とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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「人が産まれる遥か以前、世界の始まりには【光】と【絶望】があった」  
第一部 神竜王ナーガより。



エレブ963

 

 

 

エレブ新暦 963年

 

 

 

 

コミンテルンという組織があった。またの名を解放軍ともいう。

彼らはリキアとベルンの境で産声を上げた組織だ。

 

 

 

言い回しこそ自由を愛する者たちの爽やかな集まりの様に見えるが実態はそんな夢のあるモノではない。

簡潔に述べるならば彼らはとある思想の元に集って出来た一つの小規模な軍隊だ。

 

 

最初はちっぽけな山賊たちだった。

何処にでもいる吹けば飛ぶような集まり。

それが一変したのはいつからだったか。

 

 

争っていた山賊団たちはとある一つの団の頭領によって統合され、あろうことか彼らは……人々の平和を守る様になった。

領主の手が余り届かない辺境の複数の村々を彼ら曰く「保護」し、周囲の小規模な賊たちから守る代わりに食料や金などの「お布施」を要求したのだ。

お布施といっても万人が想像するような抵抗する村人から根こそぎ……などという事はなく、ほんのささやかな生きていくのに必要な量のみ。

 

 

最初は人々は歓迎した。

頼りにならない領主たちの代わりにやっと自分たちと同じ目線で物事を考え、格安の値段で自衛の手伝いまでしてくれるとは、と。

しかし徐々に彼らはやり方を変え……否、本来の目的へと近づけていく。

 

何度も自分たちの為に戦ってくれてありがとうと感謝する村々の者に彼らの指導者はこういった。

 

“我々に頼るだけではダメだ。お前たち自身が力をつけねばならない”

 

 

彼らはこういって「保護」した村々の若い男たちを訓練しだした。

武器を与え、力を与え、更には最低限の知識と……ちょっとした“思想”を与えて。

 

彼らを統べるのは大頭領ノルマン・コミンテルン。

何処からともなく現れ、甘い言葉を囁きだした男。

たった一人で弱小の山賊団を大きくし、組織化させ、巨大な独立軍を編成し、今や小規模な領主と称しても差し支えない規模まで膨らませた男だ。

 

 

村々の男たちが十二分に訓練を終え、それらを雇い入れた彼は既に一つの領主に匹敵する軍を保有するに至る。

もちろん彼の配下の傭兵は戦争がなければただの無駄飯食らいにしかならないが、そんなことは当然彼は知っていた。

全てはこの為にあったのだと叫ぶために人を集めたのだから。

 

 

配下にした全ての人々を前にノルマンは宣言する。

何かに突き動かされるように、まるで自分の意思などなく、大きな流れに操られるように。

 

 

 

金がない?

食料がない? 

生き甲斐がない? 

どうして自分たちは平民で、貴族は貴族なのだ?

エリミーヌ教の教えでは神の名の元に全てが平等だと確約されているのに。

 

 

───奪われる苦しみを知っている者よ。私の話を聞いてほしい。

 

全ては平等だとノルマンは説いた。

全ての富は皆に平等に分け与えられるべきで、一人は全体の為に、全体は一人の為に。

真に全ての者が一つになればこの戦乱絶えないエレブに平和が訪れると。

 

 

 

───貴族も王族も不要。国家さえ不要。我らは一つの大きな家族であり巨人である。

───賛同せよ。参集せよ。

───我々の真の武器は剣や槍ではない。

───この血潮の様な赤い情熱と思想こそが神将器に勝る武器なのだ。

 

 

 

彼らは理想に燃えた。神にこの世のあるべき姿を教授してもらったと断じながら。

燃えて燃えて、その熱はリキアの各地はおろか、ベルンの一部にさえ飛び火する。

潜在的に燻っていた貴族への平民の羨望や憤り、あらゆる不満が現出し「思想」は新しい病気の様に人々の頭に感染した。

 

 

例外なく彼らは理性の箍が外れている。

有史以来自分が正しいと思い込み暴走する人間ほど厄介な存在はいないと証明するように、彼らは手段を択ばない。

 

 

食料の提供などを断った村々を焼き払うのはまだいいほうだ。

中には子供を人質にとり親を無理やり拷問まがいの訓練に参加させ兵士として徴集、子供は密偵として訓練し各地に派遣し、必要とあらば噂の流布や各地での破壊工作の捨て駒として扱われたりする。

全ては真の平等の為、理想の為だと疑う彼らの心に罪悪感など産まれようはずもない。

 

 

貴族も王族も不要などという前代未聞の大義を掲げた敵の出現に当然リキア諸侯は慌てた。

自分の財産を狙うなら判る。

地位を狙うなら判る。だが……だが、この意味不明な考えは何だと。

人の姿をした理解不能の思考回路をした怪物が突如として生えてきた彼らの混乱のほどは想像に容易い。

 

 

しかし同時に行動も素早かった。

当代のリキア同盟盟主のオスティア候はこの状況を深刻に捉え、即座に諸侯を収集、迅速に討伐軍が編成される。

 

 

 

数度の戦いの後、遂に同盟はノルマン本人が率いる本隊をリキアのカートレーに追い詰めることに成功。

これを好機と見た盟主はリキア同盟の総力を以てコミンテルンをうち滅ぼさんと軍を動員する。

 

 

キアラン候ハウゼンも参戦した諸侯の中の一人であり、その配下としてとある男もこの戦に参戦するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リキア カートレー侯爵領

 

 

 

 

 

断末魔の悲鳴が絶え間なく響き続ける。

命が水滴の様に零れ落ちていく。

何年、何十年と人生を歩み続けてきた人々が呆気なくその終幕を迎える。

 

 

夕闇の中で、太陽よりも紅い血潮が光を反射していた。

 

 

そこは戦場。死の満ちた空間だ。普段は穏やかな様相の草原は今や死に満ちている。

屍山血河という言葉をこの世に体現させた地獄。

至る所で血しぶきが飛び散り、肉が跳ね、骨が摩り下ろされる悪意の坩堝。

もはや敵味方入り乱れ、誰が敵で、誰が味方かさえ判別が難しくなった戦場がここにある。

 

 

 

 

エトルリア王国の国教、エリミーヌ教団がかつてサカに対して行った異端審問軍の大侵略以降、エレブの治安は比較的安定していると言われたが、あくまでもソレは大陸全体を俯瞰してみた場合の話だ。

 

 

心震わせ、血沸き肉躍る英雄たちの舞台。

大戦争がなければ世界は平和か?

そんなわけはない。小競り合いなど何処にだって起きている。

 

 

真実世界が完全に、無比に、全ての人間が争いをやめた事などないのだ。

故にエレブ大陸は暗黒大陸と評されることさえある。

死と退廃と、同時に命の輝きに満ちているのがエレブだった。

 

 

 

「────ッッッッ!!」

 

 

一人の男が剣を振っていた。

殺意を形にしたような鋭い目をした男だった。

戦場の常として眼は濁り切り、充血した狂気と敵への憎悪だけが溢れている。

 

 

男が鋼の大剣を一振りするごとに不気味な風切音が木霊し、首が、腕が、血が舞う。

切り分けられた首は死を目前にした恐怖と絶望を顔に張り付けたまま、いっそ間抜けとさえ思える程にぽーんっと飛んで地面に落ち……ほかの人の足に蹴り飛ばされ、何処かに消えてしまう。

 

 

 

崩れ落ちる身体には目もくれず、男は既に次の相手に意識を割いていた。

背後から飛来する矢を、体を捻る事で回避し、懐から取り出したナイフを鋭く投擲することによって弓兵をけん制しつつ、自らの居場所が戦場におけるどの位置なのかを直ぐに把握する。

 

 

周囲に蔓延る味方と敵の比率はざっと四と六。

四が友軍で六が敵だ。

 

 

少しばかり突出しすぎたか?

 

 

男は瞬時に答えを出すと、周囲への警戒を怠らずに緩やかに後退を始めようか悩み……直ぐに拒否する。

生き延びてどうする? 

手に入るのは何時も通り少しばかりの金と酒と女だけだ。

仲間たちは讃えてくれるだろう。さすがは【不死身のレナート】だと。

 

 

男……レナートは不死身と呼ばれていた。

もちろん彼自身はただの人間であり、そんな神話の中の竜の様な超越した生命力など持ち合わせてはいない。

 

 

ただ彼はとても勘が鋭く、同時に物事を俯瞰的に見る事が出来るだけだ。

傭兵という身体が資本の職業において、自分自身の限界を客観的に見る事がいかに大事か。

 

 

彼が今までやってきたことは二つだけだ。

引くべき時に引く。そして、たとえどれだけ提示された報酬が素晴らしかろうと、依頼主が信用できなければ決して依頼を受けない。

それだけだ。もちろん彼自身のたゆまない努力によって磨き抜かれた実力も大きな要因だが。

 

 

「アァァァアァァァアぁぁぁあぁ!!!!」

 

例えば今の様に、奇声を発してがむしゃらに突っかかって来る雑魚を片付ける等造作もないことだ。

 

 

「フっっ!!」

 

裂帛の呼吸と共に突出した自分の命を奪おうと群がる敵に大剣を横薙ぎに叩き込んでやる。

下手な子供よりも重量のある鋼の塊が軽々と振り回され、ソレは剣で咄嗟に防御した敵の剣をガラス細工の様に砕き……敵は一人から“半人”になった。

噴き出る臓物と糞尿に構わず、レナートはあろうことか……大剣の柄を離した。

 

 

人間一人を両断したというのに鋼の大剣は更に血を求める。

勢いに乗ったまま鋼の大剣はすっぽ抜けた様に吹き飛び、それはレナートを真横から襲おうと身構えていた男の胸元に突き刺さり、その命を軽々と奪い取る。

 

 

 

当然まだまだ敵は多い。

ざっと……どうでもいい。殺せるだけ殺す。

しかし本音を言ってしまえばレナートにはもうどうでもよかった。

 

 

今やってるこれは国家と国家がぶつかり合う華々しい英雄譚の中の戦いではない。

ただのゴミ掃除だ。思い上がった愚か者に当然の報いを与えるための死刑執行中の事故もしょうがないと。

 

 

何もかも、どうでもいい。

仕事な以上人殺しはするが、殺されるのも仕方がない。

 

 

誰が、何時、何処で、どうやって死のうが、もうどうでもいい。

当然その中には自分も入っている。判っていた事だった。

ただ、見て見ぬふりをしただけだ。死に例外なんてないと。

 

 

乱戦となった戦場の中、レナート目がけて更に三人ほど立ちはだかる。

装備はバラバラ、鎧をつけている者がいたと思えば、平民と何ら変わらない衣服のまま槍をもっている者もいる。

年齢も装備もバラバラな彼らに共通していえるのは……例外なく全員が全員、狂った理想に燃えている事だ。

 

 

 

元はただの平民や賊だった者達の集合体がどう言い繕おうと彼らの正体だ。

雇い主のいない傭兵や、食い扶持を求めた平民などの烏合の衆に破綻した夢見がちな理想だけを詰め込んだのが彼らだ。

つかの間の平和に順応できず、今に満足できず、甘い言葉に惑わされて走り続ける駄馬たち。

 

 

金の為、生活の為、そして理想の為に戦場に身を落したと言えばまだ情け深い。

しかし彼らの本質はもっと俗物だ。

 

 

レナートは何度もこのうんざりする奴らを切り殺す内に理解していた。

彼らは……単純に彼らは殺すのが好きになってしまったのだと。血に酔っている。

理想という大義名分の元、絶対正義を振りかざし、自分たちの行いが正しいと盲信し突き進んでいるだけ。

 

 

これは猪の突進だ。

何も考えず、その先が崖であろうと構わず走り続けるだけの。

今まで武器も握った事のない村人が鍛えあげられた事により、人を嬲る喜びを覚えてしまったと言っていい。

 

 

中途半端な力を得て、自分より弱いモノを踏みつぶす喜びを覚えてしまった弱い人間。

それがこの者達の正体だった。

 

「っ………」

 

無手となったレナートに対し、彼らは嘲りを隠そうともしない。

戦場という極限状態の中、興奮しきっている。

 

 

レナートは顔を歪め、さももはや抵抗する術などない疲弊しきった男の様に振る舞う。

ガクガクと震える足で何とか数歩後ずさりし、歯を噛みしめる。

 

 

敵が黄ばんだ歯を覗かせ荒い息を吐く。ぎらついた欲望が更に勢いを増す。

1,2,と瞬間を図り、彼らは同時に飛び出す。

そして……一人が矢で胸元を貫かれ、一人はレナートの後方より飛んできた手槍に串刺しにされ、残りの一人はレナートが隠し持っていたナイフを投擲し、額から竜の様な「角」を生やすことになった。

 

 

「レナート先生ッッ!!」

 

 

金属が削れるような音と共に絶叫が響くと……レナートの背後で敵兵が空を舞った。

風に舞い上げられた木の葉の様に何人もの兵士が吹き飛ぶ。

文字通り大地を踏み鳴らしながら重厚な鎧に身を包んだ男がレナートに駆け寄って来る。

 

「ワレスか」

 

「はい。先生の部隊が突出しているのを見て援護に。……“私では”不足ですか?」

 

 

レナートは何も答えず、自然体な動きでワレスに自らの背を任せる。

戦場においてグダグダ会話をしている余裕などない。

 

 

 

最後まで気は抜けない。

戦いはいつ何が起きるか判らないのだから。何度も何度もこの弟子に教えた事。

ただ彼が思ったのは、今回の戦ではどうやら自分は死ねないということだけだ。

 

 

ワレスが鎖で結んで背負っていた白銀に光る大剣をレナートに渡し、自らは鋼の大槍を構える。

重騎士が大槍をその見た目から想像できない程巧に取りまわせば、敵の身体が千切れ、凄腕の剣士が大剣を振り回せば死の暴風が産まれる。

 

 

 

重騎士の鈍重さを剣士が、剣士の攻撃に全てを賭けた戦闘方法を重騎士が、二人は互いの弱点を補いあい、完璧な連携を見せていた。

更にはほんの僅かだけ二人の動きのズレから生じる隙さえも遥か彼方より的確に降り注ぐ矢が埋めてしまう。

三人目の、この場にはいない仲間。その存在を頼もしく思いながら彼らはこの賊徒たちを蹴散らし続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺して殺して、どれだけの血潮を地面に吸わせたか判らくなってしまう頃に転機が訪れる。

全身を血まみれにしたレナート達がその角笛の音を聞いたのは周囲の大地が全て死体で埋まった頃であった。

戦いながらも周囲に意識を割き、少しずつ調整するように移動していた彼らにとって、これは終わりを告げる音。

 

 

勿論……自分たちの勝利という形でだ。

 

 

角笛が響く瞬間は予め取り決められている。

 

 

この局面における戦いはリキア同盟キアラン軍とラウス軍が大きな役割を果たす戦いだ。

イーグラー将軍率いる歩兵と弓兵のバランスの取れた編成のキアラン軍が敵を真っ向から程ほどに押しとどめつつ、じわじわとさも彼らが優勢だと思わせるように後退を行う。

 

所定の位置にまでコミンテルンを引き寄せるのだ。

彼らに自分たちが死刑台の階段を上っていることを気付かせてはならない。

絶妙な用兵を求められる作戦だったが、イーグラー将軍はその全てを完璧にこなしていた。

 

 

そして時が来たら角笛を合図として待機していた騎兵を中心とした軍を持つラウス軍が側面から叩くという単純なもの。

 

 

訓練を受けたとはいえコミンテルンは所詮は烏合の衆だ。

自分より弱い人々からしか奪う事が出来ない存在だ。

理想への熱狂は彼らの攻撃性を大いに高めるが、不意にうたれれば脆い。

 

 

 

更に彼らの運命を決定づけたのはノルマン以外の絶対的な指揮官が存在しないということ。

全ての存在を平等にするという彼らの思想上、軍の指揮系という……上下の区別さえもあやふやなのが仇となった。

そして今やカートレーの古城を拠点とするノルマン率いるコミンテルンの本隊も轡を並べたオスティアの重騎士を中心とした軍勢に叩かれていることだろう。

 

オスティア軍の邪魔を彼らにさせないこともキアランとラウスの役目であった。

勝利をちらつかせ、罠におびき寄せ、その間に巣を焼き払うのだ。

 

リキア同盟盟主が率いるオスティアの重騎士は城における戦いにおいては不敗を誇る。

エトルリア王国の大軍将が率いる最精鋭に勝るとも劣らないと謳われるその能力は人竜戦役以降何度か戦場になったオスティアの居城を1000年近く守り通してきた程だ。

そして城を防衛するのが得意ということは、その逆も然り。守るためには当然攻める側の思考も理解しないといけないのだから。

 

 

城攻めというものを理解しつくしている彼らにとって、補強されたとはいえ何十年も打ち捨てられた古城の門など赤子の手を捻る様に粉砕できることだろう。

 

 

 

……勝利を運ぶ轟音が地鳴りを伴い戦場を横断する。

ラウスの軍勢を中心として編成された大規模な騎馬隊がラウス候ダーレンに率いられてやってくる。

好色で見栄っ張りで、騎士としての勲章を金で買ったと散々に陰口を叩かれている男ではあったが、今の様に調子に乗って攻勢に回ればそこそこの働きは出来る男だ。

 

 

 

 

悲鳴を上げ逃げ惑うコミンテルン軍。彼らは望み通り平等になった。

死という物言わぬ形で。

レナートが地平の向こうに目をやれば、そこでは火の手が上がっている。

彼らの拠点とする古城が今まさに陥落しようとしていた。

 

 

 

勝ったか。そして死に損ねた。

口にさえ出さなかったが、そんな言葉と共に胸中を苦々しい思いでレナートは満たした。

 

 

「勝ちましたね」

 

教え子であるワレスが周囲への警戒を怠らないまま、呟く。

その言葉には隠しきれない疲労と悦びが滲んでいた。

騎士となってから初めて経験する大規模な軍事作戦に参加したワレスは間違いなく興奮していた。

 

 

しかし弟子の熱とは打って変わってレナートは冷え切っていた。

死人の様に顔色は悪く、肌も冷たい。

真っ赤な水浴びをした彼の心は真っ青だ。

 

 

 

「ああ」

 

 

ふと、横をレナートは見る。背中はワレスに任せたが、隣は……誰もいない。

いや、居なくなってしまったのだった。

彼は懐に手をやり、どんな財布よりも厳重に体に括り付けている小さな革袋に触れた。

 

 

 

革の上からでも判る中身のごつごつした無骨な感触が彼の指を押し返してくる。

 

 

 

レナートには掛け替えのない存在が居た。

……いや、こんな言葉では表しきれない程に大切な存在があった。

幼いころより共に育ち、二人で鍛錬し、二人で旅をした存在はもはや彼の半身という言葉こそが適任だった。

 

 

だがもう彼はいない。何のことはない。

病による悲劇的な別れがあった訳でもなく、単純に死んだのだ。

呆気なく、ただのつまらない依頼で当然の様に遠距離からの攻撃という不意打ちを受けて。

 

 

断末魔の言葉さえなく即死した友の顔をレナートは覚えている。

無表情で、何の苦痛も感じていない顔だったことを。

彼は自分が死んだという事にさえ気づいていないだろう。

 

 

このまま亡骸を放置しておけばひょっこり起き上がって何時もの様に動きだすのでは、と本気でレナートが考えてしまう程につまらない死だった。

 

 

 

そして今……“形見”はレナートのすぐ近くにある。

彼が愛用していた血の付いたナイフ。ソレをレナートは肌身離さず革袋に入れて持ち歩いているからだ。

彼の死体は残らず焼却された。友の身体から蛆が沸いてくる様など見たくなかったから。

 

 

友が死んだというのに、レナートは祈りの言葉さえ唱えられない。

そもそも知らなかったのだから。

 

 

 

遠くで狼煙が上がり、間髪入れずに角笛が大きく二回鳴った。

これはイーグラー将軍からの撤収命令だ。

 

 

「……我々の役目は果たした。撤退するぞ。残党の処理はラウス軍がやってくれる」

 

 

はい、と大仰なまでに頷くワレスを横目にレナートはふと戦場の跡地に目をやる。

死体と血と肉で埋まった地獄に。

もはや生きている人間など誰もいないそこに視線を移したのは気まぐれか、それとも直感か。

 

「…………!」

 

遠く、遥か遠く、レナートの弓兵としても通用する視力でさえ微かにしか見えない程の遠方に……レナートは強烈な違和感を抱いた。

死体が折り重なる草原の奥。血だまりが幾つも出来た泥沼のもっと奥。

新鮮な肉をつつく鳥たち。森と草原の境目。

 

 

そこに「ナニカ」が居た。

少なくとも人間と形容できない「ナニカ」が。

 

 

 

遥か遠方というのもある。

あちこちで飛び交う鳥の影に遮られているのもある。

森の木々の影に隠れているというのもある。

既に日は没し、夕闇が濃くなっているというのもあった。

 

 

しかし全てを踏まえても“ソレ”はおかしかった。

“ソレ”には何もない。実体をもっているのかさえ疑わしい。

顔がない。肌がない。人間の影をそっくりそのまま直立させたように朧気で、真っ黒で、生きていない。

 

 

 

“ソレ”は棒立ちのままゆらゆらと周囲の輪郭だけが蠢いている。

真っ黒な霧を塗り固めたように霞がかったその存在は微動だにせずじぃっと戦場を眺めていた。

 

 

「ッっ!!」

 

そして……“ソレ”は眼もないというのにレナートをいきなり“見た”

咄嗟にレナートは顔を逸らした。

戦場の真っ只中だというのに瞳をぎゅっと瞑り、子供が悪夢を見た時の様に瞼の裏の黒に全てを塗りつぶし記憶の奥底に流し込む。

 

 

「あの、先生……? どうなされたのですか? まさか何処か怪我でも……」

 

 

「い、や……何でもない。気にするな」

 

 

気のせいか。

随分と俺も女々しくなったものだとレナートは自嘲し、もう一度そこを見るがやはり何もいない。

遠くでは未だにラウス軍がもはや軍としての機能を喪失したコミンテルンを追い掛け回し、断末魔の悲鳴だけが死臭と共に流れてくる。

 

 

その中をレナート達は悠々と撤収する。

今日も生き延びたことを苦々しく噛みしめながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘の終結をもってレナートの所属するキアラン軍は一度本陣であるキアラン領の居城にまで撤収していた。

カートレーはキアランと隣接しており、こういった素早い動きも可能である。

そして何よりキアラン軍が受け持っていたコミンテルンの部隊は本隊でこそなかったが相応の数を揃えていた故に、比例して軍の損耗が大きかったのが理由だ。

 

 

ラウス軍が彼らを攻撃、そのまま殲滅の流れに変わったのを見てこれ以上の戦闘は無意味だと判断したイーグラー将軍は直ぐに兵士たちを故郷の防衛へと戻したのである。

 

 

ハウゼン候及びイーグラー将軍は奮戦した兵士達に休息を取らせる考えなのだろう。

勿論、これから増えるであろう仕事をしてもらうためにだ。褒美と休憩という飴は必要だ。

それが終わればキアラン領土内に逃げ込んでくるであろう残党処理、及び近場で大きな影響力を持っていた勢力が消えた事による賊たちの活性化などに対処しなくてはならないのだから。

 

 

戦闘は既に終結。

オスティアと飛脚を通じて密接な連携を取り合っている領主の元には既に盟主率いる重騎士部隊が敵をほぼ壊滅させ、コミンテルンの首を取った旨の報が入っていた。

キアラン候ハウゼンは前もって役目を果たした時点で軍を下げると盟主及び各諸侯に伝えていた為、この行動に特に問題はない。

 

戦い、敵を引きつけて作戦を成功させたという結果を残した以上、誰も文句は言えない。

保守的で戦争における武勲や戦果の配当などに殆ど興味をもたないハウゼンらしいやり方であった。

彼の興味を引くのはキアラン領の発展と平和。そして愛娘の事だけなのだ。

 

 

たまには弟のラングレンの様にもっと野心的になってもいいものをと民に噂されるほど彼は無欲な男である。

 

 

 

「此度の戦い見事でした。貴方たちは紛れもなく称えられるべき勇者です」

 

 

戦後というには少し早いが、とりあえずの勝利を祝して即興で開かれた質素な宴の席で、黒髪の女性が壇上で言い放つ。

余り着飾らず、素朴ながらにも高貴さを漂わせる女性の名はマデリン。キアラン候の娘である。

時折城下に飛び出て平民たちに混ざって畑を耕す等という奇天烈な行動を取る事もある彼女だが、こういう席では貴族としての役目を立派に果たすだけの気概がある女性だ。

 

 

 

「ラングレン叔父様。イーグラー将軍。騎士ワレス。レナート。ハサル……」

 

 

朗々と一人一人の名前をマデリンは歌い上げていく。

小さな部隊の隊長から末端の一兵士、果てはレナートの様な雇われの名前まで当然の様に。

聞いていて心地よい声音でありながら、芯の強さを感じさせる声である。

そんな声で名前を敬意の滲む口調で読み上げられて嫌な思いをするものはここにはいない。

 

 

 

「皆の者。よくぞ戦い抜いた。

 この戦いによって我らリキア同盟の結束の強さと尊さ、そして何者にも屈さぬ気高さが 証明されたのだ!」

 

 

 

マデリンの隣に歩み寄った侯弟ラングレンが力強く宣誓する。

彼もまた軍の指揮をイーグラー将軍に委ね前線で部隊を率いて戦い抜いた猛者である。

その証拠に彼の鎧は所々が汚れ、または破損しているがそれが却って兵士たちの彼への信頼を高めている。

 

 

民たちからの信奉はハウゼンの方が上回るが、兵士達からの信頼においては直接前線で仲間を鼓舞して戦うラングレンの方が上かもしれない。

民と兵士。キアランの兄弟はそれぞれ互いに足りない部分を補いあいながら領土を運営していた。

 

 

「……………」

 

そして最後に遅れて登場したキアラン候ハウゼンの同じような祝辞をレナートは何処か上の空で聞いていた。

勝利の後の酒だというのに全く美味くない。味がしない。つまらない。

何とか表向き表情を取り繕い、自分はこの宴を楽しんでいるという体を演じてはいるが、親しい者が見れば直ぐに見破られてしまうだろう。

 

 

「レナート先生! こちらにおられましたか」

 

ガシャンと鎧を擦れ合わせながらワレスがやってくる。

片手に酒の入った盃を複数個、もう片手には上等な肉料理がふんだんに乗せられた巨大な皿を持った彼は器用にバランスを取りながら人込みを弾きとばしてレナートに近づく。

彼はワレスの隣に立つと、近くのテーブルにソレを手慣れた様子で並べた。

 

 

「料理と酒をお持ちしました! 

 “戦いが終わったならば全てを忘れ、生きていることを楽しめ”でしたよね。

 貴方の教えをまとめた【兵士強化マニュアル】にしっかりと記されております!」

 

 

 

「……そうだな。その通りだ。一杯もらおう」

 

 

 

 

ワレスの言葉を聞いたレナートの顔が僅かに綻んだ。

初心を危うく忘れるところだったと自戒し、気持ちを振い直す。

今まで心の中で張りつめていた感情が解け始めたような気さえした。

彼の弟子は彼の言葉を一言一句聞き逃さず吸収し、その大切を師であるレナートに再認識さえさせてくれる。

 

 

しかし【兵士強化マニュアル】は些かやりすぎだとレナートは思いながら酒を呷る。

ただ単純に自分と友が行っていた訓練をワレスに話して聞かせた所、眼を輝かせた彼はソレを嬉々として書き記し、更には大胆なアレンジを施して完成したのが恐怖の【兵士強化マニュアル】だ。

 

マニュアルと言えば聞こえはいいが、アレはどちらかと言えば【捕虜拷問マニュアル】と称した方がいいかもしれない。

それだけアレに記されている中身は突拍子もなく……友と普通にこなしていたレナート自身が語るのもどうかとは思ったが、色々とおかしい。

 

 

試しに簡単にほんの一部を書きだすだけで……。

 

 

鎧を着たまま広大なキアランの領地を数日かけて一周。勿論全力でだ。

更には鎧をつけたまま湖を泳ぐ、素振り数百回、不眠不休で3日間の行進等々。

自分と友ならば出来たが、もちろんこれをまともなモノだとレナートは思ってはいない。

 

 

 

……今はまだワレスのキアラン軍における地位はそれほどまでではないが、この先彼が出世し、もしも兵士たちの訓練などを担当することになったら、間違いなくレナートはキアランの訓練兵たちに報復されるだろう。

勿論そんな事になったら全員返り討ちにしてやるつもりであったが。

 

 

 

しかし遠まわしな自殺ともとれる内容に仕上がった【兵士強化マニュアル】であったが、今見ると懐かしさと当時の青臭さを思い出す感慨深い。

 

 

「そうだ。この席にはもう一人呼んでいるのですよ! ……ハサル! こっちだぞ!!」

 

 

ワレスが大声で名前を呼ぶと、人ごみの間をすり抜ける様に男がやってくる。

サカ出身の者独特の気配を纏った黒髪の男だ。

彼もまた傭兵としてキアランに雇われた者であり、先の矢による援護攻撃の射手でもあった。

 

 

「……失礼する。レナート殿」

 

 

ハサルと呼ばれた男はレナートに会釈し、盃を手に取り二人に向けて掲げた。

瞳を閉じた彼は粛々と祝詞を唱える。

 

「母なる大地と父なる空に感謝を。戦友たちに敬意を。散っていった英霊たちに祈りを」

 

 

続く様にレナートとワレスが盃を掲げ、中身を一気の飲み干す。

今度はとても美味い味がした。身体の奥底から温まる感覚がとても心地よい。

何時にもまして酒が体に染みわたり、外見こそ変化はないが確かにレナートは酔い始めていた。

 

キアランの名だたる酒造家が作り上げた酒は、他のリキアの酒に比べてかなり濃いのだ。

ワレス等既に盃でちびちびと飲むことを止め、いつの間にか用意した特注の巨大なジョッギで飛竜の様に酒を体に流し込んでいる。

 

 

「しかしですな。やはりレナート先生の活躍は素晴らしい! 

 前線で死を恐れず戦い、兵士たちを鼓舞する貴方こそ真の勇者だと私はつくづく実感し ました!」

 

 

 

「持ち上げすぎだ。俺より強い奴なんて幾らでもいる」

 

 

 

酔いが急速に回り始めているのか声が大きくなり始めたワレスにレナートは素っ気なく返す。

事実彼は自分が強いなどと欠片も思ってはいない。このエレブは思ったよりも遥かに広大で、強者など幾らでもいる。

何より友をつまらないミスで失い、未だにうじうじと引きずっている自分が強い等と言われるのは違うとレナートは断ずる。

 

 

しかし声は大きく耳の穴は小さいワレスにそんな理屈は通じず、むしろ彼としてはレナートは「自身の力に自惚れない理想的な男」と更に評価を高めてしまう。

 

 

 

「そしてェ……先生には及ばないまでも我が好敵手よ! お前も中々の活躍だったぞ!! 

 特に矢による援護! アレがなければ私達とて危うかった!!」

 

 

 

「……」

 

 

まだまだ自分は未熟だとハサルは頭を横に振って無言で返す。

母乳酒という立派な酒類を主食として生活するサカの民族である彼にとってはこの程度の飲酒は問題ないらしく、まだまだ酔う気配を見せない。

それに何やらレナートが見る限りハサルは……誰か他の人を待っているように見える。

 

 

サカの遊牧民の男らしく物静かで言葉よりも行動で語る事が多いハサルだったが、その分それが崩れかけると表に出やすい男でもあった。

レナート自身、人の気配の動きや意思のちょっとした流動を見切る技術を習得している故に、今の彼の心境は手に取る様に判る。

そして案の定それに答えるように近づいてきた気配にレナートはそういう事かと内心で零した。

 

 

「楽しんで頂けてるでしょうか?」

 

響いたのは凛とした声。つい先ほど堂々たる称賛を伝えてきた声であった。

キアラン公の一人娘マデリンである。

立派な造りでありながら決して装飾過多ではない上品なドレスを着こみ、黒い長髪を背中で結った彼女からは貴族としての存在感と女性としての熱が感じられた。

 

 

頬が僅かに赤いのは酒の効力か、はたまた……。

 

 

「これほど楽しいのは久しぶりだ。キアランは全てにおいて恵まれているな」

 

 

レナートはあえて崩した口調でマデリンに告げる。

そして紡がれた言葉は間違いなくおべっかではない彼の本心だ。

さすがに雇い主のキアラン候やその弟と対面したら言葉遣いは正すが、マデリンは余りそういう事を気にしない性質の人間だと既に見抜いていた。

 

 

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」

 

 

上品にマデリンが笑う。

合わせるようにレナートは頬を釣り上げ、ちらりと確認するように横目でハサルを見ると彼は矢じりの様に盃を見つめていた。

瞬きさえせず、無表情で必死に何かを堪える様に酒がなみなみと注がれた盃を凝視することに全力を注いでいる。

 

 

───なるほど。俺たちは邪魔のようだな。

 

 

さすがにここまで見せられて気が付かない程にレナートは鈍感ではない。

彼の頭の中では既にどうやって波風たてずこの場から離れるか算段を付け始めていた。

馬に蹴り飛ばされる前にさっさと何処かへ行ってしまわなければ。

聞けばサカの馬は全てが駿馬らしいので蹴られでもしたら首から上が消えてしまうかもしれない。

 

 

「おぉぉォォ! マデリン様!! ようこそおいで下さいました!!!」

 

 

さて、この厄介な弟子をどうやってこの二人から引き離すべきかとレナートは心から悩んだ。

師の内心など露知らずワレスの声は更に大きくなっていく。

真っ赤な顔はまるでよく茹でた魚介類の様だ。

 

 

 

「不肖このワレス! 

 此度の戦でキアランの為にわが師、我が戦友と共に轡を並べて戦えたことは一生の栄光であります!!!」

 

 

「騎士ワレス。貴方の活躍はよく知っているわ。

 お父様がいずれはイーグラーに次ぐ使い手になると語っていたもの」

 

 

 

「ありがたきお言葉! このキアランの為、ハウゼン様の為! 

 そしてマデリン様の為にもこれからも精進を重ねます!!」

 

 

 

わはははははとワレスは大声でひとしきり笑うと、やがて少しは落ち着いたのか小さく微笑んだ。

そして彼はレナートを微かに見てマデリンに気付かれないようにウィンクをした。

 

 

 

「ではマデリン様、私とレナート殿はこれより挨拶周りにでる故、暫しお暇を頂きます。

 この場にはハサルを残しておきます。

 この男、無口ではありますが、腕は確かにして心根は誰よりも清純な故、きっとマデリン様も気に入るでしょう!!

 ……ほら、どうしたハサル!! マデリン様に挨拶しないか!!」

 

 

 

バンバンとハサルの背中を何度も叩いて無理やりマデリンに向き合わせると、ワレスは優雅に騎士として一礼する。

レナートも合わせるように一応は覚えておいた礼儀作法を披露すると、二人はそそくさとその場から立ち去った。

背中から何とも言えない視線を感じたが、レナートとワレスはそれを無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マデリンとハサルを残して立ち去った二人はその後夜風に当たりながら、キアラン城の外周を何処にいくでもなく散歩していた。

いや、散歩というよりはこれは巡回に近い。

コミンテルンの本隊は崩壊したとはいえ、彼らの主だった武器は「思想」だ。

「思想」に感染した者が何処かに潜んでいないとは誰も証明できない。

 

 

もしかしたらあの戦いに参加せず、最後の悪あがきを行うためにキアランに潜り込んだ残党がいるかもしれない。

念には念を入れて二人は完全武装し、清水で顔を洗って酔いを飛ばした後、自分たちが見当をつけた城に侵入するのに絶好の地点を中心に見回りを行っていた。

 

 

「気付いていたのか」

 

一通りの箇所を見回り、今の所は危険は少ないと判断したレナートは微かに張りつめさせていた気配を緩めてから言葉を発した。

 

 

「はい。“人の心の機微を読み取れ。

 それの集まりが戦の流れである”と先生が教えて下さったじゃないですか。

 幾ら酒が入っているとはいえ、そこまで気を抜いたら害意のある者の侵入なども見抜けなくなります」

 

 

 

「守るべき者がいる騎士としての考え方だな。良い心がけだ」

 

 

 

想像以上に多くの物事を考えている弟子にレナートは満足を覚える。

彼は傭兵である以上、何時までもこのキアランに居てワレスの先生をし続ける事も出来ないのだ。

自分の教えがどれほど役に立つかは判らないが、少なくともレナートはワレスに死んで欲しくはない。

 

 

 

この調子ならばワレスは問題なく生きて立派な騎士として大成するだろうという確信をレナートは得ていた。

それと同時に当然抱いた疑問を彼は口にした。

 

 

「しかし……いいのか? あの二人は……」

 

 

 

ハサルはサカの出身だ。リキアの者でさえない。

よく言えば仲間意識が強い、悪く言えば排他的な風潮が強いリキアの貴族が二人の仲を認める絵図は全く浮かばない。

そしてソレはサカも同じだ。血筋というものに強いこだわりを持つ彼らは果たして外部の血を受け入れるだろうか。

 

 

 

更に付け加えるとマデリンを狙う貴族も多い。

艶やかな黒髪。強い意思を湛えた瞳。整った顔に豊満な肉体。

単純な貴族同士の交流の道具以外にも彼女を純粋に男として狙う男は当然いる。

 

 

 

貴族とは面倒なもので、愛し合っているから結婚する等と単純にはいかないのだ。

 

 

 

「聞けばハサルはサカのロルカ族の族長の子とか。

 ただの平民であるよりは遥かに望みはあります」

 

 

「それでもハウゼン殿は絶対に許さないだろうな」

 

 

無理だとレナートは断言する。

彼から見てもハウゼンの娘マデリンへの溺愛っぷりは相当なものだ。

もう間もなく貴族として結婚適齢期に入るというのに全くそういう話を寄せ付けない程に。

 

 

何でもハウゼンの妻リンディスはマデリンを出産した際に亡くなったらしい。

妻を失った悲しみが反転して我が子への愛情へと変わっているのだなとレナートは推察する。

 

 

「どう転ぼうと私はハウゼン様の命令に従うだけです」

 

 

確固たる決意を宿した瞳で宣言するワレスにレナートは自分の考えを言うべきか言わないべきか悩んだ。

暫し塾講を重ねた後、彼はこの素晴らしい教え子が自分の言葉でどのような答えを見つけ出すか興味がわき、腹の内を晒すことにした。

 

 

「この手の説教は苦手なんだが……戯言だと思って聞いてくれ」

 

 

「おぉ、新しい教えですな!」

 

 

期待の眼差しを向けてくるワレスにレナートは苦笑すると口を開いた。

 

 

「俺から言えるとしたらそうだな……お前はもっと“迷って”いいと思うぞ」

 

 

「迷う……?」

 

 

鋼の様な忠誠心と不動の信念を併せ持つワレスにとってそれは正に想定外の言葉だったらしく彼は眼を白黒させた。

 

 

「決して動じず、ただ騎士として主君に従う。確かにお前は素晴らしい騎士だ。

 だが……俺が思うにそれは下手をしたら人形と同じなのではないか?」

 

 

「……しかし、それは」

 

 

彼には珍しくワレスは沈黙する。

この鋼の重騎士にとってレナートの語る概念は余りに衝撃的で、考えたことさえない生き方だった。

 

 

「これから先、必ずお前は壁にぶつかるはずだ。

 何が正しいか、どうすればいいか苦悩する時がな。

 その時がもしも来たら考えることをやめるな。

 悩んで悩み抜いて、苦しんで“自分の答え”を出すんだ」

 

 

レナートの言葉に熱が徐々に宿っていく。

ワレスに話しかけながら彼は自分に言葉を飛ばしていた。

友を失い、空虚になった自分自身に言い聞かせるように。

 

 

「どんな答えを出して、その結果どうなるかは俺にも判らない。

 それは、お前が確かめればいい。

 その途中で得る喜びも、悲しみも……すべて、お前自身のものだ」 

 

 

語り終え、レナートはワレスを覗き込んだ。

澄んだ瞳でワレスは今新たに刻み込まれた言葉を吟味しているようだ。

彼がこの先どのように生きていくかは判らないが、それでも自分の様に後悔を重ねる人生にならないようにとレナートは祈った。

 

 

 

「もう夜も深くなる。部屋に戻るぞ」

 

 

 

それだけを言い残し、レナートはワレスを後にして歩き出す。

未だ深く考え続けるワレスはそれに答える事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき


リハビリと物語をテンポよく進める練習としてエレブ963を更新。
あれもこれもと書きたくなる悪い癖を何とかせねば。
拘り過ぎて更新が出来なくなるとか本末転倒になってしまう……。


残り1話か2話でこれも終わらせたいですね。


そして一週間は無理かもしれませんが、2週間か3週間ちょっとに1回更新するのを理想としています。


烈火編からの目標は、原作を知っている方には原作とは少し違うお話を、原作を知らない方には原作に興味をもって頂けるSSを目指してこれからも頑張ります。
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