とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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とても問題児な章です。
戦闘シーン長すぎます。


とある竜のお話 第二部 五章 1 (実質13章)

 

 

 

 

仄暗い暗闇が全てを覆い尽くし、一切の音さえも存在しない密閉された世界。

虚しく空気の通る音が響き、それはまるで何か、酷く言葉にするのも躊躇われる存在のうめき声にも聞こえる。

辺りには一切の生物の気配はせず、ただ在るのは激しい戦闘によって粉砕された無数の皹が入った石柱と、壁だけ。

 

 

全面の壁は薄く蒼く発光し、何とかこの世界を完璧な闇に飲み込まれるのを阻害する役目を果たしていた。

見れば壁が発光してるのではなく、正確に言えば壁に刻まれた何らかの魔術的な文様や文字の数々が光を発生させているのだとわかる。

ここはかつての大戦で崩壊した竜族の本拠地『殿』の地下施設であり、最深部。端から端が見えない程の巨大な運河の如き大回廊と、その奥にある小山程度の大きさの祭壇。

 

 

しかし、もはや誰も使用することのない過去の壮大な遺物と化したこの遺跡は、元来持っていた無数の機能のほとんどが失われ、今では僅かにその残照が稼動しているだけだ。

エレブに残る最後の神竜によって竜脈と言う大地の中を通る、植物や大地そのものが持つ莫大なエーギルの循環道と僅かに線を結ばれ、壁を光らせる力などを供給している。

イデアは近頃気が付いたが、どうやらこの殿はエーギルを供給してやると、まるで一つの巨大な生物の様に呼吸をするのだ。

 

 

 

そして、この隔離された古の巨大な竜族の墓標には一つだけかつての時代の時間のまま止まった存在がある。

全ての時間や空間、概念から切り離され、永遠のまどろみの中を彷徨うだけの存在。かつての大戦によって産み落とされた悲劇の一つ。

そんな存在が、自らが生まれ落ちた始まりの地であるこの場所にはあった。

 

 

 

 

 

そう、ここは始まりの場所。イドゥンとイデアという二柱の竜が生まれた地。

イデアは殿に戻ってきていた。イドゥンに会い、彼女に語りかけるため。

こんな暗くて湿った場所にずっと一人で姉を放置するつもりなどイデアにはなかった。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

冷たい水晶の表面を撫でやる。ゴツゴツとした無機質な感触が手を通して伝わり、思わずイデアはその眉毛を顰めた。

何て硬くて、つまらないことか。これからは何も感じ取れない。人肌の温もりも、心臓の鼓動の音も、そして彼女の心も。

忌々しい。この結晶さえなければ。これさえなければ直ぐにでも彼女を里に連れて帰るというのに。

 

 

 

細い指が真っ白になるほどイデアがギリッと力を込めてこの封印を握り締める。爪が音を立てて軋み、関節と骨が悲鳴をあげた。

暫くそうして、イデアは一つ大きく溜め息を吐くと、水晶から手を離した。見れば、余りにも力を込めすぎたせいで爪が割れ、血が少しだけ滴っている。

鈍い痛みによって現実を嫌になるほど認識しながらイデアは封印の中で冷然とした表情で眠っているイドゥンに声を掛けた。

 

 

既に何度も同じを事をイデアは繰り返している。こんな冷たい棺桶に密閉された彼女の気がほんの少しでも晴れればよいと思って。

もしも彼女が闇の中に居たとしても、自分の声が聞こえ、何かを変えられると信じ、イデアは彼女に呼びかける。

 

 

 

普通の声で、念話で、最大の親しみと慈愛と悲哀が入り交ざった言葉をイデアは綴った。

 

 

 

 

「まだ姉さんをそこから出すのには時間が掛かりそうなんだ。もう少し待っててくれるかな?」 

 

 

 

 

その言葉を皮切りに、竜の顔は綻び、延々と言葉を放つ。それは長は忙しいという仕事の愚痴から、最近あった面白い話

他にはとても竜とは思えない程に人間くさい地竜の話や、自身の笑ってしまうような失敗談、その全てをイデアは身振り手振りを加えて一人語り続ける。

 

 

 

 

きっと、コレは無駄な行為などではない。絶対に、彼女は聞いているはずだ、イデアはそう堅く信じていた。

話ている最中、彼は一つ手に入れた物を思い出し、ニヤリと悪戯っぽい笑顔を浮かべつつ言う。

 

 

 

 

「凄い綺麗な装飾品を手に入れたんだ。姉さんなら似合うと思うよ」

 

 

 

 

脳裏に浮かぶのはアクレイアにてアルの母親から貰いうけたあの額あて。

最高級の宝石が湯水の如く使用され、恐らくは世の全ての女性達が羨むであろう一品。

何の因果かイデアの手に渡ったソレは彼女にこそ相応しい。

 

 

宝石というのは、その魅力と輝きを共有するか、もしくは価値をより高める存在と共にあるべきなのだ。

 

 

 

いま思えばイドゥンは外見の美しさとは裏腹に余り自身を飾り立てようとはしなかった。

まぁ、彼女の魅力と言うのはそういった外見よりもむしろ、太陽の様に人を惹き付けてやまない心の方にあるのだが。

しかし弟として多少の贔屓はそこに混ざっているかも知れないが、やはりあの額あては彼女が付けるべきだ。

 

 

 

問題はいつ彼女をここから解放するほどの力をイデアが手に入れるか、だが。

 

 

 

しかしコレは問題であって、問題などではない。たとえそれが成されるのに掛かる時間が一万年だろうと、一億年だろうとイデアは諦めないのだから。

成功するまで、彼女を解放するまで、またあの暮らしを取り戻すまで、イデアは絶対に諦めないし、そもそもの話、根本的にそんな選択肢はない。

縦にパックリと割れた爪も無事に修復を終え、健康的なピンクの光を輝かせる爪をイデアは見て、右手の人差し指でツゥッと水晶をなぞった。

 

 

 

 

まだ、力が足りない。彼女のこの現状はイデアの無力の象徴。幾ら神竜だと言っても、家族さえ助けられないという現実を彼に突きつけてくる。

既に何度も様々な事を試したが、結果はいつも同じだ。

 

 

 

ふと、イデアは思った。

もしも、もしもだが、あの最後の夜、ナーガに気絶させられたのがイドゥンで、殿に戻ったのが俺だったなら、全てはどうなっていたのだろう。

 

 

 

コレを考えるのは今が最初ではないし、恐らく最後でもないだろう。

 

 

 

時々イデアはこんな事を想像する。

彼女は、自分が居なかったら、どうなっていたのだろう。今の自分の様に、弟を探して、取り戻そうとしてくれるのだろうか。

それとも、彼女は自分の事などさっさと割り切って、立派な竜の長として、ナーガの後を継いでいるか。

 

 

 

それでも、自分としては別に構わないが。それが彼女の選択ならば。

だが、結果としてここに居て、戦役を乗り越え、未だに在るのは自分だ。

 

 

 

 

…………寂しいなぁ。

 

 

 

 

イデアは眠りについたまま動かない家族を見てそう思う。本当に、何故こうなったのだろうか。

結局の所、自分の願いなどささやかで、大したものではない。例えば竜が再び支配する世界や、人間の絶滅などといった事に今は全く興味はない。

ただ、ただ家族と一緒に居たいだけなのに、何でそれがこんなに難しいのだろう。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、また来るから……今度来るとき、面白い話があったら、もって来るよ」

 

 

 

 

別れの挨拶は短く、それでいて万感の想いが込められているモノであった。なるべく姉を寂しがらせたくないが、今の自分にはやらなくてはいけない義務が多々ある。

それを放棄などしたら、色々と問題が起きる。民を考えない君臨者などと後ろ指を指されたくはないから。

俗に暴君やら、愚帝やら言われる支配者の末路など絶対に辿るのはごめんだ。

 

 

それに、ナバタの里は今や自分とイドゥンに残された最後の居場所だ。この人が繁栄するエレブの中にある安息を得られる地。

追い出されるということは、同時に竜族という強大な組織としての力や、他にも数え切れないほどのモノを失うということ。

 

 

 

 

便利極まりない転移の術が神竜の圧倒的な力によって発動された。イデアの足元に黄金色の魔法陣が花咲き、光を溢れさせる。

 

 

 

 

転移の術は、一瞬にして殿の入り口、歪められ、全てから隔絶された世界と、通常のエレブの境界線へとイデアを運ぶ。

後は切り開かれた世界と世界の入り口を閉ざしてしまえば、ここはどんな存在にも脅かせない絶対不可侵の領域と化す。

肌に感じるのは無機質な夜の山が吹き付ける寒々しい風。かつてと何一つ変わらない風。

夜の闇に包まれ、荒涼とした雰囲気を纏ったかつての自分の家の門をイデアは暫し見つめ、やがては踵を返す。

 

 

 

 

悠々と踏み越えるは境界線。時空の歪みであり、あの大戦での激戦の結果、壊れてしまった世界の残影。

今のこの殿はエレブの中にあって、エレブの中にはない状態なのだ。この外れた世界とエレブとの境界線をイデアは踏み越えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは薄暗い場所だった。

室内の空気はひやりとしており、部屋を真昼の如く鮮やかに照らす灯りはイデアに創られた小さな小さな太陽。

部屋には無数の書物が規則正しく並べられ、積み上げられ、それらは一定の法則の元に記されたジャンルごとに分けられていた。

 

 

外の空気を取り入れるために開けられた窓からは大きな月が雲に隠れながらも、浮かんでいる。

部屋の片隅に椅子と机を置き、腰掛けながらこの部屋の主であるイデアは熱心に本を読んでいた。

 

 

宙に浮かぶ、小さな黄金の光源が部屋の中を隅々にまで昼間の様に照らしており、特に書物を読むのに不備はない。

 

 

ここは魔道士としてのイデアが使用するいわば自分の研究室。

本を資料庫で読むのはいいが、やはり自分一人の空間が欲しい彼は長の権限を使って、ナバタの竜殿の使われていないそこそこの大きさの一室を自らの物としたのである。

彼が今現在眼を通している書物は意外な事に魔道関連の書物ではなかった。だが、かといって御伽噺などの類でもない。

 

 

 

 

これはそう、いわば設計図だ。それも人間と言う生き物の。

本にはビッシリと人間の臓器の位置や形、筋肉、骨の形状や役割、その他様々な部位が事細かにイラストと説明文付きで記されている。

 

 

 

 

そしてこの本の著者は……ナーガだ。

 

 

 

竜族の絶対の王であり、神であり、掛け値なしに異常に突き抜けた魔道士でもあった彼はその昔人間という生物の身体構造に興味を持ったのだろうか

彼は人間がまだまだ文明と言う物を創造していなかった時代に、死体や竜族に敵対した愚か者を解体し、その身体の作りを克明に記したのだ。

彼の息子である神竜はかつては父と思っていた男が無表情な顔で人を生きたままバラバラにする様をありありと見て取れてしまい、当初は顔を顰めたものである。

 

 

 

その時に書かれた書が今イデアの手元にあるコレだ。

正直見ていて気分がよいものではない。一切の娯楽を廃し、ただただ結果と考察だけを淡々と絵画と共に書き連ねたコレは慣れない者が見れば吐き気を催してもおかしくない。

 

 

 

だが、今のイデアにとってこの書物は非常にためになる知識を与えてくれる。

人の身体の作り、血液の循環器系、筋肉の種類、そして何よりも全身にくまなく流れるエーギルという生命力の通り道の構造、その全てが手に取るように理解できる。

優れた芸術家は絵や彫像を作るときに徹底的にその存在の身体の構造を学ぶらしい。人を書く時ならば人間の、馬なら馬の筋肉の付き方といった風に。

 

 

 

 

そう、イデアは人を創ろうとしていた。もっと言うならば、生物を自らの力で無から創造する術を学び取っていた。

『モルフ』という存在がある。魔道により擬似的に命を与えられ、動く土くれ人形。竜族が作り出す、仮初の命、ゴーレム。

竜族の中でもモルフを創れる者は少なくない。ただ作るだけならば出来るが、その完成度には大きな差がひらく。

 

 

ほとんどの竜族が創れる下位のモルフは与えられた単純な命令を延々とこなす事しか出来ない、文字通りの人形だが

モルフに精通し、熟練した術者……そう、例えばナーガなどがその気になって創ったモルフは下手をすれば人よりも遥かに優れた知と力、そして確かな自我を兼ね備えることが可能だ。

一説によれば、ナーガが人間と全く同じように作り出したモルフは人と交わり、子供を産むことさえ出来たらしい。

 

 

 

 

ただ、何故ナーガは完全に人間と同じモルフを産みだす術を自ら作り上げておきながら、それを禁術指定にしたのかは、その理由はイデアには良く理解できなかったが。

 

 

 

 

 

「んぅうー……」

 

 

 

 

 

イデアが頭を捻り、顎に指をやって唸る。魔道を本格的に歩み始めて判ったことだが、どうやら自分は中々に不器用らしい。

【ゲスペンスト】などの超破壊魔法は問題なく行使できるが、どうにもこういった補助関連は不得手だ。

一応は【スリープ】や【サイレス】【バサーク】などを始めとした術は一通り使えるには使えるが、魔術に対抗力のある者には余り効果を望めないのが現実。

 

 

 

思えば精霊の声も聞こえない自分は魔道士としてはどうなのだろうか。

ナーガの言葉を認めるようでどうにも苦々しいが、自分はまだ魔道を用いた戦闘という側面しか余り知らない。

魔道というのは、本来は破壊よりもこういった絡め手の方向に優れたモノなのだが……。

 

 

 

それに魔道士はド派手な魔法によって誤解されがちなのだが、その実非常に疲れる職業でもある。

 

 

 

知識を溜め込むのはいいが、中々に思い通りに行かないことの方が多いのだ。

例えば【モルフ】の創造の術も当初イデアは基礎的な事を知って直ぐに実行に移したのだが、出来上がったモルフは到底人間とは言えない冒涜的な“モノ”であった。

 

 

 

きちんと計算されなかった両手と両足は長さが全部バラバラで、腕や足に付いている関節の数も3つから9つ程度あり

顔は人間と犬と頭蓋骨をごちゃ混ぜにしたような世にもおぞましい異形の存在。おまけに発する絶叫は喉が潰された犬の遠吠えの様に耳障り極まりない。

そんな“モノ”を生み出してしまったイデアは即刻ソレを掃除し、同じ過ちを二度と繰り返すことなきよう修練を積んでいるというわけだ。

 

 

 

【モルフ】は必ず将来、大きな力となる。決して裏切らず、知能を持ち、ある程度簡単に量産の効く存在など、まるで夢のようだ。

ただでさえナバタの里は限られた戦力しか持っていないのだ、それを水増しすることも必要だし、それ以外の様々な作業をさせることも出来る。

余り考えたくもないが、もしもナバタが遠い未来にでも外の世界に見つかったら、自衛するための力が必要だ。

 

 

 

 

特にこんな世界では、抑止にせよ、蹂躙目的にせよ“力”は必要なのだ。それは組織としての力でもあるし、個人としての力でもある。

権力、財力、魅力、武力、知力、組織力、影響力、これらが必要だ。もしくは、これら全てが意味を成さないほどに絶対的で純粋な力が。

いずれ帰ってくる姉の居場所を守るためにも必要なのだ。

 

 

 

 

まぁ、今の現状を見る限り優れた【モルフ】の量産など夢の様な話だが。

仮にだが優れた【モルフ】の量産に成功したならば、その後は次の段階として、かつての始祖と神の戦争で使われた、神話の中の魔法を更に復活させる事も考えている。

 

 

 

今の所はあくまで全ては理想だが。

 

 

 

 

ふと、開け放された窓から部屋に差し込む光を見て、イデアは溜め息を吐いた。どうやらもう朝が来てしまったようだ。

少し、疲れた。気晴らしに外にでも出てみるか。そう思い、彼は席を立つ。金糸の髪と白亜のマントが揺れ、主の動きに続く。

この時間なら、もうメディアン辺りは外に出ているか。彼女も睡眠を必要としない存在ゆえ、朝日が昇ると同時に里の周りを歩き回っているだろう。

まだ、時間はあるのなら、少し外で日光浴でもしながら散歩するとしよう。ついでに以前王都から持ってきた手をつけてない本でも読むか。

 

 

 

 

積み重なった本の山脈に手を翳し、一つのまだ真新しく、分厚い本を力を使って取り寄せる。

 

 

術で加工を施されたソレのタイトルは“エリミーヌ教典”

現在、エトルリアを中心として爆発的な勢いで信者を増やしている宗教の教典だ。

教祖は八神将の一人にして、史上で最も美しい光魔法【至高の光・アーリアル】を行使するという【聖女】エリミーヌ。

 

 

 

正直な話、彼女はイデアにとって、否、竜族にとって一番厄介な存在かもしれないとフレイはイデアに助言していた。

宗教をつくり、竜族との戦争を物語として色あせさせることなく語り継がせ、いつか竜が世界を脅かした際に速やかに対抗できる組織としての教団。

彼女の、エリミーヌの意思は文字通り千年単位でエレブに残り続けることになるのだ。

 

 

 

 

宗教、宗教、なるほど宗教か。

イデアは教典の表紙を指でなぞりつつ思った。恐らくは、仮にだが、その時が来たとしても教団は迅速には動けまい。

どうせ、エリミーヌが死んでしばらくの時が経てば、教団は腐食するか、壮絶な内部抗争の場になるだろうな、と。

彼の脳内に残る記憶によると、こういった宗教系の組織は創立者が他界してしまえば、あっという間に空中分解が始まる確立が高い事を様々な例によって証明していた。

 

 

 

で、いつもそういった宗教が絡むと大勢の人が迷惑を被るというわけだ。

 

 

 

まぁ、竜たる自分はエリミーヌの教えなどに欠片も興味はない。興味があるのは、この本に書かれているエリミーヌ教の単純な概要だけだ。

知らぬよりはマシ、いずれは潜在的な敵になる組織のことならば、知っておいて損はないだろう。

エトルリア王国、ベルン王国、そしてエリミーヌ教団、この三つには気をつけておいたほうがいいだろう。

 

 

 

 

開いた本を片手に読み歩きをしつつ、イデアは部屋を出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ日も昇りきらない朝方、里の中央に建築された第二の竜殿を出て、網目状に里中に張り巡らされた道を行き交う住人それぞれに挨拶を交わしつつも

イデアが進んでいると、彼の眼にとても微笑ましくもあり、同時に少しだけ違和感のある組み合わせの者らが映りこんだ。

 

 

 

一人は真紅の髪に、鍛え上げられた身体を持った屈強な青年という姿をした竜の人間形態。かつてイデアが殿から救出した火竜ヤアンという男。

ほとんどの記憶を失い、殿さえも崩壊した今、以前はナーガと敵対的な存在であった彼も、この里の住人の一人となっている。

今はかつて失った記憶が占めていた穴に違う知識を詰め込んでいる最中の青年の竜だ。

 

 

 

確か、少し前にこの男が里を自由に歩きまわれる許可を出したのは自分だった。

 

 

 

そしてもう一人、ちょうどヤアンと向かい合うようにして、話している存在も竜だが、彼女は火竜ではない。

栗色の長髪を後ろで纏め、高位の竜とは思えない程に砕けた笑顔で何かを話し込む彼の者の種族は地竜。

大よそ、大地や、それに関係する全てにおいては万能と言える程の能力を誇る存在だ。

 

 

彼女の息子はまだ眠っているのか、何処にも見当たらないし、気配も存在しない。

 

 

 

イデアが足を止め、二柱の竜を暫し黙って見つめる。本を懐にしまい、しげしげと、視線を飛ばす。

懐かしい。そういえば、この頃は色々あって彼女にもヤアンにも会ってなかったし、会う機会もなかったと思う。

それにしてもだ、何故にヤアンとメディアンなのだろうか? イデアのイメージだと、正に水と油の組み合わせなのだが、何故にこの二人が?

 

 

と、最初からなのか、それとも今気が付いたのかは定かではないが、イデアを視界に納めたメディアンが恭しく一礼し、次いでヤアンが小さくイデアに頭を下げた。

 

 

 

 

 

「おはようございます長……朝の散歩かい?」

 

 

 

 

前半部分は臣下として恭しく、そして後半部分は彼女らしいさばさばとした口調で地竜は言葉を紡ぐ。

自分で彼女に砕けた口調で話せと命じたイデアは特に気にすることもなく、答えた。彼女の場合はやはり、こういう風に喋ってくれた方が、話し易い。

ふと、何気なく彼女が両手で抱えるそこそこの大きさを持つ壺が眼に入る。

 

 

 

 

 

「まぁね、ちょっとした息抜きも兼ねてさ……所で、お前達は何をやってるんだ?」

 

 

 

 

イデアの言葉にメディアンはうーんとその形の良い眉を顰め、どう返答すればよいか言葉を捜し、そして何か思いついたらしく……。

 

 

 

 

「新しいモノが出来たから、ちょっと味見してもらっていたのさ」

 

 

 

メディアンが持っている壺を視線で示し、次いでヤアンを見つめた。

 

 

 

「味見?」

 

 

 

言われ、イデアはヤアンを見る。紅い竜の男は相も変わらず無気力な眼でイデアを見据えている。

この青年の竜はもう、睡眠も食事も必要のない段階にまで成長しているはず。

よくも悪くも長い年月を生きて、万物への興味などが薄れて来ている男が食に興味を持つのだろうか。

 

 

いや、それは過去の彼の場合か。

 

 

記憶を失ったのが、彼にとって何か別の方向へと影響を与えたのかもしれない。

例えば、ガッチガチに竜族を中心として回っていた彼の世界に、少しは人の文化を受け入れようとする柔軟さが産まれた、とか。

それはそれで、喜ばしいことなのかもしれない。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

ヤアンは喋らない。何故ならば、その口をもごもごと動かしているのだから。

何かを口に入れており、食べている。無表情で。

イデアと目線が交差し、さすがにマズイと感じたのか、急いで口内の食べ物を飲み込み、ごほんと咳払いを一つ。

 

 

 

 

「私に何か用か?」

 

 

 

 

「……いや」

 

 

 

 

一言でイデアが抱いた感情を表すとすれば、シュールだとしかいえない。

無気力で、記憶を失ったとしても取り乱すことなく、淡々と現実を受け入れていたヤアンが、顔の表情を一切変えずに何かを食べる姿というのは。

そもそも、彼は物を食べたとしても、味覚で楽しむなど欠片もしなさそうだ、とイデアは考える。

 

 

 

「美味かったか?」

 

 

 

 

「悪くない。少々、塩辛いが」

 

 

 

 

冗談とからかい混じりに掛けた言葉に真面目に返され、イデアは不貞腐れた様にぷいっとそっぽを向く。

その様子を見て、メディアンが小さく、それでいて豪胆に笑い

持っている壺の中をスプーンでかき混ぜ、取り出した中身を浮遊させている小さな皿に載せてからイデアに差し出した。

 

 

黒茶色の泥の様にも見えるソレは、調味料でもあり、保存食としても使える一品、味噌だ。

 

 

 

「食うかい?」

 

 

 

 

醗酵させられた豆の芳醇でいて、懐かしい匂いがイデアの鼻腔を刺激し、彼の興味を湧かせる。

この匂いを彼が忘れるはずがない。コレは、彼の好物であり、そして少ない彼の“以前”を思い出させる要素。

本当に、懐かしい。そういえば最後にまともに食事を取ったのは何時だったか?

 

 

もう空腹がどんな感覚だったかさえも忘れてしまいそうであったイデアの腹内が、確かに一つ、小さく動いた。

 

 

 

貰おうと一声返事してから、イデアが皿に乗せられた味噌を指で掬い、口内に入れる。

途端に味覚が伝えてくるのは甘さ塩辛さが交じり合った奇妙な味。以前の味噌はもっとしょっぱさが全面に出ていたが、これはそれとは少し違う。

もしもこれを汁にしたら、また違った趣のある味となるだろう。

 

 

 

 

「悪くない」

 

 

 

 

ヤアンの声と発声を真似てイデアがメディアンに感想を述べると、彼女はとても長い時間を生きた竜とは思えない程に稚気溢れる笑顔を見せ、光栄と言わんばかりに一礼。

本当にこの女性は竜なのか? イデアはこの人間味溢れる地竜を見ると本当にそう思う。まぁ、決して悪い奴ではないのは確かなのだろう。

それでいてやる時はやるのだメディアンという女は。決して竜としての、強者としてのプライドがない訳ではないのだと思うが。

 

 

 

 

「しかし地竜よ。お前は何故こうも食に拘るのだ? 人間や半竜ならともかく、お前は特に食事など必要ないだろうに」

 

 

 

 

火竜の男が腕を組み、本当に不思議そうに顔を傾げて言葉を綴っていく。

ヤアンという火竜にとっては不思議なのだろう、何故メディアンは必要ない行為を行うのかが。

食欲などとうの昔に超越した存在が、何故こうも新しい食料を生み出す事に夢中になっているのか。

何故、そんな無駄な事をやるのだろう? 彼の一度白紙に戻った心は疑問を直ぐに解消することを望んでいる。

 

 

 

 

そんな疑問に対する地竜の返答は驚く程に簡単なモノでいて、人間の様に情感に溢れていた。

 

 

 

 

「せっかく味覚を持って産まれたんだから、楽しめるモノは楽しんどかなきゃ、損だしね……食べるモノ一つ一つにも敬意を忘れずにが、あたしのモットーさ」

 

 

 

 

長い生涯を有意義に潰す方法を見つけた竜の顔に欠片も迷いはない。

それに、と、彼女は続けた。心なしか、彼女の身体が小さくなったように見えた。

 

 

 

 

「子供にお母さんのご飯マズイーとか言われたら、ショックなんだ……」

 

 

 

 

恐らくは何度か言われた時は相当ショックだったのだろう。快活な彼女にしては珍しく、顔に雲が掛かり、背を丸めている。

だが、そんな顔も一瞬の内に晴れ、ふと、彼女は地平線の彼方から昇り始めている太陽を見て、次いでこことは違う何処かに意識を飛ばした。

刹那だけ遠く離れた地の状況を把握するために硬直したメディアンだったが、何かを竜族の眼で“視た”のか、恭しくイデアに一礼をした。

 

 

 

 

「どうやら息子が起きたらしい……これから朝食を作ってやらないといけないんだけど、一緒にどうだい?」

 

 

 

 

「行こう」

 

 

 

 

以外なことに彼女の提案に真っ先に答えたのはイデアではなく、彼の隣で憮然と腕を組み、寡黙な態度を取るヤアンだ。

この火竜は決して自分のペースを崩すことなく、ナーガの様に何を考えているか判らない瞳で地竜を見るだけ。

その姿を見て、イデアが誰にも判らない程度に内心肩を竦めた。

 

 

 

どうにも調子が狂う。余り会話などはしていなかったが、ヤアンという男は食事に誘われれば行くような男だったのか?

もしかして、何か別の目的があるのだろうか? 例えば何か料理によって記憶が戻りそうだ、とか……。

 

 

 

 

イデアには予想も付かないだろう。

まさか、ヤアンがただ料理を食べたい為だけに提案に乗ったなど、彼は考えもしなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい。この部屋に入るのはかれこれ1年ぶりになるのか。全てがあの日のままだ。

石造りの屋内に、恐らくは長年愛用されたであろう木製のテーブルと椅子。

部屋の中に漂う香ばしい匂いに、この何処か落ち着く空気が満ちた空間は変わらない。

 

 

 

食事を食べ終わった後、ひと段落したイデアはゆっくりと部屋の中を見渡しつつ思考を心地よい速度で巡らせていた。

あの日の思い出はイデアの中では半ば黒歴史認定を受けている。本当に、出きるならば消し去ってしまいたい。

勝手に部屋から抜け出して、迷って、ずたぼろになった挙句に救出されるなど、恥ずかしい事この上ないとしかいえないだろう。

 

 

 

 

個人的にイデアが意外だったのは、ヤアンの動向だ。彼は本当に何をしに来たのだろうか。

家に着くや否や仏頂面で椅子に腰掛け、黙って食事を食べた後、ただ一言だけメディアンに感謝の言葉を投げてから直ぐに帰ってしまった。

まるで、アレでは普通に食道で食事を採る人間のようだったし、もしくは、遠い過去の時代に忘れ去ってしまった機能を一つ一つ確認しているようにもイデアには見えた。

 

 

それに、あの男が、トウモロコシを前にどう食べるか思案している姿など、滅多に見れたものじゃない。

 

 

そろそろ自室に戻って、空いた時間を使って研究の続きをした後に、長としての書類仕事をする、という一日のスケジュールを脳内で確認していた

イデアだったが、地竜の弾むような声が響き、彼は考えるのを中断する。

 

 

 

「それは何の本だい?」

 

 

 

 

「これのこと?」

 

 

 

唐突に発せられたメディアンの声に、イデアは一瞬彼女が何を指して言っているのか判らなかったが

直ぐに自分が持ってきた本の存在を思い出し、懐からソレを取り出すと彼女に表紙が見えるように両手で掲げる。

 

 

 

 

「“エリミーヌ教典”……あぁ、今流行の新しい宗教ね」

 

 

 

 

まるで宗教を洋服を論ずるかの如く感想を述べ、そして彼女は大仰に溜め息を吐いた。

本当に残念だと言わんばかりに肩を落とし、メディアンの紅い眼の中に望郷と、そして何処か遣る瀬無い怒りにも似た感情が渦を成していく。

彼女は知っている。精霊の声を聞き、間接的に外の世界を観測できるメディアンは、一つ落胆と諦観が混じった声を紡いだ。

 

 

 

 

「もう人は竜への信仰は無くしちゃったのかな……」

 

 

 

 

「……ここに来る前は何かやってたのか?」

 

 

 

 

 

リキアでねとメディアンは答え、膝の上に乗せた人間の“息子”の髪の毛を優しく梳いてやる。

紫色の髪を持つ少年とさえいえない童子は、嬉しそうに母親である地竜に抱きついていた。

 

 

 

 

 

「色々やったもんさ、人間で言う“領主”染みたことしたり、作物の作り方を教えたり、何処かの国のお偉いさんに宝石を創ってあげたりもしたなぁ……」

 

 

 

 

一つ一つの言葉を噛み締め、その光景を思い浮かべているのだろうか、彼女の意識はここにはなく、全てが遠い過去へと向けられていた。

彼女にとって、人竜戦役が起きる前のリキアでの時間は掛け値なしに輝かしい時間だったのだろう、そう、イデアにとっての殿で過ごした時間に匹敵するほどに。

淡々と地竜は言葉を続け、気が付けばイデアは聞き入ってしまっていた。正確にいうならば、口を挟んではいけない、黙って聞くべきだと本能が告げていたのだ。

 

 

 

 

「いつかは起こるって思ってたけどさ、やっぱりアレだ、あたしは戦争は好きじゃないね。土地は荒れるし、作物は枯れる

 血と腐敗の匂いは全てにこびり付いて離れないし、何より、人が戦乱で我を忘れて狂乱する姿が嫌なんだよ」

 

 

 

 

一種の傲慢ささえ感じさせる言葉をメディアンは朗々と紡ぐ。精霊を通してあの戦役の結果を見て、知った地竜は己の抱いた感情を素直に吐き出していた。

 

 

 

だが、とイデアは悟る。彼女の言葉の裏をおぼろげながらも彼は理解しているつもりだ。

戦闘行為を嫌っているとはいえ彼女は絶大な力を持ち、現状では自分よりも強い力を持つであろう竜。

それに、あくまでも戦いを嫌っている、嫌っているだけなのだ。禁忌しているわけでも、完全に否定しているわけでもない。

 

 

 

もしも、もしもの話だが、絶対にありえないが、自分が彼女の息子を殺そうとしたならば、メディアンは絶対に自分を許すことはなく、殺しに来るだろう、と。

戦いが嫌いだとしても、彼女は戦いそのものを否定していないのだから。

 

 

 

内心で肩を竦め、イデアはメディアンを、自らの家臣を注視する。もっと言うならば彼女とその息子を。

人と竜、竜という存在の中でも最高位に近い地竜と、何の武力も魔力も持たない人の子供。

 

 

本当に、どうしようもない程にこの両者の背後関係などが気になったが、何とかソレを表に出さない様にして彼は席を立つ。

時間は貴重だ。確かに癒しの時間は必要だが、それにばかり気をとられてはいけない。

 

 

 

 

「失礼する。もうそろそろ仕事をしないといけない時間だから」

 

 

 

 

窓の外を見ればもう太陽は完全にその全景を表し、万物平等に照らし始めている。

夜という闇の時間は地平の彼方に追いやられ、そして今日も本格的に一日が始まるのだ。

 

 

 

「後日、新しい報告書を出しておきますね」

 

 

 

子供を抱きしめたまま、目礼するメディアンにイデアは手を振って答え、そして部屋を後にする。

既にイデアの頭は切り替わっていた。優れた魔道士のソレにして、竜族の長であるソレへと。

 

 

 

 

 

 

 

地竜の家の玄関を跨いで、少し行った所でイデアは足を止め、無言で道を行く様々な里の住人達を眺めているヤアンに向けて声を掛けた。

それはほとんど無意識に出た言葉。発したイデア自身が何故こんなことを言ったかは判らないが、それでも一度口にしてしまった言葉は取り返せない。

 

 

 

 

「何を思っているんだ?」

 

 

 

声を掛けられた男は無言でゆっくりとした動作で振り返り、顔を傾げた。

微々とした感情しか宿らない真紅の瞳がイデアを見返している。

 

 

 

「人という種について考えていた」

 

 

 

再度ヤアンが里の道行く人々に眼を向ける。彼の視界の中には人と竜、そして竜人の者らが収まっており

彼らはそれぞれの役目の為に動き回り、協力し合い、そして共に生きている。

人の子供と竜の子供が仲良くじゃれ合いながら走り回り、黄色い笑い声を上げているのが見えた。

 

 

 

 

「あの地竜は人の子を己の子として育てていたな」

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

それっきり、二人の会話は一時途切れる。流れる風に任せてイデアのマントが揺らいだ。

火竜の炎をそのまま凝縮したような鮮やかな瞳が輝く。成体の竜であるヤアンはたとえ記憶を失っていたとしても、凄まじい力を持つことに変わりはないのだ。

既に戦役も終わり、里という居場所がある彼にしてみれば、持て余してしまう力なのだろうが。

 

 

 

 

 

「私には人間と言う種が判らぬ、かの戦役の始まりは人が竜に対して行ったものと聞く が、こうして共存を果たす者も居る。どちらが“人間”なのだ?」

 

 

 

 

判らない。本当に理解が出来ない。ヤアンという男の全身から出るオーラは雄弁に語っていた。

面倒くさい男だ。神竜の眼が細められる。きっとこの男は全ての事象にはっきりとした答えを出さないと気がすまない性分なのだろう。

人がどうの、竜がどうの、など正直な話イデアはどうでもいいと考えている。それは理想を謳う者の考えではなく、本当の意味での“どうでもいい”という感情だ。

 

 

争うも勝手、愛し合うも勝手、興味そのものを抱かないも勝手。だが、だ。せめて、自分が居る周りぐらいの平穏は寄越せという、そんな想い。

 

 

 

 

「ヤアン、知っているか?」

 

 

「……」

 

 

 

 

言葉による返事はない。だが、意識が自分に向けられたのをイデアは確かに感じた。

 

 

 

 

「当然の話だけど、犬は猫の子供を産めないし、猫が犬の子を産むことも出来ない。仮にどんなに愛し合おうと」

 

 

 

次いで出る言葉をよく吟味し、思わずイデアは少しだけ赤面し苦虫を噛み潰したような表情になる。

あぁ、我ながら何て臭い言葉を吐くんだ、俺は。あんまりと言えばあんまりだが、自分はそれほどロマンチストでもないのに。

 

 

 

 

「人と竜だけは両者の血が混じった子供を産めるんだ。人化という術が在ったとしても、これには何か意味があると思わないか?」

 

 

 

 

言ってからイデアはぷいっと顔を背けた。本当に、何を言ってるんだか意味が判らない。

ヤアンの気配が少しだけ変わった、今までが凍りついた硬度の高いダイアモンドだとしたら、少しだけその表面の冷たさが取れたような、そんな気配に。

 

 

 

 

「お前は存外と、幼いのだな」

 

 

 

 

「まだ産まれて20年も経ってないからね」

 

 

 

そういえばそうか、自分で改めて言うと確かにまだ自分は20年も生きていないのか。前を含めても40にも届かない若輩者。

他の竜たちから見れば若造もいい所な年齢だ。下手をすれば赤子扱いされてもおかしくない。

 

 

 

 

「そうか、ならば私は“産まれて”から1年も経っていないことになる」

 

 

 

 

くっと、堪らずイデアは噴出していた。腹の底からわきあがる愉快な衝動に任せて、肩を揺らし笑う。

それは嘲りでもなければ、侮蔑でもない。一本取られたという事に対しての楽という感情だ。

 

 

 

 

「お互い幼い同士というわけだ。そもそもお前は何かに付けて小難しく考えすぎる、折角ゆっくりと生きられる環境にあるんだから、もっと色々と娯楽を楽しんで生きてみるといい」

 

 

 

 

「……考えておこう、そして最後に一つだけ聞いてもいいか?」

 

 

 

 

「何だ?」

 

 

 

 

うん? と眠たげな瞳で里人らを眺めていてイデアに一言、ヤアンは告げた。いつも通りの声で。

 

 

 

 

「娯楽とは何だ?」

 

 

 

 

そうか、まずはそこから教えなければならないか……。

この日最大のイデアの溜め息が漏らされた。

 

 

 

まずはそうだな、とりあえず遊戯版でも教えるべきか、そう神竜は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、ナバタの里の外れ。極寒の死の砂嵐が吹きすさぶオアシスよりも外側の地にイデアは一人居た。

何もない漆黒砂山に向けて腕を翳し、念入りに組みなおした術の構成をそこに黄金の光として刻み込む。

宙に展開されるは黄金色の法陣。それは神の奇跡にして偉大なる御業を再現するための術。

最上級の光魔法の発動を意味する複雑怪奇にして巨大極まりない魔法の計算式が流れ出し、帯びの様なソレら一つ一つに刻まれた文字が輝きを発する。

 

 

 

ここに至って、イデアは正直な話、少しばかり達観していた。恐らく今の自分では高度な知能を持った人間型の独立したモルフは作り出せないと。

悔しくてたまらないが、自分は魔道士としてナーガの足元にも及んでいない事実を再度認識する。

 

 

 

 

 

ならば、諦めるのか? 否、否、断じて否だ。いずれ自分はナーガに匹敵、あるいは上回る存在にならねばならない。

 

 

 

どうすればいい?

自分が壁にぶち当たっているという事は自覚している、壁はとても堅く今の自分では突破口は見えない。

 

 

 

では少しばかり迂回しようか。何も意地になって自立モルフの完成ばかりを追い求めるのも愚作。

人型の自立モルフが創れないなら、少しばかりランクを落として、モルフ創造そのものに慣れるべきだという結論。

獣だ。獣を作ろう。自分の意思を与えず、このイデアの手足の延長線上としての単純なモルフを作り出そう。

 

 

“人形”をつくり、そこから徐々に“人間”へと近づけよう。

一つ一つ、確かな段階を踏んでいく。自分は竜であり、寿命などないのだから。

 

 

 

もう一つの案として、生きている人間をモルフへと改造し、その経過を記録していくというモノもあるが、これはどうにも気が乗らない。

 

 

 

 

 

刹那、黄金の光が物理的な衝撃さえ伴い、激烈にその輝きを増す。その余波だけでうずたかく積もった砂山が一つ丸ごと飲み込まれ消し飛んだ。

黄金の力圏が生み出され、幾重にも円を描いて周る、幾つもの流星が忙しなく魔方陣の中を駆け巡り、一個の仮初とは言え確固たる命を編み上げる。

エーギルが実体化する。根源たる竜しか知り得ない概念が、竜族の秘法を持って、唯一の形となって物質世界に固定されていく。

 

 

 

 

やがて奇跡は成され、新たな命が産声を上げた。

 

 

 

 

ソレは獣だった。人間よりも遥かに屈強で巨大な身体を持ち、大空を闊歩するために必要な翼を本来この存在は二枚持っているのだが

自らを生み出した存在の影響により倍の二対四翼へと増加させ、その眼球は煌々と不気味に輝く黄金。

全身を満遍なく覆う鱗は恐らくは歴戦の勇者が振り下ろす斧さえも弾くだろう。

 

 

 

そして特徴的なのは、その飛竜の全身に隙間なくビッシリと刻まれた青白く輝く紋章の様な――否。これは正真正銘の紋章である。

 

 

 

その名を──【デルフィの加護】 翼の神が授ける、全ての天を往く者らに与える愛。

この姿は、イデアの中にある悪夢“だった”存在の姿と瓜二つだった。

 

 

 

 

「……随分と懐かしい」

 

 

 

 

追憶にふけるように、創造主たるイデアが囁く。あぁ、この存在は懐古の情を掻き立てる。

かつてこの存在に出会った自分は弱くて何も出来なかったが、今は違う。

恐ろしき飛竜たちの王はかつては恐怖と畏怖の象徴だったが、もう違うのだ。

 

 

 

 

 

 

――ギギギギギギ、ギギギギイ

 

 

 

 

あの時聞いたのと全く同じ、掠れ、潰れ、思わず鼓膜を捻りたくなる、飛竜の咆哮と思わしき声がこの僻地におぞましき反芻し、イデアの耳朶を揺らす。

少しばかり獣性が強すぎたのか、このモルフのイデアを見る眼には忠誠などなく、ただ只管の飢えを満たそうとする欲望しかない。

ボタボタと口から忙しなく涎をたらす姿には知性の欠片さえ見れない。

 

 

 

 

 

 

こんなもの、ただの有象無象に過ぎない。

 

 

 

持ってきた紙に筆を走らせ、今回の実験の結果と過程、使ったエーギルの量、術式の構成などを書きとめていく。

次いで紅と蒼の眼光が自らの被造物を見やり、つまらなさそうに鼻をならした。何処までも無関心な瞳。

彼が興味あるのはこの被造物ではなく、己の魔術の精度のみだ。

 

 

 

実際の所、この存在を使うつもりはない。こんな、こんな理性もなく制御さえ出来るか不明な化け物を。ただ、作り方だけは保存しておこう。

もう何度か同じようにモルフの創造を繰り返し、慣れていこう。

 

 

だが、まずはその前にゴミ掃除をする必要がある。

 

 

 

 

「崩れ散れ」

 

 

 

 

一言だけ紡ぐ。余計な手順など踏まず、ただ彼がやったのは自らが結んだ紐の結び目を解いたようなもの。

バラバラに飛竜は抵抗さえ許されず塵とも灰とも錆とも言えぬ粒子へと微塵に砕け、そしてナバタの砂の一部になる。

 

 

 

 

そんな光景を見ることさえなく、イデアはこれから何をすべきかを考えていた。

既に彼の頭の中には十年単位での計画が練りこまれ、それを確認する。

 

 

 

外界に対して行動を起こすのは、神将が死ぬのを待とう。特にハルトムート、ローラン、バリガン、エリミーヌ辺りは死んでくれないと動きづらい。

こいつらは国や教団という巨大な組織を持っている。敵に回すのは危険すぎる。

アトス、ブラミモンド辺りも居なくなってくれると嬉しい。もしくは人々から忘れ去られるとか。

 

 

 

そして当面の外界に対しての目標は一つ。既にイデアの中で定まっていた。

それを思うだけで彼の心胆は熱を帯び、顔は意識とは無関係に攻撃的な笑みを浮かべてしまう。

何故ならばイドゥン開放への何かの手がかりとなるかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

彼の当面の目的は竜族打倒となった鍵を手中に収めること。

 

 

 

 

 

即ち───【神将器】の入手である。

 

 

 

 

 

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