東方幻想斬~BLEACH the fantasy time of end~   作:ディーン・グローリー

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遅くなり大変申し訳ございません。

ようやく書き終えたので投稿します。
次回もなるべく早く書きたいと思います。


第46斬【コヨーテ・スターク】

《1》

 

「はははは!! いやーまいったまいった! あんたらこの私が認めざるをえないバトルマニアだよまったく!」

「俺の知り合いにそんな奴がいるけど、一緒にされたくねえ」

 

 地底に入り、話に聞いていた旧都へ入ろうとした途端、三人の妖怪――星熊勇儀、水橋パルスィ、コヨーテ・スタークと激戦を繰り広げた一護たち。

 地底に行く前に聞かされていた通り、危険極まりない妖怪たちであった。

 魔理沙も霊夢も文字通り死力を尽くして打倒に当たり、勝利もしくは相打ちにまで持ち込んだが既に魔力も霊力も底に近い。

 結果、霊夢はまだ立つのが限界に等しく、魔理沙は動けるものの戦闘に関しては危惧の念を抱かずにはいられない。

 

「おいおいどうしたよ博麗霊夢! この私と互角に打ち合ったっていうのに、なに疲れきった顔してんのさ」

 

 勇儀はバシッと、疲弊して手頃な石に座っている霊夢の背中を叩く。

 

「イタッ! 何すんのよこの力馬鹿! てか、何でもうそんなに元気なのよ!?」

 

 涙目になりながら背中をさする霊夢。自分はここまで体力的にも霊力的にもダウンしているのに、相対していたこの鬼はもう全快に近しい。

 恐ろしいまでの回復力といったところだろう。妖力までは回復しきっていないものの、体力的には元通りである。

 

「鬼の体力舐めるなよ。お前らとは身体のつくりが違うからな。よし、もう一戦いっとくか?」

「絶対イヤ。二度とゴメンだわ、あんたとの戦いなんて」

「つれないね。ここは酒と喧嘩を何より楽しめる世界だってのに、楽しまなきゃ損ってもんだぜ。まぁ全快でもないあんたと戦ったところで、さっきみたいな熱い戦いは無理って話だろうけど」

「それより早く教えなさいよ。戦ったら怨霊を管理している場所、教えてくれるんでしょ?」

「戦って勝ったらって言ったんだがけど、変に曲解しないあたりまぁいいわ。あっちの奥、旧都の外れにある大きな屋敷に向かいな。そこにいるはずだ」

「そう、まぁお礼くらい言ってあげるわ。ありがと」

 

 お、霊夢が素直に感謝の言葉を言ったと、どこか感心する一護。

 その近くで魔理沙とボロボロの格好のパルスィ握手を交わしていた。

 

「いいか、これで私とパルスィは友達だ!」

「……さっきまで戦ってたのに何この切り替えの早さ? 気持ち悪いけど羨ましいわ」

「こんな美少女に向かって気持ち悪いはないぜ」

「自分で美少女って言えるなんて、何て自惚れ……けど妬ましいし羨ましいの」

 

 握手を交わしている二人だが、何やらパルスィからおどろおどろしい妬みのオーラがにじみ出ていた。いや、文字通り妬みの念が出ているのだ。

 そのオーラが魔理沙に触れると、徐々に魔理沙の服のみを溶かし始める。

 

「お、うおお! ちょっ、パルスィ待てストップだ! 私の一張羅が溶けてる!」

「ん、あら、ごめんなさい」

 

 妬みのオーラを抑えるも、一度溶けた服は元に戻らない。

 

「うわああああ! 私すっぽんぽん! すっぽんぽんになっちゃった!」

「いいから隠せよ! なんで堂々としてんだよ!」

「見られて恥ずかしい身体してないからな。へっくしょッ! うう、流石に寒ッ! なんか着るものないか?」

「とりあえずこれ羽織っとけ」

 

 一護は自分の上着を脱ぎ、それを魔理沙に着せる。

 

「……何でだ、さっきよりエロく感じるのは」

「感触やだな~。地肌に直接こんな上着は気持ち悪いぜ。あとブカブカだぜ」

「人が親切心で渡してやったってのに。嫌なら返してもらってもいいんだぜ」

 

 と、一護は何の気なく魔理沙に着せた服を引っ張る。すると小ぶりだがふっくらと膨らむ胸と、艶めかしい柔肌が見えた。

 

「うぉおっ! 悪い!」

「何だその反応。もっとこう、グヘヘいい体を見せてもらったぜ、とかあるだろ」

「いやそんな反応しねえよ!」

 

 一護は魔理沙から目を逸らしつつ、顔を赤らめる。

 それを見た勇儀が悪戯な笑みを浮かべた。

 

「おやおや、随分と初心な男だねぇ。結構イケメンだから女性経験は大変豊富だと思ったんだけど、案外見た目と反するものだね」

「うっせぇよ。別に構わねえだろ」

「何なら私が相手してやろっか?」

「いや聞いて――」

「駄目に決まってるでしょ!」

 

 一護が言い切る前に、霊夢が慌てたように声を上げた。

 それに一護は面食らい、霊夢はハッと我に返る。

 

「ち、違うわよ! 決して他意はないから! 私はただ同居人、というか相棒……いいえ、仲間として言っただけよ!」

「へぇ、それにしては凄い狼狽えだねぇ。二人揃ってあれかい、思いっきりピュアなのかい。いいねぇ、嫌いじゃないよ。私も気が遠くなるくらい昔はそうだった」

「聞いてないわよ。ほら、早く行くわよ二人とも。もう休憩は終了。ここにいると気が狂うわ」

 

 霊夢は石から腰を上げつつ、

 

「……ねぇ、本当に怨霊を管理してる場所は、あっているんでしょうね?」

「私が嘘ついているって言いたいのかい? 心外だねぇ、こうしていい喧嘩させてくれた相手につまんない嘘なんてつかないわよ」

「鬼の言うことを真に受けるな、と言われたことがあるのよ」

 

 勇儀はため息をつくと、スタークに視線を送る。

 

「スターク、あんた一緒に行ってやりな。道案内と、ついでに助力でもしてやりなよ。さっきの戦い、黒崎一護を温存させておくために、あえて本気でやりあわなかったでしょ?」

「筒抜けか。しょうがねぇな」

 

 スタークは面倒くさそうに頭を掻きながらぼやく。

 

「しょうがねえ。悪いけどよ、俺もあんたらの手伝いをさせてもらうが、構わねえか?」

「ああ、あんたが付いてきてくれるんなら心強い」

 

 一護は快諾する。

 

「スタークって言ったわよね? まぁ雰囲気から言って敵方と共謀とかしてないと思うし、別にいいわよ」

「一護も信用してるしな。それにすげぇ強そうだし」

 

 霊夢と魔理沙も頷いた。

 

「随分と信用されているんだな。いい仲間じゃねえか、黒崎一護」

「あんたも地底でいい仲間に出会えてるじゃねえか、スターク」

「……そうだな。一人じゃないってのは、いいことだ」

 

 スタークは口元が綻びた。

 

「よし、十分休憩はしたわ。例の屋敷に向かうわよ」

「よっしゃ! 異変解決に王手ってやつだな。気合入るぜ」

「ねぇ……」

 

 意気軒高な魔理沙に、ボソッとした声でパルシィが話しかけてきた。

 

「……と、友達になったんだから、また遊びに来ても、いいから」

 

 顔を赤らめながら、パルスィはそう言った。

 

「おう、絶対に遊びにくるぜ!」

 

 魔理沙は満面の笑顔で答える。

 それを聞いたパルスィは、ほんの少しだけ笑みを零したのだった。

 そして……一護たちは例の屋敷に向かった。

 

   *

 

 ――その頃、地上組では。

 博麗神社の一室にて、グリムジョーが静かに、そして溜息交じりにぼやく。

 

「地底にスタークだぁ? 何であの野郎までこっちに来てんだよ。しかも共闘だ? 破面だろうがよ、何で死神に手ェ貸すんだ」

「その言葉、全てお前に返ってきているのを忘れるな」

 

 グリムジョーのとんまな台詞にウルキオラが冷静に言い返した。

 テーブルの上に陰陽を象った水晶玉を置き、それを囲むように一護を担当しているグリムジョー、ウルキオラ、妖夢が座っている。

 

「しかし一護さん達も軽率に決断しましたね。先ほどまで敵だった男を連れて行くなんて」

「確かに早計だな。あの男は昔の同胞だが、信用に値するとまでは俺の口からは言えない」

「ハッ! 俺ならあの場で全員ぶっ倒していくけどな。甘ェんだよアイツらは。敵は倒す、当たり前のことだろうがよ」

 

 三者の意見は、やはり英断とは言えない様子。

 当然だろう。今しがたまで死闘を繰り広げていた相手方の言葉を、正面から真に受けているのだ。人がいいのか、もしくは現地でしか分からない情があるのか。

 ウルキオラとグリムジョーはスタークを知っている。藍染惣右介が十刃で1番の称号を与えた、自他共に認める実力のある男だ。しかし本人の怠惰というのか、やる気を感じられない野心も何もない男だったため、その真意を測ることはできなかった。

 だから、信用していいのか否か決めかねるのだ。

 

「あらあらグリムジョーったら、あまり強い言葉は遣わないほうがいいわよ。弱く見えてしまうわ」

「ああッ!?」

 

 襖で仕切られた向こうの部屋から、八雲紫の声がグリムジョーを挑発するように言い放たれた。

 

「テメェ今なんつった!?」

 

 力強く襖を開け放つグリムジョー。

 その部屋には同じくテーブルを囲う八雲紫、伊吹萃香、射命丸文がいた。

 こちらの三者は、霊夢を担当しているもの達だ。

 

「淑女の座敷に土足で踏み入るのは感心しないわよ。またスキマに閉じ込められたいの?」

「あァ、やれるもんならやって――」

 

 グリムジョーが言い切る前に、スキマに食われるように閉じ込められてしまった。

 

「あやや、まるで悪い子を蔵に束縛するみたいでしたね」

「まぁ実際、悪い子だからいいんじゃない~。それよか、紫はよくアイツを家に置いてるよね~、ヒック」

 

 酒を煽りながら、真っ赤な顔をした萃香が呂律の回らない口ぶりで言う。

 

「いいのよ。反抗期の小童の方が愛くるしいものなのだから。けど、少し自分の力を過信しすぎている、おいたなところはあるけどね」

「まるで母親のような感じですね」

「あんな大きな息子いらないわよ。あと、私はまだ未婚だから。子供なんていないので、変な記事を書いたら許さないわよ」

「そんな釘を刺さなくても書きませんよ。いやぁ信用ありませんね私」

「信用が欲しいのなら、もっとまともな記事を書くことね」

 

 紫は歎声を発しつつ、訴訟も辞さないと決めている。

 過去、橙と二人で買い物をしていただけで『大妖怪の八雲紫に隠し子が!?』などという内容が、文々。新聞の一面を飾った日のことを忘れていない。そのせいで数日の間、人里でみんなから不本意な視線を向けられていたことを決して忘れない。

 

「私は色々とお世話になっているけどね」

 

 不意に、もう一つ別の部屋――襖で仕切られた――からこちらに向けて声をかけられた。

 

「文々。新聞に私たちの発明品を掲載してもらっているから、私たち河童は種族としての名聞を得られる。それは大いに助かっている。私たちは人間が好きだからね」

 

 襖が開かせつつ、河城にとりが顔を出す。

 そちらの部屋には同じく、テーブルを囲うようにアリス、パチュリー、にとりがいた。

 

「人間が好きだけど、表立って前には出れない。だからこそ、少しでも人間に親近感をもってもらうため、文々。新聞は素晴らしい媒体さ。とても信用できるよ」

 

 にとりは諭すように、紫に言う。

 

「ええ、文々。新聞は人里や妖怪の情報源、それに娯楽にもなっている。情報を素早く伝達するという面では認めるわ。けれど、ゴシップまがい……と言うより巷談のようなことまで書かれると迷惑する人もいるってこと」

「固いね。大妖怪様なんだから、もっと心を広く持たなくちゃ。人の噂も七十五日、一時の気保養となっていると思えば、それを嬉しいと思わなくちゃ」

「困ったものだわ。新聞への扱われ方だけで、ここまで双方の印象が変わるものなのね」

 

 紫が嘆息を漏らした。

 

「下らん。情報など、自分の眼で見たもの以外は信用に値しない」

 

 二人の会話を聞きながら、ウルキオラが言った。

 

「へぇ意見が合いそうね。まぁある程度は真実なんでしょうけど、あの新聞は主にエンターテイメントとして見るに限るわ」

 

 アリスがウルキオラに同調する。

 実際、文々。新聞は100%の嘘は書かれていない。多少、文視点で脚色が加わってしまうが……。

 

「私は楽しく読ませてもらってるわ。朝のアーリー・ティーのお供に文々。新聞を読むのが習慣になりつつあるからね。ホント、フランに読み聞かせる童話のかわりになって本当に助かってるわよ」

「何か素直に喜べませんね」

 

 パチュリーの言葉に文が不満の声を漏らした。

 

「私はねぇ、あの新聞は時々さ良いお酒の特集を載せてくれるから、それだけは読んでるよ。逆に、それ以外はよく分からないから読んでないけど」

「喜んでいいのか悲しんだほうがいいのか。これはあれですね、しっかり信用のある記事を書けってことですね。ええ分かりましたよ。今度から善処してみます」

 

 次いで酔っ払いの萃香の言葉に文は反駁せず、渋々受け入れることにした。

 

「信用は大切ですね。人を陥れたりする人は信じれませんからね。猜疑心を持ちすぎるのはよくありませんが、足元を掬われる恐れもございますから」

 

 先を見据えているのか、妖夢は達観した物言いで呟く。

 欺瞞に満ちた者や、他者を陥穽させる者などは信用できなくて必定。と、言いたいところだが、この場にいる何人かは異変や厄介ごとを起こした事のある前科持ちや加担した者である。霊夢がここにいたら「どの口からそんな言葉を吐いているのかしら?」などと言った可能性がある。

 

「まぁ信用云々は、今この場では歓談に過ぎないわ。問題は現地の方よ」

「そうね。現地のみんなはあのスタークという男を信用して、異変の渦中に向かっている、ということよ」

 

 パチュリーとアリスが、テーブルの上に置かれた水晶(通信機)を見ながら言う。

 

「そうだよね。本当に善意で助けてくれるのか、もしくは何か目論見があるのか。けど通信で見ていた感じ、どこか利他的なところもあるように感じるんだよね、あの鬼に関しては」

「ええ。それにあの鬼に姦計を巡らせるほど、利口な頭はないでしょうし」

「おやおや、勇儀も馬鹿にされたもんだね。いやまぁ頭はよくないから、紫の言っていることは正しいよ。勇儀はそんな姦計とか、セコイことはしない。本当に霊夢たちの手助けをしたいだけだよ。本気で戦った仲だからね。勇儀にとっては、それだけで戦友ってやつになるのさ」

 

 にとりと紫の言に、萃香がまくし立てるように割って入った。

 

「だから、安心して信用していいよ~」

 

 グビグビと、瓢箪の酒を飲みながら萃香は言い切る。

 

「流石は旧知の仲であり鬼同士ですね。通じ合うところがあるようです」

「ほぉ、まるで恋みたいですね。これは面白い。同性愛ってやつですね、いい記事が書けそうです」

「早速信用がなくなりそうな記事を……」

 

 妖夢が文の台詞に呆れつつ、通信機に目をやる。

 

「流石は一護さんの信用を一撃で奪っただけのことはありますね、この烏天狗は」

「…………全くだ」

 

 ウルキオラが呟く。

 一護だけではなく、ウルキオラも幻想入りした際はふんだんに捏造、脚色されたものである。流石のウルキオラもその時は眉間に皺が寄っていたらしい。

 

「さてさて、スタークという男は信用に値するのかしらね」

 

 紫が面白そうに、この先の展開に心を弾ませていた。

 

 

《2》

 

 そこは暗く、重く、冷たい、文字通り地底の底めいた一室だった。

 その一室にある家具はどれも一級品だが、周囲に漂う異質な雰囲気が全てを台無しにしている。さながら古い廃墟の汚れ切った部屋に、熟練のコーディネーターが一流の家具だけをレイアウトしたかのようなアンバランスさを孕んだ場所である。

 異質な雰囲気などといった明瞭のしない言い回しをしないのなら、この一室は単純に数多の怨霊が蔓延っているのだ。通常の人間なら目に映らない。しかし見えるものがここにいたら、反吐を撒き散らし発狂したうえで逃げ出すか、意識が吹き飛ぶだろう。見えないものでもここにいるだけで精神が圧迫され呼吸困難、見えるものと同じ末路を行くだろう。

 端的に言って危険極まりない部屋。どんな神職に就いていようが、この場を浄化するなど不可能。それだけ深く深く、死者の濃度が強いのだ。

 そんな部屋で、中央に配置された椅子に腰を落としている一人の男は、部屋にも怨霊にも全く無関心なのかその瞳は虚空を見つめているのみである。

 ここにいるだけで異常なのに、まるで無意味な部屋の背景程度の存在感しか放っていない。これがどれだけの胆力を要するのか言うまでもない。

 

「……いつまでここにいるつもり? 私はあなたに協力も何もする気はありません。お引き取りください」

 

 対して、その部屋にある豪奢なベッドの上に一人の少女が座っていた。

 やや癖のある紫色の髪色に、フリルの多く付いたゆったりとした水色の服装をしており、下は膝くらいまでのピンクのセミロングスカート。見た目からするなら十代前半の小柄で可愛らしい少女である。

 しかし同じく、この狂気に染まった部屋にいるということは、この少女も普通ではない。

 何よりこの部屋、そしてこの部屋を含んだこの屋敷は、この少女が主なのである。

 そもそも“この部屋はここまで異質な雰囲気を本来していない”。理由は簡単。目の前の男が少女にとって明確な敵と、認知しているからである。

 早く帰れ、もしくは死んで、と部屋の怨霊が空気を澱ませながら、狂気の色を膨らませていく。

 それでも椅子に座る男は、全くもって意に介していない。

 

「私は静かに暮らしたいだけ。あなたの要望にも、期待にも答える気はありません。私はあなたの道具ではありませんよ。例えどんな見返りや報酬があっても、私を頷かせるのは無理です。今すぐ、そして二度とこの地底には来ないでください」

「…………」

「だんまりですか。不気味で気色悪いですね。あなたが何者かも分からないし、それに微塵なまでに興味も関心もありません。ここにあなたがいる意味などありません。無益に時間を浪費しているだけですよ」

「…………」

 

 少女の言葉を聞いているのか、聞いていないのか判然としない男は、何かを吟味したのち口を開く。

 

「……おやおや、やはり軽い術式を張っておけば、君に心を読まれる心配はなさそうだ。私の考えを読まれるなんて、苦行の極致だからね。しかしまぁ、君に今張っている術を看破される危険性も考慮して、あともう少し面倒なものも展開しておこう。さて古明地さとり、私は潔く諦めよう。君を口説き落とすのは浮気をやめるほどの困難を極めそうだ」

 

 先の物々しい雰囲気を払拭したかのように、男は弾けるような笑顔を向ける。

 古明地さとり、そう呼ばれた少女は忌々し気に男を睨みつけると、深いため息と同時に口を開いた。

 

「だったら早く出て行ってちょうだい。諦めたんでしょう? 屋敷で迷われても迷惑ですので、案内でも付けましょうか?」

「いいえ結構。そしてご心配なく。このような分かり易く単純な経路の屋敷で迷うほど、私は落ちぶれちゃいない。美人な姉ちゃんにガイドして頂けるのなら喜んでお受けしますが」

「最低ですね」

 

 軽薄な男の態度に、さとりは吐き捨てるように言う。

 今もなお、怨霊の煮え滾った負の質は部屋に蔓延としており、男を蝕もうとしている。この場はもはや、猛毒が充満した部屋といっても過言でない。

 そんな場所にも関わらず、男は涼んだ表情で言い放った。

 

「それに交渉を諦めたとは言っていません。レディ相手に大変失礼だと存じていますが、やむを得ません。少々……私の虜になってもらいます」

「――ッ!?」

 

 さとりも予測していた。

 目の前の男が強硬手段で、何か仕掛けてくることくらいは。故に対策もしていたし、様々な手も回していた。なのに……

 気の揺らぎ、男がそう言った瞬間に身構えただけで、いとも容易く術中に嵌った。

 男が小指を動かした程度の術。それだけで、さとりに微小な綻びを生じ、完全に男の掌の上となったのだ。

 

「……こ、れは……最悪、ね。こんな、男……にッ!?」

 

 さとりは糸の切れた人形のようにベッドの上に倒れると……頬を赤らめたのだった。

 

  *

 

 その頃、一護たち一行はスタークを加えて、怨霊を管理している屋敷へと向かっていた。

 先の戦いにより霊夢と魔理沙は共に力不足といっていいだろう。一護はスタークの計らいにより力を温存できた為、二人と違い遜色なく戦える。

 しかしここは旧地獄と呼ばれる、危険な妖怪の巣窟。ここに来て戦った妖怪は全て強力だった。よって、スタークが助力してくれるのはとても有難い。

 

「あんまり期待はするなよ。俺にできることは限られてる。そこの巫女の嬢ちゃんや魔法使いの嬢ちゃんほど弾幕勝負にも手馴れてない」

「それでも、あんたは腕が立つ。癪だが、あの藍染が十刃で1番を選んだ男だ。期待しないほうが無理ってもんだぜ」

「そうかい。ま、少しでも期待に添えるよう励んではみるよ」

 

 スタークはそう言うと、前を歩く霊夢が声をかけた。

 

「ねぇ、あんたに怨霊屋敷について聞きたいんだけど」

「怨霊屋敷じゃねぇよ。正確には地霊殿だ」

「地霊殿ね。そこにはどんな奴がいるの?」

「そうだな。主力としては四人いる。地霊殿の主人である古明地さとりと言う少女。そしてその妹の古明地こいし。後は主人のペットである火焔猫燐と霊烏路空だな。ペットは数いれど、あの二人が主戦力だろうよ」

「館の主人が少女って。この世界はどうしてこうも主人が少女なの多いのよ」

「お前も人のこと言えねえよ」

 

 ボソリと呟く一護。

 

「しかもペットって何? 妖怪のこと? それとも怨霊のこと? もしかしてペットしか友達がいない可哀想な子じゃないわよね」

「お前もそこまで人のこと言えねえだろ」

 

 次のは聞こえたようで、霊夢の拳が一護の顔面にめり込んだ。

 

「……で、そいつらも好戦的だったりするの?」

「古明地姉妹は勇儀たちほど好戦的じゃねえよ。だが後者のペットは主を守るためなら、俺たちにどえらい特攻を仕掛けてくるだろうな」

「心配いらないわ。あくまで話し合いに行くだけだし」

「もしくは遊び感覚で特攻してくるか、だな」

「結局戦いは避けられないわけね。ええ分かっていたわよ、ここの妖怪は出合い頭に倒しなさいって言われてるくらいだしね」

 

 渋難な流れに霊夢は苦虫をかみつぶしたような顔となるが、逆に魔理沙は喜色に染まっていた。

 

「いいじゃないか。ここには滅多に遣り合えない面白い奴らがいるんだ。せっかくなら思いっきり楽しみたいってもんだぜ。一護も勿論そうだよな?」

「さも当然なように俺も入れるな」

 

 一護は溜息交じりに言う。

 

「けど土蜘蛛に四天王の鬼、橋姫、そして破面。何ていうか豪華な面子だよな。妖怪ってさ、俺の世界には多分いない存在だから、次はどんなのが出てくるか、そういうのは楽しみではある」

「こらこら、最初に相対した妖怪、釣瓶落としを忘れてるわよ」

「え、あれって釣瓶落としなのか!? 俺の世界ではでけぇ親父顔をした妖怪ってイメージだったぜ」

 

 一護は霊夢の言葉に少し仰天した。

 こっちに来てから自分の中の妖怪像が360度変わっている。

 スタークはついでとばかりに言葉を紡ぐ。

 

「ちなみにだが、ペットである火焔猫燐と霊烏路空なんだが……火焔猫燐は火車の妖怪。文字通り火の扱いには長けてるが、それ以上に厄介なのが死体や怨霊を操る点だな。実際に戦ってみたら分かるが、趣味のいい能力とは言えない力だ」

「火車か……歯車に親父の顔が付いた妖怪だよな?」

「違ェよ。しかもそれ輪入道じゃねえのか? 見た目はまぁ普通の女の子だ」

 

 一護の的外れな妖怪像を訂正しつつ、スタークは続ける。

 

「次に霊烏路空は一口に言うと地獄烏。能力は黒崎一護、お前の世界では聞き馴染んだもので……核融合を操る程度の能力だ」

「地獄烏は流石に親父顔じゃねえよな……て、核だと!?」

 

 再び見当違いな考えを見せそうになった一護だが、核という単語を聞いて仰天する。

 イメージとしては一護にとって、核爆弾が強いだろう。前に果心居士と戦った際、近代兵器を使ってきたのでその恐ろしさは経験済みである。

 

「幻想郷に核は、どうにも似つかわしくねえな。つか旧地獄、流石は危険な奴らがいるって言われるだけはある」

「核ね。紫から少し聞いたことあるわ。外の世界では最悪の兵器を作り上げたんでしょう? 何だったかしら……水爆? 原爆? 何かそんなのよね。あんたと早苗がそういうのを使う男と戦ったって聞いて少し勉強したんだけど、専門用語が多すぎて挫折したわ」

 

 霊夢にも、あの果心居士との戦いについては話した。

 まるで世界大戦レベルの戦力を単体で内包した果心居士は、時間を凍結させたかのような結界を張って戦った為、幻想郷そのものの被害は無に等しい。しかしもし結界が張られていなかったら、想像するだけでも恐ろしい。

 

「ちなみに私は結構勉強したんだぜ。核ってやつをな。是非ともそんな凄いパワーを持った爆弾と私のパワー、どちらが上か比べてみたいぜ」

 

 勉強したう上で、満面の笑顔でそう言い切る魔理沙には脱帽したくなった一護。

 

「ま、油断しないことだな。あんた達は十分強いが、相手も強い。もし戦いになったら、面倒だが本気でやらねえとこっちがやられる」

 

 スタークの説明を聞いて、一層気を引き締める一護。

 同時に次は、その地霊殿の主人について聞こうと思ったが、その矢先――

 

「……見えたな、あれが地霊殿だ」

 

 遂にその視界に、大きな洋風の屋敷である地霊殿が見えてきたのだった。

 

   *

 

「……それで、いつグリムジョーは出てくる」

 

 そして地上組では、ウルキオラが紫に向けてそう言い放った。

 先程、グリムジョーが粗相を犯したためスキマに閉じ込められた。それからまるで忘れ去られたかのように、グリムジョーはずっと出してもらえないのだ。

 

「あ、そういえばすっかり忘れていましたね。紫さん、そろそろ彼も反省したと思いますので出してあげては?」

「彼が反省した姿なんて想像できないわ。まだお猿さんの方が反省の姿を見せてくれるわよ。こう、壁に手を当てて少し頭を下げるポーズみたいな」

「ならそれを彼にさせましょう。是非とも一枚撮らせて頂きます!」

 

 紫の言葉に、文は愉快そうにそう言う。

 

「へぇ、なかなか面白そうじゃない。あのパンチの効いた男のそういう姿は絵になりそうだわ」

「いや普通にカッコ悪いでしょ」

 

 パチュリーとアリスの意見が割れる。

 

「あの馬鹿は見てて飽きないからね~。良い酒の肴になるってもんだよ」

「彼も彼で、霊夢や一護と同じでトラブル体質だからね。今や弄られキャラにまで定着してきてるし」

 

 酒を飲みつつ言う萃香と、手元で何かを作っているにとりが言った。

 

「幻想入りした時はもうそれは本当、手の付けられない悪ガキだったわ。でもね彼、今ではお米の焚き方からお風呂掃除までしっかりこなせるようにはなってるのよ。凄く嫌そうにやるけどね」

「あら凄いじゃない。見かけによらず主夫のようなことができるのね」

 

 紫の言葉に関心するアリス。

 

「最初は大変だったけどね。草むしりを頼めば庭が戦場の跡のような荒野になったり、人里に買い物を頼めばトラブルを持ち帰ったり。挙句の果てに家庭内暴力を振るわんとする亭主関白のような甲斐性なしに。本当、よく立派に成長してくれたわ」

 

 思い出し感動したのか、まるで自分の子を自慢する母のような言いようになる。

 ちなみにグリムジョーの家事スキルを、心血を注いで上げたのは八雲藍である。紫はただ傍観していただけなのだ。

 

「これ、グリムジョーが聞いたら憤慨しそうですね。それでグリムジョーをそろそろ出して頂けませんか?」

 

 妖夢が苦笑いを浮かべながら言う。

 このままだと話の内容が脱線してくのは目に見えているので、端的に聞いた。

 

「あらそうだったわね。グリムジョーなら――東風谷早苗のところに送ったわ」

『……は?』

 

 紫の発言に、全員が口を揃えて目が点となった。

 

   *

 

 そんな和気藹々とも言えない地上組と比べ、地底組は一気に凄惨なものとなっていた。

 簡潔に言うと、地霊殿が見えたと思った途端、先程スタークが話していたペットに二人が現れたのだ。

 火焔猫燐と霊烏路空。そこからの流れは至ってシンプル。こちらの出会い頭に倒せという決め事を、向こうから仕掛けてきたのだ。共に暴虐的な力を宿しており、弾幕の一発一発が致死性を帯びていた。

 強い、しかしそれ以上に不可解な点がある。

 まるで洗脳されているかのような、生気の抜けた化物のように感じる。覇気もなく、殺気もなければ戦意すら感じられない。

 

「おかしいな、いつもの二人じゃない。何だこいつら、誰かに操られてんのか? あの二人を屈服でもさせ、木偶の如き扱える……か」

 

 唯一この二人を知るスタークは、訝しげに言う。

 

「つまりだスターク。俺たちの知らない第三者がいて、こいつらを操っている。そう言いたいわけだな」

「ああ。さとりやこいしがこんな事をするのは考えられない。それに出来るとも思えない。結果、考えられるのはこれを暗躍している誰かがいるってことだ」

「暗躍か……」

 

 一護は内心、嫌な予感が胸を渦巻いていた。

 これは刹蘭による刺客。もしくは本人。それ以外だと幻獄七夢卿。可能性としてはどれも大いに有り得るのだ。

 

「まぁ、倒してから考えればいいことでしょ。相手が攻撃をしてくるなら正当防衛よ。躊躇する必要なんてないわ」

「同感だぜ。どうせ操られていようがいなかろうが、戦いは避けられなかったんだろう。なら話が早いほうがいいぜ」

 

 霊夢の言葉に魔理沙が同意する。

 長らく共に戦ってきたせいか、互いに似た者同士だと分かってきた。自分たちの邪魔をする者は敵。対戦相手ということだ。

 

「その通りだな。全く、血の気の多い味方で助かったぜ。あんた、しっかりあの二人の手綱は握っとけよ。俺が言うのもなんだが、この旧都で生活してても違和感のない二人だ。喧嘩と酒の彩られたこの町でな」

 

 スタークが屈託のない言い方をする。

 要はバトルマニアに少し近い霊夢と魔理沙。迷いもなく言い放つ二人は、この危険な妖怪が住まう旧都にいても、何ら違和感を覚えないのだろう。

 言われた一護自身、返答に窮してしまう程だ。

 

「それに吉報もある。操られているせいか、普段のあの二人より動きが読みやすい。何つうか、攻撃手段に一貫性がある。とにかく強力なスペルのみで俺たちを討とうとしている。機械のような意思のなさ、だからこそ敵の行動が単調だ」

 

 吉兆が見えたかのように、スタークは見極めた発言する。

 

「確かにね。簡単に捌けるわ」

 

 霊夢は相手の弾幕を避けつつ体現する。

 気軽に全員で口を動かしているも、実際はそんな中も瀑布の烈度で暴虐の限りを尽くす弾幕が飛び交っている。さながら重戦車による非情なる弾幕のようで、傍目には洒落になっていない光景である。

 しかし四人は苦も無く避けている。いなしている。隙あらばこちらから攻撃も仕掛けている。

 子供が強力な武器を手にして、無闇矢鱈に振り回しているような稚拙さを感じられる。それ故に危険とも取れるが、自身の力の扱いを理解していない為、四人にとってド三流もいいところである。

 

「そんな訳で、渋々だけどここは私と魔理沙で対処するわ。一護、それにスターク。あんた達二人は先に行って。そして大元を叩いてきなさい」

「大丈夫なのか霊夢? お前ら二人、さっきの戦いでかなり消耗してるだろ」

「余裕、とまではいかないけど、誰かに操られてるこんな傀儡人形に負ける気もしないわ」

 

 霊夢は泰然と答える。

 

「もし相手が本調子だったら、認めたくないけど今の私でも悪戦苦闘ね。けど、今のあいつらなら倒すまではいかなくとも、倒されることもないわ」

 

 負けを認めない霊夢らしい台詞。それに乗っかるように魔理沙が紡ぐ。

 

「その通りだぜ。それにこんな面白い相手、四人で分け合う気なんて毛頭ないぜ。私と霊夢で思いっきり楽しむ、むしろ私一人でも十分なくらいだぜ」

 

 心強いというか、何というか。

 先のスタークの発言が、本当に現実味を帯びている。旧都でもやっていけるだろう。

 

「頼りになる仲間だな」

「ああ。こいつらのおかげで今の俺があるからな。頼りになりっぱなしだよ」

 

 一護は口元を綻ばせながら答える。

 死神時代、一護が仲間として信頼していたルキアや恋次、石田に井上、チャドなどがまさに今でいう霊夢や魔理沙なのだ。

 一護は霊夢と魔理沙に背を向けると、短く言い残した。

 

「任せる。お前らほど信頼できるやつを、俺は知らねえからよ」

 

 そしてその場に2人を残し、一護とスタークは地霊殿へと向かった。

 

 

 ――地霊殿。

 旧都の中心にある灼熱地獄跡の真上に建てられた西洋風の屋敷。紅魔館にも似ているが、あそこまで高圧的なものは感じず静観としたイメージである。

 その中は黒と赤の市松模様に彩られた荘厳な床に、美麗なまでのステンドグラスの天窓。まさにお姫様でもいそうな、立派で近寄りがたい雰囲気である。

 そして灼熱地獄跡の真上なだけあって、常に焼き切るような熱波が襲い来る。同時にここは旧地獄。多くの怨霊が屋敷を彷徨っており、人に害を成す危険な魂であるため更に剣呑な場所を作り出していた。

 一護とスタークはそんな屋敷の中に入ってきていた。

 

「すげぇ歓迎されてない雰囲気だな。こんな所に住む奴の気が知れねえよ」

「いや……少しおかしいぜ。地霊殿は、ここまで狂っていない、救いのない場所じゃあなかった。何度か来たことはあるが、怨霊の数もここまで多くないしな」

「つまり、何かが起きているっつうことだな」

「正解だ。ほら、あれを見てみろ」

 

 前方、スタークの指さした方角の空間に歪曲な亀裂が生まれた。

 まるで袋の口でも広げるかのように、亀裂が開くとそこから一人の少女と、一人の男が現れる。

 

「――さとり」

 

 スタークが少女を見て、その名を言う。

 この屋敷の主である古明地さとりに相違ない。一護もスタークの出した名前を聞き察する。

 では逆に、もう一人の男は……

 三角の帽子に、灰色のローブを羽織った、いかにも魔法使いであり詐欺師にも見える30代前半といった男。おそらくこの男が――

 

「お初にお目にかかる黒崎一護。私は『神のシルベ』が一人である《星天》――アレイスター・クロウリー。銀の星魔法師などと、刹蘭からは言われたかな。曰く、魔導の星となるようにとのことらしい」

 

 神のシルベ……『五つの試練』を冠する一人。過去、一護と早苗が倒した果心居士がその一人である。

 しかし果心居士と違い、その異質感は尋常ではない。果心居士が狂いに狂った空っぽな男なら、目の前の男は地の底めいた闇。暗く、黒い、さながら地獄の底のように見える男。一護は少なくとも、そう感じ取った。

 

「テメェ、刹蘭の仲間か!? 何でこんなところにいるんだ!?」

 

 激昂する一護。

 それを横目にスタークはどこか心配そうに、さとりを見つめていた。

 

「おや、果心居士の小僧はちゃんと話していなかったか。私は君と、そして博麗の巫女を昇華させるための存在。『五つの試練』と名乗らせてもらっているが、まぁややこしい話は後でいいだろう。端的に言うと、君を鍛え上げるために来たんだよ。つまり君の糧、君たちのための捨て駒さ」

 

 アレイスターと名乗った男は、小躍りしかねない浮かれた調子で答える。

 

「何だよそれ。どういう意味だよ……?」

「そのままの意味さ。君たちの試練であり、脅威であり、経験値であり、ただの道具だよ黒崎一護。ああ、こう言ってもいいか。ただの刹蘭からの刺客。客さ。しっかりもてなしてくれ。恋人ともども、しっかり丁重に歓待してくれ」

「恋人だと?」

 

 そこでスタークが疑問の声を漏らした。

 アレイスターという男に、さながら恋人がごとく腕組をしているのだ。その顔も恍惚としており、まさに一途な少女が大好きな男性と添い遂げることに成功したかのような、エクスタシーさを感じられる。

 なぜだ、どうして、アイツの好きなタイプなのか? いや違う。少なくともスタークはさとりのあんな顔を知らない。そうなると考えられるのは一つ。

 

「あんた、さとりを操ってるのか? 都合のいいように、不都合のないように人身操作してるのか?」

「おや、目敏いね。もしかして彼女のこと好きだったのかい? それは都合の悪いところを見られたね。今の彼女は私に夢中だからね。我を忘れて無我夢中になっているからね。嫉妬しないでくれよ、私の方が魅力的だっただけなのだから」

「違ェだろ。アンタがどういう力を使ったかは知らないが、少なくとも俺の知っているさとりは、そんな風なことをしない」

「これはこれは、まるでさとりのことを知っているような口ぶりだね。何を根拠にそのようなことを言うのか分からないな。なぁ、さとり」

 

 自分の腕にしがみ付いている少女、さとりに目を向ける。

 

「はい。何を言っているか分かりません。私は愛しい人とこうしているのに」

 

 うっとりと、心の底から、さとりはそう言った。

 

「ほら、彼女もこう言って――」

 

 瞬間、乾いた音が響いた。

 

「…………」

 

 音源はスターク。

 まるで早撃ちのガンマンのような速さで、銃弾程度の大きさの弾幕を発射し、アレイスターの頬ギリギリを掠めたのだ。

 

「……これは何の真似だい? ああ、そういう事か。早く戦おうぜってことだな」

「確認だ。さとりが本当にアンタのことを愛しているのなら、何故さとりはアンタの心配をしていないんだ」

 

 今のスタークの不意を突いた卑怯な一撃に対して、さとりは変わらなかった。恍惚にしているだけ。腕組をしているだけ。怒ったり、やり返したりが全くないのだ。

 

「さとりは本当に大切に思っているものが傷つけられたら、誰よりも怒るんだ。それがないってことは、操られているいい証拠だよ」

「不躾だな。全く、これだから面白い。流石は刹蘭が選んだ破面だ。期待通りの成長ぶりだよ」

「……選んだ? どういうことだ。俺たち破面は、この世界に誰かの手によって誘われたって、ことなのか?」

「ああ、その通りだよ。さて、そろそろ詰まらないお喋りは終わりだ」

 

 不意に、こちらの疑問を氷解しないままアレイスターはプレッシャーを上げてきた。

 大地が震撼する、全身の毛が逆立ちし尋常ではない威圧が一護とスタークに襲い来る。天変地異の前触れのような極大な力が、目の前に現れているのだ。

 

「疑問が多数あるとは思うが、この際だ忘れてくれ。今は私との試練に付き合ってくれよ。もし私を踏破したのなら、褒美に何でも教えてやろう。ありきたりな報酬だが、その方が君たちは喜ぶと思ってね。さぁ始めよう……私の試練は至ってシンプル」

 

 アレイスターはさとりの頭に手を置き、

 

「黒崎一護が戦ってきた、そして戦うはずだった――過去と未来の敵だよ」

 

 そしてここに戦いの幕が下りた。

 

 

《3》

 

「さて、黒崎一護。君の今までの全てを乗り切る時だよ。それを踏破してもらってこそ私の試練は成就する」

 

 大仰に、そしてこの上のなく奇態さも滲ませながらアレイスターは古明地さとりの頭に手を置く。

 魔法陣、置いた手の甲に展開された幾何学の模様が描かれた円形の陣より、淡い光がさとりを包み込んだ。瞬間だった。

 輝く燐光が発生したかと思うと、アレイスターの目の前に驚くべき人物が現れた。

 班目一角……護廷十三隊十一番隊第三席。スキンヘッドが特徴的で、一護とはそれなりに付き合いのある死神である。

 

「よォ一護。久しぶりじゃねえか」

「――一角!? 何でお前がここにいるんだよ!?」

 

 訳が分からない。理解できない。なぜここに尸魂界にいるはずの班目一角がいるのか。

 一護が混乱する中、スタークがそれを氷解させるために解説する。

 

「さとりは心を読む程度の能力を持っている。その力を応用して相手のトラウマ、過去の弾幕を再現することも可能だ」

「再現……。てことは、あの一角はさとりって奴が再現してるってことなのか?」

「いや、流石に人物そのものを再現できるなんて話は聞いたことねえ。恐らくだが、あの男が何か手を加えたんだろうよ」

 

 目の前にいる一角はまさに本物そのもの。虚像や偽物といった陳腐な言葉では片づけられないほど、完璧なまでに再現しているといっていいだろう。

 古明地さとりの力をアレイスターが底上げした結果、一護のトラウマではないが戦ってきた猛者たちを完全再現しているのだ。

 

「おい一護ォ! なに呆けていやがるんだ。さっさと構えねェと、こっちから行くぞ!」

 

 一角は一気に跳躍する。

 そして自身の斬魄刀を抜き放ち、解号を口にする。

 

「延びろ――『鬼灯丸』!」

 

 すると日本刀が形状を180度変える。

 それは槍……始解と呼ばれる一角の持つ斬魄刀の姿である。

 

「ッ、一角!」

 

 一護の代行証は黒い霊圧を噴き上げる。爆発するように噴き出た漆黒が一護を包み込み、その次の瞬間には死覇装のように着こまれていた。同時に、手には斬月が握られ、急激なまでに霊圧が上がった。

 そして一護と一角の斬魄刀がぶつかり合う。

 両者、手など一切抜いていない初撃。鍔迫り合いとはならず、一護と一角は弾かれるようにお互い後方に飛ばされた。

 

「やるじゃねぇか一護。やっぱ戦いはこうじゃねぇとなァ!」

 

 再度、一角は一護に槍を振るう。

 刺突、薙ぎ、更には槍が三節混のように変幻自在となり、それらを巧みに操る。雄々しく戦い、そしてただ無我夢中になるのではなく冷静さも担っているのだ。よって、自身の斬魄刀の長所を活かして、一護を翻弄できている。

 

「オラオラどうした一護! お前の力はこんなもんじゃねぇはずだろうが!」

「うるせぇ! だったら見せてやるよ。黒符『月霊幻幕』!」

 

 三日月状の黒い弾幕が展開され、一斉に一角に放たれる。

 

「鬼道か!? くッ! 一護、テメェいつそんな力を!?」

 

 自身の知らない力を使われ驚愕する一角は、紙一重で冷静さを取り戻すも一歩遅かった。

 弾幕を放つと同時に一護は、瞬歩の要領(大地の魂を引き出しての疾走)で高速移動し、一角の後ろに回り込んだのだ。躊躇いはない。再現である以上、いや例え本物であっても一護は手加減はしなかっただろう。それは一角に対して、多大なる失礼に当たるから。

 

「終わりだァア!!」

 

 斬月を振るい、斬撃とともに一角を容赦なく吹き飛ばした。

 

「グァァアアアアアッッ!!」

 

 一角が苦悶の叫びを上げる。

 ピシッ……と、硝子の割れるような音が一角から聞こえたかと思うと、文字通り盛大に一角が砕け散ったのだ。パラパラと光の粒子にまで砕け、風に乗って飛ばされる。

 それを見てアレイスターは心底満足げな顔をすると、再び前方に光の粒子が集約されていった。

 

「いいぞ、流石だよ黒崎一護。その調子でどんどん突破していってくれ。ああ、あと分かったとは思うが、こうして召喚した人物は君に絶対的な敵意を持つ。戦いは避けられないと思いたまえ」

 

 親が子でも褒めるかのように言うと、集約された光が新たな人物像を形成した。

 

「久しぶりだな一護。まさかこうして、お前とまた戦えるなんてよ。こっちは存分にやらせてもらうぜ」

「――恋次。次はお前かよ」

「だけだと思うなよ黒崎一護」

 

 目の前に護廷十三隊六番隊副隊長……阿散井恋次が現れたかと思うと、再び光の粒子が虚空より生まれ集約されていった。

 そして集約された光が人の形を形成すると、二人目が現れたのだ。

 

「黒崎一護、こうして兄(けい)と再び相まみえるとはな。これもまた宿命か」

「白哉も、だと……!?」

 

 そして同時に護廷十三隊六番隊隊長……朽木白哉も現れた。

 

「一人しか再現できないとは、言った覚えはないぞ。頑張りたまえよ、励みたまえよ、私は君に踏破されてこそここに来た甲斐があるというものなのだからね。死神時代の輝きを、超えてもらわなければならないのだよ。さぁ、踊ってくれよ、この素晴らしき歌劇の中でな」

 

 礼賛するかの如く、心の底より乞い願う。真偽はどうあれ、アレイスターは自身が生み出している試練突破を最優先に遂行しているのだ。

 過去の、一護が駆け抜けてきた轍にいる猛者。それらを幻想郷で得た力を以て、改めて超えてもらう。

 なればこそ、全力を尽くせ。魂を燃やせ。己の渇望を声高らかに叫ぶがよい。ここで一護が負けるなんて言う未来は、誰も望んではいないのだから。

 

「俺は負けねえ。今までも、そしてこれからも、そんな予定はないからな!」

 

 一護は霊圧を上げ、恋次と白哉に向け弾幕を飛ばす。

 烈風となり、破壊力を宿した無数の弾幕に対して、恋次は跳躍した。

 

「咆えろ――『蛇尾丸』!」

 

 幅広の蛇腹剣となる恋次の斬魄刀。

 よって刀身を伸ばし、遠距離からの攻撃を可能とするそれは、一気に一護に向けて振るわれた。

 

「くッ!」

 

 咄嗟に一護は斬月で、恋次の蛇尾丸の攻撃を防ぐ。

 その衝撃、防いでなお一護を後退させ、斬月を握る手に痛みが走るほどである。

 そして勿論、それだけで終わるはずはない。

 

「散れ『千本桜』」

 

 白哉の斬魄刀の刀身が、ヒラヒラとまるで舞い散る桜のように細かく枝分かれする。そしてその舞った桜のように絢爛たる輝きが、それらを反して凶悪たる暴虐性を帯びていた。

 舞う輝きが、一護の放った弾幕を防ぎ、搔き消していくのだ。

 

「おらァアアッ!!」

 

 恋次は地面に着地すると再び蛇尾丸をゴムのように伸ばし、一護を切り裂かんと颶風の勢いで迫る。

 

「お前の戦い方は嫌ってほど知ってるんだよ! 黒符『天幻月牙』!」

 

 一護は蛇尾丸を避け様にスペルを唱える。

 恋次の周囲全域に黒い弾幕が展開されると、容赦なく四方八方より弾幕が恋次に集約するように襲い掛かった。

 

「何ッ!?」

 

 それに対応するには数舜遅く、爆撃爆風が烈破となりて吹き荒れた。

 

「兄にそのような力があるとはな。だが、それは鬼道とよく似ている。ならば対策を講じるのも容易いだろう」

 

 その間に白哉がこちらに矛先を向けていた。

 千本の見えない刃は吹雪き、触れたものを無残に切り刻む白哉の十八番。一護が気づいた時には既に眼前にまで刃が舞っており、回避や防御が追い付かない位置にまできていた。

 

「――しまッ!?」

「虚符『虚閃』」

 

 誰もが一護の引き裂かれる瞬間を予想していたであろう。しかし、そうはならなかった。

 赤い閃光が迸ったかと思うと、白哉の千本桜を全て搔き飛ばしたのだ。

 

「手を出そうか少し悩んじまったが、やっぱり手を出すことにした。恨むなよ、一応これはさとりを取り戻すための戦いでも、俺の中であるからな」

 

 これまで傍観していたスタークが、虚閃を放って一護を守ったのだ。

 

「一対一なら手を出すのも悪いと思ったんだが、相手が二人なら話は別だ。俺も、面倒だが本気で行かせてもらう。何より、大切な仲間を助け出すためだ」

「スターク、あんた……」

 

 一護はスタークを見て、何かを言おうと思ったが口を噤んだ。

 ああ、短い時間だがスタークのことを少し理解した。スタークは誰よりも仲間想いだ。藍染との戦いで、ほとんど関わりのない相手だったが、恐らく破面で仲間を大切に思っているのはスタークだろうと、一護は感じ取った。

 

「破面と手を組んでいるとはな、黒崎一護。よもや、そこまで落ちたということか?」

 

 白哉が失望したかのような声を上げるも、一護は平然と答える。

 

「落ちてねえよ。今の俺はスタークの仲間だ。白哉、お前は知らねえと思うけど破面も全員が全員、悪い奴じゃねえんだぜ」

「成程、戯言だ。その考えは相いれん。故に、それが間違えであると正してやろう」

 

 白哉が指先をこちらに向け、

 

「縛道の六十一『六杖光牢』」

 

 六つの光の帯が一護の周囲に現れたかと思うと、胴を突くように囲うと身動きが取れなくった。

 死神は使う霊術。鬼道と呼ばれるもので、二つに分けられる。一つは攻撃系の破道、そしてもう一つは防御や束縛、伝達などに使われる縛道。今のは縛道で、対象の動きを封じる縛道である。

 

「ちッ! 鬼道か!? こんなもん――」

「遅い。破道の三十三『蒼火墜』」

 

 蒼い灼熱の焔が扇状に放たれ、一護を包み込もうとする。

 

「仲間、か……」

 

 余裕な足取りで一護の前に立つと、白哉の放った蒼火墜を片手で軽々煽るように掻き消してしまった。

 隊長格の鬼道をここまで容易く対処するとは、流石は藍染から1を授かった十刃である。その実力は伊達ではなのだろう。

 一護は霊圧を高め、呪縛を粉砕しスタークの横に立つ。

 

「助かったぜ、ありがとよスターク」

「死神にお礼を言われるのは、随分と滑稽に思ってしまうな。けど、まぁ仲間だからな。面倒だが助け合いといこうぜ」

「ああ、頼むぜ」

 

 一護とスタークは構える。

 その姿を見て、白哉の眼は刃のように鋭く細めた。

 

「死神と破面の共闘だと。そうか、兄は変わったという事か。少し見ぬ間に何があったかは知る由もないが、兄がそちらに立つのならこちらもそれ相応の処置を取らせてもらう」

「隊長!」

 

 すると死覇装の所々が焼き焦げた状態で、なおかつ負傷している恋次が現れた。

 

「あの馬鹿の目は俺が覚まさせます! ここはしばらく俺に任せてください!」

 

 気骨稜稜とした様で、恋次は前に出た。

 それを見た白哉は何も言わず、目を閉じて一歩後ろに下がる。これだけで意思疎通は完了。恋次は隊長の期待と、何より今の一護を改悛させるためでもある。

 よって、ここから先は全力である。

 

「一護、一発思いっきりぶん殴って目ェ覚まさせてやるからよ。後悔すんなよ!」

 

 恋次の霊圧が爆発的に上がる。同時に蛇尾丸を一護に向け――

 

「――『卍解』!!」

 

 言うや否や、霊圧が一気に暴風となり放出され土煙が恋次の周囲を竜巻のように巻き上がる。

 もはや猛威とすら言える暴風が颯々と吹き荒れる中、それが徐々に姿を現した。

 先の蛇尾丸の姿が嘘かと思ってしまう程に姿形が変化している。刀は巨大な蛇の骨のように変化し、恋次自身も狒狒の毛皮と牙で出来たマントを纏っているのだ。

 

「……『狒狒王蛇尾丸』」

 

 これこそ死神の奥の手である卍解。

 斬魄刀の始解の更に上である卍解は、死神の中でも極僅かな者しか会得できない奥義中の奥義。その力は始解の五倍から十倍まで力が上がると言われる。

 恋次のこの卍解は一護と共に、ルキアを救出するために習得したものである。

 

「卍解、かよ。加減はなしってことか」

「あれが卍解か。一度、卍解を使った相手とは戦ってみたかったんだよな。こいつは都合がいい、どんなものか近くで見せてもらうぜ」

 

 一護は警戒心を強め、スタークは興味深く観察する。

 

「……何だ?」

 

 そして一護はここで不可解なものを感じ取った。

 

「オラ! ボサッとしてんなよ一護!」

 

 恋次は狒狒王蛇尾丸を大きく振るうと、まるで生き物のように獣の咆哮を上げて迫ってくる。相乗効果なのか獣の雄叫びにより圧迫感が段違いに上がっていた。先の蛇尾丸の比ではないのは火を見るよりも明らかだ。

 よって卍解を防ぐにはそれと拮抗しうる卍解の力が必要である。

 しかし……である。

 

「何ッ!?」

 

 愕然とした。驚愕した。目を大きく見開いた恋次が、一番戦慄したであろう。

 何故なら――一護は斬月の状態(始解とは少し違うが)で軽く受け止めていたのだ。小揺るぎもせず、正面から、斬月を握る手に何の痛痒すら感じず。先の蛇尾丸の攻撃は手に痛みを感じ衝撃で後退したにも関わらず、卍解した恋次の攻撃を糸も容易く防ぎ切っているのだ。

 

「霊圧が上がっているのか。それも上昇の幅数が尋常ではない。最初の一撃は臨戦態勢ではなかった、ということか」

 

 白哉すらも瞠目しつつ分析した。

 そうした結果、導き出されるのは明快な絶望の格差。霊圧は勿論のこと、技量もそして一護が使う弾幕の力も全てが恋次で敵う相手ではない。

 

「舐めてんじゃねえぞ一護ォオ!!」

 

 そして当然、恋次もその事実には気づいていた。

 だが退かない。いいや退けない。仲間である一護に一発喰らわすまでは、絶対に引けないのだと恋次は怒りに沸騰している。

 

「テメェこそ少しは聞く耳持ちやがれ!」

 

 受け止めている斬月を振るい、蠅でも叩き飛ばすかのように弾いた。

 

「破面と手を組んだお前に、何を聞けっていうんだよ!」

 

 弾かれてなお、恋次は巨大な狒狒王蛇尾丸を自分の手足のように動かしながら、一護に休むことのない猛攻を加える。岩盤を砕き、恋次の裂帛の気合が剛撃を生んで常に極大の力が一護に注がれた。

 

「うるせぇ! 頭ごなしに何でも否定してんじゃねえよ!」

 

 まさに鎧袖一触。一護はそんな猛攻を前にしても、怯むことなく軽く捌いている。今の恋次など敵ではない。死神時代の一護自身の力を、今や上回っているためこんなもの目を閉じていても防げてしまえるやもしれない。先に感じた不可解さは、卍解した死神の霊圧は……この程度のもなのか? という疑問である。

 

「くそッ! 卍解もしてねえのに、どこにそんな力があるんだよ!」

 

 恋次は猛攻の手を止め、その次の瞬間に狒狒王蛇尾丸に霊圧を込める。

 

「だがな、俺も諦めは悪いんだよ。それはテメェが一番理解しているはずだぜ一護」

 

 赤い霊圧が骨の全ての連結部分で電流のように激しく通り始める。一目瞭然、これは恋次の必殺の一撃である。

 

「喰らいやがれ!『狒骨大砲』!!」

 

 霊圧による超高密度の閃光。破壊の限りを尽くすその一撃は、必殺と言って何の遜色もないだろう。

 一護も斬月に霊圧を込め、同じく自身の必殺のスペルを唱える。

 

「お前が喰らいやがれ! 黒斬『月牙天衝』!」

 

 瞬間、漆黒の斬撃である月牙天衝を放つ。

 単なる霊圧による斬撃。だがその威力は拮抗すらもなく、恋次の必殺を理不尽なまでに造作もなく掻き消してしまった。そしてそのスペルは、恋次の狒骨大砲を両断してなお、その勢いは揺ぎない。

 

「――一護、お前は……」

 

 恋次の持つ狒狒王蛇尾丸ごと完全に貫き、恋次はそのまま月牙天衝に飲み込まれてしまった。

 そして轟音と共に、爆発が発生すると光の粒子が一緒に散らばっていく。これは恋次が先の一角と同じで、その再現が消滅した証だ。

 

「…………くそッ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔となる一護。例え一角や恋次が再現された存在でも、仲間を討つというのは心に多大なダメージを負う。久しぶりに見た死神時代の仲間。感傷に浸ってしまいやすい一護にとって、辛く重すぎるのだ。

 

「……次は俺がやる。少し下がってろ」

 

 一護のそんな姿を見て、スタークが白哉と対峙する。

 

「い、いや、俺がやるスターク」

「言っただろ。今は仲間だ。それに俺にはさとりを助け出さないといけない。失敗はできないんだよ。あと隙があれば、律儀にこんな試練に付き合う義理はない。あの男をお前が討て。そうすれば全て片が付く」

 

 スタークの言う通り、わざわざこのような試練を突破する必要はない。やれるチャンスがあればアレイスターを倒してしまっても構わないのだ。

 

「まぁそれに、卍解を使える相手ってのは俺も戦ってみたかった。少し興味があるんでな」

 

 刀の切っ先を白哉に向けて言う。

 同時に白哉が目を細め、

 

「貴様が私の相手をするということか。ならば、こちらも情けを掛ける必要はなさそうだ」

「そうかい、まぁこっちも後には引けないんでね。さっさと始めようぜ」

 

 互いの霊圧が急激に上がると、開戦の号砲が鳴り響いた。

 千本桜による無数の刃、全てがスタークを引き裂かんと不規則な舞い方をしている。辺り一面、どこからでも攻撃を仕掛けられるため、この攻撃を対処するのは困難である。

 

「面倒だな。だが子供の小細工に等しいぜアンタ」

 

 途端に圧倒的な暴威を宿して、スタークが白哉に突貫した。

 そしてただ突っ込んでいる訳では勿論ない。自身の周囲に青色の弾幕を展開し、それらがスタークより速く次々と白夜に向けて発射されているのだ。

 

「破道の三十三『蒼火墜』」

 

 白哉の片手より、蒼い炎が閃光のように放たれる。

 青と蒼の激突。鼓膜を破るような轟音が響き渡り、衝撃波を伴った爆発が発生する。しかしスタークの展開している青の弾幕はそれこそ簡単に装填され、魔の弾丸と化して休むことなく放たれ続けた。

 

「潤沢な弾幕だな。ならば縛道の八十一『断空』」

 

 自身の眼前に透明な防御壁を作り出す断空。それによりスタークの弾幕は断空により被弾しても白哉には届かない。

 だが、そんなものは弾幕にしか効果がなかった。

 

「行くぜ」

 

 スタークが前方まで行くと手にした刀を断空に振るう。呆気なく硝子が割れるかのように砕けた。

 断空は八十九番以下の破道を完全に防ぐ最強の防御壁だが、スタークにとってそんなものは何の守りにすらならない。

 

「終わりだぜ」

「甘いな。破道の六十三『雷吼炮』」

 

 だが砕かれるのを予期していた白哉は、既に鬼道の準備を万全としていた。

 放たれるは凄まじい雷を帯びた霊圧によるエネルギー波。それがほぼゼロ距離に等しい位置でスタークに浴びせられたのだ。

 確実に喰らったと、そう思われたのも刹那。事態はそう簡単には覆られなかった。

 雷吼炮がスタークに直撃する瞬間、構えもなしに虚閃が放たれていたのだ。構えもなしに放たれた虚閃は、例え意表を突かれても直ぐに対応できる。

 そしてほぼゼロ距離でぶつかり合った互いの攻撃により、猛烈な爆発が発生し完全に二人を破壊の嵐が包み込んだ。

 

「スターク!」

 

 一護が思わず叫ぶと、両者が爆風を引き裂きながら現れた。互いに手傷は負っているものの、致命傷とはなっていない。いや、それどころか両者何事もなかったかのように攻め立てていた。

 千本桜がスタークを襲うも、素早い動きで回避しつつ無数の弾幕が常に白哉に向けて放たれる。弾雨と刃の激突は、烈火怒涛の勢いで繰り広げられ、安全な領域など存在していない。もし両者の間に割って入れば、文字通り切り刻まれ爆破の嵐が全身を粉微塵にするだろう。

 止まらない、いいや止めてはならない。少しでも手を緩めれば趨勢は決まるだろう。

 だがこのままでは埒が明かないと、スタークは不意を突くように流れを変える。

 

「虚符『百火虚弾』」

 

 それは破面が得意とする虚弾(バラ)。威力は低いがその弾速は虚閃の二十倍速いとされる。それが一気に百個の虚弾を生み出し、一斉に発射されるのだ。相手の虚を突くのにこれほど適したスペルもないだろう。

 

「くッ! よもやこれ程とは――ッ!!」

 

 吸い込まれるように白哉に被弾し、苦悶の声を上げる。その痛み、音速以上で飛来してくる砲撃を受けているに等しい。全身の骨がひび割れ、身体が原型を留めなくなってもおかしくはない。

 

「はッ、はぁはァ……ぐゥ、ッッ!」

 

 だがそうはならない。

 白哉はすんでのところで千本桜を防御に回し、上記のようにはならずに済んでいる。

 

「砕けないか。再現だから、これだけダメージを与えりゃ終わると思ったんだがな。個体差があるようだ」

 

 スタークは白哉の姿を見て、自身の考えを口に出す。

 そんな中で気概を見せる白哉は、まだ終わらぬと再び霊圧が上がった。

 

「貴様、卍解が見たいと言っていたな。ならばその望み、叶えてやろう。貴様には過ぎたる技だ。存分に堪能するとよい」

「そいつはどうも。少しだけ見せてもらうぜ、アンタの卍解とやら」

 

 スタークは再度、構えを直す。あの時、戦うことが叶わなかった卍解相手の戦闘が、こんなところで出来るとは夢にも思わなかった。その点だけは欠片、いや塵芥ほどだがアレイスターに感謝せざるを得ない。

 そして白哉は刀の先を地面に向けると、そのままスッと落とした。

 

「――『卍解』」

 

 しかし刀は地面に落ちるのではなく、吸い込まれるように消えると卍解が顕現したのだ。

 

「『千本桜景厳』」

 

 地面から千本もの巨大な刀身が現れたかと思うと、桜が舞い散るように刀身が全てばらけた。千本桜を遥かに上回る数の刃と化したのは瞭然である。ここまでくると美しさのあまり目を見張り息をのむ。桜吹雪のように舞う刃は、明媚で煌びやか。だが、それに見とれていたら切り裂かれるのは必然。そしてスタークもそんな愚は犯さない。

 

「凄いな。これが卍解か。近くで見れて感謝するよ隊長サン」

「感謝の返礼だ。受け取れ破面」

 

 白哉が手を動かし、全ての千本桜を操る。

 無数の桜吹雪が刃と化し、スタークに向けて襲い掛かった。こんなもの多勢に無勢である。億の刃が自分のみを標的に向かってくるのだ。脅威以前に理不尽すら超えた絶望を生んでいる。

 

「……まぁ堪能している暇はないんだがな隊長サン。こっちは仲間を一刻も早く助けないといけないんでね」

 

 スタークは分身を作り出す程の速さで動き、白哉を翻弄とする。同時に虚符『百火虚弾』を連発し、瀑布の勢いで繰り出していく。

 白哉もそれは読んでいたようで、無数にある桜吹雪を防御に回しスタークの攻撃を防いでいく。その上で余りある桜の刃でスタークに向けて放っていった。

 矢継ぎ早に繰り出される桜の斬撃の悉くを、スタークは事も無げに刀で弾いていく。刀で舞い散る桜の花びらを斬るが如く、なんの困難もなくスタークはやってのけていった。過去、一護はこの攻撃を卍解――天鎖斬月で対処したが、スタークはこれを帰刃無しでやっているのだ。その実力、計り知るのは容易でないだろう。

 

「これでは捉えきれんか……。厄介だな」

 

 スタークは常に弾幕を張り、白哉を襲っている。そして白哉でも補足するのが苦難な動きをしている。よって吭景、殲景といった千本桜景厳の応用技を出すことができない。少しでも防御に回している桜の軌道を変えれば、自身に弾雨が降り注ぐのは目に見えているからだ。

 

「……成程。理解したぜ。十分だ。そろそろ締めに移らせてもらう」

 

 瞬間、スタークが攻撃の手を止めると、捷い動きで後退した。

 白哉はそんなスタークの姿を見て訝しむも、瞬時に悪寒が走る。

 

「こっちも卍解を見せてもらった礼だ。俺もとっておきを見せてやるよ」

 

 刀を腰に戻し、佩刀する。傍目には臨戦を解いたように見えるが、そうではない。霊圧が、そして幻想郷で手にした妖力が徐々に膨れ上がっていく。

 一護も、そして白哉もスタークが何を行うかを理解していた。

 これが破面の、死神の卍解に当たる御業――

 

「蹴散らせ――『群狼(ロス・ロボス)』」

 

 瞬間、青い霊圧が爆発するように広がり、竜巻となりてスタークの周囲を包み隠すように旋回する。

 天井知らずに急増する霊圧。横溢し切った霊圧が空間を漂い、場の圧を急激に広めていった。

 

「構えな隊長サン。これは警告だ」

 

 スタークの姿を捉えるより前に、声が響き渡った。

 それを聞いた白哉は咄嗟に、自身の最終奥義を形成する。千本桜の全てを自身の体に集約させ、桜の翼と一本の剣を作り出す。千本桜全てを纏って相手を攻撃する技であり、威力は間違いなく白哉の持つ技で一番である。

 

「『終景・白帝剣』!」

 

 そして地面を蹴り、スタークがいるであろう領域に突貫を仕掛けた。

 いくらスタークであっても、これをまともに受ければ敗戦となりうる威力を有している。だが、次の瞬間には全てが終わっていた。

 

「――虚符『無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』」

 

 目を疑った。

 一度に、ざっと千発以上の虚閃が放たれたのだ。しかもそれだけでは終わらない。連射性を秘めているのか、二千三千と勢いや威力が全く劣らない状態で放たれている。もはや滑稽にすら感じるそれは、ジェノサイドによる愕然たる蹂躙。

 剣呑などする暇を与えず、虚閃の奔流に白哉は貫かれたのだった。

 

「ふふふ、あははははは!! ああ、いいな最高だよ! 悦に浸れ、刮目させられる。笑いが止まらんよ、解放された気分だ!」

 

 アレイスターはその光景を見て、歓喜に満ち溢れていた。

 総身を奮わせ、湧き起こる感動を隠せない。

 

「本番はまだまだこれからだよ。黒崎一護が戦ってきた敵はもちろん、本来戦うはずだった未来の敵も残っているんだからね。さあ楽しませてくれ、感嘆とさせてくれ! 君たちならこの試練を超えられると、私は誰よりも信じているからね」

 

 そして一護とスタークの試練は……まだまだ終わらない。

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