モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。 作:rairaibou(風)
その少年は、上機嫌だった。
尤も、カンナは彼の、モモナリの性格や考え方すべてを理解しているわけではないので、きっと彼は上機嫌なのだろうという想定でしか無い。
そして、その想定は間違っていない。
いてだきの洞窟最深部でぼうっと遠くを見つめていたモモナリは、カンナを視界に捉えるなり、ニンマリと笑った。
「洞窟には、いつも俺の求めているものがあるんだ」
それが何を示しているのか、彼女にはわからない。
だから彼女は、自分の持っている質問を先に彼にぶつけることにした。
「どうして、あなたがここに」
モモナリは会話がちぐはぐであることに微塵に不満も見せずにそれに答える。
「あんなことしたんだ、祝賀会には出られない、それよりも、俺はこっちのほうが落ち着くんだよ」
あんなこと、というのは引退試合での立ち回りのことだろう、自分の支援者達の反応を考えればその判断は賢明だったと言えるだろうし、そもそもその自覚があったことに彼女は少し驚いた。
そしてカンナは、もう一つの質問も投げかける。
「あなたが、密猟者たちを」
モモナリは更に笑って答える。
「ああ、そうだよ。せっかくいい気分だったのに、襲いかかってきやがったから、ちょっとだけ本気で相手してやったんだ」
彼は、ちょっと、を表現するのに指先で小さな間隔を作り、続ける。
「まあ、多少は知ってる奴らもいたけど、駄目だね、みんな古臭かった」
カンナはそれに納得した。若く現代的な感覚を持っているとはいえ、モモナリは封鎖されたチャンピオンロードに自ら飛び込んでいくような超実戦派、生活に窮し、密猟者からの報酬を頼りにするようなトレーナーたちとは、そもそもの心持ちが違う。同じ戦場に立っていると錯覚しながら、全く手の届かない相手に、彼らは恐怖したのだろう。
「ありがとう」と、カンナはモモナリに頭を下げる。
「あなたがいなければ、どうなっていたことか」
モモナリはそれにキョトンとしていた、好き勝手暴れたことに対して礼を言われることになれておらず、果たして何に礼を言われているのかわからなかったが、少ししてからその意味に気づいて、嬉しげに、大げさに首を縦に振りながらそれに返す。
「いやいや、かまやしませんよ。カンナさんがここを特別に思ってることは、知っていますからね」
もっともらしい理由を並べる。少し前、彼はカンナの後をつけ、この地の存在を知った。
微笑む彼女に、彼はさらに続ける。
「カンナさんの事は、大体知っているんですよ。あんたは元四天王、こおりタイプの使い手だ」
それはいまさら語るまでもない常識。
「あんたはあのレッドと戦い、苦しめた実力を持ってる生きる伝説だ」
それもまた、ポケモン通ならば語るまでもない常識。
「あんたはヨツノシマの、ナナシマの、いや、この世界にある全ての、小さな集落のヒーローだ。あんたがいなけりゃ、この世界はまだ、大都会主義だったかもしれない」
それは、多少ポケモンリーグの歴史を知っているものだけが知ることだった。
「そんなあんたは意外と少女趣味で、家には沢山のぬいぐるみがあって、毎年一体仲間を増やす。どうだ、俺はそこまで知っている」
それは、本当にごく僅かな、人嫌いで知られるカンナと深い付き合いのある人間か、モモナリのように、ある意味で気を許された人間しか知りえないことだった。
照れるカンナは、この洞窟から出ることを提案しようとした。
しかし、モモナリは「だけど」と、更に続ける。
「知らなかった。あんたがフリーザーを、選択肢として持っていることは、知らなかったんだ」
それは、今ではポケモンリーグを知る誰もが知っていることだった。
数年前、カンナ最後のチャンピオン決定戦となった試合で、彼女は、ドラゴンつかいのワタル相手に、フリーザーを繰り出した。伝説と言われるほどに、人とかかわらないことで有名なそのポケモンが現れたことで、業界は一気に湧いた。
彼女が沈黙を貫いたために、そのポケモンとの関係などは公にはなっていない。
だが、リーグトレーナーたちは、それが彼女の故郷であり、バックボーンでもある『いてだきの洞窟』に深い関わりがあることを知っていた。
更にモモナリは続ける。
「ずっと、不思議なトレーナーだと思っていた。あんたはあのレッドを最も苦しめたトレーナーだったかもしれないのに、常に冷静で、クールで、チャンピオンになることに執着がないように見えた」
伝説のトレーナー、レッドによる四天王抜きは、今では幻想的な感覚をまといながら語り継がれる。
カンナはその強力な『ふぶき』によって、レッドを苦しめた。レッドはその後シバ、キクコ、ワタルと勝ち抜くが、彼に四天王のレベルを叩きつけたのはカンナだった。
「だけど、あんたの後をつけてこの洞窟を見て、わかったんだ。つまりあんたは、この洞窟を、この島を守るヒーローであればいいと思っているから、煮えたぎるような本気を出さないんだなって思った。だが、それも違う」
カンナは、目の前の少年の持つ雰囲気が変わっていることに気がついた。
「なぜならばあんたは、あの試合で、フリーザーと共に戦った。驚いたよ、あんな隠し玉があったなんて、そりゃあ普段はクールに見えるわけだ。あれこそが、あの試合こそがあんたの本気、全身全霊、すべてをぶつけたあんたの本気だ」
その言葉を、カンナは否定しなかった。紛れもない事実だったから。
話の着地点が見えなかった。どうして、どうして彼が一転不機嫌になったのか、彼女にはわからない。
そして、モモナリの口からその答えが引き出される。
「引退試合ならあるいはと思った。だけど、あんたはフリーザーを出さなかった。なあ、どうしてフリーザーを出さなかった。なあ、どうして俺は、あんたの本気を味わえないんだ?」
カンナは、今彼が不機嫌な理由も、彼があの時不機嫌だった理由も理解した。つまりそれは、嫉妬、極端なことを言えば、構われぬことへのジェラシーだった。
そして彼は、まるで五歳児のような、打算に満ち溢れた懇願をする。
「なあ、俺はあんたの大切な場所を守ったんだ。だから、フリーザーと、戦わせてくれよ」
しかしカンナは首を横に振る。
「それは無理よ、あなた相手に、本気は出せない。あなたはワタルではないもの」
モモナリが弱いトレーナーだとは微塵も思っていない。
だが、彼女と彼の間には、あまりにも歴史がない、友情がない、負い目がない、闘争心がない、共有する屈辱がない。
モモナリは、その返答を予想していたであろうか。否、してはいなかった。
どうして自分に本気を出すことが出来ないのか、それを感覚的に理解が出来ない、恩を売ってもなお、それが満たされぬ苛立ちに、彼はふうと大きなため息を付いて「そーかいそーかい」と不貞腐れる。
そして彼は、駄々をこねた。
「じゃあ、俺は密猟者になる」
カンナがその突拍子のない宣言を飲み込むより先に続ける。
「この洞窟にいるポケモン全てを、掻っ攫う。すべてを金に変えて、この島にゴミ処理場を作る、汚え汁を全部海に垂れ流して、根こそぎ、根こそぎやる」
それは、まだ年齢的には幼い彼が思いつく限りの、徹底的な環境破壊だった。
カンナは、ようやく彼の意図を理解する。
トレーナーとしてフリーザーを引きずり出すことが不可能ならば、もう一つ、彼女が本気を出す可能性があるもう一つの選択肢をとったのだ。
私腹を肥やすためにカンナと戦おうとする密猟者のまるで逆、彼はカンナと戦うために、私腹を肥やそうとしているのだ。
信じられないことだった、考えられもしないことだった。かけらでも人間としての良心があれば、思いつきもしないようなことだった。
「あなた、その意味わかっているの?」
声を震わせながら、カンナが問う。
しかし、モモナリはあっけらかんと答える。
「あんたこそ、この意味わかってんのか?」
モモナリは笑っていた、だが、カンナを見返すその視線に、彼女は異様なものを感じた。信じられないほどに、澄んだ目だった。
ハッタリではない、この少年はきっと、それが自らとフリーザーを引き出す手段だと信じている限り、いてだきの洞窟のポケモンたちを根こそぎ乱獲するかもしれないし、それを売り払うかもしれない。そして、その気になればゴミ処理場だって作りかねない。
勿論カンナは、それを未然に防ぎたいし、防がなければならない。
ここに、両者の主張が共に通ることになる。
洞窟の中を、肌をしびれさせるほどの風が吹いた。モモナリは一つ身震いをして、カンナから視線を上げる。その震えは、ふいに洞窟内に舞い込んだ風だけが理由ではない。
カンナもまた、それを感じていた。当然だ、彼が強力なトレーナーであり、自分たちの敵であり、本気でこの洞窟を侵略しようとしているのならば、彼が、それを感じないはずがない。
れいとうポケモン、フリーザーは、長く美しい尾羽根をなびかせながら、カンナのもとに降り立った。
「いいなあ」と、モモナリは感嘆して、ボールを投げる。
繰り出されたゴルダックは、その相棒と同じように澄んだ目で彼女らを見つめ、どのような状況にも対応できるように腰を落とす。
「タイマンと行こうや」
モモナリの提案にカンナも頷く。
「わかってんだろうけど、あんたが負けたら」と、モモナリが言い終わるより先に、カンナとフリーザーは動く。
「『フリーズドライ』!」
彼女も分かっている、このタイマンを落とすようなことがあれば、モモナリはこの地に凄惨をもたらすだろう。なんとしても、それだけは防がなければならない。そうならないために、彼女は強者の道を選んだのだから。
フリーザーから放たれた光線がゴルダックを捉える。みずタイプに効果の薄い『れいとうビーム』と違い、水ポケモンの内部にある水を『フリーズドライ』するその技は、ゴルダックに対しては効果が抜群だった。
「『まもる』」
だが、ゴルダックは口から水流のバリアを吹き出してその攻撃から身を『まもる』。彼は敢えてカンナの動きを見る側に回ることによって、その後の戦略を選択する権利を得ていた。精神的な意味合いの部分で、先に仕掛けていたのはモモナリの方だったのだ。
カンナは自らの立場を瞬間的に客観的に考える。はっきり言ってこの状況はまずい。
なぜならばモモナリのゴルダックは選択肢として『かなしばり』を持っているからだ。ここでもう一度『フリーズドライ』を狙うのは悪くはない選択だが、そこに『かなしばり』を合わされると最悪だ。
過ぎたことではあるが、カンナが初手に『フリーズドライ』を選択したことが、甘いと言えば甘い。怒りによって乱れた彼女の行動を、モモナリが的確に咎めた。
ゴルダックとフリーザーのこの対面、一見すれば『フリーズドライ』を持っているフリーザー側が有利に見える。だが、『フリーズドライ』を封じられてしまえばそのまま一転して逆転する。
「『ぼうふう』!」
彼女は『かなしばり』を嫌ってフリーザーの持つもう一つの強みである風による攻撃を選択する。
フリーザーの作り出したが暴風が、洞窟内のしびれるような寒さをまといながらゴルダックに襲いかかる。外すリスクもある大技だったが、今回はしっかりとゴルダックにヒットしたようだった。
ゴルダックは一瞬だけその風に抵抗しようと踏ん張ったが、すぐにそれを諦めて『ぼうふう』に巻き上げられる。
カンナは勝負を決めるほどの大ダメージを期待した。だが、ゴルダックはひらりと身を捩らせて、『ぼうふう』をかわしていたモモナリの元にスタンと着地し、呆けた顔のまま、カンナたちを見据える。
その表情に、カンナは自らの思考を的確に読み取られたことへの動揺をあらわにする。
それは、『ドわすれ』によって作られる表情だった。自己暗示の一種で、自らのメンタルを強烈に引き上げる技、カンナもヤドランが得意技にしている。
モモナリは、二度目の『フリーズドライ』をカンナが打ってこないと予測するや、図々しくもゴルダックの能力を引き上げた。あるいはそれを引き上げることで『フリーズドライ』も耐えることが出来ると読んでいたのかもしれない。
ここまで、モモナリはカンナを相手に圧倒的な立ち回りを見せていた。それは、単純な実力だけの話ではない、カンナの読みが理論的に間違っていたわけではないし、どちらかと言えばモモナリの読みのほうが強引のようにも見える、ただ、結果としてそうなっているだけで、乱暴な言い方をすれば、運と片付けることも出来る。
だが、それよりも、ポケモンリーグから去るカンナと、これから最盛期を迎えるであろう若きトレーナーの勢いの差が、もしかすれば関係していたのかもしれない。
しかし、だからといってカンナが諦める訳にはいかない。
「『くろいきり』」
フリーザーがどす黒い霧を吐き出し、羽ばたきによってそれを洞窟内に充満させる。
それはポケモンたちの能力変化をもとに戻すことの出来る特殊な効果を持ったものだった。これによって、ゴルダックの『ドわすれ』を無効化させる。
だが、ゴルダックはそれに臆することなく、黒い霧をかき消しながらフリーザーのもとに跳び上がり、振りかぶった。
「『アイアンテール』」
ゴルダックは一回転し、尻尾をまるで踵落としのようにフリーザーに叩きつけ、洞窟内に鈍い音が響いて、フリーザーは地面に叩きつけられる。『アクアテール』の技術をより応用した技で、その威力は、まるで鋼タイプのポケモンが放つそれと同等、脆い氷タイプのフリーザーには、効果が抜群だ。
ゴルダックは両足を揃えて着地すると。ダウンしているフリーザーに向かって一気に間合いを詰める。
それは、この戦いの中で彼らが見せた唯一の隙だった。
「『フリーズドライ』!」
ゴルダックを十分に引きつけ、カンナが叫ぶと、フリーザーは頭をもたげてそれを放つ。『ドわすれ』の効力が消えた今、それは絶大なダメージを生むはずだ。
その技は、ゴルダックがはなった水流を交錯して、彼に直撃する。
ゴルダックはその光線の勢いに押され地面を転がり、所々の凍傷を地面にこすらせて悲痛な悲鳴を上げた。単純に考えれば、戦闘不能も考えられるダメージだろう。
片やフリーザーは、これと言ったダメージがなさそうに見えた。こおりタイプの彼にとってみずタイプの攻撃が効果が今ひとつなことを考えても、あまりにも。
目立ったものと言えば、『みずびたし』になっていることくらい。
彼女がそれに気づくのと、ゴルダックが両足を踏みしめて体を起こすのは、ほとんど同時だった。
ゴルダックが、足元の水たまりに両手をつける。その水たまりは、か細くか細く繋がりながら、『みずびたし』になっているフリーザーにまでつながっている。
「『シンクロノイズ』」
ゴルダックが手を付けた水たまりが振動による水しぶきを上げる、瞬時にそれは水の道に続き、フリーザーに襲いかかった。
その技『シンクロノイズ』は、みずタイプのゴルダックが同じくみずタイプのポケモンに対し大ダメージを与えることが出来る大技だった。
そして、あのときに放たれた『みずびたし』こそがその伏線。
それだけではない、彼等は『みずびたし』によってフリーザーのタイプを変更させることにより、擬似的に『フリーズドライ』の威力をも押さえることに成功していた。
伝説のポケモンであるフリーザーの、更に滅多に聞くことが出来ないであろう悲痛な叫びが洞窟内に響き渡っていた。
無理も無いだろう、特殊な振動が水を伝って自らの内部を攻撃しているのだ。これまでも、そしてこれからも味わうことのない攻撃だった。
しかしモモナリは攻撃の手を緩めない。彼は、戦いが、否、自らが戦ってみたいと感じたトレーナーたちが、こんなことで終わらないことを知っている。
彼がゴルダックに指示を出すと、彼もそれを待っていたと言わんばかりに、ついていた両手に力を込めて、スプリンターのように一気にフリーザーとの間合いを詰める。
カンナは選択を迫られる、限りなく小さく狭い選択を迫られる。
持ち前の特殊耐久力のおかげで、フリーザーは落ちてはいない、だが、おそらくゴルダックの次の攻撃に耐えることは出来ない。そして、ゴルダックを落とすことも難しいだろう。
ならば、あれを撃つしか無い。この状況ならば、あの技を撃つしか無い。
その技を撃てなかったから、彼女はリーグトレーナーとなった。そして、それは確実に彼女らの糧となった筈だ。
大丈夫だ、きっと撃てる。ワタルが相手のときには撃てたではないか。
この状況で撃つために、自分は強くなったのだ。
「『ぜったいれいど』!」
フリーザーが、それ以上無いほどの冷気を吐き出す。
かつて、この技は、洞窟内すべての、こおりタイプ以外の生物の息の根を止める技だった。だが、時が経ち、彼女が強くなり、その技の制御が可能になっていた。
向かってくる冷気を受けながら、ゴルダックは『つばめがえし』でとどめを刺そうとしていた。
だが、その途中、自らの身体が少し不自由になったことを感じ、そこで、彼の意識は途絶えた。
おそらく彼は、自らが凍ったことに気づいてすらいないだろう。
「ははあ」
その冷気に身を震わせながらも、命を奪われることまではされなかったモモナリが、美しく凍りついたゴルダックを眺めながら笑う。
「やられた」
「待ちなさい」
カンナの強い声が、洞窟内に響いた。手持ちの傷薬でフリーザーを手当しているそのスキに、モモナリがここから去ろうとしていることに気づいたのだ。
ゴルダックをボールに戻し、ふう、と一つ息を吐いてから楽しげにそこを去ろうとしていたモモナリが足を止めて彼女に振り返る。
もはやその表情に、この洞窟のポケモンをどうこうするなどという不埒な雰囲気は感じられなかった。もっとも、彼女が勝利したわけだから当然ではあるが。
「何の意味があるというの」
カンナはモモナリに問いかける。
「馬鹿みたいなリスクを負って、私達と戦うことに、一体何の意味があるというの」
カンナには、それが信じられなかった。
彼女はその経歴的に、強くあることを、戦わないことに使おうとした。だから、モモナリのように突っ張ってくる人間の心理が理解できない。
そして、それはモモナリも同じだった。
「目の前でフリーザーちらつかされりゃ、誰だってこうなるでしょ」
平行線だった。カンナは自らの強さの魅力にピンときていないし、モモナリは平穏の魅力にピンときていない。
更に今度は、モモナリが問う。
「馬鹿みたいなリスクって、なんです」
カンナはぐっと一つ息を呑んでからそれに答える。
「私は、あなたを殺せたわ」
あまりにも物騒な発言だった。
「私達の『ぜったいれいど』は、あれでも威力を調整しているのよ、その気になれば、あなたごと全てを凍らせることだって出来た」
モモナリはそれに少し考えてから答える。
「でも、あんたは俺を殺さなかった。もしあんたらがあの技で俺を殺そうとすれば、ゴルダックの攻撃が届いていたと俺は思うね。あんたらが勝ったのは、そんな事に考えを割かなかったからだよ」
一旦はそうやって反論したが、モモナリはカンナとその傍らのフリーザーを交互に見てから頭をかく。
「まあ正直、そんな事想像もしてなかったよ」
勿論カンナだって、それをするわけではない。そこにあるのはただの机上の空論。
「でもまあ」と、モモナリは続ける。
「もしあんたらが、俺達よりも強いのなら、その権利はあるだろうね。でもそこにあるのは権利だけさ、俺だって、あいつらを殺しはしなかっただろう。そんなことを考えるやつは未熟だし、洗練されちゃいないよ。そういう点では、まあ、あんたらの高貴さを信用していたのかもな」
カンナは、その言葉に嬉しさを覚える。自分たちがその他の粗暴者たちと一線を画する存在だと認識されていることは、彼女らがポケモンリーグでやってきたことが間違いではなかったということだからだ。
だが同時に、無茶苦茶だ、と、彼女は思った。
自分に対して、あれだけの挑発をしておきながら、一線を越えないことは信用していたなど、とても成立する理屈ではない。
目の前の少年は、あまりにも綱渡りに人生を生きている。そんなことをしても、誰も褒めてはくれない。あまりにも実りのない、悲しすぎる人生だ。
そこまで思って、彼女は、モモナリがこの洞窟を密猟者から守ってくれたヒーローだということを思い出した。半ば当然だが、彼女はそれを忘れかけていた。そして、彼女の中に、せめてそれを褒めねばという使命感が生まれた。
再び洞窟を後にしようとしたモモナリを、「待ちなさい」と、カンナが再び引き止める。
「ナナシマの人たちに、あなたを紹介するわ」
モモナリは一瞬それに嬉しげな顔を見せたが、やがて目を伏せて首を振る。
「それは無理だよね、今更そんな事出来るわけがない」
意外なことに、彼はそれを自覚しているようだった。
彼女はモモナリがそのような常識を持ち得ていたことに驚きながら。自らが持ち得る権利を使うことにした。
「いいから来なさい、負けたんだから」
カンナは、そういう女だった。
彼女の側にいたフリーザーが、鳴き声を上げながら飛び立つ。もうそこに、この洞窟に害を及ぼす脅威は存在していない。
「仰せのままに」
モモナリは彼女の表情を明るくさせ、ぴょこぴょこと跳ねるようにカンナの後に続く。その後、カンナの弁明によって、モモナリはナナシマの住民たちに、憎しみ半分歓迎半分で迎えられたのだった。
感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。