モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 211-怪人連盟 ③

 朝のホテルZA。

 ロビーには、焼きたてのパンと、濃いコーヒーの香りが漂っていた。

 

 モモナリは、昨晩の激闘などなかったかのように、テーブルいっぱいに並んだ朝食を平らげている。

 皿の上には、スクランブルエッグ、ベーコン、そして数種類のきのみジャム。

 その食欲は、昨夜のカロリー消費を如実に物語っていた。

 

 周囲を囲むのは、マチエール、ピュール、そしてタウニーと少年。

 彼らの視線には、確信に近い疑念と、それを行使できないもどかしさが混在している。

 

 もし許されるのであれば、バトルですべてを聞き出したかっただろう。

 

 だが、ここはバトルゾーンではない。

 そして何より、この大切な場所でポケモンバトルを行うわけにはいかない。

 ルールを盾にするモモナリに、彼らは手出しができない。

 尤も、モモナリとしてはルールを盾にしているつもりはないのだろう。吹っ掛けられればすぐにでも対応しようと思っているのかもしれない。

 

 故に、一旦は対話を求めるほかない。

 

「しらばっくれるつもりですか」

 

 ピュールの鋭い問いを、モモナリはコーヒーの湯気越しに受け流す。

 

「何のことかな? 僕はただ、この街の観光を楽しんでいるだけだよ」

 

 タウニーが身を乗り出す。

 彼女の瞳には、純粋な正義感ゆえの怒りが宿っている。

 

「昨晩、あの場所にいたのはあなたでしょう。あれだけのことをやって何も思わないの?」

 

 モモナリは、少女の真っ直ぐな視線を冷めた目で見つめ返す。

 その瞳に映るのは、理解できない生物を見るようなものだった。

 

 だが、モモナリはその視線に怯まない。

 軽蔑は、彼の行動を抑えるものにはなりえないのだ。

 彼はタウニーを見据えて答える。

 

「仮定の話をしようか。もし僕がその『二人目』だったとして、だ」

 

 モモナリは、カップを手に取りコーヒーを口にする。

 

「君たちがこの街で最強なのだとしたら、君たちと全力で戦うにはどうすればいいと思う?」

「え?」

 

 その言葉に、タウニーは言葉を詰まらせた。

 予想外の問いかけ。

 

 コーヒーの苦みを堪能しながら、モモナリは続ける。

 

「答えは簡単だ『君たちの対面に立つ』それ以外にない」

 

 タウニーの沈黙を確認し、続ける。

 

「誰だってそう考える。バトルを求めるなら、ね」

 

 それは、あまりにも純粋な、そしてあまりにも暴力的な論理だった。

 強者と戦いたい。その渇望の前には、正義も悪も、ルールすらも些末な障害に過ぎない。

 

「そんなの、ただの自分勝手な理屈よ!」

 

 タウニーがテーブルを叩く。

 彼女にとって、バトルは守るための手段であり、モモナリのような『渇望』のための暴力は理解しがたい。

 バトルのためにバトルをする。『暴力』のために『暴力』を誇示する。そんなことは彼女の考えには存在しない。

 そして、それをモモナリは否定しないだろう。

 

「そうだね」

 

 むしろ、その怒りを肯定するかのように頷く。

 だが、モモナリは確信をもって続けた。

 

「だが、それこそがトレーナーが持つべき理屈だよ。その証拠に、この街の人々は『バトルゾーン』を享受してまでバトルを求めてるじゃないか。Aランクになったら夢をかなえてもらえるからバトルをしているのかな? 僕はそうではないと思うね」

 

 モモナリは、窓の外を見た。

 再開発が進むミアレの街並み。そこには、確かに『バトル』という文化が根付いている。

 

「この街はうまくやってる、バトルを報酬と結びつけることによって『ルール』と『管理』を作った。本来、バトルに報酬なんて存在しないし、ルールも、場所の指定もありはしない」

 

 モモナリは席を立つ。

 彼にとって、彼女たちの正義感は肯定すべきものなのかもしれなかったが、同時に甘美なものでもあった。

 未熟で、青臭く、そして何よりも眩しい。

 そして、それを成立させているのは、彼らの中にある『暴力』だ。

 

 モモナリは、伝票を手に取る。

 

「ごちそうさま。いい朝食だったよ」

 

 彼は、タウニーたちの横を通り過ぎる。

 その背中には、一切の迷いも、後ろめたさもなかった。

 

 

 

 

 ホテルシュールリッシュ、最上階。

 

 一度は後にしたはずの檻に、モモナリは舞い戻っていた。

 カードキーを通すまでもなく、ドアは主の帰還を待っていたかのように音もなく開き、彼を招き入れる。

 ユカリの計らいだろうか、その部屋はまだモモナリと契約を交わしているようだった。

 

 当然のことだが、部屋の中は静まり返っている。

 

 ハウスキーピングが入った形跡もなく、ベッドのしわも、飲みかけのグラスの水滴の跡も、すべてが出ていった時のまま。

 

「ふうん」

 

 モモナリは感心しながらリビングのテーブルへと歩み寄り、そこに冷たい光を放って置かれている銀のチェーン、キーストーン付きのネックレスを拾い上げ、造作もなくポケットにねじ込んだ。

 

 

 

 

 エレベーターホールへ向かう足音が、重厚な絨毯に吸い込まれるように消え、唐突に遮られた。

 

 黒服の警備員たちが、一様に緊張した面持ちで腰のベルトに手を掛けて待ち構えていたのだ。ユカリからの『モモナリをホテルから出すな』という命令を忠実にこなそうとする番犬達である。

 

 モモナリは足を止めず、彼らの腰回りへと視線を走らせたが、モンスターボールの数が合計で十五個にも満たないことを確認すると、一つため息を漏らした。

 

「プロの仕事じゃないね」

 

 力量差を理解していないのか、あるいは理解することを放棄して命令に従っているだけか。どちらにせよ、退屈であった。

 彼は一度見たことのある顔に視線を向け、鼻を鳴らす。

 

「この人数でどうにかなると思ったわけだ」

 

 その警備員は、モモナリがそれに怒っているわけではなく『呆れている』事を察し、背筋が凍った。

 彼が考えられる限り、最大限の警戒をしたつもりだった。たとえ相手がリーグトレーナーであろうと、手持ちは六匹。単純に二倍の戦力を準備すれば問題ないと思うだろう。

 

「数じゃないんだよなあ、大切なのは」

 

 警備員たちはまだ気づいていなかったが、モモナリの手がボールにかかろうとしていた。

 ひとまず『ほどいて』後は流れだろう。

 ピクシーやアーボックの暴走を止められる技量があるようには思えなかった。

 

 その時だ。

 

 空間が歪み、青白い光が廊下を満たすと、ユカリのホログラムが警備員たちの背後に現れる。

 

『おやめなさい。モモナリ様は今夜の主賓の一人ですわ、余計なことで体力を消耗させないように』

 

 絶対者の声に、男たちは糸の切れた人形のように動きを止め、深々と頭を下げて海が割れるように左右へと退き、モモナリに道を開ける。

 だが、そのだれもが、それを悔しいとか、そういうことは思わなかった。

 一様に、この男と対峙しなくてもよくなったという安堵があった。

 

「大げさだなあ」

 

 モモナリは肩をすくめ、開かれた道を進みながら、あくまでしらを切り通す。

 

「何のことを言っているかわからないけど『こんなこと』で体力は消耗しないよ」

 

 強がりではなく、路傍の小石を退けるのにいちいち息を切らす人間はいないという事実を告げ、エレベーターのボタンを押す。

 

 到着を告げる電子音が鳴るまでの僅かな間、ユカリの像が滑るように近づき、ホログラムでありながら射抜くような瞳で問う。

 

『モモナリ様に、一つ聞きたいことがありますわ。あなたの『相棒』は、なぜこんなことをしたのだと思いまして?』

 

 相棒とは、あの仮面の女の事だろう。

 モモナリは鼻を鳴らし、エレベーターの中に足を踏み入れてから振り返った。

 

「それを僕が言うわけにはいかないでしょ」

 

 閉まりかける扉の隙間から、ユカリを見据えて言葉を継ぐ。

 

「ただ、気持ちはわかるよ」

 

 モモナリは振り返り、ユカリのホログラムの瞳を見据えて続ける。

 

「いつか君も、わかるようになる」

 

 彼女もいずれ、あの仮面のトレーナーの動機を真に理解するのだろう。モモナリにとって、それは予想ではなく、確固たる事実、確信。

 

 扉が閉まり、ユカリの表情がどう変わったかを確認することはできなかった。

 

 

 

 

 ホテルを出て、ミアレの通りを歩く。

 再開発の槌音が止み、都市が夜の顔へと化粧を変える時間帯だ。

 

 視界を遮るように掲げられた、巨大なビルボード。

 そこには、カロスが誇る大女優、カルネの新作映画『カーネーションの苦悩』のポスターが鎮座している。

 

『カロスが誇る、永遠の少女』

 

 モモナリは、その暴力的なまでに美しい看板の前で足を止めた。

 世界が称賛する変わらぬ美貌、それは間違いないのだろう。

 

 だが、かつて彼女が本当にただの少女であった頃を知るモモナリの目には、インクの粒子の隙間にある別のものが見えていた。

 

 目尻の微かな陰影、微笑みの奥に潜む、重力に抗うような強張り。

 

『衰え』だ。

 それは必ずしもネガティブなものではない。成長の別名でもある。だが、それが示す真実は一つだ。

 

『永遠』などあり得ない。

 

 時計の針は進み、戻ることはない。モモナリですら、それを理解できるが、世間は彼女にそれを許さないのだろう。

 彼女はプロだ。求められる偶像を演じ切ることは、呼吸をするより容易いことなのかもしれない。

 

 だがもう一つ、トレーナーとしてはどうであろうか。

 

 モモナリは知っている。『情熱』には終わりがあることを。

 その対面に何度も立ち、燃え尽きていく『群れ』を見送ってきた。

 

 彼女は今、無様に食らいつこうとしている。

 

 この地の英雄であるはずの、名声も富も、何でも手に入るはずの彼女が、あえて『異物』になってまでこの街の本気を引き出そうとしているのだ。

 泥を被り、悪名を浴び、それでもなお、ヒリつくような痛みを求めている。

 

 それは『渇望』だ。

 否、トレーナーとしての生存本能に近い。

 

 彼女が『すなあらし』の中で見せたあの狂おしいまでの熱量は、消えゆく前の最後の輝き『情熱の衰え』という絶対的な自然法則への抵抗だったのだと、モモナリは確信している。

 

 夕暮れが、街を赤く染め上げつつある。

 それは血の色であり、錆の色であり、そしてこれから始まる闘争の色だ。

 

 モモナリは、ポケットの中でユカリから贈られた『メガネックレス』を指先で弄んだ。

 冷たい金属の感触が、指の腹に食い込む。

 

 今夜、ユカリとハルジオを倒せば、いよいよMZ団が、あの少年達が、本気で自分を倒しに来るだろう。

 時代遅れの『怪人』を葬り去るために。

 

 それこそが、自分たちが望んだシナリオだ。

 

 モモナリは歩き出す。

 背後のビルボードで、永遠の少女が、何も知らない笑顔で街を見下ろしていた。

 

 

 

 

 夜が、再開発の喧騒を深く飲み込み、ミアレシティの街並みを完全に支配した。

 

 静まり返った街角には、都市の意思を代弁するかのように、バトルゾーンを示す鮮烈な赤のラインが浮かび上がっている。

 

 その境界線の内側には、今夜という舞台を彩るべき主役たちが、それぞれの思惑を抱えてすでに揃っていた。

 ミアレの象徴として傲然と君臨するユカリと、不本意な感情を押し殺しながらも、その影として忠実に控えるハルジオ。

 さらにその背後には、正義を執行せんとするMZ団の面々が、張り詰めた緊張感を纏って立ち尽くしている。

 

 未知の強者を迎え撃とうとする高揚と、正義を司る者の硬直した意識が混ざり合い、夜の空気は不気味なほど重く湿っていた。

 

 不意に、都市を吹き抜けていた風が止み、周囲は嵐の前の静けさを思わせる不自然な空白に包まれる。

 

 乾いた石畳が音を立て、どこからともなく飛来した砂の粒子が、街灯の光を乱反射させながら渦を巻き始めた。

 それは瞬く間に巨大な壁へと成長し、赤い境界線の内側を無慈悲に蹂躙していく。

 

『すなあらし』

 

 視界を遮る砂のカーテンを割り、二つの影が音もなくその場に現れた。

 顔を隠した仮面の男女。

 この街が築き上げた秩序を嘲笑い、管理された理屈の外側から侵入してきた異物。

 

『怪人連盟』

 

 仮面をつけた男は、熱を帯びた吐息をゆっくりと吐き出した。

 対面に立つユカリの、すべてを見透かしたような傲慢で美しい微笑。

 そして、ハルジオの全身から放たれる、研ぎ澄まされた刃のような殺気。

 

 そのすべてが、彼にとっては最高の舞台装置であり、渇望を満たすための供物であった。

 

 モモナリは、隣に立つ『相棒』が放つ微かな震えを、肌に触れる空気の振動として正確に感じ取った。

 それは決して恐怖などではなく、ようやく辿り着いた剥き出しの真実を前にした、魂の武者震いだ。

 

 モモナリは一歩、重厚な足取りで前に踏み出す。

 

「それじゃあ、始めようか」

 

 その声は、夜の静寂を切り裂くほどに低く、そして抑えきれない愉悦に満ちていた。

 

 

 

 

 吹き荒れる『すなあらし』が、赤い境界線の内側を執拗に叩き続けている。

 だが、ユカリとハルジオの二人は、微動だにせずその渦中に立ち続けていた。

 

 視界を奪い、呼吸を阻む砂の礫を、彼女たちはただの不快な風として受け流し、その勢いが自然に減衰し、消滅するまでの一秒一秒を、傲慢なほどの忍耐で耐えて見せたのだ。

 

「あらら、さすがだね」

 

 砂塵が石畳に落ち、視界が急速に開けていく中で、仮面の男は感心したように、しかしどこか他人事のような軽さで呟いた。

 

 霧が晴れるように現れたのは、四体の影。

 

 ユカリの傍らで優雅に羽を震わせるピクシー、ハルジオの前で毒々しい触手を揺らすドラミドロ、そして怪人側、仮面の女が従えるサーナイトと、男の傍で静かに牙を剥くガブリアスだ。

 

「へぇ」

 

 ハルジオの鋭い視線が、男のガブリアスに固定される。

 ドラゴン使いとしての本能が、その個体が纏う圧倒的な完成度を瞬時に見抜き、彼女の口元には、隠しきれない感嘆の笑みが浮かぶ。

 

「良いの連れてんじゃねえか。手入れが行き届いてやがる」

 

 それは敵への賞賛であると同時に、同業者としての、あるいは捕食者としての純粋な喜びであった。

 

『すなあらし』の中に隠れているときから、その技の正確性や足取りの軽さから想像はしていたが。

 

 ハルジオから見ても、そのガブリアスの鱗の光沢、四肢の筋肉の張り、そして何より、一切の無駄を削ぎ落とした静かな佇まいは、一つの芸術品に近いものとして映っていた。

 

「ユカリ様、アイツとやらせてくれよ。あんなの見せられたら、血が騒いで仕方ねえ」

 

 ハルジオの願いに、ユカリは口元を隠しながら、満足げに目を細めて頷く。

 

「よろしくてよ。あちらの美しい方とは、私が直々にお相手いたしますわ」

 

 合図は、言葉ではなく光だった。

 ユカリ、ハルジオ、そして仮面の女。三人のメガリングが同時に共鳴し、夜の闇を暴力的なまでの閃光が貫き、空間そのものが軋むような重圧がバトルゾーンを支配する。

 ピクシー、ドラミドロ、サーナイト。

 三体がそれぞれの限界を超え、新たな形態へと変貌を遂げていく中で、男は一人、遅れてポケットに手を突っ込んだ。

 

 指先が、先ほど回収した『メガネックレス』の冷たい銀に触れる。

 彼はそれを引き出すこともなく、ただポケットの中で、その中心にある石を指先で強く叩いた。

 

 一瞬の静寂。

 

 そして、爆発的なエネルギーの奔流がモモナリの全身を駆け抜け、ガブリアスの咆哮がミアレの夜空を震わせた。

 

『暴君』が、その真の姿を現す。

 

 鎌のように発達した両腕、さらに鋭さを増した背鰭、そして何より、周囲の空気を物理的に押し潰すほどの圧倒的な質量。

 

 メガガブリアス。

 その完成された暴力の化身を前に、ハルジオの瞳には狂おしいほどの興奮が宿った。

 

「最高だぜ、おい! その首は私のドラミドロがいただく!」

 

 ハルジオの叫びと共に、メガドラミドロが首をもたげる。

 

「『ヘドロばくだん』!」

 

 メガドラミドロの口から、高濃度の毒液が放たれる。

 だが、ガブリアスはそれを予知していたかのようにステップでかわし、小回りに劣るドラミドロ相手に死角を取ろうとする。

 だが、ハルジオもそれは予測の内だったようで、最小の指示でドラミドロに指示を出し体を回旋させる。

 

「『りゅうのはどう』!」

 

 それでもさらに深く回り込もうとしたガブリアスに、体の周りから波動を放出する『りゅうのはどう』で広範囲の攻撃を放つ。

 

「『まもる』」

 

 ガブリアスは両手のカマのような爪で『りゅうのはどう』を器用に弾き、じっと姿勢を低くとる、指示があればいつでも行ける姿勢だ。

 

 同時に、ユカリも動いている。

 

「『エアスラッシュ』!」

 

 メガピクシーに新たに生えた羽が、鋭く空気を切り裂く。

 

「『サイコキネシス』」

 

 サーナイトの生み出した念動力が『エアスラッシュ』を相殺する。

 

「向こうさんもやってるじゃねえか」

 

 それらの攻防を背後に感じながら、ハルジオは目の前のガブリアスに集中する。

 ユカリは仕えるには死ぬほど厄介な存在だったが、背中を任せるにはこれ以上ない。トレーナーだ。

 

「『ダブルアタック』」

「『まもる』!」

 

 重くなった体を感じさせないほどのスプリントで石畳を蹴ったガブリアスの攻撃を、ドラミドロがうまくかわす。

 

 一撃目、二撃目。

 

 すべての攻撃が空振りに終わったガブリアスは再びドラミドロと距離を取り、再びユカリ、ハルジオと向き合うポジションをとった。

 

「おーおー、ちょっと消極的なんじゃねーの!?」

 

 目を剥いて男を睨みつけるハルジオは、自然に前傾姿勢となっていく。

 ユカリも同じく、相手の立ち回りに少し違和感を覚えていた。

 

 だが、次の瞬間に、その違和感の目的を知る。

 

 彼らの背後から、石畳を吹き上げるような爆風が巻き起こり、土煙を巻き上げたのだ。

 

「てめぇ!」と、ハルジオが叫ぶ。

 

 すでに『すなあらし』は、二人とポケモンをそれぞれ巻き込みつつある。

 

「『りゅうのいぶき』!」

「『エアスラッシュ』!」

 

 ドラミドロ、そしてピクシーは『すなあらし』の向こう側で揺れる影に向かって攻撃を放つ。

 ここで逃がすわけにはいなかった。何としても引きずり出して『最高の勝負』を楽しむのだ。

 

 その攻撃は、確かにその影に直撃した。

 

「やったか!?」

 

 だが、影は倒れない。

 むしろ一歩、踏み込んでくる。

 

『すなあらし』の中からハルジオとドラミドロの目の前に現れたのは、白い手、白いヴェール、そして胸の突起。

 

 メガサーナイトだった。

 

 ハルジオがそれに驚くよりも先に、仮面の女の声。

 

「『アイアンヘッド』!」

 

 メガサーナイトの頭がそんなに固いはずがないと、二人が考えるより先に、ユカリとピクシーの眼前の砂煙が切り裂かれた。

 

 現れたのは、メガガブリアス。

 

「『サイコキネシス』」

 

 ピクシーにガブリアスの頭突きが炸裂するのと、ドラミドロに『サイコキネシス』が直撃するのは、ほとんど同時だった。

 

 大きく崩れそうになる相棒たちを見やりながら、ユカリとハルジオは思考を巡らせざるを得なかった。

 

 シャッフルした。

 

『すなあらし』にそれぞれのポケモンが紛れた後に、そのポジションを入れ替えた。そこまではわかる。

 だがその後、彼らはそれぞれの『自分の手持ちではないポケモン』に指示を出し、ポケモンもそれを疑うことなく実行した。

 

 ユカリの知る限り『怪人連盟』には長期のタッグ経験はないはずだ。そんな時間も余裕もなかったに違いない。

 ならば、お互いにわずかな対戦経験のみで、これほどまでのタッグワークを考えたのか。

 

 なんという、素晴らしいトレーナーたち。

 

 感嘆であった。

 ほんの一瞬、ユカリは対面の相手に感嘆の感情を持った。

 だが、それこそが命取り。

 

「『じしん』」

「『シャドーボール』」

 

 今度は、目の前にいないはずのそれぞれのポケモン達が それぞれを横切るように攻撃を放つ。

 

『シャドーボール』はピクシーに『じしん』はドラミドロに。

 

 ユカリ、そしてハルジオ、さらに言えばピクシーとドラミドロも、反応が遅れていた。

 それぞれはその攻撃を痛烈にくらい。石畳に沈んだ。

 

 

 

 

 吹き荒れていた砂の暴力が、嘘のようにその勢いを失い、静寂が赤い境界線の内側に舞い戻った。

 視界を遮っていた茶色のカーテンが完全に落ちた後、そこには膝をつき、荒い呼吸を繰り返すハルジオと、感極まったように静かに目を閉じ、余韻を味わうユカリの姿があった。

 

「見事ですわ。あまりにも暴力的で、そして、残酷なまでに美しい。これもまた『ユカリトーナメント』を飾るにふさわしい、至高の試合になりましたわね」

 

 ユカリはゆっくりと目を開け、敗北の苦みすらも極上のスパイスとして飲み込むように、艶やかな微笑を浮かべて見せた。

 彼女にとって、この敗北は自尊心の崩壊ではなく、自らが構築した完璧な舞台が『本物の怪物』という最後のピースによって完成されたことへの、深い悦びと納得に他ならなかったのだ。

 

 男は、激闘の熱を逃がすように仮面の位置を微かに直し、エリアの端で事の顛末を見守っていたマチエール、そしてタウニーと少年へと視線を転じた。

 その瞳に宿るのは、勝利の誇りではなく、さらに深い深淵を覗き込もうとする、底なしの渇望であった。

 

「さて、僕たちは勝った。ならば、次はこの街の『最強』を用意してもらおうか」

 

 モモナリの指先が、迷いなくタウニーと、その隣に立つ少年を指し示す。

 言葉を待たずとも、彼の眼差しが、獲物を定める獣のような鋭さで二人を射抜いた。

 

「正体を暴きたいんだろう? ならば、俺たちから力でそれを剥ぎ取ってみせろ。それ以外に、俺たちのすべてを暴く資格など、この街のどこにも存在しない」

 

 それは一方的な宣告であり『怪人』による剥き出しの挑戦状であった。

 

 タウニーは、そのあまりにも独善的な理屈に顔を赤くして憤ったが、詰め寄ろうとする彼女の肩を、ユカリの細い手が静かに制す。

 

「お受けなさい。今のミアレにおいて、この方たちの渇望を満たし、その牙を正面から受け止められるのは、あなたたちしかいないのですから」

 

 街の秩序を守るために振るわれる『正義』と、ただバトルの極致を求め、すべてを焼き尽くそうとする『渇望』

 ミアレシティ側は、モモナリが突きつけた狂気じみた条件を、もはや拒む術を持たなかった。

 

 沈黙の中、少年がゆっくりと、しかし確かな足取りで一歩前へと踏み出した。

 その瞳には、先ほどまでの困惑は微塵もなく、ただ目の前の巨大な壁を乗り越えようとする、静かな決意の火が灯っている。

 

 男は、それに鼻を鳴らして、笑みを作りながら少年を睨みつける。

 

 タウニーは、少年の背中を見つめ、そして観念したように男を睨み据えた。

 

「明日よ。明日、ケリをつけましょう」

「はっはあ、楽しみだねえ」

 

 その言葉を最後に、男は満足げに鼻を鳴らし、再び夜の闇へと背を向けた。

 同じく女も、少年達とユカリを見やった後にそこから消える。

 

 明日の夜、この街のすべてが、一つの決着へと向かって加速していく事となった。




ラストは2/28投稿予定です

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