東方幻想斬~BLEACH the fantasy time of end~   作:ディーン・グローリー

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第27斬【伍の絶望と最後の光】

≪5.1≫

 

  ――長い夢を……見ていたような気がする…………

 とても長い……嫌悪感に満ちた夢を………………………………

 ………………

 

「…………ッ!!」

 

 一護は飛び起きるように、上体を起こす。

 同時に、全身からべとつく汗が滲み出しているのに気づいた。

 

(夢を、見ていた……ような気がする。とても、嫌な夢を……)

 

 内容は欠片ほども憶えていないが身体に残る不快感が、悪夢に魘されていた事を物語っている。

 

「う……!?」

 

 突然、ズンッと重い感覚が胸を走る。

 それと同時に視界がホワイトアウトする。

 強烈な眩暈が走った。

 

「…………」

 

 じっとしていると、じんわりと視界が戻ってくる。

 軽い頭痛もするし、寝起きのダルさと相まって、気分が悪い事この上ない。

 一護はこめかみを指で揉みながら、溜め息をついた

「…………!?」

 

 一瞬……手が〝消えた〟ように見えた。

 

 ほんの一瞬だったが、一護の目には確かにそう見えた。

 

「…はっ、まさかな」

 

 ――眩暈の直後だったから、視界がおかしくなっただけだ。

 

「そうに、決まってる」

 

 一護は深呼吸をして気分を入れ替えた。

 

 

 

 

 

(省略)

 

 

 

 

 

 

   *

 

 ――放課後、一護と啓吾が職員室に呼び出された。

 二人を呼び出したのは、担任の越智美諭だ。

 呼び出された理由は、この前のテスト結果の事でだ。

 啓吾はこの前のテストで、クラスでドベ赤点をくらい、一護は最近のテストの点数が急激に落ちている事を指摘された。

 結果、これを踏まえた上、二人共明日の放課後に補習をするはめになった。

 それを聞いた啓吾は、明らかガッカリした表情で帰宅していた。

 一護は一旦教室に戻り、机の中にある教材を取りに戻った。こういう日は今までの復習をして、少しでも学力向上に励むためだ。

 

 そんな思いを胸に一護が教室に入ると、人影が二つあった。

 一つは井上織姫。

 もう一つは、赤い髪に黄色いリボンにツインテールの女子生徒だ。

 

「あ、黒崎くん」

「おぅ」

「え、この人が井上さんの言っていた黒崎一護さんですか?」

 

 女子生徒が一護を見るなり、そういってきた。

 言葉から察するに、井上が一護の事をこの生徒に色々と話していたのだろう。

 

「あんたは?」

「あ、私は華断といいます」

 

 華断……。

 なぜだろう?

 その名を聞いて、なぜか少し心が安堵している。初めて聞く名のはずなのに……。

 

「華断、か。で、二人は何してんだこんな所で?」

「ほら、黒崎くん。公園の事件の事を知りたがってたでしょ。華ちゃん、事件とか犯罪とか、そういうのに詳しいから、紹介しようと思って」

「そうだったのか」

(つうか、俺が教室に戻ってくる事を先読みしてたのか?)

 

 この事に対し、少し驚いた一護。

 

「私は皆さんと違ってヒマヒマ人ですから、何でも教えて上げれます。本当のエリートは有閑階級ともいいますし。と言っても今日は少し見たいテレビがありまして、予約録画をセットするの忘れて来ましたから、小一時間で済ませていただけたら嬉しいです」

「ああ……そんなに時間はかからないと思う」

 

 いつの間にか、華に聞く事になってしまった。

 

「公園で起きた殺人事件の事を知ってるだろ?」

「勿論ですよ」

 

 一護は単刀直入に話を振る事にした。

 

「あの事件についてなんだけど、精神病院から脱走したやつがいて、そいつが通り魔の正体なんじゃないかって。それから、これも気になる噂なんだが、夕暮れ時に全身黒尽くめの男が現れて、こっちを見てるって噂があるんだ」

「最近見た人の話だと、変な仮面みたいなのを付けてたって言うの」

「何か知らねぇか?」

 

 聞きたい事を全部言って聞いた。

 

「何か知らないか? って言われても。噂の類型としてはどちらもありふれているから、それだけじゃ何も分かりませんね」

「ありふれてる?」

「そうです。まず最初の噂の方の話ですけど、精神病院から脱走なんて、通り魔の犯人としてはよく噂になるものです」

「そうなのか?」

「聞きますけど、精神病や精神病院について、黒崎さんはどのくらいの知識を持っています?」

「え、どのくらいって……」

 

 言われてみて気が付いた。

 こういった噂によるイメージ以外に、一護は何の知識も持っていない。

 

「精神疾患の定義は? 精神病と神経症の違いは分かります? 精神科医と臨床心理士の違いは?」

「分から、ない……」

「やっぱり知りませんか。最もそれは黒崎さんに限った事ではありませんけどね。一般の人たちにとって、精神病っていうのはブラックボックスなのです。理解できないもの、恐ろしいもの、見たくないもの、そういったものに対する責任を、未知の領域に押し込めている訳です。昔はそれを担当するのは怪異譚だった。例えばひょっこり女の子いなくなった。人々は神隠しだと恐れた。ある日、きこりが山に行くと、神隠しにあった女の子の成長した姿があって、子供を連れているのを見た。そこで、きこりは山男に攫われたんだと考えた。よくあるタイプの昔話です。でもこれを現代風に解釈したらどうなるかな? 山に住む少女趣味者が女の子を誘拐し、子供を産ませて強制的に結婚した。そうなるのが筋でしょ」

 

 言われてみれば、そう考えられなくもない。

 

「確かにその方が現実的だな……」

「現代に生きる私たちにとってはね」

 

 昔の人間にとってはそうではないと言う事か。

 

「子供がいなくなって戻ってこない、そんな悲しい事実からはみんな目を背けたい。だから昔の人々は神隠しとして処理したんです。子供が略奪されて強制的に妊娠させられた。これも見たくない事実としては同じ。だから山男というフィクションを作るの。何か不幸があった時には、自分たちの手に負えないモノによって起こった、そう考える事で納得したがるんですよ人間は。その為のフィクションを、長い長い時間をかけて作ってきたの。それが神だったり妖怪だったりするんです。でも現代では神も妖怪もいなくなって、そういった部分を担当してくれるモノが減った。そこで精神病が召喚されてくるんです。普通の人々は精神病について知らないから、それをフィクションとして扱ってしまうの」

 

 ……成程。

 よく知らないものなら、どう解釈しようと納得できてしまう。

 

「最初の話につながりますけど、全身黒尽くめの男だってその典型ですよ。これはメン・イン・ブラックという形で、特にアメリカで有名な類型ですけど。アメリカの場合は歴史が新しいから、日本で言う神とか…これは向こうでは妖精かな、それから妖怪とかは、最初から機能していないの。だから彼らはブラックボックスにこれを選ぶんです」

 そう言って華は指を上に向けた。

「……天井?」

「……お空?」

 

 一護と井上が上を答える。

 

「宇宙です。アメリカでは科学技術も発達しているし、近代的な政治機構のイメージもありますからね。アメリカ政府は宇宙人と密約を交わしていて、その事実を知ってしまった人間を攫ったり、記憶を消したりするエージェントがいるって話。彼らは黒いスーツに身を包んでいるのが典型です。それがアメリカにおける神隠しであり、妖怪にあたるモノなの」

「宇宙人って、そんなまさか……」

 

 いる訳が無いだろう。

 

「それはまさしく偏見です。アメリカは精神医学に対しては常識がある国だから、精神病院から脱走した通り魔なんて聞けば、まさかと思われるのは私たちかもしれない」

「そんなものなのか……」

 

 つまりアメリカ人と一護たちの現実感覚が、まったく違うわけだ。

 

「だったら、噂からだけじゃ今回の事件については、何も分からないんじゃねぇのか?」

「ですから最初からそう言っているではありませんか」

 

 バッサリ切り捨てられてしまった。

 

「まず精神病院云々っていうのは、先程も言ったようによくある話だから論外です。黒衣の男については、かろうじて何か手掛かりになる可能性もあるけど、そこまで噂になっているなら警察も知っています。警察は基本的に人海戦術なんです。噂についてだったら、私たち以上に詳しい事を知ってるはずです。もし本当に脱走した精神病患者の記録があるなら、当然それを掴んでいるはずだし、だとしたら氏名や容貌まで分かっているはず。安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)を気取るなんて無茶です。現実はそんなに甘くないの」

「そんなつもりはねぇけど。何か、俺たちに出来る事はないかなって思ってよ」

「ありますよ」

「あるのか?」

「警察の邪魔をしない事です。根拠のない噂を広めない事。捜査協力は惜しまない事」

「そうか……」

 

 結局、一護に出来る事は何も無いのだろう。

 

「ところで精神病院と妖怪っていうのは、意外なところでつながっているんですよ?」

「え?」

「先程も言った通り、妖怪というのはあくまで現象であって、それを構成する科学的な事実が存在するんです。たとえば憑き物という現象。狐憑きとか犬神憑きというのは本当に存在するんです」

「まさか」

「そう思うでしょうね。でもそれは、狐憑きが存在するという事と、憑く狐が存在するという事を、混同しているだけなんです。憑き物は科学的に言うと乖離性障害、多重人格とか記憶喪失とかの組み合わせで起こるの。狐が人に憑くんじゃないのよ。人が憑かれた〝ふり〟をする訳。勿論本人にその自覚はないけど。そしてそれを共同体も認めるの。だから狐憑きは本当にあったんです。狐を現象として見てしまえば、それもいたの」

「はぁ、成程な。しかし何でまたそんな現象が起こるんだ?」

「原因は一つではないでしょうね。様々なケースの解決法として発達したものなんです。例えばこんな例が考えられます。ある男が悪さをしてしまったとする。彼には罪悪感もあったけれども、それを告白する勇気はない。そして昔の話だから、外からやってきて罪を追求してくれる警察もいない。客観的な罰を与える裁判所もない。そこで憑き物の出番なんです。その男に狐が憑いて、つまりは多重人格を発症して、暴れ回る。そこで彼はみんなを集めて狐の人格は言うわけ。「この男はこれこれこういう悪事を働いた。そこで罰として俺はこの男に憑いたのだが、これこれこうすれば許してやろう」って。お狐様の言う事だから、その共同体の中では客観性がある。男には懺悔と償いの機会が与えられる。そうやって処理されていたの」

「あ、ああ。成程、分かってきた……。それが昔の社会制度の欠陥を補っていたんだな。裁判所とかねぇもんな」

「というより、それが昔の社会の制度だったの。欠陥と捉えてしまうのは、自分の社会を基準としてしか考えてないから。面白い事に、外国にこういった憑き物の症例っていうのはないんです。いえ、憑き物自体はあるんですけど、その殆どが悪魔か狼なんです。日本みたいに、狐とか犬神とか、蛇だとか竜だとか蛙だとか化け猫だとか、そういった豊富な憑き物はなかったみたいね。ところで狐と言えば稲荷様な訳ですけど、あれって全国の神社の内の約30%を占めるんです。街の片隅にある社なんかも含めたらもっと。稲荷の鳥居といえば朱で有名だけれど、これは色んな説があるんです」

(あれ?)

「まずは稲作起源の説。稲穂の黄金色を朱色に見立てたという説。実りの季節の紅葉を模したという説。それから、稲作に鉄の農具が不可欠な事から、鋳物が成り=イナリ、炉の中の赤い鉄を見立てたという説もあるんです」

「でも稲荷に限らず、神社には朱が多くないか?」

「そうね。だからもっと広く取って、中国の道教に由来するという説もあるんです。道教の陰陽五行説によると、あらゆるものは陰と陽の気で出来ているの。ほら、韓国の国旗にあるでしょう? あのイメージです。そして人間の生活にとって重要なのは、木火土金水の五つの元素だとされている。この陰陽五行説は日本に伝わると、神道や仏教と結びついて、原型をとどめないほど浸透していったんです」

(何の話をしてたんだっけ?)

「ま、元々原型なんてない理想だったんだけど。さて、この五行思想によると、赤は火星を意味し、季節は夏、方位は南、霊は朱雀とされている。朱雀ってのは鳥だから、鳥居は朱雀の休まるところ、したがって赤くあるべきだという説があるのね」

「成程な。ところで、その陰陽五行思想は曜日と関係あんのか?」

「勿論です。ただの偶然ではありません。そもそも望遠鏡が発達する前、目に見える惑星というと、太陽と月を除いた五つだったんです。あなわち、水星、金星、火星、木星、土星。これらは他の星に比べて、特殊な動き方や輝き方をするから、どうしても注目される訳。星を基準に季節や方向を見る技術は世界共通だから、太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星の七つは、古今東西の思想に万遍なく影響を与えているんです。陰陽五行説だって、陰が月、陽が太陽、他がそのまま木火土金水にあたる訳ね。現代の曜日の七日制の起源は、古代バビロニアだと言われているんです。これも占星術が元になっているの。だから陰陽五行説の用語が、西洋の曜日制にすっぽりあてはまったのは、単なる偶然という訳じゃないんです」

「そういえば一週間の始まりって、月曜か日曜か迷うよな。週末って言葉があるくらいだから、月曜が最初ってのが俺はしっくりくるけどな」

「土曜とする説もあるんですよ? 私はそれが有力だと思います」

「そうなのか……」

「月曜日が週の始めだとするのは、一番歴史的根拠がないの。単に日曜日が休みとなっているから、働き始める日という意味が、一週間の始まりの日と重なってしまったのね。でも実感には即しているから、ある意味で根拠は一番あるのかもね。日曜を始まりとする説は、キリスト郷やユダヤ郷に由来するものです。これらの宗教では日曜を週の始まりとしています」

 

 ――……はっ!

 ていうか滅茶苦茶話がずれてる!

 事件と全っ然関係ない!

 雑学としては面白くない事もなかったので、つい付き合ってしまったが、当初の目的とはかけ離れた事態になっていた。

 そろそろ切り上げて帰ろう。

 

(井上は……)

 

 寝ている。

 しかも立ったまま。

 器用すぎるだろ。

 

「井上。起きろ~」

「ん……あ、黒崎くん、おはよう」

「おお、おはよう。もう夕方だけどな。用事も終わったから、そろそろ帰ろうぜ」

「うん」

 

 井上が頷く。

 

「イエスが磔にされたのは、13日の金曜日という事で有名です。そしてその日から三日目にキリストは復活するの……」

「おい、華」

「金曜日を第一日目として数えるから、キリスト復活の日は日曜日にあたるわけね。この日を主の日として祝福する」

 ちっとも聞いていない。

「はーなー!」

「はなちゃーん!」

「その祝福を行う日ための日が……え? 何です? 話の腰を折らないで下さいよ」

「いや、誰もお前の話聞いてねぇから」

「えっ!?」

 

 華が少し驚く。

 

「つうか、もう聞きてぇ事は聞いたからさ、時間もかなり経っちまったから、俺たちそろそろ帰るぜ」

「時間……?」

 

 そう言って、華は腕時計を見た。

 

「……」

 

 しばらく沈黙。

 

「えええええええええええっっ!!」

 

 そして突然悲鳴を上げた。

 

「もうこんな時間!? 今日は録画予約を忘れてきたのにー! そ、それじゃ、急いで帰るからまたねっ!」

「お、おぅ」

「ばいば~い」

 

 華は手を振ると、猛ダッシュで帰っていった。

 

「……」

「……」

 

 二人の沈黙。

 

「……帰るか、井上」

「うん」

 

 一護がそう切り出し、二人は一緒に帰路についたのだった。

 

   *

 

 ――夜。

 黒崎家の今日の夕飯はキムチ鍋。

 とても赤い……見た目からして辛そうだ。

 キムチ鍋には肉や野菜、豆腐などが入っている。

 そして、食卓に三人がつく。

 ……一人足りない。

 

「あれ、親父は?」

 

 そう、父親の一心の姿が無いのだ。

 

「何か、今日は急な用事があるとかで何処かに出掛けてしまったの。明日の夜には帰ってくるって」

「そうか」

 

 何だろう……。

 前にも似たような事があったような気がする。

 それも最近に。

 

「それじゃあ、食べようか」

 

 遊子がそう言うと、三人は夕飯を食べ始めた。

 一護はキムチ鍋を突きながら、リモコンを手に取り、TVをつけた。

 夜のニュース番組。

 交通事故やら、火災やら、大して興味を引かないニュースが続く。

 ――センター

 

「今日の早朝未明……空座町の公園で、女性が遺体で発見され……」

「……!」

 

 不意に今日の公園の事件を伝えるニュースが流れる。

 空座町の事件が全国区のニュース番組で流れるとは思ってもみなかった。

 遊子と夏梨もその事件の事を学校で聞かされていたらしく、事件の事を話し始めた。

 二人の話を聞き流し、一護はニュースに集中する。

 

「被害者は身体を酷く傷付けられた後に、バラバラにされていたらしく……」

 

 酷く傷つけられた後に……バラバラ……。

 

「!!」

 

 悪寒とも吐気ともとれる不快な感覚が、一瞬だけ一護の身体を駆け抜ける。

 何か、途轍もなく嫌なものを思い出しかけた。

 キムチ鍋の赤色でさえ生々しく見えて、それ以上口をつける事が出来なくなってしまった。

 

「どうしたの一兄? 顔色悪いよ」

 

 箸を置こうとした一護に、夏梨が心配そうな表情で言ってきた。

 

「ん、いや、何でもねぇよ。ほら、とっとと食っちまおうぜ」

 

 そう言い、一護は箸を再び持ち、赤いキムチ鍋に箸を入れた。

 

 精神的疲労が高かったのか、一護は夕飯を食べ終わった後、少し勉強し早めに就寝した。

 

≪5.2≫

 

 次の日の放課後。

 一護と啓吾は教室に生徒が居なくなると、担任の下補習授業が始まった。

 補習授業の内容は基本教科、国語、数学、英語だ。

 二人はこの三教科をみっちりと担任に教えてもらった。

 それだけでも啓吾はクタクタなのに、その後止めを刺すかのように三教科のテストをやらされた。

 一護は少しだけだが、昨日家に帰った後、復習していたので難無く出来た。

 が、逆に啓吾は何の対策もしていなかったので、かなり苦戦していた。

 

 結果、啓吾のせいで最終下校時刻まで帰る事が出来なかった。

 一護と啓吾は二人で帰路につく。

 

 二人が帰り道のいつも通る線路沿いの道にやってきた。

 その時には辺りはすっかり暗くなっていた。

 

「あ~だるぅ~」

 

 啓吾が疲れ切った表情で言った。

 放課後になってまで、あれだけ補習授業をされたら啓吾にとっては死ぬほど辛いだろう。

 

「何で俺らだけ補習授業だったんだよ~」

「昨日先生が言ってたじゃねぇか。終わった事をあんまネチネチ言うなよ」

「でもさぁ~でもさぁ~、大島と反町は不良だから補修免除ってどういう事だよ!? あいつらも成績すごい悪いのにさ」

「さぁ~な」

 

 一護の担任はヤンキーだったら、まぁ殆どの事はOKされる。

 

「それにさぁ~」

 

 啓吾がまだ話を続ける。

 その話を一護は適当に聞き流していた。

 

(それにしても……)

 

 平和だ。

 ちょっと前まで、死神代行として活動していた自分。

 命をかけた戦いをしていた一年間。

 ルキアと出会い、死神として活動し、その後に重罪を犯したルキアを助ける為に尸魂界に潜入し、ルキアを救出。

 そしてその直ぐ後に破面が出現し、その破面と激闘を繰り広げ、最後は藍染との戦いで死神の力を失った。

 この一年間は本当に色々な事があった。

 死と隣り合わせの生活。

 だが、今は死神の力も失い、戦う事が無くなった。

 今が一護にとっての本当の平和。

 こんなに平和でいいのかって思えるくらい平和で。

 平和ボケしているかのようだ。

 

 ……

 …………

 ……だからなのだろうか。

 一護はそいつがそこに立っていると言う事に、今の今まで気がつかなかった。

 

「……」

 

 そいつは闇の中から現れた。

 闇の中からわき出るように。

 影の中から浮き上がるようにして現れた。

 

「……わぁっ!」

 

 啓吾が驚いた。

 

「あ……」

 

 一護は声が出せない。

 闇よりもなお黒い黒衣。

 不気味な仮面。

 そしてギラリと輝く……。

 

「啓吾っ!」

「うぉあっ!!」

 

 瞬間、一護は啓吾を突き飛ばしていた。

 それと同時に、禍々しく光る刃が一護の目に前を通り過ぎていく。

 

「く……っ!」

 

 一護はゴロゴロと道路を転がる。

 咄嗟に立ち上がり、両手を大きく広げて男の前に立ちふさがる。

 

「……」

 

 男はゆっくりと、一歩一歩近づいてくる。

 

(……ヤベェ)

 

 こいつはヤバイ。

 とにかくヤバイ。

 頭に中がチカチカとスパークする。

 警報が大音響で鳴り響く。

 逃げろ! 逃げろ! と、どこからともなく声が聞こえてくる。

 男が手に持った巨大なナイフを構えもせず、無造作に横に薙いだ。

 

「ぐぁっ!」

 

 びゅんっと言う風を切り裂く音。

 一護は身をよじらせて、何とか避ける。

 

「逃げろっ! 啓吾っ!!」

 

 一護が大声で叫ぶ。

 

「え……けど、一護……!」

 

 一体何が起こっているのか分からないのだろう。

 啓吾は戸惑っていた。

 ただ、驚いた表情を浮かべている。

 だけど……。

 今はそんな余裕は無い。

 一刻も早く。

 一秒でも、一瞬でも早く、この場を離れなければならない。

 

「早く逃げろ! 啓吾!!」

「一護、お前はどうするんだよ……!?」

「いいから! 早くいけ!」

「お前を放って行けるかよ!」

 

 友達が危険な状況にいるのに、自分だけが逃げるなんて出来ない啓吾。

 だけど、今はそんな事を言っている余裕など無い。

 本当にヤバいんだ。

 

「俺は大丈夫だ! 俺を信じろ! たのむっ!」

 

 真剣な眼で啓吾を見つめる。

 言葉以上に想いを伝える事を信じて。

 

「……あ、ああ、分かった」

 

 ようやく一護の必死の想いが伝わったようだ。

 

「すぐに警察呼んでくるから待ってろよ一護!!」

 

 そして啓吾は後ろを振り向かずに夜の闇の中に駆けて行った。

 

「……」

 

 それと同時に男が動いた。

 今まで一護を見つめていた瞳が、啓吾の後ろ姿に向けられる。

 そして、そのまま男はその後ろ姿を追って…。

 

「くそっ! 待ちやがれっ!!」

 

 瞬間、考える間も無く、一護の身体は動いていた。

 腰を落とし、全身のバネを効かせて、男に飛びかかる。

 

「ぐっ!」

「くっ!」

 

 激しい衝撃。

 それと同時に、一護と男はもつれ合うように地面に倒れ込んだ。

 

「……ちっ!」

「テメェ!」

 

 もみ合いながら、男の武器を奪おうとする一護。

 それを躱しつつ、必殺の一撃を一護に喰らわせようとする男。

 

「……あ、くっ」

「うっ……くっ……」

 

 お互い上を奪えば勝負は決する。

 一護は相手の武器くらいは奪い取れるだろう。

 逆に相手は一護の命を奪い取れる。

 天秤にかけるのは、ちょっと割に合わない条件。

 でも今更もうどうにもならない。

 

「くそっ! テメェ!」

「ぎ……ぐっ!」

 

 互いにつかみ合うような形で、ゴロゴロと地面を転がっていった。

 いつ果てるとも分からない取っ組み合いを、どのくらい続けただろうか。

 激しいつかみ合いの衝撃で、男の付けていた仮面がガキンと外れた。

 そして、否が応でも見えてしまう男の姿。

 仮面の下に隠された、その素顔は――

 

「え……?」

 

 命のかかっている状況だというのに、一護は驚きに我を忘れてしまった。

 何故なら、その仮面の下に隠されていたのは……。

 

「何で……だよ……?」

 

 おふくろ……

 ――黒崎真咲。

 一護の母親だ。

 一護の母親が目の前にいる。

 死んだはずの母親が。

 

 頭が混乱する。

 訳が分からない。

 理解できない。

 混乱で頭が一杯になり、現実感が遠のく。

 理解できる事があるとしたら……。

 それはたった今、取り返しの着かないミスを一護が犯したと言う事だけ。

 

「あ……」

 

 サバイバルナイフの切っ先が迫る。

 黒崎真咲が振り上げたナイフは、真っ直ぐ一護に向かって突き進んできた。

 一護の眼窩に飛び込んできた切っ先は、そのまま眼球を突き破る。

 ぐちゅりと血液とは違う粘性の汁が滴る。

 それも一瞬。

 溢れ出した鮮血に上塗られていく。

 突き立てられる刃。

 肉を引き裂き、骨を砕いて、感じる事など有り得ない領域にまで到達する。

 死が頭蓋の中に溢れた。

 ――そして、一護の自我はそこで消滅した。

 

 

 ……全てが闇に堕ちる。

 

 ……一護の世界が消えた。

 

 

≪6.1≫

 

 ――長い夢を……見ていたような気がする…………

 とても長い……嫌悪感に満ちた夢を………………………………

 

「ぐあ…………っ!!」

 

 一護が飛び起きる。

 

「夢……?」

 

 一瞬、自分がどこにいるのかすら、上手く認識できなかった。

 

「ここは……俺の部屋? ……夢を見ていた……?」

 

 さっきまで鮮明に見えていたはずの夢が、溶けるように消えうせて、もう思い出せなくなっている。

 夢の中で感じていた事も、まるで靄に包まれたように、曖昧になっていく。

 一護はゆっくりと自分の頬に触れる。

 ……涙。

 涙が一護の頬と指を濡らす。

 

(……俺は一体どんな夢を見てたんだ?)

 

 脳裏に残る悪夢の残滓を、必死に拾い上げようとしたが、こぼれ落ち霧散していった。

 残ったのは、悪夢を見ていた不快感だけだった。

 

「? ……ぐぁ……!?」

 

 胸の奥が熱い。

 全身から脂汗が滲み出る。

 熱さは激痛へとステップアップしていく。

 

「う……ぐ……」

 

 悲鳴を上げそうになって、一護は唇を噛む。

 鼓動の度に、白い衝撃が意識を攻め立てた。

 全身の神経が痺れていく。

 

「――――」

 

 一護の意識がブラックアウトする。

 

   *

 

「は……っ。……夢?」

 

 死に至るほどの激痛が嘘のように消えている。

 

「何が、起きたんだ?」

 

 服に手を入れ、胸の中心を確かめる。

 早くなっている鼓動と冷や汗以外は、別段変わったところはなかった。

 

「……心臓の病気にでもかかってしまったのか?」

 

 一護は冷や汗に濡れた手をじっと見つめる。

 

「……!」

 

 一瞬……腕も含めて、全てが消えたように見えた。

 

 眩暈かと思い、目を固くつぶる。

 

「何とも……ねぇ」

(……まさかな。そんな有り得ねぇ事が起きる訳ないか)

「そうに……決まってる」

 

 一護は深呼吸をして気分を入れ替えたのだった。

 

 

 

 

 

(省略)

 

 

 

 

 

 

   *

 

「つう訳だ一護。その廃絶の理ってサイトなら色々分かると思うぜ」

 

 ……放課後。

 啓吾は一護が今日の事件について興味を持っている事に気づき、誰かからそういう情報が沢山載っているサイトを教えてもらい、一護に教えて上げたのだ。

 

「廃絶の理……」

「サイトのアドレス教えてもらったから、今から一緒に情報室に見に行こうぜ」

 

 啓吾が一護の腕を引っ張る。

 正直、今日は体調があまりよく無いから断りたかったけど、好奇心が上回ってしまったのか、一緒に見に行く事になった。

 

 そして情報室へ。

 二人は情報室に入ると、早速パソコンを立ち上げた。

 ホームにいくと、啓吾が誰かから教えてもらったという廃絶の理のアドレスを打ち込み、サイトに入る。

 廃絶の理とはニュースサイトで報道関係者でもない一般の人が、様々なホームページを毎回巡回し情報を収集して、自分のアンテナに引っ掛かったニュースを簡単なコメントと共に紹介しているものらしい。

 その中で廃絶の理とは結構有名なニュースサイトとして多くの人に知られているようだ。

「断華」という、本名なのかハンドルネームなのか、よく分からない名前の人が作っている。

 ズラッと並んだニュースへのリンク。

 リンク先のページを読むだけで、最近ネットで話題なものはチェックできる。

 よくこれだけの更新を毎日できるものだと感心する。

 こんなものを毎日更新できるなんて一護からしたら超人か、超暇人のどっちかだ。

 この廃絶の理は数あるニュースサイトの中でも、群を抜いて収集するニュースの数が多いみたいだ。

 単純に多くのニュースに眼を通したいのなら、新聞社のサイトとここを見れば充分だ。

 

「つうか、今日起きた事件の事はまだ掲載されてねぇんじゃねぇのか?」

 

 殺人事件は本日の朝に起きた事件。

 即ち、まだあまり報道されていない事件だ。

 

「ところがどっこい。今日の事件の事がもう掲載されてるぜ」

 

 啓吾が事件の記事を見つけた。

 どうやら、断華という人は早くも事件の事を嗅ぎ付けていたらしい。

 記事に発見された時刻や、事件が起きた地区の事などが事細かに書かれている。

 流石に被害者の情報や、死亡推定時刻などは載っていない。

 そして、一護は記事の横の画像を見て目を見開いた。

 そこには絶対に報道されない、死体の写真が掲載されていたのだ。

 一護はそれを見て気分が悪くなった。

 

「おい、何だよこの写真?」

「ん、多分作り物だろ。死体の」

 

 一護が死体の写真を見て言ったが、啓吾は作り物だと言った。

 確かに有名なニュースサイトで本物の死体の画像など貼れば、騒ぎになる。

 だが、一護すら本物の死体と間違えてしまうほどの出来上がりだ。

 しかも事件が起きてから時間はそれ程経っていない。

 一体どうやって、こんな短時間で作ったのだろうか?

 

「それよりも横に書いてある記事読もうぜ」

 

 啓吾が写真を見つめたままの一護にそう促す。

 

「! お、おう……」

 

 啓吾の言葉に一護は我に返る。

 一護は写真の横に書かれている記事を読む。

 …………

 ……どうやら、殺害された人は鋭利な刃物で切り刻まれ、殺されたようだ。

 身体中を弄ぶかのように切り刻まれた死体。

 横の作り物の死体の写真がその酷さを教えてくれる。

 そして、記事の最後に付け足しのように一文書かれている。

 それは18年前に空座町で連続殺人事件と集団失踪事件が起き、空座町を騒がせていたという文面だ。

 死体をバラバラに刻む猟奇的なものだったみたいで、死体を隠す意味すら無いように、間隔を空けずに次から次へと人が殺されたようだ。

 その事件は空座町に住む集団失踪事件を境にぷっつりと途切れたみたいだ。

 その二つの事件は同一犯の可能性が非常に高いらしいが、現在も犯人は不明。

 そして手掛かりも全く無いまま、時効まで警察が犯人を追っている。

 世間では永遠に犯人の正体は分からないままだと言っている。

 後7年くらいすれば時効が成立する。

 恐らく犯人を捕まえるのは不可能だろう。

 

「この18年前の事件、姉貴から聞いた事あるな」

 

 啓吾も一護と同じとこを読んでいたようだ。

 

「たしか姉貴曰く、切り裂きジャックの襲来だって言ってたな」

 

 切り裂きジャック。

 詳しくは知らないが、ロンドン市民を恐怖のどん底にたたき込んだ猟奇的連続殺人事件・切り裂きジャックだ。

 今から100年以上も昔、売春婦ばかりを残虐な手口で殺した人物。

 この事件は結局迷宮入りとなり、犯人は判明していない。

 

「切り裂きジャックか……」

 

 確かに18年前の事件と似ている。

 

「けど今回の事件で井上から聞いた話だと〝闇夜の男〟って奴が出てきたな」

「〝闇夜の男〟って、あの都市伝説か?」

「ああ。ネットに情報とか無ぇかな?」

「無いだろ。〝闇夜の男〟の都市伝説って空座町で少し有名なだけで、全国的には全く知られてないからな」

 

 それもそうだ。

 闇夜の男の都市伝説はあまり知れ渡って無い都市伝説だ。

 ネットなどに情報があるとは思えない。

 

「しゃあねぇ。今日はこんぐらいにするか。これ以上探しても情報は無さそうだし」

 

 一護はブラウザを閉じ、システムを終了させモニターの電源を落とす。

 その時、どっと体が重くなった。

 どうやら精神的疲労は自分が思っていたより、かなり凄まじいものであったらしく、一護と啓吾はすぐに帰路についた。

 

 

≪6.2≫

 

「……寝ちまったのか」

 

 昨日、家に帰った後、一護はあまりにも疲労に夕飯までベットで横になった。

 だが夕飯まで眠るはずだったのに、次の日の朝まで眠ってしまった。

 それ程まで疲れていたのだろう。

 

「……うっ」

 

 頭痛がする。

 それに、身体が重い。

 まだ疲れがとれていないみたいだ。

 

「熱でもあんのか?」

 

 額に触れるが分からない。

 恐らく熱は無いだろう。

 一護は病気は愚か、軽い風邪にも殆ど掛かった事が無い。

 

「んな訳ねぇか」

 

 時計を見ると、そろそろ遊子が朝食を作り終え、呼びに来る時間だ。

 一護はベットから立ち上がり、制服に着替えようとする。

 

「ぐぁ……っ!」

 

 制服に手を伸ばした瞬間、急激な頭痛に襲われた。

 一護は頭を抱え、倒れ込みそうになるのを何とか踏み止める。

 

「何だよ、一体……!?」

 

 頭痛が止まない。

 それどころか頭痛が増してきている。

 その瞬間だった。

 一護の脳裏に何かが現れた。

 それは……人影。

 黒いシルエットになっていて、誰かは分からない。

 が、なぜか大切な人のように感じる。

 自分の運命を変えた人。

 そんな考えが浮かんできた。

 けど、ルキア……では無い。

 では一体――

 

 その時、その人影の口元が動いた気がした。

 だが、何も聞こえない。

 そのまま人影は一護の脳裏から消え、同時に頭痛が止んだ。

 

「……何だったんだ、今の?」

 

 自分でも理解できない。

 けど、何か忘れてはいけないものを忘れている気がした。

 一護は妙な違和感に駆られながらも、普通の日常に戻ったのだった。

 

   *

 

 学校にいる間も精神的疲労で授業も集中できずにいた。

 時折激しい頭痛も起きた。

 その度に人影が現れる。

 現れては自分に向かって何かを言っているような気がする。

 けど、一体何を言っているのかが分からない。

 そして誰なのかも分からない。

 そんな事が五回ほどあった。

 

 放課後、一護は酷く疲れていたので、直ぐに帰宅した。

 帰宅途中も一度だけ激しい頭痛が起きた。

 流石に七回目って事もあり、頭痛で頭を抱える事も無くなり、悶える事も無くなった。

 だから、脳裏に現れる人影に集中できた。

 人影は同じように何かを話している気がする。

 否、話しているのだ。

 何て言っているかは分からないが、何かを言っている。

 とても懐かしいような声。

 少し声を荒げているように聞こえる。

 だけど聞き取れない。

 そんな声と影も頭痛と共に消えた。

 

「何だってんだよ……?」

 

 一護は一言そう吐き、走るようにして帰宅した。

 

   *

 

 帰宅すると同時に自室に行き、ベットの上に倒れ込んだ。

 先に帰っていた遊子と夏梨が心配そうに声を掛けてきたが、一言大丈夫と言い安心させた。

 恐らく二人共、安心はしていないだろう。

 心配性な二人がこの程度で安心する訳が無い。

 だけど、一護にはもうベットから起き上がる力が無い。

 一護はこのまま寝てしまいたいという誘惑に駆られた。

 そして、そのまま睡魔の誘惑に軽く誘われた。

 

……………

…………

………

……

 

 ――夜。

 一護はゆっくりと目を覚ました。

 窓の外から月明かりが射している。

 もう、すっかりと夜だ。

 とても静寂で心地よい。

 余計な雑音が無いからだ。

 …………妙に静かだ。

 静か過ぎる。

 普段なら下の階から、何かの音がしても良いのだが、何の音もしない。

 携帯の時計を見ると、今は夜の九時前。

 遊子たちが寝るには少し早いような気がする。

 不審に思った一護は部屋のドアを開け、下の階を見る。

 

 真っ暗だ。

 明かりが全く点いていない。

 

(おかしいな)

 

 この時間帯に家の明かりが一つも点いていない事は有り得ない。

 

(遊子と夏梨はもう寝たのか?)

 

 一護は下の階に下りる。

 家の中を階段を下りる足音だけが響く。

 下の階に行くと、リビングの扉を開ける。

 ……誰もいない。

 どうやら本当に遊子と夏梨は寝てしまったようだ。

 

(親父も寝たのか……?)

 

 妹たちは兎も角、一心まで寝ているとは思っていなかった。

 一護はリビングの電気を点ける為に、スイッチを入れる。

 が、電気が点かない。

 

「何だ……?」

 

 電気が点かない事に疑問を抱いたが、気にせずリビングの中に入る。

 その瞬間だった。

 背後で何かの気配を感じた。

 

 それと同時に大量の血が口から溢れ出た。

 

「ぐぁ……っ!」

 

 胸から突き出る黒い刃。

 サバイバルナイフが背中から胸にかけて、肋骨を縫うように貫通していたのだ。

 確実に心臓を貫いている。

 

「……これで終わりだ、黒崎一護」

 

 何処かで聞いたような不快な声。

 口から血を吐きながら、倒れ伏した。

 倒れ伏すと同時に、サバイバルナイフが引き抜かれた。

 

「テ……テメェ……」

 

 一護が力無く言い、ゆっくりと自分を刺した人物を見る。

 闇よりもなお黒い黒衣。

 不気味な仮面。

 都市伝説の〝闇夜の男〟の噂で聞いた人物とそっくりだ。

 いや、それ以前にこいつとは何処かで何度か会った気がする。

 

「……貴様の妹と父親は殺した」

 

 男は一護に更なる絶望感を与えるように言った。

 

(遊子も夏梨も親父も……殺されたのか……)

 

 それを聞いた一護は何故か、それを知っていたかのように思えた。

 自分の冷静さに嫌気が差す。

 

「……早く、殺してくれ……」

 

 自分でも理解できない事を呟いてしまった。

 

「……そうか、既に魂魄が崩壊し掛けているのか。ならいい。とっとと殺してやろう」

 

 男はそう言うと、サバイバルナイフを振り上げた。

 その時、出血が多過ぎたせいか一護の視界が暗くなる。

 

「死ね黒崎一護」

 

 何も見えない。

 けど、男がサバイバルナイフを振り下ろしてくるのは分かる。

 ……だが、何も感じない。

 自分はサバイバルナイフを振り下ろされる前に、意識を失ってしまったのだろうか。

 

「こ、この波動は……博麗の結界だとぉ……!?」

 

 ……博麗?

 

「!? な、何故……貴様が……こんなところに……っ!? まさか……貴様ァア!」

 

 男の声が聞こえてくる。

 一護はまだ自分が生きていることを実感した。

 そして、今一体何が起きているのかを確かめる為に、残り少ない力で目を開け、男の方を見る。

 ……男の前に一人の女性が立っていた。

 後姿で顔は見えないが、一護は誰なのかが分かった。

 

「……おふ、くろ」

 

 そう、一護を守るように母親、黒崎真咲が立っているのだ。

 訳が分からないが、心の何処かで安堵している。

 

「一護……」

 

 真咲が口を開いた。

 懐かしい声が一護の耳に入る。

 それだけで、涙が溢れ出そうになった。

 

「私が絶対に護るから」

 

 真咲がそう言った瞬間、凄まじく神々しい光りが全てを包み込んだ。

 

「うぐぁぁぁあああああああ!!!」

 

 男が悪魔のような断末魔を上げる。

 それと同時に一護の意識が遠のいた。

 

   *

 

 ――そこは、例えるならば、全てが消え真っ白になった世界。

 全ての世界を失った空を見上げるような感覚。

 意識は一片の曇りもなく鮮明なのに、何も見えない。

 盲いてしまったように…何も無い。

 それを確かめるために手を伸ばす。

 腕が無い。

 脚も、身体も無い。

 確かめようも無いが、恐らく目も口も耳も……顔も無いだろう。

 ただ虚ろなる世界を漂っている。

 何とも心細い……。

 そうは思ったが、不思議と恐怖は無い。

 その瞬間、何かが現れた。

 

 そう、あの人影が現れたのだ。

 頭痛の度に一護の脳裏に現れた、あの人影が。

 人影が何かを叫んでいる。

 

「い……て……のよ……」

 

 あまりよく聞き取れない。

 が、今までよりは聞き取れた。

 

「いつ……てんのよ……ご」

 

 どんどんと声がはっきりしてくる。

 

「いつま……てんのよ……ちご」

(何だ……この声、どっかで聞いたような……)

 

 一護は集中して、無い耳で聞き取る。

 そして、一護はその声を完全に聞き取った。

 

「いつまで寝てんのよ、一護!!」

 

 ゴツンと言う音と共に、無い額に激痛が走った。

 

「イテェッ!」

 

 ――そして、一護は悪夢から目を覚ましたのだった。

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