モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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37-僕が神を信じた日

 僕はこのコラムに関していくつかの自分ルールを定めていた。

 その中に『観戦記めいたものは書かない』と言うものがある。『週刊ポケモン生活』はバトル系の雑誌ではないし、同社から発行されている他雑誌へのけじめがつかないと思ったからだ。

 しかし、今回僕はそれを破ろうと思う。もちろんガチガチの観戦記を書くわけではないが、僕にとってそのくらい衝撃的なことだったので、勘弁してほしい。

 

 今期Aリーグの最終結果は、カリンさんとBリーグ昇格してすぐのオグラ君が七勝二敗で同数トップとなった。カントー・ジョウトポケモンリーグは勝ち数が同じだった場合は原則的に前期順位が優先されるが、Aリーグ一位だけは別で、プレーオフという直接対決で決める。

 カリンさんとオグラ君のプレーオフはカリンさんの勝利となった。この試合は詳しく書かないがお互いの良いところが出た名試合だったと思う、オグラ君の今後にも期待ができるだろう。

 

 キシ君とカリンさんのチャンピオン決定戦、僕は前年と同じくセキエイ高原で観戦することにしていた。チャンピオン決定戦は大きなイベントなので、解説会やパブリックビューイングなどの仕事が入ることもあるが、僕はそういうのは若手に任せている。

 リーグトレーナー達の予想はキシ有利だった。新戦力であるサザンドラがハマっているとはいえカリンさんは久々の挑戦であるし、チャンピオンのキシは今期ノリに乗っている、圧倒的強さでシルフトーナメントを勝ち抜いたことがその証拠である。挑戦者カリンの実力は皆が認めているものの、チャンピオンキシにそれ以上に勢いがあるという見立てだ。

 現地観戦組のトレーナーの中にAリーガーのニシキノ君とイツキさんを発見した。共にジョウトのトレーナーである。これは興味深いと思った。ニシキノ君はキシ君のライバルとして有名であるし、イツキさんは誰よりもカリンさんのことを理解している人である。

 二人は全く展開が読めないと言った。正直僕もそう思っていた。

 ニシキノ君は、チャンピオンの状態について、これまでにないほど充実していると言った。しかし同時に、カリンさんの底無しの才能も気にしていた。

「あの人の周りって、いつも涼しそうに見えるんですよ。歯を食いしばって、脂汗流しながら戦っているところを見たことが無いし、想像もできません」

 多少大げさだが、カリンと言うトレーナーをよく表していると思う。このセリフを前期Aリーグ順列二位のニシキノ君に言わせてしまうところがカリンさんのカリンさんたる所以なのである。

 

 試合序盤、カリンさんはブラッキーとヘルガーでキシ君の陣営を翻弄した。ローブシンにはミカルゲで対応、マリルリにはラフレシアで対応、少ない選択肢から確実にトップで戦える戦力を築いている。

 カリンさんの序盤作戦の成功は、僕達の中ではそこまで不思議なことではなかった。彼女が入れ替えの判断や一瞬の機転に長けていることは実力があればあるほどわかる。むしろキシ君がエースのカイリューを温存しているのが僕は気がかりだった。

 カリンさんの性格上、パーティにフェアリータイプは組み込まない。すると何時までたってもドラゴンタイプの強力なポケモンが脅威となる。サザンドラをパーティに組み込んではいるが、カイリューとサザンドラのマッチアップは持ち前のタフネスからカイリューが優位に立つ可能性が高い。

 

 カリンさんの序盤作戦が功を奏し、キシ君は残りのポケモンが二体となった。マリルリとカイリューである。

 対するカリンさんの残りは五体、ヘルガーがヤラれただけである。一見するとキシ君が大ピンチのように見えるが、僕達はこれでもまだ状況は互角だという認識だった、キシ君がマリルリとカイリューという勝負を決めることができるポケモンを残しているのに対し、カリンさんはエースであるヘルガーを失っている。ブラッキーはもう戦闘不能寸前だし、サザンドラ以外のポケモンはサポートが主なポケモンで試合を決めきる要素はない。

 次にポケモンを倒したほうが有利になるだろうという見立てであった。

 

 キシ君はカイリューを温存、マリルリがラフレシアに倒されたことによってキシ君の残りはカイリュー一匹となった。ここらへんでようやく僕達の見解はカリンさん有利に傾いた、いくらカイリューがタフであろうと、五体はきついという見立てだった。しかしキシ君も交代読みの補助技を最後の最後まで警戒してのカイリュー温存である。まだ勝負が決まっているわけではない。

 

 ここからチャンピオンの大反撃が始まった、カントー・ジョウトポケモンリーグの歴史は長いが、ここまでの盛り返しは少なくとも僕の記憶にはない。

 ラフレシアを倒して残りが四体、ミカルゲも倒して残りが三体。カイリューの体力を削ることすらチャンピオンは許さない。

 このタイミングでカリンさんはサザンドラを投入。僕はタイミングが早いのではないかと思った。

 カリンさんの残りはブラッキーと無傷のドンカラスだから、この二体でカイリューを消耗させてからでも遅くはないのではないか、結局、僕は彼女のレベルについていけていなかった。

 僕達三人はここで山場の消耗戦になるだろうと予測した。

 ところが、僕達の予想は尽く裏切られることになった。

 なんとキシ君のカイリューがサザンドラを一撃で沈めたのである。

 

 セキエイ高原には神がいる。とイツキさんは言っていた。僕は基本的にこの意見には反対である。勝敗すらも神の意思のもとに決められているのならば、僕達トレーナーの存在意義に関わると思うのだ。

 しかし同時に、トレーナーであるならば、その日の調子やその他の事情によって勝敗が左右されることもあることも痛いほどよく知っている。体調が良ければ反射神経も良くなるし、かと思えば反射神経が良かったために不利になることもある。いつもより声がよく出る、いつもより良く聞こえる、それだけでも勝敗に関わることすらある。技のあたりどころが悪くてポケモンがあっさり沈むこともある。

 そのようなことがチャンピオン決定戦で起こってしまった場合、そこに運命的なものを感じないのは無理だ。この日、僕はセキエイ高原には神がいるのかもしれないと思った。

 

 セキエイ高原のリーグトレーナー控室は揺れた。長くに渡ってリーグトレーナーの憧れの一つであったカリンさんの悲運に皆が動揺していた。そして皆勝負の結果を見きっていた。

 カリンさんは至極落ち着いてドンカラスを繰り出した。カイリューは猛攻をかける、ドンカラスは必死にかわす。僕達はそれが見ていて辛くて仕方がなかった、いかにカリンさんが才能にあふれるトレーナーであっても、この勝機を逃すようなトレーナーはチャンピオンになれない。

 

 一瞬、カイリューに隙ができた。僕はその瞬間はチャンスだと思ったが、どう考えてもドンカラスにカイリューを一撃で落とすだけの力はなかった。

 ここで、信じられないことが起こった。これは本当に信じられないことであった、理屈の上では可能だが、そんなこと実際にはできやしないと思っていた。

 ドンカラスは歌ったのである。それは『ほろびのうた』だった。

 ほろびのうたという技は、かなり古典的な技である。歌を聞いたポケモンを時間差で戦闘不能にすることができる技で、覚えるポケモンは少ない。この時間差というのがミソで、スピードが重視される現代バトルにおいては、この時間差が厳しく、一匹のポケモンを戦闘不能にする前に二体以上のポケモンがヤラれてしまう事も珍しくない。歴史に消えた技である。

 さらにもう一つ問題がある。それはこの技をポケモンに撃たせるためには相当な信頼関係が必要ということである。

 『ほろびのうた』を歌った後、ドンカラスは再びカイリューの技を時には傷つきながらも必死にかわし続けた。考えてもみてほしい、このドンカラスはなぜ必死に攻撃を交わすのか、それは自分が『ほろびのうた』で戦闘不能になるためである。カリンさんとドンカラスの間にどれだけの信頼があるのかがよく分かるだろう。

 

 しかし、これで試合が決まったわけでもない、『ほろびのうた』がその効力を発揮する前にドンカラスと虫の息のブラッキーを倒してしまえば、チャンピオンの防衛が決定するのだ。

 その約五分は、カントー・ジョウトリーグ史上最も濃密な五分間だっただろう。チャンピオンとカイリューは持てるあらんばかりの技術を注ぎ、ドンカラスを倒そうとした。挑戦者とドンカラスはなんとかカイリューの猛攻をしのぎ続けた。なんどでも言うが、『ほろびのうた』で戦闘不能になるためである。もしブラッキーに入れ替えていたら、たちまちニタテされていたであろう。

 

 悲鳴にもにたどよめきがリーグトレーナー控室からあふれていた。そこまでするのかと、そしてそこまで出来るのかと僕達は震えていた。

 その時がきた、かみなりを外したカイリューがふっと棒立ちになる。同時にドンカラスも羽ばたきをやめた、両者戦闘不能だった。

 新チャンピオン誕生は、読者の方々も知るところだろう。長かった、とイツキさんは漏らした。彼は泣きながら笑っていた。

 

 この日セキエイ高原には神が居た、自分勝手でいけ好かない神だが、間違いなくそこには神が居た。

 しかし、カリンと言う神から見放されたあるトレーナーが、その才能によって神をもねじ伏せ勝利を得たのも見た。

 そこには信頼があった。誰がなんと言おうと、そこには信頼があった。




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