とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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とある竜のお話 前日譚 一章 2 (実質15章)

 

 

 

 

 

 

 

最初にイデアが感じたのは、思ったよりも冷静な自らの胸中だった。

そこには憎悪も何もない。ただ、純粋に長としてこの二人をどうやって扱おうかと考える思考だけだ。

敵対するつもりはない、もちろん、向こうが牙をむいてきたなら相手してやってもいいが、問題も幾つかある。

 

 

 

 

 

 

アトスが最初にこの地に足を踏み入れた時からイデアはこの男を“見て”いた。

何故ならば、このミスルは今やイデアの体同然と言ってもいい程に神竜の力が満ちており、そこを歩くアトスは、さながらイデアという巨大な竜の体の上を歩いていたようなものなのだから。

一挙手一動作、その全てを鑑賞していた。あの太陽の眼は、イデアの眼でもある。

 

 

 

 

 

 

 

アトスがもしもまだエトルリア王国との繋がりを残していた場合、かなり厄介なことにはなるが……それはないとイデアは断じた。

500年という年月は、人類をつくりかえるには十分すぎる。例えば、対竜の為に作られたエトルリアのエリミーヌ教団は今や強烈な内部抗争の場と化しているし

つい最近あった出来事ではエトルリア王国はサカに侵攻をし、見事に返り討ちにされたことか。

 

 

 

 

 

 

小規模な小競り合いを人間同士で繰り返し続けている世界は混沌の庭だった。

 

 

 

 

 

 

確か、異教徒撲滅のためにサカを攻略したという話だが、似たような話をイデアはどこかで聞いたことがあった。

何処かは思い出せないが、宗教とは似たようなモノなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

竜が存在した等と信じるモノは、今や存在しない。眼前の経験者を除けば、だ。

そもそも何十、何百世代もの間を一つの理念がわたっていくことなど不可能なのだ。

ただでさえエレブの人間の平均寿命は短く、世代交代の速度はすさまじいモノがあるというのに。

 

 

 

 

何故アトスがここに来たというのも、納得のいく推察などいくらでも出来る。

 

 

 

 

 

 

アトス程の術者ならば【理】を超えていても仕方がなく、それでいて永遠や絶対などどんな世界にも存在しない。

里の隠ぺいにむしろ500年近く成功した方が驚きだ。だが、まだこの二人だけ。どうとでもなるし、させる腹積もりだった。

 

 

 

 

 

 

 

事前にイデアはフレイと打ち合わせを行っていた。開示してもいい情報とダメな情報を分ける必要がある。

最も秘匿すべき情報は、【門】関連だ。あれを人間が稼動させることは出来ないが、だからといって知られてはいけない。

次は、イデアたちが外界の情報を仕入れるのに精霊の協力を得ていること、里の防衛戦力。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてイデアが魔竜イドゥンの親族であるということも隠すつもりだった。イデアとしては姉の力で戦争を起こすつもりなどないが、誤解される可能性は多々ある。

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、今の自分の力は姉を超えている。必要ないのだ。

500年という年月を全て自らの力を高めることに費やしたのだから当然だが。

 

 

 

 

 

 

最も、聞かれた場合は平然とそうだと答えるつもりだったが。その場合は下手に隠すより、そちらの方が後々の問題は少なくて済む。

他にも古代竜族の禁忌なども秘匿の対象となる。あれらは、人間ではまず使いこなせない。

里の4つの魔書さえ可愛いモノだと笑い飛ばせる領域の術たち。ナーガが行使する次元の術は、もはや術ではなく、神の御業と言った方が正しい。

 

 

 

 

 

 

疑似世界の創世。再現ではなく、本当の星の超爆破。超高出力の風の魔法は天と地を断ち切った原初の境界線の再現。

例としてあげるならばフ──ァ──ラ、セ──テ──ィ、神話に名を残す超古代の竜族の名の一部。ナーガの最初の家臣の名を冠した術はもはや一発一発が世界を壊して余りあるものなのだ。

神と始祖の戦いで使用された術の余波で数えきれない程の大陸がや空間が“消えた”という表現は決して誇大ではなく、むしろそれだけで済んだことが奇跡という次元。

 

 

 

 

 

 

イデアでさえまだ完全にモノに出来ていないというのに、例え【大賢者】と言えど知識に飲まれる可能性は無ではないのだ。

 

 

 

 

 

 

最悪の可能性としては問答無用で戦いを挑んでくるという可能性。そして恭順したとみせかけて内部から探りを入れて、崩しにかかってくる可能性などもある。

前者の場合は、最も簡単な“解決法”をイデアは取ることが出来る。この自分の力が満ちたナバタ、ミスルにおいては例え相手が神将だろうと、勝利するのは容易い。

今の力が衰えた神将器ぐらいならば、発動そのものを抑え込むことも可能だろう。事実、先ほどの【秩序】修復の際にそれが可能だと実演してみせた。

 

 

 

 

場を支配することがどれだけ自らの有利につながるかは、かつての西方三島の例を見ればわかりやすい。

 

 

 

 

 

 

 

【秩序】の崩壊を狙ってくる可能性も考慮し、迅速に動いた結果がアレである。

 

 

 

 

 

 

しかし不安要素はあるが。イデアは玉座の間の背後の空間──ちょうどアトス達には見えない場所で貪欲に自分の力を貪る繭を想起し内心肩を竦めた。

何ともまぁ、大ぐらいな子供だ。乳飲み子とはこんなにも貪欲だったのか。

 

 

 

 

 

 

後者の場合の対処法もあったが……イデアは、それはないだろうとアトスの眼を見て直感的に悟った。

彼の眼は、余りに純粋過ぎた。深海と同じような鮮やかな瞳は、好奇心でキラキラと星の様に輝き、こちらを見つめている。

数百年前、アクレイアで見た像の作者はやはり素晴らしい腕前だったのだろう。あの時見た光景と彼の顔、眼はうり二つだった。

 

 

 

 

 

 

 

その眼を見ると、どうにもイデアは敵意など抱けないのだ。そんなもの、元々無に等しいのだが、完全な無へとなる。

500年前のもう終わってしまった戦争の事をグダグダいうつもりはない。当時は少しばかり不快に思ってもいたが、今となってはもうどうでもいい。

家族が生きているという事実があり、いずれ自分が解放するという結果がある。それで十分すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、ナバタの里へ───少し、話をしようじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

思ったよりも自分の出した声が高音だったことにイデアは驚いていた。まるで、道端でばったり友人に出会った時に出すような声だ。

眼下の二人の反応をゆっくりと観察する余裕を抱きながら神竜は少しばかり身じろぎし、玉座に座りなおす。

アトスは懐のフォルブレイズに忍ばせていた手をそっと解放し、ブランと両腕を垂らすと小さく深呼吸をする。

 

 

 

 

 

 

うーむと唸りを上げ、彼は気が抜けたような顔でイデアと懐のフォルブレイズを見比べると、小さくため息を付いた。

彼は……あろうことか【業火の理】を取り出すと、何でもないかの様にソレをぽいっと目の前の床に投げた。

まるで投降した兵士が武器を捨てるような動作に、イデアはあぁ、と小さく息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

そう来たか。それはそれでやり辛いが、同時に楽しい行動だ。平和的というのは、素晴らしい。

彼の動きだけで全てを察したのか、アトスの少し背後で控えていたネルガルも同じように魔道書を投げた。

最高位の書物に対してあんまりと言えばあんまりな扱いだが、彼らは物と命の優先順位を間違えることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「降参じゃ、降参。わしらはお前たちに従うことにするよ」

 

 

 

 

 

 

 

「降参も何も、ただ話をしたいだけなんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

苦笑いをするイデアにアトスはさも当然の様に呑気ともとれる口調で答えた。

演技ではなく、心の底から思っている声、好奇心を刺激された結果、今の彼は少年の様な覇気と若々しいオーラを纏っている。

 

 

 

 

 

 

「ならば尚更だ。話をするのにこんな物騒なものはいらんだろう」

 

 

 

 

 

 

フォルブレイズやバルベリト等と言った兵器を向け合っての話し合いなど、精神がすり減るだけだ。

ならば、こんなものは今は無い方がいいし、下手にこの里の竜族を刺激するぐらならば一度手放した方が動きやすい──アトスは淡々と答えをはじき出していた。

 

 

 

 

 

 

「……まずは、そちらから何か聞きたいことはあるかな?」

 

 

 

 

 

世間話でもするような顔と声でイデアが問いかけると、アトスは一泊だけ間を空けてから返す。

 

 

 

 

 

 

「やはり……【竜】なのか?」

 

 

 

 

 

 

予想通りの質問にイデアはあっけらかんと答えを返した。何でもないことの様に。

 

 

 

 

 

 

「そうだよ。あの戦争に参加しなかった派閥さ」

 

 

 

 

 

 

 

視線で了承を得てからイデアはフォルブレイズとバルベリトを“力”を送って手元に取り寄せる。

ずっしりとした重量感ある書を片手で軽々と扱うと、神将器からは否定の意が送られてきた。

昔、アルマーズに触れた時と同じような感覚。所有者であるアトスが許可しようと、フォルブレイズはイデアと“相性が悪い”のだ。

 

 

 

 

 

 

手が火傷するように熱いがそれを上回る速度で竜の手は復元を行い、何食わぬ顔で二冊の本を近場のいつも執務を執り行う時に使う机の上に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

「竜と一言でいっても色々あってね。開戦そのものに反対的な竜たちもいた……いや、どちらかというと好戦派の方が少数だったんだよ」

 

 

 

 

 

暗にこの里に存在する竜は今この場に居る者達だけではないと教えてやる。それが何を意味するか分からないアトスではないと理解して。

そういったところは人間と同じだろ? とイデアは続けるとアトスは何回か頷いた。

 

 

 

 

 

 

「なるほどな。得心が言ったよ……色々と、あったのだな」

 

 

 

 

 

 

アトスの脳裏をかすめるのはかつての友の泣きそうな顔。そして眼前の竜と重なる哀れな少女。

あの話を聞いて知った時から、アトスは今イデアが言った通りの事を推察し、事実それは正しかったことが証明された。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、だ。こちらから聞きたいんだが。…………お前たち、これからどうする?」

 

 

 

 

 

 

ほんの少しだけイデアの視線が鋭くなったのを感知しつつも大賢者は動じない。背後のネルガルが少しばかり怯んだ気配を放ったが、それも致し方ないだろう。

目の前にいるのは、伝説の魔竜よりも強い存在。戦闘になったら万が一にも勝ちはなく、先ほどの様に場を隔離されてしまえば逃走も不可能。

だが、言葉が通じる。会話を求め、表面的だけかもしれないが友好的で、砕けた態度を取っている。

 

 

 

 

そしてアトスはかねてから、ナバタを歪めていた存在──眼前のイデアと会話をし、どういった存在なのか理解を深めたいと思っていた。

故に、吐き出される言葉は最初から決まっていた。仮にここで死ぬことになろうと、彼は後悔がない。ただ自分が判断を誤った結果だと粛々と受け入れるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

「全て、そちらに任せる。焼くなり煮るなり好きにしてくれ。わしはそれで構わない」

 

 

 

 

 

 

「私もアトスと同じだ。好きにしてくれ」

 

 

 

 

 

 

ネルガルが言葉を続けて一泊だけ間があくと、アトスは付け加えるように喋った。

 

 

 

 

 

 

「ただ……願わくば、もう少しお主と話がしたいのだが」

 

 

 

 

 

 

そういえば自分の名前をまだ教えてなかったことに気が付いた竜は淡々と名を告げた。

同時にそれはまだ会話を続ける意思があるということの表明。

 

 

 

 

 

 

 

「イデアだ。今更だけど、俺の名前はイデアという。この里の長をやっている神竜だ」

 

 

 

 

 

 

神竜という単語にアトスは成程と相槌を打ち、ネルガルはその名前から推測される竜族の中での役割と力の強大さを想像し、理解する。

王ではなく“神”を冠するということは……やはりその力の凄まじさは唯一無二の領域にあるのだろうと推測し、思わず彼は興奮で少しばかり震えてしまった。

 

 

 

 

 

 

大賢者はそんな友の様子を少しばかり逸らした視線で見つめた後、もう一度神竜に目を戻す。

イデアは少しの間だけ考え込むように眼を瞑り、そして開いた。

その眼の中に宿っていたのは挑発的な光。魔道士としての彼は選択肢など最初から存在しないことを理解しつつあえて底意地の悪い質問を投げかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「外の世界に帰りたいか、色々と制限が掛かるが、この里で……竜族と一緒に暮らしたいか、どちらがいい?」

 

 

 

 

 

 

竜族と一緒に暮らす。明らかにこれは誘導だと判る質問。

外の世界で自由に生きてもいいが、そうなったらもう二度とイデアと出会う事は出来なくなる可能性がある。

エトルリア王国に報告し、攻め込むという手などは愚の骨頂だ。既に500年の間に対竜の為のノウハウは全て消えてなくなってしまっている。

 

 

 

 

 

今やドラゴンキラーや覇王軍の剣さえ扱える形で現存していれば奇跡という次元だというのに、純血の竜を、それも派閥が作られるほどの数を相手にするなど正気の沙汰ではない。

確かに終末の冬で竜の力は大きく衰えることになったが、このミスル、引いてはエトルリアの南方の一部は既にこの神竜の力が及ぶ範囲であり、そこで待っているのは一方的な蹂躙。

その上、眼前の竜の力は紛れもなく伝説の竜に匹敵凌駕する。そんな存在が技術と知恵、知識を駆使しその全てを悪意のある方角へと向けたらどうなるのかは……恐怖と絶望の極みだ。

 

 

 

 

 

 

更にいうならば今の貴族達が竜族が存在している等という話を本気で信じるかどうか。

信じたとしても、己の名誉しか考えない、私利私欲でまとまりの欠片も存在しない軍勢がこの存在と竜族に挑めばどうなるかは火を見るより明らか。

 

 

 

 

 

 

 

だが、もう一つの道は可能性に満ちていた。未知と可能性。そして幾ばくかのスリルが漂う選択肢。

竜と共に暮らす? まるで戦役が起こる時代以前の様に。そんな経験はアトスですらない。おそらくネルガルにもないだろうと大賢者は思った。

好奇心と知的欲求、探究心に何処までも二人は真摯であり、貪欲だった。

 

 

 

 

 

脅しやはったりなど通じない以上、彼らは正直に言葉を紡いだ。まるで少年が親に訴えかけるように。

しっかりとイデアの眼を見て、背筋を伸ばし、礼儀正しく。

 

 

 

 

 

 

「里に身を置かせてもらいたい。……当然、我らの書はそちらが持ったままで構わない」

 

 

 

 

 

 

 

 

「神将器──愛用の武器にしては扱いが軽くないか?」

 

 

 

 

 

 

ちらっとアトスはイデアの隣に置かれたフォルブレイズを見る。

数百年前からの相棒であり、自らの魔力に馴染み、もはや半身と言っても過言ではない存在の魔書を。

 

 

 

 

 

 

「確かにそれは強力な力だが、ただ普通に生きる上では必須という程でもない物だからの……それに、だ。それがなくても身を身を守る術くらいは体得しておるよ」

 

 

 

 

 

「もしかしたら、俺が解体でもして調べ上げてしまうかもしれないぞ?」

 

 

 

 

 

口元に穏やかな笑顔を浮かべてこそいるが、眼だけは捕食生物の如く危険な光を宿し、イデアは問いかけを発する。

それに対してもアトスは変わらない。いつも通り、飄々としながら、気品のある声で返した。

 

 

 

 

 

 

「その時は、その時だ。しかし、それはわしの半身ともいえるものでな……やるなら、わしの身体も同時に調べてくれてもいいのだぞ?」

 

 

 

 

 

 

そう言ってアトスは妙齢の女性が怖がるように身を竦め、自分の肩を抱きしめた。もちろん、少しばかり過剰な演技を伴って。無駄にリアリティ溢れる動作だった。

言葉だけを捉えれば【理】を超えた術者の身体構造がどうなっているか調べるという意味のはずだが

何故かイデアの脳内には一瞬だけフリルが付いた女性の服を着たアトスが浮かび上がってしまい、吹き出すのを堪えるのに多大な努力を消費せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

500年ほど前にも同じ様な、同類の冗談をかつての友が言っていた事を竜は想起し、すっかり毒気が抜かれてしまう。

いや、これはちょうどいいかもしれない。毒気が抜かれたというよりは、少しばかり冷静になれたと思うべきか。

余裕と警戒の些事加減に気を使いつつ、イデアは更に言葉をつづけた。

 

 

 

 

 

 

 

「では、この2冊は暫くこちらで預かっておこう。それと……」

 

 

 

 

 

 

 

イデアが名前を呼ぶ前に、既にアンナはこの場に現れていた。

今までは玉座の間の裏、玉座の影となる場所から様子をうかがっていた彼女が、自分の出番が来たと判断し、動いたのだ。

玉座に腰かける主に優雅に一礼し、そのまま彼女は踊る様に身軽な動きで二人へと近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

「二人の扱いが正式に決まるまで、別室で待機してもらう。部屋までの案内や、何か問題が起こった時は、アンナに言うといい」

 

 

 

 

 

 

アンナが踵を返し、二人を先導していく中、イデアの眼がある一点で止まった。声こそあげなかったが、彼は内心驚愕する。

それはアトスが腰に差した一本の剣。魔道士である彼が剣などを扱いこなせるはずはないが、問題はそこではない。

“眼”を通してみたそれは、非常に懐かしいモノだった。500年も前に一度だけ見たことがある。

 

 

 

 

 

あの日の思い出は強烈過ぎて、未だにはっきりと思い出せるほどだった。

 

 

 

 

 

 

「──────」

 

 

 

 

 

 

 

あえて何も言わない。思えばハノンとアトスは同胞であり、交流があっても不思議ではないのだから。

そうこうしている間に二人の姿と気配が殿の地下から完全に消え失せ、殿の地上部に移動していったのを把握しつつ、竜は直立不動で隣に立つフレイを見やり、次にフォルブレイズとバルベリトを見た。

アルマーズにはテュルバンが宿っていた。ならば、これにはアトスの意思が宿っているのか?

 

 

 

 

 

 

「しばらくの間、完全に安全と判断されるまで……そうだな……大体数年は監視を付けておく。既に人選は終わっているか?」

 

 

 

 

 

 

主の問いに彼は淡々と答えた。

ガラガラの声は、砂利を噛みしめているような不快な音波を喉から放っている様であり、既にイデアにとっては聞きなれたモノ。

 

 

 

 

 

 

『里の魔道士の中でもそういった方向に特化した術者数名を見繕っております。定期的な報告などをはじめとして指示書は既に渡しています』

 

 

 

 

 

「アトスがエトルリア王国等とまだ関わりを残していると思うか?」

 

 

 

 

 

 

『絶対とは言い切れませんが、可能性としては限りなく低いかと。500年という月日は人々の英雄という記憶をただの記録に、そして紙一切れたらずの歴史へと変えてしまいます。

 それに直接見た所……彼は、私の見立てではそういった政治的な世界とは無縁な男に思えます』

 

 

 

 

 

 

同感だとイデアは頷いた。あの自分を見る眼、少年の様な眼差し。あれは典型的な魔道士の眼だ。

そしてそういった輩は政治よりも何よりも己の知識欲を優先させる、不器用と呼んでも差支えのない人種なのだ。

 

 

 

 

 

『念のためモルフ・ワイバーンは待機状態にしておきます。

 そしてイデア様の“眼”でミスルとエトルリア南部の境界線付近を暫しの間は監視しておいたほうがいいでしょう』

 

 

 

 

 

 

 

「そうするとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

里を守るための戦力としてではモルフ・ワイバーンは少しばかり心もとないが、存在しないよりはマシだと言って作成したのだ。

一体一体に昔サカで見たデルフィの加護を付けたワイバーンたちを見ていると、どうにもむず痒い気持ちに襲われるのが問題だが。

 

 

 

 

結局、自律稼動する人型モルフの研究は停滞し、その代わりに食用モルフ……いや、もはやあれはモルフではない。

過去にナーガが創造したとされる子を成せ、そして死んでも灰に返らない竜造生命体の作成をイデアは今は行っている。

彼らはただ作られ、繁殖し、そして食べられるだけの存在だ。そんな牛や豚などを模した命を『創造』していた。

 

 

 

 

 

 

嘘偽りではなく、正真正銘の無からの命の創造。神竜の御業の一端。モルフという偽りではない、本物の命の制作。

 

 

 

 

 

 

それらをただの家畜と呼ぶのをイデアは嫌い、敬意を称して彼らに“マンナズ”という名前を与えている。

これは竜族の古い言葉で、確かな者たち、という意味であり、彼らはただの偽りの命ではないというイデアからの敬意の現れ。

彼らは血を流し、涙もあるし、子供も成せる。寿命だって本来の牛等と変わらない。そんな彼らがこの里の食糧事情を支えているのだ。

 

 

 

 

 

思えば、ナーガはモルフを嫌っていたのではないのか、と、彼の、形式上の息子であるイデアは予想していた。

どうにも古い書物を見る限り、あの男はモルフという生き物を徹頭徹尾、ただの人形、消耗品として見ていた節がある。

彼は子供を成せるモルフ……イデアから言わせればそれはもう人間と変わらない存在の創造を禁忌に指定していたし、あの『門』を作る最中にも多数のモルフの犠牲者が出ている。

 

 

 

 

 

その禁忌をイデアは半歩犯している。人ではないが、獣を創るという領域において。

 

 

 

 

 

知能の与え方。思考能力と人格の付与。深く掘り下げると「魂」や「心」という概念の作り方。

マンナズを産み出す中、イデアは朧にそれがどうやってやるのかを理解していたが、どうしてもその一歩が踏み出せない。

恐怖していたのだ。そこから先に踏み出してしまえば、禁忌感が薄れてしまい、命に価値を見いだせなくなるかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

『お力の方は、どうでしょうか?』

 

 

 

 

 

 

「問題はない。今の所、吸われる分より生み出す分の方が多い……それに、もう少しだと思う」

 

 

 

 

 

 

フレイの眼が玉座の間の裏の空間に向いたのを見て、イデアはありのままの事実を返す。

いつの間にかあそこに誕生して存在を思い起こし、彼はどうにも複雑な気分になった。

家族が帰っていないというのに、新しい家族が出来ようとしていると思うと喜べばいいのか、困惑すればいいのか判らない。

 

 

 

 

 

 

実際、姉の解放への道のりは遠いが、間違いなく進んでいると断言はできるが、それとこれは別問題だ。

過去に比べてあの水晶体へと力を掛ける際の手ごたえは得られるようになっていたり、様々な術を用いてのより精密な解析も緩慢ではあるが、進行中だった。

 

 

 

 

 

 

 

……案外、子供が出来たよ、と話しかけたら驚愕の余り内側から水晶を突き破って出てきそうではある。

物凄い顔で、相手は誰だー、等の言葉を叫び散らす姉の姿は容易に想像できた。

首に掛けた紫色の鱗を弄りながらそんなことを考えると、一瞬だけ光を反射したのか鱗が光った様な気がしたが、すぐにそれは気のせいだと判断する。

 

 

 

 

 

 

 

「…………子供、ねぇ。どうにも実感が沸かないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

思わずポツリと漏らした神竜の言葉に老竜は何も答えなかった。

彼は一度礼をすると、自らの仕事を果たすために消えていってしまう。おそらく行先はモルフ・ワイバーンの収容所だろう。

普段は休眠状態になっているアレラを起こし、稼動に問題がないかの確認をしにいったのだ。

 

 

 

 

 

 

モルフ・ワイバーンはマンナズにしてはいない。

あのある意味では戦闘竜と形容出来うる存在達に繁殖能力を与えたら、恐ろしい事になりそうだという確信が創造主にはあった。

最悪、己の命令を離れて暴走でもされたら眼も当てられない。

 

 

 

 

 

 

 

そして正直、少しの時間だけ一人になって考え事をしたかったので、彼の気遣いはとても嬉しいものがある。

 

 

 

 

 

イデアは立ち上がると、軽い足取りで玉座の裏へと向かった。

巨大な壁の裏側のそこは、まるで大舞台の裏の様な空間となっており、開けたスペースがある。

水晶の床と、流れる水の音だけが聞こえるそこは、幻想的な浮き島だ。

 

 

 

 

 

 

 

馬車数台は止められる広大な空間の中央に、ソレはあった。悠々と置かれたソレは“繭”だ。

心臓の鼓動にも似た音を響かせ、イデアの力を貪る新たな存在。

“眼”で見ると、自分と繭の間に巨大な繋がりがあるのが見て取れる。

 

 

 

 

 

 

懐の竜石が、共鳴するように薄く振動した。石から、一本の光の糸が繭へと伸びる。

やはりそこからも力を吸い取られていく。

 

 

 

 

 

まるで、母子を繋ぐへその緒だ。それを通して繭に自分は“力”を取り込まれているのがはっきりと見える。

かつて殿では一定以上の竜の力が高まると新たな竜、正真正銘の純粋な竜が世界から産まれ落とされていたという。

つまり、眼前の繭はこのナバタの里に満ちる神竜の力がかつての殿に少しずつ追いついてきたという事の証明。

 

 

 

 

 

 

 

まだまだナーガの領域には程遠いが、それでもこれはイデアが成長を続けていることの証でもあった。

ならばこそ、自らの力の高まりによって産まれることになるこの竜は、イデアの子供だといっても過言ではない存在。

 

 

 

 

 

 

 

──もう少しあいつから子育てのイロハを聞いとけばよかった。

 

 

 

 

 

 

いや、もっと直接的な手としてメディアンに預けるのも手かもしれない。

その方が長としての仕事、姉の解放、全てに支障が出ることなく進む最良の手だろう。

自分にそんな経験はなく、ならば二度の経験を持つ彼女にこの子を渡すべきか……。

 

 

 

 

 

だが、とイデアは一瞬でその考えを切って捨てた。

 

 

 

 

 

 

「それこそバカな話だ」

 

 

 

 

 

 

無意識に口に出した言葉は、対抗心に溢れていた。

自分達を捨てたあいつと同じことを俺がやる? 絶対にそれだけはありえない。

全部やりきってやる。アドバイスを求めることはあっても、投げ出すというのは、論外だ。

 

 

 

 

 

 

ふわっとした空気の揺れを感じたイデアが“眼”を背後に向けると、壁の端からチラチラと淡い紫色の髪の毛が見えている。

イデアはため息を吐いた。あれで隠れているつもりなのだ、彼女は。

 

 

 

 

 

 

 

「ソフィーヤ、メディアンの所にいなくていいのか? 心配していると思うぞ」

 

 

 

 

 

 

壁の奥からビクッと震えた様な気配を感じ、次いですみれ色の長髪を振りながらソフィーヤが顔を出した。

彼女は少しの間だけ、イデアと視線を交差させると、そのまま小さな歩幅で近づいてくる。

すみれ色を基調としたワンピースに、かつて彼女の父が使っていた体温を調節する機能付きのマントを着こんだ彼女は足を引っかけないように慎重に歩いている。

 

 

 

 

 

イデアの隣で立ち止まり、彼女は視線を繭に一瞬だけ向けた後、イデアの顔を見た。

 

 

 

 

 

小柄な彼女の背は、イデアの胸元にも満たない。故に、イデアと目を合わせる時、彼女は頭を持ち上げる必要があった。

 

 

 

 

 

 

「母には……言ってあります」

 

 

 

 

 

 

「ならいい。……それにしても、お前は毎日これを見ているな」

 

 

 

 

 

 

こくん、と、ソフィーヤは頷く。

既に500歳近い彼女だが、外見は10代前半程度のため、動作の一つ一つが、小動物を想起させるものだった。

 

 

 

 

 

 

「何か新しい光景が見えるのか?」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

今度は横に首を振る。既に彼女はイデアにこの繭から感じる“未来”の事は全て話している。

先が見えづらいという事も含めて、全て。

今の所それ以上の事は見えていないと、彼女は言葉にせず動作で伝える。

 

 

 

 

 

 

 

「あの……これ、今日取れたモノです……すごく、甘くておいしいから……」

 

 

 

 

 

 

 

懐から取り出すのは、大きな梨。光沢のある表面がてかてかと光っているソレは、彼女の掌よりも大きい。

イデアはリンゴが好きだが、梨も好物であることを知っている彼女からのささやかな差し入れ。

大好きな母が作ったそれを彼女は誇らしげな顔で差し出す。

 

 

 

 

 

小さな体と平たい胸を精いっぱい逸らし、彼女はイデアに梨を渡した。

寒くなってきた里の中を移動してきたため、彼女の息は白い。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。お前も後で食べるか?」

 

 

 

 

 

「切り方は、いつもの……ウサギでお願いします……」

 

 

 

 

 

はにかむ様に恥ずかし気に微笑むソフィーヤの頭に、イデアは手を置いてから撫でやった。祖父が孫にでもするような繊細さを以て。

艶やかな髪質はメディアンを、髪と瞳のすみれ色はソルトを、両親の特性をしっかりと受け継いでいる彼女の髪と瞳を見ると、どうにもイデアは懐古の情を抱く。

イデアは彼女がまだ乳飲み子で、父親に愛されていた時からずっと見ているのだ。

 

 

 

 

 

 

「また髪が伸びたんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

人間を凌駕する寿命をもつ彼女の髪は、気が付けばとんでもない長さになっている事が多々ある。

腰までならばともかく、一回地面をズルズルと引きずるまでになった時はメディアンが術を用いて髪に汚れなどが付かなくなるようにしたが、それでもあの長さはない。

日常生活を送るのに不便が生じるまでになってしまったら、さすがに切り落とすしかなかった。

 

 

 

 

 

全部バサッと切った時の爽快感に打ち震えるソフィーヤの顔をにやつきながら見るメディアンの顔は印象深かった。

 

 

 

 

 

 

 

「……もう少ししたら、切ります」

 

 

 

 

 

 

腰より少し下まで到達した髪の先端を掴み上げながら彼女は何かを測る様に眼を細めながら答える。

全部切り落としたとき、もっとも爽快感がある長さになるのを彼女は待っているのだ。

ぶるっと少しだけ寒さで体を震わせるソフィーヤに、自室から転移の術の応用でこの場に移動させた毛布を肩から掛けてやる。

 

 

 

 

毛布にソフィーヤが身を包み……ミノムシの如く全身をグルグル巻きにしていくと、何が嬉しいのか彼女は上機嫌に眼を輝かさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、と。これからまた忙しくなる。

 

 

 

 

 

竜の長はソフィーヤを眺めつつ、胸中でこれからの計画を組み立て、見直しながら“繭”を見つめている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アトスとネルガル、二人が案内された部屋はとても事実上の軟禁状態のモノが送られる部屋とは思えない程に広々としていたものだった。

ダブルサイズのベッドが二つに、落ち着いた雰囲気を醸し出す木製のテーブルと複数の椅子。開け放された窓から見えるのは殿の全景。

部屋そのものは、とても大きい。2人どころか、倍の4人でも十分に生活できそうな程だ。

 

 

 

 

 

 

案内の任を与えられたアンナが部屋の簡単な間取りと、食事等の説明を行うと、部屋から出ていく。

カギなどは、掛けられていなかった。それは仮に抜け出しても直ぐに見つけ出せるという意思表示か、この期に至ってそのような愚かな事はしないという計算か。

やろうと思えば両者は、窓の外から飛び降りて脱出さえも出来るが、そんな気力は今は無かった。

 

 

 

 

ネルガルとアトスは魔力を用いて体のあちこちに付着した砂漠の砂や汚れを落として固めると、それを暖炉の中に放り込む。

二人揃って椅子に腰かけるとため息を吐いて、ようやく濃密な時間が過ぎ去ったことを実感した。

 

 

 

 

 

 

 

「……アトスよ、これは夢ではないのだよな?」

 

 

 

 

 

イデアとの対話の最中には最低限にしか口を開かなかったネルガルは、何処か上の空の口調でアトスに声をかけた。

彼は腰につけていた幾つかの荷物入れをベルトから取り外すと、そのまま机の上に丁寧に並べていく。

 

 

 

 

 

 

「現実だ。受け入れるしかあるまい」

 

 

 

 

 

 

答えるアトスは淡々とした様子で、自分の髭を指で弄りながら手持無沙汰な様子で腰辺りにしきりに手をやっていた。

やはりいつもそこにあったフォルブレイズがないというのは、彼にとって違和感を感じる状態なのだろう。

 

 

 

 

 

ジャラジャラと音を立てて動かされるネルガルの所有物にアトスは眼をやった。アレは何だろうか?

脳内に仕舞われた大量の知識をかき分け、答えを探し出し、回答を求める。この答えを得る瞬間がアトスは好きだった。

 

 

 

 

 

 

あれは……絵具か。そして袋は豚の膀胱などで、あの中には乾燥を避けるために羊皮紙に包まれた絵具が入っているのだろう。

他にも別の袋の中には色彩を出すための鉱石や、植物の種などが仕舞われているはずだ。

豚の膀胱袋に詰まった絵具。高価な、青や赤などの色は個別にそうやってしまわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この男がどんな絵を書くのかも非常に興味深い。思えば自分は魔道の探究ばかりで、そうった芸術関連への理解は浅いが、絵というのは面白い心情表現の一つだと彼は思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネルガルが何気なく窓の外を見ると、既に薄暗くなってきた里の中を遠目に巨大な影が移動しているのが見える。

その存在の周囲だけが昼に切り替わったように圧倒的な力を撒き散らし、移動しているため、かなりの距離があってもはっきりと判った。

 

 

 

 

 

 

 

焔を纏い、建造物を壊さないように注意を払いながら移動するソレは……竜だ。

この距離からでも感じ取れる絶大な力に彼は眼を輝かさせると、窓まで歩いていき、身を乗り出してその竜をしっかり観察する。

 

 

 

 

 

 

落ちないか心配になるほど興奮っぷりだが、さすがにそこまで我を忘れることはないはずだと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……本当に竜だ! 竜がいるぞ!!」

 

 

 

 

 

 

「……そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

憧れの英雄を眼にした少年の様に興奮するネルガルを横目にアトスは先ほど己が撒いた“仕込み”を確認するために眼を瞑り、意識を飛ばす。

あの竜に渡したフォルブレイズの中には膨大な量のアトスの魔力が込められており、あれは言わばアトスの半身の様なモノだった。

ほぼアルマーズと同化していたテュルバン程ではないが、それでもアトスは離れながらでもフォルブレイズに影響を与えることが出来る。

 

 

 

 

 

 

 

意識が地下奥深く、あの竜の傍らに置かれた神将器へと飛翔し、一冊の魔書が今置かれている状況を読み取っていく。

本に眼など存在しないが、それでも彼は“イメージ”として本の周囲を探ることが出来る。遠見の術として、フォルブレイズは最高の媒介なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

まず、最初に浮かんだのは、床の上を移動する神将器。誰かが持ち歩いているにしては、随分と視点が低い。

だがしかし、猫が歩く程度の速度で移動している。まるでフォルブレイズに足でも生えたように。

徐々に無人となった玉座から離れていく。恐らく輸送されているのだろうが、よく判らない。

 

 

 

 

 

原因を探ろうと色々と視線の向きを切り替える。上を向くと先ほどまで自分たちがいた殿の地下……神々しい水晶の天井が見える。

 

 

 

 

 

 

左右を見渡し、そして最初の視点を基準としての、背後を見て……見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは────真っ赤なリンゴだった。成人男性の拳程度のリンゴが、歩いていた。

果実に手足をはやした様な訳の分からない存在がフォルブレイズを背負って移動している。

ゼェゼェと何処にあるかさえ判らない口から吐息を激しく漏らしながら、せっせと荷物を輸送していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

アトスは、頭の中に流れ込んできた光景に思考を一瞬停止させた。ここまで訳が分からない光景を見たのは初めてだったのだ。

同時に…………興味深い。訳が分からない存在程、彼は好奇心を抱くことが出来る。

 

 

 

 

 

 

一目でわかるが、この存在は既存の生命体という定義からはかけ離れている。

ならば、人工的に作り出されたという事になる。かつての魔竜が戦闘竜を創造したように。

規模こそ違えど、同じ竜族が行使する術である以上、その根本の原理は同じはずだという所までアトスは推察した。

 

 

 

 

 

 

……そして、その技術がこの里に理論体系としてまとめられている可能性が高い事、もしかしたらその知識が手に入るかもしれないという事。

久しくなく胸の奥が疼くが、アトスは一旦大きく息を吸って……吐いた。

新たな可能性と知識に対し、少しばかり熱くなろうとしている身を冷やす。

 

 

 

 

 

 

蒼いローブを揺らし、彼は机の上で頬杖をつくと書から流れ込んでくる映像を切った。

何度も何度も教師として教え子に放ってきた言葉を今度は自分に対して胸中で語る。

 

 

 

 

 

枷の外れた探究心は、身を滅ぼす。魔道においては、慎重さと臆病さこそが骨子である。

 

 

 

 

 

もう少し、ゆっくりと考えを纏めよう……それには、多少ばかり時間が必要かもしれない。

そう、アトスは思いながら里に見とれているネルガルを見て……一瞬だけ違和感を感じた。

先ほどまではしゃいでいたのが嘘みたいに彼は里を穏やかな眼で見つめていた。

 

 

 

 

 

視線の先にあるのは、耳が尖った人間の少女……人化をした竜が人間の男性と手を繋いで歩く姿。

この里では特に珍しくない光景だが、それに彼は何か感じ入ったのだろう。

 

 

 

「素晴らしいな。ここは、本当に素晴らしい」

 

 

 

紡がれる言葉は淡々としているが、温情に満ちたモノ。

彼は、心からこの光景に思いを馳せていた。人と竜が共に在る光景に。

人を背に乗せて歩く竜。人と竜の混血の子供が人の子供と遊び、一緒に家に帰る光景。

 

 

 

「ちっぽけな言葉になるが……理想郷、という言葉が浮かんだよ」

 

 

 

肩を震わせ、感動に心を満たしながらネルガルは呟いた。

彼は、それに頷き、思った…………かつての友にこの光景を見せてやりたかった、と。

 

 

 

ソール・カティの柄を撫でて、アトスは胸中でかつての友を想起し、黙とうを捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

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