モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 64-空を支配した男

 その日、ポケモン育成専門スタッフのトモヒロはポッカリと空いてしまったこの時間をどうすればいいか決めきれていなかった。

 先日、ジョウトのトレーナーへ育成済みのシャワーズを手渡したばかりで、今日はこれといってやることがなかった。ホウエンのトレーナーに頼まれているルンパッパも、シンオウのトレーナーに頼まれているフローゼルも後は基礎トレーニングの反復でモノになるだろうし、後は部下に任せておけばいい。バッジ六つ程度の使えないトレーナーでもポケモンに任せとけばレベル上げくらいならできる。

 シンオウのトレーナーに依頼されていたフローゼルは、彼の自信のポケモンだった。おつきみ山で何匹ものズバットを相手にすることで鍛えた判断力と瞬発力、『あめ』でフィールドが濡れている状態ならば、シンオウのどのポケモンも追いつくことはできないだろう。

 ここ数年、ポケモン対戦界で大流行していた『天気変更戦術』に、トモヒロは随分と稼がせてもらっていた。活躍できるポケモンの限られる『天気変更戦術』の登場は、トモヒロのような育成を専門とするスタッフの需要へと変化し、負担の減ったリーグトレーナー達はより鋭い対戦を可能にし、変化についていけないトレーナー達を置き去りにしつつあった。

 トモヒロの成功を背景に、育成専門の職は爆発的に増加した。しかし、どれもまだ発展途上といったところで、トモヒロほど高品質なポケモンを供給するには至っていない。

 当然だ、とトモヒロは思っていた。彼は自分の仕事に絶対の自信を持っていた。自分と後追いじゃ年季も実力も段違いだと確信している。育成というものは、戦う才能がなかった人間の逃げ場ではない、戦う才能こそが、育成に最も必要な物なのだと思っていた。

 彼の事務所には、八つのカントージムバッジが飾られている。雑誌や新聞が乱雑に散らかっている事務所だが、そこの周りだけは清潔に気を使われていた。もちろんそれはトモヒロ自身が実力で手に入れたものであった。

 今でも、例えばCリーグで何年ももがいているような面汚しのような連中にはいい勝負ができると彼は思っていた。戦う才能はある、だが自分ではチャンピオンになることができないという現実に、誰よりも早く向き合っただけなのだ。

 ふと、彼は今日がシルフトーナメントの予選試合の日だと気がついた。どうせどっちかが天気を変えるだけ、否、もしかすればどっちも天気を変えるだけかも知れないが、最新の試合は今後の仕事の指標にもなる。

 例えば速さに自信のあるポケモンを育成するにしても、ある程度ターゲットのポケモンを決めておいて、そのポケモンより首一つ早く動く事ができるだけのトレーニングを積めば、後は別のトレーニングに費やすことができる、常に考え、人の一歩先を提案せねば、周りとおなじになってしまう。

 モニターの電源を入れ、チャンネルを回す、シルフトーナメントの予選試合は有料チャンネルでしか見ることができないが、トモヒロは対戦系統のチャンネルには全て入会していた。

 都合の良いもので、もう少しすれば、次の対戦が始まるようだった。対戦者の名前と顔写真が、モニターに表示される。

「ほー」

 トモヒロは思わず声を上げてしまった。どちらも自分の知っているトレーナーだった。

 片方はササモトと言うトレーナーで、現役のAリーガーだった。『天気変更戦術』の第一人者で『あめ』に強いトレーナーだ、常にこの戦術の最先端を走る男で、雨乞いマルマイン大爆発と言うエースポケモンへの引き継ぎに伴うタイムラグを無効化する戦術をいち早く取り入れたトレーナーでもある。

 トモヒロもこのトレーナーの影響で何匹かのマルマインを育成した記憶がある。この業界に影響力のあるトレーナーの一人だろう。

 もう片方はモモナリと言うトレーナーで、こっちは特に業界に影響のあるトレーナーなわけでは無かったが、その名前はよく知っていた。

 誰が見ても羨むような才能を持ったトレーナーだった、しかし、史上最も才能に溺れてしまったトレーナーの一人だろうなとトモヒロは思っていた。

 モモナリが自分のような育成スタッフを利用していると聞いたことは無い、似たような職種である孵化専門スタッフの影も聞かない、このご時世に孵化も育成も捕獲も自分でやっているのだという。

 きっとそれが出来るだけの力はあるのだろうな、とトモヒロは思った。『チャンピオンロード世代』の総合力に関しては単純に時代遅れと笑うことはできない、その世代の中でもトップクラスの力を持ったモモナリからすれば、孵化育成スタッフを利用するトレーナーのほうが異端なのだろう。

 だが、それゆえに、この『情報の時代』にそっぽを向いてしまっている。ポケモンについての情報を詰め込み、戦略を考え、生み出し、模倣する。昨日まで強かった戦術が、明日も強いとは限らない。明日も勝ち名乗りを上げたければ、常に変化し続けなければならない。もはやたった一人の力でこの『情報の時代』を勝ち抜くのは不可能だろう。

 事実『チャンピオンロード世代』の多くは『天気変更戦術』に対応できず、地位を下げつつあった。「どのような環境にも対応する事」が美徳の彼等にとって「自らの力を最大限に発揮できる環境を無理やり作り出す」という戦術は受け入れがたいものであり、かと言って『あめ』や『あられ』状態を前提に組み込まれたパーティに五分以上の力を発揮するだけの規格外の力は残っておらず『情報の時代』に乗り込むには些か遅すぎた。

 思うところがあって、トモヒロは散らばっていた新聞から比較的新しいものを探しだし、ポケモンリーグ情報の欄を見た。

 少し小さいBリーグの星取表に目を凝らして確認すると、モモナリはここまで四戦全勝とBリーグの一位を突き進んでいた。

「Bの連中とも結構取引してるんだがなあ」と、トモヒロは顎をさすった。『天気変更戦術』の波は、Bリーグをも支配しつつあるはずだった。なのに、このモモナリの好成績は何なんだ。

 トモヒロはリモコンを机に置き、背もたれに体重を預けた。この試合はじっくり見ようと思った。

 

 

 

 

 モモナリの出場するシルフトーナメント予選は、コガネシティのポケモンリーグ対戦場で行われていた。

 一年を通してリーグ戦を戦うポケモンリーグと違い、シルフトーナメントは一夏の短い期間で行われる弾丸式のトーナメントである。トーナメントの組み合わせも完全な抽選で行われ、勢いが上手くハマればCリーガーにも決勝の八人に残る可能性がある興行となっている。

 関係者控室、セキエイ高原特別対戦場のそれほどではないが、対戦をより近くから見ることの出来る部屋だった。

 集まっているトレーナーの殆どはササモト側だった。今最も強いと考えられている戦術の最先端がどのように過去の天才を料理するのか、皆の関心はそこだった。

 逆にモモナリ側は非常に数少ない、ハッキリとモモナリを贔屓にしていると言えるのはクロサワ、キリュー、キシの三人だけだった。

「で、お前らは一体どうなると思ってんだ?」

 クロサワがキシとキリューの二人に問うた。キクコ一門の二人はセンスも格もあるとしてクロサワのお気に入りだった。

「『天気変更戦術』に関する精通度はやはりササモトに一日の長があるでしょうね。モモナリの『すなあらし』にはあそこまでのシナジーは無い」

 キリューのこの評価は実に客観的なものだった。『すなあらし』に関してはモモナリは第一人者の一人だったが、それはあくまで状況を未知のものにして判断力の勝負に持ち込む手段の一つであり、昨今の『天気変更戦術』のような超強力なシナジーを生み出すものではない。

 だけど、とキリューは続ける。

「モモナリの荒れようや、これまでの成績を考えると。不思議な事にこの対戦でモモナリが負けるビジョンすら見えない」

 そう、モモナリはこの『天気変更戦術』に対して、かなりの高勝率を誇っていた。考えられる要因自体は数多くあった。そもそも強いと言う説から、ゴルダックの特性『ノーてんき』の有用性、長年『すなあらし』戦術を使っていたことによる天気変更への経験値の違い。しかし、その最も大きな要因は別であると彼等は考えていた。

「どうしてあの人は、天気変更が相手の時にだけ、あんなに闘志むき出しになるんでしょうか」

 キシの疑問の通り、モモナリはこの『天気変更戦術』をとてつもなく嫌っていた。「始動役のポケモンの扱いが雑だ」というのが大きな理由らしかったが、後にマルマインで天気を変更させた後に『だいばくはつ』で退場する戦術を初めて目の当たりにした時には、まさに文字通り激怒をしていた。「そんなことまでして勝ちたいのか!?」という怒声が、対戦場に響いたこともある。

 この騒動は、多くのファンに「落ちぶれた天才の末路」としか映っていなかった、過去に天才と呼ばれながらも、時代に乗り遅れ長期間Bリーグに居座り続けていることに対する鬱憤の爆発。特に聞き入れる必要の無い、価値の無いものと認識されていたのだ。

 しかし、モモナリと付き合いの古い者達は、それがただ事ではないことをよく理解していた。事実、彼はその後時代の最先端であるはずの『天気変更戦術』に対して一人驚異的なまでの高勝率を維持した。

「ムカついてんだろ」

 くわえタバコのクロサワが、マッチに火をつけながらそう呟いた。大きく吸い込んでから更に続ける。

「どこもかしこも雨、雨、雨だ。創造性の欠片も無ければ、強さも見えやしねえ。ジメジメして気分も悪いしな」

 きっとそれは違うだろう、とキリューは思った。モモナリはそういう部分にムカついたりするような男ではない、才能がない人間を叩き潰して勝ったと笑い、才能ある人間に負けても「いい勝負ができた」と笑うような男である。そして、才能がない人間には奴は絶対に負けない。そういう男だが。

 むしろそれは、クロサワの胸の内なのではないだろうか。彼は『天気変更戦術』に対応しきれず、Bリーグに落ち、そこでも目立った成績は残せていない、晒してしまえば弱みを見せてしまう胸の内を、今この場で言うことで誤魔化しているのではないか、とても言えたものではないが、そう思った。

 

 

 

 

 ササモトの一体目はマルマイン、昨今の流行りからすれば当然の選出である。その素早さから雨を降らせることは確定しているようなものだし、補助技妨害技の選択肢も豊富、いざとなれば『かみなり』も撃つことが出来る。そしてなんといってもキモは『だいばくはつ』による退場である。

 対するモモナリの一体目はアーボック、特に相手の戦術を縛るようなポケモンではない。

 さっそくマルマインが電撃をほとばしらせ、対戦場の上空に雨雲を創りだした。

 しかしそれが『あめ』となって降り注ぐ前に、モモナリはアーボックをボールに戻した。

 元から用意していたプランだったのだろうか、彼は素早く次のポケモンを繰り出す。

 繰り出されたポケモンは地面タイプのカバルドンだった、電気タイプのマルマインに対しての選出はタイプ相性的に納得のものだが、それ以上の効果を秘めている。

 登場したカバルドンは背中から砂煙を吹き出し、対戦場を『すなあらし』状態にする。後出しで天候を切り替えた。

「最初からカバルドンを出せばよかったのでは」

 と疑問を口にしたキシに「それはあまりにも決め打ちがすぎる」とキリューが諭した。

「相手は水タイプが多い、天気を変えることが出来るカバルドンは大事に使いたいんだろうな」とクロサワも続けた。

 ササモトは初志貫徹ともう一度マルマインに『あまごい』を指示する。再び雨雲が対戦場上空に浮かび上がり、砂を含んだざらつく『あめ』が対戦場に降り注いだ。

 カバルドンは雨に濡れながらも、口から固く尖った『ステルスロック』を相手陣営に吹き飛ばし、交代にプレッシャーを掛ける。

 更にカバルドンはマルマインに『とっしん』してプレッシャーをかけるが、ここでマルマインは『だいばくはつ』でカバルドンを巻き込んだ。

「これだな」

 クロサワが冷めた目で見ていた。

 マルマインの『だいばくはつ』の威力では、カバルドンに引導を渡すまでにはいかないが、それでも『すなあらし』起動役のカバルドンを後出しで使いにくくするだけでも十分すぎるほどの仕事といえる。

「『あめ』を降らせた時点でマルマインの主張は通ってる。力が均衡していればこのままササモトが押し切るはず」

 ササモトが次に繰り出したのはジュゴンだった。尖った岩がその体に食い込み、無視できないダメージを受けてしまうが、その特性『うるおいボディ』によって状態異常に強く『ねむる』によりデメリット無く体力を全回復することが出来る。対面がカバルドンであることを考えると、安定した選出といえるだろう。

 ジュゴンは水タイプの攻撃の体勢をとるが、モモナリはカバルドンをボールに戻し、新たにゴルダックを繰り出した。

 ゴルダックはジュゴンの『なみのり』をモロに食らってしまうが、ゴルダックの特性『ノーてんき』によって『あめ』の恩恵を受けない水タイプの攻撃は、ゴルダックにとって大した痛手にはならない。

 ササモトはゴルダックに『きあいだま』の選択肢がある事を事前情報できっちり理解していた。そして、今日ここで『天気変更戦術』に一人立ち向かっている男を完膚なきまでに叩き潰し、自らの戦略こそがこの世で最も驚異的なものであることを示そうとしていた。

 彼はジュゴンを手持ちに戻し、新しいポケモンを繰り出した。

 ぎりぎりまでジュゴンを狙っていたのだろうか、ゴルダックの『きあいだま』は不発に終わる。

 新しく登場したポケモンに、控室は唸った。

「なるほど、ヌオーか」

 ササモトが選んだ対策に対する対策、それは水タイプと地面タイプの複合ポケモンであるヌオーだった。一見おっとりとしているように見えるが、そのタフネスさには一定の評価がある。

 お互いにジリジリと睨み合う。

「これはまずいかも」

 キシはしっかりとヌオーを見据えてそう呟いた。かつてはノートをパラパラとめくり、ヌオーの項目をチェックしていたかもしれないが、もはや大体のポケモンに対する知識はその脳内に刻み込まれていた。

「まずいって、こりゃ泥試合になるだけの組み合わせだ」

 クロサワは否定したが、キシがそれに返す。

「泥試合になれば、ヌオー側が有利です。ゴルダックの主軸である水攻撃はヌオーの特性『ちょすい』によって無効化されます」

 ヌオーの特性『ちょすい』は水タイプの攻撃を受けると逆に体力を回復する。地面タイプを持っているヌオーにとっては弱点属性を一つ無効化していることに近い。

「逆にヌオー側は地面タイプであることを盾に『じしん』や『どろばくだん』で一定以上のダメージを与えることができます。地面タイプだから『すなあらし』の影響を受けない上に、始動役のカバルドン相手にも優位に立ち回れる。あ、そうか、ルンパッパが苦手なアーボックにも対応できるのか。良く出来てるなあ」

 一人ウンウンと納得する。そこにキリューが「草タイプを出されたらどうする? モモナリはユレイドルを持っているかも」と指摘した。

 キシはもう少しばかりじっと考えてから、それに答える。

「恐らくそれに対抗できるポケモンを新しく投入しているでしょう。ユレイドル対策を第一に『あめ』のことを考えるならば、例えばハッサムのような虫タイプ」

 キシの予想は当たっていた、ササモトは対策の対策であるヌオー投入の際に、最大の弱点である草タイプに対する答えにハッサムを導き出し、投入していた。このハッサムには『バトンタッチ』の役割もあった。相手の草タイプを駆逐しつつ『つるぎのまい』や『こうそくいどう』で能力を底上げし、そのまま後続に引き継ぐ。一世を風靡しつつある戦術を作り上げた男の非凡さに満ちた選出だった。

 完璧だった、様々な情報が交錯する中、たった一人で『天気変更戦術』に真正面から立ち向かった天才を葬るのに十分な敬意がそこにはあった。『天気変更戦術』を主軸にしているトレーナー達からはよく思われていないモモナリだが、少なくともササモトは彼に敬意をはらっていた。作り上げた戦略を真似るトレーナーよりも、それに立ち向かってくるトレーナーのほうが自分を理解していると思っていたのだ。たとえそれが、相容れない考え方の相違が原因であってもだ。

 ヌオーが動き出す、それを見てゴルダックもヌオーに向かう。ヌオーの動きは遅い、ゴルダックが先手を取れるだろう。

「当たり負けるぞ」とクロサワが叫んだ。

 しかし、次の瞬間、信じられないことが起きた。

 ゴルダックの額の宝石が怪しく光ったかと思うと、それは次第に輝きを増し、やがて弾けるように波動となってヌオーに叩きつけられた。

 なんだ、と観客席と控室は揺れる。

 だが、ヌオーの体がぐらりと揺れ、正面から地面に突っ伏したのを確認した時、キシが大声で「あああ」と叫んだ。

「『めざめるパワー』だ」

 その言葉で、控室はようやく状況を理解したが、それでもなお、信じれないといったふうに「うそ」とか「あほ」とか「ばか」などを含んだ疑問語で埋め尽くされる。

「まてまて」とクロサワが手を振った。

「そりゃ理論上は可能だろうよ、だがおめえ、『めざめるパワー』をそんな都合よく出来るわけねえだろうが、ゲームじゃねえんだぜ」

 『めざめるパワー』とは、その名の通り、ポケモンの中に眠っている他のタイプのパワーを引き出す技である。

 しかし、実際にはそのポケモンのタイプから遠ければ遠いほどその習得は困難を極め、自分の思い通りのタイプを引き出すことはほぼ不可能と思われていた。

「ですけど、今目の前で起こったことを説明するには」とまで言って、キシは口をつぐんだ、キシ自身もまだそれに実感が湧いていなかった。

 ヌオーが倒れたことをが表すのはただ一つ「モモナリのゴルダックが草タイプの『めざめるパワー』を習得している」という事実。

 モモナリの執念が作り上げた「対策の対策の対策」だったが、それはあまりにも回り道がすぎるようにも思えた。

 

 

 

 

 これは面倒くさい事になったぞ、とトモヒロは背もたれに体重を預けながら頭を抱えていた。

 モモナリのゴルダックが見せた草タイプの『めざめるパワー』それは明らかに勝負をモモナリ側に引き寄せ、信じられないほどの大差での勝利を呼び込んだ。

 理に適っていたのはササモトの方だった、とトモヒロは思っていた。パーティの選択も、動きも、マルマイン二匹体勢の保険も、なんにも間違っていない。ただただ強大な何かの力で理不尽にぶん殴られただけ。

 『すなあらし』状態の中、ササモトが最後の頼みと言わんばかりに繰り出したハッサムも、アーボックの『ほのおのキバ』でおじゃん。その技の選択も割と異質ではあるが、それよりも厄介なのは『めざめるパワー』の方だ

「草タイプの『めざめるパワー』を兼ね備えた水タイプをお願いしたいな、私の水ポケモンに草タイプの『めざめるパワー』を教えてくれても良い」

 などと、アホなアマチュアに言われたらどう切り返せばいいのだろう。

 リーグトレーナーは良い、彼らは自分達が生活をかけてバトルと向き合ってるだけあって、それがどれだけ困難で、割に合わない事かを大体理解しているから。仮にこっちがそれを受けたとしても、それ相応の報酬は用意してくれるだろう。

 ところが身の程知らずのアマチュアはそうはいかない、彼らは戦いのこともポケモンの事も無知極まりない癖に、要求と期待だけはいっちょまえだからだ。

 例えば「それは難しいですし、割にあわないんですよ」と純度百パーセントの真実を向けたとしても「ええ、だけどこの間テレビでBリーガーのトレーナーがやっていたのを見ましたよ」などと言われる。否、それだけで済めばまだいい方、まだただの無知。厄介なのは勝手に怒って「あの育て屋はこちらの要求に応えようとしない、天狗になってもう落ち目だ」などと自分の愚かさだけを上手いこと隠してこちらの不評だけを器用に撒き散らしかねない。

 どこかの企業を巻き込んで資本金だけは一人前の育て屋が『めざめるパワー』について聞こえのいいことを言いまくって客をかき集めるかも入れない。そんなアホみたいな客はいくら持って行かれても痛くはないのだが、それ以上にこの業界の信用度が下がるのが問題だ。いくら聞こえのいいことを言っても、どうせ出来やしないのだから。

 トモヒロはモニタの中で声援に答えるモモナリを見て「嫌いだなー」と呟いた。もちろん多少のユーモア的な意味合いはあるが、全くの冗談というわけでもない、こうも気まぐれに、そしてなんでもないような事のように高等なことをしないで欲しいものだ。

 世界の九割ほどは、自分のような凡人だというのに。

 少しばかりセンチメンタルに身を任せていたが、ポケギアの着信音にそれは妨げられた。

「早速か」

 面倒くさいアマの客ならば、この試合を見ていないことにして、一先ず先延ばしにしようと思ってそれに出ると。聞き慣れた弟の「兄さん」という声が飛び込んできた。

 

 

 

 

「キシはどこ行った」と問うクロサワに、キリューが「なんか電話するとか言ってどこかに行きましたよ」と返した。

 忙しいやつだな、とクロサワは吐き捨てて、長くなったタバコの灰を携帯灰皿に落とした。

「完勝だったな」

 クロサワにとっては嬉しい事のはずだったが、どうもその声も表情も笑っているようには見えなかった。しかし、キリューも彼の気持ちはよくわかった。

「正直、むちゃくちゃと言うか」

 その後に何か言葉を続けようと、相応しい単語をいくつか見繕ったが、どれもしっくり来ないような感じがして「ねえ」と濁した。

「見せつけられた、って感じだったな」

 とクロサワが消え入るような声で呟いた。

 

 

 

 

「急な話だな」

 ポケギアの向こう側、ポケモンリーグコガネシティ対戦場に居る弟の要求は、トモヒロにとってあまり考えつかないものだった。

 トモヒロは自分の意志を継いでポケモンリーグで戦う弟を尊敬していたし、出来る限りのことはしてやりたいと思っていた。そして何より「今をときめく若手最筆頭キシの兄で、彼がリーグ戦で使うポケモンを管理している」という事実は営業の上でこれ以上ないほどの殺し文句だった。

「申し訳ないんだけど、最優先にしてほしい」

 珍しい要求だった。否、初めての事だったかもしれない。

「時間はかかる、ええと、ガブリアスに、ローブシンに、シャンデラに、メタグロスに、ウルガモス、ええと、後は」

「ボーマンダとオノノクス、キノガッサ、そしてマンムー。細かな調整に関してはまた連絡するよ」

 弟の言葉でようやくすべてを思い出して、手帳にそれをメモした。三体のドラゴンポケモンには目立つ蛍光色でアンダーラインを引いた。

「最上級ドラゴン三体はもちろんだが、他のポケモンもプライドが高い奴ばっかりだな」

「やっぱり難しい?」

「いや、プライドの高さなら俺も負けてねえ。専門外のポケモンが何匹か居るが、時間さえくれればなんとかしてみせる」

 キシはその言葉を聞いてホッとひと安心した。もし自分の力で育てなければならなくなるとしたら莫大な時間と手間がかかる。その間実力を維持し続ける事は難しいだろう。

「しかし、本当に大丈夫なのか? これだけのポケモンを一度に従えるのは難しいぜ」

 それぞれのポケモンがパーティのエースを張れると行っても言い過ぎではない程の格のあるポケモンだった。我の強いそれらのポケモンを一度に従える事の困難さは想像したくもない。

「だけど、誰よりも真っ先にやらなきゃ。今日、時代はハッキリと変わったんだから」

 答えにはなっていなかったが、弟が言うならそうなのだろうとトモヒロはため息を付いた。少なくとも戦いに関しては、弟は自分よりもずっと先にいる事を自覚していた。

「『天気変更戦術』は死んだんだよ兄さん」

 それは、この通話中一貫した弟の意見だった。

「俺も試合は見てたが、ありゃ誰にも真似できねえよ」

「兄さん、そういう問題じゃないんだ。真似が出来るとか、出来ないとかそういう事じゃなくて、あの戦術はもう信頼を失ったんだよ」

「信頼、ってなんだよ」

「もし仮に、リーグトレーナー九十九人に理論上勝つことが出来る戦術でも、たった一人に絶対に勝つことができない戦術は、もう死んでいるんだ。その戦術を使っている限り、チャンピオンにはなれないからね」

 全く理解できないわけではない、しかし、そうも極端なものなのだろうかとトモヒロは思った。

「多分モモナリさんは今期昇格すると思うよ、そして『天気変更戦術』が幅を利かせている間は勝ち続けると思う。チャンピオンにだってなれるかもしれない。でも、それはあり得ない。ポケモンリーグはそんなに甘くない、必ず移り変わる」

 もしかしたらモモナリはそれを狙っていたのだろうか、とそう言いながらキシは思った。戦術の流行が移り変われば『天気変更戦術』は自然と鳴りを潜める。相容れない戦術をこの世から消滅させるために、あそこまで徹底的なアンチ戦略を。

 

 キシの予想通り、この年モモナリはBリーグを十勝一敗の好成績でAリーグ昇格を決め、シルフトーナメントでも準優勝の栄光を手にする。

 しかし、この衝撃的な勝利は、キシのように敏感なトレーナーの目に強烈に映り、新たな戦術の誕生を後押しし始めていた。

 エースとなるようなポケモンを複数所有し、ポテンシャルで相手を押しつぶす、トレーナーとポケモンが秘める可能性の極地のような戦術がポケモンリーグを席巻するまで、そう時間はかからなかった。




『前書き』や『コラム モモナリという男』で触れていた『天気変更戦術』を完全に封じた時期のエピソードです。
 作中ではこれ以降天気変更戦術は鳴りを潜めるようになります。

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 誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。

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