とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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とある竜のお話 第二部 幕  【とある少年のお話】

 

 

 

朝の時間、彼はこの時間が好きだった。人間は何十年も生きるが、実際はその半分は寝て過ごすのだから

本来の寿命はもっと少ないもので、朝というのは自分が活動できる貴重な時間の始まりを意味するのだと思っていた。

ベッドから起き上がると、腰のあたりに何かが触れている様な妙な気配と、熱を感じる。

 

 

 

 

 

毛布を退かすとそこにあるのはかつての自分と同じ淡い紫色の髪の毛。

そして相も変わらずいつの間に紛れ込んだのか、黄金色のりんごが居た……いや、これは捕まっているというべきか。

小さな両手でガッシリと鷲掴みにされて身動きが取れなくなったリンゴは、もはや真っ白に燃え尽きていた。

 

 

 

 

 

 

何かやり遂げたような気配と共にリンゴが自分を見つめてくる気配を感じ、ソルトは目元を緩めた。

こいつは、全く、いつまでも変わらない。変わらず隣に居てくれるのは嬉しいことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、起きようか」

 

 

 

 

 

 

 

動くのは程よく筋肉が引き締まった細い腕。

皮膚には幾つかの皺が年輪の如く刻まれており、その昔と比べれば思うように動かなくなった手が娘の頭を小さく叩いた。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

娘が目を開ける。十歳前後の少女の外見をした娘、ソフィーヤは父親の顔を見ると

小さく息を漏らし、眼を閉じて再び眠りの世界へと旅立とうとする。

 

 

 

 

 

やはりというか、竜と人の混血の彼女は成長の速度が変則的だ。

ある程度は人と同じように成長するが、そこから先はいきなり停止するというような成長を彼女は経ていた。

八歳から十歳の間程度の姿から、ソフィーヤはもう何年も変わっていない。

 

 

 

 

そして精神面も、十歳の子供にしては成熟しているが、やはりまだまだ子供相応のモノだった。

今も、駄々を捏ねるように全身を丸めて、毛布を握りしめている。

 

 

 

 

 

ソルトはやれやれと言わんばかりに息を吐くと腰を起こしてそのまま……思いっきり自分と娘に掛けられていた毛布をはぎ取った。

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

 

 

 

 

 

 

外気、それも夜のナバタの冷気が色濃く残る部屋の室温はどうやら相当に堪えたらしく

ソフィーヤは無言で体を胎児の様に更に小さく丸めて、両手でリンゴを強く握りしめてしまう。

既に意識は覚醒しているはずなのに、絶対にベッドの上から退かず、いまだに体温の残る暖かい所を探し回るのを見るによほど彼女は起きたくないらしい。

 

 

 

 

 

 

「起きなさい。さ、朝だ」

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

無口な娘は渋々といった様子で起き上がると、眠気が濃く残った眼で父を見つめてくる。

朝はいつもこうだ。寝室は皆同じ部屋で、寝る際のベッドは3個にわけて寝ているはずなのに、娘は時々自分の寝ているところに潜り込んでくる。

母親の所にも時々潜り込むのだが、やはり自分の所に来る回数の方が倍近くあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

観察するような視線を感じ、右側の隣のベッドが置いてある場所を見ると、メディアンがじぃっと自分を見ていた。

真っ赤な眼を半分ほど開けて、ソルトを見つめている。視線が交差すると、彼女は微笑みを浮かべて柔らかく言葉を紡ぐ。

もう何百回、何千、何万と言い続けてきた言葉を。

 

 

 

 

 

 

「おはよう。今日もソフィーヤはそっちに行ってるのかい?」

 

 

 

 

 

 

「困ったことに……コラ」

 

 

 

 

 

 

メディアンに返事を返そうとする途中に娘はまたベッドに倒れこみ

夢の世界へと旅立とうとするのを見て、ソルトは諦観と苦笑の入り混じった声をあげる。

 

 

 

 

 

 

「……一日特に大きな予定もないからね。もう少しだけ、長く寝ていてもいいよ。今日の朝の料理とかはあたしがやっとくからさ。準備が出来たら起こすよ」

 

 

 

 

 

 

よっこいしょと掛け声をあげてベッドから起き上がると、その身に掛けていた毛布がはだけて、彼女の体が露わになる。

露出の多い衣服でも気負いせずに着こなす彼女は、寝るときは白いキャミソール等を身に着けており

外気に晒されている程よく引き締まった鍛えられた体と、綺麗に整った女性としての体つきを見ると、昔はいつも目のやり場に困ったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

もう何年も一緒にいるが、自分が物心ついたときから彼女は変わらず、美しい。

長い髪を後ろで手際よく結わえると、彼女は一度ベッドから降りて、此方に歩み寄ってきた。

一度小さくソフィーヤの頭を撫でると、メディアンはソルトの顔を満足げな笑みと共に見やりそのまま扉の奥へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

さて、どうしようか。自分は今日の予定はと考えるが……そこまで大きなことはない。

ただ里の少年や青年たちに剣や槍での戦い方を教えるぐらいか。

教えられる側であった自分が他者に教える側となるなんて最初は思いもよらなかったこと。

 

 

 

 

 

 

メディアンとの戦闘訓練は彼女と結ばれた後も続けていたのだが……ある日突然にやめることになったのだ。

理由としては、これ以上やると手加減、というよりも相手を殺さずにやるというのが難しくなったせいだ。

 

 

 

 

 

剣を使った状態の彼女ならば、例え竜の力を使われたとしても何とかなるが

彼女本来の武器であり、リーチの差で剣に対して圧倒的優位性を持つ槍を持ち出されるとその勝率は一気に半分以下になり

それを補うために意識を集中すると、今度は殺さないというのが難しくなる。

 

 

 

 

 

 

そう、メディアンがソルトを、だ。

ソルトではメディアンを殺すことは万が一にも出来ないが、その逆は可能なのだ。

彼女は良くも悪くも戦闘時には思考を切り替え、容赦というのが無くなるため、もしかしたらの場合も十分にありえる。

 

 

 

 

 

 

それに何より、一度訓練を行っている自分たちをソフィーヤが見てしまい

喧嘩をしていると勘違いを起こして泣いてしまうという事件があったというのも大きい。

子供の前で親同士が争っている姿を見せるのはよくないと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

ソルトは自分のベッドを堂々と占領して眠る娘に毛布を掛けてやった。

無口で表情さえも余り動かさない子だが、その分、この子は身に纏っている雰囲気と視線などで色々と訴えかけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

娘が寝返りを打つ。長い艶のある紫色の長髪が乱れてベッドに広がる。

まだ髪の毛に色素が宿っていたころの自分と同じ色の毛を見ると、ソルトは満たされるような高揚を覚えることが出来た。

この子は自分の娘だという確たる事実と共に愛おしさがこみ上げてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

娘に毛布を掛けてやり、大きく欠伸を吐いたソルトは周りを見渡しながら、今から何をしようかと考えを巡らしてみる。

とりあえずは体を動かしてみようと思い至った彼は、ベッドから降りて、手早く上着を羽織るとそのままメディアンの元へ向かうことにした。

この頃やけに気怠さを感じ、動作が鈍くなってきた体を動かし、ソルトは不自由に思えてきた体を面白く思いながらも進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ杖はいらない、いや、死ぬまで杖など使わないぞと心に決めている。

台所でこちらに背を向けながらも作業しているメディアンを見つけると、彼女の少し後ろ、テーブルを挟んで彼女と向かい合う場所においてある椅子を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少し寝ててもいいのに……出来るのに、少し時間かかるよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

メディアンが背を向けつつも声を飛ばしてくる。いつも通りの覇気に満ちた声。

自分への自信と、家族への信頼と愛情がふんだんに篭った声音。何十年聞いても飽きない声。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、出来るまでここで待っているさ」

 

 

 

 

 

 

 

椅子に座ったソルトは小さく息を吐くと、眼を細めつつ答えた。

事実、ここに座って彼女が料理を作る光景を見ると、落ち着くのだ。

 

 

 

 

 

 

だってそれは自分が物心ついた時から見ていた景色なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エレブ新暦 55年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家族三人での食事を終えた後、ソルトは娘を伴って里の中を散歩していた。

本来、まだ時間に余裕があるから一人で散歩しようとしたところ、ソフィーヤが付いてきてしまい、断る理由もなかったので二人で当てもなく歩き回っている。

周囲はまだ朝の冷気が残っているために涼しいが、もう少しすればあの馴染の深い猛暑が顔を覗かせることだろう。

 

 

 

 

 

落ち着いた色彩の薄い青色のドレスを着こみ、その上から紫色のマントを羽織って、ソルトの隣を小さな歩幅で娘が歩く。

傍から見たら孫と祖父が散歩でもしているような微笑ましい光景。実際は父子なのだが、それもこの里では対して珍しい光景ではない。

ソルトの肩に腰かけたリンゴは何時もの様に妙な鼻歌を口ずさみ、そこから動こうとはしない。

 

 

 

 

 

 

「何か行きたい所とかはあるか?」

 

 

 

 

 

 

自分の服の袖を掴みながら、半ば隠れるようにしている娘にそう問いかけると、彼女は周囲を一瞥し、首を横に振った。

特に行きたい所はなしか、そう判断したソルトが何歩か進むと、長い付き合いとなった気配を感じて足を止めた。

 

 

 

 

 

 

「散歩ですか?」

 

 

 

 

 

 

もうこの気配にはなれた。軽い口調で声を掛ければ、帰ってくるのはこれまた何時も通りの淡々とした声。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだが」

 

 

 

 

 

 

感情という要素を極力そぎ落とし、無気力と無機質を合わせたような声の主は、火竜ヤアンだった。

ソルトの中の彼の大まかな今の評価は、メディアンが味噌や新しい調味料、料理や食材を作るたびに家に押しかけては味見と称して大量に食べていく男というもの。

しかも後日、羊皮紙何枚かに分けて感想と改良点を指摘してくるという徹底ぶりには呆れさえも通り越している。

 

 

 

 

 

 

昔は、それこそ子供だった頃はヤアンという男をソルトは好んではいなかった。

見たくもない現実を突きつけ、人の心に土足で踏み込み、他者の心の機微というものを全く考慮しない男。

知性を持った人形の様な、温かみのない竜、それがかつてのヤアンに対する評価だった。

 

 

 

 

 

だが、年を取り人の心の機微を読み取る技術を磨けば磨くほど、ソルトはヤアンという男を面白く感じていた。

それはさながら、子供が大人になり、食わず嫌いを克服するかのように。

 

 

 

 

 

「娘か、こうして見るのは久しいな」

 

 

 

 

 

ヤアンが視線を向けるのは背に隠れているソフィーヤ。

ほんの僅かだけ、火竜の瞳の奥底で感情が動いたのをソルトは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

ソフィーヤが父親の背後から顔だけ出してヤアンの無機質な瞳を見つめ、視線と視線を混ぜ合わせる。

しかし数舜もしない内に顔を引っ込め、後はじっと服の裾を全力で握りしめているだけ。

 

 

 

昔のソルトの様な反応を見て、ヤアンは顔を傾げて一言だけ言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

「やはり親子だな。行動がよく似ている」

 

 

 

 

 

 

「そうだろうさ」

 

 

 

 

 

 

 

しかし人見知りな所があるのも事実。

里の中にもソフィーヤの友達などはそれなりに居るが、余り深い交友ではなく、表層的なお付き合い程度だ。

ソフィーヤが本気で気を抜いて接することが出来るのは父であるソルトと母であるメディアン、そして彼女が赤子だった頃から何かと世話を焼いてくれたイデア、アンナぐらいだろう。

 

 

 

 

 

 

「では、私はここで失礼する」

 

 

 

 

 

 

ソルトが小さく頭を下げるとヤアンは踵を返し、身長相応の大きな歩幅で立ち去っていく。

向かう先は里の中心部である殿であり、用事があるとすれば、そこにいるイデアにだろう。

 

 

 

 

 

 

きっと、長と遊戯版をしにいったのだろうとソルト当たりを付けた。

ヤアンは結局、半世紀以上掛けても一回もイデアに遊戯版では勝ててはいない。

それはヤアンが弱いのではなく、イデアがヤアンに負けてたまるかと、努力を怠っていないからだ。

 

 

 

 

 

 

負けず嫌い同士の戦いというのは本当に長引く。人ではなくそれが永遠の寿命を持つ竜とくれば、尚更だ。

 

 

 

 

 

 

ここで、ソルトは娘が服の裾を小さく引っ張っていることに気が付いた。何かを訴えかけるような視線も合わせて感じる。

腰程度までの身長しかない娘に目線を合わせてやるために屈みこみ、眼を見て、言ってごらんと促す。

 

 

 

 

 

 

「あっち……」

 

 

 

 

 

ソフィーヤは振り返ると、片手の人差し指を使ってある場所を示した。

指を差す方向は里の外れ。娘が行きたいと言っているのは、かつてメディアンと鍛錬をしていた場所のことだろうとソルトは直感で悟る。

 

 

 

 

地平線の彼方に目をやる。そこから漏れ出てるのは狂わんばかりに輝く太陽の光と、空気を沸騰させる程の熱量。

もう間もなく、砂漠の熱砂の時間が始まる。おそらく体の弱いソフィーヤでは半刻程しか耐えられない程の熱世界が。

 

 

 

 

 

ソフィーヤの歩幅や、彼女のお世辞にも優れているとはいえない体力、到達にまで掛かる時間などを考慮し……。

長い付き合いとなる友人の意を察したリンゴが肩から飛び降りると、そのまま家へと戻っていく。まるで親子二人の時間に水を差さないように配慮するかのごとく。

 

 

 

 

 

 

「あ…………!」

 

 

 

 

 

 

娘を背負う。長い髪の毛を服などで絡み取らない様に気を付けつつ、彼女の細い両足を脇の下から通し、両腕で固定し、首に手を回させる。

持ち上げた際、娘は困惑したような声をあげたが、すぐに自分が何をしたいのかを理解したらしく、黙って肩に顔を埋め、成り行きに任せていた。

少しだけ、重くなったか。いや、それとも自分の筋力が落ちたのか。どちらかは判らないが子供の成長を肌で理解し、味わいつつも父は黙々と歩を進める。

 

 

 

 

 

足腰はかなり鍛えているため曲がるなどという事はなく、体力もこの里の人間の中では未だに最上位だと自負している彼は老いなど感じず歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半刻を更に4分の1程度にした時間が経過した後に、二人は里の外れに到達していた。

地平の彼方から上ってきた太陽は本格的に地面を焼き尽くし始めている。

ソルトはソフィーヤが直射日光に当たらない様に注意を払いながら、昔自分がよく座っていた大きな岩の上、木の陰で覆われ、日の当たらない場所に彼女を下ろす。

 

 

 

 

 

緑のカーテンで覆われたこの場所は日光を程よく軽減し、近場に水場があるために真昼の砂漠の中でも余り温度が上がらない休憩などには理想的な場所だ。

帰りはどうするかと少しだけ考えを巡らせたが、どうするかは後でいいと判断する。

 

 

 

 

岩の上に下ろされた彼女は、どうやら背中の上で船を漕いでいたらしく、眼は虚ろで、頭は上下に小さく揺れていた。

半分以上眠りに付いている頭を霞みがかった意識の中で動かし、目的地に着いたことを理解した彼女は左右に小さくかぶりを振って眠気を追い払ってから、周囲を見渡す。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

岩から降りると、ソフィーヤは周囲の探索を始める。何度かここを訪れたことはあるが、今日の様にじっくりと見て回るのは初めてだから。

母と父の思い出がつまった場所をソフィーヤはゆっくりと歩き回る。少し後ろから父が付いてきているのをしっかりと感じ取りながら。

 

 

 

 

 

大きな木が目の前にある。成人男性の胴体ほどの太さを誇る木が。

そしてその表面についているのは、薄くなったとはいえはっきりと判る殴打の後。

瞳を瞑り、傷痕に触れて……息を吐いた。父が幼かった頃につけた傷を見て、そこに込められた思いを理解し、彼女は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

父が後ろから語り掛けてくる。振り返って見上げた顔は老年の域に差し掛かっているためか、肌などに皺が出始めているが、全身からあふれる覇気はまだまだ若者に劣ってはいない。

自らの無造作に伸ばしている髪の毛を掴んで目の前に持ってくる。視界を満たすのは紫色の鮮やかな色彩をした髪。

今では白髪になってしまっているが、ソルトの昔はこの色だったと母は言っていたし、自分もかつての父の姿を覚えている。

 

 

 

 

 

自分と親の似ている場所を探し当てて、確かに自分は父と母の子供なんだと確信を得ること。

それは全ての子が行うアイデンティティ確立のための行動。それを行い、ソフィーヤは微かな満足を覚えた。

 

 

 

 

 

 

ふと、頭の片隅に映像が走る。今迄何回か見ていた映像が。

頭を力強く、安心させるように撫でられて彼女は体を眼を細めて、体を竦めた。

こうして伝えられる感触と温かみを忘れまいと脳裏に焼き付けていく。

 

 

 

 

 

 

眼を見ると、真正面からしっかりと父は見返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

父は知っている、自分が竜化できない代わりに生まれ持った力の事を。

魔道の才能とは違う、もう一つの特異な能力、制御さえ出来ない力を。

自分が何を見ているのかも理解して、変わらずに育ててくれている。

 

 

 

 

 

 

それがソフィーヤにとっては嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ帰ろう。もう少しすると、陽が完全に昇りきる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソルトが背を向けて、付いて来いと促すが、ソフィーヤは動かなかった。

父が不審げに自分を見て来るのに対し、彼女は両腕を小さく広げ、差し出した。

まるで子供が親に抱っこをねだる様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一回……」

 

 

 

 

 

 

滅多に見られない娘の我がままに、彼は満面の笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、既にソフィーヤは眠りに就いた時間帯、ソルトは一人自宅の居間で寛いでいた。

日が落ちて、やることも特になくなった時間、彼は本を読んだり、軽く酒を飲んで気分を整理することが多い。

あえて夜風を感じるためにあけられた窓からは荒涼とした風が流れ込んでくる。寒く、何の命も育てない砂を含んだ風が。

 

 

 

 

 

 

メディアンは自室にこもって何かを書いているため、今この場にはいない。

居るのは机の上で丸くなって眠っているリンゴだけか。

 

 

 

 

 

盃を2割ほど満たす酒に冷水を足して割ってから、一気に飲み干す。余り酒に強いとはいえないこの身では、これくらいの分量が丁度いい。

椅子に腰かけた彼は何回か瞬きをした後に、思いっきり背伸びをした。体の各所から異音がなった後、少しだけ全身を包む倦怠感が晴れる。

 

 

 

 

 

扉の近くに誰かが近づく。さながら砂を運ぶ風の様に自然かつ、軽い動作で。ソルトはその気配を感じて椅子から立ち上がる。

誰かは考えるまでもない。何日かに一度は彼はこの家を夜に訪れるし、何より自分もその時間を楽しみにしているのだから。

扉がノックされる前に音もなく開けると、やはり予想した通り、そこにはイデアが立っていた。

 

 

 

手に土産としてのフルーツが入った籠をもった神竜は屈託のない笑顔を浮かべている。

 

 

 

 

 

「こんばんわ。今の時間は大丈夫か?」

 

 

 

 

 

「もちろんですとも。どうぞ」

 

 

 

 

 

 

何時もの様にソルトは笑顔でイデアを家へと迎える。もう何十年も繰り返された光景だ。

あの時からイデアの姿形は一つも変わっていない。金色の髪の毛も、紅と蒼の眼も、何処か人間臭い仕草も、何もかも。

 

 

 

 

 

 

バスケットを受け取り、歩こうとして……彼は躓いた。腰から妙な音が聞こえ、少し遅れて激痛が走る。

足が絡まったともいう。今、自分がどちらの足を動かそうとしたか判らない程に混乱し、目の前に床が迫って………止まった。

体に黄金の光が絡みついていた、それが支えるようにソルトの体を空間に固定している。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

イデアが後ろから腰を支え、姿勢を平常の状態に戻す。体に照射された【ライヴ】の光が、体の痛みを消し去り、通常へと戻していく。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。少しばかり、油断していました」

 

 

 

 

 

「少しだけヒヤッとした………」

 

 

 

 

昔ならば躓いたとしても、自分一人の力で何とかなっただろう。

そんなささやかな場所にさえも時間の経過を感じたような気がして、イデアは少しだけ寂しい気持ちに襲われる。

しかしそれに関しては絶対に何も言うものかと彼は決めていた。

 

 

 

 

 

 

ふぅっと冷や汗を拭うイデアを横目にソルトは困ったような顔をした。

全く、ずいぶんと不便になったものだ、と。

だが、すぐにソルトはその顔を消し去ると、笑いながらバスケットを机の上に置いて、軽い調子で言葉を綴った。

 

 

 

 

 

「自分なんて走馬灯が見えました、うっかりお星さまになるところです」

 

 

 

 

 

「その調子じゃ、まだまだ長生きしそうだな」

 

 

 

 

 

イデアもつられて笑い返し、ふっと肩の力を抜く。外面はともかく、内心彼も焦ったのだろう。

お座りくださいと引かれた椅子にイデアが腰かけると、大きく息を吐く。まるで一日の疲れを吐き出すように。

もはや自室で寛いでいるような態度のイデアにソルトは内心微笑んだ。実際、この家にイデアはよく入り浸っていて、ある意味ではここはイデアの第二の家だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、これをソフィーヤに渡しておいてくれ。お前が読んでも構わないぞ」

 

 

 

 

 

 

イデアが無造作に懐から取り出すのは一冊の本。古ぼけた表紙に、分厚いページ。

微かに匂うのは誇りに混じった歴史に匂い、遥か以前に書かれた物語が書かれた本だ。

これは上下の内の一冊。下巻であり、上巻は既にソフィーヤが読破していた。

 

 

 

 

 

 

「アレの続きですか。上巻はかなり気になる所で終わってましたね」

 

 

 

 

 

 

これの内容は遥か以前の時代の神話の聖戦をモチーフにした話だ。

主人公は一人の立派な騎士で、彼は紆余曲折の内に様々な乱を平定し、英雄と称えられ、精霊の森で出会った一人の美しい女性と結婚するという内容だが……。

 

 

 

 

 

普通はここで終わりだが、この物語には続きがある。

主人公の騎士は上巻の最後のシーンで彼の仲間諸共に裏切られるのだ。

凱旋のパレードの最中に魔法で焼き殺されるという結末について、ソフィーヤは涙目で本を睨んで無言で抗議していたのをソルトは覚えている。

 

 

 

 

 

何気なく表紙に著者がナーガと書かれているのを見て、イデアはその文から眼を逸らす。

前々から思っていたが、俺が読む本の作者がナーガばかりなのは、何故だろうと思いつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「娘も喜びます」

 

 

 

 

 

 

「結構重い内容だったし、子供には余りお勧め出来ないけど……」

 

 

 

 

 

 

 

本を手渡しながらイデアは悩んだ。

ソフィーヤは外見はまだまだ十にも満たない子供だが、実年齢となると話は別だ。

既に人間で言えば30は超えているが、ソフィーヤそのものの精神年齢と外見年齢はまだまだ幼い。

 

 

 

 

 

 

それを考えた瞬間、イデアはかぶりを振った。

 

 

 

 

 

 

 

竜人。ハーフ。かつての一部の竜族が使っていた汚い言葉では穢れた半端者──。

 

 

 

 

 

 

人と竜の混血。色々な呼び名はあるが、結局のところ、一つだけ確かなのは彼女の命もまた果てがないということだろう。地竜という最高位の竜の血を引いているとなれば、尚更に。

赤子だった頃のソフィーヤに対してソルトは、夜泣きへの対応、泣く娘のあやしつけ、おしめの交換、ありとあらゆる全てを

嫌な顔一つ見せずにメディアンと共にやり遂げ、年老いた今でも何も変わらず接している事をイデアは知っている。

 

 

 

 

 

 

子育ての経験など自分にはないが、言葉にするだけでも大変さがよく伝わってくる。

 

 

 

 

 

 

突然物音が部屋に響いた。木と木が擦れあうような、独特のドアの開閉音。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

いつの間にか眠りから覚めていたソフィーヤが眠たげな顔でソルトを見ている。

どうやら彼の目の前にいる自分の事さえも見えていない程に意識は朧としているらしく、彼女はつたない足取りでソルトの近くへ歩いていくと……倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

その動きを予知していたのか、ソルトは素早く椅子を一つ自分の隣に引き寄せると、その上にソフィーヤの体を横たえて、椅子からはみ出た頭に対しては自らの膝を枕の代わりにする。

ほんの少しの時間の後、部屋にはソフィーヤの規則正しい寝息だけが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

娘の背中を優しく、さする様に叩き、ソルトは苦笑交じりに言う。

 

 

 

 

 

 

「どうも、寝室に僕とメ─デ──ィが居なくて、寂しかったみたいです」

 

 

 

 

 

 

 

間延びされたメディアンの名前の一部。それは彼女の本来の名前の一部を言葉して発したもの。

本来人間には絶対に聞き取ることも、発言することも出来ないソレを彼は言葉として発音していた。

それを可能とした要因の一つはメディアンの力による補正。彼に自らの名前を語って欲しいという願いからのほんのささやかな加護。

そしてもう一つの要因は、単純な彼の努力だ。四苦八苦しながらも魔道の知識など全くない彼は、竜族の言葉の内、メディアンの真名だけは発音し、何とか聞き取ることが出来るようになっている。

 

 

 

 

 

 

 

他者に一部とはいえ、真名を教えるような行為をしてもいいのか? というイデアの疑問は既に解決している。

メディアン曰く一部だけなら、長でも知っていてもいい。らしい。

逆を返せば自分の名前のすべてを知っていてもいいのは、彼だけ、という事なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「イデア様、この子の力の事は……」

 

 

 

 

 

「知っているさ、安心しろ、俺は何も思わない」

 

 

 

 

 

 

眼を伏せがちにし、幾らか音程を落として発せられた彼の言葉にイデアは何時も通りの調子で答えた。

ソフィーヤには一つの力がある。彼女自身にも制御できず、いつ、どんな時に発生するか判らない力が。

それに対する懸念が混ざっている父親としての彼にイデアはしっかりと返す。

 

 

 

 

 

 

「差別も起こさせない。第一そこらへんはメディアンが上手く立ち回るだろうし、俺も長だ。娘一人くらいならば何とかするさ。それに、お前やフレイ考えた案もある」

 

 

 

 

 

 

彼女は、時折、本人の言葉を借りるならば“見える”そうだ。あやふやな未来の絵が。

それは明日の天気かもしれないし、自分か他者の運命かもしれない。

何を見るかを彼女は自分の意思では選択できない。

 

 

 

 

 

最初は信じる者など少なかったが、事実ソフィーヤが“見た”という未来は全て的中している。

天気の移り変わり、怪我への注意、賭け事の結果、食物の実りの量……等々。

 

 

 

 

 

あのかつての神竜王ナーガでさえも未来を読む為には幾つかの予想を交える必要があったというのに。

対し、ソフィーヤは未来を直接読み取っているという違いがある。

数多くある竜でも氷竜はそういった方面への能力特化が激しいのだが、何故地竜とのハーフであるソフィーヤがそういう力を持ったかは不明だ。

 

 

 

 

 

 

つまり、ソルトの懸念としてはソフィーヤがうっかり凶兆の未来を読み取り、其れを口にして、

いざ現実となったならば、ソフィーヤ自身に言われのない恨み等が向うかもしれないという事だ。

不幸と災害を前に冷静でいられるモノなど少ないのだから。

 

 

 

 

 

 

だからこそ、ソルトとイデアは遠い未来についての案を張り巡らせていた。

予言の力を気持ち悪いモノではなく、尊いモノと里の者に認識させる方法を。

 

 

 

 

だがイデアはどうしてもソフィーヤの力について考えると、もの悲しい気持ちになることもある。

彼女は“見えて”いるのだろうか。どうしようもない一つの未来さえも。

更に、父の膝枕の上で小鳥の様に眠る彼女を見ると、どうもイデアは“重ねて”しまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫です、この子は強い子ですよ」

 

 

 

 

 

 

確信をもって放たれたソルトの言葉にイデアは言葉を詰まらせた。

まるで心を読まれたような気分だった。視界の中ではソルトが眠っている娘の頭をいたわるように撫でている。

イデアが何と返そうか思案していると、再び扉の開閉音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「家へようこそ、今夜もゆっくりしていって下さいな」

 

 

 

 

 

 

 

明朗とした声。部屋の中に入ってくるだけで空気が塗り替えられるような存在感、それでいて明快な笑みを浮かべた顔。

地竜メディアンが作業を終えて部屋から出てきて、ソルトの背後に寄り添うように佇む。

夫の膝枕で眠っているソフィーヤを見て、彼女の眼が優し気な光を放つのをイデアは見た。

 

 

 

 

 

 

 

どうにも居辛い。家族団欒の時間を邪魔している様な気がする。

もっと付け加えるならば、メディアンとソルトが二人そろって寄り添うと、こう、何とも言えないオーラが出るのだ。

場違い感をひしひしと感じてしまい、妙に居づらい。

 

 

 

 

 

「いや、今夜はもう帰るよ、実は、結構やり残した仕事があるんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

悪戯が発覚した子供の様な顔でイデアがいうと、ソルトは「さぼってしまうのもアリですぞ?」 と妙に演技が掛かった老人口調で返し、神竜は思わず吹き出してしまう。

こいつの流れるようなこういった冗談にイデアはどうも弱い。

立ち上がると、そのまま自分の家から出るような気楽さでイデアはメディアンに笑いかけて、家の扉から出ていく。

扉を閉める瞬間、玄関まで出てきて送り出してくれるソルトと、その胸に抱きしめられながら眠っているソフィーヤ、そして夫の隣で微笑んでいるメディアンと、その肩で揺れているリンゴの姿をイデアは見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、また明日。おやすみなさい。イデア様も、お体を大事にしてくださいね」

 

 

 

 

ソルトは手を振って長年連れ添った友を見送る。片腕でしっかりと娘を揺らさないように抱きしめつつ。

 

 

 

 

 

 

労りの言葉を投げかけられて、神竜は満足を覚えた。

明日からも長として頑張らなくてはという気概が膨れ上がっていく。

胸の底から無性に笑いたくなる衝動を抑え込みつつ、彼は答えるように片腕をひらひらと振り返す。

 

 

 

 

 

 

ささやかな幸福に満ちた家族から送り出され、イデアはしっかりと扉を閉める前に一言──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやすみ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

75年

 

 

 

 

 

 

 

 

一柱の神竜が、里の外れにある巨大な石碑の前に立っていた。夜の時間帯、周囲には何の気配も感じられない中、彼は無言で石を眺めている。

自分の身長の十倍近くもある黒光りする石は、ある程度の時間が経過すると同時に必要となって、里に作られたものだ。

幾つもの文字……名前が刻まれたソレに“彼”の名はない。まだ刻まれていないし、埋葬さえもされていない……いや、これから行う予定である。

 

 

 

 

 

だが、神竜には困ったことに実感がわかない。悲しみはある。理解はある。現実を受け入れてはいるが、何処か懐疑的だ。

あいつが子供を作ったのなど、つい少し前の出来事に思えてしょうがない。あいつが大人になったのは数週前程度にしか思えない。

あいつが全身を少しずつやせ衰えさせたのなど、ほんの前だったはずなのに。

 

 

 

 

 

 

花を二輪、石碑の前に置く、一つは長としてここに名前が刻まれた者達へ、そしてもう一つは自分個人として未だに名前が刻まれていないあいつへと。

遥か彼方へと意識を向けると、そこに彼女とあいつが居た。

 

 

 

 

 

もう、何も語るつもりはない。

神竜は踵を返し、殿へと歩を戻す。

 

 

 

 

 

 

視界が滲み、胸が苦しいのは、半身を奪われ、ナーガに捨てられたとき以来の激しい喪失の痛みのせいだった。

一つ身に沁みて理解したことがある。ナーガの時よりも、姉の時よりも、はっきりと。

 

 

 

 

 

 

それは亡くすのは、痛いという事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂塵が舞っている。しかし天に雲は一つも存在せず、煌々と輝く月の光だけが、砂漠を照らし出している。

幻想的で、美しい光景だった。流れる風が砂を運び、夜の寒砂が無数に宙を舞い、月からの照り返しによって輝きを放つ。

 

 

 

 

 

 

無窮の黄砂の中に、巨大な影が直立していた。二つの足で立ち上がり、両腕で何かを掬うような形にした手を眺めている存在が。

その存在の周りだけが昼間の如く暴力的な紅蓮の灯に照らされ、凄まじいまでの熱量が砂をガラス化さえもさせていた。

両方の肩口から生え揃った巨大な火山の噴火口から、通常の火山の何倍、何十倍までの溶岩を砂漠に垂れ流す竜は、ただ一点だけを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

掌の中、黒曜石を切り出したように無骨で、所々に赤黒い煮えたぎった液体を走らせた竜は

小さな小さな、それこそ人間にとっての砂粒程度の比にしかならない物体を感情の篭らない眼で見ている。

 

 

 

 

 

それは赤黒い光で編み込まれた長方形の“箱”だった。

丁寧に多量のエーギルで形作られたそれは、縫い目や繋ぎ目など一つも存在しない完全なる箱。

表面を無尽の地竜の力が脈動し、赤黒い線を延々と走らせる様は神々しくもあり、眼を逸らしたくなるほどの熱量を帯びている。

 

 

 

 

 

この中身はとても軽い。さながら燃え尽きてしまった薪の様に。

人間としては破格に過ぎる人生を歩んだ結果としての軽さ。ありとあらゆる命と時間を燃やした“重い軽さ”だった。

 

 

 

 

 

 

竜はソレをただ見ていた。何かに耐えるように、感情を抑え込むようにただ黙々と。

決して長い時間ではないが、それでも彼女にとっては今までの生涯の中で最も思考を巡らせた時間だった。

どうするか。どうするか、判ってこそいるが、彼女は踏ん切りをつけるために意思を固めていく。

 

 

 

 

 

モルフ、モルフ、モルフ、延々とふざけた術の理論式が竜の頭部を、心を、回り続けていた。

その全てを彼女は……胸中でまとめて握りつぶすと、最大の注意と敬意、そして最高の愛情を込めて……“棺”に力と意思を送り込む。

燃え尽きた炎の紋章に再度火が灯される。既に炭となっていた命の薪が跡形もなく焼け落ち、消え去る。

 

 

 

 

 

 

 

突如、小さな一つの陰が炎上する棺に飛び込んだ。今まで地竜の体をその小さな体躯で必死に登っていた存在だった。

人間の拳よりも大きい程度の何時も騒ぎ立てていたソレは声一つあげず、寄り添うように“棺”に飛び込むと、一瞬で地竜の力に焼かれ、燃え去った。

霧散した黄金の光、ソレ……何時もソルトと共にいたリンゴ型モルフの灰が飛び散る様を見て、地竜は小さく、感謝するように唸る。

 

 

 

 

 

そして同時に羨ましかった。躊躇いもなく、そうやって後を追う事が出来ることが。

 

 

 

 

 

咆哮を竜は上げた。結界で隔離される世界全てを揺るがすほどの音量と感情に満ちた絶叫を。

それが鎮魂歌の代わりで、感謝だった。筆舌に尽くしがたい程の激情を滲ませる爆発を竜は繰り返し……その体の一部に空虚な音と伴わせて罅が走る。

 

 

 

 

 

 

ほんの微かな部分の鱗、背中の一部が、まるで脱皮するように剥がれ落ちてその下から新しい甲殻が顔を覗かせる、その色は暗黒色。

一定以上の力と、感情の、エーギルの爆発を成しえた竜が到達できる極地へ、彼女は上りつめていた。

竜はそれを“感じて”拒否した。必要ないと。まだ自分は地竜でいい。彼を背にのせたこの姿のままが良いと。

その念にこたえるように地竜の赤黒い溶岩が竜の全身を覆い隠し、新たな地竜としての鱗と竜殻を構築していく。

 

 

 

 

 

 

 

竜は、ほんの少しの時間の間だけ、唸り、眼を閉じた、全身から噴き出る猛火と紅蓮の地獄が空気をかき混ぜ、気圧が歪む。

発生した猛烈な風が頬を撫でていくのを彼女は感知しつつも、眼を瞑りひたすら回顧していた。

 

 

 

 

 

 

怒っていた顔。笑っていた顔。必死に挑んできた顔。真っ赤になってでも意思を伝えてきた顔、自分を叱ってきた顔、そして娘を抱き上げて、ひたすら喜びと感謝を繰り返していた顔。

その全て脳裏とエーギルに焼き付けつつ、彼女は自分がやらねばならない事をやる。

 

 

 

 

 

 

意識を送るのは里の外れの一か所。里が出来て、ある程度の年月が経つと同時にその必要性が出来た為に作られた、二階建ての家屋ほどもある巨大な石碑。

黒曜石を切り出したような硬質とした表面には幾つもの文字が刻まれている。そこに、彼女の力の一部が、細い、人の指と同じぐらいの線となり叩き込まれる。

赤黒い光の線がのたうち回り、恐ろしいまでの熱線が黒い表面を削り取り、溶かしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁重、丁寧に、最大の注意を払い、他の文字を一切傷つけることなく石碑に新しい文字の羅列が焼き付ける。

その全ての作業が終わった後に竜は最後に一つ、巨大な“泣き声”をミスル全土へと叩き付けるように上げ、その終いに何かを竜族の言語で呟いた。

まるで夜眠るときに告げるような口調で、また明日会えるのを期待しているかのように。

 

 

 

 

 

 

後は任せな。

 

 

 

 

 

 

 

そして──。

 

 

 

 

 

忘れない。

 

 

 

 

 

それだけが、今の竜の全てだった。

 

 

 

 

 

 

 

遥か彼方で自分を見ている娘の姿を認識し竜は人の姿に戻ると、懐から一冊の分厚い本を手に取った。

ソルトを拾ってから、いや、それよりも前からずっと書き続けている本、彼との思い出が詰まった日記。

それを抱きしめるように胸元で握りしめると、懐へもう一度しまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

メディアンは歩く。

自分の元へと頼りない足取りで、それでいてしっかりと向かってくる娘の気配を感じつつ、その昔歩幅をあわせてあげたことを思い出しながら。

 

 

 

 

 

泣いた。悲しんだ。だからもういい。泣いてばかりではダメだということを彼女は知っている。

親が泣いていたら、子供はもっと悲しんでしまう。それはいけないこと。

まだ自分は生きているし、娘も生きている。先に逝ってしまった大切な存在を偲ぶ大事だが、それに浸ってばかりではだめなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

だって親が子供を悲しみで泣かせるなんて、あってはいけないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある少年のお話は、これにておしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二部、幕。

 

 




おまけ  二部登場キャラまとめ。
FEの後日談を見る感覚で、よかったらどうぞ。




イデア  





主人公。




おそらく2部の始まりから、終わりまでで一番性格が変わったキャラ。
最初は子供っぽさ全開だったのに、いざ2部が終わってみたらかなり落ち着いた性格になっていたのには驚いた。
後はいかに精神年齢を落とさずに前日譚から烈火編への繋ぎを書くかが次の課題である。






ソルト 





事実上2部のメインキャラクター。
最初はソフィーヤへと繋げるためだけのキャラだったが、書いている内に入れ込んでしまった。
コンセプトしては烈火におけるエリウッドみたいな純粋で真面目系なキャラ。





彼の死因は老衰。エレブの人間としては破格の80代まで生きた。
最初はローランと血縁関係とかにしようかと思ったが無粋ということで、彼は正真正銘ただの捨て子で、ただの人間という設定に。
ソフィーヤの父親にするという予定は1部で竜人に少し触れた時から決まっていたが、どうやってそこに着地させるかが本当に難儀しました。





メディアン  





事実上2部のヒロイン。純血の地竜。
コンセプトとしては「人に絶望しなかったメディウス」
結構メディウスよりも冷めている所もあるため、案外ソルトがいなければエレブから去っていたかもしれない。




最初は男性らしい所を強調していたが、口調も含めて気付いたら結構乙女になっていたのが印象に残っている。
戦闘には遠近魔法回復武器万能で強すぎる為に参加させ辛いのが難点。
余談だが、彼女が賊討伐戦に使った「メガクエイク」は敵味方識別のMAP全体攻撃で威力15という壊れ性能。




数々のえげつない能力と技の持ち主。






ソフィーヤ





ソルトとメディアンの娘。ハーフにして原作キャラ。
原作でも正確に何歳か判らないから、思い切って1000年ほど前に誕生させてみた。





前日譚ではそれなりに出番がある予定。









ヤアン






純血の火竜。封印の剣におけるラスボスの前座。原作キャラである。
このSSでは結構天然が入った負けず嫌いかつ、美食家という性格へ。どうしてこうなった。
原作通りの性格では、イデアにミンチよりもひどい状況にされるために記憶喪失という事にした。
本来はイデアに殺される予定だったが、キャラクターズを読んだら哀れみを感じてしまい、味方に。




書いていると意外と面白いキャラ。




ハーフであるソフィーヤに対して観察対象として興味がある模様。
設定ではメディアン程ではないにせよ、かなり高位の竜。
前日譚編では高位の竜という設定を生かして、見せ場がある予定。









フレイ





影こそ薄いが第一部から出続けているキャラ。イデアの補佐にして知恵袋。
いきなりイデアが長としての仕事なんて出来るわけがないだろうという作者の思いにより登場。
ナーガからの命令でイデアを補佐している。キャラとしては堅物に見えるが、結構砕けた所もある爺。



コンセプトとしてはエルフィン+マーカスを足した様なキャラ。









アンナ





1部からも登場しているキャラ。FEではお馴染のアンナさん。このSSでは火竜。
2部ではテュルバン戦や賊討伐戦などで活躍するが、彼女の本格的な活躍は烈火編からの予定。





ハノン






1部で登場した女性。2部の〆にて登場。
このSSではローランと共にイドゥンの殺害に反対したという設定。
ハルトムートから封印の剣を借りて彼女を封印したのは彼女である。



そのことを知っているのはともに殿に殴り込みをかけた八神将の仲間と、ほんの一握りの者たちだけ。
世間には神将の長であるハルトムートが魔竜を倒したという風に公表しています。
ロイが使える以上、封印の剣そのものは別にベルン王家でもなく使え、何より持ち主の意思を威力へと変える効果なのでそういった内容へと変化させています。










テュルバン




神将の一角ですが、おおよそ英雄という言葉からはかけ離れた残虐極まりない男として書きました。
世が世なら間違いなくラスボスクラスの腐れ外道として世界を荒らしまわっていたはず。
原作ではまだ理性がありそうな性格でしたが、このお話では徹頭徹尾、自分の欲望と闘争本能に忠実な化物として登場。




そして彼の残したアルマーズの破片ととその術式は後に…………。





アル




原作の一つ、漫画「覇者の剣」の主人公。その幼いころ。容姿などは原作8巻をどうぞ。
ほぼゲストとして出演。彼の本格的な出番はまだまだ先。






ミリィザ 





アルの母親、再登場は遥か先。






モルフリンゴ






最初は出落ちキャラだったが、書いている内に暴走しだしたキャラ。
コミカルな動きをして場を躍らせる狂言回しの役割をいつの間にか担っていたのには驚きました。
余談だが、リンゴ自身はイデアのエーギルで出来ているため
かなりイデアの無意識の影響を受けており、彼がやりたい事を代替わりしてやっている節があります。










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