とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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とある竜のお話 前日譚 二章 3 (実質16章)

 

 

里の一角、そこには無数の色とりどりの花が咲いていた。

 

 

 

赤、青、黄色、桃色、様々な花の色があるが、その茎は全て等しく鮮やかな緑色に統一され、それが逆に見る者らに特殊な感慨を与えることだろう。

丁度里から少し離れた場所、オアシスの開けた空間にひっそりと咲き誇る花畑は幻想的な魅力を発揮し、新たな里の者の憩いの場所となりつつある。

 

 

 

 

 

これらの花々の種は潰し、粉末にした後に煮込むなどの幾つかの特殊な加工を繰り返し蒸留すると、とても美しい粉末になり、それは絵具の原材料となる。

しかし色彩そのものは高価な岩石を用いた岩絵の具には数段劣り、そしてこの粉によって作られた絵具は劣化の速度が速いという欠点もあった。

ネルガルは優れた術者ではあるが、彼はそこまで金持ちではないために少しばかり譲歩した結果が花の種を用いた絵具である。

 

 

 

 

 

だが、正直な話この花畑は元来の目的であるネルガルの趣味の為の絵具つくりという目的に対しては余り役目を果たせてはいなかった。

第一に、ここの土壌は当初ネルガルが見越した通り栄養豊富なのは間違いなかったが……豊富すぎたのだ。

結果、花々はすくすくと存分に育ち、まるで王族の庭師が整備したような、見事な大輪の花を咲かせる結果を“魅せ”た。

 

 

 

 

 

何時の間にやら里の隠れた名所になってしまったこの場所を無くすのは心が痛む思いをネルガルは抱いてしまった。

刈り取る? これを? 本当に? よりにもよってソフィーヤやファがよく遊び場として使うここを?

これは問題だ、困ったことになったとネルガルは悩む。絵を書くのにこの花々の種は必要だが、まさかこうなってしまうとは彼も想像できなかった。

 

 

 

 

 

彼の葛藤は思わぬ形で終息することになる。ソフィーヤの母であるメディアンの存在だ。

彼女は“地竜”と呼ばれる極めて高位……この里の中でイデアとファを除けば最高位の存在らしく、その権能は大地にまつわる全てに至る。

竜の力の一端として彼女はネルガルに思わぬ形での回答を与えてくれた。

 

 

 

 

大地の全てを支配する。こういう抽象的な言葉では測ることが出来ない程に、地竜の力は深く、強い。

それをネルガルは目の前でまざまざと見せつけられ、力の一端のおこぼれを受けることが出来た。

 

 

 

 

ボロボロの土塊を彼女は手の中でほんの僅かだけ“力”を吹き込んで握りしめると、竜の掌から現れたのは見事な光沢を放つ鉱石の数々。

真っ赤な、血液の様な辰砂。通常では滅多に市場に出回らない最高級の岩絵の具の原材料である澄み切った青さを誇る藍銅鉱。それ以外にも様々な鉱石たち。

一つ一つが売り払ってしまえば邸宅を建てることが出来てもおかしくない程の価値を持つ石の数々を彼女は安酒でも振る舞うようにネルガルに差し出した。

 

 

 

 

 

思わず手に取ってしまったマカライトをネルガルはさすがにこれだけの量はもらえないと言って返そうとしたが

竜は子供たちに素晴らしいモノを見せてくれた礼だと言って譲らず、彼は結局全て受け取ることになってしまった。

 

 

 

 

 

そういったごたごた事が起こり、この花畑はとりあえずこのままという事になる。そして、今ネルガルはイデアと共に花畑から少し離れた位置に陣取り、ゆったりとしていた。

木製のイーゼルを大地にセットし、黄味掛かった紙を板の上に配置した彼は、しきりに顔を傾げて唸り声をあげている。

どうにも煮え切らないといった顔を浮かべるネルガルの様子に、彼の隣で遠くに視線を向けているイデアだ。彼の眼の先にはソフィーヤとファが花畑の中で戯れ、歓声をあげる様子が見えた。

 

 

 

 

 

 

「どうした?」

 

 

 

 

 

長としての仕事を速攻で終わらせ、早い内から二人の童の遊戯に付き合っている竜の言葉にネルガルは恥ずかしそうに俯き、絞り出すように声をあげた。

彼の視線はあちこちを彷徨い、最終的には神竜と混血の少女に固定される。

 

 

 

 

 

「いや……絵を描こうと思っていたのだが……何を書こうか途中で忘れてしまったのだよ」

 

 

 

 

 

ははは、とイデアは苦笑すると、片腕を差し出した。

ゆったりとした白いローブの裾から細腕が突き出され、その掌に乗っているのは真っ赤なリンゴ。

光沢を放った表皮は新鮮味と瑞々しさに溢れかえり、形状、大きさ共に、人が想像する“リンゴ”という形を突き詰めた様な見事な出来。

 

 

 

 

 

絵の対象とするのには申し分のない素体だが、ネルガルの顔は固い。彼は知っている。

この里の中で密かに流行っている、眼前の竜が生み出した存在の事を。生き物として成立しているのがありえない、まさしく冗談と悪ふざけの権化を。

 

 

 

 

 

 

「…………判っているぞ。このリンゴは動くのだろう?」

 

 

 

 

 

 

「残念だが、これは違うんだな」

 

 

 

 

 

子供の様にイデアは屈託なく笑った。500歳になる彼は時々こういう顔をし、肩から力を抜く。

リラックスする術をイデアは心得ていた。余裕をもち、現状を冷静に見つめる眼を使いこなすために必要な息抜き。

そのまま彼は大きく口を開けて思いっきりリンゴに齧りつく。滴る果汁に、飽和する甘い香り。

 

 

 

 

 

むしゃむしゃと口をしっかり閉じてリンゴを咀嚼しつつ、イデアは懐からもう1つのリンゴを取り出し、ネルガルへと差し出す。

ごくん、嚥下した竜は穏やかな声で人間の魔道士へと言葉を投げ、竜は脱力した様子で空間に“力”で作り出した黄金の椅子へと腰かけた。

受け取ったリンゴをネルガルが様々な角度で確認する様はまるでいたずらに警戒する子供の様でもあり、それをイデアはおかしく思い笑ってしまう。

 

 

 

 

縦に伸ばそうと、横に伸ばそうと、はたまたヘタを引っ張ろうとそれは何も動かないよ、と竜は内心で微笑み、思う。

ネルガルが何かを思い出したかの様に突如動きを停止させ、イデアは、ん、と顔を傾げた。

目の前の男の眼が先ほどと少し違う。穏やかな空気はそのままに、彼は芸術家としての顔を覗かせ、何かを思案しているようだ。

 

 

 

 

 

イデアは忍耐を行使し、ネルガルが何かを言うまで待つ。やがて人間の魔道士は暫しの沈黙を破り、舌を動かした。

 

 

 

 

 

「今更思うのだが、あれは“何”なのだ?」

 

 

 

 

 

アレが何を意味するのか分からないイデアではなく、竜は頭の奥底で道筋を考える。

道理と感情、長と個人、両方の垣根に照らし合わせ口から出す情報を選別し仕分けするのだ。

思考の時間は一瞬。半秒の後に竜は答えを導き出した。名称だけならばいいだろうと。

 

 

 

 

 

 

「術の名前、いや……種族の名は【モルフ】という。生命力によって作り出される疑似的な生命体だよ」

 

 

 

 

 

説明はここで終わりだという雰囲気をイデアは意図的に放出する。

何故ならばモルフ関係の術は今の所、いや、今後も教えるつもりはないのだから。

爬虫類の様に瞳孔を裂けさせた、竜の顔を晒す神竜にネルガルは色々と察したらしく話題を変えるために声のトーンをわざとらしく高くした。

 

 

 

 

 

「……この里に来てから私は長殿に色々と与えてもらってばかりだな」

 

 

 

 

 

「住居、食事、娯楽、知識等々だな……だけど、代わりにソフィーヤやファとよくしてもらってるのは感謝している」

 

 

 

 

 

事実ネルガルはソフィーヤと一定の交友があった。

ファが誕生する前に絵画を通して面識が出来た程度だが、不思議と彼はソフィーヤと一緒に居ることが多い。

更に付け加えるなら、アンナもネルガルにはアトス以上に興味があるらしく、命令するまでもなく自主的に彼の監視を行っているようでもある。

 

 

 

 

イデアの眼が、ネルガルが持って来ていた荷物へと向けられた。

そこにあるのはお世辞にも質がいいとは言えない無数の紙と、そこに描かれた様々な作品たち。

芸術という分野にもそこそこ興味がある竜は作品に視線を向け、次いでネルガルに顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

「絵が好きなのかい?」

 

 

 

 

 

「気が付いたらいつの間にか技法に詳しくなっていただけさ。ちょっとした術を使うのに必要な知識だったんだ」

 

 

 

 

 

生物の基礎構造を学ぶためのデッサンをイデアは何度も行っていた。

ナーガが残した人体をはじめとした様々な生物の解剖図を読み漁り、それを模写し続けた結果、イデアは生物の構造をある程度把握してしまっている。

筋肉の付き方、骨格、神経系、血管の配置、その他様々な構造を理解し、掌握しなければ【モルフ】や【マンナズ】を創造することは出来ないのだから。

 

 

 

 

 

不器用なのだ。イデアは。ここは500年前と余り変わらない。

結果的に【マンナズ】の創造を可能にしたとはいえ、そこには人間の生涯を丸ごと使うほどの時間が掛かってしまい、人型完全自律モルフの作成も中々に進まない。

【ゲスペンスト】【エレシュキガル】などをはじめとした超破壊魔法の各種の行使は得意でも、そういった補助の分野では里の中でイデア以上の存在は探せば少なくないだろう。

 

 

 

 

 

かつての過ちで作り上げた出来損ないの、モルフにさえなれなかった存在は彼の中では忘れてはならない戒めとなっている。

きちんと計算されなかった両手と両足は長さが全部バラバラで、腕や足に付いている関節の数も3つから9つ程度もある生理的な嫌悪を大いに煽る外観。

顔は人間と犬と頭蓋骨をごちゃ混ぜにしたような世にもおぞましい異形の存在。おまけに発する絶叫は喉が潰された犬の遠吠えの様に耳障り極まりないあの存在。

 

 

 

 

 

今となってはかわいそうな事をしたとイデアは思っていた。

あの存在に魂や心が宿っていたかは不明だが、二度とアレは作らない。

そう決めた。今のイデアに出来る償いと謝罪はそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……興味あります」

 

 

 

 

 

 

ファと手を繋ぎ、いつの間にかイデアとネルガルの傍に移動してきていたソフィーヤは淡々と言葉を発し、ネルガルの荷物の前にしゃがみ込んだ。

彼女の少しだけ執着さえ含まれた視線は、ただ一点、ネルガルが今まで描いて来ていた絵たちに向けられている。

言葉ではなく、態度で魅せてほしいと頼み込んでくる彼女に男は苦笑すると、包み込むように柔らかい声で言った。

 

 

 

 

 

「何か気に入ったのがあったら教えてほしいな。今後の参考にする」

 

 

 

 

 

「……ありがとうございます……………?」

 

 

 

 

 

 

ネルガルの顔を見て、感謝の言葉を告げるソフィーヤだったが、その言葉の最後に奇妙な疑問を挟んだのをイデアは感じ取る。

もしかして、また何かを“見た”のかもしれない。そう思ったイデアは彼女に声を掛けた。

 

 

 

 

 

「どうした?」

 

 

 

 

 

「…………何も、見えませんでした」

 

 

 

 

 

ふるふると彼女はすみれ色の髪を振り、眼を瞑って答える。

何だソレは? とイデアは思ったが、ソフィーヤの言葉が少しばかり抽象的で、掴み所がないのは今に始まったことではないのでそういうものだと思って流す。

いや、もう少しばかり深く聞いた方がいいかもしれない。何が見えたにせよ、見えなかったにせよ、彼女の力は油断ならないものだから。

 

 

 

 

 

 

「おとうさん!」

 

 

 

 

 

口を開こうとしたイデアに、ソフィーヤの隣で今まで黙って会話の成り行きを観察していたファが辛抱ならないと言わんばかりに父の腰へと飛びつく。

腰に手をまわし、ぐっと頭を押し付ける娘の姿に竜は毒気を抜かれたように微笑んだ。鮮やかな色をした毛髪を頭皮と一緒にマッサージするように撫でてやると、ファは嬉しそうに喉をならす。

翡翠色の双眸が腹部から覗き上げ、その中には自分に対する信頼と友愛が溢れていた。

 

 

 

 

彼女の身体には、今まで花畑の中心に居たせいか、香しい匂いが付着していた。

父の衣服を思いっきり握りしめたまま、ファは言葉を続ける。

 

 

 

 

「あのね、お父さんに“おはなの冠”をつくってあげようと、思ったの……でも」

 

 

 

 

 

「でも?」

 

 

 

 

 

「………おはなも、ムシも、みんな、生きてるんだよね? 生きてるのをファのかってでひどい目にあわせるのは……いやだったの。ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

花畑の、先ほどまでファとソフィーヤが居た場所に“眼”を送る。、

二人はどうやら花を踏まないように気を付けていたらしく一つも折れた茎などはない。

 

 

 

 

イデアは娘の言葉に歓喜を覚えるのを誤魔化しきれなかった。実に素晴らしい成長をファは今示してくれたのだ。

抑えるのを放棄した感情は爆発的に膨れ上がり、神竜は笑顔を浮かべ、ファを思わず抱き返していた。

背中をさすり、何度か優しくたたいてやると、ファは脱力して父の腕に身を任せてされるがままになる。

 

 

 

 

 

少しだけ溺愛しすぎかもしれないが、イデアはファを褒めたくてしょうがなかった。

力を使う際の最も基礎的な事をファは理解しようとしている。例え何処かで失敗を犯したとしても、今彼女が言った事を判っていれば幾らだって取り戻せる。

建前だ、理想だというかもしれない。いずれ世界が綺麗ごとだけではないと理解してしまっても、この思いさえ忘れなければいい。

 

 

 

 

 

「お前は悪くない、むしろ限りなく正しいことをしたんだ。エーギルを紡ぐ存在への尊重と敬意を忘れちゃだめだぞ」

 

 

 

 

 

口から出てくる言葉は自分でも意外な単語ばかりでイデアは我ながらむず痒ささえ覚えたが、ファにしっかりと言い聞かせるように、イデアは注意を払う。

少しだけ体からファを引き離し、肩に手をやり、眼をしっかりと見て真正面から、一言一句、全てに細心の注意を込めて言葉を紡ぐ。

やはり、ファはイデアの言葉の“意味”を理解しきれなかったようだが、今、自分が語った思いが肯定されたことは判ったらしく、花が咲くように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

イデアは懐から更に2個、普通の食べられるリンゴを取り出すとそれぞれファとソフィーヤに手渡した。

うわーいともろ手を挙げて喜ぶ二人を横に、ネルガルは沈黙を保っていた。

 

 

 

 

 

……“エーギル”

 

 

 

 

 

本当に小さな、いや、そもそも呟いてさえいないのかもしれないが、ネルガルはその単語を心の中で何度も何度も反芻させていた。

音波の如きさざなみが心の奥底に広がり、優秀な魔道士である彼の頭脳はこの里に来てから何度か耳にしている単語の意味を自ずと推測できる。

エーギル、エーギル、竜族の技術の一部、どれほど根源的で基礎的な分野でさえその単語は絶対に現れ、存在感を発し続けていた。

 

 

 

 

 

何処か懐かしい響きだと思う自分がいることに彼は気が付いていた。

似ているような単語など幾らでもあるが故に、既知感を抱いているだけかもしれないが。

いや、いや、いや、違う、違う。思えばネルガルは【モルフ】という単語も何処かで知っていると思っていた。

 

 

 

 

 

闇の向こう側から単語を、耳元で囁かれたような不快感。

記憶の中に無理やり知識をねじ込んでくるようなおぞましさ。代償など自分は払った覚えはない。

そうだ、ネルガルは自信をもって断言できる。自分は確かに闇術者になったが知識の代価として大切なモノを持っていかれたことなどないと。

 

 

 

 

 

 

 

「これ……」

 

 

 

 

 

 

「あ? あ、ぁあ……すまない」

 

 

 

 

 

 

許可を得てネルガルの絵を漁っていたソフィーヤが彼の前に1枚の絵を示す。

両腕を大きく広げて、横幅の広い紙の両端を指を真っ赤にし、震えさせつつ握りしめる少女がネルガルに見せたのは壮大な景色が描かれた絵画。

白を基調とした絵だった。背景は奥深く、雪に深く閉ざされた山脈が描かれた絵。

真っ青な空と転々と浮かぶ雲、そして雪で覆われた山が素晴らしい対比を見せ、一枚の作品としての完成度をこれ以上ない程に高めている。

 

 

 

 

 

 

ネルガルの横でその絵を見たイデアが感心したような息を漏らし、小さく言った。

 

 

 

 

「この山は……イリアの奥深くか。詳しい場所は判らないが」

 

 

 

 

ファの頭に手をやりつつ、紡いだ声には称賛の念がありありと含まれ、竜の視線を絵は釘づけにする。

幼き竜の娘はまだ美術という分野を余り認識していないせいか、ネルガルの絵を見ても、興味の薄い声を少し漏らすだけだ。

少しずつ時間が経つにつれて今の恰好が苦痛になってきたのか、手の震えと顔の赤みを強くさせてきたソフィーヤはそれでも絵から手を離そうとはしなかった。

 

 

 

 

 

「………いい絵です……綺麗で、暖かくて……思いが篭っています」

 

 

 

 

 

ソフィーヤは語る。自分がこの絵から受け取り、感じ取った強い念を。

一目見て気に入ってしまった。絵の描写力はもちろんの事、その中身に彼女は強く惹かれたのだ。

かつての父から受け取った愛情を想起させるほどに深く、純粋な暖かい気持ちを胸に灯させられた混血の娘は彼女にしては珍しい程に語気を強めた。

 

 

 

 

 

 

「あげるよ。前にも言ったが、私の作品に感銘を受けてくれたのは……本当に喜ばしい事だからね」

 

 

 

 

 

 

最初に同じ言葉を発した時と同じく、柔らかい声でネルガルはソフィーヤに告げる。

自分でも不思議に思うほどに友好に満ちた声だと彼は思った。

確かに自らの作品を褒めてもらえるのは嬉しいことだが……これは少し違う。

 

 

 

 

 

 

「話には聞いていたが、こうして見るといっそう判るよ。お前は実にいい絵描きだ」

 

 

 

 

 

「褒め過ぎさ」

 

 

 

 

 

「そう、謙遜するな。俺は本当にだな」

 

 

 

 

 

「私をそんなに褒めても何も出せないぞ?」

 

 

 

 

 

いや、いやとイデアが更に褒め言葉を続けようとするとネルガルもイデアと同じようにいや、いやと繰り返す。

同じことを何回か行うと、イデアとネルガルは微笑みあった。まるで気心が知れあった仲間の様な感覚を両者は抱いていた。

親近感、というものか。何処か本質的な所で自分達は似ているのかもしれないとさえ思うほどに。

 

 

 

 

 

金糸の少年と壮年の域に片足を踏み込んだ両者が笑いあう様を童2人は黙って見つめると、次に顔を向け合い、交互に顔を傾げあった後にソフィーヤが力強く宣言した。

 

 

 

 

 

「……これが“男の友情”……というもの………」

 

 

 

 

 

 

「おとうさんと、おとうさんの“おともだち”だね!」

 

 

 

 

 

二人は無邪気に笑いあう。そして次にソフィーヤは考えた。

そろそろ広げていた腕が我慢するのが難しい程に痛くなってきた中、ナバタの巫女は考える。

 

 

 

 

……これ、どうやって持って帰ろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イデアは少し悩んでいた。

里の運営などは全く問題ではないが、ファの教育とアトス、ネルガルの件だ。

彼にとって予想外だったのはファの成長の速さだった。教える度に娘は次から次へと言葉を吸収し、更に、更にとねだってくる。

 

 

 

それが嬉しく、里の仕事と両立させつつも出来るだけ自分が娘に望まれるがまま、相応だと思われる知識を分け与えつづけたのだが。

気が付けば、既にファに教える基礎的な学習はほぼ全てが終わってしまった。

 

 

 

 

次に必要なのは連帯感や責任感、少しだけ踏み込んだ第二の基礎知識だ。

そしてやはり忘れてはいけないのは竜の姿への戻り方と、竜の力の扱い方だろう。

 

 

 

 

一言で神竜の力と言っても、その用途は多岐に渡る。

モルフ作成は言わずもがな、竜の力の増幅と回復、世界の書き換え、竜化、竜族魔法の行使、秩序の支配……。

ファはまだまだ生まれたてで出来ることも少ないが、それでも決してその力は馬鹿に出来るものではない。

 

 

 

 

胸の内側で燃え盛る“太陽”の存在をまずしっかりと把握する。これが大前提だ。

自分に何が出来て、何が出来ないか、そして手を出してはいけない領域を見定める客観性も忘れてはならない。

歴史、竜族言語の更に踏み込んだ文法や用法、更には言霊を宿した“単語”も教えるのだが……教える自分が何処までやればいいかしっかりと線引きすることも大事だ。

 

 

 

 

 

 

次いで考えるのはアトスとネルガル。当然のあの二人も教えて欲しいというのは判るが……。

正直に言ってしまえば、イデアはこの二人の扱いに関して決めあぐねている。

教えない、といえば当然二人は表面上はともかく、内心では嫌がるだろう。

 

 

 

 

何故? とは言うまい。自分が何を思ってお預けをしたかなんて両者ぐらいになれば幾らでも理性では納得するだろう。

だが魔道士としての本能、欲望、探究心は違う答えを出すかもしれない。もっと手っ取り早く、もっと簡単に知識を奪ってしまえと必ず囁くはず。

 

 

 

 

 

 

それはリスクになる。とびっきりの魔道士二人が竜族の知識の為に何かしでかすという事も十二分にありえる。

いい年した大人が何をと思うかもしれないが、それが魔道士という人種だから仕方がない。

普通の知識ならばともかく、ここでしか手に入らない、いわばこの世で最も莫大で高次元の叡智を前に冷静で居られるのだろうか。

 

 

 

 

 

ファと同時に教える場合もそれなりのリスクはある。ここから始まる教育は更に踏み込んだ内容となる。

エーギルという概念と“力”の密接な関係。それらを用いる技術。歴史、言語、思想、種族、武器、兵器、魔道……下地の上に更に基礎を組み立てていく。

これらを二人がモノにした場合、それは潜在的に厄介な敵を産み出す事になる。こちらがもっている優位性を脅かしかねない存在の芽が出来てしまう。

 

 

 

 

 

 

前にも考えたが、二人には出し惜しみする必要がある。

最も秘匿すべき情報は、【門】関連だ。あれを人間が稼動させることは出来ないが、だからといって知られてはいけない。

次は、イデアたちが外界の情報を仕入れるのに精霊の協力を得ていること、里の防衛戦力。

 

 

 

 

 

貴重な食料を少しずつ虫食いしていくように、少しずつ、少しずつ。

知られていい、イデアにとってはどうでもいい情報だけを流して、飼い馴らさなくては。

 

 

 

 

 

とりあえず、まずはフレイとの打ち合わせが必要になるだろう。あの老竜はありとあらゆる可能性を提示する。

メリットデメリット、そしてデメリット同士を天秤で測る必要があるが……既にイデアの中では現状の維持、つまりはファの教育と合わせて二人に知識を与える方向に傾いてもいた。

 

 

 

 

 

潜在的な敵になるかもしれないが、それは裏を返せば心強い味方になるかもしれないという可能性もあることだからだ。

大賢者とそれに比する術者が仲間になるというのは、実に喜ばしい事であり、神竜はそうありたいと思っていた。

外の世界ではともかく、せめてこの里の中だけでも人と竜は敵対するものという構図をひっくり返すつもりだ。

 

 

 

 

玉座に腰かけ、静かに瞠目しつつこれからの光景を頭に描いていたイデアだったが……彼は不意に開眼すると大きく背伸びをした。

透き通った青い光景を眺めつつ、彼は“眼”を張り巡らせつつ、思いに浸る。

結局のところ、どう思い通りに計画を実行しつつも必ずと言っていいほどに何処かで齟齬が出るのはもう判っている。

 

 

 

 

 

 

上手くやれたと思えば思うほど、その思い上がりのせいで計画のミスに気が付かなくなることも知っている。

うん。もう少しフレイと深く意見を交わしてこの件は煮詰める必要があるかもしれない。そうイデアは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が産まれて初めてみた景色は、蒼い水晶だらけの玉座の間と、自分を見上げてくる“仲間”の瞳だった。

生物としての根源的な知識として彼女は一目でその存在が自分の“親”だと本能で理解する。

全身に流れる血よりも深く、活力を生み出し続ける細胞よりも根源、この身を形作るエーギルはこの存在から作り出されたのだと。

 

 

 

 

 

右、左、上、下、自分と他者。暗い、明るい。

その程度の概念しか与えられなかった彼女はまだ言葉という概念さえ朧にしか理解できなかったが、その中でも彼女から見たイデアは親なのだ。

現状、この世界で唯一の同族であり、父親であり、そして彼女が頼れる存在。

 

 

 

 

 

世界でたった一つの正真正銘の“おんなじ”存在。他の竜とも違う。火竜でも氷竜でも、地竜でもない。

同じ波動を持つ神竜なのはファが知っている限りイデアだけ。

 

 

 

 

父親の存在を更に近く感じるために産まれて初めて嗅覚を使用し、嗅ぐ。

古い書物の放つ歴史が刻まれた匂いと、石鹸に用いる花の匂い。初めて理解する感覚。

そっと、囁かれた言葉によって真実、彼女は一つの存在として確立する。

 

 

 

 

 

物理的な誕生を経て、概念的な誕生を果たしたのだ。名を付けられ、名もなき竜は一つの存在として新生を果たす事に成功した。

 

 

 

 

 

お前の名前は────フ───────ァ─────、だ。

 

 

 

 

 

彼女……ここに生誕したファは竜族であるが故に自らの名前の全てを聞き届けていた。

長く、それでいて幾多もの試行錯誤という経過の後につけられた名前は、初めて聞く単語だというのに、最初からそうあるべきだったようにしっくりくる。

無意識の内にファは大きく口を開けて、喉の奥底から感謝の念を吐き出す。

 

 

 

 

だが、それは声どころか、音にさえならなかった。

甲高く、掠れた振動でしかないが、彼女の父親はそれで十分にファが言いたいことを理解したようだ。

瞼が落ちていく中、竜は自らの身体が暖かい光に包まれていくのを朧に感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

それが、ファとイデアの初めての出会い。娘が見た最初の父の姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナバタの里の外れにイデアはファを連れて出歩いていた。時間としてはまだ朝方だ。

里の道に何人か歩いている者こそいるが、それでも昼の様な活気は微塵も感じない。

 

 

 

 

 

付近には色濃く冷気が漂い、生きとし生ける者の体力を容赦なく奪い去っていくのが道理の世界。

しかしその道理は神竜の前では意味を成さない。黄金色の薄い光がファの周りを泡の様に包み込み、彼女の周囲だけ人が生きるのに快適な温度へと調整する。

 

 

 

 

ファの隣を歩くイデアは娘の歩幅に合わせつつ、余裕をもたせた態度で歩を進めていた。

その上で時折ファに視線を走らせて、彼女が疲れていないか等、常に気にかけている。

常時僅かな量のエーギルをファに注ぎ込み、イデアは娘の体力をこれから行う事の為に万全の状態を維持し続けてる。

 

 

 

 

ぶらぶらとファが手を差しのばしてくると、イデアはそれを片手で暖かく握ってやった。

一定の地点……丁度里の全景が目の前に見える程の距離まで進むと、神竜の親子は足を止める。

ふぅ、とイデアは懐に忍ばせたファの竜石に指を触れさせ、息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

娘はそんな父の様子を黙って見つめつつ、何を話そうか必死に考える。

子供の頭の速度では一度言おうと思った事さえも新しく浮かんできた発想で上書きされてしまうため、中々どういう風に発言しようか定まらない。

 

 

 

 

 

真っ白な吐息が風に吹かれて消えていく中、ファは父を見上げ、ようやく思いついた事を言った。

あらかじめ説明は受けているが、それでも聞きたかったのだ。

ぎゅっと纏ったレモンイエローのマントの裾と、父の手に力を込める。

 

 

 

 

 

「おとうさん、今日、ファがファの“すがた”にもどる?」

 

 

 

 

 

産まれたあの時以来、一度も竜の姿に戻ってはおらず、そろそろ自分が竜の姿に戻れることさえ忘れてしまいそうだったファは不思議そうに眼を瞬かせた。

そんな娘の様子をイデアは懐かしいモノで見るような視線をもってしまい、遠い過去と現在とを同一視させかけてしまうが、すぐに意識を目の前の娘へと戻す。

今、お父さんは誰を見ていたのだろう? ファは一瞬頭の中に浮かんだ疑問に対し、更に深く疑問を覚えた。何で今、自分はお父さんが自分を見ていないと思ったのだろうと。

 

 

 

 

だが、次の瞬間にはイデアはしっかりとファを“見て”彼女に対して言葉を送り込んだ。

 

 

 

 

 

「そうだ。これをしっかりと覚えれば、体の一部だけを戻す事も出来るようになるぞ」

 

 

 

 

ファの手の上に置かれたのは紛れもない彼女の竜石。

今までイデアが預かっていた彼女の力を返したのだ。

両手で幼い竜は石を強く握りしめる。そこから発せられる力、秘めたエーギルにファは“意識”を伸ばし、軽く石の中をノックした。

 

 

 

 

 

さながら宝物殿に眠る宝を取り出すかの如く、そこに取り付けられたカギに手を伸ばし……何かが開く。

ピタリと何かが彼女の中で一致する。一つのカギと錠の如く。

 

 

 

 

イデアが数歩下がった。

竜化の際に膨れ上がる質量の渦に巻き込まれるのを避けるためだ。

過去に竜化した姉に痛い目にあわされた経験もその判断を後押しする。

 

 

 

 

 

あの時は全身をズタボロにされたものだった。しかも彼女に害意はなく、純粋な遊び感覚でそうなってしまったのだから恐ろしい事故だ。

そうだとも。竜化した際の何気ない挙動がいかに危険かも教えなくてはならない。

もしも人間の時と同じ感覚で人などに触れたら目も当てられないことになってしまう。

 

 

 

 

 

 

黄金が、膨れ上がる。

目視できるほどの高濃度のエーギルが渦を巻き大量の大気と砂塵をかき混ぜながら一点へと収束を開始。

黄金光が糸の様に細長い輪を描き、ファの周囲をグルグルと回った。

 

 

 

 

 

二重の螺旋を描き、輪舞する黄金に呼応しファの人としての姿が“解け”ていく。

四肢が、腹部が、頭部が、糸を解かれた手編みのマフラーの様にボロボロと消滅し、再構築の為の解放を達成。

光の粒子となったファを構成していた黄金が、周囲を囲み回転を続ける黄金の螺旋へと合致する。

 

 

 

 

 

 

崩壊が終わり、そして創造の時間へと段階が移行。

螺旋がグルグルと回転速度を天井知らずに上昇させ、更に多くの粉じんを巻き上げ、小規模な砂嵐さえ発生させて周囲を覆い尽くす。

二つの光の距離が徐々に、徐々に接近し、やがては連結された一つの輪へと姿を変えた。

 

 

 

 

黄金色に光る輪だ。そこには音もなく人間の胴体程の幅を持つ黄金の輪が宙に固定されるように静止していた

エリミーヌ教の聖書に存在する天使という存在が頭上に掲げる神聖なるモノの象徴に似寄りしていると見たものは恐らく語るだろう。

 

 

 

 

 

環状の黄金が更に回転を続けながら小さく小さく全体の幅を狭めていく。一点へ、輪という形状から“点”への移り変わり。

完成された、さながら尻尾を噛んで離さない蛇の様な形状の内にどれほどのエーギルが流れていくかを眼で見て理解したイデアは感心したように頷いた。

黄金の点にまで圧縮された光が、弾けた。フレイボムを10個単位でまとめて同じ場所で起爆させれば同じような光景になるだろう。

一瞬で自らが巻き上げた砂塵を全て消し飛ばし、小規模な衝撃を撒き散らしながら激流の速度で新たな体を作り上げていく。

 

 

 

 

 

 

 

膨大なエーギルが概念から物質へと移り変わる。

 

 

 

 

 

完成したのは1対の翼とまだ鱗もなく、羽毛に覆われた身体。

全体的に言えば、竜というよりはヒヨコを連想させる丸みを帯びた姿。

身の丈はかつてのイドゥンやイデアよりも一回りほど小さく、未成熟だ。

 

 

 

 

 

四つん這いの状態で、頭をイデアへと向けて突き出した格好の竜は小さく安堵するように息を漏らした。

父親に言われたことを一回の挑戦で出来たことはファの自信へと繋がっていく。

 

 

 

 

 

翡翠色の眼が父を見つめていた。人間時と変わらないあどけない瞳がイデアに向けられている。

ここからどうすればいいのか、次は何をすればいい? そう視線は問いかけていた。

それに対してイデアは一切の恐怖など感じず、淡々と支持を出す。

 

 

 

 

 

 

「軽く体を動かしてみろ。手足や翼は問題なく動くか?」

 

 

 

 

 

父親の言葉にファは首を振り、周囲を見渡した後に尻尾で器用に重心を保ちながら後ろ足2本で立ち上がる。

何度かたたらを踏むが、それでもファは数回でコツをつかんだらしく、人間時と同じように二足歩行を始めた。

一歩ごとに重量で砂が大きく沈み込むが、むしろ砂がファの体重を大きく吸収し、足腰への負担は少ない。

 

 

 

 

 

イデアの様子を伺いながら何回か父の周りを回遊したファは最後にイデアの前に来て頭を下げると……思いっきりイデアの顔を舐めた。

侮蔑ではなく、親愛を表する行動の一つとして彼女は飼い主にじゃれつく犬の様に鼻をピスピス鳴らしながら時折甘噛みを挟みつつ丁寧に父の顔に舌を這わせる。

 

 

 

 

あぁ、やっぱり。またこうなったか。地面を玩具の様に転がされないだけマシだが、これはこれで問題がある。

かぽっという音と共に頭部を丸のみにされ、飴玉の様に頭を撫でまわされつつイデアの脳裏をそんな言葉がよぎった。

親愛の甘噛みは問題ないが、もしも何かの間違いでファが本気で自分を噛み砕こうとしたら……さすがにその時は叱らなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 

どん、っと不意に腹部に振動を感じたイデアは思考を中断する。どうやら何かが自分の腹部にくっついた様だった。

ぐるっとベルトの様に体を一周したそれから感じる感触と暖かさは人のモノだろう。

誰が今自分に抱き付いているのか“眼”を用いて確認すると、イデアは僅かに驚いた。

 

 

 

 

 

どうしてここに居る?

 

 

 

 

両手を動かしてファの喉を優しく触り、数回叩いた。

ファはその行動の意味をどうやら理解したらしくイデアの頭をすぽっと覆い尽くしていた口内から解放し、ゆっくりと後ろへと下がっていく。

涎でべちょべちょになった顔は砂漠の夜風に吹かれてスースーとするが、神竜はそれを気にせずに視線を落とす。

 

 

 

 

 

ソフィーヤがそこにはいた。

何故かは判らないが、彼女は今にも涙がこぼれそうな顔で必死に抱き付き、口元をぎゅっと引き結んでいる。

イデアと視線が合わさると、彼女の顔に浮かんだ感情は安堵と安心。目尻から涙を零しながら脱力していく。

 

 

 

 

嗚咽を漏らす彼女に、はて、自分が何かしたかな? と考えると、不意に答えが浮かんだ。

 

 

 

 

イデアは思い至る。

ここに彼女が居る理由は判らないが、先ほどまでの自分の姿を第三者から見たらどういう風に映るかと。

頭をすっぽりと竜の口の中に加えこまれ、腕をだらんと脱力させて身動き一つしない姿は……どう見てもアレだ。

 

 

 

 

よりによってその場面を、感受性の高いソフィーヤに見られたらこうもなる。

 

 

 

 

 

「……あ、わ、わたし……イデア様が……食べられた……って、……よかった」

 

 

 

 

 

「悪かった。しかし、どうしてここに? メディアンは許したのか?」

 

 

 

 

 

 

はい、とソフィーヤは小さく答えた。ファが、竜の姿に戻るのを見たかったと少女は続けていく。

彼女が後ろを振り返ると、そこに佇んでいたのはメディアンではなく、何故かヤアンだったが。

また何かメディアンが新しいモノづくりでもしているのか、それとも何か用事が出来てヤアンに保護者役を任せたか。

 

 

 

 

 

もしくは、彼女そのものはここにいないが“眼”で見ているかもしれない。

実際彼女は間違いなくソフィーヤから完全に眼を離したりはしないだろう。

 

 

 

 

その上ヤアンならば監視者としても問題ない。

ソフィーヤと仲は悪くない上に、理知的で強いのだから。

 

 

 

 

 

「おとうさん、ファもぎゅってする」

 

 

 

 

 

光が弾け、先ほどの逆回しの順序を経て人の姿に変化したファがソフィーヤとは反対の背中側からイデアに抱き付く。

前後から挟み込まれて身動きが取れなくなった神竜は顔に困惑を浮かべると、直後にファが人の姿に戻る術を直感で会得した事実に気が付いた。

余りに自然に、さも当然と行われたからイデアは一瞬だけ何でもない事と流そうと思ってしまったほどだ。

 

 

 

 

 

「人化の術を覚えていたのか?」

 

 

 

 

 

腰を捻って後ろを見やるとファは悪戯っぽく笑う。

むふんと顔を逸らし、得意満面で彼女は父親に伝えた。

見よう見まねで自分で作り上げた小さな竜石を両手で父親に突き出しつつ、自分が今何をしたのか自慢する。

 

 

 

 

 

 

「みんながね“着て”いるのをマネしたの!」

 

 

 

 

 

竜が人の姿に変化するのには人化の術を用いる。

人の姿を取った竜が纏う魔術の香りを神竜の“眼”で見て、更にそれを模倣しただけ。

後は竜族の優れた直感がどうやれば成せるのかを教えてくれた。

 

 

 

 

抽象的な“イメージ”を頭の中に描き、人の四肢を想像する。

あとは強く人間の姿になりたいと願うだけで彼女そのものであり、力であるエーギルは結果を運んで来てくれた。

 

 

 

 

更にとファはもう一つの応用を見せる。

お父さんに褒めてもらいたくて、器用な所を見せようと。

 

 

 

 

竜石が輝き、神竜の力の一部を行使。

共鳴するようにイデアの竜石が懐で光を放出し、それは胸に掛けられたイドゥンの鱗をも眩く照らす。

ファの背中が大きく膨らみ、衣服がびりびりと音を立てて破れ、現れたのは一対の翼。

 

 

 

 

 

こがねいろに輝く羽毛で構築された翼。

風をうけて震えている姿は竜の翼というよりも、まだ空に馴染んでいない小鳥の翼だ。

バサッと数回羽ばたくとファの身体は重力を無視して宙へと舞う。

 

 

 

 

飛行一つをとっても飛竜やその他の鳥達とは次元が違う。

美しさや飛行の原理はペガサスに酷似している。彼らは飛行には厳密には翼を用いておらず、実際は超常の力を用いているといわれている。

 

 

 

 

厳密には翼を羽ばたかさせての飛行ではないのだ。翼から放出される純粋な“力”で場を支配して自分の身を持ち上げているのが正しい。

ファの身体は天へと向かって“落ちる”ような加速をし、通常の家屋10個分ほどの高さにまで浮かび上がった。

 

 

 

 

抜け落ちたた金色の羽が吹雪の様に舞い、その中を竜の娘は悠々と闊歩する。

背には沈みかけた月と、今正に地平線から顔を覗かせる太陽を従え、無邪気な笑いと共にファは飛ぶ。

この世の法則を無視して紡がれる人外の美が、未完成とはいえど、そこにはあった。

 

 

 

 

まだ幼い身だというのに、既にそのあり方には形容しがたい美しさが見え隠れする。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

その様子をイデアは黙って見つめる。

ファの成長速度を考え、彼女の好奇心の上昇に対して大きな修正を行わなければならないかもしれない。

力をつけた子供というのは、得てして全能感に溺れやすい。自分ならば大丈夫だと思って、大きな事故に繋がりかねない時期だ。

 

 

 

 

竜の娘が唐突に動きを止めると、飛び上がった時とは打って変わって彼女は力なくイデアの傍らに降り立つ。

ファは翼を仕舞うこともなく、イデアのマントの中に潜り込んで腰に腕を回した。

彼女の雪の中にでも突っ込んで放置したような体温のない体はブルブルと震えている。

 

 

 

 

当然だ。幾らイデアが加護を与えていたとはいえ、生身で、しかも夜の砂漠の上空を慣れない体で飛べばこうなるのが道理。

 

 

 

 

 

 

「さ……さむぃぃよぉ……………」

 

 

 

 

 

ソフィーヤがイデアの前からのそのそと胴体を沿って移動すると、自らが身に纏っていたマントでファを後ろから抱え込む。

かつての彼女の父が使っていた物と同種のコレは竜の術により、常に装着者の体温などを平常の値に固定する作用がある。

イデアが更にその上から自分が着ていたマントをソフィーヤとファを首だけ露出させて覆うように掛けてやった。

 

 

 

 

 

彼が着ているローブのみでは普通の人間ならば砂漠では生存できないが、イデアにとっては少し涼しくなった程で対して体感に変化はない。

少しだけ離れて、二人の顔色をイデアは伺う。唇の色、心臓の鼓動、血脈、体温を“眼”で観測し、問題ないのをしっかりと確認。

あと少しすれば、むしろ厚着をしすぎて熱いとさえ思うだろう。

 

 

 

 

 

「ありがとう……ございます」

 

 

 

 

 

ソフィーヤが深々とお辞儀をし、それを見習ったファが同じように「ありがとう」と言いつつ頭を下げる。

それは形だけの真似ではなく、そこに込められた感謝の意を表すという本質を理解しての行動。

いい傾向だ。ソフィーヤの真面目で、礼儀正しい所をファが見習ってくれるのは喜ばしい。

 

 

 

 

まだまだ外見年齢的には童だが、間違いなくこの両者は成長すれば美しくなる。

外見だけではなく、内面も様々な経験を積み、立派になるだろう。

その成長を見るのもまたイデアの楽しみの一つだ。

 

 

 

 

そして姉が戻ってきたら絶対にこの二人とは意気投合すると断言もできた。

 

 

 

 

男。結婚。恋愛。

だが突発的に浮かび上がったこの3つの単語でイデアの胸の一部に苦い思いが紛れ込む。

女性であるが故に避けられない過程だが……ここで神竜は考えるのをやめた。

 

 

 

 

この話題は速い、早すぎる。

 

 

 

そうだとも、まだ早い。

それに、ファはともかくソフィーヤは相手探しに苦労するだろう。

チラリと脳内に浮かんだメディアンの顔に苦笑しつつイデアは肩の力を抜いた。

 

 

 

 

 

「イデア様」

 

 

 

 

ん、とイデアが物思いを中断し、何気なくソフィーヤに答えると……そこに見えた光景に思わず吹き出しかけてしまった。

ファが覚えたての“力”を使って黄金の輪をソフィーヤの頭上に浮かべ、彼女の背に張り付いたファが翼だけを左右に大きく露出させている。

ぽかんとした表情のイデアにソフィーヤは口元を緩め、顔を少しだけ後ろに逸らして満足気な顔を浮かべて言った。

 

 

 

 

 

 

「…………今なら、飛べそうです」

 

 

 

 

「いや、いや、後ろの苦労が凄い見えるぞ」

 

 

 

 

バッサバッサとファの翼が上下に荒れ狂うが、ソフィーヤの身体は全く持ち上がらず、空しく風を切る音が響くだけ。

今日飛行を覚えたばかりの彼女はまだ少女といえど人間一人の質量を抱えて飛ぶことは出来ない。

これはソフィーヤが重いというわけではなく、ファの力不足なだけ。

 

 

 

 

 

竜化すれば話は別だが、さすがに今ここで竜の姿に戻ればどうなるかは彼女にも判る。

 

 

 

 

 

お父さんにちょっとあってきます。

雰囲気で言葉を続けるソフィーヤにイデアが答える前に、簡潔に言葉を放った者がいた。

影の様に気配を感じさせずにイデアの隣に存在するヤアンだ。彼は何時もの様に感情のこもらない眼でソフィーヤを、そしてファの翼を見て、彼にしか理解できない思考から言葉を放つ。

 

 

 

 

 

「手羽か」

 

 

 

 

 

たった一言。だがその言葉には重すぎる程の渇望が込められている。手羽という食材への飽くなき熱意と食欲。

成体にして高位の竜の言霊の強さはそれを聞いたファが思わず自分が皿の上に乗せられる姿をイメージするほど。

粉と調味料をまぶせられて、悲鳴をあげながら転がされる自分。じっくりとコトコト油で揚げられる自分。そして皿の上でフォークとスプーンを構えたヤアンが微笑みを浮かべて見下ろしてくる光景。

 

 

 

 

 

「~~~~!!!」

 

 

 

 

 

「あ、の……ファ? 少し、苦しい……」

 

 

 

 

 

翼を瞬時に消し去り、真後ろからファはお姉さんの胸元辺りを思いっきり締めあげる。

いきなり力を込められたソフィーヤが気道が塞がった鶏が発する様な、潰れただみ声をあげた。

とても幼い少女が出してはいいモノではない声を聴きながらイデアはソフィーヤの後ろに回り込むように歩き、ファの腕を掴み、さすってやる。

 

 

 

 

 

ゆっくりと、力を抜いてもいい、安心してもいいと言い聞かせるように。まだ冷たさが残る彼女の腕を撫で、指をソフィーヤから離す様に促した。

 

 

 

 

少女が力を抜くと、イデアはすかさずファの腰と膝に腕を回して抱き上げる。

首に両腕を回させて姿勢を安定させてから近くに来ていたヤアンに向き直り、口を開いた。

ぎゅっと胸に顔を押し付けてヤアンから視線を外そうとする娘の姿を眼前の火竜は平然と眺め、左右にゆらゆらと体を揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

「余り娘を怖がらせないで欲しいな」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

ヤアンは無言でイデアとの距離を詰めると、ぶっきらぼうに懐から薄い紙に包まれた物体を取り出す。

物体から発せられる甘い匂いと微かに上がる湯気。芋を用いて作られた焼き菓子がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

「……くれるの?」

 

 

 

 

ファが鼻をひくつかせておずおずと様子を伺いながら手を伸ばす。

火竜は幼い竜の手の上にそれを乗せ、数歩下がった。

何度か焼き菓子を鼻の前にもってきて匂いなどで様子を伺っていたファは、それがご馳走だと知るや否や顔を綻ばせ、眼を輝かさせる。

 

 

 

 

 

イデアを見つめると、父は許可を出すように頷いた。

 

 

 

 

 

「ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

礼を言うなり菓子に齧りつくファの様子は正に年相応の子供。

ヤアンの眼は何時もと全く変わらない。真紅の瞳でファを眺めながら彼は無気力に呟いた。

 

 

 

 

 

「…………容易いものだ」

 

 

 

 

 

相変わらず、こいつは何年たっても変わらないとつくづくイデアは実感した。

何を考えているか判らないが、決して悪い奴ではないのは確かではある。

 

 

 

 

ファを地面にそっとおろすと、彼女はソフィーヤの元へ駆け寄ってから自らが持っていた焼き菓子を半分に折って、差し出す。

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

 

 

 

「どういたしまして!」

 

 

 

 

 

 

無邪気に笑う二人を見つつ、イデアはヤアンに思わず声を掛けていた。

自慢するように、誇らしげに神竜は語る。この500年という年月を経て新たに手に入れた存在を眩しく思いながら。

無くした者は取り戻す。絶対に。その上でこの新しく得た存在も守る。傲慢に、欲深い願いを叶えるだけの力をもった存在は言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「いいものだろう?」

 

 

 

 

 

ヤアンの意識がイデアに向けられ、次に笑いあうファとソフィーヤに矛先を変える。

神竜と竜人。純粋種の竜と混ざりもの。子供と子供。ヤアンの頭の中に数百年前にかつてイデアから掛けられた幾つかの言葉が浮かんだ。

ならばこそ、彼の答えはあの時と表面上は変わらない。そしてその裏の意味の変化は彼にしか判らない。

 

 

 

 

 

 

「お前は、存外と幼いのだな?」

 

 

 

 

 

 

500年前と同じ言葉を聞きながら、イデアはそうかもと含み笑って答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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