モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 153-第四回ガブリアスナンバーワン決定戦 ①

「出演依頼だそうだ」

 オフシーズン、久しぶりにポケモンリーグ協会に呼び出されたモモナリは、昔に比べれば最近は品行方正なんだけどなあと首を傾げながらそこに訪れた。

 小さな会議室でモモナリを待ち構えていた理事の一人であるオークボは、短くそう言ってモモナリに書類の束を手渡した。

「へえ」と、とりあえず怒られるわけではなさそうだなと安心し、どことなくデジャヴを感じながらそれを手にとったモモナリは、そこに書いてある文字に驚きながらそれを読み上げる。

「『第四回ガブリアスナンバーワン決定戦』ですか」

 派手派手しいロゴの直ぐ側には、モモナリでも知ってる有名テレビ局のマークがあった。

 この番組やこれに類似する番組の存在はさすがのモモナリでも知っている。芸能人や特別な実績を持ったゲスト達が、手持ちのポケモンたちを出し合い、様々な競技で競い合う。有名なテレビ番組だ。

 モモナリはさらに書類をめくったが、そこから先の内容はあまり頭に入ってはこない。

「これ、僕らが出ちゃ駄目なやつでしょ」

 ため息を付きながら、モモナリはその企画書を長机の上に放った。

 ナンバーワン決定戦、と銘打ってはいるが、結局の所それは、その番組に呼ばれた芸能人や著名人の中でのものだ。これまでこの番組に現役のリーグトレーナーが出たなんて聞いたことがないし、出ようと思ったこともない。

 なぜならば、プロであるリーグトレーナーが、いわゆるアマチュアである彼らの中に入ってその技を競うなど、考えられないことだからだ。モモナリのこの反応は、彼らがプロであることを考えれば当然と言える。

「どうしてもプロを出したいと言われてな」

 その企画書をオークボが再び手に取り、数ページめくる。

「それに、予定されてる出場者も悪くない、現役はいないけどな」

 再び差し出された企画書をモモナリが確認する。出場予定と書かれているそこには、確かに名の知られるトレーナーたちが書かれている。そのうちの一人はタレント業を営んでいる元リーグトレーナーだった。

 更に目を通すと、育て屋、コーディネーター、評論家と続き、アイドルの名前もある。

「アイドルって、あぶねえなあ」

 そしてモモナリは、そこに自分の名が書かれていないことに気づき、更にある名前を見つけて苦笑する。

「ニシキノくんの名前が書いてありますけど」

 それは、モモナリと同じくリーグトレーナーのニシキノだった。確かに彼はパーティの柱の一つとしてガブリアスを持っているし、その力も折り紙つきだ。

「断られたんだよ、わかるだろうそのくらい」

 同じく苦笑しながら、オークボが悪びれること無くそういうものだから、モモナリは更につられて笑った。あまりにも非礼な一連の流れだが、付き合いの長いオークボ相手に、モモナリが怒ることはない。

 モモナリの知る限り、ニシキノというトレーナーはプロであることにかなりのプライドを持っているタイプだから、断るのも無理はないだろう。

「オークボさんの頼みだから受けてあげたいですけど、流石にねえ」

 渋るモモナリに、オークボが「最後のページを見てみろ」と促す。

 促されるままにそれをするモモナリ、最後のページには、この番組に参加する数々のスポンサーと共に、この大会における商品が書かれていた。

 優勝賞品そのものには、特にモモナリの食指が動くことはなかった。何やら高級なんだろうが、彼にとっては何の価値もないようなものだったから。

 だが目を見張ったのはその副賞、なんとそれは、最近タマムシシティにオープンしたマラサダショップのシーズンパスだった。当然何でもかんでも食べられるというものではないだろうが、一日数個くらいなら、自由に注文できるだろう。

「そうかあ」と唸りながら、モモナリは慌てて企画書を胸の位置にまで引き上げた。ボールの中にいるあいつにそれを勘ぐられようものなら、今すぐにボールから飛び出て、企画書をびしょびしょにしかねないからだ。

「出てもいいもんですかね」

 もう一度確認するように言うモモナリに、オークボが答える。

「本気でやっていいぞ、良いアピールだ。住み分けってのはしっかりとやらないとな」

 

 

 

 

『あるドラゴン使いの達人はこう言いました。かつて龍は天災であり、人が抗えるものではなかったと!』

 モモナリはガブリアスと他の参加者たちと共にセットの上に並び、腕組みを強いられていた。

 有名な男性アナウンサーの煽りと共に強い照明が次々に自分たちを照らす。ガブリアスはそれに耐えられるだろうが、人間からすればかなり熱い、モモナリは過去に一度だけ教育番組に出演したことがあったが、その時とは比べ物にならなかった。

『しかし時を経て、人間はトレーナーとなり、ドラゴンと共に生きることを可能にしました! 今宵、龍の中でも特別な強さを持った、最強の生物の一角、ガブリアスを操ることの出来るプロフェッショナルが集まりました!』

 タレント、評論家、育て屋、アイドルなどと参加者の肩書が叫ばれ、最後にリーグトレーナーであるモモナリが紹介される。その瞬間、多くの照明が自分を捉え、そこにいる人間すべての視線をモモナリは感じた。

『本日、ついにリーグトレーナーがこの戦場に現れました!』

 読み上げられるモモナリの経歴、随分と立派だなと彼は他人事のように感じていた。

 

 

 

 

「あっついなあ」

 オープニングの撮影終了後、手渡されたペットボトルの蓋を捻りながらモモナリがつぶやいた。右腕の傷を映さないように長袖を着ているから余計にだ。

「あっついよなあ」

 彼は腕を伸ばして、ガブリアスの頭に水をかける。いくら乾燥に強い種族とはいえガブリアスも少しそれに参っていたらしく、彼女は口が必要以上に大きく開かないように装着されたハーネスの隙間から舌を出して、滴る水を味わうが、彼女はそれがあまりにも下手で、あまり喉の渇きを潤せていなかった。

「相変わらず下手だなあ」

 モモナリは苦笑して、ペットボトルをそのまま彼女の口元に持っていく、彼女はようやく喉を潤した。

 さて、水を全部使い切ってしまったからもう一本貰わないとな、と、モモナリがスタッフを探すと、「飲みなよ」と、彼にペットボトルが差し出された。

「どうも」と、モモナリがそれを受け取り礼を言うと、その差出人の男は、この大会の参加者の中で、唯一モモナリと面識のある男だった。名をカタヤマと言って、元リーグトレーナー、今ではタレントとして活躍している男だった。

「久しぶりだな」

 カタヤマはモモナリに笑いかける。暑苦しいが、妙な説得力を感じる笑顔だった。タレントとして成功している理由の一つだろう。

「ええ」とモモナリは答えて「こっちはよく見てますけどね」と軽く言った。

 カタヤマは更に笑って「そりゃお互い様だろう、俺だってリーグ戦の中継でよく見てるよ」と軽く返す。

「俺がもう少し強けりゃ、もっと顔を合わせることもできたんだろうけどな。皮肉なもんで、現役だったときよりも、引退したときのほうが、テレビに出てるんだ」

 カタヤマはモモナリより幾つか年上だが、リーグトレーナーになったのは二十歳を超えてからだった。しかもCリーグを勝ち抜くことはできず、モモナリと戦ったのもリーグの順位が無関係なシルフトーナメントや非公式の試合ばかりで、その後ひっそりと引退した。

 そのような経歴を持ちながら、モモナリと笑顔で話し、自虐ネタを交えることが出来るのは、彼がそれを悪しき経験だとは思っていないからだろう。

 しかし、と、話題を変えるための接続詞を喉を鳴らしながら言って、彼は続ける。

「お前が出ていいもんじゃないだろう」

「それは僕も思いますがね、仕方がないでしょう、依頼が来たんだから」

「景品が狙いか? ありゃあここ数年で一番の奮発だ、今年は俺だと思っていたんだがなあ」

「そんなんじゃないですよ、なんだったらあげてもいいです、副賞はもらいますけど」

 副賞、という言葉にカタヤマは首をひねり、それを思い出しながらモモナリの横にいるガブリアスを見上げ、苦笑する。

「箱入りだな」

 その時、カタヤマの背後からガブリアスがヌッと現れ、モモナリのガブリアスに近づいた。

 彼は彼女の首筋を歯先で撫でるような、ドラゴン同士のスキンシップの行動を図ろうとしたが、彼女はそれを嫌ってぐいと手で彼を押しのけ、モモナリの背後に回ってから小さく呻いた。

「人間に育てられたのが原因か、あまり他のガブリアスと馴れ合わないんですよ。お高く止まってると言った感じなんでしょうが」

 困ったように言うモモナリの言葉の意味を理解しているのかしていないのか、カタヤマのガブリアスは尚くじけずに果敢なアタックを決めようと鼻息を荒くしたが、「お前にゃ無理だよ」と、カタヤマが笑う。

「高嶺の花もいいところだ」

 そうでもない、とモモナリは思った。彼のガブリアスは少し小柄だが、そのぶん小回りの効く素早さがあって、それに随分と苦労した記憶がある。

 何より、引退から随分立つというのに、未だにその体が実践的に鍛え上げられている。彼自身の資質もあるだろうが、カタヤマがまだそれを忘れていない証明だ。

「だったらここで友達を探してみるのはどうだ、うってつけだろう。何か気に入ったガブリアスでも見つければいい」

 なるほど、とモモナリは思った。

 しかし、誰でもというわけではない、友人関係はしっかりしないと。

 カタヤマのガブリアスなら悪くないのだが、本人が嫌ってしまっている以上仕方がない。

 そしてモモナリは、ぐるりと周りを見渡す。

 まず目についたのは鍛え上げられた上半身を持つガブリアスだが、アレは駄目だ、筋肉が付きすぎて柔軟性を疎かにしているだろう。お断りだ。

 その次に目についたは長身で細身のガブリアスだが、アレも駄目、細けりゃいいと思ってる。お断り。

 アレも駄目、歯が汚い、アレも駄目、緊張感がない。アレも駄目、進化して日が浅い。

 その次に目についたガブリアスは悪くない、肉体に均整が取れているし冷静沈着な雰囲気が見て取れる。だが。

「自分のポケモンじゃないじゃないか!」

 思わず出てしまった大声に、一瞬周りがモモナリに注目するが、やがて元に戻る。幸いにも、参加者の中に他人から借りたポケモンであることを公言しているトレーナーがいたので、その発言が資料をよく読んでいないうっかりやの早とちりだと受け取られたのである。

 しかし、モモナリの目線は明らかにその参加者ではない人物に向いていた。オープニングで評論家と紹介されていた人物だとモモナリは記憶している。

 慌ててカタヤマがモモナリの視線を変えさせて、小声で伝える。

「あの人はもう仕方ないんだよ、毎年毎年変えてくるんだ。まあ、俺とおまえ以外にはバレてないんだろうが」

「普通わかるでしょ、明らかにあの人には従っていない」

「だからこの番組は素人揃いなんだって、あの人だってバレてないと思ってる」

 お断り。

 結局これといって目につくガブリアスはいなかったな、ともう一度だけぐるりと回りを見渡した。

 その時、モモナリに衝撃が走った。

 均整の取れた肉体、それでいて実践的な筋肉がついていることが歩く姿を見ただけでわかる。程よい緊張感を持って神経を張り詰めさせ目付きが鋭い、何よりトレーナーへの信頼感が素晴らしい、トレーナーと彼が素晴らしい関係を構築できている。

 まさか、まさかこんなにも素晴らしいガブリアスにここで出会えるとは思わなかった、リーグトレーナー、しかもAリーガーと比べても遜色がない。

「じゃ、またあとで」

 早口のモモナリにカタヤマが戸惑うよりも先に、モモナリは足早にそこを去り、ガブリアスはカタヤマのガブリアスを一睨みしながらそれに続いた。

 

 

 

 

「どうぞ」

 少し崩れた髪型を手早く直しながら、チカは控室をノックした人物に答えた。

 扉を開けた人物に、部屋にいたマネージャーとガブリアスが反応する。その男、モモナリは、同じくガブリアスを引き連れ、目を輝かせながら部屋に入ってきた。

「どうも」と、モモナリはマネージャーに会釈した後に、チカのガブリアスを見つめて言う。

「素晴らしいガブリアスだね。いやはや、近くで見るとより素晴らしい」

 リーグトレーナーとしての威厳など何一つ無い、無邪気な子供のようなその態度に、チカは少し含みのある満面の笑みを作って答える。

「はい! 知り合いのおじさんから借りたガブリアスちゃんなんですぅ」

 満面の笑み。それは、普段彼女が自らのファンに向けるそれと同じだった。アイドルとして売出し中の彼女にとって、笑顔はそれ以上無いほどの商品であり、モモナリもその消費者だった。

 モモナリの来訪を、チカも、そのマネージャーも特に不思議には思っていなかった。男が若いアイドルの控室を訪れる権利を有していれば、ほとんどの人間がそれを行使するだろう。ガブリアスを褒めることも、それは間接的に、彼女の気を良くするために違いないと。

「生まれは何処だい」

 モモナリが気まずそうにしているガブリアスから目をそらさないままチカに問う。

 それもまた、慣れた質問だ。

「ごめんなさいぃ、みんなのアイドルチカちゃんはぁ、出身地不明なんですぅ」

 いかにも、と言った風に両手を顔につけて答える。同性には不評だが、男なら大抵これでイチコロだ。

 マネージャーが、そろそろ、と動こうとした時、モモナリが「当てて見せようか」と、急に彼女に視線を変える。

「フスベシティか、ソウリュウシティだろう」

 ふん、と、マネージャはそれを鼻で笑った。全くナンセンスな選択だ。フスベシティは田舎だし、ソウリュウシティは遠すぎる。マネージャーとしてそれを許す気はないが、女性の気を惹くにはダメダメだ。

 だが、チカの方はそれに営業スマイルを返す余裕はなかった。彼女は基本的にプロフェッショナルで、大抵のことではその精神を乱れさせることはない、だが、その質問は、彼女を動揺させるのに十分だった。

「ちょっと、外してくれないかしら」

 急に口調を変えて、チカがマネージャーに言った。彼がそれに対してなにか疑問を唱えようとしたが、チカが彼の名を強く呼んでそれを促したので、多少訝しみながらも、控室から出ていった。

 控室に残ったのは、モモナリと、チカと、それぞれのガブリアス。

 そうなった途端、チカのガブリアスはその緊張感を解いてのそのそとチカのもとに歩み寄り、甘えるように首を下げる。

 彼女は彼の首筋を慣れた手付きでくすぐり、のどの音を奏でながらモモナリに問うた。

「あなた、ストーカーか何か」

「いや、別に」

「でしょうね」

 ふう、と、チカはため息をつく。

「ならどうして、わかったのよ」

 まだその主題が出てきてはいないが、モモナリはさも当然のようにそれに答えた。

「どうしてって、ガブリアスの鍛え方が一目瞭然じゃないか」

「人から借りたポケモンだって言ったわよね」

「そんなわけないよね、彼はずっと君を見ていたし、君を守っていた。他人から借りてるポケモンがそれが出来るのなら、その育て屋はこの業界を独占してるよ」

 チカの反応から、それが核心であることを確信しながら、モモナリは続ける。

「これだけの信頼感は、五年や十年じゃあ作られない。もっと昔、お互いに子供の頃からの付き合いが必要だ。ドラゴン、しかもガブリアスと子供の頃からの付き合い、しかもこれだけのガブリアスを育て上げる事ができるのは、ドラゴンつかいの一族以外にはありえないね」

 ついにその名前が出た、彼女はガブリアスをくすぐっていない方の手で額を抑えながら「あーあ」と、更に深い溜め息をついた。

「リーグトレーナーが来るって聞いてから、なんとなく嫌な予感はしていたのよね」

「気づかないほうがどうかしてるよ」

「あなたがこの世界の常識じゃないのよ、普通気づかない」

 ずしり、と、モモナリの肩が重くなり、竜の吐息が頬を撫でる。彼があまりにも自分をほうっておくものだから、ガブリアスが自身の存在を主張していた。

「ごめん、ごめん」と、彼が彼女の首を掻き、やはりこちらも喉を鳴らした。

「エリートじゃないのよ」と、チカがガブリアスから手を離して言う。

「フスベやソウリュウなんて、そんな聖地の生まれじゃないわ。分家も分家、一族の中でも何の力も無い。だけどお父さんがプライドの塊みたいな人でね、あたしにもガブリアスを持たせたってわけ」

「人から借りたことにする理由は?」

「それこそ、普通に考えればわかるでしょ? あたしはみんなのアイドルチカちゃんよ。か弱くて、少し抜けてて、誰かの助けを借りないと一人で歩くこともできないような、そんな子なの。それが子供の頃からドラゴンと暮らしてて、自分でガブリアスを育ててるなんて、口が裂けても言えないわよ」

 へえ、と、モモナリは興味なさげに答える。彼はその意味がいまいちわかっていないようだった。

 チカは、そんな彼の反応に少し苛立ちながら続ける。

「それで、どうするつもり。食事でもご一緒すればいいのかしら」

 多少含みのある言葉だったが、モモナリはキョトンとした表情で首を傾げる。

「どうするって、別にどうもしないよ。ただちょっと、確認したかっただけ。すごく良いガブリアスを見つけたから、こいつと友達にどうかなと思ったのが一つ」

 不意に名を呼ばれたモモナリのガブリアスが、顔を上げてチカのガブリアスを見つめる。チカのガブリアスもまんざらでもなさそうにその視線を返していたが、それ以上、何かに発展はしない。

「もう一つは?」

 チカの質問に、モモナリが答える。

「今日はつまらない日だと思っていたんだけど、少し、楽しみができた」

 小さく手を振って控室を後にしようとしたモモナリの背中に、チカが声を掛ける。

「本気は出さないわ」

 どうして、とモモナリが言うよりも先に、彼女が続ける。

「チカちゃんはね、ちょっと天然入ったお馬鹿なアイドルなのよ。それが自分と息ぴったりのガブリアスと一緒に、リーグトレーナーといい勝負したらおかしいでしょ」

「じゃあ、わざと負けると」

「そうよ、あなたにはわからないでしょうけどね、あたしはこれに人生かけてるのよ。プライドだけで何の力も無い両親に逆らって、ようやく掴んだチャンスなの」

 モモナリは、なんとなくふんわりと彼女の境遇を察する。

「まあ、考え方は人それぞれだから、別に良いけれど」

 モモナリは彼女からその後ろにいるガブリアスに視線を変え、彼を指さして言った。

「君のガブリアスは本当に素晴らしいし、そこに嘘は無いね」

 

 

 

 

「ガタイだけなら、いい勝負だと思うんです」

 モモナリの隣でスタートの合図を待つ育て屋のトレーナーは、体格でモモナリのガブリアスを大きく上回る自らのガブリアスを目を輝かせながら眺めて言った。

 最初の競技は綱引きのような競技だった、ルールは単純明快、背中にロープが繋がれたチョッキをそれぞれのガブリアスが着用し、スタートの合図とともにそれぞれが引っ張り合う、後ろ向きの綱引き。

 トーナメントの一回戦で対戦するそのトレーナーは、育て屋として業界ではある程度知られた男だった。最大手、というわけでは無いが、中堅どころではある。

 彼の連れているガブリアスは、その種族では大きな体格と、鍛え上げられた筋肉を持つものだった。モモナリのガブリアスと比べ、どちらに力があるかと聞かれれば、一見では優れているように見える。

「そりゃ勿論、それだけじゃないとは思いますけどね」

「いやいや、ここまで鍛え上げたのは立派ですよ、並大抵の努力じゃない」

 スタートの笛が吹かれた。

 それぞれのトレーナーの声によって、二匹のガブリアスはどんどんとその距離を離し、やがてロープが張り詰め、それぞれのガブリアスは床に這いつくばる、その体勢がこの競技におけるセオリーであるからだ。

 序盤、リードしていたのはモモナリ側だった。スピードのアドバンテージを活かし、相手に比べ多くの距離を走れたからだ。

 だが、時間を掛ける内に、徐々に育て屋側のガブリアスがラインを上げる。純粋なパワーならば鍛え上げられた彼のほうが上。

 育て屋は、それ以上無いのほどの大声で、ガブリアスに檄を飛ばしていた。距離を考えればそれほどの大声は必要ないのに。

 それは、元々彼があがり症なのを誤魔化している事も、対戦経験が少ないのでその塩梅を知らない事も当然あるだろうが、何よりも、このまま自分の思い通りにことが進めば、リーグトレーナーに勝利することが出来るということが大きいだろう。

 モモナリのガブリアスも床に這いつくばって耐えてはいるが、それでも徐々に引きずられ、ラインを下げる。

 モモナリは、まだそれを見つめるだけで何も指示は出さない。

 だが、やがて勝負が決まろうとした時、モモナリが声を上げる。

 その時、モモナリのガブリアスが吐き出すような鳴き声と共に少し上体を高くし、足により力を込める。

 すると今度はどちらも動かない膠着状態となった。育て屋は更に声を張り上げ、今度はモモナリも多少大声で檄を飛ばす。

 根負けしたのは育て屋の方だった。口で行う荒い呼吸と共に彼はズルズルと引きずられ、それまで培ってきたアドバンテージすべてを手放し、ラインを割った。

 勝敗を分けたのは、スタミナの差だった。見事に鍛え上げられたガブリアスの肉体は、その分稼働に必要以上の体力を要していた。

 笛の音と共に、モモナリの勝ちが宣告される。モモナリはすぐさまセットに駆け上がり、ガブリアスを激励しながら頭をなで、呼吸を整えさせた。

 

「いいトコまでは、行ったんですけどねえ」

 試合後、そう言って頭をかいた育て屋に、モモナリが答える。

「もっと単純な、例えばどちらがより硬いきのみを割れるか、みたいな競技だったら、勝てなかったかもしれないですね」

 その競技での優勝候補だった育て屋を倒したモモナリは、そのままトーナメントを勝ち上がり、大量のポイントを手にした。

 

 

 

 

 最終競技を前に、すでにモモナリの総合優勝は決定していた。

 二位はカタヤマ、これもよほどのことが起きない限り覆りようがない。

 番組を作る側からすれば、勘弁してくれと言ったところだろう。優勝と準優勝がほとんど決定しているというのに、どうやって最終競技を盛り上がらせれば良いのか。勿論編集の力を使って競技の順番を入れ替えるという手が無いわけでもないが、最後の競技でもモモナリが優勝してしまえば、それは意味のない編集となる。

 だがまあ仕方のないことだ、と、彼等は半ば諦めていた。そもそもリーグトレーナーを呼んだのは自分たちだし、彼等が勝負事に手を抜かないのも当然だ。

 だからこの最終競技は、参加者達がどれだけリーグトレーナーに食らいつくかに焦点を当てよう、と、彼等は考えていた。

 

「やっぱりぃ、リーグトレーナーさんは凄いんですよねぇ」

 最終競技前のインタビューを受けながら、チカはなるべく彼女が本当に感じていることを頭に思い浮かべることすらしようとせずに答えていた。

 これまでの中で、彼女は何度かモモナリと戦う機会もあった。だが、彼女はその全てに負けてきた。手練のトレーナーらしく、彼女は上手に負けていた。

 あってはならないことだ、人からポケモンを借りたアイドルが、バトルではないとはいえリーグトレーナーに勝利するなど、あって良いことではない。

 上手に負けた彼女は、アイドルとして非常に上手い順位に滑り込んでいた。自身の技量を限り無く低く見せながら、借りてきたガブリアスのポテンシャルを存分に発揮させているなと、なんとなく見ている人間すべてが思うような順位。

 もう大丈夫だろうと彼女は思っていた。少し抜けたアイドルとしての役割は十分すぎるほどに果たした。

 だから、少しくらいなら、と彼女は思う。

「でもぉ、大切な人達のためにぃ、最後までがんばりますよぉ」

 カメラの向こうにいる誰かと視線を合わせるようにしながら、彼女はそう笑い。その背後にいるガブリアスは、フンと荒い鼻息を吐いた。

 

 

 

 

 最終競技は、ガブリアスとそのトレーナーどちらの能力も必要とするものだった。

 競技自体は単純だ、上空十数メートルにセットされたボールが落とされマットに落下するまでにガブリアスがタッチすることができれば成功で、成功する度に段々と距離が離されていく。

 スタート地点では、ガブリアスがボールに背を向けるように立ち、それと向き合うようにトレーナーが立つ、つまりスタートとなるボールの落下を確認できるのはトレーナーだけであり、ガブリアスはその指示を待ってから動くことなる。当然ボールが落下するより先にガブリアスが動けばフライング。

『リーグトレーナーと、そうでないものの差。今宵、我々はその現実を、思わず目を背けたくなるほどに痛感しました』

 一番手のモモナリがスタート位置につくのを確認しながら、アナウンサーが語る。

 もはや序盤にあったプロ対アマの構図を煽るような口調ではない、その段階はもう遥か遠くにあるものだった。

『しかし! だからこそ! だからこそ! 私は人の意地が見たい!』

 体勢を整えたモモナリはセットされたボールを見る。そして、競技開始の笛が吹かれる。

 アナウンサーがもう二、三語ろうとしたその瞬間に、ボールが落ちる。

 モモナリの掛け声と、ガブリアスが体を反転させるのはほとんど同時だった。

 落ちるボール、駆けるガブリアス。

 パワーばかりが注目されがちであるが、ガブリアスというポケモンの強さを支えるのはその俊敏性だ、トレーナーとしての質が高くなればなるほど、そのポテンシャルの強みを理解することが出来る。

 この競技は、モモナリにとっては実践に近い遊びだった。

 ガブリアスは、途中少しスピードを緩めながら、胸でボールを受けた。

『緩めました! モモナリ選手、余裕のクリアです!』

 戻ってきたガブリアスの顎をさすりながら、モモナリはセットを降りる。

 そこには、この距離の次の挑戦者であるカタヤマがいた。

「これは楽しい競技ですね」

 笑うモモナリにカタヤマも笑って答える。

「そうだな、これは実践に近いから、現役だった頃を思い出すよ」

 セットに上がるために二、三歩進みながら、カタヤマが更に言う。

「この競技なら、お前に勝てると思ってる」

 カタヤマの背中を見ながら、「手加減はしませんよ」と、モモナリが答えた。

 その様子を、遠くからチカとガブリアスが眺めていた。




感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。

後編は次回投稿します

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