とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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皆様お久しぶりです。色々あって遅れましたが、私は生きています。

ヒーローズで遂にファやエリウッド、ソフィーヤなどに声がつきましたね。
アレのおかげで凄まじくモチベーションが上がっています。
イドゥンの声が誰になるのか今から気になる限りです。



とある竜のお話【幕間】悠久の黄砂

カン、カンと金槌を叩きつける音がナバタの里に響く。

音の発生源は一つではなく、里の至る所からだった。

それだけではなく、多くの人や竜や竜人が物資を運ぶために竜に合わせて作られた巨大な道を行ったり来たりしている。

 

 

長であるイデアが里の大規模な改修計画を発案し、実行に移してから日常となった光景だった。

路では里の魔道士たちが考案し試作された新型の武器のひな型も輸送されている。

 

 

そんな中をファは歩いていた。

背中にはお気に入りの使い古した背嚢を背負っている。

 

 

隣には何時も通り姉ともいえるソフィーヤがいて、頭の上には彼女の友達である「リンゴ」を乗せ、小さな歩幅でせわしなく足を動かし続けてファは歩く。

 

 

 

特に何処にいこうか等という打ち合わせは必要ない。

今日の予定はもう決まっているのだ。

正直、目的を考えると余り気乗りはしなかったが、彼女は持ち前の前向きさでソフィーヤとのこの散歩を楽しむことにしていた。

 

 

 

今日の予定は、ネルガルの遺品分配である。

もう居なくなってしまった者の遺品を片付けるのが今日の二人の予定であった。

ただし、予め魔道的な要素を持つ危険な品物などはイデアやアトスが全て回収してしまったので、二人が触るのは本当に彼の私物だけだ。

 

 

 

彼の生活や、ちょっとした趣味、思想の置き土産を見に行くのだ。

 

 

 

もう彼はいない。この里のどこにも。影さえ残っていない。

そしてファは幼いながらに必死に考えてどうしてこうなったのかを朧気に理解している。

 

 

あの時ネルガルが、大好きなおじさんが自分に何をしようとしたか、これから何を行おうとしていたかを。

ファはまだまだ幼い。幼子というのも憚れる竜の赤子だ。

それでも、そんな彼女でも大よそのやっていいことと悪い事の区別はつく。

 

 

 

きっとおじさんは……何か悪い事をして、お父さんと喧嘩をしたんだ。

そして二人は「ばいばい」してしまった。とても悲しい「ばいばい」を。

もうあの優しくて安心できる声を聞くことは出来ないんだとファは本能で悟っていた。

 

 

 

 

 

「ファ…………」

 

 

 

ファに語り掛けるソフィーヤの声には隠しようもない不安と労りがあった。

彼女は自分がこのネルガルの一件でかなりショックを受けているという自覚がある。

とても優しく、好感を抱いていた男の変貌とその死に対して未だに割り切りがついていないという感情もあることも。

 

 

500年生きた自分でさえそれなのだ。

自分以上に若く純粋でネルガルを信じていたファがどれだけ……例え外見上では何の問題はなかったとしても、内面で傷ついているかは想像することしかできない。

 

 

 

ファはそんな姉の心情を読み取っているのかどうかは判らないが、ただソフィーヤの手を取って何時も通り彼女を引っ張りだす。

「あ」と小さくソフィーヤが呟き、足を微かにもつれさせながらもファに身を任せ、駆け足になり……あれよあれよという間に全力疾走になる。

活力に溢れる竜の“ちょっと”の速さはソフィーヤにとっては“とんでもない”速さなのだ。

 

 

 

 

────ファ……! すこし……あの、あぁ……! あしが……!

 

 

 

わーわー言いながらもソフィーヤは何とか姉としての威厳を保つべく根を上げず片手でスカートを持ち上げ必死にファの速度についていく。

長髪をたなびかせ、瞳をグルグルにしたソフィーヤが走り回る姿を里の住人は微笑ましそうに見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほどなくして二人は里の中心部にある【殿】の一室、かつてはネルガルが使っていた部屋の扉の前に居た。

もちろんここに来るまで一度も休憩など挟まず、それどころか階段を二段三段飛ばしながら走り続けている。

 

 

扉の前に到着した瞬間ソフィーヤは膝から崩れ落ちそうになったが、何とか姉としての威厳を振り絞り、ガクガク震える足腰にムチをうって、外見上は何とも無い風体を保つ。

はぁ、はぁと息を……“少しだけ”切らしていると「リンゴ」がタオルを差し出してくれる。

それで汗を拭ってからソフィーヤは深呼吸をして体内の空気を入れ替えた。

 

 

 

少しだけ……少しだけ、だ。

本当に少しだけ疲れた程度に走ったソフィーヤの胸中からは先ほどファを見て思っていたもやもやが綺麗さっぱり消し飛んでいた。

何時もの彼女ならばネルガルの部屋の扉を前におずおずと開けるか開けないべきか悩んでしまっていたかもしれないが、今の彼女に怖いモノは殆どない。

 

 

 

日中の里の中を走り回り、全身を汗でべたべたにし、体力の限界に挑戦した彼女に不可能はないのだから。

未だ眼をグルグルとさせた彼女はふーふーと息を噴き出しながら扉に震える手を伸ばし……ここでもファに先を越される。

 

 

 

ファは何時も通りの無邪気さを以て、ソフィーヤの速度を笑い飛ばすような勢いで扉をバンッと開けた。

むふんと、鼻息を荒くし、瞳を輝かせながらファは床を蹴って大きく跳躍し、背中にいつの間にか出現させた翼の浮力も併せて室内で二人を待っていたイデアの、父親の胸に飛び込む。

 

 

 

「おとうさん、ただいま!!」

 

 

 

ぼふんっという音を立てて白いローブの中に頭が埋もれ、次いでその上に掌が乗せられた。

くしゃくしゃっとファの髪の毛が撫でられると幼い竜は満足気に鼻息を漏らし瞳を細める。

 

 

 

「おかえり。ソフィーヤもよく来てくれた。

 ……ファに無理やり走らされたりしてないか?」

 

 

 

イデアがソフィーヤに目を向けると、そこには扉に手を伸ばしたまま固まった彼女が居た。

所在なさげに虚空で固まる片腕、汗を垂らす真っ赤な顔、そしてイデアよりも遠くに固定された視線の彼女が。

ぽかんと口を開けて彼女は惚けてさえもいるようだった。

 

 

 

しかし直ぐに彼女ははっとした様子で我に返ると、乱れた髪の毛や衣服をそそくさと整えてから貴婦人の様に優雅に一礼し、その拍子に肩からリンゴが落下した。

悲鳴を上げてリンゴは廊下の向こうへと転がっていく。

 

 

 

 

「……大丈夫です」

 

 

「本当に? 息が乱れている上に汗まみれだ。

 隣の部屋で少し拭いてきた方がいい位だぞ」

 

 

「少しだけ……走りました。でも……大丈夫です、本当に……」

 

 

 

意地でも走って疲れた事を認めないソフィーヤに対してため息を吐いたイデアはファの左右の頬を摘まむと軽く引っ張る。

ぐにぐにと娘の顔は水気を含んだ粘土細工の様に形状を変え、ファは口から素っ頓狂な声を上げながらも笑顔を絶やさない。

 

 

 

「ふほひいふぁいふぇほ! ほほうふぁん!!」

 

 

 

「ファ。元気なのはいい事だがもう少し周りを見て行動するんだ。

 転んだりしたら危ないだろ? 

 お前たち二人が怪我をするのは凄く悲しい事だ」

 

 

 

 

ふぁいっ! と大きく返事を返すファの眼を覗き込んだイデアはそこに理解があることを確認してからファの頬から指を離した。

こう見えてファは非常に物覚えがいい。

かつてのイドゥンの様に白紙に文字を書き込むようにあっという間に覚えてしまう。

 

 

「次」はきっと……多少はソフィーヤに考慮された速度になるはずだ。

 

 

 

「……ふふっ。イデア様……私は本当に大丈夫です……」

 

 

 

ファとイデアのやり取りを見たソフィーヤが柔らかく笑い、完全に呼吸などを整えると何時も通りの彼女の小さな歩幅で部屋に入り、扉を閉めた。

入室してからグルッと室内の様子を見て……ネルガルの生活の後を感じながらもソフィーヤは顔色一つ変えない。

自分でも意外だと感じた彼女だったが、朧気にその答えはもう出ていた。

 

 

 

───がむしゃらに走って……すっきりしたから……?

 

 

 

案外ファはそこまで考えて自分を引っ張ったのかもしれないとソフィーヤは思った。

幼い竜ではあるが、幼い故にこそファは周囲の者の感情に敏感で、深すぎる程に優しいから。

 

 

 

「ファね、追いかけっこ、たのしかった!」

 

 

 

「私も。……さぁ、イデア様のお話……一緒に聞きましょ?」

 

 

 

 

二人の竜の娘たちは手を繋ぐと並んでイデアに向かい合うと神竜は頷き口を開く。

言葉を選びながら、ソフィーヤはともかくファがどのように自分の言葉を受け止めるか、真剣に考えながらイデアは単語を紡いだ。

 

 

 

「既に話は通っている筈だが

 今日はお前たち二人にネルガルの遺品の幾つかを相続させたいと思っている。

 危険だと判断した品はこちらで接収済みだから

 この部屋にあるのは本当にただの私品だ」

 

 

 

 

ネルガルが掘っ建て小屋に投棄していた全ては回収、検閲の後にここに戻された。

生前の彼が使っていた空間を出来るだけ再現するように考慮された配置の上で。

 

 

 

 

うん、と二人は同時に頷いた。

そもそもの話、ネルガルの遺品が欲しいと言い出したのはこの二人だったのだから。

確かに彼は……道を踏み外した結果として排除されたが、それでもソフィーヤとファはネルガルが好きだった。

 

 

こんな事になってしまったが、彼が居たという事は忘れたくなかった。

例え彼が自分たちの命を奪おうとしていたとしても、彼と過ごした時間は本当に、本当に楽しくて……黄金に輝いていたのだから。

 

 

 

 

「好きに選んでくれ。何か聞きたい事があったら呼ぶんだぞ?」

 

 

 

はーいと二人が声をそろえて返事をするとイデアは近くにあった椅子に腰かける。

懐から書類を取り出して空中に展開すると、手慣れた様子で空に固定した紙に向き合って執務を始めだした。

仕事、仕事、仕事……普段はここまで仕事に追われる彼ではないが、今は色々と込み入ってる為に仕方ない。

 

 

 

ファとソフィーヤは向き合うと、二人揃って人差し指を鼻の前にもってきて「シーッ」と息を漏らす。

大きく息を吸ってから口をつぐみ、頬を膨らませてから二人は行動を開始。

 

 

 

ネルガルの几帳面な性格が表れている整頓された部屋を二人は探検する。

壁に掛けられた複数の絵画、机や棚の上に置かれた芸術品に、幾つもの計算式や落書きなどが走り書きされた黒板……。

何度も入ったことのある部屋だが、こうして改めてみるとネルガルという男は多趣味で多芸だったのだと実感せざるを得ない。

 

 

 

「これって何だろう?」

 

 

 

ファがまず手に取ったのは「槌」だ。

十字状の取っ手に左右と上部に「皿」がくっ付いた奇妙な形の「槌」である。

十字の中央部分からは紐が伸びていて、その先にくくりつけられているのは木製の球体。

ヤアンが密かに没頭しているそれの名前は「けん玉」であり、ソフィーヤもよく知っている遊具だ。

 

 

 

ファからそれを受け取り、ソフィーヤはじぃっとけん玉を見つめる。

ふつふつと、胸の奥から強い感情が沸いてくるのを彼女は客観的に感じた。

ここは一つ、先ほどは振り回されたが今度は姉としての威厳を見せる時ではないかと。

 

 

 

自慢ではないが、彼女は外で年頃の子供の様に走り回って遊ぶのが苦手故に、こういった一人で遊ぶ玩具の扱いには手慣れている。

 

 

 

「♪♪~~、♪♪~~…………」

 

 

 

落ちてくる玉に合わせて膝を使ってリズムを取り、ソフィーヤは歌を口ずさむ。

イデアがこれをやってる時に時折口ずさんでいた歌を。

視界の端で彼が少しだけ自分に意識を向けてくるのをソフィーヤは感じながら、手慣れた手つきで危なげなく、玉を操り「皿」に乗せては飛ばし、乗せては飛ばしを繰り返す。

 

 

 

「~~~♪ ~~~♪」

 

 

 

 

歌詞の締めと同時にカチンと軽快な音を立てて十字の中心に球を見事に落とし込んだソフィーヤは、眼をキラキラさせて見上げてくるファを見て微笑んだ。

胸を張ってどうだ、と彼女にしては珍しい主張をするとファは当然の様に理想的な答えを返してくれる。

 

 

 

「すごい! すごい!! とっても、かっこよかった!」

 

 

 

「ありがとう……努力すればファも出来るようになるわ」

 

 

 

 

ファにけん玉を手渡すと早速彼女は力任せにそれを振り回そうとして案の定失敗を繰り返す。

このまま永遠に続けかねない彼女に「後でいっぱい遊びましょう?」と声をかけるとファはここに来た目的を思い出したのか懐に玩具をしまって頷く。

 

 

 

まずは一つとソフィーヤは胸中でカウントする。幸先がいいスタートだと。

下手に彼との別れを悲しみ続けるよりは遥かにマシだと。

 

 

 

「あ……これって……」

 

 

 

らんらんとステップを刻みながら部屋の中を闊歩していたファが声を上げる。

彼女が見ているのはネルガルが描き、壁に飾っていた絵の一つだった。

“ソレ”を見てソフィーヤは唇をつぐみ、イデアが一瞬だけ視線を二人に向けるが直ぐに戻す。

 

 

 

「……これって……あたし?」

 

 

 

ファの言葉は何時も元気と覇気に満ち溢れている彼女とは思えない程に揺れたものだった。

困惑と未知に対する期待があべこべに混ざった、何とも言えない口調。

 

 

 

ネルガルの置き土産の一つ。彼の芸術の一つ。

末期の理解不能な、命を弄ぶ外道の理ではなく、彼がまだ彼だった頃、産まれてくる命に感銘を受けて無心に描いていた絵だった。

ソフィーヤはファの両肩を後ろから掴むと、この一枚の絵に向かい合う。

 

 

 

チクリと彼女の胸が痛んだ。

最後に見た彼が捨てようとしていたものを思い出した。

 

 

 

 

「そう……これは貴女。あの人は……ファの誕生を喜んでいたの……」

 

 

 

「うん。あたし、しってるよ。みんな、ずっとあたしの傍にいてくれたって。

 “ここに居ていいよ”っていってくれたって。だからファはがんばるの!」

 

 

 

ネルガルとの思い出を反芻したファの眼に涙が微かに浮かぶ。

浮かぶが……「んんんん」と唸り声を上げたファは涙を引っ込めた。

もう十分に泣いたのに、これ以上泣いたら無駄に気分が沈むだけだと。

 

 

 

お父さん、と声を掛けようとすれば既にイデアは二人の直ぐ近くに移動し、飾られた絵を見ている。

視線が移動し、ファに向けられると彼は口を開いた。

 

 

 

「もう一つ見せたい物がある」

 

 

 

「……?」

 

 

 

ソフィーヤが顔を傾げ、ファが未知に喜色を浮かばせる。

そんな二人の様子を見て神竜は少しばかりの躊躇いを見せ、今になってやっぱりなしは出来ないと腹を括った。

彼は部屋の隅に置かれた……この部屋の中で最も巨大な絵に掛けられていた布を取り去り、その下の絵を披露する。

 

 

 

 

少女達が息を呑む。

そこに描かれていたのは……彼女たちが知る「全員」だった。

アトス、ネルガル、イデア、ソフィーヤ、ファ、ヤアン、フレイ、メディアン、アンナ……更には里の色々な住人達。

 

 

 

所々着色されている所とされていない所があり、何人かは未だに描きかけの場所もあるが確かにコレは全員を描いたものだ。

いつぞやに行われたメディアンの家での食事会、誰にとっても輝ける思い出であるあの宴を見事にこの絵画は再現しようと“していた”

 

 

 

そして……途中で投げ捨てられた。

彼は絵を捨てた。人を捨てた。倫理を捨て、消えた。

もうこの光景に戻る事はない。

 

 

隣人が死んだ時と同じように、家族が死んだ時と同じように、その人が居た場所にどうしようもない穴が開いている。

 

 

イデアは言葉一つ漏らさず絵を凝視する二人の娘を見つめていた。

未だに彼の中では本当にこれを見せるべきだったか否かという、後の祭りとしか言いようのない議論が行われているが、もう賽は投げられた。

 

 

 

「おとうさん」

 

 

絵に歩み寄り、表面を指でなぞっていたファが普段あまり見せない落ち着いた声音で漏らす。

彼女はイデアに向き直ると……彼の予想を超えた満面の輝くような笑顔を見せた。

 

 

 

「ファね、やりたい事できた!

  “おえかき”……ファもおぼえて、この“え”のつづき、描いてみたい!」

 

 

 

ファはくるりと恰好をつけるように一回転すると、ソフィーヤの手を取り彼女を引っ張ると、空いた手で次はイデアの手も取る。

彼女を中心に三人は繋がり、真ん中で幼い神竜は太陽の様な輝きを放ち続ける。

 

 

 

「おじさんはもういないけど……でも、ファは楽しかったよ。

 すごく、たのしかった。でも……いなくなるって、淋しいね」

 

 

 

平坦な呟きをファは零す。

どんな形で終わったとしてもあの日々は楽しかったと事実だけを確認するように。

不幸と喪失を受け入れて、それでもと前を向くために。

世の中に存在する「どうしようもない事」を経験した彼女の精神は、更に成長を遂げようとしている。

 

 

 

「だから……この“え”はファが描きたいの」

 

 

 

そしてと言葉は続く。

 

 

「もっと、いっぱい色んなことをしって“え”の中のみんなと同じようにみんなにわらって いて欲しいの。

 だからおとうさん……ファにもっといっぱい色んなこと、教えて」

 

 

イデアを見上げるファの顔は幼いながらも決意に溢れている。

体内を巡るエーギルはこれまでない程に安定しており、彼女の言葉と心に迷いが存在しない事の証明となる。

 

 

 

これは……わがまま、等ではない。

 

 

彼女の初めての「決断」だ。

ここから先、永遠を生きることになるファが初めて行う「決断」と「決意」である。

そして小さな娘が頑張って導き出した答えをイデアが否定する事など出来るわけがない。

 

 

 

イデアは言葉ではなくファの言葉に深く頷くことで答えた。

ファの顔がぱぁっと輝き、イデアの胸に飛び込み、その頭をくしゃくしゃと撫でられる。

 

 

 

───ここからが正念場なんだろうな。逃げる事は絶対に許されない。

 

 

 

娘の決意を見て胸中で喜ぶイデアではあったが、同時に気を引き締めてもいた。

大切な存在との別離と自分の無力さの自覚、それに伴う力への渇望。

ファはあの時の自分より遥かに前向きで知的で、親としてのひいき目がもしかしたら入っているかもしれないが優れている。

 

 

そして同時に純粋すぎる。怖い程に。

ファは、────フ───────ァ─────は余りに綺麗すぎて、純粋で、危うい。

 

 

 

力に貪欲になり過ぎないように。

神竜として気張りすぎないように。

一人で何もかもを抱え込まないように徹底して教えなくてはいけない。

 

 

そして何より大切なのは……。

 

 

「ソフィーヤ。これからも頼む」

 

 

「はい……」

 

 

 

少女が頷いて答える。

イデアが己に求めていることを既に察している彼女はソレを当然として喜んで引き受けた。

自己主張を余りしない彼女ではあるが、これだけは別の話だ。

 

 

絶対に、誰にも、この役目を譲るつもりは彼女にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の娘との用事を済ませたイデアは次に“後片付け”の総仕上げとしてアトスと彼の部屋で会話をしていた。

既にファとソフィーヤは何枚かの絵と玩具などの私物を選び終わり、二人でソフィーヤの家に出かけており殿にはいない。

 

 

 

 

「では予定通りわしは近々一度アクレイアに発つ。

 お前の“写し身”も同行させるという事でよいな?」

 

 

 

既にまとまった話の最終確認としてアトスはイデアに問いかけた。

老人の言葉に神竜は頷いて答え、手元の書類数枚にさらさらと何やら色々と書き足していく。

 

 

その紙に記されているのはいわば“後片付け”の内訳だ。

先の戦いで発生した余波……神竜と混沌の激突の傷跡はイデアが構築した隔離異界の壁を突き抜けてエレブに影響を与えてしまっている。

特に最後の一撃、現状イデアが出せる最大火力によるエレブへの余波はそこに記されているだけでも目を覆いたくなる程。

 

 

 

幾つかの決して小さくない地震。

抉り取られた海底面の変動。

この時期あるべき場所にある筈の雲が纏めて消失による水不足。

 

 

イデアをしてため息を吐きたくなるほどに問題は山積みだ。

この理想郷は何であろうとも隠しておかなくてはならないというのに、余りに今回の騒動は大きくなりすぎた。

 

 

だからこそ、今回のアトスのエトルリアへの一時帰国となる。

もちろん従者としてイデアも付き添いで。

何もなかったと隠し通す事は既に不可能だ。事実として大規模な影響がエレブに出てるのだから。

 

 

 

ならば下手に隠し通すような事はせず、カバーストーリーをばら撒いてしまうほうが良いとイデアはフレイに助言されて決断した。

アトスという現役の八神将が協力してくれることによってこの計画は問題なく成立する。

既に戦役から500年という歳月がたってはいるが、竜との戦いを勝利に導いた八人の英雄たちの名前はどんなふざけた話にも説得力を与えることだろう。

 

 

 

実際にアトスが力を振う所を見た事がない人間が多いのも好都合だった。

神将の名前は独り歩きし、それが例えどんなに途方もないモノであろうともかの「大賢者」が関わっていたならば道理だと人々に思わせる。

 

 

もちろん念には念を入れて話は骨子まで管理され書き上げられていく。

アトスと共同で制作した偽りの彼の研究データ。

ナバタ砂漠探索による報告書。

 

 

アトスがエトルリアを離れる際、その理由を話したのはほんの一部だけ。

リグレ公爵家の者とその時節の国王のみだ。

だがゼロではない、元々アトスが気がかりな点を見つけて旅を始めたことを知っている者は他にも僅かながらいた。

 

 

“──放浪の旅の中、砂漠で出会ったとある優れた術者。

彼と意気投合して砂漠を探索した結果、人竜戦役の際に破損し、修復されたはずの【秩序】が未だに一部破損していた事。

アトスと「友」は協力してその壊れた【秩序】の修復を試みたが、その結果に発生した予想外の事故で「友」は帰らぬ人となった……。

 

 

結果【秩序】の一部修復は完了したが、完全な修復にはいたらず人が足を踏み入れるのは危険という旨の報告。

ナバタに居ついた賊たちが頻繁に姿を消すのはこういう理由がある、と──”

 

 

 

端的にまとめてしまえばこうなる。

これならば以降ナバタ砂漠およびミスルに対する人の干渉は減らせる上に、定期的にイデアが行っている賊の駆除にも一定のもっともらしい理由付けができる。

更には一応念のため、アトスの新しい従者という形でイデアの“写し身”も同行し、些細な調整を行う。

 

 

もちろん尖った耳と髪の色は変え、名前も違うモノを名乗った上でだ。

金髪はエトルリアにおいては珍しくはないが、さすがに色違いの瞳と尖った耳は個性的では通らない。

 

 

 

「既にリグレ公爵家に書状は送り届けた。

 返しはこちらが指定した“仮の拠点”に間もなく返って来るはずだ。

 ……ようやく苦労が実ったぞ」

 

 

 

「手紙一枚、されど一枚だからな。

 どんな形であるにせよ、外と繋がるのだから慎重にしないといけない」

 

 

 

書状一枚送るのにも四苦八苦したものだとイデアは嘆息する。

前提としてアトスが直筆しまずは“これから近々書状を送ります”という内容のいわば「先ぶれ」を送る。

 

もちろん受け取る側の公爵がアトス本人だと信じさせるために手紙には幾つかの簡単な術を掛けておく。

 

 

破損しないように保護を。

そして手紙を開けるのに魔力を必要とするカギとしての封蝋を。

更には予定外の人物が間違っても中身を見ないように念のため隠ぺいと防御、自壊処置を。

 

 

 

 

そうして作り上げられた書状はアトスとイデアの力によって直接、アクレイアの最も信頼のおける飛脚の組合に転移で送り込まれた。

もちろんお代として数枚の金貨も一緒に。

紙の質も上質、間違ってもいたずらなどと思わせない様な雰囲気を伴ったソレを捨てる奴はいない。

 

 

 

神話の英雄、世に謳われる【大賢者】が何故このような回りくどい事を?

遠回りなことなどせずに堂々と転移の術で国王の前まで飛んで行き王に直接報告したほうが早いのではないかという疑問もあるだろう。

 

 

 

それでは色々と傷がつくのだ。

主に王族やリグレ公爵家などの名前に。

エレブ最古の国であるエトルリアは特にそういう規則や古いしきたり、面子などに非常に拘る傾向がある。

 

 

 

例え救世の【大賢者】であろうとも、王族は敬意を求める。

仮に王本人がソレを望まなくても周りが求める。

何とも面倒だが、本人は気にしないという話ではないのだ。

 

 

 

余計な反感は買いたくない。更には腹を探られるのも不快だ。

ただでさえアトスは既にエトルリアでは息苦しさを感じる程に……疎まれていたのだから。

しかるべき手続きをすませれば回避できるならばそれに越した事はない。

 

 

 

それにしてもとイデアは口を開く。

どうにも自分は数百年前のアクレイアのあの一件からして王族や貴族との縁が多いなと思いながら。

 

 

「リグレ公爵家か。確か500年前からの弟子の家庭だったか。

 戦役の後、アクレイアに顔を出した時にも名前を聞いた覚えがある。

 非常に優れた魔道士の家庭で、エトルリアの魔道軍将の座はほぼ彼らの予約席だと」

 

 

 

「何度か代替わりを経ているが、概ねその認識で間違ってはいないな。

 この500年、全ての当主の誕生と没を見届けているが、皆優れた術者たちだったよ」

 

 

 

 

ふむとアトスは頷く。彼の眼は過去を見ている。

遠い戦役の時代、友と弟子、彼らに囲まれて戦った日々を。

しかし賢者は過去からすぐに現代に戻ってくると、腕を軽く振った。

 

 

 

扉が一人でに開くとそこに立っていたのは老火竜フレイだ。

彼はイデアを見つけると恭しく臣下として一礼し、アトスに会釈を送る。

 

 

 

『イデア様。アトス殿。予定通り外界の“拠点”に書状の返答が。ここに』

 

 

懐から一枚の……エトルリア王国の象徴である王冠に二頭の獅子をあしらわれた封筒を取り出す。

貴族の中でも選ばれた存在しか扱えないそれは紛うことなきリグレ公爵の、エトルリア大貴族の証拠。

 

 

 

さて、これからが忙しくなるぞとイデアは改めてこれからの計画を見直し始め、アトスは瞬時に頭の中で内容を想像し、それに対する答えを何通りも原文として書き上げていく。

フレイは柔らかな動作で封筒を二人に差し出すと何枚もの羊皮紙……それも特別に見繕った上質なモノを手に取る。

 

 

 

そして里の運営者たちの長い仕事の時間が始まる。

彼らは人ではない故に、疲れも覚えず必要とあれば食事睡眠など全てを排して必要な事を行い続ける事ができるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もかも消え去ってしまった。

激しい……“戦争”の跡地を見てアンナが思った事はそれだった。

ほんの少し前までネルガルは存在していたというのに、もう彼は居ない。

 

 

 

何も残っていない。

ネルガルという男を構成していた全てはエレブの何処にも存在を許されてはいない。

いやそもそもの話、彼は“死んでいて”残った体はイデアの手によって的確に“処理”されたのだ。

 

 

 

「───……」

 

 

 

既に彼女の仕事の大半は終わった。

メディアン等と連携しての戦場となった“場”の修復は。

隔離されていた異界をエレブへと戻す前に行う後片付けを熟練の術者に相応しい手際の良さで片づけた彼女は、仕事を終えた後も戦場跡を見下ろしながら丘の上に立ったまま動かない。

 

 

 

アンナは大きくため息を吐いた。

自分らしくないとは判っているが、思考がぐるぐる回って止まらない。

頭の奥で火花が散り続け、胸はこんな昼の砂漠の真ん中だというのに凍り付いたように冷たい。

 

 

 

 

どうしてこうなってしまったのか。どうすればよかったのか。

多くの人間が覚えるであろう後悔を竜である彼女が抱いてしまっていた。

 

 

 

 

ふと、彼女は自分に近づいてくる気配を感じて意識をそちらに割く。

無視するという選択肢もあったが、社交的な彼女はそんな事はしない。

この状況下で自分の感情のままに他人に当たり散らす程アンナという女は幼くないのだ。

 

 

 

彼女の竜の“眼”が捉えたのは堂々とした足取りで砂をかき分けて来る火竜ヤアンだった。

すぐさまもう何千年も使われ続けてきた技術が行使されて、彼女はこの里で誰もが知る「アンナ」になった。

顔には何時もの「アンナ」の笑顔が張り付き、内面の苦悩などおくびにも出さず彼女は平時と変わらぬ様子で振り返る。

 

 

 

「昼のナバタを散歩しても、面白味は余りありませんよ?」

 

 

ふふふ、と不敵に笑うアンナとは対照的にヤアンは無表情だ。

彼はアンナを見て、次いでアンナ達が必死に整地した戦場跡を見てからもう一度アンナを見た。

 

 

 

「既にイデア達は神将も交えて次の計画の準備を進めている」

 

 

 

言わずともお前なら知っているか、と彼は続ける。

この火竜は珍しい事にそのまま踵を返して帰ったりなどせず、アンナの隣まで歩を進めた。

 

 

 

「イデアは正しい事をした。

 私から見れば 自らの危険をまねく可能性のあるものを生かす理由などない」

 

 

 

強くもなく。弱くもなく。ヤアンは真理を語る様に淡々と断じた。

アンナの胸に微かに沸いたのは微かな激情と納得。

ヤアンという男はこういう男だと何千年も前から知っていた故に仕方がないと彼女は感じた。

 

 

 

だが、と火竜は続ける。

彼には傷心のアンナの傷を抉る様な悪意はない。

かといって慰めるような善意もない。

 

 

 

ただ無機質で、正直なだけ。相手が誰であろうとヤアンは変わらない。

 

 

 

「奴との時間は悪くなかった」

 

 

 

そう締めくくると、ヤアンはアンナの言葉など聞きもせずさっさと里に向けて行ってしまう。

一人残されたアンナは今度は本心から微笑み、転移の術を用いてその場から飛び立った。

 

 

 

 

この仕事は終わったが、まだまだやるべき事は山の様にある。

 

あらゆる出来事を時間は押し流していく。

悠久に変わらないのは天の星々と、ナバタの黄砂だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき


皆様お久しぶりです。
16年は引っ越しに転職にペットロスなど色々あって更新できませんでしたが、今年は……何とか頑張ります。
とりあえずFEヒーローズ配信記念にリハビリがてら一本あげます。


ヒーローズにエコーに無双にスイッチの完全新作といい、今年はFEが熱く、素晴らしいですね。

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