モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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また書きたいシチュエーションが浮かんだので、更新します。
この話は二万時を超える長さになってしまったので、前後編を分けて更新します。


セキエイに続く日常 164-挑戦者達 ①

『うわぁ』

 実況席のササモトは、そう叫んで頭を抱えた。かつてカントージョウトリーグ屈指の戦略家として知られた男も、数年前にリーグを引退し、リーグトレーナー時代から兼任していたポケモンレンジャーとしての活動に本腰を入れていた。しかし、その理知的で、謙虚な人柄は未だに強い人気を誇り、こうしてたまにリーグ戦中継の解説に呼ばれることもあった。

 カントージョウトAリーグ最終戦の一つ、ワタル対キシの一戦はタマムシシティで行われていた。お互いが五勝三敗と同率で並び、勝利したほうが六勝三敗となって暫定一位となる。同じく五勝三敗としているシンディアの対戦成績によっては、そのまま勝者がチャンピオン挑戦者となる試合だった。

 対戦場では、ワタルが繰り出したハガネールが、キシのパルシェンと対峙していた。違和感というものは感じにくい光景である。ワタルは鉄竜であるハガネールを昔から手持ちに加えているし、パルシェンも絶対的というわけではないが、キシのパーティによく顔を出すポケモンだった。

 しかし、実況席のササモトとアナウンサー、そして観客たち、更には液晶画面を通してその試合を見ているトレーナーたちもその光景の異様さを容易に感じ取っていた。

『やったやった、やっちゃったよ』

 ササモトの解説は素直が信条である。思ったことを思ったまま口に出す。しかしアナウンサーもそれを熟知しているので、特にそれに気を取られることもなく職務を全うする。

『まさかのまさか、ドラゴン使いワタル選手まさかのカイリュー外しです。この大一番、ワタル選手が最後を託したのは二匹目のハガネールです』

 この試合は、キシが効率よくワタルを追い詰めつつ、安定したパーティの運用をしていた試合だと言っていい展開だった。チャンピオンロード世代のパーティに対するこだわりが弱点になりうることは、昔から指摘されていたとおりだった。

 だが、時代に取り残され、衰えつつあると言っても、ワタルのエースであるカイリューはカントージョウトリーグでも屈指の力を持ったポケモンであることに変わりはない、キシはトゲキッスとパルシェンを温存しながらパーティを運用していたのだ。

 しかし、ワタルが最後の最後、アンカーとして場を任せたのは、二匹目のハガネールだった。つまり彼は、この試合において、カイリューをパーティから外していたのだった。

『これは厳しい、厳しいですよ』

 ササモトが、ひゃー、と声を上げながら続ける。

『こんなのキシ君は想像だにしていませんよ。いや、勿論私だって考えていなかったし、リーグトレーナー達も想像していませんよ、これ他の場所で戦ってるAリーガー達が試合の後に聞いても実感わかないくらいのことですよ。ちょっと申し訳ないけどこれを想像出来てた人は自慢できませんよ、そのくらいの事ですよこれ』

 ワタルのハガネールが、パルシェンに襲いかかる。

『ほら、これこのまま勢いで押しつぶすつもりですよ。キシ君に状況の整理をさせてあげる義理なんてないですからね』

 あっ、とササモトが何かに気づく。

『コガネのシンディアさんとモモナリ君の試合はどうなってますか』

 アナウンサーもササモトの意図に気づいて、テーブルに備え付けてある端末を操作した。

 そして、あっ、と叫び声に近いような声を上げる。

『負け、負けです』

 ササモトが背筋を大きく反らせたために軋んだイスの音がマイクを通して視聴者に伝わる。

『コガネのシンディア選手、モモナリ選手相手に痛い敗戦です』

 これで、と勢いで叫んでしまったアナウンサーは、そこで少し沈黙した、自らがこれから叫ぼうとしていることが果たして正しいのかどうか、頭の中でその状況を反芻する。そして、どうやらそれが正しいらしいと確信して続けた。

『これで、シンディア選手のAリーグ優勝の目は、無くなりました。この試合は、Aリーグ優勝を決する一大決戦です』

『しかし、こっちももうほとんど決まったと言って良いでしょうね』

 パルシェンの戦闘不能から随分と時間が立ってから対戦場に現れたのは、トゲキッスだった。

『随分と繰り出しに時間をかけましたが、その程度の時間で状況を完璧に整理するのは不可能でしょう、当事者でない私だって混乱しているんです。しかもこの対面はハガネール側が有利、一匹目の『ちからずく』なハガネールと違って、恐らく二匹目は『がんじょう』でしょうしね』

 いやぁ、しかし、と続ける。

『あのワタル君がこんな試合運びをするとはねえ、時代だと言ってしまえばそれまでなんでしょうが、ちょっと感動的ですらありますよ』

『奇襲、と言っていいのでしょうか』

『いやあ、ドラゴン使いである彼がカイリューを外すことの大きさはそんな言葉で表せませんよ』

 この大一番での『竜外し』は関係者、ファンのど肝を抜いた。しかし、それ以上の驚きがチャンピオン決定戦にあることを、彼らはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 殿堂入りトレーナーにして、長期に渡りカントーポケモンリーグトップ層に君臨し続けた伝説の一人、キクコは、何の連絡もなしに自宅を訪ねてきたワタルに、特に驚くことも無かった。むしろワタルの訪問に慌てふためいていたのは、キクコの付き人としてワタルを出迎えた二人の若いトレーナーだろう、まだバッジ全てを所持していない彼らから見れば、ワタルは師匠であるキクコに負けず劣らない伝説だった。

「お元気そうで、何よりです」

 机を挟んで向かいにいるキクコに頭を下げた、ワタルの言葉は決してお世辞などではなく、心の底からの本心だった。

 キクコは、随分と高齢になっているはずだった。事実、肉体的にはある程度の衰えがあるのだろう、つい数年ほど前までは、自宅においている付き人は一人のはずだった。

 しかし、その表情と眼光は、まだまだ若いと言っていいものだった。まだワタルが少年と言ってよかった時代、ドラゴンすらも従えることができていた彼を身震いさせたあの雰囲気は、まだ衰えていはいない。

 キクコはそれを世辞と受け取ったのだろうか、笑いながらフンと鼻で笑った。

「ワタルともあろう男が、そんな事を言うためだけに突然顔を見せるようなことをするわけ無いさ」

 彼女は側についていた二人の若いトレーナーに「八番道路で四人倒してきな」と言って、彼らを部屋から退出させた。

「どっちもキリューが見つけてきた子だよ」と更に笑う。

「まだあたしが老け込まずに済んでいるのも、あの子のおかげだね」

 もう二、三言言葉を続けるかもしれない、とワタルは本題を切り出せずに居た。

 そんなワタルが面白かったのだろう、キクコは機嫌よく沈黙を楽しんでいた。そして、頃合いを見定めて「当ててやろうかい」とつぶやく。

「あたしの知る限り、あんたはリーグトレーナーらしくない礼儀正しい男さ。それが何の連絡もなくあたしの家に来ることの意味。それはつまり、今あんたは勢いと感情に全てを委ねてると言うことだろうね。あたしに連絡してから実際にこうやって会うまでの間に自分の頭が冷えてしまうのが怖かったんだろう」

 ふぅ、と、ワタルが溜息つくのを聞いて。キクコはらしくなく声を殺して小さく笑った。

 嘘の付けない、真面目な男。初めて顔を合わせた時に彼女が直感的にそう感じた彼の性格は、今になっても変わることがない。

「全く、相変わらずですね。しかし、決めつけが過ぎますよ」

「だが、図星だろう」

「まだ分かりませんよ。ポケモンリーグに関するスキャンダルを急いで報告しに来たかもしれませんよ」

 その言葉に、キクコは大きく声を上げて笑った。

「そんな事、あんたがあたしより先に知れるわけ無いだろう」

 その言葉の通りだった、キクコ一門はポケモンリーグだけではなく、ポケモン協会やポケモンレンジャーなど、およそ『八つ持ち』が重用されるような場所にまで、徐々に広がりを見せていた。その業界で何か動きがあれば、たちまちのうちにキクコの耳に入るだろう。

「無駄さ坊や。諦めておばちゃんに何でも話してみな」

 年長者として、余裕を持った発言だった。現役を引退すれば確実に伝説に加えられるであろうワタルを、坊やと呼ぶことの出来る存在が、果たしてこの世界にどれだけいるだろうか。

 しかし、呆れの溜息とともにワタルから投げかけられた相談は、キクコの表情から笑みを消し、驚きの表情を引きずり出すに十分なものだった。

 

 

 

 

 ここ数年の内に、カントージョウトポケモンリーグの勢力図は大きく変わり始めていた。リーグトレーナー達や関係者たちは当然として、ポケモンリーグのファンたちもそれを感じつつあった。否、むしろ表面的なものしか見ることを許されていないファンのほうが、より敏感に、そしてより極端に勢力図を作り上げつつあった。

 その現象の象徴的な存在が、殿堂入りトレーナー、ワタルだろう。ほんの数年前まで、彼はカントージョウトリーグにおける絶対的なチャンピオンだった。シゲル、レッドに敗北した記憶はすでに過去のものになりつつあり、挑戦者たちをなぎ倒し続ける彼の姿のほうに、ファンは慣れていた。

 『チャンピオンロード世代』とカテゴライズされるベテラン世代が、徐々に若手トレーナー達に駆逐されつつあっても、ドラゴンポケモンを従える彼の強さが衰えることはなかった。カントージョウトリーグにおける現代の最強トレーナーは誰かという問いに対して、ワタルであると答えることができれば十分だった。

 しかし、キシにチャンピオンが移り、翌年のリベンジに失敗してからは、彼の評価は落ちる一方だった。もはやリーグ戦においても絶対的な強さはなく、挑戦権を逃す日々が続いた。

 リーグトレーナーであるモモナリは自身が連載するエッセイにおいて、その状況を『他のリーグトレーナー達がワタルに追いついてきた』と称した。だが、バトルに明るくないファンはそれを理解することができない。カリン、クロセとめまぐるしくチャンピオンが変わっていくたびに、ワタルは終わったトレーナーという認識になっていった。

 今期Aリーグ最終戦の『竜外し』も、ファンに驚きこそ与えたが、それがワタルというトレーナーの再評価に繋がることはなかった、むしろそれは、ワタルと言うトレーナーの力の衰えを顕著に表しているのだと思われていた。彼はドラゴンを捨てるという、それまでの生き方を全否定するような行為を経て、一時の勝利を拾ったのだ。

 なんとつまらない一勝なのだろうかと、ファンは思っていた。ワタルのトレーナー人生そのものを逆手に取ったその奇襲は、チャンピオン決定戦という場面でこそふさわしいのではないだろうか。そのような奇襲に頼らなければ、チャンピオン決定戦に駒を進めることもできない、それがワタルというトレーナーの今の実力なのではないだろうかと思われていた。

 

『何そのバカな質問』

 カントージョウトリーグトレーナー、オーノは、思わず口にしてしまったその言葉に後悔しながら、目の前のアナウンサーに目配せし、んん、と喉を乗らした後に『ナンセンスな質問だね』と言い換えた。

 コンテストマスター、そしてカントージョウトリーグトレーナー、全く異なると言っていい二つのジャンルで成功を収めている彼は、地元ホウエンのラジオ放送にゲストとして招かれる程度に有名人だった。

 幼馴染のミクリのちょっとしたエピソードや、カントージョウトリーグのトレーナー達のエピソードを少し話せば、後はラジオ番組に送られてきた幾つかの質問に答えるコーナーになる。

 パーソナリティであるアナウンサーが選び、事前にオーノと軽く打ち合わせをしていた質問をあらかた答えた後に、番組放送中に送られてきた質問にも答えていた。

 その時読まれた質問に対して、オーノは先程の言葉を繰り出した。その内容は、カントージョウトAリーグ最終戦でのワタルの『竜外し』についてのもので、仮の名前で身を眩ませている質問者が、ワタルの衰えを指摘しているような内容だった。

『損な話だよね、戦略を変えても非難され、戦略を変えなくても非難される。挙句衰えたなんて笑われるんだから』

 アナウンサーは、それに当たり障りのない相槌を打った。自らの発言による責任を負いたくはなかった。

『そりゃあ衰えはあるだろう。ワタルだって一応人間だから。だけどそれと『竜外し』はあまり関係がないと思うよ』

 それについてのオーノの見解をアナウンサーが求めた。

『変調であることには間違いが無い。だが私が思うにあれは衰えではない、もっと大きなことのテストのような、若々しさと、生命力に満ち溢れているように見えたよ』

 

 

 

 

 

 

 セキエイ高原特別対戦場、実況席のアナウンサーは、チャンピオンであるクロセと挑戦者ワタルの今季の試合を公式非公式共に詳細に解説してる資料に目を通しながら、心の奥底で震えている不安を紛らわそうと、隣りに座る二人の元リーグトレーナー、クロサワとササモトを見やった。

 二人共知った顔ではあった。クロサワはもはやチャンピオン決定戦の解説としては無くてはならない存在になりつつあり、今日も当然のように解説の席に座っている。

 その隣りに座るササモトも解説者としての人気は高く、何度も組んだことがある。

 しかし、この二人が同時に解説をすることはこれまで無かった、それは当然二人共優れた解説者であることの証明でもあったが、それ以上に、この二人は不仲であると言う噂がまことしやかに囁かれているからだった。

 そう考えられる要因はいくつもあった。そもそもクロサワとササモトの試合に関する考え方は大きく違っていたし、クロサワが現役時代にササモトの得意戦術である『天気変更戦術』に対して幾つかの苦言を呈していたことは有名だった。そして、今では解説者として、考えようによってはお互いの仕事を奪い合う立場にある。

 ササモトが解説に加わることは、数日前に急遽決定したことだった。無茶だ、アナウンサーは本能的に感じていた。しかもこの試合は、新鋭のクロセにカントージョウトリーグの象徴と言っても全く過言ではないワタルが挑戦するチャンピオン決定戦、歴史に残ることは間違いなく、どんな些細な失敗も許されないものだった。

 こうして二人が解説席に揃ってしまった以上、自分がなんとかバランスをとるしかない。アナウンサーはそれを覚悟していたが、いざこの重苦しいこの空気を経験すると、やはり不安になる。

「悪かったな」

 腕組みを崩さないまま、クロサワがそう呟いた。それはササモトに向けられたものなのかそれとも自分に向けられたものなのか、アナウンサーはわからなかった。

「あんた以外をここに座らせるなんて考えられなかった。現役リーグトレーナー以外で、チャンピオン決定戦の解説を任せられるのは、俺以外ならあんたしか居ない」

 それはハッキリとササモトに向けられた言葉だった。その内容は好意的なものだったが、アナウンサーは一瞬身構える。

「構わないよ。非番だったし、ここは特等席の一つだからね」

 ハハ、とササモトは笑っていた。「もっと早く呼んでもらいたかったくらいだよ」

 ふう、とクロサワは安心したように一つ息をついた。

「相変わらずだな、色々囃し立てる奴らがいるから、少し不安だったんだぜ。全く身に覚えがない訳でもないしな」

「クロサワ君が噛み付くのなんて、挨拶みたいなものじゃないか。逆に猫なで声でおべっかを使ってくれば、何事かと身構えるけどね」

 違いねえ、とお互いに笑う彼らを見て、アナウンサーは自らの不安が杞憂に終わりそうなことに胸をなでおろした。

「でも、どうせなら教えてほしいな」とササモトが切り出す。

「クロサワ君なら、チャンピオン決定戦を捌くことなんて楽勝だろうに、どうしてわざわざ私をねじ込んでくれたんだい」

 クロサワは笑いを止めて、少し神妙な面持ちを作りながら答える。

「俺はどうも、この試合を平等な目線で見るのは無理だと思ったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 想像だにしていない大物の登場だった。

 セキエイ高原特別対戦場、関係者控室。まだ若手のリーグトレーナーも、すでにベテランの領域に達しているリーグトレーナーも、そのトレーナーの出現には驚きを隠せないでいた。

「一体、どういう風の吹き回しなんだ」

 リーグトレーナーモモナリは、カントー最難関トキワジム、ジムリーダーのシゲルに向かってそう言った。モモナリはリーグトレーナーになって以降、チャンピオン決定戦は必ずこの控室で観戦していたが、彼の記憶の中に、この控室を訪れているシゲルの姿は無かった。

 シゲルがモモナリの質問に答えるより先に、彼に噛み付いたトレーナーが居た。

「あんた、どの面下げてここに来たんだ。あんたはポケモンリーグから逃げた身だろう」

 ジムリーダーとしての地位がある人間がご機嫌になるような言葉ではない。控室のリーグトレーナー達は、その声の主を想像して、これはマズイと戦慄する。

 声の主は、若手リーグトレーナーのワゴーだった。しかも彼の傍らには、殿堂入りトレーナーのキクコが静かに腰掛けている。

 それは、ただの威勢のいい若手が実力者に身分不相応に突っかかっているだけの小競り合いではない、この世界における二つの大きなイデオロギーの衝突だった。

 かつて、シゲルの祖父であるオーキド・ユキナリは、殿堂入りトレーナーの一人であるキクコと共に、カントーリーグの基礎を作り上げたトレーナーの一人だった。だが、彼は携帯獣学への専念を理由に、若くしてポケモンリーグを去った。

 その損失は、大きかった。彼らの現役を知るものは現在でも「オーキドの脱退はカントーリーグの発展を二十年遅らせた、何故ならばキクコの好敵手が居なくなってしまったからだ」と語る。

 オーキドと言う好敵手を失ったキクコは、彼を恨むことはあれど、彼を憎悪することはできなかった。彼を戦いの道から引きずり下ろした研究という道を憎むことはできても、トレーナーとしての彼を憎むことはできなかったのである。

 空虚を埋めるため、キクコはより深く戦いの道に踏み込むことになる。各地の実力者をポケモンリーグへと呼び込み、自身も彼らと戦った。引退後は何人もの弟子を取り、戦う事、強くなることにのみ精進できるトレーナーの育成に努めた。

 ワゴーは、キクコの弟子の中でも、彼女の思想と生涯を、より濃く、より深く理解しようと努めていた一人だった。だから彼にとって、オーキド・ユキナリの孫であり、殿堂入りトレーナーでありながらポケモンリーグから離れてジムリーダーとなっていたシゲルは、嫌悪の対象だった。

 オーキド一族とキクコ一門の確執となれば、ポケモンリーグそのものに何らかの影響を及ぼしかねなかった。

 それを理解しているのか理解していないのか。モモナリは右手をひらひらとさせながら「キクコさんはどうなんです」と口を開いた。

「ワタルに免じて、何も言う事無し、さ」

 キクコはじっとシゲルを見据えながらそう答えた。さらに「悪いねえ、喧嘩っ早いけど、根はいい子だよ」と続ける。ワゴーは不服の表情を崩さなかったが、それ以上何も言わず、シゲルから目を逸らした。

 シゲルは苦笑いでそれに答えた。ワゴーが言ったことも、あながち全てが間違いだというわけでもない。極力ポケモンリーグとの関わりを絶ってるのは事実だし、こうやってチャンピオン決定戦の控室に顔をだすのも初めてなのだ、キクコの愛弟子だということを考えれば、理解できる範疇ではあるし、キクコ自身にも、思うところはあるのだろう。

「それで、どういう風の吹き回しなわけだよ」と、モモナリはもとの質問を繰り返す。

 まあ、とシゲルは何か言葉を濁らせるように一つつぶやいた後に「多少、興味があるってだけだよ」とそれだけ口にした。

 

 

 

 

「気を悪くするかもしれないが、今ならば、君の気持ちがわかる気がするんだ」

 セキエイ高原特別対戦場、挑戦者控室。挑戦者であるワタルは、全てのスタッフを一旦退出させ、控室を訪れていた殿堂入りトレーナーカンナに、そう言って微笑んだ。

 二人の付き合いは長い、カンナはその言葉が何を指しているのか直ぐに把握することができた。

「縁起が悪い、あの試合は私の引退を決定づけた試合よ。私だけでなく、伝説である彼の醜態まで晒したんだから」

 数年前のチャンピオン決定戦、カンナはワタルを相手に、伝説のポケモンと言われているフリーザーを繰り出した。そのポケモンが公式戦に登場するのは初めてのことだった。地方の非公式大会にまで手を広げても、前例はなかったであろう。

 それは、当時の彼女が用意することの出来る最大の戦力にして戦略だった。もちろんそのリスクは大きかった、自らとフリーザーというポケモンがその後常に関連付けられる事になるし、自らの故郷であるヨツノシマの治安にも関わるかもしれなかった。

「もしあの試合で君が勝利していたら、君はその次の年のチャンピオン決定戦でも、フリーザーと共に戦っただろうか」

「さあ、負けた試合を勝ったと仮定するなんて虚しいだけよ」

 話をはぐらかそうとしたカンナをワタルが笑い飛ばす。

「まさか君ほどのトレーナーが、負けるつもりでチャンピオン決定戦に望むわけ無いだろう」

 ふう、とカンナは一つため息を付いた。結局、いつもいつもこの男の強引な所にやられている。

「何にも、考えてはいなかったわ。勝ってどうするか、負けてどうするか、何にも」

「そうだろう、そして今の俺もそうだ。楽しみで、楽しみでたまらない。この一戦の後のことなんて、想像もできない。こんなこと初めてだよ」

 さて、とワタルは立ち上がった。もう時間が迫っていたのだ。

 カンナは、ワタルに道を開けながら「きっと、開放されているのよ」と呟く。

「あなたはずっと、強者であることに支配されていたから。私達がもう少し強ければよかったのに」

 ワタルは、それに微笑みを返した。

 

 

 

 

 選手たちは、もうすでに入場を終え、試合開始の合図を待つのみとなっていた。

『これまでの傾向で考えるならば、ワタルの一番手は殆どの確率でギャラドスだろう』

 この試合はどのような始まり方をするか、と言うアナウンサーの問いに、クロサワは画面の向こうにいるであろう視聴者を意識して答える。

『ギャラドスはその特性『いかく』で相手のポケモンを威圧することが出来るし、弱点らしい弱点は電気タイプくらいしか無い。後ろに控えるであろうハガネールやガブリアスを考えると、相手が電気タイプを組み込まざるをえない事は非常に大きなアドバンテージだ。俺達の世代は結構これにやられてる』

『なるほど、ササモトさんはどう思われますか』

『挑戦者に関しては大体クロサワくんの言ったとおりじゃないかな、対するチャンピオンの一番手はウォッシュロトムが濃厚だと思うよ。固いし、実質の弱点が草タイプの技しか無いからね、ギャラドス以外の挑戦者の手持ちに対しても少なくとも不利はない。近年ではワタル、キシ戦が有名だね。草タイプのポケモンって潰しが効きづらいからパーティに組み込むには勇気がいるんだよねえ。後は挑戦者がそれを読み切って一番手を変えてくるかどうかだね』

 ササモトの解説に、クロサワはウンウンと頷く。彼の期待通り、非常に筋の通った解説だった。

 そこで、観客の歓声が大きくなった。審判長がジャッジスペースに向かっていた。

『さあ、セキエイ高原特別対戦場よりお送りますチャンピオン決定戦、間もなく試合開始となりそうです』

『まあ、何が起こるかわからんよ』

 アナウンサーの叫びと、審判長が手を挙げるまでのほんの少しの隙間に、クロサワがポツリと呟いた。

 審判長が手を上げ、クロセとワタルが共に一番手のポケモンを対戦場に繰り出す。

 次の瞬間、視聴者に対して一切の遠慮がないササモトの叫び声が、響き渡ることになった。




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誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。

後編は明日朝更新します。

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