東方幻想斬~BLEACH the fantasy time of end~ 作:ディーン・グローリー
《1》
「一護……今すぐ正気に戻してあげるから、覚悟しなさい」
暴走している一護に対して、強気で言う霊夢。
だが霊夢を前にしても、一護は何も答えず、虚のような唸り声を上げているのみ。意識はもちろん、理性すら何もない、ただ目の前の獲物を殲滅するだけの化物と化しているのだ。
「紫、行くわよ。幻想の結界チームとしての、最後の戦いよ」
「ええ、そうね。チームとしての最後の戦いね」
こうして虚化一護と幻想の結界チームとの戦いで終幕が始まる。
「ァァァアアアアアア!!!」
耳を突き刺すような、凄まじい咆哮。それだけで音圧が発生し、周囲の空間を揺れ動かす。同時に、地面を蹴り上げ、猪突猛進に二人に襲いかかった。
もはや一護にとって、自分の視界に入る物は容赦なく敵と見なしている。自分の恩人も、何も見境がない。
「八意永淋と言ったわね。ちょっといい?」
一護が襲い掛かって来ているにも関わらず、霊夢は平然と永淋に話しかける。
余裕なのだろうか、霊夢は一護に目もくれず、全く違う方向に視線を向けていた。
「何かしら? なるべく手短にお願い」
「ええ。あそこに倒れている吸血鬼の少女を回収して、あんたの屋敷に運んでくれない? こいつは私と紫でどうにかするから」
そう言って、視線を向けていた方――遠方で倒れているフランを指さす。
フランを見た永淋は頷き「分かったわ」と申し出を受け、フランの元へ向かった。
こうしてフランと永淋と輝夜とウルキオラは屋敷へと戻ったのだ。
そして、そんなやり取りをしている内に、一護が二人の目の前まで差し迫っていた。近づくにつれて判然として分かる並外れた霊力の圧。下手をすれば、並の妖怪程度なら近づいただけで、魂が圧され消滅する領域にあるだろう。
隔絶した力を集約して形と成した、片手に宿る漆黒の刀。
一護がそれを躊躇いもなく、二人へ向けて振るった。
「これは殺す気満々ね。境符『四重結界』」
だが、その前に紫がスペルを唱える。
手の平に四重の結界を形成し、直接一護の身体に結界で打撃を与える。結界はあらゆるものを拒絶する力を担っている。故に同極をぶつけた磁石のように、一護は後方に吹き飛ばされた。
「ほら霊夢、一護から気を抜いちゃ駄目よ。今の彼、理性もなにもないから、そこらの野生の獣と同じよ」
分かっていることだろうが、一応霊夢に注意する紫。
ただし全く聞いている様子はない。
なぜなら一護が、瞬時に態勢を整え、こちらに手のひらを向けていたからだ。そこに膨大な熱量を帯びた霊力が集中する。
あれは虚閃だ。文字通り閃光のような勢いで放つ、破滅の一撃。
範囲、威力共に桁外れに高い反則域の火砲が今、二人に向けて放たれた。
「紫、あんたの能力でどうにかしなさい」
「分かっているわ。この程度なら楽勝よ」
八雲紫の能力……境界を操る程度の能力で好きな空間にスキマと言う異次元へ通じる穴を作れる。そのスキマを迫り来る虚閃の方に作り、異次元のどこかに飛ばそうとしているのだ。
故に楽々と攻略できると思ったが――
「あれ、スキマが出ないわ」
「え?」
スキマが出ない。
即ち、虚閃を避けないと、もろにダメージを受けると言う事だ。
霊夢と紫は即座に虚閃を横に飛び、何とか間一髪のところで避け切る。
普通なら紫のスキマで、虚閃を異次元にやって終了。だったが、紫は能力で異次元を出さなかった。いや、出せなかったのだ。
「……おかしいわね、どうして発動しないのかしら?」
発動しなかった事について、紫は頭をフル回転して考える。
しかし、一護が考える時間など、与える訳も無く、二人に颶風の勢いで襲いかかった。
「霊符『夢想妙珠』!」
向かってくる一護を見て、霊夢がスペルを唱える。
今ここで熟考している暇など皆無であり、愚の骨頂。常に気を張り、変化に対応してこそ初めて三流の域だ。
もちろん心得として適当に持っている霊夢は即座に、複数の光弾を展開し、的確に一護を捉えながら一斉発射を行う。
一護は駆けながら、霊圧刀を虚空に向かって横に薙ぎ払うようにして振るった。
その瞬間、霊圧の刀から無数の三日月を形作った弾幕が発射される。一発一発が高密度の霊力が宿っており、霊夢の弾幕を尽く相殺していった。
(能力は使えないけど、スペルは使えるのね)
霊夢がスペルを発動したのを確認した紫は、能力が使えなくなった理由を考えるのを止めた。
能力が使えなくとも、スペルは使えるからだ。
だが気になる。なぜ能力が使えないのかが。
今まで、こんな事は無かった。いや、無かったと言えば嘘になるが、原因が分からないのは初めてだ。事実、現在までこういう事が二度あった。紅霧異変の時のルリミアの異能〝月夜大星〟やウルキオラの能力〝事象の拒絶〟。この二つの能力が、暴走した一護の前では、全く発動しなかった。原因は未だに不明。
「まぁいいわ。原因なんて、後でじっくり考えればいいだけだし。スペルが使えるなら、こっちのものだしね」
とりあえず、まずは一護を止めなければならない。
一刻も早くにだ。
「ァァアアアアアアア!!」
一護は駆けながら天高く跳び、空中から霊夢と紫に斬りかかる。
「また結界を喰らいたいようね。境符『四重結界』」
再び同じスペルを唱える紫。
手に四重の結界を作り出し、先と同じように一護に直接的ダメージを与えようとする。だがそれを、二度喰らう一護ではなかった。
一護は結界目掛けて霊圧刀を振り下ろす。
「――!?」
一瞬、軋る音と同時に轟音が轟いたかと思うと、ガラスが割れるように、結界が消えちった。
結界が潰された事で、直接紫に漆黒の刀が降り掛かる。
「馬鹿な!? 何て三下御用達のセリフ言わないわよ。これくらい、予測の範囲内」
結界を破られたことには単に驚きはしたものの、紫の頭には何通りかの予測を組立て、直ぐに行動に移せるようにしていた。
故に攻撃は軽く横に飛び避けきる。
そして紫の横に居た霊夢は、同時に少し横に跳びスペルを唱える。
「霊符『夢想妙珠』!」
複数の光弾が再び一護に向かって放たれる。
近距離で放たれた光弾は、流石の一護も防ぐ事が出来ず、全て被弾してしまう。
「結界『魅力的な四重結界』!」
光弾を喰らった一護は、少しダメージを負ったらしく動きを止めている。
そこを狙い紫はスペルを唱えた。
境符『四重結界』に似ているが、結界の大きさが一段と上がっている。どうやらこのスペルは境符『四重結界』の強化スペルのようだ。
一護はその結界に拒絶されるかのように、破裂音が響かせ勢い良く後方に吹っ飛んだ。
「流石のアイツも、今のは効いたんじゃない?」
霊夢は倒れた一護を確認して言う。
倒れた一護は、所々にダメージを受けていて血を流している。見るからに、大幅な痛手を受けたのは間違いないだろう。
「……だといいんだけどね」
それでも紫は、全く安心できていない様子だった。
瞬間、一護の身体の傷が全て虚面のように超速再生し、傷が完治してしまった。
何も無かったかのように一護の傷が一瞬で元通り。
それを見た二人は驚きを隠せなかった。
「そんな……嘘でしょ? 傷が一瞬で治っちゃったわよ」
「ええ、そのようね。あそこまで一瞬で傷を治した者なんて見たこと無いわ。霊的なダメージを受けたにも関わらず、普通に負った傷とは違うのよ全く」
「とりあえず肉体的ダメージは一切効きそうにないわね。もっと別の手段か、もしくは一撃で終わらせれるような力を喰らわせるしかないわね」
「……あれ、そういえばあなた一度、あの状態の一護君を見たことあるのよね。だったら、その時はどのようにして一護君を止めたの?」
「えっと、確かね……」
霊夢が過去を思案していると、一護はゆっくりと立ち上がった。
仮面が一護の顔を全て覆い尽くし掛けている。まるで、活発に動く毎に、ダメージを負う毎に速さを増していっているかのように、仮面の増殖が止まっていない。
それを見た霊夢は、あの時の事を思い出した。
「そうだったわ! 確か、あの変な白い面っぽい物を割ればいいのよ!」
そう、紅霧異変で一護が暴走した時も、仮面を割れば暴走は止み、普通の一護に戻った。
あの時の事を霊夢は思い出したのだ。
「成程ね、分かったわ。それじゃあ、霊夢。仮面を割るのは、あなたに任せるわ」
「それならあんたは一護の隙を作りなさいよ」
暴走一護の弱点が分かったところで、二人は即役割分担を決めた。
そして直ぐに決行する。
「人間は人間の境界を、妖怪は妖怪の境界を、聖邪隔てる臨界を創成せしめん 生滅盛衰の果てに天地万物が変化起こり永劫循環とする『人間と妖怪の境界』」
紫が符名の付かないスペルを唱えた。
瞬間、一護の周囲を取り囲むようにビーム状の弾幕が取り囲んだ。更に通常の弾幕が一護に向かって、全方位から放たれる。
これで一護は身動きが上手い事取れなくなった。
「ほら、これで一護君の身動きは取れないわよ」
「そういう隙じゃないんだけどね。まぁいいわ……宝具『陰陽鬼神玉』!」
霊夢が何やら不満を言った瞬間にスペルを唱えた。
手先から巨大な光の弾を出現させる霊夢。
「こいつをブツけて、仮面を割るわ」
どうやら霊夢は巨大な光の弾で、一護の仮面を割るようだ。
確かに、これ程の超高密度の霊力の玉を当てれば、簡単とまではいかないが割るであろう。
「分かったわ」
紫がそれを答えた瞬間、一護は大きく口を開け……
「アアアアアアアアアアア!!!!」
天を轟かすほどの叫声を上げた。
そこに込められているのは滅殺。
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ――万象滅尽する呪いの絶叫は、一護が渇望する呪怨を具現化するように紫の展開した弾幕を雲のように消化し、破壊の爪痕を残す。
発する禍々しい霊力だけで、禍を散らす波涛。本来の思いなど欠片も感じさせない、狂いに狂った一護の力。
しかし、これはまだ真価を発揮していない。言うなれば前兆レベル。
仮面が顔を覆い、そこから様々な全てを覆い尽くす時、真に神威の如き力を発揮するであろう。
その証拠に、時間が経つにつれて霊力の圧力が天井知らずに膨れ上がっている。
まだまだ、まだまだまだまだ、まだまだまだまだまだまだ……
全く、今尚至らず。
極論を言うと、こうなってしまうのが悪い。そして出会ったもの全てが悪いといえよう。出会ったが運命はそれまで。命運尽き果て、死を待つのみ。こんなもの災禍となんら変わらない。
「凄いわね……! 私の弾幕を声だけで消し去るなんて」
幻想郷最強と謳われる八雲紫も、自分の弾幕を声だけで掻き消されたのは、少し信じがたかった。
例え、その発する声に夥しいほどの呪、つまり言霊や想いが乗せられていても、それだけで自分の奥義にも等しいスペルを打倒されるなんて、正直な話、信じたくもないだろう。
「アアアアアアア!!」
一護は完全自由の身となり、霊夢と紫に駆けた。
そして右手の霊圧刀に凄まじい霊圧を溜める。
(――アレは!?)
それを見て霊夢は嫌な予感がした。
一護の事を幻想郷で一番理解している霊夢。
この溜まった霊圧は……もう、あれしかない。
「紫! 即援護して!」
そう言って、霊夢は迫り来る一護に向かって走り出した。
「ええ、引き受けたわ。その代わり必ず成功させなさいよ。流石にこの失敗は許されそうにないからね」
紫は答えると同時に、再度奥義のスペルを唱える。
「厭離穢土、欣求浄土――一切の有為の法は、夢幻泡影の如し 夢も幻も泡も影も、全て儚い人生で終わりを告げよ『深弾幕結界 -夢幻泡影-』」
瞬間、魔法陣が二つ出現し、そこから勢い良く無数の弾幕が放たれる。
紫はそれを意図的に操作し、一護目掛けて無数の弾幕を放つ。
一護は全く弾幕を気にせず、霊圧を右腕に込める。
霊夢と一護の距離はざっと80m強。
その距離になった途端、一護は右腕の霊圧刀を大きく振るった。
その瞬間、とてつもない大きさの月牙天衝が放たれたのだ。
大きいだけではなく、込められている霊圧もかなり大きい。飲み込まれれば消滅のみ。今までの一護の月牙とは比べるに値しない、もはや別物レベルの一撃。
「――紫!」
どうにかしなさい! と言いたかったのだが、それを言う暇すらなかった。
月牙が霊夢の目の前まで迫る。
これでは霊夢と月牙が激突してしまう。いくら何でも、こんなものと衝突すれば、流石の霊夢も抗うことなく終わりを迎えるだろう。
「あんたは一護だけを見なさい!」
紫は二つの魔法陣を霊夢と月牙の間に挟むように持っていく。
「行くわよ!」
紫は両手を、何かを拝むように合わせた。
その瞬間、紫の両手から淡い紫色の光りが溢れ出す。
それに呼応するように、二つの魔法陣も淡い紫色の光りが溢れ出た。
どうやら紫が自分の妖力を、二つの魔法陣に送り込んでいるようだ。
そして月牙が魔法陣に激突した瞬間、何の拮抗も起こさないまま、爆発を起こした。
炎と熱風を撒き散らす。月牙は魔法陣に阻まれ、消え去った。
そんな中、霊夢は全く怯まず一護に向かう。
距離にして10mも満たない。
一護は先程の月牙の爆発により、少し怯んでいるようだ。
――恰好のチャンスだ。
「さぁ、一護……博麗の巫女が今、あんたを止めて上げるわ!」
霊夢は手先から出していた巨大な光の弾で、一護の顔面の仮面目掛けて突き出した。
光の弾が一護の仮面を貫く。
仮面にめり込む毎に、ピシピシと皹が入り割れていった。
「アアアアアアア!!!」
一護は苦悶の声を上げる。
皹が割れていき、苦しんでいるようだ。
しかし、それでも一護は最後っ屁のように、霊圧刀で霊夢を斬りかかった。
「しま…ッ!」
予想外の攻撃に、霊夢は避け切る事が出来ない。
だが……一護の霊圧刀に何かが飛来した。
それにより、一護の霊圧刀は掻き消える。
霊夢は直ぐ様、後方に跳んだ。
「ァァァァ……」
一護の声がだんだんと弱くなっていき、虚の仮面が完全に砕け散る。
その瞬間、一護の身体を覆っていた白い塊は、鉢植えが割れるかのように粉々になった。白い破片は全て、虚空へと消え、元の一護が姿を現した。
だが気絶しているのか、そのままうつ伏せに倒れる。
「……終わったの?」
「終わったようね」
霊夢と紫が一護を確認して言う。
寝ているのか、寝息をして倒れている一護。
その姿を見て二人は安堵した。
けど霊夢には一つ気掛かりな事がある。
そう、一護の最後っ屁の攻撃。あの霊圧刀が霊夢に向かって振るわれたが、誰かがそれから守ってくれた。一体それが誰なのかが気になる。
だから霊夢は紫の方を見て、口を開く。
「そういえば、あの時の一護の攻撃を掻き消したのってだ――」
「私だよ、博麗霊夢」
霊夢が言い終わる前に、名乗り出た。
霊夢はその声を聞いて驚愕した。この声には聞き覚えがあったからだ。
声のした方を見る。
そこには一人の人物が立っていた。
「あ、あんたは……!!」
《2》
満月の夜が明け、空を太陽が支配する。
温かい風が吹いており、竹林の竹を優しく揺らす。
そんな竹林の中に一つの大きな平屋の日本屋敷がある。竹林に溶け込むようにある、と言うより竹林の中心地点がこの屋敷のように見える。
その日本屋敷の縁側沿いの部屋に、一人の少年が布団の上で眠っている。ケガをしているのか、頭には包帯をグルグル巻いており、顔には彼方此方に湿布が張られている。何ともケガ人の見本のような姿だ。
そのケガ人の見本のように眠っている少年の正体は……黒崎一護だ。
あの後、どうやら一護は此処に運び込まれたらしい。
ふと、風に靡かれていた竹から、一枚の笹の葉がフワリと飛び散った。一枚の笹の葉は風に支配されるがまま、一護の眠る部屋まで飛ぶ。緩やかに飛ぶ笹の葉は、一護の眠る部屋に入ると、狙ったかのように風が止む。そして笹の葉は重力に従い、ゆっくりと一護の鼻元に落下した。
すると一護は一瞬、眉間を強張らせる。
「……ぅ、ここは」
笹の葉が落ちたせいか、一護は微睡みから目を覚ます。
この程度で起きるという事は、それ程深い眠りではなかったのだろうか。
「……ん」
一護は首だけを横にし、縁側を通して外を見る。
寝ぼけ眼に映ったのは緑一色の深い竹林。起きたばかりで頭が働いていないが、一つだけ分かった。
ここは博麗神社ではない。
「どこだここ?」
寝ぼけた状態での結果は、見覚えがないと判定された。
一護はゆるりと上半身を起こす。
今着ている服装は、病人が着るような純白の病衣だ。
「……そういえば」
一護はあまり働いていない頭で、どうにか過去を思い出そうとする。
(確か、俺は、ウルキオラと戦って……)
ウルキオラと戦って負けた。
まずは、その事から思い出した。
どうやら負けた後、ここに連れて来られたようだ。
だが、一護は自分が虚化して暴走してしまった時の記憶が無いみたいだ。
と、一護は部屋の隅に置かれている自分の服を見た。
洗濯されたのか、ボロボロの服が綺麗になっている。
「……とりあえず、着替えるか」
一人呟くと、ゆっくりと立ち上がる。
治療されたのか、身体の痛みがほとんど無い。
一護は自分の服を手に取り、着替える事にした。
まずは上の服を脱ぎ、上半身裸になる。上半身にも所々に包帯が巻かれている。傍から見たらかなり痛々しいが、当の本人は全く痛がっていない。
そして次は下半身下着一丁になる。足にもいくつか包帯が巻かれており、もはや派手に交通事故して病院に運ばれたあとの状態に似通っていた。
「にしても、随分と上手な巻き方だな。医者にでも診てもらった気分だ」
パンツ一丁で、そんなことを思っていた時だった。
ガラララと、不意に部屋の襖が音を立てて開かれたのだ。
「……え?」
「あ」
その向こうには見知らぬ少女が一人……
「…………」
ウサギ耳の付いた、薄紫色の長髪の少女――一護自身は完全初対面の鈴仙・優曇華院・イナバだ。
「…………」
鈴仙は硬直したまま動かない。
そして一護は気づいた。自分が今、パン一だと言う事に。
(まずい……!)
今までいくつもの苦難を乗り越えてきた一護ではあるが、こういった事態には不慣れどころかほぼ経験がない。
(いや、待て。ここは冷静に考えろ。俺はただ着替えようとしていただけなんだ。平静を装って言えば)
一護は一歩前に出て、どうにか誤解を解こうと試みる。いや、そもそもだが、何の誤解を解こうとしているのか、曖昧になってきた。
「あ~、えっと、ど、どうした?」
「ひっ……」
鈴仙は小さな口を開け、顔が急激に赤くなった。
今なら頭から湯気が出ても、何らおかしくないかもしれない。
「なっ、おい、大丈夫か?」
急に鈴仙が発病状態みたいになったので、一護は心配そうに声をかけ、また一歩近づく。
「あ、あぃ、あぅ、あにょわ――」
もはや、パンツ一丁などどうでもよくなり、少女の身体的な安否を気にした。そしてまた一歩近づき……
まるでその一歩が地雷を踏んでしまったかのように……
「いやぁぁぁあああああああーー!!」
地雷音以上の叫び声を出して、鈴仙は部屋から逃げるように走り去っていった。
「…………」
一護は呆然と立ち尽くす。
この光景を第三者が見ていた場合、パンツ一丁の男が少女を襲おうとしている絵面に見えなくもない。
「さて、どう誤解を解くか」
恐らくだが、あの少女はこの屋敷の者だろう。どうして自分がここにいるかは不明だが、これからのことを考えるに、どう弁解したらよいのかをまず思案するのが、進展に向けてスムーズだ。
一護は素早く自分の服に着替えると、まるで狙ったかのように廊下の方から誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
どんどん一護のいる部屋へと近づいてくる。
「誰だ?」
一護は廊下に顔を覗き出し、見てみる。
「えぶっ!」
その瞬間、一護の覗き出していた顔面を誰かに殴られた。
そのまま無様に倒れる。
「……な、何しやがんだ!?」
倒れた一護は直ぐに、自分を殴った人間に目を向けた。
そこには、本来人を殴るようなことは絶対に行わない役職の巫女……博麗霊夢が立っていた。
「何しやがんだ? じゃないわよ! 人に心配かけといて、何いきなり女の子を襲おうとしてんのよ!」
「は、襲う? 俺がそんな事する訳ねぇだろ! 俺はただ着替えをだな」
「ロリコンがよく言えたわね」
「な、ロリコンだと……!? あれは不可抗力だって――」
「まぁいいわ。とりあえず早く来なさい。話したい事があるの」
一護の言葉を遮り、霊夢が廊下を歩いていく。少し怒っているのか、歩くスピードが早い。
「ま、待てよ」
廊下を歩いていく霊夢を追う霊夢。
誤解されたままと言うのは、かなり辛い。
だが仕方が無いのだ。
パンツ一丁の男が、怯えている少女に近づいていたら……第三者は男が少女に襲い掛かろうとしている図しか表れないのだから。
*
屋敷の居間に着くと、紫、フラン、永淋、輝夜、鈴仙が居た。
ウルキオラとてゐの姿が見えないが、何処かに出掛けたのだろう。
「いっちー!!」
フランは一護を見ると、勢いよく一護に抱きついた。
一護を心配していたのか……少し涙を流しているフラン。
それを横目で見る霊夢。
「いっちー、心配したんだよ!」
「悪ぃフラン。心配かけてごめん」
そう言ってフランの頭を撫でる一護。
自分より年齢は何百倍も高いが、精神的には一護の方が上だろう。
だから一護にとっては、自分より年下の少女に、泣くほど心配を掛けさせてしまったと言う罪悪感が募る。
……不意にある視線を感じた。
その視線の主は鈴仙だ。
視線からは敵意を感じられず、どこかしょんぼりとしている。
「えっと……あの時は悪い」
一護は鈴仙に顔を向け、一言謝った。
「いえ、その点なら私にも落ち度がありますから。その……殿方の、はだ……を」
鈴仙は顔を赤らめながら言う。
あまりにも言うのが恥ずかしいのか、最後の方が聞き取れなかった。
「鈴仙も悪気があった訳じゃないから許してあげてね」
と、隣にいる座る女性――永淋が鈴仙の代わりに言った。
「それにあなたは二日間も寝ていたから、起きてるとは知らずに襖を開けちゃったのよ」
永淋が続け様に言った台詞に、一護は聞き捨て出来ない言葉があった。
二日間も寝ていた。
実感はあまりないが、確かに頭と筋肉の働きに少し違和感を感じていた。
その原因が二日間も寝ていたせいみたいだ。
「てか二日も寝てたのかよ」
「ええ、そうよ。それより鈴仙も、私の助手をしているんだから、少しは男性の肌を見たくらいで大きい声出さないのよ」
「あう、そこを突っ込まれると痛いです」
項垂れる鈴仙。
そして一護はふと気になった。
「助手って何のですか?」
「ああ、そう言えば話してなかったわね。ここは永遠亭。あなたの世界で言う病院よ、一護君」
「病院……」
だから、こんなに上手な綻びも隙もない包帯の巻き方をされていたのかと、気づく一護。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私は八意永琳。以後お見知りおきよ」
「俺は黒崎一護。博麗神社で住んでいる、いわゆる外来人だ」
「ええ。知っているわよ。一年くらい前かな? あの文々。新聞の記事、有名ですもの」
「え、あ、そうですか」
と、少し落ち込む一護。
「えっと、私は師匠の助手を務めさせている鈴仙・優曇華院・イナバです。気軽に鈴仙と呼んでください」
「あ、ああ。よろしく」
「……あれ、これって私も自己紹介する流れ?」
「当たり前ですよ姫様」
滑らかな長い黒髪と着物を着た清楚と言う言葉が似合いそうな外見ではあるものの、テーブルに頬杖を付いて眠たそうにしているため色々と台無しな少女は、大きな欠伸をしてから言う。
「私はここの主である蓬莱山 輝夜。しかとその弛んだ脳に記憶しておきなさい」
「弛んだ脳ってなんだよ」
言葉に出して言わないが、この輝夜と言う少女は生活が弛んでいそうだと思った。
「そう言えば、この人、2日間ほとんど部屋から出てこなかったの。私と同じで部屋から出ちゃダメだったのかな?」
フランが言う。
「はぁ? バカにしないで。あなたがどうだかは知らないけど、私は好きで部屋にいるだけなの。いちいち外に出る必要性もないしね」
「姫様、その思考回路は所謂、引きこもり……」
「ああ……」
外の世界でいうニートに値するのだろう。外見からは一切考えられない。
「そもそも屋敷の主はね、外には出ないで玉座でドサって構えておくものよ。屋敷こそが私の世界。外の世界で獅子奮迅とするのは、部下の勤めだからね」
「考えは悪くないけど、根本が部屋に引き篭もりっぱなしの甲斐性なしだと、何だか信憑性以前に威光なんかも欠けちゃんわね」
黙って話を聞いていた紫が、色々と突いたことを言った。
「なっ、い、言うわね。まぁ、下賎な者に、私の崇高な御言葉は理解できないしょうね」
「まるで威厳が感じられないわね。台詞だけ大きくしても、その人に宿る魅力と言うものが何一つないわ。ああ、これが井の中の蛙ってやつかしら」
「くっ、い、いいもん! 私には凄い霊力とかあるから!」
「力でしか誇示できないようじゃ、部下を統率するなんてまだまだね。反逆されて終わりだわ」
「……うっ、うぁぁあああああん! 永琳! この年増が虐めてくるゥ! だから外の世界なんて嫌なのよ!」
と、永琳に泣きいる輝夜。
「よしよし姫様。紫さんも、これ以上、姫様を弄るのをお止めください」
「ええ、少し言いすぎたわ」
「それに、そろそろ本題に入ったらどう、博麗の巫女様」
「……そうね」
そして、霊夢が口を開いた。
「一護、あんたに話したいことがあるの。そこに座って聞きなさい」
ほのぼのとした空間が、一気に緊迫とする。
一護は言われるがまま、座った。
「一護、今から言う事は事実だから、よく聞きなさい」
霊夢の声音が真剣になる。
今までの会話から、真剣な話に変わると、なぜか聞かずにはいられなくなる。
霊夢はまず最初に、一護が紅霧異変の時のような暴走をしたことを話した。
誰にも知られたくなかった事を知られてしまった一護は、愕然とした。だが、霊夢はそんな事がどうでも良いように、続きを話す。
その続きは暴走した一護が倒れた後の話。
*
時間は二日前に遡る。
霊夢と紫が暴走状態の一護を止めた瞬間、一人の男が現れた。
空気が変わる、空間が脈打っている。その男がいるだけで、世界が拒絶反応を起こしているような錯覚さえ覚える忌むべき存在。
「――あ、あんたは!?」
霊夢はその男を見て、驚きと恐怖が煮え混じった声で言った。
男は淡々と歩み寄ってくる。
距離にして約50m。いや、この男の前では距離という概念は、意味を持たないのかもしれない。移動という名の時間を切断して、いきなり目の前に現れてもおかしくない。
「久し振りだね、博麗霊夢。それと……久しぶりだね八雲紫」
どこか懐かしそうに、男は紫を見つめる。
まるで旧友に接しているような瞳と表情に、男から発せられている危険信号が消えかけたような気がした。
「そうね、何年ぶりかしらね――刹蘭」
紫は特に何の感情も露呈させず、男の名を口にした。
そう、今二人の目の前に居る男は幻獄七夢卿の一人……刹蘭だ。紅霧異変以降から姿を現さなかったが、約一年の時を経て現れた。
服装も背丈も全てあの時のまま変わっていない。
「何か用かしら?」
紫は刹蘭を前にしても平静で話しかけれる。
だが霊夢は対照的に、今にも刹蘭に攻撃を仕掛けようとしている。
「……黒崎一護に会いに来たんだが、どうやら眠っているようだね」
倒れている一護を一瞥して言う刹蘭。
だが刹蘭が本当に、一護に会いに来ただけなのかは分からない。最初から意図が読めない相手。何を企み、何をしようとしているのか、わからない。
ただ感覚で理解できるのは、この男の行動一つ一つに嫌な“感じ”を覚える。
「で、あなたはこのまま素直に帰ってくれるのかしら? まぁ帰らないっていうのなら、少しお茶を嗜む時間くらいなら作れるわよ」
本当に一護に会いに来ただけなのなら、もう用はないだろう。一護は暴走のあとで眠りに落ちてしまっているのだから。
「ああ、そうだね。お茶の時間も悪くないが、生憎と黒崎一護が眠っているのだったら、ここに居る意味は無い。忙しい身なんでね」
刹蘭はそう吐き捨て、二人に背中を向け帰ろうとした瞬間……
「霊符『夢想妙珠』!」
霊夢がスペルを唱え、複数の光弾を刹蘭目掛けて放つ。
「またか」
迫り来る複数の光弾を目の前にして、刹蘭は一人呟いた。
そして光弾全てが刹蘭に当たる前に虚空へと消失した。まるで刹蘭の周りには、目に見えない異空間へと通じる穴があるように、全ての光弾が消え去ったのだ。
「君は私の帰宅を邪魔するのが、随分と好きみたいだね」
「そうね、あなたの帰りを邪魔するほど、価値のある事は無いわね」
霊夢がお札を出しながら言う。
このまま帰るつもりだった刹蘭は、臨戦態勢に入った霊夢を見て溜め息をついた。
「本気かい? 私まで斃されてしまったら、幻獄七夢卿は四人になってしまうだろ? それだと組織としては寂しい。まぁ組織として成り立っているのすら怪しいけど」
刹蘭は冗談半分に言う。
幻獄七夢卿は刹蘭が倒されたら残り四人。フレデリックは倒されて、断霧鏡帥は幻獄七夢卿から脱退し外の世界にいる。今現在は刹蘭を含めて五人と言う事だ。
「知らないわよそんなこと。とりあえず、あんた達……幻獄七夢卿は崩壊させないといけない組織なのよ!」
「……駄目よ霊夢。今の私たちじゃ、アイツを倒す事は出来ないわ」
紫が戦い始めそうな霊夢を制止する。
今の紫でも倒せないという事は、幻想郷のほとんど、否全員が倒せないと言っても良いだろう。
「何でよ紫! こいつを今どうにかしないと大変な事になるわよ」
「ええ、分かっているわ。けど、性急過ぎては駄目よ」
紫の言葉に霊夢は、臨戦態勢は崩さないものの戦意を押さえ込む。
「……紫」
ボソッと、刹蘭が呟く。
「本来なら“彼女たちも”そして“君も”、こちら側に立ってくれていたはずなのにな」
どこか悲しみの孕んだ声音で言う刹蘭に、霊夢は少し驚いた。
こんな最悪な組織に所属している男が、こんな悲しそうな目と声を出すなんて信じがたい。いや、過去を思い返せば、ルリミアもフレデリックもどこか最後は、人間的な感情に満ちていた。
ここで霊夢は改めて考え直す。
幻獄七夢卿とは、母上が遺言で残したように、本当に恐れていたような組織だったのだろうか?
「まだ過去のことを引きずっているのね。あの“異変”のことはもう忘却したほうがいいかもね」
「そんな事を言うなよ紫。俺にとってあの頃は、今になっても思うが、大切で暖かい日常だった」
「ええ、そうね。けど、私はまだ“あの異変の本当の真髄を知らない”。あの異変の渦中にいたあなたなら、真相も知っているでしょ? よければ教えてよ。何か手伝えるかもよ」
霊夢には二人の会話の内容が理解できない。
しかし、薄々だが思い出した。恐らく異変の筆録書に載っている『混神異変』のことだろう。
母上は異変の内容は、どんな小さなものも丁寧に書き込んでいたが、この異変に関しては何も書かれてはいなかった。とある“意味が理解できない一言を残しては”。
「あの異変、正式には『混神異変』か」
一瞬だが、凄まじい怒りに満ちた刹蘭。
しかし直ぐに表情を戻し、
「悪いが内緒だ。あの真相は“知っただけで危険が及ぶ”。故に、教えることはできない」
瞬間、その言葉を聞いた霊夢の背中が寒くなった。
最初から理解を始めていたが、それを信じたくなかったから頭で強引に拒絶していた。
この二人の会話を聞くに、まるで昔は親友のような間柄で、しかも異変では共闘していたように聞こえる。つまり仲間だった。今も刹蘭は、二人に危険が及ばないように、発言を謹んだ。それも完璧な善意で。
いや、待て。
そもそも霊夢は異変を解決していく博麗の巫女で、今は解決できていない大結界の謎の異変に関しても並行して調べている。そして、恐らくだがその大結界に何かをしたのが刹蘭で……だから敵で……
ドクン、ドクンと、霊夢の心臓が激しく波打ち、周りの音が消えたような感覚に陥る。
まるで考えたくもないことを、答えたくもなかったことを言うように。
刹蘭と紫は元々仲間だったのなら、もう一つ、違う見方ができる。
「誰か、他に――」
そう、他に……
「もっと、違う敵がいた……?」
ああ、言ってしまった。
言いたくなかった。信じたくなかった。個人的には『混神異変』は大結界に関する異変で、その黒幕が刹蘭。今回の大結界の異変も、もう一度、刹蘭が企んだ異変だと。
霊夢はそうだと思っていた。しかし違う。『混神異変』はそんな生易しい考えで到れる異変ではなく、もちろん黒幕が刹蘭などではない。
もっと別の黒幕が、深奥で眠っている。いや、笑っているのかもしれない。
分からない、理解できない、信じたくない。
「……それじゃあ、俺はそろそろ帰るよ。黒崎一護には宜しく言っておいてくれ」
刹蘭はそんな霊夢が苦悩している中、飄々と去ろうとする。
「なっ、ちょっと待ちなさい!」
それを見た霊夢は、慌てて刹蘭に声を掛ける。
「何だい? 悪いが、あまり質問には答えられないよ」
「一つだけ、教えなさい。あんたは何者なの?」
霊夢は咄嗟にそう聞いた。
ここで『混神異変』のことや、過去の出来事なんかを聞いても教えてはくれないだろう。
なら、一つでも情報を仕入れておきたい霊夢は、そう問うた。
刹蘭は微笑みながら一言で答えた。
「〝サンジェルマン伯爵〟……と言っておこうか。じゃあね、博麗の巫女」
そう言って、刹蘭は消えたのだった。
*
こうして霊夢の話は終わった。
何も言わずに聞いていた一護は、何を言ったら良いか分からなかった。
「とりあえず、刹蘭が現れて聞き出せたのは、刹蘭の正体がサンジェルマン伯爵って言う意味不明な名前だけよ」
霊夢が最後に纏めるようにして言った。
一護はサンジェルマン伯爵と言う名前を聞いて、思案する。
「サンジェルマン伯爵……どっかで聞いた事あるな」
聞き覚えのあるサンジェルマン伯爵と言う名前。
だけど思い出せない。
そういえばフレデリックも最後に、刹蘭の正体は外の世界で有名な伯爵と言っていた。
「紫さんは分からないのか?」
「ええ、あまり知らないわ。外の世界のインチキ伯爵としかね」
何て答える。
「つうか、紫さんと刹蘭さんが顔なじみってのは驚きだよな」
「ええ、黙っていてごめんなさい。けど、これに関してはまだ深く聞かないで。いずれ、時が来れば教えるから」
「ああ……」
それより気になることがある一護。
刹蘭は自分たちの敵で間違いないはずだ。なら、刹蘭ですら敵対している、何か。もっと違う敵。
つまり昔の異変の黒幕だろう。『混神異変』が何の異変かは知らないが、ここが恐らく刹蘭や紫の関係、もっと言えば全てのものが分岐した瞬間だろう。
だとすれば、恐らくこの時の黒幕は、今もどこかで笑っている。何かを企んでいるかも知れない。
一護はそんなことを考えていた時だった。
「ったく、何なのよその話しょうもない会話」
一人の少女が盛大に水を差した。
その少女は輝夜だ。
「さっきから聞いていれば、詰まらない話ばっかじゃない。聞いてて飽きたわ。だから――」
輝夜は座布団の上から立ち上がり……
「今日の夜、この竹林で〝肝試し〟をするから、いいわね」
急な輝夜の提案により、一護だけではなく、霊夢も目を丸くした。
そして再び新たな面倒ごとに、一護は巻き込まれるのであった。