とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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とある竜のお話 第二部 五章 5 (実質13章)

 

 

 

コレが神将器か? これは聖なる武器と言うよりも、魔王の扱う魔装の類ではないのか?

 

 

眼前の光景を何処か他人事の様に見つめつつ、竜はふと思考の隅にそんな言葉を浮かばせた。

幾重もの魔術的な雷が大渦を巻き、一箇所に収束する光景は世にも華麗で、神々しいとさえ思えるだろう。

 

 

 

まるで灯火に引き寄せられる羽虫の如くこの魔窟に存在していた全てのエーギルが、亡霊の魂が全ての災禍の中心であるアルマーズへとその身を捧げる。

炎を燃やす薪に、自ら喜んでなっていっているのだ。どうせ、彼らの主はそんな彼らに労いの言葉一つかけないだろうに。

恐らく、こいつらはただこの存在の強さだけに惹かれたのだろう。つまり、その強さの為ならば何でもする。

 

 

 

それは一種のカリスマなのか。圧倒的な力というのは人を惹きつけるものか。

 

 

 

 

 

 

空気はおろか、空間さえもが超質量の存在に悲鳴をあげているかのように微細な振動を起こし、それは世界があげる声にもならない絶叫となる。

あの秩序が崩壊した時にも感じ取ることが出来た空間の振動。何処にいようが逃れられない根源的な揺れにイデアは脳幹を揺らされながら、ただ一つの思いを噛み締めていた。

 

 

 

 

ソレを見た時から、イデアは想像を絶する不愉快さに襲われている。全てが気に入らない。

その竜族の全てを否定しつくす斧も。その全身から物理的な破壊さえ伴って放出される闘気も。筆舌に尽くしがたい死の臭いも。

自分の後ろに明確に自分ではない“誰か”を重ねて見ていることも。

 

 

 

 

 

更にイデアにとっては腹ただしいことに、直感的にその“誰か”の正体を予想できてしまったことも苛立ちを増幅する一因だった。

しかし、ソレと同時に楽しいとも思っている。今からその気に入らない存在を躊躇なく叩きのめしてもよいのだから。

噛み締めすぎて、血の滴る唇から漏れるように言葉が紡がれる。竜の奥歯がひび割れ、顔面の神経が壮絶な笑顔を形作る。

 

 

 

 

 

真実、視線だけで殺せるほどの圧力を込めて、イデアは眼前の敵に声を掛けたのだ。

 

 

 

 

 

「お前は……」

 

 

 

 

誰を見ている? お前の視線にはどうにも“あいつ”の存在の匂いが漂うんだよ。あの裏切り者の、不愉快な存在を感じるんだ。

 

兜の内側で轟々と奔流を起こす混沌そのものを象徴した光を見つめて発した声に“彼”は……射抜くほどの圧力に対してとった行動はただ一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

────。

 

 

 

 

 

 

即ち、無視。神竜の波動も視線も、全てどうでもいい。彼の思考はただ一つに埋め尽くされているのだから。

あの日、自分を虫けらのように踏み潰した存在への逆襲。遥か高みにあった存在を引き摺り下ろして踏み潰す愉悦。

力を振るって、他者という存在を潰すのがどれほど楽しいことか。

 

 

 

飢えている。飽いている。弱い存在を潰すのは飽きたのだ。

血が沸き、肉が踊る戦いを彼は心底求めている。

骨が砕け、命が失われていく光景と感覚を見ると、彼は……興奮さえ覚える。

 

 

 

 

 

相手の事など考える必要はない。この世の森羅万象全て“彼”にとっては全てが獲物なのだから。

それは延々と一人で独演を続けるのに等しい。全て壊れてしまえ。この世に平穏はいらない。

 

 

 

 

一切の装飾が廃された黄金の巨斧……今なお無尽蔵にエーギルを狂気と共に増幅させる【天雷の斧】が強く脈打つ。

奇しくも斧より放出されるエーギル、彼の存在全てを表す力の色は【黄金】

黄金の竜と同じ、人智を超越した領域にあるソレは紛れもなく最強にして最高の竜殺しであると同時に、最悪の魔性を帯びている。

 

 

 

 

 

極大の悪意が既に可視できるほどの渦を巻き、一点に収束し、主の下へと集う。

この洞窟に在った、全ての彼の配下たちが、全ての彼の犠牲者たちが、彼へと繋がる隷属の鎖を引き寄せられ、食われていく。

万来の拍手喝采にも聞こえる無数の唸り声が周囲に響き渡り、狂戦士の再誕を心の底から呪い、祝福し、新しい戦いの幕開けを楽しむ。

 

 

 

 

その身に幾千もの死を喰らいながら、この地獄の王はゆっくりと行動を開始。

余裕と傲慢と、力強さを感じさせながら、彼は動く。

 

 

 

 

あたかも羽毛の様にその手にある巨大な石柱を彼は事も無げに横に放り投げる。

馬車数十台以上の重量はあるだろうソレが軽々と放られて、けたたましい轟音を響かせながら奈落の底へと堕ちていく。

千の年月を歩んだ巨木にも劣らない豪腕を、先ほど弾け飛んだトマホークに翳す。

 

 

 

支配者の意を受けた戦斧はまるで忠実な飼い犬の様に王の元に飛び、その柄を強く握り締めさせる。

具合を確かめるように彼は何度か柄を握り締めた後、ぶらんと重力に従って腕を垂れさせる。

大地にトマホークの刃が抉りこみ、深々と亀裂を作った。

 

 

 

 

悦を含んだ息が彼から漏れる。その息にさえ紫電が這いずり、空気を乾かす。

 

 

 

 

途端に流れるのはアルマーズからの超大な波動。目視さえ叶う血流の様に太々しい波動の流れ。

先ほどの戦闘によって消耗していたトマホークの傷が見る間に復元され、それだけでは収まらずに新たな加護を、新たな力をトマホークへと付与し、その存在を変質させる。

即ち紫電と黄金の雷を鎧の様に纏うもう一つの斧、小さなアルマーズへ。

 

 

 

 

 

コレは大戦時に少数量産されてた【ボルトアクス】に近いのだろう。しかしソレが内包する力は比べ物にならぬ。

雷光を撒き散らし、耳朶を爆砕する轟音を発する魔斧へ、トマホークは生まれ変わる。

 

 

 

 

 

二本の巨大な竜殺しの斧を短剣の様に軽々と両の腕に握りこみ、構えなどいらんと言わんばかりに彼は自然体に直立したまま“敵”を改めて見た。

途端に湧き上がる憎悪と歓喜、そして狂気。その全てが渦潮の如く円を描いて激しくかき混ぜられ、彼の心の中で盛大に爆発する。

さながら、最大にまでストレスをためられた火山が、その怒りを溢れさせるように、彼の胸中が真紅の破壊衝動に染め上げられる。

 

 

 

 

兜の内側の瞳が更に熱く、愛とさえ言える粘性を帯びて、蛇が獲物に抱くような冷たい欲望を覗かせつつ彼はイデアを……否、その後ろに見える存在“だけ”を見据える。

ようやく見つけた。どれほど、この時を待ったか。

 

 

 

 

見つけた。そう、見つけたのだ。あの日、あの時、あの瞬間、この身に決定的で、絶対的な敗北を叩き込んだ存在を。

顔さえ忘れ、声さえも判らず、噂さえも判らない存在。だが、彼は覚えている。あの圧倒的な力の性質を。あの力の色を、匂いを。

ソレが今、眼の前に居る。あの日と同じ力を以って帰って来たのだ。これを喜ばずに何とするのだ。

 

 

 

 

アルマーズが、より大規模な数の雷光と稲妻を纏め上げ、支配する。更に多く、更に深く、アルマーズは力を生み出していく。

不死身の心臓、そう評されるべき神将の器は主の意識を汲み取り、全身全霊でそれに答える。答え続ける。

故に今の彼がある。神将器との融合によって、人外の極地に至った彼が。

 

 

 

 

 

 

吹き出る喝采と共に、彼はアルマーズを緩慢に持ち上げ、それを一振り。

その容易さと気楽さは、まるでコキリが薪を割るが如く。しかし、それによって破壊に消費される力は絶大。

それが、全ての始まりだった。もしくは、再開されたというべきか、あの戦役の最後を。

 

 

 

 

 

彼が、満足するための戦いが。延々と続く狂おしいまでの願いを叶えるための戦い。

 

 

 

 

 

直感でもなく、経験でもなく、生物としての本能に従い、イデア達が全力で彼の斧の刃、その直線上からの退避。

もしも、ここで彼等がこの行動をとらなければ全てが終わっていただろう。

しかして、彼らはここでは終わらない。当然、そんなことは彼も知っている。そんな弱者がここまでたどり着けるはずがないのだから。

 

 

 

 

故に、これは挨拶のようなもの。ほんのささやかな小手調べ。

狂いきった魔人が繰り出すのは、ただの遊戯だ。

 

 

 

 

 

残像さえ残さない、正しく稲光と形容するしかない速さで斧が天から“落雷”すると、全てが変わる。

最初に発生するのは、超質量の存在が超速度で大地にたたきつけられて発声する衝撃波。

だがしかし、それは投石器から放たれた岩が撒き散らすような全方位に対するモノではない。

 

 

 

 

 

先ほどイデアやソルトが多用した三日月型の斬撃と同じように、衝撃波が一つの形を成して炸裂する。

縦に──すなわち衝撃波の“線”である。

 

 

 

神業じみた技術により果たされる力の一箇所への収束は、正に最強の戦士が振るう武の象徴。

 

 

 

 

 

それは、音よりも遥かに早く伝播し、全てを通り抜けて征く。先ほどの【ギガスカリバー】の意趣返しとでも言うように。

 

 

 

 

 

極点にまで圧縮された切断という概念が駆け抜けてほんの半秒後に、現実が追いつく。

ピシッと、何かが割れる音がする。そして、何かが軋む音が、虚しく響く。

世界が困惑の声を上げているように、幾度もその音は発せられた。

 

 

 

 

 

恐ろしい程に熟達した剣士に切られた者は、自らが切られたことにさえ気付かないという──今の状況は、まさしくソレだった。

自らが切り裂かれたと認識した万象が、弾ける。空間そのものが、爆砕する。アルマーズの刃から直線上に、順を追って何度も何度も。

それは先ほど必死に回避したイデア達を無視するように彼方にまで飛んでいき、何十、何百もの岩盤を打ち砕き、捻りつぶしていく。

 

 

 

後に残るのは一本の虚空に刻まれた“線”のみ。それが果てなく続いていき、遂に目標点に到達。

ソレは狙い違わず、数え切れないほど亡者の波をせき止めていた【オーラ】を薄い膜の如く粉微塵に打ち砕いた。

濁流の様に暴走する雷が、真紅の光の壁をそこに群がっていた亡者諸共粉砕し、ようやくこの斬撃の蹂躙進行がとまる。

 

 

 

 

 

ただの一振りで、アルマーズは魔境を切り裂いたのだ。そしてその後に訪れるのは暫しの無音にして平穏に満ちた刹那。

次に魔窟を満たすのはブーツの底から響くような鬨の声。主の力を讃え、その全てに酔いしれる亡者どもの“神”を敬う祈り。

たった今、その主は自分たち諸共壁を崩したというのに彼らは抗議の声さえあげず、熱に浮かされた様に支配者に対し喝采を叫んでいる。

 

 

 

 

堤防にせき止められていた全ての亡者が自らの身体を純粋なエーギルの収束体に変え、その身を主の業火の中に投げ込み、更に彼の力は増していく。

心臓を握りつぶすほどの存在感と殺気、殺意を彼は心地よくその身に滾らせてイデアの「後ろ」を見やる。さぁ、どうする? と。

彼はあの人智を超えた術と力が激しく喰らいあった戦役で英雄と呼ばれた男。故に、竜の力など見飽きている。

ほんの少し並の竜よりも強いなど、馬鹿らしい。そんなものは、ただの……獲物で、あの蝿の如く沸いて出てくる戦闘竜と何も変わらない。

 

 

 

 

 

ク、と英雄は嗤う。胸の奥底が躍るのを愉悦と共に実感しながら。明らかに彼は、相手が自らの予想を上回るのを期待し、懇願していた。

追い求めてきた最上級にして最高の敵が、有象無象と変わらないなど、彼は認めないのだから。

 

 

 

彼を中心にして噴出す彼の戦気が、圧力として周囲の床に幾筋かの亀裂を刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

化け物が、とイデアが胸中で吐き捨てる。こんな存在の何処が英雄だというのだ。

確かに彼が振るう力も化け物染みているが、この男はもっと根源的な所が人間ではない。

あのかつてカイムと呼ばれていた存在の兜の中から覗く赤黒い光は、確固たる意思を感じ取れる辺り、この存在は言わば生前の“あいつ”そのものなのだろう。

 

 

ならばこいつは既にカイムではない。テュルバンと認識すべきか。

 

 

 

狂っている。彼は、亡霊兵の様に脳味噌に蛆が沸いている訳でも、長い年月を生きた末に心が擦り切れたわけでもないのに

死を貪り、部下を平然と燃料として使い捨て、挙句には自分の為に戦っただろう存在の体を強引に奪い取っている。

質が悪いのは、彼はそれに後悔を感じるどころか、悪いとさえ思っていないことだろう。

 

 

 

 

断言してもいい、この存在はきっと、今まで生きてきて一度も反省などしたことはないだろう。

それどころか、他人の言葉に耳を傾けたことさえない。

そしてそんな奴が、ずけずけと土足で自分の心の中で最も触れたくない思い出の中の存在に触れている。その事実はどうしようもない程に痒い。

 

 

 

 

“眼”で仰ぎ見ればそこに映るのは激烈なまでの存在の強度。脳を焼かれるほどの暴威の光を撒き散らしている。

いったいアルマーズに宿る力は常人に換算すれば何人分に匹敵するのだろうか想像も付かない。

表層だけでこれほどの暴威だ。いったいこの存在の本質は何なのだろうか。

 

 

 

 

 

不意にイデアの脳内を掠めたのは、あの日、エトルリア王国の王都にて分身を通して出会った男の姿だった。

アクレイアを彷徨っている自分に声を掛け、見ず知らずの自分に自慢げに八神将の事を話して聞かせるあの初老の男性……。

あの輝く瞳、あの弾む様な声、そしてわが子を自慢するように神将を誇るあの姿が何故かこの今になって記憶の海から浮上してきた。

 

 

 

 

男の笑顔と、眼の前の怪物が重なる。それだけで、イデアの怒りは乗数的に跳ね上がる。まるで焚き火に薪を注いだかのように。

こんなモノを。こんな奴を。こんなありとあらゆる意味で救われない正真正銘の屑を、あの男は敬っていたのか。

名前も知らない男だが、それでもやはり多くの人間があの男と同じ気持ちをこの存在に抱いているとしたら、コイツは存在そのものが裏切りの塊だ。

 

 

 

ガタガタと、覇者の剣が震える。無論これは恐怖などではない。

 

 

 

ふと、力が入りづらいという違和感を感じた腕を見ると、先ほど天雷を打ち払った左腕が服諸共焼け焦げている。二の腕辺りまで表面が真っ赤に爛れ、幾つもの水ぶくれが出来ていた。

恐らくはこの腕に宿した力よりも、あちらの放った雷撃の力の方が強大で、弾ききれなかったのだろう。

無理やりに指を曲げると鈍痛が走り、幾つか水ぶくれが潰れて汚い液体を吐き出す。

 

 

 

 

即時に腕に少量のエーギルを集めて【ライヴ】を発動。とりあえず痛みは消え、外観的にも多少軽度の火傷ぐらいにまでは復元できた。

内心イデアが眉を顰めた。回復の効果が薄い……やはり、あの斧によって受けた傷は回復の阻害効果などがあるのだろう。

 

 

 

 

覇者の剣を水平に構え、いつでも突発的に動けるように全身をエーギルで満たす。

威嚇の様に数本【シャイン】を背後に生み出し、凄然とした輝きを放たし、意識だけをアンナに向ける。

相対しているのは間違いなく最強の竜殺しの一つであり、アンナは火竜。ならばイデアが言うべき言葉は簡潔に一つだけ。

 

 

 

イデアにとって、アンナもソルトとは違う方面で……仲間なのだ。少なくとも背中を任せられるほどには。

それに彼女にはまだまだいっぱい借りがある。自分が不貞腐れていた時、どれほど彼女に迷惑を掛けたことか。

 

 

 

まだ、彼女にそれを返せていない。

 

 

 

 

 

「気をつけろ。アレはお前にとって鬼門だろ? 火竜が火傷なんて笑えないぞ」

 

 

 

 

だから、無茶をするな、と、締めてからイデアは気が付いた。言葉のニュアンスが自分が予想したのとは違うことに。

口から出た言葉は、自分で思ったよりも柔らかく、それでいて気楽だった。

仲間かぁと心中で何度か反芻する。そうか、仲間か……こういう時にこういう軽口が叩ける相手がいるというのはいいものだとイデアは思った。

 

 

 

 

返すアンナは視線だけは鋭く怪物を睥睨したまま、声音だけはいつもと変わらずに返す。

淡々と事務的でありながら、何処か熱を帯びた声。

 

 

 

 

「えぇ、判ってますわ。火傷なんてしたら、肌が痛んでしまいますもの」

 

 

 

 

視線だけは固定し、アンナは何か妙な感覚を抱いていた。何か、眼前の存在と過去の記憶が重なる。何かが。

この男……恐らくは十中八九テュルバンの意思を宿した存在なのだろうが……何処かで会ったことがあるように思えてならないのだ。

だが、と直ぐにそんな考えは遮断し、クシャクシャに丸めて頭の中から消し去る。

ただでさえ相手の武器は此方にとって致命になりかねない攻撃を飛ばしてくるというのに、無駄な思考を挟んで戦闘なんてしたら、それだけで危険は数倍に跳ね上がる。

 

 

 

竜化は却下。あのアルマーズの攻撃は防ぐのではなく、回避に徹するべきだと既に彼女は判断を下していた。

あの状態でも迅速に動く自信はあるが……ここは竜の体躯では狭すぎるのだ。故に回避のしやすい人の姿で彼女は戦闘を行う。

 

 

 

 

竜石を、魂を燃やすように輝かさせて彼女は紅蓮の概念染みた“炎”をその身に蛇の様に纏わり付かせて踊るように

先ほどカイムの腕を根こそぎ吹き飛ばしたファイアーを飛ばす。しかしその全ては大本である怪物には届かない。

全てが宙の中でアルマーズの発する雷に打たれ、破壊される。無数の火の弾丸に向かっての“落雷”がおきているのだ。

 

 

 

 

アルマーズが発する一つ一つの雷の密度が更に濃くなる。無数の線が光の速度で斧の周りを飼いならされた猟犬の如く飛びまわる。

これがある限り、この存在への飛び道具などは一切通用しないだろう。稲光と共に発生する光速の迎撃など、誰が抜けるのだ。

 

 

 

 

 

 

一本一本がバラバラに動き回る稲妻が、一つに束ねられ、一振りの神々しい天雷の槍へと変貌。

持ち手など居ないそれが一人手に猟師が狙いを定める様に切っ先をアンナへと向けて飛翔。

物理的な重さなどに囚われない雷槍は、正に閃光と述べるしかない速度で飛来し……命中。

 

 

 

 

そう、命中したのだ。但し、アンナの心臓ではなく途中で打ち払われるように振るわれた一本のルーンソードへ。

音さえも発生しない。ルーンソードの朧に輝く刀身に触れた瞬間、雷の槍は糸の解れたマフラーの様にその魔力を霧散させられ、魔剣へと飲み込まれた。

排水溝に水が流れ落ちていくように、雷の束が引力に従って刀身の中に吸い込まれていく。

 

 

 

 

 

ルーンソードが再びその顔を変質させた。先ほどアンナの力を食らった際は業火に包まれた刀身が、次は迅雷を宿す神々しい剣へと。

しかし、ソレを握るソルトの顔に余裕などない。何故ならば剣と違い彼は生身の人間であり、彼には魔剣の様な吸収能力などないのだから。

吸収しきれず、あぶれた小さな稲光たち、そこから生じる火花は彼の皮膚を焼いている。

 

 

 

神竜と地竜の加護を得てもこれだけの傷を負っているという事実が彼の心胆を冷めさせる。

それでいて彼は冷静にカイムだった存在と、それが握っているアルマーズを観察し、自分なりの答えを出した。

 

 

 

即ち。このままだとマズイということだ。どうやってもジリ貧で、こちらの体力と命を削りきられる可能性が高い。

 

 

 

 

遠距離戦では埒があかない。鉄壁とも思える雷による遠距離攻撃へ対する防御に加えて本体の恐らくは規格外のエーギル保有量から成される次元違いの耐久力。

そしてアルマーズという想像を絶する量の魔力とエーギルを内部に渦巻かす存在が有する魔防能力は……それこそ最大出力で放たれた竜族魔法かブレスぐらいしか通さない。

しかも更に加えるならば、この魔境はテュルバンの領地であり、隅々まで彼が戦いやすい様に作り変えられている。

 

 

 

では、どうすればいいのだろうか。諦めて命を散らせてこの存在に食われるか? 

それこそありえない。倒すのだ。何としても。少なくとも、倒せる確率は零ではないのだから。

 

 

 

溜め息と共にイデアが剣の柄を握り締める。一度大きく息を吸い、そして吐く。呼吸と共に全身に満ちるのは凍りついた殺意と戦意。

先ほど口にした言葉は紛れもない自分の本音だった。楽しくもある。神将と戦え……違う、殺すのはと表現すべきだろう。

胸の奥底に十年以上も秘し続けてきた殺意が、眠りから覚めて鎌首をもたげてきている。

 

 

 

 

 

だが、駄目なのだ。同時にイデアは判っている。仲間と共に戦っているこの場で、自分だけがこの感情に身を委ねて暴走してはならないことを。

それに非常に厄介なのだが、今回自分たちはあの斧を手に入れなくてはならない。つまり、何とか無力化させなくてはいけないのだ。

 

 

 

 

 

重低音と共に狂戦士が大地を踏みにじり、神殿の石床を粉砕する。巻き上がる砂煙と狂喜。発した衝撃が、小規模の地震さえも引き起こす。

疾走する。空気を引き千切り、ありとあらゆる障害を踏み潰して前進するその様はまるで大規模な火砕流、逃れることの出来ない災厄。

 

 

 

 

兜の中に宿る光はイデアだけを狙い、その他の存在など視界にさえ止めていない。

処刑執行の如く下されるのはアルマーズの刃、正真正銘、この世で最強の力の権化。

巻き上がる瘴気、吹き出る殺意、叩き潰すという殲滅の意思。その全てを十二分に乗せた神将器の刃が竜へと向けて振り下ろされる。

 

 

 

 

 

再度放たれるは、先ほどの破壊の断線。世界さえも置き去りにする一撃。

しかも多量の亡霊を喰らって放たれたソレは、先ほどよりも威力、速度共に上だ。

回避する暇など与えない。防御する術などありはしない。故にイデアが取った選択肢は一つだった。

 

 

 

 

 

黒翡翠色の閃光と共に覇者の剣が神竜によって振るわれ、迫る破壊を真正面から叩き切った。

暗黒色の刀身と黄金が交差した瞬間、確かに二つの力は互いに喰らいあい、相殺しあい、そして弾きあう。

大規模な破壊を一点に圧縮した様な閃光の爆発が幾度か発生し、イデアの踏みしめた石床が弾き割れ、その身が少しだけ沈んだ。

 

 

 

 

全身が古びた歯車の様な軋む音を立てているのを聞きながら、イデアは思いっきり覇者の剣を振り切る。

瞬間、刀身に宿る暗黒が暴走するように膨らみ、拮抗に押し勝ち、天雷の破壊の軌道を叩き曲げ、あらぬ方向へと吹き飛ばす。

 

 

 

未だ激突地点に漂うのは強大な力同士が衝突し、喰らいあった残照。数本の稲妻と黒泡が満たす空間を掻き毟るように狂戦士の携えるもう一つの魔具が切り裂く。

堕ちる刃は変異させられたトマホーク。ボルトアクスへと作り変えられた巨大な殺「竜」道具。

アルマーズと比べれば格段に劣るといえど、その威力は生き物を殺すには十二分に過ぎる。

 

 

 

 

後方に控えた【シャイン】が迎撃に飛び、斧の刃を砕くべくその猛威を以って襲い掛かるが、止まらない。

トマホークの刃に宿る力は、たかが数本の下級魔術ではそぎ落とすことは出来なかった。

 

 

 

 

薄い氷の膜を踏み割ったような音と共に剣が砕け、斧が迫る。

 

 

 

 

イデアの頭を狂刃が叩き割る寸前、それを邪魔するように覇者の剣が下から抉るように振るわれた。

ガァンという空気を濁らせる音と共に剣と斧は確かに衝突し、彼我の質量差など無視して剣の暗黒がトマホークを強引に上へ弾く。

竜の腕の筋肉繊維が悲鳴を上げて、確かに何本か千切れる。幾ら竜の力を使って強化しようとも限界というのはあるのだ。

 

 

 

 

力任せに振り下ろした武器を無理やりに跳ね上げられるという本来ならばありえない事態にもテュルバン、アルマーズは混迷さえ見せない。

彼は体勢さえ崩さず、次はもう片方の腕に握ったアルマーズを横合いからイデアに向け、叩き割る様に凪いだ。

 

 

 

周囲に収束していた稲妻が、アルマーズの刃に収束し斧が黄金に、眼を焼くほど光り輝く。それを迎え撃つのは夜よりも暗い、深すぎる闇を宿した覇者の剣。

暗黒の刃と、神将器が激突すると、両者の力が食い合いをはじめ、瞬時の拮抗の後に翡翠の暗黒が天雷に飲み込まれ……暗黒を蹂躙した雷は、次いでその持ち主の腕を焼く。

 

 

 

 

肉の焼ける音と、灰色の煙が上がった。それは肉が炭に変わる音。

 

 

 

 

 

「……ぁ……っ!!!」

 

 

 

 

噛み締めた口から絶叫が迸りそうなのをかみ殺す。視界が真っ白に染まるのを何とか防ぐ。

痛い。痛い。腹に風穴を開けられたこともあったが、ここまでは痛くなかったぞ。

竜殺しの力で体を焼かれるというのは、かくも激痛が走るとは。

 

 

 

 

視界に映るのは、次の攻撃で首を刎ねるべくトマホークを鎌の様に持って薙ぐ怪物の姿。

腕が動かない。先ほどの電流で腕の神経を焼かれたように。

 

 

 

 

痛い。痛い。痛い。痛みが……怒りに変わる。

コイツはこんな痛みを姉さんに味合わせようとしたのかと、そう思えば無尽蔵に怒りが吹き上がり、それは激しく渦を巻いた。

その衝動に任せてイデアは大きく口を開いた。過度な力を加えられた唇の端が千切れて、口が思いっきり裂け……その奥から黄金の火の粉が噴く。

 

 

 

 

噴火するように、光輝く黄金が咲いた。圧倒的な圧力と共に。ソレはトマホークで致命の一撃を叩き込もうとしていた狂戦士を後退させる成果を出す。

 

 

 

擬似的なブレス。喉が焼けることさえ計算に入れて口から放出されたソレは、アルマーズの誇る稲妻の鎧を貫通し、確かにテュルバンへと届いたのだ。

僅かに体に残っていたカイムの鎧が水あめの様に紅く溶解し、気化を始めるが……テュルバンは何も反応を示さない。

 

 

 

むしろ邪魔だと言わんばかりに赤熱する金属の塊である鎧を素手で掴み、脱ぎ捨て、その傷だらけの肢体を晒す。

黄金の炎はイデアの殺すという意思を持っているのか、未だ彼の体に蛇の如く纏わり付き、しつこくその全身を焼いている。

 

 

 

肉が焼け、炭化し、ボロボロと崩れ落ちているというのにテュルバンは苦痛さえも感じさせずに両腕の斧を掲げ──高く咆哮した。

 

 

 

それは、聞くだけで並の人間ならば死んでしまうほどの重圧と威圧、そして狂気に満ち溢れた絶叫。

音波は、全身に絡み付いていた炎を消し飛ばし、大地を割り、破壊の衝撃波となって全方位に飛散。

何枚か石畳が捲りあがり、それらは秋風に弄ばれる木の葉の如く吹き飛ぶ。

 

 

 

 

竜の咆哮を連想する音の破壊を巻き上げ、彼は再度斧を握りなおす。

赤黒い眼窩の光は、何処までも愉悦に満ち溢れていた。

 

 

 

 

【リカバー】

 

 

 

 

アンナによって唱えられるのは最上級の回復魔術。それの淡い光がイデアに降りかかり、焼けた腕を復元させようとするが……やはりというべきか、完全な回復にはならない。

表層を覆っていた炭化した皮膚が剥がれ落ち、さながら蛇の脱皮の如く、その下から新しい……しかしまだ多少爛れてる皮膚が顔を見せた。

どうにも違和感が拭えない。腕の皮膚が何かに引っ張られてるように痛く、幾つか感覚が抜け落ちているようだ。

 

 

 

 

先ほど焼いた喉がまだひりひりとした鈍痛を訴えかけてくる中、裂けた口を治癒で復元させる。

 

 

 

 

仕切りなおし。両者の距離は互いに相手の行動に迅速に対応できる絶妙な間合い。

覇者の剣を構えなおすイデアの隣に、ソルトのルーンソードが揃えられる。

その刀身に絡みつくのは先ほど飲み込んだ天雷。

 

 

 

 

眼を向けるまでもない、誰かなど考える必要も無い。判るのは、頼りになるというだけ。

もちろん、背後で術を幾つも唱えているアンナもだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

強者を殺すのは、お前が初めてではない。そして、最後でもないだろう。言葉を使わずとも、その情感だけが痛い程にわかる。

テュルバンのむき出しの殺意が更に肥大化する。そこから迸るのは、身の毛もよだつ程に熱を帯びた殺気。

大きく両腕を広げ、彼は興奮状態にある獣の様な唸り声を発する。呼応するように二つの斧がまばゆく輝き、更にその破壊力を高める。

 

 

 

 

そして彼はイデアとソルトに向い“全軍突撃“を慣行。内部に存在する全ての亡者ども全ての殺意を乗せたその行進は正に、一つの軍団の総攻撃に等しい。

彼は、ある意味では一人ではないのだ。その内部に数え切れないほどの他者のエーギルを抱え込んでいるという点では。

 

 

 

 

 

ソルトが構える。剣を片手で握りこみ、体の何処にも無駄な力などない自然体な構えを。

まるで柔軟性のある木のようにも見える構え……メディアンが使う防御のスタイルだ。

真正面からの打ち合いなど欠片も想定せず、ただひたすら水の様に流れる型。

 

 

 

 

対してイデアは違う。彼には型などない。それどころか、剣術さえも知らない。

両手で剣を握り、大きくそれを振り上げる。黒く染まった刀身が更に純化する。まるで主の怒りに応えようとするかのように。

ただ、ただ攻撃。ソルトが防御を重視するなら、彼は何処までも攻撃的に剣を使う。まるで殺人道具の使い道などそれしかないと断言するように。

 

 

 

竜の力を解放した身体能力と直感、圧倒的な力と速度に身を任せて彼は戦う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テュルバンのその豪腕は、見かけに反してかなり繊細で迅速な動きを行うことが出来る。

人間だった時から既に怪物の領域に片足を踏み込んでいたその稼動速度は、彼が真に怪物と成ったことによって更にその速度を上昇させた。

彼の腕は、そこに通る神経の伝達速度は僅か瞬き一回の間に四回もの速度で二本の斧を動かす事を可能とする。

 

 

 

 

アルマーズに宿り、自分と同化している何千もの下僕達のエーギル(魂)から無数の攻撃の知識と経験を引きずり出し、彼はその全てを使う。

雷の刃が半秒に四回ずつ、死を感じさせる大気を焼き切る音と共にソルトとイデアに向けて、その牙を剥く。

まるで、芝を刈るように軽々と命を狩る天雷の霧が、二人に向けて迫った。

 

 

 

 

異なる傾斜、異なる角度、異なる速度、異なる威力、異なる癖でアルマーズとトマホークがバラバラのリズムを刻みつつ電光石火で踊った。

切る、潰す、殴る、抉る、雷で焼く、感電させる、この全ての攻撃は正に嵐の様な激しさでソルトとイデアを飲み込もうと襲い掛かり

仮にこのうちの一つでも浴びてしまったらイデアはともかく、ソルトは一巻の終わりだ。

 

 

 

 

だが、その全てのどれ一つ、ソルトに致命の一撃を与えることは叶わない。

彼一人では、数秒でミンチになっていただろうが、攻撃の対象が彼だけではなく、イデアにも向いた結果、彼は一秒に8回の攻撃を浴びずに済んだ。

それに彼はメディアンと言う同じく規格外の存在と何度も模擬的な戦いを行っていたというのも大きい。

彼女が本気でソルトを叩き潰すために行った攻撃の激しさの早さに慣れていたからこそ、テュルバンの常軌を逸脱した速度に反応が出来たのだ。

 

 

 

 

 

その身に宿る守護がその機能を最大にまで高め、既に眼ではなく、勘ともいえる領域で彼は攻撃をやり過ごす。

流麗に、一切の無駄を排した踊りを彼は舞った。

 

 

 

 

 

イデアが斧を力任せに弾き返し、ソルトが巧みに体の重量を移動させながら、ルーンソードを用いて斧の軌道を逸らした。

撒き散らされた電光をルーンソードの刃が吸収し、それは彼の体力として還元される。

疲れなど感じず、彼はトマホークの刃を眼と鼻の先でやり過ごしていく。

 

 

 

 

避けきれない、意識の隙間を縫うように飛んだ斧は後方に陣取ったアンナが放つ【エルファイアー】に叩かれ、その軌道をずらされ、両者の体を掠る。

 

 

 

これは正に舞踏。一人でも欠ければ一瞬で命が飛ぶ生死の境を綱渡りで突き進む踊り。

全員が歯車の様に踊り、永遠に続くとさえ錯覚させられる舞い。

 

 

 

 

 

 

 

テュルバンが怒りと震えるような戦きと共に更に速度を上げる。

攻撃の速度が早まり、精度を落とさずに更に激しい蹂躙を開始。

赤、黒、黄金が更に激しい色のワルツを刻む。

 

 

 

 

彼の攻撃は、既に線でも点でもない。領域を塗りつぶさんとする剛烈な勢いを宿した、面単位の殲滅行動だ。

 

 

 

 

瞬き一回に付き10回。11回。12回。

実際はこの攻撃は半分ずつ両者に加えられたモノになるのだが、それでも6回の攻撃を一本の剣で防ぎきるのは難しい。

さすがのソルトもこんな馬鹿げた速度で放たれる刃を守りきるのは酷く疲れるし、綱渡りの芸当。

 

 

 

 

 

だからこそ、彼は少しだけ意欲的に挑戦してみることにした。どうせこのままでは守りきれないのだから、やってみよう、と。

微妙に構えの角度を変え、高速回転する風車の如く繰り出されてきたトマホークの刃とルーンソードの刃を接触させる。

守りを攻撃に使う、ただそれだけ。剣士としては基本中の基本。故に大事なことなのだ。

 

 

 

 

視界の端でイデアがアルマーズの刃を渾身の一撃で弾き、邪魔伊達を防いでくれるのを見て、ソルトの心は満たされた。

力の流れと方向性に気を払いながら彼は慎重に斧の表面を刃でなでる様に滑らせ、柄まで到達し、そしてその先へと至らせる。

ギリっと、岩石に剣を埋めたような重い手ごたえ。大よそ人の皮膚とは思えない程に密度を感じる堅さ。普通の武器ならば、刃が砕ける頑強な鎧。

 

 

 

しかしルーンソードに宿っていたのは撒き散らされたとはいえ、曲りなりにも天雷の斧の力であり、いわばこれは今だけは神将器に通ずる切れ味を誇っていると言ってもいい。

 

 

 

 

「──っぅううらあああ!!」

 

 

 

 

 

腰、呼吸、力の方向、その身に宿る全ての加護。これらの力を全力で振り絞り、ソルトは全力で刃を押し込んだ。

二分の一秒後、トマホークの刃が宙を舞う。それを握り締めていた指ごと落ちて、遥か祭壇の下まで落下していく。

 

 

 

 

やった、と。ソルトは一瞬だけ達成感に満たされ……それが決定的な隙になってしまった。

意識の空白から戻ってきた彼が見たのは、幾つかの指が欠落した握りこぶしだった。

瞬間、眼の前で真っ白な火花が炸裂する光景を見て、彼の意識が叩き割られる。

 

 

 

 

体に感じるのは、奇妙な浮遊感。朧気に、自分が今空を飛んでいるのだというところまでしか彼は判らなかった。

 

 

 

 

──先の事を考えてなかったのかい? 全く。

 

 

 

あぁ、僕はまたあの時と同じ過ちを犯してしまったようだ。

最後に彼の意識に映ったのは、自分へと落ちてくる刃を食い止めるように覇者の剣を振るうイデアの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重低音を轟かせ、アルマーズを覇者の剣が受け止め、電流を流される前にその刃を横へと弾き飛ばし、イデアはほっと胸を撫で下ろした。

テュルバンに痛覚はなく、指を切られた程度で動きが鈍ったり、思考に乱れが生じることなどありえない故に起こった反撃でソルトは顔面に拳を叩き込まれたのだ。

意識を向けると心臓の鼓動と呼吸を感じる。確かに彼は生きているのが見えた。

 

 

 

 

ソレに、彼は全く無駄に倒れたのではない。二振りあった怪物の武器の一つを奪い取るという仕事を彼は成していた。

あのふざけた回数の攻撃が半分になったのは正直嬉しい。

瞬時にイデアは力でソルトの体を掴んで、ソレを後方に陣取っているアンナへと向けて多少乱雑に放る。

 

 

 

 

これで一先ず彼の安全は確保されたといっていいだろう。

安堵を覚えて、次にイデアが感じたのは憤怒。よくも俺の仲間と言う憤り。

 

 

 

 

見れば数歩離れた距離に座するテュルバンの指は既に再生を果たしており、残ったアルマーズを手斧の様に片手で構えて此方をじっくりと品定めするように見据えている。

集中。今は集中しなければならない。自分に深く言い聞かせ、イデアは呼吸を整える。ここからは前線組みは自分ひとりだけ。

後方からアンナの支援が入るだろうが、それでもコイツと刃を交えてアルマーズを分捕るのは自分の役目だと彼は考える。

 

 

 

 

 

 

まさか火竜のアンナに神将器の相手をさせる訳にもいかない。例えるならば、それはペガサスに弓兵と戦えというものだ。

 

 

 

 

 

 

深く、深く、深奥を覗き込むようにアルマーズを、テュルバンをその探知能力で見つめる。

その一挙手一動作、その全てに対応できるように全身の神経を張り巡らせて観察。

 

 

 

膨大なエーギルの塊であるアルマーズは、いわば剥きだしの魂ともいえるだろう。

 

 

 

アルマーズ。仰ぎ見るだけで吐き気を催すほどのエーギルの混合具合と、驚嘆を感じ得ない力の総量。

だが違う。もっと深く、鋭く、この存在の本質を、存在概念を、その全てを理解せねばならない。

この神将器という存在が何なのかを理解するということは、イデアの目的に近づくことを意味するのだから。

 

 

 

メスを差し込むように、気配探知能力を限界まで鋭敏化させて彼はアルマーズへと潜った。

 

 

 

 

 

 

そこで刹那見えたモノに、思わずイデアは込みあがってくる甘酸っぱい液体を堪える。

 

 

 

 

 

ソレは巨大な体躯を持つ男。紛れもなく、あのアクレイアにあった像の一つ。

剛健な肉体、人間離れした狂気とエーギルを宿す男が……アルマーズの中に……違う“彼が”アルマーズなのだ。

 

 

 

 

 

この二つに既に境界線はなく、彼はテュルバンであり、アルマーズである。

アルマーズはテュルバンを極限の人外へと変貌させ、彼を地獄の悪鬼として新生させた存在。

神将器は、全身全霊で主の願いをかなえた結果、今の彼らがある。

 

 

 

 

 

天雷の狂戦士は震えている。総身を震わせ、よくぞ来たという喝采を飛ばしていた。

恐怖ではなく、万来の夢を果たせるという、全力の開放に涙している。

殺戮への飽くなき欲望と欲求に満たされた双眸が、イデアではなく、その後ろに誰かを重ねて“見て”禍々しく窄められた。

 

 

 

 

彼の眼に覗いているのは、冷たく、無慈悲な死だ。それがこちらを見返している。

 

 

 

 

そう、深淵を覗き込み、深淵に覗き返されたのだ。

純粋なエーギルの塊である存在、ソレを読み込んだイデアの脳髄を莫大な情報が駆け巡り、彼を痺れさせる。

 

 

 

 

 

 

砂嵐のように視界が乱れ、何も見えなくなるが、イデアはここではない別の何処かを確かに視聴していた。

まるで壁に飾られた絵画を見ているような、そんな光景。色彩もなく、白黒の世界に無数の砂嵐が走り、全景が見えない。

 

 

 

 

 

 

一人の巨漢の男が、何かを見下ろし、蔑みに満ちた声で言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

────そうだ。コイツは殺すべきだ。殺してしまおう。バラバラに犯して殺すべきだ。見せしめとして、コレはいい役目を果たしてくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

脳を焼くように呟かれた言葉は、イデアに向けられたものでも、このテュルバンが発したものでもない。

いや、彼が発した言葉なのだが、それは“今ではない時”に彼が紡いだ言葉。

誰にかは判らない。何故、このような言葉を? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────やめろ! やめてくれっ……私は……!!

 

 

 

 

 

 

若い女の声。何処かで聞いた、声。懇願するように、喘ぐように紡がれたソレは隠し切れないほどの苦痛と苦悩に染まっている。

草原を吹き行く春風の様な明瞭とした声をイデアは確かに何処かで聞いた事があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、知っている。自分はこの声の主を知っている。そう……これは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思考はそこで中断された。幾つもの場面が瞬時に巻き戻されて、イデアの思考は現実へと引きずり込まれた。

時間にして半秒にも満たない時間だったが、それは場が変化するのに十二分な時間。

 

 

 

 

 

 

 

怪物がトマホークを失った腕を見やり、顔を傾げる。一度切断され、再生を果たした自らの指を。

雷が集まり、密度を得て、槍となる。その数実に4本。それが怪物の背後に控えるように浮かび上がる。

魔術ではない。ただ周囲にある力を固めて投げつけるだけ。かつてあの存在が彼にそうしたように。

 

 

 

 

 

 

殺気を漲らせ雷槍が襲来。それは回避さえ許さない速度。

辛うじて竜族の動体視力で見えるほどの速度を伴い飛来する殺気の具現化を2本を叩き落し

3本目を手で掴み握りつぶし、4本目は大きく顎を開き……食いちぎるように噛み付く。

 

 

 

 

口内を痺れる痛みが走り、舌が裂け、歯に皹が走るのを客観的に感じつつイデアは思いっきり上顎と下顎をかみ合わせる。

バチィと小さな爆発が起こり、灰色の煙を口から吐き出す。苦々しい液体を吐いて捨て、間を置かずに覇者の剣にエーギルを通して風車の如く高速で回転。

 

 

 

 

 

黒い剣閃が円を描き、やがて速さを増したソレは唸りを発する盾となる。

一瞬の間もおかず、破壊の雨が頭上より到来し、イデアを軽々と捕食するように飲み込んだ。

それは先ほどの雷の矛。十、二十、三十、それ以上の暴威をもって神竜を引き摺り下ろそうとするのだ。

 

 

 

 

石床が熔けて粘性を帯びた液体と化し、巻き上がった残骸が彗星の尾の様に荒々しく煌く。

熱量を帯びた嵐の顕現により、間違いなく周囲の気温が数度ほど上昇。

金属が弾きあう快音。ガラスが叩き割られる狂音。肉が焼け焦げたおぞましい匂い。

 

 

 

 

 

 

雨が一時的に勢いを収めたかと思えば、次の瞬間に天より墜落してくるのは身の毛もよだつ巨大な雷電の尖塔。数百本の雷槍をかき集めて作られた魔艙。

先ほどイデアがカイムへと放り投げた石柱の数倍……樹齢千年を超えた大樹であろうと到達できない巨大さを誇る特大の稲妻の収束体が叩き込まれた。

ファランクスを滅した光系統上位魔法【アルジローレ】でさえ、コレと比べればまるで爪楊枝だ。

 

 

 

 

 

アンナが咄嗟に背に渦巻く業火の翼を生やし、ソルトを抱きかかえて宙へと逃亡。

そこに待っていたと雰囲気で述べる数体のガーゴイルに、アンナは思わず溜め息を漏らし、その瞳を鈍く輝かさせる。

しつこい奴は男女問わず嫌われますわ、と小さく呟くと火竜の背から噴出す業火が勢いを増した。

 

 

 

 

 

 

 

爆音と共に、大爆発が発生。

 

 

 

 

雄大で、馬鹿馬鹿しい火力が周囲を狂わせ、神殿の上部を完全に破壊し、滅しきる。

食い取られたように大きく円形に上層が抉られ、クレーター状に綺麗さっぱりと無くなる。

 

 

 

 

 

 

 

埃が晴れ、視界が満たされる。そこに居たのは全身に数本の槍を突き刺しながらも、全ての攻撃を耐え切ったイデアの姿。

しかし無事ではない。全身に負うのは幾つもの物理的な傷と、竜殺しによって負わされたエーギルへのダメージは確かに蓄積している。

 

 

 

 

 

荒い息を吐き、彼は必死に頭を整理していた。アルマーズを見てからどうにも調子がおかしい。

何かが勝手に頭の中に入ってくる。とめられない。痛い。苛々する。

悶々とした感情を渦巻かせながらも彼は覇者の剣を腕が消えるほどの速度で払い、眼前に迫っていたアルマーズを何とか弾く。

 

 

 

 

体内で嫌な音がなり、神竜の腕の骨に亀裂が走る。

雷が彼の体を更に深く、残忍に焼いていく。激痛が体の奥底から走り、イデアが顔を顰めた。

間を空けずに追い討ちとして放たれたテュルバンの拳がイデアの鳩尾に深々と入り、その体がよろめく。

 

 

 

内臓がひき肉に変わっていく音を聞きつつ、イデアは無意識にアルマーズへ意識を向けた。

何故なのかは判らない。ただ、極自然にそれが当たり前だといわんばかりに。

打ち合える程の距離でアルマーズと接触した結果、この存在の深奥へと“眼”を向けていたイデアへ、更に情報が流れ込む。

 

 

 

 

頭部にナイフを突き刺されたような激痛と共に、神竜は眼を回す。

 

 

 

視界に、先ほどよりは薄い砂嵐が入り、イデアの眼は別の誰かの眼へと変わり。今ではない何処かへと意識が飛んだ。

 

 

 

次に瞳に映った世界は、しっかりと色彩が施され、今、眼の前でその出来事が起こっているような、現実味を対象に与えるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イメージのイデアの眼前に、一人の少女が座り込んでいる。紫色のローブを着込み、腰まで届く紫銀色の髪をした美しい少女。

その双眸の色は、紅と蒼。何も映さない眼だけが、ただ空虚に空を眺めている。まるで、誰かを待っているかのように。

あぁ、とイデアの意識が、大きく溜め息を吐いた。エーギルの中で、彼女を確かに感じ取れて、イデアの胸は一瞬だけ満たされた。

 

 

 

だが直ぐに現実が追いつき、その満足を奪い取っていく。彼女は“ここ”に居るのであって、お前の傍らには居ないと囁く。

その髪も、眼も、声も、意識も、全てここだけであって、お前の家族は居ないのだと、毒を注ぎ込んでいる。

 

 

 

 

 

少女が誰かなど考える必要さえなかった。

忘れるわけがない。忘れられるわけがない。彼女の事を思わなかった日は一日もないのだから。

 

 

 

 

取り戻す。何を犠牲にしようと。

 

 

 

 

────生かしておいてはならない。一時の情で、後に災禍を残してはならないだろう。こんなモノ、生きている価値などない。

 

 

 

 

 

それはイデアの口から出ていたが、イデアのモノではなかった。そしてその言葉は、言葉だけを見れば人類の未来を案じている様に聞こえるだろう。

未来の者達に脅威を残してはならないと、そういう崇高な理念を感じ入ることが出来るだろうが……その本性は違う。

彼は、この声の主は、楽しんでいた。この存在を殺せば、後に何かよくない事が起こると直感的に理解しながら、彼はそれを望んでいる。

平穏を壊そう。平和を潰そう。血みどろの戦争を、嘆き悲しみを撒き散らす闘争。不幸が起こることを彼は喜んでいた。

 

 

 

 

抵抗もしない女子供を殺すことは、彼にとっては所詮は駄菓子をつまみ食いするようなもの。

事実、イデアは感じていた。この男の顔の頬が緩んで、喜悦と孕んだ笑顔を浮かべているのを。

 

 

 

 

その果てに自分が死ぬことになろうと、彼は気にしない。その程度だったのかと自分に見切りを付けるだけだ。

一切の躊躇いなく、彼は天雷を纏った戦斧を少女へと向けて、無慈悲に翳す。斧に宿る輝きは、断頭台にも似た、血を求める鈍い光。

 

 

 

 

 

 

止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めてくれ。

 

 

 

 

 

喉が潰れるほどの音量でイデアが叫ぶ。何度も何度も。自分の眼を抉りたいとさえ思った。

何だ、ふざけるな。何だこれは。止めろ。よりにもよって、この視界で、この状況だと?

俺が、姉さんを殺す? 違う。殺すのは別の狂った男だ。

 

 

 

 

 

殺す? 誰を? 誰が? 何故? 止めろ。

纏まらず、半ば狂熱した思考で彼は幾つもの言葉を喚きちらし、絶叫をあげるが何も変えられない。

神とさえ謳われた竜達を殺す力を、戦意さえない存在に叩き込めば、結果はどうなるかなど考えるまでもない。

 

 

 

 

 

刃が堕ちる。断頭の意想を乗せて。

落雷を思わせる畏怖と共に神将器の力が行使された。

絶望、イデアの心中をそれが津波の如く満たし、隅々まで黒く染め上げていく。

 

 

 

 

黄金の閃光。全てがソレに塗りつぶされた。

 

 

 

最後に見えたのは、眼に悪いほどの光を放つ炎の渦。その色は、烈火。

 

 

 

全ては過ぎ去った過去の残影。だが、それでも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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