とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

47 / 53
後篇です。


とある竜のお話 前日譚 三章 7 (実質17章)

 

 

3つの魔書の内の1つを開き、その中に記された力のある古代の竜の言語に眼を通したネルガルが感じたのは歓喜であった。

読める。私はこの文字を読める。読み、更にはその意味を理解できる。このゲスペンストという術がどういうモノなのかを理解できる。

ニヤリ。ネルガルが亀裂の様な笑顔を浮かべた。その眼に残酷な喜びを浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

─ б Λ Ψ £ ─  ─ Φ Ω Ш Й Ж ─  

 

 

 

 

         ─ Χ ─

 

 

 

 

朗々と竜族の言語が恐ろしい速さで織り込まれていく。

神竜であるイデアからしても早いと感じられる速度。

神と魔人の闘いが幕を開け、最初に動いたのはネルガルだ。

 

 

 

人では聞き取る事さえ不可能な竜族の詠唱が紡がれ、彼は一つの術を展開した。

イデアに教わった竜族の言語を以て、彼を殺すべく動く。

幾つか知らない竜族の単語もあったはずなのに、胸の内側から囁きかける声はその意味を教えてくれた。

 

 

 

 

本来竜以外では発動することは出来ないという摂理さえも魔人は無視する。

 

 

 

現れたのは形を持った“闇”であった。ドロドロに熔けた鉄のような粘性を持った“闇”だ。

不定形のソレがネルガルを囲むように渦を巻き、一つの形を取ろうとしていた。

 

 

 

 

最も明るい光は、最も深い影を投げかける。

ならば、神竜の光は、闇の最高の糧となるのだろうか。

逆もまた然り。

 

 

 

概念的な混沌とも言えるその“闇”がその一つに固まり、集まり、収束し、小さな黒い球体を形作る。

小さな“黒い太陽”を。日食を連想させ、見ているだけで不安な気持ちに陥ってしまいそうなほどに、禍々しい太陽。

 

 

 

 

その輝かない太陽の中心に魔法陣が浮かび上がる。古代の、神話の時代の竜族の力を持った文字。

人間には意味さえ理解できない、複雑怪奇な文字の羅列。円を基調とした魔方陣が浮かび上がった太陽は、まるで巨大な目玉の様にも見える。

同時に周囲を支配するは、濃厚な腐敗臭。純粋な死の、臭い。

 

 

 

 

500年の昔、イデアによって行使された術はその矛先を変えて神威を顕現させる。

 

 

 

災いが招かれ、エレブに再臨した。

 

 

 

 

【ゲスペンスト】

 

 

 

 

 

黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。

無限の死がナバタに降臨した。

黒い太陽から“泥”が溢れかえり、それらは過去の様に津波となってイデアに迫るのではなく、徐々に一つの形を取っていく。

 

 

 

地平の彼方まで黒い絨毯が敷かれ、その広大な湖の如き黒からおぞましい悪意が溢れかえる。

 

 

 

手足。胴体。頭。

ソレラは人の姿を取っている。

ただしあくまでも取っている、だけ。

 

 

断じて人間ではない。

 

 

 

 

“ソレラ”の顔や体には肌がなかった。腐った肉が少しだけこびり付いており、後は骨が露出している。

“ソレラ”の眼窩には目玉の変わりに紅い光が灯され、その光は確かな視力を持っているらしく、イデアを殺意の篭もった視線でにらみつけていた。

“ソレラ”は全員が何らかの装備で武装をしていた。あるものは槍を持ち、あるものは剣を持ち、あるものは魔道書を片手に担いでいる。

“ソレラ”は肉体的な意味では生きてはいなかった。壊れ、機能を停止した肉体に【エーギル】だけが宿り、動いているのだ。

 

 

 

5世紀もの間、エレブから放逐され、無限に混沌の底で悪意と絶望に浸された彼らは、更に歪み、壊れ、狂っている。

 

 

 

生気など微塵もなく、むしろ逆にただその場にいるだけで死臭を撒き散らす。

所々が痛み、砕けた鎧を着こんだ“黒い”騎士たち。

兜の隙間から覗く眼は朱く濁りきっており、そこには理性はない。

 

 

 

 

あるのは憎悪と殺意だけ。

泥は無限に溢れかえり、同時にそこから産まれるそれらも無限だ。

 

 

 

 

「懐かしい奴らだ……」

 

 

 

背から2対4枚の翼を生やし、上空へと飛翔したイデアは感慨深げに呟いた。

今正に眼前でこの世界に“帰還”しようとするモノらをイデアは知っている。

 

 

 

あの時に駆除した害虫共。

かつては人であり、誇り高い戦士たちだったモノら。

殿に巣食い、イデアの発動させた【ゲスペンスト】によって混沌の濁流に呑まれた亡霊兵士たちは、ネルガルの手によって再びこの世界に帰還を果たした。

 

 

 

あの時に奪った筈の武器さえも何故だかその手に再び握りしめて。

恐らくは記憶の中にある己の獲物を自らの存在を削り、再現したのだろう。

無限の闇にとっては対価さえ払えば、その程度の願いを叶える事など容易い。

 

 

 

その目的は何も変わらない。ただ一つ。竜を滅ぼすことのみ。

人として最後に抱いた竜への闘争心だけが肥大化し、人類を守るという事さえ忘れた哀れな者達であった。

 

 

 

殺す、殺す、殺す。

無限の殺意がただ一点に注がれ、空中に浮かぶイデアを視線だけで射落としかねない程の殺気が飛び交う。

 

 

 

各々が魔術的加護を得た武器を振りかざし、弓兵はその骨から削りだした矢を番え、射る。

魔道書は不気味な輝きを放ち、古代の竜と戦う際に使用された魔法が行使された。

 

 

 

 

【─フェンリル─】 【─ブリザード─】 【─シェイバー】 

 

 

 

 

暗黒で形作られた巨大な狼の虚像。

全ての物質を瞬時に凍結させる凍てつく波動。

大気をかき混ぜ、全ての翼あるモノを叩き落とす不可視の衝撃が、何十、何百という術の一斉攻撃がイデアに迫る。

 

 

 

本来ならば頑強な城を落としても余りある火力がたった一人に注がれた。

更にそこに弓兵の矢も合わさり、既にイデアの視界いっぱいには攻撃の“面”が見えている。

余りに数が多すぎて、小さな点と点がくっ付き合わさり、もはや壁だ。

 

 

 

 

触れれば容赦なく肉片に至るまで完全に滅され、粉みじんに粉砕されるのは確定的。

 

 

 

だが……甘い。彼らの腐った脳は、致命的なまでに現状を把握していなかった。

彼らの殺意が500年前よりも高まったというのならば、神竜の力は更に別次元へと達している。

 

 

 

【オーラ】

 

 

 

 

着弾。

轟音が光の壁を叩き、そしてはじき返された。

飛び散った魔力の残光が粉雪の様な儚い光となって周囲を舞う。

 

 

 

 

 

あの時よりも遥かに薄く、そして頑強になった光の壁は何人もの干渉を許さない。

イリアで時々見られる空に掛かる揺らいだ虹……オーロラと呼ばれる自然現象の様に朧に輝く【オーラ】はあらゆる攻撃を受け止め、それでいて傷一つ付くことはない。

暗黒が、冷気が、そして風が、何もかもが光の壁を打ち抜こうとありったけの力を込めて叩きつけられ、霧散した。

 

 

 

ボロボロと切っ先が砕けた矢が雨の様に無数に落下し、途中で空中で縫いとめられる。

何千もの矢に僅かばかりの黄金が絡みつき、その矛先を逆にしてから瞬間的に加速させ、まるで先ほどの【シャイン】の様に撃ちだす。

 

 

 

悲鳴は上がらない。ただ、骨が砕け、砂埃が舞い上がる。

普通の数倍の速度で飛来した弓矢に全身を撃ち抜かれてなお、亡霊兵は痛苦を感じることなく蠢く。

決して手が届かない太陽へと殺意を送るが【オーラ】を球状に展開させ、自分の身をすっぽりと覆うイデアには届かない。

 

 

 

 

イデアは地獄の様な眼下を見て思った。

亡者が這いずり回り、ただ死だけを願い、かつての思いさえも忘れてしまった姿は…………とても哀れだと。

あの時は嫌悪と憎悪しかなかったというのに、今こうして再び見ると、彼らは非常に可愛そうな存在にしか見えない。

 

 

 

時間の流れから取り残され、永遠に終わった戦争を求め続けるなど……惨めでしかない。

彼らにだって家族はあっただろうに、守ろうとしていただろうに、それさえ忘れるなど。

 

 

 

「もう戦役は500年前も昔に終わったぞ。お前たちも眠るといい……介錯してやる」

 

 

 

イデアが片手に持っていた【ルーチェ】の書を開くと、ネルガルの瞳が好奇の色に彩られる。

無限の“黒”に守られ、取り込んだ破片と闇が溶け合い、無尽蔵の力を供給され続ける彼には余裕さえあった。

どんな術をイデアが使ってこようと、その悉くを凌駕出来る自信が。

 

 

 

 

 

 

【──§ Δ Φ Θ μ ¢─】

 

 

 

 

歌うように、流麗な言語が竜の口から流れ出る。

幻想的な調律を以て世を律する竜族言語は、ネルガルにさえ聞き取れない高次元の波長で歌われた。

通常の三倍にも及ぶ“力”を注ぎ込み、完成するのは神将器よりも遥か古代に創り上げられた竜族の禁術。

 

 

 

光が、世界に溢れる。

天を覆う分厚い雲が弾き飛ばされ、まるで夜明けの如き光の濁流が空から差し込み、闇を切り裂く。

徐々に、光はその密度を高めていく。最初は薄暗い夜を照らし出す程度だったものが、やがては真昼の様に世界を創りかえ、最後は網膜を焼き尽くす程の白で何もかもを埋め尽くす。

 

 

 

絵画の如き神々しい一枚の絵。闇夜に太陽の光が昇り、抗えない裁きを下す絵は正に神話の光景。

ベットの毛布の中にもぐりこんだ際に、自らの手足さえも闇で見えなくなるように、余りに強い【光】はその他一切の色を奪い取る。

 

 

地を這いずり、どんな泥よりも黒く濁った死人の運河さえも【ルーチェ】の齎す輝きには抗えない。

この術には熱もない、破壊もない。大規模に敵を完全に粉砕し尽くす根源的な災いもない。

大よそ人が考えうる“戦略的”な破壊はこの術には存在しないのだ。

 

 

 

 

【光】とはそもそも「何」なのかを竜族は部分的に解明している。

この術はその原理を大いに応用して編み上げられていた。

まるで海の様に揺れる“波”であり、この世の何人にも見えない程に小さく、分割さえ不可能な“粒”でもある【光】という存在に竜族の用いるエーギル操作技術で攻撃の意思を与えることでこの術は完成した。

 

 

 

 

ただ、故にこの術は恐ろしい。痛みも何もないのだから。

自分と他者の区別さえつかない程に暴力的に塗りつぶされた“白”の中にいる亡霊兵士達はその身に浴びる“光”によって体を分解されていく。

血は出ない、痛みもない、煙さえ上がらない。

 

 

 

そもそもこれは熱量で焼いているのではないのだ。

一枚の絵から色素が抜け落ちていく様に死者の存在、原初の“闇”さえ何をされたのか判らない内に体が消える。

手が、足が、胴体が、武器が、そしてその中にある意思さえも神の振りかざす【光】を浴びた以上、抵抗など許されず、痛苦一つなく存在そのものを“解かれ”る。

 

 

 

肉片にもならない。砂にもならない。もっともっと小さく、根源的で、これ以上別つことの出来ない“波”になるだけ。

後には何も残らない。“解かれた”存在は光に混じり合い、やがては消えて、そのエーギルは霧散しエレブに放流され、終わりだ。

 

 

 

 

本来の世の法則ならば光を用いての人体の「分解」など不可能なのだが、古代神竜の叡智はそれを可能とする。

【光】による存在分解。それが【ルーチェ】という術の本質。

【ファラフレイム】と呼ばれるナーガが行使する絶対の破壊術とは対照的な術だが、その原理そのものはかなり近い所にある。

 

 

 

あちらは光を用いて存在そのものを太陽の力で以て「崩壊」させて力を産み出すのに対してこちらは光の本質を用いて「分解」させるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余りに長い【光】の照射が終わり、暗闇に戻ったナバタに残ったのは球状に展開した【オーラ】に身を包むイデアと【ルーチェ】を以てしても分解できない量の暗黒を纏って身を守っていたネルガルだけであった。

 

 

 

万を超える数程もいた亡霊兵達の姿はまるであの状況が夢幻であったかのように誰もいない。

全てが光の中で消え去り、分解され、昇天した。

 

 

 

 

もう二度とあの異形らが出てくることはない。

この時を以て、竜殿に攻め込んだ八神将直属の残党軍は完全に消滅した。

 

 

 

所々から煙を上げ、ひび割れた黒い“繭”が解けてその内部からネルガルが顔を表す。

瞬時に彼は一つの魔法を解放し、今まで自分を覆っていた闇を枝の様に引き伸ばし、その先端をイデアに向けて奔らせる。

 

 

 

 

ビュンッと、空気を切り裂く音が鳴った。

 

 

 

影が、鋭利な刃の様にのたうちまわりながらイデアを包む【オーラ】にぶち当たり、金属質な音を立てて光の膜を突き破らんとする。

絶えず存在する影を用いて攻撃を行う【ミィル】という術は闇属性の中でも下位の術だが、ネルガル程の術者が使えばそれは尖塔をも両断する切れ味を有する刃となる。

 

 

 

だがそれでも神竜の防御領域は抜けなかった。ほんの僅かに表面が弛んだが、ただ硬いだけではなく、弾力性も兼ね備える【オーラ】は衝撃を直ぐに逃がしてしまう。

イデアの首を的確に狙い、そっ首を叩き落とそうとのたうつ空にまで伸びた刃を見てイデアはネルガルに視線を向けた。

 

 

 

そこには何も含まれていない。かつてのナーガが飛竜の群れに向けた様な目線。

 

 

 

ネルガルは忌々しげに顔を歪めた。

大規模な術の発動終了後という、ある意味魔道士が最も気を抜く一瞬を狙ったというのに何てこともないように防がれ彼は不機嫌を露わにする。

彼は既に悟っていた。いや、思い知らされ、予想を大幅に修正したというべきか。

 

 

 

幾ら彼とはいえ竜族魔法の一つである【ゲスペンスト】を用いて呼び出した亡霊の軍勢を容易く壊滅させられたとあれば見識を改める。

生半可な力ではイデアを滅ぼす事など出来ない、現状三冊の魔書を所持しているが、これらを1つずつ丁寧に順番に発動させようと何ら意味はなく、訪れる結末は一つだと。

ここで初めて彼の頭は強大な力を手に入れてから絶えず覚えていた酔いから覚め、本格的に自分の状況がどうなっているのかを考え始めたのだ。

 

 

 

だがその根底にあるのは憎悪だ。胸の奥から絶え間なく溢れる怒り。

天雷が齎す憎悪。奪われた苦痛。裏切り者に対する絶対零度の殺意。

彼の優しさは失われ、聡明さだけが殺意と結びつく。

 

 

 

自らを見下し、信頼を裏切った者へ正統な報復を与えるべく彼は更に多量の闇を破片と魔書から引き出す。

今や彼は一種の永久機関であった。書物にエーギルを注ぎ込めば込むほど、深い闇が彼を見たし、そこから更に大量のエーギルが生み出されていく。

 

 

 

その果ては無限ではない。終点にあるのはネルガルの崩壊だけだ。

 

 

 

胸中から“思い出す”のは絶望、憎悪、殺意。

それら全てが彼の体内を循環し、ネルガルという存在を更に壊しつくす。

だがそれでも構わないとさえ彼は思っている。

 

 

むしろこの絶望こそが本来ネルガルという男を構築する重要なパーツなのだとさえ思え、受け入れていた。

 

 

 

彼が見ているのは神竜イデアのみ。

自らが目指すべき頂点であり、引きずり落とすべき忌敵だけ。

 

 

 

空に悠々と浮かぶ竜と地に這う自分という今の構図は……彼を苛立たせる。

 

 

 

「私を見下すんじゃない……! 可能性を諦めたお前が、真理の探究を続ける私の邪魔をするな……っ!」

 

 

 

 

 

彼は力を求めていた。まだ足りない。もっと、もっと大きな力を。

 

 

 

ネルガルの瞳が暗黒に染まる。本来あるべき白目は黒く染まり、瞳孔は血に飢えた爬虫類の様な真紅に。

さながら竜の様な縦に裂けた瞳孔は、あらゆる負の感情でごちゃ混ぜにされ、燃え上がっている。

 

 

余りに取り込みすぎた力の影響で体の節々から破砕音が響く。

溶けた鉄の塊を流し込まれた盃が内側から溶けていくように、彼の身体は幾ら理を超越しようと原点は人の肉体である以上、膨れ上がり過ぎた力に対しての容量と強度が追い付いていない。

 

 

 

彼の口から竜族の言語が迸った。それも一つの音声ではない。

合唱団が高らかに讃美歌を歌い上げる様に、彼の口からは何人分もの声が紡ぎされていた。

重層音は、ネルガルの声であって、彼の声ではない波長を含み、彼が知らない単語を含む古代の竜族言語をまるで喋れて当然だと言わんばかりに歌った。

 

 

 

 

【シャイン】【アルジローレ】

 

 

 

 

だがイデアは待たない。

ネルガルに対しての慈悲もなく、二つの術が発動され、ナバタに満ちる竜の力が詠唱を省かせ、光が集う。

幾本もの光剣がネルガルを貫き、光の尖塔が彼の周囲に無数に突き刺さる。

 

 

 

轟音を立てて砂を貫き、屹立する尖塔群の真っただ中にあってネルガルはイデアだけを見ていた。

肩、腹部、胸、足……あらゆる場所をを貫かれ、血液が沸騰し、赤い霧を傷口から吹き出しながら彼はただひたすらに詠唱を続ける。

 

 

 

致命的になる【アルジローレ】だけは僅かに周囲に散らばる【ゲスペンスト】の残照である闇で弾き、軌道を逸らすが

特にあたっても問題ないと判断した光剣の攻撃については既に防御さえしない。

痛みはある、屈辱もある、だが今は自分の勝利の為にネルガルは全てを捨てていた。

 

 

 

詠唱が終わると同時に、ネルガルの顔から一切の感情が消え失せた。

かの【闇術士】ブラミモンドが全ての自分を闇に溶かした様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだとも。欲しいモノを欲しいという。ただそれだけでいい。

ネルガルは、魔人は、この瞬間……本当の意味で後戻りできない場所へと堕ちたのだ。

 

 

 

【─ゲスペンスト─】 【─エレシュキガル─】【─バルベリト─】

 

 

 

 

絶望の三重奏が奏でられる。

神竜であるイデアを以てしてもありえないと思わせる超規模の術の同時行使。

闇に極めて深い親和性をもち、部分的にはあの神将アトスさえも上回るネルガルだからこそ出来る究極。

 

 

 

 

 

混沌より絶望が溢れかえる。

黒い川の濁流。命を腐滅させる焔。暗黒の風。

三種の暗黒魔法がよりにもよって同時に、たった一人の術者の手によって発動され、混ざり合う。

 

 

 

 

アトス達を「神将」と呼ぶのならば、ネルガルもまた「神」の名を冠してもよい程の入神の術者だ。

そんな彼の全身全霊──存在そのものを賭けた術が“たかが”世界規模の破壊程度で済むはずがない。

 

 

 

 

真実、この夜に顕れるのは神竜イデアと対を成すもう一つの秩序、混沌……法則そのもの。

闇が更に密度を増し“泥”になり、そして木の枝の様になる。

無数の黒い枝はまるで生き物の様に絡み合い、ネルガルを中心に収束していく。

 

 

 

彼の姿はあっという間に黒に飲まれて見えなくなった。

 

 

 

 

【天雷の斧】アルマーズが保有していた取り込んだエーギル、魂を自らの活力とする狂戦士の胃袋に、夥しい量の混沌が注ぎ込まれ劇的な反応が起こる。

あらゆる意味でありえない反応。狂気と狂気が溶け合い、理解不能の深奥が産声を甲高く喚きあげ、憎悪を啜った。

 

 

 

 

のたうち回り、あらゆる所から腐敗臭を撒き散らすソレは枝というよりも、冒涜的な触手に見える。

一、十、百、千、万、億……体内を駆け巡る血管の数よりも多く、その内部には血液の代わりに膨大な“力”を流し続ける枝はやがて一つの形を取る。

 

 

 

それはナニカの死骸。竜でも人でも、ましてや動物でもないおぞましいナニカ。

黒に微かに緑がかった体色は肉の腐敗を想起させ、体表からは常に紫色の血液の様なモノが流れ続けている。

大きさは成体の竜よりは小さいが、それでも小規模な砦ならばただ動くだけで踏みつぶす程はある。

 

 

 

力と欲望、あくなき闘争心、絶望、そして可能性を孕んだその外見はまるでその先に待つ終焉を暗示しているかの如く醜悪だ。

古代竜族の言語でその存在はおぞましき3つの単語によって成り立つ。

 

 

 

 

 

 

 

【■■■】 

 

 

 

 

祝福されし絶望をとくと仰げ。

 

 

 

それは深く恐ろしい三文字の怪物の一部。

人竜戦役よりも遥か過去、神と始祖の時代に存在したとされるモノの再現。

神により滅ぼされ、物質としての姿を亡くしたソレはネルガルの念に答え、その姿だけを原始より引き上げられる。

 

 

 

 

語るもおぞましい始祖の混沌を指し示す真名の一つ。

それは人には聞き取れない竜族の言語の中でさえ名を紡ぐことさえ憚られる正真正銘の禁忌。

異界の世界の創造神。二別れになった神の一つ。力と欲望を肯定する存在。

 

 

 

 

善でも悪でもない。それは純粋な“力と欲望”を司る古のナニカ。

黒よりも深い、翡翠がかった闇色のナニカ。

 

 

その翡翠の色は、覇者の剣に用いられる装飾に僅かだが似ている。

 

 

 

 

 

 

異常に長い黒髪を無数に束ねあわせた様でもあり、もしくは人の筋肉繊維をむき出しにして、無茶苦茶にくっ付けたような醜悪極まりない外見。

ソレは僅かに身じろぎするだけでボタボタと汚れきった油の様に黒い泥をばら撒き、訳が判らない程の捩じれた悪意を放出していた。

ビチビチと魚が跳ねまわる様な水切り音を体から響かせると、それは無数の、子供の頭部程はある眼球を表皮に創り出す。

 

 

 

 

一つ、二つ、三つと人間の様に左右対称ではなく、バラバラに、身体のあらゆる場所でソレの表面に瞼と同じように切れ目が入ってから瞬きをしだし、巨大な眼が出来る。

 

 

 

 

ビグルと呼ばれる伝承の中の魔物を腐敗が進み切り、原型が崩れたドラゴンゾンビの身体のあらゆる場所に埋め込めばこんな存在になるだろう。

精神が狂い切った絵師が描く絵画の中でもお目に掛かれない人の精神を侵食する異形。

 

 

 

 

 

「それがお前の言う“高次元”な姿か……? 自分の顔に自信がある、まだ自分も捨てたものじゃないって言ってたじゃないか……」

 

 

 

 

イデアは目の前でのたうつネルガルだったナニカを前にして呟いていた。

 

 

 

 

 

ッ──────!!!!

 

 

 

 

 

月に向けて異形が咆える。

全身を1つの楽器として戦慄かせ、腹部に家でも丸のみ出来そうな貪食な口を創り出し、叫ぶ。

 

 

 

3つの術によって誕生した魔物が撒き散らす“闇”は瞬く間に、それこそ秒もたたずにナバタを侵食する。

爆発的に広がった新たなる冒涜的な秩序は現在このナバタを支配する神竜の秩序とぶつかり合い、その余波で空間が悲鳴を上げた。

 

 

 

 

全身に浮かぶ目玉がギョロギョロと動き回り、全周を隙間なく観測した後……イデアを見つめた。

何十もの目玉がイデアの姿をその瞳に映し込み……きゅぅっと楽しそうに窄め、確かに笑う。

 

 

 

 

無邪気な子供が大好きな友達にあった時の様に、玩具を見つけた様に。

 

 

 

 

瞬間、その眼が光った。

比喩ではなく、純粋に光が放たれる。

【エレシュキガル】の炎を更に圧縮し、閃光へと昇華させて撃ちだすソレはこの世の何もかもを腐らせる腐敗の黒光。

 

 

始祖の深淵が撒き散らす瘴気はこのナニカにとっては身体の一部であり、それを更に極めた域で使用したとしても何もおかしくない。

 

 

 

 

死者の軍勢に集られようとまるで意にも返さなかった【オーラ】に軽々と穴が開く。

竜族の優れた直感に従い咄嗟に身を翻すイデアのすぐ傍を黒光りが突き進み、空に浮かぶ雲に大きな点を穿つ。

純白のマントに大穴が開き、そこに黒い炎が燻るとイデアは躊躇わずに脱ぎ捨てた。

 

 

 

魔物の全身が震え、大きく身を起こすとあらゆる場所に存在する【眼】がちかちかと輝きを産み出し、黒光りを撃ちだす。

無尽蔵の“闇”が可能とする絶大な破壊の乱舞。

一発でも命中すればそこからエーギルを腐らせる黒炎が侵食し、魂まで汚され消える末路を産み出す光。

 

 

 

 

【アイ・ビーム】【アイ・ビーム】

 

 

【アイ・ビーム】【アイ・ビーム】

 

 

【アイ・ビーム】【アイ・ビーム】

 

 

 

 

邪悪なウィンクの嵐により、夜天よりもなお暗い光が夜を駆ける。

 

 

 

 

幻想的な光景であった。

おぞましくも、何処か惹かれる魔物の姿、そこから発射される光、神竜を掠り空にある雲を霧散させる絵図……その全てがまるで神話の中から飛び出てきたような圧倒的な力に満ちている。

 

 

 

 

神竜の視界を埋めるのは無数に発射され、目標を打ち抜く【エレシュキガル】が変質した光。

竜の限界にまで集中を究めた眼には風よりも早く、真実光速に近い【アイ・ビーム】が自らに向けて飛翔する光景が映っている。

一発でも掠れば即座に動きを止めた所に無数の腐滅を叩き込まれて投了となる。

 

 

イデアは防ぎきれないと判断して【オーラ】を解除し、背の4つの翼に更に対して今まで防御膜を入っていたエーギルを注ぎ込む。

 

 

 

神竜の4翼が大きく展開され、黄金色に瞬いた。

今までとは比べ物にならない精度で“場”を掌握し、イデアに飛翔の力を与える。

翼の神【デルフィ】もかくやという雄々しい威圧を放つ神竜の翼が大きく瞬くと、イデアは躊躇わずに黒の中に飛び込む。

 

 

 

 

猛禽類が獲物を捕る際に見せるような急速な落下と加速を神竜は人の姿でやってのける。

結局のところ、攻撃は前からしか来ないのならば、前だけを見て避け切ればいい。

 

 

 

身を捻り、視界を埋める程に広がった魔光の一斉掃射に対して恐怖を感じることなく、点と点の間にある僅かな隙間に身をすべり込ませ、回避。

二射、三射、四射……次々とひっきりなしに発射される光がイデアの頬を、背を掠るたびにきぃぃぃんという結合された【エーギル】が発する不気味な唸りをイデアは聞く。

 

 

 

【アイ・ビーム】の原理とその癖をこの短時間でイデアはある程度読み取っていた。

この魔光はあの目玉が視線を向けている方向にしか発射出来ない。

弓矢の切っ先と同じ役目をあの眼球の中にある水晶体が果たしているのだろうと。

 

 

 

 

見る見るうちに視界に映る化け物の姿が大きくなっていくと、神竜は無言でこの異形の耐久値を測る為に術を発動。

ベロベロと大きく、まるで妊婦の様に膨れ上がった腹部の半分を占める口から肉食獣の舌を出して喘ぐ異形はイデアを無数の眼で見つめ……その中央に魔光が収束し───

 

 

 

【トロン】

 

 

 

 

イデアの掌から弾けた稲妻が怪物に突き刺さる。真っ黒な泥が血液の様に噴出した。

 

 

 

無数の眼球の全てを突如として生み出された迸る稲光で焼かれ、怪物はその身を激しく痙攣させる。

異形を串刺しにする形で突き刺さったのは電流を帯びた不定形ではあるが巨大な“槍”だ。

今なお突き刺さり、傷口を電流で焼き、その全身を内部から破壊する理系統の上位魔法。

 

 

並の存在ならばこれを受けた時点で即死していてもおかしくはない。

並の存在……かつての戦役時代に在った戦闘竜程度ならば突き刺さった時点で腹部からバラバラにはじけ飛ぶ威力を神竜の力は可能とする。

 

 

 

 

だが……このネルガルが編み上げた異形は、その全てが異常極まりない。

 

 

 

 

ドォンと重低音を響かせ、化け物から10歩ほどの距離に着地したイデアは油断なく異形に向き合い、その様子を確かめた。

 

 

 

 

【『く、ひぃ、あ、はははははっは! ───ハハハハハァアァハハ!!!!!』】

 

 

 

異形は笑った。幼い子供……少年と少女の二つの声で。腹部にある貪食な口から、何処か懐かしさを感じる声を発してけたけたと。

身体を貫かれ、全身に電流を流されて内部から生物としてあるはずの筋繊維をズタボロにされつつも、何も問題などないように。

 

 

 

何だ、お前は? 本当に、何なんだ……?

 

 

 

胸中で発した問をイデアは無意識の内に言葉として紡いでいた。

醜悪だ。だが眼が離せない。訳の分からない存在。

イデアの呟きに対して怪物は当然のことながら何の反応も返さない。

 

 

 

殿に居た亡霊兵は竜への憎悪と戦役の続きを行う為に動いていたし、テュルバンは純粋に戦いたいという願いを持っていた。

では……ネルガルが力を求めた結果、コレになったのか? こんなモノに? よりにもよって、あのすばらしい男だった彼が、ここまで堕ちたのか?

 

 

 

 

 

稲妻で編み込まれた槍にヒビが入り、異形の身体がざわめくと、再生しようと蠢く肉の圧に呆気なく【トロン】は砕け、ぽっかりと空いた異形の穴も瞬時に塞がる。

やはりというべきか、超高濃度の概念的な混沌の集合体である異形は限りなく不滅に近しい生命力をもっている。

首、というものが何処にあるかは判らないが……仮にあったとして、それを落とされようとこの異形にとっては何ら問題ではないのだろう。

 

 

 

 

 

腹部の口が大きく開くと、反射的にイデアは翼に力を込めて空へと退避していた。

真実、その判断は正解である。その次の瞬間に起こった出来事を見れば、尚更。

 

 

 

 

【ゲスペンスト】

 

 

 

 

三度発動するのは暗黒の大河を作る魔道の極み。

しかし、その規模と純度は前の二回を遥かに上回る。

 

 

 

嘔吐するように更に多量の“泥”を異形は絶え間なく吐き出す。

刹那の内に視界の果てまで、砂漠は真っ黒な“海”へと塗り替えられる。

 

 

 

絶望を形にし、塗り固めた様な力の濁流。

大地が海に、海が闇に、闇は空と地を万遍なく覆い、神竜の秩序を侵食し削る。

隔離異界の中を丸ごと暗黒が満たし、その中央で異形は笑い狂う。

 

 

 

 

狂笑に呼応するように黒い水面が沸騰し、泡立つ。

泡はやがて大きく膨らみ、幾つも重なると、まるで植物が成長するように上へ上へと延び、形が整い始めた。

 

 

 

これは……腕だ。

 

 

 

五本の指をもち、蠢き続ける無数の腕。

大小さまざま、大きいモノでは馬車を鷲掴みに出来る程で、小さいモノは幼子程度。

エリミーヌの教えでは生前罪を犯したモノは地の底に落とされるというが、眼下に広がるコレはその者らが奈落の奥より腕だけをこの世に伸ばしている様でもある。

 

 

 

地平の果てまで、畑で揺れる草花の如く腕が蠢く。

真っ黒で、人の皮膚とは程遠い墨を塗り固めたソレには爪もなく、生気もない。

遥か上空のイデアから見ると、それは人の体内に在る絨毛によく似ているようにも見えた。

 

 

 

腕の掌に切れ目が現れると、その中からはまん丸い“眼”が現れる。

異形の全身にびっしりと植え込まれたモノと同種の瞳だ。

大きく指を広げ、腕がイデアに対して掌を向けるとそれだけで何万もの視線が彼に集まる。

 

 

 

実に単純な対処法を異形は実行していた。当たらないのならば、数を増やせばいい。

十でダメならば百、百でも足りなければ千、万、十万と、その圧倒的な数の力で圧殺すればよい。

左右前後を隙間なく全て埋める程の暴力、絶望の大嵐がここにはある。

 

 

 

閃光。閃光。閃光。

 

 

 

壁等という表現では生ぬるい数の魔光がイデアの視界と知覚領域全てを覆い尽くした。

大陸最大規模の軍であるエトルリアの全軍が総攻撃を仕掛けようと、ここまでの圧倒的な質量は生み出せず、防ぐ術など存在しない。

 

 

 

 

判断には一瞬……も与えられない。

 

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

 

鈍い光がイデアを背後から“予定よりも早く”貫く。

間違いなく【アイ・ビーム】であるが、まだ後ろ側に存在する腕から放たれた光の到達には半秒にも満たないとはいえ、それでも僅かな余裕があるはず。

浮力を失い墜落しかけるイデアが咄嗟に“眼”を走らせれば、そこにあったのは紙に黒い墨でも垂らして出来た様な“点”だ。

 

 

 

球体ではなく、極限にまで薄く焼き上げられたパイ生地の様なソレからは既に追撃の魔光が顔を覗かせている。

腹部より少し上、鳩尾の辺りに大きな穴を穿たれたイデアに向けて容赦なく魔光が突き刺さった。

左肩に大穴が開き、血液が飛び散り、腕が半分ほどちぎれ掛ける。

 

 

 

 

 

【『く──っぃぃ──ァァァァア────!!!』】

 

 

 

 

たまらない。楽しい。どうだ、どうだ、今の自分はこんなにも強い。もう何も盗らせない。

心の底からこの遊びを楽しんでいると言わんばかりに異形は大きく立ち上がり、全身の眼の焦点をしっかりと合わせる。

黒い“点”が化物を取り囲むように夥しく発生し、その中に魔光を異形は次々と打ち込む。

 

 

 

“点”の中に消えた魔光は、イデアの頭上に出現した“点”から空間を超え吐き出される。

イデアの左足の付け根に穴が開き、大きく足が痙攣した。

胸部、片耳、右手の指3本、イデアの身体は面白い程に欠損していき、そのたびに異形は歓喜を啜る様に月に吠える。

 

 

 

 

【ルナ】

 

 

 

 

狂気が力になり、悪意が迸った。

 

 

魔光が補足したイデアに対し、異形は更に一つの術を発動させ追い討ちをかける。

対象に直接魔力を流し込み、魔防能力を無視した傷を与える術を。

イデアの身体に紫色の魔方陣が浮かび上がり、異形の殺意が流れ込むと同時に竜の人間体は内部から破裂し、細かい肉片と変わる。

 

 

 

 

 

力なく暗黒の大河へと落下してくる神竜だった欠片を異形は喝采と共に何十万の腕で迎えた。

数えきれないほどの数の魔手が津波となり、渦を巻き、イデアを容易く飲み込む。

轟音。魔的な質量と破壊力を伴った大波が巨大な怪物の咢として神竜の身体を咀嚼し、粉々に砕く。

 

 

 

重低音が遠く遠く遥か彼方まで響き渡り、小島規模の質量が神竜を押しつぶす為に更に渦を巻き、念入りにイデアの墜落地点に無尽に圧をかける。

黒い海の上で異形は絶叫し、全身の眼球をグルグルと回し、あらゆる場所に魔光を撒き散らした。

小高い砂山が幾つも跡形なく蒸発し、空に発生した雲が弾け、月が恐怖するように真紅に染まる。

 

 

 

 

勝った、勝った、勝ったのだ。

未だ色濃く残るネルガルであった部分が歓喜に打ち震える。

無限に溶けた闇の中、それでも彼は彼として確かにこの異形の一部に残り、彼の殺意でイデアに牙をむけた。

 

 

 

その結果がこれだ。今やナバタの大地は完全に混沌の海に沈み、ほどなくして里も飲み込む。

理想郷に存在するイデアが彼に出し渋った竜族の禁忌を含めて彼は全てを手に入れるだろう。

竜族の叡智を携え、彼は永遠に君臨するつもりだった。

 

 

 

新たな支配者、新たな秩序、絶対者、かつて竜族でさえ出来なかったエレブの完全なる掌握を。

何もかもを奪い取ってやりたい。これほどまでの力を操り、始祖の混沌と疑似的とはいえ一体化したと評してもよい自分ならば全てを手に入れられる。

 

 

 

 

月に吠え、大地を汚し、異形は勝利に酔う………はずだった。

 

 

 

 

彼は一つ重要な事を忘れていた。

イデアとの戦いは確かに苦戦したが、彼はイデアが全力で、死力を尽くしたと思っている。

それは自分が倒した彼が強く、偉大で、この人からかけ離れた姿になってようやく届いたと考えているから起きた誤解だ。

 

 

 

 

もっと簡潔に述べるならば、彼は、イデアが竜だという事を忘れていた。

それなのに、イデアが終始竜化しなかったこと、神竜としての姿を晒さなかった事を。

最後の最後まで彼が真の意味で切り札を切っていない事を。

 

 

 

 

 

無限に広がる黒が“内側”より微塵に弾けた。内圧に耐え切れず、バラバラに黒がほどけていく。

無数に黒海に断裂が走り、異形は全身の眼をグルグルと蠢かせてこの理不尽な存在への怒りをあらわにする。

 

 

 

全て“知っている”人が産まれる前に起きた神話の闘いの忌むべき敗北の記憶は魂にまで焼け付いて取れはしない。

 

 

 

 

絶望の権化へと対する、新しき絶望が回る。

犯された【秩序】が音もなく回り始め、再構築される。

ただ一つ、その【秩序】は異形の存在を認めずに、呪いあれと囁いた。

 

 

 

光が渦を巻き、異形の身体に溶け込む。

逃げることなど叶わない。意思からは逃げられない。

雨水がしみ込むように黄金の光は異形の内部へ、存在へと侵食する。

 

 

 

竜の敵意を浴びたモノは、例外なくその呪いを賜る。

それは神の下す罰であり、呪いである故に、この地に在る限り例えそれが原初の混沌の一つとしても逃げる事は出来ない。

いかに極大とはいえ“たかが”3つの術を混ぜ合わせ、人の身と砕けた神将器という脆い器に注がれて顕現した不完全なる混沌と、未だ上昇を続ける完全なる神の差がここに表れた。

 

 

 

 

 

【竜呪】

 

 

 

 

ナバタに拡散する神竜の秩序は急速にその勢力を取り戻し、異形の存在に想像だに出来ない程の負荷を与える。

奪う、奪う、奪う、異形からあらゆる力を根こそぎ削り取り、その力を、存在を抑え込む。

魔力、純粋な筋力、速さ、魔防能力、その他すべてに対しての大幅な制約をまともに受けた異形は身悶えし、怨嗟の呻きを大口から零す。

 

 

 

これだ、これこそが、かつての神と始祖の闘いで始祖に対しての圧倒的な優位性を誇ったかくも忌まわしき呪い。

神の下す呪い、裁きの前では混沌から幾らおぞましき者らを産み出そうと、それが億の果てにまで届こうとも全てが無価値と成す。

数の利、戦況の優位性、戦場の支配権を一瞬で奪い取るこの世で最も避けなくてはいけない力。

 

 

 

 

黒い海が、深淵より急速に浮上する黄金に内側より焼かれ、海面の一部が吹き飛ぶ。

それは巨大な、途方もなく巨大な水柱となり、何十憶もの黒い滴を雨として滴らせた。

小さな街程度ならば飲み込めそうな程に天高く聳える水柱は更に大きく拡散し、キノコの傘の様に膨れ上がり、最後はドームを思わせる形状となる。

 

 

 

 

闇を焼き払い、切り刻み、無数の光明がドームの内側より溢れる。

ソレはまるで地に顕現した太陽の様に、ただそこにあるだけで混沌が齎す暗黒を容易く消していく。

 

 

 

 

そうだ。これは“太陽”だ。

エリミーヌ教の何十倍もの間神として崇められ、同時にそれに相応しい力を行使していた無限の光。

竜が崇拝し、始祖が敵意と嫉妬を抱き、人がひれ伏す絶対だ。

 

 

 

 

異形の身体にある眼が、このナバタを覆う黒い海から生えた手に宿る眼が、あらゆる全てがただ一つの存在に文字通り眼を奪われていた。

余りに強い光によって焼かれ、血の涙を零しながらも瞬きさえすることなく見続ける程に、何物をもの注目をソレは集めている。

 

 

 

 

 

畏怖。敬意。恐怖。尊敬。憧れ、そして深い深い嫉妬が篭った眼は、ねめつけるようにソレを見ている。

 

 

 

 

真実“太陽”と評され、恐れ敬われる絶対存在。

2対4枚の翼を背に生やし、全身を覆う黄金の重剛殻は人の持つあらゆる術、武器、兵器、技を無価値とする完璧なる神の鎧。

頭部にあるのは王冠の如き猛々しい猛角と、人の姿を取っていた彼の特徴でもあった紅と蒼の特徴的なオッドアイ。

ソレは人間と同じ様に四肢をもつが、その先にあるのは全盛期の神将器とさえ軽々と打ち合える竜鋭爪。

 

 

 

 

 

小規模な砦ならば軽々と踏みつぶせる巨体の異形でさえ、その神に比べれば半分にも満たない。

何よりその中身…………根本的に存在の次元、格が違うのだ。

ここに芸術家がもしも居たとすれば自身の全てを振り絞り、この降臨せし神の姿を全身全霊で書き留めようとするだろうが、もう今は誰もいない。

 

 

 

 

 

偉大なる神は、天に浮かぶ月と重なるように空に昇る。

かの存在から放たれる後光は、背後に控えた月を太陽へと変貌させるほどの【光】を放ち、決して消えない。

 

 

 

 

見るだけで並の竜族でさえ戦意を抱くことも叶わない。

視線を合わせれば平伏し、命乞いさえ叶わずに運命を委ねる絶対。

 

 

 

ナバタに君臨する守護神。人の世に残る神話のモノ。荒ぶる【秩序】

自然災害さえも凌駕した神の暴威が異形の前に在る。

 

 

 

 

 

 

【神竜】イデアの真なる顕現であった。

 

 

 

 

億の年月をを過ごし、膨大な歴史と共にそそり立つ霊峰は見るモノに圧倒的な威圧と畏怖を叩きつけるが、神竜としての姿を晒したイデアは異形にとってのソレである。

太古の勝者と敗者は余りにも長い時の果てに、このナバタの地に再び邂逅する。

 

 

 

 

竜が、確かな知性の宿る眼で異形を、ネルガルを見下ろす。当然の様に。その中にあるのは間違いなく余裕。

太陽の化身である超越存在と、未だに地べたを這いずりまわる泥塗れの異形。どちらが上かは語るまでもないと言わんばかりの目線は異形を酷くざわめかせる。

 

 

 

怒りと殺意をごちゃ混ぜにした咆哮を上げ、異形は自らの身体に浮き出る全ての“眼”から魔光を撃ちだす。

先ほどオーラを軽々と打ち抜き、人としてのイデアをバラバラにした闇魔法の極地。

古代の竜族魔法を変貌させ、手足の如く扱い産み出される魔光は太陽を地に再度引きずり落とすべく飛翔する。

 

 

 

 

空気を腐らせ“場”を汚染し、精神を侵食する魔光に対して神竜は先ほどよりも更に鋭利となった感覚を駆使して全てを“観て”いた。

何万か、何十万か、それほどまでに一瞬を切り取り続け、無限にその切り取られた風景が重なり合い、本当に僅かずつ動き出す。

何もかもが遅れた世界の中で、神竜だけは何時もの感覚で体を動かす事が出来た。

 

 

 

矢など比べ物にならない速度の【アイ・ビーム】さえも蠅が止まる程度の速さにまで遅延した世界の中、竜は悠々と腕を振りかぶり、動かす。

 

 

 

神竜は、その霊峰の如き巨体から想像だに出来ない速度で片腕の剛爪を薙いだ。

竜からすれば人間が少しだけ早く腕で仰ぐような動作をしたようにしか見えないが、第三者からみれば竜の巨腕が丸ごと消えた様にしか見えない。

人間でいうところの平手打ちの様な挙動だが、それを別次元の能力を持つ神竜がやればその威力はとてつもない事になる。

 

 

 

音を遥か彼方に置き去りにする速度で大気はおろか、本来干渉する事さえ不可能な筈の“場”さえも切り刻む竜の爪は何の加護も得ていない状態で魔光に真っ向から叩きつけられた。

一瞬の拮抗の後、神竜が更に少しだけ力を腕に込めると呆気なく魔光は数倍の速度ではじき返される。

 

 

 

 

はじき返された一つの魔光は竜に向けて射出されていた数十もの【アイ・ビーム】を絡め取るように肥大化し、異形の元へと返還された。

流れ星の様に鮮やかな残光を残し、キラキラと黄金の光さえ纏いながら光は、当初の十倍以上の太さとなり、突き進む。

「ァ」と口から漏らし、全身にある全ての目玉を大きく見開く。全ての眼には光だけが映り込んでいた。

 

 

 

 

咄嗟に防御行動をとろうとした異形だったがそれさえも許される訳はなく、直撃。

 

 

 

 

轟音。

ブーツの底から体の芯まで揺らす中規模の地震がナバタ全土を揺らした。

隔離異界が大きく揺れ、吹き上げる巨大な光の柱は空の雲まで巻き込むほどに高く、太く、長く残る。

 

 

 

空の彼方からでも観測できるほどの巨大な光柱が消えた後、そこには半分程度の大きさにまでその巨体を無残に砕かれた化物の姿があった。

 

 

 

 

【『アァ゛ギィガア゛ァアエエ゛──! いぃぃがぁうふぐぅぃいだぁああいぐぃぃぎぎあぁっ!!!!』】

 

 

 

 

光の中、全身を砕かれた異形が理解不能の言語を腹部から垂れ流し、悶え狂う。

人の言葉でも竜の言葉でもない。ただ喚きちらす。

バラバラに砕けた肉片は潰された蟲が痙攣するように震えている。

 

 

 

マグネシアと呼ばれる鉱石……竜族の間では“磁石”と表されている石が砂鉄を寄せ集め、自らの周囲に鎧の様に纏うかの如く、異形の周囲の肉片は瞬く間に結合し、再生は完了した。

 

 

 

かつてのテュルバンも持っていた不滅の肉体。

当然ながらそれはこの異形も得ている。彼より数段上の次元のソレを。

 

 

まだ終わりではない。まだ、まだ、まだ───。

異形の戦意はまるで衰えず、殺意と憎悪は無限に膨れ上がる。

 

 

 

 

混沌の化け物はぐるんぐるんとその巨体で寝返りをうつように転がり回り、文字通りの“泥浴び”を開始。

ぶちぶちと黒海から伸びる無数の腕をひき潰して回るたびに、黒い海はざわめく。

ズズズズと、轟音を上げて【ゲスペンスト】によって吐き出された無尽蔵の混沌が異形の内部へと戻っていく。

 

 

 

波頭を飲み込む黒い大津波が逆に動き、潮が引く様に海が消える。

先ほど吐き出した腹部の口は、まるでスープでも飲むように黒を飲み干す。

混沌の沸騰する思考は回転し、ネルガルだった聡明さを以て動いていた。

 

 

 

 

質量の凝縮。存在の圧縮。エーギルの再結合。

むやみやたらの攻撃は意味がない。もっと殺意が必要だ。

どんな眩しい光でも照らせない暗黒を見せてやると。

 

 

 

 

 

 

【『いで、ぁ、いであ、いであぁ、いぢぁ、いでぁ、、いであぁぁ、いであいであいであ────』】

 

 

 

 

敬意と友情と羨望と嫉妬。全てが入り混じり、均等に分けられ、その結果全てが無になった感情の篭らない言葉が異形の口から発せられる。

赤子が親の名前を呼ぶように、それしか知らない様に“ネルガル”はかつて友だと思っていた男を、今でも何処か共感を抱く者を呼び続けた。

 

 

 

 

【『いであいであイであ、いでアいであいデアあいであイであいでアイィイいいィでぇええあアああァ!』】

 

 

 

 

 

狂乱。正にそれしか言えない様相。

一言発するたびに無機質な声は熱を帯び、この数年間ネルガルが内心で燻らせていた感情が爆発していく。

始祖はこの怒りを使う。怒りと憎悪と絶望が膨れる度に力が増すのだから。

 

 

 

 

とても汚い濁声であり、そして時折混じるのは幼い少年と少女の声。

無茶苦茶に砂嵐の様な雑音が入り混じり、とてもじゃないが綺麗とは言えない声だが、それでもイデアはこの声に対して懐かしいと思った。

命がけで殺しあっているというのに、余計な思考さえ挟む余裕がイデアにはある。

 

 

 

 

もはやこの戦いは半ば、イデアとネルガルという両者の個人的なぶつかり合いの域を大きく逸脱していた。

始祖が狂い乱れ、神が威光を以て迎え撃つ、この世で最も古い闘争の再臨へと変わり始めている。

 

 

 

 

光と闇との闘い。偉大なる聖戦の系譜はここにある。

 

 

 

 

ごぼ、っと貪食なる大口の端より黒泡が零れる。

数本の生物的な足を巨体の左右に産み出し、身を固定した異形は大きく身体を逸らしてから、天に浮かぶ太陽に向けて体内に回収した海を丸ごと圧縮したブレスを放つ。

コールタール等という液体など陳腐に思える程の純黒の液体。

 

 

 

夜を更に塗りつぶす深淵の黒が美しい星夜を汚した。

汚れ、汚れ、そして堕ちて死ねと。

 

 

 

【黒海の飛沫】

 

 

 

 

速度そのものは【アイ・ビーム】に及ばないものの、その中部に凝縮された暗黒のエーギルと殺意は桁が違う。

【ゲスペンスト】のミスル半島全域を埋め尽くす程の黒い大河をブレスとして攻撃に転化させたソレは空さえも覆う津波となる。

 

 

 

 

途方もない圧をかけられた黒海は空中に放出されると天に座す竜へと向けて黒い線が伸びる。

夜よりも黒い液体の流動は空に墨で一本の線を引いたように伸びて、星々の光さえも飲み込み、暗黒が太陽へと手を伸ばした。

空に、真っ黒なカーテンが敷かれ、何もかもを飲み干す。

 

 

 

 

ぼたぼたと収束しきれずに線から僅かに垂れていく水滴は黒い雨となり、命を拒絶するようにナバタの砂を汚し、神竜の不興を買う。

 

 

 

 

 

 

神竜の反応は素早い。竜の視界の中では先ほどの数分の1程度の速さで飛翔する飛沫が映り込み、対処の策も無数にある。

ただ、その何十の対処法の中でただ一つだけ、逃げるという選択だけは最初から削除されていた。

 

 

 

 

彼は超越種であるが、それ以前にイデアだ。

そして目の前の化け物は自分がそうさせてしまったと言っても過言ではない男の残骸。

故に逃げる……回避等という選択肢はない。

 

 

 

 

かかってこい。俺は逃げも隠れもしない。

竜の眼にあるのは敵意ではない。知性と抜き身の剣の様に鋭い意思だ。

 

 

 

 

 

真っ向から叩き潰す事を躊躇いなく選択する。

 

 

 

 

【オーラ】

 

 

 

 

竜の周囲に黄金のエーギルが収束し、それは次の瞬間に“場”そのものを切り取り、断層とする。

空に浮かぶ神竜の身体をすっぽりと円形に覆い尽くす薄い黄金色の膜は先ほどのイデアが展開していた絶対の防御領域。

竜としての本来の姿を解放したイデアが展開する【オーラ】は人間の姿を取っていた時よりも遥かに強大で、何より“応用”が効く。

 

 

 

 

金色の輝きでナバタを照らし、月に重なりながらも月の存在が呑む程の光源であるソレは夜を昼に創りかえるほどの熱と光を放ち、触れざるモノとして地上にある。

 

 

 

イデアが【オーラ】に攻撃の意を吹き込む。

すると巨大な神竜の身体をすっぽりと覆っていた光の膜はその形状を歪ませる。

楕円形に光の膜は弛み、ミシミシと余りに莫大な力の濁流によって強引に空間が圧縮される音をかき鳴らしつつ、神竜の眼前を起点としてその形を創りかえられた。

 

 

 

 

 

防御から攻撃に。拒絶から排除に。吹き込まれた想念は似ているで様で、全く逆の性質を含む。

 

 

 

 

そして、【オーラ】は爆発的に広がった。

花火が一瞬でちっぽけな光の粒から夜空を覆う華に変わる様に。

幾重にも重なった“場”が断層として広がる。巨大な竜の姿さえも小さく見える程に大きく、広く、美しく。

 

 

 

 

 

これはイデアが人の時にも使用していたエーギル行使による力の“波動”……それを何百、何千倍の規模で使っただけ。

 

 

 

 

……単純故にその威力は凄まじいの一言につきる。

もしもここに戦闘竜や、先ほどイデアによって分解された亡霊兵達が居たならば、この一撃で丸ごとエレブから消滅する程の破壊力。

竜の意思が続く限り広がり続ける黄金の津波は、一度展開されてしまえば、後は進行方向上のあらゆる存在を物質的、エーギル的に完膚なきまでに破壊しつくす。

 

 

 

 

吹き荒れる黄金の空間的な“壁”は真正面から【黒海の飛沫】と衝突し、黒と黄金が弾けた。

轟音さえもちっぽけに思える爆音がナバタを震動させ、砂をめくりあげる。

遥か上空でぶつかり合う殺意と拒絶の念の衝突は、エレブ全域の秩序にさえ僅かな亀裂を刻み、それでもなお止まらない。

 

 

 

 

空にあった僅かに残った雲は余波で吹き飛び、その瞬間、真実ナバタの天は完全なる晴れ空になった。

黄金と暗黒の津波がぶつかり、稲光が弾ける。キラキラと黒と黄金の火花がナバタに降り注ぎ、それはまるで雪の様に美しい。

黒と黄金がぶつかり合う地点の“場”は既に幾つもの断裂が走り回り、人竜戦役以来の世界の根幹を揺るがす力の衝突に万象が声もない悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 

時間にすれば余りに短い拮抗。だが、両者にとってはそれは余りにも長い。

純粋な力と力の食い合い、死ね、と消えろの意思の押し付け合い。

 

 

 

 

 

 

黄金の断層が弛み、漆黒の飛沫が弾けだす───。

そして…………先に限界を迎えたのは異形ではなかった………イデアでもない。

鍔迫り合いをするように力をぶつけ合う光と闇よりも先に力尽きたのは、世界の理であった。

 

 

 

 

その刹那、硝子細工を無遠慮に踏み砕くような音が異形と神竜の耳朶に届いた。

次の瞬間には、力の方向を無茶苦茶に逸らされた【黒海の飛沫】と【オーラ】が縦横無尽に隔離異界全土に降り注ぐ。

流れ星の様に残光を描きながら無数の星がミスルに降り注ぎ、轟音と共に穴を穿つ。

 

 

 

 

空間が砕けて“方向”という概念が無茶苦茶になった結果、今まで鍔迫り合いの様に殺意を押し付け合っていた力は転げまわる様に周囲に飛び散ったのだ。

今まで拮抗し、抑えつけられていた力は解放の喜びに震える様に、ナバタに穴をあけていく。

 

 

 

 

理不尽なまでの暴力によって砂漠に幾つも開いていく大穴は、とある虫がアリを捕食する際に地面に作るすり鉢の様な窪みを、何十万倍にも巨大化させたようだ。

着弾地点の中心部は半ばガラス化し、余りの熱量によって砂はほぼ蒸発。

辺りに噴き出るのは人間には有毒なれど、この場を支配する神と始祖には何の意味ももたない毒ガス。

 

 

 

 

【『アァ……アァァアウアぁぁあウぁあ────』】

 

 

 

 

異形は泣く様に呻く。

大切なモノを没収された子供と同じく。

 

 

 

 

未だ残っている切り札である魔嵐を呼ぶべく、異形は体内で更に魔力を練り上げ、自らを構築する大きな要素でもある魔嵐の魔書を刺激し………。

 

 

 

 

 

 

【バルベ────

 

 

 

 

 

 

 

術の発動など許さないと、異形は背後から叩きつけられた竜の拳によって爆音を上げて容易く砕かれる。

ぐちゃっと、肉が叩き潰される。全身の目玉が飛び出て、腹部の口からは臓物の様などす黒い肉塊がはみ出し、それは先ほどの肉片の様に蠢いた。

 

 

 

 

異形は一瞬たりとも気を抜いてはいない。無数の眼は一つも神竜から外れることはなかった。

だというのに、間違いなく異形を背後から叩き潰したのは神竜だった。

異形の残骸がこびりついている左手の拳を持ち上げ、竜はその爬虫類染みた人外の外見からは想像も出来ない程に人間の様な動きをする。

 

 

 

 

 

【オーラ】を部分的に纏わせた右の手も左手と同じく、人間がそうするように全ての指の間接を曲げて拳を作りだした。

竜の視線はつい今しがた、軽い“挨拶”で無残な死体になりかけている異形を映し、それがまだ生きている事を確認してから容赦なく追撃にかかる。

 

 

 

 

 

竜は腰を捻り、腕を曲げ、歴戦の格闘家がそうするように全身の体重と筋肉を総動員させた一撃を放つ。

そこには一片の慈悲も容赦もない。

莫大な質量と速度に加え、更にエーギルによる強化まで施された剛拳は、それ一つで兵器となる。

 

 

 

 

 

着弾の瞬間、ナバタは揺れた。

眼に見えないさざ波が空間を伝わり、ミスルを駆け抜け、そして隔離された異界全土に微細な亀裂を与える。

 

 

 

 

音を遥かに超えた速度で振りぬかれた拳は、大地の奥底にまで深々と突き刺さり、異形の筋肉繊維がぶちぶちと断裂し、砕け、燃え上がった。

流星の着弾地点よりも数段巨大で、深い窪みが地すべりの音と共に大地に深々と穿たれる。

異形の巨体が直接叩き込まれた衝撃を逃しきれずに、バラバラに砕かれながら深く、深く埋没していく。

 

 

 

 

 

 

 

膨大な砂を溶かしつくし、悲鳴さえ上げられず怪物は沈む。

悠久の黄砂を抉り取り、大地の奥底まで。

 

 

 

単純な拳が生み出した衝撃は容易く地形を破壊し、大規模な地図の書き換えを行わなければならない程の惨状を産み出す。

余りの威力により、周囲の空気さえもはじき出され、一瞬そこは真空となり、次の瞬間には無理やり圧縮された空気が音を超えた速度で振り下ろされた拳が瞬間的に摩擦で産み出した熱を受け、沸騰した。

 

 

 

小さな山程度ならばすっぽりと収まってしまいそうな程に深い穴の底に強制的に埋没させられた異形に対し次に襲い掛かるのは砂である。

急速に熱せられた空気が耐え切れずに爆発し、無数の砂山を破壊して空に巻き上げる。

すると神竜は付近の“場”を操作して舞い上がった砂を集め、そして異形に浴びせかけた。

 

 

 

 

水が穴の底に流れ込むように、小島を作れるほどの量の砂が轟音を立てて流動する。

嵐による豪雨もかくやという勢いで異形を中心としてミスルに開けられた巨大なクレーターが見る見ると埋まっていく。

砂の勢いは凄まじく、砕けた肉体と肉片でもがく異形の事など関係ないとその身体を生きたまま土葬する。

 

 

 

だが。

 

 

 

 

『っッ────!!』

 

 

 

 

異形は吼える。重低音の様であり、断末魔の叫びの様な悲鳴で。

発せられる音波が砂を吹き飛ばし、砂漠の中央に巨大な砂柱を創りだした。

 

 

 

 

 

 

 

何故? なぜ? ナゼ?

 

 

 

 

 

 

異形の腐食した思考回路でも今の状態が異常なのは判る。

ころころと流動する砂の大津波の中でも何とか潰れずに飛び出た目玉はまだ機能を失っておらず、視神経もないというのに瞳孔が窄められ、空へと向けられる。

 

 

 

 

異形の眼は砂埃など問題にせず、そこに何があるのかを見定め……驚愕する。

そこにいるのは神竜。イデアだ。目の前で自分を見下ろすように空に浮かんでいる。

 

 

 

そして間違いなくこの身を押しつぶしたのも神竜。一体、どういうことだと。

どうして、目の前にイデアが居たというのに、自分は背後から、まるで羽虫がそうされるように惨めに押しつぶされているのか。

 

 

 

視線を巡らせる。いつか夢で見たイデアがしたように全方位を“見て”回り……複数の砂上に転がった眼球は間違いなく見た。

 

 

 

 

 

この奇跡を目の当たりにし、瞼こそないが、瞳孔を大きく見開き最大の驚愕を味わう。

 

 

 

そして絶望など生ぬるい、神竜の本気の殺意を間違いなく混沌は感じ取った。

 

 

 

 

イデアが“もう一柱”そこには、いた。

黄金色の竜殻も、この世に並ぶモノなき聖剣の如き神爪も、何もかもが同じ。

 

 

 

 

二柱の竜が、並んで混沌を見下ろしている。

両者とも、その圧倒的な存在感は全く変わらない。

 

 

 

 

 

 

【幻影創造・写身】

 

 

 

 

 

 

人の姿の時に使えた術が、竜の姿を現して使えくなる道理などない。

外界に幻影を飛ばす際は、アクレイアの時の様に能力の劣化が発生したが、このナバタではそれはない。

真実完全な“もう一体の自分”を神竜は創りだすことさえ可能であった。

 

 

 

 

 

この異界を完全に支配する神竜の意思は言葉にせずとも空間を伝わり、異形に叩きつけられる。

長々と両者とも決まり手に欠けて続ける戦闘に対して、既にイデアはうんざりしてもいた。

ネルガルを屠るつもりで来たというのに、こんなわけのわからない怪物を相手に延々と千日手をしているのも非常に……不快だ。

 

 

 

 

神竜は頭の中でこの混沌の具現化を殺す手段を考えに考え、そして思い至っている。

異形のしぶとさも計算に含めて、それでもなお余りある威力で消す方法を。

 

 

 

無尽蔵とも言える復元能力、けた違いの攻撃能力と殲滅範囲……そして、何処までも神竜に食いつく執念。

少しばかり手こずった全てを纏めて消してやるという神竜からの宣戦布告が異形に突き刺さると、原始の混沌は今までよりも更に素早くその身をくっ付け合わせ、再生をする。

内側から吹き出すガスの様な瘴気が異形の全身を泡立たせ、更に醜悪に、おぞましく、生物として秩序を感じ取れる姿からかけ離れていく。

 

 

 

 

 

その身体をまるで重度の火傷でも負った人間の様に水疱瘡で覆い尽くすと混沌の質量が急速に文字通り“膨れて腫れ上がる”

水の底に沈み、息絶えた人間の姿が見るに堪えない様相を晒すのと同じく、水気を多く含む異形の姿はソレに似ていく。

 

 

 

貪食な異形の姿は見ているだけで精神に傷跡を残す程に醜い。

膨れ上がる力に呼応して空間がどす黒い泡の様なモノに汚染され、流れ込む砂を飲み込んでいく。

やがてクレーターの内部は先ほどの【ゲスペンスト】で呼び出された黒い水の様な物で満たされ湖となり、その中から異形は半身を表す。

 

 

 

 

神竜の眼に晒される姿はもはや醜いという領域さえ超過し、あってはならないモノとなっている。

 

 

 

 

全身にびっしりと大玉のブドウでもくっ付けたような巨大極まりない水ぶくれを創り、幾つか割れた中からは黒い腐汁を滴らせる姿。

黒く濁った汁を吹き出し、鼻を抉る様な悪臭を撒き散らす水ぶくれの「中」にはよく見れば、先ほど魔光を発射した“眼”が再生され、くっ付いている。

 

 

 

と、いきなり前触れもなく異形の眼がきゅぽんっとコルクを引き抜いた様な音と共に黒い身体から抜け落ちる。

視神経とも思われる真っ白い糸がピンッと伸び切り、限界を迎えて千切れるも、眼球はそれがどうしたと重力に逆らってその場に留まる。

 

 

 

ギョロギョロと周囲を見渡した巨大な目玉は、神竜に焦点を合わせ……。

 

 

 

 

【シャイン】

 

 

 

 

超高速で飛来する光剣によって粉々に砕けた。その後には体液さえも蒸発して何も残らない。

 

 

 

黙っておぞましい眼球の増殖を見逃すイデアはでない。そしてこの目玉についてもイデアは知っていた。

直接見るのは初めてだが、何度も何度も伝承の中で見かけている上に、その厄介な特性も。

 

 

 

 

これは伝承の中にのみ存在するかつての魔物……【ビグル】に瓜二つだが、今ここにあるのは原始たる混沌に直接産み出された上位種。

瞼も感情も何もなく、人間の身長程度の目玉が浮いている光景は、精神を直接かきむしる程におぞましい。

 

 

 

 

一、十、百、と何度も何度も音がなり、その度に異形の周りに浮遊する目玉の数が増える。

増える度に光剣がさく裂し、目玉が弾け、それでも混沌は眷属の創造をやめない。

全身のあらゆる箇所の水疱瘡が破裂し、子蜘蛛でも産み落とすように夥しい数の【ビグル】を創りだし続ける。

 

 

 

 

僅かに光剣から生き残ったビグルは生誕の喜びを味わうように震えると……眼球の中心に縦から一本の線が入り、そこから二つに裂け始める。

後は受精した蛙の卵が無数の細胞に分裂するように、幾つもの球体に増殖し、もう止まらない。

 

 

 

一体の【ビグル】はほんの僅かな……それこそ一瞬と言っても差し支えのない速度で数十にまで増えていた。

ぎょろぎょろと無数の兄弟たちが混沌を守る様に飛び回り、2柱の竜に対してその視線を向けている。

 

 

 

 

こんな生き物は存在しないし、してはならない。

ただ、そこにあるだけで全ての命という概念を冒涜している。

 

 

 

きっと、この光景を見たあらゆる存在はそう思う事だろう。

 

 

 

 

 

【アイ・ビーム】

 

 

 

 

全方位に向けて混沌は魔光を乱射する。周囲に展開された【ビグル】達が追従する形で本体の十倍以上もの量の光を吐き出した。

一欠けらも隙間もないように、びっしりと空間を埋め尽くし、腐敗を撃ちだす。

先ほどよりも太く、早く、そして数も多い魔光は一つの眼から何十もの線を伸ばしている。

 

 

 

 

ミスルの秩序が産み出す【竜呪】は確かに効果を発揮している。

だが、混沌はそれをも力技で押しのけようとしていた。

基礎的な力を制限されるならば、もっと技の威力を上げればいいと。

 

 

 

 

 

黒い閃光が空を埋め尽くす【シャイン】を次々と打ち砕く。

光剣の数は先ほどの小手調べで放った量と同等かそれ以上だが【ビグル】の増殖はとまらず、そこから生み出される暗黒の魔弾は増え続ける。

 

 

 

 

【『ァぃァあァでああ…ァ…………』】

 

 

 

 

うめき声さえ無残に変わり、拷問で喉を潰された人間があげるような、怨嗟と悲痛が入り混じった言語でさえない雑音が零れる。

 

 

 

だが、神竜は更に、更に、何処までも闇の斜面を転がり落ちるネルガルと相対しつつ、そんなことはどうでもいいと動く。

もう既に計画は完成し、後は実行に移すだけ。何も問題などない。

それに……命を冒涜しているというならば、それは自分も似たようなモノだ。少なくとものその件ではこの異形に嫌悪を向けることは出来ない。

 

 

 

 

 

 

イデアと【写身】は既に計画を決めている。

生半可な力……それこそ全盛期の神将器や古代竜族魔法を用いてもこの混沌を殺しきるのは難しいと悟っている。

【竜呪】によって全体的な能力の大幅な低下はあるものの、その再生能力と不滅性だけは健在で、このまま続けても文字通り世界最後の日まで戦う事になりかねない。

 

 

 

 

だからこそ、余り積極的な攻勢には出ず、この邪悪な七変化を行う混沌を観察するようにある一定の距離を置いて彼は戦っていた。

一撃で消滅させなければ、意味などないのだ。

無駄に力を使えば使うほどにこの異形はそれに適合するために更なる変化を行うだろう。

 

 

 

 

 

 

だが…………。

 

 

 

 

 

それらも含めて何もかも関係ない。

 

 

 

 

イデアの脳裏に一瞬映るのは傷ついた娘の姿。

それを思うだけで、神竜の胸中にある“太陽”は爆発を強める。

感情が一気に膨れ上がり、膨大なエーギルが神竜の内部を循環し、ネルガルを完全に消すべく研ぎ澄まされていく。

 

 

 

 

 

 

──もういい。終わりだ。

 

 

 

 

イデアと【写身】は空を征く。

2柱の竜は混沌を前後で挟み込むと、高く、高く、吼えた。

地鳴りを想起させる重低音が空の彼方まで突き抜け、月にまで届く。

 

 

 

悲しみ、怒り、哀れみ、諦観、全てを含んだソレはイデアがネルガルへと送る鎮魂歌。

この里で共に過ごし、確かに楽しかった日々を自分の手で終わらせる為の遠吠えだった。

 

 

 

 

楽しかった。とても楽しかったのだ。

ネルガルのユーモア溢れる性格はファやソフィーヤにとてもいい影響を与えてくれたのは間違いなく、イデア自身も彼やアトスに勉学を教える事は嫌いではなかった。

時折見せる子供の様な純粋な所、子供達に笑顔で接し、どんな我がままを言われても付き合う懐の大きさ、趣味だと言っていたが、明らかに趣味の域を超えていた見事な芸術家のセンス。

 

 

 

 

 

そしてファやソフィーヤは間違いなくネルガルの事を好いていた。

彼に全幅の信頼を寄せて、そして……傷つけられた。

 

 

 

 

 

 

“友人”……はっきりとイデアはネルガルを友人だと認識していた。

500年前に亡くした彼の代わりには誰もなれないが、間違いなくネルガルはイデアの中で彼に準ずる友であった。

 

 

 

だからこそ、こうなってしまった。

友、という認識における縛りが行動を遅らせ、娘たちを傷つけ、この里への脅威を創りだした。

 

 

 

 

その結果がこれだ。

今目の前でもはや生物としての原型を留めずに蠢き狂う黒い肉と混沌の塊だ。

全て過去の話で、もう何一つ今は変わらない。

 

 

 

 

 

 

【オーラ】

 

 

 

 

光の壁が展開される。

 

 

 

今度は神竜を守る様に包む形ではなく、混沌をを閉じ込める様に。

雲まで届く高さのオーラが2枚、地平の果てまで創り上げられる。

 

 

さながらこれは巨大な光の牢獄。

 

 

 

混沌の存在する地点を基点として、それをすっぽりと覆い尽くす蓋の無い巨大な箱。

ナバタに今、この場で創造された新たな城。神竜が築き上げる竜族の砦。

 

 

 

 

 

天高く聳えるそれは果てしない激戦によって産まれた砂漠の夜空のオーロラにまで届き、繋がってるようでもあった。

 

 

 

オーラの展開と同時に放射された力の奔流に巻き込まれた無数の【ビグル】が燃え尽き、壁の強度を試すために体当たりを試みた目玉も文字通り“目玉焼き”となり、灰となる。

だが、そんな事は何も問題などなく、すぐに残った【ビグル】が増殖を開始し、瞬き数回分の時間の後には直ぐに補充されてしまう。

異形の周囲の空間を埋める様にびっしりと目玉が肉の盾となっている光景はとてもではないが精神衛生上不愉快きわまりない。

 

 

 

 

イデアが【写身】を置いて空高く飛びあがり、異形から見ても小さな砂粒程度にまで見えない程の上空に飛び去る。

同じように【写身】は本体程ではないが、その4枚の翼から生じる強大な力場を用いて、この世の何よりも素早い速度で異形の上空を旋回し始めた。

 

 

 

 

いや、竜族の本気の飛行とは、真実を言ってしまえば「飛んでいる」訳ではない。

翼より発せられる力場により“場”を掌握し、この世の法則を捻じ曲げ、あらゆる方向へと“落ちる”ようなものだ。

その“落下”時に本来ならば起こりうるであろう、空気の抵抗や、それに付随して生ずる世界への影響さえもなかった事に出来る。

 

 

 

神竜の視界に映っていたのは丸みを帯びた世界。延々と続く砂丘と、無数の星……そしてその先にある海。

このエレブが存在する世界も間違いなく、球体であるという事の証拠。

 

 

 

 

竜は飛行時には瞬きをしない。

1を100等分した程度の時間ではあるが、その瞬間は視界が無になるのだから。

そんな微かな時間でさえ、神竜の本気の飛行は自らの身体を地平の果てまで運んでしまう。

 

 

 

 

超高速移動時での瞬きは言ってしまえば“よそ見飛行”みたいなもの。

例えるならば全力疾走する馬に乗った騎士が、眼を瞑って馬を操ろうとしているようでもある。

 

 

 

 

大気が千切れる音と共に神竜の山程はある巨体は悠々と空を舞う。

この地の支配者として何も恐れることはなく。

 

 

 

見せつける様に空を駆ける【写身】に対して無数の魔光と暗黒の魔弾が射られるが、それらは何一つ当たる事はなかった。

何もかもが遅い。イデアの影さえ魔弾は踏む事は出来ない。

 

 

 

 

竜はその翼を誇る様に更に速度を上げ、音を遥かに置き去りにする次元で飛翔する。

一瞬で神竜の姿はその巨体を遥かナバタの果てにまで移動させる。地平の果て、海の向こう側まで。

 

 

 

【写身】のイデアは目まぐるしく立体的に移り変わる視界の中で、全てを捉えていた。

本体の思惑も、自分の残像を必死に打ち抜こうと足掻く異形も、そしてこれから自分がやろうとしていることも。

 

 

 

 

竜は翼が齎す“場”の制御能力を僅かだけ攻撃に転嫁する。

今まで無効にしていた大気への影響を意識的に切り替え、頭の中に直接伝わる空気と気圧、衝撃波の関係を操作していく。

 

 

 

 

加速、加速、加速──突破、発生、操作。

 

 

 

 

竜が黄金の化物の真上を飛翔すると、一瞬遅れて大気が歪んだ。真っ白な蒸気の様なモノが神竜を包み、刹那の後にそれは消え去る。。

それは不可視の現象であったが、眼をよく凝らせば空間に破壊を齎す“波”が通り抜け、大気中に満ちる砂埃がそれに触れて跡形なく消える事だけは見えただろう。

 

 

 

 

本来発生するはずであった、物体が音を置き去りにして飛んだ際に産まれる破壊が全方位ではなく、一定の方向へと揃えられて空気中を走る。

その威力は何十倍にも乗数的に跳ね上がり、箱という疑似的な密閉の構造は更に衝撃波の威力を高める。

音もなく収縮する大気が産み出す「圧」は黄金の箱の淵を舐める様にそっていき、ボールが穴に落下するように底へ、底へとその威力を増幅させながら伝わり、目玉でぎゅぎゅうづめとなって蠢く混沌に対して炸裂した。

 

 

 

 

ぐしゃぁ、と人間に踏みつぶされた蟲の様に異形と行き場もない程に溢れていた【ビグル】の軍団は醜く大地にへばりつき、体液を黒海に擦りつける。

全身にさざ波が走り、増殖させすぎてしまった自らの眷属たちによって押しつぶされながら混沌は全身の眼球に力を込めて、暗黒の“穴”を身体の周囲に創造し、その中に魔弾と魔光を撃ち込んだ。

 

 

 

 

空間超過攻撃ならば距離など関係ない。先ほど人間体のイデアをずたぼろにしたのと同じ光景を繰り返してやると。

音を遥か置き去りにする速度で飛翔する【写身】を大きく取り囲むように、全方位、遠近無視で数えきれないほどの“穴”が空間にこじ開けられる。

秒の時間で地平の果てまで移動する神竜を逃さないと数十キロ先まで“場”が溶け、ドロドロと黒い泥によって世界の理が捻じ曲げられた。

 

 

 

 

暗黒の天体を空に幾つも顕現させた穴は、殺意の出入り口。

混沌が放った魔光と魔弾は疑似的につくられた「門」より殺意を滾らせて飛び出す。

 

 

 

 

前後左右、空中故に360度全方位逃げ場などない程に暗黒が空間を沸騰させ、竜へと向かう。

【竜呪】によって威力と速度そのものは若干落ちているが、それでもその数だけは圧倒的だ。

一撃でダメなら死ぬまで撃ち続ければいいという無尽蔵の力にモノを言わせた数の暴力。

 

 

 

 

 

だが、神竜は一度この光景を見ている。

既に知っている。空間に“穴”が開く際の場の僅かな揺らぎと、前触れとして漏れ出る異形の瘴気の感覚を。

視覚ではなく、このミスル半島は事実彼の身体の延長線上である故にほんの小さな揺らぎさえも直感で手に取るように把握できる。

 

 

 

 

 

死が、視界に満ちる中、神竜の心に恐怖はない。

胸は燃え上がり、思考は研ぎ澄まされている。

 

 

 

 

今の彼は本来の自分を解放した状態。

窮屈極まりない人の姿という“衣”を脱ぎ捨て、全力の戦闘を行うために竜の姿を晒した。

その探知能力は人間時を遥かに凌駕している。

 

 

 

 

竜の優れた直感は究極と呼ばれる域までに高まり、疑似的な未来予知さえやってのける。

ソフィーヤが行う遥か彼方の未来ではなく、これからほんの先、何が、どう起こるかを【見切り】万象全てが神竜の掌の上に転がり落ち、頭を垂らす。

 

 

 

 

翼を折り畳み、自らの身体を一本の矢の様にする。

猛禽類が空から急降下する際に見せる姿の様な、矢じりと同じ姿に。

そのまま竜は翼からの力場の力を更に強め、加速しながらくるくるとその巨体を回転させる。

 

 

 

竜はまるで何でもないかの様に殺意の嵐の中を飛んでいく。

そうしている間にも次々と空間に黒い穴が開き、何百単位で魔光と魔弾が補充されていくが、一つとして神竜には当たらない。

どれだけ異形とその眷属が狙いを定めようと、進行方向を予想しようと、神竜はまるで子供が遊んでいるかの様な気楽さでその全てを紙一重で回避してしまう。

 

 

 

 

あと、僅か、あと、少し………ほんの誤差程度だが、それでも当たらない。

外れる確率が限りなく0に近くとも、その果てにある“1”を神竜は手繰り寄せ、現実へと変える。

 

 

 

 

 

 

『────ッッ!!』

 

 

 

 

異形の憎悪が更に乗数的に跳ね上がり、その体内で稲妻を帯びたちっぽけな欠片が更に無尽の混沌を飲み干す。

夜空の闇が落ちた。全ての星の灯が消え去り、月も消え、代わりにあるのは夥しい数となり、全天を埋め尽くす空間の穴。

空の星を飲み干し、海の砂よりも多い悪意と殺意の出入り口。

 

 

 

 

 

そして、空から光が墜落した。

舞台に幕を落した様に、滝の水が堕ちる様に、豪雨が視界を埋める様に、暗黒が今までにない規模、圧倒的な壁として神竜とその周囲の全てを纏めて押しつぶそうとする。

 

 

 

 

神竜は飛行を一瞬で、何の前動作もなく当然の様に停止させると、その爪に対して【オーラ】を纏わせ、剣として伸ばす。

人で言う手刀の形を取ったイデアの爪に黄金が宿り、それは一本の長剣の様な形を取って固定化される。

竜の神爪という最高の物質を媒体に、竜のエーギルと意思によって編み込まれた光剣は先ほど乱射したシャインとは次元の違う威力と射程を有する竜の剣となりここにある。

 

 

 

 

【ファルシオン】

 

 

 

 

それは、数多くあるおとぎ話の中の勇者たちの中でも最も偉大と称される英雄王が振るった神剣の名前。

更に語るならば、その英雄王の物語から派生した作品の中でも登場し、荒ぶる神を鎮めた“封印の剣”でもあった。

鎮めた神の名前は三文字で称される邪神。力と欲望を司る神。原始の混沌の権化とも称された片割れ。

 

 

 

 

いつ、だれが、どこで、書いたかさえ不明の物語はいつの間にか竜の知識の溜り場にあり、そして数多くの人に愛され、今も続いている。

 

 

 

 

そんな偉大な物語が、ここで今、再現されようとしていた。

 

 

 

 

 

竜のたった一本の牙から作られた剣は数千年経っても決して朽ちず、邪悪を滅する力を持っていたという逸話がある。

ならば、神竜の5本の爪をベースに今なお増幅する“太陽”の熱とエーギルを込められて編み出されたコレにどれほどの破壊力があるのかは未知数。

 

 

 

 

ただ一回、神竜は、自らの爪に宿した“始まりの伝説”を振るった。

 

 

 

瞬間、その【ファルシオン】を構成する光が伸び───そして暗黒の壁を軽々と弾き飛ばした。

羽虫が大火に飛び込んだら、瞬時に弾ける様に。

 

 

 

それだけにはとどまらない。【ファルシオン】は更に爆発的に輝きを増し、その刀身を竜の意思が続く限り何処までも巨大化させる。

空に開いていた暗黒の穴を何千単位でまとめて貫き、刀身は空間さえ超える。

竜の望む先、認識さえ出来れば何処にいようと意味はない。

 

 

 

 

 

『───ギ、ぁいぃあぁぁァァあああアゥォォォオアァァ!!!!!』

 

 

 

 

ぶっち、ん、と無数の【ビグル】が消え去り、異形の身体の中心あたりに裁きが突き刺さる。

異形が身を沈めていた黒海は、暴力的な光により照らし出され、秒ももたずに蒸発してしまう。

 

 

 

 

向こうからイデアに送れたのだ。その逆が出来ないはずはない。

自らが開けた空間超過の穴から突き出された【ファルシオン】に串刺しにされ、異形はもがくが、どんなに暴れようと【ファルシオン】は異形を串刺しに、埋まったまま抜けない。

【トロン】などとは比べ物にならない程の絶大なエーギルと、イデアの意思を混ぜ合わされて作られる神剣は、決して邪悪の存在を許さない。

 

 

 

 

神竜は突き刺さる光剣を通して異形の内部を“見た”

荒れ狂う天雷、力に変換される闇、そして……底知れない程の絶望と、喪失感。

ネルガルという男が抱いていたこの負の感情こそが、彼を神将に匹敵する術者にまで押し上げた原動力だったのだと。

 

 

 

見て、知って……一瞬だけ共感に近い感情がまた湧き出すが、すぐにそれは消えた。

お前が何を失ったかは知らない。お前が何に絶望しているのかもわからない。

 

 

 

 

 

 

異形の体内で今なお混沌を啜る小さな悪意の欠片に神竜のエーギルが廃滅の意思と共に注がれ、その内部で壊れろと暴れ狂う。

外部のおぞましい化物の姿を幾ら壊しても無駄ならば、その中で無尽の活力を創り出す心臓を抉ればよいと神竜は混沌の内部に“眼”を通し、見つけた弱点を容赦なく抉る。

 

 

 

 

 

『いたイ、いたァい、イタぁぁぃぃ…………!!』

 

 

 

 

傷口さえ再生できず、存在の本質まで焼かれる苦痛の中、異形は明らかに今までとは違う種類の悲鳴をあげて悶える。

バラバラにされようと、稲妻で体内を焼かれようと、全く意に介さず意味不明の呻きを上げていた異形が始めてすすり泣く様な声をあげた。

怪物の全身の目玉が血走り、グルグルと視点を彷徨わせて、最後は白濁とした。

 

 

 

 

 

【竜呪】

 

 

 

 

ナバタの“秩序”が【ファルシオン】を通して直接体内に打ち込まれる。

先ほどの【竜呪】が外側から縛る鎖だとするならば、これは体内からその存在の本質……エーギルまで打ち込まれる楔。

更に容赦なく異形の力を神竜は削り取り、縛り上げ、万に一つの抵抗も許さず、滅びへの階段を昇りつめさせる。

 

 

 

 

神竜が意思を送ると【ファルシオン】の刀身が縮む。その先に串刺しにした異形の身体もろとも。

漁師が魚を捕えた網を引き揚げていく様に、異形の身体は無理やり空中に引っ張り上げられ、自分で開いた空間の穴の中に引きずり込まれる。

 

 

 

 

硝子が砕けるような破砕音と共に空間を割り砕きながら、異形は宙に晒される。

じたばたと全身のあらゆる所から新たに生やした腕を振り回す姿を、神竜は研究者が蟲でも観察するような冷ややかな目で見つめ……ファルシオンを大きく上に振った。

すると、どれほど暴れようと決して抜けることがなかった刀身は、呆気ない程簡単に異形の身体から引き抜け、同時に混沌は空を舞う事になる。

 

 

 

理不尽なまでの力で異形は天高く放り投げられ、雲を超え、星に届くのではと思える程の速度で全く減速せずに、ぐるぐると巨体を回転させて空を舞う。

やがて上昇の速度が少しずつ落ち着いてくると、異形の視界に入ったのは……【写身】ではない、もう一体のイデア。

 

 

 

 

異形が咄嗟に魔弾と魔光をばら撒くが、神竜に着弾する直前で不自然な軌道に捻じ曲げられ、あらぬ方向へと飛んでいく。

神竜は【オーラ】さえも展開していないというのに、まるで“場”がねじ曲がっているかの如く、攻撃が届かない。

 

 

 

 

 

物音一つ立てず、ただそこにあるだけの竜からは激しさや、敵意など微塵も感じない。

ただ、竜は、4枚の翼を大きく伸ばし、その形状を変える。

全力で体内を循環するエーギルを攻撃に転嫁し、この余りに長引いた戦いに完全に幕を下ろすために。

 

 

 

 

ネルガルが憧れた竜の力……現状での自らの最高火力を以て彼を葬り、それを友だった存在への土産とするため。

何一つ残さない。存在の痕跡さえ消し去る最大最強の一撃を与える。

この数百年一度も発揮されなかった竜の全力が、今、ここで、発揮されようとしていた。

 

 

 

 

神竜の翼が、剣となった。かつて飛竜の群れを駆除した時の様に。

翼膜が消え、鋭く鋭利な形状になった神竜の翼が帯電する。

迸るスパークの色は最初は黄色、次に赤、そして最後は輝く黄金色へと移り変わり、その度に鳴り響く音は重く低くなった。

 

 

 

 

空に昇った竜は今まで竜族の言語で詠唱を行っていた。

完全さえ超えた形で、古代の極大魔法を発動させ、行使するために。

 

 

 

 

それは今、完成し、偉大なる結果が顕現する。

 

 

 

 

 

【ルーチェ】 【ギガスカリバー】 【オーラ】 

 

 

 

 

“分解” “切断” “拒絶” の術が同時に発動し、それらは神域さえ超えた叡智と技の前に混ざり合う。

 

 

 

 

 

竜の頭部のすぐ前に、太陽の如く輝く神々しい球体が出現する。

完全なる球体として顕現したソレに対し、神竜は躊躇うことなく莫大なエーギルと廃滅の意思を込めて完成させていく。

常人換算で何人分等という、もはやそういった測定という行為が破綻するほどエーギルを込められた球体の周囲の“場”が歪み、それは大きく全方向へ広がり始めた。

 

 

 

眼に見える程の“場”の揺らぎと“ズレ”が、ミスルの空を瞬く間に覆っていく。

空に断裂が駆け抜け、悲鳴をあげる空間から連想されるのはかつてあった世界の終わり【終末の冬】……。

膨大な竜の魔力と全盛の神将器全てがぶつかり合い発生したソレを、イデアはたった一柱で引き起こしかけていた。

 

 

 

 

 

 

マズい、と自らが逃避するために空間に再び“穴”を展開しようとした異形の動きが、凍り付く様に停止し、全ての空間への干渉が不可能になる。

冷気魔法【フィンブル】をその身に受けた様な有様だが、怪物の身体は物理的に凍り付いてなどいない。

そもそもこの怪物は寒いという感覚など存在せず、例え全身を氷河に沈められようと凍り付くことなどはありえないのだ。

 

 

 

 

だが、確かに今、異形は凍結されたように動けず、今まで好き勝手に振り回していた無尽の力を振う事さえ出来ない。

 

 

 

 

 

【フリーズ】

 

 

 

 

体内に打ち込まれた【竜呪】を通して発動される行動停止の術が異形を内部から縛り上げる。

動くな、大人しく待っていろ、という竜の囁きを異形は確かに聞いた。

 

 

 

 

『─────っッっ!!』

 

 

 

 

 

異形の全ての眼が今も神竜の前で不気味に輝き続ける「玉」に釘づけになる。

あれの完成は、完全なる終わりを意味しているというのに、どんなに願おうと異形の身体は細胞単位で縛られ、動かすことが出来ない。

彼に出来るのは死刑執行の瞬間まで、何もできず、ただ、見惚れるだけ。

 

 

 

 

光は更に強くなっていく。

竜の頭部程度の大きさでしかない球体は神竜がこの世に創造した……“破滅の太陽”としてその神威を撒き散らす。

 

 

 

 

ここは隔離された異界。本来ならばここで何をしようと外部には何も漏れるはずはない。

なのに……空間そのものをエレブから切り離しているというのに、イデアが創る破滅はそんな条理さえ覆し、空間を歪ませ、破壊し、漏れ出たほんの一部の力がエレブへと影響を与える。

大陸中の全ての雲がナバタに引き寄せられ巨大な渦を作り上げ、大地は地震と共に低く唸り、その内部で脈動する『竜脈』でさえ、遥か彼方で収束する膨大な力に影響を受けて暴れ狂う。

 

 

 

 

ただそこにあるだけ、まだ何も外部に影響を与える為の意思を得ていないというのにその太陽はそこにあるだけで全てを焼き、滅びをばら撒いている。

“場”も、命も、存在も、水、空気、光、そして混沌でさえ例外ではなく消す。そうだ、これは“終わり”そのもの。

これを完成させてしまった時点で異形は終わっていた。

 

 

 

 

【秩序】の権化である神竜が滅びを望み、それを実現させる存在を作り上げた。

この事実が齎す意味と、産み出す結果は人智を超えている。

 

 

 

 

神の裁き? 必殺攻撃? 極大魔法? 否、否、全く足りない。

かつてのナーガが参戦した神話の闘争ではエレブ以外も多数存在していた全ての大陸が跡形もなく消えてなくなった。

その際に行使された力の一つに届きうる破滅がこの場に再現されてしまった。

 

 

 

 

大陸が消える。言葉や文字にして書けばそれは短い羅列でしかない。

だがそれは人の想像の遥か彼方にある“災厄”であり、もっと言えば世界の終わりだ。

 

 

 

 

そんな絶対の“力”が、たった一つの存在に向けて放たれようとしている。

 

 

 

 

 

………神竜イデアの口がゆっくりと、異形の前で見せつける様に開かれていく。

 

 

 

 

 

一対の視線が異形を見て、混沌も神竜を見て………。

 

 

 

 

 

『ぇ…………な…………

 

 

 

 

 

異形の呟きは途中で打ち切られた。

 

 

 

 

“太陽”が【ブレス】と同時に光に匹敵する速度で発射され、まずはその破壊の余波が閃光として射線上の空間を混沌もろとも無遠慮に掻きむしった。

世界が絶対の前に塗りつぶされる。世の根幹は膝を屈し、かつてこのエレブの根源を組み直した力に頭を垂らし、勝利を捧げたのだ。

空間が文字通り消滅し、その場にあったモノはこの世の絶対の法則でもある形態変化としての質量の保存さえ出来ずに完全に“消滅”する。

 

 

 

 

そうだ、完璧に消えたのだ。形態変化としての水が雲になり、雨となるのではない。

0になりそれが存在していた場所にあるのは「無」だけという本来この世でありえないことが起こってしまった。

 

 

 

 

破壊は止まらない。このブレスという名前の光の線による滅却など、ただの先触れだ。

光が太陽の射線軸の空間を綺麗に掃除すると、整えられたその道を次は“太陽”が堂々と全てを滅し、征服していく。

 

 

 

 

“太陽”の通った射線にあるモノ何もかもが消えていく。

この瞬間、僅かであるが確かにエレブという世界の“質量”の絶対数は減少した。

“太陽”が異形を飲み込む刹那、ナニカが異形を庇うように転移して飛び込むが、そんな存在は1を万分の1に分割した程度の時間も持たずに混沌もろとも塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

“黒”はほんの僅かな時間だけ“太陽”に拮抗したが、直ぐに飲み込まれ、消える。

最後の悲鳴の様に迸るちっぽけな天雷の稲妻も刹那の後に消え去り、かつてのテュルバンが掲げていた強者による蹂躙をその身で体現する事となった。

 

 

 

 

破滅の権化である球体は何もかもを消し去りながら、いともたやすく隔離異界の異相のずれた“場”さえも穿ち、飛んでいく。

夥しい量の海水を瞬時に消滅させ、けん引した雲で創りだされた巨大な渦を軽々と吹き飛ばし、星から発せられる重力さえも振り切り、夜空の彼方へと消え去った。

 

 

 

 

天地が断ち切られ、世界は一瞬無音になった。

全ての音が消え去り、今まであった激しい戦いが嘘の様な美しい静寂が全てを包む。

 

 

 

後に残るのはに残るのは一本の虚空に刻まれた“線”のみ。それが果てなく続いている。

海は真っ二つに、まるで渓谷の様に断ち切られ、海底を晒す海水はまるで壁の様にそそり立っていた。

天は全ての雲が消え、異界の外側にある夜空の星々の星の場所を移す空間が消えた事により空は“ズレ”てしまっている。

 

 

 

 

恐ろしい程に熟達した剣士に切られた者は、自らが切られたことにさえ気付かないという──今の状況は、まさしくソレだった。

自らが切り裂かれたと認識した万象が、弾ける。空間そのものが、消えた場所を押しつぶすように流れ込む。“太陽”の射線上に、順を追って何度も何度も。

空間が存在しない場所などあってはならない。故に世界は当然の様に今ある空間で以て、抉り取られた場所を補修する。

 

 

 

 

 

その際に発生する超規模の質量の移動が轟音を伴い、爆発を繰り返し巨大な火柱を上げた。

 

 

 

 

イデアは自らが齎した破壊を沈黙し、見つめている。

何も彼の前にはいない。消えた、消した、殺した。

自分が、自分の殺意で、間違いなく。

 

 

 

 

神竜は咆えた。

巨大な“泣き声”をミスル全土へと叩き付けるように上げた。

酔いはない、勝利の愉悦もない。あったのは虚無感だけだ。

 

 

 

 

 

虚無はぽっかりと穴をあけ、やがてそこが鈍く痛み出す。

この苦痛をイデアはよく知っている。

 

 

 

 

 

 

500年ぶりにその身を蝕んだのは……………。

 

 







あとがき



これにて前日譚編の大筋は完結になります。
今回、やりたい事を全部ぶちこんでいったら、どんどんインフレし、更に文章量が膨み続けて困りましたw


次はまた幕間を挟み、各キャラの補足やキャラや術の紹介をしてから、
遂に烈火への序章となります。
本当に長かったです、やっとここまで来れました。



IFも発売され、この機に更に多くの人にFEシリーズを知ってもらうために、これからも頑張っていきます。



では、皆様、次回の更新にてお会いしましょう。




  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。