モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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43-ミアレガレット

 夏です、皆さん調子はどうでしょうか?

 僕はぼちぼちです。シルフトーナメントも第三位に食い込みました。リーグ戦も三勝三敗です。

 残り三戦の内訳はクロセ、キシ、ワタルです。今年のAリーグは実に厳しくて、三勝程度では残留は厳しいかもしれない。クロセ君とキシ君には借りがあるし、ワタルさんには通算で負け越しているのでここらへんで意地見せとかないと一生舐められるので頑張りたいところです。

 ですが、僕はその前に借りを返さないといけない相手がいるのです。僕はずっと、僕はずっとそのチャンスを望んでいたのです。

 

 正直、半分は諦めていた。相手はあの大女優カルネである。僕程度のトレーナーが望んでどうこうできる対戦相手ではない。相手だってきっと僕のことなんて記憶の片隅にもないだろう、彼女にとって僕は叩き潰してきた無名のトレーナーの一人にすぎないだろうから。

 

 ところが、どうもそうではなかったらしいのである。最近発売された彼女の女優としての自伝に、何故か僕との対戦が登場したらしいのだ。

 こういう時、物事はトントンと進むものである。気がつけば、僕のもとにカロス地方への航空券とエキシビションマッチへの招待券が送られてきたわけだ。

 僕がAリーグ所属だったのが大きかったのだろう、大女優カルネの自伝に登場したトレーナーがBリーグとあってはインパクトが薄いだろうし、恐らくエキシビジョンも組まれない。タイミングが良かった。僕は向こうの言葉がわかるカントーポケモン協会の職員とともにカロス地方へと飛んだのである。

 

 十数年ぶりのカロス地方だったが、特にこれといって変わったところはなかったような気がする。嘘です、当時の僕と今の僕とでは持っている感性が違いすぎて、比較することが出来ない。例えば、少年だった頃の僕はただただ古臭いだけの建物や石像などを見て、何だかよくわからないけれど人がいっぱい見ているから凄いのだろう。位の感想しか持たなかったが。今では多少感慨にふけるくらいのことはできる。モノは変わっていないのに妙なものである。

 

 エキシビションマッチの相手も変わっていない。だが、やっぱり僕の心持ちは違う。

 十数年前の僕は、彼女を軽く見ていた。女優がトレーナーごっこをしているだけだと思っていた。だから僕は当然真剣には思っていなかった。むしろ少しばかり手加減して、あわよくば負けてあげる位の事をすれば、彼女の面子を保てるのではないか。とすら思っていたのである。

 今の僕にとって、彼女はとても遠くの存在である。カロス地方最強のトレーナーが、大女優でもある。と言う認識だ。真剣も真剣、大真面目である。もし、彼女が今の僕に対して手を抜くようなことがあっても、僕にはそれを批判する権利はない。

 

 十数年前、僕が負けたのは必然だった。きっと、戦う前から負けていたのだと思う。否、負けという表現すらふさわしくはないだろう。あの時、僕と彼女はただただ形として向き合っていたというだけだった。俗な言い方をすれば、同じスタートラインに立ってすら居なかった。

 僕の『借り』と言うのは。あの時の敗北ではない、あの時、真剣に彼女との勝負に向き合わなかった事こそが、彼女に返すべき『借り』なのだ。

 

 エキシビションマッチは、彼女の女優生活十何周年かの記念祭典の催しだった。僕は特別ゲストとして招待され、彼女が初めて主役として出演した映画の上映会にも参加した。なるほど、あの時あの新聞記者は、彼女を愛していたからこそ、彼女から離れたのかと、ようやく理解した。もちろん映画の話です。

 

 エキシビションマッチの方ですが、実はいろいろな権利関係の問題であまり詳細に言うのはやめてくれと釘を差されているのである。これは少し腑に落ちないが、実はこの文章を書くことすら結構譲歩してもらった結果なのでまあいいとしよう。

 結果から言えば負けである。負けだが、喰らいついた負けだ。カルネこそが史上最強のトレーナーだと疑っていないファンには冷や汗をかかせることが出来たと思うし、僕のことを全く知らない人にも「カントーにはそこそこやる奴が居る」くらいには思ってもらえたと思う。

 僕は、ようやく彼女と同じスタートラインに立つことが出来たのだ。

 

 翌日、僕はポケモン協会の職員と一緒にガレットを食べに行った。そのガレット屋は随分と有名になっていたようで、平日だというのにかなりの列があった。

 試合が終わってしまえば、大女優でもない限りトレーナーは暇人である。僕は文句ひとつ言わず列に並んだ。

 そして列を消化し、店員と顔を合わせると、なんと店員は勝手にガレットを作り始めた。そして出てきたガレットは、その店で最も高いトッピングだった。

 店員が早口に僕に何かを言った。職員は顔を輝かせて「カルネさんからの奢りだそうです」と言った。僕はそれを受け取って、プリズムタワーに向かった。

 

 結局、僕はこのガレットというスイーツの味をまだ理解していない。

 今度、クシノあたりに作ってもらおう。




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