東方幻想斬~BLEACH the fantasy time of end~ 作:ディーン・グローリー
第50斬【畑の被害】
《1》
春うららな季節がやって来た。
幻想郷には春の訪れを感じさせる、ぽかぽかとした陽気に、桜の蕾がちらほらと咲き始めていた。まさに陽春の候である。
冬の寒さはなくなり、動物や虫、そして植物が活発に活動を始め、幻想郷を彩っていく。
そして、そんな春の訪れでも年中変わらず境内を掃除する男が一人いた。
参拝客がほとんど見られない神社こと博麗神社。
そこで箒を手に、落ち葉をせっせと慣れた手つきで掃いていく少年――黒崎一護。幻想入りしてから早くも二度目の春がやって来たのである。
「一護ー、掃き掃除が終わったら次はお風呂場をお願い」
掃き掃除をしている一護に声をかけるのは、賽銭箱を磨いているこの神社の巫女さんこと博麗霊夢。
賽銭箱には銭よりも落ち葉や埃のほうが圧倒的に多く、霊夢は溜息と同時に眉間に皺をよせていた。
一護と出会った当初は賽銭箱を立派にするのが夢などと語っていたが、今ではそれも儚い泡沫の夢と化している。
「ああ、分かった。風呂場だな」
一護は霊夢に応え、ふと重い口を開くように言いずらそうに言葉を紡ぐ。
「なぁ霊夢。うちの家計って、そろそろヤバいんじゃねえのか? 金銭の管理を俺はしてねえから分からねえけど、日に日に食材が減ってると思うんだけどさ」
「大丈夫よ。冬は不作で、蓄えが少なくなってただけ。それに、金銭面でもあんたが気にするほど切羽詰まってないから」
「それならいいんだけど」
一護は伸びをすると、手早く掃き掃除を終わらせた。
「さて、それじゃあ風呂掃除でもするか」
「おーい一護! 霊夢! おはようだぜ!」
すると突風をまき散らしながら霧雨魔理沙が現れた。
それにより掃除をした意味がなくなるように、落ち葉が境内に散乱した。
この登場の仕方は往々にしてあるため、もはや一護は呆れている。
「おい魔理沙、何度も言っているが空から降りてくるときはもっとゆっくりとだな……」
「そんなことより一護、大変なんだぜ! 空に宝船が飛んでいたんだぜ!」
「へぇ、宝船か。おい霊夢、これって異変の前兆か?」
「知らないわよ。なに、七福神でも乗ってたわけ? うちに福を齎してくれるんなら大歓迎だけど、特段興味はないわ。そなことより早く掃除を終わらせましょう」
関心の薄い一護と霊夢に、魔理沙は白け気味に口を尖らせた。
「何だよ二人とも。せっかく面白い話を持ってきてやったのに。ここは一緒に探し出して突入しようぜって流れだろ?」
「別に全く興味がないわけじゃないわよ。ただ、今日は妖怪退治の依頼を引き受けることになってるから、そっちを先にやる予定なのよ」
実は午後から、人里で妖怪退治の話を聞く予定がある。
よって魔理沙の話に付き合うなら、それらが片付いた後になる。
「悪いな魔理沙。依頼が片付いたら付き合ってやるからよ」
「しょうがない。そういうことなら今日は諦めるか。その間に私は空飛ぶ宝船の情報でも集めておくぜ」
「ああ。俺たちも早めに依頼をクリアしておくよ」
空飛ぶ宝船について、一護と霊夢はさして驚かず流したが、実際のところ少しは気になっている。
ここは幻想郷。何が起きても、何があっても不思議ではない世界である。だからこそ二人はそれを虚言とも、デマとも思っていない。
魔理沙の情報集めに期待を寄せつつ、一護と霊夢は早めに掃除を終え、人里へと向かった。
*
人里ーー文字通り人間が平和に暮らす集落。商いが活発に行われ、周囲には広大な田畑により作物が育てられている。
一護と霊夢は二人でその集落の道なりを歩いていた。
活発に行われる商業、多様な店が並んでおり織物や小物を売っていたり、茶屋や飯屋も盛んに営んでいる。
「この辺はいつ来ても賑やかね。一護のいた世界もこんな感じなの?」
「俺のいた世界はもっと喧噪としてたぜ。こっちと違って結構ごちゃごちゃしてて、空気もこっちと違って良くなかったな」
「それだけ聞くと、一護のいた世界はあまり羨ましいと思えないわね」
「まぁあくまで俺の主観視点での話だけどな。それに店の種類や規模に関して言えば、圧倒的に外の世界のほうが上だ」
「それはそれで悔しいわね。けど、裏を返せばここもまだまだ発展の余地があるってことよね。将来に期待するわ」
そんな他愛のない会話をしながら、二人は依頼主のいる家屋へ向かう。
行きかう人々は笑顔で何かを話していたり、子供たちは楽しく遊んでいた。
だからこそ、激高にも似た癇声は一護の耳に容易に入ってきた。
「あァ、オイ何でねェんだ? いつもは置いてあるだろうが」
とても聞き慣れた声だった。
前方にある八百屋に、買い物籠を引っ提げた男が凄い剣幕で店主に言い寄るも、諦めたかのように頭を掻き出した。
最後に男が舌打ちし踵を返したところで、一護は呆れたように男の名を口にする。
「グリムジョーかよ」
「あ、テメェ黒崎……」
水色の髪に、いかにも不良みたいな雰囲気を溢れ出している男ことグリムジョーが、一護の声に反応した。
目つきは相変わらず鋭いものの、どこか諦観した物言いで口を開いた。
「チッ、今日はテメェの相手をしている暇はねェ。とっとと俺の目の前から消えろ」
「何だよ、いつものお前らしくねえな。何かあったのか?」
「何でもねェ。あと、気安く話しかけてんじゃねェよ黒崎」
いつもならグリムジョーの方から絡んでくるのに、一体何があったのだろうか?
拍子抜けになった一護だが、これも腐れ縁だと思い霊夢に声をかける。
「悪い霊夢。先に依頼主のところに行っててくれ。俺も後で向かうから」
「はいはい分かったわ。じゃあ先に行ってるから、用件済ませたら早く来てよ」
霊夢の了解を得た一護。
先に行かせて申し訳ないが、グリムジョーをこのまま放っておくのもよくないだろう。暴れる前触れの可能性がある。
一護は霊夢の背中を見送ると、再びグリムジョーに話しかけた。
「で、グリムジョー。何があったんだよ? 良かったら相談に乗るぜ」
「うるせェぞ黒崎。とっとと俺の目の前から……いや、このさい構わねェか。おい、テメェんとこにトマトと茄子、あと白菜はあるか?」
「……は?」
グリムジョーの口から出たとは思えない単語に、一護は我が耳を疑った。
そんな家庭的なことを言うなど、一体どうしたと言うのだろう。
などと思ったが、グリムジョーは片手にとても似つかわしくない買い物籠を持っている。その中には卵や根菜が入っていたところを見るに、紫や藍に買い物を頼まれたのだろう。
それを引き受けてここにいる。随分と丸くなったものである。
とりあえず家の在庫を思い出そうとしたが、そんな事をするまでもなかった。
「野菜なら、ここに八百屋があるじゃねえか」
自分たちの目の前に八百屋があるのだから、ここで買えばいいだけの話である。
「オイ、俺がんなマヌケに見えるか?」
「何だよ、何言って――」
「すみませんね旦那、実は今お兄さんが仰ったお野菜は現在品切れでして」
八百屋の親父が頭を下げながら、恭しく説明してくれた。
「冬枯れが終わり、暖かな春になり農業が盛んに行われました。作物が多く栽培、収穫までに至ったのですが、これを機にと言わんばかりに虫が大量発生しまして。ほとんどの作物がやられてしまったんです。まさに文字通りの不作。勘弁してほしいよ」
「成程な。確かに店頭の品揃えはよくねえな」
並んでいる野菜の種類や数が少ない。河童のおかげで貯蔵の技術は発展しており、在庫も充分にあっただろうがもう底を尽きかけているのだろう。
「にしても虫か。俺のいた世界じゃイナゴの大群が発生した時は不吉の前兆とは言われてたっけ」
「知るかよ。くそがッ、面倒くせぇな」
グリムジョーが吐き捨てるように言うと、背中を向けて歩き出した。
「どこに行くんだよ?」
「決まってんだろうが、畑だ」
「……お前ホントにグリムジョーか?」
丸くなったどころの話ではなさそうだ。
*
八百屋の話を聞き、一護とグリムジョーは広大な敷地面積を誇る畑へとやって来た。
そして証言通りの有様を目にした。
畑で生った果実や、葉野菜の悉くが虫食いに合っている。畑には害虫と益虫の二種類いるが、どうやらここには害虫しか寄ってこなかったらしい。
「農作物のほとんどが全滅か。こいつは確かに、人里にとっては大問題だな」
「……事が済んだ後か」
グリムジョーは作物の処理をしている男に近づく。
「おい、ここの区画以外にまだ害虫の被害に逢ってねぇ畑はあるか?」
「ん、誰だいあんた?」
「駆除業者だ」
「……そうは見えんが。まぁ今は猫の手でも借りたい状況だ。ここから一番近くだと、あっちの方だな。一里先にある畑はまだ被害に遭っとらんらしい」
それを聞くや否や、地面を蹴り一気にそこへ跳ぶ。
一護はそんなグリムジョーを見て、慌ててその後を追った。
「待てよグリムジョー! お前、何でそんなに畑のことに首突っ込んでんだよ? お前らしくねぇじゃねえか」
「うるせェ黒崎。テメェこそ、なんで付いてくんだ」
「お前がそんな人里のために行動するなんて、今までなかったからだよ。だから気になってんだ」
「……このまま帰ると、また八雲のババァがうるせェんだよ」
「紫さんが?」
「買い忘れがあったり、品切れで買えなかったりしたら、いちいち煽ってきやがるんだよ。それが癇に障って仕方ねェ」
――あなた物忘れでも酷いの? お馬鹿なのは顔だけにしときなさい。
――手に入らなかった? なら別の方法を考えなさいよ。その頭はお飾りなのかしら?
紫がグリムジョーを窘めているイメージを、一護は脳内で想像した。
しかし今のグリムジョーの行動を止める必要はないし、なんなら乗ってやろうと思った。
「そうか。なら俺も手伝うぜ。ああ、反発すんなよ。これはお前のためじゃねえ。人里で野菜が品薄だと俺も困るからだ」
「邪魔だけはすんじゃねェぞ」
溜息交じりにグリムジョーが、渋々了承してくれた。
実際にこれは一護にとっても、延いては人里にとっても深刻な問題だ。これ以上、問題が膨れる前に対処する必要がある。
……ただ、霊夢と合流するのはかなり遅れそうだ。
*
そして二人は、まだ作物が被害にあっていない区画の畑にやって来た。
作物の実が青かったり、芽が出ていなかったりと摘採前のものが多い。だから、虫のターゲットになっていないのだろう。
被害に遭った区画の作物のほうが美味しく出来上がっていた故に、ここは次回やられそうな感じである。つまり時間の問題だ。
「対策は、してるみてえだな」
農家の方たちが害虫対策に虫の嫌う香草を用意したり、油の入った桶があったりと、使用用途のよく分からないものがある。
農業の知識がない二人でも、何か策を講じようとしているのは分かった。
「とりあえず話を聞いてみるか。俺たちにも手伝えることがあるかもしれねえし」
「面倒くせェな」
力で解決できるのなら、直ぐにでも対応できる二人だが、生憎とこれはそういう問題ではない。まさに専門外。知識などほとんどない。
農家の人たちに適当に話を聞いてみた。
どうやら今行おうとしている対策もあくまで気休め程度。残念なことに出来うる手の措置をしても、他の区画では無意味だったらしい。いかんせん、この人里には一護の世界にある農薬や黄色蛍光灯を使用するなどといった方法は確立されていない。
なら飛来してくる虫を一匹一匹駆除する方法も上がったが、畑が広いので大群で押し寄せてくる虫には手が回らない。それに作物を傷めてしまう恐れもある。
しかもそれを行ったら最後、グリムジョーの虚閃で全てが水の泡になるのが容易に想像できる。餅は餅屋と言うし、下手に手を出さない方が良いのかもしれない。
「困ったな、こういう時はどうすりゃいいんだ?」
「そういう頭脳担当はテメェの領分だろうが」
「いや、なに知った風に言ってんだよグリムジョー」
そもそも自分の周りに頭脳派などいただろうか? 霊夢は武闘派、魔理沙もそっちに近いだろうし、と思う。こういう時、石田がいたら何か妙案が出ただろうが、ないものねだりだ。
一護はそんなことを考えながら、ふと一人の妖怪が頭をよぎった。
「そういや、虫の妖怪がいたような……。あ、思い出した。リグルがいるじゃねえか!」
蛍の妖怪であり、蟲のリーダーでもあるリグル・ナイトバグ。彼女に頼めば、この問題も解決の糸口もとい片づけてしまえる。
付き合いもミスティアの屋台の一件で良好。なら善は急げである。
「悪いグリムジョー、ここで少し待っててくれ。こういう時に打って付けのやつに心当たりがある」
「好きにしやがれ」
一護はそう言い残し、その場から離れた。
*
「えっと、畑の作物を食べにくる虫をどうにかすればいいんですか?」
どうにかリグルを連れて一護は、元の畑に戻ってきた。
グリムジョーが待ちくたびれたようにその場に座り込んでおり、リグルを見ると本当にコイツで大丈夫か? と言う視線を向けてきた。
だが、この場では一護やグリムジョー以上の役立たずはいないので、特に言い掛かりはつけてこない。
「一護さん、事情は分かりました。私で力になれるのなら、協力します」
「助かるリグル。後ついでに、何で今になってこんな虫が大群で押し寄せてくるのか、分かる範囲でいいから調べて欲しいんだ」
「分かりました」
人里の歴史を紐解いても、過去にこんな事態はなかったらしい。
なら原因を突き止めないと、また同じようなことが起きてしまう。だからここは虫のスペシャリストのリグルに託す。
「グリムジョー、後はリグルに任せて大丈夫だ。俺は見届けてから行くけど、お前は先に帰ってていいぜ」
「なら後はテメェに任せる。しくじったら許さねえぞ」
「心配すんなよ。八雲家のみんなにはよろしく伝えといてくれ」
「そうだ……あと黒崎、こっちにも顔を出せ。橙のガキがテメェに会いたがってるからよ」
「そういや最近あってねえな。分かった、そのうち行く」
そうしてグリムジョーはそのまま去っていった。
本当に死神時代に戦っていた頃に比べたら、角が取れたかのように大人しくなった。成長したのか、幻想郷と言う世界と繋がりがそうさせたのか、一護は少し考えてみようと思った。
*
そうして事態は無事に収束していた。
虫が少しずつ現れたかと思うと、リグルがその度に対応して虫たちを森へと帰していった。
農家と人たちも唖然としていた。人里全ての大問題に発展しかけた局面を、少女一人が解決してくれたのだ。感謝の言葉を農家の人たちがリグルに言っていた。
一護自身も、自分の人選が間違っていなかったことに安堵する。
そして虫たちが見る影もなくなって、疲れ一つ見せていないリグルが一護に話しかけた。
「これで、しばらくの間は来ないかと思います」
「ありがとなリグル。助かったぜ。それで、何か分かったか?」
「はい。どうやら大群で来ていた虫さんたちは同じエリアに住んでいたらしく、そこの植物に囲まれて生活していたらしいです。けど最近になって、そのエリアが全て綺麗なお花畑になり、生活できなくなったようなんです」
「花畑だと? 何でそんなことに……。いや、そもそも花畑なら虫も別に構わねえんじゃないのか?」
「そう思ったんだけど、そこに住み着いている妖怪がいるみたいなんです。その妖怪が排他的で、虫が近づこうものなら妖力で遠ざけているみたいなんですよ」
「それで虫たちは新鮮な餌を求めて、この畑に来てたって訳か」
「そうみたいですね。けど、私はその妖怪が少し気になります。場所も虫さんたちに聞いたから、少し見てこようと思います」
「それは危なくないか? 俺も一緒に――」
「いつまで待たせるわけ一護」
横合いから、不満の声を上げて霊夢が現れた。
一護は嫌な汗を流しながら、霊夢の顔に視線を向ける。
「正直に答えなさい。私と依頼のこと、ちょっと忘れかけてたでしょ?」
「いやー、そんなわけないだろ。今から行こうと思ってたさ」
「どうだかね。それで、ここで何をしてたの? てか、何でアンタがいるわけ?」
「博麗、霊夢……。あなたも来てたのね」
リグルが少し強張った表情をしながら、視線を逸らす。
過去に異変の最中で霊夢がリグルを弾幕勝負で倒したことがあった。それから二人の間、と言うよりリグルは霊夢に苦手意識が根付いてしまったのだ。
「別に、一護に頼まれごとをされたからここにいるだけ」
「頼まれごと? 何をしたの一護」
「そうだな、そこまで大したことはしてねえんだが」
一護はこれまでの事を伝える。
その間、リグルは帰っていいのか残った方がいいのか、手持ち無沙汰になったかのように当惑していた。
「……なるほどね、結構なことじゃない。それにしてもそんな問題が起きてたなんてね」
「ああ、けどリグルや、あとグリムジョーのおかげで解決できた。霊夢の方は、依頼はどうなんだ?」
「これから捜査に行くところよ。人里から南の方、ちょっと離れてるけどそこに何の前触れもなく花畑が出来たらしいの。厳密にはひまわり畑らしいわ」
「花畑……まさかそれって」
「ええ、もしかしたらあんたの話から出てきた、お花畑かもね」
※
人里からの依頼は、花畑にいる妖怪の退治。
近くもないが遠くもない距離に、綺麗に咲き誇るひまわり畑が広がっていた。季節的にもまだ早いはずなのに、環境などお構いなしに太陽の花が開いていたらしい。
男衆は狩りに出ている途中で、そこを見つけた。
把握している地理のはずが、見知らぬひまわり畑に困惑しつつも調査という名目で近づいた。
その結果、男衆は痛い思いをした。
現れた女妖怪に襲われ、大怪我はしなかったものの手痛い目にあった。
そうして人里はその妖怪を危険視し、霊夢に依頼がきたのだ。
「ひまわり畑って、まだ季節じゃねえだろ」
一護と霊夢、そして気になって付いてきたリグルの三人で、そこへ向かって歩いている。
「ええ、恐らくその妖怪のせいでしょうね。自分の領域に入られると怒るタイプね。全く、面倒極まりないわ。まぁおかげで仕事にありつけるわけなんだけどね」
「いいことじゃねえか。俺は話し合いで解決できる事を祈ってるぜ」
「それは無理じゃないかな?」
一護の言葉にリグルが直ぐに否定した。
「多分だけど、その妖怪は人間どころか虫までも自分の領域に入れさせないんでしょ。なら近づいただけで、向こうから仕掛けてくると思う」
「確かにな。こりゃ戦いは避けられねえか。気をつけろよリグル。ヤバそうだったら逃げても構わねえからな」
「大丈夫。私もそう簡単にはやられないから」
弾幕勝負となれば、どうなるか分からない。あくまで予感だが、その妖怪は並大抵のものではないだろう。
守ってやる気でいる一護も、相手が相手だとカバーし切れないかもしれない。
そんな風な心配していると霊夢が、
「そもそもだけど、何であんたも付いてきてるの?」
リグルに対して、そんな疑問を口にした。
「べ、別にいいだろ。虫たちも困っていたから、私がリーダーとして解決してあげなくちゃいけないの」
「そう、まぁ邪魔にならなければ構わないわ」
この二人は見事なまでに軋轢が露骨に存在している。初対面が悪かった故の蟠りであるが、よく考えれば一年以上前の出来事である。
いい加減、苦手意識は無くして欲しいと思う一護であった。
「……そろそろ見えてきたな」
そうして目的の場所へと辿り着いた。
――そこは見渡す限りのひまわり畑。
太陽の光が照らすその場所は、一面満開を見せてるひまわり。ここまで鮮やかに咲いていると、今が春なのかと錯覚させられる。
日輪を思わせるその花は、まさに神秘めいた圧巻さを感じさせた。
確かに、こんな壮観なひまわり畑が急に出てきたら驚かずにはいられないだろう。近づくのも頷ける。
「とても綺麗ね」
霊夢ですら、その光景には情緒が働いたらしく、無意識にそんな言葉が出た。
それは二人も同じで、言葉が出ないほど素晴らしい景色である。
「すげぇな。ここまでたくさんのひまわり、見たことねぇ」
「……私は一周回って少し不気味に感じますね」
最初はその景色に心を奪われたが、リグルの言う通り度が超えると一変して不気味に感じる。
「それにこれ、成程ね。妖力が宿っているわね」
「妖力だと?」
霊夢がひまわりに触れつつ、微力ながら茎に流れている妖力を感じ取った。
つまり妖力の力も作用して、このひまわりは咲いているということになる。
「ちょっと待て、もしかしてこのひまわり全部か?」
「そのようね、一本一本は本当に小さな妖力しか宿ってないけど、この量を見ると想像を絶するわ」
見渡す限りのひまわり畑。それら全てに妖力を込めているなど、尋常ではない妖力の持ち主ということである。
力量差を見せつけるには打ってつけであり、並の妖怪なら絶対に近づきたくない場所であろう。
「――あら、ここに何か用かしら?」
驚愕した。
不意に声を掛けられた、それだけで無意識に三人が臨戦態勢に入った。ただ声を当てられただけ、その行動のみで攻撃された、などと身体が感じ取ってしまったのである。
笑顔を向けて、こちらにゆっくり歩み寄って来る女性。
傘を片手に持っており、全体的に赤を基調としたチェック柄のロングスカートを着用している。緑色の髪をした少し癖のあるショートヘア。見た目だけなら美しくも、どこか可愛らしさも兼ね備えた綺麗な女性。
しかし内包されている妖力が、警戒を解いてはいけないレベルにある。
「あんたは……?」
形容しづらい悪寒と脳天から爪先まで走り抜ける。総身が粟立つのを感じた。
成程、確かにここにいる妖怪は桁外れの化物である。
「私は四季のフラワーマスター 風見幽香。幽香と、気軽に呼んでくれて構わないわよ」
「俺は――」
「いえ、大丈夫よ。だって知っているもの。博麗神社の巫女さんこと博麗霊夢、そして死神を呼称する黒崎一護。有名人じゃない。会えて光栄だわ」
自分の知名度も随分と上がったなと、一護は改めて思った。例の烏天狗の新聞のおかげか、良い意味でも悪い意味でも有名になってしまっている。
「けど、あなたは知らないわね。どなたかしら、可愛らしい妖怪さん?」
「か、可愛い……ッ! ば、バカにするな! 私は光る蟲の大群 リグル・ナイトバグ! 一人前の妖怪だ!」
「あらあら強がっているところが、とても愛らしいわね」
幽香と名乗る女性は面白い玩具を見つけた目つきになり、リグルを小馬鹿にする。
顔を赤くして起こるリグル。それは一護にとってもどこか愛らしさがあった。
「さて、ここに博麗の巫女がいる。つまりそれって、私を退治でもしにきたの?」
幽香は手に持っている傘をくるくる回しながら、視線を霊夢に向けた。
鋭い目つきだ。慇懃な態度とは裏腹に、殺意を込めた妖力の奔流が迸ったかのように感じた。軽挙な回答をするだけで首が飛ぶのではないかというプレッシャーをひしひしと感じさせる。
しかし霊夢はそのプレッシャーを歯牙にもかけず、そして隠すことなく言った。
「ええそうよ。あなた、人里の人間を襲ったでしょ?」
確認するかのように、霊夢が問いただす。
それに少し考える素振りを見せた幽香が、思い出したかのように答えた。
「ああ、あのことね。ええ、間違いないわよ」
「一応聞くけど、何で襲ったの?」
「何で? そんなこと決まってるじゃない。彼らは私のこのひまわりを、手に持った鉈で切ろうとしたのよ。許せることじゃないわ」
「ひまわりを?」
霊夢は一度視線をひまわり畑に向け、納得が言ったかのように頷いた。
「そういうこと。このひまわり、あんたにとっては大切なものってことね」
「その通りよ。別にひまわりに限らないわ。私にとってお花は何よりも大事。それだけの話よ。それを、人間が切ろうとした。私にとっては自分の子供を切られるのと同義な所業よ」
話を聞く限り、どうやら人里の人間にも非があったらしい。ちょっと偏執的な考えであるが、それは価値観の違いだろう。
これは困ったぞ、と一護は悩む。
目の前にいる妖怪が何の理由もなく襲ったのだったら、霊夢は直ぐさま依頼を履行しただろう。だが、彼女の話を聞いて、霊夢は困惑した表情になっていた。
ここは幻想郷流に則って、弾幕ごっこで白黒つけて、どうにかするのも手だ。
相手は尋常ならざる手合いだが、一護たちの乗り越えてきた死線には彼女クラスはいた。故に恐れる必要などない。
「けど、人里の依頼もこなさなきゃいけない。仕事だものね、理解しているわ。噂では博麗の巫女さんは喧嘩早いって聞いてたけど、攻撃してこないわけ?」
「別に、大切なものを傷つけられたら怒って当然だもの。怪我を負わせたのはいただけないけど、ちゃんとした理由があるのなら話は別だわ」
幽香の疑問に、霊夢が大人な物言いで答える。
一護はそれに驚きを隠せなかった。
グリムジョーもそうだったが、霊夢まで角が取れて丸くなっている。一体全体、何が彼女たちを変えたのだろうか。
「大切なもの、ええ、分かっているわ……。私にも大切な人がいるから……」
霊夢が俯いて、何やら呟いている。
「毒気が抜かれた気分だわ。けど、そうね。ここで争ったら私も、あなた達を殺す気で迎撃するところだし。穏便に解決できる方がいいわね」
「こっちとしても別に争いに来たわけじゃねえ。話し合いで解決できるなら、それに越したことはねえからな」
幻想郷に来て今まで話し合いで解決できたことなんて合っただろうか? いやない。
一護はこの状況をどうにか血を流さない方向で収束させようと試みる。
「こっちにも非はあったし、あんたも手を出してしまったのには少なからず非はあるはずだ。だから今後一切、人里の人間には手は出さないと誓ってくれ。人里の方にもここには近づくなって伝えておくからよ」
「誓う? へぇ、ただでそんなことすると思っているの? 人間なんて所詮は私にとって塵芥。そんな約束を簡単に聞き入れると思って?」
瞬間、妖力が迸った。
身体中の全神経全細胞が警戒警報を鳴らしている。
猛烈な脅威がくる、どこからでもくる。ここは幽香の妖力の宿ったひまわり畑。故にひまわり一つ一つが何かしらの攻撃をしてきてもおかしくない、幽香のテリトリーである。
あ、これは戦いになるぞ、と思った時だった。
「……けど、そうね。ここで戦うっていうのも面白いけど、それだと生産性がないわね」
「は? 何が言いてえんだよ」
「戦うのは芸がないってことよ。そうね、あなたとあなた、少し私に付き合いなさい」
幽香が一護とリグルを指さし、そして言った。
「私が人里で花屋を開く。そのお手伝いをしなさい。これで約束は守れるし、良好な関係を得られると思うのよ」
「……は?」
弾幕勝負とは別の意味で、一護は茫然自失とした。
あと、魔理沙に空飛ぶ宝船の件はまだ先になりそうだなと思い、心の中で謝ったのだった。