とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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これも文字数オーバーでしたので、分割します。


とある竜のお話 異界 【IF 異伝その2】

 

注 今回の話も一部グロテスクな表現や、ちょっとだけ暗い展開があります。苦手な方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ白な夢。暗い暗い闇の底で、彼女は白く、それでいて温かみに溢れた願いに漬かっていた。

お菓子があった。本があった。思い描く夢があって、家族がいて、心を通わせた友達がいて、自らを慕ってくれる姉弟がいた。

弟が、様々な話を聞かせてくれる。知りえなかった知識と、幸福、そして笑顔を与えてくれた。

 

 

 

 

 

父は何時も無感情な顔の裏に、確かな愛情を与えてくれた。仕事の合間に現れては、いつも自分が興味をそそる内容の本を見繕い、渡される。

友達は、母性を感じさせてくれた。母親を知らない自分にとって、母と言われてまず第一に浮かべるのは彼女だった。

姉弟は自分にイデア以外の妹と弟という存在、自分を頼ってくれる、信頼しついて来てくれる二人は自分にとって新しい家族にも等しい存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚醒。体力の回復と同時に全身が活力に満ち溢れ、意識が引上げられて行く───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

瞼を開けると視界に入ったのは最近ようやく見慣れてきた新しい天井。

閉め忘れた窓からは地平線の彼方に近づいた月の穏やかな光と、夜の砂漠の冷風が吹き込んでくる。

隣に手を伸ばし、掴むのは【覇者の剣】これが隣にあると落ち着く。

 

 

 

 

 

 

 

段々、睡眠時間が短くなってきている。

以前は一回夜に眠れば朝まで起きることはなかったのだが、一日一日ごとに夜の睡眠時間は失われていく。

睡眠不足などには、なるはずもない、何故なら純粋に体が睡眠を不要としてきているからだ。

 

 

 

 

 

 

力が、エーギルの総量が爆発的に跳ね上がってきていることをイドゥンは感じていた。なくなった部分を埋め合わせるように。

そしてそれに比例するように、時折彼女は猛烈な食欲、飢餓を味わうことがある。

リンゴを食べて紛らわせて誤魔化しているが、一体、どうして飢餓を覚えるのかなど判らない。

 

 

 

 

 

彼女がこの【里】に送られて数か月が経っている。

ナーガによって送り込まれた当初、彼女は我を失うほどに取り乱し

必死にイデアを探し回るほどに狂乱する様を見せたが、今は落ち着いて現実を考えるだけの余裕があった。

 

 

 

 

 

正直な話、お父さんには幾つか言いたいことがあるが、その全てを抑え込み、彼女はやるべきことをやる。

 

 

 

 

 

里の竜達……フレイやアンナ、メディアンなどに大体の説明を聞き、外の状況を把握した彼女は今は自分がやるべき事を見つけたのだ。

長になり、里を、イデアを招くべき場所を守る。ただ泣いているだけでは、帰ってきたイデアに何を言われるか判ったものではない。

 

 

 

 

 

里はいい所だった。フレイは一から判りやすく長としての仕事の仕方、心構え、大事な事などを教えてくれるし

アンナやメディアンとは色々と女性同士の会話を行うこともある。

部下、臣下としての誠実な態度を崩さず、それでいて親身になってくれる彼女たちにどれほど助けられ、正気に返るのを助けられたことか。

 

 

 

 

 

 

 

用意されていたベッドは殿にあった奴に比べれば小さいが、それでも寝心地はとても良い。

その上をゴロゴロ転がりながら彼女は思う。一体、何処からおかしくなったのか。

お父さんは、どうしてイデアを助けてくれなかったのか。

 

 

 

 

 

 

確かな事は、もう自分は子供のままではいられず、それではいけないという事。

ほんの少し前までは隣に居た半身がいない。

その痛みは果てのない傷として彼女の中に残っていて、時折“膿だして”じわじわと胸の内側を蝕む。

 

 

 

 

 

 

 

長としての仕事で時間を潰し、残った時間は殿から持ってきた知識の溜まり場で書物を読んだり

里で知り合った竜族のメディアンやアンナに接近戦の技術を習うなど、自らを高めることに彼女は暇な時間を費やしてその痛みから得る鬱憤を貯めないように努めているのだ。

全力で挑むと、彼女たちもまた全力で返してくれる。大地に何度もたたき伏せられながらも、真摯に向き合ってくれる彼女たちの存在は救いだった。

 

 

 

 

 

 

ただ部屋に籠って延々と思考を回転させるだけでは、必ず自分はおかしくなってしまう。

そんな確信めいた予感をイドゥンは抱いている。

 

 

 

 

 

 

 

何度眠ろうとしても眠気が全く湧き上がらないことに仕方ないと割り切りをつけると、起き上がる。

窓の外から見える月を見やり、彼女は力を発動させて背に翼を生やし、防寒のために力を使って殿から唯一もってこれたモノであるお気に入りの紫色のローブを取り寄せて着こむ。

2対4翼の浮力が見えない力場を発生させ、彼女の華奢な肉体を空へと舞いあがらせた。

 

 

 

 

 

 

 

上に、上に、上に、里に張られている結界ギリギリの所まで飛び上がり、静止し、そのまま滞空。

ふわふわと上下に風に揺られるように浮きつつ、イドゥンはぐるっと首を回して前後左右を見渡した。

見渡す限りの広大な砂漠。空に光り輝く無数の宝石。直下で細々と幾つもの灯を燃やす【里】の全景。

 

 

 

 

 

 

 

流れる風が髪をすくい上げ、優しくさらっていくのがとても気持ち良かった。風の精霊が語り掛けてくる。

大丈夫だと、きっと家族とまた会えるさ、と。

 

 

 

 

 

 

神竜はゆっくりとした動作で顎を上げ、星夜を眺める。

星はいつもそこにある。綺麗で、壮大で、竜としての自分でさえも置き去りにするほどの時間を過ごす存在。

彼女は星に憧れていた。無限の神秘と可能性を内包した圧倒的なソレに心を奪われていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜石を胸の前で握りしめ、意識を集中させる。

遥か東の果て、世界の正反対に居るであろう唯一の家族を感じ取るために。

 

 

 

 

 

 

イデアは一枚自分の鱗を持っている。かつてサカへ行く際にはぎ取ってしまったものを。

自分の一部を通じ、蜃気楼を掴むような不確かさの中に彼女は弟の命を“見る”事が出来た。

見るだけで、会話も、触れ合うことも、助けることも出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

幻惑の中の弟の力の波動は、彼女が知っているモノとは大分違っていた。

白が黒に、黄金が紫に、自然が不自然に。変異したとしか思えない程にその力は強大なものとなり、それでいて禍々しい。

その力を以て、イデアは今は戦争をしているのだろうか。あの優しい弟が。

 

 

 

 

 

 

 

戦争、そういう言葉で片付けられてこそいるが、今外界で行われているのは種の絶滅を掛けた闘争だ。

そして恐らく竜は敗北するであろう。ナーガは竜族から様々なモノを奪い取り、消し去っていったのだから。

竜族の最大勢力であったナーガの勢力が根こそぎ消えてなくなり、更には創世期から存在する古代の竜族魔法の数々、その源泉さえナーガは取り上げたのだ。

 

 

 

 

 

 

死。

 

 

 

 

 

想像するだけでも恐ろしい。家族の死がありえる現実が怖くてたまらない。夢が現実となるかもしれない。

それが怖い。半身の、家族が消えるなんて事は、嫌だ。ナーガもエイナールもニニアン、ニルスも今はいないのに、最後に残った大切な存在まで……。

あの時自分の周りに居た存在だけが彼女の全てであり「世界」だったのだ。それが何もかもはぎ取られ、今彼女は一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

語り掛けてくる精霊は言った。【死】というのは、もう会えないという事だと。

だからこそ、必死に生き物は生きるのだって。

 

 

 

 

 

 

 

帰りたい。帰りたい。あの優しい時間に戻りたい。

心の中でささやく声を彼女は黙殺した。今の自分は見習いとはいえ、竜族の長なのだ。

大勢の人や竜族の居場所を守り、管理し、維持するという事の責任の重大さを彼女は理解している。

 

 

 

 

 

 

「重い、なぁ……」

 

 

 

 

 

 

単純な物質的な重みではない。自分の両肩に乗っている命と尊厳、想い。

この世の何よりも重厚な幾多の「世界」を肩に乗っけた彼女は思わず呟いていた。

 

 

 

 

 

強いって、疲れる。そう、胸中でイドゥンは愚痴をこぼした。

 

 

 

 

お父さんがこの世界を捨てて別世界へと旅立った理由をイドゥンはその身で体験していた。

今の自分とは比較にならない規模の命と責任と重圧を背負い、道を間違えることなく統治をし続ける……それは物凄く疲れる事なのではないか、と彼女は思うのだ。

しかもフレイなどの話を聞くに、最後の時点では明確な翻意を抱いていた者達さえあったようだ。

 

 

 

 

 

息を大きく吐くと、白い息が口からブレスの様に尾をひいて漏れ出る。

それが面白くて何回か息を吐いてから、何気なく上空に視線を移すと……光が走っていた。

 

 

 

 

 

 

「……あ」

 

 

 

 

 

 

流れ星を見たイドゥンは眼を輝かせる。何か願いを託そうと、口を動かそうとするも咄嗟に言葉は出なかった。

星が消えてなくなるまでに願いを3回、いや4回か? とにかく早口で噛まずに言えればその願いは叶うと弟は冗談めかして言っていた。

正直な話、言っているイデアさえ信じていないような内容だったが、それでも彼女は戯れに行おうとして、失敗してしまう。

 

 

 

 

 

 

「ん…………」

 

 

 

 

 

 

あっという間に暗闇に溶けて消えてしまい、もはや残骸さえ残っていない流れ星に彼女は落胆の息を漏らした。

気を抜くとぐぅーっと腹部辺りから空腹を知らせる音が鳴り、イドゥンはお腹を押さえて肩を落とす。

ローブをまさぐってみるが、何も食べ物などあるはずもない。

 

 

 

 

 

 

飢餓と渇き。餓鬼が常に孕み続けるソレが心のそこで蠢いた。

もうこの感覚には慣れてきたとはいえ、それでも決して味わいたいと思うものではない以上、どうにかしなければならない。

朝になったらメディアン辺りから美味しいリンゴでも貰おうと考え、彼女は自室に戻るべく里へと降下していく。

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、と。彼女は思い出した。

弟が作ってくれた焼き菓子はとても美味しくて、とても癖になる味だったのを。

アレの作り方、知りたかったなぁ、と彼女は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天が割れていく。青空は瓦解し、世界の秩序が崩壊する。

森羅万象を崩壊させるだけの力の衝突は、土台である世界そのものに重大な損害を与え、時空が歪み、狂い、壊れていく。

蒼天が消えてなくなり、ありとあらゆる色をごちゃ混ぜにしたよどんだ空が世界を支配し、森羅の法則がおかしくなる。

 

 

 

 

 

 

冬が夏に、夏が冬に、昼が夜に。そして生が死に。

億万兆京の死が世界を覆い尽くし、人竜問わず平等な破滅を振り分けていく。

発生した大災害により、多数の都市が崩落し、作物は枯れ果て、民草に広まるのは終末思想。

 

 

 

 

 

 

余りにもわかりやすい、世界最後の光景。

これは後に【終末の冬】と語り継がれる、世界【秩序】崩落の日である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星が見れない。

イドゥンは世界【秩序】が崩壊し、淀みきって混沌とした色彩となった空を眺めながら呆然とそんな事を考えていた。

これじゃ、今が夜なのか、昼なのかさえ判らず、星夜も太陽も見えない。

 

 

 

 

 

世界がこうなって、早くも数日が経過している、と“思われている”

昼も夜も意味がなくなった世界で、日数などという単位に拘るのは無意味だろうが、経過した時間はおそらくそのぐらいのはずだった。

何時もは無邪気に世界を漂っているように感じられる精霊たちでさえ、まるで狂ったように意味の分からない思考と波動を撒き散らしている。

 

 

 

 

 

 

そして何より、イデアの存在と力は感じられるものの、何か違和感を感じるのが気になった。

 

 

 

 

 

 

しかし今はそれどころではない。

 

 

 

 

 

一種の現実逃避とも言える感情の中、イドゥンは露骨に混沌と化した世界に嫌悪を示す。

何だろうか、あれは。背筋に寒気が走り、腹の奥底から濁った黒いモノが噴き出てくる。

 

 

 

 

 

殿の自室、その窓から眺める世界の様相は、余りにもおぞましい異界のモノとなっていた。

空から感じるのは歪んだ空間の法則が崩れ落ちていく音、大地から感じるのは、地殻が無茶苦茶に変動し発生する大規模な地震を必死に押しとどめる地竜の力。

ただ見ているだけで不安になる世界。吸い込まれていきそうな程に濁っていて、底なし沼の様に果てがない混沌がそこにはあった。

 

 

 

 

 

時折混沌の狭間より真っ黒に燃え盛る太陽のようなモノと、真っ赤な月らしきモノが昼と夜の領域を奪い合うように顔を覗かせあう。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に……私の力で治せるのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

口から出たのは独り言ではない。しっかりと対象を認識し、彼女は声を飛ばした。

自室の扉の前にいつの間にか移動してきていたフレイとアンナに扉越しに声をかけたのだ。

長として作った口調、演技としてだいぶ定着してきた丁寧な言葉、全て自分ではない他人が発した様なモノのようだった。

 

 

 

 

 

彼女が参考にするのは父親であるナーガ。

父の様に冷静で、取り乱さず、淡々と判りやすく喋るのが長としての口調だと思ったから。

 

 

 

 

 

 

『はい。今の貴女ならば、間違いなく可能です』

 

 

 

 

 

 

ドアの向こう側から聞こえてくるしわがれた声で耳朶を揺らし、彼女は頷く。

自分は、先代、父から竜族を守り、導く使命を与えられた者。自分の手にすべては掛かっている。

未だに自信も覚悟も足りないなれど、この手で【里】を正しい方向へと進めなくてはならない。

 

 

 

 

 

もう、何をすればいいか判らないで泣いていた、子供だった自分とは決別する時が来ている。

 

 

 

そんな思い込みという鎧で彼女は身を守っていたが……。

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

 

 

 

 

 

真っ白に皮膚の色が変わるほどに拳を握りこみ、必死に誤魔化す。小さな小さな白い手は無様に震えていた。

彼女は何度も何度も自分に言い聞かせていた。怖い、本当は出来るなんて自信は欠片もない。

だって自分の力が真実役にたったことなどないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

サカの時も、竜殿の時も、結局は誰かに助けられていて、自分だけでは乗り切れなかった。

その代償としてもっていかれた存在はあまりにも大きすぎて、また何か失敗して大切なモノを失うかもしれない、そんな悪夢を神竜は恐れている。

逃げてしまいたいという気持ちがこみ上げる。それを消し去るのは一つの簡単な事実。ここから逃げても何処にも行く場所などないという結果だけ。

 

 

 

 

 

幾ら世界の崩壊と共に自らの力が際限なしに増大していっているとはいえ、世界を修復することなど、本当に自分に出来るかどうか判らない。

失敗したらどうなってしまうのかさえ理解できないというのに。

 

 

 

 

 

グルグルと頭を何十もの思考が巡り巡る中……唐突に彼女の頭の上に暖かい……これは、手、だろうか? が、乗せられた。

 

 

 

 

 

 

「あんな……?」

 

 

 

 

 

呆然と、余りに予想外すぎる展開に口走った名前は間の抜けた音程の声。

しかしそれでもしっかりと相手には伝わったらしい。

自分が考え事をしている間に何回もノックをして、それでも返事がないから入ってきただけのこと。

 

 

 

 

 

 

柔らかく、労りをもって頭をアンナは撫でている。その眼にあるのは柔らかい光。

まるで親が子を見守り、背中を押すような眼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いて、きっと、貴女なら出来ますわ──。

 

 

 

 

貴女様なら、きっと出来ますよ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

アンナと、一瞬だけエイナールの姿が重なる。

種族、性格、外見、そのすべてが正反対だというのに。

 

 

 

 

 

 

神竜は、大きく息を吸って……吐いた。そして確認する。

自分は神竜だ。お父さんの、ナーガの後継者で、二代目の長。そして、イデアの姉で、エイナールの友達で、ニニアン、ニルスのお姉さんでもある。

そんな自分が胸を張ってまた大切な存在と再会するのは、己の責務を果たしてからだ。

 

 

 

 

 

これは誰に強制されたわけでもない、自分の意思。

緊張を脱ぎ捨て、精神を落ち着かせ、神竜は言葉を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「案内してください……私が、やります」

 

 

 

 

 

 

 

 

しっかりとアンナとフレイの眼を見て、言葉を紡ぐと2柱の火竜は頷いてくれた。

それがとても頼もしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレイが術を発動させ、空間の転移による光が部屋を満たしていく。

一月前に朧ながらも体感した浮遊感をイドゥンは再度体験することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光と共に足場が消え去り一瞬後には先ほどとは違う質感の大地に足を付けているという

奇妙な体験をした神竜は眼を開けようとして、思わず顔をしかめる。

転移の光により、一時的に落ちた視力をエーギルを用いて瞬時に視力を回復させた彼女は、眼下の光景に思わずよろめいてしまう。

 

 

 

 

 

 

ふらつく彼女の体をアンナが肩を掴んで支え、しっかりとその場に固定。

彼女の行動がなければ、イドゥンは落下していたかもしれない。

頬を撫でるのは、真昼の砂漠ではありえない極寒の風。降り注ぐのは、深雪。

 

 

 

 

 

 

殿の屋上、最も高い位置からは里の全景がはっきりと見えた。

そして、砂漠の向こう側が降り注いだ雪によって真っ白に染まっているのも。

 

 

 

 

 

果て無く続く不毛の、ナバタ砂漠を眺めた後に顎を持ち上げて天を仰ぐ。

歪んだ世界の、歪んだ天蓋が色彩の濁流を伴って世界を狂わせている。

紫とも黒とも、はたまた白か、もしくは黄緑……壊れた虹色とでも名付けるべきか? 

 

 

 

 

 

 

 

そんな狂った空をイドゥンは見据えて決意した。

私がやるのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

足を肩幅に開き、竜石を握りしめて彼女は天へ片手を翳す。

あ、と息を吐く。何をどうすればいいのか、ここにきて彼女は完全に“知っていた”自分が居るのに気が付いた。

それは鳥が空の飛び方を、魚が泳ぎ方を生まれながら知っているのと同義。

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、彼女の心は、その“爆発”を強めた。精製されるのは無尽蔵のエーギル。

 

 

 

 

 

 

竜石が、黄金の輝きを放つ。瞬間、天へと石から一本の光柱が伸びていく。

混沌を貫き、世界に秩序を齎す力が行使され、其は万象の法則を縫い合わせる。

空間のひび割れが、消え去る。青い空が戻り、雪が止んだ。

 

 

 

 

 

 

 

砕けた世界が再生され、時間が戻り、太陽と月は地平の彼方に消え、昼夜が世界に戻った。

 

 

 

 

 

 

まだまだ、とイドゥンは更に力の放出を強める。

しかし疲れはない。想像を絶するほどの力の濁流を吐き出しながら、彼女に疲労はないのだ。

 

 

 

 

 

 

黄金の光柱は更に巨大になっていく。天と地を結ぶ巨大な柱は、里さえも飲み込み、拡散する。

何億何兆、何京もの光の粒子に枝分かれし、世界へと飛び立っていく。

ミスル、エトルリア、リキア、サカ、イリア、ベルン、エレブ、世界の秩序が……回復する。

 

 

 

 

 

 

朝。夜。春。夏。秋。冬。生。死。空間。時間。

全てが戻る。あるべき姿へと。神竜の力により、世界が回帰。

最後の欠片をはめ込んだ様な感触を覚え、イドゥンは力の放出を停止させて……黄金色に染まった空を見た。

 

 

 

 

 

 

莫大な、途方もない程の純粋な“力”の残照が渦を巻いて空を覆っている。

黄金色のエーギルの雲と形容できるソレを放出したのが自分だというのがにわかには信じられない。

世界に溶け込み、最初からそんなものなどなかったように消えていく力はかつての自分とは次元が違う質量を誇っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが元に戻った。

耳に木霊するのは、無数の精霊たちの感謝の言葉。

初めて、彼女は自分の力で自分のやりたいことを成し遂げた。

 

 

 

 

 

充足感と自信が漲ってくる。だがソレに溺れない様に彼女は努めつつ動く。

新しい長は背中の翼をしまうと、振り向き、背後の二人に強い意思が宿った眼で確認する。

次の自分のやるべきことを彼女は既に理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「里の人達を安心させましょう……私が直接行きます」

 

 

 

 

 

 

 

里の者たちに秩序を修復したのは自分だと説明し、長としての支持と説得力を得る。

その後は現状の確認、そしてその次は───。

果て無く胸中で続く問いかけと回答の連鎖。神竜は的確に次やるべきことを求め続け、動いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『では、現状の詳しい確認を行いたいと思います』

 

 

 

 

 

殿の地下。ナバタ中の無尽蔵の水資源が循環する静謐な玉座の間にフレイの掠れた声はよく響く。

水晶を切り出したような神秘的な玉座に腰かけた二代目の長の前に、火竜は跪いている。

淡々としわがれながらも中身を認識出来る程度には発音のよい言葉が、次々と淀みなく吐き出される。

 

 

 

 

 

 

 

神竜はかつてのナーガとは真逆な、紫や灰色を基調とした質素な色彩のローブに身を包み、自然体で玉座に座し、報告を神妙な表情で聞き取っていた。

 

 

 

 

 

 

里の現状。食料の問題。衣服。水。人心。建物の被害状況。竜の力の状態。

一つ一つ丁寧にわかりやすく伝わってくる情報を神竜は噛み砕き、理解していく。

 

 

 

 

 

秩序の修復を終えたこと。里の運営状況に問題はないこと。そして外の状況……。

外界の状況は、まだよく判らないが、おそらくは人の勝利だということ。

詳細を知りたい。彼女は瞬時にそう思い、世界に遍在する身近な“隣人”に手を伸ばした。

 

 

 

 

この“隣人”は様々な事を教えて、見せてくれる。

だが、幾つか例外はある。事実、精霊は弟の姿を見せてはくれない。

何故、と問うと、意地悪しているわけではなくイデアが居る殿に張られている強力な防衛術のせいで精霊さえも干渉は出来ないそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

イドゥンは眼を閉じて、無数の精霊たちへと協力を乞う。

一瞬にして様々な種類の精霊が喜びと共に世界の各地の情報を頭に流し込んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

それは鮮明なイメージであったり、言葉であったり

もっと不確かであやふやな“認識”だったりするが、イドゥンはその全てを頭の中で整理し……幾つかの映像に戦慄を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一つは戦時中の映像。まだ世界で戦争が行われていて、それを見ていた精霊が記憶した映像。

大勢の人々が荒野を歩いている。汚れきって灰色に変色した鎧に身を包んだ騎士達が、何千と歩いている。

その顔と、纏う空気は一様に皆が皆、暗い。隠し切れない疲労と、何時襲ってくるか判らない死への恐怖が色濃く噴き出ていた。

 

 

 

 

 

 

荒野のいたるところに力尽きた兵士が倒れている。撃墜されたモルフ・ワイバーンの残骸が山と積み重なり、湧き出たウジが耳障りな羽音を響かせる。

竜と人の闘争。そして人と人の戦争。この2つの決定的な違いというのは、竜は全くと言っていいほどに人に容赦をしないことだろう。

人同士の戦争ならばある程度戦ったところで双方ともに落としどころを探し始めるものだが、竜にはそれがない。

 

 

 

 

 

竜は徹底的な人の排除を望んでいた。

後から大陸に湧き出て、あっという間に繁殖し、そして今まさにここまで人の繁栄を手助けてしてやった神へと牙を剥いて恩を仇で返そうとする愚か極まりない種族。

そんな塵にどうして手心や情けなど必要なのか。

 

 

 

 

 

 

竜の尖兵に季節など関係ない。それどころか、天候も、地形も、記念日や昼夜さえ関係ない。

なぜなら“ソレ”を作り出したモノは人という種の嫌がる事を知っていたから。

“ソレ”を作ったモノは、何処までも悪辣に、悪意と狂気を込めて己の仕事をやり遂げていた。

 

 

 

 

 

 

 

地平線の彼方から影が落ちる。それは空を舞う無数の悪意。

人類が今まで積み上げてきた人間同士の戦争のノウハウを根本から吹き飛ばし、蹂躙するもの。

ただただ純粋に、単純に、圧倒的な数と、それでいて恐ろしいまでの質の高さを両立させた戦闘兵器たち。

 

 

 

 

 

 

モルフ・ワイバーンの何倍もの巨体を持ち、真っ赤な鱗をした“ソレ”は火竜にそっくりだが幾つか違う箇所がある。

一つはその大きさ。小さく纏まった体は成体の火竜よりも何周りか小さく、黄金色の目だけが忙しなく動き回っていた。

二つ目は背中に生えた真っ赤な飛竜のモノと同じ翼。ただし翼膜は肉ではなく、赤い光。力により浮力を生じさせる力場の生成箇所がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

四肢をもち、天空を縦横無尽に支配する怪物たち。

爪や牙は鋭利で、禍々しく紫色に光の照り返しを受けて不気味に輝いている。

鋭利なソレを伝うのは、半透明の液体……これは、涎や汗ではない……触れたモノを鉄でさえも溶解させる酸だった。

 

 

 

 

 

最後にこの異形の“ソレ”が火竜などと大きく違うのは……その数だ。

竜は人に比べて繁殖能力が低く、それでいて子供を作ることに興味を持つ竜さえ少ない……これが人の考えであり、間違えではない。

事実竜族は元々少なかった数をナーガ派の離脱によって更に縮小させている。

 

 

 

 

 

 

だからこそ人はそこに勝機を見出していた。数を以て竜を圧倒し、勝利すると。

今迄蓄えた竜殺しの全てをここでぶつける、そういう意気込みだった。

 

 

 

 

 

 

その全てを“ソレ”は嘲る。真っ青な空を真っ黒へと変貌させる規模の群れで襲い掛かる“ソレ”の名前は【戦闘竜】

ただ戦うために作られた古の竜族の兵器。だが本来【戦闘竜】は空を飛べないはずだが造物主は改造を施した。

未だ上空への攻撃手段の乏しい人類に対する絶望を与える為。剣も槍も、矢や魔法さえも届かない超高度からの奇襲。

 

 

 

 

 

 

モルフ・ワイバーンなどとはケタが違う、殺戮に特化した兵器の力は絶大だ。

 

 

 

 

 

 

【戦闘竜】が何処から飛び立ったのか、を精霊からのイメージとして受け取ったイドゥンは顔を歪めた。

【戦闘竜】達を放出した山は山ではない。あれは……巣だ。自己判断で何処までも無限に増えつづける悪夢の象徴。

 

 

 

 

 

数の暴力と、残虐な見せしめによる士気の低下。そして、徹底的に戦いにくい存在。この【戦闘竜】はそこに拘られて作られていた。

数的有利という戦争の根幹要素を、ただ純粋に突き詰めた兵器、人類を殲滅しようとする悪意の化身といっても過言ではない【戦闘竜】が、天空を支配する。

 

 

 

 

 

 

 

そして外部からのエーギルの接種の最も効率的なやり方とは──捕食である

 

 

 

 

 

 

天空から急降下した【戦闘竜】がすれ違いざまに何人かをその足でつかんで空中へと連れ去る。

 

 

 

 

 

この航空戦に特化した【戦闘竜】に備わる牙はその役目を果たした。

引き裂かれる鎧の音、腹の底から吹き上がる恐怖の悲鳴、捕食対象とハンターの関係は絶対だ。

数瞬後に何か固いモノをかじり取った様な音が響き、比例するように悲鳴が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

次に出てくるのは、いつか見た本にも書いていた成体の竜よりも小さく、感じる力さえも劣る小山程の体躯を持つ竜の群れ……。

これが本来の【戦闘竜】の姿なのだが……これも少し様子が違う。

【戦闘竜】の眼はぎらついた狂気と闘気に満ち溢れており、とても無感情の戦闘兵器とは思えない。

 

 

 

 

 

これは、そう、まるで興奮した牛……それもとびっきりに凶暴で巨大な。

大地を踏み砕き陸戦に特化した【戦闘竜】が突撃を開始する。

どんな馬よりも早く、どんな闘牛よりも破壊力のある、小山程の体躯をいかした純粋な体当たり。

 

 

 

 

 

 

 

人の視点から見れば、真っ赤な地平線、山々が空気を焼き潰しながら迫ってくるように見えただろう。

アーマーナイト、ジェネラル、そんな防御陣などお粗末な遊具の如く踏み砕き、走破。

 

 

 

 

 

 

走破。走破。圧死。潰死。悲鳴。絶望。

 

 

 

 

 

背から噴き出た炎を身に纏い、人間の陣を業火と物理的な質量を以て磨り潰していく。

アリの群れをつぶして回る人間の様に、一切の慈悲的感情をもたない【戦闘竜】の死の行進は誰にも止められない。

死を恐れず、味方の残骸を踏み越えて堰を切った濁流の如く襲い掛かる死の波は、等しく全てを押しつぶす。

 

 

 

 

 

 

槍、剣、弓、魔法でさえ流れ込む波を抑え込むことは出来ない。

 

 

 

 

 

 

即死できたモノは幸せだった。何故ならば地獄を見ずに済むのだから。

生き残ってしまった者は、窒息の苦痛、全身を火傷が侵食する恐怖、そして……人類が崩れていく絶望を味わうことになってしまうのだから。

 

 

 

 

 

重厚な破砕音。グチャグチャという粘質な粘土でもこねまわしているような怪音。

苦痛に喘ぐ声。愛しいモノの名を叫び続ける絶叫。空しく木霊する笑い声……。

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄は、ここにあった。

 

 

 

 

 

 

 

イドゥンはその光景から眼を逸らした。正気の沙汰ではない光景だった。

ただ純粋な数の暴力で人が、まるでテーブルの上に置かれた食事の様に取り上げられ、喰われていく。

血と肉、臓腑の雨が降り注ぎ、狂った晩餐が続く。多くの人間がゴミの様にその命を散らし、逃げ惑う。

 

 

 

 

 

灰色の荒野が血と炎舞によって紅く狂わされた。そして天さえも染まり尽くす。

空から降り注ぐは破滅の雨。【戦闘竜】の放つブレスは純粋種の竜程の威力こそないが、豪雨の様な苛烈さと、芸術家の様な繊細さがある。

人間だけを徹底的に狙い、その逃走経路さえも閉ざすように焔は死を齎す為に振り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

死、死、死、何千の骸が積み重なる。それ一つ一つに人生があったものが、瞬く間に塵と化す。

何も残さない、万死が支配する世界が産声をあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

こみ上げてくる吐き気を押し止め、精霊にもういい、別の光景を、とお願いすると彼女に送られてくる“イメージ”が瞬く間に移り変わる。

今度は映像ではない、純粋な【力】と、それが纏う属性、戦争で人を勝利に導いた決定的な要素。

かの絶望を打ち破り、人々に希望を失わせなかった元。

 

 

 

 

 

 

 

“火”“雷”“氷”“業火”“風”“光”“闇”“武”

8つのイメージと、朧に現れるのは理解の出来ない“力”……エーギルにも近しい性質にも感じられるソレに号を与えるならば……“意思”とすべきか。

 

 

 

 

 

 

 

凱旋する人間たちと、【7人】の英雄。手を振り、民衆へと安堵を振りまくその姿は力強く、神々しいものでさえある。

顔こそよく見えないが、懐かしい気配をその中に感じて神竜は安心を覚えた。あぁ、生きててくれたのか、と。

だが、英雄たちの“中身”は疲れ果てていた。竜との激戦を勝ち残った彼らは、竜を屠るためにありとあらゆる力を行使し、満身創痍だった。

 

 

 

 

 

 

 

正に紙一重の勝利。下手をすればこの英雄たちは全滅していたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

イドゥンが目を開ける。精霊たちから情報を受け取るのに有した時間は、現実にして呼吸数回分程度の刹那。

視線を感じた方向に顔を向ければ、フレイがいつの間にか正面から移動し、右隣に立っている。

気配がどうもお父さんに似ているという感想を彼女は抱く。長年仕えていたから、似てしまったのか、それともこれはこの火竜の素なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『今回の秩序崩壊への対処。里の者たちへの配慮、お見事でした』

 

 

 

 

 

唐突に呟くように紡がれる言葉にイドゥンは一瞬だけ間の抜けた表情をしてしまう。

余りに自然に、何時もの何気ない会話の様に褒められた少女は、思わず口元を抑えていた。

喜びで口角が歪み、何とも言えない滑稽な表情になってしまうのを見られたくなかった。

 

 

 

 

 

 

一瞬、父に褒められたような気がした。それがたまらなく嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………そういえば、メディアンがかなり力を消費していましたね」

 

 

 

 

 

 

 

顔が笑みを形作るのを噛み殺しながら、イドゥンは一つ思い出す。

この里があの秩序の崩壊でなぜ壊滅的な打撃を受けなかったのか、その理由の一つを。

大規模な地殻変動、大地震、作物が枯れ果てる飢饉、全てが起こらなかったのは地竜がその力を以て全てを抑え込んでいたからだ。

 

 

 

 

 

息子の為、里の子供たちの為、そして人と竜の為、惜しみなく力を振い、強く気高い彼女をイドゥンは尊敬さえしていた。

神竜は竜石を取り出すと、その表面を指で削り取る。小さなかけらを幾つか見積もると、それをフレイに手渡す。

 

 

 

 

 

 

 

「これを渡しておいてください。今の私にはこれぐらいしか出来ませんが、それでも力の回復には役立つはずです」

 

 

 

 

 

 

『確かに、承りました』

 

 

 

 

 

 

頭を垂れて、厳粛とした態度を維持しつつフレイは竜石の欠片を受け取る。

そのままイドゥンは丁寧に、出来るだけゆっくりとした長としての口調でフレイに今後の予定を伝えた。

ある意味自分にとっては、最も大切で重要な事を。

 

 

 

 

 

 

「そして……近いうちに、私は殿に一度戻りたいと思います。生存者などがいれば、救助したい、です」

 

 

 

 

 

言葉が震えない様に、気を付けるのはとても大変だった。生存者とぼかして言ったが、その実それが誰かなど言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

『はい、ではその様に。アンナを護衛としてください。彼女は転移なども使えますし、優秀な戦闘力なども有しています』

 

 

 

 

 

 

帰ってきた答えがあまりにも呆気なかった為、イドゥンは肩からがっくりと力を抜いて、乾いた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「止めないのですか?」

 

 

 

 

 

 

『止めませんよ。ただ……覚悟はしていて下さい。戦場の跡地は、眼を覆いたくなるモノですから……死は、決して綺麗なものではありません』

 

 

 

 

 

 

 

後ろの魔道書をもっていくといい。そう言葉をつづけるフレイを見つめつつ、イドゥンは頭の片隅で今言われた言葉を反芻し続けていた。

死は、綺麗なものではない。死は、絶対だ。彼女が知る限り、最も巨大で最も永遠に近い世界の存在……“星”さえも死ぬ。

それに比べれば、家族の命などとても軽々しく散ってしまう、儚いモノにさえ思える。

 

 

 

 

 

 

縋る様に“力”を使って弟の存在を見ると……何とかその力を感じることが出来た。闇の中で薄く点滅を繰り返す、小さな灯の様に。

安心と安堵を覚えると同時に彼女は空腹を覚えた。そういえば、何時の間にか喉が渇いたような気もする。

玉座の肘掛の所、ちょうどイドゥンの手が届くような場所に置かれた小さな机、その上に置かれている盃、その中に満たされている冷水を彼女は一気に飲み干す。

 

 

 

 

 

喉から胃へ、そして臓腑にしみわたる冷たさが彼女の心を落ち着かせてくれた。

ただし、腹の底は、まだ熱を持っている。熱した鉄の内部が冷めるのに時間を有するように。

 

 

 

 

 

 

『本日はもうお休みください。まずは力を万全の状態に戻しますように』

 

 

 

 

 

 

「……判りました」

 

 

 

 

 

 

紙束の書類を纏め始めたフレイの行動は、イドゥンの退室を促すもの。

事実、幾らか余裕があるとはいえ、それなりに消耗している彼女にとっても休んでよいという言葉は魅力的なものだった。

疲れていては、思考能力も落ちるし、心の余裕さえもなくなってしまう。

 

 

 

 

 

 

玉座からけだる気に立ち上がり、フレイに後を任せるという言葉だけを告げるとイドゥンは自室へと歩を進める。

長い紫銀の髪が揺れて、光を反射して、妙に周囲が眩しかった。神秘的なこの玉座の間と、その通路を彼女は好いていた。

ここを通るたびに、彼女は故郷である竜殿を思い出すことが出来る。ここと殿の雰囲気的なモノが似ているのは、ナーガの指示だろうか?

 

 

 

 

 

 

もうすっかり慣れてしまった水晶の様な透明感のある、発光する通路の上を行きながら神竜は漠然と思い出す。

里の者たちのあの、輝かしい眼を。子供たちが向けてくれた感謝の言葉を、長という仕事をやってきた中で得られた達成感。

初めて、自分の力が誰かの役に立った。その事実は、彼女に確かな自信を与えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、眠ろう。

夢を見ても見なくてもいい。起きたその後にいろいろな事をまた考えよう。

 

 

 

 

 

 

秩序は戻り、世界に安息と安定は戻ったが、半身はまだ戻らない。

その事実だけが、彼女の心を虫食いの如く蝕んでいた。

 

 

 

 

 

 

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