とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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とある竜のお話 第二部 四章 1(実質12章)

 

 

 

 

玉座の間、延々と無限大の量の水が流れる耳障りの良い柔らかい音を聞きながらイデアは考え込んでいた。

腰掛けた玉座の柔らかなクッションの感触に身を委ね、眼を瞑り、彼は思考の渦に没頭する。

瞼の裏側に映るのはあのアンナと同じ真紅の髪をした屈強な肉体のな青年。名をヤアンと言った火竜。

 

 

純粋にして純血の火竜である彼は持っている力もそれ相応に強大なモノである。

が、それはかつての話。今の彼はその力の使い方さえも忘れている節があった。

自分の名前やかつての交友関係。行った事や魔道に関しての記憶は綺麗さっぱり無くなっているのに、なぜだかスプーンの使い方や基本的な言葉の意味などは覚えている。

そんな何とも都合の良い記憶喪失状態が今のヤアンである。

 

 

つまりだ、判りやすく要約してしまえばこうなる。

 

 

イデアが危険を犯してまでも殿に戻り、そこに巣食っていた何千と言う戦争の残党共を滅ぼし、そして救い出した全てを知っていると思われる男。

その男は命に関わる大きな怪我を負っており、その怪我そのものは完治したが、その影響でほとんどの事柄……主にイデアが知りたいと思っていた全てを失ったのだ。

しかし、しかしだ。そうやって記憶を失っておきながら、生きることに必要な最低限の知識……文字の読み書きやら食器の扱い方などは覚えているときた。

 

 

ふざけるな。それを聞いたときのイデアは声を大にして叫びたかった。そんなふざけた事が許されるものか。

ようやく姉さんについて、そして戦争について詳しい情報を持っている存在がこの手に落ちたのに、また振り出しか。

全身の血管を猛烈な勢いで流れていく血液と高まる心臓の鼓動。そして体中を循環する怒りを噛み締めて、味わうようにイデアが歯軋りをする。

 

 

握り締めた玉座の大理石で作られた腰掛けがギシっと軋みを上げ、どれほどの力がそこに込められているかがよく判る。

もしもこの力で人や獣の首を握れば、そのまま骨まで砕いてしまいそうなほどの剛力。

この力であの男の首を絞めないのはイデアの理性の強靭さ故か。

 

 

それとも、単に諦めがついてきたからか。

 

 

いっそあの男が……例えばイドゥンを道具扱いするなどの命知らずの馬鹿な発言を言えばイデアは躊躇わず笑顔であの男を絞め殺せるだろう。

いや……絞め殺すでは飽き足りず、文字通りの意味で産まれて来た事を後悔させてやる。古今東西、ありとあらゆる竜の知識とその残虐さを見せてやったものを。

 

 

彼は考える。これからどうするか、と。

イデアにとってコレは非常に厄介な問題だ。情報と言うのは知識ともなり、知識は力を齎す。

つまりイデアは一つ力を手に入れるのが困難になったということだ。戦争の情報と言う力を。

 

 

まぁ、さすがに入手が不可能になったわけではないが。

他にも幾つか外の世界の書物やら情報やらを取り込む方法は考えてある。

 

それもかなり危険のない方法で。

問題はその方法が今の自分には実行できるのか、だが。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

青々とサファイアを敷き詰めたように輝く玉座の間を何となく見渡し、小さく溜め息を吐く。

まぁ、とりあえず、今日も様子を見に行ってやるか。

いきなり記憶が戻ることもあるかもしれない。あくまでももしかしたら、の話ではあるが。

絶望的ともいえる可能性ではあるが、ゼロではない。

 

 

 

ソレに……純粋に彼の状況が気になるというのもある。

けだる気に玉座から立ち上がり、身体を揺らす。

金糸が左右にゆれ、部屋の中の光を反射して眩く輝いた。

 

 

あぁ、うざったい。イデアが肩よりも少し下程度にまで伸びた自らの髪を掴んで弄くる。

サラサラと流れるように指の間を泳ぐ金色の絹糸は自らの髪とは思えないほどに柔らかい。

どうも気が付くと髪は大分伸びている。そろそろ切ってしまおうか。

 

 

 

 

そんな事を考えながら彼は悠々とした足取りで玉座の間を後にした。

仕事などは問題ない。既に今日の分は完全にやり終えている。

 

 

 

 

 

 

しかしだ。本当にこの数日はあっという間であった。

一定のリズムで歩を進め、革のブーツが石を叩いていく音を聞きながらイデアは呆然と思った。

彼が殿に戻り、あのヤアンを回収してもう2日になる。陽が二度沈んで昇ったのだ。

本当にこの頃は時間の経過が早く感じる。

秩序を修復して、殿に戻り、あの水晶の牢獄に幽閉されたイドゥンを見つけ、必ず救うと誓い、そしてあのヤアンを助け出した。

 

 

おまけとして殿にいた不法入居者を全て滅ぼしたりもしたが、コレは特に大きな事じゃない。

ただ、現状自分が持っている力を確認するための儀式の様なものだった。

その生贄兼ね実験台としてあの死にぞこない達はこれ以上ないほどに見事に役目を果たしてくれた。

 

 

ソレに、この剣の使いやすさを知った戦いでもある。

イデアが腰に差したかつてナーガが所持していた覇者の剣の柄を撫でる。

 

 

滑らかで艶やかな感触はそれだけでイデアの心に充足感を与えた。

一振りで鎧や剣を紙切れの如く蹂躙する竜の爪の如き切れ味。ありとあらゆる衝撃を受けても傷一つ付かない刀身。

そして長年使い込んだ相棒の様に手に馴染む感触に、魔術を纏わせることさえも可能な利便性。

単純に観賞用として見ているだけでも飽きることのない美しさ。

 

 

ナーガのお古だという事だけは相変わらず気に入らなかったが、ソレを抜きにしたら、コレは最高の武器だ。

そう。コレはナーガが残したものだ。彼は回収せずにあの【門】で何処かの世界へと文字通り夜逃げした。

 

 

 

はぁ……と小さく溜め息を吐く。見たくも無い現実だが、逃げていては何もならない。半年経ったというのに未だに割り切れない。

結局の所、自分の今持っている力も武器も知識も全てナーガが残していったモノと、その延長線上にあるものによって齎されたモノばかりではないか。

自分はいつになったらあの男を超えられるのだろうか? いや、そもそも超えられるのだろうか?

 

 

時折、思うときがある。

心が弱くなっている時やこういう自問自答を繰り返したり、何かを深く考え込んでいる時にイデアは思う。

自分はまだナーガというあの裏切り者を……やはり、まだ何処かで信頼して頼っているのではないかと?

 

 

 

そんな訳がないのだ。ナーガは自分とイドゥンを深く傷つけ

自分が戦えば人間を殲滅することなど容易かったのにも関わらず逃げ出した臆病者にして裏切り者。

彼は最後の時自分自身の口で言ったのだ。自分はお前達の親などではない、と。

 

 

 

馬鹿馬鹿しい。また、イデアはいつもこの答えに行き着く。

今は居ない男の事など考えても仕方が無い。

 

 

以前も何回も考えたことがある思考だ。イデアは自分の精神の不安定さに情けなさと憤りを感じる。

何故、何度思考から排除しようとしても事あるごとにナーガが出てくるのだ。

自分とアレは違う存在だというのに、何故あれを比較の対象としていつも出してしまうのだろうか。

 

 

 

もう最後に彼の顔を見てから何ヶ月も経っているというのに、何故あの男を忘れられないのだ。

 

 

 

「ふふふ……」

 

 

 

知らずと笑いが、零れる。

何処までも自分がおかしくてたまらない。

 

 

まだまだ自分は弱い。

たかが何千と言う亡霊を殲滅して少々調子に乗っていたのではないか?

まだ足りない。エレブそのものを敵に回しても絶対的な余裕を持って勝てるほどの力には程遠い。

今回の戦争でも、竜は重いハンデを背負ってこそいたが、それでも圧倒的な力の差は人間とはあったはずだ。

それなのに、人間達は見事に勝利してみせた。人間と言う種は他の種の視点から見ると、かくも恐ろしいものである。

 

 

個体としては竜には及ぶべくも無いが、それを補って余りある可能性を秘めている。

 

 

そんな人間達を一方的に蹂躙し、戦うことそのものを諦めさせてしまえさせるほどの力をイデアは渇望していた。

前の世界での記憶と知識と論理感さえ邪魔をしなければ、イデアはもっと狂い、今よりも強くなれたかもしれない……。

 

 

意外と理性というのは厄介な枷になるのだ。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

気が付くとイデアは自分があの火竜の居る部屋の扉の前に立っていた。

どうやら考え事をしている最中にたどり着き、無意識のまま部屋の前を右往左往してたらしい。

我ながら情けない。やれやれとかぶりを振ってイデアが扉に手を翳した。

無数の扉の錠が外れる音と共に、そこいらの民家の木戸と変わらない厚さの木の板から多量の魔法陣が浮かび上がり、ソレが砂の如くボロボロと崩れ落ちていく。

 

 

コレは言うなれば保険だ。

万が一にもヤアンが逃げ出さないようにと、ドアや窓、壁には複雑な術による結界が張り巡らされている。

イデアはこんなもの余り必要ないだろうと考えているが。

何故ならば記憶も無く、行くあてもないのに、何処に逃げるというのか?

 

 

外の世界に出たとして、既に人が復興を始めており、そこに竜の居場所はないだろう。

そう考えるとイデアは不意にヤアンという男を少しだけ哀れに思っている自分が居ることに気が付いた。

 

 

 

もしも、あそこで自分とアンナが気が付かずにヤアンを放置し、何らかの要因で彼の傷が完治し、記憶も失ってなかったと仮定する。

アンナからの話を聞く限り人と竜の共存など夢のまた夢だと考える彼は人が支配する世界を見て何を思うのだろうか?

自分の居場所が無い世界を見て、あの男はどう行動する?

 

 

そして世界に自分の居場所がない。それはどれほど恐ろしく、そして辛いことなのだろうか?

幸い自分にはイドゥンと言う家族がいたし、エイナールという心を許せる存在も居た。

 

 

だが、“もしも”の世界で目覚めたヤアンには何も無い。

かつては共に戦ったであろう竜族の同士も。家族も。

彼に残されたのは崩壊した竜殿だけ。

 

 

 

哀れだ。

イデアの胸はもしもの世界のヤアンに対する哀れみで満ちていた。

今度はその哀れみの感情を胸の内側でいまここに居るであろうヤアンに矛先を変えた。

改めて考えてみるが、記憶の喪失というのはどういうものなのだろうか。やはり、怖いのだろうか。

 

 

 

 

 

一切の音も無く滑らかに封の解かれた扉を開いてやり、床に敷かれた絨毯のフワフワとした踏み心地を堪能する。

肩を一切上下させずに、床を滑る様に歩いてイデアは部屋の中にその身をもぐりこませた。

 

 

 

「気分はどうだ?」

 

 

 

部屋の隅においてある木製の椅子にゆったりと腰を降ろし、片手に本を持って優雅に読書をしているヤアンがイデアの眼に入った。

何だやっぱり元気じゃないか、と、イデアが肩を竦めた。それと同時に確かな優越感と全能感が体中を駆け巡っていくのを実感する。

この男を助けたのはこの俺だ、俺がこいつの傷を治した、確かに命を一つ救ったという結果はイデアを満足させていたのだ。

 

 

特につい数日前までは意識不明で命の危機に陥っていた男がこうやって元気に本を読んでいるのを見ると特にそう思う。

 

 

 

「あぁ、身体の方は何も問題はない。相変わらず記憶は戻らぬがな」

 

 

 

少しだけ書物から視線を上げて淡々と彼は言う。

こういう口調は何処かナーガを思い出させる。

彼もこんな感じに一定のリズムで言葉を吐き出していた。

 

 

ふーんとイデアが相槌を打つ。

記憶は失っても性格そのものは余り変わらないのだという事を彼はこの2日で知っていた。

いや、ヤアンが特殊なだけなのかもしれないが。今まで記憶喪失の者を前も含めて見たことのないイデアには良く判らない事だ。

 

 

 

当初は記憶を失ったヤアンは困惑気味であったが、自分の置かれている状況を理解すると冷静になり

今でも失った記憶の部分を埋めるかのように毎日毎日書物を読み漁り、頭に知識を詰め込んでいる。

産まれた時に白紙状態であったイドゥンがそこに思いのままに様々な事を描き、成長していたように。

 

 

なるほど。そう考えるとヤアンは新しく生まれ変わった、もしくは新生したといえる。

そういう考えもあるのだ、とイデアが内心で思った。

記憶の消失を死と仮定した場合の話ではあるが。

 

 

 

「そうかい、で、お前はこれからどうする?」

 

 

結果の判りきった問い。

それでもイデアは半ば確定しきっているこの問いの答えを彼自身の口から直接聞きたかった。

半ば確信しきった事柄を完全に成立させたかったのだ。

 

 

火竜の青年が真紅の瞳でイデアの色違いのオッドアイをじぃっと見つめ、首を傾げながら言った。

イデアが期待していた通りの言葉を。

 

 

 

「どうするも何もないだろう。私はここで生きる以外、生きていく方法などないのだから」

 

 

イデアが抉るような視線と共に、ヤアンとは逆向きに顔を傾けて三日月に歪んだ口から言葉を紡ぎ出す。

神竜の瞳孔が縦に裂け、激しい光を放ち、火竜を試すように見つめ返している

大人と子供程の身長の差がある二人だが、放たれる力の量と格は比べるのが馬鹿馬鹿しくなるほどに圧倒的にイデアが上であった。

 

 

 

「仮にお前の記憶が戻ったとして、元のお前が俺と敵対する立場であったらどうする?」

 

 

 

お前の命を救った俺を裏切るか?

里を外の世界に売るか?

そして何より……俺の邪魔をするか?

 

 

探りなどという生易しいモノではない。

コレは脅迫もしくは服従の要求だ。俺に逆らえばお前は死ぬと言外に伝えての。

 

 

 

そんなイデアの言葉による処刑の斧を突きつけられたヤアンは少しだけ皮肉な笑顔を浮かべて言った。

椅子の背もたれに身を任せ、ゆっくりと揺れながら。窓から入り込んできた風がイデアとヤアンの髪を撫でた。

 

 

遠くから里の喧騒がかすかに聞こえた。

 

 

 

「今は判らぬ。何せ私はまだお前をよく知らないのだ。

 お前が私が裏切らないという保証が欲しいように、私もお前が裏切らないという保障が欲しいのでな」

 

 

だが、と彼は言葉を続けた。

威圧するように椅子から鋭く立ち上がり、背筋と関節を伸ばしてイデアの前に直立する。

イデアとの身長差はやはり大きく、イデアはヤアンの胸元程度までの身長しかない故に彼はこの竜を見上げることになった。

 

だが仮にイデアはこの男と戦って負けるとは思わない。これぽっちも。

 

 

「私の命をお前が救ったというのも事実だ。その点は私はお前に非常に感謝している」

 

 

 

「………」

 

 

ざわりとイデアの胸の内で何かが確かに蠢いた。

熱い感情を伴い流れていくソレはこの神竜の血管の中を通して全身に染み渡るように流れていく。

真っ赤な炎の様なソレの名は“喜び”

誰かに感謝されて不愉快になるほどイデアの精神は捻くれてはいない。

 

 

勤めて表には何も出さずにイデアはひらひらと手を振り答えた。

まるで10代の少年が世界を知らずに大言を吐くように彼は言った。

が、彼は無力な少年ではなく神竜だ。そこには溢れんばかりの自信がある。

 

 

 

「この里に居る間はお前の身の安全は保障する。お前が裏切らない限りは、お前の居場所はこの里だ」

 

 

 

 

それだけを言うと話は終わったと言わんばかりに懐にしまっていたお見舞いの品であるリンゴを投げるようにヤアンに渡し

イデアは踵を帰して足早に部屋から出て行った。もちろん部屋の扉にはもう一度封を掛けておくのも忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、情報は何も手に入らない、か。

落胆を苦く噛み締めながらイデアは自室の中をとりあえず歩き回っていた。

さっきから何回も同じ場所を行き来し、傍目から見れば今のイデアは単なる不審者にしか見えない。

 

 

 

が、不思議な事にヤアンに対しての理不尽な怒りの炎は見事に鎮火され、今やイデアの中ではどうでもいい事にまで格下げされてしまっている。

あの男はどうでもいい。生きてこの里の中で普通に暮らしている限りはイデアが彼をどうこうすることはありえないだろう。

もうしばらく時間が経ったら部屋の封も解除して住居を提供してやろうと思っているほどだ。

 

 

イデアは、ヤアンに確かな哀れみを感じていた。

記憶を失った事への同情。世界で誰も同士の居ない孤独への哀れみ。敗北した残党への情けともいえる。

 

 

もちろん裏切った時は……地獄をみせてやるが。

殺すという事さえも視野に入れている。

もしくは竜石を没収した上で門の中に叩き込んでやろうか。

 

 

 

今の問題は、だ。言ってしまえば、イデアの今の力と新しく出来そうな能力についての悩み。

爆発的な竜としての“成長”と“進化”を果たした自分ならば出来る事なのだろうが、やはりコレばかりは……。

 

 

じぃーっと窓の外に太陽の光に照らされた里の景色を見渡す。

遠くの景色が歪んでいるのはやはり砂漠の熱のせいだろう。

時折窓からは砂漠の加熱された空気が砂粒と共に吹き付けられ、ざらざらした感触がイデアの頬を削っていった。

 

 

 

そんな窓の外を非常に素晴らしい視力を持って真剣な表情で見つめながら、腰の竜石に手を伸ばして力を行使した。

全体の1割ほどのエーギルを術に注ぎ込み、竜族の力は運用されたのだ。

 

 

 

イデアの足元にベッタリと張り付いていた影が“浮かび上がり”確かな密度と色を塗り付けられ、徐々に変質していく。

黄金の粉が皮の様に変質した影に張り付き、確かな力と生命を影に注ぎこんでいく。

今のイデアの足元には何も無い。それは、とても不気味に思えた。

 

 

刹那、イデアは何とも形容しがたい不可思議な体験をすることになる。

自分の視界が幾つにも分断されたような……まるで幾つもの眼を空中に浮かばせて、それによって自分を見ていると言えば判るだろうか。

 

 

そう、イデアは、自分自身を見ていた。

ソレも鏡に映った姿などではなく、いつもの場を支配しての根源的な認識でもなく、完全に完璧に、自分自身の眼で自分を見ていたのだ。

紅と蒼の色違いの眼は自分のモノだと判っていながらも改めて観察してみると不気味に見えたし、身体の線の細さと顔の造形を見ると女にも見えた。

 

 

 

イデアが顔を傾げて“イデア”を見る。

そして“イデア”をイデアが多分な好奇心の宿った眼で観察する。

 

 

ギラギラと輝く眼は我ながら恐ろしい……。

縦に裂けた瞳孔は自らが人間ではなく、今の姿が仮の姿だということを思い出させてくれた。

 

 

 

「「これは面白い」」

 

 

 

二人のイデアが事前に計画していたかのように同時に相槌をうつ。

全く同じ声は互いに増幅しあい、はもりあったせいで何とも言えないハーモニーとなり、そして消えた。

 

 

二人のイデアが左右の腕を持ち上げ、握り締めあうように触れ合う。

確かな肉の感触。通っている血。体温。柔らかな肌。全てが全く同じだ。息遣いさえも同じように感じる。

当然と言えば当然か。二人は同一人物なのだから。

 

 

 

【幻影創造】

 

 

 

今回イデアが発動させた術の名前はこういったモノだ。

竜族の術の一つで、その名の通り自らの影、もしくは分身を創造するといったもの。

かつてナーガも何度か使用していた術だ。

他の火竜などでは実体を持った分身などを作成するのはかなり難しいが、神竜であるイデアには特に問題などない。

 

 

 

しかし……イデアは自らの姿を見て何となくではあるが思った。

まだ子供ではないか、と。普段何度か鏡で自分の顔を見ることはあるが、ここまではっきりとは見ることは余り無い。

故に完全に客観的な視点で自分を見れるとは恐らくほぼ全ての人間では一生体験できないことと言っても過言ではないだろう。

 

 

 

「まさかここまで出来るなんて、竜族の術って何でも有りだな?」

 

 

「俺も一応その竜族なんだけどね」

 

 

 

一人二役。自分の問いにかけに自分で答える。まるで何処かの芸者のようだ。

一応“本体”である自分にはイデアの所持する九割のエーギルがあり“分身”である“イデア”には一割ほどのエーギルが分けられている。

 

 

自演という言葉がイデアの脳裏を掠めていった。

 

 

とりあえずこの分身を操作している時の感覚は何とも言えない。

一つの意思で二つの肉体を動かして、尚且つ五感から受け取る情報量も二倍になっている……当然この術を使って二人同時に動いて戦闘、何て出来るわけない。

但し、一度創ってしまった分身は距離は関係なく破壊されるまで動かし続けられるので、この幻影の操作に集中すれば戦闘なども出来そうだ。

 

 

 

「本当に便利だ」

 

 

「全くだ」

 

 

 

もう一度頷きあう。鏡に映った人間の如く全く同じ仕草、全く同じ声、全く同じリズムで。

とりあえず、これで外の世界の情報を手に入れる目処は出来た。

 

後は転移の術を覚えればいいだけの話だ。

アレは絶対に覚えなくてはいけない術。イドゥンの所にいく為にも、そして時間を有効活用するためにも。

後は里の事も放って置くことは出来ない。ちゃんと統治してますよーというアピールも必要だろう。

 

 

古今東西、民を蔑ろにした王様は碌な最後を遂げていない。

王様に必要なのは何をしようとしたか、よりも何をやったか、だ。

簡単に言ってしまえば結果が全て。何とも世知辛いが、やるしかない。

 

 

そうだ。自分はイドゥンを助けるために強くなる傍らで、長としての仕事もしなくてはいけない。

 

 

 

やる、と心に硬く誓った以上はやり遂げなくてはならないだろう。

イドゥンを助け、里を強くし、自分も強くなる。

この全てを果たさなければ自分はこのエレブに産まれた意味が無い。

 

 

何故ならば、この世界でイドゥンと言う存在を助けると決めたのは自分だけなのだから。

それでもイデアにはこの何千年掛かるか判らない大仕事に対する愚痴を零すだけの人間性はあった。

 

 

 

「やることは本当に多いなぁ……」

 

 

 

「俺なら出来るだろ?」

 

 

 

 

本体のイデアの言葉に分身のイデアが出来るだろ?、と言わんばかりに言う。

じぃっと本体が分身を凝視する。何だか悲しくなってきた。自分で自分を慰めるなど。

それにこれではまるでナルシストみたいではないか。

 

 

 

ふと、分身の本体と同じように長く尖った耳が眼に止まった。コレは少々人間の耳には見えない。

本体のイデアが小さく手を振り、エーギルを用いてほんの少しだけ分身の姿を弄くる。

粘土を捏ねまわすかの様に耳の形を作り変え、一般的な人間の丸みを帯びた形状に変更。

 

 

コレでよし。フードを被って、力を隠して、服装を変えれば何処にでもいる人間だ。

後は少々髪の毛も切るか、髪型を変えるべきだろう。

 

 

 

眼は……どうするべきか? さすがにオッドアイは目立つ。

二人のイデアが自分同士で見つめ合ってそれぞれ顔を逆向きに傾げる。

まぁ、問題はないだろう。そう判断したイデアが分身体を崩して自らの影に戻す。

光の粉となり消えていった分身体は消滅し、沸きあがった影は再度イデアの足元に戻った。

 

 

 

神竜が自らの足元に再び戻った影を何度か踏んで、確かにそこにあるのをはっきりと確認する。

コレで部屋に残ったのはイデアだけ。もう誰も居ない。

さてと、後はまた勉強の始まりだ。ぐっとイデアが背伸びをする。身体の節々がポキポキと鳴った。

時間の許す限りあの図書館に閉じこもり、知識を吸収しなければならない。

 

 

 

当面の目的は転移の術の習得である。

あれがあるのとないのでは、やれることの多さが桁違いになる。

後はモルフの製造などの研究もこの頃は気になっている事柄。

 

 

後はメディアンの言っていた“力”の正体……ソレが今は外の世界の情報の中では最も気になる。

9つの力……何となくヤアンの傷跡などから想像は付くが、やはり詳細が知りたい。

イドゥンの封印の事を知るためにも。

 

 

パンッと頬を軽く叩いて気合を入れる。

そして彼は窓枠に足を掛け、図書館へと飛び立つべく背に翼を生み出す。

背に表れるは4枚の黄金の翼。骨格、翼膜、大きさ、そして撒き散らす黄金の光は文字通り神の光。

 

 

 

「さて、やりますか。大仕事だ」

 

 

 

世界と戦って勝てるだけの力を手に入れる為にもイデアは今日も図書館へ足を運ぶ。

これからは特に強く、強大に、世界を思うが侭に闊歩できるほどの存在にイデアはならなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナバタの殿の一室。

天には高く蒼い月が昇り、今の時間は夜遅くだという事が判るだろう。

開かれた窓の遥か遠くから吹き付けてくるのは夜の砂漠を支配する砂塵と大気さえ凍りつく圧倒的な冷気。

 

 

この部屋の主はそんな光景を何処か遠い眼で見つめながら椅子に腰掛けていた。

この部屋は凍える程の寒さだが、暖炉に火は付いていない。

ただただ、綺麗な暖炉には灰さえ積もっていない。

 

 

正確には付ける必要が無いのだ。

何故ならばこの部屋の主は火を支配する存在であるからして、そんな存在が夜の砂漠程度の寒さで凍えるはずがないのだから。

やろうと思えば彼女はこの部屋の温度を好きに上下させることが出来る。

 

 

この部屋の主……燃え盛る炎の如き真紅の髪を後ろで纏めこれまた烈火のような色合いのドレスを着込んだ女性

アンナは溜め息を吐いて視線をテーブルの上に戻す。

肘をテーブルに付き、指を組んでソレを弄くる。

まるで待ち合わせ場所で誰かを待っているかの様な仕草だ。

 

 

 

テーブルの上には二人分の中身が満たされた杯が置いてあった。

一つはアンナが飲むためのもの……そしてもう一つは──。

 

 

 

 

今晩も彼女は待ち続けるのだろう。

 

 

 

 

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