とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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とある竜のお話 第一章 後編

 

 

何やら生暖かい、湿った物が顔をしきりにさすっている感覚で彼は眼を覚ました。

 

 

やけに意識がはっきりとしているのは、何回も眠りについたり起きたりしているからだろうと結論づける。

 

重苦しい。何かとても重量が在る物が横になった自分の上に乗っているようだ。

 

 

自分に何が起きているのか、確認するため彼は瞼をあけた。

 

 

 

 

 

目の前にあの小さい「竜」の顔があった。

左右で色が違う特徴的な眼が光って、じいっと覗き込んでいる。

 

 

「~~~~~~~~っっ!!!!!!!!!!!」

 

 

いろいろなものがまたもや限界を超えたせいで声も上げられない。結果、口から出てきたのは空気が吐き出される音だけだった。

 

喰われると、思い息を呑むが、「竜」はただこちらを興味深そうに眺めているだけだった。

 

いや、脳の妙に冷静な部分が囁く。相手が自分を食べる気ならば、寝ている間に食われていたのではないかと。

 

 

そして同時に思い出した。今の自分はもう、人の姿はしていないと。

 

 

とりあえず、完全にマウントポジションを取られているので、下手に刺激せず、様子を見る。

 

 

 

しばらくそうしていると「竜」に動きがあった。

幼いながらも巨大な口を開ける。

紅い口内では同じく紅い舌がちろちろとせわしなく動いている。

 

 

 

やっぱり喰われるか? 覚悟を決める彼だったが…。

 

 

 

 

ペロリ

 

 

そんな間抜けな擬音が聞こえてきそうな程優しく、ゆったりと、彼の顔を舐めた。

犬が主人に愛情を表現するように、何度も何度も。

 

 

そこでようやく気がつく。

 

 

こいつ…。甘えてるのか……?

 

 

少なくとも敵意が無いのは確かだと彼は思った。

そして一通り顔を舐め終わった「竜」がまた、じいっと何かを期待するように見つめてくる。

 

大きな、紅と蒼の色違いの眼がうるうると潤んでいる。

 

 

(まさか、舐めろと?)

 

 

正直。嫌だった。何かの菌とかが着いていそうなものを舐めるなんて。

 

 

 

 

しかし……。

 

 

 

大きな瞳がどんどん潤んでいく。

眼で訴えかけられているような気がした。

罪悪感が徐々に彼の心を侵食していく。

 

 

ここで、こいつを不機嫌にさせるのは不味い。

 

 

自分の心にそう言い聞かせて、今だに違和感が拭えない体に指令を飛ばし口を開く。

 

 

そうして、「竜」の顔を舐めてみた。

 

 

ピチャピチャと舌を動かす音がやけにはっきりと響く。

 

 

意外と羽毛が柔らかく、舌触りがいい。

 

 

「♪~~~~♪」

 

 

「竜」が鼻歌のような唸り声を口ずさむ。そして満足したのか彼の上から動いた。

 

予想していた様な悪い気はあまりしなかった。そして腹筋の要領で腰を挙げ、慣れない後ろ足を使い。何とか立ち上がる。

 

 

 

 

(成るほど。尻尾はこう使うのか)

 

 

立ち上がると、尻尾を支点にバランスをとるようになり竜の体の構造に思わず感嘆する。

 

 

とりあえずここはどこなのか把握するために周りを見渡してみる。竜の視界は広く、わざわざ首を大きく動かさなくても全体は直ぐに見えた。

 

 

淡く紫色に発光する壁や天井。

 

自分とこの「竜」の大きさから考えると、恐らくはかなりの大きさの祭壇。

 

 

壁や床に刻まれた意味の分からない文字と、絵。

 

 

 

 

 

どうやら先ほど卵から出てきたのと同じ場所にいるようだ。

 

 

但し、あの卵は片付けられていたが。

 

 

 

試しに祭壇の端までよたよたと尻尾でバランスをとりながら歩いていく。

 

 

 

一歩を踏み出す時間は遅いが、歩幅が大きいため端には直ぐたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

そして……。

 

 

 

 

 

そこから見た光景を彼は終生忘れないだろう。

 

 

 

 

 

眼下は巨大な竜の大群で埋め尽くされていた。

文字通り地平線の彼方まで、びっしりと。

 

 

 

 

 

ある竜は紅い甲殻と角を生やし、背中から火炎を翼のような形にしてその身に纏っていた。

 

 

ある竜は曲線を描いた透き通った蒼い鱗をしており、虹が翼の形になっていた。

 

 

ある竜はモグラを思わせる姿をしていた。

 

 

 

ある竜は……。

 

 

 

 

それら全てが規則正しく、軍隊のように同じ格好でしっかりと並んでいた。

あくまでも目測だがどの竜も自分の10倍以上はあるな、と彼は思った。

どの竜も呻き声一つ上げていない。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

彼はあまりの威容に声も上げられない。否。見入っていたのだ。この凄まじい風景に。

 

 

 

敵意は無いみたいだが…。あれらに襲われたら、ひとたまりも無いということは見ただけで良く分かった。

 

 

後ろから、あの小さな「竜」がひょこっと顔を出す。

そして猫がするように顔をなすりつけてきた。

こちらもすりつけ返してやる。

 

 

とりあえず、落ちたりしたら危険なので、またさっきの場所に戻る。

出口も分からないので、今はここでおとなしくする事にした。

 

 

横になり体を動かして楽な姿勢を見つける。

 

 

(あぁ、これが楽な姿勢なんだ…)

 

 

奇しくもそれは猫などが丸まって眠る時の姿勢そのものだった。

直ぐに隣にあの小さな竜が来て、ころんっと丸まって同じ体勢になり、寄り添うように丸まる。

 

 

 

何かが起きるまで彼はやることがないので、もう一度隣で丸まっている、竜をじっくりと観察してみる事にした。

 

 

もう、この「竜」に対する恐怖は完全に消えていた。

 

 

 

まず眼に入るのが、ふさふさの外観。全身を覆うのが鱗ではなく柔らかい羽毛なのは、まだ幼いからだろうと思った。

 

しかし、幼いと言ってもその大きさは余りにもでかい。具体的には某怪物狩人ゲームの雄火竜ぐらいかな? と、頭の中で比較をする。

 

 

 

(でも、凶暴性は向こうの方が遥かに上だけどね…)

 

 

初めて戦った時、ボロボロにされた記憶が浮かんできて、思わず内心で苦笑いを浮かべる。

 

 

 

何度も非常識を見せられて、既にある程度の抗体が出来た彼にはくつろぎながら竜を観察できる余裕が出来ていた。

 

 

 

 

 

だが、そんな時間も直ぐに終わりを告げる。

 

 

 

 

 

ズン、と。空気が、壁が、床が、そして五感のどれにも当てはまらない、いわば第六感とも言うべきものが【震えた】

 

 

彼は飛び起きて、何が起きたのかを確認すべく祭壇の端へと四つんばいで走った。

 

 

隣で寝ていた「竜」も感じ取ったのか、起き上がりついて行く。但し、こちらは四つんばいではなく、二足歩行でだが。

立ち上がるのは初めてなのか、ふらふらと非常に危うい足取りで彼の後を付いていく。

 

 

 

 

 

 

大量の竜たちが何かの通る道を作るように左右に綺麗に飛んで分かれていく。

 

 

同時に辺りに舞い散る、火の粉、羽、虹。

 

 

それら全てが薄暗い、部屋と言うには大きすぎる空間を照らす。

 

 

幻想的なその光景に心奪われそうになるが、今だ【震え】が止まらない以上、あまり見入ることはできなかった。

 

 

 

 

ナニかが一歩、また一歩と近づいてくるのを■■■は確かに感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてほどなくして、その存在。「神」が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

幾らか非常識に慣れてきたといってもやはり限度というものがある。彼は視界を覆う竜の頭を眺めながら改めてそう思った。

 

何せ、体が自分の意思に反して動けなくなる程の威圧感なのだ。もう少し出てくる姿を考えて欲しい。

 

 

そこで、ふと気がついた。どうして自分はこんなに暢気に、かつ冷静にしていられるのだろうかと。

 

 

考えてみても答えは浮かばない。唯、彼は理屈など関係ない、何処かで確信していた。

 

 

 

即ち「この竜が自分達を害することはない」と。

 

 

 

ここで、彼の頭に疑問が浮かんだ。自分「達」?

他に誰が? だが、この問いの答えは直ぐに出た。

 

 

彼は自分の近くで呆然とした感じで竜を見上げる小さな「竜」を眼球を動かして、盗み見た。

 

 

あぁ、こいつはこの大きな竜を見るのは初めてだっけとか妙に冷えた思考で考える。

 

 

そして、もう一度巨大な竜に視線を移す。例え予想が外れて殺される事になっても、最後までその神々しい姿をその網膜に焼き付けておく為に。

 

 

竜もじいっと確かな知性を宿した瞳で彼の顔を、眼を、その奥を、眺めてくる。

 

 

 

睨み合うわけでもなく。じっと相手の顔を見つめあう。

そして竜が今度は隣で呆然としている「竜」に向け、巨大な眼球を動かして、視線を移す。

 

視線を向けられた「竜」が石像のように固まる。

 

竜はそのまま値踏みするかのように見つめる。

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

そして、天を揺るがす咆哮が辺りを揺るがした。

 

 

 

 

 

 

低音と高音が見事に融合し、奏でる重音をまともに聞き、彼は意識が飛びかけるが、何とか意識を繋げる。

 

 

これ以上自分の知らないところで事態が動くのは嫌だった。自分の眼でこの後の出来事を見たかった。

 

魂の底までも響きそうな雄叫びが収まるのを手で耳を塞げないので、目蓋をぎゅうぅっと力いっぱい閉じてじっと待つ。

 

 

 

そして、無限ともいえる時間が過ぎ去り、声が収まる。

頭の中が未だにちかちかするも、意識がまだあることに感動した。

 

 

だが、自体は予想もできない方角に進んでいく。

 

 

 

床が激しく輝きだした。

 

 

「……!!」

 

 

いや、正確には床に刻まれている文字が輝いているのだが、そんなこと彼には関係なかった。

 

 

   

 

 

逃げる。という考えが浮かぶ前に「竜」と■■■を暴力的な光が無慈悲に覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

光が徐々に小さくなり、やがて完全に収まる。

 

 

 

 

「……」

 

 

何があったのかと、倒れこんでいた■■■は眼を保護していた腕をどけ、素早く回りに視線を走らせる。

 

 

そこでまた違和感を感じた。周りの物がさっきに比べて随分大きくなった感じだ。

そしてあの巨大な竜やあの「竜」もいない。

 

 

だが、そんなことより。今は体の感覚の正体を確かめるのが最優先だった。

 

 

(まさか……)

 

 

 

まさかと思い、期待を込めて、自分の手を顔の前に持っていく。

 

 

 

 

そこには、まごうことなき人の手があった。

 

 

 

 

握ってみる。動いた。

開いてみる。動く。

 

 

 

 

 

 

「もどってぃあ!!」

 

 

思わず、叫ぶ彼だが、声が可笑しいことに気がついた。

 

 

声の高さも発音も何もかもが可笑しい。

 

いささか声が高すぎるし、何よりも舌が思うように動かせないことに気がつく。

 

 

「あ~~~~~。あっ、あっ、あっ、あっ、」

 

 

試しに何度も声を出してみるが、やはり高い。

まぁ、いいか、声ぐらい、と割り切ることにした。その内、風邪みたいに治るだろうと考える。

 

 

そこまで考えてはたと、気がつく。

 

 

 

 

 

自分が戻れたということは……。

 

 

 

 

素早く視線を巡らす。

 

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

いた。

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

「人、間、、、、……?」

 

 

思わず、彼は疑問系を口にした。

 

 

 

「彼女」一糸纏わず、呆然とした表情で地面にアヒル座りをしていた。

 

 

 

確かに「彼女」は人の形をしていた。

だが、人と呼ぶには、「彼女」は美しすぎた。

 

 

 

左右で紅と蒼の瞳はルビーとサファイアを思わせ、薄い紫がかかったショートヘアーの髪は光の加減でキラキラと輝いている。

 

 

完璧ともいえる顔の造形は未だ幼いながらも女神さえ凌ぐ美しさを誇っていた。

 

 

そしてそれらに違和感なく組み込まれた、人とは明らかに長さが違う耳。

 

 

 

 

しばらく放心したように「彼女」を文字通り穴が開くほど彼は見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

そこに。

 

 

「術は成功だな」

 

 

 

先ほど彼の意識を闇に沈めた、男が歩いてきた。

 

 

見れば見るほど変な男だった。白い髪に、眼はカラーコンタクトでは出せないだろう鮮やかな紅と蒼のオッドアイ。

 

 

 

そして何より……。

 

 

 

(あの子に、似てる…?)

 

言葉では言い表せない部分でこの男と「彼女」は似ていた。

 

 

 

立ち上がろうとするが、足に力が入らず立てない。

どんなに力を込めても小さく震えるだけで全く動かない。

まさか、下半身不随!? と、顔を青ざめさせ、懸命に足に力を込める。

 

 

 

何としてでも立とうと悪戦苦闘する彼に男が声をかける。

 

 

「無理をするなイデア、立てるようになるのはもう少しその体になれてからだ」

 

 

その声音は自分を気遣う物だった。

不思議と男の言が心にすんなりと入ってきて、彼はふんばるのをやめる。

 

 

そして気になっていた幾つかの疑問の中の一つである次の疑問を口にする。

 

 

「い、で、あ、?」

 

 

即ち、イデアとは何なのか? である。

部屋で寝かせられる前にも聞いたその単語が気になったのだ。

 

 

まるで、人名の様だが、一体誰だと。

 

 

ゆっくりと、確実に、不自由な舌を動かして、疑問のニュアンスで言う。

努力が功を制したのか、意味は男に伝わり、男は答えた。大したことではないかのように。

 

 

「お前の名だ、イデア」

 

 

「?、?、?、あ、…「受け取れ」

 

 

疑問の声をあげる前に男がナニカを投げよこす。いや、投げたのではない、文字通り「飛んで」きた。

 

 

それは綺麗な透き通ったゴルフボール程度の大きさの黄金色の石だった。

 

 

彼の眼前までフワフワと浮かんでくる。手を差し出すと、ころん、と、掌の上に落ちた。

 

 

手の中に落ちたそれを注視してみる。まるで上質な蜂蜜を塗り固めた様な色をした石は今までみたどんな宝石よりも綺麗と思えた。

 

 

「それはお前のエーギルを圧縮して出来た石だ。大事にしろ」

 

 

 

エーギルという単語の意味は分からなかったが、とても大事なものだという事は分かった。

 

 

男がもう一つ同じ石を取り出すと、「彼女」の方へと飛ばした。

 

 

それを黙ってみていた彼だったが、思い切ってまた気になっていた事を聞いてみた。

 

 

「あ、ん、た、の、な、ま、え、は、?」

 

 

男が眼球だけ動かして彼を見ると、答えた。

 

 

 

「我はナーガ。お前達の親だ」

 

 

何やら聞き捨てならない単語があったが、今は無視してもう一つの疑問も問いかけた。

 

 

「か、の、じょ、の、な、ま、え、は、?」

 

自由に声を出せない自身の舌と喉を恨みながら、なんとか声にして問う。

掌に黄金色の石を落とされた、「彼女」を見ながら。

 

                                

「あの者の名はイドゥン。お前の姉だ」

 

 

姉、という単語にピクリと反応する。

だが、男の次の行動で頭の中は真っ白になる。

男、ナーガが小さく指を鳴らす。

 

 

ポンッとコルクがとんだ様な音がすると同時に体に何かが付着したと触覚が伝えた。

未だ倒れ付したままの自分の体を見てみる。

いつ着替えたか分からないが、いつの間にか白いマントのような物を着ていた。

 

 

それを見届けたナーガが言う。

 

そして。

 

 

「さぁ、お前達はここまでだ。後は部屋で休むといい」

 

「ま…」

 

待って、と言うまでもなく指を鳴らし、二人の世界が反転した。

 

 

 

 

 

 

 

ポスっと柔らかい音を立てて二人が落ちたのは王族もかくやという天蓋付の豪華なベットの上だった。

 

「あいしゅ…、はなひをきかにゃいで」

 

 

まだ聞きたいことがいっぱいあるのに、無理やり自分を飛ばしたナーガに一通り文句を言う。

 

更には間の抜けた声しか出せない自分が嫌になってきた。

 

 

「はぁ……」

 

 

そうしてまたため息を吐く。それで思考を何とか切り替える。

 

 

即ち、なぜ、ではなく。どうするか、に。

 

 

と。

 

 

“クイクイ”

 

 

浴衣みたいなマントの袖を誰かに引っ張られたのでそちらを見る。

 

 

 

「…………」

 

 

 

イドゥンが言葉を出さずともさっきと同じ眼で何かを訴えていた。

片手に枕を持っているということは眠りたいのだろうだと彼は理解した。

 

 

「あぁ、わひゃったよ。さきにねてひて」

 

 

それで意味が伝わったのかイドゥンがベッドに潜っていく。

 

 

自分の枕の隣にもう一つ枕を置いて、眼を閉じる。

 

 

すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。

 

 

イドゥンが完全に眠った事を確認した彼はさっきから気になっていた事柄の解を得ようと思い、ベットの近くの鏡まで這っていき、自身の顔をそこに映す。

 

 

 

  

 

 

 

                       

思ったとおり、そこには「自分」の顔は映ってなかった。

 

 

 

 

 

金色の柔らかそうな髪。後は何から何まで、姉だと言われたイドゥンそのものだった。

一つあえて違う事をいえばイドゥンは女で自分は、イデアは男だと言う事ぐらいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある程度予想はしていたことだと、自分に言い聞かせて、何とか平常を保つ。

 

 

そして、また這いずってベッドに戻り、イドゥンの隣に潜り、目蓋を閉じる。

願わくばこれが悪い夢だと微かな希望にかけて。

 

 

いわゆる不貞寝であった。

 

 

そして「イデア」は、今度こそ自分の意思で眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~~~~~~~」

 

 

数々の壮麗な装飾が施された家具が並ぶ王族もかくやという部屋に、机に突っ伏した俺の声が響いた。

目の前には象形文字ともハングル文字ともはたまた甲骨文字にも見える奇妙な記号、この世界の文字が書かれた藁半紙のノート。

 

 

まだ歩けないので、ベッドの端を椅子の代わりにして座っている。

 

 

隣には真面目な表情で万年筆を動かし、ノートを一心不乱に書くイドゥン。そう、俺達は今、文字の勉強中なのだ。

 

「どうした? 気分でも悪いのか?」

 

目前の玉座を思わせる椅子に座ったナーガが声をかけてくる。

 

 

「い、や……」

 

 

嘘はいっていない、嘘は。

 

 

いや、気分は悪くないんだけど……。

むしろ体の調子は最高、今まで感じたことのないぐらい軽い。

 

 

でも、、覚えづらい。本当に覚えづらい。

英語ならともかく何なんだこの言語は!?意味が分からないにも程がある。

 

今の俺を悩ませるのは、知恵熱であった。知恵熱は病気じゃないと、思いたい。

 

 

「……ん」

 

隣のイドゥンがつんつんと突っついて来る。

何かと視線で問うと、彼女がペンで俺のノートの一箇所を示した。

 

 

そこを見てみると、文字の形を間違えていた。

 

 

「ありがと、う」

 

 

まだ少し発音が可笑しいが、眠る前に比べてかなり動くようになってきた舌を動かして礼を言う。

イドゥンが返答として顔を綻ばせた。それがまた眩しい笑顔で、直視できずに思わず顔をそらす。

 

 

 

 

事の発端は一寝入りして、ある程度体力と精神力が回復したら、まるで見ていたかのようにナーガが部屋に入ってきたことから始まる。

 

 

以前は気がつかなかった、腰に挿してあるエメラルドグリーンの装飾が施された美しい剣に思わず眼が引き付けられる。

 

 

改めて自己紹介をしたナーガはもう一度俺達に俺達の名前を伝えると、暖炉に火を付けて、簡単にここが何処なのかを語り始めた。

何処からか取り出した茶色の大きな紙を眼前に浮遊させて持って来た机の上に広げる。

 

 

ナーガが取り出したもの、それは地図だった。しかしそこに書かれていた大陸は俺の知っているものとは違う形をしていた。

ぱっと見た感じではオーストラリア大陸にも北海道にも似ているが、そのどれとも違う。

 

 

『エレブ大陸』

 

ナーガは地図に書いてある大陸をそう呼んだ。

そして今俺達がいるのは大陸東部の山岳地帯、ベルン地方と呼ばれる場所に築かれた竜たちの故郷ともいえる場所「殿」という建物らしい。

 

西には人が住むエトルリアという王国。その奥の沖縄みたいな大小様々な島は西方三島という。

他にも、ベルン地方の北にはサカという草原が広がっているとか、更に北に行くとイリアという雪原地域で、ペガサスなどが生息しているとか。

 

 

 

……正直、普通なら信じられないが、あの竜の群れをみた後で感覚が少し麻痺している俺は割りとあっさり信じられた。

 

 

そして次にナーガは万年筆と茶色くて硬い紙で出来たノートと何やら意味の分からない記号が書いてある白い紙の本を取り出し、一つ一つ、読んで俺達に聞かせた。

いや、読んではいたが、人の言語では表せない発音だった。少なくとも人間の喉から出せる音じゃない。

 

次に俺達に今、読んだのを繰り返せと言ってきて、内心発音は無理だと思ったが、案外すんなりその「音」が出せて驚いた。

 

 

だが、何よりも俺が驚いたのはイドゥンの声だった。

彼女の声は、一つの楽器としても通用できるほど透き通っていて、オペラとはまた違った美しい声だった。

 

                           

途中、何度もかんだり、どもったりしてはいたが、無事に言い切ることが出来た。

 

 

そして次にナーガが取り出したのは二冊の藁半紙のノート。それを俺達の前に置いた机の上に並べると隣に変な記号が書いてある白い紙のノートを置く。

 

そして。

 

 

「お前達には、これから文字を学んでもらう」

 

 

なんて、言い出した。

 

 

 

そして冒頭に戻る。

 

 

 

 

「あ~~~~~~~~~~~~~」

 

最初の30分ぐらいは分からない所は聞いたりして積極的に励んでいたのだが、小さな文字をずっと見ていたせいか眼が疲れて眠くなってきた。

気分を紛らわせる為に渡された万年筆を観察してみる。

 

 

手触りからして材質は…、木、かな? 所々に金で見事な刺繍がしてあり、それが本体の黒と芸術的に合わさって、いかにも高級品です!というオーラを振りまいている。

 

 

 

…………。

 

 

 

何だか余計に眠くなってきた……。

 

いくら小さな文字を見続けたからといって、これはおかしい気がするが、眠いものは眠いんだから仕方ない。

ふと、イドゥンはどうしているか気になりもう一度隣を見てみる。

 

 

「……」

 

 

起きてはいたが、かなりぎりぎりの様だ。その証拠にトロンと薄目を開けて、ゆらゆらと前後左右に揺れながら、ノートに文字を記している。

 

次にさっきから一言も発さないナーガを見てみる。

 

 

……見なければ良かったと本気で後悔した。

 

ナーガは俺達を「観察」していた。比喩ではなく、文字通り。

かろうじて瞬きはしているものの、じいっと何も言わず、無機質な色違いの一対の眼が唯々、見ている。

 

背筋に寒気が走り、手や足に鳥肌が浮かぶ。

 

 

……正直な話、睨まれるよりも何倍も怖かった。そんな眼で見られるのが嫌で

 

「な、ぁ、が」

 

「なんだ?」

 

試しに呼びかけてみたら、ちゃんと返事が返ってきた。

 

 

「ねむ、い」

 

 

物は試しと、今の自分の状態とリクエストを告げてみる。

 

ほんの少しの間だけナーガがまた沈黙した。

 

 

すると。

 

 

ナーガが指を少し動かし、ノートがナーガの広げた手の上に跳んでいく。

そしてぱらぱらと書き写した文字に眼を通す。

 

 

「今回はこれぐらいにしておくか…」

 

 

パタンとノートを閉じながら言う。次に視線を完全に座ったまま眠ってしまったイドゥンに向ける。

長い耳がへにゃっと下を向いているのは、寝ているからだろう。次に俺を見て。

 

「今日はもう寝るといい」

 

そして本当に少しだが、笑った。他者にはどう写るかは分からないが、俺にはその笑みが人形みたいな作り物に見えた。

 

 

暖炉にまたどこから取り出したか太い薪を4本ほど入れ、火を大きくする。

 

 

 

しゅん、と、空気が軽く振動する音だけ残して、一瞬にしてナーガが部屋から消えた。

 

 

本当にどうやってやってるんだろ? ワープ。

 

 

 

 

自分以外誰も動くものがいなくなった部屋でベッドにごろんと寝転がる。

ふと、服にゴツゴツした物が入っている感じがして、ポケットに手を入れてそれを取り出す。

 

 

「おぉ…」

 

手に握られていたその黄金の石を見て思わず声が出る。

改めてよくみたその石はキラキラと輝いていて、相変わらず綺麗だ。

 

次に座ったまま眠っているイドゥンを見る。

このままではあれなので、起こすことにする。

 

 

 

石を懐にしまい、近くまでベッドのふかふかのシーツの上を這っていき、肩に手をかけて軽く揺する。

 

 

「……ふ、ぁ?」

 

 

起きたイドゥンは眠気が満たされたぽけぇって言う擬音が似合う眼でこちらをみた。

 

 

「……」

 

 

ぼおっとしていたイドゥンだが、眼の中に徐々に意思の光が戻ってくると、部屋をきょろきょろと見渡して

 

 

「おとう、さん、は…?」

 

 

大きな紅と蒼の瞳に不安を浮かべて聞いてきた。せわしなく周りに眼を走らせ、親を必死に探す。

 

 

「かえっ、た」

 

 

とりあえず、こうとしか、言えない。

まだ少し寝ぼけているのか、俺の言葉を咀嚼するように沈黙する。

 

 

そして。

 

 

大きな眼が徐々に潤んでいく。まるで幼子が泣く寸前のように。

それを見て、何故か心が痛んだ。まだ出会って数時間しか経っていないのに何故だろう?

 

 

だから。

 

 

彼女が声を上げる前に素早く行動する。

 

 

「ひあ!?」

 

 

彼女の両脇を抱える様に掴み、そのままずるずるとベッドの中に引きずる。

 

「い、いで、あ?」

 

 

イドゥンが戸惑いの声を上げるが、今はとりあえず無視。ぽふっと彼女を先ほど寝ていた位置に置くと、その上に毛布をかける。

そして自分もイドゥンの隣に潜る。

 

 

「ねむい、の?」

 

 

「う、ん…」

 

 

それだけを簡潔に言うと、いつもの様に眠りに着く。何度も眠ったりしている筈なのにすんなりと意識が遠ざかっていく。

 

 

「おやすみなさい」

 

 

完全に意識が落ちる前に彼女の声が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神竜族を治める長にして、全ての竜の頂点の竜であるナーガは苛立っていた。だが、その苛立ちを表に出す愚を彼は犯さない。

故にその苛立ちは彼の胸中で更に大きく育っていく。

 

 

何が彼をそこまで苛立たせるのか? その答えは簡単である。

 

 

 

 

 

イドゥンとイデア。

 

 

 

 

産まれてまだ間もない彼の娘と息子。

 

 

誤解されないように言っておくが、この二人は特に何も悪いことはしてなどいないし、彼も初めての自身の子の誕生には歓喜している。

 

 

彼が苛立っているのはそんな二人に対する自分の態度だ。

 

 

純金で優麗な装飾がされた玉座の前に転移し、それに腰掛ける。

そして手に持った二冊のノートを広げて、そこに書かれたお世辞にも上手とは言えない文字を食い入るように見る。

 

 

「……」

 

 

それを見ていると何とも言えない感情が腹の底で渦巻くのをナーガは感じた。

ナーガには親はいない、人と竜でも、竜同士の交配でもなく、あえて言うなれば世界から産み出されたナーガには親と呼べる者はいなかった。

 

 

そして女を抱いたことはあっても、子を育てた事はない彼にとって子育ては全てが未知の領域である。一応知識としては知っているが、経験は無い。

 

 

故に、実の子への接し方など分かる筈がない。

 

 

先ほどの息子が自らに向けていた視線を思い出す。あの自分に対する怯えが多分に含まれた眼を。

 

 

あの後すぐに、息子に言われた言葉、遠まわしに出て行ってくれと言われたと感じたのは考えすぎだと思いたい。

 

パタンとノートを閉じて、机の引き出しの奥へとしまう。

 

 

頬杖をついて、気を紛らすために、今度は自分の子供としてではなく、新たな神竜としてのあの二人の事を考える。

 

 

 

 

 

最低限の知恵は外に産み落とされる前に身に付けてはいるようだ。些か弟の方は自我が強すぎるような気がするが、この際それはどうでもいい。

いや、むしろ好都合かも知れない。

 

 

次に、能力だが、ナーガが見た限りでは両者とも特に問題はない。このまま成長すればいずれは自分に匹敵する竜になれるだろう。

 

……果たして、何万年かかるかは分からないが。

 

 

だが、ナーガには一つだけ引っかかる事があった。

 

 

それはあの二人が双子ということ。

 

 

元来、純粋、もしくは純血の竜が世界から産み落とされる時は、決まって一体ずつだ、それが双子。言うなれば、血ではなく、魂を分けた双子。

 

普通ならば特に気にも留めない些事だが、この時期にこれは何かを示唆しているようにも思えた。

 

 

 

西のエトルリア王国を筆頭とする、人との確執の深まり。そして内部の火竜族の長とその派閥の考えに賛同するもの達。

 

 

 

 

今、竜という種と人という種のバランスは絶妙なものとなっている。

 

 

そんな時期にこの特殊な出生。何かを感じざるを得ない。

 

 

無論、自分の眼がある内は何者にもあの二人を害することなど許さないが…。

 

 

『長』

 

 

誰かに呼ばれる声で思考の海に潜っていたナーガは現実に呼び戻された。

聞きなれた声の主を見る。

 

 

ここまで近づかれて気付けないとは、自分も疲れているのだろうと思った。

空気さえも振動させず、いつの間にか自分の隣に佇む、紅いローブを纏った初老の男に話しかける。

 

 

「なんだ」

 

自分でも驚くほど一切の感情を廃した声。やっぱり自分は親には向いてないと思う。

 

 

 

……だからといって、努力をしないわけではないが。

 

 

いつも通り初老の男は淡々と抑揚の欠片もない声で応答する。

 

 

『【門】と【里】の建設状況をご報告に参上いたしました』

 

 

「述べよ」

 

 

男が手にした紙に書かれている事を朗々と読み上げる。

 

 

『【里】は予定建造物の7割が完成。耕地面積の7割が完成。内訳は…』

 

 

それから約5分間に渡り男の報告が続いた。

それらを一門一句、一言も聞き漏らさずに耳を傾ける。

 

「苦労であった、お前はまた【門】と【里】の建設に戻れ。後日、応援の「モルフ」を送ろう」

 

 

『了解』

 

 

それだけを言うと男は光に包まれて消えていった。

 

 

 

ふと、何気なく窓の外を見てみる。

 

何時になく蒼く、綺麗な満月が浮かんでおり部屋に光を注いでいた。

 

 

 

そろそろあの二人が腹を空かす頃だな、と、頭によぎる。

ナーガは自身の子に食事を運ぶため、人を呼ぶべく声を上げるのであった。

 

 

何時の間にか、苛立ちは薄れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一部はまだ文字数が少ないので、幾つか話を合体させたりしています。


それにしても……昔の話を見直すと色々と恥ずかしいながらも、イドゥンはやはり
可愛いと確信できますw。
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