とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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烈火の剣、前日譚の始まりです。



とある竜のお話 前日譚 一章 1 (実質15章)

 

 

 

 

錆びついた島。外界からは隔離された絶海の孤島、その森の奥に一つの屋敷があった。

立派な石造りの建物は、千年の年月を経ても大丈夫なように、魔道の技術さえも練り込まれて建造されたものだ。

十人単位の人間が住んでも大丈夫な広さの建物に、貯蓄された大量の保存食と飲料水、そして菜園。

 

 

 

 

 

屋敷の中には幾つもの絵画が飾られてある。

決して名画と言えるほど素晴らしいモノではないが、何処か閲覧した人の心を癒すような色彩の絵たち。

 

 

 

 

 

人の気配というモノが存在しないこの島に何故、こんな建物があるのか、その理由を誰も知らない。

足音が森に響く。固い土と枯れ葉を踏み抜く音が、やがては整備された石畳をたたく音へと変わる。

 

 

 

 

 

 

現れたのは、一人の成人男性と、幼子が二人。少女、少年というにはまだ小さすぎる子供たちであった。

男は二人の子供の歩幅を考えつつ、それでいて急かす様に足を動かし、早歩きで屋敷の扉に手を掛けるが……開かない。

父親と思われる男が、何かを思い出したように懐から一枚の羊皮紙を取り出し、それを掲げると、扉は薄く発光し、光が消える。

 

 

 

 

 

 

同時に響くのはガチャという金属が動いたような音。扉に施されていた封印が解除され、音もなく開いた。

男は二人のまだ弱い10代にも満たない幼子を屋敷の中に入れると、背中に持っていた袋を渡し、動く。

既に何度もこの屋敷を男は利用していたのだろう、手慣れた様子で暖炉に火を付け、食料庫の中身をしっかりと確認してから子供たちに向き直った。

 

 

 

 

 

膝を折り、目線を合わせて、ゆっくりと一つずつ言葉を掛けていく。

 

 

 

 

 

 

 

「……お前たちはここに隠れていなさい。食べ物と飲み物は、食料庫と、その袋に入っている……食料庫の場所は判るね?」

 

 

 

 

 

 

 

二人の子供が言われている言葉の意味がよく判らないながらも、父親が大切な事を言っていると理解し、頷くの見て男は満足したように笑い、子供たちの頭を撫でた。

子供たちの顔が綻び、無邪気に抱き付いてくる。男は子供たちに抱擁を返し、背中を摩ってやった。

味わうように、堪能するように子供たちの温もりと、愛しさを確かめた男は、暫くそうした後に二人の肩を掴んで、やんわりと自分から引き離す。

 

 

 

 

 

 

真紅の2対の眼を見据えてから、男は更に言葉を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

「少しずつ食べれば1月程度は持つはずだ」

 

 

 

 

 

 

二人の子供のうち、女の子の方が顔を傾げ、男に尋ねる。

肩口で切りそろえられた清流を思わせる水色の髪の毛が、不安そうに揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「おとうさん……どこに、いくの?……おでかけ?」

 

 

 

 

 

 

男の顔がほんの少しだけ歪んだ。

子供たちに悟られないように、必死に押し隠した感情が行き場所を失い、胸中へと逆流する。

無音の世界はどれほど続いただろうか。男は感情を整理し、抑え込み、子供たちに安心を与えるような笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

子供たちの大好きな笑顔。いつも守ってくれて、一緒に居てくれる父親の顔。

 

 

 

 

 

 

「父さんはね……お母さんを、迎えに行こうと思う」

 

 

 

 

 

「おかあさん……どこ?」

 

 

 

 

 

 

真っ赤な眼。高品質の宝石よりも美しい眼が男を見つめている。

瞳の奥は不安で揺れていた。母親が消えてしまい、今正に父親さえ消えてしまうかもしれない。

そんな喪失の恐怖で子供たちの顔は不安に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

男は胸中で渦巻く憎悪を憤怒を愛しい子供たちに見せないように努力をする。

少しでも気を緩めれば顔は歪み、歯をむき出しにし、感情を爆発させたい衝動が抑えきれなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

「悪い奴らのせいで、離れ離れになってしまったんだ……大丈夫、絶対に連れて戻るから」

 

 

 

 

 

 

子供たちが無言で見つめてくる中、男は更に言葉を続けた。

残酷な事になるかもしれないが、言わなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

「10日待って、もし父さんが戻らなかったら……お前は弟を連れて“あちら側”に逃げなさい」

 

 

 

 

 

 

女の子の頭を撫でると、彼女は唇をつぐんだ。目元には涙が溢れている。

必死に男の服の袖を掴み、嫌だと顔を振った。

 

 

 

 

 

 

「……おと、うさん……」

 

 

 

 

 

 

 

強く抱きしめてやると、少女は小さく頷いた。

耳元で柔らかい声音で男は喋りかける。

 

 

 

 

 

 

「お前は賢い子だ、【門】までの地図の読み方は判るね?」

 

 

 

 

 

 

一泊おいてから、少女は涙を拭いながら答える。

ぐずぐずの声で、しかしはっきりと。

 

 

 

 

 

「……うん」

 

 

 

 

 

「……いい子だ」

 

 

 

 

 

 

 

次に男が男の子に向き直ると、彼は子供ながらにも強い意思を宿した瞳で男を見つめていた。

深緑が混ざった青色の髪の毛を揺らし、父親をじぃっとみているのだ。

だが、瞳の奥では父と離れたくないという願いが見て取れる。

 

 

 

 

 

 

 

「ぼく、まってるから。ぜったい、ぜったい、かえってきてね」

 

 

 

 

 

 

「……お姉ちゃんを、しっかり守るんだぞ?」

 

 

 

 

 

 

少年が頷く。だが、やはり子供というべきか、その決心は直ぐに崩れ落ちる。

涙が床を揺らし、少年がすすり泣く。父親と判れる事など絶対に嫌だ、と。

裾を力の限り握りしめ、絞り出された声が男の耳朶と心を叩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とぉちゃ……いっちゃ、やだ……」

 

 

 

 

 

 

男が少年を抱きしめ、そして懐から取り出した布に包まれた物体を優しく手渡す。

少年は未だに涙を零しながらも、ありったけの力を込めて男からの贈り物を受け取り……胸元で抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

姉が弟の手をそっと握り、二人で父親に向き直る。

 

 

 

 

 

 

 

愛しい子供たち。

この世界で最も愛する家族を男をは眼に焼き付けるように見つめ、そして、本当に名残惜しそうに双子から離れた。

腕の中に残る温もりと気配、愛しさの残照を抱きしめ、男は唇をわななかせながら言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「いい子だ……二人とも。……きっと迎えに来る、約束するさ、父さんは絶対にお前たちを迎えに来るから……」

 

 

 

 

 

 

 

男は踵を返し、一度も振り返らずに屋敷の扉を潜り抜け、固く門を閉める。

最後の最後まで隙間からじっと自分を見つめる子供たちの視線を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔道書を片手に、男は歩く。そろそろ日も落ち、周囲に夜が漂う。

諦めるつもりなどない。こんな現実、認められるわけがない。彼女が何をしたというのだ。

彼は力を求めていた。まだ足りない。もっと、もっと大きな力を。

 

 

 

 

 

 

 

家族を、愛しい者を守る力が欲しい。

エレブが、夜に包まれていく中、男は闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは時の垣間、激動の時代の中の一幕である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新暦480年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナバタの砂漠の熱砂は数百年前から何一つ変わらない熱を以て旅人を歓迎する。

照り付ける太陽の輝きは、岩をも焼き焦がし、一切の命を炎上させるだけの熱を以て全ての来訪者を焼き尽くすのだ。

そんな砂漠の中を、1人の旅人が背筋を伸ばし、無尽の砂に全く足を取られることなく歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

まるで平らな、整備された街道を歩くが如く旅人の男は往く。

身に纏っているのは蒼いローブに、これまた蒼いフード。僅かに覗く白髪は、手入れの行き届いた見事なモノ。

大空の澄み切った蒼を溶かした色彩に身を包んだ男は、何かに気が付いたように歩みを止めると、懐から一枚の紙切れを取り出し、確認するように眺める。

 

 

 

 

 

 

 

エレブ大陸の全景を記した地図だった。

しかし幾つか普通の地図と違うのは、至るところにバツ印が付けられていること。

もはや大陸の全景が見えなくなるほどにバツで埋め尽くされ、他にも多様な様々な殴り書きが記されているせいで、一目では地図と解読する事さえ難しい事だろう。

 

 

 

 

 

 

だが彼はこの地図に書き込まれた文字の一つ一つを全て暗記しその内容、意味を完全に理解していた。

何故なら、これを書いたのは他ならない彼なのだから。

もう何枚も書き写しを繰り返し、その上で洗練させてきたが、それでもまだ紙面を埋め尽くすのは夥しい文字、文字、文字──。

 

 

 

 

 

 

 

 

気が抜けるような息を吐く。男は回想し、想いに浸る……ここまで来るのに本当に長かったと。

いや、途中からは彼は間違いなく楽しんでいた。未知を求める心は、彼という男を構築する根幹要素なのだから。

一つの謎を解けば、十の謎が浮かび上がる。彼は他の者よりほんの少しだけ強い探究心に突き動かされながら真理を探究していただけ。

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば人の【理】を超え、何百年と生き続けている彼を、第三者は畏怖と敬意を込めて【大賢者アトス】と呼んでいる。

だが、本人はどうにも大賢者という称号はしっくり来ないと思っていた。彼は自分にはたくさんの短所があることを理解していたし、自分の精神構造は他の人間と対して変わらないとも考えていた。

 

 

 

 

 

神将という呼び名さえ、勝手に誰かが付けたものだ。人類の希望をわかりやすくするために。

 

 

 

 

 

 

素晴らしい魔導士で、やろうと思えば一国を潰せるほどの魔力と知識を持つ術者であり【神将】と呼ばれる人類の頂点の一角だが、彼は戦うのは余り好きではない。

出来れば戦わずに済ませたいというのがアトスの本音だ。闘いというのは、面倒くさい。

エトルリア王国の歴史に名を刻む偉大な魔道の教師であるが、どちらかといえば大勢で騒ぐよりは、一人で静かな洞窟の中に籠って瞑想をする方が好きな男というのがアトスの本来の姿だ。

 

 

 

 

 

 

 

自分が他人と少しばかり違う所があるかと問われたら、特にないと答えるような老人だ。

ただ、ほんの少しばかり常人より好奇心が強い───かつて竜族が所持していたと言われる無尽の知識を求めて戦争に参加する程度は。

結局、竜族の知識は手に入らずじまいで終わってしまったのは、彼の長い生涯の中でもかなり衝撃的で、苦い記憶として刻まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

エトルリア王国で後進を育てるのも確かに楽しかった。だが……彼はもはやあそこに戻ろうとは思っていない。

いや、そもそも一度は引退を考え、表舞台を去った彼を引きもどしたのは弟子の労力によるものだったのだ。

華やかな社交の世界よりも、古臭い書物に囲まれる方が好きな彼ではあるが、それでも愛弟子の必死の頼みとあれば断るわけにもいかなかった。

 

 

 

 

だが、楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去っていくものだ。最初の弟子が【理】を超えられず、人として死んでから徐々に変化は起こる。

時が経過し、戦役が過去のモノとなるにつれ、彼に向けられる眼は日に日に悪意を増していた。

老人と軽蔑する眼、掛け値なしに突出した術者である彼への嫉妬、発言力を持つ男へのすり寄り……ただの魔道士として真理の探究を命題に掲げるアトスにとってはどれも鬱陶しくてたまらないモノだ。

 

 

 

 

 

 

彼の弟子の家系は彼を引き留めたが、もはや王国を見限る決意を固めていた男は、幾つかの手紙を残してエトルリアを出た。

教団を作った友が逝き、騎士の見本だった男が死に、気が付けばかつての仲間は一人しか残っていない事に気が付いた彼は……旅をするという決断を下すに至る。

金、名誉、権力、全て捨て去っての一人旅は素晴らしいモノだと噛みしめつつ、流離い、以前よりやろうと考えていたことを実行しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

数百年前に感じた一つの力の波動の探索。人間では最高位に術者だと自他共に認める彼をしても難問とする問題。

最初は危機感を抱き、我武者羅に世界中を探し回ったが、結果は振るわずに終わる。

今は少しばかりゆったりとしつつ、課題を一から見直し、黙々と男は解決に向けて取り組んでいるのだ。

 

 

 

 

 

 

500年、何も動きはなかった。

世界に異変はなく、むしろ災禍を撒き散らしているのは、人間たち自身でさえある。

 

 

 

 

 

アトスは首だけ動かし、周囲を見回す。地図と現在地を照り合わせてその誤差を算出する為に動く。

大地に膝をつき、数時間前に大地の中に埋め込んでいた一つ鉄球……赤子ほどの大きさで、黒光りするソレを掘り起し、手を翳した。

魔力を注ぎ込むと、鉄球は蒼く、仄かに輝きを放つ。アトスはその光景を満足気に見やり、次いでエレブの全景が描かれた地図とは違う、もう一枚の地図を懐から取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

縮尺が一枚目の地図とは違う地図はミスル半島の詳細な地形を記したものだった。

地図の2か所が薄く光を放った。一つは赤く、そしてもう一つは蒼く。

二つの光の位置は遠く離れており、徒歩で歩いては数日は掛かる距離はある。

 

 

 

 

 

 

 

アトスは頷く。一つの確信を得て、大賢者は楽しそうに頬を緩めた。まるで子供が新しい玩具を見つけたように。

コレは鉄球の位置を表している。赤い光の場所は最初に自分が鉄球を埋めた個所。そして蒼い個所は、現在地、つまり今目の前に存在する鉄球の地点を示しているのだ。

今までは鉄球の移動さえも何らかの術式によって誤魔化され、移動などなかったと記されていたが……遂に一歩を踏み出せた。

 

 

 

 

 

 

 

移動している。間違いなく。

もちろん、自分は手を触れてもいないし、誰かがわざわざ砂の中から掘り出して移動させたとは考えられない。

砂漠の砂嵐ならば鉄球でさえ吹き飛ばすだろうが、今日はまだ見ていない。そもそも、数時間でこの距離を移動させるのは不可能だ。

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、疑惑は確信となる。人の世界において魔道を究めている彼は、認めざるを得なかった。

自分よりも優れた術者が、何らかの力、自分では予想も出来ない能力でこのナバタ砂漠、いや、もっといえばミスル半島の“場”そのものを歪めていると。

しかも自分でさえ気が付くのに時間を要するほどに巧妙に偽装を行える……歪みそのものを隠す程の力と技術を備えた存在。

 

 

 

 

 

 

 

面白い。会って、話をしてみたいと単純にアトスは思う。

どの様な存在なのか、どんな思想をしていて、どんな力と知識を持っているのだろうか。

相手が危険かどうかさえまだ判別がつかないのに、何とも気楽な思考だと我ながら楽観的な自分を笑いつつ、アトスはため息を吐いて、肩を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

正直、お手上げという現状だ。尻尾は掴んだが、その先に居るのは獅子か、はたまた竜か。

隠蔽されているという事は判るが、どんな術をどういう風に使って、どんな現象を発生させて“場”を捻じ曲げているか判らない。

もはや魔術を通り越して、人知を超えた“奇跡”と評したくなる現象が目の前にある。

 

 

 

 

 

 

 

故に“面白い”という感情をアトスは抱く。

目の前にあるのは未知の現象であり、自分はそれを解読しようと試みる探究者……この関係はまるで長年連れ添った夫婦の如く密接なのだから。

子供が新しい玩具を見つけたような顔……探究者として未知を見つけた時のアトスの顔をかつての仲間はそう評していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

焼き付ける日光が体を焼いていくが、それさえも気にならない程に彼は熱中していた。

一度拠点としている近くの集落に戻るという手もあるが、彼はそれを却下する。

まだだ、もう少しだけ、粘る必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

相手はこれほどの術者だ。尻尾を掴まれたことに気が付いているはず。

時間は掛けられない。また違う方法で隠遁されたら、今度こそどうしようもなくなる。

だが、どうすればいいのか、判らないから考える。

 

 

 

 

 

 

 

指を顎に当てて思考を熱中させる中、アトスの魔力を用いた気配探知能力が接近してくる誰かを捉えた。

感じたことの無い魔力の波動、読み取れる魔力の質からして……おそらくは闇魔法の使い手だろうと予測した。

闇魔法、古代魔法とも言われる深淵の力を行使する術者というのは、一種独特の気配と魔力を持っており、遠方からでもその気配は判りやすいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔を気配がする方向へと向けると、蜃気楼が発生している地平の彼方から、小さな人影がこちらに近づいてきているのが見える。

アトスの猛禽類の如き眼が窄められると、そこに魔力が収束し、視力を強化。遥か彼方の人間の具体的な身長や、骨格、体型を瞬時に読み取っていく。

 

 

 

 

 

 

 

男。身長は平均的な成人男性並。体つきからすると、武術などの経験は特にない。

魔力の質、量は……とてつもなく巨大。下手をすれば自分に匹敵するかもしれない程に。

黒いローブとフードで全身をすっぽり覆っているのは、砂漠で過ごす際の基本的な姿だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

敵、という発想は一瞬で破棄した。戦う理由がない。

もしも闘いになったとしても、自分は迷わず空間転移で逃げることが出来る故に、危険性は低い。

 

 

 

 

 

 

 

名のある術者なのだろうか? 

よく判らないが、自分はあの男を知らない。あれほどの魔道士ならば、有名でもおかしくないはずなのだが。

逆に山奥に隠遁し、自分の探究したい事をしたいだけ自由に行う術者も少なくはないのだが、そういうのは基本的に我流になるため、壁にぶつかりやすく、あそこまでの存在に成長するのは稀だ。

 

 

 

 

 

 

 

まずは一度話をしてみよう。全てはそこからだ。

考えを巡らすだけならば何時でも出来るが実際に見て、聞いて、感じる事が出来る機会というのは少ないモノで

そうしないと広がらない世界があることを彼は知っていたからこそ、行動に移す。

 

 

 

 

腰にぶら下げた。かつての友から譲られた倭刀の柄を一撫でしてから、アトスは足を踏み出す。

砂に覆われた大地を踏みしめ、老人とは思えない程に軽快な動きで人影に向かい歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

未知との出会いを期待し、歩を進めるその姿はまるで友達と遊びに行く少年を想起させる程に軽い。

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽は、変わらず全てを照らし出し、光の及ぶ範囲全てを照覧していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナバタの里、悠久の黄砂に覆われ、外界から隔離された神秘の地。その中心部に座する、巨大な殿の地下奥深く。

膨大な、何万年使おうと底をつくことなどない、無尽蔵の水資源が循環し、神話の時代の術によって浄化されていく竜殿の中心部にソレはいつの間にか誕生していた。

いつからそこにあったのかは誰にもわからない。何故そこにあるのかもこの殿の主さえ答えを導き出すのは困難だろう。

 

 

 

 

 

ただ、そこにあり、時を刻むごとに力強く脈動を繰り返す、新たな可能性の塊。

玉座の間の裏の空間、ちょうど正面からは見えない位置にそれはあった。

 

 

 

 

 

ソレは新たな命を宿した“繭”だった。数百年間生まれることのなかった新たな生命、超越種を宿した卵。

ミスル半島、ナバタの里に満ちている神竜の力を、まるで母の胎内で栄養を貪る赤子の様に飲み込み、成長を続けている。

 

 

 

 

 

 

ナバタの里の中枢に存在し、貪欲に力を削り取っていく“繭”を見つめつつ少女は微笑んでいた。

華奢な体で殿の階段を四苦八苦しながらも上り下りし、彼女は毎日この場を訪れている、全てはこの繭を見るために。

 

 

 

 

 

余り体力的に優れているとは言い難い彼女は、ここまで来る道程でかなり体力を使ってしまう。

故に、いつも持ち込んでいる一枚の手頃な大きさの毛布を床に敷いて、その上に彼女は膝を抱えて座り込む。

そのまま身じろぎせずに、じぃっと小動物が興味のあるモノを見つめるような視線を、ソフィーヤは放っていた。

 

 

 

 

 

 

彼女の眼は、現在と未来を繋ぐ糸、断層の境目ともいえる箇所を映す事が出来る。

任意ではなく、何時どこでどうして発動するのかさえ分からない力だが、一つだけ今映っているモノがあった。

 

 

 

 

 

 

きっと、私はこの子の家族の様な存在になるのだろう。

とても、優しくて、好奇心に満ちた子が生まれるはずだ。

そう思うと彼女の口元には、小さな笑みが浮かんでしまう。

 

 

 

 

 

 

滅多に表情を動かさないことから誤解を受けやすいが、彼女はかなり感受性が豊かな少女なのだ。

水晶と水面が発光する壁や天井、柱の光を照り返して彼女の淡い紫色の長髪を鮮やかに輝かさせる。

腰よりも更に下まで延ばされた髪は、紛れもなく少女の父のモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は表情を曇らせる。その先が見えない。深く、想像さえも出来ない程に暗く濁っている。

“眼”を覆うように雲が被さり、闇がトグロを巻いて通せんぼをしているようだった。

未来の囁きは閉ざされ、眼前の繭から放たれる黄金の波動でさえ一寸先までしか照らす事が出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

判らないという事は恐怖だが、それ以上に知っていても対処する術がないというのは絶望だ。

首を切り落とされる罪人が抱くのと同種の絶望。逃れられない苦痛と死。

だが、と彼女は思う。きっと、その先に何かがあるのだと。諦めの先に何かがあるはず。

 

 

 

 

 

 

自分の父が冷静に自らの死を見つめ、そして安らかに受け入れたのと同じように。

 

 

 

 

 

 

頭の中に母の言葉が響く。早く家に戻って来いという言葉が。

平時と変わらない口調の言葉だが、その裏にある硬いモノを敏感に感じ取ったソフィーヤは迷わず母の言葉に従う。

最後に一度、未だ胎動を続ける繭を見やってから、彼女は踵を返し家へと向かう。

 

 

 

 

 

胸の奥で響くのはこれからの未来に対する淡い期待だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠の中、二人の男が立っている。照り付ける太陽も、吹き荒れる砂の礫にも彼らは全く意にかえすことはない。

陽は、もう間もなく地平線の向こうへと消えようとしている時間帯。

 

 

 

 

 

 

一人は空を溶かしたような青いローブとフードを着こみ、白髪を背後でまとめ上げた老人、大賢者アトス。

もう一人は、くすんだ翡翠色の髪の毛をした、青年と壮年のちょうど間程度の年齢の男性。

灰色のローブとマントを纏い、しっかりと背筋を伸ばして屹立する何処か気品と覇気がある男だった。

 

 

 

 

 

 

ネルガル。彼は、アトスにそう名乗った。

アトスの見立て通り、やはりというべきか彼も魔道士であり、このナバタに足を踏み入れたのは特に理由などないという。

何となく、何かに惹かれるように彼はここに来たとネルガルはアトスに語った。

 

 

 

 

 

 

彼は素晴らしい魔導士だった。

ほんの少しだけ言葉を交えただけだが、アトスは既にこのネルガルという男の技量の凄まじさを見抜いている。

言葉の節々からにじみ出る深い教養、そして知識に屈しない強さと、己の分を弁えた気高さ……その全てがもはや人間離れした領域に至っていた。

 

 

 

 

 

 

 

ブラミモンド以外に初めて遭遇する【理】を超過した魔道士。それでいて彼の様に闇に溶かされることのない強靭な自我。

気が付けばアトスはネルガルとの議論に熱中している自分が居ることに気が付いた。

子供が友達との会話に時間を忘れてしまうのと同じく、アトスもまたたった一人の人間として新たに出来た友との会話に夢中になり、時間を忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の成り立ち。竜族。神の存在。

禁忌、人とは、竜とは、他にも数えきれない程の話題を交換し合う内に、アトスは一つの話を切り出す。

最初は躊躇こそあったが、ネルガルの人間性を考慮した上で問題ないと考えた結果であり、同時にもう一つ打算的な思考もある。

 

 

 

 

 

 

相手の術者がどれだけの力量をもち、どのような術を使うか判らない以上

もしも戦闘となった場合、優秀な味方は大いに越した事がないという将としての計算結果。

最悪、本当にどうしようもない場合は、囮に使うか、という考えさえ脳裏に浮かぶのはあの激戦の経験のせいかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

このミスル半島全域を覆う“場”の歪みの件を簡略的に説明した後にアトスが見たのは、眼を伏せ、何かを考え込むネルガルの顔。

視線は外には向いておらず、深く自分の内側へと意識を向けた顔だった。有する知識を活用し、結果を探す姿は正に探究者の名こそふさわしい。

 

 

 

 

 

太陽が頂点から落下し、徐々に地平線の彼方に消えようと緩慢に移動している中、ネルガルは顔を上げて口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「秩序そのものに、何らかの方法で術者が干渉しているのかもしれないな……だとすれば私達がとれる手など、博打以外はないだろう」

 

 

 

 

 

 

「博打か」

 

 

 

 

 

 

 

博打、秩序、この2つの単語だけでアトスはネルガルが何を言いたいのかを察することが出来た。

その上で、頭の中でピースがぴったりとあるべき場所に埋め込まれる。

場を歪ませ、思うがままに支配する、それが可能な理屈を見つけたから。

 

 

 

 

 

 

 

魔道士が使う【秩序】とは国家が支配領域に提供する安定した状態の事を示しているのではない。

根源的な、世界を構築し、運営する要素の事だ。命が産まれ、死に、そして新たに紡がれる世界を支える巨大な摂理を【秩序】と呼ぶ。

そしてこれは一度壊れている。人竜戦役の最後の時に破壊され……神将器と“何らかの作用”によって【秩序】は再構築されたのだ。

 

 

 

 

 

その結果、竜は竜としての姿を保つことが難しくなったのも戦役が終戦となった理由の一つ。

だが、アトスは古い文献を読んだことがあり人が産まれる遥か以前にも【秩序】が壊れたことがあったという記述を目にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

竜の頂点、神竜。あの哀れな少女。それと対を成す存在があったという微かな神話。

そしてもう一柱……彼の友の怒りを買った愚かな魔道士達が語っていた存在……。

 

 

 

 

 

アトスは思う。秩序に干渉出来る存在などおとぎ話の様な存在だ。

ありえない、あってはいけない。

事実、それが可能な神将器は自分と友が所持しているモノを除くすべては封印されている。

 

 

 

 

 

 

それは使い方一つで世界を左右する力。

間違いなく、人類にって脅威となるだろう存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

────。

 

 

 

 

 

 

 

 

──何と、素晴らしい力なのだろう。それだけの力をもつ者は、どのような存在か。

 

 

 

 

 

 

 

禁忌を理解し、力がもたらす恐怖と悲劇を認識しつつも、好奇心は止まらない。

枯れることなどない、無限の知識欲と好奇心。それを鋼の理性で制御し、アトスは懐から一冊の本を取り出す。

 

 

 

 

 

 

金細工で装飾され、鎖で雁字搦めにされた分厚い書物。微かに噴き出るのは紅い魔力光。

【業火の理】と称される、理系統の頂点に位置する兵器。使い方次第では、国家さえ揺るがす魔書の極み。

音もなく鎖が解かれ、砂の上に落下する。宙に滞空する神将器をネルガルは興味深そうに見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが、神将器なのか……」

 

 

 

 

 

 

 

キラキラと輝く瞳で興味津々と言った様子の熱い視線を送るネルガルの顔は、少しばかり赤く、声は上ずっていた。

魔導士として非常に神将器は“そそる”研究対象なのだろう。

アトスがフォルブレイズを空中で操作し、左右に移動させると、彼の視線はピッタリとそれについてくる。

 

 

 

 

舐めるような、という表現があるが、ネルガルの場合は更に粘性でありながら、何処か英雄にあこがれる子供の様な無邪気ささえも内包していた。

エサを目の前にした犬や猫と同じ仕草。ただし、それを行っているのが大人の男性という何とも奇妙な光景。

 

 

 

 

 

 

 

「これが見たいから、博打をするなどと言い出しのだろう」

 

 

 

 

 

 

問いかけではなく、断言するように言ってやるとネルガルは苦笑いを浮かべる。照れたように頬をかきながら、彼は言う。

 

 

 

 

 

 

 

「……白状すると、そんな所だ。我々の様な魔道士にとって【神将器】というのは……その、なんだ? 魅力的なのだよ……少し触ってもいいか?」

 

 

 

 

 

 

 

身を縮めるように背を丸めるネルガルの仕草に思わずアトスは吹き出してしまいそうになる。

純粋な少年の様な気配を纏いながらそんなことをやられてしまうと、余りの外見とのギャップに笑いのツボを刺激されてしまう。

決して悪人ではないのだが、少しばかり好奇心を抑える術が未熟なのが玉に瑕な男だ。大賢者はネルガルを見て、そう判断を下す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しだけならいいぞ?」

 

 

 

 

 

「本当か!? 礼を言う!」

 

 

 

 

 

 

 

息を荒げながら、頬ずりする勢いでフォルブレイズに指を這わせ壮年の男性。

第三者が見たら間違いなく関わりをもとうとは思わない姿。

ブツブツと呟きながら、眼だけは獲物を狙う猛禽類の如く研ぎ澄ませ、ネルガルはフォルブレイズを調べ上げていく。

 

 

 

 

 

 

 

「──書物自体に特殊な資材を使用し、魔力を内包するための容量を上げているのか? いや、もしかするとこれは紙という姿をとった高密度の魔力の塊なのか? 

   だとすれば、けた違いの威力と特殊な加護を使用者に与えるという話も頷ける。事実、そういった精霊などの眼に見えない存在の加護を得た武器の存在もあることだが…………」

 

 

 

 

 

 

 

指を這わせ、匂いを嗅ぎ、感触を確かめ、魔力を感知する。愛しい女を抱くような繊細さと大胆さを用いてネルガルはフォルブレイズをくまなく確かめて“味わう”

アトスが苦虫をかみしめたような顔を浮かべる。何故ならば、フォルブレイズとは彼にとって半身に等しいものだから。

 

 

 

 

 

「ネルガル、その辺にしておいたらどうだ。時間など、後で作ってやる」

 

 

 

 

 

 

放っておくと一日どころか1年でも続けてしまいそうなネルガルにアトスは声をかけて制止させる。

フォルブレイズに意思を送り込み、ネルガルを拒絶するように空に飛翔させると彼は悪いことをしたという自覚があるらしく、すぐに顔を切り替えた。温和な、物腰が穏やかな姿へと。

 

 

 

 

 

 

 

「すまない。熱中すると周りが見えなくなるのが私の悪い癖でね」

 

 

 

 

 

 

「それは今しがた理解したよ。だが、その好奇心は薬にも毒にもなる。……最も、ワシも人の事は言えないが」

 

 

 

 

 

 

自嘲するようにアトスは口元を歪め、自らの髭に手をやった。

 

 

 

 

人の事など戦役で彼は考えてはいなかった。

八神将という同格の友が出来たからこそ丸くなったものの、当時の彼は人など別に滅んでもいいとさえ思っていた節がある。

望んだのは竜族が保有したという無尽の知識を集めた巨大な、それこそ創世記から存在する至高の保存庫。

 

 

 

 

 

 

それを手に入れることしかアトスに考えがなかった。だが、結局のところ、それは手に入らず、代わりにできたのが掛け替えのない友たち。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、では…………」

 

 

 

 

 

 

 

あぁとネルガルが頷くと彼もまたマントの内側に固定していた自分の愛用する魔道書を取り出し、広げる。

黒い拍子に、銀で縁取りされた書は、凡百の魔道書などを遥かに超えた力を孕んでいるのが一目で判るほど。

自作の魔道書か、何処からか入手してきた書なのはか判らないが、それでも凄まじい威力を誇る事は明らか。

 

 

 

 

 

かの【黙示の闇】には及ばないまでも、間違いなく今成そうとしていることを行うには十分すぎるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これの名前は“バルベリト”という。神将器には到底及ばないが、それでも力ある術だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

魔力を感じるために眼を凝らすとアトスにはバルベリトがどういった術なのかが手に取る様に見える。

まず第一に見えたのは、静かな、それこそ深海と評すべき闇の塊。緩やかに流れ、回転を続ける巨大な闇の塊……それがバルベリトという術の本質。

高位の術を扱う術者は使用する力に飲み込まれて、操り人形となってしまうこともあるのだが、ネルガルはバルベリトを完全に支配し、制御していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔道士には常に自己責任という言葉がついてまわる。

取り込んだ知識に振り回され、自我を無くしたり、ましてや別人のように変わり果ててしまってもそれは全て身の丈に合わない力と知識を取り込んだ自分が悪いの一言で片づけられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は頷きあうと、同時に書を大きく開いた。そこに集うのは、膨大な魔力。その色彩は紅蓮と黒。

相反する属性である【理】と【闇】巨大な二つの力の衝突は、世界に影響を当たるまでに至る。

それこそが、二人の狙いであり、目的。

 

 

 

 

 

 

世界の秩序を操作する【理】属性と法則を破綻させ異能を行使する古代の【闇】属性をぶつけ合わせることで疑似的な秩序の崩壊、つまり限定された小規模な終末の冬を引き起こす。

かつて竜と神将器の衝突で壊れた時に比べれば遥かに小さく、もしも何もなかった場合の修復を可能とする範囲での世界法則の崩落。

相手が秩序を支配しているのならば、これに何も反応を起こさないはずはないのだから。

 

 

 

 

 

 

秩序を崩すということは、相手の城の土台を崩壊させるのと同義で、ある意味一種無謀ともいえる賭け事。

アトスには思い付きもしない、大胆な作戦だが……だからこそやってみる価値はあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

巻き上げられた魔力の圧によって世界が、軋みを上げる。蜃気楼とは別な要因で景色が歪み、暴風が吹きあがっていく。

砂利を踏みにじるような音と共に“場”に亀裂が走り、断層線が産まれる。巨大なそれは世界を、ミスルの理を砕くほどの勢いで歌い上げ、空に罅が広がる。

 

 

 

 

 

3つの丸い魔方陣から放たれる漆黒の魔風、黒い魔力で満たされた術【バルベリト】が放つ暗黒の大嵐がナバタを抉る。

轟々と音を立てて万象を焼き壊し、魂さえ残さない熱を生み出す【業火の理】が黒渦に食らいつき、術者二人の眼前で拮抗するように衝突し、力場が発生。

手入れされていない床が軋んでいく光景を連想させる音を響かせ、秩序に断層が走り、ミスルが歪む。

 

 

 

 

 

 

 

もう少し、もう少し……。

 

 

 

 

 

 

 

二人は慎重に魔力を練り上げ、冷静に、焦ることなく秩序に少しずつ負荷をかけつつも周囲への注意を怠らない。

拮抗を崩すことなく、自分と相手への負荷を均等に分散させつつ、世界を切り開いてく。

正に神がかり的な集中力と魔道の技量。頂点に並ぶ二人だからこそ、可能な芸当。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は息を合わせ、更に魔力の噴出を高めた。

放出される力はそれだけで、ナバタの小山程度の高さをもつ砂山を吹き飛ばし、地鳴りを発生させた。

 

 

 

 

 

 

 

後、一歩……………。

 

 

 

 

 

 

 

感覚として、秩序が後薄皮一枚まで圧を掛けられ、悲鳴を叫んでいることを察した二人が、最後のダメ押しとして術を更に激しくさせようとした瞬間───。

 

 

 

 

 

 

 

 

視線を、二人は感じた。

前後でも、左右でもなく“頭上”から、さながら神の様に自分たちを観察する視線を。

魔力の放出を安定させ、術同士を衝突させながらも二人は上空を見て……その存在と視線が交差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは“太陽”だった。

頭上にもう一つ太陽が浮かんでいる。今、地平線の彼方に沈もうとしている太陽とは違う、別の“太陽”が、天から自分たちを見つめていた。

真っ赤で、鮮やかな、ルビーよりも遥かに紅く、燃えたぎる【眼】が自分たちを見ている。

 

 

 

 

 

 

 

アトスはアレを一回だけ見たことある。正確には、彼女が通してみていたのを覗き見たことが。

だが、正確には違う。似ているが、あそこまで禍々しく、狂気と愉悦に満ちたものではない。

 

 

 

 

 

 

 

普通の太陽よりも3周り程度も小さいソレが、今は無性に危機感を煽った。

【眼】から零れ落ちるのは、無尽の黄金の光。滝の様に諾々と落下する光は、もはや雨ではなく、一本の柱となって天と地を繋げる。

バカバカしい程の力の奔流。笑ってしまうほどの【力】が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

光の洪水は、勢いを更に激しくさせると、跳ねまわるように周囲に夥しく粒子となって拡散。

 

 

 

 

 

 

光が、あっという間に世界を覆い尽くし、修正する。そんなもの認めないと術によって負担を掛けられた世界をあるべき形へと戻していく。

天の亀裂が消え、地鳴りは収まり、全てはあるがままに。想像を絶する【奇跡】が、今、成されていた。

刹那、背筋を電流が走り抜ける。周囲に拡散させていた意識が一つの事態を捉える。大規模な“場”の断絶を二人は感知した。

 

 

 

 

 

 

 

そっくりそのまま、ミスルそのものを外界から隔離する大規模な術の行使。もはやこれで空間転移でさえ逃げることは叶わなくなる。

即座に術へ回していた魔力を打ち切り、術を停止させ、書物を手でしっかりと握りしめると、事の成り行きを見守ることを選択。

既に、想像の域を超えている。そんな光景を前にしても思考を停止させずに堅実な判断を下すのはさすが大賢者と言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一条の閃光が二人の背後で炸裂すると、そこから人影が現れる。

転移の術による光だと気が付いていたアトスとネルガルは黙って視線をそこに向け、集中。

 

 

 

 

 

 

現れたのは女だった。真っ赤な髪の毛を背後で一まとめにし、優雅な真紅のドレスに身を包んだ妙齢の女性。

端正な顔立ちに、纏う気配は嫌みのない高貴さと優雅さ。女性としては高めの身長に、その身のこなしは歩き方一つをとっても軽く、それでいて洗礼されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、それ以上にアトスが眼を疑ったのが、女性の耳と、彼女の内包する力の性質。

先端が尖った耳は人のモノではない。竜族が人化する際によく見られた特徴、そして彼女の持つ力は……紛れもない【竜】のモノ。

あの戦役で、人類に絶望を見せた存在と同じ力の持ち主が、今、目の前にいた。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、眼前の彼女はアトスの知る【竜】とは、かなり違う。人の事など路傍の石ころ以下にしか見ていないのが竜という種族なのだが

女性は、アトスとネルガルに恭しく一礼し、自分と対等、もしくはそれ以上の存在と付き合う時の様な礼儀を見せている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。私の名前はアンナと申しますわ。……【大賢者】アトス様とお見受けいたします」

 

 

 

 

 

 

 

頷くと、アンナは次いでネルガルを見やった。そのまま彼女は言葉をつづけていく。

朗々と流れる言葉は、とても聞きやすく、心地よい。

 

 

 

 

 

 

「そちらの方も素晴らしい術者と存じます。本日は主の命により、お迎えにあがりました」

 

 

 

 

 

「迎え? 我々をか?」

 

 

 

 

 

 

ネルガルが意味が判らないと頭を揺らしながら呆然とした様子で口を開く。

そんな彼にアンナは微笑みかけると、友好的な態度を崩さずに優しく語り掛けた。

 

 

 

 

 

 

「はい。我が主は、貴方たちにお会いしたいそうです……最も、強制ではありません。

 しかしながら、必ずや、お二人をご満足させることが出来ると確約いたしますわ」

 

 

 

 

 

 

アトスを見て、アンナは再度一礼する。強制ではないと彼女は言ったが、事実これは強制だった。

絶対に二人が断ることなど出来ないと確信しているからこそ彼女は友好的な顔で、友好的な言葉を吐いている。

彼女はあえて竜の力を隠してはいなかった。ネルガルはともかく、アトスは必ず気が付くと理解していたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アトスに竜の事をちらつかせ、おびき寄せようとしているのだ。

いわばこれは撒き餌。絶対に食い掛かる確実の罠。

そしてそれらを全て理解した上でアトスは判断を下す。

 

 

 

 

 

 

「判った。だが、これは持っていても構わないか?」

 

 

 

 

 

 

アトスの隣でネルガルも無言で肯定の意を表す。

手元の魔道書を視線で示すと、アンナは頷く。

一瞬だけ、神将器を見るその眼に鋭利な光が宿った。

 

 

 

 

 

だが、それも直ぐに消える。

 

 

 

 

 

「構いませんわ。自衛は当然の権利です」

 

 

 

 

 

 

そして、とアンナはネルガルに向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

「失礼ですが、お名前をよろしいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「ネルガルという」

 

 

 

 

 

 

 

火竜はネルガルという名前を何かを確認するようにおうむ返しすると、踵を返してから数歩歩きだす。

何時の間にやら世界を満たしていた黄金の光は消えてなくなっており、太陽は地平の彼方に没していた。

もう間もなく訪れるのは砂漠の夜。極寒の世界。その中にあっても彼女の周囲だけは輝くような真紅の光で照らされている。

 

 

 

 

 

 

3者の足元に現れるのは黄金に発光する魔方陣。円形のソレが回転を行いながら更に光を強めていき……転移の術は発動し、時空を超過して移動。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諾々と流れる無限の水資源。発光するのは水晶と同質の蒼い壁と天井、そして床。

その全てにアトスは見覚えがある。例えば、この床と天井、そして壁を流れる光たちは殿にも同じ機能があったことや

この空間全域を埋め尽くし、染め上げている力の源流がたった一柱の存在から零れ落ちたものでしかないことも。

 

 

 

 

 

 

 

間違いない。全てが繋がった。何もかも。500年近くも前からあり続けた謎が綺麗さっぱり消えてなくなった。

自分を超える魔道士。全く理解不能の理論体系、そしてあの“怪物”の片鱗。全て、ここにある。

 

 

 

 

 

 

 

アトスという男、彼という魔道士の真価を問われる瞬間だった。

彼の魔道における知識、優れた術者としての力、そして素晴らしい教師としての適性。

今まで生きてきた人を超えた時間の全てを収束させる時は、今だった。

 

 

 

 

 

 

だが、彼は気負いしていなかった。

自分の判断が、自分はおろか、新しく出来た友の命さえ脅かすモノとなるかもしれないが、全く怯えていない。

 

 

 

 

 

 

戦いは起きる時には起き、終わるときには終わる。

そういうものであり、そして自分から起こそうとは思ってはいなかった。

リラックスし、彼は周囲に忙しなく視線を走らせ、興奮した様子のネルガルを伴いながらアンナの後を付いていっていた。

 

 

 

 

 

水の上に浮かぶ水晶の橋と言える通路を足音を立てながら歩きながら、アトスは全て理解していた。

戦役の際に自分と戦った竜たちとは何処かが違う竜たちがここに拠点を築いて逃げ込んでいたのだろう、と。

 

 

 

 

 

 

竜といっても、一枚岩ではない可能性を彼は知っていた。あの哀れな竜の様に。

 

 

 

 

 

やがて、たどり着くのは巨大な玉座の間。膨大な水が循環する地下水路の中の孤島。

水晶を切り出したような圧倒的な威圧感と美麗さを兼ね備えたソレはエトルリア王の玉座さえ霞むほど。

そして玉座の頂点に飾り付けられている4冊の魔道書に含まれる力はアトスでさえ絶句する領域。

 

 

 

 

 

 

水晶の玉座に誰かが腰かけている。隣に一人の老人を従わせたあの存在こそがアンナの主だと推察できた。

老人の力をアトスは知っていた。この焼き尽くすような魔力の波長は、アンナと同じ種……純血の火竜だ。

戦役で何万、何十万という人間を殺戮し尽くした、恐怖の権化、破壊と絶望の化身だった存在。

 

 

 

 

 

 

だった、のである。彼の知っている竜と、この二人は明らかに違う。こちらを一つの知性ある存在と認め、丁寧に接してくる。

あの戦役で戦った竜というのは、もっと無機質で、冷たく、それでいて傲慢な存在だったというのに。

 

 

 

 

 

 

玉座に座る存在から感じる波動を感知し、アトスはほぅと息を漏らしたいという衝動を抑えるのに持ち前の忍耐力を総動員させなくてはならかった。

彼は……“太陽”だった。莫大な力と熱、そして存在感を周囲にふりまく引力の中心。この存在の力の質と規模はかつて戦役の最後に見た敵の竜の長や魔竜でさえ悠々と超えた絶大なもの。

 

 

 

 

 

 

そして、何処となく想起されるのはあの竜の存在。事実、性別こそ違えど見た目がそっくりだった。

純エトルリア人の様な色彩の肩口で切りそろえられた輝く金髪。知性と理性を宿した色違いの瞳。真っ白な肌。

少年と青年の中間程度の顔立ちをした竜の片眼は、先ほど見た真っ赤な太陽の眼と同じ……つまり彼が先ほどの眼の持ち主なのだろう。

 

 

 

 

 

白い上質な素材で作られた質素なローブを着こんだ竜は、リラックスした様子で玉座に腰かけている。

 

 

 

 

 

 

素晴らしい、と。ネルガルが隣で誰にも聞こえない様に呟いたのをアトスは耳ざとく聞き取った。

彼ほどの魔道士が釘付けになるほどの力を、眼前の竜は誇っている。

竜が穏やかな空気を纏ったまま玉座に腰かけつつ、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

まだ声変わりもしていない少年の声だ、しかし声を聞いているだけで胸の奥まで届き、いい意味で揺さぶる声音なのが不思議だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、ナバタの里へ───少し、話をしようじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【大賢者】とネルガルを前に、神竜は全く動じることなく、むしろ人懐っこしささえ漂わせた空気で笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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