とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

3 / 53
少し二章を丸ごと圧縮してみました。
文字数的には1万ちょいです。




とある竜のお話 第二章

 

「殿」の北、サカ草原との境界線間近には、広大な荒野が広がっている。

大地は岩盤のような硬い土に覆われ、若草の1本も生えておらず、そして荒野の地平線には更なる遥かな地平線まで連なる山脈が延々と続いていく。

 

 

雲ひとつなく、大きな太陽が日光を地上に降り注がせる快晴の空には無数の小型(それでも人間よりも大きい)の影――トカゲに翼を生やして大きくしたような生き物、飛竜が奇怪な鳴き声を上げて飛び交っている。

 

 

そんな荒涼という言葉を明確に表した地に3つの人影があった。

 

 

 

「今日は、お前達に竜の姿に戻る術を教授する」

 

 

3人の人影で最も大きな影――ナーガが一切の無駄を廃した声で残りの二人に、ここに連れてきた理由を告げる。

一週間に渡る教育でイドゥンとイデアが文字を完全に覚えたと判断したナーガは自身の子らに次に必要な事を教えようとしていた。

 

 

と、まだ歩くのが苦手で、補助の杖を突いて歩行しているイデアがおもむろに杖を持っていない方の手を上げた。

少しだけ顔が青白いのが見て取れる。

 

そして天を指差してこの一週間で大分饒舌になった発音で言った。

 

 

「空が、うるさい」

 

 

言われ、ナーガは空を仰ぎ見る。

30ほどの飛竜が遥か天空でけたたましく鳴き喚きながら、互いに激しくぶつかり合っている。

 

 

そう言えば、今の季節は飛竜の繁殖期だったなと思い出す。

恐らくは、メスを取り合ってでもいるのだろうとナーガは結論づけた。

 

 

なるほど、自分はともかく、これでは子供が怯えるのも無理はない。

 

自分達を襲うことなどありえないが、確かに子供が怖がる要因としては及第点を超えている。

 

 

見れば先ほどから一言も発さないイドゥンはイデアのマントの内側にすっぽりと隠れて、胸の辺りに手を回して、服に皺が出来るほど強く握り締めていた。

 

ぶるぶると震えながら、尖った耳は何も聞きたくないとばかりに折れて耳の穴を塞いでいる。

時々、こちらをチラチラとイデアの背中から盗み見ているのが見て取れた。

 

 

全く…。

 

内心、多少、イラつきながらもそれを表には決して出さず、練習の邪魔になるであろう上空の飛竜の群れに対処する。

 

 

 

天の飛竜の群れに向けて、片手を上げる。懐の竜の力を封じた黄金の石が淡い輝きを放ち、同時に掲げる手に力が収束していく。

 

ほんの数秒で眼を覆いたくなる程の眩い光を放つ、「矢」がナーガの手に出来ていた。そして――――

 

 

 

【ライトニング】

 

 

 

 

放たれたのは、最下級の魔法。まだ魔道を学んで間もない見習いが最初に高確率で習うであろう、いわゆる初心者向けの魔道のひとつ。

精々が人1人をようやく殺傷する程度の、数ある魔道の術の中でも最も威力も効果も低い部類の術。

 

 

 

間違ってもこの術ではベルン地方に生息する獰猛な飛竜には太刀打ちなど出来はしない。

 

 

そう、ただ今回は術者が異常なだけだった。

 

 

無限と言っても差し支えのない程の莫大な魔力の源であるエーギルを持つ、ナーガの掌から放たれた一本の光で形作られた「矢」は発射と同時に、遥か上空を飛ぶ飛竜の群れの真ん中の空間を貫いていた。

次いで音が遅れて付いていく。「矢」はそのまま光の粉を撒き散らしながら、更なる高み、上空へと消えていく。

 

 

飛竜達が甲高い、耳障りな雄たけびを撒き散らしながら、大空をバサバサと翼を忙しなく動かして、自らの群れに攻撃した者をその強靭な爪で排除するため攻撃態勢を取り、急降下するが…。

 

 

 

 

だが…。

 

 

 

気付いた。       

 

 

自分達が何に攻撃しようとしているのか。

飛竜は余り知能こそ高くないが、その野生の獣としての本能は他のどの動物よりも優れていた。

 

 

故に後一歩で踏みとどまる事が出来た。

 

 

降下の体勢を崩して翼を大きく広げ、先ほどよりも高速で羽ばたき、その場に滞空する。他の飛竜も次々と同じように滞空を始める。

 

 

『グギイイイイイイイイィィィイィィィイぃっっ!!!!』

 

 

一声、悔しそうに高く鳴くとそのまま巣のある山脈の方向へと飛び去っていく。

 

 

「これで邪魔な外野は消えた」

 

 

つまらなそうにその光景を眺めていたナーガが二人に視線を戻す。

 

 

 

「いまのは…?」

 

 

イデアが眼を瞬かせながら、呆然とした様子で問いかける。

その眼に浮かぶのは初めてみた力に対する、恐怖と好奇心だ。

              

 

「簡単な術の一つだ、修練すればお前達もすぐに扱えるようになる。それと、そろそろ出て来い、イドゥン」

 

 

「……」

 

 

呼ばれたイドゥンがひょいっとイデアの胸の後ろから顔を出す。しかし今だに耳は畳まれ、その眼には恐怖が残っていた。

 

 

「もう飛竜共はいないぞ」

 

 

「……」

 

 

彼女は周りに忙しなく視線を走らせると、ゆっくりとマントの内側から出てきた。

片手はしっかりとイデアのローブの裾を握ったままだったが。

 

 

「本当に、もう、いない…?」

 

 

「ああ」

 

 

父が軽く頷くと、イドゥンもイデアの裾を握っていた手も離す。そして、へたれていた耳が少しだけ上昇し、定位置に戻った。

 

 

 

「さて」

 

 

ナーガが仕切りなおすかのように咳払いをしながら言う。

 

 

「今日はお前達に竜の姿に戻る術を教授する」

 

 

パチパチとイデアが無機質な拍手を送り、イドゥンは言われたことの意味が分からず「?」マークを浮かばせ、首を左にかしげた。

 

片方があまり理解していない事に気付いたナーガが噛み砕いて言った。

 

 

「石は持ってきているだろうな?」

 

 

「「うん」」

 

 

姉弟が揃い合わせたように似た声で返答し、寸分の狂いなく、それが当然のように全く同じタイミングで、同じ場所にしまっていた同じ形、同じ黄金色の石を同じ動きで取り出した。

 

 

「おぉ……」

 

 

今の動きに気付いたイデアが、奇跡的なシンクロ率を達成した動作に思わず感嘆の声を上げる。

ナーガとイドゥンは特に気にも留めてはいないようだ。そしてナーガが手招き。

 

 

「イドゥン、こちらへ来い」

 

 

呼ばれたイドゥンがとととっと小走りでナーガの元に向かう。

そして辿りつくとじいっと彼の顔を次の指示を求めるように見つめる。

 

 

「石に意識を集中させろ」

 

 

言われた通り彼女は眼を瞑り、息を整え、肩を少しだけ上下に揺らしながら、意識を一点に集中させる。

 

即ち、自らの力の大本、【竜石】へと。同時にナーガがイデアに向けて一言。

 

 

「お前も眼を閉じた方がいいぞ」

 

 

何だろうと? と、思いながらも言われたとおりに眼をぎゅっと瞑る。

 

 

イデアがその言葉の意味を知るのと、変化は同時に訪れた。何故ならば【竜石】が網膜を焼かんばかりの暴力的な輝きを上げたからだ。

そしてイドゥンを中心に巻き起こる暴風嵐。

 

 

更に強く石が光を放ち。瞼をきつく閉じていても尚、イデアの視界が白と黄金に染まる。

 

 

「もう、開けても構わんぞ」

 

風が流れる音が響く荒野にナーガの声が耳に届いた。

 

 

 

 

 

イデアが眼を恐る恐る開くと――――

 

 

幼い【竜】がそこにはいた。

 

 

 

 

(改めて見ると、凄いな……)

 

イデアが内心、驚嘆する。

 

以前、「殿」の薄暗い祭壇で人の姿になる前に見て以来、この姿は見ていなかったが、やはり何か圧倒されるものがある。

 

(あぁ……俺も、こいつと同じなんだよな……)

 

以前は自分も同サイズだったからその大きさと威容はあまり実感できなかったが、こうして人の姿で見ると、自分を襲わないと分かっていても、正直、怖いとイデアは思った。

本来の「イデア」なら何とも思わなかっただろうが、ここにいる「イデア」の中身は自分で、自分は元々人間なのだ、本物の竜に人間の心が恐怖を抱かないはずがない。

 

 

 

 

ぎょろり、と【竜】――――本来の姿に戻ったイドゥンが大きな眼を動かし、イデアを遥か高みの頭から眺める。

 

 

 

 

 ――見つめられている

 

 

 

そう感覚で感じたイデアの鼓動が早くなる。口の中がカラカラに乾き、背中にはびっしょりと汗が吹き出ている。脚がガタガタと震え、すくんで動けなくなる。

 

 

 

 

 

がくりとその場にたまらず膝をつく。                      息が更に苦しくなり、意識が遠のき、「落ちる」寸前に

 

 

 

 

 

「おい」

 

ナーガの声に引き戻された。

 

世界が元に戻る、

 

何時の間にかすぐ近くまで移動してきて、自分を覗き込んでいるナーガの表情には幾らか自分を心配している様な感じがした。

 

 

「ナ、ァ…ガ……?」

 

「それ以外の誰に見える?」

 

 

 

 

暫くの沈黙。

 

 

                                       「耳長おじさん」

 

 

 

イデアの顔面の直ぐ横に【ライトニング】が先ほどとは違い、貯め時間なしで放たれた。少量の火薬が爆発したような音がイデアの耳を、そしてその奥を揺るがす。

 

 

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~!!っ」

 

 

 

「問題はないようだな」

 

 

辺りの荒地を耳を握り締めるように押さえて、転げまわるイデアを能面のような顔で眺め、言う。

 

 

 

と、おもむろにずしんずしんと、一歩歩くたびに軽く近場の地面を揺らしながら、イドゥンがイデアに徐々に近づいていく。

イデアは、、、、、気がつけない。

 

 

 

ぴたりと、地を転げまわるイデアの回転が止まった。

 

 

 

答えは簡単「上から大きな力を加えられて、押さえつけられたから」だ。

 

 

では、その大きな力を加えているのは?

 

これも答えは簡単。今、この場にそんな大きな力をイデアに加えられるのは二人しかいない。

ナーガとイドゥンである。

 

 

そしてこの場で最も大きな力を持つナーガは何もしてはいない、只、人形のような無機質な【表情】を貼りつけてイデアを眺めるだけだ。

 

 

 

消去法で残りは1人(体)になる。

 

 

そう、【竜】の姿に戻ったイドゥンだ。

 

 

何かの遊びと勘違いしたのだろう、イデアをその巨大な前足でがっちりと押さえ込む。

更にそのまま地面にこすりつけるように転がす。

 

 

 

「~~~~~~~~~~!!!!!」

 

 

 

「~~~~~~~~~~♪」

 

 

 

 

何やら弟が悲鳴のようなものを上げているが、楽しんでいるからだろうとまだまだ幼い彼女の心は結論する。

 

 

結局ナーガがイドゥンを叱り、止めに入ったのはきっちり1分後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「口は時として災いの元となる。よく刻んでおけ」

 

 

「で、も、これ、は……やり、す…」

 

 

 

衣服や髪が散々姉に弄られてボロボロのイデアが倒れ付して、抗議の声を、目の前に立っている自称父に、息も絶え絶えに上げた。

それをみたナーガが小さくため息を吐く。何時の間にやらイデアが手にしていた杖は何処かに行っていた。

 

 

「全く、情けない…」

 

「むちゃ、いう、なぁ…」

 

とりあえずイデアの中ではナーガは冗談が通じない奴、と永久に確定した。

 

 

 

その冗談の通じない男、ナーガがゆっくりと膝をついてズタボロのイデアに右手をかざす。

 

 

 

 

【リカバー】

 

 

 

 

 

先ほどの【ライトニング】とは違い、今度は暖かい癒しの力がイデアに照射される。

 

破壊の魔道ほどの派手さはないが、それでも効果は劇的だった。擦り剥いた傷は瞬時に跡形もなく消えうせ、破れた服や土や埃のついた髪も時間を巻き戻したように綺麗に復元していく。

ほんの数秒程でイデアの全身は汚れや傷が一つもなくなっていた。

 

 

「これ、は…?」

 

先ほどまで頭の奥でキンキンしていた喧しい音も消え失せたイデアがナーガの手を借りて、立ち上がり自分の手や足を動かしながら問う。

 

 

 

「これも魔道の術の一つだ」

 

 

「おれも、使える、ように……?」

 

 

イデアの問いにナーガは頷いた。

 

 

「当然だ。術の使い方などは近いうちに教える」

 

 

イデアの眼が輝いた、そこにあるのは純粋な不可思議な術に対する憧れと好奇心、そして自分も使えるという興奮。

 

ナーガがイドゥンの方を向く。

そこには金色の竜が犬のお座りのような体勢でイデアを見つめていた。

 

 

 

見ればその瞳が揺ら揺らとゆれていた。

 

ナーガが【竜】に呼びかける。

 

 

「人の姿になりたい時は、強く願え」

 

 

言葉に従い【竜】が眼を瞑った。

 

 

【竜】の全身から溢れた光が一点に集中する。そして光が徐々に個体に変わっていく。

 

光で出来た個体が大きくなるに連れて【竜】のシルエットがどんどん小さくなっていった。

 

 

 

 

あっという間に【竜】は幼い少女、イドゥンへとその身を変えていく。

イドゥンが体の調子を確かめるように手や足を動かす。そして黄金色の石をローブの内側にしまうと、少しだけふらふらしながらイデアの元へと歩いていく。

 

弟の前に到達したイドゥンは

 

 

「ごめんなさい」

 

謝った。

 

「え?」

 

イデアが間抜けな声を上げる。

 

イドゥンは続ける。

 

「いたい、こと、して、ごめん、な、さい……」

 

言葉が途切れ途切れなのは、舌が動かないだけではない。声に嗚咽が混じっているからだ。

 

 

「ご、めん、な、さい、……」

 

何時の間にか、言葉は意味を成さなくなり、泣き声だけが出てくる。

 

 

イデアが困り果て、視線でナーガに助けを求めるがナーガはより困った顔で肩を小さく竦める

 

思わず、あんた俺はともかく、この子の親だろうが!という言葉が口から出そうになるが、後が怖いので飲み込む。

 

 

慎重に一つ、一つ、言葉を選んで目の前の「姉」に語りかける。なるべくその心を傷つけないように。

 

 

「だいじょうぶ、もう、なおったから」

 

こんな時にも上手く廻らない自分の舌と脳味噌に軽い殺意を覚えながらもイデアは必死に続ける。

 

 

「おこってないよ」

 

沈黙が荒野におちる。

ナーガは姉弟のやり取りに我関せずを決めたのか腕を組んで、二人のやり取りを黙ってみていた。

 

イドゥンがまるで何かに怯えるかのように歯をカチカチと鳴らしながら、上目でイデアを見つつ、慎重に、びくびくと震えながら、問う。

 

「ほんとう、に……? きらい、に、ならな、い……?」

 

「うん」

 

大きくイデアが頷くと、彼の「姉」はイデアのローブをがっちりと掴んで、声を大にしてわんわん泣き出した。

 

「え? なん、で……?」

 

予想外の「姉」の反応に思わずイデアは疑問の声を出し、首を傾げた。

中身の精神年齢が高いイデアには幼子の思考回路を理解できる筈が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は帰るぞ」

 

ようやくイドゥンが泣き止んだのを見計らってナーガはそう言った。

 

「おれの、れん、しゅう、は?」

 

イデアがナーガに問うが、ナーガはイデアの膝を見て返答した。

 

「出来る状況か?」

 

イデアが地に座り伏した自身の膝を見る。

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~~」

 

 

そこには「姉」が安らかな寝息を立てて自分の膝を枕代わりに眠りについていた。あの後10分間ほど泣いていたイドゥンだったが、ひとしきり泣き終えると

電源が切れたように眠ってしまったのだ。

 

土の上に寝かせる訳にもいかず、担ぐには少々イデアには重かったので現在に至る。

 

 

やはり帰ってベッドで寝かせるのが一番だとナーガは判断したのだろうとイデアは考えた。

 

ナーガが純白のマントを翻す。

 

「お前の練習は後日とする」

 

短く、極限まで無駄を廃し、用件だけ伝えると転移の術を起動させようとする。

だが、その前にイデアがイドゥンの柔らかい柴銀色髪を指で弄りながら、一声発した。

 

 

「ねえ、ナーガ、一つ聞いて、いい?」

 

 

「何だ?」

 

 

 

妙に冷静なその声音に多少の疑問をいだく。

荒野を一陣の風が吹いた。ナーガのマントがばさり、と風に揺られる。

 

 

風が止んだのを好機と見て、イデアが口を開き、この世界に来て、この世界をほんの少しだけ知ってから最も気になっていた小さな疑問の解を得るべく尋ねた。

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、竜、は人の姿を、とるの?」

 

 

ナーガの全ての動きがほんの一瞬だけ、凍った。

 

 

だが、1秒後には何事も無かったかのように活動を再開し、逆に質問を返す。

 

 

「何故、そのような事を…?」

 

 

探るような、そして鋭い目つきで、自身の子を睨むように視る。

問われたイデアの返答は早かった。

 

「とくに、理由、はないけど、強いていうなら、好奇心、かな」

 

「そうか……」

 

ナーガがイデアに背を向ける。

 

そして続ける。

 

 

「一言などではとても説明しきれないが、強いていうならば、そう、竜が本来の姿で人と共に暮らすには……」

 

 

次にナーガが言った言葉は中身が人間であるイデアには十分理解できる事であった。

 

 

 

 

このエレブは些か……狭すぎる

 

 

 

その声の奥深くにどこか絶望に近いものがあるのをイデアは感じ取った。

次の瞬間、一瞬だけ荒野が転移の術の影響で輝くと、3人は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

天蓋つきのキングサイズのベットの中で特上の柔らかさを誇る、シーツと毛布に挟まれてイデアは眼を覚ました。

もう、何度目かになるか分からない新しい世界での目覚めだった。

 

イデアの朝はそれなりに早い。少なくとも姉のイドゥンより遅く起きたことは今の所ない。

 

窓に眼をやると、朝の眩い光が部屋に射している。

暖炉の火は消えており、炎が燃え盛っていた場所には炭と灰が積もっていた。

 

 

「うぅぅぅぅん……」

 

ベットの中で横になったまま背伸びをする。朝にこれをしないとどんな世界でも一日が始まらない。

 

「ふぅ…」

 

そして力を抜いて、自由な体勢でベットに体を預ける。このまま二度寝してしまいそうな程に心地よい。

 

 

ふと、隣に暖かい塊があるのに気がつく。

 

もうそれが大体なんであるのかも分かっているが、あえて見てみる。

 

「…………」

 

予想通りそこには自分の「姉」が安らかに眠っていた。

すーすーと気持ち良さそうに安心しきった表情で寝息を立てている。

 

 

 

「ふふ……」

 

あまりにも平和的で微笑ましい光景に思わず笑みが口から出た。

そのまま暫くの間、横になったまま隣で熟睡している美しい「姉」の寝顔をじっくり堪能する。

 

 

イデアのささやかな朝の楽しみだった。

おずおずと手を伸ばして、柔らかい紫がかかった銀色の髪をゆっくりと撫でる。

 

さらさらと絹を撫でているようで手が気持よい。

 

 

 

正直な話、こうして何でもいいから楽しみを見つけなければ精神がどうにかなってしまいそうだ。

 

 

最初は竜やらイドゥンやら、エレブやらで混乱していたが、人の慣れというものは恐ろしい物で、1~2週間も経てばそれが現実だと受け入れるようになっていた。

 

 

そうすると最初は考えられなかった事がイデアの心を蝕んだ。

 

 

それは望郷の思い。

 

 

 

イデアの精神、人格ともいう■■■にも家族はいる。いや、いたと言うべきか。

まだ成人はしていないので妻などはいないが、それでも父や母はいる。

 

だが、もう会えない。何故ならば、最後の記憶が正しければあちらの自分の体は完全に死んでいるのだから。

 

仮にこの体で会いにいけても、外見が余りにも違いすぎる。家族と認識されないだろう。

それに、第一、会いに行く術さえない。

 

 

 

だが、自然とイデアは悲観こそすれ絶望はしなかった。

その要因の一つに不思議なまでに心の奥底まで入ってきた「姉」の存在があった。

 

何故だかイデアは「姉」を見ていると精神的に落ち着けるのだ。

 

 

やっぱり身体の中を流れる血、ナーガ風に言うなら【エーギル】が関係しているのかな? とイデアは考えている。

 

 

眠っている姉の顔を見ながら考え事をしていると、とんとん、と、木を叩く音。ドアが叩かれた。

 

 

「どうぞ」

 

入室の許可の意を伝える。

ぎいっと音がして布こすれの音と共に見慣れた白髪の男、ナーガが入ってきた。

 

彼の横には銀色の優雅な装飾のされた皿が浮かんでいる。

最初は物が浮くという非現実に驚いたが、この光景にも、もう慣れた。

 

 

みれば、皿からは湯気が立ち上っている。

そしていつもの通りの大分聞きなれた無表情なナーガの無機質な声。

 

 

 

 

「朝食だ」

 

 

 

 

 

 

そうして今日もエレブでのイデアの一日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回はお前達に歴史を教える」

 

 

ナーガが目の前の双子の我が子に今日の授業内容を述べた。これも今や恒例の出来事だ。

二人の子供の神竜は興味深そうに周囲の壁、正確には、そこに納められている途方もない数の書物を見ている。

 

 

それも無理はない、ここに初めて入ったら大概はこの膨大な資料に圧倒されると、ナーガはその様子を観察しながら心の奥底で考える。

 

 

朝食を「姉」と食べ終えてから歯を磨いて、着替えてから暫くして、イドゥンとイデアはナーガに転移させられた。

転移させられた場所を一言で表すのなら【図書館】、この一言に尽きる。

 

 

遥か高みまで続く石造りの円筒状の壁には本棚のような物が埋め込まれていて、そこに数々の資料が収まっている。

 

 

何千か、はたまた何万あるかさえ見当がつかない莫大な量だった。

 

見れば50人ほどの人、否、人の姿を取った竜が本を手に取っている。

 

 

「ここは?」

 

イデアが辺りを落ち着きなく見渡しながら疑問のニュアンスでナーガに問う。

やっぱり息子は姉に比べて好奇心が強いと思いながらも問われた父は答える。

 

 

「この場所は「殿」の資料室、もしくは知識の溜り場、過去から現在まで【記す】という概念が出来た時から、歴史、技術、魔道、物語、生活、このエレブの全てが納められている」

 

 

「それって、凄いの?」

 

いまいち言われた事の意味が分からないイドゥンが左に首を傾げる。

 

ふむ、と少し考えるそぶりを見せて、問われた父親が出来るだけ分かり易く例えて教えた。

 

「例えるならば、人間の魔道士にここの事を教えたならば、竜の本拠地にも関わらず押し寄せてくるほどにな」

 

「へぇ~~~~~~」

 

イデアが声を上げる。以前見た様々な竜の大群、それら全てを敵に回してでも読みたいとは、よっぽど価値のあるものなのだろうと自己完結する。

ナーガがかつかつと大理石の床の上を足音を鳴らしながら近くの木製の椅子と机のある場所に歩いていく。そして椅子が二つ勝手に動いた。双子に座れと言わんばかりに。

 

イドゥンは周りをキョロキョロと落ち着きなく見渡しながら、イデアは補助の杖を突きながら椅子へと歩いていき、座る。

 

 

「では」

 

ナーガは二人が椅子にしっかりと座ったことを確認すると、声を上げる。

 

「文字の読み書きはもう出来るな?」

 

「「うん」」

 

姉弟が声を完璧に揃えて答える。

 

イドゥンもイデアもこの世界で生きていく為に必死で学んでいた為、読み書きは完全に覚えていた。

読む事と書く事をしらないと生きていけないとまでナーガに脅されたのも原因のひとつだが。

 

 

 

ナーガが二人の眼前に辞典よりも分厚くて、巨大な本をそっと置く。

茶色をしたそれは所々に染みなどが出来ていて、少し黒くなっており永い時間を経た、歴史的にも価値ある一品である事が素人眼にもすぐ分かった。

 

 

「さて、お前達に竜の、神竜族の歴史を教授する」

 

イデアが竜の歴史という部分に期待で目を光らせ、イドゥンが「おぉー」と声を上げて、好奇心を表した。

 

 

「まず最初に」

 

ナーガがどこからか片目用の眼鏡のようなレンズを取り出して、右目に装着する。

 

「歴史とは、繰り返されるものであり、死が無きに等しい竜はそれを見続けることになるということを、覚えておけ」

 

不思議とその言葉には説得力のような、まるで自分が体験してきたような実感が篭もっており、イドゥンとイデアの奥底にすんなりと届いた。

イデアは「不老不死」という言葉を脳内に浮かばせる。

 

実感は沸かないが、自分はこれから先、何年竜として生きることになるんだろう? ふと、そんな考えがイデアの、もっというなら■■■の頭をよぎった。

 

 

 

 

 

「人が産まれる遥か以前、世界の始まりには、【光】と【絶望】があった」

 

ナーガが朗々と分厚い本を浮かばせて、それを読んでいく。

読み上げる内容は神話のような雄大な話。

 

 

「やがて、【光】と【絶望】は姿を変えて、生命となる」

 

ナーガが言葉を区切って、次の言葉を強調するように言った。

 

「その【光】が神竜、反対の【絶望】が始祖竜と呼ばれる竜だ」

 

「始祖竜って?」

 

イデアが聞きなれない種族名を疑問に思い、聞く。

 

ナーガは眼を細めながら、イデアに視線を向ける。威圧感に限りなく近いものがイデアを包む。

 

「全てにおいて、神竜の反対の竜と言っておこう」

 

そして、とナーガは続ける。

 

「我ら神竜族と竜の覇権を賭けて争った竜だ」

 

ナーガが分厚い本のページを捲る。

ペラッという本が捲れるときの独特の音がした。

 

 

「奴らは、【絶望】から産まれた、それ故に奴らは攻撃的であった」

 

まるで実物を見たことがあるようにナーガは淡々と続ける。

 

「我らが新たな物を創造する存在だとすると、奴らは全てを破壊する、命や世界さえもな」

 

 

 

 

 

「それに……」

 

 

ナーガの表情が一瞬、暗くなったがイデアもイドゥンもそれに気がつかなかった。

 

 

 

 

                                      「今、この場におる」

 

 

 

 

 

 

万の言葉を費やすよりも只一回、実物をその眼で見たほうがいい。故にナーガは腰に差しているその剣を抜いた。

 

 

えっとイデアが声を上げる前に彼の父はいつも腰に差していた剣を鞘から抜く。シャアンッと金属が擦れる音が鳴る。

 

 

「「……」」

 

抜き放たれた剣の全容を見て、双子は声を失った。

エメラルドグリーンを基本とした見事な装飾の数々を施された刀身は見入る程に美しい、だが、だが、

 

 

 

 

 

それでいて、眼を覆い、そらしたくなるような、禍々しい【ナニカ】が剣から溢れ出ていた。

 

 

 

 

「これ」に最も近い言葉、それは【絶望】

 

 

 

確かにこの剣は美しい、それは自他共に認めるであろう、だがそれでもこの剣は、駄目だ。イドゥンとイデア、魂を分けた双子は本能的にはそう思った。

見ているだけでも不安になる、落ち着かない、まるで底が知れない、闇を、絶望そのものを直視している気分だ。

 

 

 

 

 

駄目だ、この剣の形をした【絶望】は駄目だ。自分という存在の根源レベルで受け付けられない。

 

 

 

 

 

「やはり、まだ刺激が強すぎたか」

 

ナーガの声が何処か遠くから聞こえる。キンッと鞘に剣が収まる音がして、視界から【絶望】が消えた。

 

「ぁ、はぁぁぁ……」

 

緊張していたものが途切れるように深く、まるで過呼吸を発症したようにイデアは何度も何度も深呼吸を繰り返す。

 

息苦しい中で隣の「姉」を見てみる、彼女もまた目尻に涙を浮かばせ、肩を抱いて、【ナニカ】に怯えるように震えていた。

 

 

 

「すまぬな。やはりお前達には早すぎるようだ」

 

ナーガが声にほんの僅かな感情を乗せて謝罪し、死屍累々な状態の自分の子を助けるために魔道を発動させた。

 

 

 

【レスト】                      

 

 

 

精神の異常や簡単な毒などを排除する際に使用される治療用魔道。今回はイドゥンとイデアの精神の波長を正常に戻すために使用される。

以前イデアに使用した【リカバー】に近い性質の光がナーガの指から二人に照射された。

 

 

青白いを通り越して、気味が悪くなるほどの純白だった二人の顔色がみるみると健康的な色に戻っていく。

 

 

「その、、、剣って……?」

 

イドゥンが少しだけ荒い呼吸で父親に聞く。みれば目元には少しだけ涙が溜まっており、片手はイデアの手をがっしりと掴んでいる。

まだ身体の震えは収まってはいない。

 

 

内心悪いことをしたと、少しだけ自己嫌悪に陥りながらもそれは表に出さない。

 

今度は鞘ごと腰から取り外し、イドゥンとイデアの目の前に持って行き、晒す。

双子の息を呑む気配と怯える気配がナーガに机越しに痛いほどに伝わってくる。

 

 

「この剣の銘は【覇者の剣】、少なくとも奴らはそう呼んでいた」

 

「やつ、ら……?」

 

先ほどよりは遥かに健康的だが、未だに青い顔でイデアが声を絞りだす。

 

質問されたと判断したナーガの受け応えは早かった。

 

「始祖竜」

 

ただ、一言、簡潔にそれだけを言う。

 

それだけでイデアは理解した、この男は始祖竜に会った事があると。

 

 

思えばこの男の正確な年齢なんてイデアは知らない。

 

外見こそ20代後半だが、竜であるこの男の実年齢は何歳なのかイデアには想像もつかなかった。

 

そして、同時にまだまだ自分は「父」と名乗るこの男について何も知らない事を改めて知った。

 

 

ナーガがペラッと頁をめくる。

 

「奴らと我らは激しく争った、それこそ世界の根源たる【秩序】を破壊するほどに」

 

遠い過去に思いを馳せるように、まるで語り部のように語る。途中、分からない単語が出てきたが、今は聞いてはいけない気がイデアはした。

 

 

 

「そして、永い戦いの末、我らは奴らを滅ぼした」

 

そして剣に視線を落とす。

 

「この剣は、奴らの血肉、骨、そして【エーギル】、始祖竜の全てが内包されている剣だ」

 

そう言って二回ほど大きく【覇者の剣】を回転させて腰に戻す。

 

 

そこで首をんっと傾げる。その仕草は娘のイドゥンによく似ていた。

そして当初の予定より話が脱線したことに気がつく。

 

仕切りなおす為に声を上げた。

 

 

「さて、話が少々、逸れてし「ねぇ……」

 

ナーガの言葉にイドゥンが割り込み、彼の言葉が切れる。イデアが驚愕を顔に貼り付けた表情でイドゥンを見た。

 

暫しの沈黙が降りる。図書館に他の利用者が頁をめくるペラッという音がやけにはっきりと響く。

 

少しして沈黙を破ったのはナーガだった。

 

 

「何だ?」

 

イドゥンを見据え、何を聞きたいのか問う。

 

決して厳しくはない、しかし優しくもない。何時も通りの無機質な顔と声、声音。故にイデアは恐怖した、もしかしたら怒っているのではないかと。

感情が読めない声ほど恐ろしいものはない。

 

イデアは身体の奥底が冷えるのを感じた。

 

口をもごもごして言うかどうか戸惑っていたイドゥンだったが、覚悟を決めたのか親の眼をはっきりと見て声を出す。

 

「……なん、で、戦ったの、?」

 

ナーガがため息を吐く。今まで何を聞いていたのだと言いたげに。

そして口を動かし言葉を紡ぐ。

 

「先ほども述べたように、どちらの種が竜族を率いるかで「違うよ」

 

イドゥンが首を小さく振りながら言う、吹っ切れたのかそこにはイデアのようなナーガに対する恐怖心は無かった。

 

「なんで、一緒に、仲良く出来なかったの……?」

 

それはイデアと違い、本物の子供故の無邪気な質問。まだ世界を何一つ知らない子供の戯言。

ナーガが沈黙し、イドゥンの眼を、そしてその奥を覗き込む、心さえ見透かしそうな紅と蒼の鮮やかな眼球に彼の娘の顔が浮かぶ。

 

 

ポツリと呟くように、言葉を投げかける。

 

 

「……先ほど、【覇者の剣】を見た時、お前は恐怖を感じたか?」

 

イドゥンが肯定の意を表すため頷く。

 

 

 

「それが答えだ」

 

 

言い放つ。

 

 

「……ごめんなさい」

 

「構わん。疑問を持つことは素晴らしい事だ」

 

耳をしょげさせ、謝るイドゥンを軽くいなすと、ふと、天井、正確にはその先の太陽の位置を魔道の術を素早く発動させ、天井越しに「見る」

そして空の頂点に近い位置に日が昇っていることを確認する。

 

 

(……思ったより時間を喰ってしまったようだな)

 

時間だ。ナーガも暇ではない。竜族の長としてやるべき事が彼にはある。

正直、こうして子供達と接する為に貴重な時間をすり潰しているのだ。

 

 

内心ぼやく。結局教えようと思ったことの半分も教えられなかった。

 

 

(子育てとは、ままならぬ物だな……)

 

人知れず、二人の子に気付かれないように小さく、本当に小さくため息を吐く。

そしていずれ教育係でもつけるか? と、考える。

 

(まぁいい…)

 

とりあえずナーガは今最初にすべきことを実行した。

 

「もう、時間だな」

 

「「え?」」

 

 

唐突に、脈絡もなく、時間と口にした父親に子供二人が声をそろえて疑問の意を口に出して表す。

 

そんな二人に説明を兼ねて言い聞かせる。

 

「誠に残念ではあるが、今日はもう時間だ。……我も、暇ではない」

 

捲られていた分厚い本がドン、と、重厚な音を立てて閉じ、元あった場所へと浮遊していく。

ナーガがおもむろに二人に手をかざす。かざした掌に眩い黄金の光が収束して、転移の術を発動させようとする。

 

 

 

もう、二人は慣れたのかその光景を諦めにも似た表情でじいっとみつめている。

 

 

「昼食は給仕に持っていかせる。今日は部屋でくつろいでいろ」

 

それだけを言うと、二人を部屋に転移させた。

 

 

 

 

「……」

 

 

1人席に残されたナーガは一箇所をじっと観察していた。眼の前のいまだ多少の温もりと、気配が残っている二つの椅子を。

今、彼の胸中では実の娘に言われた一言が、やまびこのごとく、何度も何度もリフレインしている。

 

                            

 

  「「「なんで、一緒に、仲良く出来なかったの?」」」

 

 

子供の言うことをいちいち真に受けるのは馬鹿馬鹿しいとは思うが、それでもこの世界を何一つ知らない娘から投げかけられた言霊が頭の中で反芻する。

 

 

 

無意味だ。

 

 

たった一つの単語で神竜王は全ての雑念を切り捨てた。

ナーガは無言で席を立ち、3つの椅子を手を使わず元の位置に戻すと、転移の術を用いてその場から一瞬にして姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天高く昇っていた太陽が少しずつ傾いていき、青一色の空が徐々に夕焼けに染まっていく。

 

異世界エレブでも一日の流れは変わりなかった。

バルコニーに続く、窓から入ってきたオレンジ色の光に気付き、イデアが顔を上げる。明かりをつけようと蛍光灯の紐を捜そうとするが、そんなものこの世界にはない事を「また」思い出す。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

ため息を吐き、ベットの端に腰掛けているイデアが、ナーガが持って来たエレブ大陸の地図を閉じて隣に置く、置かれた地図の隣には歴史やら御伽噺やら、様々な分厚い本が重なっていた。ナーガが暇をつぶす為に持ってきてくれた物である。

 

 

瞼を指で軽く揉む。本の読みすぎで少しだけ痛い。首を回す、ゴキゴキと骨が鳴る。最後に背伸びをしてリフレッシュ終了。

 

ナーガに昼に部屋に転移させられて、昼食を食べてからからずっと本を読んでいたため、かなり疲れた。

 

 

改めて、窓から光を部屋に入れている山脈の果ての地平線に沈みかかっているオレンジ色の太陽を見る。夕暮れの空は太陽に近い部分だけ明るくて、その他の場所は暗く、小さな光、星が輝いていた。

 

 

「……」

 

しばらくその光景を眺める。陽が沈むときはどこの世界でも同じだなと考えながら。

今、自分のいた世界もこの光景と同じなのかな? と、故郷に思いを馳せる。

 

 

不意に背後からガサガサと音が聞こえてきた。

 

それは人が布団の中で動くときに発生するあの音に近いものがあった。

誰が動いているかは言うまでもないだろう。何故ならばこの部屋にはイデアの他には1人しかいないからだ。

 

 

あえて無視を決め込んでいたイデアの背中に突如、重たい物体が圧し掛かった。

 

 

首には細く華奢な白い腕が回されて、肩から特徴的な髪の色をした幼いながらも美しい娘の顔がのぞく。

この部屋のもう1人の主にしてイデアの姉のイドゥンである。

 

 

「……姉さん、起きたんだ」

 

 

 

イデアがいつもより数段低い、疲れた声で背後から抱きついてくる姉に言う。

彼の記憶によればイドゥン、自分の「姉」は昼食を食べてしばらくしてから眠いといってベットに潜り、就寝したはずである。

 

 

 

体が抱きとめられて動けない為、眼だけを動かして、もう一度窓の外の更に暗くなっている夕暮れの空を見る。どうやら考えていたよりもかなりの間、本に集中していたようだ。

 

 

それにしても。

子供ってこんなに人に抱きつきたがるものなのかな? などと考える。

 

 

 

……まぁ、悪い気分はしないのも事実だが。むしろ、こんなかわいい子に懐かれるのは、正直嬉しい。

 

 

「……ふふ」

 

声をかけられた「姉」ことイドゥンはといえば、口元に笑みを浮かべてイデアの背中に顔を押し付け、ごしごしと擦り付ける。

 

 

思わずイデアの頬に朱がさす。恋愛感情ではなく姉と弟のスキンシップに近いものだと分かっていても、かわいい女の子に抱きつかれるのは、やはり恥ずかしいし、嬉しい。

 

 

ドクドクと自分の心臓が脈をうつ音とイドゥンの鼓動が布越しに聞こえてくる。

自分の心臓の方が鼓動が早いのは気のせいではないだろう。

 

 

背中から心地よい温もりがイデアに伝わっていく。

少しだけ重くて肩がこりそうだが、そんなもの些細な問題だ。

 

 

(これはこれで……)

 

 

 

イデアがもう少しこの状況を楽しもうと心の奥底で決めたのと同時に、微かな本当に小さな音が部屋に流れてきた。しかし竜族の優れた聴力は確かにその音を聞き取った。

ピクッとイデアとイドゥン、双子の耳が揃って反応する。

 

 

双子が耳を、頭を、その音をより傍受するために音が伝わってくる方向に向ける――――ほとんど沈みきった太陽が映る窓に。

 

 

 

 

小さな小さな音が風を伝わり部屋に入ってくる。

 

 

 

それは柔らかな音。いや正確には「音」だけではない。

リズムがあり、メロディが奏でられている。それは「音楽」であった。

 

 

イドゥンがイデアの背中からゆっくりと離れる。

ベットの下に揃えて置いてあるブーツを履き、ととと、と窓に駆け寄っていく。

 

 

と、何かを思い出したのか、一度立ち止まり、壁に掛けられているイデアの杖を手に取りイデアの元へ戻ってきた。

 

 

「はい」

 

手に持ったそれをイデアに差し出す。

一瞬、イドゥンが何をしているのかが分からなかったイデアだが、「姉」の行動の意味を理解すると人間だったころの癖で

 

 

「ありが、とう」

 

 

 

礼を述べた。

イドゥンがきょとんとする。そしそのまま何かを考え込むように暫く黙り込む。

 

「どう、したの?」

 

 

イデアが突然複雑な顔で黙り込んだ「姉」が気になり、不思議そうに問いかける。

 

「……なんて、言えばいいか、分からない」

 

「…はい?」

 

 

 

イデアが思わず間の抜けた声を上げた。イドゥンが俯いたまま構わず続ける。

 

 

「…何かを言わなきゃいけない気がするのに、それが分からないの……」

 

 

(あぁ…そうか、この子は知らないんだ……)

 

 

イデアが納得する。この女の子は自分と違い、産まれて間もない、言うなれば白紙に近い状態だということを改めて実感した。

 

 

「『ありがとう』って言われた時は、『どういたしまして』って、言うんだよ」

 

 

「『どういたしまして』…?」

 

イデアが無言のまま笑顔で頷く。そしてイドゥンから補助用の杖をもらう。

まだ少し履きなれない皮のブーツを履いて、ベットの縁から立ち上がる。

 

そのまま二人で柔らかな音楽が流れてきている窓へと向かう。

 

 

窓は押せば簡単に開いた。バルコニーと呼ぶには少々広すぎる空間に出る。

 

 

太陽は既に全体の8割以上が沈んでおり、ほんの僅かなオレンジ色の光が地平線からのぞいている。既に山脈は夜の闇に覆われ、見ることは叶わない。

二人の吐く息が白く染まる。

 

「うぅ……」

 

山間地方の夜の刺すような冷気に肌がさらされ、イデアが歯を鳴らしながら、自身の肩を抱く。

ちらっとイデアが隣の「姉」を盗み見る。イドゥンは吐く息が白くなるのが面白いのか、何度も息を大きく吸っては吐いていた。白い息が出る度に「お~」と声を上げて喜んでいる。

 

 

(寒くないのかな……?)

 

イデアが疑問に思う。まぁ、風邪さえ引かなければ大丈夫だろうと楽観的に結論づける。

 

 

 

「音楽」はまだ続いている。しかし、曲は変わったようだなと、イデアは思った。さっきまでの曲はまるで水や氷を連想させる柔らかくも冷たい物だったが、今は聞いているだけで活力が湧き上がって来るような曲だ。

この曲を自然に例えるならば、そう、「春風」だ。

 

 

音楽の奏者を確かめるため周囲を見渡す。少なくとも風の流れが作り出した音ではないことは確かだ。

イデアの尖った人ならざる耳が本人も気がつかぬ内にピクピクと小さく何度も動く。

 

眼と首、そして耳を動かし、必死に探す。

 

 

「上だよ」

 

 

「わっあ、!!?」

 

 

何時の間にか隣にいたイドゥンに声を掛けられたイデアが驚き、たまらず悲鳴を出す。

 

 

「な、にが…?」

 

 

「上から、きてる」

 

 

イドゥンがイデアの裾を引っ張りながらバルコニーの端まで小さな歩幅で歩いていき、上を見上げる。

何だろう? と、思い、つられてイデアも見上げる。

 

竜族が本来の姿でも住めるほど巨大な「殿」の上部は闇に覆われてよく見えなかったが、確かにそこから音楽は聞こえてくる。

 

 

「これは、無理だな…」

 

暗闇に佇む岩壁を呆然とした様子で眺めながら、イデアがぽつりと呟く。

 

まぁ、奏者に会いたいとは思ってはいなかったから、特に問題ではないが。

 

 

と、イデアの裾をまたイドゥンがクイクイと引っ張った。

イデアが彼女の顔を見て、表情でどうしたと問いかける。

 

「いけるよ」

 

「え……?」

 

イデアが疑問の声を上げると同時に、以前見た光と同質の黄金の光が迸った。

しかし、以前のような眼を焼くほどの激しい光ではなかったため、眼を細めるだけで問題はない。

 

光がほんの数秒で消え、また夜の闇が戻ってくる。イデアが細めていた眼を、ゆっくりと慎重に開く。

 

「あ……」

 

視界に入った「姉」の姿を見てイデアが小さく声を漏らした。

 

 

 

何故ならば。

 

 

 

イデアの「姉」、イドゥンの背に、翼が生えていたいたからだ

 

 

 

いつか見た【竜】としての姿の時に背中に生えていたものを、そのまま小さくした四枚の翼が、人としてのイドゥンの背中に出現していた。

パタパタと軽くそれが動く。

 

フワリと、羽ばたきといえる程の動きをしていないのに、イドゥンの体が当然と言わんばかりに中空に浮きあがった。

 

(深く考えたら、負けかな? これは……)

 

乾いた笑みを口元に浮かばせながらイデアは思った。つくづくファンタジーな世界では科学の法則とかは意味を成さない事を思い知る。

そして自分もこの子と同じ種族だという事を再び思い出す。

 

 

(いつか、俺も、、こんなことが出来るのかなぁ…?)

 

眼前で地面から2メートル程の位置で滞空したイドゥンが、翼の具合を確かめるようにその場に留まりクルクルと回るのを見ながら考える。

 

 

と、楽しそうに回転していたイドゥンの回転が突如とまった。

ふらふらとした様子でゆっくりと降下し、地に降り立つ。

 

そのままパタリと塞ぎこむ。

 

「うぅぅぅぅ……」

 

回転のしすぎで眼を回したようだ。

 

四枚の美しい黄金の翼と長い耳が揃って力なく萎れている。

 

「あ~~~~」

 

イデアが言わんこっちゃないとばかりに肩を竦め、溜め息を吐く。

つい先ほどまでは神々しく見えていたのに、なんだかいきなり身近な存在になった気がした。

 

近くに寄り、背中を出来るだけ優しく何度もさすってやる。

 

「あ、ありが、とう……」

 

教えていない言葉を正しい用法で使われて、イデアが一瞬だけ呆けるが、すぐに言葉を返す。

 

「どういたしまして」

 

自然と微笑が顔に浮かぶ。

夜の寒さが少しだけ柔らかくなったような、そんな気がした。

 

 

 

イドゥンがイデアの手を借りて立ち上がる。パタパタと翼と耳が嬉しそうに動く。

 

そして、そのまま翼から浮力を得て、上昇しようとするが

 

「ちょっ、ちょっと待った!!」

 

慌ててイデアが脚に力を込めて踏ん張った為、飛ぶことは出来なかった。イドゥンが頭に「?」マークを浮かばせて首を傾げる。

 

「行かないの?」

 

「姉」の問いかけにイデアが歯切れが悪そうに、小さく唸り声を上げた。

少しの間だけそうしていたが、一度深く息を吸い込み決心を決めて

 

 

「……最初は、自分の力で……飛びたいんだ」

 

「……わかった」

 

暫しの沈黙の後、イドゥンは頷くと、フワリと地に、今度は絵画に出来るほど優雅に左足のつま先から降り立つ。そして繋いでいた手を離す。

 

かつん、とブーツが地に触れた音がやけに辺りに響く。

 

 

1人で奏者に会いに行かないのかとイデアが問う。

 

彼の「姉」は首をゆっくりと左右に振りながら答える。そしてイデアの頭に何気なく手を伸ばし、優しく撫でる。

金色の髪がさらさらと流れる。

 

「1人は、嫌。イデアも一緒じゃなきゃ、嫌」

 

イドゥンが言いきると同時にイデアの頭を撫でていた手を離す。同時に今まで流れていた「音楽」がピタリと止まった。

 

「1人で暗いとこにいくなんて、嫌」

 

 

イドゥンが先ほどまで「音楽」が流れていた「殿」の上部を見上げる。

そこは完全に闇に覆われていた。

 

 

冷たい夜風が二人に吹き付けてくる。

天には太陽の代わりに端が少しだけ欠けた巨大な蒼い月が昇っている。

 

 

エレブは完全に夜となっていた。「姉」がイデアの手を再び握る。直に伝わってくる温もりで心まで温められ、気持ちよい。

 

 

天使そのものとも思える笑みを浮かべる。夜空の巨大な蒼い月にも匹敵、イデアにとっては上回る美しさの笑みを。

 

イデアはその笑みに眼を、心を、魂を、完全に奪われた。

 

「部屋に戻ろう?」

 

「う、う、うん」

 

抱きつかれた時よりも顔を朱く染め、何度かどもりながら何とか意味のある言葉を喉から捻り出す。

 

小さくイドゥンの体が光ると、翼が消えた。

 

そのまま手を繋ぎ、部屋に戻る。窓を閉めて、杖を壁に掛け、ブーツを脱ぎ、並べて、ベットに二人でダイブする。

 

 

二人はナーガが湯浴み(お風呂)の用意が整った事を伝えに来るまで、仲良く並んで横になり、楽しそうに笑いあっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。