東方幻想斬~BLEACH the fantasy time of end~   作:ディーン・グローリー

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『必読』

朝起きた際の公園から、学校での殺人事件報告までは省略させていただいております。

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第26斬【参の絶望と肆の絶望】

≪3.1≫

 

  ――長い夢を……見ていたような気がする…………

 とても長い……嫌悪感に満ちた夢を………………………………

 

 ………………

 

「――……ッ!!」

 

 一護は飛び起きるように、上体を起こす。

 

(……夢を、見ていた……ような気がする。とても、嫌な夢を……)

 

 全身からべとつく汗が滲み出している。

 内容は欠片ほども憶えていないが身体に残る不快感が、悪夢に魘されていた事を物語っている。

 

「!? う……ッ!」

 

 突然、ズンッと重い感覚が胸を走る。

 それと同時に視界がホワイトアウトする。

 きつい眩暈が走った。

 

「…………」

 

 直ぐに眩暈は治ったが、起きたばかりのだるさも相まって、不快感が増してしまう。

 一護は汗で濡れた両掌を見る。

 

「…………!!」

 

 一瞬――指が〝消えた〟ように見えた。

 

「……はっ、まさかな」

 

 眩暈の直後だったから、視界がおかしくなっただけだ。

 

「そうに、決まってる」

 

 一護は深呼吸をして気分を入れ替えた。

 

 

 

 

(省略)

 

 

 

 

   *

 

 ――放課後。

 一護は事件があった、公園の方に行った。

 警察による現場検証が済んだようだ。

 公園全体に対する立ち入り禁止の措置は、既に解除されていた。

 あの場所に行くと、変わらずテープで囲われ、警察が立っていたが、朝の雰囲気とは違っていた。

 野次馬が沢山いるのだ。

 まぁ、居ても仕方ない。

 朝と全く同じ状態なのに、朝のような緊迫感が殆どない。

 と、その野次馬の中に有沢竜貴がいた。

 

「たつき。何してんだよ? こんな所で」

 

 一護が声を掛けるとたつきが驚いたふうにこちらを見る。

 

「! 一護……あんたこそ何でここにいんだよ?」

「何でって、ただ通りかかっただけだよ」

「そう……そういや一護。あんた何か今回の事件について色々聞きまくってんだって? 織姫から聞いたよ」

 

 あからさまに話を逸らした。

 それに、そんなに聞きまくった覚えなどない。

 

「実はあたし、そういう話に凄く詳しい人知ってんだ。紹介してやろうか?」

「詳しい人……!」

 

 話を逸らした理由はどうであれ、そんな人を紹介してくれるのは有り難い。

 

「ああ。多分今も学校にいると思うから、行ってみるか?」

「いや、流石に今日は迷惑だと思うから後日で……」

 

 そう一護が断ろうとしたら、たつきが一護の腕を掴んだ。

 

「いいから。どうせ、あいつ暇だろうし」

 

 そんなこんなで強引的に一護は学校に連れて行かれた。

 

   *

 

 学校に戻ると、一護は情報室に連れて行かれた。

 情報室に入ると一人の女子生徒がパソコンを弄っていた。

 

「おい、華。ちょっと用事有るんだけど今いいか?」

 

 たつきが女子生徒に声を掛けると女子生徒は二人の方を振り向く。

 

「あ、たつきちゃん。いいよ別に」

 

 女子生徒はパソコンの電源を落とし、二人の方に歩み寄ってきた。

 

「あれ、そちらさんは?」

 

 女子生徒が一護の顔を見て聞く。

 

「ん、ああ。こいつは黒崎一護って言ってあたしの友達だ」

「どうも」

 

 たつきに自分の事を紹介された一護は、軽く頭を下げる。

 

「黒崎さんですね。私は華断(はな たち)と言います。でも、たつきちゃん、用事があるならメールしてくれたらいいのに」

「悪い。ちょっと携帯が故障中でさ。替えの携帯を使えばいいんだけど、どうも別のをっていうのが嫌でさ」

 

 赤い髪に黄色いリボンで後ろの長い髪を二つに纏めツインテールにしている、どこにでもいそうな少女だ。

 

(てか、たつき、携帯今は持ってねぇのかよ)

「で、たつきちゃん。用事って何?」

「一護がちょっと聞きたい事があるらしいのよ」

「聞きたい事? 何ですか?」

 

 たつきから一護の方に顔を移す。

 

「いや、ちょっとした事を聞きたいんだ」

「じゃあ、話して下さいな」

 

 そういうと華は情報室にある椅子に座った。

 続いて一護とたつきも、向かい合うように椅子に座る。

 

「一護。華は一度何かを話すと止まらないから気をつけろよ」

 

 たつきが一護に耳打ちしてくる。

 どうやら彼女はマシンガントーク娘らしい。

 だが、そんな事を一々気にしない一護は本題に入る。

 

「それじゃあ、二つ程聞きたい事があるんだ」

「はい、何でしょうか?」

「公園で起きた殺人事件の事を知ってるだろ?」

「勿論ですよ」

 

 まぁ、今日のホームルームでも各クラスで言われていたから知らない方がおかしい。

 

「俺はあの事件に少し興味が有ってさ、クラスの女子から色々と変な噂を聞いたんだ」

「変な噂?」

「夕暮れ時に全身黒尽くめの男が現れて、こっちを見てるって話なんだけど」

「〝闇夜の男〟の噂ですね」

 

 一瞬で言い当てられた。

 

「ああ、それならあたしも知ってる。最近見たって人の話だと変なマスクを付けてるらしいよ」

 

 マスク……

 

「変なマスク? プロレスラーが着けるみたいな?」

 

 そりゃあ、夜道で黒尽くめのプロレスラーに会ったら、かなり怖い。

 

「いや、能面のような変なマスクだって聞いてる」

 

 …………

 一護の脳裏にやけにリアルなイメージが湧いてくる。

 能面の泥眼のような不気味な面。

 不快感と嫌悪感、そして怒りにも似た感情がない交ぜになって胸に込み上げる。

 

(何だろう……この感覚は……?)

「その情報で、何かねぇか?」

 

 変な感覚は置いとき話を進める。

 

「……その最近の目撃例が、ちょっと引っかかるけど……メン・イン・ブラックの噂は珍しくありませんからね」

「メン・イン・ブラック?」

「いわゆる都市伝説の類です」

「都市伝説?」

「昔は伝説なり民話なり怪談なり、人間の理解を超えた怪異ってのが結構身近にあったんです。何か不思議な事が起きても「それはナニナニの仕業じゃ……」とか言って、一応納得する事が出来たんです。でも近代化するに従って、科学的にありえないものは無いと切り捨てられてしまった訳です。辛うじて幽霊の存在は信じている人はいますけど、人を化かす狸や狐を信じる人は少ないでしょ?」

「確かに」

 

 事実、一護は幽霊が見えていたので信じるも何も無い。

 死後の世界の尸魂界にも行った事があるし。

 

「有るかもしれないが無いに変わっても、理解できない事、不気味な事は起こり続ける。そうなると、迷信として切って捨てた存在が形や名前を変えて現れる事になる。それが都市伝説なんです」

 

 妖怪が出たと聞いても信じる気にはなれないが、黒尽くめの人攫いが現れると聞けば、ありえない話ではない。

 でも、昔の人にしてみれば、妖怪もありえない話ではないという事だ。

 信じるものや感覚の違いこそあれ、レベルは一緒という事なのだろう。

 

「空座町近辺だと〝闇夜の男〟の噂は聞くけど、これはオーソドックスな都市伝説ですね。昭和の始めに赤マントという都市伝説が生まれましたけど、雰囲気はそれに近いですね」

 

 赤マントなら一護もたつきも聞いた事がある。

 

「さっき言ってたメン・イン・ブラックって何?」

「それは黒衣の男の事です。メン・イン・ブラックっていうのは少しアメリカ的な言い方です。アメリカは元々植民地で、土着の伝説や民話が少ないせいで怪異の理由を、あっちに求める傾向が強いんです」

 

 と、言って指を上に向ける華。

 

「……天井?」

「……空?」

 

 一護とたつきが上を答える。

 

「宇宙です。アメリカ政府は宇宙人と密約を交わしていて、その事実を知ってしまった人間を攫ったり、記憶を消したりするエージェントがいるって話。それがメン・イン・ブラックです」

「んな、バカな」

 

 でも、妖怪も闇夜の男もメン・イン・ブラックと変わらない。

 

「どんなに近代化し都市化しても、そういう不思議な現象がないと、人の心はバランスが取れないという訳です。人間は怪しい事を無視する事も、そして語らずにいる事も出来ないんです。逆に語る事によって、怪しいものに説明を与え、納得しようとする。全てのものに意味があると考えたがる心理。それが現実と現実との間にある、空白を埋めようとする訳です。そうして、科学信仰に満ちた現代社会でさえ、都市伝説を生み出すんです」

 

 この話題に関しては、何となく納得できる。

 

「更に言えば、この世界の全ての事象は言葉にされた段階で怪しいという本質を失うのです」

 

 ……言っている意味がよく分からない。

 

「つまり、この世に怪しい事なんて何も無いんです」

(飛躍してねぇか……? 何か騙されている気がしてならねぇ)

「そういえば、口裂け女という都市伝説は知ってます?」

「口裂け女……知ってるけど。何か関係あるのか?」

「ありますよ。要は都市や近代というものが生み出した現象なんです。あれは整形手術に失敗して発狂した女性が、精神病院を抜け出したっていう話なんです。口裂け女の話が最初に発生した時期と場所は、実は特定されているんです。1978年末の岐阜県。そこから愛知や滋賀、次いで京都を始めとして、まずは西の方へと伝わっていった。そしてほぼ全国に伝わった後の79年6月、マスコミに取り上げられて、都市伝説としては決定的になったんです。まぁ、それはどうでもいいんですけどね。問題はなぜ口裂け女か何です」

「どういう事だ?」

「どうして整形手術の失敗なのか? どうして精神病院から抜け出すのか?」

 

 確かに整形手術と精神病院の繋がりか分からない。

 

「この場合、精神病院というのは特殊ではありません。都市伝説のブラックボックスとして、噂にはよく使われているガジェット何です。黄色い救急車とか今もよく聞くでしょ?」

 

 何だか、脱線し始めてる気がする。

 

「でも黒崎さんは黄色い救急車なんて見た事あります? 無いでしょ?」

「そういえば……ないな」

「つまり現代社会の狂気は、古代社会の化物と同じ扱いになっている訳です。分からない事があったら精神病。そうやって恐怖に対して安全弁を働かせているんです。大衆という存在は」

 

 確かに、そうなのかもしれない。

 病院に世話になったのは、内科とか整形外科とかばかりだ。

 普通に暮らしてたら、精神病や精神科というのは縁遠い存在だ。

 

「整形手術というのは面白い事例ですね。この都市伝説が流行ったのは78年から80年頃。つまり、その頃は整形手術がまだそんなメジャーではなかった事が関係しているんです」

「メジャーとかマイナーとかが関係あんのか?」

「精神病院と同じです。恐ろしい物、嫌な物があると、人々は未知の領域にその責任を押しつけるんです。だから整形手術の失敗というのは、まさにその時代だから成立しえたことなの」

 

 成程。

 分からないから仕方ない。

 そう思ってしまった方が、精神衛生上いいって事だ。

 

「何となく分かったけど、口裂け女ってのは要するに何なんだ? 何が恐くて、そんな噂が広まったんだろうな。整形手術に失敗するのは怖いだろうけどさ、それだけじゃなさそうだよな」

「良い質問ですね。それに答える前に…ところで、噂話を広めるのは誰だと思います?」

「え? マスコミ……か?」

「いいえ。実は噂話を広める主体は主に少女なんです。主婦なんかもその主体になりやすいんですけど、この場合は一度ワイドショーで取り上げられてからね。口裂け女の場合、マスコミで取り上げられる前に、既に全国に広がっていたから、それを伝え広めるのは主に少女達と考えられるんです。学校というコミュニティが媒介になる訳」

「それがどうかしたのか?」

「関係大有りです。恐ろしい物、嫌な物から逃避したがっていたのは、つまり少女達だったという事です」

 

 たしかに興味が無ければ話題にはしないからな。

 恐がっていた、語らずにはいられなかったのは、女の子って事になるのか。

 

「受験戦争の全国化、社会の情報化による性情報の氾濫、80年前後という時代はそういう時代だったの。口裂け女イコール教育ママとする説があるんです。つまり受験に対する嫌悪が形となって現れた。それから、裂けた口というのは性器に通じるという説もあるんです。思春期の女の子達の性への興味と不安、それが裂けた口というものに現れたという事ね。そうやって人々は不安を解消するの。噂という形で表に出して、カタルシスを得たのね。それじゃあ男の子は、どうやって不安を解消しているのでしょう?」

「え?」

「解消出来ないの」

 

 一護の答えを待たずに答えを言ってしまう華。

 

「考えてみてください。少年犯罪の激化なんて事が言われますけど、その犯人は殆どが男の子じゃない。不安を解消出来ずに内に溜めていって、そして爆発させてしまった結果、それが犯罪となってしまう。犯罪も化物も、私たちに無縁の話じゃないんです。全ては起こるべくして起こるんです」

 

 全ては起こるべくして起こる。

 一護はそのフレーズに何か不気味なものを感じた。

 

「ここがポイントです。現実というのは〝発生〟するもの。実体じゃなくて〝現象〟なんです」

 

 現実は実体じゃなくて現象?

 

「それは炎みたいなものなんです。炎に実体はない。火の原子なんて有る訳が無い。でも、燃える物があって、温度が発火点に達した時、火という現象は存在を始める」

 

 言われてみるとそうだ。

 火には実体が無い。

 

「化物や犯罪も同じ事。それを滅ぼそうと思ったら、その根を絶つしかないんです。火を消そうと思ったら、水を掛けて酸素を遮断したり温度を下げたり、燃える条件をどうにかしないと駄目なんです。火をいくら叩いたって火は消えない。噂を否定したり犯罪者を処罰するだけでは駄目。その原因にアクセスしないと。そして原因は一つでは無いわ。いくつもの原因が複雑に絡み合ってそれは存在するんです。原因が違えば、原因の比重が少し違っただけでも、表に出る現象は違った形を帯びてくる。例えば火のイメージというと赤があるけど、あれは炭素が燃えている色ね。木、紙……私達の周りの燃えやすいものには炭素が多いから、赤のイメージが定着しているわけ。ガスの火は赤く無いでしょ? それから炎色反応なんていうのもあるわ。化学の授業とかで実験しなかったかしら?」

(あれ……?)

「銅ならば青緑、ナトリウムは黄色、カリウムは赤紫……。同じ火でも燃えるものが違うとこんなに違う。因みにいうと、花火っていうのは、このメカニズムを応用したものなんです」

(……何の話をしてたんだっけ?)

「ところで花火って日本の文化のイメージだけど、元々は日本の発明では無かったんです。そもそもの最初は勿論火薬の発明。黒色火薬の基礎となる硝石が発見されたのが、紀元前3世紀の古代中国。それから紀元200年頃、やはり中国で黒色火薬が発明されたわ。最初は主に狼煙に使われていた。形態としては、この狼煙を花火のルーツとして扱うといいかも。鑑賞用の花火としては、14世紀後半、イタリアのフィレンツェで始まったとされているんです。その後、大航海時代において全世界に伝播。日本に火薬が伝わったのは……――」

 

   *

 

カァー、カァー。

 

「…………は!」

 

 カラスの声で一護の目が覚めた。

 難しい話が続いていたので、思わず眠り込んでいた。

 華の声は子守唄にしかならなかったが、別の物音はちゃんと聞こえた。

 情報室の窓の外が赤く染まっている。

 もう夕方のようだ。

 

 華は相変わらず講釈を続けている。

 フランス革命だとか立憲主義だとか、重商主義とかアメリカとか。

 一護の聞きたい話とは関係ない。

 そもそも一護が寝ている事さえ、華は気がついていない。

 一護は陶酔している華を無視して帰る事にした。

 

「たつき、起きろ」

 

 小声でたつきを起こす。

 

「ん~」

 

 目を開けるたつき。

 きょろきょろと周りを見回す。

 

「帰るぞ」

 

 寝ぼけ眼のたつきの手を引いて、そっと情報室を後のした。

 案の定、華は気付いていないようだ。

 閉められた情報室の中から、滔々と華の声が聞こえてくる。

 

「つまり民主主義の暴走が全体主義を生み出す訳で、民主主義を金科玉条にするのは非常に危険な…」

 

 未だに流れてくる華の声から逃げるように去った。

 

 

≪3.2≫

 

 次の日の朝。

 一護はすっと目が覚めた。

 昨日の不快な目覚めと比べて、かなり清々しい。

 

「……親父は来ねぇのか?」

 

 こういう朝は大体親父が急に現れるのだが現れない。

 だけど別にそれ程気にする事ではないので、いつも通り制服に着替え、一階に下りた。

 

 遊子が言うには明朝から親父は診察室に篭もりっきりらしい。

 

   *

 

 学校が終わり、放課後にて。

 一護は遊子から頼まれていた買い物をする為に商店街に向かった。

 その商店街に向かう為に、あの公園を通った。

 

 公園のあの場所は昨日みたいな野次馬は居ず、普通に人が通っている。

 だが、変わらずテープであの場所は囲われている。

 

 ふと、近くのベンチに目をやった。

 そこに一人の小学生くらいの少年が、呆然とベンチに座って前方を見据えている。

 その少年を見た時、なぜか昔の自分を思い出してしまった。

 昔の、母親が死んだ日の自分を見ているみたいだった。

 一護はその小学生に声を掛ける事が出来ず、そのまま商店街へと向かった。

 

   *

 

 商店街に着くと一護は啓吾と水色に出会った。

 二人共、これから空座レジャーワールドに行く途中だった。

 時間に余裕が有ったので一護も空座レジャーワールドに一緒に行く事にした。

 

 それから……

 

「くそ……ッ!」

 

 一護は一言そう言った。

 ゲーセンから出ると、既に外は夕方で6時を過ぎている。

 遊子から買い物を頼まれていたのにゲーセンで遊んでいたら結構ヤバい時間になっていた。

 まだ、買い物は済ませていない。

 一護は急いで買い物を済まそうと思った時、視界に見知った人物が目に入った。

 

「……あれは」

 

 夕闇に沈み行く街。

 そんな中で有沢竜貴を遠目で発見する。

 高架下を通って、繁華街の外れから旧商店街へと抜けるとこだった。

 

「たつき……」

 

 おかしい……。

 北口の商店街は廃墟みたいなシャッター街。

 

(そんなところに何の用が……?)

 

 不安に駆られる。

 一護はたつきが消えた方へと走り出した。

 

   *

 

 高架下から旧商店街に抜ける。

 旧商店街は戦後すぐの市場から、自然発生的に出来たものなので、複雑な上に道が狭い。

 区域は広くないのだが、裏路地も大量にあって迷路のようなものなのだ。

 町の区画整備が進んで、商店街の南側が明るく綺麗な街に生まれ変わり、徐々にこの一画は寂れていってしまった。

 たつきが入っていったのは、旧商店街の中でも最も寂れているところだった。

 ほとんどが店をたたむか、商店街の南に移動してしまい、こんな時間でも開いていない。

 一護はそんな中を走って追いかける。

 

「うお……」

 

 旧商店街も通りに面した場所は、まだ開いている店もちらほら有ったが、裏路地を進んだ此処は、まるで廃墟だった。

 無駄に点いている蛍光灯だけが、この場所が人の通れるところだと教える。

 

(こんな場所に何でたつきが?)

 

 倍増する不安を胸に、一護は奥へと進んでいく。

 迷路のように入り組んだ裏路地。

 所々で外に通じる道から、オレンジ色の光が差し込んでいたが、それも見えなくなった。

 外が夕闇に包まれた証拠だ。

 入り組んでいるとはいえ、旧商店街はそれ程広くはない。

 追いつけないって事は、いつの間にかたつきは此処を抜けて、帰ってしまったのかもしれない。

 

「うわぁあっ!?」

「うぉお……?」

 

 たつきと出くわした。

 

「な、何で一護が此処に……?」

「俺はお前が、こんなとこに入って行くのを見たから気になって追いかけてきたんだ。一体なんでこんな所にいんだよ?」

「それは……」

 

 たつきが口篭る。

 

「……実はね、昨日殺された女性はうちの道場に通う子の母親だったんだ」

「何……!?」

 

 突然の事に一護は驚いた。

 そして合点がいった。

 昨日、たつきがなぜ、あの場所に居たのかが。

 

「その子ね、昔のあんたと一緒ですぐに泣く子だったの。でも、あんたと一緒で迎えに来たお母さんのカオ見ると、すぐにニコニコになんの。本当にあんたと一緒でそれが嫌だったわ。ヘラヘラしててお母さんにベッタリの甘ったれ……そのお母さんが昨日殺されたって分かった時のあの子はずーと、あそこに居るの。お母さん捜すみたいにウロウロウロウロ、疲れたらそこにしゃがみ込んで、しばらくしたら立ち上がってまたウロウロ。見てらんなかったのよ、あの時のあんたと一緒で……」

 

 たつきのセリフに一護は自分の過去を思い出していた。

 あの時、一護は一人で苦しみ、悲しみ、誰にも頼ろうとせず、全て一人で背負い込んでいた。

 だが、それが一番弱いと家族に気付かされ、苦しみや悲しみを家族と共に背負い、立ち直った。

 

「だから、あたしがあの子からお母さんを奪った犯人を捕まえて、あの子の前で謝らせる。あたしにはそれ位しか出来ないから」

「けど、相手は殺人犯だぞ。危険過ぎるだろ」

 

 たつきは片腕を骨折していてもインターハイで準優勝するほどの空手の達人でも、相手が悪過ぎる。

 

「もう、あんな姿見たくないんだよ。あたしまで悲しくなっちまうだろ」

「…………」

 

 一護は昔、本当に色んな人を悲しめていたと改めて理解した。

 

「俺にも、その子に会わせてくれねぇか?」

「え……?」

 

 突然の一護の発言にたつきは少し驚いたようだ。

 

「俺ならその子の気持ちが分かる。自分が間違った事をしてるって事が。だから、会わせてくれ」

「……ああ、分かったよ」

 

 たつきは少し微笑んで答えた。

 ここまで二人が会話をした時。

 

「……」

 

 たつきの背後の闇から滲み出るように、不気味な仮面の男が姿を現した。

 

「あ……!」

「え……?」

 

 黒衣の男はサバイバルナイフを振りかざす。

 問答をする時間もなく、躊躇すらない。

 一護はたつきの腕を掴んで引き寄せる。

 そして、抱き込むようにして、刃に背を向けた。

 

「くっ!」

 

 背中に焼き付くような感覚が迸る。

 

「い、一護ッ!?」

「たつきっ! 走れ!!」

 

 一護はたつきの身体を押して、狭い通路を走り出す。

 汚水で濡れた地面で滑り足を取られ、放置されたゴミで転びそうになりながら、一護とたつきは走る。

 一護はスピードを緩めない様にしながら振り返った。

 まるで一護たちに逃げ場などが無いと言わんばかりに、ゆっくりと歩いている黒衣の男。

 たとえ逃げ場がなくとも、今は走る事しか出来なかった。

 

 

 何処をどう走ったのか分からない。

 入って来たときの倍以上の距離を、進んだような気がする。

 それでも一護たちは、この迷路のような廃墟から抜け出せなかった。

 

「ハァ……ハァ……」

「大丈夫か一護……!?」

 

 一護はそれに答える事が出来ず、そのまま地面へと倒れ伏した。

 

「一護っ!」

 

 背中の出血が思ったよりもひどかったらしい。

 水溜りに血が混じり、あっという間に赤く染まる。

 

「もう……動けねぇ……。たつきだけでも、逃げろ……」

「ふざけた事言ってんじゃないよ! あんたを見捨てれる訳ないでしょ!」

 

 分かっていた。

 たつきが一人で逃げる訳が無い事は。

 

「けど、身体が動かねぇんだ。たつき……病院を、救急車を呼んでくれねぇか……?」

「でも、電話が……」

 

 たつきが今、携帯電話を持っていない事は承知していた。

 一護は携帯電話を持っているが、その事は黙っておく事にしたのだ。

 

「頼む……。俺を助けると思って、電話を掛けてきてくれ。それから人を呼んで戻ってくれればいい」

「でも……」

「大丈夫だ。行ってくれねぇと、助かるものも助からなくなっちまう。このまま、たつきが急いで行ってくれなかったら、俺は確実に死ぬ事になる」

「……」

「行けっ!」

「……分かった、絶対に戻ってくるから」

 

 たつきは急いで走り出した。

 

「……ハァ、ハァ……」

(俺もとんだ嘘つきになっちまったな。この傷で生きて帰れる訳ねぇのに……)

 

 意識が朦朧としてくる。

 徐々に視界が暗くなる。

 一人で死ぬ事を覚悟して、たつきを行かせたのに、目前に迫った死に一護は恐れおののく。

 死にたくねぇな……。

 ぴしゃり……ぴしゃり……

 汚水の水溜りを踏みながら、ゆっくりとやってくる黒衣の男。

 

「……」

「ぉぉおおおおおおお!!」

 

 シャッターに指をかけ、手だけで体重を支えるようにして立ち上がる。

 人一人しか通れない程の狭い通路。

 こうすれば、今の一護でも邪魔ぐらいは出来る。

 

「……」

 

 無言でナイフを一護の喉に目掛けて突き刺す。

 

「ぐ……!」

 

 貫通しそうなほどに、黒い刃が喉を抉る。

 そして一護を引き倒した。

 

「ぐぁぁああッ!!」

 

 一護は男の足にしがみ付く。

 死んでも放さないように、抱きつくようにしがみつく。

 何度となく振り下ろされるナイフ。

 

「……ぁ、が……」

 

 どれくらいの時間稼ぎになるか分からないが、こうしてこいつを血塗れにしてしまえば、そう簡単に表には出られないだろう。

 もう、たつきは路地から抜け出せたかな…

 

 降り注ぐ激痛と死の刃の下、たつきを逃がす事が出来た安堵を感じ、一護は眠りについた。

 

 

 ……全てが闇に堕ちる。

 

 ――一護の世界が消えた。

 

 

≪4.1≫

 

  ――長い夢を……見ていたような気がする…………

 とても長い……嫌悪感に満ちた夢を………………………………

 

 ……………

 

 

「…………ッ!!」

 

 一護は飛び起きるように、上体を起こす。

 全身からべとつく汗が滲み出している。

 

(……夢を、見ていた……ような気がする。とても、嫌な夢を……)

 

 内容は欠片ほども憶えていないが身体に残る不快感が、悪夢に魘されていた事を物語っている。

 

「う……!?」

 

 突然、ズンッと重い感覚が胸を走る。

 それと同時に視界がホワイトアウトし、強烈な眩暈が走った。

 

「…………」

 

 じっとしていると、じんわりと視界が戻ってくる。

 軽い頭痛もするし、寝起きのダルさと相まって、気分が悪い事この上ない。

 一護はこめかみを指で揉みながら、溜め息をついた。

 

「…………!?」

 

 ――その刹那、手が〝消えた〟ように見えた。

 

 ほんの一瞬だったが、一護の目には確かにそう見えたのだ。

 

「……はっ、まさかな」

 

 眩暈の直後だったから、視界がおかしくなっただけだ。

 

「そうに、決まってる」

 

 一護は深呼吸をして気分を入れ替えた。

 

 

 

 

 

 

(省略)

 

 

 

 

 

 

   *

 

 ……放課後。

 一護は教室に待っているようにと井上に言われ、放課後の生徒が一人もいなくなった教室にいる。

 何故かは分からない。

 井上から噂話を聞くと、もっと詳しい人を知ってるから待っててと、言われ教室に待機している。

 

「何だ、さっきから変な意味で嫌な予感がする」

 

 この予感は……今までの不快な感じの予感とは違う。

 どちらかというと、面倒な感じの予感。

 面倒な感じの予感……? ちょっと意味が分からない。

 

「まぁ、会ってみりゃ分かるか」

 

 一護が一言そう呟くと、井上と一人の女子生徒が教室に入ってきた。

 赤い髪に黄色いリボンにツインテールの、あまり見かけない生徒だ。

 一護がその生徒を見ると少し目を丸くする。

 

「黒崎くん、待たせちゃってゴメンね。この子が噂話とかに詳しい生徒なの」

「華断と言います。黒崎さんの事は井上さんから色々と聞かせてもらっています」

 

 色々……?

 一体何を聞かせたんだ井上は。

 

「会えて嬉しいです」

 

 そう言って、華は手を差し出してきた。

 

「お、おう。俺も会えて嬉しいよ」

 

 一護も手を出し、握手を交わした。

 

(……こいつ、やっぱ何処かで会った気がするな)

 

 一護は不思議とそう思った。

 

「では黒崎さん。私に聞きたい事とは何ですか?」

 

 早速、華断が本題に入った。

 

「ああ。公園で起きた殺人事件の事を知ってるだろ?」

「勿論ですよ」

 

 まぁ、今日のホームルームでも言われたから知らない方がおかしい。

 

「あの事件についてなんだけど、精神病院から脱走したやつがいて、そいつが通り魔の正体なんじゃないかって。そういう噂があるらしいけど、何か詳しい事しらねぇか?」

「精神病院から脱走? そいつが通り魔の正体? これだから素人は……。明治大正の頃なら、いざ知らず、現代人がこの有様だなんて…。精神病院が都市のブラックボックスに成り易いのは分かるけど、そんな典型的な差別意識で見ては駄目です」

「別に差別してる訳じゃねぇけど……」

「日本の制度だと、犯歴がある精神患者とそれ以外の患者を区別しないから、同じ扱いになってしまう……。だからいつまで経っても、こういった偏見がなくらないのかもしれない」

「偏見……」

 

 ふと、井上を見る。

 既に話についてこれていない様子だ。

 

「でも最近は凶悪な犯罪を犯しても精神鑑定で、罪が軽くなるやつが多いだろ。憲法何条か忘れたけど」

「憲法じゃなくて刑法ですよ、それは。刑法三十九条。心神喪失者の行為は、罰しない。心神耗弱者の行為は、その刑を軽減する」

 

 事もなげにそらんじる。

 

(すげぇ……)

 

 一護はそう思った。

 

「そう、それだよ。もしかしたら空座町の病院に、そういうやつが入っていたかもしれねぇだろ?」

「それはありません」

 

 否定された。

 

「黒崎さんが言っている病院っていうのは、町境の空座第三病院の事でしょう?」

「ん? 名前まで知らないけど、町境のそれ」

 

 町境の街道に抜ける方角に、大きな精神病院があると聞いている。

 実際に行った事はないが、その方角には大きな火葬場と墓地があるため、精神病院の印象も強かったのだ。

 

「世間を騒がせるような事件なら大体知っていますけど、あの病院の精神病棟に入院したって話は聞かない。それにあの病院から脱走した人がいたら、少なからず噂を耳にするはずだもの。無いです、それは」

「何で言い切れんだよ?」

「この私が知らないからです」

 

 ……何だか分からんが、凄い自信だ。

 

「それに、猟奇殺人から精神病院なんかをイメージするのは、映画やドラマの悪影響を受けすぎです。典型的思考ってやつです。普通の人が、未だに精神病院に負のイメージを持ってしまうのは、分からなくも無いのです。実際、精神病院の歴史を紐解けば、目を覆うような陰惨な事実は沢山ありますし、特に町境の空座第三病院は、そういう噂が絶えない場所でしたし」

「やっぱり?」

「元々は空座癲狂院と呼ばれていて、かなり早いうちに建設された精神病院の一つだったんです。多分に漏れず、近代的な医療技術と法制度が整備されるまでは、その時代なりの酷さはあったらしいけど…それに独逸ドイツの療養院を模倣して作られた石造りの施設だったから、みんな不気味がって近づこうとしなかったらしいです」

「だった?」

「十数年前に取り壊されているんです。老朽化のために、ずっと廃墟でしたし。今は総合病院の別院になっていて、長期療養も可能な綺麗な施設に変わっている。過去のイメージで悪く言うのはいけませんよ」

「あ、ああ……。でも、いくら施設が良くても、殺人狂みたいな奴が入ってた可能性は少しぐらいあるだろ?」

「その考え方自体がナンセンスです。例えば、人を傷つけたり、殺してしまうような凶暴性を持った異常者がいたとするでしょ。その人の場合、自分をコントロール出来ていないが故に、簡単に捕まってしまう。警察の捜査能力が高い国で、異常な犯罪を続けるには、それなりに高い知性が必要になってくるんです。心神を喪失している人間には、ちょっと無理な話です」

 

 映画に出てくるような頭のいいサイコ野郎は、フィクションの中の存在でしかないのかな。

 もし実在していても、こんな場所にはいないって事か。

 

「というわけで、精神病院と猟奇殺人を繋げる思考っていうのは、実際は無理が大きいって訳です。その考えでいくと、別に病院じゃなくたって、どこに殺人鬼がいようと同じでしょう? それに、私の情報以前の問題として、そういう事実があるなら、真っ先に警察が動くはずでしょう? 私はともかく、黒崎さんや井上さんが知っている噂なら、警察だって知っていますよ」

「それは俺も、薄々気付いていたけど……」

 

 何だか一護には反論の余地がないくらいに、言い包められてしまった。

 でも、華の言うことに真を受けていいのかと思う。

 ……ん?

 ちょっと待てよ。

 

「あのさ、異常な犯罪を続けるって言わなかった?」

「言いましたけど」

「今回の事件以外にも、こんな事が起こっていたって言うのか?」

「う~ん……警察が正式に発表した訳じゃありませんから、憶測の域を出ていないけど、今回の事件は連続した殺人の一つかもしれないんです」

「!?」

「空座町だけでみたら、こんな大事件は他にありませんけど、視野を近隣の県まで広げると、似たような事件が起こっているんです。間隔や距離もまちまちで、繋がった事件としては報道されていないけど、平均から考えたら数が多すぎるんです。その筋の人間には結構有名な話だし、公表はしていないけど、警察もその線で動いていると思います」

「そうだったのか……」

 

 本当に自分は何も知らなかったんだなと…少し打ちのめされた気分になってきた。

 

「そういえば、口裂け女という都市伝説は知ってます?」

「口裂け女……知ってるけど。何か関係あるのか?」

 

 何だろ、嫌な予感がしてきた。

 前にも似たような事があったような……。

 この後、一護は口裂け女の話から、何故か花火や政治等、色んな話に移って、寝てしまった。

 予感はあたっていたのだった。

 

   *

 

 カァー、カァー。

 

「……は!」

 

 カラスの声で一護の目が覚めた。

 難しい話が続いていたので、思わず眠り込んでいた。

 華の声は子守唄にしかならなかったが、別の物音はちゃんと聞こえた。

 教室の窓の外が赤く染まっている。

 もう夕方のようだ。

 

 華は相変わらず講釈を続けている。

 フランス革命だとか立憲主義だとか、重商主義とかアメリカとか。

 一護の聞きたい話とは関係ない。

 そもそも一護が寝ている事さえ、華は気がついていない。

 一護は陶酔している華を無視して、帰る事にした。

 

「おーい、井上」

 

 小声で井上を起こす。

 

「ん? むぅ? もう食べられないよぅ~」

 

 マ、マジですか……。

 そんなベタな寝言が聞けるとは思ってもみなかった。

 

「井上。起きろ~」

「ん……」

 

 目を開ける井上。

 きょろきょろと周りを見回す。

 

「帰るぞ」

「ん、帰る……」

 

 寝ぼけ眼の井上の手を引いて、そっと教室を後にした。

 案の定、華は気付いていないようだ。

 閉められた教室の中から、滔々と華の声が聞こえてくる。

 

「つまり民主主義の暴走が全体主義を生み出す訳で、民主主義を金科玉条にするのは非常に危険な……」

 

 未だに流れてくる華の声から逃げるように去った。

 

   *

 

 ――夕暮れの中、一護と井上は二人で並びながらゆっくりと帰り道を歩いている。

 

「……本当に強烈な奴だったな」

 

 帰り道、華の話を振った。

 

「すごいよねぇ、華ちゃんは。難しい事も一杯知ってるし、行動力もあるし。私、尊敬しちゃうなぁ」

「尊敬に値するか……?」

 

 博識なのは分かるけど、聞いていないような無駄知識を言い立てられると、最初に何を聞きたかったのか忘れてしまう。

 行動力はあるのかもしれないけど、それは思いついた事をすぐ実行するっていう、集中力のなさの現れなんじゃなかろうか。

 

「まぁ、今日はためになった話は聞けたから結果は良しだな」

「そうだね。……あ、じゃあね、黒崎くん」

 

 いつの間にか、互いの家の分岐点まで来ていた。

 そこでで井上と別れる。

 

「おう、また明日な、井上」

 

 一護はそういい、足早に帰る。

 

 

 ……家の直ぐそこまで行くと、遊子と夏梨が家の前に出ていた。

 

「お兄ちゃ~ん、帰ってくるの遅いよぉ~!」

 

 どうやら、帰りが遅くて心配していたらしい。

 いつもなら心配などしないが、朝の事もあって心配していたのであろう。

 本当に心配性の妹達だ。

 人の事はいえないけど。

 ――ふと、沈みゆく夕陽を見つめる。

 違和感に包まれた不快な朝。

 殺人事件に駆り立てられた一日。

 それが終わろうとする今、心がこんなにも安らぎに満ちているのは、何故だろう……。

 その答えは明白だった。

 どこかにズレていきそうだった一護を、日常に引き戻してくれた存在。

 友達や家族。

 友達や家族がいるから……。

 

「!?……家族?」

 

 何だ……?

 

「う……」

 

 脳髄を這いずる不快感。

 

「げ……」

 

 喉の奥が焼けるように熱い。

 だが、吐き出すものは何もなく、喉と胃に引き絞られるような苦しみだけが残った。

 一護は唾を吐き捨てる。

 

「な、何だ……今のは……」

 

 自分の頭の中から生まれたとは思えないような、陰惨なイメージ。

 生臭い瘴気が嗅ぎとれる程の、圧倒的なイメージ。

 何で家族の事を考えている時に、あんなものを想像してしまったんだ…?

 

「気にする、必要なんてねぇよな……」

 

 一護はそう言い聞かし、自宅に着いた。

 

 

≪4.2≫

 家に入ると既に晩飯の準備が出来ていた。

 だが、その晩飯に少し疑問を抱く。

 三人分しか準備されていない。

 そう、親父の分が無いのだ。

 

「遊子、親父の分はどうしたんだよ?」

「何か、今日急な用事があるとかでどこかに出掛けて、明日の夜には帰ってくるらしいの」

 

 どこかって……。

 何で用事も何も言わずに出て行ってんだ。

 そして今日三人はうるさい親父抜きで晩飯を取った。

 

   *

 

 一護は診療室にやって来た。

 黒崎家は一心が開業した、クロサキ医院という病院と併設して建っている。

 一心はああ見えても医者で、大きな手術以外のことは大抵こなす人物だ。

 

「たしか精神関係の本は……」

 

 一護が診療室に来た理由は精神関係の本を探すため。

 今日、華に精神病院の事を聞かされた事もあるが、今日の朝から妙な不快感に襲われている。

 その事について一護は精神的なものだと思っている。

 その為に医療関係の書物が沢山ある診療室に来ているのだ。

 

「ん~と……」

 

 本棚にギッシリ並べられた医療関係の本。

 一護は一冊一冊の背表紙を見ながら、精神関係を探している。

 ……ふと、床を見た。

 そこには一滴の赤い雫が付いていた。

 

「何だ……?」

 

 よく見ると一滴ではなかった。

 その赤い雫が診療室にあるベットの下の方まで間隔をおいて付いていた。

 一護はベットの下をのぞき見る。

 

「あれ……」

 

 ベットの下に箱のような物がある。

 ギリギリ手の届く位置にあるそれを……

 一護はひっぱり出した。

 

「……何だよ、これ」

 

 一瞬、目を疑う。

 ところどころ赤黒く変色している――救急箱。

 それは明らかに古い血がこびり付いていた。

 いや……ここは病院。

 何か、理由があっての事だ。

 だが見れば見るほど、それが普通の救急箱ではない事が分かる。

 血のりで錆付いたメス……。

 それが五本以上入っている。

 

(メスがこんなに入った救急箱なんてあんのかよ……?)

 

 しかも臭気が漂うほどに、血がこびリ付いている。

 中には刃に脂が付いている物まで……。

 思わず吐き気を催す。

 

(この木の棒は……杭?)

 

 杭……?

 木の棒を削って作った太い杭が、何故、メスと一緒に入っている……?

 そして……一番目立っていたのに、目に入れようとしなかったそれ。

 それは――

 血が付いた大型の――サバイバルナイフだった。

 

「う……」

 

 吐きそうになったが、手で口を抑え、吐気を止める。

 そのサバイバルナイフを見ているだけで、正気を失いそうになる。

 とてつもない不快感。

 一護は救急箱をベットの下にしまい、立ち上がる。

 少し、足が震える。

 

「何だよあれ……!? 一体、親父は何を……?」

 

 考えても、答えには全く至らない。

 至るはずが無い。

 一護は精神関係の本を探すのを止め、診療室から出て行った。

 

 答えを知るには親父に直接聞くしかない。

 そう思ったのだ。

 

   *

 

 次の日、遊子の言った通り親父は帰ってこなかった。

 だが、今日の夜に帰ってくる。

 その時にあの救急箱の事を問いかける。

 今日はそんな事で授業に全く集中できなかった。

 

「気晴らしに商店街にでも行くか」

 

 放課後になっていたので一護は席から立ち、足早に商店街に向かった。

 

   *

 

 商店街にやって来た。

 今、ゲーセン、空座レジャーワールドが一段と賑わっている。

 ある2D対戦格闘ゲームが全国大会前って事もあって、皆集まっているのだろう。

 一護も久し振りに行こうかなと思ったが止めた。

 今はあんな騒がしいとこには行きたくなかったからだ。

 

 ……と、誰かが自分の前に建つショッピングモールから大量の買い物袋を持って出てきた。

 空座一校の女子の制服を着ている。

 恐らく、学校帰りにバカ買いしたのだろう。

 買い物袋を持っている両手が震えている。

 どれだけ買ったのだろうか。

 

「……ん」

 

 よく見ると見知った人物だった。

 赤い髪に黄色いリボンにツインテールの女生徒。

 華断だ。

 華が大量の買い物袋を頑張って持ちながら、重い足取りで歩いている。

 今にも買い物袋を落としてしゃがみ込みそうな勢いだ。

 

「……たく、しゃあねぇな」

 

 見ていられなかったので、一護は華を助ける事にした。

 

「大丈夫か、華?」

「あ、黒崎さん。大丈夫と聞かれたら、大丈夫ではありません……」

 

 息遣いが荒い。

 もう無理だろう。

 一護は片手を華に差し出す。

 

「ほら、持つの手伝ってやるよ」

「……あ、ありがとうございます」

 

 華は一言礼を言い、買い物袋を渡した。

 買い物袋を受け取った一護はその重さに少し驚いた。

 ……かなり重い。

 買い物袋の中には色々と何かが入っているが、余計な詮索は止めた。

 

「何で、こんなに一気に大量買いなんてしたんだ?」

「欲しい物が沢山あったので、まとめ買いしたら予想以上に凄い量になってしまったんです」

 

 後先考えずにいたんだな。

 

「仕方ねぇな。家まで運んでやるよ」

「え、いや、悪いですよ。そんなの」

「昨日の礼だ。気にすんな」

 

 昨日は何やかんやで華には世話になった。

 だから、その礼をするのだ。

 

「……昨日の事ですが、黒崎さん、昨日はごめんなさい」

 

 突然の華の謝罪に、一護は少し驚く。

 

「私って一度何かについて話したら止まらなくなって、話が逸れてしまう事が多々あるんですよ。それで昨日、黒崎さんに聞いてもいないような無駄な事ばっか言ったじゃないですか。だから……」

 

 どうやら自分で自覚はしていたようだ。

 

「こっちもお前に何も言わずに帰って悪かったな」

 

 一護も謝る。

 昨日は華に何も言わずに黙って帰ってしまった。

 その事について詫びた。

 

「いえ、そもそもの原因は私ですから」

「いや原因は俺の方にあるって。俺が井上にあんな話をしたから……」

「でも、それを私が承知しましたから……」

 

 と、いう面倒な会話をしながら、華の家に向かった。

 

   *

 

 一護と華はマンションに来た。

 此処が華の住居。

 大きくもなければ、小さくもない。

 何処にでもある普通のマンションだ。

 中に入ると、真っ先に目に入ったのはエレベーターの前に置かれた黄色い立て看板だった。

 看板にはエレベーター故障中と書かれてある。

 

「マジかよ」

 

 二人は重い買い物袋を持ちながら、長い階段を上がった。

 

   *

 

 華の部屋の中に到着すると、買い物袋をテーブルの上に置く。

 華は現在一人暮らしをしている。

 理由までは聞いていないが、一人暮らしをするには少し広すぎる住まいだ。

 

「……6時30分前か」

 

 一護は部屋の時計を見て言った。

 此処に来るまでに結構時間が掛かってしまった。

 まぁ、あんな重い買い物袋を二人で持って、数km歩いてきたのだ。

 しかも華は女。

 歩く速さは一護と比べて遅いし、買い物袋を持つ力も一護の方がある。

 遅くなって仕方ない。

 

「んじゃ、俺はこれで帰るな」

「えっあっ、あの……黒崎さん。一緒に……」

「……何だよ?」

「一緒に、この映画を見てくれませんか?」

 

 と言って、DVDのパッケージを見せてきた。

 パッケージにハロウィーンの悪夢3と書かれてある。

 ハロウィーンの悪夢3といえばスプラッタホラーのシリーズ最新作だ。

 一護はこの作品を知っているし、シリーズ的に1と2も見ている。

 今作は今までのシリーズとは、ちょっと違う展開があるらしくて、見てみたいとは思っていた。

 

「少し怖くて、一人ではあまり見たくないんですよ。いいですか?」

「……まぁ、いいけど」

 

 少し悩んだ末、OKした。

 どうせ、明日は学校は休みだし、断る理由は無い。

 遊子や夏梨も一護が一日居ない事には慣れているだろうし。

 多分……。

 

「じゃあ、私の部屋に来てください。リビングのテレビは少し小さいので…」

 

 そういって、一護は華の部屋に向かった。

 

 華の部屋には家族が居間に置くような大きいテレビ(37インチ)があった。

 そして、華は部屋の電気を消した。

 7時前だが冬は夜が早いので、もう真っ暗だ。

 

「それでは再生っと」

 

 華はDVDを再生した。

 

   *

 

 約2時間で映画が終わった。

 部屋の電気を点ける。

 今作はストーリーらしいストーリーは無かったが、恐怖シーンとスプラッタシーンは前作よりかなり上がっていた。

 たたみかけるような勢いで展開される恐怖シーン等がこの映画のウリ。

 試写会の時に、恐くてマジ泣きしちゃった女の子がいた、なんてエピソードがあるほどだ。

 

「悪くは無かったな」

「うん。けど、ストーリーはちょっと微妙だったね」

「ああ」

 

 ストーリーは無いに等しかった。

 そこだけは次回作に期待だ。

 

 ――その時、激しい金属音が響き渡った。

 

「な……」

 

 プツンと電灯が落ちた。

 

「きゃ……」

 

 華が小さい悲鳴を上げる。

 

(……この不快で悪寒に満ちた感覚を、俺は知っている……?)

 

 状況を確かめるために、一護は床から立ち上がろうとした。

 

「黒崎さん……」

 

 華が怯え、腕を掴んだ。

 

「……華、心配すん――」

 

 華にそう言い切らないうちに、部屋のドアが音もなく開いた。

 

「な……」

 

 まるでそれが当然のように、黒装束の男が部屋へと入ってくる。

 長身の男だが、足音すら立てず、風にたなびく布のような自然な歩みで近づいてくる。

 あまりにも異常過ぎて、一瞬、それを危険だと気付けなかった。

 鉈のようなサバイバルナイフを目視する。

 それが何の予備動作もなく、スッと華に向けて突き出された。

 

「……!」

 

 一護は無意識のうちに華を庇う。

 ブツンと音を立て、刃が一護の腕を貫いた。

 鮮血が迸り、華の顔を真っ赤に染める。

 

「ぐぁあ……!」

「きゃああああああああああっ!!」

 

 華の悲鳴と共に、一護の腕に雷撃のような激痛が湧き上がる。

 

「フンッ」

 

 黒衣の男は、そのまま裏拳で一護の頬を殴りつけた。

 

「ぐ……っ!」

 

 床に倒れる。

 その勢いで引き抜かれるサバイバルナイフ。

 だくだくと流れる血を止める事が出来ない。

 

「ひ……嫌……イヤァァアアアアッ!!」

 

 華の上に乗りかかる黒衣の男。

 

「テメェエエ!」

 

 男を羽交い絞めにしようと、飛びかかったその時、振り向きざまにナイフが振るわれる。

 

「ガ……」

 

 真一文字に振るわれた漆黒の刃。

 顔面を覆う激痛と共に、光が失われる。

 

「――目が……ッ!」

 

 何かに足を取られ転ぶ。

 真なる闇の中でもがく。

 

「は、華ぁああっ!!」

「黒崎さん……!」

 

 声のする方に手を伸ばす。

 同時に激痛が襲った。

 

「ぐああっ!」

 

 手首を棒で殴られたような衝撃が走り抜ける。

 だが、それは棒ではなく、あのナイフ。

 手首がパックリと開き、肉が空気に曝されたのが分かった。

 パタパタと一護の顔に降る温かい雨。

 それは水などではなく、一護の血液。

 

「や、やめてぇぇえええっ!!」

 

 ドンッと腹部に鈍い衝撃。

 押し潰されるような苦痛。

 腹を貫く鋭角の痛み。

 

(何をされた……?)

 

 下半身の感覚が痛みの泥に沈み、消えてしまう。

(腹を……刺された?)

 

「く……ん、んぐっ……」

 

 声を上げようとした華。

 それを封じられたのが分かった。

 

「あの男はもうじき死ぬ……」

「な……っ!? げふ……」

「あんな男の事は気にせず、私の事を愉しませてくれよ」

 

 下卑た言葉を華に吐く。

 一護は立ち上がろうと、身体を動かす。

 

「げ……」

 

 腹に刺さった異物に固定されて、身体が動かない。

 腹の肉が裂けた感触。

 あまりの激痛に頭を床に打ち付けて悶える。

 

「は、華ぁあ……!」

 

 腹のナイフに手を伸ばすが、指に全く力が入らない。

 辛うじて握っても、血液で滑って、うまく引き抜けない。

 まるで解剖される蛙のように、一護は床に釘付けられてしまっている。

 その瞬間、ドンっと鈍い音。

 

「んんぐーーーーーーーーーっ!!」

 

 悲鳴。

 手で封じられている絶叫。

 再び、ドンッという鈍い音。

 

「い、きゃぁあああぁぁあっ!!」

 

 金切り声に近い絶叫が部屋に木霊する。

 

「は……がはっ、は……はなぁ……」

 

 口の中に溢れ返る血を吐き出しながら、華の名を呼ぶ。

 一護の身体に充満する死の鈍痛が、意識を不明瞭にしていく。

 華の悲鳴にすら、指一本動かせない。

 

「美しい、聖性すら感じるぞ……」

「あっ……あ……」

 

 痙攣するような声を上げる華。

 ショックで正気を失っているみたいだ。

 

「人が磔刑にかけられた姿は、この世で一番美しいと思わないか?」

 

 磔刑……?

 

「両手に杭を打たれた感想は……?」

(なん、だと……?)

 

 ショック状態の華は、勿論答える事など出来ない。

 

「美しい身体だ。よい供物になりそうだ。だが、命尽きるまでは、この身体で愉しませてもらうとしようか」

「……あ、い……!? あ、きゃぁぁぁあああっ!!」

 

 視力を失った真の闇の中。

 聞こえるのは華の悲鳴のみ。

 肉を裂く水っぽい嫌な音。

 その後に、ゴリッという硬い音が聞こえる。

 

「ぎゃっ、んぐう!」

 

 ダンッという叩き付ける音。

 

「んぐんんんーっ!!」

 

 悲鳴などという生易しいものではない。

 命の破裂音が、華の喉から搾り出される。

 間断なく上げ続けられる絶叫。

 しかし、それは黒衣の男の手で封じられているようだった。

 

「ああ……んんんんんんっ!! んーーーーーーーっ!!!」

 

 ブチリと千切る音がする。

 

「美味そうな肉だ……。カニバリストだったら焼いて食うんだが、生憎と私は刻む事にしか興味が無い。何なら、自分で喰らってみるか?」

「んーー……んーー」

「冗談だ」

 

 そう言って笑ってから、床に仰向けに横たわる一護に、何かが投げつけられる。

 

「あ……?」

 

 視力が無い一護は手で確かめると、不恰好なL字の物体……先が五つに割れているこれは……。

 

(足……華の足首?)

「は、はなぁぁああああ!!」

「綺麗な太ももだ……」

「んんぐぅっ!!」

 

 ビッという布を裂くような音と、篭った華の絶叫がシンクロする。

 

「厚みのある肉を裂く感触は、何度味わっても最高だ」

 

 ビッ……ビッ……

 繰り返す切り裂き音と悲鳴。

 

「裂いた腸の中の温かさは……膣などとは比べ物にならんな……」

 

 ヌチャヌチャと粘性の液体音が聞こえる。

 

「見てみろ。綺麗な色をした腸だぞ」

「ひ、ん……ん……」

 

 力ない悲鳴。

 聴覚と苦痛のみが全てになっている一護には、気が狂いそうなほどに不快な音。

 

「くくくく……」

「あ、ああ……」

 

 一護は何度も何度も、腹に突き刺さっているナイフを取ろうとする。

 

「くくくく……このまま、お前の腹を解剖し、生きたまま内臓全てを晒そうか」

「んえ……い、いやぁあああああ!!!」

「……チッ」

「んぶ……」

 

 華の悲鳴が、泡立つような音と共に消える。

 

(何を、した……?)

「女の悲鳴は好きなんだがな……。場所が場所だ。あまり騒がれても困るんだよ。もう少し生きたままを愉しみたかったんだが、仕方あるまい」

「ぎ……ぎざまぁぁあああああ!!」

 

 ナイフを握り締める。

 脳を焼き尽くすような憎悪のお陰で、ナイフを掴む握力を得る。

 ゴリゴリと擦り切るような刃の音。

 引き抜く。

 ナイフを手に立ち上がろうとする。

 

「おおおおおおおおおおおおおお!!!」

「貴様も黙れ……〝黒崎一護〟」

 

 何か大きな丸い物を投げつけられた。

 立ち上がるのがやっとだった一護は、そのまま倒れ込んでしまう。

 

(何だ、これは……?)

 

 球状のものを撫でる。

 沢山の糸状のものが指に絡む。

 

「…………」

 

 沢山の凹凸……。

 濡れた断面から血が滴っている。

 

(まさか……)

 

 藻のように指に絡むのは、血に濡れた髪……。

 動かすと開くこれは顎で……この硬いのは歯、口……?

 

(じゃあ、この突起は鼻……?)

 

 濡れた穴に指が滑り込む。

 ぐちゃり……と眼球を潰してしまった。

 

(これは、華の首だ)

 

 そうか……華は殺されてしまったのか。

 

「……あ、ああ」

 

 一護の中から全ての力が揮発した。

 身体を動かす力も。

 意識を保とうとする力も。

 

「…………」

 

 黒衣の男が歩み寄ってくるのが分かった。

 その刹那、一護にある考えが浮かんだ。

 あのサバイバルナイフに一護の名を知っていた。

 

(まさか……親父……?)

 

 親父の診療室にも同じようなサバイバルナイフがあった。

 そして、親父は昨日から家にいない。

 何より、証拠づけるのは名乗ってもいない一護の名を知っている事だ。

 だが、もう遅い。

 一護から華の首を奪い取ると、代わりとばかりに硬い刃を降らせた。

 喉、胸、頬、額、眼窩。

 激痛と死が降り注ぐ。

 が、まるでこの絶望を終わらせてくれる、慈悲の刃のようにも思えた。

 

「〝また会おう〟黒崎一護」

 

 最後に男が何かを喋った。

 だが、一護には聞き取れない。

 顔の中心に死が突き立てられた。

 一護の命が死に向かってめくれ返る。

 

 

 ――全てが闇に堕ちる。

 

 ……一護の世界が消えた。

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