とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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とある竜のお話 第二部 三章 2 (実質11章)

 

 

ようやくだ。本当に永かった……。

 

 

漆黒の空。イデアは自室から天をじぃっと見つめていた。

その眼は隠し切れない喜びに満ち、捕食動物が獲物を見つけた時のように爛々と光っている。

縦に裂けた瞳孔の中では血の様に真っ赤な炎が轟々と音を立てて燃え、恐ろしい程の威圧感を見る者に与えることであろう。

 

 

 

秩序が修復され、元のあるべき姿に戻されたエレブの辺境、ミスルの夜はとても寒い。

だがイデアの身体はそんな周囲の環境とは裏腹に、体内からマグマでも噴出してしまいそうな程に熱かった。

竜殿の自らの部屋の窓から満点に輝く天の星を眺め、イデアはほぅっと濡れそぼった溜め息を吐いた。

この溜め息は今までの憂鬱気なものではない。むしろその逆、あふれ出る歓喜を抑えるために体が無意識に取った行動。

 

 

ぶわっと、砂漠の夜風が吹き、イデアの頬を強く撫でた。

まるで頭を冷やせといっているように。

 

 

少し落ち着こう。これではまるでようやく欲しい物を買ってもらえて、喜んでいる子供のようだ。

急にイデアは自分が酷く子供染みた行動を取っていることに気が付く。

 

 

気を取り直し、彼は考える。イドゥンは今はどうなっているのだろうか? と。

彼女の力は今は余り感じ取れない。その存在そのものを完璧に密閉された箱の中に収められたような

そんな奇妙な感覚をイデアは彼女の事を探るたびに感じていた。

 

 

 

まぁ、いいさ。生きているのだろう。死んでさえいなければ何とでも出来る。

いや、いずれ自分は死さえも超えるほどの力を手に入れられるのではないだろうか?

 

 

くすっと、イデアが小さく笑った。死を超える。何とも馬鹿馬鹿しくて、大仰で、傲慢極まりない考えだが

不思議と絶対に不可能であるとは思わなかった。自分がその力を手に入れると決めれば、結果は自ずとついてくる。

そんな気さえもした。そう、自分は神竜なのだ。世界を修復するのと、死を超える。果たしてどっちが難しいことだろうか?

 

 

 

さて、そろそろ準備を始めなければならない。もって行くと決めたものは幾つかある。

イデアが指を一本小さく動かし、自室のベッドの上に置いておいた『覇者の剣』を力で掴んで自らの眼前まで持ってくる。

鞘に収められた剣はフワフワと空中に浮かんでおり、主に柄を持たれるのを待っているようだった。

無言でイデアが剣を見つめる。かつてナーガが所持し、恐らくは使っていたであろう剣を。

 

 

自分は強くなった。まだまだ満足できるほどではないが、それでも以前とは比べること自体が意味をなさない程に。

より敏感に、より広範囲に、より精密になった気配探知能力でこの神秘的な翡翠色の剣を“見て”みると、面白い光景がイデアには見えた。

 

以前イドゥンと共にこの剣を見た時は深い深闇と、根源的な、寒気さえも覚える絶望しか感じ取れなかったが、今は違う。

もっとおぞましくて、冒涜的で、何よりも魔道士としてのイデアの興味をそそるものが見える。

 

 

 

冷たい。しかもただの冷たさではない。無機質な冷たさだ。

まるで熱を完全に失った死体の様な、どこか虚しささえも感じる凍てつく感じだ。

 

 

 

そして何より、闇がある。

 

 

 

闇、完全な闇だ。何処までも続く闇。寛大な闇である。

全てを覆い隠し、全ての存在を見たくも無い真実から守ってくれる暗がり。

この闇を見ていると、イデアは心地よい気分になれる。

竜としての彼の本能はそれがまやかし、この剣が見せている一時的な錯覚だと言っているが、それでも気分が良くなる。

 

 

この剣が内包しているのは無限の闇と混沌、そして絶望だ。

闇は常に存在する。ベッドの下、毛布の下、椅子の下、テーブルの下、昼間日差しの中を歩いていても、闇は足の下に張り付いてくる。

最も強い光は最も強い影を投げかけるのならば、自分は一体どれほどの闇魔道を使えるようになるのだろうか?

神竜たる自分ならば、始祖竜そのものであるこの剣を使いこなせる。イデアはそう考えると興奮してしまう自分がいることに気が付いた。

 

 

ふと、ここでイデアが思う。そろそろ時間だ、と。

 

 

うぐ、っと小さく咳払いをして、イデアが剣を腰に差し、金で刺繍や縁取りのされた純白のマントを羽織った。

 

 

 

 

玉座の間に用があるのだ。正確にはそこに飾られているモノに。きっと、必要になる。

 

 

 

部屋を出る前にイデアが気が付く。

おっと、最後に忘れ物をしていた。これも持っていこう。

彼は机の上に置かれていた小さな真っ赤なリンゴを2つ掴み、それを懐にしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お待ちしておりました。長』

 

 

 

 

「そうかい、じゃ、俺が何を取りに来たかも知っているよね?」

 

 

 

イデアがその色違いの眼を細めてニヤリと笑う。

フレイも判っていると言わんばかりに口角を上げ、小さな微笑を顔に貼り付けた。

 

 

 

『はい。あの書の封印を解けるのはイデア様だけです』

 

 

 

跪き、頭を下げ、淡々と彼は続け、イデアに手を差し出す。

それを見てイデアが先ほどとは違う種類の笑み、満足気な笑顔を顔に貼り付ける。

 

 

イデアが顔を上げて、その空間に固定されているような形で、後ろに透明な壁があり

そこに掛けられていると言われても納得できるような状態の4冊の分厚い書物に視線を向けた。

里を守るために作られた、かつての大戦で使われた魔術の本。とてつもない力を秘めた魔導書を見たのだ。

 

 

 

片手をその書物に翳す。何故だか判らないが、本能が言っている。

今回はコレを持っていったほうがいいと。イデアはその本能に従うつもりであった。

音も無く1冊の本が動き、イデアの手に納まった。

真っ黒な表紙の魔導書【ゲスペンスト】だ。混沌魔法の一つ。かつては始祖竜が使っていた恐ろしい魔法が記された、術の発動媒介。

 

 

これ一冊を使いこなせれば、小さな国程度なら瞬く間に滅ぼせるだろう。

最も精神に掛かる負担などを考慮しなければの話ではあるが。

 

 

「……」

 

 

 

表紙を人差し指ですぅーっと撫でてやる。滑らかな肌触りがとても気持ちいい。

微かに【ゲスペンスト】から心臓の鼓動の様な音が確かに聞こえ、耳朶を打つ。

 

 

まるで本自体が意思を持ち、早く使えと急かしているようだ。

この災いの書物に記された禁忌を行使しろといっている。

 

 

普通の魔導書ならば何回か使えば壊れそうだが、この4冊の書物は恐らくは何度使おうが壊れないだろう。

むしろ普通の火や水、武器や術などでは傷を付けることさえも不可能に近いのでは?

頑丈な盾としても使えそうだな。イデアは冗談交じりにそう思った。

 

 

 

『イデア様、知識というのは』

 

 

「判っている。判っているさ、何度も教えられたよ、とっても“賢くて強い王様”にね」

 

 

フレイの言葉を半ば遮るように、イデアが口を挟んだ。ほとんど叫び捨てるような、そんな口調で。

イラつく。全く持って腹が立つ。幼い神竜の脳内であの白髪の男の顔が浮かび上がり、彼は思わず顔を顰め、フレイを睨みつけた。

しかし瞳孔が割れた狂気に満ちた眼を真正面から向けられてもフレイは微動だにしなかった。

もっと恐ろしいもの、そう、例えるならば万年単位で生きた神竜王の怒りなどを見たことがある彼にしてみれば、この程度はかわいいものだから。

 

 

苛立ちの余り、幼い神竜は満足に呼吸も出来ない。

どうもイデアはナーガの事を思い出すと、胸の内にぽっかりと空いた穴からドス黒い感情が噴火するように鎌首をもたげてきて、どうしようもなくなるのだ。

 

 

ふぅっと大きく深呼吸をして、気分を落ち着かせる。

その恐ろしいまでの気配探知能力を駆使して、待ち人が何処まで近づいてきているかを瞬時に察知する。

炎のようなイメージを持ったエーギルの持ち主だ。

 

 

「そろそろアンナも来る。俺が留守の間は頼んだぞ」

 

 

 

『はい。お気をつけて』

 

 

 

イデアが音も無く笑った。その眼に残忍なあざけりを浮かばせながら。

気をつけて? 随分と面白い事を言う。今のこの俺に一体どんな存在が危険を齎せることが出来るというんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イデアとアンナ。2柱の竜が転移によって出現した場所は残念ながら『殿』ではなかった。

周囲は完全に夜の暗闇に覆われており、完全に静まりかえっている。周囲に人間や竜の気配は無い。

 

 

 

「なんだここは? 転移に失敗したのか?」

 

 

 

「いえ……確かに殿へ転移したはずなのですが……私は何万回も殿へ転移を行った事があるので、失敗する訳が……」

 

 

 

ふむ。いきなり問題発生か。イデアはキョロキョロと周囲を観察しながら思考を巡らせる。

確か転移という術を妨害する術や結界もあるはず。今回はそれによって失敗したのか?

 

 

自分たちは誰かの罠に嵌ったのか? 

それとも単にアンナが秩序の崩壊によって力が弱まり、転移の術を思うように発動させることが出来なかったのだろうか?

神竜がじぃっと失態を犯したかもしれない部下の火竜の顔を見る。すると、このいつも感情の読めない微笑を浮かべている火竜から、珍しい感情の波長を感じた。

 

 

 

即ち“焦り”を。どうしようもなく彼女は焦れていたのだ。

表に出さないだけで、彼女の心の中は嵐の様に乱れに乱れていた。

 

 

うん? イデアは訳の判らないモノを見たかの様に顔を小さく傾げた。

彼女は、全く持って意味が判らない事に、この事態に焦っているのではなかった。

表にこそ出さないが、彼女は全く別の事柄にどうやら心を悩ませているらしい……。

 

 

と、ここで彼は気が付いた。今、自分は酷く悪趣味な事をしているのではないか、と。

幾ら部下とはいえ、その心の内に不躾に立ち入り、その中身を丸ごと観察するなど、どうしようもないほどに悪趣味なのではないか?

ここでイデアは思考を切り替える。

今はアンナの心の件はどうでもいい。ここが何処で、何故ここに飛ばされたかを知るべきだ。

 

 

 

ふぅ、と小さく溜め息を吐き、イデアは肩を落とし、全身の力を抜いてリラックスした。

その顔に微笑を浮かべ、落ち着き、冷静に思考を巡らす。恐らくは失敗をしたであろうアンナにも怒りなど全く沸かない。

誰にだって失敗はあるものだ。それがとてつもなく大きな失敗でもない限り、彼は怒りなどしない。

つい数ヶ月前まで泣き叫んでいた自分に、誰かの小さな失敗を目くじらを立てる資格などあるものか。

 

 

「申し訳ありません。直ぐに」

 

 

「いや、いいよ。恐らく、コレはお前が失敗したんじゃない。少し待っててくれ」

 

 

アンナの謝罪の言葉を遮り、イデアが言った。何処までも落ち着いた声で。

この言葉を発したイデアでさえ驚いた。自身の言葉の内容に。

 

 

アンナの失敗じゃない? ……なるほど、確かにそうかもしれない。

 

 

神竜が全身に溢れるエーギルに身を任せ、その気配探知能力と知覚空間の範囲を広める。

瞬時に様々な“気配”が彼の脳内に流れ込んでくる。そしてここら辺一体、その全てが“見える”のだ。

 

 

視界が全方位、などという生易しいモノではない。彼を中心に彼の力の届く全ての範囲が今のイデアには“見えて”いるのだ。

視角、聴覚、嗅覚、触覚、その全てが伸びている、といえば何となく想像もつくだろう。

 

 

まず見て、感じたのは周囲の山々。どうやらここは住み慣れたベルン地方らしい。少し安心する。まさか北の果てのイリアとかに転移していたら、帰るのも一苦労だ。

山からは生命の反応は全く感じない。眠っている訳ではない。キツネ一匹生息していないのだ。

 

 

 

そして、何より大きく感じるのが“歪み”だ。

場が、歪んでいた。水に光を通すと、少しだけ屈折するのと同じように、空間そのものが無茶苦茶に屈折しているのだ。

 

 

 

「あぁ、なるほど」

 

 

 

思わずイデアは得心がいったと言わんばかりに呟いていた。

『殿』の周囲の場、規模にして大体周囲10キロ程度。殿をすっぽりと覆うように“場”そのものが歪んでいる。

 

 

大方メディアンの言っていた、大きな力同士の衝突によって空間が壊れてしまったのだろう。

何とも面白い現象だ。

 

 

なるほど。これなら転移の術で侵入しようと思っても弾かれる訳だ。

 

 

 

 

「理由が判った。やっぱりお前は悪くないみたいだ。ついてこい」

 

 

「はい」

 

 

 

手短にそれだけを言うと、純白のマントとローブを翻し、イデアが従者を従え、足早にその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここから先には確かに殿があったはずだ。

かつてエイナールと共に湖に行った時に見た、殿への入り口がここにはあったはずなのだが……。

うーん。イデアが唸り声を上げ、小さく顔を傾げた。

どうもこの頃、自分の中で世界というの案外壊れやすいモノになっているなと思いつつ。

 

 

イデアが見ているのは何とも言葉で形容しがたいモノであった。

“場”そのものが歪んでおり、無茶苦茶に屈折した空間を一体どんな言葉で形容すればいいのだ?

 

 

あえて言うなら、これは砂漠などで見られる蜃気楼に近い。

向こう側の空間は光が無限に屈折しているため見えないが、恐らくは殿の入り口があるのだろう。

 

 

 

「イデア様……さすがにコレは……帰りますか?」

 

 

「少し待ってろ」

 

 

アンナの控えめな提案にイデアがやる気なさげに答える。

こういう時どうすればいいかは、何となくではあるが判っている。

 

 

様は世界を修復するのと同じ感覚でやればいいのだ。

それに、少しだけ試してみたいこともある。

 

 

腰に差した『覇者の剣』をスラッと抜き。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

思いっきり“歪み”に向けてその刀身を一閃。

刹那、碧混じりの、漆黒の光と炎が迸った。

 

 

おぞましき始祖の闇が、世界を切り裂いた。

 

 

続いて続くはジュウウウウという何かを溶かしたような、恐ろしい音。

 

 

 

 

「これは……何と言うか、凄いですわ」

 

 

 

アンナが恐怖さえ滲む声で、素直にそう言う。

ついさっきまで場の歪みがあった空間が“熔けていた”

 

 

まるで融点を超えるほどの熱量を与えられた鉄や鋼の様に、先ほどまであった歪みの一部が、覇者の剣で切られた場所のみドロドロに熔けているのだ。

更に恐ろしいことに、切り口にこびりついた翡翠の混じった黒い炎が、空間そのものを燃やし紫色の蒸気を上げながら、更に“場”に空いた“穴”を大きくしていく。

闇属性魔術の上位の術【ノスフェラート】にもその炎は似ているが、絶対的に違う。ただ単純に似ているだけで、その効果は全く違う。アンナは本能的にそう思った。

 

 

 

これは、世界を焼く災厄の一部だ。そう、見ているだけで、火竜たる自分が根源的な恐怖を感じる力……。

 

 

チラリとアンナが眼だけを僅かに動かしてイデアを盗み見た。

 

 

たった今、世界の一部を焼くほどの力を行使した神竜の少年の顔は自信に満ち溢れている。

そこには数ヶ月前、家族と引き離されて泣き叫んでいた哀れな子供の面影は一切無い。

 

 

この少年はたった数ヶ月で恐ろしい程に変わった。

身長もほんのわずかではあるが、伸びたし、髪の毛も肩に掛かるほどに長くなっている。

 

だが、そんな肉体的な変化ではなく、もっと根源的な変化をイデアは遂げていた。

 

 

 

存在感。この若い竜は新しいゆとり。新しい力。そして新しい自信を放っている。

 

 

イデアはもう、数ヶ月前の彼とは同じ存在ではなかった。

 

 

 

「さて、行こうか」

 

 

 

まだまだ幼い神竜の少年は、隠し切れないほどに興奮を宿し

爛れた目でアンナにそういい、堂々とした足取りで自らが切り裂いた空間の中に潜り込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの歪んだ空間を抜けた場所に存在する殿はその様子を一変させていた。それも悪い意味で。

至る所に激しい戦いの後が刻まれ、多くの柱が砕かれ、そして、ありとあらゆる場所に人竜問わず様々な死体が転がっていた。

その全てが蒼い月の光に照らされ、無機質な光と存在感を放っている。

 

 

まだ殿の入り口だというのにこれだ。中は一体どうなっているのだろうか。イデアには想像も付かなかった。

かつて始めて見た時は感動さえ覚えた灰色の殿の入り口は無残にも破壊され尽くされ

血などがべっちゃりと付着していて、熔けた鉄のような鼻に来る匂いを撒き散らしている。

 

 

が、竜族の建築技術の凄まじさというべきか、殿は多量の瓦礫などが埋め尽くしているとは言え、崩壊するには至っていない。

一応の原型は留めている。完全に瓦解してはいないのだ。

 

 

 

戦場の跡地とはかくも無残なものなのか。初めて見る光景にイデアが覚えた感情は恐怖でもなく、虚しさでもなく──怒りだった。

 

一つ一つを見るたびにイデアはここで過ごした思い出を関連付けて思い出すことが出来る。

それゆえに、ここまで思い出を蹂躙された光景は彼の逆鱗を逆撫でしていく。

 

 

よくも俺達の家を。よくも思い出の場所を。よくも、よくも──。

 

 

胸の内が熱くなり、“太陽”がジリジリとその熱量を上げていく。

全身に熱が行き渡り、膨大な、それこそ底なしの量のエーギルが満たされる。

 

 

 

と。ふいに殿の内部に自身の知覚能力を差し向けたイデアの動きが一瞬完全に停止した。

何か、いる。誰か、ではない。“ナニカ”だ。それも1や2程度じゃない。何百、下手をすれば何千と言う数の“ナニカ”だ。

 

 

何だ? こいつらは。俺達の家で、何をしている?

 

 

それに対しての答えは自分自身が答えた。

ガンガンと頭の奥底で竜の本能が答えを喚き続ける。コレは敵だ、と。

敵だ。完全な敵だ。コレは敵。殺してもいい。力を振るえ。なぎ払え。踏み潰せ。

 

 

 

敵。

 

 

 

 

この単語は今のイデアにとって“許可”に等しい言葉である。

 

 

 

「ふ、、ふふ、、、っ、ははははははは……アンナ、命令だ」

 

 

笑いを堪えきれないし、堪えるつもりもない。が、喋るのに邪魔だから、一応抑える。

口の端から摩擦音染みた声を吐き出しながらイデアが何とか声をはじき出し、淡々と言葉を紡いでいく。

しかし、イデアはアンナを見てはいなかった。その視線は殿の入り口、更に言うならその奥に固定されている。

とてつもないほどに恋焦がれた相手を凝視するような熱い視線を絶えず送っている。

 

 

紅と蒼の色違いの瞳の奥、瞳孔が縦に裂け、ぎらつくような、恐ろしいまでの熱を宿している。

そんな瞳が爛々と夜の暗闇の中で無慈悲に輝き、標的を定めた飛竜の様な鋭さを帯びていた。

 

 

眼の中に残忍な喜びが燃え滾り始める。既に、イデアの顔は人間のものとはいえなかった。

 

恐ろしいまでに低い声でイデアが言い聞かせるように言う。

 

 

「俺が念話で合図するまで殿の中には入ってくるな。ここで待機しているんだ。

 合図したら……そうだな、生存者探索と、多分大量に剣とか鎧、魔道書が手に入ると思うからソレらを持ち帰るためにかき集めておいてくれ」

 

 

 

「はい。判りましたわ」

 

 

それしかいえない。誰も好き好んで怒れる神竜に意見をしたいとは思えないし、特に問題があるとは思えなかったからアンナはそう答えた。

護衛として付いていきたいが……恐らく、自分がついていっても、この今のイデアは自分の存在を省みずに破壊を撒き散らすであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殿の内部は外部よりも酷いことになっていた。無数の死体が積み重なり、それらから発生した腐敗臭に満ち満ちていた。

いや、そこらかしこに死体が散乱した光景というのも慣れてしまえば中々に芸術的なナニカを感じる、イデアはそういう感想を抱く。

後でこれらを片付けるべきか。さすがに死体が多すぎる。目算でもこの入り口近くの大広間だけでも500体近い。

まぁ、彼らの纏っている鎧兜や武器、魔道書は全部持って帰るつもりだが。溶かして日用品にするもよし、直して使うもよし、だ。

 

 

この殿は竜族の城。そして自分は竜族。ならば、この殿にあるものを持ち帰ったとしても誰も文句など言うまい。

 

 

無造作にイデアが手を振る。

彼の進行方向を塞いでいた夢で見た“竜”の小さな宿屋ほどある巨大な頭部が重厚な音を立てて横に滑り、そのままの勢いで壁にぶつかり砕け散った。

すぐ近くには、あの“竜”の頭部とくっ付いていたはずの首を失くした身体がその全身に武器を突き刺されて横たわっている。

 

 

カツカツとブーツの足音だけがやけに反響し、薄暗い殿の内部に響き渡る。

神竜であるイデアが入ってきたからか、殿の機能で壁や床が薄く光り始め、辺りの暗闇は薄闇程度にまで温和されている。

 

 

 

「……そろそろ、出てきてくれないかな? 俺は逃げも隠れもしないよ?」

 

 

足を止め、丁度部屋の中央辺りでイデアが虚空に向かって叫ぶ。

両手を大きく広げ、クルクルと姿の見えない誰かを挑発するように身体を回転。

 

 

 

ギリリ、ピュン。

 

 

 

細い糸か何かを引き絞るような音と共に、高速で殺意を乗せられた物体がイデアめがけて飛んでくる。

イデアの胸部を狙われ発射されたソレは寸分違わずイデアに到達……出来なかった。

 

 

 

   

 

 

 

   【オーラ】

 

 

 

 

 

 

黄金色に輝く光の壁がイデアをすっぽりと包み込むように顕現し、高速で飛翔した物体、弓矢を完全に受け止めていた。

矢はギギギという甲高い音を立て、全ての力を【オーラ】に押し当てた後、力なく床にカランという虚しい音と共に落下。

 

 

 

「随分とまぁ、手荒い歓迎だ。というか此処は俺の家なんだけどね」

 

 

床に落ちた矢を力を使い持ち上げて、手に掴み、ソレを弄くりながらイデアが呟く。

矢の先端、金属で作られた矢じりの辺りにはびっしりと魔術的な要素……まぁ、大方対竜の魔術的加護か何かだろう、がびっしりと刻まれている。

これならば竜族のエーギルで作られたモルフ・ワイバーン辺りにはそれなりの効果を得られるだろうが、神竜の【オーラ】を貫くには悲しいまでに役者不足だ。

大火に如雨露で水を掛けても無駄な様に、湖に映った月を握ろうとしても無駄な様に、こんな矢ではたとえ何万本打ち込まれようが【オーラ】は小揺るぎもしない。

 

 

それに、もしも【オーラ】がなかったとしても……。

 

 

 

一しきり矢の滑らかな感覚を手でたっぷりと味わったイデアが、矢を親指と人差し指で摘みながら顔の前まで持っていく。

 

 

「ふっ」

 

 

吹き矢の真似事をするかのように一息。

が、それで十分だった。

 

 

矢が、黄金の火の粉を纏い、先ほどの数倍の速度でイデアの手から放たれた。まるで光魔法【ライトニング】の様に。

先ほどイデアに向けて飛んできた時と同じ経路を辿り、矢が飛んでいく。ただし、今度は逆の方向に。

 

 

グシャ。そんな艶かしい音がイデアの耳朶を打つ。どうやらちゃんと返品できたようだ。

 

 

その音が合図になったのか、部屋の至る所から弦を引き絞る音が同時に鳴り響き

次の1秒は発射された何十という弓矢が空気を切る音しかしなかった。

 

それから、何十という数の殺意がイデアを襲った。

 

 

 

が、届かない。

たとえ部屋中を雨の様に矢が覆い尽くし、何百と言う魔術的加護を与えられた矢が降り注ごうともイデアの【オーラ】は破れない。

奇跡的にほんの僅かだけ光の壁の表面を削り取れたとしても、次の瞬間イデアから供給されたエーギルを持って直ぐに復元されてしまう。

 

 

部屋に響くは無数の矢がギギギという悲鳴と共に黄金の壁に体当たりをし、カランという悲しい音と共に力尽き床に落下する音だけ。

 

 

 

 

 

「ふぁ……」

 

 

 

小さく欠伸をしながらイデアが休み無く放たれる矢の雨を観察し、判断を下した。

そろそろ飽きた。終わりにしよう、と。

 

 

 

片手をやる気なさげに持ち上げ、矢の雨に意識を集中させる。

次の瞬間、全ての音が停止した。【オーラ】を削ろうとする無駄な努力の音も、カランという力尽きた音も。何もかも全てが。

 

 

全ての矢が、空中で静止していた。全ての運動の力も、位置の力さえ奪われ、まるで冗談の様にその場でピタリと停止したのだ。

それだけではなく、床に落下していた数百の矢さえも人形劇の人形の様に浮かび上がり、その矢じりをイデアではない“対象”に向けている。

 

 

返すよ。そんな意思を込め、イデアが持ち上げた腕を采配を下す軍師の様に小さく振るった。

 

 

全ての矢が、矢じりを最初とは全くの正反対の方向に向け、そして無慈悲に降り注いだ。肉に矢でも突き刺したような音が少しだけした。

そして、矢の一斉射撃が終わった後に、イデアに矢が降ることはもうなかった。

 

 

コレで終わりか? 呆気ない。これでは【ゲスペンスト】を持ってきた意味が無いではないか。

微妙に落胆しつつイデアが歩を進めようとするが……停止した。

 

 

 

「やっぱり、アレだけで終わる訳ないか」

 

 

どこか暢気で、絶対的な余裕さえ感じられる口調でイデアが言う。

彼の視界の先、薄い暗闇の奥で“ナニカ”が蠢いている。

 

 

夥しい数の“ナニカ”は動くたびに金属の擦れあうような重厚な音を立て、沸き立つ様な濃厚な殺気をイデアに向けている。

どう考えてもこの存在達はイデアにとって好意的ではないだろう、むしろイデアを殺したくてたまらない、そんな気配を隠してさえいない。

 

 

 

そして、殿の床や壁の淡い光に映し出されたソレラを見て、イデアは思わず顔を顰めた。

 

 

“ソレラ”の顔や体には肌がなかった。腐った肉が少しだけこびり付いており、後は骨が露出している。

“ソレラ”の眼窩には目玉の変わりに紅い光が灯され、その光は確かな視力を持っているらしく、イデアを殺意の篭もった視線でにらみつけていた。

“ソレラ”は全員が何らかの装備で武装をしていた。あるものは槍を持ち、あるものは剣を持ち、あるものは魔道書を片手に担いでいる。

“ソレラ”は肉体的な意味では生きてはいなかった。壊れ、機能を停止した肉体に【エーギル】だけが宿り、動いているのだ。

 

 

 

“ソレラ”の目的は一目瞭然である。即ち【竜の撃破】のみである。

 

 

 

名前をつけるなら、そう……亡霊兵とでも言うべきか。死してなおも戦い続ける哀れな兵士達。

 

 

無言でイデアが腰の覇者の剣を引き抜く。右手でソレを掴み、残った左腕を亡霊の軍勢に差出し、その指を鍵爪の様に曲げ──そこから稲妻が放たれた。

 

 

重厚な破砕音と共に稲妻が亡霊の軍団の一部を直撃し、鎧兜を溶かし、その身に宿っているエーギルそのものを焼き尽くす。

5体程度の亡霊が稲光に焼かれ、完全に消し飛んだ。だが、それだけ。まだまだ数は多い。残りはざっと、数千ほど。

 

 

 

 

【リュウダ! リュウダ!! リュウダ!!! コロセ!!!!】

 

 

声帯のなくなった身体のどこから声を出しているのか、掠れた声で亡霊達が喚きたて、

各々がやはり魔術的加護を受けた武器を振りかざし、世にも恐ろしい声で絶叫しながらイデアに向けて突っ込んできた。

 

 

地響きの様な轟音と共に腐れ果てた死者の軍勢が突撃する様は普通の相手ならば戦意を喪失するような光景であろう。

 

 

 

だが、神竜イデアは普通ではない。

超越種の中の超越種たる彼にとって、コレはさしたる問題ではないのだ。

 

 

 

「あー……邪魔だぞ?」

 

 

イデアの声は井戸よりも深く、凍りついた黒曜石の崖よりも冷たかった。

 

 

 

イデアは念の為【オーラ】に更にエーギルを込め、一応頑丈にしておく。

が、あくまでもコレは念の為だ。イデアはこんな面倒くさい奴らとまともに戦うつもりはなかった。

それと同時に、こんな存在をいつまでも自分の家である殿に住まわせておくつもりもなかった。

 

 

 

数の暴力には、数で対抗するか、最強の個体戦力で蹂躙するのが楽だ。

そしてイデアにはこの2つの条件を同時に満たす術があった。

 

 

 

しかし、ソレの発動の為には時間が少々必要になる。囮が必要だ。

出来れば敵をかき乱す程にすばしっこい奴か、とびきり頑丈で何百と言う亡霊兵の攻撃にしばらく持ちこたえれる存在が。

 

 

竜化は避けたい。確かに殲滅できるだろうが、果たして今のこの殿が神竜の力に耐え切れるかどうか……。

何よりイデアには手加減できる自信がなかった。自らの家を荒らされた怒りを抑えるのは相当難しい。

イデアが眼を動かし、見る。先ほど自分が退かした“竜”の頭部と胴体がその巨体を部屋の隅に横たわらせていた。

 

 

 

アレは使えそうだ……。

 

イデアが影のような、ぞっとする笑顔を浮かべた。

 

 

 

エーギルを圧縮し、練り固め、擬似的な竜石を掌に創造。

握っていた手を開くと、ほんの1欠片ほどの小さな黄金の竜石が生まれていた。

 

 

 

そしてイデアはソレを振りかぶって思いっきりぶん投げる。

“竜”の腐敗した死体に向けて。

 

 

 

キラキラと光の粉を撒き散らしながら、小さな小さな欠片は飛んでいき、首を失い、倒れた“竜”の胸辺りに落着。

同時に目まぐるしい変化が起きた。欠片が植物が根を生やすように黄金色の光の“管”を朽ちた“竜”に突き刺し、じわじわとその体内に潜り込んでいく。

 

 

ドクンと、死んだはずの“竜”の身体から大きく、心臓の鼓動音が高らかに鳴り響いた。

竜の首の切断面から黄金色の光が植物の蔓の様に噴出し、それらは直ぐ近くに落ちていた頭を見つけると、絡みつき、驚くような速さで巻き取っていく。

 

 

ゴゴゴと、小さな家屋ほどもある首が引きずられ、首の切断面と合体を果たす。ぶくぶくと切断面が泡立ち、ほんの数秒で首と頭は接合を果たす。

光を失っていた“竜”の眼窩に燃え滾るような真っ赤な光が宿り……。

 

 

 

 

 

【■■■■オォオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!】

 

 

 

 

咆哮。掠れ、壊れたボイスが殿を揺るがした。

 

 

 

死したはずの“竜”は神竜の力によって不完全ながらもドラゴンゾンビとしての蘇生を果たしたのだ、イデアの予想通りに。

このぐらいならば容易い。ただの人形の様な“竜”を知性のない下僕として復活させるぐらい、そこまで難しいことではない。

 

 

ギロリと、竜の真っ赤な光が亡霊兵どもを見渡し、その身をゆっくりと起き上がらせていく。

全長50メートルほどの巨体が4本の足でその腐れ果てた身体の自重を支え、その口をゆっくりと緩慢に開いていく。

 

 

喉の奥から灰色に濁りきった黄金色の炎が吹き上がり──。

 

 

 

 

【腐敗のブレス】

 

 

 

万物を死に追い込む、破滅の吐息が亡霊達の群れに吹きかけられた。

瘴気の濁流をまともに浴びた亡霊達はその全身にこびりついた肉や、残っている骨、そして身に纏った鎧ごと泡立ちながら、熔けていく。

 

ブクブクと体の全身があわ立ち、腕が、頭が、足が、そしてその身に宿ったエーギルがドロドロに溶かされ、原型を失っていくのだ。

 

 

 

が、亡霊どもも馬鹿ではない。

直ぐにイデアから注意を逸らし、今この場に存在している全体の半数、60体ほどの亡霊兵士ドラゴンゾンビを打ち倒すべく、その巨体に向けて飛びかかっていく。

 

 

しかもちゃんとブレスの射線に入らないように気をつけてだ。

 

 

ドラゴンゾンビはその巨体を遠慮なくハンマーの如く高速で振り回し、一撃一撃で3、4体程度のうざったい兵士どもを空高く打ち上げている。

が、亡霊らも負けじとその巨体にしがみ付き、なりふり構わず剣や槍、斧で無茶苦茶に切りつけまくってはいるが、ドラゴンゾンビの巨体からしたら、ほんのかすり傷。

 

 

 

しかも傷が付いた場所には黄金色の光が収束し、その腐敗した肉を再生させている。

亡霊兵達が屍竜に傷を付ける速度と、この化け物が傷を修復させる速度はほとんど同じである、故に中々この腐敗した竜は倒れない。

それどころか、怒りさえ感じられる動きで尾を鞭の様に振り、手足を使い、兵達を虫けらのように蹂躙している。

 

 

 

 

 

全てイデアの予想道理に。素晴らしいまでにドラゴンゾンビは囮としての役目を果たしている。神竜がほくそ笑んだ。

イデアが覇者の剣を水平に構え、銀色の美しい刀身をつぅっと指でなぞった。

 

 

 

【リザイア】

 

 

 

それは混沌魔法の一種。相手から直接【エーギル】を抜き取り己が力に変えるという暗黒の魔術。

抜き取った力は保存が利かないやら、自分の身体の【エーギル】の収納範囲を超える事が出来ないなどという限界こそあるものの、十分に凶悪な術。

銀色の長い刀身が円を基調とする魔方陣に覆われ、次いで夜の闇を思わせる純粋な漆黒に染まった。

 

 

 

 

ぶぉん。そんな風きり音が鳴る。

イデアが覇者の剣を握った腕を振ると、剣ごとイデアの腕が消えた。

ただ単純に剣を早く振っただけ。何も難しいことなどしていない。

ただ、ほんの僅かだけ神竜の力を解放している今のイデアは生命体として異常に身体能力が高いだけだ。

 

 

 

黒い剣閃が【オーラ】に群がっていた亡霊兵10名をその着込んでいた鎧ごと軽がると真っ二つに両断せしめる。

それどころか、剣に触れたモノ全てが障害にさえならずに切り裂かれている。剣も槍も、肉も骨も、そして概念的な【エーギル】さえも。

 

 

漆黒の刀身はその身に掛けられた術を遺憾なく発動させ

切り刻んだ亡霊兵らのエーギルを貪欲に食いつぶし、所有者たるイデアにその力を明け渡していくのだ。

 

 

イデアはそのエーギルを体内に入れることはせず、掌にかき集めて竜石を作るのと同じ要領で亡霊達のエーギルを塗り固めた輝かない黒色の竜石を作っていく。

更にもう一回。イデアの腕が消えた。そして次の1秒に更に10人程の亡霊が両断され、吹っ飛ばされ、そして喰われる。

 

 

 

たまに剣を振ることに飽きたイデアが指を鉤爪の様に曲げ、稲妻を放ち、一気に十数人の敵を焼け焦げた煙を上げるただの残骸に変えたりもする。

 

 

そして止めといわんばかりにイデアは背に翼を顕現させ、軽く宙に浮かび上がり身体を胎児の様に丸め……。

 

 

 

「はぁっ!!」

 

 

 

波動。黄金色の神竜の波動がイデアを中心に球状に吹き荒れ、その範囲内の亡霊共を無慈悲になぎ払う。

武器や鎧さえも波動に触れた瞬間にチリチリという音を立てて灰とも錆とも知れない物体に昇華させられ、その存在をこの殿から否定され、消滅。

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、イデアの周りには死体の残骸で作られた山が出来ていた。後は灰と錆の山だ。

ドラゴンゾンビの方も中々に戦っているらしく、イデアが視線を向けた時と同時にあの屍竜は最後の一体の敵をその前足で思いっきり踏み潰す瞬間であった。

 

 

「ふぅ……」

 

 

イデアが肩を竦め、首をこきっと鳴らす。思ったよりも、簡単であった。

ぐるりと辺りを見渡し、ついでに気配探知能力を使い、周囲を“見る”

 

 

特に何の気配もしなかった。先ほどまでここを満たしていた濃厚な殺気と、敵意は微塵も感じられない。

 

 

 

これでとりあえずここの敵は殲滅した。

まだまだ奥に大量の亡霊の気配と、隠そうともされない殺意を感じるが。

 

 

 

この殿全体に一体何千の亡霊兵が巣食っているのだろうか。イデアには検討も付かないが、一体も残してやるつもりはなかった。

 

 

標的の居なくなったドラゴンゾンビがイデアの眼前まで緩慢に地響きを轟かせながら歩き、そしてその巨大な頭を垂れる。

まるで新しい命令を待つ兵士の様に。次の命令を待っているのだ。その全身に刺さった武器や、つけられた傷跡から淀んだ緑色の体液が吹き出ている。

 

 

 

──付いて来い。お前は俺を守り、俺の囮となれ。

 

 

 

体内に埋め込んだ竜石を通し、イデアが簡潔に意思を伝える。

いや、意思を伝えるというよりは、手足を動かす、という表現の方がしっくりくるだろう。

このドラゴンゾンビには元々意思などないのだから。それこそ、ただの“竜”であった時から。

 

 

 

「おっと、忘れてた」

 

 

 

周りに散乱した死体の残骸を見渡し、イデアが手を翳す。

親指と人差し指、中指の三本の指で何かを掴む動作をし、グッと力を込める。

 

 

 

金属の擦れあう音が激しく広間に鳴り響き、亡霊らが纏っていた鎧兜、剣や槍、斧と言った鉄器が独りでに動き出し

広間の中央辺りに山の様に積み重なっていく。後々アンナに頼んで全てを里に転移させるつもりだ。

 

 

鉄資源は幾らあっても邪魔にはならない。溶かして使うもよし、修復してそのまま使うもよし、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殿の奥は正に死霊どもの巣窟であった。天井は余りにも高すぎて見る事など出来ず、横幅は巨大な荒野の様に延々と続いている

竜族が真の姿に戻って通っても大丈夫な程に広大な縦と横の幅を持つ殿の奥の大回廊には、何百、何千にも及ぶ数の亡霊兵達がひしめいていた。

真っ赤な眼を爛々と輝かせ、武器や魔道書で完全に武装した彼らは戦意を高めるためか、不気味な唸り声を高らかに叫んでいる。

まるで黒い絨毯のように回廊の床を完全に埋め尽くし、その総数は刻一刻と増えていく。

 

 

 

イデアという竜族の存在を感知したのか、この殿に存在する全ての亡霊兵士達が集結し、敵であるイデアの首を討ち取ろうとしているのだ。

既に彼らに生前の理性はおろか、自我さえあるのか疑わしい。今の彼らの脳内にあるのはただ竜族を滅ぼす、それだけだ。

彼らの時間は死んだその瞬間に凍り付いている。家族のことや何故戦争で戦ったのか、それさえも忘れ、今は竜を倒すという意思だけで動いている残骸に過ぎない。

 

 

 

 

 

「本当に邪魔な奴らだ。人の家を好き勝手荒らしやがって」

 

 

 

苛立ちを隠そうともせずイデアが呟き、その顔を不機嫌そうに歪める。

片手に持った漆黒色の亡霊兵らのエーギルを塗り固めた石を弄び、覇者の剣をクルクルと振り回す。

 

 

ここに辿りつくまでに更に数十人分の亡霊を喰い、この石の中には百人程度の人間のエーギルが内包されている。

今はただ消費を待つだけの魔力の塊のようなものだ。

 

 

 

それにしても…………ここはまた、随分と懐かしい所だ。

ドラゴンゾンビの頭部に跨り、高所から周囲を見渡したイデアが溜め息を吐く。

 

 

この大回廊には見覚えがある。

この壁や床に刻まれた文字には見覚えがある。この超が付くほどに広大な空間には覚えがある。

 

 

 

この回廊の先を自分は知っている。

この回廊の先には恐らく、それだけで山と見間違える程に巨大な祭壇があるのだろう。

自分とイドゥンが産まれた場所だ。始まりの場所。このイデアという存在の全てが始まった場所。

 

 

 

そしてイデアのイドゥンとの“繋がり”はイドゥンの力と存在がここから奥の祭壇から流れてきていると訴えている。

この何千と言う数の亡霊兵士の先に、彼女は居る。ならばイデアがやることは決まっている。

 

 

 

──突っ込め。出来うる限り、時間を稼げ。

 

 

 

屍竜の頭部から飛び降り、イデアが懐から【ゲスペンスト】の魔道書を取り出し、ソレを開く。

先ほどは戦闘が直ぐに終わってしまい、結局は使えなかったが、この状況なら使用するべきだろう。

 

 

 

【アアァアア●ア●オ●オオオ■■オオ■オ●オオ■!!!!!!!!】

 

 

 

 

ドラゴンゾンビが狂ったような咆哮を上げ、轟音と共に亡霊の群れに腐敗のブレスを吐きかけ

前列に居た数十人をエーギルごと熔かしつくす。そして闘牛の如く猛烈な速度を持って亡霊の群れに特攻。

黒い死者の絨毯に、朽ちた死竜がその巨体を躍らせ、暴風雨の様に尾を振り回し、一撃で何十もの兵を肉塊へと変貌させていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

【ゲスペンスト】の書を開き、その中に記された力のある古代の竜の言語に眼を通したイデアが感じたのは歓喜であった。

読める。俺はこの文字を読める。読み、更にはその意味を理解できる。このゲスペンストという術がどういうモノなのかを理解できる。

ニヤリ。イデアが亀裂の様な笑顔を浮かべた。その眼に残酷な喜びを浮かべながら。

手に握った覇者の剣、その刀身が共鳴するように不気味に輝いた。

 

 

 

「そうか、お前も同じような存在だものな?」

 

 

 

薄っすらと黒く輝く覇者の剣の刀身を見つめ、堪能するような声でイデアが語りかける。

当然剣から答えなどなかったが、元よりそんなもの期待などしていない。

 

 

剣を鞘に戻し、書を両手で持つ。念の為全身に【オーラ】を張り巡らし、亡霊達のエーギルで塗り固めた竜石の力を書に注いでいく。

百数十人のエーギルが湯水の様に減っていく。ゲスペンストの書は、まるで飢えた獣の様に次々と亡霊の魂を貪っているのだ。

 

 

 

 

『 ─ б Λ Ψ £ ─ 』

 

 

 

途端に全身に流れ込んでくる莫大な量の力。エーギルでも魔力でもない力の正体は“闇”そのもの。

元始の“闇”が書を通し、イデアの存在そのものを蹂躙し始めるが……。

 

 

記憶を食い荒らし、脳内を噛み締め、心臓を鷲掴みにしようと“闇”が暴れるが……。

 

 

 

 

『 ─ Φ Ω Ш Й Ж ─ 』

 

 

 

 

 

 

こんなものか。

 

 

 

 

この程度か。

里の魔道士らは闇属性の魔術をさも人の手には負えない禁忌と呼び、使用するには恐ろしい代価を払うような事を言っていたが……こんなものか。

確かに他の術とは比べ物にならないほどの負担だ。数ヶ月前の自分ならば、この闇に屈し、精神を喰われていたかもしれないだろう。

 

 

が、今の自分にとって、この程度の闇、大した苦痛にはならない。イドゥンと離れ離れになり、感じていた苦痛に比べればこんなもの……児戯だ。

 

 

この数ヶ月イデアを苦しめてきた“恐怖”という本当に恐ろしい怪物に比べれば、始祖の闇など可愛いとさえ言える。

 

 

 

イデアの胸の内の“太陽”が目も眩むような黄金色の炎を吹き出し、恐怖も怒りも、そして苦痛さえも力となっていく。

この“太陽”の放つ圧倒的で、同時に暴力的でもある黄金は何の苦も無くゲスペンストが齎した“闇”を容易く飲み込み、残ったのはゲスペンストという術の支配権のみ。

 

 

 

イデアが眼前の死者の群れと、そこで大暴れをしているドラゴンゾンビを何処か冷めた目で見やる。

その心は水晶だまのように透き通っていた。そんな心では彼は考える。

 

 

 

そして彼は改めて決めた。この亡霊共を殲滅することを。

 

 

 

最後の一句を、発動の為の一句を、イデアは無慈悲に歌い上げた。

それと同時に、掌の中にあった漆黒色の石が、その力の全てを書に吸い取られて完全に消滅した。

 

 

それと同時に、今度はイデアの中の力がゲスペンストに喰われ始める。最高の餌として。

 

 

『 ─ Χ ─ 』

 

 

 

 

刹那。世界が変化を起こす。この死にぞこない達に真の意味での滅びを与えるべく。

 

 

 

【オオオオオオオオォオオオオオ!!??】

 

 

 

最初に変化に気が付いたのは術者であるイデアではなく、亡霊兵達であった。

 

 

亡霊兵らが……既に死しており、恐怖という概念を持たない亡霊共が……“怯えていた”

元は百戦錬磨の兵であり、騎士であり、魔道士であった彼らが……今は無様にも怯え、幼子の様な叫び声を上げている。

 

 

 

 

ドラゴンゾンビに蟻の様に集っていた亡霊達がその標的を瞬時に切り替える。即ち、イデアに。

何千と言う矢と【ファイアー】に代表される魔術が豪雨の如くイデアに叩き込まれるが……意味をなさない。

 

 

最初は【オーラ】に防がれていたが……後半からはもっと恐ろしいことに“闇”がそれら全ての攻撃を飲み込んだのだ。

 

 

既にイデアは【オーラ】さえも張ってはいなかった。その必要を感じないから。

攻撃は全て“闇”が抱き込み、その力全てを自らの力へと還元していく。

 

 

 

形を持った“闇”であった。ドロドロに熔けた鉄のような粘性を持った“闇”だ。

不定形のソレがイデアを囲むように渦を巻き、一つの形を取ろうとしていた。

 

 

 

 

最も明るい光は、最も深い影を投げかける。

ならば、神竜の光は、始祖の闇の最高の糧となるのだろうか。

逆もまた然り。

 

 

 

概念的な混沌とも言えるその“闇”がその一つに固まり、集まり、収束し、小さな黒い球体を形作る。

 

 

 

小さな“黒い太陽”を。日食を連想させ、見ているだけで不安な気持ちに陥ってしまいそうなほどに、禍々しい太陽。

 

 

その輝かない太陽の中心に魔法陣が浮かび上がる。古代の、神話の時代の竜族の力を持った文字。

人間には意味さえ理解できない、複雑怪奇な文字の羅列。円を基調とした魔方陣が浮かび上がった太陽は、まるで巨大な目玉の様にも見える。

 

 

同時に周囲を支配するは、先ほどまでとは比べ物にならないほどの濃厚な腐敗臭。純粋な死の、臭い。

 

 

 

 

 

 

 

【ゲスペンスト】

 

 

 

 

 

 

そして、太陽からあふれ出た黒い運河が、亡霊共に向って濁流のように流れ出した。

 

 

この死にぞこないらに、滅びを与えるために。

 

 

 

 

 

黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。

 

 

 

 

圧倒的で、絶対的な漆黒の“闇”が流れ出す。

自然現象の大洪水にも似たソレは、このエレブに存在する全ての影をかき集め、

塗り固めたような不気味な質感を持ち、確かなる狂気と殺意を持って亡霊に襲い掛かったのだ。

 

 

びっしりと隙間無く、この巨大な大回廊そのものを端から端まで飲み込む運河は亡霊であろうが、イデアの下僕であるドラゴンゾンビであろうが、

一切の区別無く、神の様な寛大な心を持ち、一切の差別を許さず裁きの様にその黒い濁流の中に巻き込んでいく。

 

 

全ての抵抗が無駄であった。どれほど魔術を撃ち込もうが運河の流れは停止させる所か、一時的に食い止めることもできない。

どれほど武術を極めようが、流動する闇の河の前では無意味。

 

 

 

ありとあらゆる亡霊の抵抗を無感情に【ゲスペンスト】は押し流していく。何百、何千と言う敵を丸ごと飲み込み、その戦列を蹂躙する。

かつてドラゴンゾンビであったものがあまりの流動の速度に耐え切れず、その身をイデアの眼下でバラバラに砕け散らせた。

 

 

屍竜に植え込んでいたイデアの竜石を“闇”は吸収し、更に河の流れが速くなる。

土石流の様に急激に流れを増した闇が、必死に守護体形を組んで守っていたアーマーナイト数十人を一瞬で飲み込んでいく。

 

 

 

遥か昔より人間は大洪水を“天災”や“災厄”と呼んできた。

ならば、コレは確かに、真の意味での“災厄”と言えるだろう。

 

 

 

そう仮定するなら、自分は差し詰め【災いを招く者】とでも言った所か。

 

 

 

もしもこの術をこんな殿の中ではなく、もっと開けた場所……そう、例えばエトルリア王国の王都アクレイアなどで発動させたら

一体どれぐらいの被害が出るのだろうか……なるほど、確かにコレは戦略級の魔術だ。

 

 

 

 

ずっと昔より、人間は完全に暴走した水の流れの前では無力だ。

しかもこの河は水よりも更に残忍な力で形作られている。

そんな存在を顕現させるこの術は確かに禁忌に指定されてもおかしくはない。

たとえ数万の軍勢であろうと、関係なくこの【ゲスペンスト】はほんの十分たらずで飲み込めるだろう。

 

 

 

翼を生やし、上空に退避していたイデアが冷静に【ゲスペンスト】という術に対して評価を下す。

敵味方、術者以外の全ての存在を死の河に飲み込ませる術……【ゲスペンスト】に対してイデアは寒気を覚えた。

 

 

これでも全力ではない。まだ、イデアは大分余力を残していた。

やろうと思えば、この大回廊だけではなく、この殿全体をこの黒渦に飲ませることも出来るだろう。

 

 

これ以上やったら、本当に殿を食いつぶしてしまいそうだ。

眼下で最後まで雄たけびを上げながら抵抗をしていた亡霊の一隊が波の様に押し寄せる黒に飲みこまれたのを見計らって、イデアは術を解除した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ゲスペンスト】が解除され、全ての闇の運河が殿の影の中に溶ける様に消え去り、原初の混沌に還ったのを見計らって、イデアは地に降りた。

辺りは不気味なほどに静かで、先ほどまで蠢いていた亡霊は一体も見当たらない。

変わりにあちらこちらに落ちているのは、持ち主の居ない武器や着る者の居ない鎧、主の居ない魔道書などだ。

どうやら【ゲスペンスト】はイデアの意を汲み取り、丁寧に肉体とエーギルだけを混沌の運河で吸収していったようだ。

 

 

 

辺りに散乱しているのは何千という数の亡霊らの置き土産だけである。

完全な無音。時折風の流れる音がするだけで、後は何もない。

 

 

試しに辺りを探ってみるが、小動物一匹居ない。まぁ、当然だが。

殿に巣食っていた亡霊らも、全てゲスペンストに喰われ、今この殿の内部で活動しているのはイデアだけ。

 

 

 

ゴミ掃除は終わったらしい。

 

 

 

この散らばった武器を回収するのは骨が折れそうだ……。

イデアは素直にそう思った。

 

 

 

だが、先ずはそれよりもやるべき事がある。

 

 

 

── アンナ、聞こえるか? アンナ? 

 

 

 

念話を飛ばし、殿の外で待機するように指示していたアンナに命令を飛ばす。

 

 

── はい。長。

 

 

── “掃除”が終わった。もう入ってきてもいいぞ 生存者探索と武器などの回収を頼む。

 

 

 

── 判りましたわ。

 

 

 

 

その言葉を最後にイデアが念話を切る。

 

 

 

これで、しばらく彼は誰にも邪魔されずにイドゥンを探索できる。

 

 

 

ようやくだ。本当に、ようやく、永かった……。

 

 

 

全身に抑えきれない程の興奮を宿し、少年の様な純粋な笑顔を浮かべ

イドゥンの家族としての若々しい活力に満ちた足取りでイデアは回廊を鼻歌交じりに進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イドゥンは

思っていたよりも簡単に見つかった。

別にどこかに隠されていた訳でもないないし、だからと言って、見せしめの様にされていた訳でもない。

但し、彼女は眠っていた。いつもイデアが見ていたあの安らかな寝顔で。

 

 

 

唯一違うといえば、彼女の寝顔は安らかではあったが、いつもイデアの隣で見せていたあの完全に安心しきり

涎さえも垂らしていたお気楽さが全くないことであろう。

 

 

 

今の彼女は一種の完成された芸術品であった。これ以上ないほどに美しい。

神秘的で、芸術的で、恐ろしいくらいに神々しい。

彼女は、やはりイデアの感じたとおりに幽閉されていた。

薄い水晶の様な、氷にも見える、半透明な牢獄の中に閉じ込められ、眠っているのだ。

 

 

かつて双子が生まれた祭壇の上で、彼女は眠りについていた。

まるでイデアが以前の世界で見た白雪姫の様に。

 

 

 

「………」

 

 

 

イデアが無言で手を伸ばし、力を送る。

この目障りな牢獄を砕いてしまおうとする。

黄金色の光が水晶に殺到し、蛇の様に絡み付いてギリギリと締め上げる。

 

 

 

が……砕けない。それどころか、傷一つ入らない。神竜の力をもってしても、出来ないのだ。

皮肉な事に、大抵の事はできる力の範疇を超えている。

 

 

 

イデアが、拳をギュッと握り締めた。背中に翼を顕現させて、今度は手加減なしで思いっきり力を行使。

先ほどの十倍にも及ぶ力で水晶の牢獄を黄金色の力が締め上げる。

 

 

周りの石畳に亀裂が入り、付近の“場”そのものに無数の亀裂と断層面が走り出すが……水晶そのものにはやはり傷一つ入らなかった。

 

 

覇者の剣で切りかかろうとして……止めた。

 

 

 

イデアは無駄だと悟り、手を降ろす。

はぁ、と大きく力を抜き、大きく息を吐き出す。

 

 

そして。

 

 

 

次の瞬間、イデアは叫んだ。

思うようにいかない子供が駄々を捏ねるように大声で、恥も外聞もなく。

 

 

 

 

「ふざけるなっ! 何で、何で、こんな事になってるんだよ!? 勝手に俺を置いていって、氷付けか!!?」

 

 

 

収まらなかった。やっと、ようやく会えたというのに、こんな仕打ちを受けたことが悔しくて。

それでいて何も出来ない自分が憎くてたまらなかった。せっかく強くなったのに、肝心の一番大切な事が出来ないのが、悲しかった。

 

 

 

「何で俺を置いていったんだ!!! 何で俺が起きるのを待っていてくれなかった!……そんなに、俺はナーガに比べて、頼りなかったのか!?」

 

 

 

幾ら叫ぼうがイドゥンは答えない。凍りついた牢獄の中で眠っている。

イデアを慰めも、イデアに謝りもしない……出来ない。

 

 

はぁーーっとイデアが肩で息を整え、大きく数回深呼吸。とりあえず、溜まっていた鬱憤が吹き飛び、気分が楽になる。

先ほどとは打って変わり、確かな優しさと、絶対の決意が篭もった声でイデアは宣言する。自分自身に対して。

 

 

 

「絶対に、俺がそこから助け出してあげる。もう、姉さんが戦う理由も必要も無い。

 魔竜だろうが神竜だろうが、関係ない。そこから出して、少し説教させてもらうからな……!」

 

 

 

それは宣言。イデアの決断。自分はイドゥンを取り戻す、という自分自身に対する絶対の誓い。

いや、誓約と言ってもいい。たとえ幾千の昼が過ぎ 幾万の夜が流れても、自分はイドゥンをこの牢獄から救う。

 

 

 

必ず……絶対に。

 

 

 

 

ふと、イデアが気が付く。唐突に、いきなり、突拍子もない程に。

 

 

もしかすると、自分はこの為に産まれたのではないか? と。

このエレブという世界に自分が産まれたのは……運命が実在すると仮定して、最初からイドゥンを救う為だったのではないか?

 

 

この仮定は……恐ろしいまでにイデアの中では辻褄があっている……あいすぎている。

 

 

里のフレイやメディアンと言った者らはイデアが居れば特に問題ないと考えている節があるし

そこまでイドゥンを助けようなどとは思ってはいないだろう。

 

 

このエレブで、イドゥンと言う存在を一番知っているのは自分、このイデアだ。

このエレブで、イドゥンと言う存在を一番愛しているのはこの、自分だ。

このエレブで、唯一心の底からイドゥンという存在をこの氷の牢獄から開放しようとしているのは、このイデア“だけ”だ。

 

 

 

イデアしかない。自分“しか”いないのだ。

 

 

 

「また来るからね、姉さん。一人でこんな暗い所は嫌だろ?」

 

 

 

かつてイドゥンは暗い所も一人も嫌だ、と言った。

ならば自分が此処に定期的に訪れよう。彼女が一人でも寂しくないように。

 

 

 

ピッと腕を振り、殿の周りの機能を少しだけ弄る。

凍りついたイドゥンの周りの床や壁、天井に刻まれた魔術の文字の部分を地面の下の地脈に接続。

 

 

これで、イドゥンの周りは常に照らされ続けることになる。暗闇に一人ぼっちでは余りにもかわいそうだ。

 

 

 

ついでに持ってきたリンゴを2個、彼女の前においてやる。

もしかしたら、リンゴ欲しさに自力で出てきそうだ。

 

 

 

最後にこの水晶の欠片の一部だけでも持ち帰りたかったが、やはり剣で切ろうが、力で圧力を掛けようが傷一つ付かない。

恐ろしい程に頑丈な封印。イデアの敵。これを解かなければ彼女は戻ってこないが、イデアには諦めるつもりなどなかった。

 

 

 

もっと、強くならなければ……。この封印を解けるほどに。

 

 

 

 

── 長、少しよろしいですか?

 

 

 

イデアの脳内に声が響き渡る。アンナの声だ。心なしか、少し焦っているようにも聞こえる。

 

 

── 何だ? 

 

 

── 生存した竜を発見しました。 重傷を負っていて、長の力でないと恐らくは助けられないかと。

 

 

 

 

ニヤリ。イデアの顔が満足気に歪んだ。

さっそく運が巡ってきた。大戦の情報を持っているとあらば、助けない訳にはいかない。

魔竜やらメディアンの言っていた力やら、イドゥンの封印についてやら、聞きたいことは山ほどある。

 

 

 

── 判った。直ぐに行く。

 

 

 

簡潔に返事をし、念話を切断。

 

 

 

踵を返し、アンナが居るであろう入り口辺りの大広間に移動しようとする

最後にイデアが振り返り、もう一度イドゥンを見た。

 

 

 

 

「待っててね、絶対に俺が助けるから」

 

 

 

 

 

今度こそイデアは振り向かずにイドゥンの元を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回はおまけとして少しだけ解説を。

 

 

 

 

オーラ 

 

 

光属性の魔法で、初期の頃のFEによく出ていた魔法ですね。

威力は20というとんでもない代物で、やはり重量もそれに見合うだけのモノがあります。

 

 

外伝だとHPを消費して魔法を放つシステムなので、外すと一気にピンチになることもしばしば……。

逆に新・暗黒竜では、重さが1になり、威力も18という非常に使いやすい武器になっています。

 

 

今回イデアが使用したオーラはこういった攻撃魔法ではなく、どちらかと言えば暁の女神のアスタルテが使っていたオーラで、シールドみたいなモノです。

神繋がりで使用させました。ナーガもさりげなく幕間【門にて】で使っています。

 

攻撃魔法の方も……もしかすれば使うかも。

 

 

 

ゲスペンスト

 

 

烈火の剣にて登場した闇魔法です。

威力23は正に脅威の一言。ラスボスが装備している武器よりも高い威力を誇ります。

 

が、コレを装備しているのが雑魚だったり、重かったりで色々と不遇な扱いをされていますから、このお話の中では吹っ飛んだ性能にしています。

 

この話の中での術のイメージはアーカードの零号開放。

 

 

 

 

ドラゴンゾンビ

 

 

聖魔の光石に登場した魔物で、文字通りドラゴンのゾンビです。

ブレスの射程は1~2で、困った事にこのブレスは守備&魔防を無視してダメージを与えるというモノで、HPが低いキャラでは大抵即死してしまいます。

 

HPが最低ラインの幼女マムクートと会話を用意させたスタッフはマジ鬼です。

 

 

しかし弱点も多く、闇属性の神器以外の全ての神器、司祭の魔物特攻

更には飛行系なので弓や風の剣から特攻、更に更にドラゴンキラーからも特攻という

非常に多くの弱点を抱えているので倒すのは意外と楽です。

 

ただしHPやステはかなり高いので油断は禁物。

 

 

とある隠しステージだとこいつが10体同時出現し、作者は地獄を見ました。

 

 

余談だが、パラメータの上限値がHPは80、運以外は50とかなり高いのですが

なんと体格とHP以外の上限に至ってはラスボスを超えてしまっているんですよ、こいつ。

 

 

 

 

亡霊兵士

 

 

烈火の剣にて登場。

 

 

神将器を祭っている洞窟などを守護する兵士達です。

亡霊なのに何故か毒ガスとか火柱でダメージを受けるお茶目さん達ですね。

 

 

20年後の封印で居なくなっていたのは、単に成仏したか、それとも倒されたかのどちらかでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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