モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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29-美しいということ

 ハナダは水の町である。湖があるし、ジムリーダーも水タイプのエキスパートだし、お月見山からポケモンが降りてくる地理から一般のトレーナーも水タイプの使い手が多い。

 いかりの湖はその巨大さから野生のギャラドスの生息地となっているが、ハナダの湖は長細く曲がりくねっているため大型水ポケモンが繁殖していない、大人しい湖といえる。特にトサキントの繁殖場所としてはかなり適しているため、愛好家が良く訪れている。

 先日、僕は行きつけの飲み屋で愛好家のご老人と話が盛り上がった。形違えどお互いポケモンのプロである。通ずるところが多かった。

 さあ、これから佳境だ、というところでご老人は酔いつぶれてしまった。お互いに話し足りなかったので、後日ご老人の家にお邪魔することになったのだ。

 

 ご老人はハナダの岬にある小屋に住んでいる。なるほど湖に大きくせり出したこの土地ならトサキントの養殖にも向くだろう。聞くと元はご老人のお孫さんの別荘で、ご老人は留守番を兼ねているそうだ。

 ご老人の自慢のトサキント達も見せていただいた、トサキントと他の魚系ポケモンの違いは何と言ってもその尾びれにある、水の中で大きく揺れるそれは人間の美意識を刺激し、それをモチーフにして作られた着物やドレスがあるほどだ。

「美しさではケイコウオもよく言われますが、ケイコウオは二枚の尾びれが羽ばたいてアゲハントのように見えるのがいいですね、トサキントはその大きな尾びれがヴェールのようになっていて、トサキントが泳ぐたびにふわふわ揺れるのが良い。どっちもいいですが、湖ならトサキントでしょうね」

 ちょうど今は孵化の時期らしく、僕は特別にそれを見せていただくことになった。湖の一部に作られた生け簀の中に、小さなトサキント達がいる。

「トサキントの尾びれは、泳がせることで作るんです。生け簀の中でグルグルと泳ぐことによって尾びれを刺激し続けるんですわ」

 何事も努力であると思った。ここからさらに選別するんですか? と問うと「ええ、尾びれの形は生まれ持ってのものですからね、早く見切って隔離してあげないと、他のものにいじめられるんです」

「いじめられるんですか?」

「ええ、尾びれが大きく美しいと言うことは、それだけ動きが遅いということでもあるんです。だから逆に尾びれが小さくシュッとしてる個体は、私達の思う美しさとは離れていますが素早く小回りも効いて、生物としては非常に強いんですよ」

「美しいというのも、大変なんですねえ」

「美しいか否かと言うことを決めているのは我々ですからね。我々が勝手に強くないトサキントを美しいとしているだけなんですよ」

「僕達と反していますね、僕達にとっては強いことが第一ですから」

「強いものが好きなもの、弱いが美しいものが好きなもの、バランスが取れていいことですよ」

 

 ふと、僕はホウエンチャンピオンのミクリさんのことを思いだした。ミクリさんは美しさと強さを両立したトレーナーで、コンテストでもトップクラスの結果を残している。

 若かった頃の僕はそんな事ありえるわけがないとミクリさんをボコボコにしに行ったのだが(基本的に若いころの僕はボコボコにしに行くか寝てるかである)悔しいが確かに彼は強く、そして美しかった。

 僕は、強いことが美しいと思っている。だから僕より強かったら、無条件で美しいのである。

 果たしてミクリさんは、強いから美しいのだろうか、それとも美しいから強いのだろうか。コンテストというものはバトルから発展したものであるのは言うまでもないが、もしコンテストを極めることがバトルの質を上げることにつながるのであったら。もっとポケモンリーグは華やかなものになるだろう。

 

 僕は思う所あって「つまりあなたはこの中で美しくない、つまりバトルが強い個体を見分けることができるのですか?」と聞いた。

「トサキントに関してはそうですね」とご老人はケロッとした顔で言った。何ということだろう、それは僕達が何が何でも手に入れたいと思うとんでもない技術だ。

 僕がしきりに感心していると、ご老人は「実は」と言って。僕に見せたいものがあると言った。

 もう一つの生け簀に案内される、その生け簀にはトサキントが一匹だけ居る。

「この個体は、尾びれが小さく、喧嘩っ早く、私達の価値観からは大きく外れている個体です」

「それはつまり」

「かなり強い個体であることは間違いないでしょう。本来私は選別から外れた個体は大きくなる前にこの湖に放流するのですが、こいつを放流するととんでも無いことになると思って、生け簀と変わらずの石でなんとかしていたんです」

「なるほど、つまり僕にとっては垂涎モノだということですね」

「ええ、無理にとは言いませんが…トレーナーのお友達などいれば…」

「いえ、僕が引き取りましょう。俄然興味があります」

 

 と、言うわけで僕は新しくトサキントをゲットした。今はご老人の知り合いの業者に鉄製の生け簀を作ってもらいそこで育てている。

 彼が美しくなるか否かは、僕次第である。




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