 

「そう言えばよかったのか」

 

 その言葉の意味はわからないが、ハイツカは疑惑の目をコンドーに向け続けている。

 やがて、コンドーが呟く。

 

「これは『呪い』ですよ」

 

 ハイツカが確認できたのは、コンドーがユンゲラーを繰り出したところまでだった。

 

「『サイケこうせん』」

「『ひかりのかべ』!」

 

 彼女の前に現れたゴルダックが半透明の壁を作り出し、それに光が直撃した。

 しかし、それが弾ける場面まで確認することはできなかった。

 彼女は背後から口を塞がれ、腰に手を回され、そのまま背後にふわりと宙に放り投げられたからだ。

 モモナリが、自分ごと階段から飛び降りたのだと理解した頃には、すでに彼女らは弾力性のあるなにかに背中から着地している。

 それが繰り出されたアーボックの胸であることを知ったのは随分と後になってからだった。

 

「逃げるぞ」と、モモナリは彼女を抱きかかえたままコンドーの視界から消え、ゴルダックもその後に続く。

 

「まあいい」と、コンドーはそれを眺めながら呟いた。

 

「逃げられん、『呪い』からは」

 

 

 

 

 

 

 ラジオ局、何階かはわからない。

 担ぎ上げられ、しばらく移動していたことだけはわかるが、それで何段階段を降りたとか、いくつの扉をくぐったかとか、そういう事はハイツカにはわからない。

 いつの間にか彼女のライトは放り投げられており、操ることのできる光源はない。

 

「静かに」と、背後を伺うモモナリが、塞いでいた彼女の口を自由にする。

 

 目の前にいる人間がモモナリであると確信できたのは、おそらくは火災報知器のものだと思われる赤暗い光が彼を照らしてるからだった。

 

「多分あいつらは『音』で探ってくる」

 

 抗議したいことは山ほどあった。

 扱いがあまりにも乱暴であったとか、その態度は何だとか、ほんの少しだけでも良いから話し合いのチャンスはあったのではないかとか。

 だが、それらの怒号は今放つべきではないということを、彼女は理解していた。

 心臓がはち切れんばかりであった。

 強気に、その立場にふさわしいように振る舞ってはいた。己の未熟な精神を、持ち得る倫理観で抑え込むように振る舞っていた。

 だが、彼女はまだティーンエイジャーだ。その年齢相応の動揺と、悲しみと、怒りが、たしかにあった。

 

「どうするのです」と、彼女はモモナリに弱々しく問うた。

 

「戦うしか無いでしょ」と、彼は苦笑いして続ける。

 

「君の思うような『呪い』も『幽霊』もここにはない。あるのはしょうもないトレーナーのお化け屋敷だけだ」

「戦って、勝てるのですか」

「当然、ただ、多少荒っぽいことをする必要はある。まあ、しなくても勝てるけど、ちょっと手間だね」

「また、それですか」

 

 彼女は息を吐く。

 弄ばれたものがあった、踏みにじられたものがあった。

 ふと、ノイズの音。

 館内放送。

 

『タチサレ……タチサレ……タチサレ……』

 

 それは何度も、何度も続く。

 それを聞きながら、呆れるように鼻を鳴らす彼に、ハイツカは「モモナリ」と、その名を呼び捨てる。それは彼女の倫理観からすればありえないことではあったが、目の前の男に対して果たして倫理が必要であるのだろうかと、彼女の本能的な部分が、その敬称を捨てさせた。

 

「なんとかしなさい、モモナリ。なんとか」

「多少荒っぽくても」

「許します。ですが、極力誰も傷つかないよう」

 

 へいへい、と、モモナリは立ち上がり。

 

「頑張ってみます」

 

 その拳を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 タチサレ、という館内放送は、聞き取れないものになっていた。

 館内にけたたましく響き渡る火災報知器の警報音が、それを上書きしているのだろう。

 

「浅知恵を」

 

 暗闇を進みながら、コンドーは舌打ちした。

 ライトは消している。そんな物は必要ない。前もって準備していた暗視鏡を装着しているのもあるが、何よりこのラジオ局は彼にとっては縄張りだ、少しばかり暗くとも移動は問題がない。

 だが、音を重ねてくるのは予想外だった。

 そして、先程から彼とその隣を歩くユンゲラーを襲うのは、思わず鼻を摘みたくなるほどの不快な臭い。

 おそらくは、アーボックの『ようかいえき』だろうか。

 モモナリとかいうリーグトレーナーの浅知恵は理解ができる。

 聴覚と嗅覚、暗闇において必要になるこの二つの感覚を潰しにかかったのだろう。

 だが、浅い。

 リーグトレーナーとはいえ、このような環境での戦い方を知らないのだろう。

 逃げるべきなのだ、真っ先に。

 尤も、逃げるための道は塞いでいるのだが。

 コンドーは迷うことなく歩を進める。

 

「『呪い』を恐れぬ馬鹿めらが」

 

 文字通りあの小娘を抱えながら自分達と戦うなど不可能なのだ。ここは圧倒的に自分達に有利。真正面から戦う必要はなく、弱いところから叩けば良い。

 

 廊下を曲がり、目的の場所。

 自らの読みの正しさを確信しながら、それでいて気づかれぬように声を上げず、彼らは歩を早める。

 廊下の端、火災報知器が照らす赤いランプのその真下。

 あの小娘がうずくまっているのが丸わかりではないか。

 都合の良いことに、火災報知器の警報に足音は消されているだろう。

 やはりそうだ、と、彼は勝利を確信する。

 故に彼は、先程まで隣にいたユンゲラーが『消えて』いることに気づかなかった。

 

 警報が意味をなさぬほど近くで「あーあ」という声が聞こえ、彼は、足元にあるなにかに躓いた。

 コンドーが床に手をつくよりも先に、体にそれが巻き付く。あっという間に彼はそれに拘束され、耳元に聞こえる蛇の威嚇音。

 

「『サイコキネシス』!」と、コンドーは叫ぶ。自らを拘束しているのがアーボックであることはなんとなく理解できている。

 

 だが、その指示は通らず、攻撃は繰り出されなかった。

 次の瞬間に、ドサリと音を立てて彼のそばにそれが投げ捨てられる。

 わずかに首をひねってそれを見ると、そこには気絶しているユンゲラーだった。同時に、視界に入るゴルダック。

 そして、つまらなさそうに聞こえる欠伸混じりの声。

 

「弱いと光に群がるんだよなあ」

 

 ライトで顔を照らされる。

 

「『トリック』」と、彼は叫んだが、それもまた、火災報知器の警報音にかき消されるのみで意味をなさない。

 

「ああ、それも駄目だよ」と、モモナリが呟く。

 

 ドサリ、と、再び何かが投げ捨てられる音。

 見れば、今度はフーディンがそこに倒れている。

 そして、鼻息荒くコンドーの視界に現れる一匹のピクシー。目つきは鋭く、明らかにコンドーを敵視している。

 

「どうせ局長室に『本体』がいるんだろうと思って張らせてたんだよ」

 

「本体」と、立ち上がったハイツカがモモナリに問う。

 

「それはどういうことですか」

「どういうこともなにもないさ、このフーディンがゴーストポケモンを操って色々やってたってこと。風を起こしたり、幻覚見せたりね」

「どうして、それが分かったのです」

「そりゃあ、勘だよ」

 

 あっけらかんとそう言うモモナリにハイツカは呆れ返った。

 しかし、わからないことがある。

 

「局長室には鍵がかかっていたはずです。どうやって彼らが」

「さあ、こっちは『ちいさくなる』で潜入させたからね。大方『テレポート』か何かで陣取ってたんだろう」

 

 彼は「スマートだったでしょ」と勝ち誇ったようにハイツカに笑う。

 

「ああ、煩いなあ『でんじは』」

 

 そして彼はなんてことのないようにピクシーに指示を出すと、彼女は鼻息荒いまま手のひらを火災報知器に向け、小さな電撃を放った。

 それは当然動かぬ火災報知器に直撃し、先程までうるさく鳴り響いていた警報音を止める。

 残ったのは、暗闇と不快な匂いのみだ。

 それがやんだことによって、コンドーは自分達が仕掛けた館内放送がすでに消え失せていることに気づく。

 

「愚か者共が」と、彼は吐き捨てた。

 

 だが、それはモモナリを脅かす攻撃にはならない。彼は呆れたようにコンドーを見た。

 彼からすればそれは自殺行為であった、コンドーを絞め殺すかどうか、それは自分が、否、自分とハイツカが握っているというのに。

 そんな彼の感情を理解できないのだろう。コンドーは続ける。

 

「『呪い』は終わらない。この地がこの地である限り、それはあり続ける」

 

 彼は笑って言った。

 

「現に人は消え、戻っては来ない」

 

 ハイツカはその言葉に驚く。ここまでの流れを考えれば、ユーゴたちを消したのもコンドーだと考えるのが自然だったからだ。

 

「あの人達を消したのはあなたではないと」

「そうとも、私もそれに驚いたが、ここにいる限り、お前たちも私も消えるだろう。それこそが『呪い』だ」

 

 ハイツカは不安げにモモナリを見た。

 本来ならば、『呪い』を信じてはいけないはずだった。立場としても、その信条からしても、それを肯定するわけにはいかなかった。

 だが、ここまで積み上げられた緊張、緩和、そのうえで新たに叩きつけられた新たな脅威に対し、彼女はあまりにも幼すぎた。

 故に、ボディーガードに、用心棒に、問題解決人に助けを求める。

 

 その男は、明らかな笑みを浮かべていた。

 

「こうはなりたくないね」

 

 彼はズイとコンドーの顔を覗き込む、欠片ほどの恐れもなく、むしろ、明らかな格下を嘲笑うように。

 それに、コンドーは思わず目線を外すように身をよじろうとしたが、器用に自分を締め付ける上質な筋肉の塊がそれを許さないことに気づいた。そして彼は、自らが目の前の男に明らかに見下されていることに気づいたのだ。

 

「弱いから『呪い』なんかにすがらないといけなくなる。誰が敵なのかもわからず」

 

 彼は懐からポケギアを取り出し、保存された連絡先を辿る。

 

「モモナリ、今は電波が通じません」

 

 そう言ったハイツカに、彼は笑って返した。

 

「もうとっくに『かいでんぱ』は切ってますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだと」

 

 仮眠室、ユーゴの目の前には、いわつぼポケモン、ユレイドルの光る両眼があった。

 シチュエーションからすれば、それはあまりにも恐ろしいものであっただろう。

 だが『彼女』の触手に肩を叩かれ、振り向いた際に頭を下げて挨拶され、その後再度触手に握手らしきものを求められた後には、ユーゴは彼女の方が少なくともその隣に立つ男よりかは礼儀を知っていると思った。

 

「いや、だからね」と、その男、ハイツカのボディーガードであるモモナリは、思わずユーゴが放った「なんだと」という言葉が、その言葉通り自らの言葉を聞き逃したのだろうと心の底から疑わずに続ける。

 

「分かったんですよ、犯人」

「なんだと」

「だから、犯人がわかったんですってば」

「まてまてまて、ちょっと待て」

 

 ユーゴは混乱していた。

 モモナリが仮眠室に残っていることを気にしていたわけではなかった。今、ハイツカの護衛はゴルダックが行っているし、本家のお嬢様、それも病床にいる当主の寵愛を受ける可愛い妹分をこの探索から離脱させる目的があるのならば、それは理想的なことであったからだ。

 だが、突然のこれはどうだ。

 

「何から聞けばいい」

 

 待てと言われてその言葉通り待っているモモナリとユレイドルを前に、ユーゴは頭を捻る。

 そして、彼なりに論点を整理し、問う。

 

「まず、犯人とは、なんだ、なんのことだ」

 

 モモナリはすぐさまそれに答える。

 

「この幽霊騒動の犯人ですよ。あんたがさっき言ってた『裏で糸を引いている人間』そのもの」

 

 ユーゴは、それに驚いた。

 もちろんそうであってほしいと思っていた。

 彼らの安息を願うためにポケモンタワーを建造した先祖の、そして、彼らの安息を願うためにポケモンタワーを改葬させた当主のあまりにも大きい想いを考えれば、それが『呪い』に蹂躙されたなどと考えたくもない。

 だが、それをはっきり断定できなかったのは、心のあたりのある過去があるからだ。

 それを、目の前の男はそれが作られたものであると断言している。

 

「誰だ、それは」

「あの警備員」

「コンドーが」

 

 それが全く信じられないという訳ではなかった。一族の人間でもなければ、付き合いの長い人間でもない。だがそれは逆に、彼の何もかもが怪しいと言い切れるわけでもないということだ。

 

「なんの理由で」

「それはわからない」

「どうして、それが分かった」

「そりゃ簡単」

 

 モモナリは親指で後ろをさしながら続ける。

 

「さっきの野生のポケモン達の襲撃あったでしょ」

「ああ」

「あの時、明らかに、かなりわかりやすく、あのポケモン達はあの警備員を避けてた」

「なんだって」

 

 簡単に言ってのけるが、それはユーゴにはあまりにも理解のできない理屈であった。

 少なくともあの時、自分達はポケモン達に蹂躙されていたと思っていたからだ。

 

「めちゃくちゃわかりやすかった」と、モモナリは思い出して笑う。

 

「俺ならもっとうまくやれる」

 

 妙な対抗意識を燃やすモモナリに呆れながら、ユーゴは更に考え、問う。

 

「偶然、ということは」

「あれが偶然ならそれこそ『呪い』だよ」

「証明できるか」

「というと」

「コンドーが犯人であると、私達に証明できるのか」

「そんなの簡単でしょ。捕まえて聞けば良い」

 

 はあ、と、ユーゴはため息をついた。とてもではないが、それが証拠になるとは思えない。

 

「クロサワさんから君の評判は聞いている。恐らく、正しいんだろう」

「賭けてもいいよ、絶対にあいつだから」

「だが、それを本人に認めさせるにも、社会に認めさせるにも、まずははっきりとした根拠が必要なんだ」

「だから、それは本人に聞けば」

 

 と、途中まで言ったところで、ユレイドルが触手で彼の口をふさいだ。彼女は人間の会話すべてを理解しているわけではなかったが、どうもこの問答はモモナリのほうが頓珍漢なことを言っているのだろうとなんとなく理解していた。

 なんと頭の良いポケモンなんだろうと感心、感動しながら、ユーゴは続ける。

 

「少なくとも、この騒動が人間の作ったものであると証明できれば良い」

 

 その言葉に、モモナリはユレイドルの触手を引き剥がして答える。

 

「ああ、それなら多分、屋上に『エサ』があるよ」

「エサ」

「そう、ゴーストポケモンを取り込むためのエサ」

「なぜそれがわかる」

「そりゃそのくらいのものがないとこんなところにゴーストポケモンなんて来ませんよ。エサでおびき寄せて、強力なエスパーポケモンで支配下に置く、一昔前のヤカラがよくやってた手段だ」

 

 それはなんの確証もない情報だったが、彼があまりにも自信満々にそういうものだから、まるで確実に存在しているように思える。

 

「よし、分かった」と、ユーゴは頷く。

 

「すぐに屋上に向かおう」

「いや、そういう事を言いたいわけじゃなくて」

「どういうことだ」

「ユーゴさん達にはここで待っててもらおうと思ってます」

 

 彼はケロリとした表情で続ける。

 

「もしあの警備員が屋上に行くことを渋って戦うことになったら、多分あなた達は邪魔になるんで、できればここに固まってて欲しい」

 

 邪魔、という言葉に、ユーゴは思わず抗議をしようとしたが、目の前の青年がリーグトレーナーであることを思い出し、閉口する。

 故に、彼はモモナリの作戦の穴を指摘する方向に舵を切った。

 

「今ここで君とコンドーが二人になるのはそれこそ不自然だ」

 

 その簡単な理屈は、さすがのモモナリも理解できたようだ。

 なるほど、と、彼は頷く。

 ユーゴは咄嗟に考えたものを提案した。

 

「屋上に向かうまでに一人ずつ離脱させることができれば良いのだが」

 

 それを考えなければならない、と、思考を巡らせようとしたところに、モモナリの「ああ、なるほど」という声が響く。

 

「それにしましょう。それが良い」

 

 すでに慣れつつあるが、ユーゴはそれにため息をついた。

 

「簡単に言うが、そんなに簡単にはできないだろう。まずコンドーに悟られないようにその情報を共有しなければならないし」

「ああいや、そこら辺はうまいことやりますよ。まあ任せてくださいって」

 

 すでにモモナリの中ではその計画が出来上がりつつある。

 別に全員がその情報を共有する必要はないのだ。適当に拉致して、ここに放り込んでおけば良い。

 そうなると、何も知らない彼らに対して現状を説明する人間が必要になるので。

 

「まずはあなたがここに残ってください。まあユレイドルを残しておくので、地元の洞窟レベルのポケモンより強いポケモンでも出ない限り大丈夫ですよ」

 

 丁重にお辞儀するユレイドルに、恐らくそれは間違いないだろうと思う。

 よくわからないロジックでここに残されることが決定してしまったユーゴは、それでもただ一つ譲れないものを護ろうとする。

 

「お嬢はいつこっちに来る」

 

 それは彼が絶対に譲れないことであった。

 そもそも彼女は十五にも満たないティーンエイジャー、本人の希望とは言えそもそもこのような状況にある事自体が過酷なのだ。できればこの安全な環境に一刻も早く避難させたい。

 だが、モモナリは「いやいや」と首を横に振る。

 

「あの子はずっと俺のそばにいてもらいますよ」

「なんだって」

「だって、そういう話ですし」

 

 彼は背伸びして続ける。

 

「ボディガードが主人と離れ離れにはなりませんよ。なんのための報酬ですか」

「しかしそれでは彼女の安全が」

「俺のそばが一番安全に決まってるでしょ」

 

 あまりにも自信満々にそういうものだから、そういうものなのかと思ってしまう。

 それに、今の自分と彼とで、どちらがハイツカを護れるのかと問われれば、天秤にかけるプライドも吹き飛ぶだろう。

 

「くれぐれも、頼む」と、ユーゴはモモナリに頭を下げた。

 

「誤解されるかもしれないが、あの子は心の底から善人なんだ」

 

 それは、贔屓目を抜きにしても事実だろう。

 そもそも、彼女の年齢、立場で、ラジオ局の呪い騒動なんぞに顔を出す必要はないのだ。

 それを、尊敬する祖父と相対する思想があるからと、何が起きているのか自身の目で確かめようとする、それを勇気ある、あるいは愚かな善人と言わずなんと言うのであろうか。

 頭を下げたユーゴの視界に、ユレイドルの触手が現れる、まるでそれは顔を上げるように促しているかのようだった。

 

「ええまあ」と、頭を上げたユーゴの目の前で、モモナリは頷いている。

 

 その横では、ユレイドルが光る両眼を意味ありげに寄せている。

 それが怒りの感情であり、尚且つ自分達に任せろと言わんばかりの自信を持っているということは、まるで拳を鳴らすように揺れている二本の触手が表していた。

 

「わかるような気がしますよ」

 

 彼は新たにボールを投げポケモンを繰り出した。

 現れたポケモン、ジバコイルは、その指示を待たずに『かいでんぱ』を放ち始める。

 

「まずは奴を孤立させる。料理はその後」

 

 

 

 

 

 

 それからは、あまりにもスピーディに物事が進んだ。

 モモナリからの連絡を受けたユーゴは、すぐさま外部に連絡、コンドー以外の警備部は優秀なのだろう、十数分ともしないばかりに明かりが復旧し、すでに階段の瓦礫の撤去が始まっている。

 

「結果として、素晴らしい仕事だった」と、ユーゴは険しい表情のままモモナリを称える。

 

「うまくやったでしょ」と、彼は笑った。

 

 三階、総務部。

 ハイツカとモモナリの元に集まった消えたはずの人間達は、当然傷一つあるわけもなく。

 

「もうちょっとやりようというものがあったんとちがいますか、正直、殺されると思いましたわ」

 

 コサコは不満げに唇を尖らせたが、それ以上を追求することはない。結果としてそれが最良であったことを理解できているし、何より、ゴーストポケモンの扱いに長けている自分達に対し、気配を感じさせることもなく、助けを求める事もできないほどスマートに神隠しを実行したモモナリに対し、相当な恐怖の感情があった。

 

「コンドー君、なぜこのようなことを?」

 

 タニもまたモモナリに対する恐怖を覚えながら、目の前でアーボックに拘束されている警備主任に向けて問うた。

 コガネのラジオ局にておきた大事件を教訓に、社員、特に警備に関わる人間の社会背景は念入りに洗っていたはずだった。少なくともこの男にロケット団との関わりはなかったはずだ。

 

「単純なことだ」と、コンドーはタニに吐き捨てる。すでに雇用による上下関係は考えていないようだった。

 

「シオンから『呪い』を絶やすべきではない」

 

 その言葉に、タニとコサコは首を捻った。

 彼らの常識の中では、『呪い』というものは極力絶やすべきものであるし、少なくとも保護するものではない。

 そして、ユーゴはその言葉に憤りを覚えた。

 

「絶やすべきではない、だと?」

「そのとおりだ」

 

 コンドーは鼻を鳴らして続ける。

 

「ポケモンタワーの建設以来、この地は『呪い』と共にあった。この地はそれこそがあるべき姿なのだ」

「ポケモンタワーが『呪い』だと?」

 

 ユーゴは、それに感情的にならぬよう気を張りながら、それでもその言葉に力が入ることを止めはできなかった。

 そして、その目線にはハイツカがいる。彼女は険しい顔でコンドーを眺めている。

 

「『呪い』だとも」と、コンドーは笑う。

 

「この地にあるのは『死』と『悔恨』だ。たとえ姿形を変えようとも、それが変わることはない」

 

 その男の狂った思想に彼らが言葉を失う中、ハイツカがポツリと「それは、違います」と呟く。

 

「ポケモンタワーはポケモンやその家族の『安息』のために建造され、今もそれが続いています」

 

 それは彼女の、否、彼女ら一族の願いであった。

 当然『死』という概念そのものが忌み嫌われていることは彼女もその一族も知っている。

 だが、それでも、彼らの安らぎのために彼らは自分達の土地にポケモンタワーを作ったのだ。

 コンドーの言葉は、一族に対する侮辱であった。

 しかし、コンドーはそれを否定する。

 

「違う、この地は『呪われている』。現に幽霊騒動はあったではないか」

「彼女は天に召されました。少なくとも、彼女の『呪い』はもう存在しません」

「そうではない、あのガラガラには子供がいる。それが続く限り『呪い』は続く」

 

 彼女は、その言葉に含まれる有り余る侮蔑に、思わず言葉を失った。

 あのガラガラに子供はいるし、今、彼の世話をしているのは自分だ、それが『呪い』の続きだというのだろうか。

 ユーゴを含む探索隊の面々も、コンドーのそのあまりにも死者に対する敬意を欠けた発言に、これまで覚えたことがないほどの憤りを覚えた。それがあまりにも強すぎるせいで、言葉を失うほど。

 故に、一番初めにコンドーに返したのは、唯一憤りを覚えていない男、モモナリだった。

 

「ハイツカさん。言ってくれれば、大抵のことはするけど」

 

 純粋な問いであった。それが彼の仕事だから。

 ハイツカは、思わず彼を見た。

 恐らく、その男は何でもできる。怒りに任せた指示を出せばその通りに、あるいは、一人の人間の存在を消すことだってできるかもしれない。否、できるだろう。

 そして何より、その権利は、ハイツカに握られている。

 ユーゴ達は、彼女がその権利を行使するのもやむなしと思っていた。彼女にとって、コンドーの存在は、思想は、許せないものだっただろうから。

 しかし、ハイツカはそれに首を横に振った。

 

「必要、ありません」

 

 その言葉にモモナリは「ああ、そう」と、頷き、コンドーを心の底から侮蔑した目線を投げかけた。

 

「俺にとっちゃあ売られた喧嘩だったんだけどね」

 

「本当に良いの?」と再度問うモモナリに、ハイツカは決心したように頷く。

 

「この地を取り巻く環境の中で彼がそれを信じたのならば、その『呪い』を作り出したのはこの地に住む人間であり、それは私達の責任でもある」

 

 彼女は拘束されているコンドーに目線を合わせて続ける。

 

「コンドーさん、あなたが『呪い』を信じたように、私達は『安息』を信じています。何年かかろうとも、私達は必ずこの地の『安息』を証明します、どうか、どうかそれを待っていてください」

 

 許そうとしていた。

 彼女はコンドーを許し、救おうとしていた。

 ユーゴ達は、否、コンドーですらそれが信じられなかった。

 突然に目の前に差し出された赦しに、彼は頷くことすら忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一階ロビー。

 警備部、そして警察と合流した彼らは、一先ず日常を取り戻したようだった。

 尤も、日常というのはすでに夜が更けすぎていたが。

 

「はいこれ」

 

 不意に差し出されたそのプリントを、ハイツカは思わず手に取った。

 何らかの書類の裏面に乱雑に書かれたその番号に、彼女は首を捻る。

 

「あの、これは」

「それね、俺のポケギアの番号。また何かあったら呼んでね」

 

 彼女は、それに戸惑う。

 確かに、全く頼りにならない男、というわけではなかった。彼のお陰で事件は解決したし、命を助けてもらった。なにより、命より大切かもしれない一族の想いも護ってもらった。

 だが、だからといってそういう関係にすぐになれるのかと言われれば、その男はあまりにも粗暴であったし、恐ろしくもあった。

 

「こういうのは」と、それを突き返そうとしたハイツカに、モモナリは笑顔で続ける。

 

「今度はあんなチンケな作り物じゃなくて、本物の『呪い』と戦えるかもなあ」

 

 ようやく訪れた日常、年齢相応のティーンエイジャーである彼女は、彼のその発言の真意を理解するのに時間がかかった。

 そして、彼が自分の事を呪い発生装置としか見ていないことに、思わずその日一番の声を張り上げてしまった。

 

「二度と呼びません!」




 以上で「セキエイに続く日常 75-ラジオ局ホラーツアー」は終了です。ありがとうございました。2周目からはコンドー目線でお楽しみください。
今回はセキエイに続く日常 171-てらす池 ①の伏線回収と言うか、この二人の過去はこういう出会から始まったんだよ~って感じの話でした
 元々ポケモンタワー=ラジオ塔でのオカルト話はだいぶん初期から構想にあったものだったのですが、あまりパッとした展開やキャラクターが浮かばず放置していました。しかし上記『てらす池』にてハイツカという面白いキャラクターが作れたので再利用しました。
 この「絶対的な死生観を持つ善人少女とバトル馬鹿リアリスト」の組み合わせはかなり面白くなりそうだなと思っていたのですが、正直モモナリが怪奇に対して暴力一辺倒で解決していくのとポケモン世界観の中での怪奇の立ち位置を考えたときに、全部モモナリが暴力で解決しそうなので、もう一本くらい書きたいのですがちょっと難しいかもしれません。今回の話は一応ホラーというジャンルのつもりで書いたのですが、モモナリが頭腕力なせいで全然ホラー描写できなかったです。ホラーというのは翻弄される人間が大事なのだなと思いました。

モモナリへの質問など大変有難うございます。
全てに答えていきたいところですが世界観的に答えにくい質問などもあり答えられないこともあります。大変申し訳ありません

感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。
ぜひとも評価の方よろしくおねがいします。
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