とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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今回は少しばかりカニバリズムな表現がございます。
ご注意ください。


問題児の章を何とか分割できてほっとしていますw


とある竜のお話 第二部 五章 6 (実質13章)

 

 

世界が戻る。先ほどの様に、幾重もの光景を置き去りにして。

そして、そこにあった光景は、イデアを瞠目させていた。

信じられないと、自分の体に起きた異変を見て口を開けて呆然とした表情を浮かべる。

 

 

 

 

刃が、この世で最も忌憚すべき竜殺しの刃が深々と自分の右の肩に抉りこんでいる。

何時されたなど、考える必要はない。ほんの一瞬でもアルマーズの情報で翻弄されていた自分は、さぞや怪物からみれば格好の的だっただろう。

全身に突き刺さっていた雷槍が、傷口周辺を食いちぎる様に爆発し、体内からズタズタに食い荒らし、壊す。

 

 

 

 

 

眼前に相対するは、視界を埋め尽くすほどの巨漢を持った怪物。喜笑を讃える赤黒い光が、更にその深度を増す。

 

 

 

 

爆発の衝撃で、内臓がかき混ぜられ、骨が軋み、体内のエーギルの流れを無茶苦茶にされて、思わずイデアがたたらを踏み、倒れこみそうになる。

しかし、テュルバンは、そんなことは許さないと更にアルマーズに力を込め、残ったもう片方の掌でイデアの顔面を口を塞ぐように鷲掴みにし、がっちりと拘束。

赤熱する雷電の刃が、肉屋の肉をなで斬りにするようにイデアの肩から深く潜り込み、彼の衣服を蒸発させ、骨を微塵に砕き、肉と神経を引き裂く。

 

 

お前はカイムの腕を奪った。ならばお前も腕を失うべきだ。狂戦士の眼は喜悦と愉悦、快楽と陶酔に満ちている。

 

 

 

イデアの右腕が、根元より胴から切り離されて、肉と骨が焼け焦げる匂いと共に床に落ちた。超高熱の刃で切り離された傷口からは血さえも出ない。

痙攣する手が、何かを掴むかのように小さく指を曲げて、それっきりその腕は動かなくなった。

 

 

 

 

 

「───!!!!」

 

 

 

 

声さえあげられず、くぐもった甲高い悲鳴が轟く。

 

 

 

左腕に握った覇者の剣を動かし、何とかテュルバンを引き剥がそうとするイデアを見て、狂戦士の心は大きく歌った。

嗜虐心。彼の心を支配するのは言葉にしてしまえばそんな感情か。苦しんでいる。痛がっている。実に素晴らしい、と。

竜の頭部を万力の如く締め付ける豪腕、その掌に力が集う。紫電を纏い……掌の中で眼も眩むような稲妻の爆発が産声をあげた。

 

 

 

 

 

それは灼熱を一点に集めた暴災。鋼鉄をも溶かし尽くす熱量の閃光。アルマーズの宿す純粋な竜殺しの力をふんだんに宿す一撃。

握り締められた掌の中という密閉空間で熱量と雷は荒れ狂い、顔面を焼き焦がす。

悲鳴さえ出ない。恒星の光の様な眼を焼き潰す閃光と熱波により皮膚が焼け爛れ、眼球が乾いていく。

 

 

 

 

 

焼き切られたロープが落ちて、イデアの首に掛けられていたとあるモノが床を転がり落ちる。

 

 

 

 

皮膚がひび割れ、頭蓋骨に断裂線が刻まれ、脳味噌が釜戸に入れられたチーズの様に熔けていく感覚は、知覚さえ出来ない。

痛覚さえ凍るように麻痺していく中、覇者の剣を落とし……イデアは力なくアルマーズを掴んだ。

既に先ほどの様な莫大な量の情報の濁流は起きない。そんなものを受け入れる余裕がイデアにはなかったから。

 

 

 

 

小さな針のように細まったイデアの思考に、アルマーズから湧き水の如き繊細な一つのイメージが流れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、彼が見たのは一つだけ。一個のイメージだけだった。恐らくは、このアルマーズが最も強く、深く、執着する相手だろう。

長い白髪の男。純白のローブに身を包み、こちらに背を向けた男。イメージの中での自分は倒れ伏して、その背中をただ見つめている。

 

 

 

 

 

 

まるであの時の様に。

 

 

 

 

 

誰よりもその姿を、顔を、声を……そして男が持つ“力”の大きさをイデアは、この存在の“息子”は知っていた。

何処まで追いかけても、届かない背中。力を手に入れれば手に入れるほど、この男がどれほど異次元の高みにあったかが判ってしまう悔しさ。

どうして残ってくれなかったのか。お前が全て潰せば、それで終わっていたじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

どうして人間にそこまで肩入れするんだ。お前のせいで姉さんは……。

 

 

 

 

 

───我はお前たちの父などではない。

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、イデアの中で薄れていた彼への憎悪がその質量を爆発させた。

黒く、濁った液体がぶちまけられ、冷たくねばねばした嫉妬が無残に破壊しつくされた内臓を凍らせていく。

 

 

 

呪いの言霊。真実、人を心の底から抉るのは剣や槍ではなく、言葉だという事を実感させてくれた形のない凶器。

故にイデアもこの一撃にこう切り返す。お前なんて、俺の父親じゃないと。俺の家族は姉さんしかいない、お前など消えてしまえ、この裏切り者が。

俺はお前とは違う。いつか、絶対にお前を越えてやる。お前を超えるほどに強くなって姉さんを取り戻す。

 

 

 

 

 

それこそ、彼の原始の思い。

真実イデアはあの日から誓っている。ナーガに捨てられたあの日から。

 

 

 

 

 

 

そう、だからこそ。

だからこそ、こんなところでこの程度の存在に足を引っ張られるわけにはいかない。

瞬間。イデアの中で一つの線が音を立てて切れた。彼は、足を一歩外に踏み出し、踏み外す。

 

 

 

 

 

勝つ。イデアはそう決めた。圧倒的な力で、身の程をこの怪物に教えてやると、彼は決定した。

胸の奥底に秘めた心臓が、神竜の太陽がその勢いをかつてない程に高みへと至らせる。

 

 

 

 

 

 

苦痛が武器に。怒りは剣に。絶望が黒い炎へ。

 

 

 

 

“太陽”が暴力的な光を生み出せば出すほど、ソレによって産まれる黒は純粋に、美しく成長を遂げていく。

最も強い光は、最も深い影を投げかける。ならば、神竜が刻む影はどれほどの深度となるのか。

 

 

 

瞬間、イデアは小さな妖言を聞いた。確かに聞いた。全てを解決する方法をその原始的な言霊は宿していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物──狂戦士テュルバンは咄嗟に竜の顔面を鷲掴みにしていた五指を静電気でも流されたかのように離していた。

そのまま彼の足が大地を蹴り、5歩分ほどの距離をイデアから取る。

彼は人として産まれてこそいるが、その性質は何よりも原初の獣に近い。だからこそ、体が考える前に動いたのだ。

 

 

 

彼に恐怖という感情は存在しない。ただ不思議そうに何が自分をそうさせたのかを知るべくイデアへ眼を向ける。

如何なる鋼鉄よりも強固な拘束具で顔面を押さえ込まれていた竜の顔面は半分が崩壊していた。

 

 

 

 

 

 

顔面の左半分が大きく焼け焦げており、電撃傷が無残に晒されている。

落雷にも匹敵する電流と、それに対する抵抗によって生じる太陽の表面温度にも匹敵する熱が彼の顔面を蹂躙した結果だ。

皮膚から油が垂れ、その下にある筋肉さえも焼き焦げてしまっている。

 

 

 

左の眼が瞼さえ焼きおちた結果、行き場を失ってギョロギョロと不規則に動いているのが見る者に嫌悪感を与えるだろう。

イリアの雪山でさえ及ばないであろう絶対零度の瞳だけが爛れた輝きを放っているのがテュルバンには愉快だった。

素晴らしい。まだ闘志を失っていない。何処まで壊せばこの存在は死ぬのか、彼には興味深い問題に過ぎない。

 

 

 

 

 

覇者の剣を残った左腕で拾い、握り締める。彼の切り落とされた右腕が黄金の光に纏わり付かれ、イデアの胸元まで持ち上げられる。

ソレに……イデアは齧り付いた。口元の焼け焦げた皮膚がボロボロと崩れ落ち、飛び散った紅い液体が彼の服を染め上げた。

耳元まで裂けた口が真紅の肉を飲み込み、むき出しになった骨を齧り、細い糸のような血管の中身を啜り、味わう。

 

 

 

 

 

意外と、不味いものだとイデアは思う。脂身も何もない。味もなくて、サバサバしている。

血液は苦く、粘性を帯びていて口の中でも重くて溜まるから水の様に一気に飲むわけにもいかない。

だが、その全てを置いても一度体から切り離され、苦痛と共に持っていかれた血肉を取り戻すのは……恍惚さえ覚える。

 

 

 

 

邪魔をするなと背に生えた2対4枚の翼で宙へ浮き上がり、彼は器用に口だけでハイエナが餌を貪るように腕を素早く腹部へと収め、最後に小さく血の匂いに満ちた溜め息を吐いた。

失った血肉とエーギルの回収。喉に詰まった血の塊を吐きだし、彼は背後に眼を向けた。

熔解した青銅のガーゴイルが数体入れ替わるように大地に墜落していくのをイデアは横目で見やり、口角を吊り上げて言葉を飛ばす。

 

 

 

ポタポタと唇にこびり付いた血液が滴り落ちた。

 

 

 

 

 

「アンナ……ソルトはどうだ?」

 

 

 

 

発せられた声はあの老火竜を思わせるほどにしわがれており、飛竜の唸りのように低く、冷たい声だった。

 

 

 

振り向く、悪夢の中でしか出会えない怪物の様な顔を見てアンナが一瞬だけ息を呑み、彼女は直ぐに意識を切り替える。

紅と蒼、濁った瞳の中で強烈な光が渦を巻いているのを彼女は確かに見たが……気にせず言葉を発する。

ただ、非常に今のイデアからは嫌な予感がした。言葉に表せない、とてつもない危機感を。

 

 

 

 

 

「ソルトは無事です。ただ、少し気を失っているだけですわ」

 

 

 

 

 

小さく、アンナがソルトの頭を撫でやり、イデアが安堵の息を吐いて自分の顔に負った火傷を残った左腕の指でなぞる。

感覚さえ焼けてなくなったのか、触っているのに触っているという実感が、触感が一切感じられない。

骨が膨れ、熔解し、製鉄所から零れ落ちた粘着質な液体の様にくしゃくしゃで硬い肌触りの肉が張付けられている。

 

 

真実、竜さえもたじろぐ顔だった。

 

 

 

 

「まだ自分とソルトの身を守るだけの余力はあるな?」

 

 

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

頷くアンナを見て、イデアの顔面が恍惚を孕んだ笑みを浮かべた。

口元が大きく裂け、眼が哀れな獲物を狙う捕食生物の如く爛々と狂った色彩の光を放っている。

その眼の奥で揺れている炎の名前は憎悪。

 

 

 

 

あまりの異貌に、アンナは直視できず思わず顔を小さく背ける。

恐ろしささえも感じる、敵であるアルマーズよりも。

 

 

 

 

「なら、出来るだけ俺とあいつから離れて、知る限りで一番強力な結界を張っていろ。直ぐに終わらせる…………それと、ごめん」

 

 

 

 

小さく、最後に付け足されるように放たれた言葉は泣いている様に火竜には聞こえた。

思わずアンナがイデアを見ると、彼の眼はソルトだけをじっと見据えている。視線で、謝る様に。

火竜が次には下界に視線を向ける。そこに座すのはアルマーズを掲げ、無尽蔵にエーギルを食いつぶす怪物。

 

 

 

あれほどの力を誇るのに、彼は更なる力をその身に蓄えていた。まるで、もっと強大な存在と戦う下準備をするように。

 

 

 

 

囁くような声でアンナにはこう聞こえた。逃げろ、と。

彼女はそうした。翼から得る浮力でソルトを抱きかかえたまま上空へと逃げていき、転移の術を使う。

テュルバンもイデアも、彼女をちらりとも見なかった。

 

 

 

 

 

イデアが片腕を広げ、なくした腕と、その断面から生じる痛みを感じ入るように瞳を閉じて艶笑を飛ばす。

今は、苦痛さえも力に変わる。それが素晴らしく心地よかった。

 

 

 

何となく、朧に彼は考えた。先ほどの映像の意味を。あれは何処なのかを。

姉さんは生きている。あの封印の結晶体に幽閉されているとはいえ、生きている。

 

 

 

 

ならば、あれは何だ? この男は何をした? あれは過去の行い? それともありえた未来?

 

 

確かに判るのは、どちらにせよこの男に対する処断は決まったことか。

テュルバンはイデアの逆鱗を踏みにじったのだから。

 

 

 

 

 

夢に浮かされたように覇者の剣を、その黒々とした刀身を見つめる。

全てここにあった。神将器など求めなくてもよかったのだ。

 

 

 

 

覇者の剣をゆっくりと動かし、その切っ先を向ける……自分の心臓へ。

何をすればいいかなど判りきっていた。今まで散々に求められてきたではないか。

夜を切り取ったような闇を浮かべる刀身をイデアは見つめ……迷わずソレを胸に突き刺す。

 

 

 

 

激痛。だが、構わない。この程度の痛み、コイツが先ほど姉さんにやろうとしたことに比べれば痛いというカテゴリーにさえ入らない。

一瞬、寒気を覚えたが、次いで襲ってくるのは猛烈な熱さ。胸が、文字通り焼けるほどに痛い。

 

 

 

 

始祖の力を象徴し宿す剣の刃が肉体的ではなく、概念的な意味で神竜の心臓に到達し、その奥で燃え盛る神竜の“太陽”に接触した瞬間──変化が起こった。

“始祖”と“神”決して交わることのなかった神話さえも霞むほどの過去の種族たち。対極の属性を司る、ある意味では根源的な存在。

喪失した右腕、心臓、全身の至る場所に負わされた傷口から、濃密な、質量さえも有する原初の“闇”が絶え間なく、煙の如く吹き出て彼の体を繭の様に優しく、労わりを持って包み込む。

 

 

 

 

黒く、輝く太陽。日食に食いつぶされた太陽の縮図の様な、繭だ。その中にイデアは内包された。

それは見たくも無いモノを覆い隠し、夜に抱かれた者に心地よい錯覚を与えてくれる闇……。

 

 

 

 

 

竜石が黄金の光を放ち、闇と化合し反応を引き起こす。

神竜のエーギルが性質を変貌させ、星の瞬きの様に激しい熱波と光を支配しながら過剰膨張を引き起こした。

一の光と一の闇が反応し十に、百に、千に、遥か彼方にまで混ざり合い、力を膨らませる。

それはクラスチェンジ。神竜という種からの変容。現状の力では満足できず、更なる上位の次元を目指した際の当然の帰結。

 

 

 

 

それは言ってしまえば“多少は”制御された暴走。荒れ狂う大海の如き力の総量を一つの意思で纏め上げる行為だ。

 

 

 

 

息が出来ない。いや、そもそも呼吸をする必要が無い。瞬きもいらない。慈悲も必要などない。

暗闇の太陽の中でイデアは嗤っていた。絶倒したいほどに。力だ。力だ。力が今の自分にはある。

最大と言う概念が破綻していくのを感じる。心底、今の自分に限界などありはしない。

 

 

 

 

音を立てて、自分の中の限界が崩壊していくのをイデアは確かに聞いていた。

耳の中でアルマーズが発生させるのとは違う雷鳴が轟き、黄金と黒があべこべに混ざった奇怪な色が背筋の下でとぐろを巻く。

 

 

 

 

 

 

先も見えない闇の中に、イデアは自分の未来を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

───竜化───

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえばここ暫くは行っていなかったか。最後に戻ろうと思ったのは何時だったか。

思い出した、確か飛竜の群れを殲滅したときだったか?

 

 

 

あの時とは違う。たかが飛竜の群れに敗北を喫したあの時とは。

 

 

 

 

 

イデアの体が人としての姿を失い、黒い不定形な黒金色の煙となって崩れ落ちる。

さながら、エーギルの結合を解かれたモルフの様に。

 

 

 

 

酷く、歪で耳障りな不協和音をかき鳴らしながら、かつてイデアであった煙がその姿を変異させていく。

無尽蔵に顕現する黄金と漆黒が絡み合い、溶け合いながら言語では言い表せない色彩を奏で、その形状を変質。

ミシミシとアルマーズによって支配されていた空間が弛み、歪んだ後に亀裂が入る。

 

 

 

 

それは物体としてそこにあるのだけではない。一個の存在として超高密度に圧縮されたエーギルの量は既に一つの自分の思考を持った世界と評していいだろう。

アルマーズの支配する世界に、もう一つの異界が生まれ落ち、その規模を急速に拡大させているのだ。

テュルバンがアルマーズを一閃させ、放つ切断の断線を輝かない黄金が飲み込み、ソレに込められた殺意を咀嚼する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、一度とある領域を超えた竜化の速度が劇的に速まった。翼が、脚が、腕が、頭部のシルエットが形作られ、繭の内側より孵化を開始。

最初に爪が現れる。繭を内側から絹を引き裂くように現れたのは神々しく輝く五本の神爪。

一本一本の全て、例外なく神将器に匹敵する刃でもあるそれが、薄い暗黒の膜を引き千切る。

 

 

 

更にもう一つの腕……新たに構築された右腕が繭からその姿を覗かせ、煩わしいと残った暗黒の殻を薙ぎ、球体の半分ほどが消し飛ぶ。

頭部がのっそりと貌を覗かせ、辺りを睥睨。紅と蒼の鋭光が、闇の中で浮かんでいる。視界に入った物体が、尽く視線に宿った力に耐えられず崩壊。

周囲を腐臭と死臭が満たす。先ほどよりもなお濃い破滅の匂いが。唯一ソレに逆らえたのは天雷の斧と狂った英雄だけ。

 

 

 

 

 

 

生まれたのは竜の姿をした始祖竜。

誕生したのは竜の形を持った神竜。

降臨したのは生物と言う枠に嵌められ、形をもった一つの異界。

 

 

 

この竜に、この竜と形容していいかさえ判らない怪物に種としての名を付けるならば──その誕生方法より神祖竜とでも呼ぶべきか。

 

 

 

 

巨大。何処までも巨大な竜だ。黒と黄金の力が混ざり合い、いかなる魔性も及ばない最凶最悪の邪性を帯びつつも、美しく気高い神聖さが同時に矛盾なく存在し、双方を高めあっている。

不気味に漆黒の太陽の様に輝く全身に纏った重竜殻は神竜の丸みを帯びながらも何処か芸術的な印象を与えるソレと

始祖の攻撃的で鋭利な特徴が同居しており、時折全身を想像も出来ないほどの莫大な力が流れているのか、不気味に輝く真紅の線が走り、常に赤黒く帯電。

 

 

 

 

これはまだ、生まれたばかりの幼生。新たな種としての始まりだ。

無数にスパイクの様な魔棘が生え揃った尾が、音もなく左右に小さく揺れた。

 

 

 

腹部の鱗の一枚一枚がまるで呼吸をするように点滅を繰り返し、不気味な光のイルミネーションと共に周囲を真昼へと塗り替える。

側頭部から二本の捩くれた角が大きく前方に突き出し、螺旋状の窪みが掘られているそれは

万年を超えて存在する霊峰の如き存在感と共に、周囲の空間に対して恐ろしいまでの敵意と害意を撒き散らして、相対する存在の心を粉々に砕く役目を果たすだろう。

 

 

 

 

かつてエレブに君臨していた神竜王を思わせる王冠の如き四本の小さなカーブを描く王角が、後頭部から後方に向けて左右から二本ずつあった。

イドゥンが竜化した際にも見せるソレは、イデアと彼女の共通した部位でもある。

 

 

 

 

地震を想起させる重振動を鳴り響かせ、二本のしなやかな脚を大地に根を張るようにして降りたつ。

天井まで悠々と届くその身を窮屈そうに身を屈めこませ、背にある4枚の骨格だけのやせ衰えた枯れ木の如き翼を広げて帆船が帆を掲げるようにその骨格の内に薄い膜を生じさせる。

極光に輝く翼膜の色は、黄金に輝く黒。この表現は矛盾していない。黒を基本色としながらも太陽の如き魂を焼き尽くす輝きを孕んだ光なのだから。

 

 

 

 

人にはこの色の本質を言葉や文字で表すことは決して出来ない。どれほど優れた芸術家だろうと、不可能と断じられる。

 

 

 

 

 

その巨体に反して随分と細い首をゆっくりと動かし“大きさ”の比でいえばダニ以下、微生物にも等しくなってしまったテュルバンを見て、確かにその気配が嗤った。

吐き出される吐息は、黒紫色の炎と共に空気中に熔けていく。ただそれ一つをとっても、溜め息でさえ最上級の魔法を遥かに置き去りにするエーギルの濃度。

隠そうともせず、新たに生まれた竜は嗤う。蔑むように、哀れむように、滑稽な道化師を大衆が指差して笑うように。

 

 

 

 

 

煌々と炎を灯す眼から発せられるのはそんな感情。しかし、それと同時に研究者が眼鏡越しに虫を観察しているときに浮かべているような色が見えた。

あぁ、小さいな。こいつはこんなに小さかったか? うっかり潰してしまうかもしれない。

胸中で含み笑いを転がしながら竜は清々しい気持ちでテュルバンを見下ろす。

 

 

 

 

 

 

実に爽快な気持ちだ。素晴らしい。

事実、欠片も注意を払わずにテュルバンと相対する今の竜に先ほどまで彼は悩ませていたアルマーズからの情報伝達は綺麗さっぱりなくなっていた。

脳幹をかき乱す厄介な砂嵐が消え去った上に、更には今の竜は満たされている。

 

 

 

 

 

消えたのだ。全て。この10年以上彼を悩ませ続けた欠落感、イドゥンが居ないという半身の喪失の違和感が。

ナーガに捨てられてから抱き続けたあの嫉妬と狂おしい憎悪もなくなり……違う。ふと神祖竜の脳内をナーガの背がよぎり、彼は小さく呻く。

これでも、及ばない。まだ、自分はナーガの領域に到達していない。足元ではなく、やっとその背を視認するに至っただけだ。

 

 

 

 

考えると竜の胸の内側にて無限の活力を無尽蔵に生産し続ける“黒い太陽”が狂おしく盛る。

血の一滴一滴が並の竜の全エーギル分に相当するほどの力を内包。細胞の一つ一つが呼吸をするたびに強くなっていく。

とりあえず、だ。今は壊るべき事を殺ってしまおう。黒く染まった白目の中に浮かぶ真紅と群青の光が動き、小さな生き物をもはや哀れむように認識した。

 

 

 

 

大人が子供の目線にあわせてあげるように、神祖竜はむしろ友好的な空気さえもってテュルバンへと頭を近づける。

巨大な氷山が眼の前に落ちてくるほどの威圧を伴い、わざわざ竜は狂戦士にあわせてやった。

 

 

 

テュルバンが壊れた羅針盤のような唸りと絶叫を上げながら斧を大きく振り上げ、それを鉄槌の如く叩き降ろす。

吹き荒れるは天雷の裁き。その一閃は戦闘竜程度ならば纏めて数体消し飛ばすほどの猛風。

 

 

 

 

破壊の一撃が神祖の頭部へと迫り……。

 

 

 

 

 

 

 

 

【マフー】  【オーラ】

 

 

 

 

 

届かない。

 

 

 

挑戦者の一撃を阻むのは暗黒と黄金の絶壁。流れる運河の様に悠々と方向性をもって表面が絶えず流動を繰り返す光と闇そのもの。

神祖竜が鎧の様に纏うソレを超えなければ、この存在に傷どころか、埃をつけることさえ叶わない。

その表面にさざ波を立たせることさえ叶わずに、アルマーズの攻撃が弾かれる。飛び散り、四散した天雷の波動が周囲をなぎ払った。

 

 

 

神祖竜の双眸に気だるげな失望が宿り、つまらなさそうに首を傾げる。

 

 

 

 

首を上げようとして、天井があることを思い出し竜が思考する。どうにもこの空間は動きづらい。

折角の翼もこのままでは空を飛べないし、この身に今なお渦巻き増大していく力を思う存分に使えないのは嫌だ。

 

 

 

 

故に神祖竜の頭を答えを簡単に出す。では広くすればいいと。

幸いここはアイツが外界との接続を断ち切った閉鎖空間だ、幾ら暴れても問題はないだろう。

 

 

 

 

 

 

【─Υ─ ─Π─ ─ψ─ ─Σ─】

 

 

 

 

 

竜の巨大な口より吐息混じりに朗々と紡がれるのは神話の言語。

混沌としていながら、理路整然と理屈塗れな言語体形のソレが唱えられる。

 

 

 

 

 

 

【─ζ─ ─δ─ ─λ─ ─∀─ ─δ─】

 

 

 

 

 

美麗な詩を詩人がハープの音と共に歌い上げるように、超音域の言葉は一語一語が力を持ち、世界を変質させる。

神祖の全身を羽衣の様に覆い守っていた【オーラ】と【マフー】がその流れの性質を変化。

杯から零れ落ちた水滴が大地に小さな水の粒を作るように、神祖の鎧から豪雨の如く黒と黄金の光が零れ落ち、幻想的な光の滝となった。

 

 

 

滝つぼともいうべき場所には巨大な光の塊、光球が生まれ落ち、その規模を雪だるま式に大きくさせていく。

 

 

 

次から次へと、止めどなく、尽きることをしらないように。互いが互いを増幅し、一つの永久機関となる。

その総量に比べれば水滴一つなど、あってもなくても変わらない。

テュルバンが大きく後方に飛びはね、先ほどカイムが破壊した玉座の残骸へと着地。

 

 

 

 

衝撃で唯一残っていた玉座の上部の飾り、巨大な斧を模した彼の軍団の象徴であるマークが崩れ落ちた。

警戒は無い。彼は眼前の素晴らしい獲物……違う。自らの命を奪い取れる存在に対して敬意を払うように斧を胸の前で掲げた。

ここからが本番だと。前戯は終わり。今までのは言うなれば馴れ合いにも等しいと。

 

 

 

 

 

防御として使われた【オーラ】や【マフー】は圧倒的なまでのオーラを

物理的な干渉さえ可能な程に高密度に圧縮し物理、魔法、呪術、その全てに対して絶対的な防御性能を得る術だ。

そこに宿る意思は拒絶。全ての自らに降りかかる害を否定し尽くす思い。

 

 

 

様はその反転だ。守護、拒絶によって構築されていた力を外部へ、力の性質を結合から分離へ。防御から攻撃への転換。

 

 

 

 

 

 

 

 

【スターライト】  【マフー】

 

 

 

 

 

それは神々しき奇跡と、吐き気を催すほどの魔性の複合魔法。

テュルバンの領域を浄化し、殲滅する極大の裁き。

 

 

 

光塊がその姿を変化。上下に大きく引き伸ばされ、一本の尖塔になり、そして天地を衝く柱となる。

 

 

 

柱。一本の黒金色の光の山が音もなく大地を割って聳え立つ。数え切れない程の粒子を周囲に振りまきながら。

全方位に放たれる雪化粧のみではなく、光に少しでも照らされた物質が“崩れた”

パラパラと、虚しく音を立てて洞窟の壁、床、天井、ありとあらゆる存在が白亜の砂と化して崩れ落ちていく。

 

 

 

 

 

光が広がる。全方位を灰燼に帰しながら何処までも。竜と英雄を除くありとあらゆる存在を滅しながら。

洞窟の入り組んだ地形を形作る全ての通路がその区切りを消し去られ、一つの大空間へ。

巨大な球体の世界。島ほどの大きさを持った卵の型を地面の奥底で取れば、ちょうどこんな感じの空間が作られるだろう。

 

 

 

光源などないはずの世界が不気味に隅々まで照らされる。神祖の放つ名伏し難い光によって。

遥か遠方に感じる火竜の気配に竜が内心頬を緩ませる。役目を終えた破壊の柱が宙に溶ける様に掻き消えた。

 

 

 

 

 

竜が翼膜を広げ、浮力を発生させた瞬間、その場からその山脈の如き体躯が消えうせた。

転移したのかと思わせるほどの速度で上空に舞い上がった竜が慌てたように体勢を立て直し、尾をゆらゆら振る。

今までとは全く違う飛行速度にほんの少しだけ戸惑ってしまった彼は、何かを確認するかのように竜の巨大な鋭爪が揃った指を握り締める。

 

 

 

 

意識だけが落ちていく。遥か下界に存在する敵へ向けて。十年以上前から隠れていた彼はむせび震えながら見下ろす。

テュルバンの真紅のまん丸な眼光と神祖竜の視線が交差し、一瞬の後、テュルバンが駆け出した。

人間の限界など遥か超越し、馬よりも速く。崩壊する瓦礫を足場に、次から次へと宙へ軽々舞い上がる。

 

 

 

 

耳障りな怪音を叫びながら生き残った青銅のガーゴイルが何処からか飛来し、その背を主に捧げ、飛翔。

更にしつこいことに、残存したガーゴイルたちが次から次へと稼動し、彼らにとっての怨敵である竜へ向けての突撃を行い始める。

何処にそれだけの数が残っていたのか、数十にも及ぶ編隊が巨大なハルバードを手に巨大な竜へ挑む光景は雄雄しく、一枚の絵として完成するだろう。

 

 

 

 

 

 

だが……蝿が、煩い。竜が思ったのはソレだけだった。

耳障りな音を立てて、目障りな姿を晒す像魔にそれ以外の何を感じろというのだろうか。

ジジジと何かが帯電する音。大気が焼き裂かれ、あげる悲鳴。

 

 

 

 

 

 

【レクスボルト】

 

 

 

 

 

赤紫色の電流が竜の側頭部から前面へ大きく突き出た二本の角の間を巡る様に誕生し、その規模を巨大化させ、眩く恐ろしい輝きを発する。

竜の眼窩に宿る光が小さく細められると同時に、ソレは裁きの天災として一片の容赦なく降り注いだ。

天空に赤紫色の光で編まれた蜘蛛の巣が投げかけられ、それは自らに迫る哀れな蟲を撃滅する役目を果たす。

 

 

 

 

 

 

少しでも稲光に触れてしまった哀れなガーゴイルが次から次へと爆散し

更に落雷によって生じる急激な空気の膨張がダメ押しと言わんばかりに砕けたガーゴイルの欠片を粉微塵へと変える。

一体だけ、その体に殺意の稲光を浴びせかけられたにも関わらず無事なガーゴイルが存在していた。

 

 

 

背の翼の片方を持っていかれ、数歩分の距離を竜に迫るだけで四肢が次々と爆散しつつもそれは飛行を続行。

 

 

 

普通の像魔とは一線を画す巨体を持ち、所々に人の頭蓋骨をぶら下げたソレの背にテュルバンが騎乗しているのを竜の眼は捉える。

喧しいと腕を一振り。音を遥かに超過し目視できない速度で飛んだその一撃は隊長と思われるガーゴイルを蚊でも潰すように粉砕。

うん、と竜が首を傾げる。潰した感触が足りない。少なくともテュルバンは潰れていない。

 

 

 

 

 

瞬時にその疑問に答えが出る。眼だけが動き、テュルバン見つける。直ぐ眼の前、ちょうど頭部に向って落下している彼を。

何も難しくは無い。ただ彼は蹴ったのだ、空気を。狂戦士の身体能力、神将器による大幅な補正を考えればこれぐらい出来て当然なのだろう。

神祖の眼に映るのはアルマーズの中に飲み込まれた何千ものエーギル。彼の軍団と彼とアルマーズの魂を見て、竜は気持ち悪いと断じた。

 

 

 

 

 

まるで、蛆だ。何千もの小さな蛆と、少し大きな蛆がうじゃうじゃしている。

小さく聞こえる怨嗟の声は、お前を殺してやるという竜殺しの者達の叫び。

どうして、自分はこんなものを欲しいと思ったのか。こんな汚らわしい痴愚の極みを。

 

 

 

 

あぁ、と竜は気軽に思い出す。確か、自分に力がないから、姉さんを取り返せない。

アルマーズならば、何かソレに進展を齎せるかもしれないと思ったんだっけ、と。

だが、もういい。これは不要だ。いらない。必要ない。

 

 

 

 

 

だって自分は力を手に入れたのだから。もう、いらない。

ならコイツは殺すべきだ。殺してしまおう。

お前が姉さんにしようとしたことを、その身で味わうといい。

 

 

 

 

最初に殺してやると宣言した。アレは一言一句違えるつもりは無い。

 

 

 

 

隕石のように自由落下し、迫るアルマーズの刃を呆けたように見つめ、竜は暢気に考える。

全身を羽衣の様に流動し覆っていた【マフー】と【オーラ】が頭部の部分だけ消えさった。

ここにうって来いと言外に述べているように。明らかに挑発の意を込めて。

 

 

 

 

渾身の一撃。体の捻りと落下、斧の重量にカイムの体の重量が加わり、神域の一撃と化す。

エーギル的な質量ではテュルバン、アルマーズンの竜にも匹敵する魂と、彼に付き従う軍団規模の存在の量が加わっているその重量は想像を絶するだろう。

世界さえ認識できない速度。幾多の竜を屠った竜殺しの斧が落雷を思わせるほどの破砕音を伴い炸裂する。

 

 

 

 

 

その、空前絶後の神将と神将器が織り成す必滅の斧を神祖竜は、頭部で受けた。

一切の防御術を用いず、純粋な外殻の強度だけでアルマーズの一撃を眉間に深々と。

 

 

 

 

重爆音。空間さえ振動させる破砕の響き。飛び散るのは黄金の粒子と、散華した稲妻の残照たち。

そして何か硬質な物体に皹が入るような、軋音。

 

 

 

 

 

テュルバンの眼光が、微かに揺れた。それは驚愕か、または歓喜か。

彼の眼に映るアルマーズの刃に、微細ながらも亀裂が幾つか走っている。まるでただの鉄の斧で強固な岩盤を叩いて刃こぼれを起こしたように。

対して、凄まじい破壊を叩きつけられた竜の頭部を覆う剛竜殻に付いたのは、ほんの一つの小さな切り傷のみ。

 

 

 

 

竜殺しなど意味を成さない程に絶望的なエーギルの質量の差、それが齎した結果だ。

例えるならば、たった一本のつるはしで、ベルンの山脈を削りきろうとするのに等しい。

 

 

 

 

蚊にでも刺された程度の傷。こんなもの損傷とさえ言えない。テュルバンの眼の前で、与えたその変化さえも瞬く間に消えてなくなる。

それと同時にアルマーズに走った亀裂が生き物の再生の様に修復。

 

 

 

 

竜の頭部を蹴り、テュルバンが落下。追撃が可能だというのに竜はそれをまるで他人事の様に眺めるだけ。

むき出しになっていた頭部を光と闇の衣が包み込み、こんな機会など二度と与えぬと竜が嗤う。

 

 

 

そして、一つ。竜は語りかけた。イデアの声で、溢れるような感情と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

“──終わりか?──”

 

 

 

 

 

 

 

精々足掻け、と。遥か高みに座する絶対者のような声で竜は念話を飛ばす。

その声音には子供が蟲の手足を千切って遊ぶ光景が連想されるほどに無邪気で、禍々しい気が充満している。

 

 

 

 

 

 

 

──咆哮。

 

 

 

 

 

応、と、一人で何千分もの人間の鬨の声を狂戦士が答えるようにあげた。

それでこそなければならないと。自分が求めたのはこういうモノだったのだ、と。

条理を超えた化け物などあの戦役で腐るほどに見てきたのだから、お前こそ我を落胆させるな。

 

 

 

 

竜の拳が空気を引き千切るようにテュルバンに迫り、盾の様に構えられたアルマーズの腹に炸裂。彼の落下の速度を十倍以上に速め、天からの失墜を果たさせた。

空気との摩擦で全身から火花さえ飛び散らせながら大地に巨大な落下跡を刻みつける。

人間ならば十度は完全に死んでいてもおかしくはない衝撃をその身に受けながら、テュルバンはクレーターの中心で平然と立ち上がる。

脚部、腹部、臓物、骨格、ズタズタにされた全ての部位がアルマーズからの力の供給によって刹那の内に再生。

 

 

 

 

 

 

テュルバンの正面に、竜が着陸。

力という言葉を具現化させたようなその身が降りてくる。高密度の殺意と愉悦を滾らせて。

後ろ足で立ち上がり、首を天へと伸ばすとテュルバンから顔が見えないほどの巨大さ。

 

 

 

 

 

大きく上下左右に伸ばされた四翼が極光を吐き出し、産みだされた光が羽衣のように竜の体に纏わり付く。

【オーラ】と【マフー】の鎧はこのように絶え間なく生産されているのだ。

 

 

 

 

 

 

通常の精神をもった者ならば抗おうと思うことさえしない力。

魔導を知らない者でさえ一目瞭然な無尽蔵のエーギルの波動。

どう足掻こうと、人ではどうしようもない超生物。

 

 

 

 

 

だが、狂戦士にとっては極上の敵でしかない。傷が付けられない? エーギルの総量が違う? それがどうした。

全身に漲るエーギル、彼の配下らの魂は先ほどよりもその勢いを増し、敗北などありえぬと叫ぶ。

もっと鋭く。もっと圧縮を。まだ足りない。足りえない。アルマーズの内部の力を研ぎ澄ませ、圧縮。

 

 

 

 

凄絶な笑みをテュルバンは湛える。赤熱した眼窩の光が燃え上がり、喉の奥底で狂い笑う。

戦い。闘争。正真正銘、自分を殺せる存在との戦いは最高だ。どんな女を抱いた時よりも興奮し、燃え上がれる。

彼我との絶望的な質量の差さえも彼にとっては戦いを彩るスパイスにしかならない。

 

 

 

 

死、滅び、終わりと隣接し戦うのは、最高の娯楽なのだから。それに元より彼はそれしかしらない。

 

 

 

 

見据えるのはおぞましくも美しい竜。あの時と同じ気配を漂わせる圧倒的な存在。何処までも彼はイデアを見てなどいない。

地震さえも発生させる脚力で大地と空気を抉りぬき、竜へと肉薄。翻される神将器の断頭刃は先ほどより更にその力の密度を高めた魔力の塊。

一冊の書物が音もなく竜へと向けて飛来。狂戦士より早く、竜の前に駆けつけそのページを捧げるように展開。

 

 

 

 

 

書物へ豪雨の様に膨大なエーギルが注がれると同時に、書から黒く濁りきった炎が現出。

竜の超大な力によって本来必要な詠唱さえ省略され、その結果だけをもってくることが可能になる。

 

 

 

 

最初は蝋燭の様に小さく。しかしソレは次の瞬間には山火事を想起させるほどに雄雄しくその規模を拡大。

 

 

 

 

 

 

【エレシュキガル】

 

 

 

 

 

 

吹き荒れ、狂い咲くのは黒い炎。轟くのは見ているだけで眼球が腐り落ちそうになる負の波動。炎の様に見えるだけで、実際はもっと恐ろしい。

冥府の奥底、地獄よりも深い始祖の深淵から零れ落ちる瘴気は、もしも触れれば対象の命を安々と腐滅させる神話の魔法。

負の業火がその形状を変化させ、竜の爪に飲み混まれてそこで燃え盛る。先ほどソルトがルーンソードにアンナの力を宿して燃やした様に。

 

 

 

 

大地が腐る。空気が腐る。黒に触れた部分が、熔けて塵になる。例外はこの術の書と、竜だけか。

 

 

 

 

黒々と煌く滅却の力を宿した剛爪、右腕の指が関節を弾き鳴らしながら滑らかに動かし、人間で言うところの人差し指だけを立て、他の指を握り締める。

ピンッと伸ばされた指に、そこから連なる黒爪は覇者の剣を思わせるほどに研ぎ澄まされ、蹂躙への喜悦に溢れていた。

他愛もない無い雑草を刈る程の気楽さで爪の一本が天雷の死刃を薙がれて、迎え撃つ。お前など、この程度で十分だという囀りを含みながら。

刃と爪牙が激突し、莫大な力と力の衝突によって大地に亀裂が走りぬけ、空気が蹂躙され、稲光が迸り、耳を抉るような奇音が産声をあげる。

 

 

 

 

 

瞬き三回分。それが、アルマーズの全てが神祖竜の魔爪と拮抗を果たすことが出来た全ての時間だった。どうやら、コレがこの生き物の限界らしい。

指一本程度の力に神将器の力が押し負け、黄金の雷は黒い炎に飲まれ掻き消え、それでもなお微笑ましい抵抗を感じた竜が更にほんの少し力を込めると……。

 

 

 

 

 

魔爪はそのまま振りぬかれた。

 

 

 

 

進行方向上の物体全てを枯れた枝か何かの様に呆気なく両断して、だ。

 

 

 

 

 

つまり……。

 

 

 

 

 

斧が力なく飛ぶ。刃の部分を上半分ほど両断され、それは木の葉か何かを思わせるようにクルクルと回転し落ちていく。

それに追従するように、テュルバンの体が浮遊。腹部から上部を切り分けられ、残った下半身が一瞬で【エレシュキガル】に飲み込まれて塵となり霧散。

大地に崩れ落ちる男の隣に、斧の残骸が堕ちる。未だ胎動を収めないソレは切断された部位から小さな光を出血のごとく噴出し、ズルズルと動き出す。

 

 

 

 

再生など、誰が許した、エレシュキガルの炎が斧の断面より燃え上がる。

黒い炎が斧に纏わりつき、その内部に宿るエーギルを胃液で食物を溶かすのと同じ理屈で腐らせ、負滅させ、溶かす。

抵抗として斧より生じた黄金の雷光が炎をかき消さんと紫電を放ち、黒を塗りつぶす。

 

 

 

 

アルマーズが可愛らしい努力と共に再度の再生を試みている中、そこに影が差す。

テュルバンが見上げたのは巨大な竜の姿。そこに重ねるは、かつて自らを踏み潰した存在。

無数の傷跡が残る手を伸ばす、届かない存在へ向けて、祈るように。

 

 

 

 

 

その祈りへの返事が天より返される。最後にテュルバンが見たのは自分へ向けて残影を残しながら堕ちてくる竜のスパイクが生えたしなやかでありながら、強靭な尾。

やはり、届かなかったか。末期に彼が思ったのはそんな感情。しかし彼は最後の最後まで満足など得られない。

 

 

 

 

殺してやる。殺してやる。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。

何処までも後悔など感じず、殺意一色に染まった思考で腕を伸ばす。

血でさえない黒い腐汁を口の端より零れ出させ、テュルバンは一句を繋いで。

 

 

 

 

 

【──我 ト 戦え──】

 

 

 

 

 

 

彼は、粉々になった。

 

 

 

 

 

潰す。潰す。何度も何度も神祖竜はテュルバンが倒れこんだ場所にその尾を鉄槌として裁断する。

踏んで、踏んで、踏み砕いて。存在の欠片さえ残さないように。この愚物が姉に行おうとしたことへの報いを刻み付ける。

音速を超えて叩き込まれる尾が大地を殴りつけるたびに地割れが起こり、地形が変わっていく。

 

 

 

 

 

技巧などいらない。技術など不要。物理、エーギル、双方共に桁違いの質量をたたき付けるだけ。

悲鳴さえかき消す地鳴りを絶叫させ、神祖竜は念入りに、一片の慈悲さえも見せずにテュルバンとアルマーズを殴打。

 

 

 

 

 

二十ほどその塵殺行為を繰り返してから竜がその運動を停止させ、背の黒金色の翼膜が薪を添えられた火の様に力強く、美麗に輝き始めた。

翼を広げ宙へと飛び立つと、その口を大きく広げ、胸郭いっぱいに息を吸い込み、この地にあった瘴気を根こそぎ吸引。

絶望という言葉を三次元世界で顕現させたかの様な色彩を叫ぶ光が竜の口元より零れ落ちる。それは炎のようであり、同時に不定形の影のようでもある。

 

 

 

剣を思わせる鋭利な形状に変化した四翼の間で赤黒い電流が駆け巡り、その膨大な力の奔流が胴へと向けて流出。

 

 

 

破壊が訪れるだろう地点にあるのは潰されたクッキーのようにバラバラになったアルマーズ。

破片が死体に集る蛆虫と同じように動き、今この瞬間に再生を果たそうとする神将器。

 

 

 

 

腹部に走る光の線が引っ切り無しにその勢いを強め、喉部へ流れ、それが竜の体内で移動する圧倒的な力を指し示し、これから何が行われるのか宣言。

竜が大顎を開く。喉の奥底で燃え盛るのは黄金と黒をごちゃ混ぜにしながらも、その美しさは欠片も損なわれていない摩訶不思議な色の炎。

純粋な“力” この世で最も単純で、圧倒的で、全てをねじ伏せる力、その名前を“暴力”という。

 

 

 

 

比較対象などかつてのナーガ以外存在しない破壊の暴力が、吐き出された。

もはやブレス(吐息)とさえいえない。吹き付ける風とは到底呼べない黒金色の光の魔嵐。

図太い光の線だ。業火ではなく、それは夜の闇を切り取った黒と、全ての命を焼き滅ぼす滅相の太陽光。この二つを高次で融合させた色彩の閃光が口より放たれる。

 

 

 

 

 

着弾。

 

 

 

 

 

一瞬の間をおかず、真実光と等速の破壊が地に這いずる蛆を浄化すべく炸裂。

刹那、全ての音と色がこの世から切り取られたように消滅した。

光らない太陽がテュルバンとアルマーズを侵食し出現。最後の足掻きとしてアルマーズが発生させた稲妻の群れを飢えたイナゴの如く軽々と食い荒らし、暗黒が膨れ上がる。

 

 

 

 

正しくそれは地上に顕現した異界の太陽。今現在、竜の心臓として無尽の暴虐を刻む影。

 

 

 

 

外側ではなく、内側へと破壊を収束された黒い天体がこの密閉された地下の空間の半分ほどを塗りつぶすと、突如それは収束に転ずる。

数え切れない程の大気を巻き込み、岩盤を引きずり、それどころか“場”そのものごと収縮し、果てなく押しつぶす。

何千もの人間の魂を、神将器に施された超難解にして、破壊不可能とさえ思える術式も、そして狂戦士の意思さえ、それがどうしたと絶対の力で圧殺、圧滅。

 

 

 

 

最後は昆虫の脚に乗るほどの小さな球体となり、それさえも宙に霧の様に霧散して消滅。

 

 

 

 

 

終わりは呆気ないものだった。爆撃地点を天から眺めると映るのは歪んだ空間。

ブレスの影響で擬似的に世界が歪曲し、あの殿のように無茶苦茶に法則ごと捻られた箇所。

 

 

 

 

全ての暴虐が去った後、そこに残骸の様に漂うのは微塵に砕け、小さな小さな幾つもの破片となってしまったアルマーズ。

キラキラと日光を浴びた砂浜の様に輝いているソレに既に先ほどまで宿っていた何千もの人間の波動は微塵も存在しない。

あのブレスの一発で存在ごと消し去られ、ここにあるのはただの残骸だ。

 

 

 

 

欠片でもこの世に存在を残せたのは奇跡だろう。

 

 

 

 

戦いは、終わったのだ。

それは竜と英雄の互角の戦いではなく、様々な絵画などで描かれてる人が竜を打倒する結果でもない。

 

 

 

 

 

絶対の存在が、ちっぽけな蟲を潰したというありきたりな結末だけがあった。

 

 

 

 

 

咆哮。勝利した竜が天を揺らしてその終戦の鐘を鳴り渡す。

金属同士が歪に擦り合わせるような音と共に空間が亀裂を走らせ、主を失った世界が崩壊していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、どうしようか。呆然と竜は考える。回収するか、否かと。

もうコレは必要ないが、戦利品として持ち帰るのは構わないか。

存外につまらない決着になってしまい、少々拍子抜けしたのもの事実。

 

 

 

熱が、収まらない。神祖竜の内側で更に暴走を続ける熱が更にその熱量を膨らませる。

神将を殺し、神将器を砕いても、まだ、まだ足りない。

 

 

 

 

端的に言ってしまえば、竜は何かをやりたかった。新たに手に入れた力で。

竜の思考は既にここにはない。彼はこの後の未来を思い描いていた。これから何をしようか、何を成そうか。

 

 

 

 

 

このまま殿へと飛んでいき、幽閉されたイドゥンを開放するか。それとも……?

事実、今の自分にソレは可能なことのように思えた。あの程度の封印など力技で軽々と砕いてしまえばいい。

その後はどうする? 姉さんを助け出した後はどうするか。

 

 

 

 

全身に漲り、今なお膨らみ続ける力。かつてない程の全能感に全身で浸りつつ、彼はゆったりと考える。

ナバタに戻り、二人で一緒に暮らすのもいい。そのままの穏やかな生活というのは想像するだけで素晴らしい。

 

 

 

 

だが……。

 

 

 

 

思考を黒い霧が覆い、ソレは甘言を耳元で蕩けるように呟いた。

 

 

 

ソレは始祖の意思などではない。ソレはイデアだった。イデアの一部が、彼の何処かがソレを呟く。

野心、虚栄心、欲望、傲慢、利己心、その全ての集合体が。力を手に入れて満たされた怪物たちが騒ぐ。

狂乱し、力を使え、使えと絶叫を轟かす。

 

 

 

 

その程度でいいのか? お前ほどの存在ならば何が出来るか考えてみろよ、と。

 

 

 

 

竜は瞬きさえせず、虚空を眺め続ける。旗を織る様に思考を織り込みながら。その先の空間にひび割れが走り、急速にアルマーズの気配が消えうせていくのを見やりつつ。

主であるアルマーズ、テュルバンが滅んだ今、この世界は急速に外界との接続を取り戻してきており

速く竜化を解かなければ神祖の身から漏れ出る力は世界中の魔道士に感づかれてもおかしくない程に巨大なのだ。

 

 

 

 

 

ここで気がつく。自分はもっと大きな事が出来ると。

何故、自分が、自分たちが隠れ住まなければならないのだ?

 

 

 

 

 

身の程を教えてやることが出来る。勝った、勝ったと騒ぎ喜ぶこの世界の人間に真の意味で竜の力を刻み付けることが出来る。

あのアクレイアを、無駄に飾り付けていたあの王都を消滅させることも、口では平等を唱えながらも竜を排斥するエリミーヌを捻り殺すことも

かつては竜の土地だったベルンに王国を築いた無価値な存在達を全て消し去ることも全て可能な事実に彼は気がついた。

 

 

 

 

 

今の自分は“何でも”出来る。

もっと深く、黒い感情が鎌首をもたげ、竜は壮絶な嗤い声を漏らす。

ぶるっとその総身を震わせ、燃え盛る眼でアルマーズだったガラクタを見る。

 

 

 

 

 

何でも、だ。イデアの脳裏に鮮やかに光景が浮かび上がる。

次々に血祭りにあげられ、皆殺しにされる神将どもに、一撃でこの世から消滅するアクレイアに、それを成す自分の姿が。

正しく理想郷。何処にも隠れなくてよく、何にも怯えなくてよい世界。

 

 

 

 

今の自分なら、それを作れる。そうしたらナーガを探しに行くことも出来るだろう。

ナーガを見つけたらどうしてやろうか。償わせてやらなければならない。

 

 

 

 

クルクルと思考の歯車だけが回転し、これからの未来に思いを馳せ、竜は深く、深くナーガへの憎悪を滾らせ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イデア様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突に耳元で聞こえた声に竜は現実へと戻る。熱波を放ち燃え盛る鋼鉄に、大量の清水をぶっ掛けられたような感覚。

紫煙を上げながら、急速に炎が鎮火され、思考が冷たくなる感触をイデアは以前にも味わっている。

これは何だっただろうか。何故だか知らないが……自分が酷く悪いことをしているように思えた。

 

 

エレシュキガルの炎が消え去り、書物が力なく落下。

 

 

 

子供が親に怒られるのを恐れているかのような心境で竜が眼を動かすと、足元に二つの人影があることに気がつく。

一つは竜のモノ、そしてもう一つは人間の、小さな小さな生命の灯火。

 

 

 

 

既に全方位、隙間など存在しない次元にまで極まった気配探知能力の“眼”が機能しなかった理由は単純。

竜自身が考え事をしていたのと、単にその声を出した存在のエーギルの総量が矮小に過ぎたのが原因。

それに今まで何千人分ものエーギルの集合体を相手にしていて、そういった単位の基準が狂ってしまったのかもしれない。

 

 

 

 

“眼”を向けるとソルトが自分を見上げているのが判る。その表情から、その不思議なほどに揺れていない内心までくっきりと。

二本の脚でしっかりと立って自分を恐れずに真正面から見返してくる姿は……輝かしく見えた。

胸の内側で“黒い太陽”が大きく揺れて、その勢いを減退させる。

 

 

 

 

 

「……終わったのですか?」

 

 

 

 

 

あぁ、と竜が頷くとソルトは粉々になったアルマーズだった欠片を一度見てから、次いでイデアを見た。

ぐっとその手に握っていた何かを差し出して。

 

 

 

 

 

 

 

「これ……イデア様のものですよね」

 

 

 

 

 

 

 

疑問ではなく、確信を内包した言葉と共に彼は手を開く。

握り締めた手を開くとそこにあったのは微かに発光する紫色の物体。

小さな小さな切れ端。蛍の光にも通ずる見ているだけで安心できる光を放つ光源。

 

 

 

 

 

しかしその光は何度もついたり消えたりの繰り返し、明滅していて、必死に自分の存在をアピールしている。

それを眼にした瞬間、イデアの中で先ほどまで存在していた黒い太陽はその勢いを無へと落とした。

たった一枚の鱗。イドゥンの一部。強く点滅を繰り返すその光は、まるで怒っている様にも見えて……。

 

 

 

遥か昔、イドゥンと力についての問答を行った記憶が唐突に蘇る。

あれは確か、ナーガが始めて自分たちに魔道書を与えた日より幾らか後の出来事だったか。

 

 

 

 

そして自分は姉に何と質問し、何と答えたか。

 

 

 

 

 

そこでイデアは、自分が考えていたことの恐ろしさに気がついた。

自分は眼の前が濁っていたことにさえ気がつかなかったことに思い至り、寒気が走る。

揺れる。絶対無敵と呼称してもいいほどの力を秘めた神祖竜の巨体が立ちくらみを起こした人間と同じく。

 

 

 

 

いらない。いらない。コレは違う。明確な拒否の念がその全身を崩す。

何故だかは判らないが、とても嫌な予感と違和感。

例えるならばそれは、数術の問い掛けで計算と言う過程を省いて、直接答えだけを見せられたというに近い。

 

 

 

 

始祖の力を否定する念が大きくなるほど自分の力の総量が減衰していくのを感じるが、イデアは迷いなどしなかった。

胸の中の空洞を満たしていたあの無尽蔵の活力が消滅するにつれ、ぽっかりと空いた冷たい空洞、イドゥンが本来居るべきであろう孔が再度姿を見せる。

疼く。姉がいないという現実がイデアを満たし、心が軋む。だが、それで構わなかった。

 

 

 

 

だって姉の事をこの喪失感が絶対に忘れさせないから。

 

 

 

 

 

始祖の力が拒否され、黒から黄金へ色を変えた太陽に弾き飛ばされる。

無謬の闇が押し流され、それは元の姿──覇者の剣へと戻った。

神祖竜が大きく天を仰いで無声音で何かを叫び、その巨体が黒と黄金の入り混じった光として散華。

 

 

 

 

 

一際高純度の黄金の光球が収束し、人の形を取る。胴体に先ほど切断された右腕を含む四肢。

纏っていた衣服に髪の毛、左右で色彩が異なる双眸、人とは違った尖った耳、その全てが形成される。

黄金とは対を成す無限の黒を纏った剣の刀身が黒から銀へと移り変わり、覇者の剣は大人しくなった。

 

 

 

 

 

人の姿に戻ったイデアが痛みを感じる顔面の左側に手をやると、熔けて固まった金属を思わせる質感の皮膚に触れる。

どうにも左の顔の火傷はまだ完治していないらしい。

 

 

 

 

 

【リカバー】

 

 

 

 

 

アンナが最上系の回復魔術を行使し、皮膚が幾らか元の感触を取り戻すが、やはりそれでも竜殺しの力に負わされた傷は中々完治にいたらない。

まぁ、いいかとイデアは考える、里に帰ってから本格的な治療を始めよう。瞼だけでも再生できたのは嬉しい。

復元した右腕でソルトからしっかりと鱗を受け取り、切れてしまったロープに【ハマーン】を掛けて修復すると、イデアはそれを首からぶら下げた。

すると、鱗は満足したのか発光するのを止めていつも通り、ただの装飾品の様に黙りこくる。

 

 

 

触ると、ツルツルしていて冷たいそれを撫でてやってから行動に移る。

虚空に手を翳し【エレシュキガル】と【ギガスカリバー】の書を手元に手繰り寄せてから、この二冊の兵器をローブの内側に滑り込ませ、覇者の剣を鞘に収める。

 

 

 

 

 

踵を返し、イデアは改めて二人に向き直り、言葉を紡ぐ。

視線の先に見えるのは、自分が粉々に砕いたアルマーズ。

既に先ほどまでの気配は感じず、今ここにあるのはただの死骸。

 

 

 

 

やはり、もって帰るべきだろう。少なくとも、それならば成果はあげられたことになる。

 

 

 

 

「アルマーズの破片を回収したら、帰るぞ」

 

 

 

 

 

はいと返事をして、行動に移そうとする二人をイデアが視線で静止し、二人がイデアを見た。

自分に向けられる視線を肌で感じながら神竜が言葉を続けようと努力を行う。

 

 

 

 

どうにかコレだけは言っておきたかった。

こんな地の底まで付いてきてくれた二人に。

散々に迷惑を掛けた自分が掛けられる言葉はこれしかなかった。

 

 

 

 

 

「今回は……ありがとう」

 

 

 

 

 

ソルトが直ぐに笑って返し、アンナが一瞬だけ停止した後にあのいつもの全てを見透かしたような微笑を浮かべて答える。

フフフと上機嫌に笑う火竜の眼には暖かい炎が灯っていた。

 

 

 

 

 

「そうですね。長ったら、私たちがいないと駄目駄目ですもの」

 

 

 

 

思わず否定できないとうな垂れるイデアにアンナの人差し指が突き出され

ぱちぱちと眼を瞬かさせる神竜の前で、その人差し指を口元に当ててアンナが笑った。

 

 

 

 

 

「だからこれからも、千年単位でお供させてもらいますわ」

 

 

 

 

「僕も十年単位だけど、ずっとあの里にいますよ」

 

 

 

 

チクリと、その言葉に胸が痛んだ気がした。十年、十年か。

今は考えない様にその想いを何処かに投げやり、イデアはアルマーズの残骸を手早く手元に引き寄せて、それを掴んで眺める。

 

 

 

 

暴虐によって徹底的に蹂躙された神将器だったモノは欠片となってもその美しさを失わない。

焼け焦げた黄金色の欠片、恐らくは刃の部分を構築していた部分の残骸を見て、素直にイデアはアルマーズに施された装飾を美しいと感じた。

 

 

 

感じる力は本当に微量。残滓ともいえない残り滓程度のエーギル。

だがコレの中に刻まれた式は解析できるかもしれない。これも里にかえってみたらハマーンか何かで復元できるか試してみるとしよう。

 

 

 

 

不意に周囲に響くのは不気味な唸り声。天地を支える力を失った閉鎖世界が崩れる音。

地鳴りがする。天井の岩盤に音を立てて亀裂が走り、無数の埃と石粒が落ちてくる。

 

 

 

 

 

「では、さっさと脱出しましょう。私、速く里に帰って湯浴みしたいですもの」

 

 

 

 

それは切実な願い。この腐臭と死臭に満ちた閉鎖空間より速く脱出したいし、体にこびり付いた匂いを早く落としたいのだろう。

アルマーズの消滅と同時に、外界との接続は回復し、今なら転移での脱出も可能だろう。

アンナが足元に転移の魔方陣を展開し、一同が光に包まれると全ての光景が彼方へと消え去る。

 

 

 

 

 

 

全員が消えると同時に、地底に築かれた地獄は、轟音と共に瓦解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

里に戻った後、アルマーズの欠片の処遇やら、受けた傷の治療やらで時間を取られ

ようやくイデアが自分の部屋に着いた頃には、朝日が地平線の彼方より昇っている時間帯だった。

あの全ては一晩の出来事だというのが現実味が無い。

 

 

 

限界の底が抜けて、新しく嵌めなおされた違和感がどうにも拭えず、イデアは瞑目する。

 

 

 

 

今日一日はゆっくりと休むべきだとフレイに言われ、その言葉に従いイデアはベッドに倒れこんでいる。

じくじくと疲れが体の深淵から湧き出てきて、心地よい疲労と共に眼を閉じ、一晩の出来事を反芻。

あれほどの力を使ったのだから、睡眠をとるのは仕方が無い。

 

 

 

 

顔の左半分が潤いに包まれているのが何とも気持ちいい。

今のイデアは顔の左半分を黒いターバンでグルグル巻きにして隠している状態だ。

このターバンには特殊な回復術の加護と、水性の医薬品が染み込んでおり、ただ巻いているだけで傷の治療になる。

 

 

 

 

神祖の力を否定したことを、今考えてみればもったいないとは思わなかった。

確かにあれならば姉さんを救い出せるだろうが……なにやら非常に嫌な予感がするのだ。

第六感が全力で警報をかき鳴らし、あれは危険だと騒ぎ立てる。

 

 

 

 

 

事実、自分が考えていたことを考えればそれは間違いないのだろう。

意識の外にぼんやりと存在を感じる覇者の剣を“見て”少年は溜め息を吐いた。

カランと、胸にぶら下げられたイドゥンの鱗が揺れる。

 

 

 

 

思考が鈍くなっていく。全てに霞が掛かり、暗闇が少年を塗りつぶす。

ナーガの背中、さきほどは遠く見えたソレに自分が乗っている光景、いつぞやの湖への旅行を思い出しながらイデアは眠りについた。

 

 

 

 

 

 

最後に少年の瞼の裏に映ったのは、ナーガの後ろ姿と、自分の手を握っているイドゥン、そして隣で微笑んでいるエイナール。

 

 

 

 

いつか、またこんな日に戻れたらいいのに、とイデアは朧に思った。

 

 

 

 

 

 




おまけ




以下、登場した魔法や武器などの解説を。





エレシュキガル





原作の烈火の剣に登場した闇魔法です。使用者はほぼラスボスといってもいいとある男。
威力は20とゲスペンストよりも下ですが、重さと命中率の点ではゲスペンストよりも使いやすいです。
このお話の中での術の効果は、エーギル(魂)ごと相手を焼き払い、腐らせる黒い炎、な感じですね。



ちなみに作者のお気に入りの魔法です。





マフー




暗黒竜と光の剣、紋章の謎、後はこの二作のリメイクにて登場した闇魔法です。
使用者もこれまたほぼ物語の黒幕的な存在の男。
威力は14で命中が70という数値ですが、この術の恐ろしいところはスターライト以外の一切の攻撃を受け付けないシールド能力でしょう。



闇のオーブから作られたというなら、根源的な闇を持つ始祖竜なら使えるだろうということで登場。
オーラとマフーで身を固めるというロマンを追求した結果、物語に登場させ、イデアに使わせました。



それにしても原作で偽者が量産されて出てきた時は初見では吹きましたが。






スターライト



正式名称 スターライト・エクスプロージョン。
上記のマフーを打ち抜ける唯一の光魔法。登場作品もマフーと同じ作品です。
威力は13とオーラやマフーに劣りますが、発動時のBGMと戦闘アニメが凄く壮麗で、見る価値があります。


リメイク前の暗黒竜ではオーブ返せ!との声が多々ありましたが、リメイク後では、ルナ攻略などでは無くてはならない存在になったのが嬉しい限りです。



これまたマフーとコラボさせたいという作者の粗製エムブレマー脳が活性化した結果、イデアが使用。
作中ではマフーと混ざって効果やエフェクトなどが変わっています。




アルマーズ



登場作品は封印の剣と烈火の剣。
神将の一角、狂戦士テュルバンが使用する斧で、その異名を天雷の斧といいます。
威力は1000年の時が経ち、かなり劣化が進んだ状態でも18という破壊力を誇り、更には装備者の守備を+5させる効果があります。




アルマーズにはテュルバンの思考が宿っており、それは元々あったアルマーズの意思と入り交ざって原作では自分の事をアルマーズと呼称していました。
この作品のアルマーズは劣化なし、テュルバン補正+飲み込んだ配下補正+竜殺しに対する特攻&執念でとんでもない領域にまで変化しています。



威力は……作中の表現と、皆様のご想像にお任せします。






覇者の剣



登場作品は漫画版ファイアーエムブレム 覇者の剣より。主人公が所持している剣。イデアのソレも同じデザインです。
作中ではイデアがナーガからなし崩し的に受け継いだ剣。威力や射程などはご想像にお任せします。


実は全てのエムブレムの武器の中で一番作者がデザインを気に入っている武器だったりします。
漫画版ではエッケザックスの一撃を弾き返したりしますが、その直後封印の剣に反撃されたりと、中々にいい所がないのでこのお話の中では重要なキー・アイテムとして登場。




使用の効果などは……作中にて。







神祖竜




この作品オリジナルの存在です。単に神竜と始祖の名前を繋げただけ。
今のイデアは神竜形態でも以前感想返しで述べたように軍団を率いた神将には勝つのが難しいので登場。
作者のロマンを求めた結果、作中では勝手に動き出して大暴れされたので困りました、文字数が膨らんでいく的な意味で。


テュルバンの最後は色々考えましたが、あいつに綺麗な死に様なんて似合わないと思ったのであっさり風に。



この形態のまま神竜に戻らないと完全にバッド・エンド一直線です。
余談ですが、もしも殿でイドゥンが死んでいた場合は、その時点でイデアが神祖竜と化してしまい、そのままエレブ終了です。
姿のイメージは覇者の剣のラスボス+イドゥン+ギムレーとでも言ったところか。


作中で上手くソレを表現できてたらいいなぁ。


しかし戦闘力は、まだまだナーガには遠く及びません。






レクスボルト



蒼炎の軌跡、暁の女神に登場した魔法です。
威力は軌跡では15で技に+3の補正が掛かり、暁では威力が12、同じく技に3といったところ。


竜鱗族に特攻があり、高い威力に安定した命中を誇るので、大活躍の魔法です。
しかしとあるキャラの専用武器ですので、そこはご注意を。







ガーゴイル



登場作品はファイアーエムブレム外伝、そして聖魔の光石。
外伝ではただでさえステージが狭いのに7マス移動なんというふざけた数値をもっていて、こちらをかく乱してくる敵です。
しかもちゃんと小隊を組んでくるのが腹ただしい。しかしドラゴンゾンビと同じく弱点が多いので、意外とあっさり落とせます。



この作品の中では、ファイアーエムブレムというよりは、ダークソウルに出ていたあのガーゴイルをイメージして描いています。
ちなみにテュルバンが騎乗していたのは、上位種のデスガーゴイルという存在。






ミミック



ご存知ミミック。ドラクエやFFなどでは大人気のアイツです。
コイツも悪ふざけて登場。その姿かたちは判る人は判る元ネタありです。



ちなみに、ミミックではありませんが、封印の剣ではとあるステージで宝箱の中にマムクートが入っていたりします。
チキやファ、ミルラみたいなかわいい少女ではなく、バヌトゥやメディウスのような爺さんが宝箱の中に無言で体育座りして入っていたというのを考えると、中々にシュールですね。





ファランクス 



これの元ネタは完全にファイアーエムブレムではありません。
とある心を折られるゲームのボスです。


中々いい中ボスを考えられなくて、ゲスト出演してもらいました。
執筆しながらファイアーエムブレムとの思っていた以上の相性の良さに驚きましたが。




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