モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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この話は一万字を越えてしまったので、前後編に分けて投稿します。


セキエイに続く日常 24-摂理 ①

 この日、トキワの森が平和でないことに、その二人のトレーナーは気づいていた。

 キャンプボーイのキヨシ、そしてやまおとこのミキオ、ニビジムトレーナーの二人は、明らかに大型のポケモンに踏み荒らされた草むらを、呆然と眺めている。

 定期的にトキワの森のポケモンたちの生態調査をすることは、彼等ニビジムトレーナーの仕事であった。大人しいポケモンたちの楽園であり、カントーではただ唯一野生のピカチュウたちのコロニーが存在するその森の価値を、彼等はよく知っていた。

 だがその日、森の虫ポケモン達はいつも以上に大人しく、どこか怯えたようで、警戒心の強いピカチュウに至っては、全く確認できないでいた。

 その理由がまさにその先に存在することを、彼等は当然理解している。

「ミキオさん」と、キヨシが呟く。その呟きには様々な意味が込められている。

 その意味の一つに、ミキオは答える。

「調べるほかあるまい」

 ミキオはバインダーを地面に置き、ジャケットのボタンを幾つか外した。

 ほとんど強力なポケモンが存在しないと断言してもいいこの森に、大型のポケモンが急に現れるなどあり得るわけがない、明らかに異常。

 そして、彼等はそれをほうっておくわけにはいかない。トキワの森の生態系を壊しかねない存在は、出来る限り排除しなければならない。

 だからこそ、トキワの森の生態調査はジムトレーナーの仕事なのだ。

 年上の、尊敬すべき先輩ジムトレーナーの言葉に、キヨシは同じように頷いて、バインダーを地面においた。

 

 

 そのポケモンの爪が地面をえぐるのを確認しながら、彼等は、そのポケモンこそが虫ポケモンやピカチュウたちを怯えさせている者の正体であることを確信していた。

 巨大なポケモンだった、エメラルドグリーンと黒の鱗がその全身を包み込み、爪は鋭く、地面を割るようにえぐった。

 何より特徴的なのは、あまりにも巨大な牙だった。不必要と言えるほどに巨大なそれは、それを使っているところを見ずとも、とてつもない破壊力を持っていることを想像させる。

「何だ」と、ミキオは叫んだ。

「このポケモンは、なんなんだ」

 手持ちのサンドパンを繰り出すことに手一杯で、キヨシはそれに答えることが出来ない。最も、答える余裕があったとしても、彼はそれに「わからない」と答えるだろう。

 そう、彼等はそのポケモンを知らなかった。

 有り得ない、ジムトレーナーである彼等はカントーのポケモンは当然として、ジョウト、ホウエン、シンオウ、もしくはその他近隣の地方のポケモンの存在をほとんど網羅している。だが、そのポケモンを知らない。知らないからこそ、そのポケモンがトキワの森に存在することのアンタッチャブルさ、不可思議さを確信することが出来ていたのだ。

 鋭い爪、牙、二足歩行に太い尾を考えれば、ドラゴンタイプであることは間違いないだろう。だが、それ以上のことはわからない。

 サンドパンが鋭い爪を武器にそのポケモンを『きりさく』

 だが、その攻撃はあっさりと弾き返され、サンドパンは鈍い音と共に地面に叩きつけられた。ただ体を振っただけで、決して弱いわけではないキヨシのサンドパンが地面を跳ねる。

 否、そうではない、キヨシは、サンドパンの胸に、おそらく『ドラゴンクロー』でつけられたであろう深い傷がついていることに気づいた。

 その攻撃は、彼の目にも留まらぬスピードで、一見すれば体を振っただけに見えるような小さな動きで振るわれたものだったのだろう。

 二人のジムトレーナーは、それだけでそのポケモンが自分たちの手に負える、少なくとも無傷で捕獲できることはないことを悟った。

「ミキオさん」

 サンドパンを手持ちに戻しながら叫んだキヨシの声に、ミキオは「おう」と、強く返事をしながら自身のボールを投げる。

 現れたのは、メガトンポケモンのゴローニャ。体の強さならば目の前のドラゴンポケモンにも引けをとらないだろう。

 だが、ミキオははじめから目の前のポケモンに勝とうとは考えてはいなかった。とにかくそのポケモンに痛手を与え、一旦引き、後は優秀なポケモンレンジャーに任せる。ここで出過ぎた真似をする必要は全く有りはしない。

 ゴローニャは、その役割を果たすのにこれ以上無い能力を持ったポケモンだった。体を覆う硬い岩盤は想像を絶するほどの『がんじょう』さを持ち、どれだけ強力な攻撃をぶつけられようと一撃では沈まない。

 そしてこのポケモンは、『だいばくはつ』をすることが出来る。一撃で倒されないことを考えると、その強力な攻撃を必ず打ち込むことが出来る。過去何度、この連携に救われてきただろうか。

 新たな獲物に狙いを定めたそのポケモンは、向かってくるゴローニャを迎撃するように踏みつけ、『じしん』の衝撃を叩き込む、轟音とともに森がざわめき、地面はひび割れる、ゴローニャにぶつけられたエネルギーの凄まじさを、トキワの森が物語っている。だが、それはミキオの予想通り、願望どおりの展開だった。

「『だいばくはつ』」

 叫んだミキオの指示に、しかしゴローニャは反応を示さない。そのポケモンは怒り狂ったようにゴローニャを蹴飛ばし、三百キロ以上あるはずのその体は、地響きを作り出しながらサッカーボールのように転がった。

 ミキオは驚愕で声が出なかった。確かに、それだけを見ればとんでもない『じしん』だった。おおよそすべてのポケモンを一撃で沈めるだろうし、それに驚きもしない。

 だがゴローニャは、『がんじょう』なゴローニャならば絶対にその一撃に耐えられるはずだった。『つのドリル』も、『ハサミギロチン』も、『けたぐり』にだって耐えてきたはずだった。

 その驚愕は、トレーナーとして考えれば当然だったかもしれない。だが、この状況、限りなく凶暴で強力な野生との対峙において、その感情は全くの無駄、有り得てはならない思考のスキだった。

 それぞれが持ち得るポケモンを失っていた。だが、そのポケモンからすればそんなものは関係がない。自らの新しい縄張りを荒らす危険な生物たちに対して、力を持った野生が取る行動は一つだ。

 森を揺らす程の雄叫びを上げたそのポケモンは、立ち尽くすキヨシに一歩踏み込んだ。

「キヨシ君!」

 ミキオがそう叫んだところでなんの意味もない。

 そのポケモンに背を向けて逃げようとしたキヨシに、そのポケモンの尾が襲いかかる。鋼鉄のような硬さにムチのようなしなやかさを持つ技『アイアンテール』は、ムチのように甲高い音を響かせながらキヨシの足を叩き、彼を地面に叩きつける。

 足を襲ったあまりの痛みに、キヨシは大声をあげようとした。だが、それは叶わない。

 胸が地面に叩きつけられていた。衝撃を受けた肺は咄嗟に膨らむことが出来ず、呼吸を阻害する。キヨシは息ができなくなっていることに気づいた。胸を打ち付けたのだから当然だと冷静に思いつつも、果たしてそれは本当だろうかとも思う、本当に今だけなのか、時間が経てば呼吸が出来るようになるのか。

 彼は死を意識していた。胸の苦しみがあった、打たれた足の痛みもあった、だがそれ以上に、大型のドラゴンポケモンに攻撃され、地面に突っ伏した自身が、そのポケモンに背を向けていることの恐怖が、彼を苛んでいた。

 その時になって、ミキオはようやく懐から煙玉を取り出して地面に叩きつけた。

 そのポケモンも流石に煙に対する耐性はないらしく、突然に現れた煙幕に慌てふためき攻撃をやめる。

 ミキオはすぐさまゴローニャを手持ちに戻し、キヨシに駆け寄った。

「大丈夫か!?」

 その返答を待つよりも先に、彼はキヨシを抱き上げて肩に担ぐ。

 少しづつではあるが呼吸が出来るようになっていたキヨシは一つ二つ頷いて生きていることをアピールするが、見えるのはミキオの背中ばかり。

 足早に、それでいてキヨシの負担にならないように歩を進めながら、幾つもの後悔が彼を襲っていた。

 どうしてあの時、無駄に思考のスキを作ってしまったのか。それがなければ、後輩トレーナーが襲われるより先に、煙玉を投げることが出来たのではないか。

 否、そもそも何故自分はあの時にゴローニャで戦いに行ってしまったのか、敵わぬ存在であることはわかっていたのではないのか、ゴローニャと自分の力を過信していたのではないのか。

 否、そもそも、あの踏み荒らされた草むらを見た段階で自分たちの手に負えぬ存在だと判断するべきではなかったのか。キヨシが自らの判断を頼った時に、ポケモンレンジャーに任せることを判断しておけば、このようなことにならなかったのではないのか。

 否、そもそも。

 そもそも、自分が強ければよかったのではないか。

 自分が強ければよかったのではないのか。

 自分が、強ければ、全て防げた話では無いのか。

 

 

 

 

 

 トキワの森、ニビシティ側の出入り口も、トキワシティ側の出入り口も徹底的に封鎖され、特別な実力を持ったポケモンレンジャー以外は足を踏み入れていない。

 ニビ、トキワの両住人にとっては当然不便な措置ではあった、隣り合う町同士であったが、トキワの森を封鎖されてはあまりにも交通の便が悪い。草木を切り分けて裏道を通れば一応行き交うことは出来るが、不慣れな道であることに変わりはない。

 だが、誰もそれに不満はなかった。ニビジムトレーナーに深手を追わせるほどのポケモンが不意に現れたとなれば、誰もが自身の身の安全を第一に考えるだろう。脅威からなるべく身を離し、後はレンジャーが問題を解決してくれるのを待つのが一般人として当然の選択。

 だが、ポケモンレンジャー達もそのポケモンを鎮圧、捕獲することは出来ないでいた。規格外のフィジカルと攻撃性の高さを持ち、様々な状況に対応できる知性と、それを活かすことの出来る豊富な攻撃手段を持つ。その道のプロ達の実力を持ってしても、これといった成果を上げているとは言えなかった。

 あの事件があってまだ数日しか経っていないというのに、無責任な野次馬達は自分たちの主張を騒ぎ立てていた。例えばトキワの森に現れたのは伝説のポケモンであるとか、この世のものではない別の次元に存在するドラゴンだとか、かつて存在していたマフィア集団ロケット団が密かに遺伝子操作によって作り出した人造ポケモンであるとか。

 だが、彼等はそれを確かめようとはしない。当然だ、ポケモンレンジャーですら手を焼くような怪物を相手に、興味本位で近づくなんて、一体どんな馬鹿だろう。

 

 

 トキワの森、ニビシティ側の出入り口を警護していたポケモンレンジャーのトシカズは、目の前に現れた少年を見て舌打ちした。

「何も聞かないから、何も言わずに帰れ」

 モモナリの目的を、トシカズは考えるまでもなく理解していた。

 封鎖されていたはずのチャンピオンロードにわざわざ向かい、シンオウで一騒ぎ起こし、その後も様々なトラブル、悪評を振りまきながら生きてきた少年。それらの根本には、必ずと言っていいほどポケモンバトルへの渇望があった。地元近くのトキワの森に怪物が現れたとなれば、黙っているわけがない。

 その少年、リーグトレーナーのモモナリは、突き放すようなトシカズの言葉に苦笑いしながら答える。元ニビジムトレーナーのトシカズと彼は顔なじみだった。

「つれないなあ。まだ何も言っていないのに」

 それだけ言って、彼はそこから去る様子はない。いつもそう、目的を達成するまではてこでも動かない。

 ため息をついて、トシカズが説得する。

「なあ、わかるだろう? これは遊びじゃないんだ。人間にも被害が出てる。蛮勇で突っ込ませるわけにはいかねえんだよ、専門職以外の人間を入れさせるわけにはいかねえ」

「だったら、俺に任せるべきでしょう。この問題に関して、俺以上の専門家がいるんですか」

 的外れだと断言できる意見ではなかった。確かに野生のポケモンに対して、『チャンピオンロード世代』のリーグトレーナーほどの存在がいるだろうが。

 その反論の的確さに、モモナリはフフンと鼻を鳴らしたが、トシカズは首を振ってすぐさまそれを否定する。

「それはわかってる。お前の強さを疑っちゃいねえし、いざという時日和ることもねえだろう。だがこれはそんなに単純な話じゃねえんだ」

 トシカズは一旦そこで言葉を切り、モモナリがしっかりとそれを聞いていることを確認してから続ける。

「もし、そのポケモンがお前から逃げて森から逃げたらどれほどの被害が出るか分かるか? 人間を攻撃したんだぞ? 俺たちがどれだけ細心の注意を払って物事を進めているか少しは考えてくれ」

 ぐうの音も出ない、モモナリの頭の中には無かった発想だった。それでいて非の打ち所もない、人間社会とポケモンたちの生態系に精通するポケモンレンジャーの、理の塊のような意見だった。

 だが、モモナリはそれでは引き下がらない。厄介なことに、彼は自らが人間社会が作り出す理というものを一方的に反故に出来る力を持っている存在であることを理解していた。

「じゃあ、俺を止めればいい」 

 その言葉は、てこでも動かないどころか、彼がその欲求を通すために実力行使も辞さない事の宣言だった。

 その場にいたトシカズ以外のレンジャー達がざわめく、自分たちレンジャーがここまで真っ向から喧嘩を売られることがこれまであっただろうか。

 トシカズはそれに驚かなかったが、再び大きなため息をついて頭を振る。

 それを振るわれてしまえば、もうどうしようもない。Aリーグへの昇格を逃し続けているとは言え、モモナリは未だに若手の筆頭株、前年度に行われた第一回シルフトーナメントでは、Aリーガーを軒並みなぎ倒してベスト四に勝ち進んだ。その強さを、ここまで露骨に理の破壊に使われてしまえば、自分達に為す術は無い。複数人で袋叩きにすれば可能性はあるかもしれないが、そうなれば自分たちも無事では済まず、本来の目的である森の保護を全うすることが出来ないだろう。

 しかし、と彼は思う。

 例えば彼の目的が金銭の目的のような、保身と俗にまみれた要求だったら、トシカズはなんの迷いもなくモモナリを軽蔑することが出来る。だが、彼の目的が『トキワの森に現れた怪物と戦うこと』なのだから、脅迫されているにもかかわらずモモナリを軽蔑し切ることができない。軽蔑よりも、意味のわからなさからくる恐怖のほうが勝っている。

 一歩踏み込んできたモモナリに道を開けながら、トシカズはモモナリに告げる。

「オノノクスだ」

 聞き慣れぬ単語にモモナリは体を反応させ、トシカズと目を合わせる。

「カントーにもジョウトにも、ホウエンシンオウにも生息しない、海外のドラゴンポケモンだ」

 もうモモナリがトキワの森に侵入することを防ぐことは出来ない。

 それならば、自身が知っている情報すべてを彼に託し、少しでも被害が小さくなるようにしなければならない。それはトシカズの優れた判断だった。

「世界中のドラゴンの中でも、トップクラスの攻撃性を持っている。目撃者の情報によれば、海外の図鑑に記載されているサイズを大きく上回り、ゴローニャを一撃で仕留める力もある」 

「ゴローニャを? それはおかしいでしょう」

 ゴローニャが『がんじょう』であることはモモナリも知っている。

「『かたやぶり』なポケモンで、相手の特性を無視して技を出せる。そこだけは気をつけろ」

 モモナリはそれにうなずき、一つ彼に問う。

「どうして海外のポケモンがトキワの森に」

「それがわかったら苦労しねえよ」

 それもそうか、と、モモナリは小さく笑って、トキワの森につながるゲートを潜った。

 

 

 

 

 木々を揺らし、枝をへし折り、そのポケモン、オノノクスはモモナリの前に姿を現した。

 元々プライドの高いドラゴンの一族であることに加え、オノノクスという種族は縄張り意識が強い。

 新たに作り上げた自らの縄張りに、何の恐れもなく踏み込んでくる存在が現れれば容赦はしない。

 彼は侵入者である人間を見て咆哮を上げる。だが、その人間、モモナリはそれに怯むこと無く、極めて冷静にボールを投げ、ゴルダックを繰り出してオノノクスと対峙させた。

 種族が違えど、オノノクスは彼がこの森で出会ってきた誰とも違う人間であることを理解していた。目の前の人間からは、恐れという感情を感じ取れない。

 オノノクスは草むらごと地面をえぐるようにゴルダックに踏み込む、人間よりも先に、それに従うポケモンを処理しなければならないことを彼は知っている。

 力の限りを込めた『ドラゴンクロー』はゴルダックの頭を捉えたように見えた。だが、そこに手応えがない、それがゴルダックがサイコパワーで作り出した『みがわり』だと気づいたときには、すでにゴルダックが懐に踏み込んでいた。

 ゴルダックの水鉄砲が、至近距離から直撃する。だがオノノクスはそれを屁とも思わず片手でゴルダックを振り払った。

 地面に着地したゴルダックは、再びポジションを取ろうと足を動かすが、水によってぬかるんだ地面の中にある何かに足を取られてバランスを崩し、ベチャリと地面に突っ伏す。特別大きなダメージではないが、足を痛めたかもしれない。

 そこでモモナリは「戻れ」と一言言ってゴルダックをボールに戻した。

 ゴルダックがバランスを崩した原因、彼はそれが偶然によるのではなく、オノノクスの『くさむすび』による攻撃であることに気づいていた。

「ふうん」と、モモナリはオノノクスが見せた技について思考を巡らせる。

 だが、オノノクスはそれを待ってはくれない、彼はスキだらけになった人間を排除するために、再び踏み込んで『ドラゴンクロー』を振り抜かんとす。

 しかし、その強力な爪による攻撃は、柔らかな肉には届かない。ガツンという鈍い音と共にそれは止まる。

 モモナリが新たに繰り出したアーマルドが、その攻撃を体全身で止めていた。全身を覆う硬い甲羅は、たとえ相手がドラゴンであろうと攻撃を中に通さない、甲冑ポケモンの二つ名が過去のものではないことを証明している。

 不意に現れた見知らぬポケモンが、その体の硬さが岩タイプであろうことは確信しつつも、オノノクスは、それ以上に自らの体の変化を感じていた。普段に比べて、腕に力が入りきっていない。その違和感は、ゴルダックの水鉄砲を食らったときからだった。

 それはゴルダックの『みずびたし』攻撃によるものだった。特殊な水を相手に浴びせることにより、そのポケモンのタイプをみずタイプに変化させる奇妙な技。

 タイプが変わることは、そのポケモンの肉体全てに影響が出ると言っても過言ではない。例えば『ドラゴンクロー』などの強力なドラゴン技は、ドラゴンの屈強な肉体があることが前提にある。その肉体をみずタイプに変化させられては、攻撃が弱体化するのも当然。

 だが、その程度のことでオノノクスの攻撃性が失われるわけではない。いわタイプに有用な攻撃を彼は知っている。

 彼は一歩後ろに下がる素振りを見せながら、くるりと身を反転させて、太く、そしてしなやかな尾をアーマルドに叩きつける。

 アーマルドは再び体全身でそれを受けるが、今度はうめき声を上げながら体勢を崩した。寸前に全身に力を込め『てっぺき』のような防御力を作り出していなかったら、そのまま戦闘不能になっていただろう。

「『アクアテール』か」

 アーマルドを手持ちに戻しながら、モモナリは呟く。しなやかで力強い尾によって、水のような柔らかく衝撃を保つ物を叩きつける水タイプの大技『アクアテール』、水タイプとなっているオノノクスがそれを放てばさすがのアーマルドも大きなダメージを避けられない。

 小さく呟きながらも、モモナリは驚いていた、水タイプと関わりがなくても、長い尾を持つポケモンが『アクアテール』を裏奥義として習得している可能性があることを知っていないわけではなかったが、それを出来る野生のポケモンは存在しない。

「レンジャーが手を焼くわけだよ」

 モモナリの中であった予想が、確信に変わった瞬間だった。

 オノノクスの前に新たに立ちふさがったのは、アーマルドと同じく化石から復元したポケモンであるいわつぼポケモンのユレイドル、岩のような胴体から生える長い枝のような首が伸び、頭部の奥にある二つの目が、彼を睨みつけている。

 見知らぬポケモンだったが、あまり強そうなポケモンではないとオノノクスは判断し、再び体を捻り、今度は鋼のように強化した『アイアンテール』で攻撃する。岩タイプのユレイドルにとってその攻撃は効果が抜群だが、彼女はそれにぐっと耐え、頭部から粘液を吹き出してオノノクスに浴びせる。

 瞬間、オノノクスはそれが毒による攻撃だと身構えた。だが、異臭と、少しだけ視界が悪くなっただけで、体に痛みもなければ、熱を帯びることもない。

 その意味のわからない攻撃を、ようやくとるに足らないものだと理解した頃には、目の前のポケモンが変わっていた。

 新たにモモナリが繰り出したのは、鋼鉄の体と磁石を持つポケモン、ジバコイル。

 ようやくだ、と、オノノクスは安堵していた。わけのわからないポケモン、わけのわからない攻撃を浴びせ続けられていたが、ここに来てようやく、知っているポケモンが現れた。

 そして彼は、そのポケモンに関しては絶対の自信を持っていた。自身が持つ特性を、十二分に発揮できる相手、自身が仕込まれた技をこれ以上無いほどに発揮できる相手。

 彼は跳び上がり、片足でジバコイルの体を踏みつけて地面に叩きつけた、地面が割れ、木々が揺れ、野生のポケモンたちの驚きと恐怖の声が聞こえる。『じしん』の衝撃は、電気タイプと鋼タイプを持つジバコイルには絶対的な効果のある攻撃だった。

 鋼の体の冷たさを片足から感じながら、オノノクスは次はお前だとモモナリをにらみつける。だが、自慢のポケモンを葬られたはずのそのトレーナーは、恐怖でも、懇願でもない、極めて冷静な表情を崩さぬまま声を上げる。

「『じゅうまんボルト』」

 右足のしびれ、それをしびれだと認識できたのは一瞬だった。

 次の瞬間、破裂音のような轟と共に体全身を突き抜ける激痛。反射的にどれだけ声を張り上げようと、それが和らぐことはない。

 電気による攻撃だ、と彼は即座に理解したが、『みずびたし』による自身のタイプ変更に気づいていない彼は、何故それが自分の肉体にこれほど効くのかは理解できない、ドラゴンの肉体は、電気攻撃程度ではびくともしないはずだ。

 それに何故、ジバコイルがまだ攻撃することが出来るのかがわからない。自分が電気タイプや鋼タイプ相手に放つ『じしん』は、たとえ相手がどれだけ『がんじょう』な奴でも、戦闘不能に陥らせることが出来るはずだった。

 地面に倒れ、それでもモモナリから目を切らさないオノノクスは知らない。先程のユレイドルの攻撃『いえき』によって、自身の特性『かたやぶり』が無効化されていることに。

 恐ろしい、オノノクスは目の前の人間に恐怖を覚えていた。

 殴り合いや力比べで負けたわけではない、目の前の人間に限らず、自らの肉体と、牙を持ってすれば、すべての人間をなぎ倒すことが出来る力を彼は持っているし、それを知ってもいる。

 わからないのだ、今、何故自分が地面に突っ伏しているのか、全くわからない。わからないことは、恐怖だ。

 逃げよう、と、オノノクスは残る体力をすべて使って体を起こそうとした。まだ、もしかすればこの人間のスキを見て、逃げることが出来るかもしれない。

 だが、モモナリが新たに繰り出したポケモン、アーボックはそれを許さなかった。彼女の『へびにらみ』の前に、彼は全く動けない。

 彼は死を覚悟した。もう自らに出来る事はない。あとはよく分からない力を使う強者に蹂躙されるだけ、無様を晒さないことだけが、ドラゴンに残された最後の尊厳だろう。

 モモナリが至近距離まで歩み寄っても、オノノクスは大人しかった。

 だがモモナリは、止めを刺さない。

 彼は利き手でオノノクスの頭をなでながら呟く。

「俺と一緒に来い」

 その言葉の意味すべてを、オノノクスが理解できるわけではないだろう。

 だが、断片的にではあるものの、彼はそれを理解し、受け入れようとしていた。

 目の前の人間は、自分よりも強い。それは単純にフィジカルだけの問題ではなく、知識、戦略、命令を忠実に実行する仲間の存在、それらすべての要素が、彼に生物としての強さを与えている。今この瞬間、自らが地面に倒れていることが何よりの証明。

 その生物の仲間になることの何が問題か、群れの一員になることに何の問題がある。一つの共同体になることに、何の問題があろうか。

 空のモンスターボールを持つモモナリに、オノノクスは何も抵抗しなかった。




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後編は明日更新します

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