東方幻想斬~BLEACH the fantasy time of end~   作:死神一護

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ここまで遅い更新となり、誠に申し訳ございません!

二年半年ぶりくらいの更新となります。とりあえず久方ぶりで、凄い駄文な上、凄く長いのでご了承ください。
一章から三章も少し文脈がおかしいところを修正、所々に加筆。内容は変更なし。
16話が大幅に加筆。

次の更新がいつになるかは分かりませんが、よろしければどうぞ。


第48斬【旧地獄での戦い】

《1》

 まず迸ったのは重圧な轟音と、妖力による烈火のような閃光であった。

 暗い洞窟のような穴を抜けた先には、地底都市のごとく広大で煌びやかな都がった。しかしそれが視野に入るや否や、膨大な力が三人に襲いかかったのだ。

 爆発的な密度を宿した暴力。

 単一な拳。純粋な混じり気のない拳が、風を切りながら三人に放たれていた。ただの拳ではない。絶大な破滅を纏っているかのような、隕石でも飛来してきたのではと錯覚さえ覚える拳の圧である。

 瞠目するよりも先に手が動いたのは博麗霊夢であった。

 黒崎一護、霧雨魔理沙よりも捷い動きで前に移動し、霊力による結界を張ったのだ。

 しかし次の瞬間には、結界が砕かれる轟音と同時に妖力による衝撃波が舞い、それに伴って砂塵が荒れ狂う。。

「霊夢、魔理沙!!」

「分かってるわよ!」

「へへっ、こいつは面白くなりそうだぜ!」

 霊夢が張った結界など、付け焼刃に等しい。よって一護も魔理沙もそれは承知しており、あの結界はあくまで颶風のような拳を少しでも安全に避けきる為の、数瞬の時間稼ぎに過ぎないのだ。

 砂煙が舞い、視界が悪くなった状況下でお互いの位置を把握しつつも、更なる脅威が三人に降り注ぐ。

 それは粘着質を帯びた妖力による大弾。それらが複数放たれ、その軌跡には花弁が咲き誇っていた。

「こいつは……ッ!?」

 その花弁を見るなり剣呑とする。

 これに触れては駄目だ。直感的にだが、三人ともそれを頭の奥底で理解した。理由は分からない。分からないが触れてはならない。例えるなら毒性を宿した動植物のような、本能がこれを触れてはならない、そしてなるべく視界に入れない方がいいと。何故か知悉のように理解し、総身が粟立つ。

 三人がそれに理解し、避け切った後に始まりから止めに持っていくような流れで強烈な一撃が放たれた。

「――これは」

 この一撃を知っている。

 凝縮された霊力が、破壊の閃光と化して対象を撃ち貫く攻撃法、それは……

「『虚閃』だと!?」

 紛れもない破面が好んで放つ技である虚閃である。

「霊符『夢想封印』!」

「恋符『マスタースパーク』!」

「黒斬『月牙天衝』!」

 動揺と同時に、対処法は三人とも把握している。

 放たれた破壊の閃光を、三人は対して攻撃的スペルを放った。魔力と霊力と渦が暴風のように荒れ狂い、それにより破裂するかのように虚閃は相殺された。

 衝撃波が吹き荒れ、大地が砕ける最中、三人は次の敵方の迎撃に備える。

「…………来ねぇな」

「そうみたいね。不意打ちは失敗だと、判断したんじゃない?」

 砂煙が舞い終わると、前方には二人の女と一人の男が現れた。

 直後だった。一人の女が笑い声を上げたかと思うと、一護たちを指さしながら言葉を放つ。

「いいねいいねぇえ! せっかくの祭りだ! 前祭で終わったとあっちゃ興が削げちまうからね!」

 その女は濃密な力を宿した鬼だと、瞬時に理解できた。

 破壊と暴力の具現体。なびやかに舞う金色の髪は美しく伸びており、頭には鬼の象徴たる赤い角が生えている。三人を見つめる瞳は紅く、悦楽に輝いている。両手首には暴力の戒めなのか、手枷が付いており、よく見ると両足首にも足枷が付いてある。片手にはとても大きな赤い盃を手にしており、その中には明らか酒を思わせる透明の液体が波波と入っている。

 履いた下駄をカツカツと音を踏み鳴らしながら前へ歩み出て、鬼の女性は口元を愉悦に歪めながら、

「祭りってのは騒いでなんぼだ。お前らもそう思うよな!?」

 並外れた妖力と、莫大な膂力を横溢させつつも、その女は笑みを絶やさず三人に言葉を投げかけた。

 まるで敵視していない。例えるなら、遊びに来た友達とでも言おうか。この女からは一切の敵対心がなく、あるのは目の前にいい遊び相手が現れたという感情のみ。

「勇儀、少しうるさい。貴方だけだよ、お祭り気分なのは。そもそも、この程度の歓迎で終わる相手が、地底になんて来るとは思えないし」

 陰鬱な雰囲気を醸し出しながら、もう一人の女は勇儀に言う。

 尖った耳が特徴的な、外見的にはどこにでもいそうな少女である。しかし先程からこちらに向けられている嫉妬にも似た負の感情、度外れしたその病みにも近いものを三人は感じ取った。

「全くどうして、こんな旧都に女を二人も侍らして連れてくるのんて、一体どう言う神経しているのかしら? そこの男、見ていると嫉妬で嫉妬で、嫉妬のあまり狂って殺してしまいそう」

 粘りつくような殺意、先の女性とはまるで逆である。悪しき妖気が濃密なまでに垂れ流されており、遊びなどと見ておらず、完全なまでに殺す対象として見ている。

 いや、大前提にここは元地獄。危険極まりない妖怪が隔離された世界なのだから、これは至極真っ当なのだろう。

 そして……そんな三人のうちの最後の一人――

「のんびり過ごしたかったんだがな。何でこう争い事を持ってくるんだ」

 白い、グリムジョーやウルキオラが着装している物と似通った格好をした男。

 一護なら否が応でも分かる。

 この霊圧は……

「破面か」

 そして思い出す。

 今目の前にいる破面の男は、過去に井上織姫を一護、そして剣八の前から一瞬で拐った男。

「どうにもあの男は、あの二人と似通った性質をしているわね。随分とまぁ、危険な気質だわ」

「破面ってやつだっけ? 私も詳しく知らないけど」

 霊夢と魔理沙も即座に理解できたらしい。

 一護はほぼ初対面に近いため、あの男の能力も力も何もわからない。

 だが、ここに来る前にグリムジョーが言っていた事が一つだけある。あの男はグリムジョーやウルキオラよりも強いということ。それだけで、とてつもない実力の持ち主だと分かる。

「さて、どう仕掛けるか」

 霊夢が睨みを効かせる。いつ、何かの拍子で緊張の糸が張り裂けてもおかしくない状況である。

 一護も固唾を呑む。戦力的には互角、下手をすれば相手が上かも知れない。グリムジョーやウルキオラよりも格上の破面。それに引けを取らない鬼の女。そして地底の妖怪。敵がいつ攻撃してきてもいいよう、注意集中する。

 しかし、そんな緊張感ある状況は破面の男によって崩された。

「……あー、そこのあんた」

 気怠そうに、一護を指さしながら、

「黒崎一護、だったか? こんな状況で急に言うのも何なんだが、あんたと少し話したい。いいか?」

 突拍子もなく、いつ火蓋が弾け開戦が始まってもおかしくもない中、男は気の抜けた声でそう言った。

「…………はぁあ! あんたなに意味不明なこと言ってんのよ!?」

 予想的中だろう、最初にリアクション兼声を荒らげたのは霊夢だった。

「おいおいそう怒鳴らないでくれ。あー、出会い頭の一撃を根にもっているのなら謝るよ。だからそこの黒崎一護と二人きりで、平和的に話したいことがあるんで、お願いできませんかね?」

 頭を掻きながら男は、怠気80%、ちょっと本気20%くらいの疲れきった社会人のような口調で言った。

 読めない、何を考えているか分からない相手というのは、敵として一番厄介ではある。自陣の組んだ戦略の盤を、いとも容易く崩しかねない型破りな行動をしかねないからだ。

 それがまさに、目の前の男である。

 それを聞いていた鬼の女性は、男の肩を組みながら、

「そうだぜ、こうしてコイツが頭下げてお願いしてんだ。そこは二つ返事で頷くのが人情だろう?」

「頭どころか面倒くさそうにお願いしてるんだけどソイツ。しかも鬼に人情がどうのなんて言われたくない」

「何だよ、巫女ってのはこんな薄情なのか? はっ、だから胸も薄いんじゃないのかい?」

「――は?」

 豊満な胸が特徴的な鬼の女性は、快活な態度で言葉を吐くのと同時に霊夢の地雷を踏んだ。

「今なんて言った!? この鬼ババァ!」

「お、何だ威勢はいいなぁ気に入ったぜ! だが、ババァってのは聞き捨てならないな!」

 霊夢が即座に放った、少女から出たとは思えないストレートな拳を鬼の女性は片手で軽々と受け止めていた。

 そして怒髪天となった霊夢と同じく、鬼の女性も快楽から少し怒りを滲み出す。

「この無駄な脂肪が何!? 大きいから何!? 偉いの? そのダルダルに垂れ下がった醜い肉の塊が偉いの!? ふん、笑わせてくれるわね! 所詮は不要な贅肉の溜まり場なのよ胸なんてね!」

「おいおいおいおい、分かりやすい妬みだな。パルスィ以上に分かりやすいぞ巫女さん。何? 胸のことが癇に障ったか? そいつは悪かったね。どうも、貧乳って奴の気持ちは、私には理解できなくてな!」

「そうだぜ! 貧乳代表格の霊夢の気持ちが、巨乳代表格のお前に分かるはずないぜ! なぁ霊夢?」

「ちょっと魔理沙、それ聞き捨てならないんだけど。あんたちょっと表に出なさい!」

 二人から三人に変わり、不毛な争いをする中、男は「あ~~」とどうでも良さそうに声を上げ、

「何だかもう面倒だから、一つだけの質問で構わねぇ。あんたは……」

 ここで急に、男の雰囲気が張り詰めた。

 視線を一護に向け、男は口を開く。

「――藍染サマを倒したのか?」

「まぁな」

 聞かれると予想はしていた。

 破面にして、十刃の一角と思われる男だ。自分を従えていた藍染がどうなったのか、気になって当然である。

「そうか。いや、そんな気はしていた。あんたは恐らく、藍染サマを倒しちまえるんだとよ」

「随分と買ってくれてるんだな。けどもっと驚くと思ってたぜ」

「予感はしていたから、あまり驚かねえよ」

 平坦に答えた男。

 しかしその瞳の奥には、どこか悲しみを孕んでいるような気がした。

「そういや名乗ってなかったな。俺はあんたの知っての通り破面――コヨーテ・スタークっつうもんだ」

「黒崎一護。改めて名乗らせてもらうぜ」

 お互いが名乗る。

 当然だが破面のスタークは一護を知っている。虚夜宮(ラス・ノーチェス)に攻め入った際に、ある程度の情報は得ている。

「おいおい、なぁ~に律義に自己紹介しちゃってんのスターク。一応、こいつらは敵だぜ?」

 鬼の女性がスタークの肩に腕を回しながら言った。

「まぁそこのまな板みたいな貧乳のガキよりも、あんたはまだ話が通じそうだね」

「いやもうあんた、う霊夢の怒りを買うようなことしないでくれ」

 後ろの方で霊夢が何か叫んでいる声と、魔理沙が体を張って止めているような声が聞こえてきた。

「そいつは悪かったね。おっと、ちなみに私は星熊勇儀。見ての通り鬼、よろしくね」

「……星熊勇儀」

 どこかで聞いたことあるような、ああ萃香かと思い出す。

 そして鬼の特徴といえば――

「いいねぇいいねぇ、あんた中々に強いね。見れば分かる。これは本気でやりあってみたいわね」

 強者が現れると、その力を試さずにはいられない。勇儀も多聞に漏れず、その気質の持ち主のようだ。

「まぁ、認めたくはないけど、あの巫女も、そしてあの魔女もなかなか強い力を持ってるようだし。こりゃぁ、久しぶりに全力を出せそうだ」

「あのなぁ。今、地上で地底から湧きあがってきた地霊――つまり怨霊達が悪さをしてるんだ。その原因を探りに来ただけで、俺たちは別に戦いに来たとかじゃねぇんだよ」

 実際、世に怨みを持った怨霊は地上の妖精や人間なんかに害を及ぼす。そんな危ない存在を、一刻も早く解決に導かなければならない。無駄な戦闘などは避けたいところだが……

「は、ふざけないでください」

 地の底から響き渡ったかと思うくらい重い声と、病みに近い嫉視の瞳を向けてくる少女。

 現れた三人のうち、そう言えば一人忘れているようなと、存在感の薄いと言ったら悪いので誰も言わないが、そんな少女が話に割って入った。

「二人の少女と楽しくパーティー組んで、危険だと分かっていながら旧地獄にやってきてさ、戦わずに問題を解決できるなんて出来ると思ってるの? 馬鹿なの? いい年して、考えが甘すぎなんじゃない?」

「いや別に楽しく組んでねぇよ。仕方なく組んでるだけだ」

「男って生き物は下心丸出しなのよ。例え表向きに出さなくても、裏では可愛らしい女の子と一緒にいてグヘヘたまんねぇ、なんて思ってるんでしょう? 本当、嫉妬するくらい最低だわ」

「可愛い? 狂暴の間違いだろ」

「どうだかですね。勇者気取って、将来はハーレムでも築くきでしょ? 男の欲情なんて透けて見えるのよ」

「そんなつもりねぇよ。つか、こいつら二人にそんな劣情は全くもって抱かねぇから、俺を甘く見てんじゃねえ」

「ちょっと一護。それはどういう意味?」

「……しまった」

 後ろに霊夢がいることに気づいた一護は、ゾッとすると同時に冷や汗が流れ始める。

「悪い一護。もう私も止める気なくした」

 おやおや魔理沙まで敵に回してしまったかと思う一護。

 異変解決の最中だというのに、何だこの緊張感のなさはと、霊夢にいいのを何発か頂きながら一護は思い悩んだ。

「あ~、敵地だってのに随分とまぁやかましい奴らだな全く」

「いいんじゃない? あそこまで余裕な態度を見せるってことは、今まで十分な程の場数を踏んでるってことだよ。下手に気ぃ引き締めてる相手より期待できるってもんだ」

「そんなもんかね」

「そんな訳ないでしょ。単に危機感がないだけよ、あんなの。旧地獄の恐ろしさを微塵も知らない蒙昧な地上の連中は、その身をもってその恐ろしさを味合わせるのよ。ああもう、この嫉妬の気持ちを思いっきりぶつけてあげたい」

「おう、なら全力でぶつけてやんな。私はこの拳をぶつけたいと血が騒いでるからよ」

 スタークが二人の言葉を聞きつつ、嘆息する。

「何でこう、うちの仲間も難ありなんだろうな。そう思うだろう黒崎一護」

「ああ。お前も大変だな。何となくだけど、あんたの境遇も理解できる」

 一護はフルボッコにあった後のような傷だらけの状態で倒れつつ、スタークに同情した。

「そういえば、あんたら二人の名前をまだ聞いていなかったわね。何て言うの?」

 勇儀が思い出したかのように、霊夢と魔理沙を指さして聞く。

「私が律義にあんた達に名前なんて教えると思う? 特に、そんな乳牛みたいな醜いものぶら下げた女に名乗る名前なんて持ち合わせていないわ」

「ま~だ言うのかよ、このお子ちゃまは。これはとんだ捻くれものだな」

「は? 誰が捻くれ者ですって? この――」

「一旦、口閉じよっか霊夢」

 一護が霊夢の口元に手をあてがい、強引に紡ぐ言葉を封じる。

「むぐぅぅぅ――!」

「私は霊夢と違ってしっかり答えてやるぜ」

 暴れる霊夢が一護に抑えられている傍ら、魔理沙は威風堂々と答える。

「私は泣く子も黙る霧雨魔理沙! 世界一の大魔法使いになるヴィーナスすら羨む麗しの美少女! とくとその頭に刻んでおけだぜ!」

「…………」

 何か、よく分からない自己紹介をする魔理沙に喚いていた霊夢は絶句し、一護は溜息を吐いた。

「んで、この巫女っ子が博麗霊夢だぜ」

「ちょっと何勝手に私の名前言ってんの!?」

 親指で霊夢を指しながら、魔理沙がおまけのような口ぶりで霊夢の名前を代わりに言った。

「…………勇儀……アイツにイラっときた」

「まぁたか。パルスィは本当、ああいう超明るいやつ見るとそうなるよな」

 勇儀が自分の隣で、気持ち悪いほどの嫉妬と殺意が煮えたぎったかのような雰囲気を醸し出しているパルスィに、呆れた声を上げた。

「さて、そろそろそこを通してもらっていいか。俺達が用あるのは、怨霊の発生源、管理してるやつか? そいつに用があるんだよ」

「へぇ、もしかして私たちを無視して素通りできる、なんて思ってる?」

 一護の言葉に、さも当然のような足取りで一護たちの前に立ちはだかる勇儀。

 ああ、そうだよな。分かってました、分かっていたとも。幻想郷で事がスムーズに進むわけがないのは、一護も十二分に理解している。

 そもそもここは敵地のど真ん中。曰く地底の妖怪は出合い頭に倒せと、紫にそう発言させるくらい危険な場所なのだから。

「丁度よかったわ。私もあんたをボコボコにしてやらないと、イライラが収まらないところだったのよ!」

 霊夢はやる気満々な態度で、勇儀を指さして言った。

「いいねぇ。その威勢、しっかり腕に見合っているか、私の期待を裏切らせないでよ」

 血気盛んな勇儀もまた、霊夢の意気込みに答えた。

「あなたは、私が相手してあげる」

 パルスィと呼ばれていた少女が、魔理沙を指さして言う。

「お、私とやりたいって? いいぜ、この魔理沙様が相手になってやるぜ!」

「その活気、とてもムカつく。妬んでしまうじゃない」

 魔理沙がパルスィに答えたと同時に、スタークが面倒くさそうにする。

「難儀なこった。何でこう、戦いに拘るんだろうな」

「……破面って言ったら。好戦的なやつが多いイメージだったけど、あんたは違うのか?」

 闘争意志がほとんど感じられないスタークについて、一護は疑問を投げかけた。

 スタークはその問いに、他のみんなを見渡しながら、

「そうかい? まぁ別に、無理して戦う必要なんてねぇからな。他の破面は好戦的なやつは多いが、俺はのんびりしていてぇだけだ。けど、この流れは、俺だけダラダラとしている訳にはいかねぇみたいだからよ、ちょっとだけ相手してもらうぜ――黒崎一護」

「……そうなるよな」

 一護も覚悟を決める。

 曰く、相手はグリムジョーやウルキオラを超える男。相当な実力だと踏んで、まず間違いはない。

「それじゃあ早速、始めようか。ああ心配するなよお三方。ちゃんと戦って、勝った暁には怨霊たちの管理している場所を教えてやるからよ」

「その言葉、本当でしょうね?」

「安心しなよ。嘘はつかないわ」

「そう。なら――時間も惜しいから、早く始めるわよ」

「お望み通りに」

 勇儀と霊夢が睨み合いつつ、互いに距離を縮める。

「よし、こっちもそろそろやろうぜ。手加減は無用でいいよな?」

「手加減? そんな余裕ある言葉、直ぐに言えなくしてあげるわ」

「はっ、そいつは楽しみだぜ」

「本当に、その余裕さが、ムカつくわ。嫉妬して、嫉妬して、嫉妬のあまり狂ってしまいそう」

 魔理沙の意気軒昂な様を見て、どこか羨むと同時に嫉妬の念を募らせるパルスィ。

「……全員、やる気になったみてぇだな」

「そうらしいな。そういえば、単純な興味本位なんだけど、あんたは十刃では何番目に強かったんだ?」

「力の序列のことか。なら俺は――1番。一応、十刃でトップってことになってたな」

「だよな。そんな気はしていた」

「そいつはどうも。面倒臭ぇが、こっちも始めるか」

「……ああ」

 そして遂に――戦いが始まった。

 

 

《2》

「私は普通の……いや、人間代表の魔法使い 霧雨魔理沙だぜ! 改めてよろしくな!」

「地殻の下の嫉妬心 水橋パルスィ。私はあなたが妬ましい。だから討つ。理由はたった、それだけよ」

 そして両者、名乗りを上げると同時に一気に弾幕を放つ。

 両者間で激しい爆音と火花を散らしながら、魔理沙は箒の柄に立って乗り、空中飛行を繰り広げる。

『ねぇ、そろそろ話は可能よね?』

 魔理沙が器用よく空中から弾幕を放っている中、魔理沙の周囲に浮かぶ小さな八卦炉からアリスの声が響いた。例の通信システム兼、戦闘の補助をしてくれるアイテムからだ。

「お、本当にちゃんとみんな黙ってたんだな。そっちの方が驚きだぜ」

『あんた達が勝手に決めたんでしょ? みんなで喋ると気が逸れてしまうから通信は戦闘中か、何かしらのやむを得ないときだけ。そして、みんなで喋ると混乱するから、戦闘中は一人だけが通信。まぁ私たちはあくまでサポートだし、現場にいないから頷くしかなかったんですけどね』

 そう、この旧都に入る少し前、アリスの言った通りの取り決めがなされたのだ。主にサポート同士のけんかが勃発したためである。

「へぇ~、それじゃあアリスが今回サポートしてくれるのか?」

『そうなるわね。それよりほら、よそ見しないで、次来るわよ』

 アリスと通信しながらも魔理沙は弾幕による攻防を繰り広げると同時に、軽快に飛行を続けていた。

 しかし、その攻防の最中でパルスィの妖力が上がっていくのが感じ取れる。

 これは――

「スペルか」

 魔理沙が呟いた瞬間、上昇していたパルスィの妖力が一気に解き放たれた。

「花咲爺『シロの灰』」

 緑色の美しい弾幕が周囲に放たれると同時に、特大の弾も同時に魔理沙に向けて放たれる。

 そしてその軌跡には煌びやかな花弁が咲き誇った。

「きたきた! やっぱ弾幕ごっこといえばスペルだよな。これこそ醍醐味ってやつだぜ」

 魔理沙はパルスィのスペルを見て、楽し気な表情となりつつ弾幕を華麗に避け続ける。

『ほら、これは戦いよ。楽しんでないで真面目にやりなさい。相手は危険な地底の妖怪なのよ』

「だからこそ、楽しまなきゃ損ってやつだぜ!」

『全く、そんな油断してたら痛い目あうわよ』

 アリスの注意を無視し、そのまま魔理沙はスペルを唱える。

「星符『メテオニックシャワー』!」

 さながら煌く流星のような弾幕が、パルスィの弾幕を尽く蹴散らしていく。

「チッ、何なのよコイツ。戦いだっていうのに楽しそうにして。嫉妬『緑色の目をした見えない怪物』」

 忌々しそうに舌打ちし、パルスィは次なるスペルを唱える。

 緑色の弾幕が、その軌跡上に動かない弾幕を設置しながら放たれた。なががら緑の蛇のような怪物を思わせるスペルが、魔理沙に迫り来る。魔理沙の放った流星の弾幕も、緑の怪物が呑み込んでいくが如く、掻き消されていった。

 流石の魔理沙もやばいと思う反面、そこに楽しさを見出す。

 魔理沙は弾幕ごっこが趣味といっていいくらい好きである。故、敵が強ければ強い程、魔理沙は燃え上がるのだ。

「行くぜぇええ!」

 ミニ八卦炉を手に、魔理沙は襲い来る緑の蛇に向けて構える。

 同時に膨大な魔力の奔流が、ミニ八卦炉に収束されていく。

 相対するは巨大な弾幕による緑の蛇、怪物。水橋パルスィは嫉妬を司る橋姫。その緑の怪物は、例えるなら嫉妬という目には見えない感情が具象となって顕現した存在を思わせる。立ちはだかる目の前に敵を、輝かしい者共を喰らい尽くそうとする嫉妬の怪物である。

 それはさながら最凶の弾幕。

 されど、最凶を迎え討つは最強の閃光。

「――恋符『マスタースパーク』!」

 それは星々のように輝く閃光で、魔理沙の代名詞とも言えるスペル。太陽よりも眩しく、全てを包み込むような煌きは、しかし無情にも触れた全てを粉砕する超破壊の極太レーザーとなっている。

 秒にも満たず刹那をも待たぬ瞬間に、魔理沙の放った閃光は緑の怪物を包み込み、破壊していった。

「くそッ、この魔女。本当に虫酸が走る。こんな女に――」

 目に入れるのも嫌だと言わんばかりの感情を顕にしながら、マスタースパークを避けきる。

 元気で活発な少女であり、弾幕も光輝に満ちた燦爛たる華々しさ。ああ、羨ましい妬ましい、怨嗟の念を募らせていくパルスィは、自分のスペルを打ち破られたことなど気にも止めず、心の奥底から嫉妬に狂い染まっていった。

「よっしゃあ! あいつのスペルを討ち取ってやったぜ!」

『あんたのマスタースパークだけは、清々しいくらい相手の弾幕を葬るわよね。そこは褒めてあげるわ。けど、油断しちゃ駄目よ。アイツ、今ので変なスイッチ入ったみたい』

 アリスの警告の声が、喜々としている魔理沙の耳に入る。

 すると、その刹那に感じ取った。

 パルスィから邪悪なまでの妖力が揺蕩っており、まさに深き闇に満ちた嫉妬心の具現。奈落の底めいた瞳を魔理沙たちに向けていた。

「妬ましい妬ましい妬ましい! こんなやつに、私の心が掻き乱されるなんて……ああ、羨ましいのよ。妬ましいのよ。あなたのような暖かい地上に生きている女は、私の前に現れちゃいけないのよ」

 吐き気を催すくらい嫉妬に呪われ、狂ったかのように頭を抱える。

 そんなパルスィを見ながら、魔理沙は当惑したかのように頭をポリポリとかく。

「あ~、難儀な性格っつうか種族、なのか? そんなに私、人から妬まれる魔女でもないぞ。なぁアリス?」

『ええ、その通りね。魔理沙にジェラシー感じちゃうなんて、とても可哀想だわ。もっと博識な……そうね、例えば頭脳明晰な私なら妬まれてもしょうがないと思うけど』

「いやそれはないぜ。アリスに比べたら、まだ私の方が妬まれる。それだけは確信を持って言い切れるぜ」

『はあ? どの辺が私より妬まれる要素があるっていうの? 具体的に聞きましょうか?』

「そうだな、自分で危険な相手、油断したら痛い目あうって言っておきながら、当のアリスもちょっと浮かれ始めているところとか? 頭脳明晰とか言っときながら、全然そんなの感じないぜ。逆に、この私は相手の行動、弾幕やスペルの対処をしっかり分析しながらやってるぜ。それらを鑑みたら、まぁ圧倒的に私のほうが妬まれる要素がある!」

『そりゃあんたが現地にいるからでしょ。私がそっちにいたらね――』

 アリスが言い切る前に、パルスィが行動に出た。

「さっきから、ごちゃごちゃと五月蝿い。友情ごっこなら、他所でやりなさいよ。まぁ他所に行く前に、痛い目にはあってもらうけどね」

 病んだ目が蛆でも見るような汚らわしい視線となり、相手を妬み殺すかのような言葉を紡ぐ。

「丑時まいりは胸に一つの鏡をかくし、頭に三つの蝋を……杉の梢に釘うつとかや。はかなき女の嫉妬より……人を呪詛ば穴二つ……」

 ブツブツと、所々聞き取れない程の声で、念仏のように言葉を発するパルスィ。

 おどろおどろしい妖力が、発している言葉の効果なのか徐々に鋭利な刃物のように研ぎ澄まされていく。

「さぁ私の鬱憤、晴らしてちょうだい。これが嫉妬の力。絶対なる力よ――怨み念法『積怨返し』」

 積年の怨みが爆発したかのように、病的なまでの嫉妬の念が空間を圧迫する。

 周囲の空気が変化した。パルスィを中心にドロドロに煮詰めた腐泥のような、粘性を帯びた妖力の波動が広がる。これこそ嫉妬の極限。万象を己の嫉妬の対象として認識した、パルスィの深層より溢れ出した力。

 妖力が弾幕となりて迸る。全てを攫う土砂や津波さながら、弾幕の飛行方向に存在するあらゆるものを呑み込んで広がる。例えるなら、死滅という概念そのもの。弾幕に触れたものは、大地も木々も石くれさえも、ドロドロに溶かされるかのように分解されていく。

 形あるもの全てが嫉妬の対象と言わんばかりの、パルスィの積年の怨みである。

「なら、こっちも正々堂々と乾坤一擲の勇往邁進で挑んでやるぜ! 恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」

 魔理沙を中心に、複数の魔法陣が展開され、五色のレーザーが回転するように発射される。同時に星型の弾幕も張られ、弾幕とレーザーによる二重アタックでパルスィの攻撃に対抗する。しかし、相手の方が上手だったのか、魔理沙の弾幕やレーザーが尽く敵の弾幕に分解されて消滅する。

 だが、相手の弾幕よりも恐ろしいのは、並行して密度を上げていく嫉妬の念である。

『これは、不味いわね。その場にいなくてよかったわ。人間、いや軟弱な妖怪でさえも彼女から出る圧や視線だけで精神が保てないもの』

 通信機からも胸をなでおろしたのが分かるアリスの言葉。

 実際、こんな腐蝕されていく空間は最悪極まりない。四肢が、内臓が、魂に至るまで全てが生理的嫌悪感を感じる。その上、嫉妬の念は呪怨と化し、全ての生き物を包んでいく。包まれた生き物は、まず猛烈に死にたくなる。ネガティブ感情、マイナスの感情が津波のように内側から膨れ上がる。ああ、死にたい、こんな俺に生きている意味や価値などない。これ以上苦しみたくない、そう言った負の念が襲いかかるのだ。 

『これが、地底の妖怪の本性。……何て危険なのよ全くもう』

 通信先にもその念を感じているのか、アリスの声が弱々しくなっていく。

 そうなれば、現場は破滅的な状況だろうとアリスは、魔理沙の安否を確認しようとした矢先だった。

「だぁあああああああああ!! 何だこの辛気臭い感じ! 私はこういうのスーパーに苦手なんだぜ!」

 魔理沙が獣の咆哮のような、しかし快活にも聞こえる大声を上げた。

 まるでパルスィの放った波動など意にも介していないのか、それどころか蹴飛ばすかのような気概で逆に闘志を燃やす。

「こ、こいつ……どんな精神構造してるのよ!?」

 魔理沙の姿を見て、パルスィは剣呑とし粟立つ。

「けど、この私の弾幕があなたを討つ!」

 パルスィの左右から青色の炎弾と赤色の炎弾を波紋状に展開している。嫉妬による怨念が弾幕となりて、辺り一面を腐らすように分解しながら差し迫った。魔理沙が放っているレーザーや弾幕など多少の時間稼ぎにしか過ぎないかのように。

「行くぜアリス、力を貸してくれよ! パルスィに強烈なやつを叩き込んでやろうぜ!」

『本当にあんたは、今回ばかりは凄いと認めてあげる』

 この状況でも溌剌とした魔理沙の声に、アリスは安堵したのか嘆息混じりに答えた。

『魔理沙、周囲の弾幕は任せたわ。私は一点集中で、あの陰気な女を叩く』

「了解ッ! 頼りにしてるぜアリス」

『ええ、期待してなさい。このアリス・マーガトロイドが最高の技を披露してあげる』

 魔理沙の周囲に浮かぶミニ八卦炉にアリスの魔力が込められ始める。

「マジですげぇカラクリだよなこれ。通信機だけじゃなくて、こうして通信先のこっちにまで魔力を送り込めるんだもんな。こいつぁ、この技術力を河童からかっぱらいたいぜ」

『なに詰まらないダジャレ言ってんのよアンタは』

「ん、ダジャレなんて言ったか?」

『あー、天然入ってたわねアンタ』

 通信先の向こうからでも頭を抱えているとわかるアリスの声音。

 それを気にしない魔理沙は、魔力を一気に収束させる。

「暴れてやるぜ! こんな時でもなければ本気でブツかれないからな」」

 濃密な魔力が黄色の輝きを放ちながら、螺旋を描きつつ魔理沙の八卦炉に集う。魔力を八卦炉に固定、暴発してしまいそうな勢いで魔力が込められていく。

 パルスィの弾幕は、幾星霜の長い嫉妬による念の解放によって成される力。その力が万物を分解する形で発現した。その嫉妬への想いは極限、想いという面においては前代未聞で類を見ない程である。

 これを打ち破る術を魔理沙は持ち合わせていない。だが、逆を言えば自分の全力を出せる。小細工などは一切しないし、できるタチではない。だからこそ、単純な強さのみを研鑽してきた魔理沙は、臆せずに挑めるのだ。

「よっしゃ! 準備万端だぜ! おいパルスィ、強いってのはな、お前みたいな陰気な力じゃないぜ。ただ真っ直ぐに希望を見据える、その心だ!」

 ただただ純粋な善性の輝きを纏う、無謬な思いの魔理沙。

 そこから放たれるは穢れを眩い煌きへと変える一撃――

「恋心『ダブルスパーク』!」

 穢れなき輝きを放つ魔理沙の奥義、極太レーザーという壮大なスケールの御技である。

 嫉妬によって生み出された絶望の弾幕へ向けて放たれたマスタースパークは、光の道となって打ち崩していく。

「こいつ、こんな力を隠していたの!?」

 パルスィは驚愕の表情を露にする。しかし直ぐに我を取り戻し、抑揚のない声で言葉を紡ぐ。

「それに……あんたの価値観をいきなり押し付けないで。この嫉妬の感情が、あんたなんかに分かるもんか!?」

 自分の嫉妬を、他人の裁量で推し量られ怒りの呵責を上げる。

「嫉妬……ああ、分かるぜ私には。この私にも嫉妬の感情くらいあるぜ! 私の友達には、すんげぇくらい本を持っているやつがいてな、それがたまらなく羨ましくて、毎日毎日嫉妬してるんだぜ!」

「……は?」

「だから、ああもう私は誰かを説くってのは苦手なんだぜ! まぁそのなんだ、そんな偏狭な考えしてないで、もっと度量のでかい女になってみろ。そうすれば世界はまた違って見えるぜ!」

 そして放っているマスタースパークの力が、魔理沙の裂帛の気合により出力が上がる。

 だがそれでも、パルスィの力が上手なのかマスタースパークでも分解され消滅していく。

「ふん、所詮は口だけ。私の芯にも響かないし、この力に対抗することもできない。力ないものの発言なんて、この地底では無意味なのよ!」

「なら、もっと力を込めてやるよ!」

 魔理沙が使ったスペルは『ダブルスパーク』。

 それは言葉の意味通り、二発分放てる。

「くらぇぇえええええええ!!」

 咆哮と共に、二発目のマスタースパークが放たれた。瀑布の如く嫉妬の弾幕を、煌く奔流の閃光が押し流す。真っ向切って対抗する。

 パルスィの弾幕を打ち消せていったのはいいものの、しかし全てかき消すには至らない。それどころか、前述通り時間を稼いでいる程度となっている。

「くそッ! やっぱキツいぜ……! けど、諦めねえぞ。私はな真っ直ぐ、希望を捨てずに挑んでやるぜ!」

「無駄よ無駄。私の嫉妬の力に敵うわけもない」

「へっ、嫉妬なんて力より、希望っていうパワーの方が強いってことを絶対に証明してやるぜ! そしてお前を、そんな嫉妬よりも希望を見据えていけるようにしてやるぜ!」

 単なるエゴ。

 これはあくまで魔理沙の確執。それを押しつけているに過ぎない。

 この世界ではどれだけ雄弁に語っても意味はない。肝要なのは力。なら魔理沙はそれを示し、パルスィに少しでも希望を見据えれるようにしたいのだ。

「けど……!」

 流石に厳しい。

 そろそろマスタースパークのために装填していた魔力が切れる。

 パルスィの弾幕はまだまだ張られているのだ。

『あら、そろそろ限界なの魔理沙?』

 そこで遂に、アリスの声がミニ八卦炉より流れた。

『こっちの準備は整ったわ。いつでもいけるわよ魔理沙』

「待ってたぜアリス! それに私はまだまだ限界じゃないぜ!」

『あら、そうなの? とても疲弊してると思うけど。まぁいいわ。じゃあ、そろそろ決着つけるわよ!』

 瞬間、ミニ八卦炉が光り輝くと、魔理沙の周囲を暴風となって吹き荒れる。膨大な魔力の奔流が、渦を巻きながら少しずつミニ八卦炉に集束されていく。

 魔理沙が稼いでくれた時間で練り上げた魔力は、それこそマスタースパークの魔力量を優に上回っている。

『私は人形使い。針の穴に糸を通すのはお手の物よ!』

 そしてミニ八卦炉より一筋のレーザーが放たれた。

 匠に修練された魔力は、絶大ながらも一本の糸のようになり、パルスィが放っている弾幕を文字通り針の糸を通すような技法により通過していった。

 パルスィの弾幕に正面からの対抗は不可。ならパルスィ本人を狙うしかない。しかし大量に放たれた弾幕がそれをさせんとしていたが、生憎と相手が悪かった。

 人形遣いアリス。例え通信先からでも、相手の弾幕を通り抜けるようにレーザーを発射できる命中精度。それは普段から日常的に針に糸を通すような事を繰り返し行わなければ、なかなか成し得ないテクニックである。

「――くッ!?」

 刹那の判断。

 パルスィは間一髪でアリスのレーザーを転ぶようにして避けた。

 危なかったと、パルスィは感じ取る。あれを喰らえば自分は確実に倒されていたと確信を持って言える。たったの一撃、それだけで喘鳴を起こし膝が笑ったかのように振るえた。

「――――」

 だが次が来る! と身構えた矢先、それは来なかった。

 代わりに別の脅威が目の前に広がっていた。

「悪いなアリス。力を借りるぜ!」

 自分が張った弾幕の向こう側、そこには再び八卦炉を構え、魔力を集中させる魔理沙の姿があった。

「私は、あのパルスィの弾幕を正面から打ち破ってみせるぜ!」

 アリスが練り上げた魔力を、全て自分の八卦炉に移しているのだ。

 同時に魔理沙自身の魔力も練り込み、極大にて神大たる圧倒的な魔力が装填されている。

「あれは――ッ!?」

 かつてないほどに満ちる魔力に、パルスィは戦慄する。

 地底世界全てを照らし出すほどの、あまりにも強大な魔力の収束に、身を震わせて剣呑する。

「負ける、もんか!!」

 このままだと自分の弾幕は敗れると直感したパルスィは、再び弾幕を張り嫉妬の怨念により限界を超えて強化する。

 それを見て魔理沙は笑みを零した。

「いいぜいいぜ、やっぱり弾幕はパワー。お互い悔いのないように全力でぶつかろうぜ!」

 小細工などしない。全力で正面から受けて立つのが魔理沙である。眼前の嫉妬の運命に因われた敵に、希望という道筋を切り拓くため。

 そして自分の全て、アリスの練り上げた魔力を全て込み上げ――

「負けねえぜパルスィ! ――魔砲『ファイナルマスタースパーク』!!」

 今までの比ではない。

 魔理沙とパルスィ、まさに二心同体の友情が紡ぎ出した希望の魔砲が、嫉妬の弾幕を浄化せんと、その穢れなき輝きを放つ。

 猛烈な眩い煌きを放つ魔砲は、空間をも引き裂きながらパルスィへと迫る。

 文字通り死力を尽くし放ったファイナルマスタースパークは、全てをドロドロに溶かし分解するパルスィの弾幕と激突した。それは一瞬のせめぎ合いだった。完全に、確実にファイナルスパークがパルスィの弾幕に優った。

 いいや、理由はそれだけではない。

「……ああ、何なのよ。全くもう、友情、希望、そんな輝かしいものを見せびらかして」

 パルスィの心が、魔理沙を見て揺らいだのだ。

 怨嗟の嫉妬ではない、純粋に羨ましいと、羨望の眼差しを向けて。

 それ故に、嫉妬の怨念により放たれた弾幕は、パルスィの心が一転した一瞬の間に弱体化したのだ。

「嫉妬、しちゃうじゃない」

 そしてファイナルスパークは、パルスィの弾幕を全て飲み込み、同時にパルスィを呑み込んだのだった。

 

 

《3》

 ――時は少々戻り、一護とスタークもお互い刀を交差させていた。

 磨きのかかった両者の剣戟、そこには確かな技術と経験が根付いており、全てが正確無比な一撃を放ちながら、同時に捌き散らしていく。

 しかし、そんな中でもまるで二人は本気を出していない。別に相手の技量を測ろうともしている訳ではない。

 例えるなら、道場で軽い打ち合いを沸騰させるような。

「……なぁ、あんた。本気で戦うきがないだろ?」

 死覇装のような黒い着物を纏い、斬月を握り締めた一護は、スタークの刀を捌きつつ問う。

「あんたは別に俺たちと戦うのが目的じゃないんだろ? だったら適当に戦ってるフリだけして、他の連中が戦い終わんのをボンヤリ待とうと思ってな」

 面倒くさそうに、スタークは一護の問いに答える。

 実際、スタークは全力で戦う気はない。特段、自分が標的でわけでもない上、あくまで勇儀に無理やりここに連れられてきたに等しい。確かに一護の力には興味はあるが、それだけでは戦う理由にはならない。

「それに、あんたの目的は怨霊の発生源、つまりあそこだ。ならここで、下手に力を使うより温存した方がいいんじゃないのか?」

 スタークは軽く後退しながら辺りを見渡して一護に言った。

 周辺では霊夢と勇儀が辺りを粉砕しながら化物じみた猛烈な戦いを繰り広げ、逆に魔理沙とパルスィは弾幕を飛び交わせながら激烈な戦いを繰り広げている。

 まるで、その後のことなど考えていないかのような感じである。

「俺からの助言だが、この後も戦わずして解決は恐らく難しいと思う。だったらあんただけでも、体力を残しておくべきだぜ黒崎一護」

「……確かに、な」

 スタークからの提案は大いにありがたい。

 ここで一護まで消耗しきったら、後の戦いに支障をきたす。それに相手が破面、しかも元No,1となると一護は確実に全霊をもって挑まないと退けることはできない。

「……ああ、分かった。あんたの提案には、感謝するぜ」

 悩んだ末、一護はスタークの流れを飲む。

 霊夢、魔理沙が全力で戦っている中、自分だけこんな適当でいいのかを苦悩したが、ここは今後のことを考えることにしたのだ。

 そしてここでグリムジョーあたりから何か言われると思ったが、特に通信機から何も言わないということは承ってくれたのだろう。

「まぁ建前上の戦いみたいなもんだ。気楽にやってくれ」

「恩に着る。そういや、一つ聞きたかったんだが、あんたも幻想入りすると同時に霊圧のほとんどを失っていたのか?」

「あんたもってのが引っかかるな。そいつはつまり黒崎一護、お前は俺と同じように幻想入りした他の破面と接触してるのか?」

「ん、ああ。あんたの仲間だったグリムジョー、それにウルキオラだ。今は地上にいるぜ」

「そうかい。俺以外にもいると思ったが、あの二人もか」

 スタークは表情を変えなくも、どこか嬉しそうな、安堵したかのような声調となった。

「ずっと地底にいるから分からなかったが、そうかあの二人もいるんだな。それで、話は戻るがあんたの言うように、俺は幻想入りすると同じく霊圧のほとんどを失っていた。ついでに言うと帰刃もできなくなっていた。……この件は、あの二人も同じってことか?」

「ああ。原因とか、そういうのは分からねえけどな。やっぱりあんたも同じか」

 グリムジョーもウルキオラも幻想入りすると同時に霊圧をほとんど失い、破面の十八番である帰刃も出来なくなっていた。原因も全て不明だが、完全に弱体化した状態で幻想入りしているのだ。

 弱体化、確かにそういう認識であったが……

「まぁ霊圧は失ったか、その分こっちにきて新しい力を身に付けれた。面倒だったが、力をつけねぇと地底では生きていけないからな」

「新しい力?」

「霊圧以外の妖力っつうのか? そういった力だよ。スペルもだな。これが大きいって言えば大きい。正直言って、霊圧を失った分、いやそれ以上の分を新しい力で補完できた。そのおかげで、当時よりも俺は強くなれた。まぁ、力なんて別に欲しくないんだけどな」

「そう、なのか」

 一護にとって霊圧を失い、そのうえ帰刃が不可となった状態は完全に弱体化だと思っていた。しかし、この幻想郷で鍛える事によって新しい可能性、つかり力や能力を手にした。

 そして十刃時代よりも強くなった。

 ――まるで、それを誰かが狙っていたかのように。

 一護は直感的にそう思った。

「俺もあんたに聞きたいことがあるんだが、藍染サマをどうやって倒したんだ?」

 スタークが急に話題を変えてきた。

 やはり気になるのだろう。

「ああ、そうだな。じゃあ、助言のお礼に教えてやるよ」

 そして両者、刃を交差させながら話を続けたのだった。

 

 

   ×

 

「おらァッ!」

 気合一閃、風を切る重低音を上げ拳が繰り出される。

 放つは鬼の妖怪である星熊勇儀。圧倒的な怪力を持ち、勇儀の右に出るものは同じ鬼でもいないとされる。大地を踏みしめただけで、周囲の建造物は倒壊し、地震が起きたかのように大地は揺れ、大きな地割れを発生させる。

 そして放たれた拳は風圧だけで暴力的な烈風を引き起こし、下手な回避行動では躱し切るのは不可能である。拳を避けても、拳に乗った風圧によって体を引き裂かれて、吹き飛ばされてしまうのだから。

「――神技『八方鬼縛陣』!」

 それに相対するは博麗霊夢。並外れた霊力を持ち、弾幕勝負においてはトップレベルの実力者である。

 瞬時に勇儀の拳の危険性を看破した霊夢は、即座にスペルを唱えた。

 無数の札が霊夢を守るように囲い、同時に勇儀を迎撃すべく無数の弾幕も一斉掃射される。防御と攻撃、両方を同時に行えるスペルである。

 しかし……

「甘いねぇえ!」

 紙くずでも殴るような軽挙な動作で、霊夢の弾幕や札が破壊されていく。たった一発の拳で、霊夢のスペルが無残にも総崩れしたのだ。

「チッ、なんて馬鹿力なのよもう!?」

 直ぐ様、後退するも勇儀の放った拳が空気砲のような風圧となり、霊夢を軽く吹き飛ばす。

 吹っ飛ばされる中、空中で体制を立て直し、勇儀に向けてスペルを唱えた。

「夢戦『幻想之月』!」

 無数の霊力を内包した御札が、勇儀を貫かんと吸い込まれるように放たれる。

 着弾すると同時に、勇儀の纏っている妖力と霊力がぶつかり業火を迸らせんがら爆発を起こした。並の妖怪なら今ので決着が付くだろうが、勿論、相手は並なんてものじゃない。

 爆炎を手で軽く仰ぐようにしてかき消しながら、勇儀は笑みを零しつつ片手に持っている盃の酒を呷っていた。

「どうした、そんなもんか博麗の巫女。もって気合入れた一撃、ぶちかましてみなよ」

「あんたこそ、酒なんて飲んでないで戦いに集中しなさいよ。そんな奴と、真面目に戦う気になんてなれないわ」

「だったら私から盃を手放させるくらいの力を出してみな。まぁ今のあんたじゃ到底無理だろうけど」

「言うじゃない。ならその高そうな盃、壊しちゃってもいいってことよね。いいわ、使い物にならないくらい粉々にしてあげる」

「粉々にされちゃ困るけど、そのぶん期待できるってことにしてやる」

 言い終わるや否や、疾風の如く霊夢が動いた。

 矛先を勇儀に向け、無数の弾幕を放ちながら距離を縮める。確実に仕留めるレベルで放たれている弾幕、それに対して勇儀は重く鋭い拳で応酬する。数十、数百まで昇る弾幕に対して勇儀は拳一つ。数の暴力により圧倒的に不利と思わせるも、しかし一発一発から放たれる拳に加えそこから発生する衝撃波。それにより弾幕の尽くが潰されていった。

「なるほど、確かに凄まじい力ね」

 勇儀は腕一本で怒涛の連撃を繰り広げている。余波のみで大地が砕かれるその光景は、まさに豪腕による絨毯爆撃。直撃すれば金剛石だろうが粉微塵に砕け、まるで紙屑の如く押し潰すだろう。当たれば必殺に等しい。

 これが力にのみ収斂を置いた、鬼の力である。

「けど……」

 冷静に勇儀の隙を伺って特攻する。

 勇儀の打撃を一撃たりとも貰ってはいけないのは必定であり委細承知。ならば、弾幕を自分が隠れるほどの密度で放ち、その刹那を狙う。

 霊夢は更に無数の弾幕を滅多打ちにし、自分の姿を勇儀から視認不可にした。

 そしてその瞬間を狙い、高速で動き勇儀の背後を捉える。

「――隙ありよ」

「はっ、そんな小細工が通じるかっての!」

「え!?」

 だが、勇儀はそのようなことは完全に見破っており、振り向きざまの拳で霊夢を逆に捉えた。

 直撃すれば、人体などは木っ端微塵に粉砕する鉄拳が、霊夢の顔面に突き当たる。

 肉が抉られ、骨が砕かれ、拳の風圧で微塵切りにされ、見るも無惨になると思われたが……

「――これは」

 勇儀は直ぐに理解した。

 全くもって手応えがない。例えるなら霊夢の影を殴ったかのような空虚な感覚である。

「嵌ったわね。それは幻影よ」

 霊夢の声が自分の背後から聞こえるのと同時に、高密度の霊力を感じ取った。

「霊符『夢想封印』!」

 爆発的に放たれた複数の光弾が、ホーミング性を備えて勇儀に襲いかかった。

「ッ!?」

 勇儀は後退するため跳ぼうとするも、一歩遅く弾幕が炸裂した。

 この程度なら少々の手傷程度で済むと確信した勇儀だったが、自分の手に持つ盃……通称、星熊盃が疎かになっていたことに気づく。その時には既に遅く、霊夢の弾幕により盃が粉々に破壊されてしまっていた。

「どう、あんたの大事な盃、言った通りちゃんと丁寧に壊してあげたわよ」

 余裕な笑みを浮かべながら、霊夢は砕け落ちた盃を見ながら言う。

「…………」

 勇儀も粉々となった盃を見ながら、何も言葉を発さずにいた。

 怒っている、残念がっている、悔しがっているわけでもない。ただただ見つめ、そして何かを確信したかのように、勇儀が笑みを浮かべたのだ。

「いい、いいぜお前。口だけじゃないようだね。見直したよ、やればできるじゃない。今のは、あんたの分身ってわけ?」

「ええ、霊符『博麗幻影』。端的に言うと、文字通り私の幻影を出すスペルよ」

「そうかい。ったく、あたしも焼きが回ったね。こんな子供だましに引っかかるなんてさ。まぁ、けどそれはいい訳になるね。いいわ、認めてあげようじゃないか」

 まるで爆発しそうな爆弾を見ているような、溢れ出る妖力を身に纏う勇儀。並の者なら、その眼光だけで失神する程の威圧を放出しながら、勇儀は改めて名乗る。

「語られる怪力乱神 星熊勇儀。私の本気、しっかり見せてあげようじゃない」

「楽園の巫女 博麗霊夢。上等よ、受けてたってあげるわ」

 勇儀の威圧に対して、霊夢は平然としながら名乗り上げた。

 妖力と霊力が激突しながら、周囲一帯を余波で吹き飛んでいく。大地が悲鳴を上げる。この地底世界が、大きな地響きで揺れ始めたのだ。

「行くよ、博麗霊夢!!」

 獰猛な獣めいた咆哮が迸る。それだけで吹き飛ばされる破壊の圧力は凄まじく、ただ強く、ひたすら無尽に大暴れしろと、大いに楽しめと絢爛にして暴虐たる鬼の本懐を遂げていく。

 山の四天王に数えられる、力の勇儀。それが彼女である。かつて妖怪の山のいた時、妖怪たちの頂きにいた四人の妖怪のうちの一人であるのだ。

「ええ、いつでも構わないわ。掛かってきなさい」

 勇儀は一回地面を蹴ると、そのまま霊夢の眼前にまで瞬時に迫り、そのまま拳を振り下ろした。

 即座に霊夢は、勇儀の拳から大きく飛んで回避する。それとほぼ同時に、勇儀の拳が超威力の破壊となって地面を抉り、大きなクレーターを作り上げる。

「逃がさないよ! 鬼符『怪力乱神』!」

 無数の弾幕が勇儀を中心に放たれる。

 その怪力の化身たる鬼から放たれる弾幕は、高速で破壊を撒き散らしていく。

「この! 境界『二重弾幕結界』!」

 霊夢を守るように、無数の弾幕と結界が張られるも――

「ほらほらボサっとしてんなよ!」

 相手の弾幕や結界など恐るるに足らず。

 自分で放った弾幕と共に、勇儀自らも霊夢に向かって特攻を仕掛ける。純粋な膂力、圧倒的なパワーのみで霊夢の弾幕を、結界を破壊していった。元々、純粋な物理で破壊不可の結界でも、常に妖力を纏っている勇儀にとっては何の問題もなく、妖力の力によって破壊できてしまう。

 迫る脅威を前に、霊夢は平静を保って対処を試みる。

 湧き上がる恐怖と焦りを封じ、静謐な心を持って挑まなければ勝てない相手。勇儀の一手、一撃でも自分に加われば致命傷は免れないだろう。そう考えた時だった。

『霊夢、勇儀の力に対して半端なスペルじゃ簡単に破られちゃうよ』

 陰陽玉の形をした通信機から、伊吹萃香の声が聞こえた。

『だから、ちょっち本気のスペルでいかないと駄目だよ霊夢』

「そんなこと分かってるわよ」

 萃香の言葉に、霊夢は自分に迫る勇儀に向けてスペルを唱える。

「霊符『夢想封印』!」

 渾身の霊力を込めて放った霊夢の夢想封印。

 霊夢自身、勇儀相手に油断はしていない。この相手には本気で挑まないと負ける危険は大いに有り得る。故に自分の代名詞でもあるスペルを放ったのだが……

「阿呆かい? その程度のスペルが何になるってんだい! 光鬼『金剛螺旋』!」

 勇儀がスペルを唱えると無数の大型弾幕が螺旋を描きながら、鞭のようにしなる。

 さながら光の蛇腹剣。それを手にした勇儀が霊夢の弾幕を、ひと振りしただけで軽々と打ち消していった。

「え、なァッ!?」

「ほら、呆けてる場合じゃないよ!」

 霊夢が驚愕している間に、一瞬にして勇儀は接近し拳を放っていた。

 とにかく全神経を回避に転じて、勇儀の拳を紙一重で避けるも。

「私が何度も外すと思ってんじゃないよ!」

 回避されることは既に読んでいた。

 ならば、その先を狙って勇儀は確実に当てる一撃を放つのみ。

 核兵器のような圧倒的な暴力の拳が、霊夢の身体にめり込もうとした刹那――

「円結界『博麗大二重結界』!」

 常にいつでも自身に強力な結界を纏えるようにしていた霊夢。

 当たり前だ。相手は化物レベルな物理の力の持ち主。一発でも当たれば危険ゆえにである。

『博麗大二重結界』――純粋な物理による結界、そして妖力や魔力といった不思議パワーを防ぐ結界。それらを同時に発動する二重結界。これは周囲に展開するというより、自身を覆うように展開する結界。自分しか守れない範囲の狭い結界ではあるが、そのぶん結界の強度は絶大であるのだ。

 耳元で爆弾でも爆発したのではないだろうかと思うほどの轟音を響かせ、勇儀の拳が霊夢の結界に激突した。

「いい結界だね悪くないよ。けど、いつまで持つかね」

 勇儀は涼しい顔で、楽しそうに拳を霊夢に向けて連打する。

 ここで恐ろしいのは、威力が放つごとに桁外れに上昇していることだ。

 最初に受け止めた攻撃の威力の十倍はでかくなり、それが瞬きの後には二十倍。三十、四十と、際限なく拳による力が上がっていく。一体、どれほど上がるというのか、もはや個という枠に収まらないほど膨れ上がっていく暴力は、さながら神話の怪物めいている。

 荒唐無稽な勇儀の膂力。

 横殴りに放たれた拳の一撃は今や、音速で飛来する山の塊に等しい。

「この――ッ!」

 このままでは結界が砕けると判断した霊夢は、一気に霊力を放出させる。

 勇儀に結界を攻撃されている最中、ただただ喰らっていたわけではない。結界への攻撃開始からはほんの数秒だった。だが、時間は大いに取れた。霊力を練り上げた霊夢は、この近距離と攻撃に夢中の勇儀に全力をぶつければ致命傷とまではいかぬも、かなりの痛手を負わせれるであろう。

 ここで一気に反撃に出る。

「神技『天覇風神脚』!」

「――――!?」

 霊夢のスペルの中でも珍しい肉弾戦専用スペル。

 片足に練った全霊力を込め、渾身の蹴り上げを勇儀の腹部に放った。物理的な威力では勇儀に比べると劣るも、内包された霊力が勇儀に多大なダメージをぶつける。

「見事! この私に蹴りを放つなんてね! 私とここまでやりあえる相手は久しぶりだよ!」

「あっそ、じゃあとっととぶっ倒れなさいよ! 光霊『神霊宝珠』!」

 霊夢は後方に飛びながら、虹色に輝く複数の大弾を勇儀に向けて放つ。

「力業『大江山嵐』!」

 対する勇儀もスペルを唱える。

 まるで霊夢の放った大弾を全て洗い流すかのように、無数の大弾が天から降り注いだ。

「褒めてあげるよ博麗霊夢。技量といい度胸といい、私といい勝負だ。いやー、この私が人間を賞賛してやるなんてまぁ有り得ないことだよ。胸を張りな、あんたは立派な化物だ」

「なにそれ、褒めてるの? それとも貶してるわけ?」

 互い、距離を取りながら次の一手を模索しつつ口を開いている。

「無論、褒めているよ。博麗の巫女っていう肩書きは伊達じゃないって、この私に認識させたんだからね」

「それはどうも」

『言っておくよ勇儀、霊夢は褒めてもあんまり喜ばないから』

 そこで通信機から、萃香の声が聞こえた。

「おや、この声は萃香かい。久しぶりだね。姿が見えないようだが、どこにいるんだい?」

『今は地上だよ。この通信機ってやつから霊夢のサポートをしてるの』

「へぇ、お前さんが人間と手を組んでいるなんてね。こいつぁ珍しい」

『組んでるっていうより、面白いから一緒にいるだけだよ。それより勇儀、霊夢は強いよ。きっと楽しめると思うから存分にやっちゃいな』

「おうよ。骨のあるやつは大歓迎さ」

「ちょっと萃香、いちいち煽らないで」

 霊夢が二人の会話に割って入り、

「萃香、あんたのサポートはいらないから。こいつは私一人で倒す。いいわね?」

『構わないよ。私はのんびり酒でも飲みながら観戦させてもらうから』

「ええ、そうしてちょうだい。直ぐに、私が勝って終わらせるから」

「へぇ、勝つか?」

 勇儀は悦楽の表情に満ちながら、霊夢の言葉を噛み締める。

「ええ、難しくない。簡単なことよ」

 返答に虚勢はなかった。確かに相手の膂力は半端ではない。同時に相手は常に攻めの姿勢といった単一のもの。

 虚と実。布石。誘い、騙しなどの駆け引き、そうしたものがまったくない。勇儀は途轍もない純度の力と戦意を纏った、決め技のみの連撃。それが勇儀の戦い方で、つまり大砲の乱れ撃ちに似ている。

 脅威は無論のこと凄まじく、僅かな停滞を見せただけで即座に潰される。しかし、分かっているなら対処はできる。読めるし、返せる。

「面白い。じゃあ見せてみなよ博麗霊夢」

 楽しげに嘯きながら、一歩踏み出す勇儀。それに答えるように霊夢もそれに応じる。

 そして両者、再び間合いが触れた瞬間、号砲のごとく衝突した。

 霊力、妖力、スペル、肉体、戦術――極限の出力と精度で練り上げられた力と力が激突し、空間震すら伴いながら放射状に拡散していく。

 吹き荒ぶ弾幕や力の余波は、周囲の大地を砕き隆起する。もはや大地震の直下に等しい。自然災害を連想させてしまうほどに、二人のせめぎ合いは桁外れのものだった。厳密に言うと、周囲を破壊しているのは勇儀単独の猛威がほとんどだが、それを逸らしながら相対している霊夢の立ち回りも尋常ではない。

 勇儀が度外れした膂力の持ち主なら、霊夢は度外れした霊力を持っている。

 例え勇儀の戦法を理解したところで、それを対処できるかというのは話が別だ。理解しても、この暴威の渦中に飲まれれば、常人は軽々と引き裂かれ、吹っ飛ばされる。

 霊夢自身も、少しの気の緩みで戦況の趨勢が一気に傾くレベルなのだ。

「ははは!! いいぞもっとだ! もっと楽しもうではないか! 鬼声『壊滅の咆哮』!」

 勇儀がスペルを唱えると、無数の弾幕が一気に霊夢に向けて放たれた。

「楽しんでるのはあんたと、通信先で酔っぱらってる萃香だけよ! 宝具『陰陽鬼神玉』!」

 陰陽玉のような巨大な霊力弾を放ち、勇儀の弾幕を飲み込むように掻き消していく。

 しかし特攻を仕掛けてきた勇儀が拳で霊夢のスペルを破壊し、そのまま霊夢に殴りかかった。

 いや、それだけではない。

「おらぁ喰らいな! 鬼符『鬼気狂瀾』!」

 鬼の妖力がレーザーのように複数に形成され、高速で射出された。

「あんたも喰らいなさい! 神技『八方龍殺陣』!」

 無数の御札と弾幕が展開され、レーザーを否応なく滅殺していく。同時に特攻をしてきていた勇儀にも被弾し、痛手を連続して与えていく。

 しかし痛みを感じていないのか、そのまま霊夢に向けて鬼の拳が炸裂した。

「ぐッ!? 結界がッ!」

 今の一撃で、先ほど張った二重結界が完全に砕けた。それだけではない。そのまま勇儀の拳を受け、霊夢の身体に直撃したのだ。

 体を、内蔵までも木っ端微塵にされたかのような苦痛が、全身を駆け巡る。血反吐を吐くも、この程度で済んで良かった。もし結界を張っていなかったら、間違いなく今の一撃で霊夢は沈んでいたであろう。

 対する勇儀も、全方位からまともに霊夢の御札と弾幕を受けてダメージを負った。

「……は、はははははは! よくやった、この私にここまで痛手を与えるとは」

 しかし勇儀は苦痛に悶えるでもなく、受けた傷をむしろ寿ぐかのように鬼の圧力が高まっていく。

「いいな、やはり戦いとはこうあるべきだ。拮抗してこそ真に楽しめるというもの。だろう霊夢!」

 傷を負う。それに比例して攻勢の密度も強度も跳ね上がった。

 霊夢はそれに対処しつつ、うまいこと勇儀に弾幕のカウンターを与えていく。また、その逆も然り。霊夢は常に結界を張るも、勇儀の拳が当たれば一撃で砕け、同時に霊夢にダメージが通る。結界はもはや、ダメージを軽減させるためにしかなっていない。

「この四天王の一角である星熊勇儀を、ここまで獅子奮迅させたのはお前が久しぶりだよ。伊吹萃香、茨木童子、金熊明道、私たち四天王を前にすれば、みな逃げるのが必然であった。だが、なるほどな。地上にもまだまだ捨てたものじゃない。なかなかの強者がいるではないか」

「戦いながらペラペラ喋ってるんじゃないわよ! 舌噛んで後悔しても知らないからね!」

「確かにな。語っている場合じゃない。今は、この戦いを全力で楽しむ時だね!」

「ええ、思いっきり楽しませてあげるわよ!」

 そして再び、両者の力と力が交差し、戦場が彩られていく。

 無数に煌く弾幕、それを奏でるかのような破壊の轟音。見るものが見れば敍情的な感嘆さえ漏らすだろうが、両者にとってはどうでもいい。

 勇儀は心の底からこの戦いを楽しみ、霊夢はこいつに負けたくない。いや必ず勝つという心意気でぶつかっている。

「いいな博麗霊夢。お前が良ければこの地底で暮らしてはみないか? ここにはまだまだ面白いことがあるし、猛者もいる」

「勘弁して欲しいわね。こんなところ、頼まれても住まないわ。それに私は博麗の巫女。やるべきことが沢山あるのよ」

「そうか、残念だよ。まぁいつでも遊びにきな。歓迎してやるからよ!」

「ただでご飯にありつけるなら、考えなくもないわ!」

 超弩級の一撃を叩き込み、磁石が弾かれるようにして両者は後方に吹き飛んだ。

「この戦いが永遠に続いてもいいんだけどね。どうやら、お前を私の奥義で倒したいと、本能がそう囁くんだよ。全く、笑いが止まらない! 最高の戦いだよ博麗霊夢! 見せてやるよ、私の最高の一撃を!」

 絶頂、興奮、狂喜乱舞する勇儀。

 それに比例するかのように、妖力が天井知らずに上がっていく。

「ええ、見せてみなさい。その一撃、軽々と破ってみせるわ」

「破ってみせな。私が大いに期待している!」

 そう言うと、勇儀はありったけの妖力を弾幕へと変換した。弾幕は花が咲くかのように展開されていき、霊夢の全方位を弾幕で包んでいく。身動きを封じるために。

「なるほどね。いいわ、真正面から受けて立ってやるわよ!」

 霊夢が勇儀の狙いを読んだ上で、霊力を一気に練り上げる。

「博麗にて巫女語る 善性独白逆手にて安寧は滅び、親しきものは等しく崩れ落ちる 集え集え、博麗巫女の怨恨を今ここで与えてあげる」

 祝詞を唱えるごとに、霊力が飛躍的に急増する。

 今ここに霊夢の最大最高の一撃を持って、勇儀を迎え撃とうとする。

「…………」

 勇儀はそれを見て、もう口では何も語らない。

 後はもう、この拳に全霊を込めて霊夢に語りかけてやるのみ。

 ――この勝負は私の勝ちだと。

「行くぞ――四天王奥義……『三歩必殺』!!」

 妖力を込めた圧倒的な力を込め、大槍を投げ放つかのように拳を振るった。

 大轟音を轟かせ、飛翔する妖力と膂力の融合技の一撃は、まさに万軍を突破する流星の如し。超規模の震動波を帯びながら、展開した弾幕を粉砕灰燼とさせつつ霊夢に迫る。

 まさに神威の一撃。今までの勇儀の力の最高峰である。

 それに対して霊夢は、毅然とスペルを解き放った。

「さぁ驚いて目を見開きなさい! 『最も凶悪なびっくり巫女玉』!!」

 己の全霊力を緻密に練り上げた、勇儀の一撃に匹敵するほどの巨大な青い陰陽玉。それを放つと、周囲の弾幕など歯牙にもかけず消滅させていった。

 そしてその刹那には、両者の力と力がぶつかり合った。

 この地底全域に響いたであろう破壊の轟音と衝撃波。それらが放出された時には、もはや両者はまともに立つことすらままならず、糸の切れた人形のように倒れてしまった。

 ――ああ、久方ぶりに全力を出せた。胸踊った、病みつきになりそうだよ。博麗霊夢、また一緒に楽しくやろうじゃないか。

 ――ごめんだけど、もうあんたとは二度とやりたくないわ。全くもう、本当に疲れたわ。けど認めてあげる。あんたは私が本気で勝ちたいと思った数少ない相手よ。

 ――そいつは嬉しいね。けど、それは私も同じだよ。まぁ今回は相打ちってところか。

 ――は? いやいや私の方があんたより倒れたの、ちょっと遅かったから。私の勝ちよ。

 ――何を言ってるんだい。大目に見て相打ちにしてやろうと思ったが、どう見てもお前の方が先に倒れたからな。

 ――いやいや、あんたの方が先に倒れたから。全く、何を見てたの本当。これだから呑兵衛は。

 ――呑兵衛は関係ないでしょうが。ああもう、いいわよあんたの勝ちで。しょうがないから譲ってあげる。

 ――なにその上からな態度。腹立つんだけど……くっ、ああもう、だめ。意識が、遠のいて…………

 ――……ま、楽しめたんだ。勝ち負けんあんてもう、どうでもいいよ…………

 霊夢も勇儀も口で話していない。

 お互い、心で通じ合った。摩訶不思議なことだが、倒れてもお互いが心をぶつけていたのだろう。

 こうして二人の戦いが幕を閉じたのだった。

 

 

《4》

 霊夢たちが地底に入る少し前――

 とある男もこの地底に姿を現していた。

「……始まる。この私の役目が、目前にまで来ている」

 黒い司教服を身に纏った男は、どこか空虚な目を開きながら誰にも言うでもなく呟く。周囲は明るく、たくさんの妖怪が町を闊歩していた。

「この《星天》アレイスターである私の努め、それは博麗を次なる一手に歩ませること。ああ、どうしてこう……詰まらないのだろうか」

 生気がない、まるで幽霊のような雰囲気をした男は感情のない声を上げていた。

 誰にも気づかれず、いや気にもとめられず、ただそこに小石のように転がっているかのような実態のない男。声を上げても、それは空間に溶け込むようにして消え失せる。

「『神のシルベ』としての役目を終えて、早く、早くこの世から消えたいものだよ」

 そうして男は、ゆらゆらと頼りない足取りで、街中へと消えていったのだった。

 

  *

 

 そして同時刻……とある西洋風の豪奢な大きい屋敷にて。

 一人の少女が自室の窓から、地底を眺めていた。

「……来る」

 まるで未来でも見通したかのように、少女は呟く。

「逃れられない、大きな戦いが」

 意を決したかのように、少女は言った。

 

「噂の博麗霊夢。そして黒崎一護。……私、古明地さとりが相手をしてあげるわ」


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