東方幻想斬~BLEACH the fantasy time of end~ 作:ディーン・グローリー
色々と多忙だったため、投稿が少し遅れてしまいました。
第43斬【雪かき】
《1》
「…………寒い」
早朝――博麗神社にて、ニットキャップを被り、マフラー、手袋、耳あて、レインブーツ、防寒着と言った万全の装備をして少年――黒崎一護は雪かきを片手にこれより面倒な作業に入る。
猛雪が降り終わった幻想郷は、まさに白銀の世界。
肌を突き刺すような寒さ、息を吐けば白い天幕。降り積もる雪は、まさに大地の白化粧。
幻想郷は冬を迎えた。一護にとって幻想郷に来てから二度目の冬である。
「いや~、にしても積もったな。すげぇ歩きづらいぜ」
一護の後ろから、雪を踏みしめながら歩く霧雨魔理沙が同じく片手に雪かきを持ちやってきた。足首くらいまでは余裕で積もっているので、すごく歩きづらい。
「霊夢は部屋の掃除で、俺たちはこのいつ終わるかもわからない雪かきに精を出さねぇといけないのか」
「マスパで雪を一掃していいかって霊夢に聞いたら即却下されたからな。そうすれば早く終わるのに」
「いや、それは俺も却下する」
もし、あの極太レーザーが境内の石畳及び地面を破壊されては、二次被害が生まれる。もちろん、それを修復するのは自分たちになる。
「魔理沙、足元には注意しろよ。滑りやすくなってるからな」
「承知してるぜ。いくら私がずっと箒に跨って飛んでるからって、そこまでお約束なこと――」
ツルン、ドサ……と、見事にお約束通り顔面から転んでくれる魔理沙。
前途多難だなと思う一護は、魔理沙を助け起こした。
「悪い悪い。いやー、本当に滑りやすいなこりゃ。一本取られたぜハッハハハハ」
顔や服を雪まみれにしながら笑う。
「ほら、笑ってねえでやるぞ。こいつは、時間がかかりそうだ」
「そうだな、ちょっとした異変解決より面倒そうだ。この一面雪だらけの敷地を、かきかきするんだ、旨い飯をたらふく食わせてもらうぜ」
「はいはい。終わったら、いくらでもご馳走してやるよ」
霊夢から雪かきの依頼が来た瞬間に、飯を餌に魔理沙を釣ったのだ。流石にこの敷地すべての雪かきを一人というのは、洒落にならない。
「骨が折れそうだ。いや、マジな意味で」
「普段慣れてないことだからな~。滑って腰の骨をやるっていうのは、よくある話だぜ」
とりあえず、雪かきを始める。
去年もやったにはやったが、雪かきというどうにも慣れない作業は腰を痛める。その上、雪はなかなかどうして結構重い。
融雪剤でもあったら、もっと効率よくできるのだろうが生憎とそのようなものはない。
「何かさ、こう雪を操る妖怪とかいたらいいのにな」
「確かに。雪女とかか?」
魔理沙の発言に一護は答える。
「雪女か。つかさ、やっぱこの量はきついから、もっと誰か呼ばねえか。使えそうな奴を」
「使えそうな奴って、お前な……」
「つう訳で思ったら行動だ! ちょっと行ってくるぜ!」
「って、オイ魔理沙!」
すると、一護の了解を得る前に雪かきを放り投げ、魔理沙は箒を片手に飛んでいった。
「あの野郎……」
数分後――
「ほら、連れてきたぜ」
「最強のあたいが登場よ!」
(早速役に立たねぇ奴を連れてきやがった!)
魔理沙が連れてきたのは氷の妖精であるチルノ。
確かに能力的には冷気を操る、氷を操るといったものだが、雪をどうこうできるとは思えない。雪を消したり、移動させたり等等。
「ふふん、このあたいが来たからにはこんな雪なんて即時解決よ! 解決したら報酬として、一護をもらうからね!」
「何でだよ……」
「そうすれば、いつでも一護と弾幕ごっこが出来るからよ! あたいって頭いいでしょ!」
「そうだな。ああ、頭いいよお前は」
呆れながら一護は言う。
「ふふふ、うんじゃ、氷の大船に乗ったつもりで期待しておきなさい!」
「よっしゃ、流石は私が選んだ逸材。任せたぜ!」
そしてチルノは行動に出た。
「……なぁ魔理沙、本当にチルノで大丈夫なのか?」
一護は魔理沙に小声で耳打ちする。
「うんや。実はレティあたりにお願いしようと思ったんだけど見つからなくてさ。しゃあなしに直ぐにエンカウントできるチルノにしたんだ」
「酷い話だな」
「……つかさ、何か一段と寒くなってきてないか?」
「ん……あ、ああ。そうだ、な」
と、チルノの方を見ると、傍から見てもチルノの頭の上に?がいくつも浮かんでいるのが見て取れた。
「あっれ~、おかしいなぁ。うまくいくはずだったんだけどなー」
「おいチルノどうしたん――」
ツルン、ドサ……と、再び魔理沙が顔面から雪の上に転んだ。
「……大丈夫か、魔理沙?」
「何か、滑りやすくなってるぜ!」
顔面を雪に埋めながら言う。ちょっとした死体だ。
「アハハハハハハハハ!! 魔理沙がスッ転んだ! バッカみたい! アハハハハハハハハハ!!」
「……カチンと来たぜ」
ドカッ! グチュと、生物的に危険な音を響かせながら、魔理沙は起き上がると同時にチルノの頭頂部に拳骨を落とした。
「きゃふん……」
そのままチルノは倒れた。
「……まぁ寒くなったのはチルノの能力が働いたせいだな。それに相まって更に地面が凍り滑りやすくなったと。これじゃあ、更に作業の効率が悪くなっただけだったな」
一護がため息混じりに言う。
「くそ、次はもっと役に立つやつを連れてくるぜ!」
「いや、もう俺たちだけでやろうぜ。そっちの方が速く――」
「行ってくるぜ!」
一護が言い終わる前に魔理沙は飛びだった。
数分後――
「ほら、連れてきたぜ」
「おいおい、いきなりこんな所に連れてきて、何をさせるつもりだ?」
(次は妹紅か。まぁ、チルノよりは期待できるな)
綺麗な白銀の髪を靡かせながら、不老不死の人間である藤原妹紅が、魔理沙に連れられてやって来たのだ。
「ちょっと、あたいに任せてくれるんじゃないの!?」
「お前は黙ってろ」
一護はチルノの口を封じつつ、予想外の人物が現れたことに少し驚く。
「よっ一護。久しぶりだな」
「そうだな。まさか、妹紅がここに来るとは思わなかった」
「来るとはってより、ほぼ強引に連れてこられたようなもんだけど。まぁ一応、報酬というか見返りがあるって聞いたから来たんだけどよ」
「……見返り?」
「一護と弾幕勝負をする。正々堂々、サシでな」
「…………」
そんな気はしていた一護。
「悪い一護。そうでも言わねぇと、動いてくれないと思ってさ。けどこれで解決したら、万事OKだろ? 少しくらい付き合ってやれよ」
「勝手に決めてその言い草かよ」
今更、断っても不可能だろ悟った一護は、頭を抱えつつ妹紅に言う。
「えっと、妹紅。お前に頼みたいことってのは至って簡単だ。この目の前に広がる積もりに積もった雪をどうにかしてほしいんだ」
「何だ、そんなことか? 別にいいぜ、つまり溶かせばいいんだろ?」
「ああ、そういやお前は炎とか出すの得意だったな。頼むよ」
「分かった。んじゃ、軽く任せろ」
そして妹紅は行動に出た。
「ふふ、どうだ一護? 今回はこの場に最適な炎の使い手を選んだ。間違いないだろう?」
「まぁな。さっきよりは期待できる」
「ちょっと! どういうことよ、この最強のあたいより期待できるって!? 二人の目はうじ穴なの!?」
「節穴な。何だよ、うじ穴って」
蛆のいる穴を想像してみたら、単に気持ち悪かった。
「まぁいいわ。あの女の力量を見せてもらおうじゃないのよ。ふん、このあたいより役に立つわけないしね!」
「何で上から目線なんだよ」
しかもチルノの場合、損害しか出なかった。
「……ん?」
ふと、一護は自分の足元を見ると、そこには水が溢れていた。
「これは……しまった!」
ここで一護は過ちに気づいた。
雪解けしていくということは、つまり水になること。
妹紅は宙に浮きながら、己が灼熱の炎を火の玉のように飛ばしつつ容赦なく白い雪を、どんどんと地面の雪どころか博麗神社の屋根の雪まで溶かしていく。
まだまだ寒い季節であり、この量の雪が溶けたら水浸しで霊夢が切れる。そして水が凍ると更に怒る。
一護は焦りながら言う。
「妹紅! ストップ、手を止めてくれ!」
「はぁ? 手は動かしてないぞ?」
「間違った、炎を消してくれ今すぐ!」
「またどうして?」
「いいから頼む!」
妹紅は釈然としないまま、火の玉を消す。
「急にどうしたんだよ? せっかくお望み通り雪を溶かしてたのに、いきなり消せとはどういう了見だ?」
「悪い、けどそれどころじゃなかった。このままいくと辺り一面水びたしからの全面氷張りになっちまう。そうなったら俺は霊夢にお灸をすえられる」
「何だよ、私なりに頑張ってたのに……」
少しむくれる妹紅。
「本当にすまん」
「ふふん、やっぱりポッと出のキャラなんかじゃ、あたいより活躍できるわけないのよ。隅っこの方で縮こまっているのがお似合いね!」
「…………」
「さぁ、すみやかにその片の軒下のもっと下でバカ犬のように寝てなさい」
「おい妖精。あまり舐めていると燃やすぞ」
妹紅の殺意ある笑顔を向けられたチルノは、黙って一護の背後に隠れた。
「ふぅむ。妹紅でも駄目か。だったら、もっと慣れてそうな奴を連れてくるぜ」
「いや慣れてそうな奴とかいいから、普通に雪かきで――」
「行ってくるぜ!」
一護が言い終わる前に魔理沙は飛びだった。
数分後――
「ほら、連れてきたぜ」
「えっと、なぜ私がここに連れてこられたかは存じませんが、一体何のご用なのですか? そろそろお昼の支度を始めないといけないのですが」
(次は妖夢か。まぁ、一番家庭的っていうか、こういう事にはうってつけだよな)
半霊の幽魂が妖夢の傍らに浮きながら、いつも通り二本の刀を佩刀した庭師である魂魄妖夢がおそらく強引に、魔理沙に連れてこられたのだろう。
「何その変な白いフワフワしたものを取ったら、ただのモブキャラになりそうなキャラの薄い奴は?」
開口一番に悪口雑言を言うチルノ。
「そんな酷いこと言ってんじゃねえよ。お前が口だけなのはよぉく理解してるからよ」
「何よ! あんたも結局役に立たなかったじゃない!」
「お前ほどじゃないけどな」
「キィーー、こいつムカつくぅ!」
チルノが妹紅に一方的に火花を散らしている。
「あの、黒崎さん。一体これは何の集まりなのですか?」
「え、ああそうか。やっぱり聞かされてねえか。まぁ大した集まり……てよりも、魔理沙が連れてきただけなんだけど」
一護は博麗神社の境内を見渡し、
「この積もった雪を、一言で言うとどうにかしてほしい」
「成程、つまり雪かきと言う訳ですか」
「ああ」
妖夢は庭師であり、幽々子に幾十年も仕える幻想郷の中では物凄く一般常識の通じる数少ない人間。その上、半人半霊であるが故、普通の人間よりも身体能力は圧倒的に高い。
(霊力の込めた刀ひと振りで雪を蒸発、とかさせたら凄いよな。まぁそれはなくても、妖夢なら直ぐに解決してくれそうだ)
どこか妖夢なら、なんとかしてくれると、一護は期待に胸を膨らませている。
「む……」
「…………」
一護が妖夢に目をキラキラさせているのを見て、チルノと妹紅はどこか不満そうにしていた。
「では、始めさせて頂きます。ご期待に添えるかは分かりませんが、精一杯奮闘してみたいと思います」
そして妖夢が行動に出た。
「どうだ一護。この私の人選は? 完璧だろう?」
「まぁな。これなら俺も安心できる」
「だろ。いや~、私もそう思って連れてきたんだよ。見返りとかも求める素振りないしさ」
やりきった感で魔理沙が言うのに対し、横目でチルノと妹紅がジト目で睨んできた。
「何よー、あたいが欲張りって言いたいの!」
「それに一護、何でそんなに信頼しきってるんだ。私たちの時は期待すらもしていなかったのか?」
「そうだよ! 最初からあたいじゃ無理だって思ってたの!」
「これじゃあ、まるで私たちが前座みたいじゃないか。ちょっと悲しいぞ」
「いや、別にそういうわけじゃねえよ! みんなにだって期待してたし、見返りはあって当たり前だと思ってたからさ」
一護は二人の言葉に対し、早口でまくし立てた。
「それに、特別妖夢にだけ期待している訳じゃねえよ。二人が俺たちのために頑張ってくれたのも充分感じた。だから、その何だ、後で俺が何かお礼するから、もちろん妖夢にも。見返りとか、そういうんじゃなくて、そうでもしないと俺の気がすまないしさ。だから、もしそういう風に思わせてしまったんなら、すまない!」
「う~ん、一護がそこまで言うんなら……しょうがないから許す!」
一護の言ったことの半分ほどの意味合いを聞き取るほどの頭がなかったチルノは、熱意にのみ押され満足そうに強く頷いた。
妹紅は少し言いづらそうに、そっぽを向きながら言葉を紡ぐ。
「たく、一護に謝らせてしまったら、まるで私たちが詰ったようじゃないか。言っておくけど、別に怒ってないからな」
「ああ、分かってるよ。それにさっきも言ったけど、特別に妖夢だけを期待してるわけじゃねえ。ただ、今回は妖夢がやるってことで、期待しているだけであって――」
妹紅との対話から妖夢の方に視線を向けると、
「うんとこよいしょっ。やっぱり雪は見た目によらず重いですね……っと!」
至って普通に、赤い大きなシャベルを片手に雪かきをしていた。
(あれ、すげぇ普通ッ!)
何だろう、妖夢だったら刀ひと振りでどうにか何て甘いことを考えていた。そうでなくても、もっと何か凄い方法で雪を葬ってくれると思っていた。しかし予想とは裏腹に、物凄く普通だったのだ。
「黒崎さん、雪かきをここまで本腰を入れて行ったことはないのですが、なかなか労力を伴う作業ですね。雪かきだけでいい鍛錬になります」
清々しい笑顔でいい汗を流しながら、妖夢はせっせと雪かきに精を出す。
(い、言いにくい。これだったら最初と何も変わらないって。妖夢を呼んだ意味がないって……)
普通に雪かきをするのだったら、初めから魔理沙と二人で行っている。
「……とりあえず妖夢にはあのままやってもらうとして、次の奴を連れてくるぜ」
「いやもう普通に雪かきしたほうが早く終わる気がしてきた」
「それじゃあ私のプライドが許さないんだよ。行ってくるぜ!」
「……何だか嫌な予感がしてきたな」
そして……
魔理沙は次々と有志を集い、除雪を行った。
妖夢の次は同じく家庭的な鈴仙。上記と同じで普通すぎて失敗。
その次は複数の人形を従えるアリス。たくさんの人形を使って雪かきを試みたが、小さい人形では効率が悪く失敗。
その次は最高の科学力を持つと言われる河童の河城にとり。新開発したと言って、雪を全てどこかに吹き飛ばすという、便利なのか迷惑なのか分からないアイテムを持ってきた。手違いで使用してしまい、必死に雪かきをしている妖夢に甚大な被害が文字通り降り注いだ。
そのまた次は何故かルーミアが呼ばれた。魔理沙曰く封印を解除して、ルリミアに雪を消し飛ばしてもらおうなんていう奇抜なアイデアを出したので即却下した。
「つか……こんなに集めてどうすんだよ魔理沙」
「収拾がつかなくなったな」
何て他人事で言う。
「全く、魔理沙は後先考えないで動くから。まぁ了解して付いて行った私にも責任はあるけど」
アリスが溜息混じりに呟く。
実際、二人三人あたりで止めて、とりあえず皆で雪かきをしておいた方が良かったであろう。過ぎ去った後の後悔である。
「う~ん、次は雪のみの解析処理を行って、それを削除する方式を組み込んで……」
にとりはにとりで賽銭箱の上に座り込み、何やら次の発明品の考え耽っている。
てか、賽銭箱の上に座るのは止めて欲しいと思う一護。霊夢に見られたら叱責が飛んできそうだ。
「ねぇねぇ一護。何がしたかったのぉ?」
「そうだな、何がしたいんだろうな俺たち」
ルーミアの純粋な質問に一護は頭を抱えた。
今、しっかりと手を動かしているのは妖夢と、その姿を見て手伝わなくちゃと思った鈴仙のみ。二人のおかげで何やら五分の一くらい雪かきを終えている。
これなら最初から、魔理沙と二人でやっていたら終わっていたのかもしれない。いや、魔理沙はどこか怠けそうな感じがするから、ここまでスムーズには進まなかっただろう。
「とりあえず、あの二人がしっかりやってるんだから、私たちも手伝って早く終わらせましょう」
「いや、後一人だけチャンスをくれ! 次こそ最適なやつを!」
「もう黙って手だけ動かしなさい魔理沙」
アリスは魔理沙の首をガシッと掴み、邁進を阻んだ。
「グッ、な、何するアリス! 行かせてくれよ!」
「ダメよ。早く雪かき持ってやりなさい」
アリスの強い物言いに負けた魔理沙は渋々、箒を手放し赤いシャベルを握った。
「……ねぇ、そういえば何で魔理沙はあの館の連中は連れてこなかったの?」
「あ、本当だ。そういえばいないね」
チルノとルーミアがあの館……つまり紅魔館の面子が一人も連れてこられていないことに気づいた。
「ああ、それはな。あそこに行くといちいちパチュリーが本を返せ返せとうるさいから、行くの止めた」
と、アリスに引っ張られながら魔理沙が言った。
「……どっちかってぇと、あそこが一番除雪に使えそうなものたくさん持ってそうだよな」
「……呼んでこようか?」
「いや、みんなで雪かきした方がいいだろう。下手に呼ぶと面倒そうだ」
妹紅が行動に出る前に、一護は止める。
妹紅は「んじゃ」と言い、自分の頬を両手で挟むように叩き気合を入れなおす。
「それじゃあ、やるか。こう見えても雪かきは経験があるからな。期待しててくれ」
「ああ、期待してるよ。おーい、チルノ、ルーミア、にとり、雪かきするから手伝ってくれ」
「はーい、やるよー」
「ん、分かった。手伝うよ。そのつもりで来たんだし」
「えー、あれをやるのー。面倒くさい」
ルーミアとにとりは快く了承してくれたが、チルノは嫌そうにした。
「お前は何の役にも立ってないんだから、少しは役に立って見せろ」
妹紅が雪かきを手に、チルノの首根っこを掴む。
「にゃー! やめろーこのバカ!」
「お前にバカとだけは言われたくねえな。結構ムカつく」
「にゃーにゃー! 離せこのバカ!」
「うるさい。口より手を動かせ」
さながら猫のように持っていかれるチルノ。
「……さて、じゃあみんなで雪かきだ。とりあえず、まずは終わらせることが先決だ」
こうして一護たちの雪かきが始まろうとした時だった。
「あっれぇ~、みんなで何やってるのぉ? ヒック、ヘヘヘ、ちょぉっと飲みすぎたかなぁ?」
まさにベロンベロンに酔っ払い、顔を赤く染めた鬼こと伊吹萃香が現れたのだ。
「おー、なんか楽しそうなことしてるねぇ。私も混ぜてよぉ」
フラフラとした、いつ転んでもおかしくない千鳥足で一護たちに近づいてくる。
「よぉ萃香、久しぶり……つか、何で朝から酔ってんだよお前」
「うぃ? 朝から飲む酒も、これまた美味いんだよぉ。分かってねぇな! これだから酒も飲んだことのないお子チャマは」
「……何かスゲェうざいんだけど」
酔っている者を相手にするほど、辛いものはない。
「でぇ、何やってんの? もしかして雪かきってやつ? なら手伝ってやろうか?」
腰に下げてる瓢箪の酒を一気に煽り、
「――せぇい、や!」
凄惨たる質量と、莫大な腕力及び妖力を纏った拳を前方の積もった雪と雪かきをする少女たちに向けて振るう。
それだけで暴力的な風圧と、それに乗って放たれた妖力が、全てを一掃するようにさながら紙くずを吹き飛ばすよう、全面の雪と少女を散らした。
まさに阿鼻叫喚。急すぎる展開に誰もが追いつけず、弄ばれるように吹き飛ばされた。
「…………」
吹き飛ばされなかった一護のみが、呆然と立ち尽くす。
「あっれ~、どったの一護ぉ? お望み通り雪を無くしてあげたよぉ」
確かに塵芥程度の雪は残っているものの、雪かきをしなくていいくらいに雪はなくなった。代わりに、そこかしこに死屍累々となった少女たちが……
「て! 何してくれてるんだよ萃香! 確かに雪は無くなったが、みんな怪我しちまったじゃねえか!」
「んあ? まぁ何かを得るためには、何かを犠牲にしなければならないってことだよ」
「何で雪かきで犠牲が生まれるんだよ!? いや、でも雪国ではあってもおかしくないのか……いやいやそれ以前に今日の雪かきだったら犠牲なんて絶対出ないから!」
「あーもう~、うるさい、なぁ!」
一足、力強く地団駄を踏んだ。
その力のみで、ちょっとした地震が起きたのではないかと錯覚するほどの揺れが生じたのだ。
「うぉっ、危ねっ」
転びそうになったのを、一護は踏ん張って耐えた。
「何すんだよ危ないだろ萃香!」
「だってうるさいんだもん。私に対してグチグチ言っても――」
瞬間だった。
一際激しい揺れが発生したのだ。
まさにゴゴゴと揺れる大地、そして収まったかと思うと、更なる異変が発生した。
博麗神社の近所に突然白い柱――勢いよく間欠泉が立ち上ったのだった。
「…………」
「うぉぉお、何だあれ!?」
一護は絶句、萃香ははしゃぐ。
あれだけの雪が熱気と飛び散った熱湯で溶けていく。
「ちょっと、一護! 今すごい揺れたけ大丈……ぶ?」
霊夢が慌てた様子で、神社から出てきた。
そして目の前には何故か魔理沙たちが倒れており、萃香が酔っ払っており、直ぐそこでは温泉が湧き出ている。一体どこから突っ込めばいいのか分からない。
「……って、あれ何お湯!? え、もしかして温泉が湧き出たの!?」
霊夢はまず倒れている人たちより、間欠泉を優先した。
「ああ、そうみたいだ。俺もマジで驚いてる」
「凄いじゃない! ねぇ本当にすごいじゃないの!」
霊夢は瞳をキラキラさせながら、じゃっかん取り乱す。
そして、
「これはあれよ、博麗神社の名物を、この温泉にできる!」
温泉計画が始まったのだった。
*
時間は少々遡り、守矢神社にて――
神である神奈子と諏訪子の二柱は、ある計画を実行していた。
「さてさて、実験って名目だからな。まずはあそこに行きますか」
「地底世界だよね。いやぁ、ちょっと楽しみなんだよね」
神奈子が楽しそうに言い、諏訪子もそれに同調する。
「じゃあ行きますか……旧地獄である旧都に」
この二柱の行動が、後に大変面倒な異変へと発展していくのだった。
《2》
そして――博麗神社の近くに露天風呂が出来た。
透明な湯に、適度な湯加減、硫黄の香り。お湯につかれば体の疲れが溶けるように、心身ともに癒されるであろう。その上、冬であるために雪見露天風呂と化している。まさに絶景で眺めながら、気持ちの良い温泉につかれる訳だ。
「うぅ、それなのに……」
暖かな湯気が立ち上り、まさに入らずにはいられなくなる。
「それなのに……どうして俺は、御預けを食らった上に、こんなことしてんだ?」
霊夢や、雪かきを手伝ってくれたメンバーから、それに近しい者たちからの紅魔メンバーまで一護の知る幻想郷の女たちが今、博麗神社の露天風呂に入浴している。
よって男児たる黒崎一護が一緒に入るのは道徳的にと言うか風紀的にと言うか、やっぱり駄目なのである。しかし世には混浴という、男と女が共に一日の疲れを洗い流す崇高な習慣もある。だが、そのようなことが霊夢に通じるわけがないのは、火を見るより明らかである。
体を震わせながら、一護はこの露天風呂に不埒ものが近づかないかの監視をしている。
そんな事をしなくても、みんななら結界を張るなり気配で分かるだろと思うだろうが、曰く入浴している時くらい気を緩めてゆっくりしたいとのこと。
ちなみに雪かきのお礼の件は、この露天風呂ということになった。
「ああ、俺もつかりてぇな」
一護が白い息を吐きながら監視をしている中、霊夢たちは極楽浄土である露天風呂に体を浸からせていた。
程よい湯加減、疲れという疲れがお湯に溶けていき、体の芯まで温かくなる。まさに最高の一言に尽きる。
「ふぅ、やっぱりお風呂は露天が最高よね。ああー、生き返るわ」
「いいよなぁ、霊夢はこれから毎日こんな露天風呂が入れるもんなぁ。羨ましいぜ~」
霊夢と魔理沙が並びながら入浴している。
湯には美肌効果もあるのか、いつも以上に二人の肌が艶やかに見える。頬も仄かに赤く染まり、口元は自然に緩んでいる為、それだけでこの露天風呂の気持ちよさを如実に物語っている。
「確かに、それには同意せざるを得んな」
二人の会話を聞いていた上白沢慧音が、豊満な胸を湯に浮かせながら大人の魅力を温泉で醸し出している。
「人里にもこんな気持ちの良い風呂はないからな。是非とも、今後も入らせて頂きたい」
「…………」
霊夢は無言で慧音の胸と自分の胸を見比べながら、釈然としない表情になった。
そして慧音の隣にいる妹紅がお湯につかりながら、小さな胸を張り満足そうに言う。
「何だ? 慧音の大人の魅力に今頃気づいたのか。どうだ、素晴らしいだろう。お前たちも慧音を目標に奮闘するがいいぞ」
「何だよその言い方。それに何でお前が上から目線なんだ?」
魔理沙が突く。
「あれ、そう言えばあの小うるさい氷の妖精はどこに行ったんだ?」
妹紅が思い出したかのように、チルノの事を言った。
やはり温泉という熱い湯につかれないと思いどこかに行ったのだろうか?
「チルノちゃんなら、真っ先に温泉に飛び込んで蒸発しましたので、復活するのに時間がかかりますよ」
気持ちよく温泉に浸かっている大妖精が、平然と答えた。
「あいつ、やっぱバカなんだな」
「ああ。私は必死に止めたんだが、言うこと聞かなくてな。全く、困った子供だよ本当に」
慧音がため息をつくように言った。
「着水した瞬間に消滅してたからな。あれは一発芸としては面白かったぜ」
「一発芸で命かけすぎでしょ」
魔理沙が笑いながら言うのに対して、霊夢は冷静に突っ込む。
「ふぃ~、いい湯だねぇ」
「はい、萃香ちゃん。これうちの八目鰻の串焼き」
萃香は湯に浸かりながら、湯にお盆を浮かせている。もちろん盆の上にはお酒とミスティアが持ってきた小さめの鰻の串焼き。
「お、気が利くねミスチー。んじゃ、ありがたく頂くよ」
「いえいえ。私の屋台出店の為に一護さんや萃香さんには協力して頂いたので、そのお礼です」
「お礼なら出店した際に一杯してもらったけど?」
「お礼の延長ですよ」
ミスティアが微笑みながら言う。
実は前に、ミスティアが夢の屋台を出店すると言い、それを一護たちが協力した結果、無事に出店できたのだ。今ではミスティアは、屋台の居酒屋で人間や妖怪に好評を頂いている。屋台出店の物語は、また別のお話。
「ミスチーのとこの鰻美味しいんだよね。今日も夜になったらみんなで行こうよ」
「はい。私もぜひお付き合いします」
ルーミアが思い出したかのように言い、その隣で湯に浸かるリグルが同調した。
「いやぁでも、本当にいい湯ですね」
とリグルが呟くように言った。
「ねぇよ~む~、うちにもこんなお風呂作ってよぉ~。あなたなら出来るでしょ~」
「無茶言わないでください」
「だったら今度は温泉でも集めようかしら? そしたら温泉入りたい放題だよ」
「そのようなことは絶対にしませんから」
幽々子がのほほんと言うのに対して、妖夢が生真面目に答える。
「あはは、そんなことしたらまた霊夢に怒られるぜ」
魔理沙は二人の会話を聞いていたのか笑って言うと、どこからか視線を感じた。
同時に自分に向けて言葉を発せられる。
「……で、魔理沙。このような場で言うのも何だけど、私の本はいつになったら棚に返ってくるのでしょうかね?」
魔理沙の正面前方で湯に浸かっているパチュリーが、ジト目で言った。
紅魔メンバーも露天風呂に招待というより、噂を聞きつけやって来たのだ。
「だから、死んだら返すって言ってんだろ。それまで待ってろ」
「だったら今すぐ冥界の門に誘ってあげましょうか? 一発で済むから」
「おいおい、止めようぜ。せっかく気持ちの良い露天に入ってんだ。ギスギスしてたら疲れも取れなくなるぜ」
「分かった。それには同意する。から、上がったら覚えて、おき……なさい……」
「あー! パチェがのぼせそう!」
「のぼせそうというより、もうのぼせているわね」
パチュリーの顔が真っ赤になり、ジト目のまま気絶したかのようにフラフラし始めた。
そんなパチュリーを見たフランがわたわたとしながら助けようとする姿を、レミリアが微笑ましそうに見つめる。
「パチュリー様は私が看ます故、ごゆるりとしてください」
メイド長の咲夜が、小柄なパチュリーを抱えようとする。
「……ねぇお姉さま。どうしてパチェと咲夜って、あんなにおっぱいの大きさが違うのかな? 身長は咲夜の方が大きいのに、おっぱいはパチェの方が大きいよね。どういうことなのかな?」
「ちょっとフラン! それを言っちゃダメ!」
フランの無垢な質問に、レミリアは愕然と反応した。
しかし既に遅く、咲夜はまるで凍ったかのように固まった。
「…………」
「さ、咲夜。フランの無垢な質問よ。真に受けないで……」
「――巨乳なんて……ええ、もう……そうよ…………呪われろ……」
「怖い!」
咲夜がパチュリーを抱えながら、放心した瞳で呪怨が宿ったことをブツブツと呟いている。
「ありゃりゃ、咲夜さん、気を取り戻すのに時間がかかりそうですね。それより黒崎さんはどこにいるんですか?」
「ホントだ! いっちーは?」
美鈴のセリフに、フランが思い出したかのように言った。
その問いに霊夢が答える。
「一護なら、不埒な輩が来ないか見張っててもらってるわ」
「えーなんでー、いっちーがいないとつまんないよぉ」
「そんなこと言われてもね。流石に男と一緒なんて無理でしょ」
「なんで? 別にフランはなんとも思わないよ」
「何でって言われてもね……」
霊夢が返答に窮した。
それを聞いていた八雲紫が、温泉に徳利の乗ったお盆を浮かべながらお猪口で酒を喉に流しつつ助け舟を出す。
「それはね、それが女性と男性の境だからよ。つまり踏み越えてはならない境界。まだフランには早いかもしれないけど、いつか慧音先生がしっかりと教えてくれるわ」
「おいおい、勝手に決めるな。まぁ教えてやらないこともないが」
慧音が困ったかのように言う。
しかしフランには意味が全く理解できないのか、頭を傾けた。
そんな中、同じく誘われてきた永遠亭メンバーの一人、蓬莱山輝夜に対して妹紅が口を開いた。
「にしても、まさか屋敷の部屋から一向に出てこないお姫様がまさかこんな所に来るなんてな。お前みたいな奴にはこんな場所、縁遠いと思ってたよ」
「あら、やかましい犬がいると思ったら妹紅じゃない。気づかなかったわ、あんた影薄いから」
「あんたと違って私は最初からここにいたから。一護たちに呼ばれて来た身だから。勝手に来たあんたとは違うのよ」
「図々しい物言いね。聞いたわよ。雪かきの手伝いに呼ばれたけど、あんた何の役にも立てなかったそうじゃない」
「あ? てめぇ喧嘩売ってるのか?」
「そう聞こえたらそうなんじゃない?」
犬猿の仲の両者。本来なら出会い頭に殺し合いレベルの喧嘩が始まるが、今は慧音や永琳がいるので二人共、事は起こさない。
「姫様、相変わらずですね。少しは仲よくしたらいいのに。……にしても、一護さんはいないのですか。別に、何も期待していませんが……」
「おーおー、なになに鈴仙。一護がいないと物足りないの~?」
鈴仙が湯船につかるその横でてゐが悪戯な笑みを浮かべていた。
「流石はお互いの裸を見せ合った仲だね。もうそんな関係になってたりするのかなー!」
「ちょっ! 何を言ってるのてゐ! そんなんじゃありませんから! てかやめてよそういう事を公然で言うのは!」
わざとらしく、みんなに聞こえる声量で言うてゐ。それを鈴仙が強引に口を手で塞いだが、時すでに遅かった。
何人かの女性陣が一部は好奇の目で、一部は唖然とした目、そして一部はこの件について深く追求してきたのだった。
そして、騒がしくなった中、特に気にしない八意永琳が紫に話しかける。
「あれ、そういえば紫はあの、えっと彼の名前なんだったかな?」
「グリムジョー?」
「そうそう。彼は連れてきたの?」
「ええ。けど彼、一緒に入るって誘ったんだけど、ふざけるなと言って、どこかに行ったわ」
「そうなんだ。でも、女性と男性の踏み超えてはならない境とか言ってた割には、簡単に彼を一緒に入浴しようと誘い入れるのね」
「それはそれ、これはこれよ。そういう、あなたの所の外来の方は?」
「ウルキオラなら、一護くんと同じで外の見張りをお願いしてるわ」
「あら、一緒に入浴したほうが面白そうなのに」
「ウルキオラを何だと思ってるわけ?」
「弄れば面白そうな男かな。ああいう寡黙な男に限って、変な性癖してるのよね」
「ウルキオラが聞いたら怒りそうね」
そんな勝手な思い込みをされているとも知らず、当のウルキオラは……
「成程、黒崎一護。貴様はこの程度の低気温で震える男だったとはな。見下げ果てたぞ」
「俺以上に高価そうな防寒着でフル装備している男にだけは言われたくねえよ」
どう見ても一護より防寒性の高い物で一式揃え着衣しているウルキオラ。
一護は周囲を監視しつつ、霊圧探査が苦手でもウルキオラの霊圧はとっくに感じ取っていた。
「八意永琳が着ろと小うるさかったのでな。仕方なく纏っているに過ぎん」
「そうなのか。あれ、そういやグリムジョーも来てんだろ? 何で姿を現さねぇんだ?」
「俺が知る範囲ではない」
「そっか。まぁアイツがどこで何をしようが知ったことじゃねぇけど。つか、お前は露天に入らねえのか? まだ入ってない俺が言うのもなんだけど、きっといい湯だぜ」
「……今は入らんとだけ言っておこう」
「左様ですか。案外、お前もそういうところは気にするのな」
いくらウルキオラでも、女性だけの露天に入る勇気はなかったらしい。
「にしても早く風呂に入りてぇな。こんな寒空の中で入る露天は格別だろうし。お前のその健康に悪そうな肌も少しは生気が出てくるんじゃねぇの?」
一護が少し胸躍らせながらウルキオラに言う。
「黒崎一護。貴様は最近、俺に対する物言いが軽くなってきてはいないか?」
「そうか? まぁ昔ほどじゃねえのかもな」
「…………」
確かに死神時代の一護は、破面のウルキオラとは明確な敵ではあったが、今は味方とは言えないが敵でもない間柄である。
そして、どこからか不自然な突風が吹き荒れ、同時に快活な声が発せられた。
「おやおや、これはこれは素晴らしく面白なお二方がいますね」
瞬間、二人の目の前にカメラを首から下げた烏天狗こと射命丸文が現れた。
「何だよ、お前も露天を聞きつけてやって来たのか。なら遠慮せずに入っていけよ」
「急な登場に対して、冷静なご好意のお言葉ありがとうございます。ですが、今日はこの博麗神社の露天風呂を取材しに来ましたので、また後日改めさせていただきます」
「仕事熱心だな」
「はい。まぁ私の助手である椛は、にとりのお誘いで露天に浸かっているそうなので、そこだけは凄く不満ですが」
そしてメモ帳と鉛筆を取り出し、
「では、早速取材をさせて頂きま――」
と、文の常套句が発せられたかと思うと、途中でとあるメモを見てセリフは途切れた。
「どうした、また取材か? 相も変わらず詰まらぬことをやっているんだな」
「何だウルキオラ。お前も取材されたことがあるのか?」
「何度か。全て拒否しておいたが」
二人がそんなやり取りをしている中、文が珍しく真面目な表情になり言う。
「一護さん。ひとつ質問があるのですが、よろしいですか?」
「ん、あ、ああ。改まって何だよ?」
「えっとですね。――市丸ギン、と言う人をご存知ですか?」
そこで、一護とウルキオラは初めて同時に目を丸くした。
どうして、なぜこの場で市丸ギンという男の名前が出てくるのか、全くもって理解できなかったのだ。
「……知ってるもなにも。つか、何でお前がその名前を――」
『きゃぁぁぁああああああああ!!』
その瞬間だった。
強烈な名前を聞いた途端、露天に入っている少女たちの絹を裂くような甲高い悲鳴が響いたのだ。
「な、何だ!?」
「行くぞ黒崎一護」
「あ、ああ!」
今は市丸ギンという名前は置いておいて、霊夢たちの入浴している露天まで一護とウルキオラが走る。
薄く立ち上る湯気をかき消しながら、そこで見た二人の光景は……
何故かグリムジョーが衣服を着たまま露天風呂におり、何故か幽々子の豊満な胸を傲慢にも鷲掴みしているのだ。
流石の一護もウルキオラも唖然。
いや実際、どう反応して良いのか分からないのだ。
「グリムジョー! 貴様、一体何をしているのだ!?」
妖夢が即座に濡れないように置いていた刀を手に、グリムジョーに本気で一閃放った。
「うるせぇ! 俺も知らねえよ!」
「きゃぁん」
グリムジョーは幽々子の胸から手を離し、素早い動きで躱す。
「やぁねぇ、グリムジョーったら、結構強引ね。けど、そういうの悪くないわよ」
「黙れ! つか何で俺がここに、確か木の上で寝ていたはずなのによ」
幽々子の台詞を一喝し、グリムジョーは頭を抱えた。
「て言うか……とっとと出て行きなさいよ! この変態ッ!」
霊夢を筆頭に、羞恥心ありありの少女たちから弾幕の一斉放射。
「チッ! クソがぁ!」
立場的にも色々と危ないと感じたグリムジョーは、逃げるように走り去った。
「……まさか、アイツに助平心があったなんてな」
「俺も理解したいわけではないが、事実がそうなのならそうなのだろう」
一護とウルキオラが呟くように言った。
「――で、何であんたまでいるわけ?」
凄まじいオーラを纏った霊夢が、布で自分の体を隠しながら、符を取り出していた。
「え、いや悲鳴を聞いてだな見に来たんだよ! 決して邪な気持ちはない! なぁウルキオラ!」
と、自分の隣にいるウルキオラに助けを求めるが……
「っていねぇ!」
ほんのつい先ほどまでいたのに、ウルキオラは危険を察知したのかいなくなっていた。
「とっとと、出て行けぇええ!」
そして一護の目の前が爆発した。
その衝撃により、一護は露天風呂から吹き飛ばされたのだ。
(ああ、やっぱこうなるのかよ……)
空中を舞いながら、一護はとあるものを感じ取り、その次にそれが見て取れた。
(あれ、なんだこの沢山の……霊魂は?)
*
そして――
大地の底の更に深奥の奈落の国……一護も噂程度には聞いている地底都市。
元は地獄であった、鬼が築いた都市である世界。しかし地底都市とは思えなほど、常に煌びやかな提灯の灯りでこの暗黒の地底を照らし上げている。常に活気が有り、飲みに行く者たち、遊びに行く者たち、働く者たちで絶えない、鬼や妖怪の地底界。
ここは鬼や、世間から忌み嫌われた妖怪が最後の救いとして移り住む世界。
そこに一人の赤い角を生やした女性が、建物の屋根から地底世界を眺め見ながら一献やる。
「風が騒がしいね。肌でびんびんに感じ取れるよ」
愉快そうに、これから起こりうる何かに期待感を膨らませながら女性は呟く。
「何か面白いことが起こるかもね。ここ最近、とても退屈だったからいい刺激になればいいんだけど。楽しく暴れて、どんしゃん祭り。私の生き甲斐だわ」
赤い杯の酒を喉に流しながら、悦楽の瞳を空……いや地上のある洞窟の天蓋に向ける。
そこから何かがやって来る。面白い奴が来ると、女性は気持ちよく酔う。
「――なぁ、そう思うだろう? ……おっと、そうだった。まだあんたはここに来て1年くらいだっけ? いや2年か? まぁそんなことはどうでもいいか。朗報だぜ。これから楽しい祭りが開催される。私が予言しておこう」
いつの間にか自分の背後に現れた男に、顔も向けず言葉をかける。
振り向かなくても、誰がそこにいるのか気配だけで分かる。故に、女性は酒を煽りつつ、地底世界を眺めた。
「その予言が外れることを、じゃあ俺は祈るわ。面倒事は御免だからな」
女性とは対照的に、男はやる気のない声色で言葉を交わす。
「パルスィが呼んでるぜ。今日は一緒に飲む約束をしてたんだろ。早く行ってやれ」
「おっと、そうだったそうだった。すっかり忘れて」
女性は盃の酒を一気に飲み干し、言葉を紡ぐ。
「じゃあ行くか。祭りの前の前夜祭だ」
そして女性は振り返り、
「お前も一緒に飲もうぜ。他にも何人か誘ってるからよ」
男の名前を口にする。
「――スターク」
その男は、ウルキオラとグリムジョーと同じ……破面の一人であるコヨーテ・スタークなのであった。