モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。 作:rairaibou(風)
ミナモシティ、コンテストライブ会場。
ルネジムリーダー、ミクリとその友人のコーディネーター、オーノは、うつくしさノーマルランクを観客席から眺めていた。
当然ライバルの視察ではない。たしかにミクリはうつくしさマスターランクコンテストを数日後に控えてはいるが、この大切な時期にノーマルランクにエントリーするライバルはいない。
彼らは、ノーマルランクに参加する新人コーディネーターをチェックするのが好きだった。こなれてきてセオリーを重視したアピールが多いスーパーランクやハイパーランクと違い、ノーマルランクには独創的で挑戦的なアピールをするコーディネーターがいることが稀にあるからだ。
同じことを考えている人間が多いのだろう、ノーマルランク観客席は意外と席が埋まる。ミクリのような有名人でもちょいと変装をしてしまえば滅多にバレない程度には。
おっ、とオーノが一人の出場者に目をやった。
四番目のエントリー、サトーと紹介されたそのコーディネーターは、最終進化形であるゴルダックと共に出場していた。
「肉付きは悪くない」
彼らは共にルネシティ出身だった、水の街と呼ばれることもあるルネは、水タイプの使い手が多く、彼らもまた、水タイプのポケモンに対する造詣は深かった。
「よく鍛えられているね、実力のあるトレーナーなんだろう」
ミクリも、オーノに同調して彼らを分析する。オーノはまだマスターランクへの出場権こそ得ていないが、いずれトップコーディネーターになる資質があると、ミクリは僅かに年下の彼を高く評価していた。
だが、ミクリは「だけど」と続ける。
「コンテストには不慣れなようだね」
オーノもふふっと小さく笑ってそれに同意した。
彼なりに頑張ってコンテスト用におめかししたつもりなのだろうが、櫛を入れる方向がバラバラだったのか毛並みは無茶苦茶だし、目付きと爪は尖すぎる。コンディションから判断するにポロックもあまり食べさせていないのだろう。
「一次審査の評価は酷いだろうね」
コンテストは二段階の審査があり、一次審査はその見た目を評価し、二次審査で技を評価する。
サトーのようにコンディションをおざなりにしているコーディネーターはまずこの一次審査で評価されることはない、コンテストのことを多少調べることさえすれば、犯しようのない間違いだからだ。
この時点で、二人は四人の出場者の内、サトー一人しか注目すべきコーディネーターは居ないと判断していた。その他の三人はポケモンのコンディションをきっちり整えている上に、共にアピールするポケモンも、ありきたりなものだった。
「技には、期待ができるかもね」
ミクリの言葉に、オーノは頷いた。ゴルダックを見れば、実力のあるトレーナーであることは分かる。
その時、サトーが二人の方に目線を向け、ニンマリと笑った。何かを、見抜かれたような笑みだった。ゾゾゾ、と恐怖に近い感覚が、二人の背筋をなでたような気がした。
「面白かったけど、ありゃ酷いな」
ミクリと共に観客席を後にしたオーノは、先程のうつくしさノーマルランクコンテストをそう評した。
二人が楽しみにしていた二次審査、サトーとゴルダックが見せたのは、大技『ハイドロポンプ』のみだった。
『ハイドロポンプ』そのものは、うつくしさを競う上で悪くはない選択肢だ、うつくしさを全面にアピールすることができるし、審査員の注目を一気に引き寄せることもできる。
だが、それもやりすぎると逆効果だ、審査員はその技しか取り柄がないのかと呆れてしまうし、観客もうんざりして盛り上がらない。
「技単体で見れば悪くなかったけどね、四回も続けるのはスマートじゃない」
ミクリも同じような感想を持っていた。
「あれじゃ勝てるもんも勝てないよ、まあ、トレーナーの暇つぶしかなんかなんだろうけど」
ポロックでも作っていくか。とオーノがミクリを誘おうとした時、遠くから、男が早足でこちらに向かってくるのが見え、目を見開いた。ミクリもオーノの様子に気づき、男と目線を合わせる。
男は、先程コンテストに出場していたサトーだった。彼は分かりやすく目深にかぶっていた赤いキャップを、更に目深にしながら「ルネジムリーダー、ミクリさんですね」と右手を差し出した。
明らかに不審だったが、ミクリにとっては珍しいことでも何でもない。ジムリーダーとして、コーディネーターとして結果を出している彼の変装を見破り、不審な男が握手を求める、いくらでもありそうな光景だった。
「いかにも、私がジムリーダー、ミクリです」
ミクリは深く、しっかりとサトーの右手を握った。大抵の相手は、そうやってサインでも書いてあげれば、いともあっさりと引き下がる。だが、きっとこの男はそうではないのだろうな、とミクリは予感していた。
サトーは彼の右手を握りしめたまま、ニッコリと笑って言った。
「実は、あんたと戦いたくてここまで来たんだ。俺は今すぐでも良い」
だろうな、と二人は思った。あのコンテスト内容から察するに、この男がそういうものよりも、バトルの方に価値を見出している事は簡単に予想がつく。
「ルネジムに連絡を入れてみよう」
そう言って、ポケギアを取るために握手をとこうとした右手を、サトーは再び強く握る。
「いやいや、ジム戦じゃねえんだ。バッジは必要無い」
彼はようやくミクリの右腕を離し、胸元からトレーナーカードを取り出した。そこには、既に八つのバッジが存在している。しかもそれは、ジムの歴史が最も古く、ポケモンリーグの本部が存在するカントーのものだった。
どうやら、想像以上の大物らしい。オーノは、思うところがあって、まじまじとサトーの顔を見つめた。
「俺はあんたのミロカロスと戦いたいんだ。あんたのパートナー、コンテストでキラキラしてる、あのミロカロスとな」
厄介だな、とミクリは思っていた。一応最後に「ジム戦じゃ不服かい」と食い下がってみる。
「ジム戦じゃあ意味が無いからな」と、サトーは拒否する。
「ジム戦ってのは、あんたらの本気じゃないだろう。そういうのは、もういいんだ」
ミクリがその返答に困っているのを見て、オーノがサトーの肩を押して間に入る。
「ミクリ、こんなやつに付き合う必要はねえ、損するだけだ」
ようやく思い出した、とつぶやいて続ける。
「お前、カントーリーグのモモナリだな」
その名前は、ミクリも耳にしたことがあった。
サトーは、キャップを少しだけ上げて、特に悪びれるでも、慌てるわけでもなく「ああ、そうだよ」と答えた。
「イッシュ地方のチャンピオンを襲って、もう十分名前は売っただろ」
その言葉を聞いて、ミクリもようやく思い出した。
二週間ほど前、ジョウト地方を観光していたイッシュ地方のチャンピオン、アデクを襲撃したリーグトレーナーが、随分と話題になったのだ。そのトレーナーはそれまでにも数々の問題行動を起こしており、ついにポケモンリーグが公式に処分を言い渡したと。
「三ヶ月の謹慎じゃ足りないって事か、名前を売るには随分なリスクだな」
「言いがかりだ、俺は本気のミクリと戦いたいだけだ」
「だからそれが無茶なんだよ、ミクリとミロカロスはうつくしさマスターランクコンテストを控えている。大体、ミクリのミロカロスにどれだけの価値があると思ってる、売名に使われるのはゴメンだね」
ミクリとパートナーであるミロカロスは、その素晴らしいうつくしさと、質の高い技の数々で、もはやホウエン地方のコンテストの歴史を語る上で、無くてはならない存在になっていた。事実、ミクリの出場するうつくしさマスターランクコンテストは既に全国放送が決定しており、チケットは当然のように捌けている。もし、戦いによってそのコンディションに何らかの問題が発生すれば、ホウエン地方そのものを揺るがしかねない大きな損害になる可能性すらあった。
「俺はコンテストを理由に戦わないことのほうがゴメンだ」
堂々巡りになるであろう返答を、モモナリはケロッとした顔で言った。
「構うことはない、ミクリ、さっさと行こうぜ」
オーノはモモナリの反論を無視して、ミクリの手を引いた。ミクリは何かを考えている風だったが、オーノに手を引かれるままに、コンテスト会場ロビーを去った。彼の判断は、正しかっただろう。
残されたモモナリは、ふう、とため息を付いて「まあ、いいさ」と笑う。
「今は無理でも、いずれ戦うことになるんだからな」
☆
「おいおい、これはどういうことだ」
オーノは、ミクリがそれを口にするよりも先に、そう口にした。
コンテスト会場ロビーは、多くの人でひしめき合っていた。
ミクリがエントリーしているうつくしさマスターランクコンテストの日ならば、その説明もつくのだろうが、それはまだ先の話、今日に限っては、かしこさスーパーランクと、幾つかのノーマルランクコンテストがあるのみだった。
特に異質なのは、人々の半数以上が、コーディネーターではなく、トレーナーであることだった。勿論トレーナーがコンテストに出場してはいけない規定などはないが、ミナモシティを拠点としているトレーナーの半数以上は、コンテストに興味が無いはずだった。
すぐさまオーノは、近くにいたコーディネーターに声をかけた。彼女はミクリやオーノよりも年上だったが、彼らが自分よりも優れたコーディネーターであることに敬意を表している、人間の出来たコーディネーターだった。
「みんなここに避難してるのよ」と、彼女は言った。
「避難」とオーノとミクリは首を傾げた。
「なんでも、とんでもなく強いトレーナーが現れたらしいのよ」
二人は、背筋を凍らせた。心当たりがこれ以上無いほどにあった。
「トレーナーだろうがコーディネーターだろうがお構いなしにふっかけてくるらしくてね。ここならバトル禁止だから」
「ポケモンセンターもそうだろう」
「そっちも人でいっぱいなのよ、それも避難じゃなくて、ポケモンの治療待ちでね」
二人は言葉を失った、ポケモンセンターで順番待ちだなんて、聞いたこともない。
オーノは彼女に丁重に礼を言って、「一体どうしたいんだ」と呟いた。
「そういうタイプの、トレーナーなんだろう」と、ミクリは答えた。
「そういうタイプというと」
「戦うことしか、知らないのさ。戦い続ければ、いつか自分の要求が通ると思っている」
ふうん、とオーノがなんとなくそれに相槌を打った時、自動ドアの音と共に、ロビーのトレーナー達からざわめきが起こった。二人がそのざわめきの指す方向に目をやると、そこには昨日の男、モモナリがいた、もはや正体を隠すつもりは無いのだろう、赤いキャップはかぶっていなかった。
モモナリは、ぐるっとロビーを見渡して、ミクリとオーノを見つけると、ニヤッと笑って早足で彼らに近づいた。トレーナーや、コーディネーター達は、何か安心したような表情を見せながら、人波を割って、彼に道を作った。
「あんたと戦いたいんだが、俺は今すぐでも良い」
本人は、ニッコリと笑っているつもりなのだろう、だが、その目は明らかに好意ではなく、一刻でも早く自分の欲求を満たしたい肉食のポケモンのような、コンテスト会場にあまりにもふさわしくないものだった。
「君は、脅しで私達を引きずり出そうとしているのか」
ミクリの口調には、明らかな軽蔑の意があった。だが、モモナリはそんなことを気にもとめずに返す。
「脅しってなんのことだ」
「ミナモシティのトレーナー達を襲っているだろうが、ポケモンセンターが機能しなくなるまで」
オーノはいらつきながらそう口を挟むが、モモナリは首を傾げる。
「妙なことを言うなあ、トレーナーがトレーナーと戦って何が悪いんだ。目と目があったら勝負をする、トレーナーとはそういうものだろう」
「いつの時代の話だよ」
「あんたはわかってくれると思ったんだけどね」
さて、とモモナリはオーノとの会話を強制的に終わらせて、ミクリと再び向き合う。
「で、どうなの。戦ってくれるの、くれないの」
ミクリは鋭い目つきでモモナリを見据えながら答える。
「君のやり方はスマートではない。戦いとはお互いへのリスペクトがあって初めて成立するものだ。君の欲求を満たすためだけに、ミロカロスを使う気にはなれないな。ルネジムで君の考え方そのものを鍛え直しても良いのならいつでも歓迎だけどね」
その返答に、ふう、とモモナリは長いため息をつく。
「頑固だなあ、それに、戦いというものを難しく考えすぎだよ。例えば今ここで俺があんたを襲えば、あんたは絶対にミロカロスを使わざるを得ないだろうに」
不穏で、明らかに不用意な発言だった。ロビーが大きくざわつく。気の早いトレーナーなどは、既に手元を腰にやっていた。ミクリのそばにいるオーノもその一人だった。
さすがのモモナリも、その空気を察知することは出来たのだろう、笑いながら右手を振って否定する。
「いやいや、流石にやらないよ。俺は過激派じゃねえからルールは守れるし、そんな戦いに意味なんて無い。あんたが戦ってくれるまで、粘り強くやるさ。いつでもいいぜ、幸い、時間だけは大量にある」
ミクリに手を振ってその場を去ろうとしたモモナリは、最後に少しだけ立ち止まって、「ああ、そうか」とクスクスと笑う。
「ホウエンにいるコーディネーターとトレーナーをすべて倒してしまえば、最後はあんたが出てこなきゃならねえなあ」
それは、ホウエン全土に対する、明確な宣戦布告だった。あまりにも壮大過ぎるそれは、テレビショー等でコメディアンなどが発すれば馬鹿馬鹿しいジョークだと大きく笑われるだろう。だが、その時そこにいるトレーナー達は、全員が全員その発言を疑いすらしなかった、それができるかどうかはともかく、この狂った少年ならば、そのくらいの事は考えてもおかしくはないのではないだろうかと皆が思っていた。
☆
ミクリが出場するうつくしさマスターランクコンテストを前日に控え、ミナモシティは大きな賑わいを見せていた。元々ホウエン一の都市ではあるが、やはり普段のそれとは比べ物にならない。
モモナリは、宣言後もペースを落とす事無く、戦い続けていた。モモナリを敵と見なして向かってくるトレーナーも多くいたが、皆モモナリが潰していった。トレーナーがいなくなったらコーディネーターを探し、コーディネーターがいなくなったらトレーナーを探す。モモナリはそんな一日を何度も繰り返していた。
勿論、ホウエンのポケモン協会や、ポケモンリーグ本部にもその話は届いていたが、どちらもこれと言った対策を打ち出せないでいた。トレーナーが他地方のトレーナーと戦う、一体どんな権限が、それを止めることができるだろう。事実モモナリはバトル禁止の区域では絶対にバトルをしないし、一方的に人間を襲うわけでもない、あくまでも戦いをふっかけ、その狂気に威圧されたトレーナー達と戦っているだけなのだ。
もはやこの問題を解決するには、最も原理的な交渉手段である、強さを持ってしてモモナリを排除する以外に無かった。野生のポケモン達が、強さを持ってして縄張りを主張するように。
ミナモシティに隣接する百二十一番道路、対戦相手を物色していたモモナリは、ある男に声をかけられた。ミナモシティに来てから声はかけまくっていたが、声をかけられる経験は殆ど無かった。
その男は、縦にも横にも大柄な男だった。髭を蓄え、頭は剃り上げている。美的感覚が鈍りきっているモモナリですら、その男がコーディネーターではないことはすぐにわかった。
「お前が噂のモモナリだな、聞く所によれば随分と強いらしいじゃねえか」
随分と馴れ馴れしい、不躾な男だったが、モモナリは特にそれを気にしなかった。そんなものはお互い様だろうと言う程度の自己認識はあった。
「ミクリに喧嘩ふっかけてるってのは本当かい」
「別に喧嘩ってわけじゃないですよ、戦いたいだけでね」
「コンテスト用のミロカロスを使えってのも本当かい」
「ええ、そうですよ」
男はモモナリの返答に満足したふうにガッハッハと必要以上に大きな声で笑った。
「頼もしいじゃねえか、俺もあいつは好かん。チャラチャラしてるくせに評価されてるからな。お前は若いのによくわかってる、結局のところ、トレーナーの価値ってのは強さよ」
はあ、と曖昧な返事をしたモモナリに、男は手を差し出す。
「レンジャーとしてこの辺を任されてる、ウエノってもんだ」
ええどうも、とモモナリも手を返す。
「さっきも言ったが、俺は基本的にお前のことは嫌いじゃねえ。だが、お前にぶっ叩かれた一人に俺の親戚がいてな、残念だが、お前のバカンスもここまでだ」
ウエノはトレーナーカードを誇らしげにモモナリに提示した。そこにはホウエン地方のジムバッジが八つ存在している。
「ミクリよかいい試合ができると思うぜ」
ふうん、とモモナリはウエノの笑顔を眺めた。
「レンジャーが一般トレーナーと戦うのはまずいんじゃないですかね」
ふふふ、とウエノが笑う。
「おっとそうは行かねえ、今日は非番だ、運が悪かったな」
生き急いでいる人だな、とモモナリは思った。
ひどくひどく、つまらなそうに、モモナリはため息を付いた。
その対面で、ウエノが大きな声で笑っていた。
「はっはっは、こりゃあ驚いた。大した強さじゃないか」
勝負は、わかりやすくモモナリの勝利に終わっていた。
ウエノがモモナリの肩を叩く。
「応援してるぜ、お前ならミクリに大恥かかせることができるな。なんてったってこの俺に勝ったんだからな」
モモナリは、それを言おうかどうか悩んでいた。別にこのままサヨナラをしても自分は困らないだろう、だが、それでは確実に困る人間が存在しているのだ。
二秒ほど考えて、面倒くさいから言ってしまおうと思った。
「何か勘違いしてるけど、あんた弱いよ」
あ、とウエノが笑いを止めてモモナリを睨む。
「おいおい、そりゃあお前には負けたんだからそれは認めるけどよお、ちょっと言い方ってもんがあるだろうが」
「いや、弱いね」
むむ、とウエノが唸る。
「跳ねっ返りだな、俺はお前と同じでバッジを八つ持ってるんだぜ」
「そういう所が弱いんだよ」
ハッキリと言い切る。
「バッジ八つは強さの証明じゃねえ、スタートラインだ。ジムバッジを手に入れてるから自分がミクリより強いと思い上がれるところは凄いけどね」
「俺はこのへんじゃあ一番つええぜ、俺が一声かければ、結構な人数が動く」
「だからそれは自分より弱いやつを従わせてるだけでしょ。あんたは人をぶっ叩く才能はあるんだろうけど、強さに関してはてんで駄目だよ」
はぁ、とウエノが威圧するようにため息を付いた。
「なあ小僧、言って良いことと悪いことの分別はつけようや」
「それ、まさか俺に言ってるの。あんた俺より弱いのに」
ウエノの表情から笑みが消えた。
「あんたが弱いやつ集めてお山の大将気取るのは勝手だけど、そいつらと同じように俺を従えようってのは無理があるよ。トレーナーにとって重要なのが強さだってことは認めるけど、そこまでわかっててミクリや俺にそんな態度を取れることが不思議だね」
そこまで言った時、モモナリの体がぐっとウエノの方に引き寄せられた。ウエノが彼の胸ぐらをつかんで、引き寄せたのだ。
だが、ウエノがモモナリに仕掛けようと思っていた、その先の行動を実行に移すことはできなかった。ボールから飛び出したゴルダックとアーボックが、それぞれの右手と牙を、ウエノの首に向けていた。多少考えが足りないとは言えウエノも馬鹿ではない、ゆっくりと、ポケモン達に邪推されないように、モモナリの襟から手を離した。
「あんたは、致命的に強さに対する嗅覚が欠けてる。ホウエンも甘いね、あんたカントーじゃバッジ五つがせいぜいだよ」
襟元を正しながら、モモナリが続ける。
「素手で俺達にどうやって勝つつもりだったのかは、今後のために興味あるけどね」
ウエノは、何も言葉を返せないでいた。いつもの通り、願えばなんでも言うことを聞いてくれる友人にするようにモモナリを引き寄せた時、彼は自分が死んだことを確信した。そして、彼は理解するに至った。自分はこれまで、人間社会を支配する強力な倫理観によって、かろうじて守られてきたのだと言うことを。こんなにも簡単に、人は死ぬのだということを。
もう関わりたくない、らしからぬことをウエノは思っていた。弱くていい、お山の大将でもいい、カントーじゃバッジ五つがせいぜいでもいい、もうこの目の前の少年と関わりたくなかった。
☆
ミナモシティグランドホテル、明日の準備のために英気を養っていたミクリは、ドアのノックを特に警戒すること無く開いた。
「どうも」
モモナリが、ニッコリと笑顔を作っていた。ミクリはため息を付いた。宣言以来、彼は一日も欠かさずミクリの前に現れ、対戦を要求していた。
普通ならばもっと喚き散らしてもいいのだろうが、モモナリがこれから自分をどうこうすることはないのだろうという事をミクリはなんとなく理解していた。これまでも、唐突に対戦を要求すること以外は、何もしなかった。
ドアボーイがモモナリを恐れて彼を中に入れ、ホテルマンがモモナリを恐れて彼を見逃し、ベルボーイが彼を恐れて客室番号を教えたのだろう。何処にも、彼の悪意にすべき箇所が見当たらない。ミクリの熱狂的なファンでも、可能ならば同じことをするだろう。
「たとえ私にその気があっても、今日と明日は無理だ。そのくらいは分かるだろう流石に」
「まあ、万が一ってことがあるからな」
モモナリがあっけらかんと答える。本当に、ある一点以外は普通の少年だった。
「今日の内に明日の分の返事もしておくけど、明日も駄目だ」
「残念だなあ」
心底残念そうに目を伏せたモモナリが踵を返そうとしたときに、ミクリは「ちょっと待ちなさい」と引き止めた。
その声に振り返ったモモナリの目は、これでもかと言うほどに輝いていた。だが、ミクリに戦うつもりはない。
「これを」
彼がそう言ってモモナリに手渡したのは、首からぶら下げるカードケースだった。
「なんだこれ」
「明日のうつくしさマスターランクコンテストの、関係者証明書だ。あいにくチケットは完売で隙間が無かったが、それがあれば関係者席から観戦することができる」
へえ、とモモナリはそれを眺めていた。
「いいのかね、俺は関係者じゃないのに、こんなものをもらって」
「構わないさ、何かあれば私から貰ったと言えばいい、裏にはサインもしてあるから疑われないさ」
ふふっ、とモモナリが笑った。
「なんだ、似たようなことをしてるんじゃないか」
「明日はベストのパフォーマンスを見せるつもりだ、絶対来てほしい」
「まさか、こんなものを貰えるとはね、嫌われてるから、俺は」
「私だって、君にいい印象があるわけじゃないさ、だが、だからこそ見てほしい」
まあ、考えておきますよ。とだけ残して、モモナリは消えた。ミクリは、明日必ずモモナリが現れてくれることを願っていた。
☆
うつくしさマスターランクコンテスト、当日。
その日ミナモシティをゆく人々の目的先は、殆ど一箇所に決まっていた。ホウエンで一番の規模であるミナモデパートですら、その日にコンテストライブと客を取り合うという愚かなことはしない、むしろコンテストが終了し、会場を後にした人々をターゲットにと考えていた。
安宿の畳に寝転がりながら、モモナリは考えていた。今日、コーディネーターは街にはいないだろう、物好きなトレーナーは何人かいるかもしれないが、それも直ぐに尽きる。あまり野生のポケモンをいじめるのもよくないと思うし、暇を持て余している。
目の前には、昨日渡されたカードケースがある。どうするかなあと頭を掻いた。
人の動きが疎らになった頃を見計らって、モモナリは安宿を後にした。マスターランクコンテストはメインイベントだから、それまでに幾つかのエキシビションがあるのだろうが、別にそれには興味がない。
その時「おい」と、聞き慣れた声をかけられた。振り向くと、そこにはオーノがいた。
「今日は暇だろ、顔貸しな」
その表情で、大体オーノの目論見は理解することが出来た。だが、モモナリは少しだけ悩んだ。ポケットの中にはカードケースがあった。これを理由にオーノの要求を断ることはできるだろう。そして、恐らくオーノの要求に従えば、マスターランクコンテストを観戦することはできない。
二者択一だった。
「いいよ」と、モモナリは答えた。
オーノが向かった先は、街が経営しているポケモンバトル会場だった。ミナモシティにジムはないが、ホウエン一の都市なだけあって対戦環境は整っている。
「お前の存在に、今日ケリをつける」
オーノに導かれるまま、モモナリが対戦場に入ると、そこには何人ものトレーナーが、全員待ち構えていたかのようにモモナリを見据えていた。
なるほどね、とモモナリはつぶやき、トレーナースペースへと歩を向ける。
「ミナモじゃ見なかった顔だ」
モモナリは記憶力が抜群に良いわけではない、彼がミナモシティで倒してきた一人一人の顔を覚えているわけではないが、今この場にいる彼らの目付きが、素人のそれではないことはよくわかっていた。
「俺の地元、ホウエン最難関ルネジムのジムトレーナー十人だ。全員実力は折り紙付きだし、ミクリを馬鹿にしようと執拗に追ってるお前に対する殺意も本物だよ」
「おあつらえ向きだね」と、モモナリは背伸びする。
よし、と顔を叩いた。
「それじゃあさっさと始めちゃおうよ、それとも、もう始まってるのかな」
その言葉に、トレーナー達は一瞬ざわめいた。
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