東方幻想斬~BLEACH the fantasy time of end~ 作:ディーン・グローリー
《1》
魔理沙が厄の神様──鍵山雛を撃退したのと同時刻。
妖怪の山の更に奥地、森に囲まれた静かに流れる清流。濁りはおろか淀みすら一切ない、まさに自然のまま残っている川。空気の汚れや、自然破壊などはない幻想郷だからこそ生み出せた神秘の一種と言えよう。
そんな川の流れる傍らに、子供なら十人ほどが優に立てるであろう大岩。
その上で、将棋盤のようなものを囲む二人の妖怪が、何やら遊戯を嗜んでいた。
「むむ、今日はやりますね。この私に数手先まで熟考させるなんて」
一人の少女が目を細めながら、盤の上に乱列している駒を見据え次をどう打つか思案する。
彼女はウェーブのかかった外ハネが特徴的な青い髪を、は赤い珠がいくつも付いた数珠のようなアクセサリーでツーサイドアップにして、緑のキャスケットを被っている。瞳の色は青色。白いブラウスに、肩の部分にポケットが付いている水色の上着、裾に大量のポケットが付いた濃い青色のスカートを着用している。
名は――河城にとり。
河童の妖怪であり人を盟友とする少し変わった一族である。
「はい。私も学習しますからね。にとりに何度も負けることによって編み出せた、私のにとり用の必勝術ですよ」
胸を張りながら満足げにするもう一人の少女。
彼女の特徴は犬耳と尻尾がついていおり、白髪で山伏風の帽子を頭に乗せていること。着用している服が何処かの巫女に似ている。上から白で下は黒、何処か巫女服を連想させる。
その少女の傍らに椛状の盾と剣が置かれている。
名は――犬走椛。
白狼天狗の妖怪で、文と同じ部署で働いている。しかも何か何か悪いことをしたのか文が上司と言う悲しい下級天狗である。
「まさかこうくるとは。ただ負けていただけじゃないってことね。うん、流石は努力家。いい加減、あのちゃらんぽらんな、あなたの上司を追い抜いたら?」
「文様はああ見えて結構真面目な方なんですよ。まぁ確かにぱっと見は駄目な方ですが……」
にとりと椛が遊戯盤を挟んで会話する。
そこでふと思い出したかのように、にとりは言った。
「あれ、そういえば仕事はいいのですか? 今、天狗様達は総動員で“あの犯人”を探しているようですけど」
「え、いや何か足手まといだからって文様に置いて行かれまして。今頃何してるかも分かりませんが、確かに私だと足で纏なのは否めませんし」
椛は頬を掻きながら苦笑いして答える。
実際に相手はとんでもない何かだろう。
たくさんの妖怪を殺めたもの。自分なんかがいても何の役にも立てないだろうと、椛は不甲斐ない思いになる。
「ふ~ん、で、その犯人の目撃情報とかってあるの?」
にとりは続いて聞いた。
「現状は分かりませんけど、私が知る限りでは全てが謎みたいです。ただ分かるとすれば、相手は異常を通り越して狂人の部類に入るような人物像って事くらいですね。調査に進展はまだ見い出せないようですけど、もしかしたらもう、この山にはいないのかもしれませんね」
何たって妖怪を死体とは思えないくらい残虐で残酷な殺し方をしているのだから。それも無差別に、性欲を抑えないで全てを犯すような悪逆無道な遣り口で。
「けど逆を考えれば、今もこの山の何処かに居るかも知れないって事だよね」
パチッと駒を置き、にとりは言う。
確かに今もその犯人はこの妖怪の山に居るかもしれない。なのに、こんな楽観的にゲームをしていて良いのかと思う。
「もし、その犯人が今此処で現れたらどうしようか?」
にとりが冗談半分でそんな事を口走った……その時だった。
「──あら、それはフラグってものかしら?」
まるで、にとりの言葉に期待を込めて答えるかのように、女性の声が暗い森の中から聞こえてきた。
それ程、大きい声で聞こえてこなかったのに二人は、まるで耳元で囁かれたような感じがした。さながら地獄の釜から、ふたりを引き込もうとする声音。聞くもの全てを容赦なく恐怖の奈落に落とすような空気。
「「誰!?」」
二人は同時に声の発せられた森の方を振り向く。無意識のうちに二人は立ち上がり、椛は傍らに置いていた剣と盾を持つ。
「誰ですって? 何を聞いているのかしら。今あなた達が話していたじゃない」
森の奥から、ゆっくりと誰かの足音が近づいてくる。その度に、暗く紅い森が更なる赤黒い何かに浸食されたかのような妙な威圧感……いや、不気味さを感じた。
にとりと椛の全神経が無意識の内に、森の方に向けられ額から汗がにじみ出る。
「ん~、見たところ河童と天狗かな。あなた達は見た目が綺麗だから……愛らしいオブジェにして上げようかしら」
漆黒の闇で全身を包んだような、一人の女性が森の中から現れた。
腰辺りまで伸びた宝石にも負けないような美しいブラックグリーンの髪。頭には鍔広の黒い帽子を深く被っている。お陰で顔がよく見えない。
この女性からは敵意や殺意は全く感じない。だが、異常なまでの恐怖と不気味さを感じるのは、一体何なのか? それを理解するのは、やはり同じ異常者でなければ理解できないのであろう。
「あ、あなたは……?」
椛が渾身の勇気を振り絞って口を開いた。それだけで、不思議なまでの疲労感が全身を蝕んでいく。
まるで一週間、休み無しに働いたかのような疲労感だ。
「簡単よ。あなた達が話していた“犯人”、と言ったところかしら」
何が楽しいのか、女性は微笑みながら答える。
それを聞いた二人は心拍が停止してしまいそうな程の悪寒が、全身を走り抜けた。
「さぁてと、あなた達は抵抗して惨い死体にしとほしい? それとも……」
女性はとても楽しそうに、さながら自分の自慢の創作物を披露するように……
「──この子達のように綺麗なままオブジェにしてほしい?」
女性の背後に、巨大な蜘蛛の巣のような物が現れた。
蜘蛛の糸のように細長い糸には二十人くらいの妖怪が死体となって吊るされていた。
男も女も見境無く殺されている。しかも全員、椛と同じ部署に所属している天狗だ。勿論、死体になって。椛はそれを見て叫びそうになったが、声が出なかった。それ程、恐怖と絶望と悲しみが頭を支配しているのだ。
対するにとりは今にも気絶してしまいそうな程、恐怖に涙を流していた。これは夢よと、頭に自分で言い聞かせるように。
しかし、そんな幻想を優しく撫で壊すかのように、女性は口を開く。
「あらあら怖がらせちゃったかしら。ゴメンね。別にあなた達を怖がらせようとは思って無かったのよ」
ちゃんと謝ってるのか謝っていないのか、理解できない口調で女性は言う。
「それにしても二人とも中々綺麗ね。私のコレクションにして上げたいわ。だから──」
瞬間、蜘蛛の巣に吊されていた数体の死体が、野菜を切るかのように輪切りにされた。一つの死体に対して五等分に輪切りにされた死体は人間と同じように血を濁流のように流す。
輪切りにされたせいで腹部からは内臓がドロリと血と共に落ちる。ベチャッと生々しい音がした。首を切られた死体は殺されてから、あまり時間が経過していないのか噴水のように血をドバッと噴出した。
それを見た二人は胃から吐瀉物が沸き上がるかと思った。いや、出なかったのが奇跡に等しかった。
天狗の死体。中には昨日椛と一緒に食事を取った者、仲が良かった者、会話した者、他愛もないゲームをした者、そんな天狗達が居たかもしれないが、今の椛はそれを確認するほど頭が回らなかった。
輪切りにされた天狗の死体がベチャッベチャッ、と音を立てながら地面に落ちる。
凄まじい量の血が一つの血の川を作り出し、ドロドロと下流に向かって流れた。
二人は何も言えない。
何を言って良いのか、何をするべきか、何を考えるべきか、全く頭が働いてくれない。さっきまでしていた将棋も既に頭から綺麗に消失している。
こんな異常を超越した場面は二人も初めてらしく、今にも倒れ掛けている。
「顔色が優れないわね。もしかして気持ち悪い物でも見せちゃったかな?」
ん、と女性は自分の後ろにある巨大な蜘蛛の巣の死体を見た。
「あーこの死体が悪いのね。確かに、この子達は私に攻撃を仕掛けてきたから、少し汚いオブジェになっちゃったんだよねぇ。ゴメンね、気付いてあげれなくて」
二人に対して詫びるように、次は全ての死体が輪切りにされた。
さっき輪切りにされた死体の数より多いせいで、ベチャッと言う不快な音が何回も何倍も耳を障る。
男も女も子供も赤子も老人も関係なしに直ぐに殺す異常者。妖怪も関係なしに人を喰らうが、こいつは何かが違う。根本的な何かが。
「さて、不要な死体は捨てたし、そろそろ私のコレクションになってもらおうかしら」
ゆっくりと、ゆっくりと女性は二人に近づく。二人の目には危険な異物が近づいているように映っているだろう。
「く、くそ……」
椛がガタガタ震えている身体を動かし、片手に持っている剣をその異物に向ける。それだけの行為に椛は高ぶるような達成感があった。
だが異物は全く気にせず歩む。
「物騒な物を私に向けちゃって。もし私の“相方”にそんな真似したら、即死刑決定よ」
女性はゆっくりと間合いを詰める。
二人からすれば一歩一歩が寿命を縮めていく行いだ。
「まぁ良いわ。抵抗するのなら、至極残念なんだけど、分かっているわね」
ニコッと微笑み、女性は黒い腕を前に突き出す。
それだけで二人は終わったと思った。絶対的な死。先の仲間たちと同じく、自分たちは何の抵抗もなく殺されるのだろう。
ただ遊戯をしていただけだった。ただ世間話をしていただけだった。なのに、たったそれだけなのに……危機感のなさ、というのが二人を決定的な地獄の分岐点へと追いやったのだろう。よって死ぬ。この異物からは逃げられない絶望である。
しかし――世界は二人を見捨てなかった。
「黒符『月霊幻幕』!」
殺され掛けた二人の耳にスペルを唱える声が響いた。
すると同時に、黒い三日月状の弾幕が否応もなく黒尽くめの女を襲っていた。
女性は冷静に、まるで既に予知していたかのように背後にある蜘蛛の巣を飛んでくる弾幕の方に緩やかに動かし……凄まじい爆音が轟く。三日月状の弾幕が巨大な蜘蛛の巣に被弾したのだ。
「随分と荒いお出ましね」
どんな事態でも常に笑みを崩さない女性は、晴れゆく爆煙から現れた。
彼女を守った蜘蛛の巣には傷一つ付いていないとこ見るに、結構強力な糸のようだ。女性は前方にいる二人の更に向こうを見る。
そこには川を挟んで三人の人影があった。
一人は巫女服を着た少女、一人は幻想郷では見かけない服を着た少年、一人は魔法使いのような服を着た少女。そう、三人は博麗霊夢、黒崎一護、霧雨魔理沙だ。
三人は跳躍し、にとりと椛の前に立つ。
「大丈夫か。もう安心していいぜ」
一護が二人にそう言うと、緊張が解けたのか安心したのか、二人はその場に倒れた。
「ッ!」
一護は黒尽くめの女の立つ後ろを見る。そこには赤黒い血の海が広がっていた。
何人分の死体があるか分からないほど、血の海に肉塊が落ちている。ただ首から上が綺麗に切断されているお陰か、何人くらいかは分かった。
ざっと二十人。黒い羽が所々に血の海に浮かんでいるとこを見るに、どうやら鴉天狗の死体のようだ。
三人はそれを見ると、途轍もない不快感と吐き気、怒りがこみ上げてきた。
「テメェ、何やってんだよ」
一護は怒りを露わにして言う。恐らく此処まで憤怒したのは幻想郷に来て初めてだろう。
「何って? 決まってるじゃない。聖遺物の為よ」
女性は当然のように答える。その聖遺物と言う単語を聞いた一護は少し目を見開いた。
少なからず一護には聖遺物と言う意味を知っているからだ。
「聖遺物……まぁ立派なお人の遺品ね。有名なのはキリスト」
女性が知らなさそうな霊夢と魔理沙に向けて言う。だが先ず二人はキリストが誰か分かっていない。
聖遺物──簡単に説明するとイエス・キリストや聖人、アダムや十二使徒、その他世界で有名な人々の遺品の事だ。その遺品には奇蹟なる未知な力が宿る。それが聖遺物だ。
「私は自分の所有する聖遺物を起こすために、妖怪の魂を欲しているのよ」
女性は一拍おき、
「こう見えても私、聖遺物コレクターでもあるからね」
一護は女性の言葉を聞きながら、小刻みに拳を震わせていた。恐怖でも武者震いと言うやつでも無い。
──怒りだ。
一護は今にも力を使って目の前の女性に攻撃を仕掛けようとしている。
「私が今持ってる聖遺物はざっと十五よ。っと、ロンギヌスの槍と聖杯、博麗の衣は断霧鏡帥に奪われちゃったんだった。じゃあ十二ね」
一護のことなど全く気にせず話し続ける。だが何かが切れたのか一護は、
「十二個の内、八個までは起こしたんだけど、後の──」
「……テメェ」
女性の言葉を途中で遮り、一護は一歩前に出る。
「あら、女性が話をしている途中で、横槍を入れるなんて無粋よ」
女性の言葉に耳を傾けず、
「そんな下らねぇ理由で、妖怪を殺したのかよ」
一護の声が怒りで震えている。ただし女性は全く気にしていない。それどこれか、この状況を楽しんでいるようにも見える。
「下らない? 私からしたら、とても大切なことよ。それに……妖怪の命なんていくらでも代替がきくじゃない」
その言葉に一護は完全にブチ切れた。
同時に思いっきり女性に向かって跳ぶ。拳を強く握る。割れるかと思うくらい強く握った拳をもって……
──殺されてバラバラにされた妖怪の頭部を殴っていた。
グチャと言う音と共に妖怪の頭部を破壊した。
血と骨、脳髄が四散し、一護はそれを浴びる。
「――ッ!?」
信じられなかった。
今、確実に女性を殴ったと思ったら、変わり身でも使ったのか妖怪の崩れ落ちていた頭部を殴っていたのだ。
「あら、死体を殴る趣味があるのかしら? 随分と厭らしい趣味ね。流石の私も引いちゃうわ」
小馬鹿にしたような声が一護の前方から聞こえてきた。
そこにはさっきまで此処にいたはずの女性が、妖怪の血で出来た川を挟むようにして佇んでいる。
一体いつ、どうやって其処まで移動したのか分からない。単純に早いなんてものではない。時間の概念に囚われていないのか、何て思わせられる。
「何考え無しに出てんのよあんたは!」
「ああ、流石に下手に動くのは私でも危険だと思うぜ」
怒号と共に霊夢と魔理沙が一護の傍らに立つ。
「博麗霊夢……フフ、ようやく会えたわね。私はあなたと黒崎一護に会えて、嬉しくて溜まらないわ」
女性は分かりやすく笑みをこぼすと、傍らに落ちていた妖怪の頭部を鷲掴み、拾い上げた。
鷲掴まれた頭部の顔の部分が三人の方に向けられる。頭を掴まれているせいで、顎が下がり口を大きくだらしなく開き、そこからダラリと舌が力なく垂れ下がっている。目が虚無感を向いており、首の断面から血がダラダラと出ている。
うっと、一瞬だけ吐きかけた一護だが、何とか抑える。
「ほら」
女性はまるで転がって来たボールを子供に返すくらい弱く、妖怪の頭部を投げる。
三人はそれを受け止めず、大げさに避ける。
頭部はそのまま岩の角に当たり、脳髄や眼球などの赤黒い肉塊を飛び散らし、頭部がごろごろと川に落ちた。
血生臭い不快な臭いが周囲を漂う。一瞬でも、この場にはいたくない。
「――痛っ!」
瞬間、霊夢が右肩を抑える。そこには少し切り傷が出来ていた。何かで切られたようだ。
「フフフ、“博麗の血”貰ったわよ」
女性の目の前にワイヤーのような物が伸びている。
そこには少しだが、赤い液体が付いている。
どうやら、あの巨大な蜘蛛の巣の糸だろう。それが霊夢の右肩を裂き、血を付けたのだ。恐らく妖怪の頭部を投げたのは牽制、気を糸から頭部に反らさせるためだ。
「さてと、私はそろそろ帰ろうかしら。今一番手に入れたい物は手に入れたし」
女性はそう言い、踵を返そうとするが、
「大人しく返すと思ってるの?」
霊夢は札を取り出し、冷静に言う。
「……私に近づかない方が良いわよ。近づいたら──」
瞬間──女性の足下にまで広がっていた妖怪の血と肉塊が跡形も無く消えた。
三人は目を見開いて驚く。まるで猟奇死体なんて無かったかのように、全ての死体の跡が消えたのだ。
「テメェ、何しやがった!?」
一護が声を荒げて聞く。
「あなたなら聞いた事くらいあるはずよ。魔の三角地帯、マリー・セレスト号、アンジクニ村……有名どころはそこらかな」
「何が言いてぇ」
「フフ、この三つは全てが失踪なりしている謎の怪事件。それを私が起こしていたとしたら、どうするのかしら?」
この三つの事件。その共通点は総じて、人が消えているという点。
つまり……
「まさか……テメェ」
一護は何かを察したのか、女性を睨みつける。
「察しの通り、今私に近づいたら、あなた〝行方不明〟になるわよ」
そう言うと女性は背中を向けた。霊夢と魔理沙が追おうとするが、一護が制止する。
「っと、最後に私の事を一つだけ教えてあげるわ」
女性は息を吸い、
「幻獄七夢卿の一人、エリゼベート・ピーダネル。次会うときはキラーシアターの始まりよ」
最後に不気味な事を言い残し、女性は姿を消したのだった。
《2》
一護たちの前から黒尽くめの女が消えたのと同時刻……人間たちが暮らす人里に鴉天狗の射命丸文が居た。
現在文は一枚の写真を見ながら辺りをキョロキョロ見回している。
「ん~と何処にも居ないですね。やっぱり、この男が犯人なのかな」
そんな事を考え、手に持っている写真を見て、背筋が寒くなった。
もし写真に写っている男が犯人だったら、あの時に自分が殺されていても可笑しくなかったからだ。
そう、今文がしているのは写真に写っている男を捜すこと。勿論、この前に妖怪の山でウロウロしていた人間のだ。
「けど、何の証拠も無いし。ただ嫌な感じがしただけだし」
指を顎に当てながら思案するが全く犯人と言う確証が無い。しかもただ嫌な感じがしただけの思いっ切り個人論である。だが悲しくも既に犯人は妖怪の山には居ず、何処かへ消え去った。しかも犯人の正体──顔は分からないが──は一護たちが知ってしまった。
正直、今の文がしている行為は無駄の一言に尽きるのだ。
「ハァ~もう帰ろっかな」
深い溜息をつき、写真を懐に仕舞い込む。収穫ゼロと心の中で呟いた。
人に聞けば何か分かるのかもしれないが、そうもいかない。人捜しをしているだけなのだが、状況が状況だ。“再び人里を混乱に招き入れてしまいかねない”。
そんな事を考えているときだった。
「あれ君、あの時の天狗とちゃう?」
軽い口調の男が文に声を掛けてきた。
聞き慣れていない声なのに、昔から聞き慣れているような説明し難い声。
文はゆっくりと振り返る。今さっきまで自分の捜していた人物の声だ。一瞬、振り返るのを躊躇ったが、不思議と振り返ってしまった。
「あ……」
喉の奥から乾いた声を放った。
そこにはあの時と同じ、写真を撮った時と同じ姿の男が居たのだ。
「なんや久しぶりやね」
男が文に歩みながら、口角を吊り上げて言う。
文は蛇にでも睨まれているような錯覚に陥ったが、普通に会話をする体勢を取る。
「久し振りですね。いや~丁度、あなたを捜していたんですけど、全く居ないものですから諦めかけていたところです」
「……ボクに何か用なん。悪いけど、今ボク少し急いでるから、早くしてくれると嬉しいわ」
「何か急ぎの用事でもあるのですか?」
文は恐る恐る男に尋ねる。もし目の前の男が犯人なら、この質問は相当危険だからだ。
けど、此処で聞かないと今までの苦労が水の泡になる。それだけは避けたい文である。
「これ見て分からん?」
男は片手に持っている買い物篭を文に見せつける。
「今ボク、頼まれた買い物の帰りなんや。早く帰らんと、ナズーリンに怒られるんや」
それを聞いた文は目を丸くした。
まさか、こんな男からそんな日常的な台詞が吐かれるとは思わなかったからだ。
「……は、はぁ。では、私はこれで立ち去らせていただきます」
文は黒い翼を背中から出し、男に言う。
「何や、ボクに用が有ったんとちゃう?」
「いえ、今の言葉を聞いて、あなたが犯人では無いと思ったんです」
「犯人? まぁええわ。なら、ボクからも一つお願いがあるんや」
男は興味なさげに言うと、最後に言いたいことが有ったのか、一言文に向けて言う。
「黒崎一護にボクが幻想郷ココに居る事、伝えてくれへんか?」
男は文にそう言った。
そして文はそれに頷いた。
これにより、一護はこの先、ある男と邂逅することになる。
*
所変わって現在、一護たちは更に先へと進んでいた。
あそこに居たら、何やら妖怪の山での騒動に自分達が容疑者扱いにされかねないからだ。
理由としては簡単。直ぐ傍に河童と狼天狗が気絶していたから。あの現場に天狗たちが来たら疑いの余地無しだ。
「…………」
だが一護は、そんな事を考えていない。
あの時、黒尽くめの女が去り際に言った言葉──「幻獄七夢卿のエリゼベート・ピーダネル」……この台詞の幻獄七夢郷と言う単語が一護だけでは無く、霊夢と魔理沙までも気掛かりで仕方なかった。
気掛かりと言うより、未曾有の危機が勃発していると言った方が正解だろう。
幻獄七夢郷……一人一人の実力は全くの未知数で、最低でも単独で一つの大異変を起こすほど。
そんな奴らが後五人。しかし正直、刹蘭を第一に倒すのが一護にとっての目標だ。
だが、怒りの灯火は消えかかっているものの、いつまた燃え上がるかは分からない。何たって、何の罪もない妖怪を、あれだけ無残に殺したんだ。どうしても、このままで終わらせる気はしない。
「幻獄七夢郷って、後五人くらいなんだろ? え~と名前は」
「刹蘭、ブギーヴァルト、リフィトオール、そしてさっきのエリゼベート・ピーダネルって奴よ。後一人は何の情報も無し。断霧鏡帥って奴は脱退したから、数には入れないわ」
魔理沙の詰まったところを、霊夢はスラスラと答えた。
一護ですら名前までは思い出せなかった。だから霊夢のそういうとこは少し感心してしまう。
「そうそいつら。後五人も居るんだよな。何か先が長いな」
「何言ってるのよ。私たちの敵は刹蘭。それ以外は通過点よ」
「つう事は、この事件も通過点と」
「当たり前よ。だから、こんなどうでもいい仕事、とっとと終わらせるわ」
霊夢にとって、これから起こり得る全ては通過点。どうやら霊夢は初めから刹蘭しか見ていなかったようだ。
だけど、それは頷けることだ。
刹蘭さえ居なければ、幻獄七夢郷は存在しなかったし、母親も父親も苦しまなかった。
霊夢にとって、刹蘭は憎しみの対象でしかない。例えどんな汚い手を使っても、斃さなければいけない敵。しかしこの前、刹蘭にも敵が居るであろうことを仄めかされた。故に、刹蘭関連のことでは手を抜けないのだ。
そして──
「見えてきたわよ。あれが、今回の通過点の一つ」
霊夢たちの前方に一つの鳥居、そして神社が見えてきた。
「守矢神社」
遂に神社の存亡を掛けた戦いが始まる。
だが、この時、一護はまだ気付いていなかった。
自分の霊圧が更なる進化をする事に。