東方幻想斬~BLEACH the fantasy time of end~   作:ディーン・グローリー

48 / 51
すみません、遅くなりました。


第48斬【魔王ヘカーティア】

【1】

 

 時はアレイスターが『高次時代・銀の星』で一護と自身を別空間に送り込んだところ。

 一人だけ取り残されたスタークは古明地さとりの安否を確認すると、一護の帰りを待つためその場に残っていた。

 

「……たく、いつになったら戻ってくるんだ?」

 

 面倒そうに頭を掻きながら呟いた。

 いつ何どきでも対応できるよう、帰刃は解かずにいる。万が一、一護が負けていた場合、アレイスターとは自分が戦うこととなる。アレイスターは帰刃状態でなければ勝てる相手ではない。

 スタークはいつでも戦いに臨めるよう、気を張っている時だった。

 

「――やぁやぁ君がスタークだね。刹蘭の坊やが連れてきたという破面で合っているかな?」

 

 その瞬間だった。

 声と共に1人の女性が、自分の目の前に現れていたのだ。

 一体どうやって、どのような手段を用いて現れたのか分からないが気づいたら目の前に、さながら最初からいましたと言わんばかりに、平然とそこにいたのだ。

 

「――ッ!?」

 

 スタークは素早く飛び退く。

 驚愕どころではない。

 スタークと言えば元NO.1の十刃であり、この幻想郷に来てから更なる力を手に入れていた。

 そのスタークが、容易く間合いに入られたのだ。愕然とする他ない。

 

「何よ、乙女の顔を見てそんな血相変えて逃げるなんて酷いじゃない。地獄に堕としたくなるわね」

 

 対する女性は、面白おかしい調子で口を開く。

 赤い髪の女性で、黒を基調としたTシャツにチェック柄のミニスカートを着用している。Tシャツには『Welcome Hell』とふざけた英字がプリントされている。

 見た目だけなら、どこにでもいそうな女性である。

 

「あら何かしらこれ、趣味悪いわね。覗き道具の類ね、変態さんでもいるのかしら」

 

 スッと腕を振るう所作のみで、黒崎一護の周囲に浮いていた代行証型の通信機が粉々に砕けた。

 雰囲気だけで、即座に感じ取れる。

 ――コイツには勝てない。

 スタークの勘がそう訴えかけている。

 恐らくだが、目の前の女性は全く臨戦体制に入っていないだろう。

 それなのに規格外レベルの圧を全身で感じる。冷や汗が止まらない。握る銃が震える。呼吸が乱れる。総身が粟立つスターク。

 極端な例えだが、先のアレイスターが通常の大虚(ギリアン)だとするなら、目の前の女は最上級大虚(ヴァストローデ)。それ程までに力量の隔たりが存在する。

 一護とスタークの2人がかりで、アレイスターと対等に戦えるレベルなのだ。よって目の前の女性に自分一人で戦える道理などどこにもない。

 

「ちょっと、黙ってないで何か言ってくれないかしら。私、破面って種族とこうやってお話するの初めてなのよ。あなたのこと興味あるの。だから何か話してくれない?」

 

 出会った人に道を尋ねるような気楽さで、スタークに話しかける。

 

「あ、そっか。自己紹介がまだだったわね」

 

 ポンと、両手を叩いて思い出したかのように口を開いた。

 

「私は地獄の女神――ヘカーティア。よろしくね、コヨーテ•スターク」

 

 友達に向けるような笑みで女性――ヘカーティアは言った。

 

「あなたにもキッチリ名乗ってほしいんだけど、まぁもう名前知ってるしいいよ。でね、実は私、ここにきたの刹蘭の坊やにも内緒なの。あ、刹蘭って知ってるかな? さっきあなた達が戦っていたアレイスターの上司みたいな男なんだけど」

 

 ペラペラと、スタークの心中など無視して舌を回す。

 そんな中スタークは、この場をどう切り抜けるかに頭をフル回転していた。敵か、そうではないのか? もし敵だった場合はどうするのか? 恐らく地底の総力を上げても勝つのは到底不可能。なら逃げる。それも無理だ。背中を向けた瞬間、容易にやられる。

 そんな事を思考している時、

 

「まさか私が敵だと思っている? なら心配しなくていいわ。私はあなた達の味方でもないけど、個人的に敵でもないから。別にあなたを殺そうとか、そんなこと1ミリも考えてないから不安がらないでね」

 

 ヘカーティアはのんびりとした口調でそう言う。

 

「だからお話をしましょう。そうね、あなたは地底での暮らし楽しめてる?」

 

 戦意がないことへの意思表示なのか、ヘカーティアは近くの壁にもたれかかった。

 スタークも深呼吸をすると、初めてヘカーティアに向けて口を開く。

 

「あんたが本当に戦う気がないのなら、雑談にくらいは付き合ってやる。悔しいが、今の俺にあんたをどうこう出来る力はないんでな」

「へぇ、今は、ね。まぁいいわ、それで地底は楽しい?」

「そうだな、どちらかと言えば楽しいさ。見ていて飽きない奴らがいる。それに俺のことを仲間と、認めてくれる連中がいるからな」

「それは何よりね。地底は私にとって無関係でもないところだし。で、スタークはここに来て強くはなれたの?」

 

 名前を呼ばれるのに抵抗があるが、スタークも続けて答える。

 

「ああ。ここに来て霊圧以外に妖力も手にした。以前の破面の時よりは数段強くはなっている」

「それは僥倖。やっぱり刹蘭の坊やの考えは合ってたわけね。破面から霊圧のほとんどを抜き取り幻想入りさせることで、別の力をこちらで身に付けてもらう。失った分だけ空き容量が増えるから、新しい力で穴埋めもしやすい……詳しい原理は知らないし興味もないけど、強くなれたのなら何よりね」

「あんた、俺が幻想入りしたことで何か知っているのか?」

「ええ、知っているわよ。察していると思うけど、あなたや他の破面、あと死神もね。みんなを幻想入りさせたのは刹蘭よ」

「刹蘭……。知らねえ名前だな」

「でしょうね。私の主観で言うなら、厨二病を隠してクールを演じてる、演者気取りな男よ。あと過去に囚われてる懐古厨みたいなところもあるわね」

「まともな奴じゃなさそうだな」

 

 ヘカーティアの言葉を鵜呑みにするなら、自分達を幻想入りさせたのは刹蘭。そして自分達を弱体化させて幻想入りさせたことにも理由があったのだと、スタークは理解した。

 

「さてとアレイスターが今、あの黒崎一護と戦っているのよね。提案なんだけど、破面であるスターク。あなた、私と少し戦っていかない?」

「何?」

 

 ヘカーティアの気軽な誘いに、スタークはたじろぐ。

 

「心配しなくても殺し合いとか、そんな物騒なものじゃないわ。言うなればスポーツよ。ルールは特にないけど、軽く試合するみたいな。ほら、サッカーでいう練習試合みたいなものだと思って」

「戦う気はないんじゃないのか?」

「気分は変わるものよ。女性とお付き合いしたこととかない? 行きたい場所とか、やりたい事とか、その場その場で変わるものなのよ」

「悪いな。そういう機会はなかったし、小煩いガキのお守りで精一杯だったんだよ」

「それは残念。中々の渋いオジ様だから、モテモテなのかと思っちゃった」

 

 クスクスと笑みを浮かべながら、首輪から伸びている鎖を弄りつつ、

 

「じゃあ、私の気分が下がらないうちにやろっか」

「随分と勝手だなアンタ」

「安心しなさい、レベルは下げて戦ってあげるから。スタークもさ、自分の本気を全力でぶつけてみたいでしょ? 私なら答えて上げれるわ」

 

 彼女の快活な物言いに、スタークの握る二丁の銃に霊圧が込められ始める。

 

「……分かったよ、相手してやる。けど、あんまり俺のことを甘く見るなよ。アンタのその傲慢さは、いずれ身の破滅に繋がるぜ」

「結構結構、逆にそんな未来があるなら見てみたいわ。けど『貴方は私に汚い言葉を使った』。それだけの理由であなたを地獄へ堕とす。あなたのその言葉、そのまま返してあげるわ」

 

 悦楽を感じたヘカーティアは一瞬、戦意の混じった瞳をスタークに向けた。

 それにより火蓋が切られたのか、銃口がヘカーティアを捉えて逡巡なく虚閃が発射された。

 大地を捲り上げながら蒼い閃光が迸り、対象に突貫していく。

 

「オーケーオーケー、その容赦のなさ嫌いじゃないよ」

 

 迫りくる閃光に何だ危機感を抱かず、ヘカーティアは笑みを崩さなかった。

 

   *

 

「――なぜだ。なぜここにいる……『魔王』ヘカーティア!」

 

 一護とアレイスターが死闘を繰り広げ、満身創痍になりつつも何とか一護の辛勝で幕を閉じた。

 そして『高次時代・銀の星』という異空間から、元の空間に戻ろうとした刹那、アレイスターが声を上げて驚愕していたのだ。

 

「お、おいどうしたんだよ急に! 何かあったのか!?」

「黒崎一護、すまないが悠長に話している暇はなくなった。お前たちにとって、最大にして最悪の試練が現れている……。悪いが俺でもどうこうできる手合いじゃない」

 

 苦虫を噛み潰したような顔となるアレイスター。ここまで言うということは、いわゆる五つの試練の中でも破格の内容なのだろう。

 しかしそもそもな話、アレイスターどころか一護も戦う体力など残っていない。できて雑魚妖怪を少し倒せるかどうかのレベルだ。

 

「予想外だ。いや、彼女の性格を考えると有り得ないこともないのか……。刹蘭はエリザベートの半魂探しを依頼していたが、やはり従わなかったか……。まぁ俺も人のことを言えないが」

「なに独り言いってんだよ!? ヘカーティアってやつは危険なのか?」

「危険、とは言えないが、刹蘭が彼女に課した試練が君たちにとって少々厄介なんだ」

「試練……大前提に試練ってなんなんだよ? お前らは――」

「悪い、異空間が元に戻る……!」

 

 瞬間、硝子が割れるような音と共に元いた地霊殿へと一護とアレイスターが戻される。パラパラと砕け落ちる異空間を映し出していたガラス片から、徐々に元の風景が戻ってきた。

 

「……スターク!」

 

 まず目に入ったのは片膝をついて息を荒げているスターク。

 そして鼻歌でも興じそうな余裕を見せる女性、ヘカーティアである。

 

「黒崎、一護……」

「あら、急に出てきたわね。アレイスターと一緒にいるってことは、あなたが黒崎一護くんね」

 

 ヘカーティアが値踏みするかのような視線を向け、一護は不快そうに目を細める。

 

「あんたが、ヘカーティアってやつか? 聞いてるぜ、あんたも刹蘭の差し金なんだろ」

「自己紹介は不要ってことね。そうよ、私はあなた達に試練を与える、刹蘭の坊やの差し金。いやね、こうして君に会えるの、少し楽しみにしていたのよ」

「そうかよ。俺は刹蘭と繋がりのあるやつとはなるべく会いたくねえけどな」

「つれないわね。私は友好的にやって来たというのに。それにしても刹蘭も嫌われているわね。人に好かれる性格じゃないと思ってたけど」

「ヘカーティア、どうしてここにいる? ここはお前の来る場所ではないはずだろう」

「何よアレイスター。あなたまで私を非難するわけ? もういいわ、こうなったら私、少しやけを起こそうかしら」

 

 ヘカーティアの不興を買ったのか、忌々しそうに目を細める。刃物の切っ先めいた鋭い眼光を向ける。迸った戦意に一護達が、身を固めた。

 全身を電流が走ったかのように、即座に戦闘体制になる一護。戦う気力など全く残されていない状態で斬月を構えるも、脂汗が滲み、呼吸も荒い。誰が見ても体力、霊力共に限界を尽きているのは明らかだ。

 

「おっと一護くんはもう限界……てか、立っているのもやっとじゃない。よっぽどアレイスターといい戦いが出来たのね。羨ましいわ」

「うるせえよ。やれねえ訳じゃねえ。あんたが戦うってんなら、こっちも戦うだけだ」

「凄い気概ね。立派な男の子じゃない。男児はそうじゃないとね」

 

 同時にスタークも銃口をヘカーティアに向ける。

 

「あんまり無理すんなよ……と言いたいところだが、俺1人でどうこうできる相手じゃねえ。正直、俺たちが全快でも勝てる見込みが全く見出せねえ、そんな相手だ」

「……だろうな」

 

 弱気になってんじゃねえと渇を入れたいところだが、そういう事を言える手合いではない。

 向こうはヘラヘラしているが、こちらは連戦に次ぐ連戦。しかも相手は今まで相対してきたどんな敵よりも格上。もはや全てを投げ出して、ここから逃げ出したい気持である。

 

「さて、私としては一護くんとは全快のコンディションでやりたいんだけどな~。何かこう、都合よく全快にしてくれそうな、便利なアイテムか回復係はいないかな~?」

 

 あからさまな態度でヘカーティアの目線がアレイスターに向く。

 

「ねぇアレイスター。魔術を類まれなる秀才で学んだあなたに聞きたいわ、何かいい手立てはないかしら?」

「何が言いたい? 周りくどいぞヘカーティア」

「そこは察して言うものでしょ。ほら、同じ試練を与える者同士、少しは手伝ってもらわないと」

「俺もお前も立場は同じだが、協力し合う関係にはない。……だが、そうだな。お前の意に沿ってしまうのは癪だが、いいだろう。エイワスの力で黒崎一護の霊圧を回復させよう」

「そうこなくっちゃ」

 

 アレイスターはエイワスとアイコンタクトを送り合うと、エイワスがスッと一護の背後に移動した。

 

「君はアレイスターが認めた数少ない人間。そんな彼が君に委ねた想い、私は無下に扱えないのでね。彼以外に力を行使するのは初めてだよ」

「あんた、何を言って……」

「あなたの霊圧ごと全てを回復してあげるってことよ。私は聖守護天使、この程度のことは造作もないわ」

 

 言い終えると、エイワスの手から光の粒子が発せられた。優しく包み込み、それが一護に吸い込まれていくと先の疲弊が嘘のようになくなっていく。都合が良すぎることに戸惑いを隠せない一護だが、そうまでしないとならない理由があるのだ。

 

「――気をつけろ黒崎一護。魔王ヘカーティアに与えられた試練は単純だが、それゆえに死力を尽くしてもなお不可能に近い」

 

 全快に向けて回復していく一護を見つつ、アレイスターが言った。

 

「試練は越えられない絶望。……お前たちではヘカーティアに手も足も出せない」

 

   *

 

 その頃、地上組では妖夢が困惑した声を上げていた。

 

「大変です! 私たちの通信機が何者かによって破壊されてしまいました!」

「淑女が大きな声を出すものではないわよ。どのような事態が起きても悠然と構える、それが出来る女性というもの。ウルキオラを見習ってごらんなさい。全く物怖じしていないわよ」

「彼は常に鉄仮面じゃないですか!」

 

 八雲紫が諭そうとするも、一護が心配な妖夢の動揺は止まらない。アレイスターと共に消えて音沙汰がない状態で、正体不明の女が現れた。それを確認するや否や、通信機が破壊され向こうの状況が一切分からなくなったのだ。

 不安で自分まで地底に足を向けそうになってしまう。

 

「鉄仮面……。ふん、あの男に対してそこまで心配する必要はないだろう。殺しても死なん手合いだ。俺が誰よりも知っている」

「ですが相手が誰だったかも分からないのですよ!? もし黒崎さんでも敵わない相手だったら……」

「なら、なおのこと心配する必要はないだろう。あの男は常に、絶対的な戦力差を見せられてもそれを乗り越えてきた男だ」

 

 過去、藍染率いる十刃を相手に挑み、そして踏破していった。勝てるはずのない者たちを前にしても、臆せず死線を乗り越えてきているのだ。

 

「ゆえに今は信じて待て」

「…………」

 

 ウルキオラの言葉にプルプルと唇を震わせる妖夢。言い返せないことに腹が立っているのか、それとも自分の知らない一護の過去の出来事を語られ嫉妬しているのか。

 

「けど私が作った通信機が、こうも簡単に壊されるなんて思ってもみなかったよ。もうね、超がつくほど頑強に頑丈に作ったつもりだったんだけど。なんか悔しいわ~」

 

 にとりがため息交じりにぼやく。

 この通信機が河城にとりと八雲紫による共同開発。

 通信やサポートはもちろん、地底での戦いを想定して強度に作り上げた通信装置だったが、それを軽々と破壊されたのだ。にとり自身、悔しさと腹立だしさもあるが後の課題として色々と思考を巡らしている。

 

「いや~、本当に凄いよねぇ。だって勇儀とのバトルにも耐えたんでしょ~? 私も壊せるか挑戦してみたいな~」

 

 萃香が霊夢の冷蔵庫からくすねてきた、かまぼこを食べつつ言う。

 

「私の開発したものを壊さないでくださいよ。けど耐久性を精査するにはいいのかな? 鬼だったら打って付けよね」

「考えが二転三転してますね。記者にもよくありますが。もしよろしければ、それを試す機会がありましたら是非ともお声がけを。取材させてもらいます」

「いいよ。その時は真っ先に文に伝えるね」

「アンタ達は本当に仲がいいわね。それともいい商売仲間なのかしら」

 

 にとりと文の関係に口を挟むアリス。どこか僻んで聞こえる。

 

「ちょっと、いつからここは談話室になったの? 今は現地の人たちをサポートするのに尽力……ああそうね、そうだったわ。最初からここは和んだ雰囲気だったわね」

「あやや、まるで自分は違いましたって感じに聞こえますねパチュリーさん。あなたも最初からこの雰囲気に呑まれていましたよ」

「冗談を言わないでちょうだい。この中で一番ちゃんと取り組んでいるって自負もしてるわ」

「何だかんだで一番しっかり取り組んでいたのは、一護さんのところの三人だと思いますよ」

 

 文とパチュリーがそんなやり取りをしている中、紫がウルキオラに向けて口を開く。

 

「ところでウルキオラ。君に一つ言っておきたいことがあったのよね」

「何だ?」

「グリムジョーね。あんたや一護君に負けたくないのか、対抗心を燃やしていてね。毎日してもらう日課の空いた時間で、健気に頑張ってトレーニングしているのよ。たま~に私も付き合ったりしてあげてね。私が任せている家事にも色々と細工して、鍛錬になるようにもしてあげてるし」

「つまり俺の知るグリムジョーよりは、格段に強くなっていると言いたいんだな?」

「そういうこと。気を付けなさい。油断してたらいつの間にか追い抜かれているかもしれないわよ」

「そうか……それは楽しみだ」

 

   *

 

 その頃、スキマから地底に送られたグリムジョーは、一護たちのいる地霊殿へと向かっていた。

 そしてその背中を追う東風谷早苗もまた地霊殿へと飛んでいた。

 

「――これは、一つの大きな力が消えたかと思うと、次は更に別の巨大な力を感じ取れます。何これ、今までに感じたことのない異質で、かつ底の見えない力は……」

「はッ、知るかよ」

 

 早苗が冷や汗を流しながら慄然する中、グリムジョーはその脅威を笑みを含んで一蹴した。

 

「誰が相手でも関係ねェ。俺の新しい力を試すにはちょうどいい。待ってろよ、黒崎一護ォオ!」

 

 

【2】

 

「えっと~、どうしようかなぁ。悩むわね」

 

 一護とスタークが対峙する魔王ヘカーティアは、顎に人差し指を当てて妖艶な笑みを浮かべながら考えていた。

 

「私に与えてほしい試練は、越えられない絶望とかって刹蘭から言われてるからね。適当に戦えばこなせるんだけど、それだと面白くないし……」

「なに一人でぶつぶつ言ってんだよ。俺と戦いてえんじゃねえのか。それとも、今さら二人相手にビビってんのかよ」

 

 一護が軽く挑発するも、ヘカーティアの耳に入っていないのか反応を示さない。

 

「けど二人には全身全霊で戦ってもらいたいし、ここは何か勝利条件を定めてあげるべきよね。そうすればやる気も出るだろうし。うん、きっとそう。あれ、私って頭いい! あの刹蘭の頭悪い試練とか、いちいち乗ってあげる必要ないしね」

 

 誇らしい顔をしながら、人差し指と中指を一護とスタークに向ける。

 

「もしあなた達が私のこの帽子を取ることに成功したら、試練合格としてあげるわ!」

 

 ドヤった表情を作り、鼻息を立てながらヘカーティアは言う。

 

「けど甘くはないわよ。私は三界を統べる女神、ヘカーティア・ラピスラズリ。私の帽子を落とすだけなら余裕、なんて愚図な考えしてたら痛い思いをするだけじゃすまないわよ」

「――ふざけてんじゃねえよ!」

 

 躊躇いも加減もない。

 次の瞬間には一護が黒い弾幕を展開し、一点集中でヘカーティアに放っていた。

 甘い考えなど最初からしていない。対面した時から、いつでも弾幕を張れるようにしていた。そしていつでも全力で放てるようにスイッチも入れていた。

 並の相手なら、何をされたかも分からずに地に伏すだろう。速さも威力も、その域の殺傷力を秘めている。

 

「いいわ、そうよ。私相手に戯れは必要ないわ。殺す気で、あなた達の刃を私に向けて振るいなさい」

 

 一護の放った弾幕など意にも介していない。弾幕が被弾した瞬間には、弾幕のほうが相手の質量に耐え切れなかったかのように消失したのだ。

 

「――ッ!」

 

 いや驚くな、挫けるな。最初から相手は格上だと容易に推し量れた。この程度の攻撃が通用しないと、最初から理解している。

 だから、

 

「黒符『月霊幻幕』!」

 

 全ての攻撃に全霊を以て挑む。

 凝縮された一護の霊圧が漆黒の弾幕となり、大気を引き裂きながらヘカーティアに放たれる。

 それとほぼ同時だった。

 

「――虚符『無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』!」

 

 スタークもスペルを唱えていた。

 爆発的な轟音と共に、刹那の瞬間に幾百幾千にも渡る虚閃が火を噴いていた。

 漆黒の弾幕と虚閃の弾幕がヘカーティアに集中砲火する。その光景は出鱈目めいていて、必勝を感じさせるには十分なものだったが……

 

「胸躍るわね、高ぶるわね。こうして敵意を向けてくれる。久方ぶりよ、この私に挑もうとしてくれる人なんて。ええ、そうでなくては地獄へ堕とすかいもない」

 

 楽しそうに、迫る弾幕を正面から迎え撃つ。

 

「初めよ、絶望しないでね。異界『逢魔ガ刻』」

 

 ヘカーティアがスペルを唱えると、自身を中心に紅い弾幕が展開された。

 よくあるスペルによる弾幕だが、その底がまるで見えない。一つ一つが大破壊の一撃を備え、万象覆滅せしめん勢いで広がっていく。よって一護とスタークの攻撃がシャボン玉のように儚く霧散していくのは自明の理。

 恐怖を覚えた。絶望しかけた。

 一護はそれを寸でのところで踏みとどまり、迫りくる弾幕に応戦する。

 

「負けるかァアアア!!」

 

 天鎖斬月から黒い霊力が噴出した。噴火のような勢いで並々と上昇する霊圧を繋ぎ止め吠える。

 

「黒斬『月牙天衝』!!」

 

 全身全霊の一撃。

 漆黒の斬撃が一護より繰り出され、地底全土に響くほどの鬩ぎ合いとなった。ヘカーティアの放った弾幕を掻き消す。掻き消していくものの、一護の月牙天衝はヘカーティアに届く前に削られてしまった。

 

「いいわ、そうよ。簡単に絶望なんてしないでね。この程度で堕ちるようなら刹蘭の見込み違いってことだから。あの子も必死だからね、期待に応えてあげてよ諸君」

 

 絶望の試練を与える魔王ことヘカーティア。

 それを聞き、噴き上がる激情が怒涛となって迫りくる一護。ヘカーティアに視線を向け、腹の底から全霊を込めて吠えた。

 

「だからテメエら、いつもいつも舐めてんじゃねえよ!」

 

 一護が地面を捲れる勢いで蹴り上げる。

 次の瞬間には閃光が迸った。一護が疾駆するその勢いに追尾するかの如く、スタークがヘカーティアに向けて王虚の閃光を放っていたのだ。

 雷鳴すら及ばぬ勢いで鳴り響く轟音と共に着弾する。地底全土を揺るがすその一撃を受けても、ヘカーティアには傷一つ見受けられない。それどころか衣服すら乱れていない。

 しかし驚くに値しない。

 相手がこれくらいで手傷を負うわけないのは頭で理解している。よって一瞬の逡巡もなくヘカーティアに向けて天鎖斬月を振るえた。

 初手の剣戟、最速で繰り出した一撃は防がれる。

 防いだのは鎖。首輪から伸びる三本の鎖、その一本で防いだのだ。

 

「私に肉薄してくるなんて、照れるじゃない。弱者が強者に果敢に挑むその雄姿、そしてその眩しいまでの勇気に気概、いい男じゃない」

「――――」

 

 ヘカーティアが鎖を手で弄びながら、一護は迷わず次の剣閃を振り放つ。

 多方角から一護は天鎖斬月を振るい続ける。迸る一撃一撃、それに付随するように剣風も舞い起こり、周囲一帯の地面、建造物が両断されていった。

 まさに剣閃の嵐。

 一振りに見える袈裟斬りも、その実は数十にも及ぶ剣戟が放たれている。奔る刃が疾風となり、ヘカーティアを斬らんと乱舞を演じている・

 それをヘカーティアは三本の鎖を巧みに操り、火花を散らしてはじき返す。

 

「まさに益荒男。その病的なまでに一途な刀への信頼、まるで歴戦の侍ね」

「まだだ……まだまだァアア!!」

 

 刃乱れて狂い咲く。その攻防はまるで花火のごとく、剣閃は既に輝く軌跡のみが舞っているようにしか見えない。それでいてなお、一護の斬撃は速さを増す。天井知らずに増していく。

 その様相を見ているスタークは呟く。

 

「……これが黒崎一護、か。アイゼン様を倒した男。なるほど、こりゃ納得するな。戦いの中で、あれほど如実に強くなるやつを俺は知らねえ。だが……」

 

 スタークは二丁の銃を腰に付けている毛皮のホルスターにしまう。

 戦いをやめたように見えるその姿だが、しかしその真逆である、

 

「やるか……。取っておきってやつを。あんな根性ある勇往邁進を見せられちゃ、俺も本気を出すしかねえよな。ここでやらねえで、いつ使うって話だしよ。ここには、仲間たちがいるんだ。……いくぜリリネット」

 

 誰にもなく、自分に何かを言い聞かせるように吐露する。

 今まで抑えていた気持ち、そして力が徐々に内側から溢れ出る。ここに来て霊圧以外の力を身に付けたスタークは、新たなる力を宿していた。

 それが爆発的な霊圧と妖力の上昇により顕現する。

 

「――ッ!?」

「……へぇ」

 

 一護とヘカーティアは、恐ろしいほどまでに上がった力に目を向ける。

 スタークは一護に言っていた。色々と試したい、と。

 そう、これがその事。それを思い出した一護は、スタークの次の言葉に瞠目する。

 

「帰刃のその先へ――『真説帰刃(セグンダエターパ)』」

 

 符名のないスペル、と称して良いのか。

 爆発的に上がった力が、文字通り天を貫いて周囲全域を轟かせる。

 地底の天蓋を貫き、地上にまで昇る溢れ出た力。妖力と霊圧が混在しており、これだけで破面時代よりも桁外れに強くなっていると証明できる。

 そしてその力が滝が落ちるかの如くスタークに集約されると、そこから更なる進化を遂げた姿で現れた。

 猛々しく伸びた髪は、虚閃を彷彿とさせる水色に変色しており、眼帯も青色の炎のように揺らめく非物質と化している。衣服もそれに準じるように、黒色の揺らめく炎を着こむような形となっている。しかし完全には着こんでおらず、上半身はほぼ纏っていない。

 背中の弾倉も様相が一転し、水色の透き通った長方形のようなものが間隔をおいて繋がり、さながら近未来めいたものへと変わっている。

 そして何より変化したのは、両手に握る二丁拳銃。形は一回り大きくなり、その色は白から黒へ。弾倉と繋がり、銃口は二つに増えている。

 全身から所々に青色に帯びた炎のようなものが揺蕩し、それが抑えつけようのない霊圧が溢れ出たものである。

 その姿、その力、それはまるで刀剣解放第二階層。

 過去にウルキオラのみが成した帰刃の先にある解放状態である。

 

「スターク、その力は……?」

「説明は後だ。離れろ黒崎一護、そのままだと巻きこんじまう」

 

 その言葉を嚆矢として、スタークは一丁の銃をヘカーティアに向ける。

 

「――ッ!?」

 

 一護は銃口をこちら側に向けられただけで、総身が粟立つのを感じ取り、即座にその場から退避した。

 対するヘカーティは微動だにせず、逆に期待していたものを見られたかのような高揚感を感じ取っていた。

 

「――虚符『虚閃』」

 

 スペルを唱えた刹那、銃口より虚閃が放出された。

 しかしその猛攻たるや『王虚の虚閃』と見紛う、否それを優に上回る破壊力を有していた。

 

「いいね、刹蘭の説はしっかり当たっていたわけね」

 

 着弾する瞬間にヘカーティアは鎖を旋回させる。同時に虚閃が被弾するや否や、大地を粉微塵に吹き飛ばしながら、大熱波を伴う青色を帯びた大爆発を発生させた。空間が歪み、砂塵が吹き荒れ、電流めいた音が周囲を震撼させている。

 

「……あれで、虚閃だと?」

 

 今まで様々な虚閃を見てきたが、どの虚閃よりも格段に威力は上だ。王虚の虚閃、黒虚閃、そのどちらをも超える威力を持つ、通常の虚閃。

 驚愕する一護だが、同時にそれを受けても無事に平然と仁王たちを決めるヘカーティもまた恐怖のそれである。

 

「凄いじゃない。まさか幻想入りして、こんな短期間でここまで力を付けているなんて。もう、こんな隠し玉があるならもっと早く出しなさいよ」

「この力は消耗が激しいんだ。だから安々と使うわけにはいけねえ。下手にやると、俺の方がバテちまうからな。だから、こいつを使う時は……勝ちの筋が見えた時だけだ」

 

 スッと、再び銃口をヘカーティアに標準を合わせる。

 

「言ってくれるじゃない。自信がついたのはいいけど、その傲岸ぷりは地獄へ堕としたくなるわ」

「あんたのその傲慢ぷりも、足元すくわれるなよ。逆に、あんたが地獄に滑り堕ちてしまうぜ」

 

 そして続く轟音の嵐。

 耳をつんざく爆発音が連続したかと思うと、その数だけ烈火怒涛の鮮烈さで虚閃が放たれていた。

 一つ一つの虚閃が未曾有の破壊力を有する、その馬鹿げた力がヘカーティアただ一人に迫りくる。

 

「この私にそんな生意気なことを居丈高にも吐けるなんて。まさに烏滸の沙汰ってやつかしら。いいわ、迎え撃ってあげる。異界『地獄のノンイデアル弾幕』」

 

 瀑布の勢いで放たれていた虚閃を、ヘカーティアは泰然自若と対応した。

 さながら津波を止める頑丈な防波堤。ヘカーティアの放った弾幕が、圧倒的な猛威を振るう虚閃を容易く堰き止めていた。

 

「はは、どうしたのこの程度? 確かに威力はなかなかだけど、ただ撃つだけじゃ芸がないわよ。やってることは最初の帰刃ってやつと変わってないんだから」

「……そうか、今のアンタにはそう見えるわけか。なら崩しようがあるな」

「え?」

 

 ヘカーティアの口から疑問の声が漏れた瞬間だった。

 何か当たった程度の、痛みも痒みもない感覚が左肩から流れてきた。

 弾け飛んだ小石にでも当たったか、と結論付けようとしたが、そうではないと次の思考を巡らせる前に否定する。

 次は右足、その次は脇腹、気付けば全身の至る所から微々たる衝撃を感じ始めた。

 

「――これはあなたの力?」

「どうだかな。俺程度の力がアンタに通ったのなら、それはもう試練クリアなんじゃねえのか」

 

 ヘカーティアの疑問を氷解させまいと、スタークは話をはぐらかす。

 同時に止まることなく続くスタークの虚閃は、勢いは同じでもヘカーティアの全身に与える衝撃を次第に上げていっていた。

 

「……ああ、そういうことね。ようやくそのからくりを理解できたわ」

「そいつは何よりだ。どうせ直ぐに看破されると思っていたよ」

 

 両者、嵐のような攻防の手を止めると、ヘカーティアが種明かしするように口を開く。

 

「貴方は私に撃つ攻撃全てに、微力ながらも自身の魂を少し乗せていた。それを虚閃ってやつから分裂させ、私に当てていたと。まぁ要約するとそんな感じかな。私の目を掻いくぐるレベルの力だから、その力を当てたところで私にダメージは通ってないけどね」

「そこまで当てられたのなら答えてやるよ。俺の能力は“自身の魂を力に変える程度の能力”だ。先のネタばらしをするなら、アンタの言った通りになる。俺は自分の魂を別ち、虚閃に紛れ込ませるようにしてアンタにぶつけていた。気づかれたら元も子もないんで、魂の力は弱めていたがな」

 

 木を隠すなら森の中、というやつだろう。

 ヘカーティアが虚閃を防いでいる間に、魂の力はヘカーティアに被弾していたのだ。

 

「けど、もうその手は効かないわよ。次はその魂の力も防ぐわ。理解した力なんて、私にとってもはや意味をなさないからね」

「そうかい。なら……アンタのまだ理解していない力をぶつけてやるよ」

 

 言うや否や、次は黒崎一護のいる方角から、黒い闇のような力が噴出した。

 ヘカーティアがそちらを見ると、そこには虚の仮面を付けた一護がいたのだ。

 

「ああ、確かに理解はしていないものだ。けど、私はそれを知っているよ。確か『虚化』というやつよね。聞いてはいたが、見るのは初めて。いいわ、これでこそ試練を与えにきた甲斐があったというもの」

「その減らず口、いい加減閉じさせてやるよ!」

 

 天鎖斬月を構えた一護が、一気に跳躍してヘカーティアに迫る。

 溢れ出るほどの黒い霊圧が軌跡を描き、瞬く間に剣戟が繰り出されていた。

 同時に金属音が響いたかと思うと、先と同じく鎖により一護の攻撃が防がれていたのだ。

 

「悪くないね。さっきよりも速いし、膂力も出ている。言っちゃえば身体能力の強化、と言ったところかしらね。だからこそ苦言を呈するわ。こんなものじゃ、私に貴方の剣は届かないわよ」

「構わねえよ、今俺の力が届かねえでも! だから決めてみろスターク!」

「え?」

 

 一護の言葉にヘカーティアが瞠目した。

 スタークから溢れ出た膨大な霊圧の奔流が、巨大な二丁の銃の形を成していった。

 まさにスタークの握る銃のようなものを形成、青緑色の荘厳で且つ美しい彩りを放つ輝きにヘカーティアは一瞬だけ見入ってしまった。

 その隙を一護は見逃さない。

 

「余所見してんなよ! 黒斬『月牙天衝』!」

「――ッ」

 

 火花と黒い霊圧が飛び散りながら、一護は刃に膂力と霊圧を集束させていた。そしてそこから放たれるのは、ヘカーティアを突き破らんとする黒い月牙。閃光に近しい月牙が唸りを上げ、ヘカーティアを上空へと吹き飛ばす。

 しかしそれすらも鎖により防がれていた。だがこれで終わる訳がないことは、ヘカーティアは理解していた。

 

「行くぜ――『レボルベル・ロス・ロボス』! 逃げられると思うなよ」

 

 魂の力と霊圧、妖力の力を複合。魔王を討つために篭められた弾丸は、最強の一撃に相違ない。さながら必殺めいた究極の弾丸が、魔王たるヘカーティアに向けて放たれる。

 それは音速を超え、光速を突破する勢いで穿ち呑み込む。辺り一面を青緑色の爆炎と衝撃が炸裂し、地底の一部が灼熱と余波により崩落していく。神話の1シーンを彷彿とさせるその凄惨な光景は、この試練を踏破したと思わせるには十分なものだった。

 一護の飛ばした月牙天衝により空中に吹き飛ばし、それを更に追い討ちを仕掛けるようにスタークの必殺技を放った。二人の必殺技を正面きって受けたということだ。無事な方がどうかしている。

 

「……やったのか?」

 

 一護が無意識にそう呟いた時だった。

 

「それ、生存フラグってやつだよ一護くん」

 

 地獄の底より響いた声は、一護とスタークを絶望へと変えるには充分すぎるものだった。

 崩落した岩石と青緑色に燃える炎の海を粉微塵に変え、平然としたヘカーティアが現れた。

 所々に衣服の乱れや焦げが見当たるものの、外傷といったものは全く見当たらない。一体全体、どういう芸当なのか教えてほしいレベルの姿である。

 

「はは、実際ビックリはしたよ今の連携攻撃。棒立ちで喰らってたら、流石の今の私でも多少なりとも傷は負ったからね。だから、しっかり大人気なく防御させてもらったよ」

 

 もはや一護にヘカーティアの言葉が入ってこない。

 絶望の試練。それがぴったりと当て嵌まるなどと思ってもみなかったからである。

 

「けど私の服が少し傷んだ。これはまさに僥倖さ。ここまでやるとは思ってなかったからね。拍手喝采したいところだよ」

 

 嬉しそうに、しかしどこか傲慢さを孕んだように言う。

 

「一護くんの虚化ってやつに、スタークの第二解放。ええ、本当に刹蘭の思惑通りに強くなってるじゃない」

「何を勝った気でいるんだ、魔王さん」

 

 ペラペラと回る舌を閉じさせるかのように、スタークは微笑んだ。

 その次の瞬間だった。

 

「――豹符『豹王の爪』!」

「――秘法『九字刺し』!」

 

 豹の荒々しい爪を彷彿とさせる、霊圧による巨大な10の爪。同時に陰陽師が扱う九字切りに似た、縦横から格子状に織り成されるレーザー。

 魔王を捕縛、補足するかのようにレーザーがヘカーティアを捉え、続いて圧倒的な暴力で蹂躙するかの如く巨大な十爪の爪が轟音と共に被弾した。

 

「ッ!? 今のは!」

「読み通りときたもんだ。しっかりやってくれ。後は任せたからよ」

 

 一護とスタークが飛来してきた方角を見据えると、そこには見知った二つの影があった。

 

「――早苗にグリムジョー!」

 

 そこには神職たる東風谷早苗に、何故か地上にいるはずのグリムジョーの姿が帰刃状態であった。一護と最初に戦った際は刀剣解放はできなかったが、あれからの修行でスペルにより会得したのだ。今のグリムジョーもスタークと同様、幻想郷で新たな力を手にし幻想入り前よりも強くなっている。

 

「こんにちわ一護さん。何やらピンチだと思い、勝手ながら助力に参りました」

 

 早苗が一護の近くに着地する。

 

「よぉ黒崎一護。みっともなく苦戦してんじゃねえか。情けねえな。それに……スタークか」

 

 グリムジョーが疲弊しているスタークを一瞥し、ため息をついた。

 

「久しぶりじゃねえかスターク。元1(プリメーラ)とは思えねえ醜態だな。成長したのはその姿だけか。まぁ藍染の野郎が決めた基準だからどうでもいいんだがよ。元は同胞だ、そんなんじゃメンツが丸潰れなんだよ」

 

 久方ぶりに会うスタークに悪態をつくグリムジョー。

 しかしスタークは全くその言葉を意に介さずに荒い息の状態で口を開く。

 

「こっちは疲れてんだ。あんまでけぇ声出すんじゃねえよグリムジョー。あんたも幻想入りしてたことには驚きだが、今は多くは語らねえ。そんな場面でもないからな」

「……アイツか」

 

 ブォンと、疾風が吹いたところで先と同じく全くダメージを負っていないヘカーティアが現れた。

 早苗とグリムジョーが眉間を険しくし、少し驚いた様相を見せるも冷静さを欠かさず構える。

 

「魔王ヘカーティア。何やら俺たちに絶望という試練を与えにきた、本職は地獄の女神様だとよ」

「ハッ、何だそりゃ。変な女だな」

 

 スタークの言葉に、グリムジョーは一笑した。

 ヘカーティアは服に付いた埃を払う仕草をしつつ、

 

「あら、私から自己紹介しようと思ったのに。もうネタバラしされちゃったわね。ええ構わないわ。私もあなたたち2人のことは知っているからね。守谷神社の現人神である東風谷早苗、そして破面であるグリムジョー•ジャガージャック、よね?」

「守谷神社のことをご存知とは。知名度が上がっていて何よりです」

 

 早苗がヘカーティアと対峙する形で立つ。

 

「けど、一護さんの敵であるなら容赦はしません。あなたは女神とのことですが、私も神様のお世話をしている身。しかも二柱も。だから神という存在に慄いたりしませんよ」

「流石は天下の風祝。まだまだ若いのに肝が据わっているじゃないの。それに……なかなか最適な子が来てくれた、と」

「何を一人でぶつぶつ言ってるんですか?」

「いえ、こっちの話よ」

 

 ヘカーティアは先の展開を達観しているかのように一護と早苗を見据えた後、グリムジョーに視線を向ける。

 

「あなたとも会いたかったわグリムジョー。刹蘭からあなたのことも聞いているからね。ぺらぺらと口上を話しても聞かないから、戦って見定めた方がいいってね。つまり戦闘大好き野郎なんでしょ?」

「勝手に俺のことを値踏みしてんじゃねえよ」

 

 グリムジョーがどこか苛立ちを孕んだ物言いで答えた。

 油断はしていない。ここに来る直前に帰刃『豹王』状態になっているのがいい証拠だ。その上、先の自身の一撃を受けて傷一つも付いていなかった。力を出し惜しみしていられる相手でないのは、そのことからも、そして一護とスタークの様を見ても言えることだ。

 

「なら、お望み通り殺し合いと行こうじゃねえか。こっちもその方が本懐を成せるってもんだ」

 

 目を爛々とさせ、口角を吊り上げる。獲物を見つけた豹さながらの雰囲気を纏いながら、更なる霊圧を放出させる。バチバチと、オーラのような青い電流が波濤となりグリムジョーを覆っていた。

 荒い息をどうにか押し殺し、スタークはグリムジョーの力の波を感じ取っていた。それが、自身の身につけた力と同系統だと察することは容易に判断がついた。

 ヘカーティアは詠嘆にも似た声をあげた。

 

「君も更なる力の領域に足を踏み入れていたわけね。戦いが好きっていう野蛮な考えを持つだけのことはあるわ。ええ、刹蘭もなかなか面白い逸材を見つけたじゃない。私の予想を超えてきているわね。これは嬉しい誤算だ」

 

 魔王として、絶望を与えるものとして、これ以上ない舞台であるとヘカーティアは笑みを浮かべた。

 しかしまだだ。ここまでのお膳立てをしていて、メインディッシュが来ないのは愚の骨頂であると、視線が早苗と一護に移される。

 

「さぁ次は君の番よ。まさか忘れたなんてことはないわよね? 果心居士との戦いで東風谷早苗、初めて黒崎一護が纏った力」

「は? 何を言ってんだよアンタ」

 

 一護が疑問の声を漏らすも、ヘカーティアは意に介さず続ける。

 

「まさか果心居士を自分の力で倒したと思ってる? 違う違う。君は彼の力で廃人になって狂ってたじゃないか。不思議に思わなかったかい? まさか気づいたら勝利していた、なんて子供みたいな都合のいい解釈をしてたわけないわよね」

「……何が言いてえ」

 

 一護は疑問に思わなかったわけじゃない。

 一護と早苗、2人が意識を取り戻した時には既に果心居士の気配は消えていた。しかし意識が途絶える寸前、微かにだが朦朧とする意識の中で自分の体に何かが憑依するかのような、そんな曖昧模糊な感覚に陥ったのは事実だ。

 早苗も意識が混濁とする中で、自身の力が一護に吸収されている感覚になったのを憶えている。おぼろげではあるが、そういう風に霞んでいく視界の中で見えたような気がしたのだ。

 いや、厳密には見えた。瞼が閉じるほんの刹那の時、一護の持つ刀が黒いお祓い棒のようなものに変わるのを、確かに見たのだ。最初は夢幻でも見ているのかと錯覚したが、相手の言いようからして何か関係していると、早苗は推測した。

 二人の反応を見てヘカーティアは愚痴るように嘆息する。

 

「いい加減ね彼女も。ちゃんと一護くんには諭しておかないと……。結局、尻拭いをするのは私ってわけよ。けどまぁ、彼女もきっかけを与えることはできたのかもね。全くもう刹蘭もアイツも、この地獄の女神様をこき使いすぎよ。地獄に堕としたくなるわ」

「あなた、あの力について何か知っているのですか?」

「流石は現人神のお嬢ちゃんだ。ちゃんと見ていたということだね。なら話が早くて助かるよ。一護くんはあまり覚えてなさそうだからさ」

 

 2人のことを交互に視線を送りながら、楽しくネタばらしをする。

 

「黒崎一護君、あなたは幻想郷に逞しく生活している者達の力を借りることができるのよ」

「……は?」

 

 ヘカーティアの言葉を飲み込めず、口から疑問の声音を吐き出した一護。しかしヘカーティアはそんな一護の心境かど気にせず、そのまま言葉を紡いでいく。

 

「少し言葉足らずだったかな。簡単に言っちゃうとね、君は幻想郷の力を味方につけれるのよ」

「どう言う意味だよ。お前は一体、何を言ってやがる?」

「直ぐに理解しなくていいよ。こんな荒唐無稽な話、聞いた瞬間から信じたら君が詐欺にでも合わないか心配になっちゃうわ。少しずつでいいのよ。少しずつ理解していけばいいから。ああ、魔王としたことが、とんだ優しい魔王様になった気分ね」

 

 ヘカーティアの言葉が依然飲み込めない。

 この女は何を言っている? 急に訳の分からない話をして、心を乱すつもりか? などと網を張ったが、圧倒的に優位なヘカーティアがそんなことをする道理はない。

 では真実を言っている? 鵜呑みにしていいか不明だが、実際に果心居士の時は妙な感覚に陥ったのも事実だ。では、ヘカーティアの言ったことは本当なのか……?

 一護はどうにか自分なりに考えを纏めようと尽力した。

 

「これは君の出生にも関わるんだけどね。今は話さないでおくよ。だって君、そこまで頭の回転が早そうに見えないし。そうね、論より証拠。机上の空論なんて思われても嫌だし。実際に使ってみようか一護君」

 

 相手のことなど歯牙にも掛けないヘカーティアは、早々と展開を次のステップへ上げようとする。

 

「君の能力は確か〝物質に宿る魂を操る程度の能力〟だったかしらね。その力で東風谷早苗の魂に触れてみなさい。今のあなたなら出来るわよ。きっかけは既に作られているからね。あと、心配しなくても彼女には何の害も及ぼさないから安心しなさい」

「…………」

 

 一護はやはり困惑していた。

 例えこの話が本当だったとしよう。では何故、ヘカーティアはそんな話を一護に教える? 目の前の女は刹蘭の仲間で、自分達に絶望を与えるのが目的だ。希望を与える所以はない。

 真の目的は最高の希望を与えてから、絶望の地獄へ堕とすのが目的か? 魔王などと謳っているのだ。それくらいのことをしてくるのは自明の理。しかし――

 

「このままじゃ、負けるのもまた事実かよ。口車に乗ってみるしかねえよな」

 

 嵌められた時は、またその時に考えればいい。

 一護は早苗に視線を向ける。

 考えなかったことはなかったわけではない。そしてやらなかったわけでもない。

 自分の能力は生物、つまり人間や動物などの魂には効果を発揮しない。それはその身体にしっかりとした魂が宿っているからである。生きた肉体を動かしている魂は強く、その魂を操ったり自身の助力に変換することは不可能である……と一護は幻想入りした時にそう定義した。

 逆にそれ以外の物質に宿った魂は操れる。それは物や植物、武器、更には空気に至るまで。だがあくまで力を借りる程度のことしか出来ないため、それらに対して万能に扱えるわけではない。

 だから一護の能力は、戦闘ではあくまで補助程度の役割しか果たせない。

 それがここにきて何とも機転の良い展開。自身の能力が更なる力を手に入れる鍵となる。さながらそれは、相手方にとっても都合の良い展開のようで猜疑心が強くなるがその時はその時だ。

 一護は早苗にゆっくりと歩み寄る。

 

「早苗、悪い。力を借りるぜ」

「ええ、大丈夫ですよ。存分に試してください」

 

 早苗の肩に触れる。

 同時に魂を操る要領で、目を閉じて早苗の魂に触れるイメージを脳裏に強く思い描く。

 

「…………ッ!」

 

 瞬間だった。

 走馬灯のようなものと言えばいいのだろうか。東風谷早苗の誕生から今に至るまでの歴史が、映像を早送りにしたかのように流れ込んでくる。1場面1場面はほんの刹那で、プライベートな生活までは浅い記憶しかないが、それでも東風谷早苗という人間がどういうものかを知るには十分な情報が否応なく入ってきたのだ。

 一護は急激な情報を叩き込まれ頭痛を起こすも、同時にそれが気にならない以上に身体が熱くなっていた。

 自分の魂に、何かが合わさったような交わろうとしているような感覚。

 何か、といった不明瞭なものでないのは一護自身、すぐに理解した。

 

「ああ、これが……そうなのか」

 

 瞬間、一護を中心に眩い光が広がる。

 放射線状に迸った煌めく星のような輝きは、一護の姿が見えなくなるほどの光を纏っていた。同時にその光には淡い緑の色を帯びており、それはさながら早苗の抽象した色のように感じる。

 その溢れ出た光が徐々に弱まっていくと、一護の姿が現れ始める。

 しかしその姿には少しばかり変化が見られた。

 一護の着ている死覇装の袖口や裾に当たる部分が青くなり、胸元を中心に大きくカエルの顔のようなものがプリントされてしまっている。天鎖斬月を握る右腕には白い蛇が巻き付いており、蛇の尻尾は肩から蛇の顔は一護の手首まできている。

 そして何より変わっているのは天鎖斬月。鍔から刀身のほうに向けて大麻(おおぬき)のように白ではなく黒い紙垂が複数伸びている。緑色の燐光を発しており、刀身が脇差ほどまでに短くなっていた。さながら近接戦闘ではなく、別の戦い方をしろと訴えかけてきているように感じる。

 

「……マジ、かよ」

 

 半信半疑だった為、自身の力が変質したことに驚きを隠せない。早苗やグリムジョー、スタークも同様だ。

 まじまじと一護は自分の格好を確認し、

 

「いやダセェ!」

 

 と一言で述べた。

 

「何だよこのカエル! 主張激しすぎんだよ! 小さい子のお洋服じゃねぇんだぞ! しかも何で一部だけ青いんだよ……。つうか天鎖斬月まで、なんかお祓い棒みたいになっちまってるし」

 

 不満たらたらに文句言う一護。

 確かに胸元に大きく浮き出たカエルは、とてもキュートに映るためどこか可愛らしい。しかしこれを男子高校生が着てしまうと、単純にカッコ悪いのだ。

 しかし右腕に巻き付いている白蛇について言及しないのは、そこだけは気に入っているのだろう。ちょっと触ってみたりしていた。

 

「おい黒崎、何だそのふざけた格好はよ。それがテメェの切り札か? 冗談だろ。その気持ちの悪ィカエルをとっとと――」

「何が気持ち悪いカエルですか! あのカエルこそ私を象徴するものです! そのような愚かな物言い、私が許しません!」

 

 グリムジョーの発言に早苗が途中で遮り、意を唱える。

 

「一護さんのあのカエルの模様、そしてあの白蛇。まさに私の付けている髪飾りそっくり! あれは諏訪子様と神奈子様を崇めるもの。最近は自堕落な生活が続いているので、どこにも崇拝するところがなくなりつつありますが」

「ごちゃごちゃと喧しい女だな。ちょっと黙ってろ」

 

 ちなみに一護も色々と言っていたが、そこに対しては指摘していない。

 

「……そんな感じなんだ。見違えた……いえ、見窄らしい? まぁ何でもいいわ。変身おめでとう」

「あんたまで一護さんの格好に文句あるんですか!?」

 

 ヘカーティアの困惑気味たセリフに早苗が素早く反応した。

 初の力のお披露目にしては、散々な結果ではある。しかしあくまでそれらは外見のみ。内に秘めたら力はそれを覆すには容易すぎた。

 

「……霊圧だけじゃねえ。何か別の力も付与されているイメージだ」

「そうでしょうね。それが他者の力を借りる、いえこの場合は纏うと言った方が適切かしら」

 

 並々と溢れてくる一護の霊圧と付与されている別の力。それこそが早苗の力であると理解するのに時間は要しない。

 

「さぁ見せてちょうだい。この魔王ヘカーティアに一矢報いてみなさいよ。仲間たちと一致団結して勇者様御一行よろしく、魔王を討ってみなさい!」

 

 ヘカーティアはそんな3人に向けて発破をかけた。

 そして――

 

「ま、無理だと思うけどね」

 

 最後に付け加えられた言葉を皮切りに、一護たちは同時に動いた。

 

 

【3】

 

 刹蘭から魔王という称号を与えられ、神のシルべという訳の分からない組織に入ってくれと頼まれたのは、何年前だったか?

 ヘカーティアはそんな刹蘭の頼みを受けた。この時は友である純狐と予定があったので、深くは聞かずに二つ返事で引き受けたことを、別に後悔はしていない。

 後日、刹蘭から色々聞いてみたところ、何年後かに幻想入りしてくる黒崎一護という男と戦って欲しいというもの。さながら魔王のように、絶対的な力でねじ伏せて絶望を与えてやってほしい、そう刹蘭が言っていた。

 黒崎一護、どうやら“彼女の息子”らしく凄い特殊な境遇を生きてきたと、刹蘭がすかした顔で言っていた。俺、情報通なんだ凄いだろと、でかでかと顔面に書いてあったのを覚えている。同時期に死神や破面といった存在も幻想入りしてくると言っていたが、ヘカーティアには一護に注力してほしいとお願いされている。

 まぁ別に構わないし、もし機会があれば死神や破面とも戦ってみたいな~程度だ。

 それ以上のことは特に聞かなかった。

 聞かずとも分かる。“あの博麗への対抗策”として用いるのだろう。

 なら刹蘭に助力するのも吝かではない。あんなものがいるのも、ヘカーティアからすれば不快でしかないのだから。

 故に魔王という称号を全うしてやろう。将来、黒崎一護の壁となり相手をしようと、まだ見ぬ未来にどこかうきうきしていた。

 けど、一つだけ刹蘭との考えに相違がある。

 

 魔王とは絶望を与える存在と同時に、倒され越えられないといけない存在だということを。

 

   *

 

「豹符『豹鉤』!」

 

 拳サイズの棘のようなものが無数に展開され、螺旋を描きながら魔王を貫かんと一斉発射される。

 グリムジョーによるスペル。殺傷力の高いその弾幕を、一切の容赦なく放った。

 

「いいわね、変に手加減してきたら私も怒って、一瞬で片をつけようと思ったわ」

 

 そんなグリムジョーの攻撃を涼しい顔をして対応するヘカーティア。自身の首から伸びている鎖を巧みに操りながら、一つも余さずに弾いていく。

 そのような芸当をされたところで一切怯まず、グリムジョーは豹のような俊敏な動きでヘカーティアに急接近する。瞬きをする間の一瞬の時で肉迫したその勢いで、かかと落としのように鋭い蹴りを振り下ろした。

 透かさずヘカーティアも鎖を操り、その蹴りを受け止めた。

 大地が陥没し、ひび割れていくその一撃をも軽々と防ぐ。鎖にどんな力を宿しているのか、グリムジョーは振り下ろす蹴りの力を更にこめるが容易に阻まれている。起こるは大地が悲鳴を上げ、地割れがヘカーティアを中心に発生しているが、受けている本人は顔色一つ変えていない。

 

「チッ!」

「動きは悪くないわ。けどまだまだ甘く見て及第点。私に一撃を入れるには、もっと本腰いれてもらわないと一生無理よ」

 

 舌打ちをするグリムジョーを挑発した。

 

「――あなたも脇が甘いですよ」

 

 そんな中、早苗がヘカーティアの真後ろに屈んで移動しており、手のひらを向ける。

 

「蛇符『神代大蛇』!」

 

 巨大な蛇がそこから顔を出した。

 それを見た次の瞬間には、獲物を丸呑みするかの如くヘカーティアを巨大な蛇が包み込んだ。

 グリムジョーは即座に離れており、ヘカーティアのみ巨大な蛇と一緒に吹き飛ばされている。女神を喰らおうとする蛇とは、どこか神話めいた絵になる。

 

「いい動きね、若い割には悪くないわよ現人神。異界『地獄のノンイデアル弾幕』」

 

 蛇に襲われながらも、平然とスペルを唱える。

 赤い閃光がヘカーティアを中心に迸り、神気めいた圧倒的な弾幕が放出される。

 次の瞬間には早苗の放った蛇など微塵に消し飛び、非現実めいた光景が広がっていた。空間が歪んで見える、触れたものが消し飛んでいる。王虚の閃光は空間が歪むほどの威力を有しているが、あの無数に放たれている弾幕は一発一発がそれを持っている。

 

「――黒符『月霊幻幕』!」

 

 それを前にして一護はスペルを唱えた。

 三日月状の弾幕が展開される。しかしそれはいつもの黒色ではなく、緑色も帯びていた。黒と緑が混ざり合ったかのような色彩、どちらかと言うと緑色の方が強く感じる。

 

「……分かる。これは、こう言う使い方だ!」

 

 一斉射出。

 緑色の軌跡を描きながら放たれる一護の弾幕は、どこか美しさすら感じる。黒と緑のコントラスト、明確なまでに今までの一護の力とは様相が違った。

 ヘカーティアを直接狙わず、全ての弾幕がヘカーティアの弾幕へと着弾していく。

 次の瞬間には一護の弾幕は、誰もが予想した通り容易に掻き消された。

 魔王の放つ攻撃に、一護の弾幕は弱すぎる。だが、今の弾幕の本懐は別にある。

 

「――浄化、ね」

 

 ヘカーティアは即座に読み取る。

 自分の放ったスペルによる弾幕が、著しく弱体化している。一護の弾幕が当たった瞬間、格段に出力が落ちたのだ。

 これこそ今の一護の力。

 

「早苗の力を纏った、相手の力を根こそぎ弱化する浄化の力。それが今の俺の力だ」

 

 早苗の魂に触れたことで、一護は自分に何の力が付与されたのか理解した。

 浄化の能力――対象の力を弱体化させる。

 自分の攻撃に浄化の力を付与することにより、例え女神の力だろうが何でも弱くする。しかしそれ故に、浄化の力は自分の力も押し殺すらしく今までの威力は出せない。

 だからこそ、仲間の力は必須だ。

 

「グリムジョー、早苗、今だ!」

 

 一護が2人に叫んだ。

 

「――虚符『黒虚閃』!」

「――大奇跡『八坂の神風』!」

 

 グリムジョーからは黒い虚閃、早苗からは無数の弾幕がヘカーティアに向けて放たれる。

 猛威を振るったヘカーティアの弾幕も、一護の浄化の力により弱化しており軽く消し飛ばしていく。

 

「そう簡単に私には当たらないわよ。異界『恨みがましい地獄の雨』」

「させるかよ! 黒符『天幻月牙』!」

 

 ヘカーティアが二人の攻撃をスペルによる弾幕で対処しようとするも、一護がそれをさせない。

 ヘカーティアの周囲に一護の浄化を付与した弾幕が展開され、放たれてくる弾幕を全て弱化させていく。弱まった弾幕で2人の攻撃を防ぐことなど出来るはずもなく、黒い虚閃と無数の弾幕がヘカーティアを呑み込んだ。

 

「やった、当たった!」

「この程度で倒せるタマじゃねぇ。油断すんな」

 

 早苗の喜びの声を、グリムジョーが即座に戒める。

 そして、それは当たりだった。

 

「うんうん、悪くなかったわ。今のは私も少し驚いたもの」

 

 早苗とグリムジョー、その背後にヘカーティアは現れていたのだ。

 

「――ッ!?」

 

 驚くよりも先に、背中に鈍い衝撃が走る。

 それがヘカーティアの鎖によるものと気づいた時には、ボールのように吹っ飛ばされ壁に叩きつけられていた。

 

「早苗! グリムジョー!」

「人の心配をしているだけの余裕、あるのかね黒崎一護くん」

「なにッ!?」

 

 出鱈目な速度で一護の眼前に現れたヘカーティア。

 首から伸びている鎖を鞭のようにしならせ、そのまま一護に向けて軽く振るった。

 咄嗟に天鎖斬月で防ぐも、神の力が宿った鎖は物理法則を無視して一護を紙吹雪のように吹き飛ばす。

 越えられない絶望を与える魔王ヘカーティア。その試練に全く恥じることのない実力は、まさに絶望を体現させていた。当初、自身のかぶっている帽子を取れば一護たちの勝ちと、軽視した発言をしていたが最早それを達成するのも夢のまた夢。

 ヘカーティアという未曽有の存在を前に、誰も彼も成す術なし。

 

「私は魔王という称号を刹蘭から与えられた。君たちに、特に黒崎一護に絶望を与えてやれと。本来、私は女神、端的に神様という存在。そんな私に魔王という称号なんて、侮蔑に値するよね。まぁそこは器の大きい私だから特別に我慢してあげてるんだけどね」

 

 ふらふらと立ち上がる一護たちを見据えて、

 

「魔王は絶望を与える存在。それは認めてあげるわ。けどね、同時に倒さなきゃいけない存在でもあるの。だから試練なんて無視して、超えてみなさいよ。倒してみなさい。私は君たちには期待しているのよ」

 

 魔王は目を光らせて待望してみせた。

 そしてそれは哄笑によって答えられた。

 

「くくく、あはははハハハハッ! 詰まらねえ口上を垂れてんじゃねェよ。虫唾が走る」

 

 グリムジョーが自身の鋭く伸びる爪をヘカーティアに向ける。

 笑っている、獲物を仕留めるぎらつく眼光を迸らせる。口角を吊り上げ、垂れる血すら狂気に感じさせながら、霊圧が水蒸気のように揺らめき出す。

 自分より強い? だから何だ。自分の前に立ち塞がるのなら“破壊”という死の形をもって叶えさせてやる。魔王? 女神? そんなもの知らないしどうでもいい。例え相手が何だろうと、やることは変わらない。

 

「テメェみてェな上から目線の奴が一番業腹なんだよ。アイゼンの野郎もそうだったからな。気に喰わねェ、腸が煮え返る。テメェのその面の皮、引き裂いてやるよ」

「なら、やってみなさい。その生意気な口が、どこまで私に届くか見物だわ。全く、地獄へ堕としたくなる高慢で不遜な態度よね」

「テメェに言われたかねぇよ。いいか覚えておけ。そういう奴らはな殺し殺されても文句言えねえんだよ!」

 

 グリムジョーが霊圧が爆発的に上昇した。

 青い霊子が火の粉のように吹き荒れ、同時に砂塵がグリムジョーを包み込む。

 

「な、何!? 何をしているんですかあの人は!?」

「グリムジョー、お前もその域に至ったか」

 

 早苗が驚愕と共に目を見張り、スタークは同胞の成長に綻びる。

 

「これは、まさか……!?」

 

「帰刃のその先へ――『真説帰刃(セグンダエターパ)』!」

 

 一護の予想通りの言葉が聞こえてきた。

 舞っている砂塵が綺麗に消し飛び、そこには姿の変わったグリムジョーが立っていた。

 水浅葱色の髪は腰にまで届くほど長く伸び、額には青い霊圧が炎のように揺らめき黒い髪が刺々しく伸びている。上半身は裸になっており、過去に一護の月牙天衝により付けられた傷跡から青い霊圧がそれを隠すように出ていた。

 下半身は豹のようになり、二股の長い尾が伸びている。腕は更に獰猛さが増し、黒い爪が形成されていた。まさに野性味の増した、破壊を象徴するに十分な姿をしていた。

 

「……素晴らしい成長を遂げたようね。喜ばしいことだわ。さぁ見せてみなさい、その力を――」

 

 ヘカーティアが言い終わる前に、グリムジョーの蹴りが自身を捉えていた。

 防御できなかったヘカーティアはその勢いのまま吹き飛ぶも、直ぐさま態勢を整える。

 

「いやぁ驚いた。え、なに今の? 速すぎない?」

 

 特に苦悶の表情をせず、逆に怪訝な表情を浮かべる。

 身体の作り、神の力によるものなのか負傷という負傷は負っていないが、そんなことはどうでもいい。自身ですら反応できなかったその速さが不思議で仕方ない。

 勿論、それは一護たちも同じことである。

 

「今の速さ……俺よりも速い。いや残像すら見えなかった」

 

 天鎖斬月を持つ一護の取柄である速さ、それすら優に超えている。いやそもそも、速いという概念で捉えていいのかすら分からない。

 空間移動、ワープ、移動という因果を断ち切ったのか。荒唐無稽だが、その方がまだしっくりきた。

 

「おら、まだまだ行くぜ」

 

 グリムジョーは笑みを零しながら、再び足に力を入れた。

 ヘカーティアはそれを見極めるために、弾幕を張ろうとするが、

 

「ッ!?」

 

 それより速く、暴狂の嵐が腕を足を、胴を五体全てを四方八方から打ちのめしていく。

 グリムジョーの鋭い爪が、強烈な脚力が、劣悪な顎が。魔王ヘカーティアの思い切り殴り、引き裂き、豹のように上下の顎で嚙み砕く。原始的なその戦い方は、まさに破壊そのもの。神話の凶獣めいたその速さと戦法は誰も捉えることができない。

 大地や壁、空間が気づいたら陥没し衝撃波を放ち、三次元的に見えない速さで疾走している。1秒間の間に数百の攻撃が凶獣から魔王へと一方的に放たれていた。

 

「……これならどう? 月『コズミックレディエーション』」

 

 ヘカーティアは全身にグリムジョーの攻撃を浴びながらも、何の痛痒も感じさせずにスペルを唱えた。

 無数の弾幕と不規則に飛び交うレーザーが周囲一帯を埋め尽くす。まさに間隙を縫って迫るには困難極まる。そして内包されている力も、それら一発が致命傷となりうるものとなっていた。

 一歩間違えれば、いくら速く駆けるグリムジョーであっても危機的状況となりうる。

 しかし……

 

「止まらないのね。とんだ狂犬だわ」

 

 一発たりとも被弾しない。

 物怖じせず、常にヘカーティアに狂嵐をぶつけていた。

 そして、それによりヘカーティアはどこか得心がいったのか、その刹那轟音が響くほどに地面を踏んだ。

 

「チッ!」

 

 遂にグリムジョーも危険だと察知して動きを止める。

 ようやく姿を現したグリムジョーは息切れ一つしていないが、冷や汗が流れていた。

 

「見切ったわよ、あなたの力。私の攻撃に怯むことなく、そして私より速く動くその力の正体」

「…………」

「“相手よりも速くなる程度の能力”でしょ。よく見て考えれば子供でも分かるわ」

 

 それが当たっていたのか、グリムジョーは眉間に皺を寄せた。

 

「素晴らしい能力じゃない。相手から絶対に先制も取れる、そして私の弾幕が全く当たらなかったところを見るにどんな攻撃もそれを超える速さで回避している。ええ、実に恐ろしい力でもあるわね」

 

 あれだけでグリムジョーの力を看破したのか、事細かに語ってみせる。

 事実、全て的を射ていたためグリムジョーに返す言葉はなかった。

 

「ネタが分かったのなら、対策も立て易い。さぁ、次は捕らえるぞグリムジョー」

 

 戦意が生ぬるい突風となり、グリムジョーに突き刺さる。

 総身が粟立つ。脂汗が出る。筋肉が萎縮したかのように固まる。

 直感的に次に魔王に攻撃を繰り出せば、手痛いカウンターが来ると頭が理解してしまった。挑みたくない、近づきたくない、脳裏が警鐘を鳴らす。

 だが、これで臆する男でもまたない。

 

「俺に、舐めたこと言ってんじゃねえ」

 

 全身に力を入れる。骨を、筋肉を軋ませながら、逆に戦意を押し返すようにヘカーティアへと向けた。

 

「俺を舐めた眼で見やがる奴は、一人残らず叩き潰す!」

「待てグリムジョー!」

 

 そして脚に力を込めようとした時、横合いから一護が割り込んできた。

 

「テメェ黒崎、邪魔さんじゃねェ!」

「落ち着け。今の勢いでいっても、万全な状態でヘカーティアに一撃は叩き込めねぇよ」

「俺一人じゃやれねェって言いてェのか?」

「あー、言い方が悪かった。俺なら、いや俺たちなら最高のコンディションでお前の最強の一発をぶつけられる」

「……面白ェ。なら見せてもらおうじゃねェか」

 

 単純で助かったと一護は胸を撫で下ろしつつ、早苗と、そして小休憩していたスタークに目配せする。

 2人は頷くと一護に歩み寄り、

 

「次の攻めで決める、そういうことですよね」

「言っとくが、俺はあと一発が限界だ。期待はするなよ」

 

 一護の横に2人が並び立つ。

 それを眺めるヘカーティアはどこか楽しそうに呟く。

 

「壮観ね。まさに4人の戦士が魔王を討伐する構図にピッタリ。だったらこっちも、少し魔王らしく行こうかしら」

 

 ヘカーティアの身体から目に見える域で、神が放つオーラのようなものが溢れ出てくる。

 それに対し四人も身構える。

 

「さぁ行くわよ。今の私は魔王、女神を捨てあなた達に絶望を与えるためにここにいる。超えてみなさい、私の試練を――『トリニタリアンラプソディ』!」

 

 ヘカーティア・ラピスラズリ――今は魔王として立ち塞がっている。しかし元は月、地球、異界、それぞれ三つの世界の地獄を司る神。能力は“三つの身体を持つ程度の能力”で、文字通り三つの世界にそれぞれの身体を持つためにある力である。この神様の真に恐ろしいのは、神様による圧倒的な力にある。底は見えない、天井も見えない。こうして一護たちと戦っている今も、力の一部とて出していないと思われる。

 しかしその一部ですら、幻想郷を壊滅できるほどの力を有しているのもまた事実であるのだ。

 そんな底知れぬ力を前に、一護たちは臆せず意気軒昂と前へ進む。

 

「行くぜ早苗!」

「はい!」

 

 ヘカーティアが展開したのは三角型の超高密度のエネルギー収束体。青、赤、緑と三つ現れ、それらが違った弾幕やレーザーを放ってきている。

 先述通り、ヘカーティアの放つ弾幕の一つ一つが大破壊を起こす熱量を持っている。よって浄化の力が活きる場である。

 

「後に続いてくれ早苗! 黒符『月霊幻幕』!」

「了解しました! 神徳『五穀豊穣ライスシャワー』!」

 

 緑色を帯びた一護の弾幕がヘカーティアの弾幕やレーザーを弱化し、続く早苗の弾幕が一掃していく。

 

「まだまだいくぜ。黒符『天雨月閃』!」

 

 一護は次なるスペルを唱える。

 さながら雨のようにヘカーティアの頭上から無数の弾幕が降り注いでいく。勿論、一護の弾幕には全て浄化の力が宿っている。弾幕に当たれば弱化できる上、対象の人物に当たればそれと同じ効果を与えることができる。

 つまり一発でも被弾すればヘカーティア自身が弱体化するのだ。

 

「――そう簡単にさせないわよ」

 

 それはさせまいと、ヘカーティアは三角形のエネルギー体の一つを頭上に持っていく。同時に弾幕を展開して、天から降り注ぐ弾幕を防いでいった。

 

「こちらが疎かになりましたね、油断大敵です! 大奇跡『八坂の神風』!」

 

 早苗から大小様々な弾幕が展開され、全弾一斉射撃していく。

 

「そんな手、読めないわけないでしょ」

「こっちもだぜ魔王サン」

 

 そして別方角からスタークが銃を構える。

 

「こいつでしまいだ! 虚符『無限装弾虚閃』!」

 

 同時に無数の虚閃が同じく一斉に発射される。

 ヘカーティアはもう一つある三角型のエネルギー体をそちらに持っていくも、それに気づいた時には遅かった。

 

「――ッ」

 

 無数の虚閃から分裂した、スタークの魂の力が自身の弾幕を掻い潜るようにして迫ってきていたのだ。

 透かさず鎖を使って迎撃しようとするも、その隙を狙われた。

 

「行くぜ魔王ヘカーティア!」

 

 同時に三角型のエネルギー体を三つ稼働させ、ヘカーティア自身はスタークの魂の力に気が向いてしまっていた。

 そのコンマ数秒の隙を、一護は見逃さない。

 急接近を仕掛け、片手に持つ天鎖斬月とお祓い棒が合体したソレに霊力を込め――

 

「祓え清め――早苗『現人神ノ風祝』!」

 

 ヘカーティアに向けて祈祷するように振るってみせた。

 すると緑の燐光が淡く発生したかと思うと、ヘカーティアが全身に纏っていた神々しい気のようなものが剥がれ落ちた。

 これは果心居士との戦いでトドメを刺したのと同じ力。

 浄化の力により、対象の纏っているあらゆる力のみを削ぎ落とし、裸同然の状態にするもの。つまり今ヘカーティアには、自身を守っていた力が全て消失しているのだ。

 

「――これは!?」

 

 ヘカーティアがここにきて初めて驚愕の表情となる。

 前代未聞の脅威が現れたことにより、焦りが生じてしまう。よって、次の攻撃は避けようがない。

 

「今だグリムジョー!」

 

 一護が叫ぶ。

 同時に凄まじい戦意を溢れ出していたグリムジョーが動き出した。

 青く鋭い軌跡を描きながら、ヘカーティアを包み込むように駆け抜ける。能力は相手より速くなるというもの、それ故にヘカーティアの防御は間に合わない。

 

「その眼に焼き付けろ――『パンテラ・デストロクシオン』!」

 

 全方位から回避不可能な破壊の爪が嵐の如く襲いくる。

 残虐なまでの破壊の嵐は、容赦なく全てを引き裂き斬り刻んでいく。それはヘカーティアだけではなく周囲の人が大地にまで及び、辺り一面が粉微塵になるレベルである。

 これがグリムジョーの新たな必殺技。回避など許さない、必中の一撃である。

 

「……手応えはあったぜ」

 

 グリムジョーがそう言うと、全身に切り傷を負ったヘカーティアが立っていた。

 その状態でも立っているのは、まさに末恐ろしいことだが喜ばしい点があった。

 

「取れてるぜヘカーティア」

 

 ヘカーティアの帽子が地面に落ちているのだ。

 当初ヘカーティアは、自分の帽子を落とせば一護たちの勝ちと宣告していた。最初は絶望的であったが、最後のグリムジョーの攻撃により頭から落とすことに成功したのだ。

 

「あんたは最初に、自分の帽子を取れれば俺たちの勝利だと言ったよな。しっかり取ってやったぜ」

「……ええ、君たちの勝ちよ」

 

 勝ち誇った一護に、ヘカーティアはどこか残念そうに呟いた。

 落ちた帽子を取り、

 

「おめでとう。君たちはこの魔王ヘカーティアを乗り越えた。胸を張るといい。この私の試練である絶望を踏破したんだ、もっと喜んだらどう?」

「気に入らねえな。テメェ、本気をまるで出してねえだろう?」

 

 グリムジョーがここでヘカーティアに噛みついた。

 

「あら、それはどうして?」

「とぼけんじゃねェ。テメェが本気じゃねェことはここにいる奴ら全員――」

「ちょっとあなたは余計なこと言わずに黙っててください! やっと終わったんですよ!」

 

 横から早苗が叱咤する。

 

「全くだ。グリムジョー、今は大人しくしていろ」

 

 スタークも面倒くさそうに早苗に同意する。

 ほぼ余力がないため、これ以上の争いごとは何が何でも避けたい。既にいつの間にか解放状態が解けているのが良い証拠である。

 

「チッ、情けねえな。それでも破面かオイ」

「グリムジョー、気持ちは分かるが今はこいつから聞きたいことが山ほどある。今は抑えてくれ」

 

 と、一護が間に入る。

 相手は魔王で、刹蘭の仲間だ。試練だの何だの、疑問が数々ある。

 

「ヘカーティア。大人しくしてくれよ。あんたには色々と聞きたいことがあるんだ。今のあんたでも、そんなボロボロじゃもう戦えないだろ?」

「……へぇ、私がボロボロに見えるんだ。ふ~ん、そっか。ならグリムジョー、あなたの望み、叶えてあげるわ」

 

 どこか陰のある物言いをしたかと思うと、ヘカーティアの身体に異常が起きた。

 瞬く間に、衣服の傷も含めて全てが元通りになったのだ。

 

「なッ!?」

「ッ!?」

 

 同時に発せられる圧倒的な存在感。

 一護たちが驚愕すると共に、圧し潰されそうな大圧力に襲われる。さながら天が落ちてきたかと感じるほどに。

 身動きが取れず地に平伏すような形となり、足場の地面にも亀裂が走っていく。

 ただ存在が纏う威圧だけで、一護たちが屈服されているのだ。

 

「魔王は刹蘭に与えられた称号に過ぎないのよ。本当の私はさっきも言った通り地獄の神様」

 

 先の魔王と名乗っていた時とは別次元。文字通り、全てが隔絶している。

 ただそこにいるだけで魂ごと木っ端微塵に粉砕されてしまいそうになる。手も足も、口と目すらも上手く開くことができない重圧。目線を向けられているだけで地獄の業火に焼かれてしまいそうな錯覚に陥る。

 

「三界に三つの身体を持つ神。地獄の女神――ヘカーティア・ラピスラズリ」

 

 魔王ではなく、改めて自身を神と名乗り、

 

「あなた達は私に舐めた口をきいた。それだけの理由で貴方たちを地獄へ堕とす」

 

 上位の存在であるヘカーティアの目が炎のように紅く光り、

 

「ふふ、これじゃあやっぱり越えられない絶望を与えたに過ぎなかったわね。刹蘭の思惑通りで釈然としないけど、まぁいいわ」

 

 地に伏している一護たちを見下げながら、

 

「帰るわよアレイスター。今はまだ彼らに多くを語るときじゃないからね」

 

 同じく地面に横たわっているアレイスターに声をかけた。

 

「…………」

「あー、そうよね。あなた限界だったわね。しょうがない、連れて帰ってあげるわよ」

 

 一護たちに目もくれず、アレイスターに歩み寄る。

 そんな中で一護は顔だけ上げ、重い口を開く。

 

「ふざ、けんな……! あんたらの、刹蘭の野郎の目的は、何なんだよ!?」

「そうね。この状態の私を前に、刃を突き付けることができれば教えてあげるわよ」

 

 吠える一護に対しヘカーティアは愉快そうに答えた。

 

「さようなら黒崎一護くん。次に会う時は、その力をものにしておきなさいな」

 

 アレイスターを抱え上げたヘカーティアは消えゆく寸前で、一護の目を見て言う。

 

「その力はあなたの母の力なんだからね」

 

 そうして一護たちは意識を失い、ヘカーティアとアレイスターはその場から姿を消したのだった。

 

 

【4】

 

 あれから色々と後処理が大変だった。

 端的に述べると、意識を失ったみんなを救出するのに紫たち地上組も動いた。

 霊夢と魔理沙は際どいところだったが二体の妖怪に勝利していたものの、一護たちの戦いに間に合うことはなかったようだ。

 それから全員に話した。

 アレイスターのこと、ヘカーティアのこと、そして自身の新しい力のこと。

 話の内容が突拍子のないことだったため、みんな困惑していたが紫だけはどこか納得した顔つきになっていたのを一護は印象深く覚えている。

 事の発端である間欠泉及び地上に上がってきていた霊魂についての異変だが、これは地獄鴉こと霊烏路空に原因があった。理由は単純で急に力をつけた空が暴れ始め、間欠泉やら何やらが発生したというもの。その切っ掛けを作ったのが守矢神社の二柱の神。彼女たちが余計なことをした事にとり異変が発生したのだ。

 早苗はその力の確認のために地底に向かっていた。そこで合流し共闘することとなった。

 

 とまぁ、簡略的ではあるがこれらが全ての経緯である。

 ここからは後日談。

 

 一護たちは何故か地霊殿に招待されることとなっていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。