とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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とある竜のお話 第三章

 

太陽が、昇る。ベルン地方に連なる山脈より、その先に広がる広大な海より、ずっと彼方から朝日が顔を覗かせ、天に昇っていく。

朝陽の眩くも神々しい光が窓から射しこんできて、思わずナーガはほんの僅かにその鋭い眼を細めた。

 

しかし、一瞬後にはまた手元の書類に目を戻す。そして素早く万年筆で必要な事柄を書き込む。

 

次の書類は? と探すが、何もない。ただ執務机の右端には千枚ほどの処理が済んだ書類がジャンルごとに分けられ、高く積まれている。

気がつけば全ての書類のチェックは完全に終わっていた。

 

 

ふと、何気なく視線を向けると執務を始める時につけておいた暖炉の火は完全に消えて、白い煙が小さく上がっている。

 

 

それらを興味なさそうに少しの時間だけ見つめる。

おもむろに左手を伸ばし、机の端に置いてある呼び鈴をナーガは軽く鳴らした。

 

キンキンと二回、金属的な甲高い音が響く。

 

2、3分ほどして、部屋の扉がトントンと、規則正しくノックされる。

 

「入れ」

 

いつものように無駄を廃し、簡潔に一言。

木製の扉が音もなく開かれ、小さな布擦れの音と共に黒いローブを纏った一人の男が静かに執務室に入ってくる。

 

闇のように黒すぎる髪と不気味に輝く蝙蝠を連想させる金色の瞳が特徴的な男だった。

 

男はナーガの執務机の前までくると、うやうやしく膝をつき、頭を垂れ、忠誠の意を表す。

 

 

「何でしょうか? 長」

 

 

ナーガ以上の無機質な声。ここに彼の息子のイデアがいたら背筋が凍るほどの「感情」という物がどこまでも、ナーガ以上に欠落した声。

否。既にそれはもはや声と呼べるものではない。男の口から出たのは言葉に限りなく近い「音」であった。

 

 

不気味な、人の姿をした動く、本当の意味での【人形】が、そこにはいた。

 

 

「持っていけ」

 

 

ナーガも相変わらずの無機質な「声」でそう言って、片手で、【人形】に書類の山を示した。

 

 

「ただちに」

 

 

頭で深く一礼した男が手を伸ばすと、魔術を発動させ、書類の山を浮き上がらせる。

男が立ち上がり、頭を下げながら後ろ歩きで扉へと向かう。書類がフワフワとその後を追う。

 

「失礼いたします」

 

 

そう言ってもう一度深く礼をすると、男は扉から出て行った。書類がそれに続く。

そして最後の書類の山が部屋から出ると、男が来たとき時と同じように音もなく木製の扉は閉まった。

 

 

再び1人になったナーガが何気なく窓の外の太陽に視線を送る。

まだ、2割も地平線から上りきっておらず、空は夜を脱しきっておらず暗い。見ればまだ蒼い月が太陽以上の存在を空に示している。

 

 

恐らく、娘と息子はまだ起きてはいないだろう。あの二人は早起きだが、幾ら何でも今の時間は早すぎる。

 

 

じわじわと苛立つ程に遅いが、確実に全景を表そうとする太陽を見て、ふと、どうでもいいことだが、かつて竜族の魔道士の1人が『世界は丸く、回転している』と提唱した時を思い出す。

当初は一笑に伏したが、実際に山よりも高く、雲を抜かすまで竜の翼で飛んでいったら、瞳に映った世界が丸かったと知った時を。

 

 

……本当に今はどうでもいいことだが

 

 

 

少しの間だけ列火のように赤い太陽を見つめ、一晩中書類と向き合って、硬直した気分を入れ替える。

ゆっくりと玉座から立ち上がる、腰の鞘に入れている、始祖竜そのものとも言える『覇者の剣』がカチャッと金属質な音を立てた。

 

 

魔術を発動させ、風の流れ、温度、雲の位置等を「見る」その結果は、今日一日ベルン地方は南部も北部も快晴。

 

 

 

 

次に彼の聡明な頭脳は今日一日の計画を整理し始める。

 

その内、娘と息子に関わる事柄は食事と湯浴みを除けば一つ。今日は昨日と違い、歴史などの授業はない。

 

授業はない、が。やることは一つだけある。

 

 

それは以前ナーガがイデアに後日行うと言ったこと。

 

そう、以前ごたごたが起きて出来なかったイデアの『竜化』である。人の姿を取るようになった竜族にとっての『竜化』は人にとっての歩行訓練に等しいものだ。

 

 

 

 

同時にその時、イデアがナーガに問いかけてきた言葉も胸の中で復活し、彼の脳内で望んでもいないのに再生される。

 

 

馬鹿馬鹿しいと、軽く頭を振って、子供の戯言を頭と腹から追い払う。

しかし、幾ら振り払おうとしても、あの時の息子の顔が、声が、あの口調が、脳裏に焼きついて中々離れない。

 

 

まるで質の悪い呪詛のようにナーガに付きまとう。

 

 

いや、これは魔術による呪詛よりも数段性質が悪い。呪詛ならば術者を見つけ出して八つ裂きにすればいいだけだが、間違っても自身の子は殺せない。

あの子達には自分がいなくなった後、自分の後を継いでもらわなければならないのだから。

 

 

やがて、彼は諦めたように一つ小さな溜め息を吐く。

 

小さく手を振る。

 

部屋の隅から純白に金で刺繍が施されたマントが独りでに飛んで来て、彼の前で静止する。ゆったりとした動作でそれを身に纏う。

 

 

「たまには、歩くのも悪くない」

 

誰に言うでもなく、自分だけの部屋で1人呟く。

 

そして今日の朝、自身の子に与える朝食を自分自身の眼で確かめるため、珍しく転移の術を使わず、扉を使い部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これって……」

 

いつもの様にナーガが持ってきた朝食を見て、イデアは震える声で何とか言葉を発した。

歯が脳の意思を無視して小さく痙攣し、カチカチと耳障りな音を立て、その色違いの眼元にはうっすらと涙さえ浮かんでいる。

 

 

やはり気に入らなかったか? と、ナーガは思った。まぁ無理もない、今回の料理は少々特殊な物なのだから。子供にはこの料理の味は少し分からないかもしれない。

 

かくいう自分は大好物だが……。

 

気を取り直してナーガは珍しい料理を出された実の息子、イデアの反応をいつもの様にとりあえずは「観察」することにした。

 

 

 

「気に入らぬか?」

 

 

別のものを用意しようと、イデアの分の料理をのせた盆を浮かばせるべく、手を伸ばそうとするが。

 

 

「いい! 絶対に!! 全部食べる!!!」

 

 

今までで最大の声で叫び、イデアが勢いよく盆をつかみ文字通り死守する。その余りの気迫に隣に座ってまだ寝ぼけていたイドゥンがビクッと肩を震わせ、まだ少し残っていた眠気をはじき飛ばした。

 

その返事に、僅かだがナーガの眼が細められた。

 

 

「そうか」

 

 

ナーガの返答は相変わらず淡々と無駄を排したものだ。ゆったりと伸ばしかけた手を再びローブの中に戻す。

 

取られない事に安堵したイデアが改めて盆の上に眼を移し、その上を凝視する。

 

 

盆の上に乗っている皿の一つは、独特の形をしている。まず色が黒い、それもただ黒いのではなく、テカテカト綺麗な光沢を放つ上質な漆黒だ。

そして次に眼に入るのはその独特な皿の形状だ、しかしそれは皿と呼ぶには少々底が深すぎる。それは■■■の故郷で“お椀”と呼ばれる食器であった。

 

 

そしてその中には薄い茶色のスープが入っており、湯気をほかほかと昇らせている。俗に“味噌汁”と呼ばれるスープ。

その隣の普通の皿の上にはこれまた仄かな湯気を立ち上らせている白い粒――――炊き立てのご飯が山のように盛られている。

 

もう一つの少し大きな皿には今朝「殿」に持って来られ、塩焼きにされた海に生息する食用の魚――――脂のよく乗ったサンマが二匹横たわっている。

 

 

盆の上に乗ったそれらを見るイデアの眼は涙ぐんでいた。何故これがここに? 等の様々な疑問がイデアの中で湧き上るが、今はそんな些細なことは気にはならなかった。

ただ、もう食べれないと半ば諦めていた【故郷】の料理が食べれる。それだけで満足だった。

 

そして駄目もとでこの料理を食べる際によく使った食器の有無をこれらを持ってきたナーガに聞く。

 

 

「箸は、ないの……?」

 

 

イデアが潤んだ瞳でナーガに問いかける。いや、問うというよりは懇願するといったほうが正解か。

 

 

「何だ? それは」

 

 

ナーガが首をほんの少しだけ、左に傾けていつも通り抑揚なく簡単に答える。

 

 

「…だよなぁ……」

 

 

それを聞いたイデアがあからさまに落胆した。特徴的な耳がペタンと伏せ、彼の内面を的確に現す。

やはり箸はないか、、、日本食が出て来ただけに、少しだけ期待したイデアだったのでショックはそれなりに大きかった。

 

「……へんなの……」

 

食事のメニューではなく、食器に対して心底落胆するイデアを彼の「姉」は不思議そうに見つめていた。そして自分の分の盆に置かれた特徴的な皿と料理に眼を移す。暖かくて、今日も美味しそうだ。

 

イデアが気を取り直して、顔を上げた。

 

両手を顔の前にピッタリと合わせ、イデアはいつも通りに、食事の前に必ず言わなければならないと以前の世界で教育された言葉を、別世界エレブでもごく普通に口にする。

 

 

即ち、「いただきます」と。

イドゥンもそれに習い、同じように手を合わせ「いただきます」と口にした。食べ物を食べるときは食材に対する感謝を表してから食べるんだ、と、イドゥンはイデアに教わっていたからだ。

 

ナーガも何となく、手を合わせる動作と食事に向ける言葉でこの行為の意味を大体は直感で理解していたので、口を挟むようなことはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

双子が鏡合わせのように全く同じタイミングで、手を合わせる動作をし、同じ言葉を口にする。二人の声が完璧に重なり、震えているような独特の音となる。

朝食時間の終了の合図であった。

 

 

黙って二人の食事を見ていたナーガが指をローブの内でほんの少しだけ動かし、二人の盆を宙に浮かせた。そして転移の術を発動させ、いつもの様に洗浄のため、持って帰ろうとする。

 

と、イデアがその背中に恐る恐る声をかけた。

 

「今日の、ご飯って、一体……?」

 

感動の余り、今だ混乱しきったイデアの頭ではそう口にするのが精一杯だった。

それをナーガがどう解釈したのかは知らないが、一瞬だけ、確かに彼の両眼はまた細められる。

 

ナーガがベットの端に腰掛けているイドゥンとイデアにゆったりと体を向けた。

 

「まずは、この米だが」

 

おもむろに盆の上のご飯が盛ってあった黒い“お椀”を術を使わず、直接その白い手でそっと掴み、その中に残った僅かな炊かれた米を示す。

 

 

残したな? と、イデアが隣のイドゥンに一瞬だけだが、鋭く厳しい眼を向けた。

 

「この米は、生物の生命の源である【エーギル】を操作することによって、元来の種にはない独特の粘りっこさを持っており……」

 

(あ~~~~~~~~~~~~~~~)

 

なにやら語り始めたナーガにイデアは内心頭を抱えた。違う、聞きたいのはそういうことじゃないんだと。聞きたいのはもっと、こう、日本関係とか、そういう……。

だが、この男の言葉を途中でぶった切ろうとは思わない。理由は簡単。怖いからだ。何をされるかわかったもんじゃない。

 

 

 

するといきなり、今まで黙って、眠たそうな眼で物事を静観していたイドゥンが片手を挙手した。その無謀な行為(イデア視点)にイデアの心臓が跳ね上がる。

ナーガが言葉を一旦切り、どうした? と、聞く。

 

「【エーギル】って、なに……?」

 

「「あ………」」

 

イデアとナーガが何かに気がついたような、それでいてどこか間抜けな声を上げた。

イデアは今まで何度も聞いていた【エーギル】という物について実は何も知らなかった事に、ナーガは二人にまだ詳しく教えていないことに初めて気付いてだ。

 

暫し、部屋に言葉では言い表せない気まずい雰囲気が降りる。妙に外で鳴いている鳥の声が部屋に響く。

 

 

こっほん、と、気まずい場をリセットするかのようにナーガが音を立てて咳払いをした。

 

 

数秒の沈黙のうち、ナーガが口火を切った。

 

 

「【エーギル】というのは、言ってしまえば生命の持つ力そのものだ」

 

イドゥンとイデア、双子が新しい知識を得るため、黙ってその長い耳を傾ける。

 

彼らの「父」は我が子に新たな知識を授けるため、そのまま語り続ける。

 

 

「人間の魔道士は魔力を用いて術を行使するが、竜は主にこの【エーギル】を消費して術や力を行使する」

 

「魔力とは、どう違うの?」

 

イデアが心臓に緊張という名の負担をかけながら、疑問をぶつけた。聞かれた彼の「父」ナーガが少しだけ小さく頷く。

 

 

「【エーギル】は、魔力よりも更に根源的な力、もっと言ってしまえば【エーギル】こそが魔力の素。竜族のブレスはこの【エーギル】を破壊に応用した最たるものと言える」

 

そうなんだ、内心イデアが【エーギル】の概要に成る程と頷く。同時に自分はどれぐらいの量をもってるんだろうと素朴な疑問が頭に浮かんだ。

 

ナーガは尚もまるで教師のように二人に話して聞かせる。

 

 

「そして、この【エーギル】こそが、人と竜、更には【神竜族】と他の竜族を決定的に分けるものではあるのだが―――――――それは、次の機会に詳しく教授しよう」

 

 

そう締めくくり、テーブルの上に置いた盆を今度は手を使わず、術を用いて持ち上げる。

 

そして、ところで、だ、とじいっと自分を見つめる双子―――正確にはイデアに言った。

 

 

 

今日の予定を。危うく【エーギル】の件で忘れそうになっていたが、無事に思い出せた事柄を。

 

 

 

「……今日はイデア、先日いったようにお前の【竜化】の練習を行う。次に我が来るまでに外出の用意をしておけ」

 

「え……?」

 

 

イデアが素っ頓狂な声を出した。【竜化】の仕方など分からないという、焦りがありありと篭もった声であった。

 

 

彼の頭の中で、【竜化】が上手く出来ず、ナーガを怒らせる最悪の未来が嫌というほど鮮明に再生され、彼は、絶望した。

頭を抱えてベットに倒れこみ、右に左にごろごろと転がって、小さく「どうしよう」と口から何度も吐きながら悶える。

 

 

そんなイデアに小さく、微かな声で聞こえているかどうかは分からないが、ナーガが呟く。

 

 

「………朝食が気にいったのならば、明日も持ってこよう」

 

何やら、慌てふためくイデアにはまるで届いていないようだが、一応言っておく。

 

それだけを言い残し、イデアがおろおろと慌てふためき、イドゥンがそれに気を取られている間に、今度こそ転移で音も立てず、そっと、逃げるように姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅぅぅ、ああぁぁぁぁぁぁ……」

 

ナーガが消え、「姉」ことイドゥンと二人だけになった部屋に、イデアのどこまでも深く、暗い、悲痛な声が満ちた。

枕に頭を押し付けて、視界を閉ざし、同時に現実から逃亡を図る。

 

久しぶりに懐かしき故郷の日本食を食べる事が出来た喜びは、既に遥か彼方へとすっ飛んでいた。

 

今、彼の頭の中を占めているのはナーガに対する、もっと言うなら彼を怒らせる事に対する恐怖だ。

 

 

 

 

「イデア……?」

 

悶える弟に「姉」、イドゥンが声を掛けるが、まるで聞こえていない。否、聞く余裕が欠片もない。

 

 

マズイ、マズイ、マズイ、マズイ――――――!!!!!

 

 

イデアはこの世界に来て、最大の焦燥に駆られていた。下手をすれば祭壇で転生した自分の変わり果てた姿を直視したときよりも気が動転しているかもしれない。

 

 

 

何故ならば、この世界に竜族として転生したのは良いが、あの時、あの祭壇で人の姿にされてから一度も竜の姿になどなったことはないからだ。

もっと言うならば竜としての力を使った事もまだ一度もない。

 

当然、竜の姿への戻り方など知らない。

いや、正確には『戻る感覚が分からない』のだ。

 

 

そして、もしもナーガにその事がばれたら、最悪■されるのではないかと思う程にイデアはナーガを恐れていた。

 

実際、ナーガがイデアに危害を加える事自体がありえないのだが、イデアはそう思い込んでいた。

 

 

 

 

枕に頭を押し込んでぶつぶつと呟き、数時間後に訪れるであろう自身の破滅の恐怖と戦う。

 

 

 

 

 

 

「だいじょうぶ、だよ」

 

怯えきった彼の内心を表すように、ペタンと畳まれた彼の尖耳にやけにはっきりと澄み切った美しい、かつ大分聞きなれた声が届く。

イデアが少しだけ枕に埋めていた顔を上げて、声の発信源に紅い方の眼を向ける。

 

「……何が?」

 

 

イデアが枕に密着した口からふごふごと篭もった声を出す。そんな実の「弟」に「姉」は優しく微笑みながら語りかける。

 

「お父さんは、怒らない、よ……?」

 

 

イデアのルビーのような紅い眼が緩やかに細められた。

 

 

怒らない? お父さん? あの男のことか……? いや、そもそもなんでこの子はこうも的確に、まるで俺の心を読んだような……。

 

 

今度は上手く言葉にできない疑問が湧き出る。

 

 

そんなイデアの考えを読んだようにまた優しくイドゥンは微笑んだ。

 

 

「だって、わたしは、イデアのお姉さんだから」

 

 

 

 

 

 

イデアがきょとんと、呆けた。何回か紅い眼を瞬かせ、「姉」の顔を凝視する。

そのまま一秒。

 

 

二秒。

 

 

三秒。

 

 

四秒。

 

 

五秒。

 

 

 

「はぁ~~~~~~~~~~~~っ!!!」

 

「ひゃっ!?」

 

がばっと勢いよく、跳ねるように起き上がり、大きく背伸びをしながら巨大な溜め息を天蓋に向けて放出する。

 

 

「ああ分かったよ!! やってやるよ!!! 潰されないように気をつけろよ、あの耳長おじさんがぁぁぁぁああ!!!!!」

 

 

その体勢のまま吼えた、両手を天に伸ばし腹の底から咆哮した。

 

 

そのまま叫び終わった後も身体を伸ばしきった体勢でいたが、5秒ほどで疲れたのかベットに力なく背から倒れこんだ。

 

もぞもぞと懐に手を伸ばし、透き通った金色の石、心なしか以前よりも大きくなったようにも見えるソレ――『竜石』を取り出し、眼前に掲げる。

 

 

「……本当に、怒られないかな?」

 

「絶対に、だいじょうぶだよ」

 

「本当に…?」

 

イドゥンが寝そべるイデアの手を握った。不思議と安心できる温もりがイデアに伝わる。

 

「だいじょうぶだよ。だって、お父さんは優しいもん」

 

イデアにはそうは思えないが、この子がそこまで言うならば、少しだけナーガを見る眼を変えてもいいかな? と、思った。

 

 

 

――――――何時の間にか、覚悟は決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピーーーー、、、、、ヒョロロロロロロロロロ……………。

 

 

特徴的な鳴き声を上げて、大きな、鷹のような大きな鳥がベルン北部の山々をまるで潜るように飛んで征く。

しかし次の瞬間、横から恐ろしい速度で飛んできた大きな影――飛竜が鳥にその肉食獣の牙が生えた凶悪な顎で勢いよく鳥の喉笛に喰らいつき、肉を引きちぎり、そのまま銜えて巣へと飛んでいく。

 

 

そんな弱肉強食、自然界の厳しさを澄み切った青い大空に見たイデアは、まだ微かに生きている鳥を銜えた飛竜が山脈の方へ飛んでいき、完全に視界から消えると小さく溜め息を吐いた。

 

 

そして上を向いていた首を水平に戻し、視界を前面に戻す。イデアの視界には白い、ゆったりとしたローブとマントを羽織った白髪の男、ナーガが立っていた。

ナーガはいつもの様にじいっと黙ってイデアとその隣にいる彼の「姉」のイドゥンを見ている。

 

この数週間でもう見慣れたと思ったその態度だが、今はたまらなく恐ろしい。

 

 

がくがくと震えそうになる身体を必死に抑え、自分もナーガと同じ無表情を何とか顔に張り付かせて、「父」を見る。

 

ナーガが口火を切り、いつも通りに淡々とイデアにこの荒野に再び訪れた理由を念のためもう一度告げる。

 

 

「今日は、お前が元の姿に戻る練習を行う日だ」

 

 

石はもってきたな? と、その細く鋭い眼で問う。蛇に睨まれた蛙のように一瞬、心臓まで止まりかけたイデアだったが、ギクシャクとした動きで、ローブの懐に手をいれて

金色の石――竜石を取り出す。

 

イデアの手にあるソレを見てナーガがふむ、と小さく頷く。

 

 

そして一言。

 

 

「イドゥン、こちらに来い。イデアの近くでは潰されてしまう危険性もあるからな」

 

イデアの隣に立っていたイドゥンが小さな歩幅で足早にナーガに駆け寄っていく。

 

「ああぁ……」

 

唯一の味方だと思っていた「姉」が恐ろしい男(イデア視点)の傍にいってしまい、1人残されたイデアが小さく悲鳴を上げる。

ナーガがなんだ? と、イデアの悲鳴を疑問に思うが、大したことではないと気には止めず、話を進めるべくもう一度息子に元の姿に戻る方法を伝授する。

 

「イドゥンの時に言った竜の姿への戻り方は、憶えているか?」

 

 

イデアが大きく横に首を振った。

 

 

「そうか」

 

余りにも無感情な声にイデアがびくっと怯えて、肩を跳ねさせた。

だが、ナーガはイデアの内心など関係なく、相変わらずも機械的な声音でイデアに語りかける。

 

 

「まずは、眼を閉じて意識を集中させろ」

 

 

言われた通りに、イデアが瞼を下ろし視界を塞ぐ。自分の心臓の鼓動の音がトクトクと、不気味なぐらいはっきりと聞こえた。

 

 

「…………」

 

そのまま黙って精神を集中させると、ふと、イデアが違和感に気がついた。

意識を集中させる前には気がつかなかった、手の上にもう一つの触覚があるような、奇妙な感覚。

 

そこに言葉に出来ない『自分の持っている大きな何か』があるのに自分の意思で自由に動かせない何とも言えない巨大な不快感。

 

 

「……を……ど……」

 

ずっと遠くからナーガの声がするが、今のイデアにはそれに気を割ける余裕はなかった。只、不快感を消すべく、感じた違和感の元へと更に深く、精神を集中させる。

感覚を研ぎ澄ませば研ぎ澄ますほど、掌の上に乗っている物の存在感が大きくなり、不快感が薄まっていくのをイデアは感じた。

 

 

 

そのまま意識をもっと掌の一点に深く、重く、集束させ、その触覚を動かそうと試みる。

 

 

 

 

だが、中々動かない。

何度やっても、ほんの僅かしかその『触覚』を揺らせない。徐々にイデアの心の中に苛立ちと焦燥が吹き上がるように込み上げてくる。

 

 

無意識に歯をギリッと耳障りな音がするほど噛み締め、その手に血管が浮かぶほどの力を込めて、淡く発光している竜石を握っていた。

 

 

 

そんな『息子』の様子をナーガはどこまでも、無感動な双つの色違いの眼で見守っている。成功するまで何時間かかろうと、イデアが投げ出さない限り執務の時間を削ってでもいつまでも見守つもりだった。

 

 

「……だいじょうぶ」

 

 

ポツリと彼の「娘」が「父」ではない、頑張っている第三者へと向けて、優しく諭すように本当に小さく独り言を呟いた。

 

 

 

 

クソ!! 何で!!!???

 

イデアは焦っていた、しかしそれは先ほどまでのナーガに対する恐怖から来る焦りではなく、『触覚』を動かすコツが中々掴めない自分に対する怒りから発生した焦りだ。

何回も『触覚』を動かそうと躍起になるが、ほんの少ししか動かない。まるでその部位が麻痺したかのように動かないのだ。

 

 

後少し、後少し、と、力を込めるたびに期待感と苛立ちが積もっていく。

 

 

ナーガに対する恐怖心などは完全に頭から消え去っていた。

今彼の頭を占めているのは何としてでもこの『触覚』、または感覚を自由に動かしたいという強い想いだった。

 

 

(……ん……?)

 

 

不意に「中から」話しかけられたような気がしたイデアが硬く閉ざされていた双眸を薄く開いた。懐に何気なく視線を落とすと、手に強く握った竜石が力強く鼓動するように光を放っている。

それを見て彼は自分のやったことは効果はあったのだと少しだけ安堵する。

 

 

そのまま落ち着きなく眼球を動かし、なんとなく分かっている語りかけてきた声の主を探す。

 

いつもと何一つ変わらぬ無表情でこちらを見ているナーガが眼に映ったが、不思議と今は恐怖心は欠片も感じなかった。それどころか落ち着いてその顔を観察する余裕さえ不思議とある。

 

 

 

そしてそんな彼に寄り添って立っている「姉」と視線が交差した。いつもの無邪気な二つの赤と青の眼が嫌にはっきりと、大きく見えた。

時間にして僅か2、3秒だったが、イデアには1分間ほどにも感じられた。

 

 

もう一度瞼を閉じて視界を暗闇に戻す。先ほどまであんなに胸の中を占めていた苛立ちと焦燥、更には動かしたいと想いさえも清々しいほど綺麗さっぱりと失せている。

 

 

 

意識を槍のように鋭くし、突き刺すように石へと向ける。

 

 

さっきとの違いはすぐに分かった。驚くほどすんなりと、針が紙に突き刺さるように、自分の意思が石へと伝わるのがイデアにははっきりと感じ取れた。

 

 

 

そして変化が起きる。

 

 

最初に異変を捉えたのは視角であった。

瞼を下ろした暗闇に金色の閃光が迸り、チカチカト闇を眩い金で喰い尽した。

 

次に彼が感じたのは身体が、手や足が猛烈な速度で大きくなるという奇妙な感覚だった。それに続いて口の端が痛みもなく引き裂けていき、背中に新しく動かせる部位が現れる。

 

 

 

 

 

 

世界を塗りつぶしていた暴力的な黄金の光が収まると、イデアは恐る恐る双眸を開いた。眼に映った世界は変わらぬ荒野と山脈、青空、そして空にて煌々と存在感を示す太陽。

 

さっきと何も変わらない。

 

 

 

 

ただ違うと言えば眼前にいたナーガとイドゥンがいない事と、手に強く握りしめていた竜石がなくなっている事ぐらいだろう。

 

 

二人は何処に行ったのか探すべく、イデアがキョロキョロと辺りを見回す。

地に着いた二本の後ろ足からミシリ、と、地面の歪む不愉快な音がなる。

 

 

 

 

その時、遥か下方から聞きなれた淡々とした男の声がやけにはっきり彼の耳に届いた。

 

「無事に成功したようだな」

 

首を動かし、眼をそちらに向けてみると随分と小さくなった「父」ナーガと「姉」イドゥンの二人がイデアを見上げていた。

小人のような二人を見て、まるでガリバーになったみたいだと思った。

 

 

 

 

だがそれよりも彼の気を引いたのは……

 

(成功……?)

 

ナーガの成功という言葉に何を言っている? と、一瞬だけ呆けるが、再稼動した脳がイデアの意思とは無関係に今まで自分が何をしていたかを彼に教える。

 

(そうだ、俺は、ドラゴンの姿に変身しようとして……)

 

そこまで考えが至った瞬間、弾かれたように両手をまるで殴るような速度で顔の前に持っていく。

 

 

 

そこにあったのはこの数週間で見慣れた幼児の腕ではなかった。

 

あったのは、金色の鳥の雛を連想させる毛に覆われた三本の鋭利な鍵爪。軽く一振りしただけで軽々と、あの恐ろしい飛竜の頭さえも草のように簡単に刈り取れてしまえそうなほど巨大な爪。

 

 

 

 

 

                                        【竜】の爪。

 

 

 

 

 

 

あぁ……、成功したんだ……

 

 

 

自分の意思でこれを望んだので、今回は以前の祭壇の時のように取り乱すことはなかった。

 

それよりもイデアの胸中を満たしたのは、達成感。そして身体の奥底から湧き上る充実感。

さっき、ナーガが言っていたエーギルというものが、どういうものなのかが感じ取れた。

 

 

念の為、何回か手を握ったり開いたりを繰り返して、不備はないか確かめる。

 

一通り確認を終えると、次の指示を仰ぐべく眼を足元にいる二人、正確にはナーガに向ける。

 

「少し待て」

 

自分よりも遥かに大きな体躯の存在に眼を向けられても全く動じることなく、ナーガが自分の隣のイドゥンに何事かを囁く。

 

 

囁かれたイドゥンが小走りで離れていき、イデアからちょうど6メートル程の場所で立ち止まって懐に手を入れ、竜石を取り出す。

 

イデアと同質の黄金色の閃光が迸り、一瞬にして彼女は【竜】の姿に戻った。大きくなったことで人の姿のときの6メートルの間合いは消えて、双子は並んでいる形になった。

 

(早いなぁ……)

 

自分があそこまで集中してようやくできた事をまるで呼吸するかのように、やってのけた「姉」に少しだけ嫉妬する。

 

と。

 

「聞こえるか?」

 

「ΞΨっ!?」

 

「姉」の方にばかり注意を向けていて、完全に存在を忘れていたナーガにいきなり声を掛けられ、驚いたイデアが間抜けな声を出す。

 

 

最も、その異形と化した口から漏れたのは、人のものとは到底言えないような獣の呻き声に近いものであったが……。

 

その反応でちゃんと聞こえていると判断したナーガが、満足げに腕を組んで無表情で小さく頷く。

 

 

「次は、飛行を教えよう」

 

 

そういったナーガが何もない宙に足を伸ばし――――ダンッと、まるでそこに階段でもあるかのように踏みしめた。

そしてそのままカツ、カツ、カツ、と、宙を登っていく。4歩ほどで大体イデアの顔辺りまで上り、そのまま宙空に出来て当然だと言わんばかりに立つ。

 

 

(本当に何でもありな奴だな……)

 

 

大して驚きはしなかった。このエレブでは人が竜に変身するのだ(実際は逆である、竜が人の姿を取っているが正しい)この人の皮を被った化け物なら空ぐらい飛んでも可笑しくはないだろう。

 

じろっとイデアの眼を覗き込む。身体は自分の方がずっと大きいのに、飢えた肉食獣の前に無防備でいるかのような錯覚を感じて、ぶるっと小さく身を震わした。

 

 

「背に意識を集中させ、翼を動かせ」

 

言われた通りにしようとするが、これが中々上手くいかない。普段、人の姿で過ごす時に背後ならともかく、背中そのものに意識を向ける機会など滅多にないのだから当然である。

 

 

その時、バサッと鳥が羽を広げる時の音に近いものが隣から聞こえた。

 

音のした方をみれば、【竜】の姿に戻ったイドゥンが調子を見るかのように二対四翼の羽を規則正しく上下にバサバサと動かしていた。抜け落ちた金色の羽毛が舞い散り、辺りを彩る。

 

 

(確か昨日も……)

 

 

イデアの脳裏に映るのは、昨夜見惚れてしまった天使のような翼を背に生やしたイドゥンの姿。【竜】の姿の時の翼は昨日のあれをそのまま大きくしたものだ。

それと同時に思い起こされるのは、「姉」の文字通り天使のような満面の笑み。

 

 

そして一緒に行こうと言った彼女に返した自分の言葉。

 

 

(やってやるか)

 

 

あの音楽の奏者に二人で会いにいこう。その時に飛べないなんて恥ずかしいじゃないか。

その為の努力なら幾らでも惜しくない。

 

もう一度、今度は変に意識せず、力を抜き、出来るだけ自然体で背に意識を集中させてみる。

 

 

 

 

 

 

バサリ

 

 

 

「……?」

 

 

 

当のイデアが驚くほど呆気なく、いとも簡単に四枚の翼は動いた。

 

 

バサリ

 

 

余りにも呆気なかった為、只の偶然かそれに近い何かと思ったイデアが念の為もう一度動かすとちゃんと翼は手足の如く滑らかに動く。

 

 

 

バサリ バサリ

 

バサリ バサリ

 

 

今度は上の二枚と下の二枚を別々に動かす。手足と全く同じように思うがまま、自由に動かせた。

バサバサと翼で煽られた風が頭にかかり涼しい。

 

鳥になったことはないが、きっと鳥もこのようにして羽を動かしているのだろうと等とイデアは思った。

 

 

「最大まで翼を広げろ」

 

 

また言われた通りに背伸びをする時に腕を伸ばすのと同じように翼を限界まで大きく広げる。イドゥンも同じように動かし計八枚の翼が風を切り裂く。

 

それを確認したナーガが宙を歩き、二人の翼の元まで歩いていく。双子の翼をじっと見定めるように、値踏みするかのように見つめる。

 

 

「……問題はないようだな」

 

 

呟いたのか、それとも二人に言ったのかは分からないが、そう口にすると、また宙を歩いて二人から足早に離れていく。

 

 

 

「翼を開いたまま、力の限り羽ばたいてみろ」

 

大体二人から10メートル程前方の空中に立つと二人を振り返り、そう指示する。

今から自分は翼を使って飛ぼうと言うのに自身は何も使わず、それどころか竜の姿に変身さえせずに、出来て当然だと言わんばかりに空に立つ眼前の男にイデアが軽く恐怖する。

 

 

だが、そんな些細な事は直ぐにイデアの頭の中から消え去った。

 

今から自分は自分の力で、飛行機も何も使わずに空を飛べる。そう考えるだけで大抵の事は気にならなかった。変わりに気分がどんどん高揚していく。

 

 

先ほどの数倍の力を背に込めて、地面に叩きつけるように思いっきり翼を動かす。

 

バチバチと電気が空気を流れる際に生じる独特の音が響く。雷はイドゥンとイデア、エーギルが雷という形態を取って二人の身体から際限なしに放出されていた。

 

 

四対の翼が大きく一煽ぎする度に物理的な破壊力さえともなった雷と光は放出され、辺りを揺らし、荒野の地に亀裂を刻む。

 

 

並みの精神を持つものなら腰を抜かし、失神してしまうほどに幻想的な光景だが、ナーガは顔にも動作にも何も浮かべずその光景をじっと瞳に写していた。

 

やがて、フワリと、二柱の幼いとはいえ10メートル近くの竜の巨体が4メートル程宙に浮かび上がった。高度を維持するためにバッサ、バッサ、と一つ羽ばたく為に空を羽が舞う。

 

 

 

それを見たナーガがほんの少しだけ、自分でも気付かない内に、本当に誰にも普段と見分けがつかないほどに小さいが、口元を緩める。

 

まだまだ無駄が多いがとりあえずは飛行は成功だ。それに、一度飛行や竜の姿に戻る感覚を覚えてしまえば、後は自分達で勝手に覚えていくだろう。

 

 

 

 

 

時間にして約20分、結果として高度20メートル程度の高さに飛び上がった双子はナーガという監視の下、朝の眩い光に照らされて自力での飛行を思う存分堪能した(特にイデア)。

 

 

 

地上に降りたイドゥンとイデアだったが、疲れ果てた様に地に翼を着けて動かない。ハァ、ハァ、と疲労した犬のような荒い呼吸を何度も繰り返す。

 

答えは簡単。疲労である。始めての飛行で体力を使い果たしたのだ。まだまだ産まれて間もない、人間でいう赤子に近いほど幼い二人には飛行という行為はかなり体力を必要とするものであるのも要因の一つであるが。

 

 

 

「ブレスは……、まだ無理か」

 

 

今にも横向きに倒れこんで泡を吹いてしまいそうな双子を見てナーガがポツリと小さく判断を下す。

飛行でこれほど体力を使用するとなれば、純粋なエーギルを破壊力に変換して放つ、飛行よりもずっと体力を消費する行為に二人の体力がついていくとは思えなかった。

 

 

寄り添うように倒れている二頭の頭の近くに歩いていき、パンと小さく手を打ち合わせ、二人の注意をこちらに向けさせる。

 

 

きょろっと、二対の眼がナーガを見据える。

 

 

「今日はよくやった。人の姿になれ」

 

 

 

小さく左の竜――イドゥンが小さく鳴くと、黄金の光が一箇所に集まり、子供の拳ほどの竜石が形作られ、一頭の竜が幼い娘の姿になる。

 

 

それを見た右の竜――イデアが荒い息を吐きながら、視線でナーガにどうやればいいか問う。

 

 

「人の姿を思い浮かべて、体内の力を一点に集中させろ」

 

 

イデアが息を整えながら、眼を瞑り疲労した精神を研ぎ澄ませる。数瞬後、彼の身体から金色の光が放出され、石の形になる。

 

竜の姿に戻るのにあんなに苦労したのが嘘のように、容易く人の姿に戻る。

 

光が収まるとそこには一人の幼い少年が倒れていた。

 

 

ナーガが早足で駆け寄る。そして脂汗を額に浮かばせ、眼を瞑っている息子を覗き込む。

 

 

「……ぅ」

 

眠っているだけなのを確認する。そして長衣の裾から手をだしてイデアの額に軽く、優しくあてる。

 

 

【リカバー】

 

 

癒しの魔法を照射し、体力を回復させる。少しだけだが確実に、イデアの寝顔が安らかになった。

隣に寄り添うように倒れているイドゥンにも同じ様に【リカバー】を照射する。

 

 

 

その後30秒程度双子の寝ている姿をじっと瞼に焼き付けるように観察していたナーガだったが、やがて二人をベットで寝かせるため、殿に向けて術を発動させ、転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ベルン地方南部『殿』玉座の間――――

 

 

 

鮮やかな真紅の王のみに座る事を許された玉座に腰かけ、黙々と、迅速かつ正確に執務をこなしていたナーガは自分に近づく気配を感じ取り、顔を上げた。

注意を少しだけ外に向けて何者なのかを探る。

 

 

【人形】ではないのは直ぐに分かった。アレは気配が極端に希薄だ、それこそ竜族の優れた探知能力でないと見つけられないほど。

 

今こちらに向かって来ているのは燃え滾るような【エーギル】の持ち主――――恐らくは火竜族だ。

 

 

そしてもう一つだけ付け加えるのならば、ナーガはこの【エーギル】の主をよく知っていた。

 

 

 

木製の扉の前でピタリと足を止めた気配の主に声をかける。

 

 

 

「入れ」

 

音もなく滑らかに、定期的に整備されている扉が開き、部屋の主の入室の許可を貰った人物が布擦れの物音一つ立てず入室してくる。

紅い、赤い、まるで火を布にしたらこうなるであろう程の透き通った火色のドレスを着た、後ろで結んだ長い髪も空の星の様な光を宿した両眼も、そして纏う雰囲気さえも“赤い”女であった。

 

 

足音ひとつたてず玉座に腰掛けた自らの主の元に歩いていき、彼の前で跪く。

 

 

「アンナ。何用だ」

 

万年筆を横に置き、頬杖をついて何故ここに来たかを問う。少なくともナーガの記憶では彼女が今、ここに来る予定はなかった筈だからだ。

 

問われた女――アンナが顔を上げ玉座に座する竜の王を見る。

 

 

「長に謁見を求める人間の男がおりまして……」

 

「人間? 数は?」

 

「一人です」

 

「用件は?」

 

「いえ、長に直接話すと……」

 

 

ナーガが首を傾げた。その絶大な力で人の生活を守護し、信仰の対象にさえなっている【竜】ではあったが、同時に恐怖の対象でもある【竜】の本拠地に住まう

【竜】の王に一人で謁見を求める者がいるとは。

 

 

ほとんどの、否。今までは人が謁見してくる時は必ず3人以上の多数であったのだ。内訳は王族か何かの高位の人間一人にその護衛といった感じだ。

恐らくは絶対に手を出さないと知りつつも一人で竜の本拠地に乗り込むのは恐ろしいのだろう。

 

 

 

……面白い。面白いが……。

 

 

その謁見を求めてきた者に対する好奇心が彼の中で頭を覗かせる……。

チラリと机に束ねて置いてある未処理の今日中に終わらせなければならない書類の山をみる。

 

いきなり来た見知らぬ男に時間を割いては予定通りに終わりそうになかった。

 

床に膝を突き、自分の判断を仰いでいるアンナに命を下す。

 

 

「後日、こちらの指定した時間に来るように伝えろ。今回は引き取らせるのだ」

 

「仰せのままに」

 

 

一礼し、部屋から退室しようとするアンナの背に声をかける。

 

 

「……その者の名は分かるか?」

 

 

アンナが赤い炎色の髪を揺らして振り向き、頭を下げて伝える。

 

 

「はい。確か……アウダモーゼと名乗っておりました」

 

「そうか。苦労であった」

 

ナーガがそう言うと一礼し今度こそアンナは来た時同様、音も立てずに退室していった。扉が閉められる。

しばらくして部屋から離れた場所でアンナが転移の術を使用し、彼女の気配が殿から消え去るのを感じながらナーガは考える。

 

 

 

その謁見を求めてきたアウダモーゼとか言う男……。恐らく、いや、高確率で何かを企んでいるのだろう。

でなければ、単純に竜の住処とそこに住むを長を見たいという好奇心か何かか……。

 

 

腕を組み、眼を瞑り瞑想する。

そしてまだ顔も知らぬアウダモーゼという男について思考を巡らす。

 

 

多分、その男は魔道士だろうとあたりをつける。

あいつらは自分の知的好奇心を満たす為ならば平気で命さえも分の悪い賭けでも賭ける。

 

自分のも、そして他者の命も。

もしくは単なる頭を患った馬鹿か。

 

 

確立としては前者が9割以上、後者が1割未満といった所だ。

自分の命を狙っているというのも僅かにあったが、すぐにこれは思考から排除された。確立として低すぎる。

 

 

第一どんな優れた武器や術を持って来ようが、群れない人間一人の力では殺すのはおろか、傷をつけるのさえ難しいだろう、いや不可能といってもいい。

 

 

 

次に対処法として謁見を拒否する。これもすぐに消え去った。

高々人間の男一人にこの竜の長が怯えて謁見を断るなどプライドが許さない。

今回は単に書類の処理が終わってなく、予約もなく来た男に割く時間がなかったからに過ぎない。

 

貴族や王族という事は絶対にないだろう。

少なからず護衛を付ける筈だ。一人というのはまずありえない。

 

 

何にせよその男に対する情報が少なすぎる。

この自分に会いに来た理由さえも分からないのだ。

まずは此方が万全の時に会ってみて、顔を見て、直接話し、判断を下すしかない。最悪、その男を抹殺することも視野に入れておく。

 

 

 

また厄介事が増えたのはまず違いない。

 

 

 

ふと、あの双子が彼の脳裏に浮かんだ。あの酷く純粋で穢れなど一つも知らない笑みが。あのあどけない寝顔が。

自分にもそんな時代はあったのだろうかと考えるが……余りにも馬鹿馬鹿しすぎて止めた。

 

 

自分以外誰もいない執務室にナーガの溜め息の音がやけに大きく響いた。皮肉にもそれは彼の息子であるイデアの溜め息の吐く音と酷似していた。

 

 

 

 

「うぬぬ……」

 

野生の獣の中でも大柄な飛竜を3体程も寝かせられる巨大なベッドの中心にでん、と、胡座をかいているイデアが唸り声を上げた。

彼の眼の前には長さ50センチ程に綺麗に切られ、表面をササクレ等を削ぎ、ツルツルに加工された杖が無造作に置いてある。

 

 

「うぅぅ……」

 

イデアが片手を前に出して、ありったけの力をその幼児の華奢な腕に込める。

 

 

――――カタカタ…………。

 

 

杖が独りでに小さく、本当に小さく揺れた。

イデアが血管が浮かび上がるほどの力を腕に込めると更に大きく上下に揺れるが……それだけだ。

 

「ふぅ……」

 

 

腕に込めていた力を抜くと杖の振動も収まった。そのまま一気に脱力し、ベットに後ろから力なく倒れこむ。

仰向けになったイデアが頭をもぞもぞと緩慢に動かし、「姉」を見る。

 

 

眼を瞑っている彼女の周りは正にポルターガイストの巣窟だった。

何冊もの分厚い本が宙を舞い、時折ペラペラと頁が捲られている。

 

 

何も知らない者がみたら卒倒する光景であるが、イデアは特に驚かない。その全てが霊や得たいの知れない存在等ではなく「姉」、イドゥンによって引き起こされていると知っているから。

 

いや……、例え霊によって引き起こされていたとしても特にそこまで驚きはしないだろう、あの【竜】に比べればその程度かわいいものだ。

 

と、見られている事に気がついたイドゥンが瞼を開き、その特徴的な色違いの瞳で弟を見た。

 

 

「どうしたの?」

 

「いや……」

 

イデアがぷいっと顔を逸らす。そのまま枕に顔を押し込む。

だが、10秒程でまた顔を出して、何だろうと自分を不思議そうに見ている「姉」の顔を見る。

 

何回かその行動を繰り返していたが、やがて耐え切れない用に口火を切った。

 

「姉さんは……凄いね」

 

「……?」

 

イドゥンが言われた言葉の意味が分からずに頭の上に「?」マークを浮かべる。

 

「竜のすがたにも一発で戻れるし、物はかんたんに持ち上げちゃうし……」

 

話している途中、何で自分はこんな事を彼女に言っているのだろう? と、イデアの中に疑問が浮かぶが、答えは出なかった。

ただ一つ言えるのはこの感覚は以前にも前の世界でも味わった事があるような気がした。

 

 

……そう、まだまだ幼い子供時代か何かに。

 

 

口が意思に反して止まらず動き、今度は一転して自分をなじる。

 

「俺なんか、全部すごくじかんかかっちゃって……」

 

きゅっとシーツを強く握りしめる。少しだけ顔を上げると「姉」がどうすればいいのか分からずオロオロしている姿が見えた。

 

(何を言ってるんだ? 俺は?)

 

それを見た途端、急に自分の頭が冷めて行くのが彼には分かった。口がようやく脳に従い閉められる。

 

そして――――――

 

―――嫌われる。

 

 

その言葉が頭をよぎり、イデアの顔がみるみる青ざめていく。

唯一この世界で気兼ねなく話せる彼女に嫌われる事は比喩ではなく文字通りイデアの精神の死に直結していた。

 

「ぁ……」

 

何とかして謝ろうとするが、少しだけイドゥンの方が早かった。

布擦れの音と共に素早くイデアに近づき。仰向けの彼の頭の横に座る。彼女の後ろで本がパタパタとベットに落ちていくのがイデアには見えた。

 

「イデアも凄いよ? わたしの知らないこといっぱい教えてくれて」

 

彼の手を優しく取り一つ一つ挙げていく。

 

 

曰く ありがとう、と、どういたしまして、という感謝の言葉を教えてくれた。

 

曰く 食べ物を食べると食べた後に言うべき事を教えてくれた。

 

曰く 食べ物は米粒の最後の1つまで残すな。

 

 

全て産まれて一ヶ月にも満たない、まだ白紙といえるイドゥンにイデアが基礎的な事として教えたことだ。

 

「ぜんぶ、イデアが教えてくれたことだよ?」

 

「そんなこと……」

 

誰でも知っている、小さな事だと笑い飛ばそうとするイデアに彼の「姉」は語りかける。

 

「でも、わたしは知らなかった。イデアは知ってる。多分、もっといっぱい知ってる」

 

「それは……」

 

まるで自分の「中身」まで見抜いてそうな言葉にイデアが言葉を濁す。だが、同時にイドゥンにそう思われていたと知って嬉しい気持ちもあった。

 

(なんだ。結局はおあいこか……。いや、やっかみなんてしない分、この子の方が……)

 

何だか力を使える、使えないでやっかんでいた自分が馬鹿らしく思えてきた。

そうだ、まだこの世界に来て一ヶ月程度しか経っていないのに自分は何を焦っていたんだろう。

 

ナーガが言うには竜の寿命は無限に近いらしい。ならばじっくりと磨いていこう。

現に全く動かせなかった杖も少しずつ動かせてくるようになった。無駄ではないのだ。

 

竜化だってもうあの感覚を掴んで出来るようになっている。恐らくは「姉」を真似してあの背中だけの翼だって出せるだろう。

 

 

ちゃんと自分は成長しているのだ。

 

 

「あっ、ははははは!」

 

余りにも今までの自分が馬鹿らしくて、イデアは笑った。自分自身を。

いきなり仰向けで笑い出したイデアを呆然とみていたイドゥンもイデアの何処までも愉快な笑みに釣られて笑う。本当に楽しそうに笑う。

 

 

暫くの間、部屋には双子の楽しそうな笑い声が響く。

 

 

 

「姉さん」

 

笑いすぎて目元に涙を浮かべたイデアが柔らかな笑みを浮かべてイドゥンに話かける。

 

「なぁに、イデア?」

 

イドゥンが顔を美しく綻ばせて答える。

 

 

「これからもよろしく。俺の『お姉さん』」

 

 

 

本当の意味でイドゥンがイデアの姉になった、そしてイデアが弟になった、その瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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